説明

累進屈折力レンズ及び累進屈折力レンズの製造方法

【課題】斜乱視の処方があっても、インセット量が正確な累進屈折力レンズの提供。
【解決手段】乱視軸方向AXが傾いていることと近用領域12がプリズム測定基準点から離隔されることとに伴って近用領域12に水平プリズム屈折力が付加的に発生して偏光が生じても、プリズム測定基準点の位置とレンズ屈折力とに基づいて水平プリズム屈折力による視線の偏光を考慮してインセット量Insを設定するので、斜乱視の処方がある装用者にとって累進屈折力レンズ1を見やすいものにすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、累進屈折力レンズ、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
眼鏡レンズには単焦点レンズの他に、遠方視に対応する遠用領域と、近方視に対応する近用領域とを有する累進屈折力レンズがある。この累進屈折力レンズでは、遠用領域が上部(眼鏡装用時の頭頂側)に設けられ、近用領域が下部(眼鏡装用時のあご側)に設けられている。これらの遠用領域と近用領域との間の中間位置には屈折力が連続的に変化する累進領域が設けられ、この累進領域の両側には中間側方領域が設けられている。そして、遠用領域、累進領域及び近用領域のほぼ中央には、眼鏡装用者が正面上方から正面下方にある物体を見た場合に視線が通過するレンズ上の仮想線である主注視線(主子午線)が設けられている。この主注視線は、通常、遠用領域では鉛直に沿っており、近用領域では近方視の時の輻輳により鼻側に内寄せ(インセット)している。
【0003】
インセット量を求める方法として、特許文献1や特許文献2に記載された従来例がある。特許文献1の従来例では、レンズの遠用領域の屈折力をDF、加入屈折力をADD、近用物体距離をOD、眼球回旋距離をEP及び片側瞳孔間距離をHPDとし、これらから最適なインセット量Insを、
Ins=EP・PD/2・{EP+OD-EP・OD・(DF+ADD)/1000} 式(A)
という近似した式から求める。式(A)は、眼鏡レンズを薄肉レンズとして近軸光線追跡式より導かれる。
特許文献2の従来例では、レンズの遠用度数をDF、加入度数をADD、近用物体距離をOD、眼球回旋距離をEP、遠用瞳孔間距離をPDとするとき、近用領域のインセット量Insを同じく式(A)から求めるが、装用時前傾角PAの影響も考慮するようになっており、標準的な前傾角をPA0とした時に、
EP’=EP-PL・(PA-PA0)・π/180 式(B)
を式(A)のEPに代えて用いている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−237402公報
【特許文献2】特開平11−305173公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
眼鏡レンズの処方には乱視度数が含まれることがあるが、特許文献1及び特許文献2で示される従来例では、乱視処方がある場合のインセット量の求め方についての言及がない。
そのため、本発明者等は、特許文献1及び特許文献2で示される技術を利用して乱視処方がある場合のインセット量を求めることを以下に検討した。
遠用領域の球面屈折力をS[D]、乱視屈折力をC[D]、乱視軸方向をAX[゜]とした時に、式(C)のように乱視レンズの水平断面屈折力をDFの代用度数として、特許文献1等に開示された方法を適用する。
DF=S+Csin(AX) 式(C)
【0006】
式(C)に基づいて求めたインセット量と実際に乱視処方のある累進レンズで実光線追跡をした近方視線通過位置とを対比すると、両者の間での誤差が大きいことが判明した。その誤差の原因を考察した結果、以下のことが判明した。まず、単焦点レンズの所定の位置に入射した光線の受けるプリズム作用を求めるのに、プレンティスの式が知られている。プレンティスの式のベクトル的表現は以下のとおりである。
レンズの球面屈折力をS[D]、乱視屈折力をC[D]、乱視軸方向をAX[゜]としたとき、レンズの位置h(=(hx,hy)[mm])に入射した光線が受けるプリズム屈折力p(=(px,py))は、
p=-D・h/10 式(D)
である。ここで、プリズム屈折力の水平・垂直成分が式(E)であり、屈折力マトリクス[D]が式(F)であり、光線の入射点のXY座標[mm]が式(G)である。
【0007】
【数1】

【0008】
最適インセットを求める場合の近軸光線追跡において、累進レンズの近用部水平断面内で光線の受ける屈折作用について検討する。
眼球からレンズに向かう近軸光線の傾角u[radian]は
u=-Ins/EP 式(H)
であり、レンズのプリズム屈折力pxによって、レンズ通過後の近軸光線の傾角u'[radian]は
u'=u-px/100 式(I)
で求めることができる。
近用設計基準点となるべき点の座標を(Ins,hy)とすれば、プリズム屈折力pxはプレンティスの式を示した式(D)から式(G)により
px=-(S+C・sinAX+ADD)・Ins/10-(-C・sinAXcosAX)・hy/10 式(J)
であり、式(I)に式(H)及び式(J)に代入すると、
u'=-Ins/EP+(S+CsinAX+ADD)・Ins/1000+(-CsinAX・cosAX)・hy/1000 式(K)
となる。レンズを出た光線は近用距離OD[mm]だけ進んで近用物体に至るので、
HPD=Ins-OD・u' 式(L)
となり、式(J)を式(K)に代入し、インセット量Insを求めると、
Ins=(EP・HPD-RD・OD・C・sinAX・cosAX・hy/1000)/{EP+OD-RD・OD・(S+C・sin2AX+Add)/1000} 式(M)
となる。式(A)に水平断面屈折力の式(C)を代入した式は
Ins~=EP・HPD/{EP+OD-EP・OD・(S+C・sin2AX+ADD)/1000} 式(N)
