説明

移植材とその製造方法

【課題】生体親和性に優れ、且つ、高耐食性を有する移植材を提供することを目的としている。
【解決手段】リン酸イオンを含む電解液3中に純マグネシウム又はマグネシウム合金からなる移植材基材1を浸漬して、陽極酸化処理することにより移植材基材1表面に陽極酸化皮膜を形成してなる移植材を提供する。移植材基材1表面に陽極酸化皮膜を有することで、移植材基材1であるマグネシウム合金を生体内に移植した際の腐食を抑制できるため、移植材の耐食性を向上させる効果を奏する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、骨折固定用材料(例えばワイヤー、プレート、スクリュー)、ステント等に利用可能な移植材とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、骨折固定プレート用の移植材材料として、耐食性に優れたステンレスやチタン又はチタン合金等の金属が使用されている。また、これら金属を長期間生体内で安定に機能させるために、金属表面をハイドロキシアパタイト等で被覆処理するなどして、金属の生体親和性を向上させている(例えば、特許文献1〜3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2000−129314号公報
【特許文献2】特開平5−103829号公報
【特許文献3】特開平5−23361号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、ステンレスやチタン又はチタン合金などの金属材料は、生体骨に比して力学的強度が大きく、骨折部を固定した際に、骨が削れてしまう、又は、骨吸収によるルースニングが起こるという問題が生じる。したがって骨折固定用プレートの移植材材料として、生体骨と同等の力学的特性を有する材料が求められている。また、上記の金属材料は生分解性がないため再手術により抜去する必要があるが、特許文献1〜3のように生体親和性を向上させた移植材では骨と癒合し、抜去の際に大変手間がかかる。
【0005】
このような背景から、周辺組織が修復している期間は機械的強度を保持し、修復後には手術を要することなく分解して消失するものである材料が望まれており、純マグネシウム又はマグネシウム合金からなる基材が注目されている。純マグネシウム又はマグネシウム合金からなる基材は、生分解性を有し、生体骨と同等の力学的特性を有する。
しかし、純マグネシウム又はマグネシウム合金からなる基材は、体液のような塩化物イオンの存在する中性付近の水溶液中では、非常に速い速度で腐食されて変質する。
【0006】
したがって、純マグネシウム又はマグネシウム合金からなる基材を移植材に応用するためには、腐食速度を抑制することが必要である。しかし、現状ではこれを満たす技術は開発されていない。
特許文献1〜3に、金属やセラミックスを材料とする生体親和性に優れた移植材の製造方法が開示されている。しかしながら、特許文献1に記載の放電プラズマ焼結法により製造する方法では、1000℃程度に温度を上げる必要があり、基材が変質するという問題が生じる。特許文献2に記載の化成処理方法では、低温で製造することで基材の変質は回避できるが、基材とリン酸カルシウムとの接着強度が弱くなる。特許文献3に記載の電気的手法(イオン注入法、スパッタリング法)では、接着強度は改善されているが、腐食を防止する技術は開発されていない。
【0007】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであって、生分解性を有し、且つ、高耐食性を有する移植材及びその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明は以下の手段を提供する。
リン酸イオンを含む電解液中に純マグネシウム又はマグネシウム合金からなる移植材基材を浸漬して、陽極酸化処理することにより移植材基材表面に陽極酸化皮膜を形成してなる移植材を提供する。
【0009】
本発明によれば、力学的特性(弾性、強度等)が生体骨と類似するマグネシウム又はマグネシウム合金を移植材基材に採用することで、移植材で骨折部を固定した際に生じる骨の削れや、骨吸収によるルースニングを抑制することができる。
