説明

神経障害の修復、神経機能回復増進用組成物およびその方法

【課題】虚血性脳疾患等の神経障害を修復するおよび/または障害を受けた神経の機能回復を増進するフィブリン接着剤組成物、障害を受けた神経に局所的に塗布すること及び機能回復を増進する方法を提供する。
【解決手段】神経成長因子および/または神経修復エンハンサー、フィブリノーゲン、アプロチニン、および2価のカルシウムイオンを含有するフィブリン接着剤組成物。神経修復エンハンサーがステロイド、サイトカイン、ケモカイン、プロテイナーゼ、細胞外マトリックス分子、誘導分子、血管新生抑制因子、神経保護剤、Nogo遺伝子ポリペプチド等からなる群から選択されたフィブリン接着剤組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経障害の修復および障害を受けた神経の機能回復を増強するための組成物、およびその方法に関する。
【背景技術】
【0002】
通常、神経の損傷は外傷または虚血により起こり、その修復は困難である。神経を損傷した脊椎動物では、運動障害、麻痺、更には死亡する場合もある。
【0003】
そのため、神経障害の修復として多くの方法が開発されており、神経栄養因子の使用もその一つである。形質転換増殖因子−β(transforming growth factor−β:TGF−β)スーパーファミリーに属する、グリア細胞由来神経栄養因子(Glial cell line−derived neurotrophic factor:GDNF)は、ドーパミン作動性ニューロンや運動性ニューロンだけでなく、末梢性感覚ニューロンおよび交感神経ニューロンの生存や神経突起の伸長を促進する、最も有力な神経栄養因子であると考えられている。これらについては、Sience,260:1130−1132(1993)、Science,266:1062−1064(1994)、Nature,373:289−290(1995)、Nature,373:335−339(1995)、Nature,373:341−344(1995)およびNature,373:344−346(1995)を参照のこと。
【0004】
中大脳動脈(middle cerebral artery:MCA)の閉塞は広範囲に梗塞を形成するだけでなく、運動機能の障害を引き起こす。尾状被殻や線条体などのMCA領域における神経障害は運動障害を引き起こす。Stroke,28:2060−2066(1997)を参照。局所脳虚血の初期段階では同側皮質および尾状核にGDNF遺伝子の発現が一過性に誘導される。Brain Res.,776:230−234を参照。さらに、持続性MCA閉塞を起こしたラットにおける梗塞の大きさ、脳浮腫、DNA切断、カスパーゼに対する免疫反応性の変化に対するGDNFの効果について研究がなされている。Stroke,29:1417−1422(1998)を参照。また、GDNFを虚血性脳の表面に局所的に塗布することによって急性局所脳虚血(focal cerebral ischemia:FCI損傷後に再灌流されたラット脳の脳浮腫や梗塞の大きさが著しく縮小されることが報告されている。Neurosci.Lett.,231:37−40(1997)を参照。
【0005】
しかしながら、GDNFの局所的塗布により梗塞サイズは時間依存的に縮小し、その治療可能な時間帯はMK−801、N−メチル−D−アスパラギン酸塩(N−methyl−D−aspartate:NMDA)レセプター拮抗薬、フリーラジカル捕獲剤、アルファ−フェニル−t−ブチル−ニトリル(alpha−phenyl−tert−butyl−nitrone:PBN)などの化学化合物よりも短い。Brain Res.,903:253−256(2001)を参照。
【0006】
また、ある種の神経障害、特に慢性神経障害ではGDNFの直接投与は効果を示さない。例えば、慢性FCI損傷に対してはGDNFは効果を示さなかった。Hum.Gene Ther.13:1047−1059(2002)を参照。
【0007】
GDNFは生理学的に適切な量を長期間にわたって徐々に放出させること可能であることが報告されている。Exp.Brain Res.,104:199−206(1995)およびCell Transplant.,7:53−61(1998)を参照。しかしながら、GDNFを徐々に放出させた場合、慢性神経障害の治療や神経機能回復の増進を達成することはできない。
【0008】
したがって、神経障害を効果的に修復する方法、さらには、障害された神経の機能回復を増進する方法が求められている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、神経障害を効果的に修復する方法、さらには、障害を受けた神経の機能回復を増進する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
