説明

糸状菌の発芽促進剤

【課題】昆虫病原糸状菌Nomuraea rileyi(以下、「N.rileyi」)の分生子発芽促進剤の提供。
【解決手段】カイコの溶媒抽出物からなるN.rileyiの発芽促進剤。カイコの溶媒抽出物として、カイコ煮汁を利用する。これにより、N.rileyiを効率的に培養することができ、N.rileyiを含む天敵微生物農薬を得ることができる。特に、鱗翅目、直翅目、半翅目および鞘翅目などの昆虫駆除のための農薬として有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、昆虫病原糸状菌Nomuraea rileyi(N.rileyiとも記す)の発芽(分生子発芽)促進剤およびその製造方法、さらに該発芽促進剤を含む培地、培養方法および天敵微生物農薬に関する。
【背景技術】
【0002】
天敵微生物を利用するという微生物農薬の考えは古くからあるが、最近、食の安全、持続的農業などへの関心から再び注目されてきている。天敵微生物として糸状菌はよく知られており、糸状菌の培養方法も提案されている。たとえばバーミキュラライト(特許文献1参照)などの無機質素材、ピートモス、木炭、パルプ、油粕、魚粕、骨粉、炭粉、貝化石、カニ殻、卵殻、腐葉土、ふすま、ビール粕などの固形物を混合した培地が知られている。糸状菌類の膨潤分生子にコルヒチンおよび/またはトリコスタンを加えて静置培養する糸状菌類の高次同質倍数体の製造方法(特許文献2参照)の提案がある。
【0003】
またトリコデルマ属(Trichoderma)などの農薬成分として好適な糸状菌の液体培地として、ポテト・デキストロース液体培地、グルコース・ペプトン液体培地、レシチンとポリソルベート80加グルコース・ペプトン液体培地、ソイビーン・カゼイン・ダイジェスト液体培地などが知られている(特許文献3参照)。栄養菌糸の増殖時にコーンスティープリカーを添加し、栄養菌糸を増殖させ、得られた栄養菌糸を気中に静置して分生子を大量に形成させる方法が提案されている(特許文献4参照)。クログワイ選択的除草活性を有するハイフォミセーテス新属菌を、炭素源、窒素源、硫酸マグネシウム、塩化カリウム、燐酸一カリウム、酵母エキス、ペプトンを特定量で含む培地にオートミルを添加する液体培地で通気撹拌培養する大量培養法(特許文献5参照)、植物病原性糸状菌Drechslera monocerasを発泡担体および炭素数12〜22の脂肪酸またはそのエステルを添加した液体培地で好気的に培養する方法(特許文献6参照)の提案もある。
【0004】
昆虫病原糸状菌を効率的に生産するための培地として、酵母エキスおよびマンニトールを主成分とした寒天培地がある(特許文献7参照)。
【0005】
昆虫病原糸状菌は昆虫に寄生することにより昆虫を死に到らしめる昆虫天敵糸状菌であり、一般には、ボーベリア(Beauveria)、メタリジューム(Metarhizium) 、バーティシリューム(Verticillium) 、ペーシロミセス(Pae-cilomyces)、エントモフトラ(Entomophthora)などが、鱗翅目昆虫・鞘翅目昆虫・半翅目昆虫・アザミウマ目昆虫などに特に病原性が高いことで知られている。昆虫病原糸状菌を利用する害虫管理は、たとえば1933年頃からBeauveria bassianaがマツカレハの防除への利用が検討され、1987年、Metarhidium anisopliaeがコガネムシ類の防除に使用されるなど古くから検討されている。しかしながら実験室レベルでは殺虫活性が非常に高くその効果も期待されるのに対し、野外では効果の発現が遅く、このため自然条件に影響されやすく、乾燥、紫外線、脱皮等により効果が不安定になりやすいという課題を有している。
【0006】
このため昆虫病原糸状菌は、水平伝搬により二次的感染が期待できるという一般的特徴に加え、寄主範囲が広いという長所を有するにも拘らず、化学農薬に比して取り扱いが煩雑で、かつ二次的植物病害が懸念されるなどの問題のため、普及が進まないのが現状である。製品化されたものは多くなく、国内では、先のBeauveria bassianaを有効成分とする製剤(商品名「ボタニガードSE」)、Verticillium lecaniiを有効成分とする製剤(商品名「バーターレックス」)などである。
