説明

細胞凍結保存用組成物

【課題】 血清および血清由来の成分を使用することなく、長期にわたって細胞を凍結しておくことが可能な細胞凍結保存用組成物を提供すること。
【解決手段】 本発明による細胞凍結保存用組成物は、セリシンと、アミノ酸および糖類からなる群より選択される1種以上の成分とを少なくとも含んでなる。また本発明による細胞の凍結保存方法は、前記細胞凍結保存用組成物中に目的細胞を入れ、これを凍結保存することを含んでなる。

【発明の詳細な説明】
【発明の背景】
【0001】
発明の分野
本発明は、良好な細胞生存率を得られる細胞凍結保存用組成物に関する。
【0002】
背景技術
培養細胞の凍結保存は、継代による細胞変質の防止、継代に伴う雑菌による汚染の防止、および継代維持の煩雑さの解消を目的として行われている。例えば、動物細胞の場合では、従来、動物細胞の凍結保存技術は、5〜15%ジメチルスルホキシド(DMSO)やグリセリンを含む培養液、または牛血清に細胞を懸濁してこれを凍結チューブやアンプルに封入し、プログラムフリーザーを用いて−1℃/分前後の速度で冷却して、最終的に液体窒素中(−196℃)において保存する方法が一般的に行われていた。
【0003】
しかしながら、凍結保存の際に培養液を用いると、凍結細胞の生存率が低くなり、凍結融解した際に、目的とする細胞数まで増殖させるのに時間がかかることが多い。一方、凍結保存の際に血清を用いると、血清が極めて高価であるため、多種類の細胞株を大量に凍結する際の保存コストが上昇することになる。また、血清には、各種サイトカイン、増殖因子、ホルモンおよびイオン等のような本来細胞保存に不必要な成分を多く含むため、保存細胞の性質を変質させるおそれがある。さらに血清を使用する場合、さらには、血清もしくは血漿を精製したアルブミンを使用する場合であっても、ウイルス感染の危険性等の問題は依然として存在している。
さらに、プログラムフリーザーを使用する場合、その細胞凍結の手順自体が煩雑とならざるを得ず、また時間の経過と共に凍結した細胞の生存率が低下するという問題もあった。
【0004】
プログラムフリーザーの使用を必要としない凍結保存液としては、例えば、日本国特許公開公報 特開平6−46840号公報に、プログラムフリーザー使用の必要性がなく、氷中から直接−80℃へ移すことができる凍結保存液が提案されている。しかしながら、この凍結保存液は血清成分を含むものであった。
【0005】
このため、プログラムフリーザーの使用を必要とすることなく、氷中から直接−80℃フリーザーに移すことができ、かつ、長期にわたって細胞を凍結しておくことが可能な細胞凍結保存液であって、培養液や、血清および血清由来の成分を必要としないものが望まれていた。
【0006】
従来、細胞凍結保存液に使用される成分としては、アミノ酸、タンパク質、糖類、アルコール類等が知られている。例えば、Shinozaki,K. et al.: FEBS Let t., 461(3), 205, (1999)およびTakagi,H. et al.: Appl Environ Microbial., 69(11), 6527 (2003)には、アミノ酸の一つのプロリンが凍結保護効果を有することについて報告している。また、日本国特許公開公報 特開2002−233356号公報には、糖類(特にグルコース)を使用した細胞凍結保存液が開示されている。
しかしながら、これら成分の成分単独の凍結保護効果は、本発明者らの知る限り、血清成分に比べて充分なものではなかった。
【0007】
一方、絹タンパク質であるセリシンについては、日本国特許公開公報 特開2002−101869号公報において、その細胞凍結保護効果があることが確認されている。
【発明の概要】
【0008】
本発明者らは今般、絹タンパク質であるセリシンと、アミノ酸および/または糖類とを組み合わせて使用すると、血清由来成分を使用することなしに、血清由来成分を使用する場合と同等の優れた細胞凍結保護効果を示しうることを見出した。この効果は、セリシンと、アミノ酸および/または糖類とを、特定量でかつ特定種類のものを選択して使用することによって、より顕著となった。本発明はこれら知見に基づくものである。
【0009】
よって本発明は、血清および血清由来の成分を使用することなく、長期にわたって細胞を凍結しておくことが可能な細胞凍結保存液の提供をその目的とする。
本発明による細胞凍結保存用組成物は、セリシンと、アミノ酸および糖類からなる群より選択される1種以上の成分とを少なくとも含んでなるものである。
