細胞培養物移送器具
【課題】
ヒト及び動物の疾病、傷病の治療に用いる細胞培養物の移植操作において、従来の支持体や運搬投与器具に代わる簡便な操作性を有する器具を提供する。
【解決手段】
少なくとも1つの開口を備えた疎水性の細胞培養物保持表面を有する細胞培養物保持部と、該開口を介して液体を吸引することができる、該細胞培養物保持部の細胞培養物保持表面とは反対の側に配置された吸液部とを備え、前記開口が、前記細胞培養物を前記細胞培養物保持部に接触させたときに、該細胞培養物が前記細胞培養物保持表面と少なくとも1つの接点を有するよう構成されている器具の提供により、細胞培養物の移植操作を極めて簡便、迅速、かつ確実に行うことを可能とした。
ヒト及び動物の疾病、傷病の治療に用いる細胞培養物の移植操作において、従来の支持体や運搬投与器具に代わる簡便な操作性を有する器具を提供する。
【解決手段】
少なくとも1つの開口を備えた疎水性の細胞培養物保持表面を有する細胞培養物保持部と、該開口を介して液体を吸引することができる、該細胞培養物保持部の細胞培養物保持表面とは反対の側に配置された吸液部とを備え、前記開口が、前記細胞培養物を前記細胞培養物保持部に接触させたときに、該細胞培養物が前記細胞培養物保持表面と少なくとも1つの接点を有するよう構成されている器具の提供により、細胞培養物の移植操作を極めて簡便、迅速、かつ確実に行うことを可能とした。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養物、特にヒト及び動物の疾病、傷病の治療に用いる細胞培養物の移植操作を、簡便に行うことができる器具、および、同器具を用いた細胞培養物の回収および送達のための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の心臓病に対する治療の革新的進歩にかかわらず、重症心不全に対する治療体系は未だ確立されていない。心不全の治療法としては、βブロッカーやACE阻害剤による内科治療が行われるが、これらの治療が奏功しないほど重症化した心不全には、補助人工心臓や心臓移植などの置換型治療、つまり外科治療が行われる。
【0003】
このような外科治療の対象となる重症心不全には、進行した弁膜症や高度の心筋虚血に起因するもの、急性心筋梗塞やその合併症、急性心筋炎、虚血性心筋症(ICM)、拡張型心筋症(DCM)などによる慢性心不全やその急性憎悪など、多種多様の原因がある。
これらの原因と重症度に応じて弁形成術や置換術、冠動脈バイパス術、左室形成術、機械的補助循環などが適用される。
【0004】
この中で、ICMやDCMによる高度の左室機能低下から心不全を来たしたものについては、心臓移植や人工心臓による置換型治療のみが有効な治療法とされてきた。しかしながら、これら重症心不全患者に対する置換型治療は、慢性的なドナー不足、継続的な免疫抑制の必要性、合併症の発症など解決すべき問題が多く、すべての重症心不全に対する普遍的な治療法とは言い難い。
【0005】
このような心臓移植の厳しい状況から、一時期、バチスタ手術などの他の外科治療が試みられるようになり、心臓移植の代替治療として大いに注目されるようになったが、最近ではこれらの手術の限界も次第に明らかにされるようになり、手術法の改良や適応の確立に努力が続けられている。
【0006】
その一方、最近、重症心不全治療の解決策として新しい再生型治療法の展開が不可欠と考えられている。
重症心筋梗塞等においては、心筋細胞が機能不全に陥り、さらに線維芽細胞の増殖、間質の線維化が進行し心不全を呈するようになる。心不全の進行に伴い、心筋細胞は傷害されてアポトーシスに陥るが、心筋細胞は殆ど細胞分裂をおこさないため、心筋細胞数は減少し心機能の低下もさらに進む。
このような重症心不全患者に対する心機能回復には細胞移植法が有用とされ、既に自己骨格筋芽細胞による臨床応用が欧米で開始されている。
【0007】
しかし、実際に細胞移植法により臨床的に心機能を十分に向上させるためには、直接心筋内注入による方法では移植細胞の70〜80%が失われその効果を十分に発揮できない点や、不整脈等の副作用の問題、大量且つ安全な細胞源の確保などの問題点の解決が不可欠であるうえ、細胞注入局所へ炎症を惹起するとともに局所的な細胞移植しか行えないため、例えば拡張型心筋症のように心臓全体の心機能が低下した場合に限界がある。
【0008】
近年、これらの問題に対し、組織工学を応用した温度応答性培養皿を用いることによって、成体の心筋以外の部分に由来する細胞を含む心臓に適用可能な三次元に構成された細胞培養物と、その製造方法が提供された(特許文献1)。
【0009】
このような細胞培養物を、目的とする患部(移植部位)に移植するには、例えば、細胞培養物の端部をピンセット等で摘んで、細胞培養物を包装容器から取り出し、患部まで移送し、その患部に移植(貼付)するといった一連の操作が必要となるが、細胞培養物は、絶対的な物理的強度が低く、皺、破れ、破損などが生じ易いことから、この一連の操作には高度な技術が要求され、かつ細心の注意を払う必要がある。
【0010】
細胞培養物の強度を補うため、親水性PVDF膜、ニトロセルロース膜を用いた支持体やヒトフィブリノゲン等を足場とした支持体が知られ、さらに細胞培養物を対象とした移動治具や運搬投与器具が提供されており、前述の温度応答性培養皿に対応した細胞培養物のための支持体(Cell ShifterTM、セルシード製)が市販されている。
【0011】
例えば、特許文献2には、細胞付着部を有する培養細胞移動治具を用い、細胞接着性タンパク質、細胞接着性ポリマー、親水性ポリマーなどからなる細胞付着部に細胞培養基材上の培養細胞を付着させることで培養細胞を細胞培養基材上から剥離させ、その後、その培養細胞移動治具の細胞付着部と培養細胞との付着力を弱めることで、剥離させた培養細胞を特定の場所へ再び付着させることが記載されている。
しかし、培養細胞移動治具の細胞付着部の表面上に存在する細胞接着性タンパク質(例えばフィブリン)に接着した培養細胞をそこから剥離させることは容易ではない。培養細胞を適用しようとする部位と培養細胞の接着がより強くなければ細胞接着性タンパク質から培養細胞は剥離しないと考えられる。前記特許文献2において培養細胞移動治具の細胞付着部から培養細胞を剥離するためには、細胞付着部と培養細胞との付着力を弱めるとの課題が示されたのみで、この課題を具体的に解決する手段は明示されていない。したがって、この細胞培養移動治具は細胞付着部に接着した培養細胞を剥離することが難しく、操作性という点で問題があった。
【0012】
また、特許文献3には、細胞培養物を、目的とする患部に移植する際に用いる運搬投与器具が記載されている。この運搬投与器具は、内部に供給される流体圧の変化によって、平面状の展開形状と筒状の収納形状への変形動作と、基端部の曲げ動作とを行わせる治療用器具であり、具体的には、細胞培養物を患部に移植する際に細胞培養物を保持し、患部まで移送し、その患部に貼り付ける。しかし、この運搬投与器具は、その構造上、シート支持体の内部に微細な流体流路を設け、かつ流体の流路を厳密に管理する必要があり、その駆動時の信頼性と簡便性という点で問題があった。
この問題を改善すべく、特許文献4の運搬投与器具が提供されたが、その構造は、円筒状の外筒と、該外筒内に軸線方向へ摺動可能に支持されたスライド部材と、シート状の治療用物質を支持してスライド部材の先端部に設けられ、外筒の先端部から突出された自由状態では平面状の展開形状に保たれ、スライド部材の摺動移動に応じて外筒の内部方向に移動されたときに該外筒の先端部に当接して筒状に変形しながら外筒内に収納されるシート支持部材とを有するもので、未だ複雑であり、簡便な操作性を有する移植用器具とは言い難い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2007−528755号公報
【特許文献2】特開2005−176812号公報
【特許文献3】特開2008−173333号公報
【特許文献4】特開2009−511号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の目的は、ヒト及び動物の疾病、傷病の治療に用いる細胞培養物の移植操作などにおいて、従来の支持体や運搬投与器具に代わる、簡便な操作性を有する移送器具の提供を課題とし、簡易な構成で、容易、迅速かつ確実に、細胞培養物を移植(貼付)することができる移送器具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記課題を達成すべく鋭意研究を重ねたところ、少なくとも1つの開口を備えた疎水性の細胞培養物保持表面を有する細胞培養物保持部と、該開口を介して液体を吸引することができる、該細胞培養物保持部の細胞培養物保持表面とは反対の側に配置された吸液部とを備え、前記開口が、前記細胞培養物を前記細胞培養物保持部に接触させたときに、該細胞培養物が前記細胞培養物保持表面と少なくとも1つの接点を有するよう構成されている器具を用いることで、液体中に遊離した細胞培養物を回収して、目的部位に移植できることを見出し、本発明を完成させた。したがって、本発明は以下に関する。
【0016】
(1)液体中に遊離した状態の細胞培養物を回収および送達するための器具であって、少なくとも1つの開口を備えた疎水性の細胞培養物保持表面を有する細胞培養物保持部と、該開口を介して液体を吸引することができる、該細胞培養物保持部の細胞培養物保持表面とは反対の側に配置された吸液部とを備え、前記開口が、前記細胞培養物を前記細胞培養物保持部に接触させたときに、該細胞培養物が前記細胞培養物保持表面と少なくとも1つの接点を有するよう構成されている、前記器具。
(2)中空のハウジングをさらに備え、吸液部が該ハウジングの内部に配置され、該ハウジングの少なくとも1つの外面が細胞培養物保持部として構成されている、上記(1)の器具。
(3)細胞培養物保持表面が、細胞培養物を送達する部位より疎水性である、上記(1)または(2)の器具。
(4)細胞培養物保持表面の開孔率が、その面積に対し5〜90%である、上記(1)〜(3)のいずれかの器具。
(5)細胞培養物保持部が、単孔体、多孔体またはメッシュの形態を有する、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の器具。
(6)開口壁の厚みが0.1〜2.0mmである、上記(1)〜(5)のいずれかの器具。
(7)吸液部が吸液性材料を含む、上記(1)〜(6)のいずれかの器具。
(8)吸液性材料が、多孔体、不織布、ポリマー材、パルプ材および紙材からなる群から選択される1種または2種以上の材料を含む、上記(7)の器具。
(9)操作ハンドルをさらに備えた、上記(1)〜(8)のいずれかの器具。
(10)ハウジングが、含水した吸液性材料の排液操作を行うための、外部から操作可能な可動板を内部に配する、上記(7)〜(9)のいずれかの器具。
(11)ハウジングが、吸液性材料の交換を行うための開閉部を有する、上記(7)〜(10)のいずれかに記載の器具。
(12)細胞培養物を回収および送達するための方法であって、
(I)上記(1)〜(11)のいずれかの器具を提供するステップ、
(II)前記器具の細胞培養物保持部を液体中に遊離した細胞培養物に接触させるステップ、
(III)細胞培養物を、吸液部による液体の吸引と共に細胞培養物保持部に吸着させて回収するステップ、
(IV)細胞培養物を細胞培養物保持部に吸着させたまま、細胞培養物保持表面より親水性である標的部位まで移動させるステップ、