驚くべきことに、本発明の目的は、有効量の神経成長因子および/または神経修復エンハンサー、フィブリノーゲン、アプロチニン、および2価のカルシウムイオンを含有するフィブリン接着剤組成物により実現されることが判明した。神経修復エンハンサーは、ステロイド、サイトカイン、ケモカイン、プロテイナーゼ、細胞外マトリックス分子、誘導分子、血管新生抑制因子、神経保護剤、Nogo遺伝子ポリペプチド、および該ポリペプチドに特異的に結合する抗体からなる群より選択される。
【0011】
したがって、本発明の第一の態様において、有効量の神経成長因子および/または神経修復エンハンサー、フィブリノーゲン、アプロチニン、および2価のカルシウムイオンを含有する神経障害を修復するためのフィブリン接着剤組成物であって、上記神経修復エンハンサーがステロイド、サイトカイン、ケモカイン、プロテイナーゼ、細胞外マトリックス分子、誘導分子、血管新生抑制因子、神経保護剤、Nogo遺伝子ポリペプチド、および該ポリペプチドに特異的に結合する抗体からなる群より選択されることを特徴とするフィブリン接着剤組成物が提供される。
【0012】
本発明のさらなる態様において、有効量の神経成長因子および/または神経修復エンハンサー、フィブリノーゲン、アプロチニン、および2価のカルシウムイオンを含有する神経の機能回復を増進するためのフィブリン接着剤組成物であって、上記神経修復エンハンサーがステロイド、サイトカイン、ケモカイン、プロテイナーゼ、細胞外マトリックス分子、誘導分子、血管新生抑制因子、神経保護剤、Nogo遺伝子ポリペプチド、および該ポリペプチドに特異的に結合する抗体からなる群より選択されることを特徴とするフィブリン接着剤組成物が提供される。
【0013】
本発明のさらなる態様において、本発明のフィブリン接着剤組成物を障害を受けた神経に局所的に塗布することを有する、神経障害を修復する方法が提供される。
【0014】
さらに、本発明のさらなる態様において、本発明のフィブリン接着剤組成物を障害を受けた神経に局所的に塗布することを有する、神経の機能回復を増進する方法を提供する。
【0015】
本発明は、有効量の神経成長因子および/または神経修復エンハンサー、フィブリノーゲン、アプロチニン、および2価のカルシウムイオンを含有する神経障害を修復する、および/または、障害を受けた神経の機能回復を増進するフィブリン接着剤組成物に関し、上記神経修復エンハンサーがステロイド、サイトカイン、ケモカイン、プロテイナーゼ、細胞外マトリックス分子、誘導分子、血管新生抑制因子、神経保護剤、Nogo遺伝子ポリペプチド、および該ポリペプチドに特異的に結合する抗体からなる群より選択されることを特徴とする。また、本発明は本発明のフィブリン接着剤組成物を障害を受けた神経に局所的に塗布することを有する、神経障害を修復する、および/または、障害を受けた神経の機能回復を増進する方法に関する。
【0016】
本発明の組成物において使用される神経成長因子には、グリア細胞由来神経栄養因子、形質転換増殖因子−β、線維芽細胞増殖因子、血小板由来増殖因子、上皮増殖因子、血管内皮増殖因子(vasucular endothelial growth factor:VEGF)、およびニューロトロフィン(たとえば、神経増殖因子(nerve growth facotor:NGF)、脳由来神経栄養因子(brain−derived neurotrophic factor:BDNF)、NT3、NT4、およびNT5)などがあるが、これらに限定されるものではない。さらに好ましい神経成長因子は、酸性線維芽細胞増殖因子(acidic fibroblast growth factor:aFGF)および塩基性線維芽細胞増殖因子(basic fibroblast growth factor:bFGF)などの線維芽細胞増殖因子であり、最も好ましい神経成長因子は、グリア細胞由来神経栄養因子である。
【0017】
本明細書において使用される「フィブリン接着剤」なる用語は、フィブリノーゲンと他の試薬により形成される生体適合性および生分解性の生成物を意味する。
【0018】
本明細書において使用される「有効量」なる用語は、神経障害を有する対象に投与する際に、望ましい効果、すなわち、対象の神経障害の修復および/または障害を受けた神経の機能回復の増進を達成する、本発明のフィブリン接着剤組成物の有効成分の量を意味する。有効量は当業者により容易に決めることが可能である。
【0019】