であり、式(N)と式(M)とを対比すると、
ΔIns~=Ins~ -Ins
=(-RD・OD・C・sinAX・cosAX・hy/1000)/{EP+OD-RD・OD・(S+C・sin2AX+Add)/1000}式(O)の差がある。
これは、近用部領域におけるプリズム屈折力の水平成分を見積もる際に、乱視処方を考慮せず、式(D)から式(G)において、hy=0としてしまったことに起因する。なお、式(F)の[-C・sinAX・cosAX]は、直乱視(AX=0)の場合及び倒乱視(AX=90)の場合にはゼロになる。そのため、式(D)から式(G)において hy=0としたことに相当する方法である、式(C)の代用度数で乱視を考慮していないアルゴリズムによる計算で求めても式(D)から式(G)から求めても誤差がない。
【0009】
本発明の目的は、斜乱視の処方があっても、インセット量が正確な累進屈折力レンズ及び累進屈折力レンズの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の累進屈折力レンズは、遠方視に対応する遠用領域と近方視の時の輻輳により主注視線が鼻側にインセットされる近用領域とを備え、かつ、斜乱視の処方がある累進屈折力レンズにおいて、プリズム測定基準点の位置とレンズ屈折力とに基づいて、乱視軸方向が傾いていることと前記近用領域が前記プリズム測定基準点から離隔されることとに伴って前記近用領域に付加的に発生する水平プリズム屈折力による視線の偏向を考慮してインセット量が設定されていることを特徴とする。
本発明の累進屈折力レンズの製造方法は、遠方視に対応する遠用領域と近方視の時の輻輳により主注視線が鼻側にインセットされる近用領域を備え、かつ、斜乱視の処方がある累進屈折力レンズを製造する方法において、プリズム測定基準点の位置とレンズ屈折力とに基づいて、乱視軸方向が傾いていることと前記近用領域が前記プリズム測定基準点から離隔されることとに伴って前記近用領域に付加的に発生する水平プリズム屈折力による視線の偏向を考慮してインセット量Insが設定されていることを特徴とする。
【0011】
この構成の本発明では、乱視軸方向が傾いていること及び近用領域がプリズム基準点から離れていることに起因して近用領域に水平プリズム屈折力が付加的に発生して誤差が生じるが、この誤差を補正するようにインセット量が正確に設定される。そのため、斜乱視の装用者が累進屈折力レンズを用いても左右両眼の明視範囲が一致するので、快適な近方視ができる。
【0012】
本発明では、前記インセット量は、さらに、個別装用状況データを考慮して設定されることが好ましい。
この構成の本発明では、個別装用状況データ、例えば、近用物体距離、遠用瞳孔間距離、眼球回旋距離、装用時前傾角等を考慮してインセット量が設定されるので、個々の装用者の状況に応じて見やすい累進屈折力レンズを提供することができる。
【0013】
本発明では、前記レンズ屈折力をマイナスシリンダーフォーマットで表現し、前記遠用領域の乱視軸方向をAX[゜]としたとき、前記インセット量のうち右眼のインセット量IR(AX)[mm]は、0≦AX<40、及び、150<AX≦180の範囲では減少関数となり、60<AX<130の範囲では増加関数となり、IR(50)<IR(140)であり、前記インセット量のうち左眼のインセット量IL(AX)[mm]は、0≦AX<30、及び、140<AX≦180の範囲では増加関数となり、50<AX<120の範囲では減少関数となり、IL(40)>IL(130)から求められる構成が好ましい。
この構成の本発明では、装用者の状況に応じて右眼と左眼とのインセット量を個別に設定することがでるので、この点からも、個々の装用者の状況に応じて見やすい累進屈折力レンズを提供することができる。
【0014】
本発明では、前記レンズ屈折力をマイナスシリンダーフォーマットで表現し、前記遠用領域の乱視屈折力をC[D]、前記遠用領域の視軸方向をAX[゜]、前記プリズム測定基準点と近用部設計基準点との距離をH[mm]としたとき、前記インセット量のうち右眼のインセット量IR(C,H,AX)は、30<AX<70の範囲では、Cに対して増加関数、120<AX<160の範囲では、Cに対して減少関数、Hに対して増加関数、前記インセット量のうち左眼のインセット量IL(C,H,AX)は、20<AX<60の範囲では、Cに対して減少関数、110<AX<150の範囲では、Cに対して増加関数、Hに対して増加関数、から求められる構成が好ましい。
この構成の本発明では、装用者の状況に応じて右眼と左眼とのインセット量を個別に設定することができるから、この点からも、個々の装用者の状況に応じて見やすい累進屈折力レンズを提供することができる。
【0015】
本発明では、前記近用部設計基準点は累進終了点または近用度数測定基準点であり、Pxをプリズムのx成分、Pyをプリズムのy成分、αを前記累進開始点から前記累進終了点への方向、PTをプリズムシニング量、Sを球面度数、Cを乱視度数、Axを乱視軸方向とすると、前記近用部設計基準点の座標(x,y)でのプリズムは、
【0016】
【数2】

【0017】
の式(1)から求める構成が好ましい。
ここで、式(1)のうち、第1項は遠用処方が(S、C、Ax)である単焦点レンズの場合に、座標(x,y)に発生するプリズム量を算出する項である。第2項は、累進開始点から累進終了点まで加入度Addが入った影響で生じるプリズム量を算出する項である。第2項において、lは、主注視線に沿った長さの積分変数である。l0は累進開始点におけるlの値、lは累進終了点におけるlの値である。第2項は、累進開始点から終了点まで主注視線に沿って積分することを意味する。αは累進開始点から累進終了点へ向かう方向であり、x軸の正方向を0として、反時計回りで定義する。第3項で示されるPTはプリズムシニング量であり、レンズのコバ薄肉化する量である。downの場合はマイナスで表す。
