説明

累進屈折力レンズ

【課題】近距離から比較的近距離に近い中間距離についての装用が快適であるとともに、遠方の目視も快適な累進屈折力レンズを提供すること。
【解決手段】遠用部領域と、近用部領域と、これら領域の間に配置され屈折力が累進的に変化する累進帯領域を備え、遠用部領域から近用部領域にかけて加入度が徐々に付加されていくように加入勾配が設定された累進屈折力レンズにおいて、遠用部領域のレンズ度数を測定する遠用測定位置と近用部領域のレンズ度数を測定する近用測定位置との間隔を17〜25mmとし、遠用入り口での加入割合A(%)が以下の関係式で示されるように設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は老視補正用の眼鏡に使用される累進屈折力レンズに関するものである。
【背景技術】
【0002】
高齢により眼の水晶体による調節機能が低下し近方視が困難な状態が老視である。この老視に対する矯正用の眼鏡に累進屈折力レンズが使用されている。
一般的に累進屈折力レンズは屈折力のそれぞれ異なる2つの屈折領域と、それら両領域の間で屈折力(度数)が累進的に変わる累進帯領域とを備えた非球面レンズとされており、境目がなく1枚のレンズで遠くのものから近くのものまで見ることができるものである。ここに2つの領域とはレンズの上方位置に設定された遠用部領域と、レンズの下方位置に設定された近用部領域の2つの領域のことである。遠用部領域と近用部領域との移行帯である累進帯領域は滑らかかつ連続的に連結されている。
遠用部領域は主として遠距離の物体を目視するための領域であり、近用部領域は主として近距離の物体を目視するための領域であり、累進帯領域は主として中距離の物体を目視するための領域である。もっとも累進屈折力レンズは屈折力が連続的に変化しているためこれら領域が明確に区画されているわけではない。
ここに、遠近等の距離の概念はしっかりとした区分けがされているわけではなく定義も決まってはいない。一般に遠距離とは4〜5mよりも遠くを言い、近距離とは50cmよりも手前側を言い、中距離とはこれらの中間距離を言う。
【0003】
ところで、累進屈折力レンズにおいてはすべての距離の物体がはっきりと見えるといった、マルチパーパス的なレンズを設計することは実際にはできず、全ての距離に対して平均的に見えやすいとか装用者の目的に合わせて、例えば遠距離が広い範囲でよく見えることを重視して設計したり、逆に近距離が広い範囲でよく見えることを重視する等の特定の距離に対してはっきり見えるように設計したりするものである。
レンズ設計においては遠用部領域から近用部領域に至る主注視線上の屈折力の変化、つまり加入勾配をいかに設定し、更に主注視線から左右方向の度数分布と収差分布を如何に設定するかによって装用者の求めるレンズを設計することとなる。
遠距離〜近距離で装用することを念頭において設計したレンズ(以下、このようなレンズを遠近累進レンズとする)の一例として特許文献1を挙げる。
また、中距離〜近距離で装用することを念頭において設計したレンズ(以下、このようなレンズを中近累進レンズとする)の一例として特許文献2及び特許文献3を挙げる。
また、近距離で装用することを念頭において設計したレンズ(以下、このようなレンズを近近累進レンズとする)の一例として特許文献4及び特許文献5を挙げる。
【0004】
遠近累進レンズは、基本的には遠方視力を補正しながら手元の不自由さを解消するという全ての距離に対して平均的に見えやすいような特性を与えた累進屈折力レンズである。ところで、ビジネスシーン(オフィスワーク)においては、机に座っての近距離での作業が多くなることが多いが、一言で「近距離での作業」と言っても、手元に広げた新聞を読んだり(以下、手元作業とする)、パーソナルコンピュータ(パソコン:以下、PCとする)のディスプレイ画面を見て作業したり(以下、この作業をPC作業とする)と目視距離に差がある。更に、手元作業に比べてPC作業ではレンズの上方を用いることが多く、レンズ上を通過する視線の位置が手元作業の場合とは異なる。そのため、遠近累進レンズでは遠距離についての見え方を配慮している結果としてこのように近距離内で目視対象に距離の差がある場合において不便に感じることが出てくる。