陽極酸化処理とは、電解液中で対象物(陽極酸化を行うもの)を陽極として、ステンレス材などの陰極との間に電圧を加えて電解し、陽極の対象物表面を電気化学的に酸化して酸化皮膜を形成させる方法である。この方法によれば、陽極酸化皮膜と移植材基材との接着が強固なものとなる。また、特殊な装置を必要とせず短時間で処理することができるという利点もある。更に、陽極酸化処理の際に、電解液がリン酸イオンを含有すると、陽極酸化皮膜の中にリン酸イオンが侵入する。その結果、移植材基材表面に形成された陽極酸化皮膜は、犠牲防食作用を有した膜となり、高い耐食効果が得られる。更に移植材表面にリンが存在することで、生体親和性を高めることができる。
【0010】
また、上記発明においては、電解液のリン酸イオン含有量が、0.1mol/L以上1mol/L以下であるとよい。
このようにすることで、所望の防食効果及び強度を有する移植材とすることができる。
【0011】
また、上記発明においては、電解液がpH7以上pH14以下であるとよい。
このようにすることで、酸による移植材基材の溶出が抑制できるとともに、陽極酸化皮膜と移植材基材とを強固に接着することができる。
【0012】
また、上記発明においては、陽極酸化皮膜の厚さが0.1μm以上20μm以下であるとよい。
このようにすることで、所望の防食効果及び生分解性を有する移植材とすることができる。
【0013】
また、本発明によれば、純マグネシウム又はマグネシウム合金からなる移植材基材を、リン酸イオンを含む電解液で陽極酸化処理する移植材の製造方法を提供する。
このような方法によって製造される移植材は、基材と陽極酸化皮膜との接着が強固となる。その結果、マグネシウム基材の腐食を抑制する効果が向上する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、移植材の耐食性及び生体親和性を向上させる効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の一実施形態に係る陽極酸化処理装置を示す模式図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る移植材の腐食速度評価の結果を示すグラフである。
【図3】本発明の一実施形態に係る移植材の耐食性評価の結果を示す写真である。
【図4】本発明の一実施形態に係る移植材の生体親和性評価の結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の一実施形態に係る移植材とその製造方法について図面を参照して以下に説明する。
本実施形態に係る移植材は、移植材基材と、移植材基材の表面を被覆するように形成された陽極酸化皮膜とを備えている。
移植材基材は、マグネシウム合金からなり、例えば、WE43を採用している。移植材基材の形態は、特に限定されず、所定の形態に成形されたものを用いることができる。
陽極酸化皮膜は、主にマグネシウム、酸素、リンから構成され、膜厚は0.1μm以上20μm以下である。
【0017】
ここで、移植材に用いるマグネシウム合金について説明する。表1は骨折固定プレートに用いられる材料の力学的特性を示している。表1によれば、生体骨の強度、弾性率、破壊靭性がそれぞれ160MPa、20GPa、3.4であるのに対して、マグネシウム合金では、それぞれ200MPa、45GPa、10〜30である。また、チタンの強度が400MPaであることから、マグネシウム合金が生体骨に近い力学的特性を有していることが確認できる。
【表1】

【0018】
本実施形態に係る移植材によれば、移植材基材にマグネシウム合金を用いているので、例えば、骨折部を固定した際に、移植材との摩擦により骨が削れてしまうことはなく、骨吸収によるルースニングも抑制される。
【0019】
また、移植材の表面に陽極酸化皮膜を有するので、移植材を生体内に移植した際に生じる腐食を抑制できると共に、腐食に伴い発生する水素ガスに起因する移植部位の炎症を防止することができる。更に、陽極酸化皮膜にリンが含有されることによって、犠牲防食作用を有する膜となり、高い耐食性が得られる。
【0020】
次に、本実施形態に係る移植材の製造方法について説明する。すなわち、図1に示されるように、移植材基材1(陽極)と陰極2とをリン酸イオンを含む電解液3に浸漬させ、陽極酸化処理を施すことにより、本実施形態に係る移植材が製造される。
【0021】
本実施形態において、電解液3は、リン酸イオンを含有するアルカリ性の水溶液である。より具体的には、0.1〜1mol/Lのリン酸イオンを含有し、pHが7〜14の水溶液である。通電中の電解液3の温度は、4℃〜90℃である。
【0022】
