説明

粉末冶金用鉄基混合粉末

【課題】鉄基混合粉末の流動性を高めて、圧粉体の成形密度を向上させると同時に、圧粉成形後の抜出力を大幅に低減し、もって製品品質の向上と製造コストの低減を達成する。
【解決手段】鉄基混合粉末中に、長径の平均粒子径が100μm以下、厚さが10μm以下で、かつアスペクト比(厚さに対する長径の比率)が5以上の片状粉末を、0.01〜5.0mass%の範囲で含有させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粉末冶金技術に用いて好適な鉄基混合粉末に関し、特に圧粉成形体の密度を高めると共に、圧粉成形後に圧粉体を金型から抜き出す際の抜出力の有利な低減を図ろうとするものである。
【背景技術】
【0002】
粉末冶金プロセスでは、原料粉末を混合した後、混合粉を移送して金型に充填し、加圧成形により製造した成形体(圧粉体という)を金型から取り出し、必要に応じて焼結などの後処理を施す。
かかる粉末冶金プロセスにおいて、製品品質の向上と製造コストの低減を実現するためには、移送工程における粉末の高い流動性、加圧成形工程における高い圧縮性、さらには圧粉体を金型から抜き出す工程における低い抜出力、を同時に達成することが求められる。
【0003】
鉄基混合粉末の流動性を改善する手段としては、フラーレン類を添加することによって鉄基混合粉末の流動性を改善できることが特許文献1に開示されている。
また、500nm未満の平均粒径を有する粒状無機酸化物を添加することによって、粉末の流動性を改良する手法が、特許文献2に開示されている。
しかしながら、これらの手段を用いたとしても、流動性を維持した上で、高い圧縮性や低い抜出力を実現するには不十分であった。
【0004】
また、圧粉体の成形密度を高めたり抜出力を低減したりするためには、鉄基混合粉末を加圧成形する温度において軟質で延伸性を有する潤滑剤を使用することが有効である。その理由は、加圧成形によって潤滑剤が鉄基混合粉末から滲み出して金型表面に付着し、金型と圧粉体との摩擦力を低減するからである。
しかしながら、このような潤滑剤は、延伸性を有するが故に、鉄粉や合金用粉末の粒子にも付着し易く、そのため鉄基混合粉末の流動性や充填性はかえって阻害されるという問題がある。
【0005】
さらに、上記したような炭素材料、微粒子および潤滑剤を配合することは、鉄基混合粉末の理論密度(空隙率がゼロと仮定した場合)を低下させ、成形密度を低下させる要因となるので、あまりに多量の添加は好ましくない。
このように、従来は、鉄基混合粉末の流動性と、高い成形密度と、低い抜出力とを鼎立させることは極めて難しかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−31744号公報
【特許文献2】特表2002−515542号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記した現状に鑑みて開発されたもので、鉄基混合粉末の流動性を高めて、圧粉体の成形密度を向上させると同時に、圧粉成形後の抜出力を大幅に低減し、もって製品品質の向上と製造コストの低減を併せて達成することができる粉末冶金用鉄基混合粉末を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
さて、発明者等は、上記の目的を達成するために、鉄基混合粉末中への添加材について種々検討を重ねた。
その結果、鉄基混合粉末中に適量の片状粉末を添加することにより、流動性に優れるのはいうまでもなく、成形密度と抜出力が大幅に改善されるという知見を得た。
本発明は、上記の知見に立脚するものである。
【0009】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.鉄基粉末を主成分とする粉末冶金用の鉄基混合粉末であって、該鉄基混合粉末中に、長径の平均粒子径が100μm以下、厚さが10μm以下で、かつアスペクト比(厚さに対する長径の比率)が5以上の片状粉末を、0.01〜5.0mass%の範囲で含有させることを特徴とする粉末冶金用鉄基混合粉末。
【0010】
2.前記片状粉末が、シリカ、ケイ酸カルシウム、アルミナおよび酸化鉄のうちから選んだ少なくとも一種であることを特徴とする前記1に記載の粉末冶金用鉄基混合粉末。
【0011】
3.前記鉄基混合粉末が、合金用粉末を含有することを特徴とする前記1または2に記載の粉末冶金用鉄基混合粉末。
【0012】
4.前記鉄基混合粉末が、有機結合剤を含有することを特徴とする前記1〜3のいずれかに記載の粉末冶金用鉄基混合粉末。
