説明

細胞または臓器の保存液および保存方法

【課題】移植臓器の虚血後再灌流障害の発生を防ぎ、さらに、臓器の低温保存を必要としない臓器保存液を提供すること。
【解決手段】N末端アシル化DILRG−NHを有効成分とする保存液とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞または臓器保存液および保存方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明者らは、ヤママユガ科(Saturniidae)の天蚕(Antheraea yamamai)に関する研究の中で、アミノ酸配列、アスパラギン酸−イソロイシン−ロイシン−アルギニン−グリシン(DILRG)を有し、C末端がアミド化されており、分子量が570.959である新規なペプチドを見出し、このペプチドの休眠制御作用、ガン細胞の増殖抑制作用を明らかにすることで、特許を取得している(特許文献1、2)。なお、このペプチドは、本発明者らによって、「ヤママリン」と命名されてもいる。
【0003】
また、本発明者らは、前記ペプチドの細胞浸透性および細胞増殖抑制活性を上昇させるために、ペプチド誘導体についての研究を進め、パルミチン酸との結合体(「C16−ヤママリン」と命名されている)の顕著な細胞増殖抑制活性を報告している(非特許文献1)。
【0004】
一方、医療技術の進歩に伴い、臓器の移植手術が広く行われるようになっている。傷病者における臓器の障害が甚だ大きく、通常の治療による回復が見込めない場合には、提供者の臓器を被提供者に移植して治療する。移植手術のために臓器提供者(ドナー)から摘出された移植臓器は、血流が途絶し血流を介した酸素の供給がない状態(虚血状態)で、移植まで数分から数時間に渡り保存される。この際、保存温度や保存液などの保存条件が適切に選択されなかったり、移植までに長時間を要する場合がある。こうした場合、移植によって移植臓器内の血流が回復した際(再灌流時)に、移植臓器に基質的あるいは機能的な障害が生じる場合がある。例えば、肝臓移植においては、移植後に凝固活性の亢進や血栓形成を伴って微小循環障害に陥り、グラフト肝機能不全が認められる場合がある。このような障害は、一般的に移植臓器の虚血後再灌流障害とよばれている。
【0005】
こうした症状を防ぎ、移植用臓器を生理的に良好な状態で保存するための方法についての検討がなされてきた。そして、現在までに報告されている臓器保存法は、1)灌流法、2)単純浸漬保存方法、の2つの方法に大別される。
【0006】
灌流法は、保存期間中に臓器灌流を行って、細胞に必要な酸素や栄養素を補給し、かつ老廃物を除去することで、臓器の代謝を維持し、保存期間の延長を図るものである。しかしながら、灌流法による臓器保存には、灌流温度、灌流圧、灌流量、灌流液の組成など様々な因子が関係するため、詳細な至適条件が確立されていない。
【0007】
一方、単純浸漬保存法は、臓器を低温に保持して細胞の代謝を抑制することで、酸素欠乏による組織障害を防止する方法であり、簡便かつ有効な方法として、臨床現場では、広く用いられている。具体的には、摘出前あるいは摘出後に、流入血管などから、低温の保存液を用いて臓器の血管床から血液成分を洗浄後、摘出臓器を同保存液に浸漬する方法が一般的である。
【0008】
実用化されている臓器保存液としては、グルコースと諸種の電解質を含んでなるユーロコリンズ液と、不浸透成分、膠質浸透圧成分、エネルギー代謝促進成分及びホルモンをそれぞれ含んでなるウィスコンシン液がよく知られている。しかしながら、ユーロコリンズ液は生存能力の高い腎臓には有効であるが、腎臓以外の臓器に対しては、組織・細胞に対する保護効果が十分でないと言われており、また、ウィスコンシン液は製剤として不安定であり、調製後は低温保存しなければならない欠点があると言われている。
【0009】
このような欠点を克服するため、様々な臓器保存液も提案されている(例えば、特許文献3、4、5)。しかしながら、これらの臓器保存液も、製剤の調製と恒常性の維持が難しく、また、水に対する溶解度が低いなどの問題を有しているものもある。
【0010】
さらに、上記のいずれの臓器保存液においても、臓器を低温に保持する必要があるため、移植後の臓器の機能回復が妨げられているという根本的な問題もある。さらに、冷却装置などを必要とし、臓器の搬送時の負担が大きいことも改善すべき点として指摘されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第3023790号
【特許文献2】特許第3579711号
【特許文献3】特開2000-191401号公報
【特許文献4】特開2002-60301号公報
