説明

神経学的疾患の治療方法

【課題】神経学的疾患の原発巣が頭蓋領域、たとえば脳室近辺であっても、治療用薬剤を含有する分散系を腰椎から効果的に投与できる方法を提供する。
【解決手段】神経学的疾患の領域、特に脳脊髄液(CSF)に、脂質含有合成膜小胞分散系に含有させた治療用薬剤を、薬剤の有効量を長期にわたって持続的に存在させることができるように投与することによって、慢性で、臨床上の効果が特に達成しにくいヒトの神経学的疾患を治療する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトの脳脊髄液(CSF)に治療用薬剤をデリバリーするにあたって、徐放性の賦形剤を使用する神経学的疾患の治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
神経学的疾患は、治療が特に困難な疾患に属するものである。こうした疾患の治療を複雑にしている主要な要因として、薬剤を全身投与した場合に、多くの薬剤が血管脳関門を通過できないことがある。従来のドラッグデリバリーがこうした必要性に応えることができないことは、慢性の神経学的疾患、たとえば良性あるいは悪性の細胞増殖、または各種のウイルス性病因物質によって生じる疾患に際して特に問題がある。
【0003】
治療が最も困難な慢性の神経学的疾患の一つが、転移性浸潤によって生じる疾患、たとえば髄膜炎である。新生物性髄膜炎は、癌による軟髄膜の転移性浸潤によって生じ、急性白血病、リンパ腫、あるいは乳癌や肺癌の合併症であることが多い。剖検による研究では、固形腫瘍の患者の5−8%で、疾病の過程で軟髄膜への転移が生じていることが示されている。有効な全身治療によって生存率が上昇したこともあって、新生物性髄膜炎の発症率が上昇している可能性も具体的に示されている(Bleyer, Curr. Probl. Cancer, 12: 184, 1988)。
【0004】
新生物性髄膜炎の標準的治療法としては、薬剤を単独で、あるいは組み合わせて鞘内に投与する化学療法と、放射線療法とがある。脳脊髄幹全体を照射する放射線療法は、往々にして重篤な骨髄抑制を生じ、白血病性髄膜炎の場合を除き、活性の軟髄膜炎疾患を抑制するうえで不十分であった(Kogan, in Principle and Practice of Radiation Oncology, Perez, et al. eds., Lippincott, Philadelphia, PA, pp. 1280-1281, 1987)。同様に、全身化学療法も、活性の髄膜炎性悪性疾患では一般的に有効というわけではなく、これは、薬剤の血液−脳関門透過性が悪いためである(Blasberg, et al., Can. Treat. Rep., 61: 633, 1977; Shapiro, et al., New Eng. J. Med., 293: 161, 1975)。新生物性髄膜炎の鞘内治療で最も一般に使用される3種の化学療法剤の1種であるシタラビンは、細胞周期特異性の薬剤で、DNAの合成中のみ細胞を死滅させる薬剤である。
【非特許文献1】Bleyer, Curr. Probl. Cancer, 12: 184, 1988
【非特許文献2】Kogan, in Principle and Practice of Radiation Oncology, Perez, et al. eds., Lippincott, Philadelphia, PA, pp. 1280-1281, 1987
【非特許文献3】Blasberg, et al., Can. Treat. Rep., 61: 633, 1977; Shapiro, et al., New Eng. J. Med., 293: 161, 1975
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
したがって、シタラビンのような薬剤を用いて最適の腫瘍死滅率を得るには、薬剤を絶えず静注したり、毎日頻繁に注射したりして、脳脊髄液中で治療有効量を長期にわたって保持する必要がある。こうした処置は、患者にとっては不快であり、医師にとっては時間を要し、感染性髄膜炎の危険性が増大するおそれもある。したがって、治療用薬剤が神経学的疾患と接触しつづけて軽減効果を発揮しうるような徐放性のデポの処方が必要とされている。本発明は、こうした必要性に応えるものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、治療用薬剤を分散系の一部として投与すると、ヒトの各種の神経学的疾患を治療する際の、治療用薬剤の臨床有効性を大きく向上させることができるという重要な発見から出発したものである。治療に際してこうしたアプローチをとると、比較的長期にわたって薬剤を有効な用量レベルに保持して、神経学的疾患が絶えず薬剤に暴露されているようにすることが可能となる。驚くべきことに、神経学的疾患の原発巣が頭蓋領域、たとえば脳室近辺であっても、治療用薬剤を含有する分散系を腰椎から効果的に投与することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明は、神経学的疾患を軽減するにあたって、治療用薬剤を脳脊髄液(CSF)に投与する方法に関する。治療用薬剤が神経学的疾患を軽減するうえで驚くべき効果を有しているのは、治療用薬剤を分散系中に存在させたことによって、脳室腔内に治療用薬剤が持続的に存在しうるようになったからである。本発明の方法を用いると、治療用薬剤を神経学的疾患の領域に持続的に存在させることができるので、慢性で、臨床上の効果が特に達成しにくいこうした疾患を治療する上で特に有効な手段が得られる。
【0008】