本発明において、本発明のフィブリン接着剤組成物中の神経成長因子の濃度は、好ましくは、組成物の約1〜1000μg/mlの範囲であり、より好ましくは、50μg/mlである。
【0020】
本発明の神経修復エンハンサーは、メチルプレドニゾンなどのステロイド、サイトカイン、ケモカイン、メタロプロテイナーゼなどのプロテイナーゼ、ラミニン、テナシンなどの細胞外マトリックス分子、細胞移動を誘導あるいは抑制する分子であるネトリン、セマフォリン、神経細胞接着分子、カドヘリン、チオレドキシンペルオキシダーゼ、Eph−リガンドなどの誘導分子、アンギオスタチン、エンドスタチン、TNP−470、クリングル5などの血管新生抑制因子、NMDA、非−NMDA型拮抗剤、カルシウムチャネルブロッカー、一酸化窒素合成酵素(nitric oxide synthase:NOS)、NOS阻害剤、ペルオキシ亜硝酸スカベンジャー、ナトリウムチャネルブロッカーなどの神経保護剤、Nogo遺伝子ポリペプチド、および該ポリペプチドに特異的に結合する抗体からなる群より選択される。
【0021】
本発明において、本発明のフィブリン接着剤組成物中のフィブリノーゲンの濃度は、好ましくは、約10〜1000mg/mlの範囲であり、より好ましくは、約100mg/mlである。
【0022】
本発明において、本発明のフィブリン接着剤組成物中のアプロチニンの濃度は、好ましくは、組成物の約10〜500KIU/mlの範囲であり、より好ましくは、200KIU/mlである。
【0023】
本発明において、2価のカルシウムイオンのカルシウムイオン源に制限はなく、例えば、塩化カルシウムや炭酸カルシウムなどから供給することができる。本発明のフィブリン接着剤組成物中の塩化カルシウムの濃度は、好ましくは、約1〜100mMの範囲であり、より好ましくは、8mMである。
【0024】
本発明のフィブリン接着剤は各成分を混合することにより容易に調製することができる。例えば、神経成長因子および/または神経修復エンハンサーとフィブリノーゲンをアプロチニン溶液と混合した後、さらにカルシウム源と混合する。得られた組成物は使用時まで保存することができる。あるいは、該組成物を使用直前に新たに調製してもよい。フィブリン接着剤は塗布時に新たに調製することが好ましい。
【0025】
本発明のフィブリン接着剤組成物は中枢神経系、抹消神経系、交感神経系、副交感神経系を含む全ての神経系における、あらゆるタイプの神経障害の修復と障害を受けた神経の機能回復の増進に適している。特に中枢神経系神経は好ましい。本発明の一つの態様は、局所脳虚血(FCI)による神経障害の修復であり、他の態様は、局所脳虚血により障害を受けた神経の機能回復の増進である。
【0026】
本明細書において使用される「神経障害の修復」なる用語は、神経障害を有する対象の病理学的状態の改善を意味し、「神経の機能回復」なる用語は、障害を受けた神経の物理的機能の回復を意味する。例えば、FCIによる神経障害の場合、梗塞体積および運動障害の全体的な減少が障害を受けた神経の修復とその機能回復の徴候である。本発明の動物モデルでは、運動障害の減少にバランス、筋肉運動の協調、および握力の改善を含めるものとする。
【0027】
本発明のフィブリン接着剤組成物は障害を受けた神経に局所的に塗布することができる。局所的な塗布は手術中に行ってもよい。
【0028】
本発明の方法によれば、慢性神経障害の修復効果および障害を受けた神経の機能回復増進効果が長期間にわたって発揮される。さらに、本発明の組成物は障害を受けた神経への一回の局所的塗布により十分に望ましい効果を発揮することができる。
【0029】
理論に縛られるわけではないが、神経障害の修復および/または神経の機能回復の増進に対する本発明のフィブリン接着剤の効果は、神経成長因子が徐々に放出されることによるのではなく、他の未知な機構によると考えられる。
【0030】
本発明の組成物および/または方法は、障害を受けた神経に対するその効果の観点から、神経障害関連疾患、それらに限定されるものではないが、例えば、虚血性脳疾患などを効果的に治療することが可能である。特に、脳卒中やMCAの血栓症や塞栓形成などの虚血性脳疾患に効果的である。
【発明の効果】
【0031】
以下の実施例に示されるように、本発明のフィブリン接着剤組成物を虚血性脳に局所的に塗布することにより、MCA閉塞ラットの梗塞体積が著しく減少し、慢性FCI損傷後4週間における運動能力に著しい改善がみられた。これに対し、コントロール群では慢性局所脳虚血後のラットに対し神経保護効果は認められなかった。これらの結果は本発明のフィブリン接着剤組成物がMCA閉塞による大脳虚血に対する治療効果および運動機能の回復を増進する効果を有していることを示している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下の実施例は、例示のみの目的で提供され、本発明の範囲を限定することを意図するものではない。