【0007】
昆虫病原糸状菌のうちでも、Nomuraea rileyi(以下、N.rileyi)はカイコの緑きょう病菌として知られ、鱗翅目(チョウ目)で30種(カイコ、ハスモンヨトウ等)、直翅目(バッタ目)で2種(クビキリギリス等)、半翅目(カメムシ目)で1種(イネクロカメムシ)、鞘翅目(甲虫目)で1種(ウバタマムシ)の感染が確認されている(非特許文献1参照)。N.rileyiは、ハスモンヨトウおよびオオタバコガ等の近年問題となっているヤガ科の害虫に殺虫活性を有することが確認されている。このため、N.rileyiは実用化が望まれ、研究が続けられているが、国内では天敵微生物農薬として実用的な製剤化に至っていない。
【0008】
昆虫病原糸状菌は、胞子の発芽から寄主への侵入にいたる感染が成立する時間に微生物にとって適温適湿等の好適環境が維持されなければならないことなどに起因して、一般的には「菌の発芽を誘導するために使用2時間くらい前に水で懸濁する」、「好適条件(湿度80%以上、18℃から28℃)を10時間以上維持する」などの使用条件が求められる。特に、N.rileyiの感染時間については、表1に示すようなカイコでの既存のデータが有り、それによれば、経皮侵入の可能性があるのは早くとも付着後12時間以降であるとされ、12時間以前には感染できないとされている(非特許文献2〜6など参照)。
【0009】
【表1】

【0010】
【特許文献1】特開平7−155056号公報
【特許文献2】特開平8−275770号公報
【特許文献3】特願2002−233358号公報
【特許文献4】特開平9−313168公報
【特許文献5】特開平5−153967号公報
【特許文献6】特開平7−79784号公報
【特許文献7】特開平6−261742号公報
【非特許文献1】天敵微生物の研究手法、日本植物防疫協会、1993年、p201〜215
【非特許文献2】伊与田茂、「日蚕雑.9」、1938年、p296
【非特許文献3】横川正一・島田一、「埼玉県蚕試研究要報(26)」、1953年、p1−13.
【非特許文献4】河上清・三国辰男、「蚕糸研究.56」、1965年,p35−41
【非特許文献5】青木清、昆虫病理学、昭和32年、p47
【非特許文献6】有賀久雄、昆虫病理学汎論、昭和48年、p502
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記のような現状に鑑み、昆虫病原糸状菌のうちでも特にN.rileyiの発芽促進剤、その製造方法、さらに発芽促進剤を含む昆虫病原糸状菌を発芽誘導するための培地、培養方法および天敵微生物農薬などを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、昆虫病原糸状菌を害虫管理に応用するため、数種の昆虫病原糸状菌を用いて害虫に対する経皮感染所要時間を検討するうちに、N.rileyiの経皮感染所要時間について、従来一般的と考えられているとは異なる知見を得た。具体的には、昆虫病原糸状菌を用いて害虫(ハスモンヨトウ)に対し、野外での使用を検討するための基礎的データの収集を目的として、虫体表面に分生子が付着して感染が成立するまでを推定する実験を実施した。その結果、分生子が付着し6時間後に感染が成立することを示唆するデータが得られた。この感染時間は、従来、カイコについて付着後12時間以前に感染できないとされていた先の河上らの報告よりもずっと早い。
【0013】
これについて、より詳細な検討では、SMY培地(典型例:ショ糖1%,麦芽エキス1%,酵母0.4%)でのN.rileyiの分生子発芽が観察されるのは、培養開始から10時間後からであり、12時間以降であるとされるこれまでの研究報告と変わらない。これに対し、上記虫体表面への感染、およびSMY培地での感染の観察から、これまでの昆虫病原糸状菌の感染についての常識を改める必要性があることを認識した。すなわち、このことから「昆虫の中に昆虫病原糸状菌の発芽を促進し、寄生のための代謝を誘導している物質が存在している」ことが推察された。
【0014】
