説明

神経突起伸展促進剤

【課題】 入手が容易であり且つ安全性の高い原料から、神経突起伸展促進作用を有する薬剤を容易に製造し、安価に提供することを目的とする。
【解決手段】 穀類(特に大麦、小麦、稲の種子)、豆類(特に大豆の種子)からの水もしくはアルコール抽出物を有効成分として含有してなる、神経突起伸展促進作用(特には、神経栄養因子の活性を増強する作用)を有する薬剤、を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、穀類(特に大麦、小麦、稲の種子)、豆類(特に大豆の種子)からの水もしくはアルコール抽出物を有効成分としてなる、神経突起伸展促進作用(特には、神経栄養因子の活性を増強する作用)を有する薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
神経が機能を発揮するには、神経細胞間で情報伝達を行うネットワーク形成が必須である。このネットワーク形成には、まず神経細胞から神経突起を伸展する必要がある。
高齢化社会の到来により深刻さを増している認知症やアルツハイマー病などの神経疾患は神経細胞の神経突起消失が認められ、神経突起伸展の誘導による治療が有用と考えられている。
神経突起伸展誘導による治療が有用と考えられている疾患として、糖尿病性神経障害、末梢神経疾患に付随する運動障害および知覚障害、アルツハイマー病、脊髄損傷などの中枢神経障害、認知症がある。これら神経疾患の有病率は加齢に伴い増加する傾向を示し、その新しい治療および予防法は、高齢化が進む現在、速やかな開発が求められている。
【0003】
神経突起を伸展させる物質としては神経成長因子(NGF)などの神経栄養因子が知られている。またペプチドやその他の合成低分子化合物が神経突起伸展促進能を有することも報告されている(特許文献1〜10参照)。しかし、これらの物質は製造に多大なコストがかかり、社会に広く安価に供給するには問題が大きい。
これまでに、脳内で産生される神経栄養因子そのものを神経突起伸展促進剤として用いる方法、ホルモンバランスを変えることによる脳内での神経栄養因子の産生量増加法、有機合成的手法で製造する神経突起伸展促進剤などが報告されている(特許文献1参照)。
【0004】
しかし、ホルモンバランスを変える手法をクレームとする特許は脳神経に過大な負荷を掛けるおそれがあり、課題が多い技術である。また、生体内に存在する神経栄養因子の精製や、有機合成により調製する神経突起伸展促進剤は、製造に多大なコストがかかり、大変に高価なものとなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−239712号公報(神経突起伸展剤)
【特許文献2】特開2006−42684号公報(神経突起伸張促進ポリペプチド)
【特許文献3】特開2006−52192号公報(神経突起伸張組成物)
【特許文献4】特開2007−230945号公報(神経突起伸長剤)
【特許文献5】特開2007−230946号公報(神経突起伸長剤)
【特許文献6】特開2008−7446号公報(神経栄養因子とその利用法)
【特許文献7】特開2008−189615号公報(神経突起伸張制御タンパク質)
【特許文献8】特開2009−132622号公報(神経突起伸張誘導剤)
【特許文献9】WO01/073024号公報(神経栄養因子の発現誘導剤)
【特許文献10】WO2005/097155号公報(神経突起伸張誘導剤)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記課題を解決し、入手が容易であり且つ安全性の高い原料から、神経突起伸展促進作用を有する薬剤を容易に製造し、安価に提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、穀類(特に大麦、小麦、稲の種子)、豆類(特に大豆)からの水もしくはアルコール抽出物に、神経突起伸展を促進する作用(特には、神経栄養因子の活性を増強する作用)があることを見出した。
【0008】
即ち、請求項1に係る本発明は、穀類及び/又は豆類からの水、アルコール、もしくは含水アルコール抽出物を有効成分として含有してなる神経突起進展促進作用を有する薬剤に関するものである。
請求項2に係る本発明は、前記穀類が大麦、小麦、稲のいずれか1以上の種子であり、前記豆類が大豆の種子である、請求項1に記載の神経突起進展促進作用を有する薬剤に関するものである。