【特許文献5】特開2005-306749号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Yang et al. A Palmitonyl Conjugate of an Insect Pentapeptide Causes Growth Arrest in Mammalian Cells and Mimics the Action of Diapause Hormone (2007).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上記の背景から、移植臓器の虚血後再灌流障害の発生を防ぎ、さらに、臓器の保存温度を低温としなくとも、十分な保存効果を発揮する臓器保存液を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
臓器を保存するためには、細胞レベルでの保存が必要不可欠である。したがって、本発明は、上記の課題を解決するため、以下の細胞または臓器の保存液および保存方法を提供する。
【0015】
第1には、次式で表される化合物を有効成分として含有することを特徴とする細胞または臓器の保存液を提供する。
【0016】
【化1】

(式中のRは、アシル基を示す)
【0017】
第2には、アシル基の炭素数が6〜28である前記第1の細胞または臓器の保存液を提供し、第3には、有効成分の濃度が10μM〜1000μMである前記第1または2の細胞または臓器の保存液を提供する。
【0018】
そして、第4には、次式で表される化合物を有効成分として含有する細胞または臓器の保存液に、細胞または臓器を浸漬することを特徴とする細胞または臓器の保存方法を提供する。
【0019】
【化1】

(式中のRは、アシル基を示す)
【0020】
第5には、保存液に有効成分として含有される化合物は、アシル基の炭素数が6−28であることを特徴とする前記第4の細胞または臓器の保存方法を提供し、第6には、有効成分の濃度が10μM〜1000μMである前記第4または5の細胞または臓器の保存方法を提供し、第7には、保存液の温度は、5〜37℃である前記第4から第6の細胞または臓器の保存方法を提供する。
【発明の効果】
【0021】
本発明の細胞または臓器保存液によれば、細胞の酸素消費量を可逆的に抑制することができるため、細胞または臓器の保存に有効である。さらに、臓器移植においては、移植臓器を低温に保持しなくとも、酸素欠乏による臓器の組織障害を防止することができ、移植後の臓器の機能回復がスムーズに行なわれる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】DMSO、パルミチン酸、N末端アシル化DILRG−NHを各濃度で添加したときの酸素消費量の測定結果を示す図である。グラフ上の記号*および記号**は有意水準を示し、*は、p<0.005、**は、p<0.001を示している。
【図2】培地に、C16−DILRG−NH、パルミチン酸およびDMSOを添加した後に回収し、基質を添加し、回収細胞の酸素消費速度の測定結果を示す図である。
【図3】C16−DILRG−NH(C−16ヤママリン)による慢性骨髄性白血病細胞の保存効果(増殖抑制効果)を示す図である。
【図4】C16−DILRG−NH(C−16ヤママリン)によるHUVECの保存効果(増殖抑制効果)を示す図である。
【図5】C16−DILRG−NH(C−16ヤママリン)によるNHDFの保存効果(増殖抑制効果)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は、細胞の酸素消費量を抑制することで、長期間の細胞または臓器の保存を可能とするための保存液である。(以下、「本発明の保存液」という)。
本発明の保存液は、有効成分として以下の化合物を含有している。
【0024】
【化1】

【0025】
この化合物における式中のRは、アシル基を示しており(以下、「N末端アシル化DILRG−NH」という)、このN末端アシル化DILRG−NHは、従来、本発明者らの研究によって見出された、「アスパラギン酸−イソロイシン−ロイシン−アルギニン−グリシンを有し、C末端がアミド化されたペプチド」(以下、「DILRG−NH」という)のN末端に、アシル基を導入することで合成することができる。DILRG−NHは、例えば、天蚕(Antheraea yamamai)の幼虫から単離、精製したものを使用することもできるし、公知のペプチド合成法により製造したものを使用することもできる。またその他の方法によって取得することもできるが、経済性、大量生産性等を考慮すれば、ペプチド合成法による取得が好ましい。
【0026】
