説明

細胞培養支持体および細胞培養法

【課題】細胞を培養した後、培養細胞へのダメージを少ない状態、あるいは、培養細胞を細胞間の結合を保ったまま回収することを可能とし、さらには、培養細胞をシート状に保ったまま回収することを可能とする細胞培養回収法およびそれに用いる細胞培養支持体を提案すること。
【解決手段】細胞培養の支持体の素材としてセルロース膜を用いる。セルロース膜に細胞を接着させ、培養を行う。培養後セルラーゼで処理することによりセルロース膜を分解し、溶解させて除去することにより、容易に培養細胞を回収できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞を培養した後、培養細胞へのダメージを少ない状態、あるいは、培養細胞を細胞間の結合を保ったまま回収することを可能とし、さらには、培養細胞をシート状に保ったまま回収することを可能とする細胞培養回収法およびそれに用いる細胞培養支持体に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞培養においては、一般的にマイクロプレート、カルチャーディシュ、あるいは、カルチャーフラスコなどの容器(ディッシュ)に培地と細胞を入れ、細胞を容器壁面に付着させて培養する。このときpHを一定に保つために適度の二酸化炭素存在下でインキュベーションし、一定時間ごとに培養液を交換するのが一般的である。培養終了後、培養細胞の回収には、接着系細胞では培養容器から細胞を剥がすためにトリプシン処理を行うのが一般的である。たとえば、細胞培養を行ったシャーレの培地をアスピレーターで除き、37℃に保温した0.05%トリプシン溶液を1ml加え、アスピレーターでトリプシン溶液を除く。これにより、培地中のトリプシンインヒビターが除かれる。再度トリプシン溶液を1ml加え、37℃で約3分間放置する。5mlの培地を加え、ピペットでホッピングし、細胞を容器から剥離分散させる。加える培地には一般的にトリプシンインヒビターが入っており、この時点でトリプシンが効かなくなり、以後、細胞はトリプシンの影響を受けない。
【0003】
トリプシン処理を行わないで細胞を回収する方法としては、培養容器の底面に温度感受性ポリマーをコーティングしたものを用い、培養後に温度を変え、ポリマーが相転移して伸びる効果を用いて細胞を容器から引き離す方法が実用化されている。代表的な例がポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)であり、水中で32℃以上であれば凝集し、32℃より低い温度であればポリマー分子が延びる性質を利用する。すなわち培養時に維持している37℃ではポリマーが凝集しているので細胞が容器に付着するが、培養後、室温に放置すれば細胞と容器壁の間にあるポリマーが延びることで細胞を容器から機械的に引き剥がす。この技術を用いると、コンフルエントになったヒト核膜上皮細胞をシート状に剥離することができる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
現在の一般的な培養技術では、上記背景技術で示したように、ディッシュで培養しトリプシン処理で細胞を浮遊させるのが一般的な方法である。まずディッシュ培養では培養液の交換が容易ではないことと、不要なコンタミネーションの確率を上げるのを防ぐため、通常は途中で培地を変えることはしない。このため、培養中に培地に蓄積される種々物質の影響を細胞が受ける。培養中のpH変動を抑えるため、多くの場合5%COインキュベーター中で培養を行うのが一般的である。培地中に好ましくないものが蓄積したり、増殖因子が不足したりする。これらの多くは細胞株に対し、常に、適当なグレードの血清を添加したフレッシュな培地に変え続けることができれば解決できることである。
【0005】
培養後のトリプシン処理は細胞表面のタンパク質を部分分解する。このため、細胞表面のレセプターやトランスポーターなどは、かなり痛んでいると考えた方がよい。実際、一旦トリプシン処理した細胞を継代培養しようとしても、死滅する細胞もある。もちろん、上皮細胞をシート状のまま利用しようとしても、トリプシンにより細胞間の接着因子が切断されているので細胞がばらばらになり、しかも、細胞はその特異的な形状から球形に変化してしまう。細胞をシート状のまま回収する最も実用的な従来技術は、熱感受性ポリマーを使う方法である。しかし、この方法も、細胞を機械的に剥がすものであって、細胞に対する相当なストレスを与えることになる。引き剥がすときに細胞粘着に関する因子が細胞側に残る保証は無く、かなりの部分がディッシュ表面に吸着したままになっていると考えられる。細胞のディッシュに面した側は、色々なものが抜け落ちたり、引きちぎられたりしている可能性がある。
