説明

米粉を原料とした餡および食品材料

【課題】 米デンプンの粒子形状を維持することにより、アズキの餡と同様の食味や食感を具備した、米粉を原料とした餡、およびそれを応用した食品材料を提供する。
【解決手段】 アズキから作られる餡は、水に浸漬した豆を押しつぶせる程度に軟らかく煮てから、砂糖を加えた後に潰すことにより作られている。米粉においては、水に混合した状態で加熱すると、米デンプンの糊化開始温度付近で膨潤を始め、糊化終了温度付近でデンプン粒子の形態は崩壊し、アズキ餡のような物性を発現できないが、米粉あるいは米デンプンに20%以上の糖類溶液を加え、60℃から90℃で加熱すると、デンプン粒子の崩壊が起こらず、餡や、冷蔵保存しても硬くならない餅が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、米粉を原料にした餡、餅、および食品材料の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
米の消費量は昭和37年の一人年間118kgをピークに、現在は60kgと半減している。粒食としての米の消費は限界があり、粉食の利用が検討されている。農林水産省の21世紀農政2008では「ご飯」としてだけではなく、「米粉」としてパン、麺類等に活用する取り組みが記載されている。近年の技術開発により様々な米粉パンが作られるようになり、パスタ、スポンジケーキその他への利用が広がっている。
【0003】
餡の原料として通常はアズキが使用される。アズキ以外にインゲンマメ、ソラマメ、エンドウマメなどが用いられている。餡はデンプン質食品の中では特異なもので、デンプン粒を細胞内に閉じ込めて糊化するものである。すなわち、餡粒子は一つの細胞からなり、変性したタンパク質の膜がデンプンを包み込んだ構造になっている。アズキやインゲンマメの主成分はタンパク質約20%とデンプン50〜55%であるのに対し、米は大部分がデンプン質である。米デンプンは炊飯等の加熱により容易に糊化するという特性があり、餡の原料とはならなかった。
【0003】
特許文献1には、焼く、煮る、蒸すなどにより時間をかけてじっくり加熱したサツマイモを潰し、餡にする方法が開示されていて、ジャガイモやカボチャにも適用することができる。特許文献2には、ゲル化剤と甘味料や香料を含有する水溶液を調製し、疑固させてゲル状物を形成し、細粉砕して餡状のペーストを製造する方法が開示されている。この特許では餡のカロリーを低減させるが、餡特有の食感を保持することができる。
【0004】
特許文献3には、豆類等の表皮を原材料として餡様の食品材料を得る方法も開示されている。すなわち、表皮を長さ50〜100μm、幅が5〜10μm程度の短冊形状に切断したものは、アズキの内部のみを使うこし餡と食感の差はなく、しかも植物繊維を多量に含む食品材料となる。特許文献4には、アズキの餡粕を餡製造に利用する方法も開示されている。
【0005】
一方で、古代米を大福の生地に練り込んだ黒米餅が知られているが、これは餡ではなく単に練りこんだものであり、粒餡に関する記載が公開されている。すなわち、能登・鹿西町で丹念に栽培された古代米(黒米/赤米)を風味豊かな蒸しカステラに配し、粒餡(黒米)・抹茶餡(赤米)をサンドした栄養価の高い健康和菓子である(谷農園一の会)。
【0006】
餡の製造方法に類似したものとして、古代米と雑穀のおしるこがある。その製造方法は、以下の通りである。アズキの代わりに使うのは黒米・赤米・もちきび・もちあわ黒米と赤米は一晩水につけておく。米に全体が浸る量の水を加えて煮立ったらザルにあげる。それを再び鍋に戻し、もちきび・もちあわを入れて、それら全体が浸る量の水と一緒に火にかける。煮立ったらアクを取り除いて弱火で柔らかくなるまで煮る。柔らかくなったら塩をひとつまみ入れて黒糖を少しずつ焦げないように入れる。
【0007】
また、非特許文献1には、デンプン粒〜水系の糊化にともなう状態変化の微視的および巨視的観察に関する知見が開示され、非特許文献2には、米粉利用の現状と課題に関する総説が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】 特開2004−208621号公報
【特許文献2】 特許第3469954号公報
【特許文献3】 特開平09−070273号公報
