説明

細胞の遺伝子変異機能の制御による変異タンパク質の作製方法

【課題】 有用な変異タンパク質を産生するクローンを単離して、その有用な変異タンパク質を永続的に産生させるために、変異機能を司るAIDの発現を一時停止させた後、目的クローンの単離を可能とする細胞株を樹立することが、本発明の課題である。
【解決手段】 本発明の細胞は、AID遺伝子は互いに逆方向の2つのloxP配列で挟まれており、細胞外からの刺激によりCreリコンビナーゼ(Cre)の発現が誘導されると、AID遺伝子の方向が反転することにより、2つのloxP配列に挟まれた領域の上流に存在するプロモーターに制御されているAID遺伝子の発現が促進(0N)から停止(0FF)またはOFFからONへの変換が可能となる。すなわち、AID遺伝子が該プロモーターに対して順方向に向いている場合はその発現がONの状態が維持されるが、AID遺伝子が該プロモーターに対して逆方向に向いている場合はその発現がOFFの状態が維持される。

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
タンパク質の遺伝子を変異させることにより、アミノ酸配列を人為的に変化させ、機能の優れた変異タンパク質を創製することは、有用な医薬品となるタンパク質や工業的利用価値のある酵素を産み出すことをめざすタンパク質工学における重要な基盤技術である。
【0002】
従来のタンパク質工学においては、試験管内でPCR法などにより、遺伝子に位非特異的または特異的に変異を導入したのち、適当な発現ベクターに組み込み、発現されたタンパク質の機能を検定し、有用な変異体を取得する方法が一般的である。この方法は、変異遺伝子をクローニングし、発現細胞に導入するという煩雑な操作が必要となるので、試験する変異体の規模は限られ、したがって有用な変異を見出す確率は低くなる。
【0003】
生体内で、抗体産生を担う免疫系は、ランダムな変異導入と有用変異体の選択を見事に実現している。抗体を産生する役割を持つB細胞は、抗原で刺激されると、抗体可変部領域遺伝子に自然変異の百万倍もの頻度で変異を頻発し(体細胞超変異)、抗原に対する結合親和性が向上した変異を持つB細胞のみが生き残り、その他のB細胞は死滅する。これが繰り返されることにより、産生される抗体の親和性は時間と共に増大する。これが親和性成熟と呼ばれる過程である。体細胞超変異に必須の役割を持つ酵素として、最近activation-induced cytidine deaminase(AID)が発見され、AIDが機能しないと変異は起こらないことが証明されている。
【0004】
したがって免疫系の有するこの変異機能を抗体のみならず各種のタンパク質の遺伝子に適用できれば、タンパク質工学における画期的な技術となる。
【0005】
この目的のために、ニワトリのB細胞株であるDT40は極めて有用性が高い。その理由としては、DT40は、AIDを恒常的に発現しており、培養中に自発的に抗体遺伝子の可変領域に変異を導入している。この変異には2つのパターンがあり、一つは1塩基の置換(点変異)、もう一つは、上流に配置された可変部偽遺伝子との間で相同組み換えにより塩基配列を部分的に入れ替える、所謂、遺伝子変換である。さらにもう一つの際だった特徴は、外部から遺伝子を導入すると、高い頻度で相同組み換えが起こるので、遺伝子導入部位を制御することが可能な点である。このような性質は一般の高等動物細胞では見られない。このために、狙った部位に遺伝子を導入したり(ノックイン)、特定の遺伝子を破壊すること(ノックアウト)が容易であり、細胞の遺伝子操作による改変の柔軟性は飛躍的に増大する点である。DT40では、抗体の遺伝子のみならず、外部から導入した遺伝子も同様に高い頻度で変異を起こすことが知られている。したがって、DT40内では標的遺伝子を変異、発現させることができ、従来法のように、発現細胞への遺伝子導入操作を必要としない。すなわち、一細胞内で変異と発現を連続的に実現することができる。培養中のDT40細胞群より、様々な特異性を持つ抗体が得られることは、既に報告されている。例えばCumbersらの報告(Cumbers,S.J.等,2002 Nature Biotechnol.20,1129)では、培養中に免疫グロブリン遺伝子を自発的に変異させるヒトB細胞株Ramosを、繰り返し特定の抗原に対する親和性に基づいて選別し、高親和性クローンを単離すると、in vitroの培養系で目的とする抗体が得られることが報告されている。例えば、ストレプトアビジンに対する抗体は、選別を繰り返すことにより、より高親和性のものが得られることが分かった。より効率的なシステムはより早く増殖し、変異効率も高く、遺伝子操作も容易なニワトリB細胞株DT40であること、単一の細胞から培養を開始し、増殖させると、抗原に対する親和性を示す細胞を繰り返し選択し、選択の閾値を上げて行くことにより、より高親和性の抗体が得られることも併せて報告されている。しかしながら、DT40が培養中に、抗体遺伝子を充分な効率で変異、多様化させるので、その細胞集団から、目的とする抗体を産生する細胞を、抗原に対する結合親和性に基づいて、例えばセルソーターなどにより所望の抗体を産生する細胞として単離したとしても、培養中に必ず更なる変異が入り、元の形質を保持することは困難である。
【0006】
他にも、DT40細胞を用いて、相同組換えを利用して遺伝子変異を起こさせ、タンパク質の機能を改良する手法として、特開2004−201619に開示されたものがある。しかしながら、ここに開示されている方法は、有用な変異の起こった細胞が生じても、DT40細胞が元来有している変異能力により更に変異が続くため、有用な変異を起こしたタンパク質を発現する細胞を純粋な形で取り出すことは不可能である。
【0007】
【特許文献1】特許公開公報 特開2004−201619号
【非特許文献1】Arakawa,H.等,2001.BMC Biotechno1.1:7-14
【非特許文献2】Zhang,Y.等,1996.Nucleic Acids Res.24:543-548