【実施例1】
【0033】
神経障害の修復と機能回復の増進の方法
動物:
実施例は米国立衛生研究所により出版されている動物実験に関する指針(NIH publication NO.85−23、1996年改訂)に従って行った。本実験では、300〜350グラムのオスのロング・エヴァンスラット(National Lab.Animal Breeding and Research Center)を使用した。これらの実験動物を、12時間ずつ(12:12)の明暗サイクルで、温度(24±1℃)、湿度(55±5%)を管理した室内に置いた。食餌および水は自由摂取とした。
【0034】
手術手順:
Huangらの方法(Huang SS,Tsai SK,Chih CL,Chiang LY,Hsieh HM,Teng CM,Tsai MC.「局所脳虚血を施されたラットに対するヘキサスルホブチル化C60の神経保護効果」、Free Radic.Bio.Med.,30:643−649,2001)の変法により行った。すなわち、手術の準備として、オスの各ロング・エヴァンスラットを亜酸化窒素/酸素/ハロタン(69%:30%:1%)混合物の吸入により麻酔した。手術中の体温をサーボ機構により制御されるヒーティングパッドを用いて直腸プローブで測定しながら37±0.5℃に維持した。腹側尾動脈にカニューレを挿入し、StathamTM P23 XLトランスデューサにより平均動脈血圧(mean areteial blood pressure:MABP)と心拍を継続的にモニターしてGould RS−3400生理レコーダー(Gould(登録商標)、クリーブランド、オハイオ、米国)に表示した。血中pH、PO2、PCO2を血中ガス分析器(GEM−5300 I.L.CO(登録商標)、USA)を用いて試験した。測定は、一側性MCA閉塞前、閉塞処理中、および閉塞処理終了直後に行った。
【0035】
MCAの支配下にある右外側大脳皮質中に局所虚血性梗塞を作成した。両頸動脈を前正中線頸部切開により露出させた。実験動物を横向きに置き、右外側眼角と耳介前部との間の中央部で皮膚切開を行い、側頭筋を後方に引き、食塩水で冷やしたドリル(DremelTM Multipro+5395、Drenel com(登録商標)、米国)により頬骨と側頭骨鱗状部との結合部に小さな(直径3mm)頭蓋骨局部切除を行った。解剖顕微鏡(OPMI−1、ZISS(登録商標)、ドイツ)を利用して、微細鉗子で硬膜を開き、右MCAを10−0モノフィラメントナイロン糸で結紮した。両頸動脈を微細動脈瘤クリップで止めて、閉塞を1時間行った。クリップを除去した後、動脈内に血流が再開したことを目視確認した。
【0036】
実験群:
FCI損傷後、ラットを無作為に次の4つの処理群(各6匹)に分けた。(a)GDNF(RBI、Natick(登録商標)、マラチューセッツ、米国)−フィブリン接着剤局所塗布群:GDNF(1μg)をフィブリノーゲンおよびアプロチニンの溶液に混合した。(b)GDNF単独局所塗布群:GDNF(1μg)をハンクス平衡塩溶液(Hanks balanced salt solution:HBSS)に溶解した。(c)コントロール群:HBSS溶液を添加してフィブリン接着剤を作製した。(d)シャム群:MCA結紮を除いて上述した手術手順を実験動物に行った。
【0037】
CNS組織への接着剤として使用されるフィブリン接着剤(Beriplast PTM、ドイツ)は定法に従い、使用前にフィブリノーゲン(100mg/ml)をアプロチニン溶液(200KIU/ml)に混合することにより調製した。得られた溶液をさらに手術領域で塩化カルシウム(8mM)と混合し糊キャストを形成した。梗塞脳組織へ最終的に局所塗布された量は20μlであった。
【0038】
GDNF浸透塗布群:
1μgのGDNF(RBI、Natick(登録商標)、マサチューセッツ、米国)をHBSS溶液に溶解した(n=6)。ラットに薬剤注入のための誘導カニューレを埋め込んだ。ラットを麻酔し、21−ゲージステンレスカニューレをラットの脳右側脳室に埋め込んだ。カニューレはアルミニウム保護キャップとスチールスクリューにより頭骨に速硬化性歯科用アクリル(Lang Dental(登録商標)、ウィーリング、イリノイ、米国)を用いて固定した。さらに微小ポンプを、〔参考文献浸透圧〕の記載に少しの変更した方法で皮下注射によって埋め込んだ。すなわち、ラットの耳の後ろに小さな切れ目を入れ、皮下部を止血鉗子で広げた。浸透微細ポンプ(AlzetTM2004、Alza(登録商標)、パロアルト、カルフォルニア、米国)を0.2mm滅菌シリンジフィルター(Sterile Acrodisc)を通してろ過したHBSS溶液またはGDNF(1μgGDNF含有HBSS溶液)で満たした。埋め込まれた微細ポンプは長さ6cmのPE−60ポリエチレンチューブでカニューレに直接連結した。注入速度は1時間当たり0.25μlとし28日間行った。背中の切開はシアノアクリレート接着剤で閉じ、歯科用アクリルをポリエチレンチューブの上部に積層した。