そして、アシル基の導入は、公知の方法で行なうことができ、N末端アシル化DILRG−NHにおけるアシル基の炭素数は、細胞浸透性、細胞の酸素消費量抑制効果の観点から、6〜28とするのが好ましく、特に好ましくは、炭素数16のパルミトイル基である。
【0027】
そして、本発明の保存液は、N末端アシル化DILRG−NHが、細胞および臓器の酸素消費量を可逆的に抑制することができるという新規な知見に基づいている。このような昆虫由来のペプチドを利用した臓器保存液も、従来全く知られていない。
【0028】
そして、酸素消費抑制効果が可逆的であることは、細胞および臓器の保存剤として有用であることを意味している。
【0029】
すなわち、本発明の保存液は、N末端アシル化DILRG−NHを溶液として調製したものであるが、例えば、移植臓器を保存する場合、保存期間中は、臓器を保存液に浸漬することで酸素消費量を抑制し、移植前に、保存液から臓器を取り出すことで、再び、臓器の酸素消費量を正常に戻すことができる。したがって、酸素欠乏による臓器の組織障害を防止することができる。
【0030】
さらに、N末端アシル化DILRG−NHは、化学構造の骨格となるアミノ酸の数が5と少なく、極めて短い低分子であることから、例えば、保存液の調製および恒常性の維持が容易である。また、常温での保存が可能で、保存性、取扱い性にも優れ、長時間の保存も可能である。
【0031】
また、本発明の保存液は、N末端アシル化DILRG−NH単独の形態であっても、N末端アシル化DILRG−NHとそれ以外の、例えば、グルコース、マルトース、シュークロース、ラクトース、ラフィノース、トレハロース、マンニトール、ヒドロキシエチル澱粉、プルランなどの糖質、グルコン酸、乳酸、酢酸、プロピオン酸、β−ヒドロキシ酪酸、クエン酸などの有機酸、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、燐酸二水素ナトリウム、燐酸二水素カリウム、燐酸水素二ナトリウム、燐酸水素二カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウムなどの電解質、L−アスコルビン酸、ビタミンEなどのビタミン、グリシン、グルタミン酸、リジンなどのアミノ酸、抗利尿ホルモン、インスリンなどのホルモン、クエン酸、クエン酸塩、ヘパリン、エデト酸ナトリウムなどの抗凝固剤、カルシウム拮抗剤、アドレナリンβ受容体拮抗剤、アンギオテンシン変換酵素阻害剤などの降圧剤、アデノシン酸燐酸などの核酸塩基、凍結防止蛋白質などの凍結防止剤、活性酸素消去剤、細胞賦活剤、抗生物質、抗血小板因子、肝障害抑制剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、分散剤、粘性剤、再吸収促進剤、界面活性剤、溶解補助剤、保存剤、防腐剤、乳化剤、等張化剤、安定化剤、緩衝剤、pH調整剤などの、臓器保存液に通常一般に配合される成分の1又は複数との組成物としての形態であってもよい。
【0032】
また、この発明の保存液を、例えば、ユーロコリンズ液やウィスコンシン液などの公知の臓器保存液に配合して用いるときには、それらの臓器保存能を改善することもできる。
【0033】
さらに、この発明の保存剤によって、細胞、臓器を保存する場合は、保存液中のN末端アシル化DILRG−NHの濃度は、例えば、10μM〜1000μM、好ましくは、10μM〜100μMの範囲とするのが好ましい。
【0034】
そして、本発明の保存液を使用する条件として好ましい適用温度は、5〜37℃、特に好ましくは、25〜37℃である。本発明の保存液は、従来のように、必ずしも低温で臓器を保存する必要がないため、移植後の臓器の機能回復がスムーズに行われることになる。もちろん、臓器移植においては機能回復の問題はあるが、保存液の温度を低温(例えば、5℃以下)とすることもでき、この場合は、さらに長期間の細胞、臓器の保存が可能となる。
【0035】
そして、本発明の保存液の対象となる細胞は、例えば、ヒトまたは非ヒト動物の組織から単離した幹細胞、皮膚細胞、粘膜細胞、肝細胞、膵島細胞、神経細胞、軟骨細胞、内皮細胞、上皮細胞、骨細胞、筋細胞を含み、さらに、家畜などの動物や魚類の精子、卵子または受精卵、昆虫細胞、植物細胞などが含まれる。
【0036】
さらに、本発明の保存液の対象となる臓器には、皮膚、血管、角膜、腎臓、心臓、肝臓、臍帯、腸、神経、肺、胎盤または膵臓などが含まれる。
【実施例】
【0037】
以下に、本発明の実施例について説明する。本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0038】
<1>N末端アシル化DILRG−NHの合成