これらの知見に基づき、後述の実施例にも示すように、N.rileyi において昆虫の天然抽出物を添加すると通常の培地と比較し分生子の発芽所要時間が半分以下になった。具体的には、SMY培地にカイコの水抽出物を添加することにより、発芽は培養開始3時間後から観察され、河上らが示したものよりも早く感染が成立していることが推察された。また、N.rileyiの分生子発芽に対する一般的理解「適当な温湿度を得ると10時間くらいで膨大し、15〜20時間で主として胞子の一端から発芽管を出す」(非特許文献5、6)をも覆すデータを得たことになる。
【0015】
N.rileyiの発芽誘導物質(生理活性物質)を見つけることができれば、ハスモンヨトウ(農業害虫)などの害虫への効率的感染に効果的である。N.rileyiの虫体に対する経皮感染所要時間を明らかにすることは、昆虫病原糸状菌の害虫管理応用の場面において、糸状菌を散布した後、胞子発芽までの好適条件を維持する時間を予想するのに重要であると考えられたことによる。もし、散布前に園芸栽培で行う芽だしのような前処理をして寄生準備のできた胞子を散布することができれば、散布後の保湿と併せさらに速やかな感染成立が期待される。
【0016】
糸状菌の応用において、特定の物質が糸状菌の発芽を早めるという現象を利用した例はなく、特に、 N.rileyiについての例はない。また、水だけでなく、カイコの各種溶媒抽出物でも、 N.rileyiの発芽を促進する作用を示すことがわかった。このようなカイコに含まれる生理活性物質は、 N.rileyiの寄主(昆虫)認識に関して重要な役割を担うとともに寄生のため発芽等の代謝を誘導していると考察される。しかも発芽時間を大幅に短縮させるという新規の重要な生理活性を有し、N.rileyiを天敵微生物農薬として応用する際に独創的効果が期待される。
したがって本発明では、カイコの溶媒抽出物を N.rileyiの発芽促進剤として提供する。さらにこの発芽促進剤の製造方法、 N.rileyiを効率的に培養するための発芽促進剤を含む培地、培養方法および天敵微生物農薬なども提供することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、微生物農薬に有効な昆虫病原糸状菌の発芽促進剤が提供されるだけでなく、製糸工程で廃液として排出されるカイコ煮汁を有効利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明では、対象糸状菌として、昆虫病原糸状菌として知られているノムラエア属(Nomuraea)、なかでもNomuraea rileyiが好ましく挙げられる。
【0019】
本発明において、発芽とは全分生子の伸長をいう。分生子は、分生胞子とも称される糸状菌類にみられる無性的な胞子の1種で、分生子柄上に生じ、球形、長円形、線形その他いろいろな形状をとり、細胞壁は厚膜胞子と異なり、あまり厚くない。一般に糸状菌胞子は1個当り2〜10μmの大きさを有する。この大きさは菌種によって異なるが、同一菌ではほぼ一定で、一般に培地組成や培養法によって大きく変わることはないとされている。
【0020】
本発明に係る N.rileyiの発芽促進剤は、カイコの溶媒抽出物からなる。抽出溶媒は、水および有機溶媒、たとえば、ヘキサン、クロロホルム、エーテル、アセトン、アルコール(n-ブタノール、エタノール、メタノールなど)、ピリジン、酢酸などの極性、非極性の有機溶媒を広く用いることができる。有機溶媒を含む水系溶媒としてもよい。このうちでも、発芽促進剤の有効成分である発芽誘発物質(以下、生理活性物質とも記す)の抽出効率の点から、水、アセトンが好ましく、このうちでも、産業上の実用面から水が特に好ましい。
【0021】
産業的には、具体的にカイコの水抽出物として、製糸工程で排出されるカイコ煮汁が挙げられる。カイコ煮汁をそのまま濃縮して用いてもよい。
また吸着剤を用いてカイコ煮汁から生理活性物質を回収することができる。吸着剤としては、メタクリル系合成吸着剤(商品名HP2MG)を用いることができ、メタノール/水などの極性溶媒で流出させて生理活性物質を回収することができる。
この生理活性物質は、分子量約1000以下の非ペプチド性化合物と推定されている。
【0022】
本発明に係る N.rileyi増殖用培地は、上記発芽促進剤(生理活性物質)を含む。培地は、固体(寒天)、液体のどちらの形態でもよいが、発芽促進剤の液体での使用がより有効であるため、液体培地が好ましい。培地は、従来公知の培地たとえばSMY培地などに発芽促進剤を添加したものであってもよい。