請求項3に係る本発明は、前記アルコールが、エタノールである、請求項1又は2に記載の神経突起進展促進作用を有する薬剤に関するものである。
請求項4に係る本発明は、前記抽出物が、セロトニンアフィニティーカラム又はレクチンアフィニティカラムにより精製したものである、請求項1〜3のいずれかに記載の神経突起進展促進作用を有する薬剤に関するものである。
請求項5に係る本発明は、前記神経突起進展促進作用が、神経栄養因子の活性を増強する作用を有するものである、請求項1〜4のいずれかに記載の神経突起進展促進作用を有する薬剤に関するものである。
請求項6に係る本発明は、前記神経栄養因子がNGFである、請求項1〜5のいずれかに記載の神経突起進展促進作用を有する薬剤に関するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、‘入手が容易であり’且つ‘安全性の高い’原料である穀類(特に大麦、小麦、稲の種子)、豆類(特に大豆)から、単に水もしくはアルコールで抽出して抽出物を得ることによって、神経突起伸展促進作用(特に、神経栄養因子の活性を増強する作用)を有する薬剤を‘容易に’製造することを可能とする。
これにより、本発明は、原料の入手が容易で且つ工程が容易であるため、神経突起伸展促進作用を有する薬剤を、‘安価に’提供することを可能とする。
【0010】
また、本発明は、原料が穀類、豆類由来であり、製造工程において有害な化学薬品等を用いないため、投与において安全性に優れた薬剤を提供することを可能とする。
さらに、本発明は、規格外や廃棄される穀類や豆類、穀類の加工時に生じる廃棄物(米糠やフスマなど)、規格外の豆を有効に利用することを可能にする。
【0011】
また、本発明は、神経突起伸展促進による治療が有用と考えられている疾患である、アルツハイマー病、認知症、脊髄損傷などの中枢神経障害、;糖尿病性神経障害、末梢神経疾患に付随する運動障害および知覚障害、外傷等による運動障害および知覚障害、;に有効な治療予防手段を提供することができる。特に、高齢化社会の到来により深刻さを増している認知症やアルツハイマー病などの神経疾患に有効な治療予防手段を提供することを可能とする。
さらに、本発明によれば、神経から放出される物質によって促進される火傷、擦過傷、切り傷、手術創などの修復を促進する治療手段を提供することを可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例9において、セロトニンカラム精製を行った際の分離ピークを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、穀類(特に大麦、小麦、稲の種子)、豆類(特に大豆)からの水もしくはアルコール抽出物を有効成分としてなる、神経突起伸展促進作用(特には、神経栄養因子の活性を増強する作用)を有する薬剤に関する。
【0014】
<原料>
本発明は、原料として「穀類」と「豆類」を用いるものである。
ここで‘穀類’としては、イネ科植物のうち、食用となる澱粉質を含む種子をつける植物を指し、麦や稲だけでなく雑穀に分類される種類も含むものである。
具体的には、イネ科に属する稲(イネ)、小麦(コムギ)、大麦(オオムギ)、ライ麦(ライムギ)、燕麦(エンバク、オーツ麦、カラス麦の栽培種)、ワイルドグラス、シコクビエ、キビ、ヒエ、アワ、ハトムギ、トウモロコシ、モロコシ(タカキビ、コウリャン、ソルガム)、トウジンビエ、テフ、フェニオ、コドラ(コードンビエ)、マコモ、などを挙げることができる。
本発明では、これらの中でも、特に主要な穀類である「大麦」、「小麦」、「稲」を好適に用いることができる。また、小麦や大麦に近縁なライ麦、燕麦も好適に用いることができる。
【0015】
‘大麦’(オオムギ、barley)としては、Hordeum vulgareに属する植物であれば、如何なる品種、系統のものも用いることができる。
例えば、二条大麦、六条大麦、裸大麦(マンネンボシ)、皮大麦(ニシノチカラ)、などを挙げることができる。
また、‘小麦’(コムギ、wheat)としては、コムギ属(Triticum)に属する植物であれば、如何なる種、品種、系統のものも用いることができる。
例えば、T. aestivum(普通コムギ、パンコムギ)、T. compactum(クラブコムギ、密穂コムギ)、T. durum(デュラムコムギ、マカロニコムギ)、などを挙げることができる。
また、‘稲’(イネ)としては、Oryza sativaに属する植物であれば、ジャポニカ品種とインディカ品種を含めて、如何なる品種、系統のものも用いることができる。