例えば、手元作業からPC作業に移る際に目線を移動することを考えた場合、一般的にPC作業では手元作業よりも物点距離が伸びる。PC作業に必要な度数は、レンズ装用者の遠用度数と近用度数、残存調節力、および、PC作業時の姿勢などにより若干変わるが、手元の近用度数から−0.75D程度遠くが見えるレンズ位置が重要になる。図8は遠近累進レンズにおける累進領域に存在する中間距離と眼球の回旋量との関係を説明する説明図である。図8の中央の図のように加入度が1.25Dのように小さい場合に比べて、右側のように加入度が3.00Dというように大きくなると、手元からPC画面にピントを合わせることが可能な眼の回旋角が狭くなる。つまり、手元を目視した状態でピントの合った状態からPC画面を見ようと眼を上方回旋させてもその距離に応じたピントの合う領域が狭くPC画面が見づらいこととなってしまう。
一方、遠方を目視した状態からPC作業に移る際にはPC画面方向となる累進領域の下方位置まで逆に大きく眼を下方回旋させるか、顎を上げた不自然な姿勢でPC画面方向を見る必要がある。つまり、遠近累進レンズでは近方部を見ている状態からPC作業に移る場合、あるいは遠方部を見ている状態からPC作業に移る場合のいずれも加入度が増えるに従い使いづらく不便になって来る。
また、加入度が増えると一般的に明視域横幅も狭くなるため、その点でもこのように累進領域が狭い遠近累進レンズでは不便が出てくる。
【0005】
これを解消するには特許文献2や3のような中近累進レンズが便利である。あるいは、特許文献4や5のような近々累進レンズが便利である。
中近累進レンズは遠近累進の遠用部領域を遠近累進よりもレンズの上方に移動させることにより中間部を引き伸ばしたレンズである。また、近々累進レンズとは、更にレンズの遠用部領域をレンズから取り除いたレンズである。近々累進レンズの近用部は眼の回旋角が少なくても近方が見えるように、近用部を遠近累進レンズや中近累進レンズに比べて上方に持ってきているものが多い。図9は中近累進レンズにおける累進領域に存在する中間距離と眼球の回旋量との関係を説明する説明図であり、図10は近々累進レンズにおける累進領域に存在する中間距離と眼球の回旋量との関係を説明する説明図である。中近累進レンズでは中間距離を見るための累進領域を大きく取っているため遠近累進レンズに比べて加入度が大きくなっても手元距離からPC作業距離を見るための累進領域が極端に狭くなることは無い。また、近々累進レンズでは、遠用部領域をレンズから取り除くことにより加入度を小さくして手元距離を見るための累進領域を大きく取っている。従って、実質的にPC作業で必要な加入度数範囲となる手元の近用度数から−0.75D程度変化した度数範囲をレンズの縦方向に広くとることが出来るため、PC作業のようなデスクワークを快適にすることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3787227号公報
【特許文献2】特開2008−65358号公報
【特許文献3】特許第2861892号公報
【特許文献4】特開2004−191757号公報
【特許文献5】特開平9−251143号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、例えば、ビジネスシーンでのレンズと言うことを考えた場合、中近累進レンズや近々累進レンズではデスクワークは快適になるものの、まず中近累進レンズでは図9の左側の図に示すように遠用部領域がレンズのかなり上方に位置することとなってしまうため、大きく上目遣いをしないと遠方が見えず、場合によってはレンズをメガネ枠に入れた場合、必要な遠用部領域が切り取られてしまう可能性もある。また、近々累進レンズではそもそも遠用部領域が存在しない。そのため、遠用部領域を必要とする装用者では近々累進レンズを使用することはできない。