【非特許文献3】Cumbers,S.J.等,2002 Nature Biotechnol.20,1129-1134
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
有用な変異タンパク質を産生するクローンを単離して、その有用な変異タンパク質を永続的に産生させるために、変異機能を司るAIDの発現を一時停止させた後、目的クローンの単離を可能とする細胞株を樹立することを本発明の課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、細胞の本来のAID遺伝子を破壊した後、細胞外からの刺激により発現の0N/0FF制御が可能な形に加工したAID遺伝子構築物を元のAIDの部位に導入したニワトリB細胞株DT40細胞を改変した細胞を作製した。
【0010】
本発明のDT40改変株では、AID遺伝子は互いに逆方向の2つのloxP配列で挟まれており、細胞外からの刺激によりCreリコンビナーゼ(Cre)が活性化されると、AID遺伝子の方向が反転することにより、2つのloxP配列に挟まれた領域の上流に存在するプロモーターに制御されているAID遺伝子の発現が促進(0N)から停止(0FF)またはOFFからONへの変換が可能となる。すなわち、AID遺伝子が該プロモーターに対して順方向に向いている場合はその発現がONの状態が維持されるが、AID遺伝子が該プロモーターに対して逆方向に向いている場合はその発現がOFFの状態が維持される。
すなわち、本発明は以下の態様:
1. 細胞外刺激により外因性Creリコンビナーゼ遺伝子が活性化され、活性化されたCreリコンビナーゼにより外因性AID(activation induced cytidine deaminase)遺伝子の向きを反転させることにより、AID発現を誘導することおよび停止させることが可能な脊椎動物細胞であって、以下の特徴:
1)内因性のAID遺伝子が機能的に破壊されており、内因性AID遺伝子発現によるAIDタンパク質は産生されないこと、
2)互いに逆方向の2つのloxP配列で挟まれた外因性のAID遺伝子、および該2つのloxP配列で挟まれた領域の上流側に存在する該動物細胞で機能し得るプロモーターを有し、上記AID遺伝子が該プロモーターに対して順方向に配置されている場合には、該プロモーターによるAID遺伝子の発現が可能であり、上記AID遺伝子が該プロモーターに対して逆方向に配置されている場合には、AID遺伝子の発現は停止すること、および
3)Creリコンビナーゼ遺伝子が、細胞外刺激によりCreリコンビナーゼ活性化が可能な形で導入されており、Creリコンビナーゼ活性化により、上記外因性AID遺伝子を含む2つのloxP配列に挟まれた領域の方向が反転すること、
を有する上記細胞;
2. 上記Creリコンビナーゼ遺伝子が、Creリコンビナーゼがエストロゲンレセプターとの融合タンパク質として発現するような形で存在し、上記細胞外刺激がエストロゲンまたはその誘導体による刺激であり、細胞を細胞外からエストロゲンまたはその誘導体で刺激することにより、細胞内でCreリコンビナーゼの活性化が誘導されることをさらなる特徴とする、上記1記載の細胞;
3. 上記2つのloxP配列に挟まれた領域内に、AID遺伝子と同じ向きのマーカー遺伝子をさらに含む、上記1または2に記載の細胞であって、ここで、AID遺伝子が該プロモーターに対して順方向に配置されている場合には該マーカー遺伝子も順方向に配置されているため該マーカー遺伝子が発現して、AID遺伝子が該プロモーターに対して順方向に配置されてAID遺伝子が発現可能である細胞を該マーカーにより選択可能であること特徴とする、上記細胞;
4. 上記2つのloxP配列に挟まれた領域内に、AID遺伝子とは逆向きのマーカー遺伝子をさらに含む、上記1〜3のいずれかに記載の細胞であって、ここで、AID遺伝子が該プロモーターに対して逆方向に配置されている場合には該マーカー遺伝子は順方向に配置されているため該マーカー遺伝子が発現して、AID遺伝子が該プロモーターに対して逆方向に配置されてAID遺伝子を発現できない細胞を該マーカーにより選択可能であることを特徴とする、上記細胞;
5. 上記2つのloxP配列に挟まれた領域内に、AID遺伝子とは逆向きのマーカー遺伝子がピューロマイシン耐性遺伝子であり、AID遺伝子と同じ向きのマーカー遺伝子がGFP遺伝子である、上記4記載の細胞;
6. GFP遺伝子の発現を向上させるためにGFP遺伝子の直ぐ上流にIRES配列をさらに含む、上記5記載の細胞;
7. 抗体産生細胞である、上記1〜6のいずれかに記載の細胞;
8. B細胞由来の細胞である、上記7記載の細胞;
9. ニワトリB細胞株DT40細胞に由来する細胞である、上記8記載の細胞;
10. 対象とする1つ以上のタンパク質をコードする遺伝子を該遺伝子が発現可能な形態で導入され、細胞内のゲノムに組み込まれていることを特徴とする、上記1〜9のいずれかに記載の細胞;
11. 細胞内の遺伝子変異を促進または停止させる方法であって、
1)上記1〜8のいずれかに記載の細胞を用意し、
2)該細胞にCreリコンビナーゼ遺伝子の発現を誘導し得る細胞外刺激を与え、AID遺伝子の向きを反転させて、AIDの発現を促進または停止させること、
を含む、上記方法;
12. 変異を有するタンパク質を得る方法であって、
1)上記1〜10のいずれかに記載の細胞を用意し、
2)該細胞のAIDの発現が可能な状態とし、
3)該細胞を一定期間培養し、
4)該細胞が産生する対象とするタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子を単離して、その変異を検出し、
5)所望の変異を有しているタンパク質が産生されている場合には、該細胞にCreリコンビナーゼを活性化し得る細胞外刺激を与えて、AID遺伝子の向きを反転させて、AIDの発現を停止させ、
6)該細胞が産生する所望の変異を有している対象とするタンパク質を単離すること、
を含む、上記方法;
13. 変異を有するタンパク質を得る方法であって、
1)上記1〜10のいずれかに記載の細胞を用意し、
2)該細胞のAIDの発現が可能な状態とし、