【0039】
梗塞体積の分析:
1時間の局所脳虚血および4週間の再灌流の後、ラットを麻酔し、迅速に断頭し屠殺した。脳を摘出し、MCAを視覚的に詳細に検査し出血や感染の有無を検査した後、冷食塩水に10分間浸し、脳マトリックススライサー(JACOBOWITZTM Systems、Zivic−Miller Laboratories INC(登録商標)、アリソンパーク、米国)を用いて標準冠状スライス(各2mm厚)を作成した。スライスを生体染色剤2,3,5−トリフェニルテトラゾリウムクロライド(2%TTC、Sigma、米国)により暗所37℃で30分間処理した後、10%ホルマリンで室温一晩処理した。左右の大脳半球の概要と同様に梗塞部組織の概要もTTC染色(Chen ST,Hsu CY,Hogan EL,Maricq H,Balentine JD.「局所虚血性脳梗塞ラットモデル:再生可能な広範囲皮質梗塞」、Stroke,17:738−743,1986)により鮮明な視覚化が可能であり、パーソナルコンピュータAMDTM K6−2 3D 400に搭載されたイメージ分析システム(AISソフトウェア、Imaging research Inc(登録商標)、カナダ)につないだイメージ分析器(colar image scanner,EPSONTM GT−9000)を使って各スライスの背面にその概略を描いた。梗塞部位の面積は梗塞を起こした側の半球の非障害部位の面積を対応する反対側の半球の面積から引いて求めた。梗塞体積は各スライスの梗塞面積にスライスの厚みを掛けた合計とした。手術執刀者とイメージ分析器のオペレーターはともに各実験動物の処置に対して盲検とした。
【0040】
GDNF−フィブリン接着剤局所塗布群、GDNF単独局所塗布群、およびコントロール群において右MCA閉塞により再生可能な脳梗塞が得られた。FCI損傷後4週間において、コントロール群の梗塞体積(124.0±20.0mm3)と比較して、GDNF−フィブリン接着剤局所塗布群では梗塞体積(69.1±12.4mm3、P<0.05)が著しく縮小したが、GDNF単独群(108.0±12.1mm3)では縮小は認められなかった(図1)。
【0041】
これらの結果は、フィブリン接着剤と混合したGDNFをFCI損傷後の脳梗塞組織に局所塗布することにより、梗塞の全体積をコントロール群およびGDNF単独塗布群に比較してそれぞれ44.3%、36%と著しく縮小させたことを示している。
【0042】
行動試験:
行動能力測定は局所FCI損傷後1週間後、2週間後、3週間後、および4週間後のロータロッド試験と握力試験により行った。
【0043】
ロータロッド試験:
ラットにおける虚血障害による運動障害を評価するために促進ロータロッド試験を行った(Hamm RJ,Pike BR,O‘Dell DM,Lyeth BG,Jenkins LW.「ロータロッド試験:外傷性脳損傷による運動障害測定における効果の評価、J.Neurotrauma.,11:187−196,1994)。ラットを促進ロータロッド試験用の横桟の上に置き、ラットがロータロッド上にとどまることができた時間を測定した。横桟の回転スピードを4回/分から40回/分へ5分間かけてゆっくりと上昇させた。ロットが横桟から落ちるまでの時間を秒単位で記録した。各ラット、連続して3回の試験を行った。
【0044】
前述の4群の運動機能試験の結果を図2に示す。ロータロッド上にとどまっていた時間(継続時間)は手術手技前では4群の間に有意な差異は認められなかった。FCI損傷後、ロータロッド上にラットがとどまっていた平均時間は、FCI損傷1週間後ではコントロール群、GDNF単独局所塗布群、GDNF−フィブリン接着剤局所塗布群それぞれ基準値に対して55.0%、50.3%、92.2%(p<0.05対コントロール群およびGDNF単独局所塗布群)であり、FCI損傷4週間後ではそれぞれ基準値に対して75.3%、67.3%、106.6%(p<0.05対コントロール群およびGDNF単独局所塗布群)であった。この結果は、FCI損傷後、ロータロッド上にラットがとどまっていた時間は、コントロール群およびGDNF単独局所塗布群ではGDNF−フィブリン接着剤局所塗布群に比較して有意に短いことを示している。さらに、大脳の損傷領域をGDNFを含有するフィブリン接着剤で被覆することによって、FCI損傷後のラットのバランスと協調能力を改善できることを示している。
