説明

細胞の識別方法

【課題】検査対象の細胞小塊のうち、特定の短時間の間に細胞分裂S期にあった細胞とそれ以外の細胞を識別することにより、検査対象の細胞分裂能を観測し、細胞を識別する方法を提供する。
【解決手段】検査対象である細胞小塊を[2−14C]チミジンを含有する動物血清中に、常温で2〜5分間浸漬し、次いで直ちに、前記細胞小塊をスライドグラス上で生体組織標本の固定液に2〜5分間接触させて細胞小塊をスライドグラス上に固着させ、その後、細胞小塊が固着したスライドグラスをピクリン酸含有溶液中に10分間以上浸漬させ、水洗後、14Cの分布を検出することにより、[2−14C]チミジンを含有する動物血清に接触させていた時間に細胞分裂S期にあった細胞とそれ以外の細胞とを識別する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞分裂期にある細胞とそれ以外の細胞を識別する方法に関する。具体的には、標本細胞小塊中の細胞が、特定の時期において幹細分裂期であったか否かを高精度で、かつ視覚的に把握できるように細胞を識別する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ES細胞(胚幹細胞)をはじめとする各種の幹細胞は、再生医療への応用が期待され、各研究機関において精力的に研究されている。それらの研究において、細胞分裂能を観察することは重要であり、その分裂周期の長短を評価する方法が有用となる。
【0003】
従来から、チミジンは、細胞分裂前期のDNA合成期(細胞分裂S期)にのみ細胞内で利用されることが知られており、その性質を利用してチミジンに14CやHで標識を付けて、チミジンが細胞内に取り込まれる挙動を観察することによって細胞分裂期にある細胞か否かを識別する方法が知られている。国際公開WO02/31492号公報には、生体内に[2−14C]チミジン又は[1,3N]蛍光チミジンを投与し、その生体から切片を作製し、マクロオートラジオグラフィーで画像を作成することにより異常増殖細胞を識別する方法が開示されている。
【0004】
しかし、この方法では、細胞分裂期にDNA合成に利用されるチミジンの量は、投与されたチミジンの5%にも満たず、細胞分裂期に細胞核に取り込まれなかった余剰のチミジンおよびその代謝物の排除方法を特に意識されていないため、余剰チミジンがバックグランドに残ってオートラジオグラフィーの画像が不鮮明となるおそれがあった。
【特許文献1】国際公開WO02/31492号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、細胞分裂期にある細胞とそれ以外の細胞を識別するための、標識の付されたチミジンを用いてオートラジオグラフィーで、バックグランドの余剰チミジンおよびその細胞質内代謝物を除去してオートラジオグラフィーのノイズを少なくすることを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、検査対象である細胞小塊を[2−14C]チミジンを含有する動物血清中に、常温で2〜5分間浸漬し、
次いで直ちに、前記細胞小塊をスライドグラス上で生体組織標本の固定液に2〜5分間接触させて細胞小塊をスライドグラス上に固着させ、
その後、細胞小塊が固着したスライドグラスをピクリン酸含有溶液中に10分間以上浸漬させ、水洗後、14Cの分布を検出することを特徴とする細胞識別方法である。
【0007】
前記発明において、固定液として、細胞小塊が固着したスライドグラスを浸漬させるピクリン酸含有溶液と同一成分の溶液を用いることにより、調製する溶液の種類が少なくなり作業効率が向上する。
【0008】
特に、ブアン固定液として知られている、容積比でピクリン酸飽和水溶液15、ホルマリン5、氷酢酸1からなるピクリン酸溶液を用いると、同一の組成の溶液で、固定液としての性能と、余剰チミジン除去のための溶液としての性能と満足することができるので好ましい。
【0009】
また、14Cの分布を検出する方法として、飛跡オートラジオグラフィーを用いることが、細胞核からのβ線のみを識別することが可能となるので好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明では、検査対象である細胞小塊を[2−14C]チミジン含有動物血清中に常温で2〜5分間浸漬することにより、この間に短い細胞分裂S期にある細胞核中に14Cで標識を付されたチミジンが取り込まれる。その直後に固定液に2〜5分接触させることによって固着することによって、それ以上細胞核中に[2−14C]チミジンに取り込まれないようにするから、特定の時間中に細胞分裂S期にあった細胞が識別できるようになる。さらに、スライドグラスに固着後、スライドグラスごと細胞小塊をピクリン酸溶液中に浸漬することにより、DNA中に取り込まれて保護されているチミジン以外のチミジンおよびその代謝物を分解し、2位にある14Cは二酸化炭素として排除されるため、バックグランドに余剰チミジンに由来する14Cが無くなり、ノイズの少ないオートラジオグラフィーの画像が得られ、細胞分裂S期にあった細胞とそれ以外の細胞を明瞭に識別できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