この構成の本発明では、式(1)に基づいて、プリズムのx成分Pxとプリズムのy成分Pyとを従来の方法よりも正確に求めることができる。
つまり、式(1)の第1項において、[(S+Csin(Ax))x]及び[(S+Ccos(Ax))y]の式に、乱視処方を考慮した[−C/2(sin2AX)x]及び[−C/2(sin2AX)y]の式を加えたので、乱視軸方向にかかわらず、正確なインセット量を設定することができる。
【0018】
本発明では、乱視処方を含まない代用度数でのインセット量を求めることと、乱視処方を含むことによるインセットの補正量を求めることと、前記代用度数でのインセット量を前記補正量で補正することと、を含む構成が好ましい。
この構成の本発明では、乱視処方を含まない代用度数でのインセット量と、乱視処方を含むことによるインセットの補正量とを別々に求めておき、前記代用度数でのインセット量を前記補正量で補正することで、乱視処理を考慮した適正なインセット量を求めることができる。
【0019】
本発明では、インセット量をIns[mm]、眼球回旋点距離をEP[mm]、近用物体距離のz方向成分をL[mm]、片眼遠用瞳孔間距離HPDとしたとき、
【0020】
【数3】

式(1−1)
【0021】
で表されるe1及びe2が、
HPD=e1+e2 式(1−2)
の条件を満足する構成が好ましい。
この構成の本発明では、式(1)から求めたPxとPyを用いて、従来の方法よりも簡単かつ正確にインセット量を求めることができる。
【0022】
本発明では、乱視処方を含まない代用度数でのインセット量を求める段階と、乱視処方を含むことによるインセットの補正量を求める段階と、前記代用度数でのインセット量を前記補正量で補正する段階を含む構成が好ましい。
この構成の本発明では、乱視処方を含まない代用度数でのインセット量と、乱視処方を含むことによるインセットの補正量とを別々に求めておき、前記代用度数でのインセット量を前記補正量で補正することで、乱視処理を考慮した適正なインセット量を求めることができる。
【0023】
本発明では、球面屈折力をS[D]、乱視屈折力をC[D]、乱視軸方向をAX[゜]、加入屈折力をADD[D]、近用物体距離をOD[mm]、眼球回旋点距離をEP[mm]、プリズム測定基準点から近用設計基準点までの垂直距離をhy=−H[mm]((hyはマイナスの値)、代用度数をDF[D]、代用度数でのインセット量をIns~[mm]、補正量をΔIns~[mm]、乱視処方を含む場合のインセット量をIns[mm]としたとき、
DF=S+C(sinAX) 式(2)
ΔIns~=(−EP・OD・C・sinAX・cosAX・hy/1000)/[EP+OD−EP・OD・{S+C・ (sinAX)+ADD}/1000] 式(3)
Ins=Ins~+ΔIns~ 式(4)
から求める構成が好ましい。
この構成の本発明では、代用度数DF、代用度数でのインセット量をIns~、補正量ΔIns~、乱視処方を含む場合のインセット量Insを、それぞれ数式を用いて求めるので、乱視処理を考慮した適正なインセット量を正確に求めることができる。
【0024】
本発明では、標準的な装用状態を想定してインセット量を求めることと、標準的な装用状態と個別装用状態の差異に起因するインセット量の補正量を求めることと、前記標準的な装用状態でのインセット量を前記補正量で補正することと、を含む構成が好ましい。
この構成の本発明では、標準的な装用状態を想定してインセット量と標準的な装用状態と個別装用状態の差異に起因するインセット量の補正量とを別々に求めておき、標準的な装用状態でのインセット量を補正量で補正することで、個別装用状態を考慮した適正なインセット量を求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】累進屈折力レンズの概略正面図であり、(A)は左眼用であり、(B)は右眼用である。
【図2】累進屈折力レンズ装用状態の概略平面図。
【図3】参考球面を説明するための概略図。
【図4】本実施形態の乱視軸方向とインセット量との関係を示すグラフ。
【図5】本実施形態の乱視軸方向とインセット量との関係を示すグラフ。
【図6】本実施形態の乱視軸方向とインセット量との関係を示すグラフ。
【図7】本実施形態の乱視軸方向とインセット量との関係を示すグラフ。
【図8】乱視軸方向、乱視屈折力及びインセット量の関係を示すグラフ。
【図9】乱視軸方向、乱視屈折力及びインセット量の関係を示すグラフ。
【図10】乱視軸方向、累進帯長及びインセット量の関係を示すグラフ。
【図11】乱視軸方向、累進帯長及びインセット量の関係を示すグラフ。
【図12】乱視軸方向、乱視屈折力及びインセット量の関係を示すグラフ。
【図13】乱視軸方向、乱視屈折力及びインセット量の関係を示すグラフ。
【図14】乱視軸方向、累進帯長及びインセット量の関係を示すグラフ。
【図15】乱視軸方向、累進帯長及びインセット量の関係を示すグラフ。
【図16】(A)は実施例1のレンズの模式図、(B)は実施例2のレンズの模式図。
【図17】(A)は実施例3のレンズの模式図、(B)は実施例4のレンズの模式図。
【図18】従来例を参照した方法に基づいて設定したレンズの模式図であり(A)は右眼用レンズであり、(B)は左眼用レンズである。
【図19】従来例を参照した方法に基づいて設定したレンズの模式図であり(A)は右眼用レンズであり、(B)は左眼用レンズである。
【図20】従来例を参照した方法に基づいて設定したレンズの模式図であり(A)は右眼用レンズであり、(B)は左眼用レンズである。
【図21】従来例を参照した方法に基づいて設定したレンズの模式図であり(A)は右眼用レンズであり、(B)は左眼用レンズである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
本実施形態の累進屈折力レンズ1の概略が図1及び図2に示されている。