を含む前記方法。
(13)標的部位が、その表面に水分を実質的に有しない、上記(12)の方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、細胞培養物を保持部に接触させることで、細胞培養物の周囲に存在する液体が保持部に形成された開口を介して吸液部に吸液され、これにより、細胞培養物を疎水性の保持表面に吸着することができる。吸着した細胞培養物は、吸液された液体の表面張力の働きによって保持表面に保持される。さらに保持表面に保持した細胞培養物を目的とする患部(移植部位)に接触させる操作により、吸液部に保持された液体の患部への移動とともに、細胞培養物を目的部位に移植することができる。保持表面は疎水性であるため、目的とする移植部位が保持表面より親水性であれば、細胞培養物は保持表面から容易に剥離し目的とする部位に移動することができる。すなわち、細胞培養物と疎水性の保持表面との表面張力による接着よりも、細胞培養物と目的とする移植部位との表面張力による接着が優れば、細胞培養物を保持部から剥離して目的とする移植部位へ移植することができる。目的とする移植部位に過剰の水分が存在するときは、これを実質的に除去することにより適正な表面張力差を形成することができる。
このように、本発明により、容易、迅速且つ確実に、細胞培養物を患部に移植(貼付)することが可能となる。
また、本発明の器具は、構成が簡易であり、滅菌処理(例えば、エチレンオキサイドガスなど)が可能で、且つ操作性も極めて良好である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、本発明の器具の側部概略図、および、浸漬液中の細胞培養物側部概略図である。
【図2】図2は、本発明の器具の側部断面図である。
【図3】図3は、本発明の器具の保持部下面図である。
【図4】図4は、本発明の器具の上面図である。
【図5A】図5Aは、本発明の器具のハウジング部側部断面図において、含水した吸液性材料の排液操作を示した図である。
【図5B】図5Bは、本発明の器具のハウジング部側部断面図において、含水した吸液性材料の排液操作を示した図である。矢印は、可動板の移動を示す。
【図6A】図6Aは、本発明の器具の正面図において、吸液性材料交換の際の開閉操作を示した図である
【図6B】図6Bは、本発明の器具の正面図において、吸液性材料交換の際の開閉操作を示した図である。
【図7A】図7Aは、浸漬液中の細胞培養物の様子を示した側面図である。
【図7B】図7Bは、本発明の器具の側部断面図において、浸漬液中の細胞培養物とともに、同器具を用いた細胞培養物の吸着の様子を示した図である。
【図7C】図7Cは、本発明の器具の側部断面図において、同器具を用いた細胞培養物の保持の様子を示した図である。
【図7D】図7Dは、本発明の器具の側部断面図において、同器具を用いた細胞培養物の剥離(移植)の様子を示した図である。
【図8】図8は、図3とは異なる形状の開口を示した保持部下面図である。
【図9】図9は、吸液部と保持部が別部材からなる、ハウジングを有さない本発明の器具の下面図(上)および側面図(下)である。
【図10】図10は、吸液部と保持部が同一部材からなる、ハウジングを有さない本発明の器具の下面図(上)および側面図(下)である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明は、液体中に遊離した状態の細胞培養物を回収および送達するための器具であって、少なくとも1つの開口を備えた疎水性の細胞培養物保持表面を有する細胞培養物保持部と、該開口を介して液体を吸引することができる、該細胞培養物保持部の細胞培養物保持表面とは反対の側に配置された吸液部とを備え、前記開口が、前記細胞培養物を前記細胞培養物保持部に接触させたときに、該細胞培養物が前記細胞培養物保持表面と少なくとも1つの接点を有するよう構成されている、前記器具に関する。
【0020】
本発明における細胞培養物は、典型的には培養した細胞とその産生物のみで構成されるが、本発明の目的から逸脱しない範囲において生体の所定部(例えば患部等)を補填および/または支持するための各種の材料(補填材料や支持材料)を含むことができる。細胞培養物は、哺乳動物、例えば、ヒトや家畜等の疾病、傷病の治療等に用いられるものであってもよい。この細胞培養物は、液体中に遊離した状態、すなわち、培養液(浸漬液)や洗浄液等の中に遊離しており、培養基材表面に付着していない。細胞培養物は、1個のみの細胞を含んでもよいが、通常は2個以上の細胞を含む。細胞培養物の形状は特に限定されず、シート状、塊状、柱状等の種々の形状であってもよい。細胞培養物は、通常、可撓性(柔軟性)を有しているが、これに限らず、例えば、やや硬質なものであってもよい。細胞培養物はいわゆる温度応答性培養皿(例えば、特開平2−211865参照)上で培養されて培養皿から剥離されたものでもよいが、これ以外の手法で得られたものであってもよい。細胞培養物は、任意の細胞種、例えば、限定されずに、筋芽細胞(例えば、骨格筋芽細胞)、心筋細胞、線維芽細胞、滑膜細胞、上皮細胞、内皮細胞などに由来してもよい。本発明においては、治療上の有用性や、慣用の技法によるハンドリングの難しさなどの観点から、例えば骨格筋芽細胞からなる細胞培養物が好ましい。細胞培養物を構成する細胞が由来する動物も特に限定されず、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジなどが含まれる。
【0021】
本発明の器具は、細胞培養物保持部と、吸液部とを少なくとも備えている。
細胞培養物保持部は、細胞培養物を吸着・保持する部分(吸着および/または保持する部分)である。細胞培養物が補填材料や支持材料を含む場合、細胞培養物は、これに含まれる細胞やその産生物と細胞培養物保持部との保持性により保持される。保持部は、吸着・保持した細胞培養物と、吸液部との境をなす構造であり、吸液部と別部材であっても同一部材であってもよい。別部材である場合、保持部は所定の厚みを有する任意の形状を有することができる。保持部は、例えば、平面状、凹面状、凸面状、メッシュ状であってもよく、柔軟であっても、硬質であってもよい。本発明の好ましい態様において、保持部は、後述のハウジングの一部として構成してもよい。また、吸液部と同一部材である場合、保持部は、吸液部の一部に所定の深さの孔や溝を形成することにより構築することができる。ここで、保持部の厚み、または、吸液部に設けた孔や溝の深さは、好ましくは0.1〜2.0mm、より好ましくは0.1〜1.0mmである。本発明の一態様において、保持部の外径は、1.0〜10cmであることが好ましく、2.0〜6.0cmであることがより好ましい。
【0022】
細胞培養物保持部は、細胞培養物と接触する側に、好ましくは疎水性の細胞培養物保持表面を有している。この保持表面の疎水性により、送達部位との間に細胞培養物を挟んで表面張力差が生じやすくなり、保持表面に吸着・保持された細胞培養物を、より容易に送達部位に移動することが可能となる。保持表面を疎水化するには、例えば、摩擦係数が低い疎水性材料であるフッ素樹脂を細胞培養物保持部の構成材料として適用するか、または保持部の表面にコーティングすることが好ましい。フッ素樹脂としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン、ポリクロロトリフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニル、ペルフルオロアルコキシフッ素樹脂、四フッ化エチレン・六フッ化プロピレン共重合体、エチレン・四フッ化エチレン共重合体、エチレン・クロロトリフルオロエチレン共重合体などがあげられるが、これら限定されるものではない。
【0023】
保持表面は、少なくとも1つの開口を備えていてもよい。開口は、細胞培養物を保持部に接触させたときに、細胞培養物が細胞培養物保持表面と少なくとも1つの接点を有するよう構成されていれば、特に形状や大きさは問わない。すなわち、開口は、細胞培養物が保持表面と必ずどこかで接触する形状および大きさとすることが好ましい。このように構成することで、細胞培養物を、保持部から送達部位へ移動することが容易となる。したがって、開口は、例えば、多数の小孔で構成されても(図3参照)、メッシュの網目で構成されても、種々の形状のスリット状の空隙で構成されてもよい(図8参照)。また、疎水性の表面と所定の厚みを有する1個または2個以上の部材を、後述する吸液部に直接接着して、同部材または部材の集合体を細胞培養物保持部とし、細胞培養物保持部が存在せず、吸液部が露出している部分を開口としてもよい(図9参照)。あるいは、上述のように細胞培養物保持部が吸液部と同一部材である場合、吸液部に形成した孔や溝が開口となる(図10参照)。保持部の開口率は、典型的には保持部の表面積に対し5〜90%であるが、保持部表面の疎水性を考慮して好適な範囲を選択することができる。開口壁の厚み、すなわち、保持表面を吸液部表面との距離は、好ましくは0.1〜2.0mm、より好ましくは0.1〜1.0mmである。
【0024】
細胞培養物保持部の細胞培養物保持表面とは反対の側に吸液部が配置される。吸液部は、前記開口を介して液体を吸引することができれば、その形状、構造、材質などは任意である。例えば、吸液部は、シリンジなどの、液体を機械的に吸引することができる構造を含む、細胞培養物保持と液密的に連結された中空部材で構成されてもよいし、また、吸液性材料で構成されてもよい。
吸液性材料としては、特に限定されないが、可逆的に吸液および排液を構造的に行うことができる材料が好ましい。すなわち、吸液はするが排液ができない材料より吸液ができおよび排液ができる材料が好ましい。吸液および排液ができる材料として、例えば、吸液排液性ポリマーが挙げられる。具体的には、ポリウレタン、ポリウレタンフォーム、ポリウレタンスポンジ、ポリプロピレンウレタンスポンジ、ナイロン不織布、メラミンフォーム、綿状パルプ、吸液紙などがあげられるが、これらの例示に限定されるものではない。
【0025】
また、吸液はするが排液ができない材料として親水性ポリマーが挙げられる。親水性ポリマーとしては、例えば、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、ポリアクリル酸及びその塩、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリヒドロキシエチルアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、セルロース、カルボキシメチルセルロースなどの含水ゲルや、(メタ)アクリルアミド化合物、N−アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、N,N−ジアルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体および/またはビニルエーテル誘導体を含むホモポリマーまたはコポリマーからなる温度応答性ポリマーなどが挙げられる。したがって、本発明の一態様において、吸液性材料は、(メタ)アクリルアミド化合物、N−アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、N,N−ジアルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体および/またはビニルエーテル誘導体を含むホモポリマーまたはコポリマーからなる温度応答性ポリマーを含まない。本発明の別の態様において、吸液性材料は、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、ポリアクリル酸及びその塩、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリヒドロキシエチルアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、セルロース、カルボキシメチルセルロースなどの含水ゲルを含まない。本発明のさらに別の態様において、吸液性材料は親水性ポリマーを含まない。