【0013】
5.前記鉄基混合粉末が、遊離潤滑剤を含有することを特徴とする前記1〜4のいずれかに記載の粉末冶金用鉄基混合粉末。
【発明の効果】
【0014】
本発明に従い、鉄基混合粉末中に適量の片状粉末を添加することにより、流動性に優れるのはいうまでもなく、高い成形密度と低い抜出力を併せて達成することができ、その結果、生産性の向上および製造コストの低減に偉効を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明に従う片状粉末を模式的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を具体的に説明する。
本発明で用いる片状粉末とは、厚さ方向の径が拡がり方向の径に比べて非常に小さい平板状の粒子からなる粉末である。本発明では、図1に示すように、一次粒子の長径1の平均粒子径が100μm以下で、厚さ2が10μm以下で、かつアスペクト比(厚さに対する長径の比率)が5以上であることを特徴とする。
かかる片状粉末は、鉄基混合粉末の成形圧縮工程において、粉体の再配列や塑性変形にかかる粉体間の摩擦力、並びに粉体と金型間の摩擦力を低減し、成形密度の向上を実現できる。さらに、成形体の抜出し工程においては、圧粉体と金型間の摩擦力低下を通じて、抜出力を大きく低減することが可能となる。これらの効果は、片状粉末の扁平な形状に起因して、鉄基混合粉末間に片状粉末が効果的に配列し、金属粉末同士および金属粉末と金型間の直接接触を有効に防止し、摩擦力を低減することによって得られるものと考えられる。
【0017】
片状粉末は、酸化物が好ましく、その具体例としては、鱗片状シリカ(サンラブリー、AGCエスアイテック製)、花弁状ケイ酸カルシウム(フローライト、トクヤマ製)、板状アルミナ(セラフ、キンセイマテック製)、鱗片状酸化鉄(AM−200、チタン工業製)などが挙げられるが、特に成分や結晶構造を規定するものではない。なお、従来から知られている黒鉛粉は、片状粉末である場合があるが(鱗片状黒鉛など)、添加による改善効果が見られず(実施例を参照)、本発明の目的を達することができない。
その理由は明らかではないが、黒鉛は、鉄粉、鉄粉圧粉体、さらに金型との付着力が高く、本発明で期待する特性改善を阻害していると推測される。金型等との付着は、金属あるいは前記の黒鉛のような半金属からなる片状粉末の場合に起きると推測され、したがって,これらは本発明における片状粉末から除外される。逆に言えば金属・半金属以外の片状粉末であれば、金型等との付着という阻害要因を有さないため、本発明の効果が期待できる。
本発明者らの調査によれば、物質を構成する原子間の結合様式が、主に共有結合またはイオン結合からなり、比較的電子伝導率が低い物質からなる片状粉末が好ましいが、前記のように酸化物が特に好ましい。なかでも、シリカ、ケイ酸カルシウム、アルミナおよび酸化鉄の少なくとも一種であることがとりわけ好ましい。
なお、前記理由により、片状の黒鉛粉は本発明における片状粉末から除外されるが、合金用粉末として黒鉛粉を添加することは、片状・非片状に関わらず許容される。
【0018】
ここに、上記した片状粉末のアスペクト比が5に満たないと、上記の効果が得られないので、本発明では、片状粉末のアスペクト比は5以上と規定した。より好ましくは10以上、さらに好ましくは20以上である。なお、アスペクト比は以下の方法により測定する。
走査型電子顕微鏡で酸化物粒子を観察し、ランダムに選択した100個以上の粒子に対して粒子の長径1と厚み2を計測し、個々の粒子のアスペクト比を計算する。アスペクト比には分布があるので、その平均値をもってアスペクト比を定義する。
なお、本発明においては、片状粉末の一形態として針状粉末を挙げることができる。針状粉末とは、形状が細い針状あるいは棒状の粒子からなる粉末であるが、片状粉末の方が添加による上記効果が大きい。
【0019】
また、片状粉末の長径の平均粒子径が100μmを超えると、粉末冶金に常用される鉄基混合粉末(平均粒子径:100μm前後)と均一な混合ができなくなり、上記の効果を発揮できなくなる。
したがって、片状粉末は長径の平均粒子径を100μm以下とする必要がある。より好ましくは40μm以下であり、さらに好ましくは20μm以下である。
なお、片状粉末の平均粒子径は、上記のように走査型電子顕微鏡を用いて観察した長径1の平均値とする。ただし、JIS R 1629に準拠したレーザ回折・散乱法により粒子径分布を測定し、体積基準の積算分率における50%径を用いてもよい。
【0020】