例えば、一般良食米(コシヒカリなど)、低アミロース米、高アミロース米、低グリテリン米、もち米、黒米、赤米、紫米、などを挙げることができる。
【0016】
また、‘豆類’としては、豆科に属する食用の種類を挙げることができ、例えば、大豆、小豆、インゲンマメ、エンドウマメ、ソラマメ、などを挙げることができるが、特には、大豆を好適に用いることができる。
大豆(ダイズ、Glycine max)としては、Glycine maxに属する植物であれば如何なる品種、系統のものも用いることができる。
例えば、黒豆、赤豆、だだちゃ豆、青大豆、白大豆、雁食豆、ミヤギシロメ、大白、納豆小粒、などを挙げることができる。
【0017】
本発明の原料である穀類や豆類としては、植物体、すなわち植物の器官や組織であれば如何なるものでも用いることができるが、好ましくは、‘種子’を用いることが望ましい。
また、種子に由来する組織であれば、胚、胚芽、胚乳、種皮、糠、糊粉層、澱粉貯蔵部、子葉などいかなる組織や部分でも用いることができる。
【0018】
また、本発明の原料である穀類や豆類としては、加工品を用いることができる。例えば、小麦粉、大麦粉、米粉、トウモロコシ粉などの穀物粉や、大豆粉、を用いることができる。なお、これらのうち、後述する実施例では、その一例(小麦全粒粉、大麦全粒粉、白米粉)を示した。
またさらには、廃棄対象となる、精米や精白過程で生じる糠(米糠、コムギフスマ、オオムギフスマ、胚芽など)、澱粉を抽出した残り粕、焼酎絞りかす、大豆製品粕(オカラなど)、規格外や余剰の収穫物、なども好適に用いることができる。
【0019】
<有効成分の抽出>
本発明において、神経突起伸展促進作用を有する有効成分の抽出は、次の方法により行うことができる。
前記原料は、用いる種類、組織、加工状態によっては、そのまま抽出工程に用いることができるが、抽出効率の向上の点を鑑みると、細断、破砕、粉砕、磨砕、擂潰、粉末化などの処理(好ましくは粉末化)を行った後で抽出工程に用いることが望ましい。
なお、これらの処理は、公知技術のどのような方法で行うことができる。例えば、穀類の種子を粉末化する場合は、粉砕機(Ultracentrifugal Mill, MRK-RETSCH製、又はCyclone Sample Mill, UDY CORPORATION製)、ブラシ式精米機(HRG-122、みのる産業製)あるいは研削式精米機(Grain Testing Mill, SATAKE製)を用いて粉末化することができる。
【0020】
本工程では、前記原料である穀類を溶媒に浸漬して抽出処理を行う。当該抽出処理に用いる溶媒としては、水もしくはアルコールに溶解する成分を抽出できる溶媒(即ち、水、アルコール、含水アルコール)であれば、如何なるものでも用いることができる。
【0021】
本工程においては、溶媒として単に「水」を用いるだけで、前記穀類から十分な量の抽出物を得ることが可能である。
ここで、水としては、水道水、蒸留水、脱イオン水、硬度の高い水、など如何なる水を用いることもできる。また、塩(塩化ナトリウム、クエン酸ナトリウムなど)、酸(塩酸、クエン酸、酢酸など)、アルカリ(水酸化マグネシウム、アンモニアなど)、pH緩衝剤、などを含有する水を用いることもできる。
特に、‘塩’を含有させることによって、有効成分の溶解性を向上させ、抽出効率を向上させることができる。また、‘酸’を含有させることによって、有効成分を低分子化させ、摂取時の吸収効率を向上させることができる。
【0022】
また、本工程に用いる溶媒としては、「含水アルコール」や「(100%)アルコール」を用いることができる。
ここで、アルコールとしては、メタノール、エタノール、ブタノール、イソプロパノールなどのモノアルコール類(一価のアルコール)、;エチレングリコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、などのグリコール類(二価のアルコール)、;グリセリン、ポリグリセリンなどのグリセリン類(三価のアルコール)、を挙げることができる。
本発明に用いるアルコールとしては、上記のうち、モノアルコール類、特に極性の高い炭素数の少ない低級アルコール類を用いることが望ましいが、摂取上の安全性を鑑みると、特に‘エタノール’を用いることが望ましい。
【0023】