【0026】
本発明の一態様において、器具は中空のハウジングをさらに備え、吸液部が該ハウジングの内部に配置され、該ハウジングの少なくとも1つの外面が細胞培養物と少なくとも1つの接点を有する保持部として構成されていてもよい。
また、本発明の一態様において、本発明の器具は滅菌可能な材料で構成されることが好ましい。滅菌手法としては、限定することなく、エチレンオキサイドガスなどによるガス滅菌、オートクレーブ滅菌、煮沸滅菌などが挙げられる。別の態様において、本発明の器具は、滅菌された状態で提供される。
本発明の器具は、使い捨て(ディスポーザブル)であっても、再使用可能なものであってもよい。この場合、本発明の器具の全体が使い捨てであっても、再使用可能であってもよく、または、その一部、例えば、吸液部や吸液性材料のみが使い捨てであり、残りの部分が再使用可能であってもよい。
本発明の器具はまた、透明もしくは半透明の材料で構成することもできる。これにより、器具の操作者は、器具越しに細胞培養物や送達部位の位置や状態を視認することができ、視線や姿勢を変えずに作業することが可能となる。
【0027】
本発明の器具はまた、細胞培養物以外の材料、例えば、細胞成分を含まない人工組織、例えば、人工硬膜、人工角膜、人工皮膚などの回収および送達にも用いることができる。本発明の器具は、回収・送達物に与える機械的作用が小さく、したがって、構造が脆弱な細胞培養物や材料の回収・送達に特に適している。
また、本発明の器具は、ヒト及び動物の疾病、傷病の治療に用いる細胞培養物の移植操作に限らず、液中に遊離した種々の材料の回収および送達に用いることができる。したがって、本発明の器具は、医療用途に限られず、研究用途や工業用途にも用いることができる。
【0028】
本発明はまた、
(I)前記器具を提供するステップ、
(II)前記器具の細胞培養物保持部を液体中に遊離した細胞培養物に接触させるステップ、
(III)細胞培養物を、吸液部による液体の吸引と共に細胞培養物保持部に吸着させて回収するステップ、
(IV)細胞培養物を細胞培養物保持部に吸着させたまま、細胞培養物保持表面より親水性である標的部位まで移動させるステップ、
を含む細胞培養物を回収および送達するための方法に関する。
上記ステップ(IV)において、移動は好ましくは空気中で行う。
【0029】
前記方法は、さらに、
(V)細胞培養物を標的部位に接触させ、これにより細胞培養物を保持部から剥離するステップ、
(VI)細胞培養物を目的とする面に移植するステップ、
を含んでもよい。
前記方法はさらにまた、上記ステップ(V)の前に、(V’)標的部位の水分を実質的に除去するステップを含んでもよい。したがって、同ステップの後の標的部位は、その表面に水分を実質的に有しないものとなる。
【0030】
以下、本態様の器具を添付図面に示す好適な実施形態例を基に詳細に説明するが、本発明はかかる例に限定されない。
図1は本発明の器具Aの側部概略図と、培養液に浸漬中の細胞培養物側部概略図、図2は本発明の器具Aの側部断面図、図3は本発明の器具Aの保持部下面図、図4は本発明の器具Aの上面図、図5A、Bは本発明の器具Aのハウジング部の側部断面で、含水した吸液性材料の排液操作を示した概略図、図6A、Bは本発明の器具Aの正面部で、吸液性材料の交換の際に開閉する操作を示した概略図である。図7A、B、C、Dは、本発明の器具Aの側部概略図で、培養液に浸漬中の細胞培養物とともに、器具Aを用いた細胞培養物の吸着、保持、剥離(移植)の様子を示した概略図である。図8は、図3とは異なる形状の開口を示した保持部下面図である。図9は、吸液部と保持部が別部材からなる、ハウジングを有さない本発明の器具の下面図および側面図である。図10は、吸液部と保持部が同一部材からなる、ハウジングを有さない本発明の器具の下面図および側面図である。
【0031】
これらの図に示す器具Aは、例えばヒトや動物等の生体、すなわち、生体の目的とする患部(移植部位)に、細胞培養物4を移植(貼付)する際に用いる器具(装置)である。この器具Aは、典型的には、ハウジング1と、ハンドル2と、排液操作部3とを備えている。
【0032】
ハウジング1は、上面15に排液操作部3を有し、中空である内部に排液操作部3に連動した可動板31を配するとともに、吸液性材料11を備える。排液操作部3に連動した可動板31は、上面15に設けられた溝16に沿って吸液性材11を圧縮する方向に移動させることができる。また、前面17には排液口14が設けられており、さらに吸液性材11の出し入れに必要な開閉部18を有する。保持部12には、複数の開口13が形成される。
【0033】
ハウジング1上面15に設けられた溝の数量は、図示では1本の構成とされているが、これに限らず、複数本であってもよい。
【0034】
ハウジング1前面17に設けられた排液口14の形状と数量は、図示では長方形のものが2本となっているが、これに限らず、円形、楕円形、多角形のものを単数、あるいは3本以上としてもよい。また、排液口14の設置はハウジング1前面17に限定されるものではない。さらに、排液口14の設置は必要に応じて行い、必ずしも必要としない。
【0035】
ハウジング1前面17の開閉部18の構造としては、特に限定されないが、例えば螺合、凹凸勘合等があげられる。
【0036】
なお、ハウジング1の形状は、図示の構成では立方体状をなしているが、これに限らず、例えば、上記立方体以外の多角体状や円柱状をなしてもよい。また、ハウジング1の全部または一部を可撓性材料で作製し、これを変形可能に構成することもできる。かかる構成とすることで、送達部位へのアクセスを可能または容易にしたり、送達部位の形状に合わせて変形させ、細胞培養物をより良好に送達部位にフィットさせることが可能となる。
【0037】
ハウジング1の構成材料としては、特に限定されないが、例えば、ポリカーボネート、ポリメチルメタクリレート、メチルメタクリレート・スチレン、プロピレン、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体、ポリスチレン、エポキシ樹脂、ポリアリレート、ポリサルフォン、ポリエーテルサルフォン、ポリアミド、ポリブチレンテレフタレート、フッ素樹脂、ポリ−4−メチルペンテン−1、フェノキシ樹脂、ポリイミド樹脂、有機非線形光学材料等の高分子材料等があげられる。
【0038】
保持部12の表面121は疎水性材料で構成することが好ましい。例えば、摩擦係数が低い疎水性材料であるフッ素樹脂を構成材料として適用するか、または保持部の表面にコーティングすることが好ましい。例えば、ポリテトラフルオロエチレン、ポリクロロトリフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニル、ペルフルオロアルコキシフッ素樹脂、四フッ化エチレン・六フッ化プロピレン共重合体、エチレン・四フッ化エチレン共重合体、エチレン・クロロトリフルオロエチレン共重合体があげられるが、これらの例示に限定されるものではない。これにより、吸着・保持させた細胞培養物4の剥離操作をより容易に行うことができる。保持部は小孔を1個または複数有する柔軟な平板状やメッシュ状であってよい。保持部の開口率は、保持部の表面積に対し5〜90%であるが、保持部表面の疎水性との兼ね合いで適切な範囲を選択することができる。
【0039】
吸液性材料11の形状は、図示では直方体をなしているが、これに限らず、例えば円筒状、前記直方体以外の多角筒状をなしていてもよい。
【0040】
ハンドル2は、ハウジング1の法線19のハンドル2の軸21に対する傾斜角度(法線19と軸21とのなす角度)θ(図2参照)は、実操作の利便性を考慮して5〜90°程度であることが好ましく、20〜40°程度であることがより好ましい。
【0041】
ハンドル2の形状は、図示では直方体をなしているが、これに限らず、例えば円筒体、ヘラ状またはしゃもじ状の異型体、あるいは人間工学を考慮した形状をなしていてもよい。
【0042】
ハンドル2の構成材料としては、特に限定はされないが、例えば、ポリカーボネート、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリスチレン、ウレタン、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体、メチルメタクリレート・ブタジエン・スチレン、ポリメチルメタクリレート等の高分子材料や、ステンレス鋼、アルミニウム、チタン等の金属材料等があげられる。
【0043】
また、排液操作部3の構成材料としても、特に限定はされないが、例えば、ポリカーボネート、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリスチレン、ウレタン、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体、メチルメタクリレート・ブタジエン・スチレン、ポリメチルメタクリレート等の高分子材料や、ステンレス鋼、アルミニウム、チタン等の金属材料等が挙げられる。
【0044】
本発明の別の態様においては、排液操作部3は、ハウジング以外の部分、例えば、ハンドルなどに設けてもよい。この場合、排液操作部3は、可動板31とロッドなどの連結部材を介して、または、空圧もしくは油圧的に接続してもよい。あるいは、可動板31を電動式にし、排液操作部3を可動板31を電気的に制御するためのスイッチや、レバーとして構成してもよい。また、ハンドルを少なくとも2重の層からなる構造とし、1つの層を可動板に、別の層をハウジングにそれぞれ接続し、可動板に接続した層がハウジングに接続した層に沿って摺動可能な構成とすることもできる。この層は、同心円状、例えば、外筒と、その内部に摺動可能に配置された内筒との組合わせであっても、または、比較的幅広の部材と、そこに設けられた溝に摺動可能に配置された比較的幅狭な部材との組合わせであってもよい。この場合、可動板に接続した層、および、ハウジングに接続した層の非接続末端に、指などをかけたり、掌で押圧することのできるグリップを備えると操作しやすい。グリップの形状は特に限定されずに、例えば、指を挿入することができるリング状の形態とすることができる。また、排液方向に移動した可動板(例えば、図5Bの状態)が、吸水性材料自身の弾性、バネなどの弾性部材の作用、および/または、可動板を移動させる電動部材の作用などにより、もとの位置(例えば、図5Aの状態)に、自動的に戻る構成とすることも可能である。排液操作部を、本発明の器具の支持部位、例えば、ハンドルに設けることにより、排液操作を含む種々の操作を片手で行うことが可能となり、例えば、手術に用いる場合に極めて有利である。なお、ハウジングを有さない態様においては、例えば、スポンジの水を切る要領で、吸液性材料を直接手で握ることにより、片手で排液操作を行うことが可能である。
