説明

穀物のポリフェノール富化加工方法、それらの穀物が含まれた食品

【課題】発芽させることなく、ポリフェノール成分を可食部分に富化することのできるポリフェノール富化加工方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の穀物のポリフェノール富化加工方法は、外皮付き穀物を加圧下、および/または加温下で、水に浸漬することにより、ポリフェノール成分を増加させると共に外皮から内側に浸透移行させ、内側の可食部分にポリフェノール成分を富化する。さらに、加圧は、少なくとも0.2MPaの圧力で、加温する温度が20℃〜60℃の温度であることが好ましい。この方法で加工した穀物を脱穀や製粉加工することで、ポリフェノール成分の富化された粉や食品が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば麦粒のような穀類、蕎麦などの擬穀類、あるいは豆類などの穀物の可食用部分にポリフェノール成分を富化する加工方法、この加工方法によりポリフェノール成分を富化した穀物等を原料とする食品に関する。
【背景技術】
【0002】
加齢に伴う酸化ストレスによる細胞傷害が抗酸化成分によって抑制されるため、近年抗酸化食品の利用が期待されている。穀物には抗酸化成分として有用なポリフェノールをはじめとする機能性成分が多く含まれている。しかし、その大部分は、可食部分よりも、加工時に除去される外皮の部分に特に多く含まれているため廃棄されており、食品としては有効に利用されていない。また、加工時に外皮を除去しないで用いる場合にはエグ味や雑味、食感の問題があり、その用途は限定されている。
【0003】
そのため、加工時に除去した外皮から機能性食品を製造する方法の開発が進められており、このような方法が例えば特許文献1に示されている。しかしながら、穀物等は外皮の内側部分が可食部として圧倒的に食用される量が多いので、内側部分にポリフェノール成分を富化することが望まれている。
【0004】
一方、発芽時に、外皮以外にもポリフェノール成分等の機能性成分が増加することから、発芽させる方法や、発芽した穀類等から製造される食品の開発が進められている。例えば、特許文献2には、発芽条件として二酸化炭素濃度、酸素濃度、温度、光照射などを管理して、発芽種子中にポリフェノール成分を富化することが記載されている。
【0005】
しかしながら、発芽によってポリフェノール成分は富化されるが、特許文献2に記載されているように多くの発芽条件を管理する必要があり、そのための装置や発芽する時間が必要になるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−310214号公報
【特許文献2】特開2008−125515号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は前記の課題を解決するためになされたもので、発芽させることなく、ポリフェノール成分を穀物の可食部分に富化することのできるポリフェノール富化加工方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の目的を達成するためになされた特許請求の範囲の請求項1に記載の穀物のポリフェノール富化加工方法は、外皮付き穀物を加圧下、および/または加温下で、水に浸漬することにより、ポリフェノール成分を増加させると共に外皮から内側に浸透移行させ、内側の可食部分にポリフェノール成分を富化することを特徴とする。
【0009】
請求項2に記載のポリフェノール富化加工方法は、請求項1に記載されたもので、前記穀物は、小麦、大麦、ライ麦、燕麦、ハト麦、米、とうもろこし、アワ、ヒエ、キビ、およびモロコシから選ばれる穀類、または、蕎麦、韃靼蕎麦、およびキノアから選ばれる擬穀類、または、大豆、小豆、緑豆、ササゲ、インゲン豆、落花生、およびカカオ豆から選ばれる豆類であることを特徴とする。
【0010】
請求項3に記載のポリフェノール富化加工方法は、請求項1に記載されたもので、前記加圧が、少なくとも0.2MPaの圧力であることを特徴とする。
【0011】
請求項4に記載のポリフェノール富化加工方法は、請求項1に記載されたもので、前記加温下でその水温が、20℃〜60℃の温度であることを特徴とする。
【0012】
請求項5に記載のポリフェノール富化加工方法は、請求項1に記載されたもので、前記水に浸漬する時間が、前記加圧下で5分間〜48時間であることを特徴とする。
【0013】
