説明

粒子線照射装置

【課題】 照射野形成磁石の最大偏向角で決まる照射野サイズを実効的に大きくできる粒子線照射装置を提供することを目的とする。
【解決手段】 加速器で加速された荷電粒子ビーム3を照射野形成電磁石2により走査させながら照射野を形成する粒子線照射装置1において、照射野形成電磁石2を荷電粒子ビーム3の入射軸Dを中心として所定の角度に回動させる回動手段6を備え、照射野形成電磁石2は荷電粒子ビーム3を入射軸Dの方向に直交するX方向に偏向させる第1の電磁石4と、入射軸方向に直交しX方向とは異なるY方向に偏向させる第2の電磁石5とを備えることを特徴とする構成とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療用の粒子線照射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、陽子や炭素イオン等の粒子線を照射する粒子線照射装置が癌の治療に用いられ、高い治療成績を挙げている。
粒子線照射装置では、図6に示すように、磁力線の方向が互いに直交するX方向の電磁石101、Y方向の電磁石102からなる照射野形成電磁石103の中心に荷電粒子ビーム104を入射して、二台の電磁石の磁力を調整して荷電粒子ビーム104の進行方向を入射軸に対して偏向させることにより照射野を形成する。
【0003】
照射野の形成方法には大別して、拡大照射野形成法と三次元スポットスキャニング法の2種がある。
拡大照射野形成法はX、Y方向二台の電磁石に交流電流を流してビーム径が1cm程度の荷電粒子ビームを標的(癌)上に走査することにより、広い範囲に荷電粒子ビームを照射して拡大照射野を形成する方法である。荷電粒子ビームをタンタル、鉛等の散乱体に通過させて、荷電粒子のビーム径を拡大する方法が併用される場合もある。
【0004】
拡大照射野形成法の一例として、非特許文献1には、照射野の半径の半分程度の散乱半径を有する小さなビーム径の荷電粒子ビームを、照射野形成電磁石によって標的上の半径が大きな第1の円軌道に沿って所定回数回転させ、次にこの荷電粒子ビームを第1の円軌道よりも半径が小さい第2の円軌道に沿って再度所定回数回転させる粒子線照射装置が紹介されている。
【0005】
三次元スポットスキャニング法は、標的を三次元的に複数のスポットに分け、パルス状荷電粒子ビームをスポット毎に順次照射して行く方法である。荷電粒子ビームを照射する位置の制御は、X、Y方向二台の電磁石と、加速器から出射される荷電粒子ビームのエネルギの強弱調整とによって行なわれる。
特許文献1には、三次元スポットスキャニング法の従来技術として、アルミニウムの棒片を複数組み合わせたリッジフィルタを用いて荷電粒子ビームの進行方向についてのブラッグピーク分布を拡大し、荷電粒子ビームの照射位置を位置モニタで確認しながらスポット毎に照射する三次元スポットスキャニング法が示されている。
【0006】
更に特許文献1には、リッジフィルタを構成する各棒片の形状関数が、厚さ最小の位置から最大の位置までに変曲点を持ち、且つ厚さ最小の位置から変曲点までの距離が厚さ最大の位置から変曲点までの距離よりも小さいリッジフィルタを備える粒子線照射装置を用いた三次元スポットスキャニング法が示されている。
【特許文献1】特開2001−61978号公報(段落0008〜0019、0046〜0056)
【非特許文献1】Timothy R.Renner、"Wobbler Facility for biological experiments"、Medical Physics、14巻、1987年、p825−834
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、拡大照射野形成法と三次元スポットスキャニング法のいずれの方法でも、照射野のサイズは照射野形成電磁石の最大偏向角で決まってしまう。すなわち、照射野を形成することができる範囲は、互いに直交するX、Y方向二台の電磁石が荷電粒子ビームを偏向させることができる最大角度の範囲内に限られてしまう。通常の粒子線照射装置ではX、Y方向の最大偏向角は同一であるので、荷電粒子ビームを照射可能な範囲は正方形で囲まれる範囲に限定される。
【0008】
このため、標的が照射野のサイズより大きいときは2回に分けて荷電粒子ビームを照射しなければならない。具体的には、1回目の照射が終わった後、患者の位置をずらして再度荷電粒子ビームを照射する。このとき、1回目と2回目の照射野の重複部分における放射線量に過不足が生じる場合がある。このように標的に照射される放射線量に過不足が生じると、治療成績が低下するという問題がある。
【0009】