また、片状粉末の厚さが10μmを超えると、上記の効果を発揮できなくなる。したがって、片状粉末の厚さは10μm以下とする必要がある。より効果的な片状粉末の厚さは1μm以下であり、さらに好ましくは0.5μm以下である。なお、厚さの実用的な最小値は約0.01μmである。
【0021】
さらに、本発明において、片状粉末の鉄基混合粉末に対する配合量が0.01mass%を下回ると、片状粉末の添加効果が現れない。一方、5.0mass%を超えると、成形密度の著しい低下を招くため好ましくない。従って、片状粉末の配合量は0.01〜5.0mass%とする。より好ましくは0.05〜2.0mass%の範囲である。
【0022】
本発明において、鉄基混合粉末の主成分である鉄基粉末としては、アトマイズ鉄粉や還元鉄粉などの純鉄粉、または部分拡散合金化鋼粉および完全合金化鋼粉、さらには完全合金化鋼粉に合金成分を部分拡散させたハイブリッド鋼粉などが例示される。かような鉄基粉末の平均粒径は、1μm以上が好ましく、10〜200μm程度がさらに好ましい。
【0023】
また、合金用粉末の種類としては、黒鉛粉末、Cu、Mo、Niなどの金属粉末、金属化合物粉末等が例示される。他の公知の合金用粉末も用いることができるのはいうまでもない。これらの合金用粉末の少なくとも1種を鉄基粉末に混合させることにより焼結体の強度を上昇させることができる。
上記した合金用粉末の配合量の合計は、鉄基混合粉末中で0.1〜10mass%程度とすることが好ましい。というのは、合金用粉末を0.1mass%以上配合することにより、得られる焼結体の強度が有利に向上し、一方、10mass%を超えると、焼結体の寸法精度が低下するからである。
【0024】
上記した合金用粉末は、有機結合剤を介して鉄基粉末の表面に付着させた状態(以下、合金成分外装鉄粉という)であることが好ましい。これにより、合金用粉末の偏析を防止し粉末中の成分分布を均一にすることができる。
【0025】
ここに、有機結合剤としては、脂肪酸アミドや金属石鹸などが特に有利に適合するが、ポリオレフィン、ポリエステル、(メタ)アクリルポリマー、酢酸ビニルポリマーなどの、他の公知の有機結合剤も用いることができる。これらの有機結合剤は、それぞれ単独で使用しても良いし、2種以上を併用しても良い。2種以上の有機結合剤を併用する場合、少なくともその一部を共溶融物として用いても良い。かような有機結合剤の添加量が0.01mass%未満では、鉄粉の表面に合金用粉末を均一かつ十分に付着できない。一方、1.0mass%を超えると、鉄粉同士が付着し凝集するので、流動性が低下するおそれがある。したがって、有機結合剤の添加量は0.01〜1.0mass%の範囲とするのが好ましい。なお、有機結合剤の添加量(mass%)は、粉末冶金用鉄基混合粉末全体に占める有機結合剤の比率を指す。
【0026】
さらに、粉末冶金用鉄基混合粉末の流動性や成形性を向上させるために、遊離潤滑剤を添加することもできる。遊離潤滑剤の添加量は、粉末冶金用鉄基混合粉末全体に占める割合で1.0mass%以下とすることが好ましい。他方、遊離潤滑剤は0.01mass%以上添加することが好ましい。遊離潤滑剤としては、金属石鹸(たとえばステアリン酸亜鉛、ステアリン酸マンガン、ステアリン酸リチウム等)、ビスアミド(たとえばエチレンビスステアリン酸アミド等)、モノアミドを含む脂肪酸アミド(たとえばステアリン酸モノアミド、エルカ酸アミド等)、脂肪酸(たとえばオレイン酸、ステアリン酸等)、熱可塑性樹脂(たとえばポリアミド、ポリエチレン、ポリアセタール等)が、圧粉体の抜出力を低減する効果を有するので好ましい。前記以外の公知の遊離潤滑剤も、用いることができる。
なお、鉄基混合粉末中における鉄基粉末の含有量は50mass%以上とすることが好ましい。
【0027】
次に、本発明の鉄基混合粉末の製造方法について説明する。
鉄基粉末に、本発明に従う片状粉末や結合剤、潤滑剤(遊離潤滑剤や結合剤で鉄粉表面に付着させる潤滑剤)などの添加材、さらに必要に応じて合金用粉末を加えて、混合する。なお、上記した結合剤、潤滑剤などの添加材は、必ずしも全量を一度に添加する必要はなく、一部のみを添加して一次混合を行ったのち、残部を添加して二次混合することもできる。
【0028】
また、混合手段としては、特に制限はなく、従来から公知の混合機いずれもが使用できる。例えば、従来から知られている撹拌翼型ミキサー(たとえばヘンシェルミキサー等)や容器回転型ミキサー(たとえばV型ミキサー、ダブルコーンミキサー等)が使用できる。加熱が必要な場合には、加熱が容易な、高速底部撹拌式混合機や傾斜回転バン型混合機、回転クワ型混合機、円錐遊星スクリュー型混合機等が、特に有利に適合する。