3)該細胞を一定期間培養し、
4)該細胞にCreリコンビナーゼを活性化し得る細胞外刺激を与えて、AID遺伝子の向きを反転させて、AIDの発現を停止させ、
5)該細胞が個々に産生する対象とするタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子を単離して、その変異を検出し、
6)所望の変異を有しているタンパク質を産生する細胞株を上記培養された細胞から選別し、
7)該細胞が産生する所望の変異を有している対象とするタンパク質を単離すること、
を含む、上記方法;
14. 上記対象とするタンパク質が、外因性の遺伝子の発現により産生されるタンパク質であって、上記(1)または(2)のステップにおいて、該細胞に対象とするタンパク質をコードする遺伝子を発現可能な形態で上記細胞に導入して、該細胞内のゲノムに組み込むことをさらに含む、上記12または13記載の方法;ならびに、
15. 上記対象とするタンパク質が、抗体である、上記12または13記載の方法;
に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明では、ライブラリーの作製や、試験管内での変異誘発を経ることなく、1細胞内で、抗体その他のタンパク質の遺伝子を自発的に変異させ、同時に発現させることができるので、目的の変異を持つ遺伝子の単離までの手順が大幅に簡略化される。最も重要な点は、変異の進行を任意に停止、再開できるため、目的の変異を固定して安定な形で単離できることである。また変異を再開させることにより、更に有用な変異へ導くことも可能である。今回作製したDT40細胞株は有用な機能をもつタンパク質の創製のための重要な基盤技術となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明に用いる細胞は、AIDを構成的、または誘導的に発現し、抗体をはじめとする種々のタンパク質の遺伝子に自発的な変異を導入する性質を有するものであれば、どのような細胞も用いることができる(例えば、ヒトB細胞白血病株Ramosなど)。中でもニワトリB細胞株DT40は、自発的変異能力が高く、外来遺伝子との相同組み換え頻度が高いため、最も好ましい。野生型のDT40細胞、種々の変異を既に組み込んだDT40細胞も使用可能である。
【0013】
本発明の細胞を得るためには、まず、内因性のAID遺伝子を発現し得る任意の脊椎動物に由来する細胞の、内因性のAID遺伝子を機能的に破壊して内因性AID遺伝子の発現によるAIDタンパク質の産生が起こらないように細胞を改変するとよい。内因性AID遺伝子の両対立遺伝子の一方は、通常の手法にのっとりAID遺伝子ターゲティングベクターを作製して遺伝子破壊(ノックアウト)を行い、もう一方の対立遺伝子座には、Creリコンビナーゼによりその方向が反転し得るように構築された外因性のAIDをコードする遺伝子を含むDNA構築物を含有するAID遺伝子ターゲティングベクターを作製して、相同組換えを起こすことにより、内因性AID遺伝子は破壊され、外因性AID遺伝子の発現制御が可能な細胞を作製し得る。
【0014】
Creリコンビナーゼによりその方向が反転し得るように構築された外因性のAID遺伝子は、互いに逆方向の2つのloxP配列に挟まれている。さらに、この2つのloxP配列で挟まれた領域の上流側に、対象とする動物細胞において機能するプロモーターが存在し、相同組換えにより該プロモーターもゲノム上に挿入されるように、ターゲティングベクターを設計するとよい。
【0015】
このようにして、Creリコンビナーゼによりその方向が反転し得るように構築された外因性のAID遺伝子を細胞のゲノムに組込むことにより、該外因性AID遺伝子が上記プロモーターに対して順方向に配置されている場合は、該プロモーターによってAID遺伝子の発現が誘発される。言うまでもなく、該AID遺伝子が上記プロモーターに対して逆方向に配置された場合には、AID遺伝子の発現は起こらない。ここで用いる、適切なプロモーターは当業者であれば、様々なものを想到し得、適切なものを選択することができる。例えば、β-アクチンプロモーター、免疫グロブリンプロモーター、サイトメガロウイルスプロモーター、CAGプロモーターが挙げられる。
【0016】
このような外因性AID遺伝子を含むDNA構築物がゲノム中に存在することにより、細胞内でCreリコンビナーゼの活性が発揮された場合、loxPに作用して、2つのloxPにより挟まれている領域が反転(すなわち、AID遺伝子の向きが逆方向から順方向へ、または順方向から逆方向へ変換)する。これによって、AID遺伝子の発現がONからOFFまたはOFFからONへと変換される。Creリコンビナーゼの活性化が細胞外刺激によって誘導されるような形態でCreリコンビナーゼ遺伝子を細胞内に導入するとよい。ここで、「Creリコンビナーゼの活性化」とは、Creリコンビナーゼが活性型の状態で核内に移行する形で発現すること、または発現していたCreリコンビナーゼが核内に移行することを意味する。すなわち、細胞内でCreリコンビナーゼがゲノム中のloxP配列に作用して該配列を特異的に切断し得る状態になることをいう。したがって、細胞外刺激に応答してCreリコンビナーゼ遺伝子の発現またはCreリコンビナーゼの活性化が起こるような形態であれば、どのような形態であってもよく、細胞外刺激応答性プロモーターの制御下にCreリコンビナーゼを配置したものでもよく、当業者であれば種々の細胞外刺激によるかかる発現または活性化の制御システムを想到し得、その中から適切なものを選択することが可能である。例えば、Creリコンビナーゼが、エストロゲンレセプター、またはそのエストロゲン結合ドメインを含むタンパク質との融合タンパク質として発現し得るような形で、エストロゲンレセプターまたはそのエストロゲン結合ドメインを含むタンパク質をコードする遺伝子とCreリコンビナーゼcDNAとをインフレームで連結したDNA構築物を細胞内に導入するとよい(詳細には、後述の実施例を参照されたい)。かかる場合、エストロゲン誘導体刺激を細胞に与えると、Creリコンビナーゼの活性化が誘導される。したがって、細胞外からエストロゲン誘導体を作用させたときにのみ、Creリコンビナーゼが活性化し(ここで、上記融合タンパク質が核内に移行して、CreリコンビナーゼがloxP配列に作用し得ることを指す)、AID遺伝子を含むloxP配列に挟まれた領域が反転される。
