説明

糸状菌およびその用途

【解決手段】リゾプス ミクロスポラス 変種 オリゴスポラス株(Rhizopus. Microsporus. Var. oligosporus)またはその変異株またはその変異株の属に属する微生物。
【効果】本発明によれば新規な微生物およびその変異株が提供される。この新規微生物およびその変異株を用いて美味しいテンペを製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リゾプス ミクロスポラス 変種 オリゴスポラス株(Rhisopus. Microsporuus. Var. oligosporus)またはその変異株またはその変異株の属に属する微生物およびその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
テンペ(Tempeh)は、東南アジアなどで食される大豆醗酵食品であり、栄養のバランスがよく、しかも栄養価が高いことから、日本でも健康志向などからテンペが食されるようになってきている。このようなテンペは、東南アジアで食される大豆醗酵食品であり、ラギーテンペと呼ばれている。このラギーテンペは、例えば煮豆にテンペ菌を植菌して醗酵させることにより製造される。
【0003】
このようなラギーテンペには、多数のテンペ菌が混在しており、雑菌も多く、このために、ラギーテンペでは、安定した品質を得ることが難しいという問題がある。
現在、テンペ(Tempeh)を分離源としてNBRCへの供試菌株は、4種類(NBRC8631、NBRC32002,NBRC32003,NBRC31987)であり、いずれもリゾプス オリ
ゴスポラス属(Rhizopus. oligosporus)の菌株である。
【0004】
これらの菌株を煮豆に植菌して醗酵させることにより、テンペを製造することができるが、得られたテンペの後味が悪い、苦味・エグミがある、醗酵中に胞子化しやすいなどの問題がある。
【0005】
また、工業的に製造された市販のテンペは、別のリゾプス オリゴスポラス属(Rhizopus. oligosporus)の菌株を用いたもの、リゾプス属(Rhizopus.)の菌株を用いたものなどがあるが、これらにも、苦味があり後味が悪い、醗酵中に胞子化しやすいなどの問題がある。
【0006】
そこで、実際に東南アジアなどで製造されているラギーテンペからテンペ菌を分離して煮豆に植菌してテンペを製造しようとしたが、ラギーテンペには種々雑多なテンペ菌が生息しており、またテンペ菌以外の菌も多数生息しており、このようなテンペから採取した菌類をテンペ製造のスターターとして使用しても、得られるテンペ菌の特性が安定せず、品質の安定したテンペを工業的に製造することができない。
【0007】
なお、テンペあるいはテンペ菌に関しては特許文献1、特許文献2、非特許文献1などに記載がある。
【特許文献1】特開2004-236523号公報
【特許文献2】特開2005-198584号公報
【非特許文献1】「テンペスターターについて」今野宏;大豆月報8/9合併号、13(1995)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者は、品質が安定しており、美味しくテンペを製造するために、上記のようなラギーテンペに生息している菌類を分離源として探索したところ、新規なテンペ菌を発見し、しかもこの菌が安定に育成され得ることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、品質が安定していて美味しいテンペを安定的に製造することがで
きる新規なテンペ菌を提供することを目的としている。
さらに、本発明は、この新規なテンペ菌の用途などを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、リゾプス ミクロスポラス 変種 オリゴスポラス株(Rhisopus. Microsporuus. Var. oligosporus)またはその変異株またはその変異株の属に属する微生物にある。
【0011】
この微生物またはその変異株は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターにFERM AP-20492号の受託番号で寄託されたリゾプス オリゴスポラス
アイケイ001株(Rhisopus. Oligosporus ik-001)である。
【0012】
さらに本発明は、上記のような微生物またはその変異株をテンペ菌として用いるテンペの製造方法といったこの微生物またはその変異株の用途を提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、新規な微生物またはその変異株が提供される。この微生物またはその変異株は、テンペの製造に用いることができる。
この微生物あるいはその変異株を、煮豆に植菌して醗酵させることにより、テンペを製造することができる。しかも、この新規な微生物あるいはその変異株を用いることにより、醗酵中にこの微生物あるいはその変異株は、胞子化しにくいので、テンペを安定した状態で製造することができる。しかも、製造されたテンペは甘く食べやすい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
次の本発明の微生物あるいはその変異株(すなわち、新規なテンペ菌であるIK菌)及びその分離、培養および用途について実施例を示して具体的に説明する。
本発明の新規なテンペ菌の一つであるIK菌は、次のようにして得たものである。
【0015】
ラギーテンペ(Ragi tempeh)の試料約1gを10mlの滅菌生理食塩水に懸濁し、この懸
濁物100μリットルを、PDA(ポテトデキストロース寒天培地)平板培地に塗抹し、3
0℃で24時間培養した後、分離した糸状菌を再度PDA平板培地に塗抹し、純化する工程
を繰り返して、本発明の微生物IK菌を得た。
【0016】
なおここで使用したPDA(ポテトデキストロース寒天培地)平板培地は、
ポテトデキストロース寒天培地(日水製薬(株)製)39gを、RO水1000ml(pH6
.0)に加えた塗布液を平板に塗布したものである。
【0017】
また、後述する2%MA培地は、Malt Agarであり、Bacto Malt, Extract 20gと、Ager Powder 15gとを、RO水1000ミリリットルに分散して塗布した培地である。
さらに、OAはOatmeal Agarであり、Bacto Oatmeal Agar 75gをRO水1000ml(pH6.0)に分散させた分散液を塗布した培地である。
【0018】
またさらに、LCAは、三浦培地であり、ブドウ糖を1gと、KH2PO4を1gと、MgSO4
7H2Oを0.2g、KClを0.2gと、NaNO3を2gと、酵母エキスを0.2gと、寒天を13gとを、RO水1000ml(pH7.0)に分散し、これを塗布して形成された培地で
ある。
【0019】
上記のようにして得られた本発明のIK菌についての特性を調べた。
(1)培地性状および形態観察結果
上記のようにして得られたIK菌を、PDA、2%MA、OA、LCAの各平板培地に接菌に、25
℃で1週間の培養を行い、コロニーの巨視的特徴の観察を肉眼および実体顕微鏡を用いて行った。
【0020】
その結果、本発明のIK菌株には、次表1のような特徴が認められた。
PDAとOA平板培地では、気中菌糸の発達が顕著であった。
OAとLCA平板培地では、胞子嚢の形状がよく、その熟成度合いもPDA培地や2%MA培地に比べると早い傾向があった。
【0021】
【表1】