そこで、本発明では、前記した問題を解決し、照射野形成磁石の最大偏向角で決まる照射野サイズを実効的に大きくできる粒子線照射装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するため、本発明では、加速器で加速された荷電粒子ビームを照射野形成電磁石により走査させながら照射野を形成する粒子線照射装置において、照射野形成電磁石を荷電粒子ビームの入射軸を中心として所定の角度に回動させる回動手段を備え、照射野形成電磁石は、荷電粒子ビームを入射軸方向に直交するX方向に偏向させる第1の電磁石と、入射軸方向に直交し、かつ、X方向とは異なるY方向に偏向させる第2の電磁石と、を備えることを特徴とする構成とした。
【0011】
本発明の粒子線照射装置は、荷電粒子ビームをその入射軸方向に対して直交し、かつ互いに方向が異なるX方向とY方向とに偏向させる照射野形成電磁石を備えているので、この照射野形成電磁石で荷電粒子ビームを走査させることにより四角形の照射野を形成することができる。さらに、照射野形成電磁石を所定の角度に回動させる回動手段を備えているので、照射の標的である癌の最大長が四角形の一辺の長さを超える場合でも、照射野形成電磁石を回動させることにより、四角形の対角線の長さを利用して荷電粒子ビームを照射することが可能になる。
すなわち、照射野形成磁石の最大偏向角で決まる照射野サイズを実効的に大きくすることが可能になる結果、標的に対して粒子線を2回に分けて照射する必要がなくなり、照射野の重複による放射線量の過不足の発生を防止することができる。
【0012】
また、本発明の粒子線照射装置は、照射野を拡大照射野形成法で形成する場合にも、三次元スポットスキャニング法で形成する場合にも使用できる。いずれの場合でも磁石の最大偏向角で決まる照射野サイズを実効的に大きくできるので、標的に対して粒子線を2回に分けて照射する必要がなくなり、照射野の重複による放射線量の過不足の発生を防止することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、電磁石の最大偏向角で決まる照射野サイズを実効的に大きくできる粒子線照射装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
次に、本発明の実施形態について、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。
第1の実施形態では、拡大照射野形成法により照射野を形成する場合を想定して説明する。図1は、本実施形態に係る粒子線照射装置1の構成を表す概念図である。
【0015】
図1に示すように、本実施形態の粒子線照射装置1は、加速器(図示せず)からほぼ水平方向に出射されてきたC6+等の荷電粒子ビーム3を、垂直方向に偏向させて標的Tの方向へ導く偏向電磁石20、荷電粒子ビーム3を標的Tに対して走査して照射野を形成するための第1の電磁石4と第2の電磁石5とを含む照射野形成電磁石2を備え、さらに、標的Tの形状に応じた照射野を形成するためのリッジフィルタ15、レンジシフタ16、コリメータ17、ボーラス18に加え、照射野形成電磁石2を所定の角度だけ回動させる回動手段6を含んで構成されている。
【0016】
なお、本実施形態では図1において紙面に平行で、かつ、荷電粒子ビーム3の入射軸Dと直交する方向をX方向、紙面に垂直な方向をY方向として説明する。また、標的Tはベッドに横たえられた患者の癌に相当する。ベッドは、標的Tと荷電粒子ビーム3との位置を正確に合わせるために床に固定されている。また、加速器にはシンクロトロンやサイクロトロン等、公知の装置を用いることができる。
【0017】
第1の電磁石4は荷電粒子ビーム3をX方向に偏向させ、第2の電磁石5は、荷電粒子ビーム3をY方向に偏向させる磁場を発生する。第1の電磁石4および第2の電磁石5は、交流電源(図示せず)に接続され、また、粒子線照射装置1全体を制御する制御装置(図示せず)によって制御されている。更に、第1の電磁石4と、第2の電磁石5とは連結されて回動手段6により所定の角度に回動される。
【0018】
制御装置により制御された交流励磁電流を第1の電磁石4および第2の電磁石5に流して、荷電粒子ビーム3にX方向およびY方向に周期的に変化する磁場を与えることによって、荷電粒子ビーム3をX、Y方向に走査させながら標的Tに向けて照射することができる。これにより、直径1cm程度の荷電粒子ビーム3を、より広い範囲に照射することが可能になる。
【0019】
第2の電磁石5の下流にあるリッジフィルタ15は、アルミ板等をリッジ(峰)状に切削加工した部材を複数枚組み合わせたものである。リッジフィルタ15は、峰状のアルミ板等の厚み分布の違いを利用して荷電粒子ビーム3の飛程距離に分布を生じさせて、標的Tの深度方向に対して荷電粒子ビーム3のブラッグピークの分布を広げる機能を有する。