【0017】
AID遺伝子が特定の方向にあるクローンを効率的に選択するために、種々のマーカー遺伝子を利用するとよい。かかるマーカー遺伝子としては、種々の抗生物質耐性遺伝子(例えば、ピューロマイシン耐性遺伝子など)または色素タンパク質遺伝子、蛍光タンパク質遺伝子(例えば、GFPおよびその改変体など)などが挙げられるが、これらに限定されることなく、当業者が適宜選択可能であり、各マーカー遺伝子に応じた選択方法は当業者には周知である。
【0018】
上記2つのloxP配列に挟まれた領域内に、該領域がAID遺伝子が発現可能な方向に向いて存在している場合にはマーカー遺伝子もまた発現可能なように、AID遺伝子と同じ向きのマーカー遺伝子を含むようにDNA構築物を作製し、細胞に導入するとよい。かかる場合、マーカー遺伝子を発現している細胞は、AID遺伝子も発現し得る状態にあるため、マーカー遺伝子の表現型に基づいて、AID遺伝子が発現可能な方向に向いて存在している細胞を選択することができる。
【0019】
さらに、上記2つのloxP配列に挟まれた領域内に、該領域がAID遺伝子が発現可能な方向とは逆方向に向いて存在している場合にはマーカー遺伝子が発現可能なように、AID遺伝子と逆向きのマーカー遺伝子を含むようにDNA構築物を作製し、細胞に導入しておくとよい。かかる場合、マーカー遺伝子を発現している細胞は、AID遺伝子は発現し得ない状態にあるため、マーカー遺伝子の表現型に基づいて、AID遺伝子が発現しない方向に向いて存在している細胞を選択することができる。
【0020】
AID遺伝子の順方向および逆方向について選択可能な2種のマーカー遺伝子を、loxPで挟まれた領域に配置しておくと、AID遺伝子がいずれの方向にあるものについても、マーカー遺伝子による選択ができるため、有利である。例えば、上流側のloxP配列の下流側に、順方向の第1のマーカー遺伝子、逆方向の第2のマーカー遺伝子、および逆向きのAID遺伝子が順に配置され、その下流に下流側のloxP配列が存在するようなDNA配列を有する構築物であってよい。いずれのマーカー遺伝子も、マーカー遺伝子自体が上流側にあるプロモーターに対して順方向に存在する時にのみ、発現可能な形態で存在することが必要である。すなわち、例えば、第2のマーカー遺伝子として、GFP遺伝子を用いる場合、GFP遺伝子の十分な発現を得るために必要なIRES配列を第2のマーカー遺伝子とAID遺伝子との間に挿入しておくとよい。例えば、順方向のプロモーターの下流に、順に、第1のloxP配列、順方向のピューロマイシン耐性遺伝子、逆方向のGFP遺伝子、逆方向のIRES配列、逆方向のAID遺伝子、および第1のloxP配列とは逆向きの第2のloxP配列が配置されたDNA構築物が、細胞のゲノム内に組込まれるとよい。
【0021】
上記プロモーターを含み、かつ上記2つのloxP配列で挟まれた領域を有するDNA構築物をAID遺伝子ターゲティングベクターに組込むことにより、内因性AID遺伝子を破壊し、発現制御可能なAID遺伝子を導入することができる。ターゲティングベクターの構築方法、およびAID遺伝子のターゲティング方法は、公知である。なお、後述の実施例に基づいて実施してもよい。
【0022】
上述のような遺伝子改変を行うことにより、AID発現を完全にONまたはOFFすることが可能な細胞を作製することができる。所望の遺伝子改変を有している細胞をクローニングして、細胞株として樹立できる。
【0023】
かかる細胞は、AID発現に依存する遺伝子突然変異を促進または停止することが可能である。AID発現がONの場合には、細胞内の遺伝子変異は亢進する方向にあり、継続的に変異が起こる。AID発現がOFFの場合には、細胞内の遺伝子変異は起こらない状態が維持され、すなわち、OFFになった時点で発現されていたタンパク質はその後さらなる変異を受けることなく永続的に発現され得る。
【0024】
かかるAID発現による遺伝子変異制御のメカニズムを利用して、対象とするタンパク質の突然変異を亢進させること、および一定の突然変異を受けたタンパク質にさらなる突然変異が起こらないようにすることが可能である。対象とするタンパク質は、上記細胞が内因性に発現するものであってもよく、または、外来遺伝子を上記細胞において発現可能な形で、そのゲノムに組込むことにより発現される外来タンパク質であってもよい。外来遺伝子を発現可能な形でゲノムに組込む方法は公知の方法であってよい。
【0025】
例えば、上記細胞が抗体産生細胞を改変して作製したものである場合、かかる細胞が産生する抗体は、AID発現がONの状態である限り遺伝子変異を起こしつづけることにより変異を繰り返すが、AID発現がOFFになった時点で遺伝子変異は起こらなくなるため、その時点で発現されている抗体が永続的に産生されつづけることとなる。なお、抗体産生細胞とは、天然の抗体産生細胞および遺伝子操作により人工的に抗体産生能を付与した細胞のいずれをも包含し得、人工的に抗体産生能を付与した細胞の場合、完全な抗体分子を産生可能である必要はなく、抗原に結合するために必要な可変領域を含む抗体フラグメントを産生し得る細胞でもよく、またキメラ抗体またはヒト化抗体等、非天然型の抗原に結合し得る分子およびそのフラグメントを産生し得る細胞でもよい。例えば、かかる細胞はB細胞に由来する細胞を改変したものであり得るが、ニワトリB細胞株DT40を改変したものであることが最も好ましい。例えば、後述の実施例に記載する、ニワトリB細胞株DT40を改変したDT40-AID-ctrl細胞などが、特に好ましい本発明の細胞として挙げられる。
【0026】