本工程に用いる溶媒において、水に含有させるアルコールの濃度は、用いるアルコールによって様々であるが、例えば、エタノールを用いる場合では、5%(v/v)以上〜100%(v/v)未満、好ましくは5%(v/v)以上〜50%(v/v)未満を含有させることが望ましい。
【0024】
本抽出工程では、前記原料である穀類1質量部に対して、1〜10質量部、好ましくは3〜5質量部の前記溶媒を注加して浸漬することで、有効成分の抽出を行うことができる。また、さらには超音波処理、などを行うことで、原料をより微細な状態に破砕することができ、抽出効率を向上させることもできる。
その後、1〜45℃、好ましくは5〜40℃の温度で、1分〜24時間、好ましくは5分〜12時間の抽出処理を行う。なお、抽出効率を向上させたい場合は、少なくとも1時間以上行うことが望ましい。また、有効成分の酵素代謝による変化を防ぎたい場合は、10℃以下の温度で抽出することが望ましい。
また、抽出処理において、混合、攪拌、振盪、加熱、加圧などを行うことによって、溶出効率を向上することができる。
なお、抽出処理後は、濾過、遠心分離、自然沈降などを行って、原料の残渣や不純物を除去することが望ましい。
上記により得られる当該抽出物は、そのまま本発明の神経突起伸展促進作用を有する薬剤の有効成分として含有させることができる。
【0025】
また、これらに対して、精製を行うことによって、有効成分の純度をさらに高めることができる。
当該精製工程は、アフィニティーカラム(セロトニンアフィニティー担体カラム、レクチンアフィニティー担体カラム、ヘパリンカラム、抗体カラム、など)、イオン交換カラム(4級アンモニウム基結合担体カラム、ジエチルアミノエチル基結合担体カラム、など)、ゲル濾過カラム(架橋アガロースゲルカラム、架橋デキストランゲルカラム、など)、吸着樹脂カラム(多孔性吸着樹脂カラム、活性炭カラムなど)、透析(電気透析法、単純透析)、シリカゲルカラム、修飾基付きシリカゲルカラム、固相などによって行うことができる。
これらのうち、例えば、アフィニティーカラム、特にセロトニンアフィニティーカラム、を用いることで純度の向上の点で好適である。なお、工業的な実用の観点を踏まえると吸着樹脂カラム、シリカゲルカラムなどを挙げることができる。
【0026】
<神経突起伸展促進作用>
上記工程を経て得られた抽出物は、優れた「神経突起伸展促進作用」を有するものである。ここで、‘神経突起伸展促進作用’とは、神経細胞の神経突起の伸展率を向上させる作用を指すものである。
【0027】
また、当該抽出物は、単独でも神経突起伸張促進作用を有するが、特に、神経栄養因子存在下で顕著な有効性を示すものである。即ち、当該抽出物は、「神経栄養因子の活性を増強する作用」に優れた有効性を示すものである。
ここで‘神経栄養因子’とは、神経成長因子(NGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、ニューロトロフィン−3(NT−3)、毛様体神経栄養因子(CNTF)、グリア細胞株由来神経栄養因子(GDNF)、血小板由来増殖因子(PDGF)、などを指すものである。
具体的には、当該抽出物は、神経成長因子(NGF)の活性を増強する例が確認されたが、NGFと類似する構造のBDNF、NT−3などの活性の増強作用も有することが考えられる。
【0028】
当該抽出物は、神経突起伸展促進による治療が有用と考えられている疾患に対して、有効な治療予防効果を奏するものである。
例えば、アルツハイマー病、認知症、脊髄損傷などの中枢神経障害、;糖尿病性神経障害、末梢神経疾患に付随する運動障害および知覚障害、;に有効な治療や予防効果が期待できる。
また、当該抽出物は、前記疾患以外にも、記憶改善作用を期待することができる。
【0029】
<薬剤>
本発明における当該抽出物は、経口投与もしくは経皮投与することによって、前記した優れた生理活性を奏するものである。
本発明における当該抽出物の有効量としては、体重60kgの成人一人一日あたり、1mg以上、好ましくは10mg以上投与することにより、優れた神経突起伸展促進作用が得られる。
従って、この必要量を確保できる形態や摂取方法(回数、量)で、本発明における当該抽出物を摂取することによって、認知症、アルツハイマー、記憶改善、抹消神経の改善、に対して、優れた改善効果が得られることが期待される。
【0030】
本発明における当該抽出物は、薬剤の形態にして用いるものである。すなわち、上記工程で得られる抽出物もしくは精製物、を、各種原料に混合することで、薬剤の形態として製造することができる。