本発明による細胞の凍結保存方法は、前記細胞凍結保存用組成物中に目的細胞を入れ、これを凍結保存することを含んでなる。
【0010】
本発明による細胞凍結保存用組成物は、セリシン単独の場合に比べて、優れた凍結保護効果を示すものであり、また、血清由来成分を使用する場合と比べてもそれと同等かまたはそれ以上の凍結保護効果を示すものである。また、本発明の細胞凍結保存用組成物は、血清または血清由来成分を含まないため、保存している細胞の性質を変える可能性が低く未知ウィルス混入の危険性が殆どないものである。本発明の組成物は、その組成が明瞭であるため、安全性が高く、品質の安定性を保ち、安定供給する上でも有利である。さらに、本発明の組成物によれば、細胞を凍結チューブやアンプルなどにつめた後、プログラムフリーザーを用いることなく直接−80℃フリーザーで凍結可能であるため、一般的な細胞凍結保存液と比べて、凍結時の操作を簡略化することができる。また、本発明の組成物によれば、長期にわたって目的とする細胞を凍結保存しておくことが可能であり、凍結保存後も高い細胞の生存率を達成することができる。これにより、目的とする細胞数まで増殖させるのに要する時間を短縮することができる。
【発明の具体的説明】
【0011】
細胞凍結保存用組成物
本発明による細胞凍結保存用組成物は、前記したように、セリシンと、アミノ酸および糖類からなる群より選択される1種以上の成分とを少なくとも含んでなるものである。したがって、前記成分を含む限りにおいて、本発明による組成物は、他の細胞凍結保護成分、緩衝剤成分、他の任意成分をさらに含んでいてもよい。本発明による細胞凍結保存用組成物は、通常、水を加えて水溶液状態である凍結保存液として使用される。したがって、ここでいう細胞凍結保存用組成物には、固体状態の場合の他、液体状態となっている場合も包含される。
【0012】
ここで、「細胞凍結保存」とは、継代培養することなしに細胞を長期間維持する目的で、細胞を凍結させて保存することをいい、凍結方法および保存方法は特に限定されない。したがって、例えば、プログラムフリーザーを使用することなく直接細胞をフリーザーに投入して凍結させ保存する場合の他、細胞をプログラムフリーザーを用いて凍結させ保存する場合も包含される。
【0013】
本発明において「細胞」は、凍結保存に付されることがある細胞であれば特に限定されず、微生物、細菌、動物細胞、植物細胞のいずれであっても良い。本発明においては、「細胞」は動物細胞であることが好ましい。ここでいう動物には、ヒトを含む哺乳類、魚類、鳥類、昆虫類等が包含される。本発明における「動物細胞」としては、培養細胞として株化された細胞、生物組織から得られる株化されていない正常細胞、遺伝子工学的手法により得られた形質転換細胞など、いずれの形式のものであってもよい。
【0014】
セリシン
本発明において、セリシンは、天然物由来のものであっても、慣用の化学的および/または遺伝子工学的手法により人工的に合成されたものであってもよく、いずれのものであっても包含される。したがって、例えば、セリシンとして、家蚕や野蚕等が生産したセリシンを用いることができる。好ましくは、セリシンは、高純度に精製され、不純物を実質的に含まないものである。
【0015】
本発明におけるセリシンには、セリシン、およびその加水分解物が包含される。ここで、セリシンの加水分解物とは、セリシンの非加水分解物を、慣用の手段、例えば、アルカリ、または酵素等を利用することにより、加水分解を施して得ることができるものである。
【0016】
本発明において、セリシンは、慣用の抽出方法により繭または生糸等から抽出して得ることができる。具体的には、例えば、セリシンは、繭、生糸、または絹織物を原料として、これを熱水、または酸、アルカリ、酵素等によって部分的に加水分解し抽出する方法などによって得ることができる。得られたセリシンは、必要に応じて、特許第3011759号公報に記載の方法等により高純度(例えば、セリシン固体の総窒素量13%以上)に精製され、粉体等の固体形態に調製される。本発明においては、この固体形態のセリシンを、細胞凍結保存用組成物にそのまま配合することができるが、必要に応じて、固体形態のセリシンを、水や緩衝液に溶解または懸濁させた溶液状態として、細胞凍結保存用組成物に配合してもよい。
【0017】
本発明において、セリシンの平均分子量は、特に限定されないが、好ましくは、3,000〜300,000であり、より好ましくは5,000〜100,000であり、さらに好ましくは10,000〜50,000である。セリシンの平均分子量が300,000以下であると、0.5重量%程度の濃度において水溶液がゲル化することを防止することができ、使用形態が限定されることを防ぐことができる。また、セリシンの平均分子量が3,000以上であることは、細胞凍結保護効果を発揮する上で有利である。