【0022】
(2)微視的観察結果
IK菌をPDA平板培地に接種し、25℃で1週間の培養後、菌体を直接採取してプレパラ
ートを作成し、微分干渉顕微鏡を用いて観察した。
結果
・生殖器官
無性生殖器官
胞子嚢柄:栄養菌糸から単生・直立し、長さは150〜500μmである。
仮根:単純なものから複雑なものまである。
胞子嚢:球状であり、幅は50〜110μmである。
柱軸:亜球状〜卵形、大きさは26〜60μm×30〜53μmである。
胞子嚢胞子:胞子嚢胞子は、球状、亜球状〜卵形、1細胞は、7.5〜20μm×6.3〜10μmであり、平滑もしくはやや粗面、未成熟時には無色であり、成熟した胞子嚢胞子の塊は暗褐色を呈する。
有性生殖器官
接合胞子の形状は確認できなかった。このことは、ヘテロタリック株であることを示唆している。
(3)生理学的性質
生育温度実験
PDA平板培地を用いて、25℃、30℃、35℃、40℃、45℃、50℃の各温度で
培養した結果、25℃〜45℃までの温度範囲でコロニーの広がる様子が認められた。50℃では生育が認められない。最適生育温度は35℃付近である。
生育pH試験
pH値を、2,3,4,5,6,7,8および9に調整したPDA平板培地を用いて、30℃でえ培養した結果、pH値3〜9の範囲で生育が認められ、pH値2では生育しない。最適pH値は5〜6である。
【0023】
上記のような形態的特徴を踏まえて、Arx(1981)、Samoson et al (2000)に記載
されている菌類の検索表およびRhizopus属のモノグラムであるSchipper(1984)およびSchipper and Stalpers(1984)に記載されている検索表を用いて、本検体の同定を行った。そ
の結果、本検体は接合菌類に属するリゾプス ミクロスポラス 変種 オリゴスポラス株(Rhizopus. microsporus. var. oligosporus)であると推定した。
【0024】
本発明のIK菌が新種と考えられる理由は次の通りである。
リゾプス ミクロスポラス 変種 オリゴスポラス株(Rhizopus. microsporus. var. oligosporus)4種類(NBRC保存菌株)および本件のIK菌のテンペ菌スターターを調製し
、定法に従ってテンペを製造した。その結果、いずれの菌株も16時間経過後に薄い菌糸が認められ、21時間後に菌糸が豆を充分に覆うことが確認された。
【0025】
しかしながら、21時間醗酵後にはNBRC由来の4菌株のテンペでは胞子化が認められ、外観が劣ることがわかった。
これに対して本発明のIK菌は48時間経過後も胞子化は認められず、良好なテンペが製造できることを確認した。
【0026】
なお、この菌株は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託申請され、平成17年4月7日、受託番号FERM AP-20492号として受託されてい
る。
【0027】
以上、テンペ製造の菌株として好適なIK菌株について説明したが、一般的には菌類の菌学上の性状は変化することもある。菌類は、自然的あるいは通常行われている紫外線照射、X線照射、変異誘発剤(例えば、亜硝酸、N−メチル−N'−ニトロ−N−ニトロソグ
アニジン(NTG)、ナイトロジェン・マスタード、2−アミノプリン、アザセリンまたはエチルメタンスルホネートなど)または遺伝子組換えを用いる人為的変異手段により変異することは周知の事実である。このような自然変異株ならびに人工変異株も含め、リゾプス ミクロスポラス 変種 オリゴスポラス株(Rhisopus. Microsporuus. Var. oligosporus)またはその変異株またはその変異株の属に属する微生物の菌株は、すべて本発明の菌株に包含される。
【0028】
本発明のIK菌は、例えば以下のようにして多量培養が可能である。
〔テンペ菌の大量培養〕
テンペ製造のスターターとなるテンペ菌の大量培養を次のようにして行った。
【0029】
(1) ポテト培地でテンペ菌を培養しておく(30℃で1週間、黒い胞子ができる)

