説明

細胞培養用マイクロチャンバー加工装置及び方法

所望の培養空間を有する細胞培養用マイクロチャンバーの加工装置及び加工方法を提供する。可視及び赤外領域に顕著な吸収を有さない透明基板上に、順に、可視及び赤外領域に吸収を有する吸収層を0又は1層、及び100℃以下のゲル溶解温度を持ち加熱によりゾル化する常温でゲル状の物質であって可視及び赤外領域の特定波長に吸収を持つゲル状物質から成る層の少なくとも1層を、該吸収層を有しない場合にはゲル状物質から成る層が少なくとも2層積層されるように、積層してなるマイクロチャンバー、並びに少なくとも一種の該特定波長の単色光の光源から成り、該光源が該吸収層及び/又は該ゲル状物質から成る層を照射するように配されている細胞培養用マイクロチャンバー加工装置である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
この発明は、細胞を培養するための有用なマイクロチャンバー加工装置及びマイクロチャンバー加工方法に関する。
従来技術
従来、細胞の状態の変化や、細胞の薬物等に対する応答を観察するのに、細胞集団の値の平均値をあたかも一細胞の特性であるかの様に観察してきた。しかし、実際には細胞は集団の中で細胞周期が同調しているものはまれであり、各々の細胞が異なった周期でタンパク質を発現している。これらの問題を解決するべく、同調培養等の手法が開発されているが、培養された細胞の由来が全く同一の一細胞からではないことから、培養前の由来細胞各々の遺伝子の違いがタンパク質発現の違いを生み出す可能性があり、実際に刺激に対する応答の結果を解析するときに、そのゆらぎが細胞の反応機構自体が普遍的に持つ応答のゆらぎに由来するものなのか、細胞の違い(すなわち遺伝情報の違い)に由来するゆらぎなのか明らかにすることは難しかった。また、同様の理由から、細胞株についても、一般には完全に一細胞から培養したものではないため、刺激に対する応答の再現性が細胞各々の遺伝子の違いによってゆらぐものか明らかにするのは難しかった。さらにまた、細胞に対する刺激(シグナル)は、細胞周辺の溶液に含まれるシグナル物質、栄養、溶存気体の量によって与えられるものと、他の細胞との物理的接触によるものの2種類があることからも、ゆらぎについての判断が難しいのが実情であった。
一方、従来より、バイオテクノロジーの研究分野において細胞の観察を行う場合には、大型培養器にて培養された細胞群の一部を一時的に培養器から取り出して顕微鏡にセットし、観察を行うか、あるいは、顕微鏡全体をプラスチックの容器で囲い温度を管理し、その中に小さい別の容器を用い二酸化炭素濃度、及び湿度を管理しつつ、顕微鏡観察を行っていた。このとき、細胞を培養しながら、古くなった培養液と新鮮な培養液を交換することで溶液条件を一定にすることが工夫されてきている。例えば、循環ポンプが、基材表面に対する培地のレベルを基材の上端縁高さより高いレベルと下端縁高さより低いレベルとの間で上げ・下げ操作し、上記低レベルに下がると培地を供給し、上記高レベルに上がると培地を排出する機構によって栄養状態を一定に保つ方法(特開平10−191961)や、培養容器内に、新たな培地を培養容器に導入する導入管と、培養容器の培地を外部に排出する排出管と、培養容器の気体部分とポンプとを連通する気管の各一端を挿入し、前記導入管、排出管及び気管の夫々の管路に培養容内への菌の侵入を阻止するフィルターを設けて、培養槽の栄養状態を一定に保つ構成とした例(特開平8−172956)などがある。しかし、いずれの発明の場合も、培養細胞の溶液環境と、細胞間の物理的接触を制御しながら培養する例は知られていない。
そこで、本発明者らは、これらの問題点を解決し、新たに特定の一細胞のみを選択し、その一細胞を細胞株として培養する技術、及び細胞を観察する場合に、細胞の溶液環境条件を制御し、かつ、容器中での細胞濃度を一定に制御する技術、あるいは相互作用する細胞を特定しながら培養観察する技術を開発した(特開2002−153260)。また、細胞培養を行いながら集束光を照射して加熱した領域の細胞培養容器の形状を自在に変化させることが可能な細胞培養マイクロチャンバーを開発した(特願2002−245904)。