【0018】
本発明において、細胞凍結保存用組成物中におけるセリシンの含有量は、特に限定されないが、最終濃度が0.01〜10.0重量%となるようにセリシンが含まれていることが好ましく、より好ましくは最終濃度が0.1〜1重量%となるようにセリシンが含まれる。セリシンの最終濃度が0.01重量%以上であることは、充分な凍結保護効果を発揮する上で有利であり、10.0重量%以下であることは、保存コストの上昇を抑える上で有利である。
【0019】
なおここで、細胞凍結保存用組成物が、最終濃度が0.01〜10.0重量%となるようにセリシンを含むとは、細胞凍結保存用組成物を、細胞凍結処理に使用するために実際に保存液とした場合に、その液中におけるセリシン濃度が、0.01〜10.0重量%であることを意味する。このことは、アミノ酸および糖類の場合についても同様である。
【0020】
アミノ酸
本発明において、アミノ酸は、光学異性体、すなわちD体およびL体のいずれをも包含する。また、ここでいうアミノ酸には、天然のタンパク質を構成する20種のα−アミノ酸のみならず、それら以外のα−アミノ酸、ならびにβ−、γ−、δ−アミノ酸および非天然のアミノ酸等が包含されてもよい。したがって、例えば、アミノ酸は、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、トリプトファン、メチオニン、グリシン、セリン、スレオニン、システイン、グルタミン、アスパラギン、チロシン、リシン、アルギニン、アスパラギン酸、および、グルタミン酸からなる群より選択される1種以上のものであることができる。好ましくは、アミノ酸は、プロリン、グルタミン、セリン、スレオニン、グリシン、およびアラニンからなる群より選択される1種以上のものであり、より好ましくは、アミノ酸は、プロリン、およびグルタミンからなる群より選択される1種以上のものである。
【0021】
また本発明において、アミノ酸というときには、アミノ酸そのものの他に、アミノ酸の誘導体も包含する意味で用いられる。ここでアミノ酸の誘導体には、アミノ酸の塩、またはアミノ酸の溶媒和物が挙げられる。ここで、アミノ酸の塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩またはカルシウム塩のようなアルカリ金属またはアルカリ土類金属塩、フッ化水素酸塩、塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩のようなハロゲン化水素酸塩、硝酸塩、過塩素酸塩、硫酸塩、リン酸塩などの無機酸塩、フマル酸、コハク酸塩、クエン酸塩、シュウ酸塩、マレイン酸塩、酢酸塩、乳酸塩、アスコルビン酸塩のような有機酸塩などが挙げられる。またアミノ酸の溶媒和物としては、水和物、アルコール和物(例えば、メタノール和物、エタノール和物)、およびエーテル和物(例えば、ジエチルエーテル和物)が挙げられる。
【0022】
本発明において、細胞凍結保存用組成物中におけるアミノ酸の含有量は、特に限定されないが、最終濃度が0.01〜10.0重量%となるようにアミノ酸が含まれていることが好ましく、より好ましくは最終濃度が0.1〜1.0重量%となるようにアミノ酸が含まれる。アミノ酸の最終濃度が前記範囲内であることは、充分な凍結保護効果を発揮する上で有利である。
【0023】
糖類
本発明において、糖類には、単糖類、二糖類のようなオリゴ糖類、多糖類等のいずれのものも包含される。したがって、糖類としては、例えば、グルコース、キシロース、アラビノース、フルクトース、ガラクトース、マンノース、マンニトール、ソルビトール、キシリトール、myo−イノシトール、トレハロース、スクロース、ラクトース、マルトース、セロビオース、ラクチトール、マルチトール、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、デキストラン、グリコーゲン、アミロース、アミロペクチン、イヌリン、アルギン酸ナトリウム、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ラフィノース、スタキオース、キサンタンガム、グルコサミン、および、ガラクトサミンからなる群より選択される1種以上のものが挙げられる。好ましくは、糖類は、マルトース型二糖類である。ここでマルトース型二糖類には、例えば、マルトース,セロビオース、ラクトース等が包含される。より好ましくは、糖類はマルトースである。
