説明

粒子線治療装置

【課題】イオンビームの照射位置精度を向上させ、回転ガントリーの回転駆動装置を小型化する。
【解決手段】粒子線治療装置の照射野形成装置28は、一対の走査電磁石32,33、及び走査電磁石32,33に取り囲まれている不活性ガスチェンバ1を有する。Heガスがガスボンベ8からガス供給管15を通してチェンバ1に供給される。圧力コントローラ5は差圧計4で計測されたチェンバ1内外の圧力差を基にHeガス流量を決定する。流量制御装置6は、そのガス流量に基づいて流量調整弁7の開度を制御し、チェンバ1に供給するHeガス量を調節する。Heガスがチェンバ1内に供給され続け、バリアブルリークバルブ12及びオリフィス14が設けられたガス排出管16を通って外部に排出される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粒子線治療装置に係り、特に、陽子線を用いた陽子線治療装置にも適用できる粒子線治療装置に関する。
【背景技術】
【0002】
粒子線治療装置には、イオンビームに陽子線を用いる陽子線治療装置、及び炭素イオンのイオンビームである炭素線を用いる重粒子線治療装置がある。いずれの治療装置も、イオンビームを加速する円形加速器、円形加速器から出射されたイオンビームを導くビーム輸送装置、及びビーム輸送装置で輸送されたイオンビームをベッド上の患者のがんの患部に照射する照射装置を備えている。
【0003】
近年、陽子線治療装置及び重粒子線治療装置において、細いイオンビームを走査して患部に照射するスキャニング照射の適用が考えられている。スキャニング照射を行う場合には、特許文献1に示すように、イオンビームを走査する走査電磁石が照射装置に設けられる。具体的には、走査電磁石は、X方向にイオンビームを走査する電磁石、及びY方向にイオンビームを走査する電磁石の一対の走査電磁石が設けられる。
【0004】
【特許文献1】特開平9−99108号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
粒子線治療装置の照射装置は、イオンビームを患部に照射する際の照射位置精度を高める必要がある。発明者らは、照射装置内に存在する空気が、イオンビームを散乱させるため、スキャニング照射における照射位置精度を低下させるという課題が生じることを確認した。種々検討した結果、発明者らは、照射装置内で一対の走査電磁石のそれぞれのビーム経路に、イオンビームの散乱が小さい不活性ガス(例えば、ヘリウム(He))を充填した不活性ガスチェンバを配置すれば良いとの結論に達した。これにより、スキャニング照射において、散乱を抑えて得られる細いイオンビームを、患部のそれぞれの所定の位置に精度良く照射することができる。
【0006】
不活性ガスチェンバは、イオンビームの入口及び出口に、それぞれ、内部の雰囲気を外部の雰囲気と隔離するために隔離窓(隔離膜)を備えている。この隔離窓は、散乱効果の小さい材料(例えば、非金属)によって構成されている。不活性ガスチェンバに不活性ガスを供給する不活性ガス充填容器の小型化が望まれる。
【0007】
本発明の目的は、イオンビームの照射位置精度を向上させることができ、回転ガントリーの回転駆動装置を小型化できる粒子線治療装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記した目的を達成する本発明の特徴は、イオンビーム発生装置で発生したイオンビームが導かれる照射装置が、走査電磁石と、走査電磁石に取り囲まれた不活性ガスチェンバと、前記不活性ガスチェンバ内に不活性ガスを供給するガス供給管と、前記ガス供給管に向けられた流量調節弁と、前記不活性ガスチェンバ内の圧力に基づいて前記流量調節弁の開度を制御する制御装置とを有していることにある。
【0009】
本発明は、走査電磁石に取り囲まれた不活性ガスチェンバを有しているため、イオンビームの散乱が著しく抑制され、イオンビームを照射位置に精度良く照射することができる。また、制御装置が流量調節弁の開度を制御するため、不活性ガスチェンバ内に供給する不活性ガス量を著しく少なくできる。このため、不活性ガスの供給元であるガス貯蔵容器を小型化でき、このガス貯蔵容器を取り付ける回転ガントリーの回転駆動装置を小型化できる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、イオンビームの照射位置精度を向上させることができ、回転ガントリーの回転駆動装置を小型化できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の好適な一実施例である、粒子線治療装置の一種である陽子線治療装置を、図1を用いて説明する。陽子線治療装置は、イオンビーム発生装置22、ビーム輸送装置25及び回転式照射装置27を有する。回転式照射装置27は、回転ガントリー(図示せず)及び照射野形成装置28を有する。照射野形成装置28は、回転ガントリーに設置され、回転ガントリーの回転と共に回転する。
