説明

細胞の表層にビオチンを提示した微生物

【課題】アミノ酸からなる分子以外の分子を表層に提示できる微生物を提供すること。
【解決手段】本発明は、ビオチンを細胞表層に提示する微生物を提供し、この微生物は、ビオチン化酵素を菌体内で発現し、そして該ビオチン化酵素の認識配列を有するアクセプターペプチドを細胞表層に発現し、それにより該アクセプターペプチドのリジンがビオチン化されてビオチンが表層に提示されている。本発明はさらに、アミノ酸からなる分子だけでなく任意の分子を含む目的分子を微生物の細胞表層に提示する方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の表層に任意の分子を提示する微生物に関する。
【背景技術】
【0002】
酵素などの目的タンパク質と、固定化するための足場となるアンカータンパク質とを遺伝子的に融合し、発現させることで、酵母などの生物の細胞表層にタンパク質を提示させることができる。酵素を含む種々のタンパク質を細胞表層に提示した微生物が作出されている(例えば、酵母について特許文献1〜20、細菌については、例えば、大腸菌について特許文献21、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属細菌について特許文献22、乳酸菌について特許文献23)。目的とするタンパク質を酵母細胞表層に提示させることにより、タンパク質の取り扱いが容易になる。酵素を表層提示した微生物は、固定化酵素剤として利用できる。これは、培養するだけで酵素を生産可能であり、そして反応後に回収して再利用することができる。
【0003】
しかし、この技術は遺伝子工学的手法のみを用いているので、提示される分子は、生物が生産できる分子、すなわち、アミノ酸からなる分子(例えば、ペプチドおよびタンパク質)に限定されていた。
【特許文献1】特開平11−290078号公報
【特許文献2】特開2002−17368号公報
【特許文献3】特開2002−176979号公報
【特許文献4】特開2002−253267号公報
【特許文献5】特開2003−235579号公報
【特許文献6】特開2004−49014号公報
【特許文献7】特開2004−194559号公報
【特許文献8】特開2004−305096号公報
【特許文献9】特開2004−305097号公報
【特許文献10】特開2005−58010号公報
【特許文献11】特開2005−176605号公報
【特許文献12】特開2005−245334号公報
【特許文献13】特開2005−245335号公報
【特許文献14】特開2005−312426号公報
【特許文献15】特開2006−136223号公報
【特許文献16】特開2006−174767号公報
【特許文献17】特開2006−262724号公報
【特許文献18】特開2007−20539号公報
【特許文献19】特開2007−89506号公報
【特許文献20】特開2007−300914号公報
【特許文献21】特開2005−312426号公報
【特許文献22】特開2007−89506号公報
【特許文献23】特開2006−262724号公報
【非特許文献1】Protein Science, 1999, 8, 921-929
【非特許文献2】Nature Methods, 2005, 2, 99-104
【非特許文献3】Gene, 1985, 35, 321-331
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、アミノ酸からなる分子に限らず任意の分子を表層に提示できる微生物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、ビオチンを細胞表層に提示する微生物を提供する。この微生物は、ビオチン化酵素を発現し、そして該ビオチン化酵素の認識配列を有するアクセプターペプチドを細胞表層に発現するように組み換えられて、それにより該アクセプターペプチドのリジンがビオチン化されてビオチンが細胞表層に提示されている。
【0006】
1つの実施態様では、上記ビオチン化酵素は、大腸菌由来ビオチンリガーゼであり、そして上記ビオチン化酵素の認識配列は、配列表の配列番号1に記載のアミノ酸配列GLNDIFEAQKIEWHEである。
【0007】
別の実施態様では、上記微生物は酵母または大腸菌である。
【0008】
本発明は、目的分子を微生物の細胞表層に提示する方法を提供し、この方法は、上記ビオチンを細胞表層に提示する微生物および該目的分子を結合したストレプトアビジンまたはアビジンを混合する工程を含む。
【0009】
本発明はまた、目的分子を微生物の細胞表層に提示する別の方法を提供し、この方法は、上記ビオチンを細胞表層に提示する微生物、該目的分子を結合したビオチン、およびストレプトアビジンまたはアビジンを混合する工程を含む。
【0010】
さらに、本発明は、目的分子を細胞表層に提示する微生物を生成する方法を提供し、この方法は、上記ビオチンを細胞表層に提示する微生物および該目的分子を結合したストレプトアビジンまたはアビジンを混合する工程を含む。
【0011】
本発明はまた、目的分子を細胞表層に提示する微生物を生成する別の方法を提供し、この方法は、上記ビオチンを細胞表層に提示する微生物、該目的分子を結合したビオチン、およびストレプトアビジンまたはアビジンを混合する工程を含む。
【0012】
さらに、本発明は、上記方法により生成された、目的分子を細胞表層に提示する微生物を提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、アミノ酸からなる分子以外の分子であるビオチンを細胞表層に提示する微生物が提供される。さらに、このビオチン表層提示微生物を利用して、アミノ酸以外の分子からなる非天然分子などの種々の分子を微生物の表層に提示することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
(ビオチン表層提示微生物)