【0023】
本発明に係る N.rileyiの培養方法は、上記培地を使用する以外は、特に制限されず、通常の糸状菌培養条件にしたがって実施することができる。本発明の発芽促進剤、これを含む培地および培養方法によれば、昆虫病原糸状菌のうちでも、 N.rileyiの分生子の発芽を誘発し、発芽を早進することができる。
【0024】
本発明では、上記発芽促進剤と、 N.rileyiとを含む天敵微生物農薬を提供することができる。
また上記で培養された N.rileyiを含む天敵微生物農薬を提供することができる。上記で培養された N.rileyiは、散布前の発芽前処理がなされており、寄生準備のできた胞子を散布することができ、散布後の保湿と併せさらに速やかな感染成立が期待される。
農薬の製剤形態は、水和剤、水溶剤、乳剤、液剤または油剤の散布形態が挙げられる。
【0025】
前記したように N.rileyiの鱗翅目、直翅目、半翅目、鞘翅目などへの感染が確認されていることから、本発明の微生物農薬は、これら害虫、特に近年問題となっているハスモンヨトウ、オオタバコガ、ハスモンヨトウ、オオタバコガ、フタオビコヤガなどのヤガ科の害虫駆除のために有用である。
【実施例】
【0026】
次に本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
(実験例1)カイコ由来の生理活性物質
<材料>
カイコ:カイコ(交雑種:日137×支146)の蛹を80℃、24時間乾燥(乾繭率40〜45%)したもの。
使用菌株(分生子液):2004年にサツマイモほ場から採集したハスモンヨトウり病虫より分離した緑きょう病菌N.releyiの菌株(熊本県農業研究センターにおける整理番号:04-N-01株)を25℃、SMY固形培地で2週間培養した。形成した分生子を0.05%Tween40溶液にて10分生子/mL程度に懸濁した分生子液として供試した。
【0027】
<カイコの水抽出>
カイコを水抽出して生理活性物質を得た。すなわち、ホモジナイズした上記カイコ1gに対し水(ミリQ)5mLを加え、1分間ボルテックスにより常温で抽出した。その後5000rpm、10分間遠心し上清(カイコ抽出物)を得た。
【0028】
<生理活性物質の生物検定>
SMY固形培地(ペプトン10g、乾燥酵母エキス10g、マルトース40g、寒天15g、pH=7.0/1000mLの平板寒天培地)、およびこれに上記カイコ抽出物(培地容量の10%)を含むカイコ抽出物添加培地(PEAとも記す)の各固形培地について、分生子発芽の様子を観察した。SMYおよびPEA各培地の光学顕微鏡写真を図1に示す。培養開始からの経過時間を各写真中(右下)に示す。図1中、矢示Aは付着器、Cは分生子、Gは発芽管である。
培養時間に対する分生子発芽率を図2に示す。
[分生子発芽率の算出]
分生子発芽率(%)=(発芽管の伸長が確認された分生子数/調査分生子数)×100
【0029】
図1に示されるとおり、SMY培地で認められる発芽は、培養10時間経過後であるのに対し、カイコ抽出物添加培地(PEA)では、培養3時間で発芽が認められた。また、図2のグラフに示されるとおり、培地へのカイコ抽出物の添加により発芽が著しく促進されることが分かった。カイコ抽出物の有無により分生子発芽速度が大きく異なり、すなわち、カイコ抽出物の生理活性が認められるとともに、カイコ抽出物は緑きょう病菌N.releyiの分生子発芽を促進することが示された。
【0030】
(実験例2)
カイコ抽出物の発芽促進効果をさらに検証するため、各種濃度のカイコ抽出物による生物検定を行った。
実験例1の(1)で調製したカイコの水抽出液(上清)を基準溶液(×1)とする6段階(×1,×10-1、×10-2、×10-3、×10-4、×10-5、×10-6)の希釈溶液を調製し、SMY固形培地(実施例1と同じ)およびSMY液体培地(SMY固形培地から寒天を除いた培地:ペプトン10g、乾燥酵母エキス10g、マルトース40g、pH=7.0/1000mL)にそれぞれ含ませた(表2中「抽出液」)。使用した固形培地および液体培地を表2に示す。
【表2】