【0006】
本発明は細胞に対するダメージを低減するために、上記した培地の交換を容易にするとともに、細胞を傷つけずに容器壁から引き離す技術を提案する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記問題を解決し、細胞を安全に引き剥がすには、細胞側の接着因子を切断するのではなく、容器側を溶解させればよい。通常のプラスチックでできた容器表面を溶解するのは困難なので、何らかの処理で容易に溶解する素材を選べばよい。本発明では、この素材としてセルロース膜を用いる。セルロース膜に細胞を接着させ、培養を行う。培養後セルラーゼで処理することによりセルロース膜を分解し、溶解させて除去することにより、容易に培養細胞を回収できる。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、培養細胞を痛めることなく回収することができる。このため、細胞を細胞の形状を保ったまま使用することが必須な、再生医療に用いる機能性材料としての細胞を供給することが可能となる。更に、シート状の細胞を得ることができるのでこれを重ねて立体的な細胞構造を作るティシューエンジニアリングが可能になる。異種昨機能の細胞シートを重ねることで機能性細胞組織を再構成することが現実となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明では、セルロース膜に細胞を接着させ、細胞培養を行う。セルロース膜にはあらかじめゼラチンやラミニンなどの細胞外マトリックスをコートして用いてもよい。培養後セルラーゼで処理することによりセルロース膜を分解し、培養細胞を回収する。セルロース膜は通常のディッシュの上に敷いてその上で培養を行い、最後にセルラーゼをディッシュの縁を伝わらせて静かにディッシュ全体に行きわたらせ、セルロースを分解することで、たとえば上皮細胞をシート状のまま、すなわち、細胞間接着状態を保ったまま回収できる。
【0010】
さらに、セルロース膜を微細流路構造を持つ基板の上に敷くことでセルロース膜を保持し、セルロースと基板の間の微細流路構造の間にセルラーゼ溶液を挿入することでセルロース膜を選択的に分解除去できる。ここで重要なのは、セルラーゼが動物細胞を分解しないことにある。なぜなら動物細胞にはセルロースでできた細胞壁が無いからである。この微細流路構造は、セルラーゼを添加するとき以外にも、細胞培養中に培地を交換したりすることができる。これによりセルロース膜は実質的にセルロースフィルターで分子量1万〜10万ダルトン程度の分画分子量を持つものを適宜用いれば血清中の増殖因子や細胞からの老廃物を交換したり除去したりできる。
【0011】
(実施例1)
図1(A)−(D)は、本発明の実施例1によるセルロース膜上での細胞培養と、培養後の細胞をシート状に回収し、さらに、多層の細胞シートを構成する例を模式的に示す図である。
【0012】
図1(A)に示すように、血清入りの培地1を5ml入れたディッシュ(60mm)5上にゼラチンを塗布したセルロース膜2(分画分子量3万ダルトン、55mmφ)を敷く。30分間5%CO、37℃でプレインキュベーションし、セルロース膜2に培地1をなじませる。心筋拍動細胞の懸濁液0.5mlを加え、COインキュベーター中で37℃の温度条件で培養する。この培養中に、必要なら、培地1を新鮮なものと交換する。培養が進むとセルロース膜2のほぼ全体に心筋拍動細胞がシート状に広がる。3はシート状に広がった心筋拍動細胞を示す。
【0013】
心筋拍動細胞がシート状になったら、培地1をアスピレーターで吸引除去し、直ちに、10mg/mlセルラーゼ溶液4(1ml)をピペット6を使用してディッシュ5の縁を伝わらせて静かに加える。ディッシュ5を静かに傾け、シート状の細胞3をリンスする様にディッシュ底面にセルラーゼ溶液を行きわたらせる。次いで、アスピレーターでセルラーゼ溶液を除き、再度セルラーゼ溶液1mlを加える。セルラーゼ溶液で2度処理するのは、培地中にセルラーゼ阻害剤が存在することを想定しているからである。37℃のCOインキュベーターに入れ、セルロース膜2が分解し細胞シート3が遊離するまでインキュベーションする。顕微鏡観察によりセルロース膜2の分解状況を容易に確認できる。
