説明

【課題】音域が少なくとも27.5Hz以下の低音域まで伸びている小型の箏を提供すること。
【解決手段】一端部を竜頭11、他端部を竜尾12とする胴1と、竜頭11と竜尾12との間に張架される複数の絃2と、竜頭11の上面に突設され絃2を支持する竜角3と、竜尾12の上面に突設され絃2を支持する雲角4と、胴1の上面に載置され張架された絃2を適宜の位置で支承し音程を可変にする琴柱5と、竜頭11及び竜尾12の一方に備えられ絃2の一端を係止する一端係止機構6と、竜頭11及び竜尾12の他方に備えられ絃2の他端を係止すると共に絃2の張力を調節する張力調節係止機構7と、を有する箏であって、絃2は金属製であり、胴1はその長さが150cm以下であり、その音域は少なくとも27.5Hz以下の低音域まで伸びていることを特徴とする箏。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、日本伝統楽器の一つである筝に係り、特に、伴奏、低音域を担当する筝に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、絃の数が13本である十三絃箏を「箏」と称し、これは主旋律、高音域を担当する。一方、伴奏、低音域(少なくとも約27.5Hzまでの振動数)を担当するために宮城道雄によって考案された絃の数が17本である十七絃箏を「十七絃」と称する。また、二十絃箏、二十五絃箏、三十絃箏、三十二絃箏もあるが、本願明細書では、絃の数に関わらず音域が低音域まで伸びている箏を箏と総称する。
【0003】
従来の筝は、胴に桐等を用い、竜頭(頭部)及び竜尾(尾部)に唐木等を用いて形成され、例えば、絃の数が13本の箏の長さは約180cm(六尺)が標準であり、また幅は、竜頭側で約25cmである。絃の数が17本の低音域までカバーする箏の長さは約210cm(七尺)、幅は約33cmである。
【0004】
絃はテトロン(登録商標)製等で13本、17本、20本・・・を竜頭及び竜尾に琴柱を介して平行に張り、奏者は竜頭を右にして座り、右手の親指、人差し指、中指に爪をはめて弾くものであり、左手は主に琴柱の左側を押して絃音を高くする押し手に使う他、ひきいろ等と称する装飾音をつけるときにも使われる。
【0005】
従来の箏は、上面と両側面を一つの材からくり抜いて作り、下面だけ別材を張り合わせた共鳴箱型の胴の上面に絃を張架した構造である。胴の下面の両端には共鳴音を外部に放射させる音抜け穴が形成されている。
【0006】
日本の家屋は六尺(180cm)高の「襖」と三尺(90cm)幅の通路が一般的で、上記従来の箏(180cm、210cm)を立てて運ぶことが困難であった。
【0007】
また、演奏会場に箏を車で運搬する際、箏の長手方向を車幅方向にすることができなかった。
【0008】
更に、上記従来の箏は胴が共鳴箱のため、絃の取り回しや調律を下面の音抜け穴を介して行う必要があり、絃の張架及び調律に長時間を要した。
【0009】
最近、上記従来の箏の問題を解決すべく小型箏が開発された(例えば、特許文献1参照。)。この小型箏は、胴を一枚の胴板にして胴板の上面に13本のテトロン(登録商標)を張架したもので、長さは80〜120cmである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2002−23737号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
最近開発された小型箏は、上記のように、主旋律、高音域を担当する十三絃箏であるので、長さを短くすることができたものである。
【0012】
ところで、弦の基本振動数F[Hz]は次式のように表される。
【0013】
F=(1/2L)(T/σ)1/2 (1)
ここで、Lは弦の長さ[m]、Tは張力[N]、σは単位長さ当たりの質量(線密度)[kg/m]である。
【0014】
(1)式より、張力を大(T→大)にすると高音(F→大)となり、張力を小(T→小)にすると低音(F→小)となるが、張力を大にすると絃が切れやすく、張力を小にすると、音が割れるため張力Tの可変範囲は狭いことがわかる。したがって、小型にするために絃の長さを短くする(L→小)と、高音にずれる(F→大)ので、線密度σの大きな絃にする必要がある。しかし、テトロンやナイロンと云った高分子材料は、密度が1.12g/cmと低く、線密度σを大きくするためには、太くしなければならない。絃が太くなると、爪で弾くことが難しくなる。
