説明

細線状チタン化合物およびその製造方法

【課題】細線化や長繊維化を更に促進した細線状チタン化合物、およびこの様な細線状チタン化合物を製造するための有用な方法を提供する。
【解決手段】本発明方法は、チタン酸塩とアルカリ水溶液の混合物を加圧加熱処理し、チタン酸塩を細線状に成長させる工程を含む細線状チタン化合物の製造方法において、前記加圧加熱処理で合成されるチタン酸塩中のアルカリ金属元素より陽イオン半径が小さい不純物の原子の個数を、原料中に含まれるチタン元素の原子の個数の1/50以下に制御しつつ操業する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン化合物(酸化チタン、チタン酸、チタン酸塩など)の細線状化合物(結晶を含む)、およびこうした細線状チタン化合物を製造するための有用な方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
細線状のチタン化合物としては、酸化チタンやチタン酸塩を繊維状に析出させたファイバー類、中空筒状に析出させたチューブ類などが知られている(特許文献1〜3、非特許文献1)。
【0003】
特許文献1には、天然ルチル粗粉末を、アルカリ水溶液を入れた原料容器に入れて加圧加熱処理(水熱合成処理)することによって酸化チタン系細線状生成物が得られることが記載されており、アナターゼ型酸化チタンの光触媒活性が高いことが記載されている。前記水熱合成は、ステンレス製容器に原料液を入れて閉蓋した後、容器をオーブンに入れて加熱することによって実施している。また水熱合成中、マグネット製攪拌機を入れて原料液を撹拌してもよいとしている。
【0004】
特許文献2にも天然ルチル粗粉末を水熱合成処理することによって得られる結晶性に優れたアナターゼ型ナノファイバーが開示されている。この特許文献2でも、水熱合成は、ステンレス製容器に原料と磁気撹拌子を入れて閉蓋した後、容器を加熱することによって実施している。尚、天然ルチル粗粉末を用いた場合には、生成物中に鉄などの不純物が含まれ、電子の死活点が発生する可能性がある。またアナターゼ型結晶は、例えばLiイオンのインターカレント等の特性においてTiO2(B)型と特性が異なる。更に、回転子で溶液を撹拌すると、ファイバーの合成時にファイバーが割れるなどしてファイバーのアスペクト比が低下し易い。またステンレス製容器に原料液を入れて容器を加熱しただけでは、水熱合成圧力を十分に高めるのが難しい。
【0005】
特許文献3にはチタン酸塩を水熱処理することを特徴とする酸化チタンナノチューブ構造体の製造方法が開示されており、チタン酸塩を用いれば、強アルカリを使用しなくてもよいとされている。但し、この場合は、反応時間が120時間以上と長くなる。
【0006】
非特許文献1には、「テフロン(登録商標)製遠沈管」にナノサイズ酸化チタン粉末と20mol/LのKOH水溶液を入れ、耐圧ガラス容器中で110℃、20時間の条件で水熱処理することで、比表面積が400m2/gを超える長繊維状の酸化チタン(酸化チタンナノワイヤー)が得られることが記載されている。但し、水酸化カリウム(KOH)は反応性が高く取り扱いが難しい。またカリウムの反応性が高く、水酸化カリウム中には炭酸カリウム等を多く含み、一般的に高純度の試薬を入手しにくい。高純度な生成物を得るための反応を行なうためには、Naの水酸化物で合成することが望ましい。
【特許文献1】特許第3616927号公報
【特許文献2】特許第3747260号公報
【特許文献3】特開2006−44992号公報
【非特許文献1】実平、外2名、「酸化チタンナノワイヤーの合成と色素増感太陽電池」、化学工業、第60巻、第796−800頁(2004年10月)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記従来技術は、ファイバーやチューブの細線化や長繊維化に関して更なる改善の余地がある。よって本発明の目的は、細線化や長繊維化を更に促進した細線状チタン化合物、およびこの様な細線状チタン化合物を製造するための有用な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題を解決するために様々な角度から検討した。その結果、製造の際に用いる原料中に含まれる特定の不純物が、チタン化合物の細線化や長繊維化を阻害していることを突き止めた。そして、このような不純物の量(原子の数)を極力低減した状態で水熱合成すると、チタン化合物の細線化および長繊維化が有効に促進さされることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明に係る細線状チタン化合物の製造方法は、チタン酸塩とアルカリ水溶液の混合物を加圧加熱処理し、チタン酸塩を細線状に成長させる工程を含む細線状チタン化合物の製造方法において、前記加圧加熱処理で合成されるチタン酸塩中のアルカリ金属元素より陽イオン半径が小さい不純物の原子の個数を、原料中に含まれるチタン元素の原子の個数の1/50以下に制御しつつ操業する点に要旨を有するものである。
【0010】
本発明の製造方法においては、上記不純物原子の個数は、チタン元素の原子の個数の1/1000以下に制御することが好ましく、これによって、本発明の効果がより顕著なものとなる。また、前記アルカリ金属元素としては、NaまたはKが挙げられる。
【0011】
上記のようにして得られた細線状チタン化合物は、その比表面積(BET比表面積)が
47〜67m2/g、1mol/L(pH=0.0)の塩酸中での沈降速度が3.0×10-7〜1.2×10-6m/秒、純水中での沈降速度が8.5×10-5〜1.2×10-4m/秒のものとなる。また、この細線状チタン化合物は、結晶晶系がTiO2(B)構造を主体とするもとなる。
【0012】