図1は累進屈折力レンズの概略正面図であり、(A)が左眼用を示し、(B)が右眼用を示す。
図1において、累進屈折力レンズ1は、レンズの上方に遠くのものを見るための遠用領域11と、レンズの下方に近くのものを見るための近用領域12と、遠用領域11と近用領域12の中間に連続的に屈折力の変わる累進領域13と、それ以外の「側方部」または「周辺部」と呼ばれる領域14,15とを有する。さらに、レンズ1のほぼ中央を通り、遠用領域11、累進領域13及び近用領域12を貫いて、視線の通過頻度が高く収差がよく補正されていることが期待される主注視線16が存在する。図1では、プリズム測定基準点を原点Oとし、遠用領域11の主注視線16に沿った線分がy軸であり、y軸と直交する線分がx軸である。
【0027】
通常、眼鏡装用者が近方を見る時には、両眼の視線は内側に寄るので、主注視線16も遠用領域11から近用領域12にかけて内側へ(鼻側へ)偏位する。遠用領域11における主注視線16Aと近用領域12における主注視線16Bとの水平方向の距離がインセット量Insである。インセット量Insは累進終了点PEのx座標の鼻側への偏位を正の値とした値である。累進開始点PSと累進終了点PEとの距離であってy軸に投影された長さは累進帯長であり、PLとして表示される。
図2は累進屈折力眼鏡レンズ装用状態の概略平面図である。
図2において、物体Gと累進屈折力レンズ1の外面中心との間の距離を近用物体距離ODとし、累進屈折力レンズ1の外面中心と眼球回旋中心点Eとの距離を眼球回旋距離EPとする。典型的には、両眼球回旋中心点Eの遠用瞳孔間距離PDの半分の値は片側PDであり、HPDとして表されるが、顔の非対称性が大きい人の場合には、鼻の中央から左右それぞれの眼球回旋中心点Eとの距離をHPDとする。
【0028】
本実施形態では、累進屈折力レンズ1の座標(x,y)での屈折力を遠用度数(S、C、Ax)よる成分D1(x,y)と加入度数ADDによる成分D2(x,y)に分離すると、D(x,y)=D1(x,y)+D2(x,y)であり、これをプレンティスの式(式(E)(D)(G)に適用する。プリズムシニング値も考慮する。Pxをプリズムのx成分、Pyをプリズムのy成分、座標(0,4)を累進開始点PSの座標、PTをプリズムシニング量、Sを球面度数、Cを乱視度数、Axを乱視軸方向とする。αは累進開始点PSから累進終了点PEへ向かう方向であり、x軸の正方向を0として、反時計回りで定義する。
累進終了点PEの座標(x,y)でのプリズムは、次の式(1)から求められる。
【0029】
【数4】

式(1)
【0030】
近用作業距離ODの下方回旋を考慮する。そのため、式(1)に基づいて得られたプリズムPyを用いて視線と参照球面Vの交点までの距離を計算する。
図3には、参照球面Vの概略が示されている。
図3において、参照球面Vは、球の中心が累進屈折力レンズ1の内面であってプリズム測定ポイントを通過する視線位置O’であり、半径が近用作業距離ODである。式(1)に基づいて得られたプリズムPyを用い、視線Qと参照球面Vの交点までの距離OD(近用作業距離ODのz成分)を計算し、この計算値を下記の式(1−1)で用いる。
【0031】
【数5】

式(1−1)
【0032】
ここでは、図1又は図2のx軸及びy軸に垂直な軸をz軸としている。
式(1−1)において、e1、e2は視線の偏寄量であって、偏寄量をプリズム作用のないときの偏寄量e1とプリズム作用による偏寄量e2に分けたものである(図2参照)。
正しく視線が目的点を通るためには、
HPD=e1+e2 式(1−2)
であるため(図2参照)、この条件を満たす内寄せ量(インセット量Ins)を既知の収束法により求める。
インセット量Insをシミュレートした結果を図4から図7に示す。
【0033】
図4及び図5では、SPH0.00、CYL-2,00、ADD2.00である。個別装用状態が考慮されておらず、片側PDを示すHPDが32mmであり、近用物体距離ODが35mmであり、フィッティングポイント位置(累進開始点と同じ位置)が4mmである。なお、本実施形態では、パラメーターとして現れていないプリズムシニング量PTは1.1△down である。
図4は累進帯長PLをパラメーターとし、他の値を固定して式(1)に基づいてシミュレートをしたグラフである。近用部設計基準点としては累進終了点PEを採用しており、プリズム測定基準点Oと近用部設計基準点の距離Hは、H=PL−4という関係があるので、図3は距離Hをパラメーターとしているのと同じである。乱視軸方向AXを変数(横軸)、右眼用レンズのインセット量Insと左眼用レンズのインセット量Insとを縦軸にしたグラフ化である。図4において、符号R10が右眼用レンズであって累進帯長PLが10mmの場合の値であり、符号R12が右眼用レンズであって累進帯長PLが12mmの場合の値であり、符号R14が右眼用レンズであって累進帯長PLが14mmの場合の値である。符号L10が左眼用レンズであって累進帯長PLが10mmの場合の値であり、符号L12が左眼用レンズであって累進帯長PLが12mmの場合の値であり、符号L14が左眼用レンズであって累進帯長PLが14mmの場合の値である。
図4において、右眼用レンズの場合のピーク位置は乱視軸方向AXが140゜あたりであり、そのボトム位置は乱視軸方向AXが50゜あたりである。左眼用レンズの場合のピーク位置は乱視軸方向AXが40゜あたりであり、ボトム位置は乱視軸方向AXが130゜あたりである。
【0034】
図5は乱視屈折力Cをパラメーターとし、他の値を固定して式(1)のシミュレートをしたグラフである。乱視軸方向AXを変数(横軸)、右眼インセット量Insと左眼インセット量Insとを縦軸にしたグラフ化である。図5において、符号RC−2が右眼用レンズであって乱視屈折力Cが−2[D]の場合の値であり、符号RC−3が右眼用レンズであって乱視屈折力Cが−3[D]の場合の値であり、符号RC−4が右眼用レンズであって乱視屈折力Cが−4[D]の場合の値である。符号LC−2が左眼用レンズであって乱視屈折力Cが−2[D]の場合の値であり、符号LC−3が左眼用レンズであって乱視屈折力Cが−3[D]の場合の値であり、符号LC−4が左眼用レンズであって乱視屈折力Cが−4[D]の場合の値である。