そのため、ビジネスシーンでデスクワークをしながら、例えば、昼ごはんを社外に食べに行ったりする場合など、あるいはある程度遠方を見ることが必要な時には、眼鏡を掛けかえる必要性が生じる。すなわち、従来の遠近累進レンズ、中近累進レンズ及び近々累進レンズというレンズでは、ビジネスシーンのような生活パターンにおいては、必ずしも1本の眼鏡で満足いくものではなかった。そのため遠近累進レンズのスタイルを取りながら、手元作業〜PC作業が快適にでき、更に、そのまま外に出かけ上目遣いをすることなく遠方を見ることも可能な累進屈折力レンズが望まれていた。
本発明は、このような従来の技術に存在する問題点に着目してなされたものである。その目的は、近距離から比較的近距離に近い中間距離についての装用が快適であるとともに、遠方の目視も快適な累進屈折力レンズを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために請求項1の発明では、レンズ上方に配置された比較的遠方を見るための遠用部領域と、同遠用部領域よりも下方に配置され同遠用部領域よりも大きな屈折力を有する近用部領域と、これら領域の間に配置され屈折力が累進的に変化する累進帯領域を備え、前記遠用部領域から近用部領域にかけて加入度が徐々に付加されていくように加入勾配が設定された累進屈折力レンズにおいて、前記遠用部領域のレンズ度数を測定する遠用測定位置と前記近用部領域のレンズ度数を測定する近用測定位置との間隔を17〜25mmとするとともに、遠用入り口での加入割合A(%)が以下の関係式で示されるようにしたことをその要旨とする。
【0009】
【数1】

【0010】
また請求項2の発明では請求項1に記載の発明の構成に加え、遠用入り口は遠用アイポイントと一致することをその要旨とする。
また請求項3の発明では請求項1又は2の発明の構成に加え、遠用アイポイントから8mm下方位置における加入割合B(%)が以下の関係式で示されるようにしたことをその要旨とする。
【0011】
【数2】

【0012】
また請求項4の発明では請求項3に記載の発明の構成に加え、遠用アイポイントから8mm下方位置におけるレンズ度数は、
(近用部領域のレンズ度数)−0.75D
よりも大きな度数で設定されていることをその要旨とする。
また請求項5の発明では請求項3又は4に記載の発明の構成において請求項3の関係式の代わりに以下の関係式を使用することをその要旨とする。
【0013】
【数3】

【0014】
また請求項6の発明では請求項1〜5のいずれかに記載の発明の構成において請求項1の関係式の代わりに以下の関係式を使用することをその要旨とする。
【0015】
【数4】

【0016】
また請求項7の発明では請求項1〜6のいずれかに記載の発明の構成に加え、前記遠用測定位置と前記近用測定位置との間隔を20〜23mmとしたことをその要旨とする。
また請求項8の発明では請求項1〜7のいずれかに記載の発明の構成に加え、前記遠用測定位置で測定した遠用度数と前記近用測定位置で測定した近用度数の差が1.50D(ディオプター)以上2.50D以下であることをその要旨とする。
【0017】
上記のような構成では遠用部領域から近用部領域にかけて加入度が徐々に付加されていくように加入勾配が設定された累進屈折力レンズにおいて、遠用測定位置と近用測定位置との間隔を17〜25mmとするとともに、遠用入り口(中間入り口でもある)での加入割合を上記数1の関係式に基づいて設定する。
数1の関係式は累進帯の長さに対する遠用入り口での加入割合を好適な範囲に設定する式であって、実際の累進屈折力レンズにおいては累進帯の長さは装用者によって区々であるため実際の累進屈折力レンズにおける累進帯の長さをパラメータとして加入割合を変動させるようにしている。加入割合とは全加入量に対するその位置(ここでは遠用入り口)での加入量の比である。
数1の関係式に従えば、例えば、累進帯長が11mmであれば遠用入り口での加入割合は16〜23%とすることになる。また、累進帯長が15mmであれば加入割合は14〜21%に変動することになる。