ペプチド合成装置(PSSM−8、(株)島津製作所製)を用いて、通常の方法によってペプチド、アスパラギン酸−イソロイシン−ロイシン−アルギニン−グリシン−NH(DILRG−NH)を合成した。ついで、樹脂上でパルミトイル化した後に、切り出し反応に付し、下記の化学構造からなるC16−DILRG−NHを得た。
【0039】
【化2】

【0040】
なお、精製は逆相カラム Develosil−ODS HG-5(20mm×250mm、野村化学(株)製)をHPLCのシステム(ガリバー(株)日本分光)に接続して行った。溶出は、4ml/分の流速で、0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)の存在下でアセトニトリルの濃度勾配(0〜120分で0〜100%)を用いて行い、活性画分を溶出せしめた。吸光度は220nmで測定した。ペプチドは、サンプルプレート上で等量のマトリックス(40%アセトニトリル/0.1%TFAα−CHCAを飽和させたもの)と混合した後乾燥させ、MALDI−TOF MS(Discovery、(株)島津製作所製)によって構造確認した。
【0041】
また、上記以外の手法としては、一旦、遊離のDILRG−NHを得た後に、そのN末端に、炭素数16のパルミチン酸を結合させてパルミトイル基を導入して(アシル化)、C16−DILRG−NHを合成することもできる。
【0042】
以下、C16−DILRG−NHを例にして説明するが、本発明の保存液の有効成分におけるアシル基の炭素数は、6〜28であればよく、C16−DILRG−NHの例に限定されるものではない。
【0043】
<2>C16−DILRG−NHの活性試験
(1)細胞系統
ショウジョウバエの胚子由来培養細胞系統であるSchneider S2細胞を遠心分離し、回収した。
【0044】
(2)透過化細胞の調製
遠心により回収した細胞に、透過化処理剤であるジギトニンを添加し、透過化処理細胞を調製した。ジギトニンによる処理は、細胞膜を基質透過性とすることができるため、ミトコンドリアを分離することなく、ミトコンドリアの酸素消費量を測定することができる。
【0045】
(3)酸素消費量の測定
(i)測定方法
5×10の透過化処理細胞を検定用培地に添加し、培地中のC16−DILRG−NHの濃度は、0μM(添加なし)、50μM、100μMに調製した。基質は、5mMのコハク酸を使用した。
【0046】
比較のため、溶媒であるDMSOとパルミチン酸を用意し、培地中の濃度は、それぞれ、0μM(添加なし)、50μM、100μMに調製したものを対照区とした。基質は、5mMのコハク酸を使用した。
【0047】
酸素消費量は、クラークタイプのキュベット電極により、培地中の溶存酸素量を測定することで求め、時間ごとの溶存酸素量から傾きを算出することで、酸素消費速度(nmol O2/min/5×107 cells)とした。測定時の温度は、27℃とした。
(ii)結果
結果を、図1に示す。DMSO対照区の酸素消費量は、0μM(添加なし)で13.61、50μMで15.34、100μMで16.67、であった。パルミチン酸対照区の酸素消費量は、0μM(添加なし)で11.32、50μMで11.92、100μMで10.58、であった。そして、C16−DILRG−NHを添加しなかった場合(0μM)の酸素消費量は13.76であり、C16−DILRG−NHの濃度50μMで12.35、100μMで4.76であった。
【0048】
また、呼吸阻害剤(KCN)を添加した場合、DMSO、パルミチン酸およびC16−DILRG−NHを添加しても酸素消費量は0になった。
【0049】
以上の結果から、C16−DILRG−NHは、濃度が高くなるにしたがって、酸素消費量抑制効果が高まることが分かった。特に、100μMにおいては、酸素消費量抑制効果が顕著であった。また、常温でも十分な酸素消費量抑制効果があることが示された。
【0050】
そして、比較として用いたパルミチン酸、DMSOには、酸素消費量抑制効果は認められず、C16−DILRG−NHとの間に有意差が確認された。なお、図1におけるグラフ上の記号*および記号**は有意水準を示し、*は、p<0.005、**は、p<0.001を示している。
【0051】
(4)可逆性試験
(i)試験方法
C16−DILRG−NHに酸素消費抑制効果が認められたことから、この効果の可逆性について検討した。
【0052】
透過化処理細胞を含む検定培地に、C16−DILRG−NH、パルミチン酸およびDMSOを、濃度が100μMとなるように添加した。すなわち、図1の100μMの場合に示されるように、C16−DILRG−NHの添加によって、細胞の酸素消費速度を低下状態とした。
【0053】
その後、透過化処理細胞を、1,000g、 5min遠心、沈殿を回収し、5mMのコハク酸を基質として添加し、再度、酸素消費速度(nmol O2/min/5×107 cells)を測定した。
