説明

簡易吸入麻酔装置およびこれを備える多段式簡易吸入麻酔装置

【課題】簡易な構造かつ軽量であり、麻酔ガスの使用量を低減させ、多種類の麻酔薬を用いることができる簡易吸入麻酔装置を提供する。
【解決手段】本発明に係る麻酔装置20は、麻酔ガスを発生させる麻酔ガス発生装置5および麻酔ガス発生装置5aと、麻酔ガスによって麻酔を受ける対象が収容されるチャンバー7および麻酔維持用マスク8とを備え、麻酔ガス発生装置5が、麻酔薬に気泡を導入することによって麻酔ガスを発生させるバブリング装置を備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、麻酔装置およびこれを備える多段式簡易吸入麻酔装置に関し、特に、動物実験に好適に用いることができる麻酔装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、実験や外科手術において、動物に麻酔を施すための方法として吸入麻酔法が用いられている。この吸入麻酔法は、気化した麻酔薬を動物の口や鼻から吸入させる方法である。この方法は、注射等を用いる必要がなく、比較的容易に麻酔を行うことが可能であるため一般的に用いられている。
【0003】
吸入麻酔法において使用される麻酔薬としては、ジエチルエーテルや、セボフルランなどのエーテル系麻酔薬などが用いられている。また、麻酔薬を患者に用いるエーテル系麻酔薬を用いるため、気体のエーテルを供給する装置としては、気化器または、エーテルが貯蔵されたガスボンベ等から気体のエーテルを供給する装置が挙げられる。
【0004】
従来用いられている小動物用の麻酔装置の構成としては、密閉された容器の中に麻酔薬をしみ込ませた脱脂綿等が配置された構成が挙げられる。小動物はこの容器に導入され、脱脂綿から徐々に気化した麻酔ガスによって、麻酔が施されることとなる。この従来の麻酔装置は簡易な構造であるというメリットがあるものの、麻酔薬の気化によって麻酔ガスを発生させるため、麻酔ガスの濃度を調節することは非常に困難であるというデメリットを有している。
【0005】
そこで、麻酔ガスを発生させるための気化器を備える麻酔装置が、例えば、特許文献1〜特許文献4に開示されている。まず、特許文献1には、麻酔薬を気化器によって気化する動物用麻酔装置が開示されている。この麻酔装置では、気化器において麻酔薬と酸素とが混合されるため、麻酔ガスの濃度が高くなりすぎることを抑制することができる。また、上記麻酔装置はマイクロコンピュータを備えており、麻酔を受ける動物の体重などに基づき呼気弁の開閉が適切に調節されるので、適切な麻酔が行われ得る。
【0006】
また、他の麻酔装置として、特許文献2には、人工呼吸装置および気化ユニットが備えられており、さらにサーマルマスフローコントローラーが備えられている麻酔装置が開示されている。上記サーマルマスフローコントローラーは、麻酔ガスの濃度を設定すると、制御された空気流量に対する必要な、麻酔薬の流量を調節することができ、キャリアーガスを必要としない。
【0007】
さらに、他の麻酔装置として、例えば、特許文献3には、複数の送気チューブを備える吸入ガス供給器具が開示されている。この吸入ガス供給器具によれば、1台の供給ガス発生装置から、排出される吸入ガスを同時に複数の小動物に供給することができる。小動物に対する吸入ガスの供給は人工呼吸器によってなされている。
【0008】
上記特許文献2および特許文献3における、サーマルマスフローコントローラーおよび人工呼吸器が備えられるため、これら文献における麻酔装置は大型化し、重量が大きくなるという傾向がある。
【0009】
麻酔装置は、本来、実験室または手術室などの屋内で用いられることが多いため、通常、麻酔装置の重量がそれほど重要視されることはない。しかし、近年においては、実験室または手術室外にて患者および動物へ麻酔を行うデリバリーサービスや、検査室などで麻酔が行われるケースが増えている。このような場合には、麻酔装置が軽量であることが重要となる。
【0010】
麻酔装置の軽量化については、特許文献4において、電子制御式の気化器を用いることによって解決できる旨が開示されている。具体的には、麻酔薬濃度の変動を防止した小型軽量の気化器を搭載した可運搬型麻酔装置が開示されている。