遠用入り口での加入割合について、より好ましくは上記数4の関係式に基づいて設定することである。遠用入り口での加入割合を数4の関係式に従うようにすればPC作業により好適な加入割合とすることが可能である。遠用入り口での加入量が少なすぎると、レンズ全体の光学バランスを良好に保ったままPC距離に十分な加入を持ってくることができなくなり、遠用入り口での加入量が多すぎると、遠用部領域における正面視に支障があるからである。
このような設定とすることによって、遠用部領域の位置を上方に移動させることなく近距離から比較的近距離に近い中間距離について目視がしやすくなるように累進帯を拡張することが可能となる。
【0018】
本発明では、遠用測定位置は遠用入り口から4〜6mm程度上方付近、近用測定位置は近用入り口から3〜4mm程度下方付近に設定される。累進屈折力レンズでは遠用部領域から近用部領域にかけて累進帯が設けられて加入度が変化しているが遠用部領域及び近用部領域と累進帯との接続が加入が不連続とならないように穏やかに導入されるように設計される。そのため、遠用部領域あるいは近用部領域といっても一様な度数であるのではなく、累進帯に近い領域では若干加入勾配があり、そのような加入勾配を含む位置では元来設定されたレンズ度数が測定できない。そのため、加入勾配のない安定したレンズ度数が測定できる位置として遠用測定位置及び近用測定位置として上記のように設定される。本発明では遠用測定位置と近用測定位置との間隔を17〜25mmと設定しているため、遠用部領域と近用部領域の間隔が中近累進レンズほど離間することはない。
ここに、遠用入り口(及び近用入り口)は理論的には徐々に加入されていく屈折力(度数)が遠用部領域(及び近用部領域)の屈折力に達する位置であるといえるが、上記のように実際のレンズ設計においては不連続的、例えば屈曲した段差としてそれら入り口で急激に屈折力を変化させるわけにはいかない。つまり、レンズ表面は穏やかに遠用部領域(及び近用部領域)に導入されなければならないため入り口付近では度数の変化が穏やかになるように(より好ましくは度数勾配の変化率が一定であるように)設計されている。
このため図11の加入度曲線に示すように、仮想的にある地点を入り口と想定した場合にはその地点は未だ所定の遠用(あるいは近用)度数に到達していないといえる。逆にいえば遠用入り口は遠用部領域のレンズ度数に対して相対的に若干加入された状態にあると考えることもできる。
【0019】
尚、遠用入り口とは、主注視線上にある遠用部から中間部に移行する仮想的な地点のことであり、レンズ装用時に遠用入り口よりもレンズ上方では遠方視がされることを想定し設計する。また、近用入り口とは、主注視線上にある中間部から近用部に移行する仮想的な地点であり、レンズ装用時に近用入り口よりも下方部では近方視がされることを想定して設計する。また、遠用入り口から近用入り口の長さ(垂直方向差長さ)を累進帯長と言う。
【0020】
このような設定の累進屈折力レンズにおいては遠用入り口は遠用アイポイントと一致することが好ましい。例えば中近累進レンズでは遠用入り口は遠用アイポイントよりもかなり上方位置に配置されるが、このように遠用入り口は遠用アイポイントと一致させることで遠用部領域が上方へ偏倚することがなくなる。一致とはごくわずかにずれた略一致する場合も含める概念である。
【0021】
本発明では、遠用アイポイントから8mm下方位置における加入割合が上記数2の関係式で示されることが好ましい。数2の関係式は累進帯の長さに対する遠用アイポイントから8mm下方位置での加入割合を好適な範囲に設定する式であって、実際の累進屈折力レンズにおいては累進帯の長さは装用者によって区々であるため実際の累進屈折力レンズにおける累進帯の長さをパラメータとして加入割合を変動させるようにしている。一般に正面から自然に手元を見た場合20度程度下を向くとされる。20度は遠用アイポイントから約9mm下に相当するため、遠用アイポイントから下方8mmの位置はPC作業など近方作業の中でもレンズの少し上を使う場合に重要な位置である。
数2の関係式に従えば、例えば、累進帯長が13mmであれば遠用アイポイントから8mm下方位置における加入割合は61〜68%とすることになる。また、累進帯長が15mmであれば加入割合は57〜64%に変動することになる。