「神経学的疾患」という用語は、適切な治療用薬剤に対して応答しやすい脳、脊柱、ならびに関連組織、たとえば髄膜で生ずる任意の疾患を称するものである。本発明の方法が有効な各種神経学的疾患には、細胞増殖性疾患に関連した疾患もある。「細胞増殖性疾患」という用語は、悪性ならびに非悪性の細胞群で、周囲の組織と形態学的外観が往々にして異なるものを包含する。したがって、細胞増殖性疾患は、良性腫瘍あるいは悪性腫瘍に起因する疾患である可能性がある。後者の場合には、悪性腫瘍を、さらに、原発性の腫瘍、または転移性の腫瘍、すなわち全身の各部位から拡散してきた腫瘍として特徴づけることができる。原発性腫瘍は、グリア細胞(星状細胞腫、欠乏起膠腫、膠芽細胞腫)、脳室上衣細胞(脳室上衣腫)、ならびに支持組織(髄膜腫、シュバン細胞腫、脈絡叢のパピロマ)から生じることがある。子どもの場合、腫瘍はどちらかといえば原始的な細胞(髄芽細胞腫、神経芽細胞腫、脊索腫)から生じるのが代表的であるのに対して、成人の場合、星状細胞腫ならびに膠芽細胞腫が最も一般的である。しかし、最も一般的な中枢神経系の腫瘍は総じて転移性で、軟髄膜を浸潤する腫瘍は特にそうである。転移によって髄膜を浸潤するのが一般的である腫瘍としては、非ホジキンリンパ腫、白血病、黒色腫、ならび胸、肺、胃腸起源の腺癌がある。
【0009】
本発明の方法は、感染性疾患の結果として生じる神経学的疾患を軽減するうえでも有用である。無菌性髄膜炎ならびに脳炎は、ウイルスによって生じる中枢神経系の疾患である。本発明の方法が有している治療用薬剤の持続的存在を可能とする能力を最も享受しうるウイルス性感染症としては、遅発ウイルスあるいはレトロウイルスによってひきおこされるウイルス性疾患がある。レトロウイルスとして特に重要なのは、レンチウイルスで、そうしたレンチウイルスとしては、HTLV−I、HTLV−II、HIV−1、HIV−2がある。
【0010】
本発明の方法によれば、原核生物によって引き起こされた感染性疾患に起因する神経学的疾患を治療することもできる。一般的に、原核生物病因物質としては、細菌、たとえばヘモフィルス・インフルエンゼ、ナイセリア・メニンギティディス、ストレプトコッカス・ニューモニア、シュードモナス・エルギノーサ(緑膿菌)、エシェリキア・コリ(大腸菌)、クレブシエラ・エンテロバクター、プロテウス属の種、マイコバクテリウム・ツベルクローシス(結核菌)、スタフィロコッカス・アウレウス、ならびにリステリア・モノサイトゲネスがある。また、感染性疾患は、真核生物、たとえば菌類によって引き起こされたものでもよい。本発明の方法で治療を行うことのできる重要な菌類としては、クリプトコッカス、コクシディオイデス・イミチス、ヒストプラズマ、カンジダ、ノカルジア、ならびにブラストミセスがある。
【0011】
本発明の方法で使用する治療用薬剤は、デリバリーシステム、たとえばマクロ分子複合体、ナノカプセル、微小球、あるいはビーズの形状とした合成あるいは天然重合体、ならびに脂質含有系、たとえば水中油型乳液、ミセル、混合ミセル、合成膜小胞、および再封止赤血球に含有させて、脳脊髄液に投与される。これらのシステムは、まとめて、分散系として知られている。こうした系を構成する粒子は、通常、粒径が約20nm−50μmである。粒径をこうした範囲とすると、粒子を製剤用緩衝液に懸濁させ、注射器を用いて脳脊髄液に注入することが可能となる。粒子は脳室から投与することもできるが、鞘内に投与する方が好ましい。特に好適なのは、腰椎穿刺による粒子の注入である。
【0012】
分散系の調製にあたって使用する材料は、通常、フィルター滅菌による滅菌が可能で、無毒で、生分解性であり、たとえば、アルブミン、エチルセルロース、カゼイン、ゼラチン、レシチン、リン脂質、ダイズ油をこの方法で使用することができる。重合体分散系は、マイクロカプセル化のコアセルベーションと似た方法で調製することができる。場合によっては、比重を変えることによって分散系の密度を変更して、分散液の密度を脳脊髄液より高くしたり、低くしたりすることができる。たとえば、イオヘキソール、イオジキサノール、メトリザミド、スクロース、トレハロース、グルコースをはじめとする比重の高い生体適合性の分子を加えることによって、分散物質の比重を高くすることができる。
【0013】
本発明で使用することのできる分散系の一種としては、治療用薬剤の重合体マトリクスへの分散液がある。治療用薬剤は、重合体マトリクスが分解あるいは生分解されるにつれて放出され、分解あるいは生分解された重合体マトリクスは、可溶性生成物となって、体外へと排出される。こうした目的では、いくつかの群の合成重合体、たとえば、ポリエステル(Pitt, et al., in Controlled Release of Bioactive Materials, R. Baker, Ed. Academic Press, New York, 1980)、ポリアミド(Sidman, et al., Journal of Membrane Science, 7:227, 1979)、ポリウレタン(Maser, et al., Journal of Polymer Science, Polymer Symposium, 66: 259, 1979)、ポリオルトエステル(Heller, et al., Polymer Engineering Science, 21: 727, 1981)、ポリ無水物(Leong, et al., Biomaterials, 7: 364, 1986)が研究されている。PLAならびにPLA/PGAのポリエステルについては、多数の研究がすでになされている。こうした研究がなされているのは、もちろん、利便性や安全性を配慮してのことである。これらの重合体は、生分解性の縫合糸としてすでに使用されているので入手が容易であり、分解して無毒の乳酸ならびにグリコール酸となる(U.S. 4,578,384、U.S. 4,765, 973を参照されたい。これらの文献は、本明細書に参考文献として包含される。)。
【0014】