本発明は、細胞表層にビオチンが提示されている微生物を提供する。この微生物は、ビオチン化酵素および該ビオチン化酵素の認識配列を有するアクセプターペプチド(ビオチンアクセプターペプチドともいう;以下、簡潔に「BAP」とも称する)を共発現している。より詳細には、ビオチン化酵素が菌体内または分泌発現し、そしてBAPが細胞表層に提示される。このようなBAPおよびビオチン化酵素の共発現により、ビオチン化酵素によりBAPにビオチンが付加され、その後ビオチンが付加されたBAPが細胞表層に提示される。
【0015】
ビオチンアクセプターペプチド(BAP)とは、ビオチン化酵素によって認識されることにより、その構成アミノ酸にビオチンが付加されるペプチドをいう。BAPはビオチン化酵素に依存するが、例えば、ビオチン化酵素が下記の大腸菌由来ビオチンリガーゼ(BirA)である場合、BAPは、15アミノ酸からなる認識配列GLNDIFEAQKIEWHE(配列番号1)で示されるペプチドである。
【0016】
ビオチン化酵素は、BAPが有する認識配列を認識して、BAPの構成アミノ酸にビオチンを付加する反応を触媒する酵素である。例えば、大腸菌由来ビオチンリガーゼ(BirA)が挙げられる。BirAは、15アミノ酸からなる認識配列GLNDIFEAQKIEWHE(配列番号1)を認識して、この認識配列中のリジン(K)の側鎖にATP依存的にビオチンを特異的に付加する反応を触媒する(非特許文献1および非特許文献2)。
【0017】
本発明の微生物は、ビオチン化酵素が発現し、そしてBAPが細胞表層に提示されるように組換え調製され得る。ビオチン化酵素の発現は、菌体内または分泌発現のいずれでもあり得る。「ビオチン化酵素が発現し、そしてBAPが細胞表層に提示されるように組換え調製」とは、任意の遺伝子操作により、結果として、ビオチン化酵素の発現およびBAPの細胞表層提示の両方を生じる微生物を生成することを意味する。例えば、ビオチン化酵素のBirAを本来内在的に発現している大腸菌においては、BAPが細胞表層に提示されるように遺伝子操作を行いさえすればよい。他方、ビオチン化酵素を持たない微生物(例えば、酵母)は、ビオチン化酵素の発現およびBAPの細胞表層提示の両方を可能にするように遺伝子操作され得る。
【0018】
ビオチン化酵素およびBAPのそれぞれの遺伝子(すなわち、ビオチン化酵素をコードするDNAおよびBAPをコードするDNA)は、それらの遺伝子配列情報に基づいてプライマーまたはプローブを調製し、PCRまたはハイブリダイゼーションのような当業者が通常用いる方法によって取得され得る。例えば、BirAの遺伝子配列情報は、非特許文献3に記載され、UniProtKB/Swiss-Prot entry P06709として登録されている。BAPの遺伝子配列情報は、非特許文献1および非特許文献2に記載されている。これらの遺伝子を宿主細胞に導入することにより、ビオチン化酵素およびBAPを共発現する微生物が得られる。また、目的遺伝子を宿主で発現させるために、遺伝子の発現を調節する調節配列(例えば、プロモーターおよびターミネーター、および必要に応じて、オペレーター、エンハンサーなど)をさらに含む発現カセットを構成し得る。ビオチン化酵素を分泌発現させる場合は、発現カセットは、以下に説明するような分泌シグナルをコードする遺伝子配列をさらに含む。BAPの発現のためには、以下に詳述する細胞表層提示技術がさらに用いられ得る。
【0019】
「DNAの導入」とは、細胞の中にDNAを導入し、発現させることを意味する。DNAの導入には、形質転換、形質導入、トランスフェクション、コトランスフェクション、エレクトロポレーションなどの方法がある。酵母細胞への導入の場合、具体的には、例えば、酢酸リチウムを用いる方法、プロトプラスト法などがある。導入されるDNAは、プラスミドの形態で、あるいは宿主の遺伝子に挿入して、または宿主の遺伝子と相同組換えを起こして染色体に取り込まれてもよい。
【0020】
宿主としては、酵母および細菌(例えば、大腸菌、コリネバクテリウム属細菌、乳酸菌など)のいずれでもよい。以下に詳述する表層提示技術によりBAPを表層提示可能な任意の微生物が用いられ得る。好ましくは、酵母または大腸菌が用いられ得る。プラスミド発現のための選択マーカーを有する微生物が好ましい。
【0021】
酵母の種類は特には限定されない。例えば、サッカロマイセス(Saccharomyces)属、ピキア(Pichia)属、クルイベロマイセス(Kluyveromyces)属、シゾサッカロマイセス(Schizosaccharomyces)属、チゴサッカロマイセス(Zygosaccharomyces)属、ヤロウィア(Yarrowia)属、カンジダ(Candida)属、ハンセヌラ(Hansenula)属などに属する酵母が挙げられる。本発明においては、サッカロマイセス属およびピキア属に属する酵母(例えば、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、ピキア・パストリス(Pichia pastris)など)が好ましく用いられ得るが、これらに限定されない。特に、サッカロマイセス属に属する酵母が好ましく、サッカロマイセス・セレビシエが好ましい。酵母どのような酵母を用いてもよいが、凝集性の酵母が、反応後の分離が簡単である点で、あるいは簡単に固定できるため連続反応を行い得る点で好ましい。あるいは、糖鎖結合タンパク質ドメインとして、凝集機能ドメインを使用する場合は、どのような酵母にも強い凝集性を付与することができる。以下の実施例では、サッカロマイセス・セレビシエYPH499株を用いているが、該微生物に限定されない。
【0022】