本発明では、まず、検査対象である細胞小塊を[2−14C]チミジン含有動物血清中に常温で2〜5分間浸漬する。この時間中に細胞分裂S期であった細胞は、細胞核中に[2−14C]チミジンを取り込みDNA合成前駆体として利用し、それ以外の細胞は細胞核中にチミジンを取り込まない。一方、細胞質へは、細胞周期の特異性はなく、[2−14C]チミジンを取り込み代謝物となる。従って、細胞分裂S期にあったものとそれ以外とが識別されることになる。細胞小塊をチミジン含有血清中に浸漬させる工程はスライドグラス上で行ってもよいし、それ以外の場所で浸漬させ、その後スライドグラス上に移動させてもよい。血清中の[2−14C]チミジン含有量は、後工程で14Cを検出できるだけの濃度があれば特に制限されないが、取扱の安全性とのバランスを考慮すれば、血清1cc中の[2−14C]チミジンが1×10Bq以上1×10Bq以下程度となるようにするのが好ましい。浸漬させる時間は、短すぎるとチミジンが十分に細胞核中に取り込まれないので好ましくない。また、浸漬時間が長すぎると、その浸漬時間のいつごろ細胞分裂S期であったのか曖昧になるので、細胞分裂S期の時間に比して長すぎるのも好ましくない。対象とする幹細胞の細胞分裂S期の時間が通常3分くらいであることから、前記浸漬時間は2〜5分が好適である。
【0012】
次いで、この細胞小塊をスライドグラス上で、固定液に2〜5分接触させて固着させ、これ以上は細胞核中にチミジンが取り込まれないようにする。このときに用いる固定液は、2〜5分間程度の時間で組織体を固定できるものであればいずれでもよいが、後工程でも用いられるピクリン酸溶液と同一組成の固定液を用いると、調製する溶液の種類が少なくなり、作業効率がよい。特に、ブアン固定液の名で知られている、容積比でピクリン酸飽和水溶液15、ホルマリン5、氷酢酸1からなる溶液が好ましい。固着液の使用量は特に限定されないが、通常は、細胞小塊の1〜10体積倍である。
【0013】
細胞小塊を固着後、スライドグラスごとピクリン酸溶液中に10分以上、好ましくは60分以上浸漬する。ここで用いるピクリン酸溶液としては、飽和水溶液の濃度(20℃で水100gに対して1.18g)の50%以上の濃度の水溶液またはアルコール溶液が用いられる。ブアン固定液と同一組成の溶液を用いれば、前工程で用いた固定液と共通化でき、調製する溶液の種類が少なくなり作業効率がよい。この工程では、スライドグラスごと浸漬するのに十分な量のピクリン酸溶液を用いる。ピクリン酸溶液の量が前工程の固定液と同程度の少量であると、細胞核に取り込まれなかったチミジンの除去が十分には行われない。
【0014】
このピクリン酸溶液への浸漬工程では、ピクリン酸が細胞核に取り込まれていないチミジンに作用し、チミジンを分解して、2位の14CをCOにして除去する効果がある。細胞核に取り込まれ、DNAの一部になっているチミジンは、核酸で保護されているため、ピクリン酸の作用によって容易には分解されないが、細胞核外のチミジンはピクリン酸の作用で分解される。このとき、チミジンの2位の炭素原子はN−CO−Nの構造となっているため容易に二酸化炭素になって、系外に排出される。また、14Cを含む細胞質内代謝物もまた容易に細胞外に排出される。
【0015】
ピクリン酸溶液の浸漬後、細胞小塊を固着させたスライドグラスは十分な量の水で洗浄し、ピクリン酸溶液等の不要物を除去する。水洗浄は、固着させた細胞小塊が遊離しないように行う。例えば、細胞小塊を固着させたスライドグラスを平皿状バットの中央底に載せ、蒸留水を細管を通して平皿状バットの縁からゆっくりと注ぎ、その後緩やかな流速で蒸留水を流しながら1時間以上静置する、などの方法が好ましい。
【0016】
その後、スライドグラス上の細胞小塊について、14Cの分布の分析を行う。分析方法は限定されないが、飛跡オートラジオグラフィーが好ましい方法として例示できる。具体的には、以下のような方法が好ましい。
【0017】
水洗したスライドグラスを原子核乳剤中に40〜50℃で数秒間浸漬して塗布し、乳剤を乾燥させる。その後、温度4℃、湿度60%の無菌状態の暗箱内に、30日から60日間静置させて露出させ、X線用現像液で現像する。14Cの半減期は5730年と長いため、露出時間は30日以上とすることが好ましい。また、X線用現像液は従来公知のものが利用できる。これにより、14Cがβ崩壊した際に放出されるβ線の飛跡が黒点の連続として観察でき、14Cの分布が観測できる。
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0018】
(実施例1)