【0024】
本発明において、細胞凍結保存用組成物中における糖類の含有量は、特に限定されないが、最終濃度が0.01〜10.0重量%となるように糖類が含まれていることが好ましく、より好ましくは最終濃度が0.1〜1.0重量%となるように糖類が含まれる。糖類の最終濃度が前記範囲内であることは、充分な凍結保護効果を発揮する上で有利である。
【0025】
本発明の一つの好ましい態様によれば、本発明による細胞凍結保存用組成物は、セリシンと、アミノ酸と、糖類とを少なくとも含んでなる。このとき、細胞凍結保存用組成物中におけるこれら成分の配合比(重量比)は、セリシン:アミノ酸:糖類の重量比として、典型的には、1:0.01〜10.0:0.01〜10.0であり、より好ましくは1:0.1〜1.0:0.1〜1.0、最も好ましくは1:0.4〜0.8:0.3〜0.7である。
【0026】
他の細胞凍結保護成分
本発明による細胞凍結保存用組成物は、他の細胞凍結保護成分をさらに含んでなることができる。ここで、他の細胞凍結保護成分とは、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)、エチレングリコール、プロピレングリコールおよびグリセロールからなる群より選択されるものである。これらは2以上を組み合わせて使用してもよい。
【0027】
本発明による細胞凍結保存用組成物中における他の細胞凍結保護成分の含有量は、使用する成分の種類により適宜変更することが可能であるが、好ましくは、最終濃度が1.0〜40.0重量%となるような量であり、より好ましくは5.0〜20.0重量%となるような量である。他の細胞凍結保護成分の含有量が、1.0重量%以上であると、充分な凍結保護効果を得る上で有利であり、40.0重量%以下であると、細胞に対する毒性が低くなり好ましい。
【0028】
他の細胞凍結保護成分がジメチルスルホキシドである場合には、細胞凍結保存用組成物中におけるジメチルスルホキシドの含有量は、好ましくは5.0〜15.0重量%である。また他の細胞凍結保護成分がグリセロールである場合には、細胞凍結保存用組成物中におけるグリセロールの含有量は、好ましくは5.0〜20.0重量%である。なお、細胞凍結保護効果の観点からは、グリセロールよりもジメチルスルホキシドの方が望ましい。
【0029】
緩衝剤成分
本発明による細胞凍結保存用組成物は、緩衝剤成分をさらに含んでなることができる。緩衝剤成分は、細胞凍結保存用組成物を溶液状態である凍結保存液とした場合に、その保存液のpHが室温(例えば25℃)において6.0〜8.5、好ましくは7.0〜7.5となるように選択されることが望ましい。pHの範囲が前記範囲内であることは、細胞の成育へ影響を少なくできる点で有利である。
【0030】
本発明において、緩衝剤成分の種類は、上記pHの条件を満たすものであれば、いずれのものであってもよい。緩衝剤成分の具体例としては、リン酸系(例えばPBS)、BES、TES、アセトアミドグリシン、グリシンアミド、グリシルグリシン、TRICINE、トリスエタノールアミン、ベロナール、およびHEPESなどが挙げられる。好ましくは、緩衝剤成分は、PBS、TRICINE、およびHEPESからなる群から選択され、より好ましくはHEPESである。
【0031】
細胞凍結保存用組成物を溶液状態である凍結保存液とした場合、そこに含まれうる緩衝剤成分の濃度は、1〜1000mMであることが好ましく、より好ましくは1〜200mM、さらに好ましくは5〜200mM、さらにより好ましくは5〜50mMである。緩衝剤成分の濃度が前記範囲内であると、凍結保存液において緩衝効果を得ることができると同時に、細胞への影響を抑えることができる。
【0032】
他の任意成分
本発明による細胞凍結保存用組成物は、他の任意成分をさらに含んでなることができる。
ここで他の任意成分としては、例えば、ペプチド、他のタンパク質、糖アルコール、アミノ糖、糖タンパク質、アルコール等の追加成分や、pH調整剤、保湿剤、防腐剤、粘度調整剤等が挙げられる。これらは2種以上を併用しても良い。他の任意成分は、凍結保存する細胞の種類、凍結方法、凍結期間等を考慮して、その種類および使用量を適宜選択することができる。
本発明による細胞凍結保存用組成物は、慣用の培養液や、血清由来成分を実質的にふくまないことが望ましいが、必要であれば、これらの全部または一部を使用することを否定するものではない。
【0033】
本発明の一つの好ましい態様によれば、細胞凍結保存用組成物は下記の量で成分(a)〜(d)を含んでなる:
(a) セリシン 0.01〜10.0重量%;
(b) アミノ酸、および糖類からなる群より選択される1種以上の成分
0.01〜10.0重量%;
(c) ジメチルスルホキシド、エチレングリコール、プロピレングリコール、およびグリセロールからなる群より選択される、追加の細胞凍結保護成分
1.0〜40.0重量%;
(d) 緩衝剤成分 1〜1000mM。
【0034】
本発明の一つのさらに好ましい態様によれば、細胞凍結保存用組成物は下記の量で成分(a)〜(d)を含んでなる:
(a) セリシン 0.01〜10.0重量%;
(b1) アミノ酸 0.01〜10.0重量%;
(b2) 糖類 0.01〜10.0重量%;
(c) ジメチルスルホキシド、エチレングリコール、プロピレングリコール、およびグリセロールからなる群より選択される、追加の細胞凍結保護成分
1.0〜40.0重量%;
(d) 緩衝剤成分 1〜1000mM。
【0035】
本発明による細胞凍結保存用組成物は、前記構成成分を混合してそのまま固体状態とするか、または、必要に応じて、水に溶解させて水溶液状態として得ることができる。
【0036】
細胞の凍結保存
本発明による細胞凍結保存用組成物は、細胞の凍結保存処理において使用される。すなわち、細胞の凍結保存処理を行う際に、目的とする細胞を、溶液状態とした本発明による組成物中に入れて懸濁し、これを凍結保存する条件下に保持して凍結させる。細胞が必要となったときに、凍結した細胞および本発明による組成物を解凍処理した後、そこから細胞を回収することができる。
【0037】
したがって、本発明によれば、本発明による細胞凍結保存用組成物中に目的細胞を入れ、これを凍結保存することを含んでなる、細胞の凍結保存方法が提供される。
ここで、細胞凍結保存用組成物中に目的細胞を入る際、その細胞濃度は、1万〜1000万cells/mlであることが望ましい。
【0038】
本発明において、細胞の凍結方法は特に制限されない。例えば、本発明による溶液状態の細胞凍結保存用組成物に目的細胞を入れて懸濁させたものを、凍結チューブに入れ、これを直接−80℃の超低温フリーザーに入れることにより、細胞を凍結させることができる。あるいは凍結チューブを、プログラムフリーザーに入れ細胞を緩慢凍結させてもよい。凍結した細胞の保存は、例えば、凍結させた温度(例えば−80℃)にそのまま保持することにより行うことができる。
また細胞を解凍する方法も特に制限はされず、例えば、凍結保存された凍結チューブを、37℃の水浴中に入れることによって融解させ、細胞を解凍しても良い。
【0039】
本発明の別の態様によれば、細胞の凍結保存における細胞生存率を高めるための、セリシンと、アミノ酸、および糖類からなる群より選択される1種以上の成分との組み合わせの使用が提供される。ここでは、成分の組み合わせが、セリシンと、アミノ酸と、糖類とを少なくとも含んでなることが好ましい。
【実施例】
【0040】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0041】
セリシンの調製
家蚕(Bombyx mori)が生産した繭糸を十分に洗浄した後、繭糸100gを、抽出溶媒として0.2%炭酸水素ナトリウム水溶液2L中において、96℃の条件下において2時間加熱処理を施して加水分解し、セリシン加水分解物を抽出した。得られたセリシン加水分解物の抽出液を平均孔径0.2μmのフィルターを用いて濾過し、凝集物を除去した後、濾液を逆浸透膜により脱塩し、濃度0.2%の無色透明のセリシン水溶液を得た。
次いで、この水溶液をエバポレーターを用いてセリシン濃度が約2%になるまで濃縮させた後、凍結乾燥処理を行って、純度90%以上で、平均分子量約30,000のセリシンの粉体を得た。
なお、得られたセリシンの平均分子量は、ゲルろ過クロマトグラフィー法(測定機器として、LC−9A(株式会社島津製作所製)、カラムとして、Superdex 75HR 10/30(ファルマシア社製)を用いた)により測定した。
【0042】
繭糸からセリシンを抽出する際に使用する抽出溶媒を、蒸留水とした以外は、前記と同様にしてセリシン粉体を得た。この場合、得られたセリシンの平均分子量は約100,000であった。
繭糸からセリシンを抽出する際に使用する抽出溶媒を、0.5%炭酸水素ナトリウム水溶液とした以外は、前記と同様にしてセリシン粉体を得た。この場合、得られたセリシンの平均分子量は約10,000であった。
抽出溶媒の種類と、得られたセリシンの平均分子量との関係は下記表1のとおりであった。
【0043】
【表1】