(2)計量した白米と軽くとぎ、3〜4時間吸水させる(白米1kgで大きい培養皿2枚
と小さい培養皿1枚分になる)。
(3)白米をざるにあけて水を切り、培養皿に入れて蓋をし、アルミニウム箔で覆ってオートクレーブにかけて121℃で15分間加熱する(米は茶色っぽくなる)。
【0030】
(4)滅菌処理済みの割り箸で、上記(1)においてポテト培地で培養したテンペ菌の黒い胞子を採り、クリーンベンチの上で滅菌済みの白米に塗りつける。
(5)30〜35℃で5〜8日間培養する(黒い胞子ができる)。
【0031】
培養皿毎に−70℃の冷凍庫に入れ、凍結させる。
(6)容器毎に凍結乾燥機に入れ、凍結乾燥する(+30℃で3〜4日)。
(7)取り出して中身をビニールに入れ重さを量る。このものはサクサクしている。
【0032】
(8)これをミキサーで粉砕する。この粉砕物を小分けして保存する。
本発明のIK菌を用いてテンペを製造する際には、通常の方法に従ってテンペ種菌(スターター)を製造することができる。
【0033】
本発明のIK菌を用いてテンペの製造は、例えば以下のようにして行う。
〔テンペの調製法(半割れ大豆1kgを用いた場合〕
1)半割大豆(タチナガハ)または脱皮大豆に水を加えて、一晩浸漬する。
【0034】
2)酢酸15mlを沸騰水3リットルに添加した後、上記1)の浸漬大豆を加え、14分間煮熟する。
3)湯を捨てて、大豆を40℃以下になるまで冷却する。
【0035】
4)テンペ菌2g/煮豆1kgの割合で、植菌して、混合する。
5)大豆、約80gを穴開き袋に充填し、シール後、相対湿度8−%、温度32℃で22〜23時間醗酵させる。
【0036】
6)醗酵終了後、テンペを耐熱性袋に入れて真空包装後、100℃で30分間殺菌することによりテンペが製造することができる。
次に本発明のテンぺ菌である微細物(IK100株)を、上記〔テンペの調製法(半割れ大
豆1kgを用いた場合〕によりテンペを製造した。このようにして製造されたテンペをRとする。これとは別に市販のテンペ二種類を用意した。この市販品1をPとする。市販品2をQとする。
〔テンペの官能試験〕
上記のようにして揃えた本発明のIK100菌を用いて製造したテンペをRとして、t検
定を行い、サンプル数n=50の試料で、市販のテンペ1(P)、市販のテンペ2(Q)と
味覚の官能試験を行った。その結果を表2〜5に示す。
【0037】
【表2】