【0012】
イオンビーム発生装置22は、イオン源(図示せず)、前段加速器(例えば、直線加速器)21及びシンクロトロン23を有する。イオン源で発生した陽イオンは前段加速器21で加速される。前段加速器21から出射されたイオンビームは、シンクロトロン23で所定のエネルギーまで加速された後、出射用デフレクタ24からビーム輸送装置25のビーム経路26に出射される。このイオンビームは、ビーム経路26を経て回転式照射装置27の照射野形成装置(照射ノズル)28に導かれ、ベッド31上に横たわっている患者30のがんの患部に照射される。ビーム経路26の一部は回転ガントリーに取り付けられている。
【0013】
照射野形成装置28は、スキャニング用照射装置であり、図2に示すように、一対の走査電磁石32,33、及び不活性ガスチェンバ1を有する。走査電磁石32,33及び不活性ガスチェンバ1は、照射野形成装置28のケーシング(図示せず)内に設置される。走査電磁石32はイオンビーム18をX方向に走査する。走査電磁石33はイオンビーム18をY方向に走査する。X方向は、イオンビーム18の進行方向と直交する平面における一つの方向である。Y方向は、その平面においてX方向と直交する方向である。不活性ガスチェンバは、照射野形成装置28内でビーム経路に配置される。走査電磁石32,33は、鉄心にコイルを巻き付けて構成され、不活性ガスチェンバ1を取り囲んでいる。照射野形成装置28は、内部で、不活性ガスチェンバ1よりも上流にビーム位置モニタ34を、不活性ガスチェンバ1よりも下流に線量モニタ35をそれぞれ配置している。
【0014】
不活性ガスチェンバ1は、図2に示すように、第1チェンバ1A及び第2チェンバ1Bを有する。第1チェンバ1A及び第2チェンバ1Bは、対向するそれぞれのフランジをネジ止めして結合される。隔離窓36が、不活性ガスチェンバ1の上流端、すなわち、第1チェンバ1Aのイオンビーム18の入口側に配置されて第1チェンバ1Aに取り付けられる。隔離窓37が、不活性ガスチェンバ1の下流端、すなわち、第2チェンバ1Bのイオンビーム18の出口側に配置されて第2チェンバ1Bに取り付けられる。不活性ガスチェンバ1の内部、すなわち、第1チェンバ1A及び第2チェンバ1Bのそれぞれの内部には、空間が形成される。隔離窓36,37は、不活性ガスチェンバ1内の空間と、その外部領域とを隔離している。
【0015】
不活性ガスチェンバ1内に不活性ガス(充填ガス)であるHeガスを供給する充填ガス系統を、図3を用いて説明する。この充填ガス系統は、ガス供給管15、流量調整弁7、フラッシング配管9、ガス排出管16、オリフィス14を有する。ガス供給管15は、第1チェンバ1Aに接続され、Heガスが充填されたガスボンベ(ガス貯蔵容器)8と第1チェンバ1A内の空間とを連絡する。流量調整弁7がガス供給管15に設置される。フラッシング配管9は、流量調節弁7をバイパスして、両端がガス供給管15に接続される。開閉弁17がフラッシング配管9に設けられる。ガスボンベ8は照射野形成装置28のケーシングの外側に設置されている。このため、ガス供給管15等もそのケーシングに取り付けられる。ガス排出管16は、第2チェンバ1Bに接続され、第2チェンバ1B内の空間に連絡される。ガス排出管16は、そのケーシングに取り付けられ、その一部は回転ガントリーにも取り付けられる。バリアブルリークバルブ(微少流量調整弁)12及びオリフィス14がガス排出管16に設置される。
【0016】
充填ガス系統は、隔離窓36,37を保護するための安全系として、圧力スイッチ10及びリリーフ弁11を有する。圧力スイッチ10はガス供給管15に設置される。リリーフ弁11はガス排出管16に取り付けられる。バッファ(緩衝)領域13がバリアブルリークバルブ12とオリフィス14の間でガス排出管16内に形成される。微少の差圧下での微量流量調整を容易にするために、バリアブルリークバルブ12及びオリフィス14が設けられ、バッファ領域13が形成されている。
【0017】
本実施例は、さらに、不活性ガスチェンバ1内に供給するHeガスの量を調節する充填ガス制御装置を備えている。この充填ガス制御装置は、圧力コントローラ5及び流量制御装置6を備えている。差圧計4が、不活性ガスチェンバ1、具体的には第1チェンバ1Aに設置される。