【0044】
例1: 成分の検討a(糖類)
細胞凍結保存用組成物の調製
下記表2に示した組成に従って、溶液状態の細胞凍結保存用組成物(以下において「凍結保存液」または単に「保存液」ということがある)を調製し、それぞれ凍結保存液a1〜a9とした。
ここでセリシンは、前記で得られた平均分子量約30,000のセリシンを使用した。
緩衝剤成分としては、PBS(リン酸濃度9.5mM)を使用した。
血清成分としては、牛胎児血清(以下、FBS)(GIBCO社より入手)を使用した。
【0045】
【表2】

【0046】
凍結保存試験
試験には、FBSを10.0%含むRPMI1640培地(旭テクノグラス株式会社製)を用いて培養したマウスミエローマP3U1細胞(財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団より入手)を使用した。
各凍結保存液に、細胞濃度が約1.0×10cells/mlとなるように細胞を懸濁し、これをそれぞれ凍結チューブ(旭テクノグラス株式会社製)に1mlずつ添加した。次いで、凍結チューブを、−80℃フリーザーを用いて30日間凍結保存した後、37℃水浴にチューブを漬けて解凍した。
解凍した保存液中の生細胞密度を、トリパンブルー色素排除法により算出し、各凍結保存液についての生存率を求めた。
結果は、表3に示したとおりであった。
マルトースを添加した保存液a4は、セリシンのみ(保存液a2)や他の糖類を添加した保存液と比較して、優れた凍結保護効果を示した。
【0047】
【表3】