請求項6に記載のポリフェノール富化加工方法は、請求項1に記載されたもので、前記水に浸漬する時間が、前記加温下で1時間〜48時間であることを特徴とする。
【0014】
請求項7に記載のポリフェノール富化加工方法は、請求項1に記載されたもので、前記水に除菌剤が添加されていることを特徴とする。
【0015】
請求項8に記載のポリフェノール富化加工方法は、請求項7に記載されたもので、前記除菌剤が、アルコール類であることを特徴とする。
【0016】
請求項9に記載のポリフェノール富化加工方法は、請求項8に記載されたもので、前記アルコール類がエタノール、1−プロパノール、および2−プロパノールから選ばれるアルコールであることを特徴とする。
【0017】
請求項10に記載のポリフェノール富化加工方法は、請求項9に記載されたもので、前記アルコールが、水に対して0.5〜5相対重量%添加されていることを特徴とする。
【0018】
特許請求の範囲の請求項11に記載の粉は、請求項1から10のいずれかの加工方法によりポリフェノール成分を富化した穀物を製粉したことを特徴とする。
【0019】
特許請求の範囲の請求項12に記載の食品は、請求項1から10のいずれかの加工方法でポリフェノール成分を富化した穀物を原材料に含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明の穀物のポリフェノール富化加工方法によれば、外皮付き穀物を加圧下、および/または加温下で、水に浸漬することにより、ポリフェノール成分を増加させると共に外皮から内側に浸透移行させ、内側の可食部分に機能性成分として有用なポリフェノール成分を富化することができる。発芽させる必要がないため、発芽のための管理や装置が不要であり、管理が容易であり、安定して簡便かつ確実に、ポリフェノール成分を穀物等の可食部分に富化することができる。したがって、大量生産にも向いており、ポリフェノール成分の富化された穀物等を安価に供給することができる。
【0021】
また、この加工方法によれば、小麦、大麦、ライ麦、燕麦、ハト麦、米、とうもろこし、アワ、ヒエ、キビ、およびモロコシから選ばれる穀類、または、蕎麦、韃靼蕎麦、およびキノアから選ばれる擬穀類、または、大豆、小豆、緑豆、ササゲ、インゲン豆、落花生、およびカカオ豆から選ばれる豆類にポリフェノール成分を富化加工することが可能なため、これらを原材料に用いる多くの食品を機能性食品とすることができる。
【0022】
また、この加工方法によれば、水に浸漬する際の加圧が、少なくとも0.2MPaの圧力であることにより、食用部分に一層ポリフェノール成分を富化することができる。さらに、この加圧によって細菌の発育が抑制されるため、麦粒の品質が保持されることにより、腐敗や臭いの発生を抑制することができる。
【0023】
また、この加工方法によれば、加温の水温が、20℃〜60℃の温度であることにより、一層ポリフェノール成分を富化することができる。
【0024】
また、この加工方法によれば、水に浸漬する時間が、加圧下で5分間〜48時間であることにより外皮付き穀物に短時間で吸水させることができ、安定してポリフェノール成分を富化することができる。
【0025】
また、この加工方法によれば、水に浸漬する時間が、加温下で1時間〜48時間であることにより、安定してポリフェノール成分を富化することができる。
【0026】
また、この加工方法によれば、水に除菌剤が添加されていることにより、穀物の品質が保持されて、腐敗や臭いの発生を抑制することができる。
【0027】
また、この加工方法によれば、除菌剤が、アルコール類であることにより、穀物の品質を簡便に保持することができる。
【0028】
さらに、この加工方法によれば、アルコール類がエタノール、1−プロパノール、および2−プロパノールから選ばれるアルコールであることにより安全である。
【0029】
さらに、この加工方法によれば、アルコールが、水に対して0.5〜5相対重量%添加されていることにより、細菌の発育を効果的に抑制することができる。
【0030】
また、本発明の粉によれば、上記の加工方法によってポリフェノール成分を富化した穀物を製粉したものであるため、ポリフェノール成分を豊富に含み、機能性食品素材として有用である。
【0031】
また、本発明の食品によれば、上記の加工方法でポリフェノール成分を富化した穀物を原材料に含むことにより、ポリフェノール成分が富化されていて機能性食品として高付加価値を有する。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明を適用するポリフェノール富化加工方法によって加工した小麦粒を製粉した小麦粉、および比較例の小麦粉中の総ポリフェノール含量を示すグラフである。