【特許文献1】特開2000−185061号公報(平成12年7月4日公開)
【特許文献2】特開2005−279218号公報(平成17年10月13日公開)
【特許文献3】特開2006−288560号公報(平成18年10月26日公開)
【特許文献4】特開2004−236874号公報(平成16年8月26日公開)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献1〜4に開示された麻酔装置では、装置や工程の複雑さの故に、多種類の麻酔薬を利用する点で妨げとなっていた。
【0012】
具体的には、気化器を備えた麻酔装置では麻酔薬の種類に応じて、麻酔薬を気化させる設定がなされており、麻酔薬の種類を変更した場合、別途他の麻酔装置を用いる必要があるという問題点があった。
【0013】
特に動物実験のために麻酔薬が用いられる際には、より多くのデータを得るために、麻酔薬の濃度等を変化させるだけでなく、多種の麻酔薬を用いるという要請がある。この点を満たすためには、従来の麻酔装置では複数の麻酔装置を用いる必要があり、多種の麻酔薬を用いる場合における簡便さに欠けていた。
【0014】
本発明は、上記従来の問題点に鑑みなされたものであって、その目的は、簡易な構造かつ軽量であり、麻酔ガスの使用量を低減させ、多種類の麻酔薬を用いることができる簡易吸入麻酔装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の簡易吸入麻酔装置は、上記課題を解決するために、麻酔ガスを発生させる麻酔ガス発生器と、麻酔を受ける対象が収容される収容容器とを備える簡易吸入麻酔装置であって、上記麻酔ガス発生器が、麻酔薬に気泡を導入することによって麻酔ガスを発生させるバブリング装置を備えることを特徴としている。
【0016】
上記の発明によれば、麻酔ガス発生装置が麻酔薬に気泡を導入するバブリング装置を備えており、麻酔薬を気泡導入にて気化させる。このため上記簡易吸入麻酔装置によれば、高濃度の麻酔ガスを発生させることがなく、また、麻酔ガスの濃度の偏り生じ難く、所望の麻酔ガスの濃度にて麻酔を受ける対象に麻酔を施すことが容易である。このため、麻酔を受ける対象が麻酔ガスを過剰吸入することがなく、動物の容態に悪影響を及ぼすことがほとんどない。また、バブリング装置は多種類の麻酔薬に対し用いることが可能であり、本簡易吸入麻酔装置によれば、多種の麻酔薬を用いる場合に対応できる。
【0017】
また、従来の麻酔装置にて使用されている気化器は非常に高価であるのに比べ、バブリング装置は安価であり、さらにより軽量である。
【0018】
したがって、これを備える本発明に係る簡易吸入麻酔装置は従来の気化器を用いる麻酔装置よりも軽量であり、コスト面においても優れる。
【0019】
また、本発明の簡易吸入麻酔装置では、上記麻酔ガスに呼吸ガスを供給する呼吸ガス用ポンプを備えることが好ましい。
【0020】
これにより、麻酔ガス発生装置にて発生された麻酔ガスに呼吸ガスを供給し、麻酔ガスの濃度を希釈させることによって、調節することが可能となる。
【0021】
また、本発明の簡易吸入麻酔装置では、上記収容容器が、麻酔を受ける対象の鼻部を挿入可能な開口部を有する麻酔維持用マスクであることが好ましい。
【0022】
このような簡易吸入麻酔装置であれば、麻酔維持用マスクに上記対象の鼻部のみを配置させることができる。つまり、収容容器に上記対象の全身を収容する必要がない。これにより、麻酔容器の容積を低減させることができ、さらに小型化および軽量化された簡易吸入麻酔装置を提供することができる。また、同じ麻酔ガスの濃度で満たすべき容積が減少するため、必要な麻酔薬を節約することもできる。
【0023】
また、本発明の簡易吸入麻酔装置では、上記収容容器が備える蓋部が、スライド式であることが好ましい。
【0024】
これにより、収容容器における麻酔ガスの密閉性を向上させることができるため、使用する麻酔薬の量をより低減させることができる。
【0025】
また、本発明の簡易吸入麻酔装置では、上記収容容器に導入された麻酔ガスを捕集するフィルターを有することが好ましい。
【0026】
これにより、収容容器内に残存した麻酔ガスがフィルターによって捕集されるので、麻酔装置からは無害化されたガスが排出されることとなる。すなわち、より安全性が高い簡易吸入麻酔装置を提供することができる。