固体重合体分散系は、塊状重合、界面重合、溶液重合、ならびに開環重合といった重合法を使用することによって合成することができる(Odian, G., Principles of Polymerization, 2nd ed., John Wiley & Sons, New York, 1981)。これらの方法のうちの任意のものを用いることによって、機械的特性、化学的特性、生分解特性が多岐にわたる各種の異なった合成重合体が得られ、各種の特性や性質のこうした違いは、反応温度、反応物質の濃度、溶媒の種類、反応時間といったパラメータを変化させることによって制御することができる。場合によっては、固体重合体分散系を、まず大きめの塊として生成してから、粉砕などの処理を行って、適当な生理緩衝液への分散状態を維持するうえで十分に小さい粒子とすることもできる(U.S. 4,452,025、U.S. 4, 389, 330、U.S. 4,696,258を参照されたい。これらの文献は、本明細書に参考文献として包含される。)。
【0015】
生分解性の板、円柱、球から治療用薬剤が放出されるメカニズムは、 Hopfenberg(in Controlled Release Polymeric Formulations, pp. 26-32, Paul, D.R. and Harris, F.W., Eds., American Chemical Society, Washington, D.C., 1976)によって記載されている。放出量がマトリクスの崩壊によって主に調節されるようなこうしたデバイスからの添加剤の放出は、下記の単純な式によって表される。
【0016】
t/M=1−[1−k0t/C0a]n
式中のnは、球では3、円柱では2、板では1である。記号aは、球あるいは円柱の半径、または板の半分の厚さを表す。MtとMは、それぞれ、時間tならびに無限時間の経過後の放出薬剤質量である。
【0017】
本発明の分散系としては、合成膜小胞が最も好適である。「合成膜小胞」という用語は、通常リポソームとして知られている、同心円状の空間を1つ以上有する構造、ならびに単一の二重層膜によって画された複数の非同心円状の空間を有する構造のことを称するものである。
【0018】
リン脂質を水性溶媒に分散すると、リン脂質は膨潤して水和し、水性媒体が脂質二重層を隔てている多重ラメラの同心円状の二重層小胞を自発的に形成する。こうした系は、通常、多重ラメラリポソームあるいは多重ラメラ小胞(MLV)と称され、直径が、約100nm−約4μmの範囲である。MLVを超音波処理すると、直径が約20nm−約50nmの範囲の小型の単ラメラ小胞(SUV)が生じ、このSUVは、その中心部分に水性溶液を含有している。
【0019】
合成膜小胞の組成は、通常、リン脂質、特に相転移温度の高いリン脂質と、ステロイド、特にコレステロールとの組み合わせである。他のリン脂質あるいは脂質を使用することも可能である。
【0020】
合成膜小胞を製造するうえで有用な脂質の例としては、ホスファチジル化合物、たとえばホスファチジルグリセロール、ホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルエタノールアミン、スフィンゴ脂質、セレブロシド、ならびにガングリオシドがある。特に有用なのは、脂質部分が14−18個の炭素原子、特に、16−18個の炭素原子を含んでおり、飽和しているジアシルホスファチジルグリセロールである。リン脂質の具体例としては、卵ホスファチジルコリン、ジパルミトイルホスファチジルコリン、ならびにジステアロイルホスファチジルコリンがある。
【0021】
治療用薬剤を含有する小胞を調製するにあたっては、薬剤の封入効率、薬剤の不安定性、得られる小胞群の均一性ならびに粒径、薬剤対脂質の比、製剤の透過性の不安定性、ならびに処方剤の製剤学的許容性といった変化するものについて考慮する必要がある(Szoka, et al., Annual Reviews of Biophysics and Bioengineering, 9:467, 1980; Deamer, et al., in Liposomes, Marcel Dekker, New York, 1983, 27; Hope, et al., Chem. Phys. Lipids, 40: 89, 1986 )。
【0022】
場合によっては、各種の程度の標的特異性を有する合成膜小胞を製造することも可能である。小胞のターゲティングは、解剖学的要因とメカニズム的要因とに基づいて分類されている。解剖学的分類は、選択性のレベル、たとえば器官特異性であるのか、細胞特異性であるのか、小器官特異性であるのかに基づいている。メカニズム的ターゲティングは、さらに、ターゲティングが受動的であるか能動的であるかにもとづいて区別することができる。受動的ターゲティングでは、洞様毛細血管を含む器官の細網内皮系(RES)の細胞に運ばれるという小胞の天然の傾向を利用する。一方、能動的ターゲティングでは、小胞を特異的なリガンド、たとえばモノクローナル抗体、糖、糖脂質、あるいはタンパク質とカップリングしたり、小胞の組成あるいは粒径を変えたりすることにより、小胞の改変を行って、天然に局在化が生じる部位以外の器官や細胞の種類にターゲテイングされるようにする。また、小胞が、毛細血管床に物理的に局在化してもよい。
【0023】
本発明では、分散系として、再封止した赤血球を使用することもできる。赤血球を低張溶媒に懸濁すると、膨潤が生じて細胞膜が破断する。その結果、直径約200−500オングストロームの孔が形成され、細胞内環境と細胞外環境の平衡化が生じることとなる。次にこの周囲溶媒のイオン強度を等張条件に調整し、細胞を37゜Cでインキュベートすると、孔が閉じ、赤血球が再封止される。この技術を使用すると、再封止した赤血球の内部に治療用薬剤を封入することができる。
【0024】