【図2】本発明を適用するポリフェノール富化加工方法によって加工した小麦粒を製粉した小麦粉、および比較例の小麦粉中のポリフェノール成分量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明を実施するための好ましい形態を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの形態に限定されるものではない。
【0034】
本発明に用いる穀物のうち穀類としては、小麦、大麦、ライ麦、燕麦、ハト麦、米、とうもろこし、アワ、ヒエ、キビ、およびモロコシなどを例示することができ、擬穀類としては蕎麦、韃靼蕎麦、およびキノアなどを例示することができる。これらの穀類の穀粒は、可食部分の胚乳を外皮で覆っている。外皮は、例えば、小麦ではふすま、稲ではもみ殻やぬか、蕎麦ではそば殻などともいわれ、食用材料への加工時や製粉時に除去される。また、本発明に用いる穀物のうち豆類としては、大豆、小豆、緑豆、ササゲ、インゲン豆、落花生、およびカカオ豆などを例示することができる。これらの豆類には、果皮や莢ともよばれる外皮があり、可食部分としての豆粒を覆っている。本発明方法は、収穫時にはこのような外皮に包まれて、食用材とするときにこの外皮を除去する穀類、擬穀類、および豆類などの穀物に適用することができる。
【0035】
以下、外皮付き小麦粒を例にあげて本発明の一形態であるポリフェノール富化加工方法について説明する。
【0036】
先ず、蒸留水や水道水、イオン交換水などの清浄な水を準備する。この水に除菌剤として、アルコール類を添加する。このアルコール類の添加により、簡便に細菌の発育を抑制して小麦粒の品質を保持し、腐敗や臭いの発生を抑制する。
【0037】
水に添加するアルコール類としては、例えば、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノールなどのアルコールを例示することができる。特に、エタノールの利用は、静菌作用および安全性の観点から好ましい。一例として、アルコール類は、水に対して0.5〜5相対重量%添加する。好ましくは、水に対して1〜2相対重量%添加する。尚、相対重量%とは、溶媒である水の重量を基準(100%)として添加するアルコールの重量をパーセント表示したものである。
【0038】
この水に、外皮付き小麦粒を浸漬する。用いる水量は、小麦粒の吸水可能な量とほぼ同量であることが好ましく、一例として小麦粒の40重量(wt)%とする。
【0039】
この状態で、温度処理と加圧処理とを同時に処理する温度加圧処理を実施する。
【0040】
温度処理は、小麦粒に含まれるタンパク質の変性温度以下の温度に加温するもので、具体的には、水温を20℃〜60℃の温度に保持する。温度が高いほどポリフェノール成分の富化量が大きくなるため、25℃以上であることが好ましく、30℃以上であることがより好ましく、さらに40℃以上であることが一層好ましい。上限温度は、タンパク質の変性温度に近すぎないことが望ましいため50℃以下であることがより好ましい。このため、本発明を実施するのには、40℃〜50℃の温度であることが好適である。
【0041】
温度処理、特に加熱することにより、ポリフェノール成分が富化される。これは、水の浸透が促進されるので外皮から可食部分にポリフェノール成分の移行が促進されているものと解される。さらに、小麦に含まれる酵素活性の上昇も一因として解される。
【0042】
加圧処理は、常圧よりも高い圧力に加圧することにより、小麦粒に水の浸透を促進させて、可食部分にポリフェノール成分の浸透移行を促進させるために実施する。加圧する圧力は、少なくとも0.2MPaの圧力でも浸漬が促進されてその効果があるが、ポリフェノール成分の充分な富化量が得られる少なくとも10MPaの圧力に加圧することが好ましい。さらに、ポリフェノール成分の一層充分な富化量が得られ、静菌効果が期待される少なくとも50MPaの圧力に加圧することがより好ましく、ポリフェノール成分のより一層充分な富化量が得られる少なくとも80MPaの圧力に加圧することがより一層好ましい。
【0043】
加圧可能な最大圧力は小麦粒に含まれるタンパク質の変性圧力までとするが、一般的に安価に入手可能な加圧装置で加圧することのできる100MPaの圧力までとすることが実用上好ましい。このように装置コストとポリフェノール富化量とのトレードオフにより、50MPa〜100MPaの圧力に加圧することが実用上好ましい。
【0044】