【0027】
また、本発明の多段式簡易吸入麻酔装置は、上記簡易吸入麻酔装置を複数備えている。
【0028】
このため、上記簡易吸入麻酔装置を、用途に応じて組み合わせることができ、所望の多段式簡易吸入麻酔装置を提供することができる。
【発明の効果】
【0029】
本発明に係る簡易吸入麻酔装置は、以上のように、麻酔ガスを発生させる麻酔ガス発生器と、麻酔を受ける対象が収容される収容容器とを備える簡易吸入麻酔装置であって、上記麻酔ガス発生器が、麻酔薬に気泡を導入することによって麻酔ガスを発生させるバブリング装置を備えるものである。
【0030】
それゆえ、上記麻酔ガス発生装置がバブリング装置を備えているので、本発明に係る簡易吸入麻酔装置は、簡易な構造かつ軽量であり、麻酔ガスの使用量を低減させ、適切な麻酔ガスの濃度にて対象に麻酔を施すことができる。また、バブリング装置は多種類の麻酔薬に対し用いることが可能であり、本簡易吸入麻酔装置によれば、多種の麻酔薬を用いる場合に対応できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
<麻酔装置の構成>
本発明の一実施形態について、図1に基づいて説明すれば、以下の通りである。同図は、本発明に係る麻酔装置(簡易吸入麻酔装置)20の概略図である。麻酔装置20が備える各構成部材は、プラスチック製などの可撓性を有するチューブで連結されている。なお、強度が求められる連結部分については配管を用いてもよい。以下、麻酔装置20およびこれが備える各構成部材について説明する。
【0032】
同図に示す麻酔装置20は、大きく分類して、チャンバー(収容容器)7を用いて麻酔を施す経路と、麻酔維持用マスク(収容容器)8を用いて麻酔を施す経路との2つの経路を備えている。
【0033】
麻酔装置20は、チャンバー7を用いて麻酔を施す経路として、呼吸ガス用ポンプ1および麻酔ガス用ポンプ2を備えている。呼吸ガス用ポンプ1および麻酔ガス用ポンプ2は、それぞれ流量計バルブ3および流量計バルブ4に連結されている。流量計バルブ3はさらにチャンバー7と連結されている。一方、流量計バルブ4は麻酔ガス発生装置5を介して、流量計バルブ3に連結された配管と合流し、チャンバー7と連結されている。
【0034】
一方、麻酔装置20は、麻酔維持用マスク8を用いて麻酔を施す経路として、上記チャンバー7を用いて麻酔を施す経路と同様に、呼吸ガス用ポンプ1a、麻酔ガス用ポンプ2a、流量計バルブ3aおよび流量計バルブ4aを備えており、流量計バルブ3aおよび流量計バルブ4aを連結されているチューブは合流され、麻酔維持用マスク8に連結されている。さらに、チャンバー7および麻酔維持用マスク8は、順に活性炭フィルター(フィルター)11、吸引用ポンプ12に連結されている。
【0035】
呼吸ガス用ポンプ1は、後述する麻酔ガス発生装置5において発生される麻酔ガスの濃度を調節するために、麻酔が施される対象が呼吸可能な酸素、空気などの呼吸ガスを送風するものであり、公知のポンプを用いることができる。なお、小型で軽量のポンプを用いることが好ましい。具体的な例としては、ダイヤフラムポンプ、チュービングポンプ、ネジポンプ、ベーンポンプ、ピストンポンプ、プランジャーポンプなどを用いることができる。呼吸ガスとしては、経済的および利便性の観点から空気を用いることが好ましく、酸素ボンベなどは特に使用される必要がない。
【0036】
なお、呼吸ガス用ポンプ1a、麻酔ガス用ポンプ2および麻酔ガス用ポンプ2aについても同様である。麻酔装置20には上記複数のポンプが備えられているが、運転時に生じる音量が小さなポンプを備えることによって、運転時の騒音は小さく、麻酔が施される実験動物等に対し不快感を与える影響を低減させることができる。
【0037】
流量計バルブ3は、呼吸ガス用ポンプ1から送風された呼吸ガスの流量を調節して送り出すための部材である。流量計バルブ3の調節は、用いる麻酔薬の種類および麻酔ガスの発生量、麻酔を施す対象が吸入する混合麻酔ガス6の量によって適宜行われる。流量計バルブ3としては公知の流量計バルブを用いることができ、流量計バルブ3a、流量計バルブ4および流量計バルブ4aについても同様である。
【0038】