尚、本明細書において、「チタン酸」とは、チタン酸塩(xM2O・yTiO2;Mはアルカリ金属。x、yは自然数)の金属Mが水素原子Hに置き換わった化合物((xH2O・yTiO2);特にH2Ti37・3H2OなどのH2Ti37・nH2O(nは0〜3の自然数))のことをいい、含水型酸化チタン(H2Ti37(x=1、y=3))を含む。
【0013】
また本明細書において「酸化チタン系化合物」とは、酸化チタン(TiO2)、含水型酸化チタン(H2Ti37)、およびその水和物(H2Ti37・mH2O(mは1〜3の自然数))を指す。更に、本明細書において「チタン化合物」は、前記チタン酸塩、チタン酸、酸化チタン系化合物の全てを含む意味で使用する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、チタン化合物の細線化および長繊維化を更に促進させることができる。細線状チタン化合物は、通常、ナノサイズであるが、これの細線化をさらに推し進めることによって細線状物同士の絡み合いを増大させることができ、それぞれの細線状物はナノサイズであってもその凝集性が変わり、水溶液からの分離工程で、濾過法や沈降法が適用できる、等ハンドリング性を改善することができる。
【0015】
また本発明の細線状チタン化合物を色素増感太陽電池用の電極に用いた場合、光発電効率の増大が期待できる。色素増感太陽電池では、色素によって励起された光電子が酸化チタンに移動し、しかも電流を収集している透明電極に移動しており、酸化チタンの細線化および長繊維化を促進させておけばこの光電子の移動中、電子の死活点となる再結合核や再反応サイトに光電子が接するのを防止でき、発電効率が増大する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明方法は、水熱合成を利用して細線状チタン化合物を製造する際に、水熱合成で合成されるチタン酸塩を構成するアルカリ金属イオンの、チタン酸中で安定な価数のイオン半径に比較して、チタン酸塩中で安定な価数の陽イオン半径が小さい不純物元素の原子の個数を、原料中に含まれるチタン元素の原子の個数に比べて、1/50となるように制御することによって、チタン化合物の細線化および長繊維化を実現するものである。
【0017】
一般的にイオン半径は、元素、イオンの価数、配位数により異なることが知られている。本発明では価数はチタン酸塩中で安定なイオンの価数を用いる。即ち、K,Naは1価の陽イオン、Ca,Znは2価の陽イオン、Alは3価の陽イオン、Siは4価の陽イオンとなる。またイオン半径は、本来ならばチタン酸塩中のイオンの半径を以て議論すべきであるが「例えば、「バトラー/ハロッド 無機化学(上)」(R.D.Sharnnon Acta Crytallographica,A32,751(1976):参考文献)」、同配位数の(通常は6配位)のイオン半径を基準として、イオン半径を相対比較してイオン半径を議論しても構わない。以下、本発明が完成された経緯を説明しつつ、本発明の作用効果について説明する。
【0018】
本発明者らは、まず異なる2つの装置環境に着目し、それらの環境の違いが結晶の形状に影響を与える要因について検討した。そしてまず、下記AおよびBの各装置環境で、チタン化合物(以下、「針状化合物」と呼ぶことがある)を合成したところ、Aの装置環境に比べて、Bの装置環境で合成した針状化合物の形状がより細線化していることが分かった。
【0019】
[Aの装置環境]
使用した水:蒸留水
使用したビーカ:パイレックスガラス
使用したメスフラスコ:硼珪酸ガラス製
使用したピペット:硼珪酸ガラス製
使用した薬さじ:フッ素コート薬さじ
【0020】
[Bの装置環境]
使用した水:電子工業用純水
使用したビーカ:パイレックスガラス
使用したメスフラスコ:ポリペンテン樹脂製
使用したピペット:硼珪酸ガラス製
使用した薬さじ:フッ素コート薬さじ
【0021】
上記のような現象が生じる原因は、製造の際に用いる原料の純度の依存性によるものではないかとの着想の下で、上記Bの装置環境の原料溶液調製用の実験器具および電子工業用純水を用いて、器具の洗浄、薬剤の調整を行ないつつ、Aの装置環境にて針状化合物の合成を試みた(NaOH水溶液環境下、66時間合成)。その結果、比較的細線化が難しいとされていたAの装置環境においても細線化した針状化合物(Na2Ti37の巻回構造を有する針状化合物)が合成できることが判明した。このとき得られた針状化合物(乾燥後)の、走査型電子顕微鏡写真(撮影倍率:5000倍)を図1に示す。図1に示したように、乾燥過程で表面張力による凝集が観察されるが、ファイバーの径が細いチタン化合物が得られていることが分かる。
【0022】
これらの結果から、装置環境の違いによって混入した、通常の化学反応では無視できる程度の微量の不純物元素の混入が結晶形状を支配的に制御して、細線化に影響を与えるものと考えられた。不純物元素が混入する一番大きな原因は、強アルカリであるアルカリ水溶液(例えば、10mol/LのNaOH溶液)を溶解する過程で、最も長時間溶液と接触している硼珪酸ガラス製メスフラスコが、Bの装置環境では、樹脂製のメスフラスコに置き換えられており、アルカリによる硼珪酸ガラスの溶解が主な原因であると考えられた。また、両者の装置環境の使用経緯からして、他の化学実験器具を共用した場合にも、不純物元素が混入する可能性が高くなるものと思われた。
【0023】
原料溶液に用いた10mol/LのNaOH溶液を、上記のAおよびBの装置環境下で調製し、ICP(Inductively Coupled Plasma)発光分光分析によって不純物濃度を測定した。このとき、10mol/LのNaOH溶液は、高濃度であったために、40倍に希釈した溶液を用いて、ICP質量分析法の発光分析で不純物の特定を行なった。その結果、Aの装置環境下では、Zn,Si,Ca等の不純物元素を検出限界より多く検出した。また、発光分析の検出限界程度であるが、顕著に発光強度が強い元素であるMgやAlの不純物元素を検出した。これに対し、Bの装置環境下では、Zn,Si,Ca等の不純物元素を含まず、MgやCa等の不純物元素を検出限界程度含んでいることが判明した(いずれも、Naの濃度は40倍希釈の溶液では5750mg/L、10mol/LのNaOH溶液100mLに対して10gの酸化チタン(アナターゼ)を混合した。チタンのモル比はNa1モル(個)に対して、0.125モル(個)である)。