【特許文献4】 特開2006−149219号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】 長尾慶子、藤井彩香:デンプン粒〜水系の糊化にともなう状態変化の微視的および巨視的観察、日本調理科学会誌、38,45−50(2005)
【非特許文献2】 與座宏一、岡部繭子、島 純:米粉利用の現状と課題−米粉パンについて−、食品科学工学誌、55,444−454(2005).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
アズキから作られる餡は、水に浸漬した豆を押しつぶせる程度に軟らかく煮てから、砂糖を加えた後に潰すことにより作られている。サツマイモ餡は、焦げない程度の温度で長時間加熱したイモ全体を潰し餡にする方法により得られる。アズキやインゲンマメの主成分はタンパク質約20%とデンプン50〜55%であるのに対し、米は大部分がデンプン質である。米デンプンは炊飯等の加熱により容易に糊化することはよく知られている。
【0007】
つまり、米デンプンは、糊化開始温度付近で膨潤を始め、糊化終了温度付近でデンプン粒子の形態は崩壊する。米粉を用いたパスタ、スポンジケーキ、パンなどへの利用が広がっているが、米デンプンを粒子の状態で保持し、アズキの餡のような物性のものとする試みはなかった。
【0008】
従って、本発明の課題は、処理の過程で、米デンプンの粒子形状を維持することにより、アズキの餡と同様の食味や食感を具備した、米粉を原料とした餡、およびそれを応用した食品材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、前記課題の解決のため、米粉や米デンプンに対して、糖類などの溶液を加えて処理する条件を検討し、高浸透圧条件下では、加熱しても米デンプンの粒子が崩壊しないことを見出した結果、本発明をなしたものである。
【0010】
即ち、本発明は、濃度を20〜50%に調整した糖類水溶液、または濃度を3.4〜9.4%に調整した食塩水溶液に、米粉や米デンプンを浸した後、60〜90°の温度に1時間から数時間保持して得られる餡状あるいは餅状の食品と、その製造方法であり、通常は、糖類としてトレハロース、マルトース、ショ糖などを使用するものである。ここで、60〜90℃という温度範囲は、概ねデンプンの糊化温度ないし当該糊化温度よりも30℃高い温度である。90℃を超えると餡状態をはみ出し硬く“ネバネバ”状の物性となる(表1)。
【0011】
【表1】

【0012】
糖類としてはグルコース、果糖、マンノースなどの単糖類も利用できるが、トレハロースや麦芽糖などの二糖類が適している。米粉としては、うるち米、もち米、低アミロース米、有色米などを玄米のまま、あるいは精米した後に製粉して使用する。製粉方法にはロール製粉、石臼製粉、気流製粉などの方法があるが特に制限はない。
【発明の効果】
【0013】
デンプンの糊化とは、デンプンを水中に分散して加熱すると、デンプン粒子は吸水して膨張し、加熱を続けると最終的にはデンプン粒が崩壊し、ゲル状に変化する現象である。この過程で、デンプンを分散した液は、白濁した状態から次第に透明になり、急激に粘度を増す。デンプン粒子の吸水量が最大になると粘度が最大となり、粒子の崩壊により粘度は低下する。この過程は、粘度という物理的に測定可能な数値により把握可能であり、ラピッドビスコアナライザー(RVA)により測定されている。
【0014】
しかし、本発明者らの検討結果によると、前記のような条件、つまり、糖類や食塩を溶解した高浸透圧条件下で処理を施すと、デンプン粒子は膨張するが崩壊までには至らず、粒子状態を維持し、“ネバネバ”状態ではなく“サラサラ”状態の餡特有の食感を呈する。これは、糖類や食塩の水溶液が、溶質を含まない水に比較すると、デンプン粒子内に浸透する速度が低下したためと解される。
【0015】
これによって、従来、米から餡の製造は不可能であったが、本発明により普遍的に入手可能な米から白餡、さらには、古代米などを用いることにより、ピンクの餡、濃淡様々なアズキ色の餡を簡便な方法により作ることができるので、産業上非常に有益である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】 うるち米粉の加熱に伴う形状変化を示す図