麻酔ガス発生装置5は麻酔ガスを発生させるものである。これは従来用いられていた加熱を伴う気化器ではなく、バブリング装置を備えている。また、麻酔ガス発生装置5には液体の麻酔薬が収容されている。バブリング装置は麻酔薬に空気などの気泡を導入することによって、麻酔薬を気化させる機能を有している。
【0039】
バブリング装置を備える麻酔ガス発生装置5は、加熱を伴うことなく麻酔薬を気化させる構成であるため、従来の気化器のように耐熱性を有する必要がなく、また熱源を備える必要がない。そのため、麻酔ガス発生装置5は従来の気化器と比して、より軽量である。また、麻酔ガス発生装置5は、気泡の導入によって麻酔薬を気化させるので、気化された麻酔ガスの濃度が高くなりすぎることがなく、麻酔ガスの濃度を調節することが容易である。さらに、気化器は非常に高価であるのに比べ、バブリング装置は安価である。また、バブリング装置は多種類の麻酔薬に対し用いることが可能であり、麻酔装置20によれば、多種の麻酔薬を用いる場合に対応できる。
【0040】
したがって、上記麻酔ガス発生装置5を備える麻酔装置20は、軽量であり、麻酔ガスの使用量を低減させ、適切な麻酔ガスの濃度にて対象に麻酔を施すことができるものである。また、製造コストを削減できるという点も非常に有益である。コスト面について具体的に説明すると、従来の麻酔装置では特に気化器が非常に高価であり、このような麻酔装置は200〜300万円以上で販売されている。これに対し、本実施の形態に係る麻酔装置では、気化器が用いられておらず、安価なバブリング装置を備える麻酔ガス発生器が用いられているため、価格を10分の1程度に抑えることが可能である。
【0041】
本発明で用いられる麻酔ガスの濃度は、用いられる麻酔薬の種類、麻酔が施される対象の種類および数量などによって適宜変更されるため、明確に定義することができるものではない。一例を示すと、麻酔される対象がマウス1体に対し、それぞれイソフルランを用いた場合、1.0%〜2.5%、ハロタンを用いた場合、0.75%〜2.0%、セボフルランを用いた場合、2.5%〜4.0%、メトシキシフルランを用いた場合、0.5%〜1.5%の濃度範囲とすることができる。
【0042】
麻酔としては、麻酔が施される対象(以下、「対象体」と適宜称する)に麻酔を施す導入麻酔および導入麻酔が施された対象体の麻酔状態を維持する維持麻酔が挙げられる。非麻酔状態の対象体に麻酔を施す導入麻酔の場合には、維持麻酔の場合に比べ高濃度の麻酔ガスが用いられる。例えば、セボフルランを用いた場合、導入麻酔では4.0%、維持麻酔では、2〜3%の濃度にて対象体に麻酔を施すことができる。
【0043】
また、発生させる麻酔ガスの濃度は、用いる麻酔薬の種類および量、バブリング装置による気泡導入の程度によって、適宜調節することが可能である。
【0044】
バブリング装置としては、公知の各種ポンプを用いることができ、小型で軽量のポンプを用いることが好ましい。具体的な例としては、ダイヤフラムポンプ、エアーポンプ、チュービングポンプ、ネジポンプ、ベーンポンプ、ピストンポンプ、プランジャーポンプなどを用いることができる。
【0045】
また、麻酔薬としては、適切に気化させることができれば、特に限定されるものではなく、例えば、イソフルラン、ハロタン、セボフルラン、エンフルラン、メトキシフルラン、およびデスフルランなどを用いることができる。なお、上記麻酔薬を麻酔ガス発生装置5に供給するため、市販されている吸入麻酔薬ボトルが直接装着される構成とすることもできる。これによって、麻酔装置20の利便性が増すので好ましい構成であるといえる。
【0046】
混合麻酔ガス6は、流量計バルブ3から送られた空気と、麻酔ガス発生装置5から送られた麻酔ガスが混合されてなり、混合は、流量計バルブ3および麻酔ガス発生装置5に連結したチューブが合流する位置においてなされる。空気と麻酔ガスとの混合は、麻酔ガスの濃度を下げることによって、麻酔ガスの濃度を調節するために行われ、麻酔ガス発生装置5における麻酔ガスの濃度が低くなった場合などには、流量計バルブ3から送られる空気量を低減させるまたは0としてもよい。
【0047】
チャンバー7は、対象体を収容するための容器である。チャンバー7では、対象体に麻酔が施されていない対象体に麻酔を施す導入麻酔が行われる。チャンバー7にて麻酔が施された対象体は、麻酔維持用マスク8へ移され、維持麻酔が施される。