【0054】
(ii)結果
図2に示すように、回収細胞の酸素消費速度は、DMSOで7.44、パルミチン酸で6.44、C16−DILRG−NHで4.52であった。すなわち、C16−DILRG−NHとパルミチン酸では、酸素消費速度にほとんど差が見られなかった。したがって、C16−DILRG−NHによる酸素消費抑制活性は、可逆的であることが分かった。
【0055】
なお、上記酸素消費量測定(100μMの場合)と比較して、回収細胞の酸素消費速度が全体的に低下しているのは、遠心により回収できなかった細胞が存在するためである。上記酸素消費量測定(100μMの場合)に確認された酸素消費速度の有意差が、上記の通り、回収細胞では、C16−DILRG−NH添加区とパルミチン酸対照区との間に確認されなかったことから、C16−DILRG−NHによる酸素消費抑制活性は、可逆的であると判断することができる。
【0056】
以上の通り、C16−DILRG−NHの酸素消費抑制効果が可逆的であることから、C16−DILRG−NHを有効成分とすることで、細胞および臓器の保存液として有効利用であることが明らかになった。
【0057】
<3>細胞保存効果の確認試験
(1)K562(CML、慢性骨髄性白血病)
K562細胞を、10%FCS(牛胎児血清)を含むRPMI培地(日水製薬(株)製)中で、37℃、CO2濃度5%条件下で種培養を行なった。その後、種細胞を96well培養プレートに、1ウエル当たり100μLの2.5×104cell/mL細胞を分注した。更に、細胞を分注した培養プレートに、以下の3条件で、被検物質を添加し、37℃、CO2濃度5%条件下で培養を行なった。
【0058】
なお、以下、この実施例では、「C16−DILRG−NH」を便宜的に「C16−ヤママリン」と記す。
1)PBSを1ウェル当たり1μL添加(C16−ヤママリンは無添加)
2)DMSOに溶解した250μMのC16−ヤママリンを1ウェル当たり0.5μL添加(終濃度12.5μM)
3)DMSOに溶解した250μMのC16−ヤママリンを1ウェル当たり1.0μL添加(終濃度25μM)
細胞数は、WST-1アッセイ(Premix WST-1 タカラバイオ(株)製)による増殖確認試験で0日、1日、2日、3日、7日目に測定した。すなわち、対象のマイクロプレートの1ウェル当たり10μLのPremix WST-1を加え、37℃、CO2濃度5%条件下で1時間から4時間インキュベートした後、450nmで吸光度を測定した。なお、WST-1アッセイによる細胞数は、あらかじめ作成した検量線より求めた。
【0059】
結果を図3に示す。培養開始時に、C−16ヤママリンを添加することで、継代培養することなしに1週間培養することができた。同様に、C−16ヤママリンは添加濃度依存的に細胞数を抑制することがわかった。すなわち、細胞の酸素消費量が抑制されたことで、細胞の増殖も抑制されたと判断することができる。なお、無添加系では、細胞の増殖が速く、3日目には死細胞が増加していた。
【0060】
このように、C−16ヤママリンの添加により、細胞を長期間継代なしで培養することが可能であり、C−16ヤママリンを培養液に添加・培養することで、細胞培養担当者の継代培養に関する労力を著しく軽減することができる。
【0061】
(2)HUVEC(正常ヒト臍帯静脈血管内皮細胞)
HUVEC(クラボウ社製)を、解凍後、Hu-Media-EG2(クラボウ社製)中で、37℃、CO2濃度5%条件下で種培養を行なった。その後、種細胞を96well培養プレートに、1ウエル当たり100μLの2.5×104cell/mL細胞を分注した。本プレートを37℃、CO2濃度5%条件下で、1日培養を行い、細胞がウエル底面に接着したことを確認した後、培養プレートに、以下の2条件で、被検物質を添加し、37℃、CO2濃度5%条件下で培養を行なった。
1)PBSを1ウェル当たり1μL添加(C16−ヤママリンは無添加)
2)DMSOに溶解した250μMのC16−ヤママリンを1ウェル当たり0.5μL添加(終濃度12.5μM)
7日間被検物質添加下で、培養した後、培養上清を除去し、新たなHu-Media-EG2(被検物質含まず)中で、37℃、CO2濃度5%条件下でさらに培養を継続した。細胞数は、WST-1アッセイ(Premix WST-1、タカラバイオ(株)製) による増殖確認試験で被検物質添加後0日、3日、7日目と培地交換後3日、7日目に測定した。すなわち、対象のマイクロプレートの1ウェル当たり10μLのPremix WST-1を加え、37℃、CO2濃度5%条件下で1時間から4時間インキュベートした後、450nmで吸光度を測定した。なお、WST-1アッセイによる細胞数は、あらかじめ作成した検量線より求めた。