また、加圧することにより、細菌の発育が抑制されるため、小麦粒の品質が保持されて、腐敗や臭いの発生を抑制することができる。
【0045】
温度加圧処理は、一例として、株式会社東洋高圧製の「まるごとエキス(登録商標)」を用いて処理することができる。本装置は、小型でありながら、75℃まで加温、および100MPaまで加圧可能な装置である。100MPaまでの加圧処理は、このような小型の装置で処理可能である。したがって処理コストが安価になる。
【0046】
この温度加圧処理を、5分〜48時間継続する。この処理時間は、小麦粒などの穀物が充分に吸水して、ポリフェノール成分を富化させるために必要な時間である。この時間処理を行うことで、安定してポリフェノール成分を富化することができる。小麦粒の場合、24時間程度で吸水飽和量に近づく。
【0047】
このように小麦粒に水を吸水させることでポリフェノール成分が富化される。これは、小麦粒が吸水することで、外皮中のポリフェノール成分が外皮よりも内側の食用部分に水を媒介として浸透移行しているためであると解される。さらに、内在する酵素の作用によって、難溶性(結合型)のポリフェノール成分が加水分解等を受けて可溶性の成分に変化し、全体としてポリフェノール量が富化されるためであると解される。
【0048】
なお、加圧することなく常圧下で温度処理を行う場合には、小麦粒に充分に吸水させポリフェノール成分を富化させるために、1時間〜48時間、温度処理を継続することが好ましい。また、加温の有無にかかわらず、加圧処理を行う場合には、短時間でも小麦粒に吸水させることができるため、5分間程度の加圧処理時間でもよく、さらに、加圧処理時間を長くすることでポリフェノール成分の富化が一層促進されるため、5分〜48時間、加圧処理を継続することが好ましい。また、処理開始と共に例えば10分間程度加圧処理した後に常圧に戻して温度処理を行うこともできる。
【0049】
この処理時間の経過により本発明のポリフェノール富化加工方法が終了して、ポリフェノール成分の富化された小麦粒が得られる。
【0050】
得られた小麦粒は、吸水状態にあるので、必要に応じて乾燥処理を行う。乾燥処理は、一例として、凍結乾燥法や送風乾燥法などで処理するが、細菌の生育を防止するため、凍結乾燥法で処理することが好ましい。乾燥した小麦粒は、本発明方法で処理する前の未処理のままの通常の小麦粒と大きさなどの外観はほぼ同様である。また、通常の小麦粒と同様に、長期間保存することもできる。つまり、本発明方法で加工された小麦粒は、通常の小麦粒と同様に扱うことができる。
【0051】
この本発明方法により加工された小麦粒を、通常の小麦粒と同様に常法に従って製粉することで、本発明を適用する粉の一例である小麦粉が得られる。
【0052】
例えば、この小麦粉を原材料として、常法に従って加工することで、パン、ピザ、麺、クッキー、ケーキ、饅頭などの食品とすることができる。これらの食品は、ポリフェノール成分を豊富に含んでおり機能性食品として高付加価値を有している。
【0053】
また、この本発明方法により加工された小麦粒から外皮を除去して粒のまま食品としてもよいし、飲料に加工してもよい。このように原材料としての形態は限定されず、さまざまな食品に加工することができる。
【0054】
なお、上記の説明では、温度処理と圧力処理とを同時に実施した例について説明したが、いずれか一方の処理だけを実施してもよい。いずれか一方の処理であっても富化量の多少は別にしてポリフェノール成分を富化することができる。
【0055】
また、小麦粒を浸漬する水にアルコール類(除菌剤)を添加した例について説明したが、アルコール類非添加の水を用いてもよい。例えば、温度条件や圧力条件により細菌の発育が抑制される場合には、アルコール類を添加しなくてもよい。
【0056】
また、温度処理により一定温度で処理せずに、室温下で処理することもできる。
【0057】
また、小麦粒に吸水させる水量を小麦粒の40wt%として説明したが、前記した穀類や擬穀類、豆類に適用する場合には、これらが吸水可能な水量に適宜変更することができる。また、吸水可能な水量よりも多い水量に浸漬させてもよい。
【実施例】
【0058】
以下、本発明を適用するポリフェノール富化加工方法を、小麦で実施した例を詳細に説明する。しかし本発明の範囲は、この実施例に限定されるものではない。
【0059】
(実施例)
外皮付き小麦粒は、平成18年の北海道産ホクシン品種を用いた。水はイオン交換水を用いた。イオン交換水を小麦粒の40wt%の水量に計量して、小麦粒を浸漬させた。この状態のものを、以下の条件で24時間処理して、本発明方法で加工した小麦粒を得た。処理条件の違いにより、実施例1〜6とする。処理には、前記した株式会社東洋高圧製「まるごとエキス」を用いた。