なお、本発明における有効成分である当該抽出物は、穀類や豆類由来であるため、経口投与や経皮投与の上で安全性に優れたものである。
薬剤の形態としては、例えば経口投与の場合、粉末状、細粒状、顆粒状、などとすることができ、カプセルに充填する形態の他、水に分散した溶液の形態、賦形剤等と混和して得られる錠剤の形態とすることもできる。
また、経皮投与の場合、クリーム状、ジェル状、シール状、有効成分を含んだ支持体を固定する形状、などの形態にすることができる。
【0031】
また、当該抽出物は、食経験も豊富なことから安全性が高く、神経修復作用を目的として、機能性食品として摂取することもできる。
当該機能性食品は、特定保健用食品、栄養機能性食品、又は健康食品として位置づけることができる。機能性食品としては、例えば、本発明における当該抽出物に、適当な助剤を添加した後、慣用の手段を用いて、食用に適した形態、例えば、顆粒状、粒状、錠剤、カプセル剤、ペースト状等に形成したものを用いることができる。この機能性食品はそのまま食用に供してもよく、また種々の食品、例えばハム、ソーセージ、かまぼこ、ちくわ、パン、バター、粉乳、菓子などに添加して使用したり、水、酒類、果汁、牛乳、清涼飲料水等の飲物に添加して使用してもよい。
かかる食品の形態の摂取量は、対象の年齢、体重、症状、摂取スケジュール、製剤形態などにより、適宜選択・決定されるが、例えば、体重60kgの成人一人一日あたり、当該抽出物の含量に換算して1mg以上、好ましくは10mg以上とされる。
【0032】
また、動物においても同様に、当該抽出物に適当な助剤を添加した後、慣用の手段を用いて、食用に適した形態、例えば、顆粒状、粒状、錠剤、カプセル剤、ペースト状等に形成したものを用いることができる。
また、飼料およびペットフードに添加して使用したり、水などの飲料水に添加してもよい。また、摂取量は、対象の動物、年齢、体重、症状、摂取スケジュール、製剤形態などにより、適宜選択・決定されるが、例えば、体重10kgの動物一匹一日あたり、当該抽出物の含量に換算して0.17mg以上、好ましくは1.67mg以上とされる。
【実施例】
【0033】
以下に本発明を実施例により詳しく説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0034】
<実施例1> 大麦(マンネンボシ)全粒からの水抽出物の神経突起伸展促進作用
大麦(マンネンボシ)の全粒を粉砕器(Cyclone Sample Mill, UDY CORPORATION製)によって粉砕することで得た粉3gに、水15mLを加え、よく混合した。この混合物に超音波処理装置(B-42J Ultrasonic Cleaner、BRANSON製)を用い超音波処理を1分30秒施した。この処理物を直ちに1000rpm、10分間の遠心分離により固液分離した。固液分離して得られた上清を窒素気流によって濃縮乾固した抽出物(‘大麦全粒からの水抽出物’)を得た。この抽出物を、以下の神経突起伸展試験に供した。
【0035】
NGFに応答して神経突起を伸展することが知られているラット副腎髄質褐色細胞腫由来の神経細胞株PC12細胞を、コラーゲンタイプI 96ウェルプレートに(IWAKI社製)にて、DMEM11995/N-2 supplement培地(GIBCO社製、以下分化培地と省略する)に、5×103細胞/穴になるように播種し、37℃にて5%のCO条件下で二日間培養した。
次いで、上記により得られた抽出物を以下の表に示す濃度になるように含有する分化培地を調製した。また、当該抽出物に加えて、NGFを1ng/mlの濃度になるように加えた分化培地も調製した。
そして、調製した分化培地を上記で予め培養した細胞に添加し、37℃にて5%のCO2条件下で1〜2日間培養した。
培養後、細胞を顕微鏡(IX70、OLIMPUS社製)にて30倍の倍率で顕微鏡観察し、次いで、細胞の写真撮影を行い、細胞の直径(x)の2倍長さの突起(2x)を伸ばした細胞(=突起を伸ばした細胞)の割合(神経突起伸展、%)を算出した。なお、以下の表において、「*」は5%の危険率で、対照(当該抽出物を含まない培地)に比べて有意差があることを示す。
NGF非含有培地での結果を表1に、1ng/ml NGF含有培地での結果を表2に示す。
【0036】
その結果、対照の培地(当該抽出物を含まない培地)で培養した神経細胞と比較して、前記抽出物を含む分化培地で培養した神経細胞は、神経突起伸展率が有意に向上することが示された。特に、NGF存在下において低濃度での明確な有意差が認められた。
【0037】
【表1】