【0045】
ハウジングを有さない態様において、ハンドルは、細胞培養物保持部および/または吸液部に連結することができる。この場合、ハンドルはこれと一体に成形してもよく、または、別部材として構成し、相互を慣用の手法で連結してもよい。また、細胞培養物保持部と吸液部との間に、両者を支持する透液性の支持部材を設け、これにハンドルを連結してもよい。ハンドルの連結角度は、上記と同様である。
【0046】
次に、器具Aの使用方法(作用)の一例を説明する。なお、ここでは、細胞培養物4が移植される患部は、例えば心筋梗塞部位であり、移植される細胞培養物4は、例えば、心機能の改善を行うための細胞培養物である場合を想定する。
【0047】
先ず、術者は、器具Aを用意し、培養容器6中で培養液5に浸っている細胞培養物4上の保持部12の中心に細胞培養物4の中心が位置するように両者の位置関係を調整し、細胞培養物4を保持部12に接触させる。これにより、細胞培養物4の培養液(浸漬液)5が保持部12の開口13を介して吸液性材料11に吸液され、それに伴い細胞培養物4が保持部12に吸着される。このとき、培養容器6中では、細胞培養物4を浸す培養液5は、吸液された結果、細胞培養物4と保持部12との間の保持性に影響を及ぼさない程度にまで減少している。
吸液性材料11を有しない態様において、吸液は、例えば、シリンジなどの吸液機構により行うことができる。
【0048】
細胞培養物4の浸漬液5を吸収性材料11に吸液させるために、ハウジング1内部に備える吸液性材料11の空間占有率は、50〜100%であることが好ましく、70〜95%であることがより好ましい。また、保持部12の開口13の厚みは0.1〜2.0mmであることが好ましく、0.1〜1.0mmであることがより好ましい。
【0049】
次に、細胞培養物4が吸着した保持部12を空中に引き上げる。こうすることにより、細胞培養物4がハウジング1の保持部12に吸着したまま、空中に保持される。
これは、保持部12に吸着した細胞培養物4の表面は、空気(気体)と接しているが、細胞培養物4に浸漬液5(液体)が含まれているところ、気体は液体よりも分子密度が小さいことから、細胞培養物4には、空気側の分子からではなく、浸漬液5内側の分子からのみ引っ張られる表面張力が働くこととなる。こうして、細胞培養物4を浸漬液5とともに吸着させることで、優れた保持効果を得ることができる。
【0050】
次に、細胞培養物4が保持部12に吸着された状態を維持しつつ、その細胞培養物4を患部7(移植部位)まで移送する。移送は、良好な吸着を保つため、好ましくは気体中で行う。
【0051】
ここで、別途用意した器具A(細胞培養物4を保持する前の状態の器具)の保持部12を患部7表面に接触させ、患部7表面を覆う体液等の水分を除去することができる。水分の除去は、器具Aに限らず、その他の吸水性材料、例えば、限定することなく、ガーゼ、不織布、紙製のウエスなどにより行うことができる。除去後、直ちに先に細胞培養物4を吸着させた器具Aの保持部12を患部に対面させ、細胞培養物4を押し付ける。これにより、細胞培養物4の表面を覆う浸漬液5が患部7に移動し、それに伴い細胞培養物4が患部7に貼付される。
【0052】
これは、保持表面121が疎水性材料から構成されていることにより、細胞培養物4表面を覆う浸漬液5が、水分を除去した患部7へ移行しようとする物理的原理を利用して、非常に簡易的に細胞培養物4を患部7に移動させ、貼付させることができる。保持部の表面の疎水性により保持部と細胞培養物の間の表面張力による接着より、細胞培養物と患部との表面張力による接着が優るため細胞培養物を患部に移植することが可能となる。この際、患部7に移行する浸漬液5の量は保持部12の外面で細胞培養物4を覆っている部分のみであり、ハウジング1の内部に備えた吸液性材料11中に吸液された浸漬液5の移動は殆どないため、患部に貼付された細胞培養物4を過剰な量の浸漬液5によって流失させてしまう心配がない。
【0053】
患部7に移植する操作では、ハウジング1の高さを0.5〜5.0cmに抑え、かつハンドル2との連結部に適度な角度を施すことにより、患部7が、例えば、心臓の側面であっても、ハウジング1を、確実に追従させることができる。なお、ハウジング1の高さは1.0〜3.0cmが好ましい。また、保持部外径は1.0〜10cmであることが好ましく、2.0〜6.0cmであることがより好ましい。
【0054】
ハウジング1の内部に備えた吸液性材料11に含水された浸漬液5は、ハウジング1の上面15に配した排液操作部3を、上面15に設けた溝16に沿って移動させることで、排液操作部3に連動したハウジング1内部の可動板31が、吸液性材料11を圧縮する方向に移動し、ハウジング1の前面17に設けた排液口14から排液させることができる。これにより、細胞培養物4の吸着、保持、貼付の一連の操作を繰り返し行うことが可能となる。
ハウジングを有しない態様において、上記排液操作は、例えば、吸水部を手で圧迫することにより行うことができる。
【0055】
さらに、ハウジング1には吸液性材料11の出し入れが可能な開閉部18を有し、吸液性材料11の劣化、破損が生じた際に、速やかに交換を行うことができるため、新たに器具Aを用意することなく、簡便な交換作業で細胞培養物4の吸着、保持、貼付の操作を継続することが可能である。
【実施例】
【0056】
実施例1
この器具Aの効果を確認するために、次の実験を行った。
保持部12の直径φ4cm、高さ2cm、側面厚3.0mm、上面厚3.0mm、保持部厚1.0mmの中空直方体の疎水性ハウジング(テフロン(登録商標))に、保持部12の表面積に対し20%の開口率となるよう直径φ1.0mmの孔を均等に配した。このハウジング内部に空間占有率90%となるようポリウレタンスポンジを収納し、器具1を得た。
【0057】
比較例1
市販の細胞培養物の支持体(CellShifterTM、セルシード製、直径φ3cm)を用意し、これを器具2とした。
【0058】
実験例
器具1および2について、それぞれ、直径φ2.7〜3.1cm、厚さ400〜470μmの細胞培養物を、吸着、保持、移植(貼付)の一連の操作を行った。
【0059】
器具1では、保持部を細胞培養物に軽く接触させただけで、その形状を維持したまま、直ちに吸着させることができ、また保持させることも容易であった。さらに、別途用意した器具1で移植部位の水分を除去した後、直ちに細胞培養物を保持させた器具1の保持部を移植部位に接触させただけで、その形状を損なわないまま、速やかに貼付させることができた。
【0060】
これに対し、器具2では、細胞支持体の商品指示書に従い支持体を細胞培養物に重ね、支持体の端からピンセットでゆっくりとめくり、細胞培養物を回収する操作を行ったが、支持体を重ねた後の保持条件が20〜25℃で5〜6分間静置であるため、作業は効率的ではなかった。また、回収操作で支持体の端をピンセットでゆっくりめくる際に、細胞培養物が支持体からすべって流れる(流失する)ケースが見られ、結果としてそれが破損などに繋がる場合があるため、本操作にはある程度の技量が必要であった。さらに、移植部位に移送し密着させ、静置後、支持体の端をピンセットでめくる操作時に、細胞培養物の剥離が非常に困難であった。
【0061】
以上説明したように、本発明の器具Aによれば、細胞培養物(図示なし)の吸着(採取、回収)、保持、患部への移送、患部への貼付(移植)等の一連の各操作を、極めて簡便、迅速、かつ確実に行うことができる。
【0062】
また、本発明の器具Aは、ハウジング1、ハンドル2、排液操作部3等で構成されており、特に、ハウジング1の保持部12の開口部13を介して、ハウジング1内部に備える吸液性材料11の吸液作用と吸液した浸漬液5の表面張力とを利用した非常に単純な構造を有しており、さらにハウジング1の保持表面121の材質を疎水性材料とすることで、患部7への浸漬液5の移行を促進させ、細胞培養物4の貼付が非常に容易となり、操作性も良好である。
【0063】
以上、本発明の器具を、図示の実施例に基づいて説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、各部の構成は、同様の機能を有する任意の構成のものに置換することができる。また、本発明に、他の任意の構成物が付着されてもよい。
【0064】
なお、本発明で図示の実施例に基づき説明した排液操作に関する機能は、本発明の利便性をサポートするためのものであり、本器具の更なる簡便性を求める上で、省略・排除することが可能である。
【符号の説明】
【0065】
A・・・本発明の器具
1・・・ハウジング
11・・・吸液性材料
12・・・保持部
121・・・保持表面
13・・・開口
131・・・開口壁(厚み)
14・・・排液口
15・・・上面
16・・・溝
17・・・前面
18・・・開閉部
19・・・法線
2・・・ハンドル
21・・・軸
3・・・排液操作部
31・・・可動板
θ・・・傾斜角度
4・・・細胞培養物
5・・・浸漬液
6・・・容器
7・・・患部
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養物、特にヒト及び動物の疾病、傷病の治療に用いる細胞培養物の移植操作を、簡便に行うことができる器具、および、同器具を用いた細胞培養物の回収および送達のための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の心臓病に対する治療の革新的進歩にかかわらず、重症心不全に対する治療体系は未だ確立されていない。心不全の治療法としては、βブロッカーやACE阻害剤による内科治療が行われるが、これらの治療が奏功しないほど重症化した心不全には、補助人工心臓や心臓移植などの置換型治療、つまり外科治療が行われる。
【0003】
このような外科治療の対象となる重症心不全には、進行した弁膜症や高度の心筋虚血に起因するもの、急性心筋梗塞やその合併症、急性心筋炎、虚血性心筋症(ICM)、拡張型心筋症(DCM)などによる慢性心不全やその急性憎悪など、多種多様の原因がある。
これらの原因と重症度に応じて弁形成術や置換術、冠動脈バイパス術、左室形成術、機械的補助循環などが適用される。
【0004】
この中で、ICMやDCMによる高度の左室機能低下から心不全を来たしたものについては、心臓移植や人工心臓による置換型治療のみが有効な治療法とされてきた。しかしながら、これら重症心不全患者に対する置換型治療は、慢性的なドナー不足、継続的な免疫抑制の必要性、合併症の発症など解決すべき問題が多く、すべての重症心不全に対する普遍的な治療法とは言い難い。
【0005】
このような心臓移植の厳しい状況から、一時期、バチスタ手術などの他の外科治療が試みられるようになり、心臓移植の代替治療として大いに注目されるようになったが、最近ではこれらの手術の限界も次第に明らかにされるようになり、手術法の改良や適応の確立に努力が続けられている。
【0006】
その一方、最近、重症心不全治療の解決策として新しい再生型治療法の展開が不可欠と考えられている。
重症心筋梗塞等においては、心筋細胞が機能不全に陥り、さらに線維芽細胞の増殖、間質の線維化が進行し心不全を呈するようになる。心不全の進行に伴い、心筋細胞は傷害されてアポトーシスに陥るが、心筋細胞は殆ど細胞分裂をおこさないため、心筋細胞数は減少し心機能の低下もさらに進む。
このような重症心不全患者に対する心機能回復には細胞移植法が有用とされ、既に自己骨格筋芽細胞による臨床応用が欧米で開始されている。
【0007】