図5において、右眼用レンズの場合のピーク位置は乱視軸方向AXが140゜あたりであり、そのボトム位置は乱視軸方向AXが50゜あたりである。左眼用レンズの場合のピーク位置は乱視軸方向AXが40゜あたりであり、ボトム位置は乱視軸方向AXが130゜あたりである。
【0035】
図6及び図7、並びに図4及び図5の例は、後述の式(2)(3)(4)をシミュレートした結果である。図6及び図7の例では、図4及び図5の例と異なり、近用部設計基準点として近用部測定基準点NPを採用している。ここの例では、累進開始点PSはプリズム測定基準点の上4mmであり、近用部測定基準点NPは累進終了点PEの下3mmの位置にあるので、プリズム測定基準点Oと近用部設計基準点の距離Hと累進帯長PLには、H=PL−4+3という関係があるので、図6は距離Hをパラメーターとしているのと同じである。プリズムポイントから近用度数測定位置までの距離hy、つまり、プリズム測定基準点Oと近用設計基準点の距離をパラメーターとしている点と、近用度数測定位置(近用設計基準点NP)を累進終了点ではなく、その下3[mm]の位置とした点が異なる。
図6では累進帯長PLをパラメーターとしており、フィッティングポイント位置が図4及び図5の例と同じ4mmである。ここで、前述の通り、H=FPY−l、という関係があるので、距離Hをパラメーターとしているのと同じである。
図6及び図7の例では、図4及び図5の例と同じ傾向があることがわかる。
【0036】
図8から図15は図4から図7で表示されたグラフの情報を図4から図7とは異なる視点で表示したグラフである。
図8から図11は図4及び図5に対応したものである。
図8は累進帯長PLが12mmの右眼用レンズのグラフであり、x軸が乱視軸方向AX[°]を示し、y軸が乱視屈折力C[D]を示し、z軸がインセット量Ins[mm]を示す。図8において、符号Z1はインセット量Insが2.50(mm)以上2.75(mm)未満のエリアを示し、符号Z2はインセット量Insが2.25(mm)以上2.50(mm)未満のエリアを示し、符号Z3はインセット量Insが2.00(mm)以上2.25(mm)未満のエリアを示し、符号Z4はインセット量Insが1.75(mm)以上2.00(mm)未満のエリアを示す。
【0037】
図9は累進帯長PLが14mmの右眼用レンズのグラフであり、x軸が乱視軸方向AX[°]を示し、y軸が乱視屈折力C[D]を示し、z軸がインセット量Ins[mm]を示す。図9において、符号Z5はインセット量Insが2.75(mm)以上3.00(mm)未満のエリアを示す。
図10は乱視屈折力C[D]が−3.00(D)の右眼用レンズのグラフであり、x軸が乱視軸方向AX[°]を示し、y軸が累進帯長PL[mm]を示し、z軸がインセット量Ins[mm]を示す。
図11は乱視屈折力C[D]が−5.00(D)の右眼用レンズのグラフであり、x軸が乱視軸方向AX[°]を示し、y軸が累進帯長PL[mm]を示し、z軸がインセット量Ins[mm]を示す。図11において、符号Z6はインセット量Insが1.50(mm)以上1.75(mm)未満のエリアを示す。
【0038】
図12から図15は図6及び図7に対応したものである。
図12は累進帯長PLが12mmの右眼用レンズのグラフであり、x軸が乱視軸方向AX[°]を示し、y軸が乱視屈折力C[D]を示し、z軸がインセット量Ins[mm]を示す。
図13は累進帯長PLが14mmの右眼用レンズのグラフであり、x軸が乱視軸方向AX[°]を示し、y軸が乱視屈折力C[D]を示し、z軸がインセット量Ins[mm]を示す。図13において、符号Z7はインセット量Insが3.00(mm)以上3.25(mm)未満のエリアを示す。
図14は乱視屈折力C[D]が−3.00(D)の右眼用レンズのグラフであり、x軸が乱視軸方向AX[°]を示し、y軸が累進帯長PL[mm]を示し、z軸がインセット量Ins[mm]を示す。
図15は乱視屈折力C[D]が−5.00(D)の右眼用レンズのグラフであり、x軸が乱視軸方向AX[°]を示し、y軸が累進帯長PL[mm]を示し、z軸がインセット量Ins[mm]を示す。
【0039】
図4〜図15の全ての例において、以下のことが読み取れる。なお、図8から図15は右眼用のグラフであるが、 AX を 180-AX と読み替えれば左眼用のグラフして適用できる。
インセット量のうち右眼のインセット量IR(AX)[mm]は、
0≦AX<40、及び、150<AX≦180の範囲では減少関数となり、
60<AX<130の範囲では増加関数となり、かつ、
IR(50)<IR(140)であることがわかる。
インセット量のうち左眼のインセット量IL(AX)[mm]は、
0≦AX<30、及び、140<AX≦180の範囲では増加関数となり、
50<AX<120の範囲では減少関数となり、かつ、
IL(40)>IL(130)であることがわかる。
【0040】
図5の例では、近用設計基準点を累進終了点PEとしており、プリズム測定基準点と近用設計基準点の距離をH[mm]とすると、この距離Hと、累進帯長PLとの間には、H=PL−4、という関係がある。
インセット量のうち右眼のインセット量IR(C,H,AX)は、
30<AX<70の範囲では、Cに対して増加関数となり、
120<AX<160の範囲では、Cに対して減少関数、Hに対して増加関数となる。
インセット量のうち左眼のインセット量IL(C,H,AX)は、
20<AX<60の範囲では、Cに対して減少関数となる、
110<AX<150の範囲では、Cに対して増加関数、Hに対して増加関数となる。
【0041】