【0029】
なお、本発明では、上記した添加材の他に、目的に応じて特性を改善するための添加材を添加できることはいうまでもない。例えば、焼結体の切削性を改善する目的で、MnSなどの切削性改善用粉末の添加が例示される。
【実施例】
【0030】
鉄基粉末として純鉄粉A(アトマイズ鉄粉、平均粒子径:80μm)と、この純鉄粉の表面に有機結合剤を介して合金用粉末を付着させた合金成分外装鉄粉Bとの二種類を準備した。Bに用いた合金用粉末はCu粉末(平均粒子径:25μm):2.0mass%および黒鉛粉末(平均粒子径:5.0μm、アスペクト比>5):0.8mass%とした。また、有機結合剤としては、ステアリン酸モノアミド:0.05mass%およびエチレンビスステアリン酸アミド:0.05mass%を使用した。なお、これらの添加比率はいずれも、鉄基混合粉末全体に占める比率である。
上記の純鉄粉Aと合金成分外装鉄粉Bとに、さらに片状粉末と遊離潤滑剤を種々の比率で添加したのち、混合して、粉末冶金用鉄基混合粉末とした。遊離潤滑剤としては、ステアリン酸リチウム:0.1mass%に加えて、表1に記載した量のステアリン酸亜鉛、エチレンビスステアリン酸アミド、エルカ酸アミドを使用した。
また、比較のため、薄片状黒鉛粉末、フラーレン粉末、アルミナ微粒子またはマグネシア微粒子を添加したものも準備した。フラーレンは直径:1nmの一次粒子が凝集した粒径:約20μmの市販粉末を利用した。これらの混合粉末の配合比率を表1に示す。この配合比率は、粉末冶金用鉄基混合粉末全体に占める比率である。
【0031】
次に、得られた各鉄基混合粉末を、金型に充填し、室温で圧力:980MPaで加圧成形し、円柱状の圧粉体(直径:11mm、高さ:11mm)とした。その際、鉄基混合粉末の流動性、圧粉体を金型から抜き出すときの抜出力および得られた圧粉体の圧粉密度について測定した結果を、表1に併記する。なお、鉄基混合粉末の流動性は、JISZ 2502に準拠して評価した。
ここに、流動性は流動度が30sec/50g以下であれば、また圧縮性は成形密度が7.35Mg/m3以上であれば、さらに抜出性は抜出力が20MPa以下であれば、それぞれ良好といえる。
【0032】
【表1】

【0033】
表1から明らかなように、本発明に従い、鉄基混合粉末中に適量の片状粉末を添加することによって、流動性は勿論のこと、圧縮性および抜出力が併せて改善されることが分かる。一方、同じ成分であっても、片状のアルミナ粉末を添加した発明例4に比較して、粒状のアルミナ微粒子を添加した比較例1では、流動性が著しく劣っており、成形密度も低い。なお、片状粉末の成分が黒鉛である比較例5では、混合粉末の流動性は高かったものの、成形時に圧粉体と金型間でカジリを生じたため、成形密度や抜出力の測定は不可能であった。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明に従い、鉄基混合粉末中に片状粉末を適量添加することにより、流動性は勿論のこと、成形密度と抜出力を併せて改善することができ、ひいては生産性の向上のみならず、製造コストを低減することができる。
【符号の説明】
【0035】
1 長径
2 厚さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄基粉末を主成分とする粉末冶金用の鉄基混合粉末であって、該鉄基混合粉末中に長径の平均粒子径が100μm以下、厚さが10μm以下で、かつアスペクト比(厚さに対する長径の比率)が5以上の片状粉末を、0.01〜5.0mass%の範囲で含有させることを特徴とする粉末冶金用鉄基混合粉末。
【請求項2】
前記片状粉末が、シリカ、ケイ酸カルシウム、アルミナおよび酸化鉄のうちから選んだ少なくとも一種であることを特徴とする請求項1に記載の粉末冶金用鉄基混合粉末。
【請求項3】
前記鉄基混合粉末が、合金用粉末を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の粉末冶金用鉄基混合粉末。
【請求項4】
前記鉄基混合粉末が、有機結合剤を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の粉末冶金用鉄基混合粉末。
【請求項5】
前記鉄基混合粉末が、遊離潤滑剤を含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の粉末冶金用鉄基混合粉末。

【図1】
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