【0024】
上記の結果から、発光強度の強度から概ね濃度を推察できる。IPC発光分析の検出限界付近の不純物が検出されているので、概ね質量比で1/100以上の割合で不純物を含む場合には、細線化されたチタン化合物が合成されないことが分かる。これに対して、不純物の含有量を質量比で1/1000以下に抑制した場合には、細線化されたチタン化合物が合成されていることが分かる。どの程度の不純物濃度であれば、チタン化合物の細線化に影響を及ぼすかは、原子の質量を原子量で割って、モル数でその量を検討すべきであるが、本発明者らが確認したところ、Na元素とTi元素の混合比較を鑑みると原子量により補正すべき数値はほぼ相殺することができ、その合成原理(この原理については、後述する)からして、概ね原料中に含まれる不純物の原子の個数を、チタン元素の原子の個数の1/50以下に制御すれば、不純物元素の抑制効果が発揮されることを確認できた。より好ましくは、原料中に含まれる不純物の原子の個数を、チタン元素の原子の個数の1/1000以下に制御することが有効である。
【0025】
不純物の濃度を抑制することによって、上記のような効果が発揮される理由については、その全てを解明し得た訳ではないが、おそらく次に示す機構によるものと考えることができた。また、後述する機構からして、チタン化合物の細線化に影響を及ぼす元素は、原料としてのアルカル水溶液を構成するアルカリ金属元素よりも、前記した様に陽イオン半径を比較したときに陽イオン半径が小さい元素であることが必要となる。
【0026】
Na2Ti37等のチタン酸金属塩は、チタン酸と金属元素とが層状構造を構成し、それらの元素比が一定の整数比に従う化合物を構成するため、チタン酸の層と金属原子層との間に一定の元素の比率に従った段差構造が構成され、更にそれらの段差構造が水熱合成法による加圧加熱処理中で自己整合的にロール状の針状結晶を成長させるものと考えられている(例えば、The Soft Chemical Systhesis of TiO2(B) from layered Titanatees,THOMAS P.FEIST AND PETER K.DAVIEST)。こうした巻回構造について、図面を用いて説明する。
【0027】
図2は、チタン酸塩(例えば、チタン酸ナトリウム:Na2Ti37)が巻回構造を構成することを説明するための模式図であり、図中1はTiO6結晶八面体を示している。TiO6結晶八面体1は、3連続した箇所で段差を生じており、水熱合成により最終的に針状化合物の形状を得るためには、上記のTiO6結晶八面体1の角部が結晶の歪みに対して最も弱い構造をしているので、TiO6結晶八面体1同士が一定の割合で歪みを生じて、長期的に歪みを蓄積することにより、最終的に巻回構造を示し、一次元構造である針状化合物を構成すると考えられる。
【0028】
図3は、例えばNa陽イオンとK陽イオン等のように金属元素イオンの半径(陽イオン半径)が異なる場合の、微視的なTiO6結晶八面体1の歪みの違いを概念的に示す説明図である。図3(a)は、Na陽イオン(図中、2で示す)を含む場合(即ち、アルカリ水溶液としてNaOHを使用した場合)を示し、図3(b)は、K陽イオン(図中、3で示す)を含む場合(即ち、アルカリ水溶液としてKOHを使用した場合)を示している。
【0029】
例えば、アルカリ金属イオンとしてK陽イオンが存在する場合[図3(b)]には、TiO6結晶八面体1により構成される平面間隔が広がり、TiO6結晶八面体1により構成される平面同士の幾何学的な干渉が少なくなる。そして、平面同士の幾何学的な干渉が少なくなるために、TiO6結晶八面体1の平面上の段差における歪みが容易に大きくなると考えられる。また、陽イオンであるKやNaは、電子を供給してTiO6結晶八面体1の角部の酸素の分子の起動にも影響を与えていると考えられる。
【0030】
こうした原理からして、チタン酸塩の平面上段差は用いるアルカリ金属元素のイオン半径(陽イオン半径)に影響されると考えることができる。Na陽イオンの半径は0.116nmであるのに対して、K陽イオンの半径は0.152nmである「例えば、「バトラー/ハロッド 無機化学(上)」(R.D.Sharnnon Acta Crytallographica,A32,751(1976):参考文献)」。
【0031】
従って、アルカリ水溶液として、KOHを用いた場合(即ち、アルカリ金属原子としてKが存在する場合)は、NaOHを用いた場合(即ち、アルカリ金属原子としてNaが存在する場合)に比べて、巻回構造の曲率半径が小さくなることが予想され、得られる針状化合物は結晶がより細線化して大きな比表面積を示すものとなると考えられる。
【0032】
上記のような機構に対して、合成雰囲気中に一定量以上の不純物元素が存在する場合には、不純物元素が、歪みを蓄積されて形成される長期的な巻回構造を乱して局所的に曲率半径を変化させて巻回構造の構成を阻害してしまうため、曲率半径が大きくなる方向に作用するものと考えられる。即ち、不純物元素は、長期的なTiO6結晶八面体により構成される平面の歪みを一定間隔で乱すことによって、巨視的な巻回構造の整合性を乱すものと考えられる。水熱合成の環境下で混入する不純物は、上記のようにCa,Al,Zn,Si,Mg等が考えられるが、これらの不純物は、概ねK陽イオンやNa陽イオンに比べて、イオン半径(陽イオン半径)が小さく且つ電子の価数が多いものである。例えば、上記参考文献によれば、これらの元素の陽イオン半径は、Ca2+:0.114nm、Al3+:0.068nm、Zn2+:0.088nm、Si4+:0.054nm、Mg2+:0.086nmとなる。尚、同一元素であっても、イオンの価数と配位数によってイオン半径が異なるが、ここでは、当該元素がチタン酸塩として化合するときの陽イオンの価数におけるイオン半径とする。