【0048】
例2: 成分の検討b(アミノ酸)
下記表4に示した組成に従った以外は、例1と同様にして、凍結保存液b1〜b9を調製した。
【0049】
【表4】

【0050】
凍結保存試験も、凍結保存液として保存液b1〜b9を使用した以外は、例1と同様にして行った。
結果は、表5に示されるとおりであった。
プロリンおよびグルタミンを0.3%ずつ添加した保存液b7は、セリシンのみやアミノ酸を単独で添加した保存液に比べて優れた凍結保護効果を示した。また、保存液b7の凍結保護効果は血清を使用したもの(保存液b1)と同程度であった。
【0051】
【表5】

【0052】
例3: 成分の検討c (他の細胞凍結保護成分)
下記表6に示した組成に従った以外は、例1と同様にして、凍結保存液c1〜c6を調製した。
【0053】
【表6】

【0054】
凍結保存試験も、凍結保存液として保存液c1〜c6を使用した以外は、例1と同様にして行った。
結果は、表7に示されるとおりであった。
ジメチルスルホキシド、エチレングリコール、プロピレングリコールおよびグリセロールを添加した保存液(保存液c2〜c5)は優れた凍結保護効果を示した。
【0055】
【表7】

【0056】
例4: 成分の検討d (緩衝剤成分)
下記表8に示した組成に従った以外は、例1と同様にして、凍結保存液d1〜d6を調製した。
【0057】
【表8】

【0058】
凍結保存試験も、凍結保存液として保存液d1〜d6を使用した以外は、例1と同様にして行った。
結果は、表9に示されるとおりであった。
PBS、HEPES、およびTRICINEを添加した保存液(d2〜d6)は優れた凍結保護効果を示した。また、測定したいずれの緩衝剤成分濃度(d4〜d6)においても優れた凍結保護効果を示した。
【0059】
【表9】

【0060】
例5: 成分の検討e (セリシンの平均分子量)
平均分子量の異なるセリシンを用意して、下記表10に示した組成に従った以外は、例1と同様にして、凍結保存液e1〜e6を調製した。
ここは、前記した「セリシンの調製」の項において得られた平均分子量約10,000、約30,000および約100,000のセリシンをそれぞれ使用した。
【0061】
【表10】

【0062】
凍結保存試験も、凍結保存液として保存液e1〜e6を使用した以外は、例1と同様にして行った。
結果は、表11に示されるとおりであった。
平均分子量3万のセリシンを添加した凍結保存液(保存液e3)は、より低分子量のセリシンおよびより高分子量のセリシンを添加した場合に比べて、優れた凍結保護効果を示した。
【0063】
【表11】