本実施形態では、球面屈折力をS[D]、乱視屈折力をC[D]、乱視軸方向をAX[゜]、加入屈折力をADD[D]、近用物体距離をOD[mm]、眼球回旋点距離をEP[mm]、プリズム測定基準点から近用設計基準点までの垂直距離をhy=−H[mm](マイナスの値)、代用度数をDF[D]、代用度数でのインセット量をIns~ [mm]、補正量をΔIns~ [mm]、乱視処方を含む場合のインセット量をIns[mm]としたとき、
DF=S+C(sinAX) 式(2)
ΔIns~=(−EP・OD・C・sinAX・cosAX・hy/1000)/[EP+OD−EP・OD・{S+C・ (sinAX)+ADD}/1000] 式(3)
Ins=Ins~+ΔIns~ 式(4)
から、インセット量Insを求めることもできる。
つまり、式(2)に基づいて、乱視処方を含まない代用度数DFを求め、代用度数DFでのインセット量Ins~を求め、式(3)に基づいて、乱視処方を含むことによるインセット量Insの補正量ΔIns~を求め、式(4)に基づいて、代用度数DFでのインセット量Ins~を補正量ΔIns~で補正する。なお、Ins~は特許文献1や特許文献2に開示されている公知の方法で求めることができる。
【実施例】
【0042】
次に、実施例について説明する。
実施例1から実施例4は図5及び図6のグラフか導き出せる実施例である。これらの実施例のレンズ屈折力及び個別装用状況は表1に示されている。そして、計算から求めたインセット量と実際に近軸光線追跡で求めた近方視線通過位置が表1に示されている。そして、特許文献1,2を参照した従来の方法を参照して式(C)で求めた代用度数DFと、式(N)で求めたインセット量Ins~とが表1に示されている。
実施例5から実施例8は実施例1から実施例4と同様にシミュレートし、このシミュレートから導き出された実施例である。実施例1から実施例4とは球面屈折力SPHが異なる。
実施例1から実施例8は標準装用条件(HPD=32mm、OD=35mm、EP=25mm、PA=10mm)であるが、実施例9は実施例1に対してHPDの値が標準装用状態とは異なる条件としたものであり、実施例10は実施例1に対してODの値が標準装用状態とは異なる条件としたものであり、実施例11は実施例1に対してEPの値が標準装用状態とは異なる条件としたものであり、実施例12は実施例1に対してPAの値が標準装用状態とは異なる条件としたものであり、実施例13は実施例1に対してHPD、OD、EP、PAの値が標準装用状態とは異なる条件としたものである。
【0043】
表1からわかるとおり、実施例1から実施例13のいずれにおいても、インセット量Insは、それに対応する従来のインセット量に比べて実際の近方視線通過位置に近い。
また、図16から図21には実施例及び比較例の模式図が示されている。これらの図の近用部に示された円形は計算で求めた近方視線通過想定位置(その中心が設定した近用部測定基準点)であり、ドットは実際に設計されたレンズを実光線追跡することにより求めた近方視線のレンズ面通過点であり、これらの位置が一致しているほどインセット計算の精度が良いことを意味する。図における座標系は、プリズム測定基準点を原点Oとし、レンズ外面(凸面)側から眺めて、水平右側がX軸正、垂直上方がY軸正、角度はX軸正方向を基準に反時計回りが正である。さらに、全て累進帯長14mmで、累進開始点PSのXY座標は (0.00, 4.00)[mm]であり、累進開始点PSとフィッティングポイントは一致している。近用設計基準点は累進終了点PEの3.00[mm]下で、そのY座標は-13.00[mm]である。なお、図16から図21において、レンズの外形は玉型加工をした後を示しているため、横長の楕円形状となっている。また、ハッチで示された領域は収差が生じる部分である。
【0044】
図16及び図17には実施例1から実施例4のインセット量Insを規定する累進終了点PE及び近用部測定基準点NPが模式的に示されている。
図16には実施例1と実施例2の模式図が示されている。右眼用レンズの実施例1は(A)に示され、左眼用レンズの実施例2は(B)に示されている。図16において、計算で求めた近方視線通過想定位置の円の中に、実際にできあがったレンズの近方視線のレンズ面通過位置が入っている。
図17には実施例3と実施例4の模式図が示されている。右眼用レンズの実施例3は(A)に示され、左眼用レンズの実施例4は(B)に示されている。図17において、計算で求めた近方視線通過想定位置の円の中に、実際にできあがったレンズの近方視線のレンズ面通過位置が入っている。
【0045】
図18から図21にはインセット量を式(N)の従来例を参照した方法に基づいて設定したものである。
図18は乱視軸方向AXが0度の直乱視の場合であり、(A)は右眼用レンズ、(B)は左眼用レンズである。直乱視では、従来例を参照した設計方法でも、計算で求めた近方視線通過想定位置の円の中に、実際にできあがったレンズの近方視線のレンズ面通過位置が入っている。なお、直乱視の場合では、本実施形態の設計においても、計算で求めた近方視線通過想定位置の円の中に、実際にできあがったレンズの近方視線のレンズ面通過位置が入ることになる。
【0046】
図19は乱視軸方向AXが90度の倒乱視の場合であり、(A)は右眼用レンズ、(B)は左眼用レンズである。倒乱視では、従来例を参照した設計方法でも、計算で求めた近方視線通過想定位置の円の中に、実際にできあがったレンズの近方視線のレンズ面通過位置が入っている。なお、直乱視の場合では、本実施形態の設計においても、計算で求めた近方視線通過想定位置の円の中に、実際にできあがったレンズの近方視線のレンズ面通過位置が入ることになる。
図20は乱視軸方向AXが45度の斜乱視の場合であり、(A)は右眼用レンズ、(B)は左眼用レンズである。斜乱視では、従来例を参照した設計方法を用いると、計算で求めた近方視線通過想定位置が実際にできあがったレンズの近方視線のレンズ面通過位置から外れる。