【0060】
実施例1:温度20℃、圧力0.1MPa(常圧)
実施例2:温度20℃、圧力 40MPa
実施例3:温度20℃、圧力 80MPa
実施例4:温度40℃、圧力0.1MPa(常圧)
実施例5:温度40℃、圧力 40MPa
実施例6:温度40℃、圧力 80MPa
【0061】
処理後、実施例1〜6の小麦粒を凍結乾燥して、常法で調質、製粉して小麦粉とした。
【0062】
(比較例)
実施例に用いた小麦粒と同様のものを、未処理のまま、つまり水に浸漬させず加温処理および加圧処理も実施せずに、常法で調質、製粉して比較例1(コントロール)とした。
【0063】
また、下記条件で24時間処理した小麦粒を比較例2とした。
比較例2:小麦粒に水を加えず、温度20℃、圧力80MPa
比較例2の小麦粒を常法で調質、製粉して小麦粉とした。
【0064】
(臭い試験)
加工された小麦粒に対して、製粉する前に臭い試験を実施した。実施例4の小麦粒から、僅かに腐敗臭のような臭いが確認された。他の実施例、比較例の小麦粒からは、腐敗臭などの異臭は確認できなかった。
【0065】
温度40℃で温度処理しても、加圧処理したものから腐敗臭がしないことから、加圧処理による細菌の発育を抑制する効果が確認できた。また、本実施例では水にアルコールを添加していないが、アルコールを添加して実施例4と同様の温度40℃、圧力0.1MPaで24時間経過させた場合には腐敗臭の発生が防止される。
【0066】
(ポリフェノール成分の抽出)
実施例1〜6、比較例1,2の小麦粉からポリフェノール成分を抽出した。抽出はZhouら(Kequan Zhou, Lan Su, and Liangli (Lucy) Yu., Phytochemicals and Antioxidant Properties in Wheat Bran. J. Agric. Food Chem., 52, 6108-6114 (2004).)の方法に従った。詳細を以下に説明する。
【0067】
1.小麦粉を遠沈管に1.00g秤量した。
2.これに、50v/v%含水アセトンを15ml加えて室温で15時間振盪を
行った後、遠心分離(10000×g)を10分間行い、上清を回収した。
各実施例、比較例小麦粉からのこの溶液をサンプル溶液として、後述する「総ポリフェノール含量の測定」を実施した。
3.さらに2.で回収した上清中のアセトンをエバポレーター(40℃)で留去した。
4.4N NaOH 7.5mlを加え、55℃で4時間加水分解を行った。
5.6N HClを加えてpHを2に調整した。
6.ジエチルエーテル:酢酸エチル=1:1 15mlを加えて分液し、ジエチル
エーテル‐酢酸エチル層を回収した。この抽出操作を3回行った。
7.得られたジエチルエーテル‐酢酸エチル層中の溶媒をエバポレーターで完全に
留去した。
8.得られた抽出物を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)用メタノール2m
lに溶解し、メタノール溶液とした。
各実施例、比較例小麦粉からのこの溶液をサンプル溶液として後述する「ポリフェノール成分組成及び成分量の測定」を行った。
【0068】
(総ポリフェノール含量の測定)
総ポリフェノール含量はFolin-Ciocalteu法を用いて定量した。定量はChandrika M. Liyana-Pathiranaら(Chandrika M. Liyana-Pathirana and Fereidoon Shahidi, Antioxidant and free radical scavenging activities of whole wheat and milling fractions. Food Chemistry, 101(3), 1151-1157,(2007))の方法に従った。
【0069】
サンプル溶液0.5mlに純水3.0mlを加え、さらに1Nフェノール試薬(市販の試薬を2倍に希釈)1.0mlを加えて、よく混合し、3分間室温で反応させた。20w/v%炭酸ナトリウム水溶液1.0mlを添加し、混合した後、純水4.5mlを加え、全量を10mlに定容した。30℃、60分間反応した後、遠心分離(5,000×g,5min)し、上清の吸光度(725mn)を測定した。サンプル溶液は吸光度が2.0を超えないように適宜希釈して用いた。また、サンプル自体が持つ吸光度の影響を補正するために、フェノール試薬の代わりに純水をサンプル溶液と混合したものをブランクとして用いた。各サンプル溶液の測定値は、フェルラ酸を用いて作成した検量線に代入し、フェルラ酸当量(mg/粉末試料100g)で算出した。測定は各処理サンプルにつき2回行った。