【0048】
チャンバー7は導入される混合麻酔ガス6が、流量計バルブ3、流量計バルブ4または活性炭フィルター11側以外に漏れ出さない構造となっており、同図においては箱型である。チャンバー7の形状としては、その機能を満たす構成であればよく、当然であるが箱型に限定されるものではない。
【0049】
また、対象体に麻酔が施されたか否かが確認されるよう、チャンバー7の少なくとも一部は、ガラスまたはプラスチック等の透明な部材で構成されている。チャンバー7の上部には混合麻酔ガス6の供給を受けるガス導入口が、チャンバー7の下部には残存した混合麻酔ガス6が排出される排気口が設けられており、ガス導入口と排気口とはそれぞれ対角に配置されている。このような位置関係であることによって、導入された混合麻酔ガス6が気流を生じ、チャンバー7内において攪拌されることができる。
【0050】
対象体を導入するためにチャンバー7が備える蓋部は、特に限定されるものではないが、スライド式であることが好ましい。これにより、例えば、蓋部が引き出し式である場合などよりも、混合麻酔ガス6がチャンバー7から漏れ出すことを抑制することができ、麻酔薬の使用量をより低減することが可能となる。また、チャンバー7の容量は対象の大きさ、数量などによって変更されるものであり、特に限定されるものではない。チャンバー7によれば、対象体の全身を収容できるため対象体を固定する必要がなく、容易に麻酔を施すことができる。
【0051】
チャンバー7は1箇所のみに設置されているが、この設置数に限定されるものではなく複数設置されていてもよい。一例としては、混合麻酔ガス6が通過するチューブが複数に分かれており、複数のチャンバー7が並列に配置された構成とすることができる。この構成によれば、同じ濃度の混合麻酔ガス6を複数のチャンバー7に導入することができ、それぞれのチャンバーで同条件にて対象体に麻酔を行うことが可能である。
【0052】
また、複数のチャンバー7が直列に配置された構成にすることもできる。下流に配置されたチャンバー7では、混合麻酔ガス6の濃度は低下することとなるが、必要な吸引量の異なる対象体、例えば、ラットおよびマウスにそれぞれ麻酔を施す場合、より多くの吸入量を必要とするラットを上流のチャンバー7に、ラットよりは吸入量が少ないマウスを下流のチャンバー7に収容することによって、効率よく混合麻酔ガス6を使用することができる。なお、上記チャンバー7の並列および直列の配置を組み合わせることももちろん可能である。
【0053】
チャンバー7は麻酔装置20から取り外し可能な構造となっている。このため、対象体が触れた部分を容易に洗浄または消毒することができ、衛生面にも優れる。
【0054】
チャンバー7に収容された対象体自体は何らの装置を備えることなく、自らの呼吸によって導入された混合麻酔ガス6を吸引することになる。つまり、作業者は単に対象体をチャンバー7内に入れればよく、複雑な行為を対象体直接行う必要がないので、使用が簡易な麻酔装置20を提供することができるのである。
【0055】
麻酔維持用マスク8は、チャンバー7と同様に対象体を収容するための容器である。麻酔維持用マスク8は、主に、チャンバー7において導入麻酔が施された対象体に対し維持麻酔を施すために用いられる。麻酔維持用マスク8には、導入口10aが形成されており、流量計バルブ3aおよび麻酔ガス発生装置5aと連結されている。また、麻酔維持用マスク8の上部には、排気口10が形成されており、麻酔維持用マスク8および活性炭フィルター11が連結されている。さらに、麻酔維持用マスク8は開口部9を備えている。開口部9は、対象体の鼻部を挿入可能な形状である。
【0056】
図2は、麻酔維持用マスク8を示す概略図である。同図に示すように麻酔維持用マスク8の上部には、混合麻酔ガス6aが導入される導入口10aが形成され、麻酔維持用マスク8の下部には、混合麻酔ガス6aが排気される3箇所の排気口10(1箇所の排気口10は、同図に示す麻酔維持用マスク8の裏側に備えられているため図示されていない)および開口部9が備えられている。開口部9は説明の便宜上、1箇所が備えられている構成となっているが、特にこの設置箇所に限定されず複数箇所設置されている構成とすることもできる。