図21は乱視軸方向AXが135度の斜乱視の場合であり、(A)は右眼用レンズ、(B)は左眼用レンズである。斜乱視では、従来例を参照した設計方法を用いると、計算で求めた近方視線通過想定位置が実際にできあがったレンズの近方視線のレンズ面通過位置から外れる。
【0047】
【表1】

【0048】
従って、本実施形態では、次の作用効果を奏することができる。
(1)乱視軸方向AXが傾いていることと近用領域12がプリズム測定基準点から離隔されることとに伴って近用領域12に水平プリズム屈折力が付加的に発生しても、水平プリズム屈折力による視線の偏向を考慮してインセット量Insを設定するので、斜乱視の処方がある累進屈折力レンズ1のインセット量Insの誤差を補正して適正なものにすることができる。そのため、斜乱視の装用者が累進屈折力レンズ1を使用すれば、近用領域13での見やすさが向上する。
【0049】
(2)インセット量Insが個別装用状況データ、例えば、近用物体距離OD、遠用瞳孔間距離PDの片側の値HPD、眼球回旋距離EP,装用時前傾角PA、その他を考慮してインセット量Insが設定されるので、個々の装用者の状況に応じてインセット量Insが適正に設定されることになる。
【0050】
(3)レンズ屈折力をマイナスシリンダーフォーマットで表現し、遠用領域11の乱視軸方向をAX[゜]としたとき、インセット量Insのうち右眼のインセット量IR(AX)[mm]は、0≦AX<40、及び、150<AX≦180の範囲では減少関数となり、60<AX<130の範囲では増加関数となり、IR(50)<IR(140)であり、インセット量Insのうち左眼のインセット量IL(AX)[mm]は、0≦AX<30、及び、140<AX≦180の範囲では増加関数となり、50<AX<120の範囲では減少関数となり、IL(40)>IL(130)から求められる。そのため、装用者の状況に応じて右眼と左眼との適正なインセット量Insを個別に求めることができる。
【0051】
(4)レンズ屈折力をマイナスシリンダーフォーマットで表現し、遠用領域11の乱視屈折力をC[D]、遠用領域11の視軸方向をAX[゜]、プリズム測定基準点と近用部設計基準点との距離をH[mm]としたとき、インセット量Insのうち右眼のインセット量IR(C,H,AX)は、30<AX<70の範囲では、Cに対して増加関数、120<AX<160の範囲では、Cに対して減少関数、Hに対して増加関数、インセット量Insのうち左眼のインセット量IL(C,H,AX)は、20<AX<60の範囲では、Cに対して減少関数、110<AX<150の範囲では、Cに対して増加関数、Hに対して増加関数、から求められる。そのため、装用者の状況に応じて右眼と左眼とのインセット量Insを個別に求めることができる。
【0052】
(5)近用部設計基準点を累進終了点又は近用度数測定基準点、Pxをプリズムのx成分、Pyをプリズムのy成分、αを前記累進開始点から前記累進終了点への方向、PTをプリズムシニング量、Sを球面度数、Cを乱視度数、Axを乱視軸方向とすると、前記累進終了点の座標(x,y)でのプリズムは、式(1)から求める。そのため、式(1)の第1項において、[(S+Csin(Ax))x]及び[(S+Ccos(Ax))y]の式に、乱視処方を考慮した[−C/2(sin2AX)x]及び[−C/2(sin2AX)y]の式を加えたので、乱視軸方向にかかわらず、正確なインセット量を設定することができる。
【0053】
(6)インセット量をIns[mm]、眼球回旋点距離をEP[mm]、近用物体距離のz方向成分をL[mm]とし、式(1−1)及び式(1−2)の条件を満足するインセット量Insを求める。そのため、簡単かつ従来の方法よりも正確にインセット量を求めることができる。
【0054】
(7)累進屈折力レンズ1を製造する構成として、乱視処方を含まない代用度数DFでのインセット量Ins~を求める段階と、乱視処方を含むことによるインセットの補正量ΔIns~を求める段階と、代用度数DFでのインセット量Ins~を補正量ΔIns~で補正する段階を含むので、乱視処理を考慮した適正なインセット量Insを求めることができる。
【0055】
(8)前述の式(2)、式(3)及び式(4)の数式によってインセット量Insを求めるので、乱視処理を考慮した適正なインセット量を正確に求めることができる。
(9)累進屈折力レンズ1を製造する工程として、標準的な装用状態を想定してインセット量を求める段階と、標準的な装用状態と個別装用状態の差異に起因するインセット量の補正量を求める段階と、標準的な装用状態でのインセット量を補正量で補正する段階を含むから、標準的な装用状態を想定してインセット量と標準的な装用状態と個別装用状態の差異に起因するインセット量の補正量とを別々に求めておき、標準的な装用状態でのインセット量を補正量で補正することで、個別装用状態を考慮した適正なインセット量を求めることができる。
【0056】
なお、本発明は、上述した一実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲で以下に示される変形をも含むものである。
【符号の説明】
【0057】
1…累進屈折力レンズ、11…遠用領域、12…近用領域、13…累進領域、16…主注視線、PS…累進開始点、PE…累進終了点、O…プリズム測定基準点、NP…近用部測定基準点

【特許請求の範囲】
【請求項1】
遠方視に対応する遠用領域と近方視の時の輻輳により主注視線が鼻側にインセットされる近用領域とを備え、かつ、斜乱視の処方がある累進屈折力レンズにおいて、
プリズム測定基準点の位置とレンズ屈折力とに基づいて、乱視軸方向が傾いていることと前記近用領域が前記プリズム測定基準点から離隔されることとに伴って前記近用領域に付加的に発生する水平プリズム屈折力による視線の偏向を考慮してインセット量が設定されている
ことを特徴とする累進屈折力レンズ。
【請求項2】