しかし、実際に細胞移植法により臨床的に心機能を十分に向上させるためには、直接心筋内注入による方法では移植細胞の70〜80%が失われその効果を十分に発揮できない点や、不整脈等の副作用の問題、大量且つ安全な細胞源の確保などの問題点の解決が不可欠であるうえ、細胞注入局所へ炎症を惹起するとともに局所的な細胞移植しか行えないため、例えば拡張型心筋症のように心臓全体の心機能が低下した場合に限界がある。
【0008】
近年、これらの問題に対し、組織工学を応用した温度応答性培養皿を用いることによって、成体の心筋以外の部分に由来する細胞を含む心臓に適用可能な三次元に構成された細胞培養物と、その製造方法が提供された(特許文献1)。
【0009】
このような細胞培養物を、目的とする患部(移植部位)に移植するには、例えば、細胞培養物の端部をピンセット等で摘んで、細胞培養物を包装容器から取り出し、患部まで移送し、その患部に移植(貼付)するといった一連の操作が必要となるが、細胞培養物は、絶対的な物理的強度が低く、皺、破れ、破損などが生じ易いことから、この一連の操作には高度な技術が要求され、かつ細心の注意を払う必要がある。
【0010】
細胞培養物の強度を補うため、親水性PVDF膜、ニトロセルロース膜を用いた支持体やヒトフィブリノゲン等を足場とした支持体が知られ、さらに細胞培養物を対象とした移動治具や運搬投与器具が提供されており、前述の温度応答性培養皿に対応した細胞培養物のための支持体(Cell ShifterTM、セルシード製)が市販されている。
【0011】
例えば、特許文献2には、細胞付着部を有する培養細胞移動治具を用い、細胞接着性タンパク質、細胞接着性ポリマー、親水性ポリマーなどからなる細胞付着部に細胞培養基材上の培養細胞を付着させることで培養細胞を細胞培養基材上から剥離させ、その後、その培養細胞移動治具の細胞付着部と培養細胞との付着力を弱めることで、剥離させた培養細胞を特定の場所へ再び付着させることが記載されている。
しかし、培養細胞移動治具の細胞付着部の表面上に存在する細胞接着性タンパク質(例えばフィブリン)に接着した培養細胞をそこから剥離させることは容易ではない。培養細胞を適用しようとする部位と培養細胞の接着がより強くなければ細胞接着性タンパク質から培養細胞は剥離しないと考えられる。前記特許文献2において培養細胞移動治具の細胞付着部から培養細胞を剥離するためには、細胞付着部と培養細胞との付着力を弱めるとの課題が示されたのみで、この課題を具体的に解決する手段は明示されていない。したがって、この細胞培養移動治具は細胞付着部に接着した培養細胞を剥離することが難しく、操作性という点で問題があった。
【0012】
また、特許文献3には、細胞培養物を、目的とする患部に移植する際に用いる運搬投与器具が記載されている。この運搬投与器具は、内部に供給される流体圧の変化によって、平面状の展開形状と筒状の収納形状への変形動作と、基端部の曲げ動作とを行わせる治療用器具であり、具体的には、細胞培養物を患部に移植する際に細胞培養物を保持し、患部まで移送し、その患部に貼り付ける。しかし、この運搬投与器具は、その構造上、シート支持体の内部に微細な流体流路を設け、かつ流体の流路を厳密に管理する必要があり、その駆動時の信頼性と簡便性という点で問題があった。
この問題を改善すべく、特許文献4の運搬投与器具が提供されたが、その構造は、円筒状の外筒と、該外筒内に軸線方向へ摺動可能に支持されたスライド部材と、シート状の治療用物質を支持してスライド部材の先端部に設けられ、外筒の先端部から突出された自由状態では平面状の展開形状に保たれ、スライド部材の摺動移動に応じて外筒の内部方向に移動されたときに該外筒の先端部に当接して筒状に変形しながら外筒内に収納されるシート支持部材とを有するもので、未だ複雑であり、簡便な操作性を有する移植用器具とは言い難い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2007−528755号公報
【特許文献2】特開2005−176812号公報
【特許文献3】特開2008−173333号公報
【特許文献4】特開2009−511号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の目的は、ヒト及び動物の疾病、傷病の治療に用いる細胞培養物の移植操作などにおいて、従来の支持体や運搬投与器具に代わる、簡便な操作性を有する移送器具の提供を課題とし、簡易な構成で、容易、迅速かつ確実に、細胞培養物を移植(貼付)することができる移送器具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記課題を達成すべく鋭意研究を重ねたところ、少なくとも1つの開口を備えた疎水性の細胞培養物保持表面を有する細胞培養物保持部と、該開口を介して液体を吸引することができる、該細胞培養物保持部の細胞培養物保持表面とは反対の側に配置された吸液部とを備え、前記開口が、前記細胞培養物を前記細胞培養物保持部に接触させたときに、該細胞培養物が前記細胞培養物保持表面と少なくとも1つの接点を有するよう構成されている器具を用いることで、液体中に遊離した細胞培養物を回収して、目的部位に移植できることを見出し、本発明を完成させた。したがって、本発明は以下に関する。
【0016】
(1)液体中に遊離した状態の細胞培養物を回収および送達するための器具であって、少なくとも1つの開口を備えた疎水性の細胞培養物保持表面を有する細胞培養物保持部と、該開口を介して液体を吸引することができる、該細胞培養物保持部の細胞培養物保持表面とは反対の側に配置された吸液部とを備え、前記開口が、前記細胞培養物を前記細胞培養物保持部に接触させたときに、該細胞培養物が前記細胞培養物保持表面と少なくとも1つの接点を有するよう構成されている、前記器具。
(2)中空のハウジングをさらに備え、吸液部が該ハウジングの内部に配置され、該ハウジングの少なくとも1つの外面が細胞培養物保持部として構成されている、上記(1)の器具。
(3)細胞培養物保持表面が、細胞培養物を送達する部位より疎水性である、上記(1)または(2)の器具。
(4)細胞培養物保持表面の開孔率が、その面積に対し5〜90%である、上記(1)〜(3)のいずれかの器具。
(5)細胞培養物保持部が、単孔体、多孔体またはメッシュの形態を有する、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の器具。
(6)開口壁の厚みが0.1〜2.0mmである、上記(1)〜(5)のいずれかの器具。
(7)吸液部が吸液性材料を含む、上記(1)〜(6)のいずれかの器具。
(8)吸液性材料が、多孔体、不織布、ポリマー材、パルプ材および紙材からなる群から選択される1種または2種以上の材料を含む、上記(7)の器具。
(9)操作ハンドルをさらに備えた、上記(1)〜(8)のいずれかの器具。
(10)ハウジングが、含水した吸液性材料の排液操作を行うための、外部から操作可能な可動板を内部に配する、上記(7)〜(9)のいずれかの器具。
(11)ハウジングが、吸液性材料の交換を行うための開閉部を有する、上記(7)〜(10)のいずれかに記載の器具。
(12)細胞培養物を回収および送達するための方法であって、
(I)上記(1)〜(11)のいずれかの器具を提供するステップ、
(II)前記器具の細胞培養物保持部を液体中に遊離した細胞培養物に接触させるステップ、
(III)細胞培養物を、吸液部による液体の吸引と共に細胞培養物保持部に吸着させて回収するステップ、
(IV)細胞培養物を細胞培養物保持部に吸着させたまま、細胞培養物保持表面より親水性である標的部位まで移動させるステップ、
を含む前記方法。
(13)標的部位が、その表面に水分を実質的に有しない、上記(12)の方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、細胞培養物を保持部に接触させることで、細胞培養物の周囲に存在する液体が保持部に形成された開口を介して吸液部に吸液され、これにより、細胞培養物を疎水性の保持表面に吸着することができる。吸着した細胞培養物は、吸液された液体の表面張力の働きによって保持表面に保持される。さらに保持表面に保持した細胞培養物を目的とする患部(移植部位)に接触させる操作により、吸液部に保持された液体の患部への移動とともに、細胞培養物を目的部位に移植することができる。保持表面は疎水性であるため、目的とする移植部位が保持表面より親水性であれば、細胞培養物は保持表面から容易に剥離し目的とする部位に移動することができる。すなわち、細胞培養物と疎水性の保持表面との表面張力による接着よりも、細胞培養物と目的とする移植部位との表面張力による接着が優れば、細胞培養物を保持部から剥離して目的とする移植部位へ移植することができる。目的とする移植部位に過剰の水分が存在するときは、これを実質的に除去することにより適正な表面張力差を形成することができる。
このように、本発明により、容易、迅速且つ確実に、細胞培養物を患部に移植(貼付)することが可能となる。
また、本発明の器具は、構成が簡易であり、滅菌処理(例えば、エチレンオキサイドガスなど)が可能で、且つ操作性も極めて良好である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、本発明の器具の側部概略図、および、浸漬液中の細胞培養物側部概略図である。
【図2】図2は、本発明の器具の側部断面図である。
【図3】図3は、本発明の器具の保持部下面図である。
【図4】図4は、本発明の器具の上面図である。
【図5A】図5Aは、本発明の器具のハウジング部側部断面図において、含水した吸液性材料の排液操作を示した図である。
【図5B】図5Bは、本発明の器具のハウジング部側部断面図において、含水した吸液性材料の排液操作を示した図である。矢印は、可動板の移動を示す。
【図6A】図6Aは、本発明の器具の正面図において、吸液性材料交換の際の開閉操作を示した図である
【図6B】図6Bは、本発明の器具の正面図において、吸液性材料交換の際の開閉操作を示した図である。
【図7A】図7Aは、浸漬液中の細胞培養物の様子を示した側面図である。
【図7B】図7Bは、本発明の器具の側部断面図において、浸漬液中の細胞培養物とともに、同器具を用いた細胞培養物の吸着の様子を示した図である。
【図7C】図7Cは、本発明の器具の側部断面図において、同器具を用いた細胞培養物の保持の様子を示した図である。
【図7D】図7Dは、本発明の器具の側部断面図において、同器具を用いた細胞培養物の剥離(移植)の様子を示した図である。
【図8】図8は、図3とは異なる形状の開口を示した保持部下面図である。
【図9】図9は、吸液部と保持部が別部材からなる、ハウジングを有さない本発明の器具の下面図(上)および側面図(下)である。
【図10】図10は、吸液部と保持部が同一部材からなる、ハウジングを有さない本発明の器具の下面図(上)および側面図(下)である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明は、液体中に遊離した状態の細胞培養物を回収および送達するための器具であって、少なくとも1つの開口を備えた疎水性の細胞培養物保持表面を有する細胞培養物保持部と、該開口を介して液体を吸引することができる、該細胞培養物保持部の細胞培養物保持表面とは反対の側に配置された吸液部とを備え、前記開口が、前記細胞培養物を前記細胞培養物保持部に接触させたときに、該細胞培養物が前記細胞培養物保持表面と少なくとも1つの接点を有するよう構成されている、前記器具に関する。