細菌としては、エシェリヒア(Escherichia)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属、ラクトバチルス(Lactobacillus)、ラクトコッカス(Lactococcus)属などに属する細菌が挙げられる。本発明においては、大腸菌、コリネバクテリウム属細菌、乳酸菌などが好ましく用いられ得るが、これらの細菌に限定されない。ここで、「乳酸菌」とは、炭水化物を加水分解して乳酸を生成することによってエネルギーを獲得する細菌であり、グラム陽性桿菌のラクトバチルス(Lactobacillus)属、およびグラム陽性球菌のストレプトコッカス(Streptococcus)属、ペディオコッカス(Pediococcus)属、ラクトコッカス(Lactococcus)属、およびロイコノストック(Leuconostoc)属などに属する微生物を包含する。例えば、Lactococcus lactis IL1403、Lactobacillus plantarum WCFS1、Lactobacillus acidophilus NCFMなどが市販されて発酵や遺伝子工学の分野で通常使用されており、これらの乳酸菌が、本発明においても好ましく用いられ得る。遺伝子組換えの操作の容易性から、大腸菌が好ましく用いられ得る。宿主としての大腸菌は、その種類は、特に限定されないが、非病原性の株であることが好ましく、遺伝子工学の分野で通常使用されている市販の株がより好ましい。例えば、Escherichia coli K-12株系統のHB101株、C600株、JM109株、DH5α株、DH10B株、XL-1BlueMRF'株、TOP10F株などが挙げられる。以下の実施例では、大腸菌novablue株を用いているが、該微生物に限定されない。
【0023】
BAPを細胞表層に提示する技術について説明する。BAPを細胞表層に提示するために、例えば、微生物が酵母の場合は、(a)細胞表層局在タンパク質のGPIアンカー付着認識シグナル配列、または、(b)細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメインが利用され得る(特許文献1〜20)。細菌(例えば、大腸菌、コリネバクテリウム属細菌、乳酸菌など)の場合は、外膜局在タンパク質の一部が利用され得る。例えば、ポリ−γ−グルタミン酸生合成酵素のPgsAは、細胞表層に局在するタンパク質であり、そのC末端側に目的タンパク質を融合して表層に提示することができる(特許文献21〜23)。PgsAをコードする遺伝子の少なくともアンカー部分(5’末端から第1番目〜150番目)を含む遺伝子の断片の3’末端に、細胞表層に発現させる所望のタンパク質をコードする遺伝子を融合した遺伝子断片を調製し、これを適切なプラスミドに導入して、細菌を形質転換することにより、C末端細胞表層提示型細菌が得られる。表層提示するためのタンパク質を総称して、単に「アンカータンパク質」ともいう。
【0024】
酵素について用いられ得る細胞表層局在タンパク質としては、酵母の性凝集タンパク質であるα−またはa−アグルチニン(GPIアンカーとして使用)、FLO1タンパク質(FLO1タンパク質は、N末端側のアミノ酸長を種々改変して、GPIアンカーとして使用し得る:例えば、FLO42、FLO102、FLO146、FLO318、FLO428など;Appl. Microbiol. Biotech.,60巻,469-474頁,2002年:なお、FLO1326とは、全長FLO1タンパク質を表す)、FLOタンパク質(GPIアンカー機能を有さず、凝集性を利用するFLOshortまたはFLOlong;Appl. Environ. Microbiol.,4517-4522頁,2002年)、ペリプラズム局在タンパク質であるインベルターゼ(GPIアンカーを利用しない)などが挙げられる。
【0025】
まず、(a)の細胞表層局在タンパク質のGPIアンカー付着認識シグナル配列について説明する。GPIアンカーにより細胞表層に局在するタンパク質をコードする遺伝子は、N末端側から順に、分泌シグナル配列、細胞表層局在タンパク質(糖鎖結合タンパク質ドメイン)、およびGPIアンカー付着認識シグナル配列をそれぞれコードする遺伝子を有している。細胞内でこの遺伝子から発現された細胞表層局在タンパク質(糖鎖結合タンパク質)は、分泌シグナルにより細胞膜外へ導かれ、その際、GPIアンカー付着認識シグナル配列は、選択的に切断されたC末端部分を介して細胞膜のGPIアンカーと結合して細胞膜に固定される。その後、PI−PLCにより、GPIアンカーの根元付近で切断され、細胞壁に組み込まれて細胞表層に固定され、細胞表層に提示される。
【0026】
ここで、分泌シグナル配列とは、一般に細胞外(ペリプラズムも含む)に分泌されるタンパク質(分泌性タンパク質)のN末端に結合している、疎水性に富んだアミノ酸を多く含むアミノ酸配列をいい、通常、分泌性タンパク質が細胞内から細胞膜を通過して細胞外へ分泌される際に除去される。発現産物を細胞膜へ導くことができる分泌シグナル配列であれば、どのような分泌シグナル配列でも用いられ得、起源は問わない。例えば、分泌シグナル配列としては、グルコアミラーゼの分泌シグナル配列、酵母のα−またはa−アグルチニンのシグナル配列、発現産物自身の分泌シグナル配列などが好適に用いられる。細胞表層結合性タンパク質に融合している他のタンパク質の活性に影響を及ぼさないのであれば、分泌シグナル配列およびプロ配列の一部または全部がN末端に残ってもよい。
【0027】
ここで、GPIアンカーとは、グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)と呼ばれるエタノールアミンリン酸−6マンノースα1−2マンノースα1−6マンノースα1−4グルコサミンα1−6イノシトールリン脂質を基本構造とする糖脂質をいい、PI−PLCとは、ホスファチジルイノシトール依存性ホスホリパーゼCをいう。
【0028】
GPIアンカー付着認識シグナル配列とは、GPIアンカーが細胞表層局在タンパク質と結合する際に認識される配列であり、通常、細胞表層局在タンパク質のC末端あるいはその近傍に位置する。GPIアンカー付着認識シグナル配列としては、例えば酵母のα−アグルチニンのC末端部分の配列が好適に用いられる。上記α−アグルチニンのC末端から320アミノ酸の配列のC末端側には、GPIアンカー付着認識シグナル配列が含まれる。よって、このC末端から320アミノ酸の配列をコードするDNA配列が特に有用である。