【0045】
握力試験:
握力試験はBertelliらの方法(Bertelli JA,Mira JC.「握力試験:ラットにおける抹消神経再生の量的評価を行う簡易行動方法」、J.Neurosci.Methods 59:151−155,1995)の変法により行った。線条のバーを通常の電子天秤に接続し、握力の評価に供した。試験を行わない方の前肢を一時的に粘着テープで包み、試験を行う方の前肢は自由にして、両前肢を試験した。ラットにバーを握らせラットが握りを放すまで尾を持って引っ張り、握力をスコア化した。
【0046】
上記4群の握力試験の結果を図3に示す。4群の中で右MCA閉塞前のラットの左前肢の握力の平均値に有意な差異はなく、さらに右MCA閉塞前、閉塞後1週間、2週間、3週間、4週間後の右前肢の握力にも有意な差異は認められなかった。
【0047】
握力の平均値は、FCI損傷の1週間後ではコントロール群、GDNF単独局所塗布群、GDNF−フィブリン接着剤局所塗布群それぞれ基準値に対して78.7%、71.7%、101.2%(p<0.05対コントロール群およびGDNF単独局所塗布群)であったが、FCI損傷の4週間後ではそれぞれ基準値に対して89.6%、97.6%、120.7%(p<0.05対コントロール群およびGDNF単独局所塗布群)であった。
【0048】
この結果は、GDNF−フィブリン接着剤の局所塗布がFCI損傷後のラットの握力の改善に関与していることを示している。
【0049】
統計:
データは平均±平均値の標準誤差(SEM)として示されている。梗塞体積の差異とラットの行動欠陥スコアの統計的解析は対応のない両側t検定およびコントロールと処置群との間の差異を評価するための結合データの二元配置分散分析(ANOVA)により行った。P<0.05の値を統計的に有意であると判断した。
【0050】
以上、本発明の実施例を説明したが、当業者により様々な変更、改良が可能である。本発明は説明した態様に限定することを意図したものではなく、本発明の精神と範囲から逸脱することなく添付の特許請求の範囲において定義された範囲内で変更がなされてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】MCA閉塞1時間および再灌流4週間後のTTC生体染色による梗塞体積の評価を示す。GDNF−フィブリン接着剤局所塗布群の梗塞体積はコントロール群およびGDNF単独局所塗布群に比較して有意に縮小している。各実験群は夫々6匹のラットを用いて行った。結果は平均値±標準誤差として表し、*はコントロール群と比較したときP<0.05であり、#はGDNF単独局所塗布群と比較したときP<0.05であることを示す。
【図2】ロータロッド試験におけるGDNFの効果をロータロッド上にとどまっていた継続時間(秒)として示す。虚血を有さないシャム群のラットは、他の群より有意に長時間ロータロッド上にとどまっていた。GDNF−フィブリン接着剤局所塗布群のラットでは、局所脳虚血後1週間、2週間、3週間、4週間後において、コントロール群およびGDNF単独局所塗布群のラットに比較してロータロッド上にとどまっていた時間が有意に上昇していた。各実験群は夫々6匹のラットを用いて行った。結果は平均値±標準誤差として表し、*はコントロール群と比較したときP<0.05であり、#はGDNF単独局所塗布群と比較したときP<0.05であることを示す。
【図3】FCI損傷後1週間、2週間、3週間、および4週間後におけるラットの(A)右前肢および(B)左前肢の握力に対するGDNFの効果を示す。各実験群は夫々6匹のラットを用いて行った。結果は平均値±標準誤差として表し、*はコントロール群と比較したときP<0.05であり、#はGDNF単独局所塗布群と比較したときP<0.05であることを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経成長因子および/または神経修復エンハンサー、フィブリノーゲン、アプロチニン、および2価のカルシウムイオンを含有する、神経障害を修復するおよび/または障害を受けた神経の機能回復を増進するフィブリン接着剤組成物であって、該神経修復エンハンサーがステロイド、サイトカイン、ケモカイン、プロテイナーゼ、細胞外マトリックス分子、誘導分子、血管新生抑制因子、神経保護剤、Nogo遺伝子ポリペプチド、および該ポリペプチドに特異的に結合する抗体からなる群から選択されることを特徴とするフィブリン接着剤組成物。