【0070】
各実施例、比較例小麦粉の総ポリフェノール含量の測定結果の数値を表1に示し、そのグラフを図1に示す。平均値±標準誤差(n=3)で示した。
【0071】
【表1】

【0072】
コントロール(比較例1)の小麦粉中の総ポリフェノール含量は100g当たり約134.7mg(フェルラ酸当量)であった。処理温度20℃の場合、水を添加し、常圧下で処理しても変化は認められなかった(実施例1)。ただし、後述するように、特定のフェノール酸(フェルラ酸)においてはコントロールよりも成分量が富化されることを確認した。圧力下で処理すると、40MPaでコントロールの約1.1倍(実施例2)、80MPaでコントロールの約1.1倍(実施例3)と総ポリフェノール含量の増加が認められた。処理温度40℃の場合、常圧下の処理ではコントロールの約1.2倍に増加した(実施例4)。処理温度20℃の場合と同様に、圧力の増加にしたがって、総ポリフェノール含量が増加する傾向が認められ、圧力下(40MPa、80MPa)ではいずれもコントロールの約1.3倍(実施例5、実施例6)に増加した。一方、水を添加しない加圧処理(比較例2)の含有量はコントロールと同程度であった。
【0073】
(ポリフェノール成分組成及び成分量の測定)
ポリフェノール成分組成及び成分量の定量はHPLC分析により行った。定量値は平均値±標準誤差で示した。
【0074】
HPLC分析条件はTianら(Su Tian, Kozo Nakamura, Tong Cui and Hiroshi Kayahara. High-performance liquid chromatographic determination of phenolic compounds in rice. J. Chromatogr. A, 1063, 121-128 (2005).)の方法に従った。各試料に含まれるポリフェノール成分の同定は、標準物質のリテンションタイムおよび吸収スペクトルの比較と、各試料に標準物質を添加する追加法により行った。また標準物質を用いてピーク面積値と濃度の検量線を作成した。作成した検量線を用いて各抽出液の分析ピーク面積値から、試料中のポリフェノール成分量(mg/粉末試料100g)を算出した。測定は各処理サンプルにつき2回行った。
【0075】
HPLC分析条件
カラム:COSMOSIL
5C18-MS-II (150mm×4.6mm)
移動層A:0.025%TFA含有水
移動層B:0.025%TFA含有アセトニトリル
グラジエント(B):0‐5分;5%‐9%、5‐15分;9%‐9%、15‐22分;9%‐11%,
22‐38分;11%‐18%
カラム温度:40℃
検出波長:UV 280nm
流速:0.8ml/min
インジェクト量:10μl
標準物質・・・protocatechuic acid, hydroxybenzoic acid, chlorogenic acid,
vanillic acid, caffeic acid, syringic acid, p-coumaric acid,
ferulic acid, sinapinic acid
【0076】
各実施例、比較例小麦粉のポリフェノール成分組成および成分量の測定結果の数値を表1に示し、そのグラフを図2に示す。平均値±標準誤差(n=3)で示した。
【0077】
【表2】

【0078】
HPLC分析によって、標品との比較から、5種のフェノール酸(バニリン酸,シリンガ酸,p-クマル酸,フェルラ酸,シナピン酸)を同定した。
【0079】
小麦粉中のフェルラ酸はポリフェノール成分の約4−5割を占め、最も含有量が多かった。コントロール(比較例1)のフェルラ酸含量は約0.5mgであった。フェルラ酸は、処理温度20℃の場合、水を添加することで常圧処理ではコントロールの約2倍に増加した(実施例1)。さらに、圧力が高くなるにつれ、圧力が40MPaでコントロールの約2.8倍(実施例2)、80MPa(実施例3)でコントロールの約3.5倍と含有量が増加した。処理温度40℃の場合、常圧下の処理ではコントロールの約4.8倍(実施例4)に増加しており、加温することで増加量が高まった。処理温度20℃の場合と同様に、圧力の増加にしたがって、フェルラ酸含有量が増加する傾向が認められ、40MPaでコントロールの約4.5倍(実施例5)、80MPaでコントロールの約6倍(実施例6)に増加した。温度が高く、圧力も高い方が、フェルラ酸の増加量が大きく最も効果があった。