分散系の表面は、各種の方法で改変することができる。非脂質物質を、連結基を介して、一種以上の疎水基、たとえば約12−20個の炭素原子からなるアルキル鎖に結合させることもできる。合成膜小胞デリバリーシステムの場合、脂質基を脂質二重層に組み込んで、その化合物と膜二重層の安定的な結合状態(association)を保つことができる。その場合、脂質の鎖をその化合物と結合させるにあたって、各種の連結基を使用することができる。
【0025】
リガンドの場合にしてもレセプターの場合にしても、合成膜小胞と結合する分子の数は、小胞のサイズならびに結合分子のサイズ、標的細胞のレセプターあるいはリガンドに対するその分子の結合親和性などに応じて、場合によって変わってくる。大抵の場合、結合分子は、小胞の外側膜の二重層中の分子の総数に対する結合分子のパーセントにもとづいて、約0.05−約2モル%、好ましくは約0.1−約1モル%が、小胞上に存在する。
【0026】
一般に、ターゲティングされたデリバリーシステムの表面に結合させる各種の化合物は、分散系が所望の組織に能動的に「ホームイン」することを可能とするリガンドならびにレセプターとする。リガンドは、レセプターと称されるまた別の化合物と特異的に結合し、リガンドとレセプタで相同なペアを形成するような任意の所望の化合物とすることができる。分散系の表面に結合させる化合物は、分子量が約125−200であるような小型のハプテンから、これよりはるかに大型の、分子量が約6000以上である、但し一般には100万以下であるような抗体まで、多岐にわたるものとすることができる。タンパク質性のリガンドとレセプターが特に重要である。一般に、特定のエフェクタ分子と結合する表面膜タンパク質は、レセプターと称される。しかし、本発明で使用するレセプターの大半は抗体である。これらの抗体は、モノクローナル抗体でもポリクローナル抗体でもよく、エピトープ決定基と結合することのできる断片、たとえば、Fab、F(ab’)2、ならびにFvでもよい。タンパク質、たとえば抗体の合成膜小胞との結合技術は周知のものである(U.S. 4,806,466、U.S. 4,857, 735を参照されたい。これらの文献は、本明細書に参考文献として包含される。)。
【0027】
「治療用薬剤」という用語は、本明細書で本発明の組成物について使用する場合には、薬剤、放射性同位元素、ならびに免疫調整剤を包含するものであって、制限はない。当業者であれば、他の同様の物質についても、承知しているか、あるいはすぐに確認できるはずである。治療用薬剤と、所定の種類の分散系との組み合わせで、その組み合わせが他の組み合わせより適合性が高いというような組み合わせは当然ありうる。たとえば、固体重合体分散系の製造方法は、タンパク質性の治療用物質が有する持続性の生物活性とは適合しない可能性がある。しかし、特定の治療用物質と特定の分散系との非適合性の組み合わせを生ずるような諸条件は周知であったり、容易に確認できたりするので、こうした問題が生じる可能性を回避するのも日常的な作業である。
【0028】
分散系に含有させることのできる薬剤としては、非タンパク質性の薬剤ならびにタンパク質性の薬剤がある。「非タンパク質性の薬剤」という用語は、古典的に薬剤と称されていた化合物、たとえば、マイトマイシンC、ダウノルビシン、ビンブラスチン、AZT、ならびに各種ホルモンを包含するものである。特に重要なのは、抗腫瘍性の細胞周期特異的な薬剤、たとえばシタラビン、メトトレキセート、5−フルオロウラシル(5−FU)、フロキシウリジン(FUDR)、ブレオマイシン、6−メルカプト−プリン、6−チオグアニン、フルダラビンリン酸塩、ビンクリスチン、ならびにビンブラスチンである。本発明で使用できる他の同様の物質についても、当業者には周知のはずである。
【0029】
分散系に含有させることのできるタンパク質性の薬剤としては、免疫調整剤をはじめとする生体応答調整剤、ならびに抗生物質がある。「生体応答調整剤」という用語は、特定の所望の治療効果、たとえば、腫瘍細胞の破壊を増強するようなかたちで免疫応答の調整に関与する物質を包含するものである。免疫応答調整剤の例としては、リンホカインのような化合物がある。リンホカインの例としては、腫瘍壊死因子、インターロイキン、リンホトキシン、マクロファージ活性化因子、遊走阻止因子、コロニー刺激因子、ならびにインターフェロンがある。分散系に含有させることのできるインターフェロンとしては、α−インターフェロン、β−インターフェロン、γ−インターフェロン、ならびにそのサブタイプがある。また、こうしたタンパク質性の薬剤から誘導したり、それとは独立に誘導したりしたペプチドあるいは多糖の断片を含有させることもできる。当業者であれば、タンパク質性の薬剤として作用しうる他の物質についても、承知しているか、あるいはすぐに確認できるはずである。
【0030】
細胞増殖性疾患、たとえば腫瘍を治療するにあたって放射性同位元素を使用する際には、腫瘍の分布および大きさ、そして同位元素の安定性および放射性といった要因によっては、ある種の放射性同位元素の方が、別の放射性同位元素より好適な場合もある。存在している悪性腫瘍の種類によっても、ある種の放射体の方が、別の放射体より好ましい場合がある。一般に、免疫療法では、αおよびβ粒子を放射する放射性同位元素が好適である。たとえば、患者が固形腫瘍の病巣を有している場合であれば、数ミリの組織を貫通しうる高エネルギーのβ放射体、たとえば90Yが好適であろう。一方、白血病のように悪性疾患が単一の標的細胞から構成されている場合であれば、短い距離で高エネルギーのα放射体、たとえば212Biが好適であろう。治療目的で分散系に含有させることのできる放射性同位元素の例としては、125I、131I、90Y、67Cu、212Bi、211At、212Pb、47Sc、109Pd、ならびに188Reがある。分散系に含有させることのできる他の放射性同位元素についても、当業者には周知のはずである。分散系に抗体を含有させる場合には、抗体は、モノクローナル抗体であっても、ポリクローナル抗体であっても、治療用薬剤で標識しても、しなくてもよい。