【0029】
したがって、例えば、分泌シグナル配列をコードするDNA−細胞表層局在タンパク質をコードする構造遺伝子−GPIアンカー付着認識シグナルをコードするDNA配列を有する配列において、この細胞表層局在タンパク質をコードする構造遺伝子の全部または一部の配列を、BAPをコードするDNA配列に置換することにより、GPIアンカーを介してBAPを細胞表層に提示するための組換えDNAが得られる。細胞表層局在タンパク質がα−アグルチニンである場合、上記α−アグルチニンのC末端から320アミノ酸の配列をコードする配列を残すように、BAPをコードするDNAを導入することが好ましい。このようなDNAを酵母に導入して発現させることによって細胞表層に提示された目的のタンパク質は、そのC末端側が表層に固定されている。
【0030】
次に、(b)の細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメインについて説明する。糖鎖結合タンパク質ドメインとは、複数の糖鎖を有し、この糖鎖が、細胞壁中の糖鎖と相互作用または絡み合うことによって、細胞表層に留まることのできるドメインをいう。例えば、レクチン、レクチン様タンパク質などの糖鎖結合部位などが挙げられる。代表的には、GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメイン、FLOタンパク質の凝集機能ドメインが挙げられる。GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメインとは、GPIアンカリングドメインよりもN末端側にあり、複数の糖鎖を有し、凝集に関与していると考えられているドメインをいう。この糖鎖結合タンパク質ドメインは、分泌シグナル配列の下流にある。分泌シグナルについては、上述したとおりである。
【0031】
この細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)と目的の発現ペプチドとを結合することにより、細胞表層に目的の発現ペプチドが提示される。目的の発現タンパク質は、細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)のN末端側にも、C末端側にも結合させることができる。本発明においては、細胞表層にBAPを提示するための組換えDNAを得るために、(1)分泌シグナル配列をコードするDNA−BAPをコードする遺伝子−細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子;あるいは(2)分泌シグナル配列をコードするDNA−細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子−BAPをコードする遺伝子を作製し得る。凝集機能ドメインを利用する場合、GPIアンカーは細胞表層の提示には関与しないので、組換えDNA中に、GPIアンカー付着認識シグナル配列をコードするDNA配列は、一部のみ存在してもよいが、存在しなくてもよい。また、凝集機能ドメインを用いる場合は、ドメインの長さを調節しやすいため(例えば、FLOshortまたはFLOlongのいずれかを選択できる)、より適切な長さでBAPを細胞表層に提示できる点で、ならびにBAPのN末端またはC末端のどちらの側でも結合させることが可能な点で、非常に有用である。
【0032】
BAPは、アンカータンパク質などの要素に直接結合されていてもよいし、リンカーを介して結合されていてもよい。このようなリンカーの設計および作製は、当業者によって適宜なされ得る。
【0033】
上記の各種塩基配列を含むDNAの合成および結合は、当業者が通常用い得る技術で行われ得る。結合は、適切な制限酵素、リンカーなどを用いて行うことができる。
【0034】
ビオチン化酵素を発現するため、そしてBAPを細胞表層に発現するためにそれぞれ、プラスミドの形態のベクターが作製され得る。DNAの取得の簡易化の点からは、大腸菌とのシャトルベクターであることが好ましい。ベクター作製の出発材料としては、例えば、酵母の2μmプラスミドの複製開始点(Ori)とColE1の複製開始点とを有しており、酵母選択マーカー(例えば、薬剤耐性遺伝子、栄養要求性マーカー遺伝子(例えば、イミダゾールグリセロールリン酸デヒドロゲナーゼ(HIS3)をコードする遺伝子、リンゴ酸ベータ−イソプロピルデヒドロゲナーゼ(LEU2)をコードする遺伝子、トリプトファンシンターゼ(TRP5)をコードする遺伝子、アルギニノコハク酸リアーゼ(ARG4)をコードする遺伝子、N−(5'−ホスホリボシル)アントラニル酸イソメラーゼ(TRP1)をコードする遺伝子、ヒスチジノールデヒドロゲナーゼ(HIS4)をコードする遺伝子、オロチジン−5−リン酸デカルボキシラーゼ(URA3)をコードする遺伝子、ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ(URA1)をコードする遺伝子、ガラクトキナーゼ(GAL1)をコードする遺伝子、およびアルファ−アミノアジピン酸レダクターゼ(LYS2)をコードする遺伝子など)および大腸菌の選択マーカー(薬剤耐性遺伝子など)を有することがさらに好ましい。また、目的構造遺伝子を発現させるために、この遺伝子の発現を調節するオペレーター、プロモーター、ターミネーター、エンハンサーなどのいわゆる調節配列をも含んでいることが望ましい。例えば、グリセルアルデヒド3’−リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)のプロモーターおよびターミネーター、ホスホグリセリン酸キナーゼ(PGK)のプロモーターおよびターミネーターなどが挙げられる。このような出発材料のプラスミドの例としては、GAPDH(グリセルアルデヒド3’-リン酸デヒドロゲナーゼ)プロモーター配列およびGAPDHターミネーター配列を含むプラスミドpYGA2270またはpYE22m、あるいはUPR-ICL(イソクエン酸リアーゼ上流領域)配列とTerm-ICL(イソクエン酸リアーゼのターミネーター領域)配列とを含むプラスミドpWI3、PGKプロモーターおよびターミネーター配列を含むプラスミドpGK404などが挙げられる。