【0057】
排気口10が、麻酔維持用マスク8の下部に複数備えられているため、導入口10aから導入された混合麻酔ガス6aを麻酔維持用マスク8中に均一な濃度にて充満させることができる。なお、同図中の矢印方向は混合麻酔ガス6aの移動方向を示す。開口部9は対象体の鼻部周囲と密着しないよう、対象体の鼻部周辺部よりも大きい形状に形成されている。また、開口部9の形状は、例えば、対象体がラットであればマウスより大きな形状とすればよく、適宜変更することができる。
【0058】
また、麻酔維持用マスク8全体が移動することがない安定して自立することができる構造となっていることが好ましい。このような構造であることにより、作業者が麻酔維持用マスク8を固定する必要がなく、容易に対象物に麻酔を施すことができるからである。なお、チャンバー7と同様に、対象体に麻酔が施されたか否かが確認されるよう、麻酔維持用マスク8の少なくとも一部は、ガラスまたはプラスチック等の透明な部材で構成されている。
【0059】
図3は、麻酔維持用マスク8にマウスMを設置した概略図である。同図に示すように、マウスMの鼻部のみが麻酔維持用マスク8に収容されており、マウスMの胴部などは収容されていない。さらに、開口部9は、マウスMの鼻部周辺部よりも大きい形状に形成されているため、開口部9とマウスMの鼻部周辺部との間には、間隙が生じている。このように、麻酔維持用マスク8は間隙が存在する半開放型であるため、麻酔装置20の内圧が上昇したとしても、マウスMの肺等に与える悪影響を低減することができる。
【0060】
麻酔維持用マスク8を用いる構成によれば、対象体の全身が収容される必要がないため、麻酔装置20全体における容積を低減させることができる。なお、マウスMを固定するために、図示しないがベルトなどの固定部材を用いてもよいし、作業者の手によってマウスMが固定されてもよい。対象体が吸入する混合麻酔ガス6の吸引量は一定であるので、麻酔装置20の容積を減少させることによって、麻酔ガス発生装置5において使用する麻酔薬の使用量を低減させることができる。
【0061】
麻酔薬は高価であるため、麻酔薬の使用量を低減させることは非常に重要である。また、麻酔薬の使用量は低減されるにも係わらず、チャンバー7を用いて麻酔を施す経路と同様の効果を得ることができる。特に、麻酔維持用マスク8を用いる構成は、麻酔薬の使用量が少ないため、対象体を手術する際などの長時間の麻酔が必要な場合に有効となる。
【0062】
麻酔維持用マスク8は、チャンバー7と同様に麻酔装置20から取り外し可能な構造となっている。このため、対象体が触れた部分を容易に洗浄または消毒することができ、衛生面にも優れる。
【0063】
活性炭フィルター11は混合麻酔ガス6を捕集するための部材であり、活性炭が用いられている。活性炭フィルター11としては、フィルターとして混合麻酔ガス6を捕集することができればよく、公知のフィルターを用いることができる。例えば、活性炭フィルター11に代えて、白金などの金属触媒を備えるフィルターを用いることもでき、両フィルターを併用する構成ともできる。
【0064】
吸引用ポンプ12は麻酔装置20内におけるガスの流れを作り出すものであり、公知の吸引用ポンプを用いることができる。吸引用ポンプ12によって、麻酔装置20内部のガスは吸引用ポンプ12に収集され、外部に排出されることとなる。麻酔装置20において、吸引用ポンプ12の出力の調整はスライダックによってなされる構造となっている。
【0065】
麻酔装置20には図示しないが、付随する構成として、所望の混合麻酔ガスの発生量を制御するため、呼吸ガス用ポンプ1等、流量計バルブ3等および麻酔ガス発生装置5等を制御するセンサ群およびマイクロコンピュータからなる制御部が備えられていることが好ましい。マイクロコンピュータには、麻酔薬の種類、対象体の種類および数に応じて、麻酔を施すための適切な情報が記録されている。これらの情報について作業者は、マイクロコンピュータに情報を入力し、麻酔装置20の動作を開始させると麻酔装置20の各部材が自動的に動作する。なお、流量計バルブの設定および麻酔ガスの濃度が高くなりすぎた場合には、これらの値を測定したセンサがマイクロコンピュータに信号を送信し、マイクロコンピュータから、各部材へ停止信号が送信される。
【0066】