遠用アイポイントから8mm下方位置における加入割合について、より好ましくは上記数3の関係式に基づいて設定することである。遠用アイポイントから8mm下方位置における加入割合を数3の関係式に従うようにすればPC作業により好適な加入割合とすることが可能である。
更に、遠用アイポイントから8mm下方位置におけるレンズ度数は近用部領域のレンズ度数よりも0.75D以上小さく設定されていることがより好ましい。PC作業に必要な度数は、レンズ装用者の遠用度数と近用度数、残存調節力、および、PC作業時の姿勢などにより若干変わるが、近用部領域のレンズ度数から−0.75D若しくは、それよりも大きなレンズ度数が一般にPC作業をする場合の距離に最適である。従って、遠用アイポイントから8mm下方位置においては近用部領域のレンズ度数から−0.75D、あるいはそれ以上レンズ度数が小さく設定されることでPC作業により好適なピントとされることとなる。
【発明の効果】
【0022】
上記各請求項の発明では、遠距離〜近距離の全般をカバーできるとともに、比較的近距離に近い中間距離についての装用が快適である累進屈折力レンズを提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の実施例1における累進屈折力レンズの主要データをレイアウトした図。
【図2】実施例1において(a)は度数分布を示す図、(b)は非点収差分布を示す図、(c)は加入度曲線。
【図3】実施例2において(a)は度数分布を示す図、(b)は非点収差分布を示す図、(c)は加入度曲線。
【図4】本発明の実施例2における累進屈折力レンズの主要データをレイアウトした図。
【図5】実施例3において(a)は度数分布を示す図、(b)は非点収差分布を示す図、(c)は加入度曲線。
【図6】比較例1において(a)は度数分布を示す図、(b)は非点収差分布を示す図、(c)は加入度曲線。
【図7】比較例2における加入度曲線。
【図8】遠近累進レンズの累進帯と眼球の回旋量との関係を説明する説明図。
【図9】中近累進レンズの累進帯と眼球の回旋量との関係を説明する説明図。
【図10】近々累進レンズの累進帯と眼球の回旋量との関係を説明する説明図。
【図11】遠用及び近用の度数測定点と入り口を説明する概念図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の具体的な実施例を図面に基づいて説明する。尚、以下の各レンズは説明上一方のレンズのみを図示するが対になる他方のレンズは対称形状に形成されるものとする。
【0025】
(実施例1)
実施例1の累進屈折力レンズ1の主要データは以下の通りである。
遠用度数: S−0.00D C−0.00D
加入度:2.00D
累進帯長さ13mm
中心厚: 2.0mm
遠用アイポイントにおける加入割合:20.5%
遠用アイポイントから8mm下における加入割合:62.5%
遠用入り口の位置:幾何中心から2mm上方
近用入り口の位置:幾何中心から11mm下方
インセット: 2.3mm
【0026】
本実施例1は図1に示すような主要ポイントのレイアウトに従ってレンズ設計がなされている。同図においてOは幾何中心、E1は遠用アイポイント、E2は近用アイポイント、P1は遠用入り口、Q1は近用入り口、P2は遠用度数測定位置、Q2は近用度数測定位置、Iはインセット量である。
ここに、遠用アイポイントE1は装用者が正面視をした場合に瞳中心を通る水平線(つまり視線)が通過する位置である。本実施例1では遠近累進レンズであるため、遠用アイポイントE1は遠用入り口P1と略一致する。
本実施例1では遠用度数測定位置P2は遠用入り口P1(遠用アイポイントE1)の6mm上方に設定した。
また、実施例1では近用入り口Q1は遠用アイポイントE1(遠用入り口P1)の13mm下方に設定した。近用入り口Q1は近用アイポイントE2と一致する。従って、本実施例1の累進帯長さは13mmである。近用アイポイントE2は装用者が手元位置を目視した場合に瞳中心を通る水平線(つまり視線)が通過する位置である。近用度数測定位置Q2は近用入り口Q1の3mm下方に設定した。遠用度数測定位置P2と近用度数測定位置Q2との間隔は22mmである。