【0033】
従って、TiO6結晶八面体により構成される平面の間に不純物元素のイオンが置換された場合には、電子の価数の等しいKイオンやNaイオンを排斥してしまうので、原子の個数が少なくても、不純物元素によって結晶の巻回構造が崩され易くなるものと考えられる。ここで、TiO6結晶八面体によって構成される平面の間に入るアルカリ金属元素(KまたはNa)は二次元の分布をもつので、不純物の原子がアルカリ金属原子の1/100であった場合には、図4(二次元に広がった不純物の分布状態を示す概念図)に示すように(図中、4はアルカリ金属元素、5は不純物元素を示す)、一次元的(直線的)には10個に1個の割合で不純物元素が存在することになるので、巻回構造への影響は無視できないことになる。
【0034】
上記のように本発明方法では、原料中に混入する不純物の濃度を抑制することが重要であるが、不純物の濃度を低減する手段としては、強アルカリ溶液を調製する器具にガラス製等のアルカリと反応する器具を使わないことが基本となる。水酸化ナトリウムの溶解は、溶解熱が大きく発熱を伴い、且つ溶液の粘性が高い。また、溶液を希釈した場合は、その体積が減少するので、メスフラスコで評線を合わせる場合は、数度純水を満たして攪拌を繰り返す必要がある。従って、メスフラスコで調製した場合は評線を合わせるために高温の溶液を冷却し、溶液中の気泡を除去するために一定時間溶液を放置する必要があり、且つ評線を正確にあわせるために、数回希釈を行なう必要がある。こうしたことから、この工程で用いる器具をテフロンコーティング等の反応性が低いコーティング材料や樹脂を用いることが望ましい。また工業的には予め混合する原料の比率を定めておき、予め体積減少を考慮して混合する等の手法が考えられる。尚、水熱合成に用いるアルカリ水溶液としては、KOHやNaOHが代表的なものとして挙げられるが、より不純物の少ない試薬を入手できるとの観点からすればNaOHを用いることが好ましい。
【0035】
本発明は、水熱合成を利用して細線状チタン化合物を製造することを前提とする。水熱合成は、チタン酸塩を含む液を加圧加熱処理し、チタン酸塩化合物(結晶を含む)やチタン酸化合物(結晶を含む)を成長させる反応をいう。チタン酸塩を含む液の調製手法は、従来公知の種々の手法を採用でき、例えば、チタン酸塩を直接水に溶解乃至分散させてもよいが、好ましくは酸化チタン系化合物(特に酸化チタン)とアルカリ水溶液を混合する。酸化チタン系化合物とアルカリ水溶液の混合物では、水熱合成が速く進行する。
【0036】
酸化チタンとしては、天然酸化チタン(天然ルチルなど)であってもよく、合成酸化チタン(チタン鉱石やチタンアルコキシド等から合成される酸化チタン(人工酸化チタン)等)であってもよい。合成酸化チタンを用いると、生成物(細線状チタン化合物)に混入する不純物をより低減でき、生成物の電気的特性を高めることができる。
【0037】
また前記酸化チタンの結晶多形も特に限定されず、ルチル型、アナターゼ型、ブルッカイト型、II型、スリランカイト型のいずれでもよい。実施例では、アナターゼ型を用いた。
【0038】
アルカリ水溶液としては、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液などのアルカリ金属水酸化物の水溶液が使用できる。このアルカリ水溶液は、一般的に高濃度アルカリであり、アルカリ金属の濃度は、例えば、1〜20mol/L程度、好ましくは2〜17mol/L程度、さらに好ましくは5〜15mol/L程度である。
【0039】
酸化チタン系化合物の量は、アルカリ水溶液100mLに対して、例えば、1〜30g程度、好ましくは3〜20g程度、さらに好ましくは5〜15g程度である。
【0040】
水熱合成の加圧、加熱条件は、例えば、以下の通りである。
ゲージ圧力:0.2〜2MPa、好ましくは0.3〜1.5MPa、さらに好ましくは0.4〜1.0MPa(特に0.5〜0.8MPa)
反応温度:110℃以上、好ましくは120℃以上、さらに好ましくは130〜180℃(特に150〜170℃)
圧力や温度が低いほど、生成物は中空状(チューブ状)になりやすく、圧力や温度が高いほど、生成物は繊維状(ファイバー状)になりやすい。
【0041】
そして本発明方法では、前記水熱合成を行うに際して、原料中に含まれ不純物元素の量を一定量以下に抑制することによって、上記のような巻回構造の進行が促進され、より細線化および長繊維化されたチタン化合物(針状化合物)が得られたのである。
【0042】
上記水熱合成によって得られる針状化合物は、層状に積層されたチタン酸塩と酸化チタンが巻回した細線状化合物になっている。この巻回細線状化合物は、必要によって洗浄(特に水洗)した後、プロトン酸と接触させることによってイオン交換もしくはイオンを脱離し、次いで脱水処理することが望ましい。プロトン酸と接触させることにより、チタン酸塩(xM2O・yTiO2)部分が、チタン酸(例えばH2Ti37・nH2O。特にH2Ti37・3H2O)になる。また乾燥処理により、チタン酸が含水型酸化チタン(H2Ti37)になり、更に乾燥が進むと酸化チタン(TiO2)になる。尚、これら後処理を実施しても、巻回細線状構造は維持され、後処理の段階に応じて各種の巻回細線状チタン化合物を製造できる。ただし乾燥が進んで当初のチタン酸塩部分が酸化チタンになると、全体が酸化チタンとなり、化合物レベルでは巻回構造は消失してTiO2(B)構造となる。
【0043】