さらに、麻酔装置20の麻酔開始時間、麻酔ガス発生状況などを表示する表示部が備えられていることが好ましい。表示部としては、軽量な薄層型の液晶表示装置、有機EL表示装置などを用いることができる。また、麻酔装置20を構成する部材を収容するケースが備えられていてもよい。
【0067】
麻酔装置20では、チャンバー7を用いて麻酔を施す経路と、麻酔維持用マスク8を用いて麻酔を施す経路の両方を備える構成を備えている多段式簡易吸入麻酔装置となっている。この構成によれば、多目的な用途に応じて麻酔を行うことが可能である。
具体的には、チャンバー7の経路にて対象体に麻酔導入を行うことができ、一方、麻酔維持用マスク8の経路にて維持麻酔を行いながら、作業者は対象体の手術または実験を行うことができる。このように、作業効率を極めて向上させることができるため、本麻酔装置は非常に有用である。
【0068】
ここで、麻酔ガスの濃度調節に際し、空気を混合する必要がない場合には、呼吸ガス用ポンプ1および流量計バルブ3を備えない構成としてもよい。この場合には、さらに、軽量化された麻酔装置を提供することが可能である。
【0069】
<麻酔装置の動作>
以下、本実施の形態に係る麻酔装置20の動作について、図1を用いて説明する。同図において、部材同士を繋ぐ実線は、空気が流れる経路を示しており、破線は麻酔ガスが流れる経路を示している。また、実線および破線が隣接している経路は麻酔ガスの濃度が低減された混合麻酔ガス6が流れる経路を示している。なお、矢印の方向は、流体が流れる方向を示している。
【0070】
麻酔装置20を動作させる前にチャンバー7および麻酔維持用マスク8に対象体であるマウスMを設置する。麻酔維持用マスク8にマウスMを設置する位置については、図3に示した通りである。
【0071】
まず、図1の上段における、チャンバー7を用いて麻酔を施す経路の動作について説明する。始めに、呼吸ガス用ポンプ1および麻酔ガス用ポンプ2から空気が流量計バルブ3および流量計バルブ4にそれぞれ送られる。これは、下流にある吸引用ポンプ12によって、ガスの流れが下流側へ向かうからである。
【0072】
流量計バルブ3にて流量が調節された空気はチャンバー7に送られる。一方、流量計バルブ4にて流量が調節された空気は麻酔ガス発生装置5へ送られる。麻酔ガス発生装置5では、麻酔薬がバブリング装置によって気化され、麻酔ガスが発生する。この麻酔ガスは流量計バルブ4からの空気とともにチャンバー7側に送られる。この麻酔ガスは流量計バルブ3から送風された空気と混合され混合麻酔ガス6となり、チャンバー7に送られる。
【0073】
このように、麻酔ガスが流量計バルブ3からの空気と混合されることによって、麻酔ガスの濃度を、対象体に対して好ましい濃度に調節することができる。チャンバー7には対象体が収容されており、導入された麻酔ガスを吸入することによって麻酔が施される。麻酔が施されたか否かは作業者の目視で確認すればよい。
【0074】
チャンバー7において残存した混合麻酔ガス6は、活性炭フィルター11に移動する。麻酔装置20においては、混合麻酔ガス6は、活性炭フィルター11にて可能な限り無害化された後に、吸引用ポンプ12を通り大気へ排出される。このため、環境に与える負荷を極めて低減させている麻酔装置といえる。また、ドラフトなどの排気設備が無く、閉鎖された実験室などにおいても、作業者が麻酔ガスを吸引することなく麻酔装置を操作することができる。
【0075】
次に、麻酔維持用マスク8を用いて麻酔を施す経路の動作について説明する。空気および麻酔ガスを混合し、混合麻酔ガス6を調製するまでの動作は、上記チャンバー7を用いて麻酔を施す経路の場合と同様であるが、チャンバー7を用いる場合よりも、麻酔ガスの発生量を低減させることができる。対象体であるマウスMは、図3に示すように配置されており、麻酔が施されたか否かは作業者の目視にて確認される。
【0076】
その後、麻酔維持用マスク8内に残存した混合麻酔ガス6が麻酔装置20外に排出される動作については、上記チャンバー7を用いて麻酔を施す経路の場合と同様である。
【0077】