【0015】
以上のことから、テトロン絃で絃の長さLを短くすることには限界があり、従来の小型箏の長さは120cmが限界と思われる。
【0016】
仮に、従来の小型箏の長さが80cmであったとしても、これは、主旋律、高音域を担当するものであり、少なくとも約27.5Hz以下の低音を出すことができない。
【0017】
十七絃箏は、伴奏、低音域を担当するため、長さが210cmもあり、運搬や演奏場所の観点から小型化する必要性が高いが、上記の議論(小型化するために、絃の長さを短くすると高音になるため、絃を太くしなければならないが、低音域を満たすようにするためには太くなり過ぎる)から、上記従来の小型箏の技術では困難である。
【0018】
また、従来の小型箏は、胴が一枚の胴板であるため、絃の取り回しや調律は容易であるが、共鳴箱を有していないので、音色や音の響きが悪いという問題もある。
【0019】
本発明は、上記従来の小型箏の問題に鑑みてなされたものであり、音域が少なくとも27.5Hz以下の低音域まで伸びている小型の箏を提供することを課題とする。
【0020】
また、音色や音の響きを犠牲にすることなく、絃の張架や調律のしやすい、小型の箏を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記の課題を解決するためになされた本発明の箏は、一端部を竜頭、他端部を竜尾とする胴と、前記竜頭と前記竜尾との間に張架される複数の絃と、前記竜頭の上面に突設され前記絃を支持する竜角と、前記竜尾の上面に突設され前記絃を支持する雲角と、前記胴の上面に載置され前記張架された絃を適宜の位置で支承し音程を可変にする琴柱と、前記竜頭及び前記竜尾の一方に備えられ前記絃の一端を係止する一端係止機構と、前記竜頭及び前記竜尾の他方に備えられ前記絃の他端を係止すると共に絃の張力を調節する張力調節係止機構と、を有する箏であって、前記絃は金属製であり、前記胴はその長さが150cm以下であり、その音域は少なくとも27.5Hz以下の低音域まで伸びていることを特徴とする。
【0022】
絃が金属製であるので、密度が高い。したがって、箏の長さを短くするために絃の長さを短く(L→小)しても、高音域はもちろん低音域もカバーできる。絃の太さを少し大きくするだけで低音域を余裕をもってカバーすることができる。音域が少なくとも27.5Hz以下の低音域まで伸びているので、邦楽合奏の低音域を担当することができる。また、長さが150cm以下であるので運搬が容易である。
【0023】
上記の箏において、前記絃は、芯線と前記芯線に巻回された細線とからなるとよい。
【0024】
音色を従来の箏と同等にすることができる。
【0025】
また、前記琴柱は、本体と前記本体の頭部に回転自在に軸支され前記絃と係合して回転するリングとからなるとよい。
【0026】
芯線と前記芯線に巻回された細線とからなる絃でも、琴柱の左側の絃を押して絃音を高くする際、琴柱と絃の間の摩擦が転がり摩擦になるため、絃の移動が滑らかで、移動時の雑音がほとんどない。
【0027】
また、前記リングは玉軸受であるとよい。
【0028】
絃とリングとの間がフリクションフリーになり、一層絃の移動が滑らかになるので移動時の雑音をさらに抑制することができる。
【0029】
また、前記胴は、表面板と、裏面板と、前記表面板から前記竜角の下方に延びる竜頭板と、前記表面板から前記雲角の下方に延びる竜尾板と、2枚の側板とで構成する共鳴箱を備えるとよい。
【0030】
胴が共鳴箱を備えているので、音色や音の響きがよい。
【0031】
また、前記張力調節係止機構は、前記竜頭の竜角より端部側に形成された前記複数の絃が引き通される複数の挿通孔と、前記竜頭板に回動可能に設けられ前記挿通孔を引き通された絃が巻回される複数の糸巻と、を備えるとよい。
【0032】
挿通孔を引き通された絃が巻回される糸巻が竜頭板に設けられているので、胴の竜甲で隠され竜甲側から見えない。糸巻の頭部が共鳴箱の外にあるので、竜口から操作でき操作性がよい。
【0033】
また、前記一端係止機構は、前記竜尾の雲角より端部側に形成された前記複数の絃が引き通される貫通孔と、前記貫通孔を引き通された絃の一端部に結着され前記貫通孔の周囲に係止される駒と、を備えるとよい。
【0034】
貫通孔が共鳴箱の外にあるので、絃の張り替え等を音抜け穴を介して行う必要がない。
【発明の効果】
【0035】