【0018】
照射野形成装置28に導かれたイオンビーム18は、不活性ガスチェンバ1内のHeガス雰囲気中を通って、ベッド31上の患者30の患部に照射される。走査電磁石32,33を用いてイオンビームを走査することによって、スキャニング照射が行われる。このスキャニング照射の概略を以下に説明する。患部は、イオンビームの進行方向において複数の層に分割される。スキャニング照射では、1つの層ごとにイオンビームをX方向及びY方向に走査する。すなわち、ある層に対し、走査電磁石32によってイオンビームをX方向に走査する。次に、走査電磁石33によってイオンビームをY方向に走査し、イオンビームの位置を前述のX方向の走査を行った領域と隣り合う領域に移す。この領域でイオンビームが走査電磁石32を用いてX方向に移動される。このように、1つの層内でイオンビームを蛇行させながらスキャニング照射が行われる。1つの層でのスキャニング照射が終了すると、シンクロトロン23から出射されるイオンビームのエネルギーが低減され、これにより、浅い位置にある層内でのスキャニング照射が行われる。
【0019】
不活性ガスチェンバ1内のHeガス雰囲気をイオンビームが通過する関係上、イオンビームの散乱が生じなく細いイオンビームが層ごとに照射される。このため、治療計画で定めた各照射位置に精度よくイオンビームを照射することができる。不活性ガスチェンバ1が照射野形成装置28内に設けられていない場合には、イオンビームが空気雰囲気中を通過するため、イオンビームが散乱によって拡大し、治療計画で定めた、層内の各照射位置に精度良く照射することができない。本実施例は、前述したように、不活性ガスチェンバ1の設置によりこのような問題を解消することができる。
【0020】
本実施例に設けられた充填ガス制御装置の機能について説明する。差圧計4は、不活性ガスチェンバ1内のHeガスの圧力と不活性ガスチェンバ1外の空気雰囲気の圧力との差圧を計測する。圧力コントローラ5は、差圧計5で計測された差圧計測値を入力し、差圧設定値(差圧目標値)になるHeガス流量を決定する。流量制御装置6は、圧力コントローラ5で決定されたHeガス流量を基に流量調整弁7の開度を制御する。このような流量調整弁7の開度制御により、圧力コントローラ5で決定されたHeガス流量のHeガスが、ガスボンベ8からガス供給管15を通して不活性ガスチェンバ1内に供給される。上記した差圧設定値は、不活性ガスチェンバ1内に外部の空気の流入を防止するために、外部の大気圧よりも不活性ガスチェンバ1内の圧力が若干高くなるように設定されている。このため、不活性ガスチェンバ1内のHeガスの圧力は、大気圧よりも若干高くなっている。不活性ガスチェンバ1内に供給されたHeガスは、ガス排出管16によって外部の雰囲気に排出される。このHeガスの排出量は、バリアブルリークバルブ12によって微量に制限されている。バリアブルリークバルブ12は微量な流量のHeガスを排気させる装置である。オリフィス14は、Heガスの流出を制限する固定された小さな開口が設けられている。このオリフィス14は、バリアブルリークバルブ12よりも下流側に配置されてバリアブルリークバルブ12との間でガス排出管16内にバッファ領域13を形成するので、バリアブルリークバルブ12のコンダクタンスの感度を鈍らせる。このため、流量制御装置6を用いた流量調整弁7の開度制御により、ガス供給管15を通して不活性ガスチェンバ1内に供給する微量なHeガス流量を容易に制御することができる。したがって、Heガスの消費量を少なくすることができる。
【0021】
以上のように、充填ガス制御装置によって流量調整弁7の開度を制御して、不活性ガスチェンバ1内に供給するHeガス量を制御しているため、不活性ガスチェンバ1内に供給するHeガス量を極めて少なくすることができる。このため、Heガスを充填するガスボンベ8の容量を著しく小さくすることができる。また、流量調整弁7の開度制御により不活性ガスチェンバ1内に供給するHeガス量を制御しているため、台風やハリケーンなどの気候の変動による大気圧の低下等の環境の変化、及び想定外のHeガスのリークによる過大な内外差圧の発生に対しても、隔離窓36,37の保護が可能である。
【0022】