【0064】
例6: 他の細胞種の凍結保存性能
使用する細胞を他の細胞種に変え、凍結保存液を例5における凍結保存液e1、e3およびe6とした以外は、例1の凍結保存試験と同様にして試験を行った。
ここで使用した他の細胞種としては、正常ヒト皮膚繊維芽細胞(NHDF)(Bio Whittaker社より入手)、ラット副腎髄質褐色株化細胞(PC−12)(財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団より入手)、Spodopera frugiperda由来昆虫細胞(Sf−9)(GIBCO社より入手)、CHO(Chinese Hamster ovary)細胞(理化学研究所より入手)、HepG2細胞(理化学研究所より入手)、ハイブリドーマ細胞(Cytotechnology 10, 15-23, 1992)、ヒト表皮角化細胞(HEK)(Cell APPLICATIONS,INC.より入手)およびウサギ角膜初代細胞(RC4)(理化学研究所より入手)を使用した。NHDFは創傷治療や細胞毒性の研究などに使用されている。ハイブリドーマ細胞はモノクローナル抗体を産生し、CHO細胞やSf−9細胞は遺伝子工学的手法により形質転換され生理活性物質を産生する等、これら細胞はタンパク質製造手段として工業的に利用されている。さらにHepG2細胞は人工肝臓のモデルとして、PC−12細胞は神経細胞への分化過程を調査する材料として有用な細胞である。HEK細胞は皮膚刺激性試験、RC4細胞は化粧品や農薬などの眼毒性試験に使用されている。
また、ハイブリドーマ細胞については、通常の凍結・解凍操作の後、再び凍結・解凍操作を繰り返し行った後、生存率を測定した。
結果は、表12に示されるとおりであった。
本発明による凍結保存液(保存液e3)は、由来の違う各細胞において、血清を使用した場合(保存液e1)と同程度の生存率を示した。
【0065】
【表12】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
セリシンと、
アミノ酸、および糖類からなる群より選択される1種以上の成分と
を少なくとも含んでなる、細胞凍結保存用組成物。
【請求項2】
セリシンと、アミノ酸と、糖類とを少なくとも含んでなる、請求項1に記載の細胞凍結保存用組成物。
【請求項3】
セリシンの平均分子量が、3,000〜300,000である、請求項1または2に記載の細胞凍結保存用組成物。
【請求項4】
セリシンを、最終濃度が0.01〜10.0重量%となるように含んでなる、請求項1〜3のいずれか一項に記載の細胞凍結保存用組成物。
【請求項5】
アミノ酸が、プロリン、およびグルタミンからなる群より選択される1種以上のものである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の細胞凍結保存用組成物。
【請求項6】
アミノ酸を、最終濃度が0.01〜10.0重量%となるように含んでなる、請求項1〜5のいずれか一項に記載の細胞凍結保存用組成物。
【請求項7】
糖類が、マルトース型二糖類から選択されるものである、請求項1〜6のいずれか一項に記載の細胞凍結保存用組成物。
【請求項8】
糖類を、最終濃度が0.01〜10.0重量%となるように含んでなる、請求項1〜7のいずれか一項に記載の細胞凍結保存用組成物。
【請求項9】
ジメチルスルホキシド、エチレングリコール、プロピレングリコールおよびグリセロールからなる群より選択される、追加の細胞凍結保護成分をさらに含んでなる、請求項1〜8のいずれか一項に記載の細胞凍結保存用組成物。
【請求項10】
水溶液である、請求項1〜9のいずれか一項に記載の細胞凍結保存用組成物。
【請求項11】
溶液としたときのそのpHが室温で6.0〜8.5となるように、緩衝剤成分をさらに含んでなる、請求項1〜10のいずれか一項に記載の細胞凍結保存用組成物。
【請求項12】
下記の量で成分(a)〜(d)を含んでなる、請求項1〜11のいずれか一項に記載の細胞凍結保存用組成物:
(a) セリシン 0.01〜10.0重量%;
(b) アミノ酸、および糖類からなる群より選択される1種以上の成分
0.01〜10.0重量%;
(c) ジメチルスルホキシド、エチレングリコール、プロピレングリコール、およびグリセロールからなる群より選択される、追加の細胞凍結保護成分
1.0〜40.0重量%;
(d) 緩衝剤成分 1〜1000mM。
【請求項13】
下記の量で成分(a)〜(d)を含んでなる、請求項1〜11のいずれか一項に記載の細胞凍結保存用組成物:
(a) セリシン 0.01〜10.0重量%;
(b1) アミノ酸 0.01〜10.0重量%;
(b2) 糖類 0.01〜10.0重量%;
(c) ジメチルスルホキシド、エチレングリコール、プロピレングリコール、およびグリセロールからなる群より選択される、追加の細胞凍結保護成分
1.0〜40.0重量%;
(d) 緩衝剤成分 1〜1000mM。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれか一項に記載の細胞凍結保存用組成物中に目的細胞を入れ、これを凍結保存することを含んでなる、細胞の凍結保存方法。
【請求項15】
細胞の凍結保存における細胞生存率を高めるための、セリシンと、アミノ酸、および糖類からなる群より選択される1種以上の成分との組み合わせの使用。
【請求項16】
成分の組み合わせが、セリシンと、アミノ酸と、糖類とを少なくとも含んでなる、請求項15に記載の使用。

【公開番号】特開2006−115837(P2006−115837A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−277291(P2005−277291)
【出願日】平成17年9月26日(2005.9.26)
【出願人】(000107907)セーレン株式会社 (462)
【出願人】(503104900)財団法人 ふくい産業支援センター (2)
【Fターム(参考)】