本発明の細胞に、Creリコンビナーゼの発現誘導または活性化誘導を行うことにより、その遺伝子変異を随時促進または停止させることができる。Creリコンビナーゼの発現誘導または活性化誘導は上述の通り、細胞外刺激によって行うことができる。一度Creリコンビナーゼ活性によりAID遺伝子の向きが反転すると、その状態が維持されるが、再度Creリコンビナーゼ発現誘導または活性化誘導を行うことにより、再度AID遺伝子の向きを反転させることができる。何度でも、AID遺伝子の反転は可能であり、対象とするタンパク質をある程度変異させるため、AID発現をONになるように配置させた後、Creリコンビナーゼの発現または活性化を誘導しAID発現がOFFになるようにし、その時点で産生された対象とするタンパク質の変異を検出して、所望の変異を有している場合にはそのまま細胞に該タンパク質を産生させつづけることができる。また、さらなる変異を有するタンパク質を所望の場合には、再度Creリコンビナーゼの発現または活性化を誘導してAID発現をONにするとよい。この工程を繰り返すことにより、さまざまな変異の程度を有するタンパク質を産生することが可能となる。このようにして得られる細胞群から目的とする抗体を産生するクローンを単離することができる。また、単離したクローンで再度AIDを0Nにして更なる変異を繰り返すことで、より望ましい変異体を産生するクローンを得ることが可能である。
【0027】
あるいはまた、上記とは別の態様として、AID遺伝子を同方向に向いた2つのloxPで挟む形態を取る遺伝子構築物を導入した細胞を用いることもできる。この場合にはCreが作用すると、AID遺伝子は切り出されて脱落し、細胞は不可逆的にAID欠損となる。この細胞は再びAID ONにするためには再度AID遺伝子を導入する必要があるが、AID遺伝子のOFFは100%の効率で達成できるので、この方法を採用してもよい。
【0028】
この遺伝子操作されたDT40株では、抗体遺伝子のみならず、外部から導入した任意のタンパク質遺伝子への変異導入が可能であり、極めて汎用性が高い方法である。
以下に実施例を示すが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例】
【0029】
AIDのON/OFF制御可能な細胞株の作製の手順を簡潔に図1に示す。
実施例1:発現をON/OFF制御できる形にAID遺伝子を組み込んだ遺伝子ターゲッティング構築物(pAID-ctrl)の構築
体細胞突然変異および体細胞遺伝子置換誘発を制御するために、挿入方向の反転によって、AID遺伝子の発現制御を行えるAID遺伝子ターゲッティング構築物を構築した(図2)。
【0030】
CAGプロモーター(ヒトサイトメガロウィルス初期エンハンサーにニワトリのアクチンプロモーターをつないだもの)の下流にloxP配列、ピューロマイシン耐性遺伝子(SV40初期ポリA付加配列を含む)を順方向につなぎ、その下流に、逆向きのEGFP遺伝子(ウサギグロビンポリA付加配列を含む)と逆向きのIRES領域と逆向きのニワトリAID cDNA(PvuII-ScaI断片)と逆向きのloxP配列とをつないだ。このDNA(CAGプロモーターからloxP遺伝子(3'側))を、クローニングしておいたAIDゲノムDNA(BstXIサイトおよびBamHIを両末端に有する)を平滑末端化しAIDの転写方向に対して順方向になるように組み込んだ。
【0031】
ここで、IRES配列はPCR法を用いて取得し、EGFP遺伝子はpEGFP-N1ベクター(Clontech社)由来のもの、loxP配列は、pLoxPuroベクター(Arakawa等,2001)のものを利用した。IRES領域のためのPCRはKOD-Plus-(東洋紡杜)を用い、pCITE-2a-c(+)ベクター(Novagen社)を鋳型とし、以下のようにデザインしたプライマーにより行った。
正方向プライマー
5'-cgacagatctaagcttgtaatacgactcactatagg-3'(配列番号1)
逆方向プライマー
5'-cataggatccgtcgacatggtattatcatcgtgtt-3'(配列番号2)
PCR産物をBglII-BamHIで消化した後、pEGFP-N1ベクターのBamHIサイトにクローニングした(pIGFP)。pIGFPのIRES領域、EGFP遺伝子を含むNheI-HpaI断片をpLoxPuroベクターのNheI-Eco47III切断断片に組み込んだ(pLIGFP)。ウサギβグロビンポリA付加配列を含むpCAGGS(Niwa,Hら、1991, Gene, 108:193−200)のBamHI-EcoRI断片を、ピューロマイシン耐性遺伝子(SV40初期ポリA付加配列を含む)を含むpPURベクター(Clontech)のBamHI-EcoRI間にピューロマイシン耐性遺伝子とは逆向きに挿入し、EcoRIにはNotIリンカーを導入した(pPA)。pPAのピューロマイシン耐性遺伝子および逆向きのウサギβグロビンポリA付加配列を含むHindIII-NotHI断片を利用し、pLIGFPのHindIII-NotI間に組込むことによってIRES領域およびEGFP遺伝子と、ピューロマイシン耐性遺伝子(SV40初期ポリA付加配列を含む)および逆向きウサギβグロビンポリA付加配列を含む断片を入れ替えた(pLPA)。pLIGFPのloxP配列、IRES領域、EGFP遺伝子を含むSpeI-NotHI断片と、pLPURのloxP配列、ピューロマイシン耐性遺伝子(SV40初期ポリA付加配列を含む)および逆向きウサギβグロビンポリA付加配列を含むSpeI-BamHI断片を、pExpressベクター(Arakawa等、2001. BMC Biotechnol. 1: 7.)のNheIサイトに、それぞれの遺伝子が上記の配列順になるように組込んだ(pALPGIL)。CAGプロモーターは、pCAGGSベクターのものを利用し、CAGプロモーターを含むSpeI-XbaI断片をpALPGILのSpeI-XbaI間に挿入した(pCLPGIL)。CAGプロモーターはpCAGCSベクターのものを利用し、CAGプロモーターを含むSpeI-XbaI断片をPALPGILのSPeI-XbaI間に挿入した(pCLPGIL)。AID cDNAのクローニング及び、AIDゲノムDNAのクローニングはPCR法を利用した。PCRはDT40 cDNAまたはDT40ゲノムDNAを鋳型とし、以下のように設計したプライマーにより行った。