差圧設定値になった後に不活性ガスチェンバ1内へのHeガスの供給を停止することによって、不活性ガスチェンバ1内へのHeガスの供給量を最も少なくすることができる。しかしながら、そのHeガスの供給を停止した場合には、不活性ガスチェンバ1内に空気が流入する可能性がある。具体的には、各弁及びフランジのシール部から空気が不活性ガスチェンバ1内に若干量であるが流入する。微量とはいえHeガスを、不活性ガスチェンバ1内に流入し続けることによって、その空気の流入を防止することができる。流量調整弁7の開度制御を行わないと、多量のHeガスを不活性ガスチェンバ1内に供給しなければならない。本実施例は、流量調整弁7の開度制御を行っているため、Heガスの供給量を低減できる。特に、オリフィス14の設置によって、Heガスの供給量を微量に低減することができる。バッファ領域13の形成も、微量の供給量への低減に貢献する。
【0023】
ガスボンベ8は、容量が小さいため、照射野形成装置28のケーシングに設置できる。このため、ガス供給管15を回転ガントリーまで引き回す必要がなく、ガス供給管15の長さを短くすることができる。
【0024】
前述のように、流量調整弁7の開度制御を行わない場合には多量のHeガスを不活性ガスチェンバ1内に供給する必要があるため、大きなガスボンベ(または多くの個数のガスボンベ)を用意しなければならない。この大きなガスボンベは、回転ガントリーに設置される。ガスボンベが大きくなる(またはガスボンベの個数が増える)と、回転ガントリーを回転させるモーター(回転駆動装置)の容量を大きくしなければならない。すなわち、モーターが大型化する。本実施例は、前述したようにガスボンベの容量が著しく小さいため、回転ガントリーを回転させるモーターの容量を小さくできる。これは、モーターを小型化することができる。
【0025】
フラッシング配管9は、イオンビーム18を1日の最初に不活性ガスチェンバ1に導く前に、不活性ガスチェンバ1内の雰囲気(空気が含まれている可能性あり)をHeガスに置換するために用いられる。そのようなフラッシング配管9は、コンダクタンスの小さなガス供給管15とは別に、短時間でHeガスの置換作業を行うためにコンダクタンスが大きくなっている。圧力スイッチ10は、不活性ガスチェンバ1内のHeガスと大気圧の差圧を計測し、差圧設定値を超えた場合に接点信号を出力する。この接点信号のよりリリーフ弁11が開かれる。リリーフ弁11は、圧力スイッチ10から出力された接点信号により開いて、差圧設定値に低下するまで不活性ガスチェンバ1内のHeガスを外部に放出する。
【0026】
重粒子線治療装置にも、図1〜図3に示す構成を適用できる。重粒子線治療装置は、イオン源で炭素イオンを発生させ、この炭素イオンのビーム(炭素線)を治療に使用する。前述の陽子線治療装置と同じ効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の好適な一実施例である陽子線治療装置の構成図である。
【図2】図1に示す照射野形成装置の構成図である。
【図3】図2に示す不活性ガスチェンバの充填ガス系統の構成図である。
【符号の説明】
【0028】
1…不活性ガスチェンバ、1A…第1チェンバ、1B…第2チェンバ、4…差圧計、5…圧力コントローラ、6…流量制御装置、7…流量調整弁、8…ガスボンベ、10…圧力スイッチ、11…リリーフ弁(圧力逃がし弁)、12…バリアブルリークバルブ(微少流量調整弁)、13…バッファ領域、14…オリフィス、15…ガス供給管、16…ガス排出管、22…イオンビーム発生装置、23…シンクロトロン、27…回転式照射装置、28…照射野形成装置、32,33…走査電磁石、36,37…隔離窓。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンビーム発生装置と、前記イオンビーム発生装置で発生したイオンビームが導かれる照射装置とを備え、
前記照射装置が、走査電磁石と、走査電磁石に取り囲まれた不活性ガスチェンバと、前記不活性ガスチェンバ内に不活性ガスを供給するガス供給管と、前記ガス供給管に向けられた流量調節弁と、前記不活性ガスチェンバ内の圧力に基づいて前記流量調節弁の開度を制御する制御装置とを有していることを特徴とする粒子線治療装置。
【請求項2】
前記照射装置が回転ガントリーに設置されている請求項1に記載の粒子線治療装置。
【請求項3】
前記不活性ガスチャンバに接続されたガス排出管と、前記ガス排出管に設けられたオリフィスとを備えた請求項1または請求項2に記載の粒子線治療装置。
【請求項4】
前記オリフィスよりも上流側で前記ガス排出管に設けられたバリアブルリークバルブを有する請求項3に記載の粒子線治療装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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