麻酔装置20を用いた具体例として、チャンバー7にマウスMを一体設置し、麻酔薬としてセボフルランを用い、流量計バルブ3の流量を250mL/minに、流量計バルブ4の流量を500mL/minに設定することによって混合麻酔ガス6を発生させ、マウスMに導入麻酔を施すことができた。次に、導入麻酔が施されたマウスMを麻酔維持用マスク8に配置し、麻酔薬としてセボフルランを用い、流量計バルブ3aおよび流量計バルブ4aの流量をそれぞれ250mL/minに設定することによって、混合麻酔ガス6aを発生させ、マウスMに対し維持麻酔を30分間施すことができた。この間にマウスMを手術することができ、維持麻酔を連続実施することも可能である。
【0078】
なお、上記の条件にて、チャンバー7または麻酔維持用マスク8にて麻酔が施されたマウスMが覚醒するまでの時間は、マウスMの個体差にも大きく影響されるが、混合麻酔ガス6または混合麻酔ガス6aの供給を停止してから、概ね5分〜10分経過後である。
【0079】
本実施の形態の麻酔装置20は、図1においては、チャンバー7を用いる経路および麻酔維持用マスク8を用いる経路の両方の経路が含まれているが、必ずしもこれに限定されず、例えば、一方の経路のみを備える構成とすることも可能である。
【0080】
なお、本発明は、上記の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内で種々の変更が可能である。例えば、上記実施の形態では、説明の便宜上、麻酔装置20において、呼吸ガス用ポンプ1などのポンプ、チャンバー7および麻酔維持用マスク8は最低限の数量が備えられた構成となっているが、特にこれに限定するものではなく、必要に応じて数量を増加させることや、配置を変更することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明に係る簡易吸入麻酔装置によれば、適切な濃度の麻酔ガスを発生させることができ、特に、マウスなどの実験動物に対し安全に麻酔を施すことができる。このため、麻酔装置の分野およびこれを用いる実験装置、医療装置などの分野において利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】本発明における簡易吸入麻酔装置の実施の一形態を示す全体図である。
【図2】上記簡易吸入麻酔装置における麻酔維持用マスクの構成を示す概略図である。
【図3】上記麻酔維持用マスクにマウスを設置した概略図である。
【符号の説明】
【0083】
1、1a 呼吸ガス用ポンプ
2、2a 麻酔ガス用ポンプ
3、3a、4、4a 流量計バルブ
5、5a 麻酔ガス発生装置(バブリング装置)
6、6a 混合麻酔ガス
7 チャンバー
8 麻酔維持用マスク
9 開口部
10 排気口
10a 導入口
11 活性炭フィルター(フィルター)
12 吸引用ポンプ
20 麻酔装置(多段式簡易吸入麻酔装置)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
麻酔ガスを発生させる麻酔ガス発生器と、麻酔ガスによって麻酔を受ける対象が収容される収容容器とを備える簡易吸入麻酔装置において、
上記麻酔ガス発生器が、麻酔薬に気泡を導入することによって麻酔ガスを発生させるバブリング装置を備えることを特徴とする簡易吸入麻酔装置。
【請求項2】
上記麻酔ガスに呼吸ガスを供給する呼吸ガス用ポンプを備えることを特徴とする請求項1に記載の簡易吸入麻酔装置。
【請求項3】
上記収容容器が、麻酔を受ける対象の鼻部を挿入可能な開口を有する麻酔維持用マスクであることを特徴とする請求項1または2に記載の簡易吸入麻酔装置。
【請求項4】
上記収容容器が備える蓋部が、スライド式であることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の簡易吸入麻酔装置。
【請求項5】
上記収容容器に導入された麻酔ガスを捕集するフィルターを有することを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の簡易吸入麻酔装置。
【請求項6】
上記請求項1〜5の何れか1項に記載の簡易吸入麻酔装置を複数備える多段式簡易吸入麻酔装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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