【請求項2】
神経障害が局所脳虚血に起因していることを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
局所脳虚血が慢性局所脳虚血であることを特徴とする請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
神経が中枢神経系神経であることを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項5】
神経成長因子が、グリア細胞由来神経栄養因子、形質転換増殖因子−β、線維芽細胞増殖因子、血小板由来増殖因子、上皮増殖因子、血管内皮増殖因子(VEGF)、およびニューロトロフィン(神経増殖因子(NGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、NT3、NT4、およびNT5等)からなる群から選択されることを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項6】
神経成長因子がグリア細胞由来神経栄養因子であることを特徴とする請求項5に記載の組成物。
【請求項7】
ステロイドがメチルプレドニゾンであることを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項8】
プロテイナーゼがメタロプロテイナーゼであることを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項9】
細胞外マトリックス分子がラミニンまたはテナシンであることを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項10】
誘導分子がネトリン、セマフォリン、神経細胞接着分子、カドヘリン、チオレドキシンペルオキシダーゼ、およびEph−リガンドからなる群から選択されることを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項11】
血管新生抑制因子がアンギオスタチン、エンドスタチン、TNP−470、およびクリングル5からなる群から選択されることを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項12】
神経保護剤がNMDA、非−NMDA型拮抗剤、カルシウムチャネルブロッカー、一酸化窒素合成酵素(NOS)、NOS阻害剤、ペルオキシ亜硝酸スカベンジャー、およびナトリウムチャネルブロッカーからなる群から選択されることを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項13】
2価カルシウムイオンが塩化カルシウムまたは炭酸カルシウム由来であることを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項14】
虚血性脳疾患の治療用であることを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項15】
虚血性脳疾患が脳卒中、中大脳動脈の血栓症および塞栓形成を含むことを特徴とする請求項14に記載の組成物。
【請求項16】
請求項1に記載のフィブリン接着剤組成物を障害を受けた神経に局所的に塗布することを含む、神経障害を修復するおよび/または障害を受けた神経の機能回復を増進する方法。
【請求項17】
神経障害が局所脳虚血に起因していることを特徴とする請求項16に記載の方法。
【請求項18】
局所脳虚血が慢性局所脳虚血であることを特徴とする請求項17に記載の方法。
【請求項19】
神経が中枢神経系神経であることを特徴とする請求項16に記載の方法。
【請求項20】
2価カルシウムイオンが塩化カルシウムまたは炭酸カルシウム由来であることを特徴とする請求項16に記載の方法。
【請求項21】
虚血性脳疾患の治療用であることを特徴とする請求項16に記載の方法。
【請求項22】
虚血性脳疾患が脳卒中、中大脳動脈の血栓症および塞栓形成を含むことを特徴とする請求項21に記載の方法。
【請求項23】
フィブリン接着剤組成物を使用直前に調製することを特徴とする請求項16に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−117668(P2006−117668A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2005−302957(P2005−302957)
【出願日】平成17年10月18日(2005.10.18)
【出願人】(505236481)
【Fターム(参考)】