プロトン酸との接触では、水熱合成液を直接プロトン酸と接触させてもよく、水熱合成液から液体部分を分離除去して巻回細線状化合物を回収し、この回収化合物に対して、直接又は水洗した後、プロトン酸を接触させてもよい。また回収化合物をプロトン酸と接触させた後、液体部分を分離除去し、回収化合物を水洗してもよく、この水洗操作を複数回繰り返してもよい。尚、巻回細線状化合物の凝集力は比較的弱いため、反応液の除去、プロトン酸液の除去、および水洗液の除去のいずれの場合においても弱い凝集力で結合している凝集体を維持するためには、外力を強く作用させないようにして液体部分を分離除去することが推奨される。液体部分の分離除去手段としては、遠心分離を採用してもよいが、自然沈降(デカンテーション)や濾過等を採用する方が望ましい。本発明では巻回細線状化合物のハンドリング性が高く、沈降性も高まっており、自然沈降(デカンテーション)や濾過などを採用しても、液体からの分離回収を極めて容易に行うことができる。
【0044】
巻回細線状化合物の沈降性は、沈降速度によって評価できる。巻回細線状化合物の沈降性は、巻回細線状化合物のイオン交換の進行度や脱水の進行度を問わず懸濁液の種類に応じて一定であり、塩酸中での沈降速度が3.0×10-7〜1.2×10-6m/秒、純水中での沈降速度は、8.5×10-5〜1.2×10-4m/秒程度となる。
【0045】
ストークスの関係式から重力・抵抗力・浮力を考慮して下記の様に終端速度を求めると、沈降速度は、粒子の密度と粒径、および流体の密度と粘度によって決まる値であり、容器形状等の影響は受けない。
【0046】
【数1】

【0047】
粒子の沈降速度(終端速度)は、マイクロソフト社製の表集計ソフト「EXCEL」で粒子位置(上澄み溶液と粒子の界面)の時間変化をプロットして、「EXCEL」で計算できる最高次数である6次までの多項近似から導出された1次の近似式の係数を沈降速度とした。この方法は、前記表多項式を導出して各項の係数を比較したところ、2次より高次の項の係数は無視できるほど小さい事実から発明者が考案した方法である。以下にその原理を示す。まず、沈降初期に於いては、粒子間の相互作用は無視できる程小さく沈降はストークスの関係式から重力・抵抗力・浮力を考慮して導出される時間に対する1次の沈降速度(終端速度)に厳密に従うと考えられる。次に、沈降の終盤では凝集体同士が近接して物理的な相互作用を生じ始めるために沈降速度(終端速度)に相互作用の効果が加わり2次の係数が発生すると考えられる。
【0048】
プロトン酸と接触させた後の水素イオン指数(pH;実測値又は計算値)は、中和領域(pH5〜9程度、特にpH6〜8程度)であってもよいが、強酸性領域(pH0〜2、好ましくは0〜1.8未満、特にpH0〜1.2)が最も望ましい。またプロトン酸と接触させた後に水洗する場合には、水洗後の水素イオン指数(pH;実測値又は計算値)も前記範囲にすることが推奨される。強酸性にするほど、巻回細線状化合物の回収率が向上する。特にpHを0〜1.2にすると、チタン酸塩(Na2Ti37など)の分解・解離を実質的に確実に防止できる。尚、pHが1.8より高くなると、チタン酸塩(Na2Ti37など)の分解・解離が大きくなり始め、pHが2.5〜4.5程度の弱酸性領域では、チタン酸塩の針状化合物の分解・解離が最も大きく、針状化合物の形で液体中に放出されることが判った。また弱酸性領域で分解放出された微粒子状チタン酸塩は、遠心分離器等を使用しても回収が困難であった。従って弱酸性領域を避けることが推奨される。
【0049】
プロトン酸としては、例えば、塩酸、硫酸などの強酸(鉱酸)が一般的である。プロトン酸と接触させる場合のプロトン濃度は、例えば、0.1mol/L以上、好ましくは0.3mol/L以上、さらに好ましくは0.5mol/L以上である。プロトン酸濃度が低すぎると、チタン酸塩とのプロトン交換効率が低下する。プロトン酸濃度の上限は特に限定されないが、製造コストの観点から上限を設定してもよい。またプロトン酸濃度が高いと、チタン酸塩が一部溶解することもある。プロトン濃度は、例えば、6mol/L以下、好ましくは5mol/L以下、さらに好ましくは3mol/L以下にしてもよい。
【0050】
乾燥処理の方法は特に限定されず、凍結乾燥、加熱乾燥、減圧乾燥(真空乾燥)、風乾燥、およびこれらを適宜組み合わせた乾燥手法(真空凍結乾燥、加熱減圧乾燥など)等を適宜採用できるが、ナノ状物質を環境へ拡散させないためには、密閉性のよい真空乾燥器を用いることが望ましい。チタン酸を含水型酸化チタンにするのは、比較的マイルドな乾燥条件(例えば、常圧で加熱乾燥する場合には、70〜150℃程度の加熱条件)でよいが、含水型酸化チタンを酸化チタンにするには、比較的強い乾燥条件(例えば、常圧で加熱乾燥する場合には、300〜600℃程度の加熱条件)が求められる。
【0051】
本発明によって得られる細線状チタン化合物は、その細線化および長繊維化が更に促進された構造を有している。このようなチタン化合物は、チタン化合物の細線化が促進されたため、溶液中で凝集が促進されるので、前述の沈降速度が速い点に特徴があり、更にそのBET比表面積にもその特徴がある。単位体積当りの表面積を単純円筒モデルで計算すると、針状結晶の様にアスペクト比が1より大きな領域では、BET比表面積はその値が大きくなるとアスペクト比が高くなることが計算でき、針状結晶の細線化が促進されればその値が大きくなる。従って、針状結晶では大きなBET比表面積を有することは細線化を示す指標となり望ましい。また、色素増感型太陽電池向けチタニア電極を構成する場合は、BET比表面積が大きければ色素の吸着能が高くなり望ましい。BET比表面積は、例えば48m2/g、好ましくは67m2/g程度のものとなる。好ましい細線状チタン化合物は、細線状酸化チタンである。本発明によれば、アスペクト比の大きい細線状酸化チタンが得られる。
【0052】
本発明にとって鍵工程となる水熱合成は、従来公知の水熱反応装置を用いることで実施できるが、好ましくは、以下に説明する反応装置を用いて実施する。図5は、本発明の好ましい反応装置の一例を示す概略断面図である。