【図2】 うるち米粉を加熱した際のとデンプンの溶出状態を示す図
【図3】 古代米米粉から調製した餡の食味評価を示す図
【発明を実施するための形態】
【0017】
次に具体的な実施例を挙げ、本発明の実施の形態について説明する。
【実施例1】
【0018】
「ひとめぼれ」(うるち米)と「みやこがねもち」(もち米)の米粉を200%ショ糖溶液中で処理して得られたラピッドビスコアナライザー(RVA)の糊化曲線の結果を表2に示す。表2には、比較のため。蒸留水と、1mM硫酸銅溶液で同様の処理を行った結果も示した。1mM硫酸銅溶液は、米粉に含まれているアミラーゼ活性を抑制しデンプンそのものの糊化特性を明らかにする為に使用される。
【0019】
【表2】

【0020】
表2に示した結果によると、うるち米粉も、もち米粉も20%ショ糖溶液では糊化開始温度が5℃程度高温側に移動した。うるち米対照区と硫酸銅区のブレークダウン(最高粘度−最低粘度)は202と229であったが、20%ショ糖溶液のそれは、128とかなり小さくなった。20%ショ糖は93℃の加熱下で、うるち米粉の崩壊を抑制しているのではないかと考えられた。もち米の場合には、硫酸銅区とショ糖区でほぼ同様なブレークダウンとなったので、20%ショ糖溶液中でも崩壊は進行していると考えられた。
【実施例2】
【0021】
米粉(うるち米)を50%ショ糖の存在下で50℃、70℃、90℃で加熱し、形状の変化を観察した。図1は、うるち米粉の加熱に伴う形状変化を示す図である。図1において、左側のハッチングを施したカラムは、米粉を50%ショ糖溶液で加熱した結果、右側のカラムは、米粉を蒸留水で加熱した結果である。
【0022】
図1に示したように、うるち米粉でショ糖のない場合、加熱温度を50℃から90℃に高めると、水溶液中における米粉の平均直径が150μm、184.6μm、278μmと大きくなった。ショ糖がある場合には加熱しても水溶液の米粉の直径が133μm、137μm、199μmとなり、膨張が抑制されることが明らかである。
【実施例3】
【0023】
米粉より単純な米デンプンの系で再現性を検討した。図2は、うるち米粉の加熱とデンプンの溶出状態を、相対的ヨウ素発色(620nm)を用いて示した図で、菱形のプロット(◇)は蒸留水で加熱した結果、正方形のプロット(□)は、50%ショ糖溶液中で加熱した結果である。
【0024】
図2から、ショ糖濃度0%の水溶液系、つまり蒸留水を用いた場合、米デンプンは70℃加熱から粒子の崩壊が始まり、80℃加熱では崩壊が進行した。ショ糖濃度50%の場合、100℃になり、初めてデンプン粒子の崩壊が起ることが明らかである。なお、図示していないが、ショ糖濃度25%の場合では、デンプン粒子の崩壊は80℃加熱から認められた。
【実施例4】
【0025】
次に、古代米を用いた米粉餡の実施例について説明する。古代米を使用した米粉餡は、次のようにして製造した。紫黒米「おくのむらさき」の米粉100gに、30%ショ糖溶液500mlを加え、80℃で8時間加熱した。また古代米粉50gと米デンプン50gに30%ショ糖溶液を加えたものでも餡も試作した。市販のアズキ餡を基準とし、古代米の米粉餡を試料とし官能評価を行った。
【0026】
評価項目としては、外観、舌触り、粘り、香り、味の5項目を設けた。外観は薄い(−)と濃い(+)、舌触りはざらつく(−)と滑らか(+)、粘りは弱い(−)と強い(+)、香りは悪い(−)と良い(+)、味は好ましくない(−)と好ましい(+)、とした。評価は、+3、−3はかなり、+2,−2は少し、+1,−1はやや、の7段階の評点法で行った。
【0027】
図3は、古代米米粉から調製した餡の食味評価を示す図で、アズキ餡を対照とした場合の相対評価で示した。なお、n=17である。紫黒米の米粉から調製した米餡の色の濃さは平均で1.82、舌触りは平均で0.24、粘りは平均−0.65、香りは平均−0.65、味は平均−0.42となった。この米餡の外観はアズキ餡より、危険率5%で有意に濃いと判断された。外観以外の舌触り、粘り、香り、味の4項目では有意な差は認められなかった。
【0028】