【0038】
【表2】

【0039】
<実施例2> 大麦(マンネンボシ)全粒からのエタノール抽出物の神経突起伸展促進作用
エタノール15mLを用いて抽出したことを除いては、実施例1と同様にして濃縮乾固した抽出物(‘大麦全粒からのエタノール抽出物’)を得た。そして実施例1と同様にして神経細胞の培養を行い、神経突起伸展率を算出した。NGF非含有培地での結果を表3に、1ng/ml NGF含有培地での結果を表4に示す。
【0040】
その結果、対照の培地(当該抽出物を含まない培地)で培養した神経細胞と比較して、前記抽出物を含む分化培地で培養した神経細胞は、神経突起伸展率が有意に向上することが示された。特に、NGF存在下において明確な有意差が認められた。
【0041】
【表3】

【0042】
【表4】

【0043】
<実施例3> 大麦(ニシノチカラ)全粒からの水抽出物の神経突起伸展促進作用
大麦(ニシノチカラ)の全粒を粉砕器(Cyclone Sample Mill, UDY CORPORATION製)によって粉砕することで得た粉3gを用いたことを除いては、実施例1と同様にして濃縮乾固した抽出物(‘大麦全粒からの水抽出物’)を得た。そして実施例1と同様にして神経細胞の培養を行い、神経突起伸展率を算出した。NGF非含有培地での結果を表5に、1ng/ml NGF含有培地での結果を表6に示す。
【0044】
その結果、対照の培地(当該抽出物を含まない培地)で培養した神経細胞と比較して、前記抽出物を含む分化培地で培養した神経細胞は、神経突起伸展率が有意に向上することが示された。特に、NGF存在下において明確な有意差が認められた。
【0045】
【表5】

【0046】
【表6】

【0047】
<実施例4> 大麦(ニシノチカラ)全粒からのエタノール抽出物の神経突起伸展促進作用
エタノール15mLを用いて抽出したことを除いては、実施例3と同様にして濃縮乾固した抽出物(‘大麦全粒からのエタノール抽出物’)を得た。そして実施例1と同様にして神経細胞の培養を行い、神経突起伸展率を算出した。NGF非含有培地での結果を表7に、1ng/ml NGF含有培地での結果を表8に示す。
【0048】
その結果、対照の培地(当該抽出物を含まない培地)で培養した神経細胞と比較して、前記抽出物を含む分化培地で培養した神経細胞は、神経突起伸展率が有意に向上することが示された。特に、NGF存在下において明確な有意差が認められた。
【0049】
【表7】

【0050】
【表8】

【0051】
<実施例5> 小麦(1CW)全粒からの水抽出物の神経突起伸展促進作用
小麦(1CW)の全粒を粉砕器(Cyclone Sample Mill, UDY CORPORATION製)によって粉砕することで得た粉3gを用いたことを除いては、実施例1と同様にして濃縮乾固した抽出物(‘小麦全粒からの水抽出物’)を得た。そして実施例1と同様にして神経細胞の培養を行い、神経突起伸展率を算出した。NGF非含有培地での結果を表9に、1ng/ml NGF含有培地での結果を表10に示す。
【0052】
その結果、対照の培地(当該抽出物を含まない培地)で培養した神経細胞と比較して、前記抽出物を含む分化培地で培養した神経細胞は、神経突起伸展率が有意に向上することが示された。特に、NGF存在下において明確な有意差が認められた。
【0053】
【表9】