【0053】
図5に示した製造装置では、円筒状の電磁石(図示例では、超伝導マグネット)41の中央筒型空間(室温ボア)42(図示例では直径100mm)のボアに密閉式加圧用容器44がセットされている。この加圧用容器44は、ヒーター46によって加熱可能になっており、また加圧用容器44にはチタン酸塩を含む液を入れた密閉式反応容器45と水43が収容されている。前記密閉式加圧用容器44は耐圧性のある剛性容器である一方、反応容器45は、外圧によって内容物を加圧可能な柔軟性の容器である。このような装置を用いれば、ヒーター46によって加圧用容器44内の水43が加熱され、この容器44の内圧が上昇するため、反応容器45内のチタン酸塩を含む液が加圧される。
【0054】
尚、図5に示した装置構成では、電磁石(超伝導マグネット)41から磁場を印加できるものを示したが、本発明方法では基本的に磁場を印加せずとも実施できるものである。但し、必要によって、磁場を印加しつつ水熱合成を行なっても良い。
【0055】
また図示例では、密閉式加圧用容器44が蓋体部44bと本体部44aとから構成されており、これらをネジ込み式で開閉することで、耐圧性を維持しつつ内容部を取り出し可能になっているが、容器44の開閉方式はねじ込み式に限定されず、公知の種々の方式を採用できる。
【0056】
また図示例では、反応容器45はマグネットセンター(磁場が最大となるところ)に位置しているが、マグネットセンターから外れてもよい。更に加圧用容器44内に反応容器45を複数収容してもよく、複数収容する場合には、横に並べて収容してもよく、縦に積み重ねて収容してもよい。尚、加圧用容器44に水43と反応容器45とを入れるのは、水43を圧力媒体とすることによって水熱合成に必要な圧力を比較的低温で達成できるようにするためであり、また強アルカリと装置との直接接触を避けて装置寿命を長くするためであるが、反応容器45は必須ではなく、加圧用容器44内に、直接、チタン酸塩を含む液を入れて水熱合成を行ってもよい。
【0057】
図示例では、ヒーター46もマグネットセンターに位置している。ヒーター46が電磁石41に引き付けられる力の反作用としての電磁石41に抗力が生じるが、ヒーター46がマグネットセンターに位置することにより、電磁石41が機械的に弱い超伝導磁石であっても、その破壊を防止できる。尚、理論的には超電導マグネットが機械的に耐えうる数百kgの範囲内であれば、ヒーター46をマグネットセンターからずれた位置に設置してもよいが、上記理由から、ヒーター46の固定を行わずに、ヒーター46がマグネットセンターに自然に移動する様に設計する事が望ましい。
【0058】
ヒーター46をマグネットセンターに配設する場合、たとえ弱磁性体のヒーターであってもマグネットの吸引力によりヒーターがマグネットセンターに引き付けられるために、マグネットセンターから外れた場所を直接加熱することは難しい。そこでマグネットセンターから外れた場所には、伝熱板、例えば銅板50を配置することによって、ヒーター46の熱を速やかに伝えることが推奨される。また加圧用容器44の外面のうち、ヒーター46で直接加熱されていない部分(図示例では、伝熱板50で覆われている部分および蓋体部分)は、断熱材71でカバーすることが望ましい。
【0059】
更に、図5に示した装置構成では、冷却システム51を設置している。この冷却システム51は、室温ボア42の内周面に真空層と冷却水層とを形成しており、ヒーター46の熱的影響が超伝導マグネット41に及ぶのを防止している。冷却システム51は、図示したものに限定されず、公知の冷却手段を単独でまたは適宜組み合わせて採用できる。磁場発生手段41が通常の電磁石や永久磁石である場合には、冷却システム51は不要であるが、例えば常伝導コイルを用いた場合はコイルに発生するジュール熱を冷却するために大量の冷却水が必要となる。
【0060】
図示例では、加熱温度は、ヒーター近傍の加熱温度計62によってモニターしつつ制御でき、また圧力は加圧用容器44の内部と配管47および配管継手48aを介して連通する圧力センサー49によってモニターしつつ制御できるようになっている。
【0061】
更に、図5に示した装置構成では、加圧用容器44の気相部の温度を測定するための熱電対式内温計61が設けられている。この内温計61は、加圧用容器44の蓋体部から延伸する配管47に取り付けられた締め込み式継手48bから加圧用容器44内に挿入されており、容器44の密閉性は維持されている。そして加圧用容器44内の密閉性を維持しつつ気相部温度を測定することによって、間接的に加圧用容器44内の圧力変化を測定することが可能となり、加圧用容器44の圧力変動関知センサ(特に漏洩センサ)として使用できる。即ち、加圧用容器44は密閉性が維持されているため、外界との熱的収支が遅く、短時間でみれば断熱系とみなすことができる。このような加圧用容器44において内容物のリークが生じると、気相部は断熱膨張して温度が低下する。また逆に加圧気体を送り込んだ場合、加圧気体と内容物との混合が生じるまでは気相部は実質的に断熱圧縮され、温度が上昇する。通常の圧力ゲージによる圧力変化は、ダイヤフラムの歪み量を計測するものであって鈍感でありかつ積分的変化を示すのに対し、気相部の温度変化は、圧力変化に対して微分的変化を示し、極めて鋭敏である。そのため、鋭敏な圧力変動関知センサ(特に漏洩センサ)として使用できる。
【0062】
熱電対式内温計61の先端部は、熱伝導ルートの長さの視点に立ったとき、加圧用容器44のうちヒーター46によって直接加熱されている部分(加熱部)から遠く離れているのが望ましい。図示した熱伝導ルートは、加熱部を起点に、加圧用容器本体部44a上部の非加熱部、加圧用容器蓋体部、配管47、配管継手48a、締め込み式継手48b、熱電対のシース部を経て、熱電対式内温計61の先端部に到達しており、その距離は長いといえる。熱電対式内温計61の軸部(シース部など)が、加熱部と直接接触していないことが推奨され、例えば、軸部は、非加熱部や非加熱部から延伸する継手部などと接触していることが望ましい。