絃が金属製であるので、密度が高い。したがって、箏の長さを短くするために絃の長さを短く(L→小)しても、高音域はもちろん低音域もカバーできる。絃の太さを少し大きくするだけで低音域を余裕をもってカバーすることができる。音域が少なくとも27.5Hz以下の低音域まで伸びているので、邦楽合奏の低音域を担当することができる。また、長さが150cm以下であるので運搬が容易である。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】実施形態に係る箏の正面図である。
【図2】実施形態に係る箏の正面断面図である。
【図3】実施形態に係る箏の裏面図である。
【図4】実施形態に係る箏の絃の模式図であり、(a)は側方視図、(b)は(a)におけるA−A線断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
本発明の実施形態を図面を参照して説明する。図1〜図4に示すように、本発明の実施形態に係る箏は、横断面弧状の表面板13と両側板15と下面板14とを備える胴1を有している。
【0038】
胴1の一端部が竜頭11を形成し、他端部が竜尾12を形成している。竜頭11の表面板13の上面に竜角3が突設され、竜尾12の表面板13には雲角4が突設されている。なお、竜頭11と竜尾12の間の表面板13の上面を竜甲と云う。
【0039】
竜頭11の表面板13の下面には竜角3の下方に延びる竜頭板11aを備え、竜尾12の表面板13の下面には竜雲4の下方に延びる竜雲板12aを備えている。そして、表面板13、裏面板14、側板15、竜頭板11a、竜雲板12aで共鳴箱を構成している。裏面板14の竜頭11側と竜尾12側には、音抜け穴14aが形成されている。
【0040】
裏面板14は、竜頭11側は表面板13の端部まで伸びているが、竜尾12側は竜尾板12aまでしか伸びていない。したがって、図3に示すように、竜尾11の下方に開口12bが形成され、下から竜尾12の表面板13の下面にアクセスすることができる。
【0041】
胴1は桐材で作られ、幅は17本の絃を張架できるように約33cmに設定され、長さは127cmである。
【0042】
竜尾12には、竜頭11と竜尾12の間に張架される絃2の一端を係止する一端係止機構6が備えられている。また、竜頭11には、絃2の他端を係止すると共に絃2の張力を調節する張力調節係止機構7が備えられている。
【0043】
本実施形態の箏において、張架される絃2としては、細線が巻回されてないウッドベース用の弦でもよいが、音色を重視して弦楽器ハーブ用の弦を用いた。この絃2は、スチール製である。本実施形態の絃2は、図4に示すように、太さ約1mmの芯線2aと、芯線2aに巻回された太さが約0.1mmの細線2bとからなる。細線2bは、接着層としての樹脂層2cを介して芯線2aに巻回されている。絃2の本数は17本で、十七絃の音域をカバーするように、絃2の外径bは1.25mm前後の4種類とした。
【0044】
一端係止機構6は、図1〜図3に示すように、竜尾12の雲角4より端部側に形成された絃2が引き通される貫通孔61と、貫通孔61を引き通された絃2の一端部に結着され貫通孔61の周囲に係止される駒62を備えて構成されている。貫通孔61には、絃2が挿通されるガイドブッシュ63が嵌入されている。ガイドブッシュ63は、断面T字状をしており、ガイドブッシュ63の軸部が表面板13の貫通孔61に嵌入される。貫通孔61の下端と駒62の間には絃2が引き通される孔が形成された座板64が介挿されている。これにより、表面板13が柔らかい桐材でできていても駒62で損傷されることがなくなる。
【0045】
絃2の張り替え等の際は、胴1の下面開口部12bから手を挿入して絃2を貫通孔61に引き通したり、駒62に結着して駒62を貫通孔62の周囲に配置したりすることを容易に行うことができる。
【0046】
張力調整係止機構7は、竜頭11の竜角3より端部側に形成された絃2が引き通される挿通孔71と、竜頭板11aに回動可能に設けられ挿通孔71を引き通された絃2が巻回される糸巻72を備えて構成されている。挿通孔71には、絃2が挿通されるガイドブッシュ73が嵌入さてれている。
【0047】
琴柱5が竜角3と雲角4の間の表面板13に載置され、絃2が適宜の位置で支承されている。琴柱5は、図2に示すように、本体51と本体51の頭部に回転自在に装着されたリング52を備えている。本実施形態では、リング52にNTN(株)の玉軸受(F-BC2-5)を用いた。
【0048】