【0038】
【表3】

【0039】
表3の有意差検定
T=50(3+1)/2=100
S=(148-100)2 +(82-100)2 +(70-100)2 =3528
W=12×3528÷502×(33-3)=0.7056
F0=(50-1)0.7056/1-0.7056=117.4402
F1=3-1-2/50=1.96
F2=(50-1)×1.96=96.04
F表よりF(2,96;0.01)=5.18〜4.98<F0
上記の値から危険率1%で有意差あり
したがって、本発明のIK菌を用いて製造された生テンペは、市販品1、市販品1よりも美味しい。
【0040】
【表4】

【0041】
表4の有意差検定
T=50(3+1)/2=100
S=(147-100)2 +(88-100)2 +(65-100)2 =3578
W=12×3578÷502×(33-3)=0.715
F0=(50-1)0.715/1-0.715=122.9298
F1=3-1-2/50=1.96
F2=(50-1)×1.96=96.04
F表よりF(2,96;0.01)=5.18〜4.98<F0
上記の値から危険率1%で有意差あり
【0042】
【表5】

【0043】
したがって、本発明のIK菌を用いて製造された焼きテンペは、市販品1、市販品1よりも美味しい。
上記のように本発明のIK菌を用いて製造されたテンペは、生テンペ、焼きテンペのいずれも市販のテンペ1,2よりも美味しいことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明によれば、ラギーテンペから新規な微生物(IK100株)が提供される。
この微生物(IK100株)を用いることにより、非常に美味しいテンペを製造することが
できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リゾプス ミクロスポラス 変種 オリゴスポラス株(Rhisopus. Microsporuus. Var.
oligosporus)またはその変異株またはその変異株の属に属する微生物。
【請求項2】
独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターにFERM AP-20492
号の受託番号で寄託されたリゾプス オリゴスポラス アイケイ001株(Rhisopus. Oligosporus ik-001)。
【請求項3】
上記請求項1または2に記載の微生物またはその変異株を用いて製造されたテンペ。
【請求項4】
上記請求項1または2に記載の微生物またはその変異株をテンペ菌として用いるテンペの製造方法。

【公開番号】特開2007−110946(P2007−110946A)
【公開日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−304682(P2005−304682)
【出願日】平成17年10月19日(2005.10.19)
【出願人】(392013763)くめ・クオリティ・プロダクツ株式会社 (10)
【出願人】(591106462)茨城県 (45)
【Fターム(参考)】