【0031】
各培地での培養開始10時間後の分生子発芽率を求めた。基準溶液の希釈倍率に対する分生子発芽率(%)のグラフを図3に示す。
また、プロビット法による半数の分生子が発芽した濃度(半数発芽濃度)を求めた。算出された半数発芽濃度を表3に示す。
なお、データが正規分布になっているかどうかはカイ2乗検定で行い、「実験データのκ」と「データの自由度(データ数K−2)におけるκ分布」の比較から行い、「実験データのκ」の方が小さい場合に直線性有りと判断し回帰直線の有効性を検証した。
【0032】
【表3】

【0033】
上記に示されるように、半数発芽濃度は、固形培地が3.83、液体培地が1.16×10-3であり、液体培地のほうが固形培地の3000倍以上の希釈で反応した。抽出液比率を考慮しても100倍以上の差があった。以上より、カイコ抽出物の分生子発芽促進効果は、固形培地よりも液体培地が有利であることが分かった。
【0034】
(実験例3)生理活性物質の抽出溶媒の検討
(1)抽出
<第一段>
実験例1と同様のホモジナイズしたカイコ--1gに対し、各溶媒(ヘキサン、クロロホルム、エーテル、アセトン、N-ブタノール、エタノール、メタノール、水、ピリジン、酢酸)5mLを加え、1分間ボルテックスにより常温で抽出した。その後5000rpm、10分間遠心し、上清100μLを、0.1MPa、60℃で30分間乾燥した。
<第二段>
乾固された抽出物に滅菌水100μLを加え、1分間ボルテックスした後、12000rpm、10秒間遠心し得られた水層を基準抽出液(=1)とした。
【0035】
(2)半数発芽濃度
直径7mmの平底マイクロプレート(96穴)に分生子液、抽出液、SMY液体培地を各10μLずつ分注し25℃で培養し、10時間後に分生子発芽率を調査した。ここでの抽出液として、実験例2と同様に、(1)で得られた基準抽出液を6段階(×1、×10-1、×10-2、×10-3、×10-4、×10-5、×10-6)希釈し、プロビット法による半数の分生子が発芽した希釈濃度を求めた。データの正規分布のカイ2乗検定、回帰直線の有効性検証も実験例2と同様に行った。各試験は4反復実施した。半数発芽濃度(4反復の平均)を図4および表4に示す。
【0036】
【表4】

【0037】
図4および表4に示すとおり、4反復の平均で、アセトン>水>N-ブタノール>エタノール>酢酸>メタノール>ヘキサン>ピリジン>クロロホルム>エーテルの順に、半数発芽濃度が低く、アセトンによる抽出が最も生理活性(発芽誘導活性)物質の収率が高いと考えられた。しかし最も高いアセトンと最も低いエーテルの間も60倍程度の活性の差であり、生理活性物質が、極性ないし非極性の幅広い溶媒に抽出されることがわかった。また表4に「水抽出に対する割合」欄に示されるとおり、産業利用で無害な水抽出でも、最も活性画分が高度に濃縮されたアセトン抽出に対し50%の活性画分回収が見込まれる。
【0038】
(実験例4)水系抽出溶媒からの分離法の検討
カイコの水系抽出物から吸着剤により生理活性物質を回収する方法として、吸着クロマトグラフィーを行った。
(1)サンプル液
実施例1と同様のホモジナイズしたカイコ300gに対し、アセトン1000mLを加え、1分間振とうし、一晩静止した上清300mLをロータリーエバポレーターで蒸留水を加えながらアセトンを留去した。得られた乳濁液200mLに対し同量のヘキサンを加え1分間激しく振とうしたのち50mL遠沈管8本に移し、3000rpm、15分の遠心分離で2層液を得た。上層のヘキサン層をアスピレーターで除き、水層と等量のヘキサンを加え3000rpm、15分の遠心分離で2層液を得た。同様の操作をもう一度反復し水層約200mLを得た。この水層全量について、以下の吸着カラムクロマトグラフィーを行った。
【0039】
(2)カラムクロマトグラフィー
・担体:メタクリル系合成吸着剤 HP2MG(三菱化学)
・カラム径30mm×高さ300mm
・流速:1〜2mL/min
・溶離液:100%水、20%メタノール、40%メタノール、60%メタノール、80%メタノール、100%メタノール、50%アセトン
・溶出:各溶離液500mLにより極性の高い順に溶離し、各溶出溶媒ごとに分画。
【0040】
(3)画分の調製