【0020】
本発明における細胞培養物は、典型的には培養した細胞とその産生物のみで構成されるが、本発明の目的から逸脱しない範囲において生体の所定部(例えば患部等)を補填および/または支持するための各種の材料(補填材料や支持材料)を含むことができる。細胞培養物は、哺乳動物、例えば、ヒトや家畜等の疾病、傷病の治療等に用いられるものであってもよい。この細胞培養物は、液体中に遊離した状態、すなわち、培養液(浸漬液)や洗浄液等の中に遊離しており、培養基材表面に付着していない。細胞培養物は、1個のみの細胞を含んでもよいが、通常は2個以上の細胞を含む。細胞培養物の形状は特に限定されず、シート状、塊状、柱状等の種々の形状であってもよい。細胞培養物は、通常、可撓性(柔軟性)を有しているが、これに限らず、例えば、やや硬質なものであってもよい。細胞培養物はいわゆる温度応答性培養皿(例えば、特開平2−211865参照)上で培養されて培養皿から剥離されたものでもよいが、これ以外の手法で得られたものであってもよい。細胞培養物は、任意の細胞種、例えば、限定されずに、筋芽細胞(例えば、骨格筋芽細胞)、心筋細胞、線維芽細胞、滑膜細胞、上皮細胞、内皮細胞などに由来してもよい。本発明においては、治療上の有用性や、慣用の技法によるハンドリングの難しさなどの観点から、例えば骨格筋芽細胞からなる細胞培養物が好ましい。細胞培養物を構成する細胞が由来する動物も特に限定されず、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジなどが含まれる。
【0021】
本発明の器具は、細胞培養物保持部と、吸液部とを少なくとも備えている。
細胞培養物保持部は、細胞培養物を吸着・保持する部分(吸着および/または保持する部分)である。細胞培養物が補填材料や支持材料を含む場合、細胞培養物は、これに含まれる細胞やその産生物と細胞培養物保持部との保持性により保持される。保持部は、吸着・保持した細胞培養物と、吸液部との境をなす構造であり、吸液部と別部材であっても同一部材であってもよい。別部材である場合、保持部は所定の厚みを有する任意の形状を有することができる。保持部は、例えば、平面状、凹面状、凸面状、メッシュ状であってもよく、柔軟であっても、硬質であってもよい。本発明の好ましい態様において、保持部は、後述のハウジングの一部として構成してもよい。また、吸液部と同一部材である場合、保持部は、吸液部の一部に所定の深さの孔や溝を形成することにより構築することができる。ここで、保持部の厚み、または、吸液部に設けた孔や溝の深さは、好ましくは0.1〜2.0mm、より好ましくは0.1〜1.0mmである。本発明の一態様において、保持部の外径は、1.0〜10cmであることが好ましく、2.0〜6.0cmであることがより好ましい。
【0022】
細胞培養物保持部は、細胞培養物と接触する側に、好ましくは疎水性の細胞培養物保持表面を有している。この保持表面の疎水性により、送達部位との間に細胞培養物を挟んで表面張力差が生じやすくなり、保持表面に吸着・保持された細胞培養物を、より容易に送達部位に移動することが可能となる。保持表面を疎水化するには、例えば、摩擦係数が低い疎水性材料であるフッ素樹脂を細胞培養物保持部の構成材料として適用するか、または保持部の表面にコーティングすることが好ましい。フッ素樹脂としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン、ポリクロロトリフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニル、ペルフルオロアルコキシフッ素樹脂、四フッ化エチレン・六フッ化プロピレン共重合体、エチレン・四フッ化エチレン共重合体、エチレン・クロロトリフルオロエチレン共重合体などがあげられるが、これら限定されるものではない。
【0023】
保持表面は、少なくとも1つの開口を備えていてもよい。開口は、細胞培養物を保持部に接触させたときに、細胞培養物が細胞培養物保持表面と少なくとも1つの接点を有するよう構成されていれば、特に形状や大きさは問わない。すなわち、開口は、細胞培養物が保持表面と必ずどこかで接触する形状および大きさとすることが好ましい。このように構成することで、細胞培養物を、保持部から送達部位へ移動することが容易となる。したがって、開口は、例えば、多数の小孔で構成されても(図3参照)、メッシュの網目で構成されても、種々の形状のスリット状の空隙で構成されてもよい(図8参照)。また、疎水性の表面と所定の厚みを有する1個または2個以上の部材を、後述する吸液部に直接接着して、同部材または部材の集合体を細胞培養物保持部とし、細胞培養物保持部が存在せず、吸液部が露出している部分を開口としてもよい(図9参照)。あるいは、上述のように細胞培養物保持部が吸液部と同一部材である場合、吸液部に形成した孔や溝が開口となる(図10参照)。保持部の開口率は、典型的には保持部の表面積に対し5〜90%であるが、保持部表面の疎水性を考慮して好適な範囲を選択することができる。開口壁の厚み、すなわち、保持表面を吸液部表面との距離は、好ましくは0.1〜2.0mm、より好ましくは0.1〜1.0mmである。
【0024】
細胞培養物保持部の細胞培養物保持表面とは反対の側に吸液部が配置される。吸液部は、前記開口を介して液体を吸引することができれば、その形状、構造、材質などは任意である。例えば、吸液部は、シリンジなどの、液体を機械的に吸引することができる構造を含む、細胞培養物保持と液密的に連結された中空部材で構成されてもよいし、また、吸液性材料で構成されてもよい。
吸液性材料としては、特に限定されないが、可逆的に吸液および排液を構造的に行うことができる材料が好ましい。すなわち、吸液はするが排液ができない材料より吸液ができおよび排液ができる材料が好ましい。吸液および排液ができる材料として、例えば、吸液排液性ポリマーが挙げられる。具体的には、ポリウレタン、ポリウレタンフォーム、ポリウレタンスポンジ、ポリプロピレンウレタンスポンジ、ナイロン不織布、メラミンフォーム、綿状パルプ、吸液紙などがあげられるが、これらの例示に限定されるものではない。
【0025】
また、吸液はするが排液ができない材料として親水性ポリマーが挙げられる。親水性ポリマーとしては、例えば、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、ポリアクリル酸及びその塩、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリヒドロキシエチルアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、セルロース、カルボキシメチルセルロースなどの含水ゲルや、(メタ)アクリルアミド化合物、N−アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、N,N−ジアルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体および/またはビニルエーテル誘導体を含むホモポリマーまたはコポリマーからなる温度応答性ポリマーなどが挙げられる。したがって、本発明の一態様において、吸液性材料は、(メタ)アクリルアミド化合物、N−アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、N,N−ジアルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体および/またはビニルエーテル誘導体を含むホモポリマーまたはコポリマーからなる温度応答性ポリマーを含まない。本発明の別の態様において、吸液性材料は、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、ポリアクリル酸及びその塩、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリヒドロキシエチルアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、セルロース、カルボキシメチルセルロースなどの含水ゲルを含まない。本発明のさらに別の態様において、吸液性材料は親水性ポリマーを含まない。
【0026】
本発明の一態様において、器具は中空のハウジングをさらに備え、吸液部が該ハウジングの内部に配置され、該ハウジングの少なくとも1つの外面が細胞培養物と少なくとも1つの接点を有する保持部として構成されていてもよい。
また、本発明の一態様において、本発明の器具は滅菌可能な材料で構成されることが好ましい。滅菌手法としては、限定することなく、エチレンオキサイドガスなどによるガス滅菌、オートクレーブ滅菌、煮沸滅菌などが挙げられる。別の態様において、本発明の器具は、滅菌された状態で提供される。
本発明の器具は、使い捨て(ディスポーザブル)であっても、再使用可能なものであってもよい。この場合、本発明の器具の全体が使い捨てであっても、再使用可能であってもよく、または、その一部、例えば、吸液部や吸液性材料のみが使い捨てであり、残りの部分が再使用可能であってもよい。
本発明の器具はまた、透明もしくは半透明の材料で構成することもできる。これにより、器具の操作者は、器具越しに細胞培養物や送達部位の位置や状態を視認することができ、視線や姿勢を変えずに作業することが可能となる。
【0027】
本発明の器具はまた、細胞培養物以外の材料、例えば、細胞成分を含まない人工組織、例えば、人工硬膜、人工角膜、人工皮膚などの回収および送達にも用いることができる。本発明の器具は、回収・送達物に与える機械的作用が小さく、したがって、構造が脆弱な細胞培養物や材料の回収・送達に特に適している。
また、本発明の器具は、ヒト及び動物の疾病、傷病の治療に用いる細胞培養物の移植操作に限らず、液中に遊離した種々の材料の回収および送達に用いることができる。したがって、本発明の器具は、医療用途に限られず、研究用途や工業用途にも用いることができる。
【0028】
本発明はまた、
(I)前記器具を提供するステップ、
(II)前記器具の細胞培養物保持部を液体中に遊離した細胞培養物に接触させるステップ、
(III)細胞培養物を、吸液部による液体の吸引と共に細胞培養物保持部に吸着させて回収するステップ、
(IV)細胞培養物を細胞培養物保持部に吸着させたまま、細胞培養物保持表面より親水性である標的部位まで移動させるステップ、
を含む細胞培養物を回収および送達するための方法に関する。
上記ステップ(IV)において、移動は好ましくは空気中で行う。
【0029】
前記方法は、さらに、
(V)細胞培養物を標的部位に接触させ、これにより細胞培養物を保持部から剥離するステップ、
(VI)細胞培養物を目的とする面に移植するステップ、
を含んでもよい。
前記方法はさらにまた、上記ステップ(V)の前に、(V’)標的部位の水分を実質的に除去するステップを含んでもよい。したがって、同ステップの後の標的部位は、その表面に水分を実質的に有しないものとなる。
【0030】
以下、本態様の器具を添付図面に示す好適な実施形態例を基に詳細に説明するが、本発明はかかる例に限定されない。