本実施形態の箏によれば、胴1の長さが127cmと、従来の箏より約4割短くなっており、軽量(従来の箏より約4割軽量)であるので、運搬が容易である。
【0049】
本実施形態の箏によれば、胴1の長さが127cmであるため、竜角3と雲角4の間隔(絃の長さ)が116.5cmしかないが、絃2がスチール製であるので、音域が少なくとも27.5Hz以下の低音域まで伸びており、十七絃の低音域までカバーすることができる。
【0050】
また、本実施形態の箏によれば、絃2がハーブ用の弦であるため、音色が従来のテトロン絃と比べて遜色がない。
【0051】
また、本実施形態の箏によれば、琴柱5の回転リング52が玉軸受であるので、絃2が芯線2aと芯線2aに巻回された細線2bとからなるハーブ用の絃でも、琴柱5の左側の絃2を押して絃音を高くする際、琴柱5と絃2の間の摩擦が転がり摩擦になる。その結果、絃2の移動が滑らかで、移動時の雑音がなくなる。
【0052】
また、本実施形態の箏によれば、胴1が共鳴箱を備えているので、音色が従来の箏と比べて遜色がない。
【0053】
また、本実施形態の箏によれば、胴1が共鳴箱を備えていても、竜尾12の下面に開口部12bが形成されているので、絃2の張り替え等を容易に行うことができる。
【0054】
また、本実施形態の箏によれば、挿通孔71を引き通された絃2が巻回される糸巻72が竜頭板11aに設けられているので、胴1の表面板13で隠され竜甲側から見えない。糸巻72の頭部が共鳴箱の外にあるので、竜口から操作でき操作性がよい。
【符号の説明】
【0055】
1・ ・・・・・・・・ ・・胴
11・・・・・・・・・・竜頭
11a・・・・・・・竜頭板
12・・・・・・・・・・竜尾
12a・・・・・・・竜尾板
13・・・・・・・・・・表面板
14・・・・・・・・・・裏面板
15・・・・・・・・・・側板
2・・・・・・・・・・・・絃
2a・・・・・・・・・・芯線
2b・・・・・・・・・・細線
3・・・・・・・・・・・・竜角
4・・・・・・・・・・・・雲角
5・・・・・・・・・・・・琴柱
51・・・・・・・・・・本体
52・・・・・・・・・・リング(玉軸受)
6・・・・・・・・・・・・一端係止機構
61・・・・・・・・・・貫通孔
62・・・・・・・・・・駒
7・・・・・・・・・・・・張力調節係止機構
71・・・・・・・・・・挿通孔
72・・・・・・・・・・糸巻

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一端部を竜頭、他端部を竜尾とする胴と、前記竜頭と前記竜尾との間に張架される複数の絃と、前記竜頭の上面に突設され前記絃を支持する竜角と、前記竜尾の上面に突設され前記絃を支持する雲角と、前記胴の上面に載置され前記張架された絃を適宜の位置で支承し音程を可変にする琴柱と、前記竜頭及び前記竜尾の一方に備えられ前記絃の一端を係止する一端係止機構と、前記竜頭及び前記竜尾の他方に備えられ前記絃の他端を係止すると共に絃の張力を調節する張力調節係止機構と、を有する箏であって、
前記絃は金属製であり、前記胴はその長さが150cm以下であり、その音域は少なくとも27.5Hz以下の低音域まで伸びていることを特徴とする箏。
【請求項2】
前記絃は、芯線と前記芯線に巻回された細線とからなる請求項1に記載の箏。
【請求項3】
前記琴柱は、本体と前記本体の頭部に回転自在に軸支され前記絃と係合して回転するリングとからなる請求項2に記載の箏。
【請求項4】
前記リングは玉軸受である請求項3に記載の箏。
【請求項5】
前記胴は、表面板と、裏面板と、前記表面板から前記竜角の下方に延びる竜頭板と、前記表面板から前記雲角の下方に延びる竜尾板と、2枚の側板とで構成する共鳴箱を備える請求項1から4のいずれか1項に記載の箏。
【請求項6】
前記張力調節係止機構は、前記竜頭の竜角より端部側に形成された前記複数の絃が引き通される複数の挿通孔と、前記竜頭板に回動可能に設けられ前記挿通孔を引き通された絃が巻回される複数の糸巻と、を備える請求項5に記載の箏。
【請求項7】
前記一端係止機構は、前記竜尾の雲角より端部側に形成された前記複数の絃が引き通される貫通孔と、前記貫通孔を引き通された絃の一端部に結着され前記貫通孔の周囲に係止される駒と、を備える請求項5に記載の箏。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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