「抗体」あるいは「イムノグロブリン」という用語は、本明細書で使用する場合には、完全な分子ばかりでなく、細胞増殖性あるいは感染性の神経学的疾患の病因物質上に存在しているエピトープ決定基と結合することのできる断片、たとえば、Fab、F(ab)2、ならびにFvも包含するものである。抗体に結合する場合には、治療用薬剤は、直接結合することも、間接的に結合することもできる。間接的な結合の例としては、スペーサ部分を使用する例がある。こうしたスペーサ部分は、可溶性とすることも、不溶性とすることも可能で(Diener, et al., Science, 231: 148, 1986)、薬剤が標的部位で抗体分子から放出されるよう選択することができる。免疫療法に際して抗体と結合させることのできる治療用薬剤の例としては、上述の薬剤および放射性同位元素、ならびにレクチンおよびトキシンがある。
【0031】
レクチンは、通常は植物性物質から単離されるタンパク質で、特定の糖部分と結合する。多くのレクチンは、細胞を凝集させたり、リンパ球を刺激したりすることも可能である。しかし、リシンは毒性のレクチンで、免疫治療に際して使用されてきた。その際には、リシンのαペプチド鎖(リシンの毒性を生じている部分)を抗体分子と結合させ、毒性効果の部位特異的デリバリーを実現するのが好適である。
【0032】
トキシンは、植物、動物、あるいは微生物によって産生される有毒物質で、用量が十分多いと往々にして致死性ともなりうる物質である。ジフテリアトキシンは、コリネバクテリウム・ジフテリア(Corynebacterium diphtheria)によって産生される物質で、治療に使用することができる。このトキシンは、αならびにβサブユニットから構成されており、適切な条件下では、これらのサブユニットを分離することができる。毒性のα成分を抗体と結合して、抗体が特異性を有している標的細胞への部位特異的デリバリーに使用することができる。モノクローナル抗体と組み合わせることのできる他の治療用薬剤も公知であり、当業者であれば、容易に確認することができる。
【0033】
標識あるいは未標識抗体も、各種の治療用薬剤、たとえば本明細書に記載した治療用薬剤と組み合わせて使用することができる。特に好ましいのは、モノクローナル抗体と、免疫調整剤あるいは他の生体応答調整剤との併用療法である。一例を挙げると、モノクローナル抗体は、α−インターフェロンと組み合わせて使用することができる。この治療法は、腫瘍細胞によるモノクローナル抗体に対して反応性の抗原の発現を増大させることによって、モノクローナル抗体の腫瘍へのターゲティングを増強するものである(Greiner, et al., Science, 235: 895, 1987)。複数の非同心円状の空間を有する合成膜小胞を使用した分散系は、非同心円状の空間のそれぞれに各種の治療用薬剤を封入することができるので、併用療法で特に有用である。当業者であれば、各種の生体応答調整剤から適当なものを選び出して、併用するモノクローナル抗体あるいは他の治療用薬剤の薬効を増強する所望のエフェクタ機能を創出することができるはずである。
【0034】
本発明のモノクローナル抗体を、各種の治療用薬剤、たとえば本明細書に記載した治療用薬剤と組み合わせて使用する場合には、モノクローナル抗体と治療用薬剤の投与は、通常、実質的に同時期に行うこととなる。「実質的に同時期」という用語は、モノクローナル抗体と治療用薬剤が、時間的に相当近接して同時に投与されることを意味する。通常、治療用薬剤を投与してから、モノクローナル抗体を投与するのが好適である。たとえば、治療用薬剤を、モノクローナル抗体を投与する1−6日前に投与することができる。治療用薬剤の投与は、たとえば、神経学的疾患の性状、患者の状態、薬剤の半減期といった要因に応じて、毎日行うことも、あるいは任意の間隔をおいて行うこともできる。
【0035】
本発明の組成物に関して使用する場合、「治療上有効な」という用語は、治療用薬剤が、その治療用薬剤が目的としている特定の医学上の効果を達成するのに十分な濃度で存在することを意味する。達成しうる所望の医療効果としては、化学療法、抗生物質療法、ならびに代謝の調節があるが、これらに限定されるものではない。正確な用量は、その特定の治療用薬剤の種類および所望の効果といった要因、ならびに年齢、性別、一般的状態などの患者側の要因に左右される。当業者であれば、こうした各種の要因を考慮し、使用して、過度の実験を行わなくても、治療上有効な濃度を容易に設定することができるはずである。
【0036】
以上の記載は、本発明を例示するためのものであって、本発明の範囲は、これらの記載によって限定されるものではない。実際、当業者であれば、過度の実験を行わなくても、本明細書の教示内容にもとづいて、さらなる実施態様を容易に考案し、製造することができるはずである。
【0037】
実施例1
デポ/ARA−C(DTC101)の製造
この実施例では、単一の二重層膜で画され、ara−Cの入った複数の非同心円状の空間を有する合成膜小胞の製造について説明する。
【0038】
2インチの撹拌用ブレードを装着した13リットル入りのガラス製ホモジナイザー容器中で、ジオレイルレシチン(8.3g)、ジパルミトイルホスファチジルグリセロール(1.66g)、コレステロール(6.15g)、およびトリオレイン(1.73g)を、800mlのクロロホルムと混合した(脂質相)。次に、シトシンアラビノシド(33mg/ml)を0.151NHCl(最終容量、1.2リットル)に溶解し、ホモジナイザー容器に加えた。油中水型のエマルジョンを形成するために、混合用ブレードを、800rpmで10分間回転させた。
【0039】