【0063】
熱電対式内温計61にシース熱電対を用いる場合、保護管(圧力隔壁)には、耐熱性と熱伝導性を備えた材料、例えば、貴金属、ニッケル、ステンレス、グラファイト、ダイヤモンドライクカーボン、ダイヤモンド、セラミックスなどを使用するのが望ましい。熱電対式内温計61は、気相部温度を測定可能である限り、加圧用容器44内に挿入する必要はない。
【実施例】
【0064】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0065】
前記図5に示した製造装置を用い、以下のようにして細線状チタン化合物を製造した。まず初めに、水酸化ナトリウム(Nakarai Tesque社製 試薬特級:純度96%)を、208.4g(NaOHの分子量:40.0)素早く秤量して、全量をビーカに移した。このとき、薬さじ等に付着したNaOHも、水によって洗い流した。そして、溶液の全量が500mLを超えない様に注意して、全NaOHをビーカ中で水と混合して水酸化ナトリウム水溶液とした。NaOHは溶解熱を発生するため、マグネティックスターラで攪拌を行ない、且つビーカを冷却した。尚、原料となるNaOHには、不純物として前記したMg(5ppm),Ca(0.002質量%),Zn(0.001質量%)およびAl(0.002質量%)を含むが、これらの元素の原子の個数は、Naの原子の個数に対してMgで5ppm、Caで0.001原子%、Znで3ppm、Alで0.002原子%程度となっていた。また原料となるNaOHには、上記不純物元素の他、K(0.05質量%)、Pb(5ppm)、Fe(5ppm)およびNi(0.001質量%)等の不純物(陽イオンを形成する元素)も含んでいたが、これは本発明の効果に影響を与えないほど、微量であった。
【0066】
上記のようにして得られた水酸化ナトリウム水溶液を、500mLのメスフラスコに移した。この際も、残留した水酸化ナトリウム水溶液を洗い流す必要があるが、評線を超えないように注意して洗い流した。溶解後の水酸化ナトリウム水溶液は熱を持ち、粘性も高く、泡も容易に抜けないので、約1晩水溶液を放置した。その後、水を加えて評線に合わせた。メスフラスコの評線に合わせた後に、メスフラスコの蓋をしっかり持って、上下を逆さにして攪拌し、しばらく放置した。このとき水の溶解によって体積が減るので、前記の工程を繰り返して評線まで水を満たして、水酸化ナトリウム水溶液の標準溶液(10mol/L)を得た。
【0067】
上記のようにして得られた水酸化ナトリウム水溶液の標準溶液(10mol/L)100mLに対して、10gのアナターゼ型酸化チタン粉末(和光純薬工業社製、Titanium(IV) Oxide,Anatase Form 5μm:純度99.9%)を混合し、ビーカに入れてマグネティックスターラによって30分以上攪拌することによってアナターゼがよく分散した原料溶液を調製した。
【0068】
上記原料溶液を、ポリテトラフルオロエチレン製の反応容器(長さ10cm)45に入れて、ねじ部にポリテトラフルオロエチレン製テープを巻き、原料溶液が反応容器45の9割まで溶液で満たして若干空気を残して、密栓を行なった。この反応容器45を加圧用容器44の底に設置し、加圧用容器44内の蓋44bから7cmの位置まで水を注いだ後、加圧用容器44の蓋44bを閉めて密閉した。ヒーター46を用いて加圧用容器44内の水43を加熱して、反応容器45を加圧・加熱した(温度178℃、ゲージ圧力0.9MPa)。加圧・加熱を20時間継続すると、針状化合物の成長が始まった。加圧・加熱を66時間継続した後、反応容器45を取り出し、室温まで冷却した。得られた反応液中には、Na2Ti37の巻回構造を有する柔らかで嵩高な針状化合物の集合体が沈殿することなく析出していた。
【0069】
針状化合物(Na2Ti3Oの巻回構造を有する針状化合物)の柔らかで嵩高な集合体をガラス濾過器(10μm)により反応液から分離した。分離後、濾液のpHが約8〜9(試験紙による実測値)になるまで繰り返した後、温度170℃の乾燥機に入れて針状化合物を乾燥した。乾燥した針状化合物(実施例)の走査型電子顕微鏡写真(撮影倍率:5000倍)を図6に示す。また前記A装置環境(他の条件は基本的に上記と同じ)で合成して得られた針状化合物(比較例)の走査型電子顕微鏡写真(撮影倍率:5000倍)を図7に示す。
【0070】
これらの結果から明らかなように、本発明の針状化合物(図6)では、絡まった構造は見られないがその形態がより細線化しており、長繊維化(アスペクト比が高い)していることが分かる。これに対して、比較例の針状化合物(図7)では、ある程度の細線化は認められるが、繊維の長さが比較的短くなっていることが分かる。
【0071】
上記で得られた針状化合物(実施例)を塩酸によるイオン交換後(後述する)に500℃で加熱処理し、得られたTiO2(B)の針状化合物を軽く粉砕して、ラマン分光分析を行い、その結晶性について調査した。このときの測定条件は、下記の通りである。
[ラマン分光測定条件]
装置:「NR−1000型レーザラマン分光光度計」(商品名:日本分光株式会社製)
励起光源:アルゴンイオンレーザ
励起波長:514.5nm
励起光出力:100mW
測定方法:90度散乱法
測定ビーム径:約200μmφ
積算回数:2回
【0072】
実施例の針状化合物のラマンスペクトルを図8に、比較例の針状化合物のラマンスペクトルを図9に、夫々示す。これらの結果から明らかなように、高純度の原料を用いた本発明の針状化合物(図8)では、アナターゼ結晶晶系が一部共存しているが(ラマンシフト151cm-1のピーク)、高い結晶性を示すTiO2(B)型を主体とするチタン化合物が形成されていることが分かる。これに対して、比較例の針状化合物(図9)では、ラマンスペクトルピークが広がり、結晶性が低くなっていることが分かる。