【0014】
図1(B)は、このようにしてセルロース膜2から分離された単層の細胞シート3を示す。
【0015】
図1(C)は、図1(A)で説明したのと同様にして、新たに生成された細胞シート3’に、既成の細胞シート3を重ねて2層の細胞シート10を形成する状態を示す。
【0016】
図1(C)においては、細胞シート3’が形成された後、セルラーゼ溶液4を加える前に、既成の細胞シート3を重ねて培養を続けることが重要である。この既成の細胞シート3を重ねてからの培養は、上記と同様の条件とするのが良い。培養を続けた後、図1(A)で説明した様に、同様にセルラーゼ溶液4を加えて、セルラーゼ処理すると、図1(D)に示すように、2層の細胞シート12を得ることができる。
【0017】
この操作を繰り返すことで、4層程度まで細胞層を重ねることができる。さらに、4層の細胞同士を重ねることで8層の細胞シートを作成することもできる。すなわち、上記と同様にして、まず、4層のシートを作成した後セルラーゼを働かせ4層の細胞シートを得る。次いで、上記と同様にして、4層のシートを作成した後、この上に、先に形成した4層の細胞シートを重ねて、培養を続ける。培養を続けた後、上記と同様にセルラーゼ溶液4を加えて、セルラーゼ処理をして、8層の細胞シートを得ることができる。
【0018】
(実施例2)
図2(A)はセルロースシートを保持する支持体に工夫し、細胞全面にセルラーゼが接触することを防ぐ構造とした細胞培養支持体の平面図である。(B)は、図2(A)のA−A位置で矢印方向に見た断面図である。(C)は、図2(A)のB−B位置で矢印方向に見た断面図である。
【0019】
基板100は60mmφの容器であり、内面に2段の底面101,102を持つ。より高い位置の底面101は、容器上面からおよそ10mm、より低い底面102は、容器上面からおよそ12mmとされる。より低い底面102には幅1mmの梁105が設けられている。梁105の高さは、梁105の頂上が底面101と同程度、あるいは、これより、やや低い位置になるものとされる。梁105間はおおむね1mmである。底面102には、培養液等を注入あるいは吸引するための窪み103が設けられる。さらに窪み103より液を注入するときに、梁105の間に液が満遍なく行きわたるように拡散板106がくぼみ103と梁105の間に設置されている。拡散版の高さは液がリークして広がるように梁の高さのほぼ3/4としている。拡散板がないと培地などの溶液を交換するときに最短の流路のみ液が流れ周辺部の梁の間に液が回りこみづらい問題が発生する。
【0020】
図3(A)は、図2で説明した基板100を使用して、実施例1で説明した細胞シートを作成する状況を説明する図であり、A−A位置で矢印方向に見た図に対応する断面図である。図3(B)は、同様に、B−B位置で矢印方向に見た図に対応する断面図である。梁105および底面101により構成される面の上面に、セルロース膜104が置かれている。基板100の上面には蓋110が置かれ、蓋110には、窪み103の底面に延びるチューブ111−1、111−2が取り付けられている。蓋110をするとチューブ先端が空間103近傍に下りるようになっている。
【0021】
実施例2の基板100を使用した細胞培養手順を示す。まず基板100の梁105の上辺を満たす培地を加える。すなわち、より高い底面101の面が培地で濡れる程度まで培地を加える。次に培地でなじませたセルロース膜104を沈ませ、梁105の構造体およびより高い底面101上に乗せる。蓋110をして、ペリスタポンプを用いて培地をチューブ111−1から供給し、111−2から排出する。培地はあらかじめ37℃に保温してある。COインキュベーター(5%CO、37℃)で30分間プレインキュベーションする。
【0022】
COインキュベーターから取り出し、蓋を開け、実施例1と同様に心筋拍動細胞を播く。蓋110をし、培養液を入れ替えながら培養を続ける。筋拍動細胞がセルロース膜のほぼ全体に広がった状態になったら、供給している培地に代え、10mg/mlのセルラーゼ溶液をチューブ111−1から連続供給し、梁105の上辺を満たす。セルロース膜104と梁105の上部は完全には密着していないので、梁105と梁105の間の谷の部分にもセルラーゼ溶液がめぐる。引き続き37℃でインキュベーションするとセルロース膜104が分解し培養細胞がシート状に剥離する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】(A)−(D)は、本発明の実施例1によるセルロース膜上での細胞培養と、培養後の細胞をシート状に回収し、さらに、多層の細胞シートを構成する例を模式的に示す図である。