遊離塩基リシン(40mM)ならびにグルコース(3.2%)を含む低イオン強度の水性成分をホモジナイザーに加えてクロロホルム小球を形成し、混合用ブレードを3500rpmで90秒間回転させた。クロロホルムを除去するべく、窒素ガスを62リットル/分で混合物の中に30分間吹き込み、その間容器を35゜Cに加熱した。得られた生成物を精製し、ポリスルホン中空糸(孔径0.1μ、表面積8平方フィート)を使用したダイアフィルトレーションによって濃縮した。
【0040】
実施例2
デポ/ARA−C封入物を用いた鞘内ならびに脳室内投与による治療
【0041】
A.患者ならびに方法
癌という組織学的診断結果と、新生物性髄膜炎という放射線学的あるいは細胞学的検査結果とを有している12名の患者を治療した。このヒトで研究は、UCSDのヒューマン・サブジェクツ・コミッティーによる承認を得てから実施されたものである。実施状況に要件はなく、研究以前に脳脊髄液内投与による化学療法を行っていてもよいとされた。患者には、合計47用量のDTC101が与えられた。4名の患者が血液学的悪性疾患に罹患しており、8名の患者が固形腫瘍に罹患していた(表1)。5名の患者に、全身的化学療法による並行的な治療を行った。
【表1】

芽球クリーゼ状態の慢性髄膜炎性白血病の患者1名以外の全患者の右側脳室に、オマヤレザバーを載置した。治療としては、2−3週に1回、保存剤を含有しない0.9%NaCl溶液へ懸濁させたDTC101を、脳室あるいは腰椎鞘経由で、一回の注射で投与した。レザバーは、DTC101の投与後ならびに脳脊髄液をサンプリングするごとに、自己由来の脳脊髄液で洗浄した。
【0042】
B.処置
評価が可能であった2名の患者では、3回以上のサイクルを行ってから、初回量の12.5mgを増量した(25、37.5、50、125mg)。病状が進行するか、最大量の7用量となるまで治療を継続した。最初の一連の検査では、病歴および理学検査ならびに一通りの神経学的検査、全血球数(CBC)および血小板数、細胞学的検査用の脳脊髄液試料、血清の化学的性質、適当な造影剤を用いたまたは用いないCTあるいはMRスキャン、インジウム−DTPA脳脊髄液流動研究を行った(Chamberlain, et al., Neurol., 40:435-438, 1990; Chamberlain, et al., Neurol., 41: 1765-1769, 1991)。DTC101の各サイクルの前に、神経学的履歴を一通り調べ、検査を行い、血球数と化学的性質を調べ、細胞学的検査用の脳脊髄液の試料を採取した。一週間以上の間隔をおいて2回続けて行った脳脊髄液の細胞学的検査が陰性であった場合に、完全な細胞学的応答が生じたと定義し、完全な応答を示さないものは、無応答と判定した。細胞学的所見が陰性から陽性に変わった場合に、進行性の疾患であると判定した。実質の中枢神経系の病変、あるいは中枢神経系の外側の病変の変化は、CSR内の治療によって影響を受けるとは考えられないので、応答の判定に際して使用しなかった。処置によって生じた各種の中毒症状は、米国国立癌研究所(National Cancer Institute)の「共通中毒症状スケール(Common Toxicity Scale)」で評価した。
【0043】
図1は、12.5−125mgの範囲の各種用量のDTC101を脳室内に投与した後の、脳脊髄液でのシタラビンの薬物動態を示すものであり、その際、脳脊髄液の試料は、DTC101を投与したのと同じ脳室から採取した。図A:シタラビンの合計濃度。図B:遊離シタラビンの濃度。データの各点は、3回以上のコースから得られた平均値であり、誤差バーは、平均の標準誤差を示す。最大許容量(75mg)を脳室内に投与した後、脳室の遊離シタラビン(デポフォーム(DepoFoam)粒子から脳脊髄液に放出されるシタラビン)の濃度は、平均初期(α)半減期が9.4±1.6時間(SEM)、末期(β)半減期が14.1±23時間(SEM)で指数的に低減した。合計脳室濃度は(遊離シタラビン+封入シタラビン)も、同様に指数的に低減した。
【0044】
薬物動態学的研究
脳室の脳脊髄液と血液の試料を、投与直前と、投与後1時間、そして1、2、4、7、14、21日後に採取した。何人かの患者では、腰椎の脳脊髄液の試料を、腰椎の脳脊髄液の細胞学的性質の評価の一部として、上記採取時点の1時点で採取した。腰椎内投与に関しては、1時間後の試料のかわりに、腰椎嚢の試料を投与の3分後に採取した。採取した脳脊髄液ならびに血液の試料は、いずれも、最終濃度で40μMのテトラヒドロウリジンの入った試験管に採取し、シタラビンがシチジンデアミナーゼによってインビトロで異化作用を生じてウラシルアラビノシド(ara-U)となるのを防止した。ヘパリンを加えた血液試料をただち氷上に載置し、遠心分離によって血液細胞から血漿を単離した。脳脊髄液の試料を600×gで5分間遠心分離して、デポフォームの粒子を遊離シタラビン分画から分離した(上清)。200μlのメタノールと蒸留水中で順次撹拌することによって、デポフォームのペレットを溶解した。脳脊髄液の遊離シタラビン分画は、それ以上の処理を行なわずに分析した。血漿を、限外濾過した(YMT膜、No. 4104;米国マサチューセッツ州ダンバース(Danvers, MA)、アミコン社(Amicon Corp.))。脳脊髄液と血漿の試料を−20゜Cで凍結保存しておいてから、すでに記載されている方法(Kaplan, JG, et al., J. Neuro-Onc., 9: 225-229, 1990)を改変した方法で分析した。試料の分析は、高速液体クロマトグラフィー装置(米国マサチューセッツ州ミルフォード(Milford, MA)、ウォーターズアソシエーツ(Waters Associates))を、254mmと280mm紫外線検出装置、2つの直列につないだペコスフィア(Pecosphere)C−18逆相カラム(3X3Cカートリッジ、米国コネティカット州ノーウォーク(Norwalk, CT)、パーキン−エルマー(Perkin-Elmer))、ならびに流速1.0ml/分の無勾配流動相である6.7mMリン酸カリウム/3.3mMリン酸混合物(pH2.8)とともに使用することによって行った。シタラビンの保持時間は6分間、主要な代謝産物であるara-Uの保持時間は7分間であった。互いに干渉するピークはなかった。