正方向プライマー
5'-gtttctgtgcaccagagggctgaacagtca-3'(配列番号3)
逆方向プライマー
5'-ctcctttcttggctgggtgagaggtccata-3'(配列番号4)
PCR産物は、それぞれpB1uescriptIIベクターにクローニングし、AIDc DNAはPvuII-ScaIで消化したのち、pCLPGILの平滑末端化したEcoRIサイトに組み込んだ(pCLPGIAL)。クローニングされたAIDゲノムDNAのBstX1-BamHI間にCAGプロモーターからloxP配列(3'側)を含むpCLPGIALのSpeI-EcoRV断片を平滑末端で連結し、体細胞突然変異および体細胞遺伝子置換誘発の制御のためのAID遺伝子ターゲッティング構築物(pAID-ctrl)とした。
【0032】
実施例2:内因性のAID遺伝子を破壊するためのAID遺伝子ターゲッティング構築物(pAID-ko-Bsr)の構築
内因性のAID遺伝子を破壊するために、AID遺伝子の活性部分を欠失し、選択マーカーとしてブラストサイディンS耐性遺伝子を持ち、またCre/loxPシステムによる薬剤耐性遺伝子の欠落を誘導し、選択マーカーの再利用が可能な、AID遺伝子ターゲッティング構築物を構築した(図2)。
【0033】
AID遺伝子の活性部分であるBstXI-BamHI間に、loxP配列、ニワトリアクチンプロモーター、ブラストサイディンS耐性遺伝子、1oxP配列を順方向に配置したDNAカセットをAIDの転写方向と逆方向に、平滑末端化し挿入した。
【0034】
loxP配列、ニワトリアクチンプロモーター、ブラストサイディンS耐性遺伝子、1oxP配列を順方向に配置したDNAカセットはpLoxBsrベクター(Arakawa等,2001、前掲)の、これらの配列を含むBamHI断片を利用した。AID遺伝子座ゲノムDNAは前述のものを利用した。クローニングされたAID遺伝子座ゲノムDNAをBstXI-BamHIで消化し、pLoxBsrベクターのBamHI断片をAIDの転写方向と逆方向に、ブラントエンドライケーションし、内因性のAID遺伝子を破壊するためのAID遺伝子ターゲッティング構築物(pAID-ko-Bsr)とした。
【0035】
実施例3:Cre組換え酵素/エストロゲン受容体融合タンパク質発現のためのベクター(pCI-CreER)の構築
Cre組換え酵素/エストロゲン受容体融合タンパク質を細胞内に発現させるために、Cre組換え酵素/エストロゲン受容体融合タンパク質発現ベクターを構築した(図2)。
【0036】
ヒトサイトメガロウィルス初期プロモーターの下流に、変異型のエストロゲン受容体とCre組換え酵素の融合タンパク質をコードするDNAカセットを挿入した。変異型のエストロゲン受容体とCre組換え酵素の融合タンパク質をコードするDNAカセットは、pANMerCreMerベクター(Zhang等,1996)のものを利用し、ヒトサイトメガロウィルス初期プロモーターはpEGFP-N1ベクター(Clontech社)のものを利用した。pANMerCreMerベクターのCre組換え酵素/エストロゲン受容体遺伝子を含むHindIII断片を平滑末端化し、pEGFP-N1ベクターのNheI-NotIサイトを平滑末端化してそこに組み込み、Cre組換え酵素/エストロゲン受容体融合タンパク質発現のためのベクター(pCI-CreER)とした。
【0037】
実施例4:体細胞突然変異および体細胞遺伝子置換誘発が制御できる細胞(DT40-AID-ctrl)の調製
(1)細胞培養
DT40細胞およびその遺伝子導入株は、C02恒温槽内で37℃,5%C02存在化で、1O%FCS,1%ニワトリ血清、50μM 2-メルカプトエタノール、2mMグルタミン、1mMピルビン酸、100μg/m1ペニシリンG、50μg/mlストレプトマイシンを含むRPMI1640培地(ICN Biomedicals社)で培養した。
【0038】
(2)DT40細胞への遺伝子導入
各遺伝子導入は、5x1O6個の細胞に、直鎖状にしたプラスミドDNA15μgを加え、550V、2μFの条件下、Gene Pu1ser XceII(BI0-RAD社)を用い、エレクトロポレーション法でDT40へ遺伝子導入を行った。
【0039】
(3)Cre組換え酵素/エストロゲン受容体融合タンパク質発現細胞の調製
ApaLIで直鎖状にしたpCI-CreERを上記の条件で野生型のDT40細胞に遺伝子導入した。その際、培地にG-418を2mg/mlの濃度になるように加え、選択を行った。G-418耐性のクローンのうち、4-ヒドロキシタモキシフェン存在化でCreの活性を有するクローンを得る事ができた(DT40-Cre株)。
【0040】
(4)AIDの発現をDNA配列の反転によって制御可能な細胞の調製
KpnIで直鎖状にしたpAID-ko-Bsrを同様の条件で上記のDT40-Cre細胞に遺伝子導入した。その際、培地にブラストサイディンSを50μg/mlの濃度になるように加え、選択を行った。ブラストサイディンS耐性のクローンのうち、pAID-ko-Bsr構築物が一方のAID遺伝子座に標的相同組換えされているクローンを得る事ができた(DT40-AID+/-株)。さらに、KpnIで直鎖状にしたpAID-ctrlを同様の条件で上記のDT40-AID+/-細胞に遺伝子導入した。その際、培地にピューロマイシンを0.5μg/mlの濃度になるように加え、選択を行った。ピューロマイシン耐性のクローンのうち、pAID-ctrl構築物が残りのもう片方のAID遺伝子座に標的相同組み換えされ、内因性のAIDの発現を欠失したクローンを得る事ができた。この細胞を体細胞突然変異および体細胞遺伝子置換誘発が制御できる細胞(DT40-AID-ctrl株)とした。
【0041】
実施例5:DNAの反転によるAIDの再発現の確認
(1)4-ヒドロキシタモキシフェン(4-0HT)によるDNA反転の誘導
ここで作製したDT40改変細胞におけるAID発現のON/OFF制御の該略図を図3に示す。