【0073】
上記で得られた針状化合物(実施例)を塩酸によるイオン交換後に(後述する)500℃で加熱処理し、得られたTiO2(B)の針状化合物を軽く粉砕して、島津製作所製の「自動比表面積/細孔分布測定装置トライスター3000」を用いてBET比表面積を測定したところ、67.0m2/gであった。また上記した比較例の針状化合物におけるBET比表面積を測定したところ、37.9m2/gであった。
【0074】
マグネティックスターラを入れた容量2Lのビーカに約7gの各乾燥針状化合物(実施例、比較例)と、三菱化学社製 EL電子工業用塩酸36%を調製した希塩酸(濃度1mol/L)を加えた。攪拌棒で針状化合物の固まりをほぐす操作と、超音波洗浄機で5分間超音波を照射する操作からなる分散処理を3回繰り返した。マグネティックスターラの回転速度を最小にして、ゆるやかに24時間攪拌してイオン交換した。マグネティックスターラによる撹拌を停止し、針状化合物の浮遊部分と上澄みとの境界面の高さの移動(沈降)の様子を観察した。横軸を静置時間、縦軸を境界面高さ(初期高さ=0)とするグラフを描き、マイクロソフト社製の表計算ソフト「Excel」(商品名)を用いて、前述したように、6次の近似式を算出し、1次の項の係数を沈降速度として測定した。
【0075】
その結果、実施例の乾燥針状化合物の沈降速度は、1mol/L(pH=0.0)の塩酸中で3.0×10-7〜1.2×10-6m/秒、純水中で8.5×10-5〜1.2×10-4m/秒であり、比較例の乾燥針状化合物の沈降速度は、1mol/L(pH=0.0)の塩酸中で6.0×10-7m/秒、純水中で1.8×10-4〜2.4×10-4m/秒であった。沈降速度にばらつきがあるが、1mol/L(pH=0.0)の塩酸中での沈降速度は実施例の方が速く、細線化が促進された針状化合物の凝集が進んだ結果である。純水中では静電気に凝集が支配的となり、針状化合物の結晶形状の影響は現れなくなる。
【0076】
これらの結果から明らかなように、本発明で規定する要件を満足する実施例のものでは、細線化や長繊維化が更に促進された細線状チタン化合物が得られていることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】発明を完成する経緯で得られた乾燥針状化合物の図面代用走査型電子顕微鏡写真である。
【図2】チタン酸塩が巻回構造を構成することを説明するための模式図である。
【図3】微視的なTiO6結晶八面体の歪みの違いを概念的に示す説明図である。
【図4】二次元に広がった不純物の分布状態を示す概念図である。
【図5】本発明で使用する製造装置の一例を説明するための概略断面図である。
【図6】実施例で得られた乾燥針状化合物の図面代用走査型電子顕微鏡写真である。
【図7】比較例で得られた乾燥針状化合物の図面代用走査型電子顕微鏡写真である。
【図8】実施例で得られた乾燥針状化合物のラマンスペクトルを示すグラフである。
【図9】比較例で得られた乾燥針状化合物のラマンスペクトルを示すグラフである。
【符号の説明】
【0078】
1 TiO6結晶八面体
2 Na陽イオン
3 K陽イオン
4 アルカリ金属元素
5 不純物元素
41 マグネット
44 密閉式加圧用容器
46 ヒーター
45 密閉式反応容器
61 熱電対式内温計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン酸塩とアルカリ水溶液の混合物を加圧加熱処理し、チタン酸塩を細線状に成長させる工程を含む細線状チタン化合物の製造方法において、前記加圧加熱処理で合成されるチタン酸塩中のアルカリ金属元素より陽イオン半径が小さい不純物の原子の個数を、原料中に含まれるチタン元素の原子の個数の1/50以下に制御しつつ操業することを特徴とする細線状チタン化合物の製造方法。
【請求項2】
前記不純物原子の個数は、前記チタン元素の個数の1/1000以下に制御する請求項1に記載の細線状チタン化合物の製造方法。
【請求項3】
前記アルカリ金属元素はNaまたはKである請求項1または2に記載の細線状チタン化合物の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の方法によって製造された細線状チタン化合物であり、その比表面積が47〜67m2/g、1mol/L(pH=0.0)の塩酸中での沈降速度が3.0×10-7〜1.2×10-6m/秒であり、純水中での沈降速度が8.5×10-5〜1.2×10-4m/秒であることを特徴とする細線状チタン化合物。
【請求項5】
結晶晶系がTiO2(B)構造を主体とするものである請求項4に記載の細線状チタン化合物。

【図8】
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【図9】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−95417(P2010−95417A)
【公開日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−269003(P2008−269003)
【出願日】平成20年10月17日(2008.10.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2008年9月2日に社団法人応用物理学会発行の第69回応用物理学会学術講演会講演予稿集第3分冊において発表
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.パイレックス
【出願人】(503027931)学校法人同志社 (346)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】