【0035】
例えば、プラスミドpYGA2270またはpYE22mのGAPDHプロモーター配列とGAPDHターミネーター配列との間、あるいはプラスミドpWI3のUPR-ICLの配列とTerm-ICLの配列との間に、BAPをコードするDNAを挿入すれば、酵母に導入するために使用されるプラスミドベクターが製造される。
【0036】
ベクターpGA11(Uedaら、Ann. NY. Acad. Sci., 1998年, 864巻, 528-537頁)に、ベクターpICAS1(Muraiら、Appl. Environ. Microbiol., 1998年, 64巻, 4857-4861頁)由来の断片(この断片には、グルコアミラーゼ遺伝子の分泌シグナルをコードする配列、制限酵素SacII、BglII、NcoI、XhoIが認識できるマルチクローニング部位、さらにα−アグルチニンのC末端から320アミノ酸をコードする配列が含まれる)を連結することにより得られるプラスミドベクターpCASは、酵母細胞表層提示用カセットベクターとして好適に使用される。
【0037】
表層提示用ベクターとしては、pFGK426もまた好適に用いられる。このベクターは、プラスミドpGK404をベースにして、PGKプロモーターとPGKターミネーターとの間に、酵母由来α因子遺伝子の分泌シグナル配列をコードする配列、さらにFLO428の凝集機能ドメイン配列がこの順に含まれるように挿入して構築される。
【0038】
大腸菌へのビオチン表層提示ベクターの構築のために、pHLA(特許文献21)などを用いることができる。大腸菌の表層提示用ベクターとしては、大腸菌で構成的に発現するプロモーターおよびアンカータンパク質であるポリ−γ−グルタミン酸生合成酵素のPgsAをコードする遺伝子を含むベクターを用いることができる。pHLAは、大腸菌構成的高発現(high-level constitutive expression;HCE)プロモーター配列(Geobacillus toebiiに由来し、その配列は特許文献22に記載)、およびPgsA遺伝子(全長であり、シグナル配列を含む)を含むベクターである。pHLA内のPgsA遺伝子断片の下流側にBAPをコードする遺伝子配列を連結し、これが、pHLA内のHCEプロモーターの下流のシグナル配列とターミネーターとの間に配置されるように構築したベクターを大腸菌に形質転換させることで、ビオチンを大腸菌表層に提示できる。
【0039】
上記プラスミドが導入された宿主細胞において、導入された目的遺伝子の発現(例えば、BirA)または細胞表層の固定(例えば、BAP)を確認するために、タグ(例えば、FLAGタグ)を発現させるようにすることもできる。このようなタグは、所望の構造遺伝子の塩基配列の下流に、リンカーを用いて連結し得る。このようなリンカーの設計は、当業者が通常用いる手順に基づいて実施できる。あるいは、タグが所望の構造遺伝子の塩基配列の下流に連結されるように設計したプライマーを用いて、PCRによって、タグと所望の構造遺伝子との連結物を調製し得る。
【0040】
DNAが導入された微生物は、選択マーカー(例えば、薬剤耐性遺伝子、栄養要求性マーカー遺伝子(上述))で選択され得る。上記のように、タグ(例えば、FLAGタグ)をコードする配列を予めプラスミド中に挿入し、抗タグ抗体(および必要に応じて蛍光標識抗体)を用いる免疫抗体法を用いて、目的遺伝子によるタンパク質の発現または細胞表層への固定を確認できる。また、細胞表層にビオチンが提示されていることは、ビオチン−ストレプトアビジンの相互作用を利用して、蛍光標識したストレプトアビジンを細胞と反応させて、蛍光が細胞表層にて見られることで確認できる。
【0041】
本発明の組換え微生物は、この微生物を維持し得る培地を含む懸濁液中で低温保存または凍結保存され得るか、あるいは低温乾燥または凍結乾燥して保存され得る。
【0042】
本発明の組換え微生物は、担体に固定化されていてもよい。本明細書において、担体とは、微生物を固定化することができる物質を意味し、好ましくは、水またはある特定の溶媒に対して不溶性の物質である。本発明に用い得る担体の材質としては、例えば、ポリビニルアルコール、ポリウレタンフォーム、ポリスチレンフォーム、ポリアクリルアミド、ポリビニルフォルマール樹脂多孔質体、シリコンフォーム、セルロース多孔質体などの発泡体あるいは樹脂が好ましい。増殖および活性が低下した微生物あるいは死滅した微生物の脱落などを考慮すると、多孔質の担体が好ましい。多孔質体の開口部の大きさは微生物によっても異なるが、微生物が十分に入り込めて、増殖できる大きさが適当である。50μm〜1,000μmが好適であるが、これに限定されない。
【0043】
(微生物の細胞表層への目的分子の提示)
ビオチンはストレプトアビジンまたはアビジンと非常に強い相互作用を有する。したがって、本発明によれば、ビオチンとストレプトアビジンまたはアビジンとの相互作用を利用して、ビオチンを細胞表層に提示する微生物によって目的分子を細胞表層に提示する方法が提供される。ビオチンを細胞表層に提示する微生物は、遺伝子操作によって作製することのできない非天然の分子であってもその細胞表層に提示することを可能とする。
【0044】
本発明によれば、目的分子を微生物の細胞表層に提示する方法が提供される。この方法は、ビオチンを細胞表層に提示する微生物および該目的分子を結合したストレプトアビジンまたはアビジンを混合する工程を含む。混合工程により、該微生物の表層に提示されたビオチンと、該目的分子を結合したストレプトアビジンまたはアビジンとが結合される。ビオチンはストレプトアビジンまたはアビジンと非常に強い相互作用を有するので、目的分子で修飾(または目的分子が結合)されたストレプトアビジンまたはアビジンを、表層提示されているビオチンと結合させることにより、目的分子を微生物の細胞表層に提示できる。