マウス背部皮下に骨肉腫細胞を移植した1週間後、小腫瘤が形成したときに、1ccのディスポーザブル注射針で腫瘤の側縁細胞塊を少量採取した。この細胞塊を、剥離防止コートスライドグラス(MASコート処理スライドグラス)上に載せた。これに、[2−14C]チミジンを放射能量が1×10Bqとなる量含有させたマウス血漿を滴下し、常温で5分間静置した後に、血漿液をろ紙で吸い取り、その後直ちにブアン固定液(ピクリン酸飽和水溶液15cc、ホルマリン5cc、氷酢酸1ccの割合で調製した固定液)を2〜3滴細胞小塊上に滴下した。4〜5分経過して、細胞小塊がスライドグラス上に固着してから、スライドグラスごとピクリン酸水溶液(ピクリン酸飽和水溶液15cc、ホルマリン5cc、氷酢酸1ccの割合で調製した水溶液)に浸漬し60分間静置した。
【0019】
その後、スライドグラスをピクリン酸水溶液から取り出し、平皿状バットの中央にスライドグラスを置き、平皿状バットの縁から細管を通して蒸留水をゆっくりと注ぎ、水面を静止状態に保ったまま、ゆるやかな流速で蒸留水を流しながら一晩静置させた。水洗後、このスライドグラスに別のスライドグラスを上から被せて押しつぶし、組織化学的染色を行った。その後、原子核乳剤(イーストマンコダック社製のNTB原子核乳剤)を処方に従って40℃に溶解した乳剤槽内に前記スライドグラスを垂直に1〜2秒間浸漬させ、ゆっくりと引き上げ、垂直のまま自然乾燥させた。
【0020】
乾燥後、スライドグラスを、温度4℃、湿度60%で、鉛で宇宙線から遮蔽された無菌状態の暗箱内に60日間静置した。その後、X線用現像液(商品名D−19)で10分間現像し、停止浴で1分漬けた後、20%チオ硫酸ナトリウム水溶液中に10分間漬けて定着させた。
【0021】
現像工程後、スライドグラスを十分に水洗し、グリセリン・ゼラチン(重量比1:1)の15%水溶液に石炭酸0.5%を添加した溶液を滴下してからカバーグラスで覆い、光学顕微鏡で400倍に拡大して写真を撮影した。図1に撮影した写真を示す。
【0022】
図1では、[2−14C]チミジンから放出されたβ線が、原子核乳剤のハロゲン化銀と反応して、現像によって小さい黒点の連続として記録されている。図1からわかるように、細胞(大きな球)のうち、チミジン含有マウス血漿と接触していた5分間の間に細胞分裂S期にあった細胞からはβ線の飛跡(小さい黒点の連続したもの)が観測され、それ以外の細胞からはβ線の飛跡がほとんど見られない。これにより、細胞分裂期にあった細胞とそれ以外の細胞が識別できる。
【0023】
(比較例1)
実施例1において、細胞小塊固着後のピクリン酸水溶液への浸漬工程を省いた他は同様に行った。結果を図2に示す。図2では、細胞核だけではなく、細胞質上に多くの14Cβ線飛跡が記録されていて、核に特異性が示されなかった。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明の方法により、特定の短時間の間に細胞分割S期にあった細胞とそれ以外の細胞が識別でき、検査試料の細胞塊の細胞分裂能が検査できる。これにより、再生医療等の研究を促進することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】実施例1のβ線飛跡オートラジオグラフィーの図面代用写真である。
【図2】比較例1のβ線飛跡オートラジオグラフィーの図面代用写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検査対象である細胞小塊を[2−14C]チミジンを含有する動物血清中に、常温で2〜5分間浸漬し、
次いで直ちに、前記細胞小塊をスライドグラス上で生体組織標本の固定液に2〜5分間接触させて細胞小塊をスライドグラス上に固着させ、
その後、細胞小塊が固着したスライドグラスをピクリン酸含有溶液中に10分間以上浸漬させ、水洗後、14Cの分布を検出することを特徴とする細胞識別方法。
【請求項2】
前記固定液が、前記ピクリン酸含有溶液と同一成分であることを特徴とする請求項1に記載の細胞識別方法。
【請求項3】
前記ピクリン酸含有溶液が、溶液比で、ピクリン酸飽和水溶液15、ホルマリン5、氷酢酸1の割合で混合された溶液であることを特徴とする請求項1または2に記載の細胞識別方法。
【請求項4】
前記14Cの分布を検出する方法が、飛跡オートラジオグラフィーであることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の細胞識別方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−22224(P2010−22224A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−184710(P2008−184710)
【出願日】平成20年7月16日(2008.7.16)
【出願人】(390000675)株式会社生体科学研究所 (4)
【Fターム(参考)】