DT40-AID-ctrl細胞に終濃度50nMになるように4-OHTを添加した。48時間後、2回洗浄を行った後、通常の培地で更に48時間培養し、その後の解析を行った。
【0042】
(2)フローサイトメーターによるEGFP発現細胞の確認
4-0HTを添加したDT40-AID-ctrl細胞の蛍光強度をFACS Calibur(Becton Dickinson社)を用いて測定した結果、DNAが反転する事によって発現しうるEGFPの蛍光を発する細胞集団が観察された(図4)。
【0043】
(3)遺伝子レベルでのDNA反転の解析
4-0HTを添加したDT40-AID-ctrl細胞のゲノムDNAをDNA zol(GIBCO BRL社)を用いて、プロトコールにしたがって抽出した。KOD-Pu1us-用い、得られたゲノムDNAを鋳型とし、DNAの反転を検出できるように設計された以下のプライマーを用いてPCRを行った。その結果、DNAの反転を示すバンドが検出できた(図5)。また同じ細胞からmRNAをTRIzol(GIBCO BRL社)を用いて、プロトコールにしたがって抽出した。このmRNAから得られた。DNAを鋳型とし、AIDの発現を検出できるように設計した以下のプライマーを用いてPCRを行った。その結果、DNAの反転によりAID遺伝子が再発現していることがmRNAのレベルで確認する事ができた(図5)。
DNA:
正方向プライマー
5'-ctccttcttggctgggtgagaggtccta-3'(配列番号5)
逆方向プライマー
5'-gccctgagcaaagaccccaa-3'(配列番号6)
mRNA:
正方向プライマー
5'-cccgctagcgctgacatggacagcctcttgatga-3'(配列番号7)
逆方向プライマー
5'-ctccaggaggtgaaccatgtgatgcggtag-3'(配列番号8)
【0044】
実施例6:DNAの反転が繰り返し行えることの確認
エストロゲン受容体リガンドである、4-ヒドロキシタモキシフェン(4-OHT)を添加したDT40-AID-ctrl細胞からEGFPの蛍光を発する細胞をFACSAria(Becton Dickinson社)でソートしクローニングを行った。このEGFP発現細胞に上記の条件で再び4-OHTを添加したところ、EGFP非発現細胞集団が出現した(図6)。また、この細胞集団の培養培地中にピューロマイシンを終濃度0.5μg/mlになるように加えたところ、EGFP発現細胞の集団は消滅した。すなわち、2度目の4-OHT刺激により、EGFP非発現、ピューロマイシン耐性の細胞集団が出現する事が確認できた(図6)。以上の結果より、DT40-AID-ctrl細胞は繰り返し、AIDの発現のON/OFF調節が可能なことが明らかとなった。
【0045】
実施例7:抗体軽鎖可変部領域遺伝子配列の解析
DT40-AID-ctrl細胞に4-0HTを添加して得られたEGFP発現クローンと4-0HTを添加していないDT40-AID-ctrl細胞をそれぞれ2ヶ月間培養した後、mRNAを抽出した。このmRNAから得られたcDNAを鋳型とし、KOD-Pu1us-、抗体可変部領域増幅のための以下のプライマーを用いて、PCRを行った。
正方向プライマー:
5'-cggcgtggggatccacagctgctgggattc-3'(配列番号9)
逆方向プライマー:
5'-actcggatcccttcagggtcttcgtgatag-3'(配列番号10)
【0046】
PCR産物はpCR-Bluntベクター(invitrogen社)にクローニングし、ABI PRISM310 DNA Sequencer(Perkin Elmer社)を用いてDNA配列を解析した。その結果、EGFPを発現する細胞のみで、抗体軽鎖可変部領域に効率よく変異が導入されており、EGFPを発現しない細胞では変異の導入が認められなかった(図7)。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】AIDのON/OFF制御可能な細胞株の作製の手順を簡潔に図1に示す。
【図2】体細胞突然変異および体細胞遺伝子置換誘発が制御できる細胞作成の為のそれぞれのDNA構築物を示す。
【図3】体細胞突然変異および体細胞遺伝子置換誘発が制御できる細胞作成の為のそれぞれのDNA構築物を示す。
【図4】実施例において作製したDT40改変細胞におけるAID発現のON/OFF制御の該略図である。
【図5】PCRによるDNA配列の反転とAIDの発魏を示す電気泳動写真を示す。上図がDNAの反転した結果増幅されるバンド、下図がAIDの発現した緕果増幅されるバンドである。
【図6】FACSによるEGFP発現細胞の割合を示す。左からEGFP発現細胞をソートしたDT40-AID-ctrl細胞。そこに4-OHTを添加したもの。ピューロマイシンを加えたもの。一番右が再び4-OHTを添加したものを示す。
【図7】抗体軽鎖可変部領域に変異の蓄積されたクローンの割合を示す。左図がEGFPを発現していない細胞、右図がEGFPを発現している細胞をそれぞれ2ヶ月培養した後もの。円の中の数字は解析したクローン数を示し、円の外の数字は1クローンに含まれていた変異の数を示す。円グラフの各区画の面積は、指示された数の変異を有する解析したL鎖遺伝子の数に比例している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞外刺激により外因性Creリコンビナーゼ遺伝子の発現が誘導され、発現されたCreリコンビナーゼにより外因性AID(activation induced cytidine deaminase)遺伝子の向きを反転させることにより、AID発現を誘導することおよび停止させることが可能な脊椎動物細胞であって、以下の特徴:
1)内因性のAID遺伝子が機能的に破壊されており、内因性AID遺伝子発現によるAIDタンパク質は産生されないこと、
2)互いに逆方向の2つのloxP配列で挟まれた外因性のAID遺伝子、および該2つのloxP配列で挟まれた領域の上流側に存在する該動物細胞で機能し得るプロモーターを有し、上記AID遺伝子が該プロモーターに対して順方向に配置されている場合には、該プロモーターによるAID遺伝子の発現が可能であり、上記AID遺伝子が該プロモーターに対して逆方向に配置されている場合には、AID遺伝子の発現は停止すること、および