【0027】
インセットとは遠用視状態から近用視状態となった際の瞳中心を通る水平線が通過する位置が変位することをいい、インセット量Iとはその変位量である。測定値としては遠用アイポイントE1から近用アイポイントE2に至る範囲での水平方向の変位量として得られる。インセット量Iは一般的なユーザを前提に2〜3mmの範囲でいくつかのサイズで固定してもよく、装用者の個人的データに基づいて設定してもよい。本実施例1ではインセット量Iは2.3mmに設定した。
【0028】
上記のようなデータとレイアウトに基づいて設計された実施例1における累進屈折力レンズ1では図2(a)及び(b)のような度数分布特性図及び収差分布特性図が得られた。図2(c)の加入度曲線に示すように、本実施例1では遠用入り口P1(遠用アイポイントE1)における加入割合は20.5%とされ、近用入り口Q1における加入割合は86.0%とされている。また、遠用入り口P1(遠用アイポイントE1)から下方に8mmの位置での加入割合は62.5%とされている。遠用入り口P1(遠用アイポイントE1)における加入割合と遠用入り口P1(遠用アイポイントE1)から下方に8mmの位置での加入割合は、それぞれ、数1および数2を満たしている。
一般に正面から自然に手元を見た場合20度下を向くとされる。20度はEPから約9mm下に相当するため、この下方8mmの位置はPC作業などレンズの近用部領域の少し上を使う場合に重要な位置である。本実施例1ではこの下方8mmの位置は加入度として近用部領域のレンズ度数から−0.75Dとなる位置(この実施例1では1.25D)でもある。近用部領域のレンズ度数から−0.75D若しくは、それよりも大きなレンズ度数が一般にPC作業をする場合の距離に最適である。つまり、実施例1はPC作業するのに最適な位置での加入割合が最適となっている。
【0029】
次に、このような構成の実施例1の遠近累進レンズ1と同じ加入度(2.0D)でかつ同じ累進帯長さ(13mm)の従来の遠近累進レンズ5(比較例1)とを比較する。
まず度数分布については実施例1の図2(a)と比較例1の図6(a)では実施例1では遠用入り口P1から近用入り口Q1にかけて加入度の変化はほぼ一定であることがわかる。一方、比較例1では遠用入り口P1(遠用アイポイントE1)における加入割合は7.0%とされており、遠用入り口P1付近の加入勾配は実施例1よりも緩やかである。しかし比較例1では、累進帯下方領域での加入度の変化が大きいことがわかる。
一方、収差分布については図2(b)と図6(b)の比較から中間部から近用部の明視幅が実施例1の方が広いことがわかる。
更に、遠用アイポイントE1から下方に8mmの位置での加入割合は実施例1が62.5%であるのに対して比較例1では53.5%である。つまり、比較例1はこの位置での加入度が1.07Dにすぎないため、PC作業をしやすい目線方向での加入度としては不十分である。本来であればこの位置は実施例1と同じように近用部領域のレンズ度数2.00Dから−0.75Dの1.25D若しくは更に大きなレンズ度数であることが最適である。比較例1では1.25Dとなる位置は図6(c)に示すように遠用アイポイントE1から下方に9.2mmの位置となってしまう。従って、PC作業をしやすい度数はかなり下位置にあるため、装用者は実施例1と比較してこの位置まで視線を回旋させる必要がある。また、視線を通すために顎を上げた不自然な姿勢を強いられることとなってしまう。
【0030】
(実施例2)
実施例2の累進屈折力レンズ2の主要データは以下の通りである。
遠用度数: S−0.00D C−0.00D
加入度:2.00D
累進帯長さ13mm
中心厚: 2.0mm
遠用アイポイントにおける加入割合:16.5%
遠用アイポイントから8mm下における加入割合:62.5%
遠用入り口の位置:幾何中心から2mm上方
近用入り口の位置:幾何中心から11mm下方
インセット: 2.3mm
【0031】
本実施例2は実施例1と同じ加入度(2.0D)でかつ同じ累進帯長さ(13mm)とされた累進屈折力レンズ2であって、レイアウトは実施例1の図1と同様である。実施例1と共通する内容は省略する。