【0020】
リッジフィルタ15の下流にあるレンジシフタ16は、厚さの異なる複数のエネルギ吸収板により標的T内部への到達深度を一様に短縮するものである。これにより、標的Tよりも深い所にある正常組織まで荷電粒子ビーム3が達することが防止される。
レンジシフタ16の下流にあるコリメータ17は、標的Tのレンジシフタ16側から見た断面形状に対応した開口部を有する。これにより、荷電粒子ビーム3の一部を遮断して、標的Tの形状に適合した照射野を形成することができる。コリメータ17に多葉コリメータ12(図4参照)を用いれば、1つの装置で種々の形状の標的Tに対応することができる。あるいは、標的Tの形状毎にコリメータ17を作製することもできる。
【0021】
レンジシフタ16の下流にあるボーラス18は、標的Tの深さ方向の奥の部分の形状に倣った形状の凹部を有する装置である。これにより、荷電粒子ビーム3の標的T内部への到達深度を標的Tの奥の部分の形状に合わせることができ、標的Tの奥の部分で隣接する正常組織にまで荷電粒子ビーム3が照射されることを防止できる。
本実施形態では、コリメータ17とボーラス18は連結されて、回動モータ9により照射野形成電磁石2と同一の角度だけ回動させることができる構成となっている。
【0022】
なお、リッジフィルタ15、レンジシフタ16、コリメータ17、ボーラス18の配列順序は本実施形態に限定されるものではない。第1の実施形態で、照射野形成電磁石2とコリメータ17、ボーラス18とは各々別のモータで回動させる構成として説明したが、一台のモータでリッジフィルタ15、レンジシフタ16も含めて回動させる構成とすることもできる。
【0023】
また、タンタル、鉛等からなる散乱体19を設けて、荷電粒子ビーム3を拡径することにより、さらに大きな一様照射野を形成することができる。散乱体19は例えば、偏向電磁石20と第1の電磁石4との間、あるいは第2の電磁石5の下流に設けることができる。散乱体19の厚みを決定するときは、散乱体19の厚みを増すと荷電粒子ビーム3が標的T内部に到達可能な最大深度(残飛程)が減少することを考慮することが好ましい。
【0024】
本実施形態の回動手段6は、図2に示すように照射野形成電磁石2を構成する第1の電磁石4を保持するフレーム8の周囲に形成されたギヤ10と、モータ7に接続されたギヤ11とを噛合させて所定の角度だけ回動させる構造となっている。第1の電磁石4と第2の電磁石5は荷電粒子ビーム3を互いに直行する方向に偏向させるように連結され一体で回動されるので、発生させる磁場が直交する状態が維持される。なお、照射野形成電磁石2の回動角度の制御は、モータ7の回転数を検出して行なうこともできるし、別途センサを設けてパルスカウント等で回動角度を検出して行なうこともできる。
【0025】
次に、本実施形態の粒子線照射装置1を用いて形成される、実効的に大きな照射野について説明する。
拡大照射法において、照射野形成電磁石2の最大偏向角を最大限に利用した照射野の形成は、例えば荷電粒子ビーム3を標的Tに対してリサージュ図形を描くように照射することで達成できる。リサージュ図形とは、互いに垂直な方向の単振動を合成した2次元運動が描く図形をいう。単振動は正弦波、余弦波、あるいは三角波によって発生させることができる。
【0026】
一例として、図3に周波数の異なる正弦波の交流電流を第1の電磁石4と第2の電磁石5に流したとき得られるリサージュ図形を示す。図3から分かるように、リサージュ図形を描くようにして照射することにより、ほぼ正方形の照射野を形成することができる。なお図3は、tを時間として、第1の電磁石4にX=sin7t、第2の電磁石5にY=sin6tなる周波数の異なる交流電流を流したときに描かれるリサージュ図形である。
【0027】
ここで、図4のように、破線で示したリサージュ図形による照射野13より標的Tが大きい場合、照射野形成電磁石2を、回動手段6により所定の角度だけ回動させ、標的Tをリサージュ図形による照射野13の範囲内に入れる。そして、コリメータ17、ボーラス18を設定することにより、標的Tの形状に適合した照射野を形成することができる。
これにより、実効的に大きな照射野を形成することができ、標的Tに対して荷電粒子ビーム3を2回に分けて照射する必要がなくなり、照射野の重複による放射線量の過不足の発生を防止することができる。
【0028】
本実施形態では、照射野形成電磁石2を連続的に回転させる必要はなく、標的Tが照射野の範囲内に入るまで回動させれば足りる。回動可能な角度は360°であってもよいし、90°であっても本発明の目的を達成することができる。従って、回動手段6に大きな出力のモータ等は不要である。また、第1の電磁石4、第2の電磁石5への配線も回転を前提に設計する必要は無いので、簡単な構造とすることができる。