図1は本発明の器具Aの側部概略図と、培養液に浸漬中の細胞培養物側部概略図、図2は本発明の器具Aの側部断面図、図3は本発明の器具Aの保持部下面図、図4は本発明の器具Aの上面図、図5A、Bは本発明の器具Aのハウジング部の側部断面で、含水した吸液性材料の排液操作を示した概略図、図6A、Bは本発明の器具Aの正面部で、吸液性材料の交換の際に開閉する操作を示した概略図である。図7A、B、C、Dは、本発明の器具Aの側部概略図で、培養液に浸漬中の細胞培養物とともに、器具Aを用いた細胞培養物の吸着、保持、剥離(移植)の様子を示した概略図である。図8は、図3とは異なる形状の開口を示した保持部下面図である。図9は、吸液部と保持部が別部材からなる、ハウジングを有さない本発明の器具の下面図および側面図である。図10は、吸液部と保持部が同一部材からなる、ハウジングを有さない本発明の器具の下面図および側面図である。
【0031】
これらの図に示す器具Aは、例えばヒトや動物等の生体、すなわち、生体の目的とする患部(移植部位)に、細胞培養物4を移植(貼付)する際に用いる器具(装置)である。この器具Aは、典型的には、ハウジング1と、ハンドル2と、排液操作部3とを備えている。
【0032】
ハウジング1は、上面15に排液操作部3を有し、中空である内部に排液操作部3に連動した可動板31を配するとともに、吸液性材料11を備える。排液操作部3に連動した可動板31は、上面15に設けられた溝16に沿って吸液性材11を圧縮する方向に移動させることができる。また、前面17には排液口14が設けられており、さらに吸液性材11の出し入れに必要な開閉部18を有する。保持部12には、複数の開口13が形成される。
【0033】
ハウジング1上面15に設けられた溝の数量は、図示では1本の構成とされているが、これに限らず、複数本であってもよい。
【0034】
ハウジング1前面17に設けられた排液口14の形状と数量は、図示では長方形のものが2本となっているが、これに限らず、円形、楕円形、多角形のものを単数、あるいは3本以上としてもよい。また、排液口14の設置はハウジング1前面17に限定されるものではない。さらに、排液口14の設置は必要に応じて行い、必ずしも必要としない。
【0035】
ハウジング1前面17の開閉部18の構造としては、特に限定されないが、例えば螺合、凹凸勘合等があげられる。
【0036】
なお、ハウジング1の形状は、図示の構成では立方体状をなしているが、これに限らず、例えば、上記立方体以外の多角体状や円柱状をなしてもよい。また、ハウジング1の全部または一部を可撓性材料で作製し、これを変形可能に構成することもできる。かかる構成とすることで、送達部位へのアクセスを可能または容易にしたり、送達部位の形状に合わせて変形させ、細胞培養物をより良好に送達部位にフィットさせることが可能となる。
【0037】
ハウジング1の構成材料としては、特に限定されないが、例えば、ポリカーボネート、ポリメチルメタクリレート、メチルメタクリレート・スチレン、プロピレン、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体、ポリスチレン、エポキシ樹脂、ポリアリレート、ポリサルフォン、ポリエーテルサルフォン、ポリアミド、ポリブチレンテレフタレート、フッ素樹脂、ポリ−4−メチルペンテン−1、フェノキシ樹脂、ポリイミド樹脂、有機非線形光学材料等の高分子材料等があげられる。
【0038】
保持部12の表面121は疎水性材料で構成することが好ましい。例えば、摩擦係数が低い疎水性材料であるフッ素樹脂を構成材料として適用するか、または保持部の表面にコーティングすることが好ましい。例えば、ポリテトラフルオロエチレン、ポリクロロトリフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニル、ペルフルオロアルコキシフッ素樹脂、四フッ化エチレン・六フッ化プロピレン共重合体、エチレン・四フッ化エチレン共重合体、エチレン・クロロトリフルオロエチレン共重合体があげられるが、これらの例示に限定されるものではない。これにより、吸着・保持させた細胞培養物4の剥離操作をより容易に行うことができる。保持部は小孔を1個または複数有する柔軟な平板状やメッシュ状であってよい。保持部の開口率は、保持部の表面積に対し5〜90%であるが、保持部表面の疎水性との兼ね合いで適切な範囲を選択することができる。
【0039】
吸液性材料11の形状は、図示では直方体をなしているが、これに限らず、例えば円筒状、前記直方体以外の多角筒状をなしていてもよい。
【0040】
ハンドル2は、ハウジング1の法線19のハンドル2の軸21に対する傾斜角度(法線19と軸21とのなす角度)θ(図2参照)は、実操作の利便性を考慮して5〜90°程度であることが好ましく、20〜40°程度であることがより好ましい。
【0041】
ハンドル2の形状は、図示では直方体をなしているが、これに限らず、例えば円筒体、ヘラ状またはしゃもじ状の異型体、あるいは人間工学を考慮した形状をなしていてもよい。
【0042】
ハンドル2の構成材料としては、特に限定はされないが、例えば、ポリカーボネート、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリスチレン、ウレタン、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体、メチルメタクリレート・ブタジエン・スチレン、ポリメチルメタクリレート等の高分子材料や、ステンレス鋼、アルミニウム、チタン等の金属材料等があげられる。
【0043】
また、排液操作部3の構成材料としても、特に限定はされないが、例えば、ポリカーボネート、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリスチレン、ウレタン、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体、メチルメタクリレート・ブタジエン・スチレン、ポリメチルメタクリレート等の高分子材料や、ステンレス鋼、アルミニウム、チタン等の金属材料等が挙げられる。
【0044】
本発明の別の態様においては、排液操作部3は、ハウジング以外の部分、例えば、ハンドルなどに設けてもよい。この場合、排液操作部3は、可動板31とロッドなどの連結部材を介して、または、空圧もしくは油圧的に接続してもよい。あるいは、可動板31を電動式にし、排液操作部3を可動板31を電気的に制御するためのスイッチや、レバーとして構成してもよい。また、ハンドルを少なくとも2重の層からなる構造とし、1つの層を可動板に、別の層をハウジングにそれぞれ接続し、可動板に接続した層がハウジングに接続した層に沿って摺動可能な構成とすることもできる。この層は、同心円状、例えば、外筒と、その内部に摺動可能に配置された内筒との組合わせであっても、または、比較的幅広の部材と、そこに設けられた溝に摺動可能に配置された比較的幅狭な部材との組合わせであってもよい。この場合、可動板に接続した層、および、ハウジングに接続した層の非接続末端に、指などをかけたり、掌で押圧することのできるグリップを備えると操作しやすい。グリップの形状は特に限定されずに、例えば、指を挿入することができるリング状の形態とすることができる。また、排液方向に移動した可動板(例えば、図5Bの状態)が、吸水性材料自身の弾性、バネなどの弾性部材の作用、および/または、可動板を移動させる電動部材の作用などにより、もとの位置(例えば、図5Aの状態)に、自動的に戻る構成とすることも可能である。排液操作部を、本発明の器具の支持部位、例えば、ハンドルに設けることにより、排液操作を含む種々の操作を片手で行うことが可能となり、例えば、手術に用いる場合に極めて有利である。なお、ハウジングを有さない態様においては、例えば、スポンジの水を切る要領で、吸液性材料を直接手で握ることにより、片手で排液操作を行うことが可能である。
【0045】
ハウジングを有さない態様において、ハンドルは、細胞培養物保持部および/または吸液部に連結することができる。この場合、ハンドルはこれと一体に成形してもよく、または、別部材として構成し、相互を慣用の手法で連結してもよい。また、細胞培養物保持部と吸液部との間に、両者を支持する透液性の支持部材を設け、これにハンドルを連結してもよい。ハンドルの連結角度は、上記と同様である。
【0046】
次に、器具Aの使用方法(作用)の一例を説明する。なお、ここでは、細胞培養物4が移植される患部は、例えば心筋梗塞部位であり、移植される細胞培養物4は、例えば、心機能の改善を行うための細胞培養物である場合を想定する。
【0047】
先ず、術者は、器具Aを用意し、培養容器6中で培養液5に浸っている細胞培養物4上の保持部12の中心に細胞培養物4の中心が位置するように両者の位置関係を調整し、細胞培養物4を保持部12に接触させる。これにより、細胞培養物4の培養液(浸漬液)5が保持部12の開口13を介して吸液性材料11に吸液され、それに伴い細胞培養物4が保持部12に吸着される。このとき、培養容器6中では、細胞培養物4を浸す培養液5は、吸液された結果、細胞培養物4と保持部12との間の保持性に影響を及ぼさない程度にまで減少している。
吸液性材料11を有しない態様において、吸液は、例えば、シリンジなどの吸液機構により行うことができる。
【0048】
細胞培養物4の浸漬液5を吸収性材料11に吸液させるために、ハウジング1内部に備える吸液性材料11の空間占有率は、50〜100%であることが好ましく、70〜95%であることがより好ましい。また、保持部12の開口13の厚みは0.1〜2.0mmであることが好ましく、0.1〜1.0mmであることがより好ましい。
【0049】
次に、細胞培養物4が吸着した保持部12を空中に引き上げる。こうすることにより、細胞培養物4がハウジング1の保持部12に吸着したまま、空中に保持される。
これは、保持部12に吸着した細胞培養物4の表面は、空気(気体)と接しているが、細胞培養物4に浸漬液5(液体)が含まれているところ、気体は液体よりも分子密度が小さいことから、細胞培養物4には、空気側の分子からではなく、浸漬液5内側の分子からのみ引っ張られる表面張力が働くこととなる。こうして、細胞培養物4を浸漬液5とともに吸着させることで、優れた保持効果を得ることができる。
【0050】
次に、細胞培養物4が保持部12に吸着された状態を維持しつつ、その細胞培養物4を患部7(移植部位)まで移送する。移送は、良好な吸着を保つため、好ましくは気体中で行う。
【0051】
ここで、別途用意した器具A(細胞培養物4を保持する前の状態の器具)の保持部12を患部7表面に接触させ、患部7表面を覆う体液等の水分を除去することができる。水分の除去は、器具Aに限らず、その他の吸水性材料、例えば、限定することなく、ガーゼ、不織布、紙製のウエスなどにより行うことができる。除去後、直ちに先に細胞培養物4を吸着させた器具Aの保持部12を患部に対面させ、細胞培養物4を押し付ける。これにより、細胞培養物4の表面を覆う浸漬液5が患部7に移動し、それに伴い細胞培養物4が患部7に貼付される。
【0052】
これは、保持表面121が疎水性材料から構成されていることにより、細胞培養物4表面を覆う浸漬液5が、水分を除去した患部7へ移行しようとする物理的原理を利用して、非常に簡易的に細胞培養物4を患部7に移動させ、貼付させることができる。保持部の表面の疎水性により保持部と細胞培養物の間の表面張力による接着より、細胞培養物と患部との表面張力による接着が優るため細胞培養物を患部に移植することが可能となる。この際、患部7に移行する浸漬液5の量は保持部12の外面で細胞培養物4を覆っている部分のみであり、ハウジング1の内部に備えた吸液性材料11中に吸液された浸漬液5の移動は殆どないため、患部に貼付された細胞培養物4を過剰な量の浸漬液5によって流失させてしまう心配がない。