【図2】(A)はセルロースシートを保持する支持体に工夫し、細胞全面にセルラーゼが接触することを防ぐ構造とした細胞培養支持体の平面図である。(B)は、図2(A)のA−A位置で矢印方向に見た断面図である。(C)は、(A)のB−B位置で矢印方向に見た断面図である。
【図3】(A)は、図2で説明した基板100を使用して、実施例1で説明した細胞シートを作成する状況を説明する図であり、A−A位置で矢印方向に見た図に対応する断面図である。(B)は、同様に、B−B位置で矢印方向に見た図に対応する断面図である。
【符号の説明】
【0024】
1…血清入りの培地、2…セルロース膜、3,3’…シート状に広がった心筋拍動細胞、4…セルラーゼ溶液、5…ディッシュ、100…基板、101,102…底面、103…窪み、105…梁、106…拡散板、110…蓋、111−1,111−2…チューブ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース膜上で細胞を培養し、細胞培養後、セルラーゼを用いて前記セルロース膜を分解して培養細胞を回収することを特徴とする細胞培養法。
【請求項2】
内面に底面を持つ容器であり、前記底面に上部が開放された複数の梁を形成するとともに、前記梁の上辺にセルロース膜を貼り付けた構造を有する細胞培養支持体の、前記セルロース膜上で細胞を培養し、細胞培養後、前記梁部分に形成される流路にセルラーゼを注入して、前記セルロース膜を分解することを特徴とする細胞培養法。
【請求項3】
内面に底面を持つ容器であり、前記底面に上部が開放された複数の梁を形成するとともに、前記梁の上辺にセルロース膜を貼り付けた構造を有する細胞培養支持体の、前記セルロース膜上で細胞を培養するために、前記梁部分に形成される流路に培養液を循環させ、培養終了後に、前記梁部分に形成される流路にセルラーゼを注入して、前記セルロース膜にセルラーゼを作用させてセルロース膜を分解し、細胞ないしシート状細胞を回収することを特徴とする細胞培養法。
【請求項4】
内面に底面を持つ容器であり、前記底面に上部が開放された複数の梁を形成するとともに、前記梁の上辺にセルロース膜を貼り付けた構造を有する細胞培養支持体の、前記セルロース膜上で細胞を培養するために、前記梁部分に形成される流路に培養液を循環させ、培養終了後に、前記梁部分に形成される流路にセルラーゼを注入して、前記セルロース膜にセルラーゼを作用させてセルロース膜を分解し、シート状細胞を回収するとともに、前記手順で新たに形成されたシート状細胞上に先に回収されたシート状細胞を重ねて培養した後前記セルロース膜にセルラーゼを作用させてセルロース膜を分解し、2枚重ねのシート状細胞を回収することを特徴とする細胞培養法。
【請求項5】
前記2枚重ねのシート状細胞を、さらに、新たなシート状細胞に重ねる請求項4記載の細胞培養法。
【請求項6】
内面に底面を持つ容器であり、前記底面に上部が開放された複数の梁を形成するとともに、前記梁の上辺にセルロース膜を貼り付けた構造を有することを特徴とする細胞培養支持体。
【請求項7】
前記細胞培養支持体に重ねて使用される蓋を有し、該蓋には、前記複数の梁間に供給され、あるいは、梁間から吸引される培養液を供給し、あるいは、吸引するチューブが設けられている請求項6記載の細胞培養支持体。
【請求項8】
前記細胞培養支持体に重ねて使用される蓋を有し、該蓋には、前記複数の梁間に供給され、あるいは、梁間から吸引される培養液を供給し、あるいは、吸引するチューブが設けられるとともに、前記チューブに隣接して液の流れを妨害する板を設けた請求項6記載の細胞培養支持体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−109748(P2006−109748A)
【公開日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−299647(P2004−299647)
【出願日】平成16年10月14日(2004.10.14)
【出願人】(504296024)有限責任中間法人 オンチップ・セロミクス・コンソーシアム (39)
【Fターム(参考)】