【0045】
薬物動態学的曲線は、指数関数C(t)=Ae-αt+BEβtにあてはまり、ここで、C(t)は時間5の時点での濃度、AおよびBは定数、そしてαおよびβは初期速度定数および末期速度定数である。RSTRIPプログラム(マイクロマッツ・サイエンティフィック・ソフトウェア(MicroMath Scientific Software)、米国ユタ州ソルトレークシティ(Salt Lake City, UT))を使用して、反復非線形回帰によって曲線をあてはめた。濃度−時間曲線下面積(AUC)は、線形台形公式によって最後に測定した濃度まで決定し、無限大まで外挿法によって推定した。シタラビンのCSRからのクリアランスを、シタラビンの投与量をAUCで割ることによって決定した。脳脊髄液中のシタラビンの初期分布容積(Vd)を、シタラビンの用量を1時間の時点で測定した濃度で割ることによって、計算した。
【0046】
表2には、薬物動態学的パラメータの詳細を、用量の関数として示す。用量を12.5mgから125mgに増大させても、半減期(T1/2)、分布容積(Vd)、ならびにクリアランス(Cl)が有意に変動することはなかった。
【表2】

【0047】
図2は、DTC101を投与してから1時間後に測定した最大脳室シタラビン濃度(図A)、及び脳脊髄液の薬剤被爆量(AUC、図B)を、脳室に投与した用量の関数として示す。白丸及び黒丸は、それぞれ、合計シタラビン濃度及び遊離シタラビン濃度を示す。データの各点は、3回以上のコースから得られた平均値であり、誤差バーは、平均の標準誤差を示す。これらの薬物動態学上のパラメータと用量との間には線形の関係があり、調べた範囲の用量では、クリアランスの過程が飽和することはないことが示唆された。ara−Uの合計AUCは、脳脊髄液中のシタラビンの合計AUCの、平均で3.7±0.9%(SEM)であった。血漿では、どの時点でもシタラビンもara−Uも検出されなかった(シタラビン及びara−Uの検出限界=0.25μg/ml)。
【0048】
腰椎の脳脊髄液試料は、最大許容量(75mg)のDTC101を脳室に投与した後に、2名の患者での5回のコースの間に採取を行った。図3では、脳室の薬剤濃度及びDTC101の粒子数を、腰椎のクモ膜下腔の値と比較している。図には、脳室(黒丸)及び腰椎(白丸)のシタラビン濃度の比較(図A及びBは、それぞれ合計シタラビン濃度と遊離シタラビン濃度)と、ならびにDTC101の粒子数との比較(図C)を、DTC101を脳室内に投与してから経過した時間の関数として行っている。初期脳室内遊離シタラビン濃度は、半減期6.8時間で指数的に減少し、腰椎脳脊髄液ではシタラビンが1.25時間後に検出可能となり、倍加時間0.53時間で急激に上昇した。その後、腰椎及び脳室の遊離及び合計のシタラビン濃度は並行して減少し、腰椎の薬剤濃度は、減衰曲線の末期相を通じて、脳室内の薬剤濃度と同程度のままであった。
【0049】
脳室及び腰椎内の脳脊髄液試料は、DTC101を腰椎穿刺によって鞘内に投与した4名の患者から採取した。図4には、脳室の脳脊髄液で遊離シタラビンの治療有効濃度(>0.1μg/ml)が腰椎穿刺による鞘内投与の後3−6日間にわたって保持され、腰椎内投与後14日間にわたって、脳室の脳脊髄液で有意な合計シタラビン濃度が検出されたことが示されている。DTC101を腰椎に投与してから経過した時間の関数としての脳室の脳脊髄液のシタラビン濃度(実線)、3分及び14日経過後の腰椎の脳脊髄液のシタラビン濃度(破線)。白四角及び白丸は合計シタラビン濃度を示し、黒四角及び黒丸は遊離シタラビン濃度を示す。腰椎内への投与の後、腰椎のクモ膜下腔では、14日以上にわたって遊離シタラビンの治療有効濃度が保持された。
【0050】
表3には、DTC101による毒性を用量の関数として示す。毒性は一過性であり、DTC101を下記の量投与しても薬剤に関連した毒性によって治療に遅延が生じることはなかった。125mgのDTC101を脳室内に投与してから36時間経過後に発症した毒性脳障害に起因する死亡例が1例あった。この患者は、脳の基底部での脳脊髄液の流れを部分的に遮断するための脳全体への照射(5回に分けて20Gy)も同時に受けていた。DTC101を投与する2カ月前に自己骨髄移植を受けていた患者1名を除き、DTC101によると思われる血液学的毒性は認められなかった。DTC101の最大許容量は75mgであり、用量制限的毒性は用量を125mgとした際に生じ、この用量では、過度の嘔吐及び脳障害が認められた。
【表3】

【0051】
表4には、2−4mgの用量のデキサメタゾンの1日2回の経口投与が、DTC101に関連する毒性を緩和する上で大きな効果を有していたことが示されている。発熱、頭痛、吐き気/嘔吐はいずれも抑制された。3名の患者にデキサメタゾンを経口投与しつつDTC101を投与し、またデキサメタゾンの経口投与を行わずに同量のDTC101を投与した。3名の患者は、いずれもデキサメタゾンの投与を行わない場合には毒性を呈し、デキサメタゾンの投与を同時に行った場合には毒性がほぼ完全に抑制された。
【表4】

【0052】
4名の患者を、DTC101を腰椎の鞘内に投与して治療した。毒性は、9サイクル中の4サイクルでグレード1−2の軽い背中の痛みが認められた以外は、DTC101を脳室内に投与した後に観察されるものと類似していた。
【0053】
12名の患者のうち9名は、治療直前の脳脊髄液の細胞学的所見が陽性であった。細胞学的評価を行うことが可能なこれらの9名の患者のうちの7名では、DTC101での治療によって脳脊髄液の悪性細胞がなくなった(表5)。応答の持続期間は2−26週にわたっており、中央値は16週であった。応答を示さない患者のうちの1名はエイズ関連非ホジキンリンパ腫に罹患しており、もう1名の患者は原発性の脳腫瘍に罹患していた。検討を行った全患者の生存期間は、3−64週の範囲であった(中央値:21週)。