【0053】
患部7に移植する操作では、ハウジング1の高さを0.5〜5.0cmに抑え、かつハンドル2との連結部に適度な角度を施すことにより、患部7が、例えば、心臓の側面であっても、ハウジング1を、確実に追従させることができる。なお、ハウジング1の高さは1.0〜3.0cmが好ましい。また、保持部外径は1.0〜10cmであることが好ましく、2.0〜6.0cmであることがより好ましい。
【0054】
ハウジング1の内部に備えた吸液性材料11に含水された浸漬液5は、ハウジング1の上面15に配した排液操作部3を、上面15に設けた溝16に沿って移動させることで、排液操作部3に連動したハウジング1内部の可動板31が、吸液性材料11を圧縮する方向に移動し、ハウジング1の前面17に設けた排液口14から排液させることができる。これにより、細胞培養物4の吸着、保持、貼付の一連の操作を繰り返し行うことが可能となる。
ハウジングを有しない態様において、上記排液操作は、例えば、吸水部を手で圧迫することにより行うことができる。
【0055】
さらに、ハウジング1には吸液性材料11の出し入れが可能な開閉部18を有し、吸液性材料11の劣化、破損が生じた際に、速やかに交換を行うことができるため、新たに器具Aを用意することなく、簡便な交換作業で細胞培養物4の吸着、保持、貼付の操作を継続することが可能である。
【実施例】
【0056】
実施例1
この器具Aの効果を確認するために、次の実験を行った。
保持部12の直径φ4cm、高さ2cm、側面厚3.0mm、上面厚3.0mm、保持部厚1.0mmの中空直方体の疎水性ハウジング(テフロン(登録商標))に、保持部12の表面積に対し20%の開口率となるよう直径φ1.0mmの孔を均等に配した。このハウジング内部に空間占有率90%となるようポリウレタンスポンジを収納し、器具1を得た。
【0057】
比較例1
市販の細胞培養物の支持体(CellShifterTM、セルシード製、直径φ3cm)を用意し、これを器具2とした。
【0058】
実験例
器具1および2について、それぞれ、直径φ2.7〜3.1cm、厚さ400〜470μmの細胞培養物を、吸着、保持、移植(貼付)の一連の操作を行った。
【0059】
器具1では、保持部を細胞培養物に軽く接触させただけで、その形状を維持したまま、直ちに吸着させることができ、また保持させることも容易であった。さらに、別途用意した器具1で移植部位の水分を除去した後、直ちに細胞培養物を保持させた器具1の保持部を移植部位に接触させただけで、その形状を損なわないまま、速やかに貼付させることができた。
【0060】
これに対し、器具2では、細胞支持体の商品指示書に従い支持体を細胞培養物に重ね、支持体の端からピンセットでゆっくりとめくり、細胞培養物を回収する操作を行ったが、支持体を重ねた後の保持条件が20〜25℃で5〜6分間静置であるため、作業は効率的ではなかった。また、回収操作で支持体の端をピンセットでゆっくりめくる際に、細胞培養物が支持体からすべって流れる(流失する)ケースが見られ、結果としてそれが破損などに繋がる場合があるため、本操作にはある程度の技量が必要であった。さらに、移植部位に移送し密着させ、静置後、支持体の端をピンセットでめくる操作時に、細胞培養物の剥離が非常に困難であった。
【0061】
以上説明したように、本発明の器具Aによれば、細胞培養物(図示なし)の吸着(採取、回収)、保持、患部への移送、患部への貼付(移植)等の一連の各操作を、極めて簡便、迅速、かつ確実に行うことができる。
【0062】
また、本発明の器具Aは、ハウジング1、ハンドル2、排液操作部3等で構成されており、特に、ハウジング1の保持部12の開口部13を介して、ハウジング1内部に備える吸液性材料11の吸液作用と吸液した浸漬液5の表面張力とを利用した非常に単純な構造を有しており、さらにハウジング1の保持表面121の材質を疎水性材料とすることで、患部7への浸漬液5の移行を促進させ、細胞培養物4の貼付が非常に容易となり、操作性も良好である。
【0063】
以上、本発明の器具を、図示の実施例に基づいて説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、各部の構成は、同様の機能を有する任意の構成のものに置換することができる。また、本発明に、他の任意の構成物が付着されてもよい。
【0064】
なお、本発明で図示の実施例に基づき説明した排液操作に関する機能は、本発明の利便性をサポートするためのものであり、本器具の更なる簡便性を求める上で、省略・排除することが可能である。
【符号の説明】
【0065】
A・・・本発明の器具
1・・・ハウジング
11・・・吸液性材料
12・・・保持部
121・・・保持表面
13・・・開口
131・・・開口壁(厚み)
14・・・排液口
15・・・上面
16・・・溝
17・・・前面
18・・・開閉部
19・・・法線
2・・・ハンドル
21・・・軸
3・・・排液操作部
31・・・可動板
θ・・・傾斜角度
4・・・細胞培養物
5・・・浸漬液
6・・・容器
7・・・患部
【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体中に遊離した状態の細胞培養物を回収および送達するための器具であって、少なくとも1つの開口を備えた疎水性の細胞培養物保持表面を有する細胞培養物保持部と、該開口を介して液体を吸引することができる、該細胞培養物保持部の細胞培養物保持表面とは反対の側に配置された吸液部とを備え、前記開口が、前記細胞培養物を前記細胞培養物保持部に接触させたときに、該細胞培養物が前記細胞培養物保持表面と少なくとも1つの接点を有するよう構成されている、前記器具。
【請求項2】
中空のハウジングをさらに備え、吸液部が該ハウジングの内部に配置され、該ハウジングの少なくとも1つの外面が細胞培養物保持部として構成されている、請求項1に記載の器具。
【請求項3】
細胞培養物保持表面が、細胞培養物を送達する部位より疎水性である、請求項1または2に記載の器具。
【請求項4】
細胞培養物保持表面の開孔率が、その面積に対し5〜90%である、請求項1〜3のいずれかに記載の器具。
【請求項5】
細胞培養物保持部が、単孔体、多孔体またはメッシュの形態を有する、請求項1〜4のいずれかに記載の器具。
【請求項6】
開口壁の厚みが0.1〜2.0mmである、請求項1〜5のいずれかに記載の器具。
【請求項7】
吸液部が吸液性材料を含む、請求項1〜6のいずれかに記載の器具。
【請求項8】
吸液性材料が、多孔体、不織布、ポリマー材、パルプ材および紙材からなる群から選択される1種または2種以上の材料を含む、請求項7に記載の器具。
【請求項9】
操作ハンドルをさらに備えた、請求項1〜8のいずれかに記載の器具。
【請求項10】
ハウジングが、含水した吸液性材料の排液操作を行うための、外部から操作可能な可動板を内部に配する、請求項7〜8のいずれかに記載の器具。
【請求項11】
ハウジングが、吸液性材料の交換を行うための開閉部を有する、請求項7〜9のいずれかに記載の器具。
【請求項12】
細胞培養物を回収および送達するための方法であって、
(I)請求項1〜11のいずれかに記載の器具を提供するステップ、
(II)前記器具の細胞培養物保持部を液体中に遊離した細胞培養物に接触させるステップ、
(III)細胞培養物を、吸液部による液体の吸引と共に細胞培養物保持部に吸着させて回収するステップ、
(IV)細胞培養物を細胞培養物保持部に吸着させたまま、細胞培養物保持表面より親水性である標的部位まで移動させるステップ、
を含む前記方法。
【請求項13】
標的部位が、その表面に水分を実質的に有しない、請求項12に記載の方法。
【請求項1】
液体中に遊離した状態の細胞培養物を回収および送達するための器具であって、少なくとも1つの開口を備えた疎水性の細胞培養物保持表面を有する細胞培養物保持部と、該開口を介して液体を吸引することができる、該細胞培養物保持部の細胞培養物保持表面とは反対の側に配置された吸液部とを備え、前記開口が、前記細胞培養物を前記細胞培養物保持部に接触させたときに、該細胞培養物が前記細胞培養物保持表面と少なくとも1つの接点を有するよう構成されている、前記器具。
【請求項2】
中空のハウジングをさらに備え、吸液部が該ハウジングの内部に配置され、該ハウジングの少なくとも1つの外面が細胞培養物保持部として構成されている、請求項1に記載の器具。
【請求項3】
細胞培養物保持表面が、細胞培養物を送達する部位より疎水性である、請求項1または2に記載の器具。
【請求項4】
細胞培養物保持表面の開孔率が、その面積に対し5〜90%である、請求項1〜3のいずれかに記載の器具。
【請求項5】
細胞培養物保持部が、単孔体、多孔体またはメッシュの形態を有する、請求項1〜4のいずれかに記載の器具。
【請求項6】
開口壁の厚みが0.1〜2.0mmである、請求項1〜5のいずれかに記載の器具。
【請求項7】
吸液部が吸液性材料を含む、請求項1〜6のいずれかに記載の器具。
【請求項8】
吸液性材料が、多孔体、不織布、ポリマー材、パルプ材および紙材からなる群から選択される1種または2種以上の材料を含む、請求項7に記載の器具。
【請求項9】
操作ハンドルをさらに備えた、請求項1〜8のいずれかに記載の器具。
【請求項10】
ハウジングが、含水した吸液性材料の排液操作を行うための、外部から操作可能な可動板を内部に配する、請求項7〜8のいずれかに記載の器具。
【請求項11】
ハウジングが、吸液性材料の交換を行うための開閉部を有する、請求項7〜9のいずれかに記載の器具。
【請求項12】
細胞培養物を回収および送達するための方法であって、
(I)請求項1〜11のいずれかに記載の器具を提供するステップ、
(II)前記器具の細胞培養物保持部を液体中に遊離した細胞培養物に接触させるステップ、
(III)細胞培養物を、吸液部による液体の吸引と共に細胞培養物保持部に吸着させて回収するステップ、
(IV)細胞培養物を細胞培養物保持部に吸着させたまま、細胞培養物保持表面より親水性である標的部位まで移動させるステップ、
を含む前記方法。
【請求項13】
標的部位が、その表面に水分を実質的に有しない、請求項12に記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5A】
【図5B】
【図6A】
【図6B】
【図7A】
【図7B】
【図7C】
【図7D】
【図8】
【図9】
【図10】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5A】
【図5B】
【図6A】
【図6B】
【図7A】
【図7B】
【図7C】
【図7D】
【図8】
【図9】
【図10】
【公開番号】特開2010−220488(P2010−220488A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−68649(P2009−68649)
【出願日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【出願人】(000109543)テルモ株式会社 (2,232)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【出願人】(000109543)テルモ株式会社 (2,232)
【Fターム(参考)】
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