実施例2において累進屈折力レンズ2は図3(a)及び(b)のような度数分布特性図及び収差分布特性図が得られた。図3(c)の加入度曲線に示すように、本実施例2では遠用入り口P1(遠用アイポイントE1)における加入割合は16.5%とされ、近用入り口Q1における加入割合は87.5%とされている。また、遠用入り口P1(遠用アイポイントE1)から下方に8mmの位置での加入割合は63.5%とされている。この下方8mmの位置におけるレンズ度数は1.27Dであり、PC作業距離に必要な近用度数−0.75Dよりも若干大きくなっている。
実施例2では実施例1と比較して遠用入り口P1の加入割合を若干下げ、遠用アイポイントから8mm下の加入割合および近用入り口の加入割合を若干上げた。このように遠近の加入割合のバランスは調整可能であるが、あまりに遠用アイポイントの加入割合を小さくしてしまうと中間部が不利になりレンズ全体のバランスも崩れてしまうため、調整においては数1の条件を満たすことが必要である。実施例2もPC作業するのに最適な位置での加入割合が最適な加入割合であり、なおかつ最適なレンズ度数に設定されていることとなる。比較例1に対して、PC作業をしやすい点は実施例1と同様である。
【0032】
(実施例3)
実施例3の累進屈折力レンズ3の主要データは以下の通りである。
遠用度数: S−0.00D C−0.00D
加入度:2.00D
累進帯長さ11mm
中心厚: 2.0mm
遠用アイポイントにおける加入割合:21.0%
遠用アイポイントから8mm下における加入割合:69.0%
遠用入り口の位置:幾何中心から2mm上方
近用入り口の位置:幾何中心から9mm下方
【0033】
本実施例3は実施例1と同じ加入度(2.00D)で累進帯長さが異なる累進屈折力レンズ3である。
本実施例3は図4に示すような主要ポイントのレイアウトに従ってレンズ設計がなされている。本実施例3でも遠用アイポイントE1は遠用入り口P1と略一致し、遠用度数測定位置P2は遠用入り口P1(遠用アイポイントE1)の6mm上方に設定されている。近用入り口Q1は遠用アイポイントE1(遠用入り口P1)の11mm下方に設定した。本実施例3でも近用入り口Q1は近用アイポイントE2と一致する。近用度数測定位置Q2は近用入り口Q1の3mm下方に設定した。遠用度数測定位置P2と近用度数測定位置Q2との間隔は20mmである。インセット量Iは実施例1と同じである。
上記のようなデータとレイアウトに基づいて設計された実施例3における累進屈折力レンズ3では図5(a)及び(b)のような度数分布特性図及び収差分布特性図が得られた。図5(c)の加入度曲線に示すように、本実施例3では遠用入り口P1(遠用アイポイントE1)における加入割合は21.0%とされ、近用入り口Q1における加入割合は86.0%とされている。また、遠用入り口P1(遠用アイポイントE1)から下方に8mmの位置での加入割合は69.0%とされている。
また、図5(c)の加入度曲線に示すように、本実施例3では近用部領域のレンズ度数から−0.75Dとなる位置は遠用入り口P1(遠用アイポイントE1)から下方に7mmの位置である。つまり、遠用入り口P1(遠用アイポイントE1)から下方に8mmの位置ではレンズ度数は近用部領域のレンズ度数から0.75Dを引いた度数である1.25Dよりも若干大きい1.35D程度の値とされている。
【0034】
次に、このような構成の実施例3の遠近累進レンズ1と同じ加入度(2.0D)でかつ同じ累進帯長さ(11mm)の従来の遠近累進レンズ6(比較例2)とを比較する。
遠用アイポイントE1から下方に8mmの位置での加入割合は実施例3が69.0%であるのに対して図7の加入度曲線に示すように比較例2では60.0%である。つまり、比較例2はこの位置での加入度が1.2D程度であるため、この累進帯長さにおけるPC作業をしやすい目線方向での加入度としては必ずしも十分とはいえない。比較例2ではPC作業に必要な1.25Dとなる位置は遠用アイポイントE1から下方に8.5mmの位置となっている。従って、装用者はこの度数で目視したい場合には下方に8.5mmの位置まで視線を回旋させる必要があり、視線を通すために若干顎を上げた姿勢を強いられることとなってしまう。