3)Creリコンビナーゼ遺伝子が、細胞外刺激によりCreリコンビナーゼ活性化が可能な形で導入されており、Creリコンビナーゼ活性化により、上記外因性AID遺伝子を含む2つのloxP配列に挟まれた領域の方向が反転すること、
を有する上記細胞。
【請求項2】
上記Creリコンビナーゼ遺伝子が、Creリコンビナーゼがエストロゲンレセプターとの融合タンパク質を発現するような形で存在し、上記細胞外刺激がエストロゲンまたはその誘導体による刺激であり、細胞を細胞外からエストロゲンまたはその誘導体で刺激することにより、細胞内でCreリコンビナーゼの活性化が誘導されることをさらなる特徴とする、請求項1記載の細胞。
【請求項3】
上記2つのloxP配列に挟まれた領域内に、AID遺伝子と同じ向きのマーカー遺伝子をさらに含む、請求項1または2に記載の細胞であって、ここで、AID遺伝子が該プロモーターに対して順方向に配置されている場合には該マーカー遺伝子も順方向に配置されているため該マーカー遺伝子が発現して、AID遺伝子が該プロモーターに対して順方向に配置されてAID遺伝子が発現可能である細胞を該マーカーにより選択可能であること特徴とする、上記細胞。
【請求項4】
上記2つのloxP配列に挟まれた領域内に、AID遺伝子とは逆向きのマーカー遺伝子をさらに含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の細胞であって、ここで、AID遺伝子が該プロモーターに対して逆方向に配置されている場合には該マーカー遺伝子は順方向に配置されているため該マーカー遺伝子が発現して、AID遺伝子が該プロモーターに対して逆方向に配置されてAID遺伝子を発現できない細胞を該マーカーにより選択可能であることを特徴とする、上記細胞。
【請求項5】
上記2つのloxP配列に挟まれた領域内に、AID遺伝子とは逆向きのマーカー遺伝子がピューロマイシン耐性遺伝子であり、AID遺伝子と同じ向きのマーカー遺伝子がGFP遺伝子である、請求項4記載の細胞。
【請求項6】
GFP遺伝子の発現を向上させるためにGFP遺伝子の直ぐ上流にIRES配列をさらに含む、請求項5記載の細胞。
【請求項7】
抗体産生細胞である、請求項1〜6のいずれか1項記載の細胞。
【請求項8】
B細胞由来の細胞である、請求項7記載の細胞。
【請求項9】
ニワトリB細胞株DT40細胞に由来する細胞である、請求項8記載の細胞。
【請求項10】
対象とする1つ以上のタンパク質をコードする遺伝子を該遺伝子が発現可能な形態で導入され、細胞内のゲノムに組み込まれていることを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1項記載の細胞。
【請求項11】
細胞内の遺伝子変異を促進または停止させる方法であって、
1)請求項1〜8のいずれか1項に記載の細胞を用意し、
2)該細胞にCreリコンビナーゼ遺伝子を活性化し得る細胞外刺激を与え、AID遺伝子の向きを反転させて、AIDの発現を促進または停止させること、
を含む、上記方法。
【請求項12】
変異を有するタンパク質を得る方法であって、
1)請求項1〜10のいずれか1項に記載の細胞を用意し、
2)該細胞のAIDの発現が可能な状態とし、
3)該細胞を一定期間培養し、
4)該細胞が産生する対象とするタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子を単離して、その変異を検出し、
5)所望の変異を有しているタンパク質が産生されている場合には、該細胞にCreリコンビナーゼを活性化し得る細胞外刺激を与えて、AID遺伝子の向きを反転させて、AIDの発現を停止させ、
6)該細胞が産生する所望の変異を有している対象とするタンパク質を単離すること、
を含む、上記方法。
【請求項13】
変異を有するタンパク質を得る方法であって、
1)請求項1〜10のいずれか1項に記載の細胞を用意し、
2)該細胞のAIDの発現が可能な状態とし、
3)該細胞を一定期間培養し、
4)該細胞にCreリコンビナーゼを活性化し得る細胞外刺激を与えて、AID遺伝子の向きを反転させて、AIDの発現を停止させ、
5)該細胞が個々に産生する対象とするタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子を単離して、その変異を検出し、
6)所望の変異を有しているタンパク質を産生する細胞株を上記培養された細胞から選別し、
7)該細胞が産生する所望の変異を有している対象とするタンパク質を単離すること、
を含む、上記方法。
【請求項14】
上記対象とするタンパク質が、外因性の遺伝子の発現により産生されるタンパク質であって、上記(1)または(2)のステップにおいて、該細胞に対象とするタンパク質をコードする遺伝子を発現可能な形態で上記細胞に導入して、該細胞内のゲノムに組み込むことをさらに含む、請求項12または13記載の方法。
【請求項15】
上記対象とするタンパク質が、抗体である、請求項12または13記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−109711(P2006−109711A)
【公開日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−298072(P2004−298072)
【出願日】平成16年10月12日(2004.10.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り (1)発行者:社団法人日本生化学会 刊行物名:生化学 第76巻 第8号 掲載頁:992頁 刊行物発行年月日:平成16年8月25日 (2)発行者:社団法人日本生物工学会 刊行物名:日本生物工学会大会講演要旨集 刊行物発行年月日:平成16年8月25日
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【Fターム(参考)】