上記各画分の乾固物の重量を測定し1mg/mLの水溶液を調製した。得られた1mg/mLの水溶液を1×10-11mg/mLまで12段階に10希釈し各濃度に対する分生子発芽率を調査した。
【0041】
(4)生物検定
96穴平底マイクロプレートの各穴に(3)で調製したフラクション液10μL、分生子液10μLおよびSMY液体培地10μLを分注し25℃で培養し、10時間後に分生子発芽率を調査した。
【0042】
メタクリル系合成吸着剤についての結果を図5および表5に示す。
【表5】

【0043】
メタクリル系合成吸着剤を用いるクロマトグラフィーでは吸着されず素通りする画分においても5.85×10-2mg/mLの活性を示した。その後40%メタノール画分まで生理活性物質はほとんど溶出されず60%メタノール画分から溶出されはじめ80%メタノール画分において半数発芽濃度1.24×10-9mg/mLとサンプル液の約10倍と活性が高くなった。60%および80%メタノール画分の生理活性物質に対する量反応は回帰直線の傾きが小さく低濃度でも発芽促進の活性が維持されているのに対し、非吸着(素通り)、100%メタノール及び50%アセトン画分の生理活性物質に対する量反応は回帰直線の傾きが大きく1〜0.01mg/mL程度の濃度においては高い発芽率が観察されるものの濃度が低下するにつれて活性の低下が大きくなった。
上記から、水系溶媒からの生理活性物質はメタクリル系合成吸着剤(HP2MG)の80%メタノール画分での回収が効率的と考えられた。メタクリル系合成吸着剤は、製糸工場の廃液から生理活性物質を回収する場合に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】カイコ抽出物の添加または無添加培地によるN.rileyi分生子発芽の様子を示す光学顕微鏡観察像をコンピュータに取り込み印刷した図である。
【図2】カイコ抽出物によるN.rileyiの発芽促進効果を示すグラフである。
【図3】N.rileyiの分生子発芽を調査する生物検定法の比較を示す図である。
【図4】N.rileyiの分生子発芽を促進する生理活性物質の抽出溶媒の検討結果を示す図である。
【図5】N.rileyiの分生子発芽を促進する生理活性物質のメタクリル系合成吸着剤(HP2MG)による分画状況を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カイコの溶媒抽出物からなる糸状菌N.releyiの発芽促進剤。
【請求項2】
前記抽出溶媒が水である請求項1に記載の発芽促進剤。
【請求項3】
前記抽出溶媒がアセトンである請求項1に記載の発芽促進剤。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の発芽促進剤を含む糸状菌N.releyi増殖用培地。
【請求項5】
請求項4に記載の培地を用いる糸状菌N.releyiの培養方法。
【請求項6】
請求項5に記載の培養方法で培養された糸状菌N.releyiを含む天敵微生物農薬。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれかに記載の発芽促進剤と糸状菌N.releyiとを含む天敵微生物農薬。
【請求項8】
鱗翅目、直翅目、半翅目および鞘翅目からなる群より選ばれる少なくとも一種の昆虫駆除のための請求項6または7に記載の天敵微生物農薬。
【請求項9】
カイコ煮汁を前記カイコの溶媒抽出物として利用する請求項1〜3のいずれかに記載の発芽促進剤の製造方法。
【請求項10】
前記カイコ煮汁から合成吸着剤を用いて糸状菌N.releyiの発芽誘導生理活性物質を回収する請求項9に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−195427(P2007−195427A)
【公開日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−15958(P2006−15958)
【出願日】平成18年1月25日(2006.1.25)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【出願人】(591202155)熊本県 (17)
【Fターム(参考)】