【0035】
尚、この発明は、次のように変更して具体化することも可能である。
・上記各実施例2では遠用入り口P1と遠用アイポイントE1が一致するようなレイアウトであったが、一致しないレイアウトを採用することも可能である。
・上記実施例では累進帯長さとして11mmと13mmの場合を例に挙げて説明したが、それら以外の累進帯長さであっても構わない。
・遠用度数測定位置P2と近用度数測定位置Q2の位置は上記に限定されるものではない。両者の間隔が17〜25mmとなるのであれば(より好ましくは20〜23mm)適宜位置を変更することは構わない。
・遠用アイポイントにおける加入割合、遠用アイポイントから8mm下の加入割合は、装用者の加入度に応じて変化させても良い。例えば、累進帯長13mmにおいて、遠用アイポイントにおける加入割合を加入度1.50Dの場合は18%、加入度2.50Dの場合は21%などとするなど適宜変更することは構わない。
その他本発明の趣旨を逸脱しない態様で実施することは自由である。
【符号の説明】
【0036】
1〜3…累進屈折力レンズ、E1…遠用アイポイント、P1…遠用入り口、P2…遠用測定位置、Q1…近用入り口、Q2…近用測定位置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レンズ上方に配置された比較的遠方を見るための遠用部領域と、同遠用部領域よりも下方に配置され同遠用部領域よりも大きな屈折力を有する近用部領域と、これら領域の間に配置され屈折力が累進的に変化する累進帯領域を備え、前記遠用部領域から近用部領域にかけて加入度が徐々に付加されていくように加入勾配が設定された累進屈折力レンズにおいて、
前記遠用部領域のレンズ度数を測定する遠用測定位置と前記近用部領域のレンズ度数を測定する近用測定位置との間隔を17〜25mmとするとともに、遠用入り口での加入割合A(%)が以下の関係式で示されることを特徴とする累進屈折力レンズ。
【数1】

【請求項2】
遠用入り口は遠用アイポイントと一致することを特徴とする請求項1に記載の累進屈折力レンズ。
【請求項3】
遠用アイポイントから8mm下方位置における加入割合B(%)が以下の関係式で示されることを特徴とする請求項1又は2に記載の累進屈折力レンズ。
【数2】

【請求項4】
遠用アイポイントから8mm下方位置におけるレンズ度数は、
(近用部領域のレンズ度数)−0.75D
よりも大きな度数で設定されていることを特徴とする請求項3に記載の累進屈折力レンズ。
【請求項5】
請求項3の関係式の代わりに以下の関係式を使用することを特徴とする請求項3又は4に累進屈折力レンズ。
【数3】

【請求項6】
請求項1の関係式の代わりに以下の関係式を使用することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに累進屈折力レンズ。
【数4】

【請求項7】
前記遠用測定位置と前記近用測定位置との間隔を20〜23mmとしたことを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の累進屈折力レンズ。
【請求項8】
前記遠用測定位置で測定した遠用度数と前記近用測定位置で測定した近用度数の差が1.50D(ディオプター)以上2.50D以下であることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の累進屈折力レンズ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−59541(P2011−59541A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−211269(P2009−211269)
【出願日】平成21年9月14日(2009.9.14)
【出願人】(000219738)東海光学株式会社 (112)
【Fターム(参考)】