【0045】
本発明によれば、目的分子を微生物の細胞表層に提示する別の方法が提供される。この方法は、ビオチンを細胞表層に提示する微生物、該目的分子を結合したビオチン、およびストレプトアビジンまたはアビジンを混合する工程を含む。混合工程により、該微生物の表層に提示されたビオチンと、該ストレプトアビジンまたはアビジンとが結合され、そして該ストレプトアビジンまたはアビジンと、該目的分子を結合したビオチンとが結合される。ストレプトアビジンまたはアビジンは4つのビオチン結合部位を有するので、ストレプトアビジンを挟み込む配置(すなわち、目的分子−ビオチン−ストレプトアビジンまたはアビジン−細胞表層に提示されたビオチン)で、目的分子を微生物の細胞表層に提示することも可能である。また、ストレプトアビジンまたはアビジンは細胞表層に提示されたビオチン以外にもビオチン結合部位を有するので、最大3つまでの複数の目的分子(同種または異種)を細胞表層に提示することも可能である。
【0046】
目的分子としては、ビオチン、あるいはストレプトアビジンまたはアビジンとの相互作用(または結合)が可能である限り、任意の分子が用いられ得る。目的分子としては、非天然分子が挙げられ、非天然分子としては、例えば、蛍光分子(例えば、フルオロセインイソシアネート(FITC))、環境応答性の非天然分子(例えば、光に応じてその構造を変化させる分子(例えば、N−イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)))、重金属と強い親和性のある配位子(例えば、ニッケル特異結合分子(例えば、ニトリロ三酢酸(NTA)樹脂))、およびタンパク質以外の触媒(例えば、金属触媒(例えば、二酸化チタン))が挙げられる。また、目的分子には、細胞表層提示のためのアンカータンパク質と遺伝子融合させるとその発現が妨害されるまたは不能となるようなタンパク質、およびインビトロで化学修飾によりビオチン化可能であるが組換え発現させにくいタンパク質も含まれる。
【0047】
ビオチンを細胞表層に提示する微生物は、その微生物を培養するだけでビオチンが細胞表層に提示される。したがって、目的分子を微生物の細胞表層に提示するには、目的分子を結合したストレプトアビジンと共に、あるいは目的分子を結合したビオチンおよびストレプトアビジンと共に、目的分子を微生物の細胞表層に提示する微生物を培養することによって行うことができる。この培養条件(例えば、培養の温度、pH、および時間)は、目的分子の種類や微生物の生育条件によって変動し得るが、微生物が好適に生育でき、ストレプトアビジン−ビオチン相互作用(または結合)が達成されて妨害されず、そして目的分子とビオチンまたはストレプトアビジンとの結合が解離されない限り、任意の条件であり得る。目的分子がタンパク質である場合、タンパク質の活性を大きく損なわない条件でもあり得る。
【0048】
さらに、本発明によれば、目的分子を細胞表層に提示する微生物を生成する方法が提供される。この方法は、ビオチンを細胞表層に提示する微生物および該目的分子を結合したストレプトアビジンまたはアビジンを混合する工程を含む。混合工程により、該微生物の表層に提示されたビオチンと、該目的分子を結合したストレプトアビジンまたはアビジンとが結合され、したがって、目的分子を細胞表層に提示する微生物が生成される。本発明によれば、目的分子を細胞表層に提示する微生物を生成する別の方法もまた提供される。この方法は、ビオチンを細胞表層に提示する微生物、該目的分子を結合したビオチン、およびストレプトアビジンまたはアビジンを混合する工程を含む。混合工程により、該微生物の表層に提示されたビオチンと、該ストレプトアビジンまたはアビジンとが結合され、そして該ストレプトアビジンまたはアビジンと、該目的分子を結合したビオチンとが結合され、したがって、目的分子を細胞表層に提示する微生物が生成される。
【0049】
上記方法によって生成された目的分子を細胞表層に提示する微生物も本発明の範囲内に含まれる。
【0050】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0051】
(実施例1:BirAを細胞内に発現し、かつビオチン化ペプチドが細胞表層に提示された酵母の調製)
BirAを細胞内に発現し、かつビオチン化ペプチドが表層に提示された酵母を得るために、以下の手順を行った。まず、酵母細胞内にBirA(大腸菌由来ビオチンリガーゼ)を発現させるためのベクターを構築した。配列番号2に記載のForwardプライマーおよび配列番号3に記載のReverseプライマーを用いて大腸菌ゲノムをテンプレートにしてPCRを行い、BirA遺伝子とFLAGコード断片との連結物を増幅した。pRS406プラスミド(Stratagene社より入手)をベースにして、酵母の2μmプラスミドの複製開始点(Ori)およびColE1の複製開始点、酵母選択マーカーTRP1、および大腸菌選択マーカーのアンピシリン耐性遺伝子を備え、PGKプロモーターで発現できるプラスミドpGK404を調製した。このプラスミドpGK404、および、BirA遺伝子とFLAGコード断片との連結物のそれぞれをNheIおよびBglIIで切断し、ライゲーションした。最終的に得られたベクターpGK404-BirAの模式図を図1(A)に示す。ベクターpGK404-BirAは、BirA−FLAGを菌体内発現する組み込み型のベクターである。ベクターpGK404-BirAをEcoRVで切断して、酵母サッカロマイセス・セレビシエYPH499株を酢酸リチウム法により形質転換した。
【0052】