【0062】
結果を図4に示す。無添加系では、7日目でコンフラントになり、細胞の死滅が始まったのに対し、培養開始時にC16−ヤママリンを添加した場合には、細胞の増殖が顕著に抑制され、さらに、培地中から、C16−ヤママリンを除去することにより、増殖を開始することが確認された。
【0063】
C16−ヤママリン添加により、細胞の酸素消費量が抑制され、細胞を増殖可能な状態で、37℃で培養器の中で保存することができることが確認された。
【0064】
(3)NHDF(正常ヒト成人皮膚繊維芽細胞)
NHDF(クラボウ社より購入)を、解凍後、Medium106SにLSGS特注増殖添加剤(クラボウ社、製品番号:KE-6350)を加えた培地(クラボウ社製)中で、37℃、CO2濃度5%条件下で種培養を行なった。その後、種細胞を96well培養プレートに、1ウエル当たり100μLの2.5×104cell/mL細胞を分注した。本プレートを37℃、CO2濃度5%条件下で、1日培養を行い、細胞がウエル底面に接着したことを確認した後、培養プレートに、以下の2条件で、被検物質を添加し、37℃、CO2濃度5%条件下で培養を行なった。
1)PBSを1ウェル当たり1μL添加(C16−ヤママリンは無添加)
2)DMSOに溶解した250μMのC16−ヤママリンを1ウェル当たり0.5μL添加(終濃度12.5μM)
7日間被検物質添加下で、培養した後、培養上清を除去し、新たなMedium106SにLSGS特注増殖添加剤を加えた培地(被検物質含まず)中で、37℃、CO2濃度5%条件下でさらに培養を継続した。細胞数は、WST-1アッセイ(Premix WST-1 タカラバイオ(株)製)による増殖確認試験で被検物質添加後0日、3日、7日目と培地交換後3日、7日目に測定した。すなわち、対象のマイクロプレートの1ウェル当たり10μLのPremix WST-1を加え、37℃、CO2濃度5%条件下で1時間から4時間インキュベートした後、450nmで吸光度を測定した。なお、WST-1アッセイによる細胞数は、あらかじめ作成した検量線より求めた。
【0065】
結果を図5に示す。無添加系では、7日目でコンフラントになり、細胞の死滅が始まったのに対し、培養開始時にC16−ヤママリンを添加した場合には、細胞の増殖が顕著に抑制され、さらに、培地中から、C16−ヤママリンを除去することにより、増殖を開始することが確認された。
【0066】
C16−ヤママリン添加により、細胞の酸素消費量が抑制され、細胞を増殖可能な状態で、37℃で培養器の中で保存することができることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次式で表される化合物を有効成分として含有することを特徴とする細胞または臓器の保存液。
【化1】

(式中のRは、アシル基を示す)
【請求項2】
アシル基の炭素数が6〜28であることを特徴とする請求項1の細胞または臓器の保存液。
【請求項3】
有効成分の濃度が10μM〜1000μMであることを特徴とする請求項1または2の細胞または臓器の保存液。
【請求項4】
次式で表される化合物を有効成分として含有する細胞または臓器の保存液に、細胞または臓器を浸漬することを特徴とする細胞または臓器の保存方法。
【化1】

(式中のRは、アシル基を示す)
【請求項5】
保存液に有効成分として含有される化合物は、アシル基の炭素数が6〜28であることを特徴とする請求項4の細胞または臓器の保存方法。
【請求項6】
保存液の有効成分の濃度が10μM〜1000μMであることを特徴とする請求項4または5の細胞または臓器の保存方法。
【請求項7】
保存液の温度は、5〜37℃であることを特徴とする請求項4から6のいずれかの細胞または臓器の保存方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−239963(P2010−239963A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−64920(P2010−64920)
【出願日】平成22年3月19日(2010.3.19)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)生物系産業創出のための異分野融合研究支援事業、農林水産省、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの
【出願人】(504165591)国立大学法人岩手大学 (222)
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【Fターム(参考)】