【0029】
次に、図5を参照して第2の実施形態について説明する。第2の実施形態では、三次元スポットスキャニング法で照射野を形成する場合について説明する。
図5にように、本実施形態に係る粒子線照射装置1は、偏向電磁石20と、第1の電磁石4および電磁石5を有する照射野形成電磁石2と、レンジシフタ16と、回動手段6とを含んで構成されている。各装置の機能は第1の実施形態と同じなので、説明は省略する。
【0030】
本実施形態の三次元スポットスキャニング法では、照射野形成電磁石2により荷電粒子ビーム3の進行方向を偏向させ、予め設定されている標的Tの各スポット14、14、・・・に順次照射する。第1の電磁石4および第2の電磁石5の磁場を調整することにより荷電粒子ビーム3を偏向させて照射位置を調整し、照射位置の移動中は高速キッカー電磁石(図示せず)により荷電粒子ビーム3の照射は行なわない。
【0031】
本実施形態における照射野形成電磁石2の最大偏向角は、互いに直交する第1の電磁石4および第2の電磁石5の最大偏向角により規定される。従って、三次元スポットスキャニング法で荷電粒子ビーム3を照射可能な範囲は、第1の電磁石4および第2の電磁石5の最大偏向角により規定される正方形で囲まれる範囲内に限られる。
ここで、荷電粒子ビーム3を照射可能な「正方形で囲まれる範囲」よりも標的Tの方が大きいときは、第1の実施形態と同様、照射野形成電磁石2を、回動手段6により所定の角度だけ回動させることにより、標的Tを荷電粒子ビーム3が照射可能な範囲内に入れる。これにより、実効的に大きな照射野を形成することができ、標的Tに対して荷電粒子ビーム3を2回に分けて照射する必要がなくなり、照射野の重複による放射線量の過不足の発生を防止することができる。
【0032】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は前記実施形態には限定されない。例えば、第1および第2の実施形態では、X方向とY方向とは直交するものとして説明したが、X方向とY方向との関係は直交する場合に限られず、荷電粒子ビーム3を異なる2方向成分を含んで偏向させて照射野を形成できる関係であればよい。従ってX方向とY方向との成す角度を例えば80°にすることができる。
【0033】
また、第2の実施形態では、レンジシフタのみを使用する場合を示したが、リッジフィルタを用いて標的Tの深度方向に対して荷電粒子ビーム3のブラッグピークの分布を広げることもできる。あるいは、散乱体19により荷電粒子ビーム3のビーム径を拡径することもできる。
【0034】
また、第1および第2の実施形態において、第1の電磁石4と第2の電磁石5が一体である場合を例に説明したが、第1の電磁石4と第2の電磁石5とにそれぞれ回動手段を設け、各々独自に回動可能とすることもできる。このようにすると、一つのモータの負荷を少なくするができる。この場合、二つの電磁石は制御装置により同時に回動させてもよいし、順次回動させてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】第1の実施形態に係る粒子線照射装置の構成を表す概念図である。
【図2】実施形態に係る回動手段の斜視図である。
【図3】リサージュ図形の一例を表す図である。
【図4】リサージュ図形による照射野より標的の方が大きい場合を示す図である。
【図5】第2の実施形態に係る粒子線照射装置の構成を表す概念図である。
【図6】照射野形成電磁石の概念図である。
【符号の説明】
【0036】
1 粒子線照射装置
2 照射野形成電磁石
3 荷電粒子ビーム
4 第1の電磁石
5 第2の電磁石
6 回動手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加速器で加速された荷電粒子ビームを照射野形成電磁石により走査させながら照射野を形成する粒子線照射装置において、
前記照射野形成電磁石を前記荷電粒子ビームの入射軸を中心として所定の角度に回動させる回動手段を備え、
前記照射野形成電磁石は、
前記荷電粒子ビームを前記入射軸方向に直交するX方向に偏向させる第1の電磁石と、
前記入射軸方向に直交し前記X方向とは異なるY方向に偏向させる第2の電磁石と、
を備えることを特徴とする粒子線照射装置。
【請求項2】
拡大照射野形成法で前記照射野を形成することを特長とする請求項1に記載の粒子線照射装置。
【請求項3】
スポットスキャニング法で前記照射野を形成することを特長とする請求項1に記載の粒子線照射装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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