次いで、細胞表層にBAPを発現させるためのプラスミドベクターを以下のように構築した。まず、配列番号4に記載のForwardプライマーおよび配列番号5に記載のReverseプライマーを用いて、テンプレートなしでそのままPCRを行い、伸長させ、BAPをコードする遺伝子とFLAGコード断片との連結物を得た。得られた連結物を、PacIおよびSalIで切断した表層提示用のベクターpFGK426にライゲーションし、pFGK426-BAPを得た。最終的に得られたベクターpFGK426-BAPの模式図を図1(B)に示す。ベクターpFGK426-BAPは、BAP−FLAGを表層提示で発現するマルチコピー型のベクターである。このベクターを用いて、上記のBirA発現のために形質転換した株をさらに形質転換した。
【0053】
(比較例1および2)
比較のために、pGK404-BirAのみで形質転換した酵母(比較例1)およびpFGK426-BAPのみで形質転換した酵母(比較例2)も調製した。
【0054】
(実施例2:形質転換酵母におけるBirAおよびBAPの発現ならびにBirAによるBAPのビオチン化)
まず、形質転換酵母の培養液5mlからの細胞を超音波処理によって細胞破砕し、得られた上清を1000×gにて25℃で5分間遠心分離し、全細胞タンパク質画分を得た。この全細胞タンパク質画分を、一次抗体としてマウス抗FLAG IgG抗体(Sigma社より入手)および二次抗体としてアルカリホスファターゼ(AP)標識抗マウスIgG抗体(Promega社より入手)を用いるウェスタンブロッティングに供し、BirAおよびBAPの発現について分析した。その結果を図2の左側の電気泳動写真として示す。この電気泳動写真において、レーン1は未形質転換酵母(「YPH499」)、レーン2は比較例2の形質転換酵母(「BAP」)、レーン3は比較例1の形質転換酵母(「BirA」)、そしてレーン4は実施例1の形質転換酵母(「BAP+BirA」)の結果を示す。Mは分子量マーカーである。BirAおよびBAPの発現は、100kDaと75kDaとの間の位置にBAP−FLO428のバンドおよび37kDaの位置にBirAのバンドが現れることにより判断した。これにより、実施例1の形質転換酵母(「BAP+BirA」)が、BirAおよびBAPを発現していることが確認できた。
【0055】
さらに、抗体としてAP標識ストレプトアビジン(Promega社より入手)を用いたこと以外は同様にしてウェスタンブロッティングを行った。本ブロッティングでは、ストレプトアビジンと結合するタンパク質の存在を調べた。その結果を図2の右側の電気泳動写真として示す。この電気泳動写真においても、レーン1は未形質転換酵母(「YPH499」)、レーン2は比較例2の形質転換酵母(「BAP」)、レーン3は比較例1の形質転換酵母(「BirA」)、そしてレーン4は実施例1の形質転換酵母(「BAP+BirA」)の結果を示す。実施例1の形質転換酵母(「BAP+BirA」)においてのみ、100kDaと75kDaとの間の位置にBAP−FLO428のバンドが現れた。このことは、実施例1の形質転換酵母で発現しているBirAによって、同じく発現しているBAPがビオチン化したことを示している。
【0056】
(実施例3:形質転換酵母のビオチンの表層提示)
形質転換酵母をYPDA培地(酵母エキス−ペプトン−デキストロース−アデニン培地)、3ml中で30℃にて18時間培養し、酵母培養液を15μl採取し洗浄した。次いで、この酵母培養液に、ストレプトアビジン−フルオロセインイソシアネート(FITC)(Sigma社より入手)の終濃度が20μg/mlになるように加え、1時間静置した後洗浄し、これを顕微鏡で観察した。
【0057】
図3は、ストレプトアビジン−FITCを添加した種々の形質転換酵母の蛍光顕微鏡写真(「蛍光像」の段)および微分干渉顕微鏡写真(「微分干渉像」の段)を示す。それぞれ、未形質転換酵母(「YPH499」)、比較例2の形質転換酵母(「BAP」)、比較例1の形質転換酵母(「BirA」)、および実施例1の形質転換酵母(「BAP+BirA」)の結果を示す。酵母の細胞表層にビオチンが提示されていれば、添加したストレプトアビジンが結合し、このストレプトアビジンに結合しているFITC由来の蛍光が観察されるはずである。実施例1の形質転換酵母(「BAP+BirA」)の細胞表層においては、FITC由来の蛍光が観察された。したがって、実施例1の形質転換酵母には、ストレプトアビジンが結合していることが分かる。
【0058】
よって、実施例1の形質転換酵母は、ビオチンが表層に提示されたことが実証された。
【0059】
(実施例4:形質転換酵母およびストレプトアビジン−ビオチン相互作用を利用した目的分子の表層提示)
形質転換酵母をYPDA培地3ml中で30℃にて18時間培養し、酵母培養液を15μl採取し洗浄した。次いで、この酵母培養液に、ストレプトアビジンを終濃度20μg/mlになるように加え、1時間静置した後洗浄した。さらにビオチン−FITC(PIERCE社より入手)を終濃度が0.01μg/mlになるように加え、1時間静置した後洗浄し、これを顕微鏡で観察した。
【0060】
図4は、ストレプトアビジンおよびビオチン−FITCの組み合わせを添加した種々の形質転換酵母の蛍光顕微鏡写真(「蛍光像」の段)および微分干渉顕微鏡写真(「微分干渉像」の段)を示す。それぞれ、未形質転換酵母(「YPH499」)、比較例2の形質転換酵母(「BAP」)、比較例1の形質転換酵母(「BirA」)、および実施例1の形質転換酵母(「BAP+BirA」)の結果を示す。実施例1の形質転換酵母(「BAP+BirA」)の細胞表層においては、FITC由来の蛍光が観察された。したがって、実施例1の形質転換酵母には、ストレプトアビジン、次いでビオチンが段階的に結合していることが分かる。
【0061】
よって、実施例1の形質転換酵母の表層に提示されたビオチンに対してストレプトアビジン、次いでビオチンが段階的に結合され、この結合されたビオチンに結合しているFITCがさらに表層提示されることが実証された。
【0062】
(実施例5:ビオチン表層提示大腸菌の創製)