リン酸イオンは、例えば、リン酸塩、リン酸水素塩、リン酸二水素塩などとして電解液中に含まれるものである。
【0023】
電解液3のpHは、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム及びアンモニアなどのアルカリ溶液で調整される。
陰極2は、例えば、ステンレス材が用いられるが、特に限定されるものではない。
【0024】
本実施形態において、陽極酸化処理は、例えば、以下のような条件で実施される。
電源4は定電流電源が用いられるが、特に限定されるものではなく、直流電源でも交流電源でもよい。電流密度は−10〜10mA/mm、通電時間は0.5分〜30分である。上記陽極酸化処理によれば、膜厚が0.1μm以上20μm以下の陽極酸化皮膜を、移植材基材1の表面に形成させることができる。
【0025】
本実施形態に係る移植材の製造方法によれば、陽極酸化処理によって、移植材基材1と陽極酸化皮膜とを強く接着させた移植材を製造することができる。
【実施例】
【0026】
マグネシウム合金は、イットリウム:3.7−5.5質量%、希土類(主にネオジウム):2.4−4.4質量%、ジルコニウム:<0.4質量%、マグネシウム:残部からなるマグネシウム合金を用いた。
【0027】
電解液3は、0.1mol/Lのリン酸イオンを含有するように調製し、pH10に調整した。
【0028】
WE43(陽極)とステンレス材(陰極2)とを上記電解液3に浸漬させ、電源4を用いて、電流密度10mA/mmで3分または5分間通電して、移植材を作製した。通電時間が3分のものを移植材A、通電時間が5分のものを移植材Bとした。移植材の表面に形成された陽極酸化皮膜の膜厚は、走査型電子顕微鏡によって測定した。
【0029】
上記にて作製した移植材の腐食速度評価の結果を図2に示す。同図において、横軸は電位(E)、縦軸は電流密度(mA/mm)を表す。
WE43を電解液3に浸漬すると、イオン化する際に電流を生じる。すなわち、水素が発生し、腐食が急激に進む。一方、移植材Aでは、WE43と比して水素の発生速度が遅くなり、移植材B(膜厚10μm)では、更に水素発生を抑制できた。
【0030】
移植材の耐食性評価の結果を図3に示す。塩水噴霧試験をJIS Z2371に基づいて実施した。WE43は、噴霧開始から48時間で表面に腐食生成物が発生した。一方、移植材Bでは噴霧開始から240時間経過しても腐食生成物は発生しなかった。
【0031】
移植材の生体親和性評価の結果を図4に示す。V79細胞を用いてISO10993に準拠して行った。
移植材Bは、コントロールと比して同等の細胞増殖が観察できたことから、細胞毒性がないことが示された。
【0032】
なお、陽極酸化処理前に、必要に応じて移植材基材1の表面の付着物を除去するための処理が施されてもよい。その方法は、特に限定的ではなく、移植材基材1の種類、付着の状態などに応じて、溶剤洗浄、アルカリ洗浄、酸洗浄等の公知の処理方法を適宜適用するとよい。
【0033】
本発明に係る移植材は、骨折固定用プレートの他、骨折部を固定するための棒状のピン(キルシュナーワイヤー)にも適用可能である。
【符号の説明】
【0034】
1 移植材基材(陽極)
2 陰極
3 電解液
4 電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸イオンを含む電解液中に純マグネシウム又はマグネシウム合金からなる移植材基材を浸漬して、陽極酸化処理することにより移植材基材表面に陽極酸化皮膜を形成してなる移植材。
【請求項2】
前記電解液のリン酸イオン含有量が、0.1mol/L以上1mol/L以下である請求項1に記載の移植材。
【請求項3】
前記電解液がpH7以上pH14以下である請求項1に記載の移植材。
【請求項4】
前記酸化皮膜の厚さが0.1μm以上20μm以下である請求項1に記載の移植材。
【請求項5】
純マグネシウム又はマグネシウム合金からなる移植材基材を、リン酸イオンを含む電解液で陽極酸化処理する移植材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−72617(P2011−72617A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−228153(P2009−228153)
【出願日】平成21年9月30日(2009.9.30)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】