【0080】
また、ポリフェノール成分の約2割を占めるバニリン酸の含有量もフェルラ酸と同じ傾向を示した。バニリン酸は、温度40℃、圧力80MPaでコントロールの約2.2倍に増加した(実施例6)。シリンガ酸、p-クマル酸、シナピン酸の含有量では加圧による効果は認められなかった。これらの成分は40℃に加温することで増加量が高まった。特にシナピン酸は、常圧で、処理温度20℃の場合、コントロールの約1.4倍(実施例1)、処理温度40℃の場合、コントロールの約3.8倍に増加した。一方、水を添加しないで加圧処理した場合(比較例2)には、いずれのフェノール酸でもコントロールに対する大きな増加は認められなかった。
【0081】
以上の結果から、小麦粒に水を添加することで、ポリフェノール成分を富化できることが確認できた。特にフェルラ酸含量の増加が顕著であった。さらに温度処理や加圧処理の実施により、一層ポリフェノール成分を富化できることが確認できた。温度や圧力を高くすることで、フェルラ酸とバニリン酸が増加することが確認できた。シリンガ酸、p-クマル酸、シナピン酸含量は、加温することで成分量が増加することが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明のポリフェノール富化加工方法は、発芽させる必要がないので、機能性食材として有用なポリフェノールの富化された穀物を安定して簡便かつ確実に得ることができ、大量生産にも適しているため、健康食品分野だけでなく、一般食品分野にも大きく寄与すると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外皮付き穀物を加圧下、および/または加温下で、水に浸漬することにより、ポリフェノール成分を増加させると共に外皮から内側に浸透移行させ、内側の可食部分にポリフェノール成分を富化することを特徴とする穀物のポリフェノール富化加工方法。
【請求項2】
前記穀物は、小麦、大麦、ライ麦、燕麦、ハト麦、米、とうもろこし、アワ、ヒエ、キビ、およびモロコシから選ばれる穀類、または、蕎麦、韃靼蕎麦、およびキノアから選ばれる擬穀類、または、大豆、小豆、緑豆、ササゲ、インゲン豆、落花生、およびカカオ豆から選ばれる豆類であることを特徴とする請求項1に記載のポリフェノール富化加工方法。
【請求項3】
前記加圧が、少なくとも0.2MPaの圧力であることを特徴とする請求項1に記載のポリフェノール富化加工方法。
【請求項4】
前記加温下でその水温が、20℃〜60℃の温度であることを特徴とする請求項1に記載のポリフェノール富化加工方法。
【請求項5】
前記水に浸漬する時間が、前記加圧下で5分間〜48時間であることを特徴とする請求項1に記載のポリフェノール富化加工方法。
【請求項6】
前記水に浸漬する時間が、前記加温下で1時間〜48時間であることを特徴とする請求項1に記載のポリフェノール富化加工方法。
【請求項7】
前記水に除菌剤が添加されていることを特徴とする請求項1に記載のポリフェノール富化加工方法。
【請求項8】
前記除菌剤が、アルコール類であることを特徴とする請求項7に記載のポリフェノール富化加工方法。
【請求項9】
前記アルコール類がエタノール、1−プロパノール、および2−プロパノールから選ばれるアルコールであることを特徴とする請求項8に記載のポリフェノール富化加工方法。
【請求項10】
前記アルコールが、水に対して0.5〜5相対重量%添加されていることを特徴とする請求項9に記載のポリフェノール富化加工方法。
【請求項11】
請求項1から10のいずれかの加工方法によりポリフェノール成分を富化した穀物を製粉したことを特徴とする粉。
【請求項12】
請求項1から10のいずれかの加工方法でポリフェノール成分を富化した穀物を原材料に含むことを特徴とする食品。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−63454(P2010−63454A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−183208(P2009−183208)
【出願日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【出願人】(592148878)株式会社東洋高圧 (49)
【出願人】(301050186)ポエック株式会社 (3)
【出願人】(591018534)奥本製粉株式会社 (20)
【Fターム(参考)】