表層提示用のベクターpHLA、および、実施例1において記載したように調製したBAPをコードする遺伝子とFLAG遺伝子との連結物のそれぞれをBamHIおよびHindIIIで切断し、ライゲーションした。得られたベクターは、HCEプロモーター、PgsA遺伝子断片、およびBAPをコードする遺伝子とFLAGコード断片との連結物を含む。このベクターで大腸菌novablueをエレクトロポレーション法により形質転換した。得られた菌体を24時間培養し、リン酸緩衝化生理食塩水(PBS)1mlで3回洗浄した。次いで、この菌体を300μlのPBSに懸濁し、そして抗FLAG−FITC(Sigma社より入手)を約5μg/mlになるように、あるいはストレプトアビジン−FITCを約5μg/mlになるように添加し、30分間振盪した。次いで、PBSで洗浄し、蛍光活性化細胞選別(FACS)で解析し、細胞表層におけるFLAGおよびビオチンの存在を調べた。対照として、形質転換していない大腸菌を用いた。
【0063】
図5は、抗FLAG−FITCを用いた形質転換した大腸菌および形質転換していない大腸菌のFACS解析による蛍光強度を示すグラフである。このグラフでは、横軸は蛍光強度を表し、縦軸は細胞数(カウント)を表す。形質転換していない大腸菌に比べ、形質転換した大腸菌で、強い蛍光強度が観察された。したがって、形質転換した大腸菌では、その細胞表層にFLAGが提示されていることが示された。
【0064】
図6は、ストレプトアビジン−FITCを用いた形質転換した大腸菌および形質転換していない大腸菌のFACS解析による蛍光強度を示すグラフである。横軸および縦軸は図5と同様である。形質転換していない大腸菌に比べ、形質転換した大腸菌で、強い蛍光強度が観察された。したがって、形質転換した大腸菌では、その細胞表層にビオチンが提示されていることが示された。
【0065】
以上のように、ビオチン表層提示大腸菌が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0066】
蛍光分子や環境応答性の非天然分子を提示させることで、バイオセンサーとして応用できる。また、重金属と強い親和性のある配位子などの非天然分子を提示させることで、環境浄化技術および希少金属回収技術として応用できる。また、蛋白質以外の触媒を提示させた菌体触媒としても応用できる。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】BirA−FLAGを菌体内発現するベクター(A)およびBAP−FLAGを表層提示で発現するベクター(B)の模式図である。
【図2】種々の形質転換酵母におけるBirAおよびBAPの発現(左)ならびにBirAによるBAPのビオチン化(右)を調べるウェスタンブロットの電気泳動写真である。
【図3】ストレプトアビジン−FITCを添加した種々の形質転換酵母の蛍光顕微鏡写真(「蛍光像」の段)および微分干渉顕微鏡写真(「微分干渉像」の段)である。
【図4】ストレプトアビジンおよびビオチン−FITCの組み合わせを添加した種々の形質転換酵母の蛍光顕微鏡写真(「蛍光像」の段)および微分干渉顕微鏡写真(「微分干渉像」の段)である。
【図5】抗FLAG−FITCを用いた形質転換した大腸菌および形質転換していない大腸菌のFACS解析による蛍光強度を示すグラフである。
【図6】ストレプトアビジン−FITCを用いた形質転換した大腸菌および形質転換していない大腸菌のFACS解析による蛍光強度を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビオチンを細胞表層に提示する微生物であって、ビオチン化酵素を発現し、そして該ビオチン化酵素の認識配列を有するアクセプターペプチドを細胞表層に発現するように組み換えられて、それにより該アクセプターペプチドのリジンがビオチン化されてビオチンが細胞表層に提示されている、微生物。
【請求項2】
前記ビオチン化酵素が、大腸菌由来ビオチンリガーゼであり、そして前記ビオチン化酵素の認識配列が、配列表の配列番号1に記載のアミノ酸配列GLNDIFEAQKIEWHEである、請求項1に記載の微生物。
【請求項3】
前記微生物が酵母または大腸菌である、請求項1または2に記載の微生物。
【請求項4】
目的分子を微生物の細胞表層に提示する方法であって、請求項1から3のいずれかに記載の微生物および該目的分子を結合したストレプトアビジンまたはアビジンを混合する工程を含む、方法。
【請求項5】
目的分子を微生物の細胞表層に提示する方法であって、請求項1から3のいずれかに記載の微生物、該目的分子を結合したビオチン、およびストレプトアビジンまたはアビジンを混合する工程を含む、方法。
【請求項6】
目的分子を細胞表層に提示する微生物を生成する方法であって、請求項1から3のいずれかに記載の微生物および該目的分子を結合したストレプトアビジンまたはアビジンを混合する工程を含む、方法。
【請求項7】
目的分子を細胞表層に提示する微生物を生成する方法であって、請求項1から3のいずれかに記載の微生物、該目的分子を結合したビオチン、およびストレプトアビジンまたはアビジンを混合する工程を含む、方法。
【請求項8】
請求項6に記載の方法により生成された、目的分子を細胞表層に提示する微生物。
【請求項9】
請求項7に記載の方法により生成された、目的分子を細胞表層に提示する微生物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−261371(P2009−261371A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−118136(P2008−118136)
【出願日】平成20年4月30日(2008.4.30)
【出願人】(502059825)Bio−energy株式会社 (16)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】