【表5】

【0054】
12名の患者のうち3名は、CT又はMRIスキャンで調べると新生物性髄膜炎の兆候を示していたものの、治療前の脳脊髄液の細胞学的所見が陰性であったので、細胞学的応答について評価することはできなかった。しかし、これらの3名の患者のいずれも、治療中に脳脊髄液が陽性の細胞学的所見を示すことはなかった。
【0055】
驚くべきことに、細胞学的応答は全ての用量レベルで認められ、用量が多い場合に限定されてはいなかった。多発性骨髄腫の患者1名は、DTC101の25mgの用量レベルで最初に細胞学的に応答した後に再発し、DTC101の用量を増やすと(37.5mg)再度応答した。頭痛を示す5名の患者のうち3名は、DTC101の治療に対して応答した。治療の開始時に病巣性の神経性欠陥(眼筋麻痺若しくは不全対麻痺)又は散在性の神経性欠陥(急性錯乱状態)を有していた患者では、臨床上の改善点は認められなかった。
【0056】
本発明のいくつかの実施態様について記載した。しかし、本発明の精神及び範囲から逸脱することなく各種の改変を行うことも、また可能であると理解されるであろう。したがって、本発明は特定の具体的に示した実施態様によって限定されるのではなく、添付した請求の範囲によってのみ限定されると理解すべきである。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1A】図1Aは、脳室内に投与したDTC101の脳室の脳脊髄液での薬物動態を、12.5−125mgの範囲の用量の関数として示すものである。
【図1B】図1Bは、脳室内に投与したDTC101の脳室の脳脊髄液での薬物動態を、12.5−125mgの範囲の用量の関数として示すものである。
【図2】図2は、最大脳脊髄液シタラビン濃度(図2a)ならびにAUC(図2B)を、用量の関数として示す。
【図3】図3は、脳室のシタラビン濃度(黒丸)と腰椎のシタラビン濃度(白丸)の比較[図AならびにBは、それぞれ、シタラビン合計濃度と遊離シタラビン濃度]と、DTC101の粒子数(図C)とを、DTC101の脳室内投与後の経過時間の関数として示す。
【図4】図4は、DTC101を腰椎に投与した後の、経過時間の関数としての脳室の脳脊髄液のシタラビン濃度(実線)、そして、3分ならびに14日経過後の腰椎の脳脊髄液のシタラビン濃度(破線)を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生分解性の脂質含有合成膜小胞分散系に含有させた治療用薬剤を含み、かつ、疾患を有するヒトの脳脊髄液(CSF)に投与された場合に、疾患を軽減するうえで十分な時間、薬剤が脳室腔内に存在しつづけることが可能であることを特徴とする、神経学的疾患の軽減のための医薬組成物。
【請求項2】
神経学的疾患が細胞増殖性疾患である請求の範囲第1項に記載の医薬組成物。
【請求項3】
神経学的疾患が新生物性髄膜炎である請求の範囲第1項に記載の医薬組成物。
【請求項4】
神経学的疾患が感染性疾患である請求の範囲第1項に記載の医薬組成物。
【請求項5】
感染性疾患がレンチウイルスによってひきおこされるものである請求の範囲第4項に記載の医薬組成物。
【請求項6】
感染性疾患が原核生物によってひきおこされるものである請求の範囲第4項に記載の医薬組成物。
【請求項7】
感染性疾患が真核生物によってひきおこされるものである請求の範囲第4項に記載の医薬組成物。
【請求項8】
神経学的疾患が代謝不全によるものである請求の範囲第1項に記載の医薬組成物。
【請求項9】
治療用薬剤が、抗腫瘍薬、抗細菌剤、及び抗ウイルス剤からなる群から選ばれるものである請求の範囲第1項に記載の医薬組成物。
【請求項10】
抗腫瘍薬がシタラビンである請求の範囲第9項に記載の医薬組成物。
【請求項11】
合成膜小胞がリポソームである請求の範囲第1項に記載の医薬組成物。
【請求項12】
リポソームが複数の同心円状の空間を有している請求の範囲第11項に記載の医薬組成物。
【請求項13】
合成膜小胞が複数の非同心円状の空間を有している請求の範囲第1項に記載の医薬組成物。
【請求項14】
分散系が脳脊髄液より比重が高いものである請求の範囲第1項に記載の医薬組成物。
【請求項15】
分散系が、脳脊髄液より比重が高い分子を封入することによって分散液の比重を脳脊髄液より高くしたものである請求の範囲第14項に記載の医薬組成物。
【請求項16】
脳脊髄液より比重が高い分子が、炭水化物である請求の範囲第15項に記載の医薬組成物。
【請求項17】
炭水化物が、スクロース、トレハロース、ならびにグルコースよりなる群から選ばれるものである請求の範囲第16項に記載の医薬組成物。
【請求項18】
分散系が脳脊髄液より比重が低いものである請求の範囲第1項に記載の医薬組成物。
【請求項19】
分散系が標的特異性である請求の範囲第1項に記載の医薬組成物。
【請求項20】
分散系が、糖、糖脂質及びタンパク質からなる群から選ばれる部分とのカップリングによって能動的にターゲティングされている請求の範囲第19項に記載の医薬組成物。

【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−67771(P2009−67771A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−138349(P2008−138349)
【出願日】平成20年5月27日(2008.5.27)
【分割の表示】特願平6−525365の分割
【原出願日】平成5年5月14日(1993.5.14)
【出願人】(500104532)パシラ ファーマシューティカルズ インコーポレーテッド (8)
【Fターム(参考)】