【0054】
【表10】

【0055】
<実施例6> 小麦(1CW)全粒からのエタノール抽出物の神経突起伸展促進作用
エタノール15mLを用いて抽出したことを除いては、実施例5と同様にして濃縮乾固した抽出物(‘小麦全粒からのエタノール抽出物’)を得た。そして実施例1と同様にして神経細胞の培養を行い、神経突起伸展率を算出した。NGF非含有培地での結果を表11に、1ng/ml NGF含有培地での結果を表12に示す。
【0056】
その結果、対照の培地(当該抽出物を含まない培地)で培養した神経細胞と比較して、前記抽出物を含む分化培地で培養した神経細胞は、神経突起伸展率が有意に向上することが示された。特に、NGF存在下において明確な有意差が認められた。
【0057】
【表11】

【0058】
【表12】

【0059】
<実施例7> 黒大豆子葉からの水抽出物の神経突起伸展促進作用
黒大豆の脱皮種子の子葉部分を粉砕器(Cyclone Sample Mill, UDY CORPORATION製)によって粉砕することで得た粉3gを用いたことを除いては、実施例1と同様にして濃縮乾固した抽出物(‘黒大豆子葉からの水抽出物’)を得た。そして実施例1と同様にして神経細胞の培養を行い、神経突起伸展率を算出した。1ng/ml NGF含有培地での結果を表13に示す。
その結果、対照の培地(当該抽出物を含まない培地)で培養した神経細胞と比較して、前記抽出物を含む分化培地で培養した神経細胞は、NGF存在下において、神経突起伸展率が有意に向上することが示された。
【0060】
【表13】

【0061】
<実施例8> 白米(ひとめぼれ)からの水抽出物の神経突起伸展促進作用
米(ひとめぼれ)の白米を粉砕器(Cyclone Sample Mill, UDY CORPORATION製)によって粉砕することで得た粉3gを用いたことを除いては、実施例1と同様にして濃縮乾固した抽出物(‘白米からの水抽出物’)を得た。そして実施例1と同様にして神経細胞の培養を行い、神経突起伸展率を算出した。1ng/ml NGF含有培地での結果を表14に示す。
その結果、対照の培地(当該抽出物を含まない培地)で培養した神経細胞と比較して、前記抽出物を含む分化培地で培養した神経細胞は、NGF存在下において、神経突起伸展率が有意に向上することが示された。
【0062】
【表14】

【0063】
<実施例9> セロトニンカラムでの精製
固液分離した後に濃縮乾固を行わなかったことを除いて、実施例8と同様にして、上清(白米からの水抽出物)を得た。
(1)セロトニンカラム精製
次いで、この上清2mLを、セロトニンアフィニティー担体(LAS-Serotonin担体、J−オイルミルズ製)を充填し、担体の充填サイズが高さ4.6cmになった直径26mm、長さ20cmのカラム(XK26/20、GEヘルスケア・ジャパン製)にアプライし分画した。クロマトグラフィーの条件としては、流速0.2mL/分で、純水送液を300分間行い、非吸着成分の除去を行った(区間1)後、次いで0Mから1M酢酸アンモニウム溶液の送液を直線勾配条件で240分間行い、担体から解離した化合物を回収した(区間2)。なお、その後、1M酢酸アンモニウム溶液の送液を180分間行うことでカラム洗浄(カラム吸着成分の除去)(区間3)を行い、最後に1M酢酸アンモニウム溶液から純水への直線逆勾配での送液を60分、純水の送液を180分間行いカラムの再生処理(区間4)を行った。
検出は、セロトニンアフィニティー担体から溶出した化合物の量をOD280nmの吸光度で測定することにより行った。結果を図1に示す。図1はセロトニンアフィニティーカラムからの溶出液に対するOD280nmの吸光度の経時変化を示したものである。
【0064】
その結果、純水のカラムへの送液によってカラムからセロトニンアフィニティー担体非吸着成分を排出した(区間1:0〜300分)後、0Mから1M酢酸アンモニウム溶液を直線勾配条件でカラムへ送液すること(区間2:300〜540分)により、セロトニンアフィニティー担体から解離した化合物が溶出した画分が回収できることが示された。また、カラム洗浄のために1M酢酸アンモニウム溶液の送液した画分(区間3:540〜720分)においても、660分後付近までの画分には、セロトニンアフィニティー担体から解離した化合物が溶出されることが示された。
また、区間2及び区間3の中でも、特に、430分後付近の画分(区間2での酢酸アンモニウム溶液のカラムへの送液開始から130分後付近の画分)をピークに、多量の化合物が溶出されることが示された。
なお、区間2と区間3において、化合物の溶出ピークがブロードになっているのは、本実施例で用いたカラムの体積に対して、送液の流速が遅いために、溶出ピークが拡散しているものと考えられる。
【0065】
(2)乾燥粉末化
また、このセロトニンアフィニティーカラムによる分画は2回行い(前記上清2mLずつを2回)、2回分の上記の0Mから1M酢酸アンモニウム溶液を直線勾配条件でカラムへ送液した部分(区間2)に相当する画分を集め、凍結乾燥機(Freezedryer FD-1、EYELA製)を用いて凍結乾燥し、重量を測定した。
その結果、前記上清4mLから、0.5〜0.9mgのセロトニンカラム精製物の乾燥物が得られることが示された。従って、原料の白米粉3gからは、2.5〜4.5mgのセロトニンカラム精製物の乾燥物が得られことが示された。
【0066】
<実施例10> セロトニンカラム精製物の神経突起伸展促進作用
実施例9により得られた‘白米からの水抽出物のセロトニンカラム精製物’の乾燥物を用いて、実施例1と同様にして神経細胞の培養を行い、神経突起伸展率を算出した。NGF非含有培地での結果を表15に、1ng/ml NGF含有培地での結果を表16に示す。
その結果、対照の培地(当該精製物を含まない培地)で培養した神経細胞と比較して、前記抽出物を含む分化培地で培養した神経細胞は、神経突起伸展率が有意に向上することが示された。特に、NGF存在下において明確な有意差が認められた。
なお、NGFを添加しない場合でも、当該精製物を173μg/ml含有させることで、神経突起伸展率が10%を超えることが示された。
【0067】
【表15】