古代米米粉餡とアズキ餡の10℃保存試験の結果を表3に示す。1から10日間までの一般生菌数や酵母はg当たり10個台であり微生物の増殖が抑制されていた。しかし、14日目には古代米餡では微生物が10/gから10/gとなり、大幅に増加した。アズキ餡の場合には500cfu/gに留まった。
【0029】
【表3】

【実施例5】
【0030】
米粉(ササニシキ)100gと、麦芽糖25%水溶液400mlを混合し、70℃から80℃で4時間加熱したところ、デンプン粒子の崩壊は認められず、透き通った白い餡が形成された。
【実施例6】
【0031】
米粉(ひとめぼれ)100gを食塩濃度3.4%と9.4%の水溶液500mlに加え、70℃と80℃で加熱した。光学顕微鏡で観察したところ、食塩濃度3.4%の水溶液系では、米粉70℃加熱では粒子の崩壊が認めらなかったが、80℃加熱では崩壊が多少進行した。食塩濃度9.4%では、米粉粒子の崩壊は、いずれの温度でも認められなかった。
【実施例7】
【0032】
米粉(ひとめぼれ)100gと麦芽糖25%水溶液400mlを混合し、70℃から80℃で4時間加熱したところ、デンプン粒子の崩壊は認められず、透き通った白い餡が形成された。
【0033】
米粉(ひとめぼれ)250gと、トレハロース30%水溶液400mlを混合し、蒸し器で30分間加熱したところ、デンプン粒子の崩壊は認められず、透き通った白い餡状の塊が形成された。この餅状の塊は冷蔵保存しても硬くならないとう特性を持っていた。
【0034】
なお、ここでは、特に実施例を示さなかったが、例えば、麦芽糖とショ糖を同時に使用するように、複数の糖類を用いた場合においても、同様の効果が得られることが確認できた。
【0035】
以上に説明した米粉の餡は通常のアズキ餡の代替品として、どら焼き、まんじゅう、羊羹、大福、おしるこなどの和菓子類や餡パン、パイ等の洋菓子類にも利用できる。また米粉の餅は、冷蔵保存しても硬くならないとう特性があるので各種の団子、ずんだもちなどに活用することができる。
【0036】
国内のコメ生産潜在能力は1000万トンあるが、減反政策により生産調整されている。一方で、米粉の利用促進法案により米粉利用の機運が高まっている。米粉から餡を生産する技術は新規なものであり、かつ主要穀類に関連した技術であることから、大きな経済効果が期待できる。アズキの生産量は平成18年度で13万トンでありピークから2割程度減少している。しかし、アズキの消費はアズキ乾物換算で11から13万トンで推移し、そのうち「輸入加糖餡」は年々増え続けている。従って12万トンのアズキ餡の1%でも米粉餡で代替できれば1千トンの米粉の消費につながる。従って、食糧自給率向上の観点からも、本発明は極めて有用である。
【0037】
なお、本発明は、前記実施の形態に限定されるものではなく、本発明の分野における通常の知識を有する者であれば想到し得る、例えば、糖類として、乳糖や糖アルコールを用いること、あるいは食塩を併用するなどの各種変形、修正を含む、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更があっても、本発明に含まれることは勿論である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
濃度が20%の以上の糖類水溶液、濃度が3.4〜9.4%の食塩水溶液の少なくともいずれかに浸した、米粉または米デンプンの少なくともいずれかを、60〜90℃の温度領域で、1〜8時間熱処理を施して得られる、デンプン粒子の形状を保持してなることを特徴とする、米餡または米餅。
【請求項2】
前記糖類は、トレハロース、マルトース、ショ糖から選ばれる少なくとも1種を含むことを特徴とする、請求項1に記載の米餡または米餅。
【請求項3】
濃度が20%以上の糖類水溶液、濃度が3.4〜9.4%の食塩水溶液の少なくともいずれかに、米粉または米デンプンの少なくともいずれかを浸した後、60〜90℃の温度領域で、1〜8時間熱処理を施すことを特徴とする、米餡または米餅の製造方法。
【請求項4】
前記糖類は、トレハロース、マルトース、ショ糖から選ばれる少なくとも2種を含むことを特徴とする、請求項3に記載の米餡または米餅の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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