請求項1に記載された累進屈折力レンズにおいて、
前記インセット量は、さらに、個別装用状況データを考慮して設定される
ことを特徴とする累進屈折力レンズ。
【請求項3】
遠方視に対応する遠用領域と近方視の時の輻輳により主注視線が鼻側にインセットされる近用領域を備え、かつ、斜乱視の処方がある累進屈折力レンズを製造する方法において、
プリズム測定基準点の位置とレンズ屈折力とに基づいて、乱視軸方向が傾いていることと前記近用領域が前記プリズム測定基準点から離隔されることとに伴って前記近用領域に付加的に発生する水平プリズム屈折力による視線の偏向を考慮してインセット量Insが設定されている
ことを特徴とする累進屈折力レンズの製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載された累進屈折力レンズの製造方法において、
前記レンズ屈折力をマイナスシリンダーフォーマットで表現し、前記遠用領域の乱視軸方向をAX[゜]としたとき、
前記インセット量Insのうち右眼のインセット量IR(AX)[mm]は、
0≦AX<40、及び、150<AX≦180の範囲では減少関数となり、
60<AX<130の範囲では増加関数となり、
IR(50)<IR(140)であり、
前記インセット量Insのうち左眼のインセット量IL(AX)[mm]は、
0≦AX<30、及び、140<AX≦180の範囲では増加関数となり、
50<AX<120の範囲では減少関数となり、
IL(40)>IL(130)
から求められる
ことを特徴とする累進屈折力レンズの製造方法。
【請求項5】
請求項3に記載された累進屈折力レンズの製造方法において、
前記レンズ屈折力をマイナスシリンダーフォーマットで表現し、前記遠用領域の乱視屈折力をC[D]、前記遠用領域の視軸方向をAX[゜]、前記プリズム測定基準点と近用部設計基準点との距離をH[mm]としたとき、
前記インセット量Insのうち右眼のインセット量IR(C,H,AX)は、
30<AX<70の範囲では、Cに対して増加関数、
120<AX<160の範囲では、Cに対して減少関数、Hに対して増加関数、
前記インセット量Insのうち左眼のインセット量IL(C,H,AX)は、
20<AX<60の範囲では、Cに対して減少関数、
110<AX<150の範囲では、Cに対して増加関数、Hに対して増加関数、
から求められることを特徴とする累進屈折力レンズの製造方法。
【請求項6】
請求項3から請求項5のいずれかに記載された累進屈折力レンズの製造方法において、
個別装用状況データを考慮して、前記インセット量を設定する
ことを特徴とする累進屈折力レンズの製造方法。
【請求項7】
請求項3から請求項6のいずれかに記載された累進屈折力レンズの製造方法において、
前記近用部設計基準点は累進終了点または近用度数測定基準点であり、
Pxをプリズムのx成分、Pyをプリズムのy成分、αを前記累進開始点から前記累進終了点への方向、PTをプリズムシニング量、Sを球面度数、Cを乱視度数、Axを乱視軸方向とすると、
前記近用部設計基準点の座標(x,y)でのプリズムは、
【数1】


の式(1)から求める
ことを特徴とする累進屈折力レンズの製造方法。
【請求項8】
請求項3から請求項6のいずれかに記載された累進屈折力レンズの製造方法において、
乱視処方を含まない代用度数でのインセット量を求めることと、乱視処方を含むことによるインセットの補正量を求めることと、
前記代用度数でのインセット量を前記補正量で補正することと、を含む
ことを特徴とする累進屈折力レンズの製造方法。
【請求項9】
請求項8に記載された累進屈折力レンズの製造方法において、
インセット量をIns[mm]、眼球回旋点距離をEP[mm]、近用物体距離のz方向成分をL[mm] 、片眼遠用瞳孔間距離HPDとしたとき、
【数2】

式(1−1)
で表されるe1及びe2が、
HPD=e1+e2 式(1−2)
の条件を満足する
ことを特徴とする累進屈折力レンズの製造方法。
【請求項10】
請求項9に記載された累進屈折力レンズの製造方法において、
球面屈折力をS[D]、乱視屈折力をC[D]、乱視軸方向をAX[゜]、加入屈折力をADD[D]、近用物体距離をOD[mm]、眼球回旋点距離をEP[mm]、プリズム測定基準点から近用設計基準点までの垂直距離をhy=−H[mm]((hyはマイナスの値)、代用度数をDF[D]、代用度数でのインセット量をIns~[mm]、補正量をΔIns~[mm]、乱視処方を含む場合のインセット量をIns[mm]としたとき、
DF=S+C(sinAX) 式(2)
ΔIns~=(−EP・OD・C・sinAX・cosAX・hy/1000)/[EP+OD−EP・OD・{S+C・ (sinAX)+ADD}/1000] 式(3)
Ins=Ins~+ΔIns~ 式(4)
から求める
ことを特徴とする累進屈折力レンズの製造方法。
【請求項11】
請求項6から請求項10のいずれかに記載の累進屈折力レンズの製造方法において、
標準的な装用状態を想定してインセット量を求めることと、
標準的な装用状態と個別装用状態の差異に起因するインセット量の補正量を求めることと、
前記標準的な装用状態でのインセット量を前記補正量で補正することと、を含む
ことを特徴とする累進屈折力レンズの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【公開番号】特開2013−76933(P2013−76933A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−217908(P2011−217908)
【出願日】平成23年9月30日(2011.9.30)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【出願人】(597062409)セイコーオプティカルプロダクツ株式会社 (6)
【Fターム(参考)】