【0068】
【表16】

【0069】
<考察>
上記のように、穀類である大麦、小麦、稲の種子、豆類である大豆の種子、からの水抽出物とエタノール抽出物には、神経突起伸展促進作用があることが示された。また、得られた抽出物は、セロトニンカラムで精製できることが示された。
また、当該抽出物は、NGF存在下において、特に強い神経突起伸展促進作用があることが示された。すなわち、神経栄養因子を増強する神経突起伸展促進剤として使用できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明によれば、動物罹患性病原体の混入のおそれがなく、安全な植物由来の原料、特に穀類や豆類の種子およびその加工品から得られる抽出物を、神経突起伸展促進剤として使用する用法を提供することができる。
これにより、神経突起伸展促進による治療が有用と考えられている疾患である、アルツハイマー病、認知症、脊髄損傷などの中枢神経障害や、糖尿病性神経障害、末梢神経疾患に付随する運動障害および知覚障害、などに有効な治療予防手段を提供することができる。特に、高齢化社会の到来により深刻さを増している認知症やアルツハイマー病などの神経疾患に有用と考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
穀類及び/又は豆類からの水、アルコール、もしくは含水アルコール抽出物を有効成分として含有してなる神経突起進展促進作用を有する薬剤。
【請求項2】
前記穀類が大麦、小麦、稲のいずれか1以上の種子であり、前記豆類が大豆の種子である、請求項1に記載の神経突起進展促進作用を有する薬剤。
【請求項3】
前記アルコールが、エタノールである、請求項1又は2に記載の神経突起進展促進作用を有する薬剤。
【請求項4】
前記抽出物が、セロトニンアフィニティーカラム又はレクチンアフィニティカラムにより精製したものである、請求項1〜3のいずれかに記載の神経突起進展促進作用を有する薬剤。
【請求項5】
前記神経突起進展促進作用が、神経栄養因子の活性を増強する作用を有するものである、請求項1〜4のいずれかに記載の神経突起進展促進作用を有する薬剤。
【請求項6】
前記神経栄養因子がNGFである、請求項1〜5のいずれかに記載の神経突起進展促進作用を有する薬剤。

【図1】
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【公開番号】特開2011−57642(P2011−57642A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−211342(P2009−211342)
【出願日】平成21年9月14日(2009.9.14)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支援センター、基礎的試験委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【出願人】(593106918)株式会社ファンケル (310)
【Fターム(参考)】