【発明が解決しようとする課題】
細胞培養用マイクロチャンバーを作る技術において、半導体製作技術を応用して発展してきたマイクロ加工技術を利用して、電極アレイ基板や物理的障壁を製作することは可能となったが、基板を加工、修飾するためにはクリーンルーム等で露光、エッチングなどの複雑な工程を繰り返して、細胞の培養を開始する前に、あらかじめ形状・パターンを組み込む必要があった。従って、培養直前に簡単に構造を変更したり、神経細胞の培養中に形状加工を行ったり、細胞の挙動に応じて微小構造を変更したり、加工中にその加工位置を目視で確認しながら加工を連続して行うことが難しかった。
そこで本発明は、神経細胞培養基板の構造材料として集束光による加熱によって容易に溶解できるソフトマテリアル(ゲル状物質)を用いることで、ガラス・シリコン等のハードマテリアルを素材としてきた従来のマイクロファブリケーション技術では難しかった、細胞の状態の観察に応じて簡便かつ自在にエッチング加工を追加することが可能で、加工形状を確認しながら連続して加工をすることが可能なマイクロチャンバーアレイ技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
本発明は、可視又は赤外領域の特定波長に対して吸収を有するゲル状物質から成る層を基板上に形成して、単色光の光源、好ましくはレーザーを用いて、この特定吸収波長の波長を照射することにより、ゲル状物質からなる層の中に所望の形状のチャンバーを形成させたところ、これが細胞培養に極めて適していることを見出し、本発明を完成させるに至った。
本発明の加工装置又は方法により形成されるマイクロチャンバーは、(1)細胞培養開始直前あるいは培養中のマイクロ加工が可能である、(2)アガロース等のゲル状物質の細胞不活性と細胞非接着性を利用した物理的かつ生化学的な神経突起伸展の制御が可能である、(3)1μm程度の分解能でのエッチングが可能であり、トンネル型チャネル等の従来の技術では製作工程が複雑な形状の作成も容易である、(4)クリーンルーム、マスクアライナー、ドライエッチング装置などの高価な設備が無くても集束光加熱装置のみがあれば、簡単にマイクロ構造物を作成することができる、等の利点を有する。
即ち、本発明は、可視及び赤外領域に顕著な吸収を有さない透明基板上に、順に、可視及び赤外領域に吸収を有する吸収層を0又は1層、及び100℃以下のゲル溶解温度を持ち加熱によりゾル化する常温でゲル状の物質であって可視及び赤外領域の特定波長に吸収を持つゲル状物質から成る層の少なくとも1層を、該吸収層を有しない場合にはゲル状物質から成る層が少なくとも2層積層されるように、積層してなるマイクロチャンバー、並びに少なくとも一種の該特定波長の単色光の光源から成り、該光源が該吸収層及び/又は該ゲル状物質から成る層を照射するように配されている細胞培養用マイクロチャンバー加工装置である。また本発明は、可視及び赤外領域に顕著な吸収を有さない透明基板上に、順に、可視及び赤外領域に吸収を有する吸収層を0又は1層、及び100℃以下のゲル溶解温度を持ち加熱によりゾル化する常温でゲル状の物質であって可視及び赤外領域の特定波長に吸収を持つゲル状物質から成る層の少なくとも1層を、該吸収層を有しない場合にはゲル状物質から成る層が少なくとも2層積層されるように、積層してマイクロチャンバーを作成する段階、及び該マイクロチャンバーの吸収層又はゲル状の物質から成る層に少なくとも一種の可視又は赤外の単色光を照射し、ゲル物質を含まない所望の形状の領域を作成する段階から成る細胞培養用マイクロチャンバー加工方法である。
更に、本発明は、この方法に、更に形成されたゲル物質を含まない領域に細胞及びその培養液を注入する段階を含む細胞培養方法である。
【図面の簡単な説明】
第1図は、本発明のマイクロチャンバー加工装置の一例を示す。100:細胞培養用マイクロチャンバー、101:基板、102:吸収層、103:ゲル状物質から成る層、104:光学観察用可視光、105、106:特定の波長の光源、107、114:光学レンズ、108:対物レンズ、109:特定の波長の集束光、111、112:特定の波長の光を反射するミラー、113:ミラー細胞等の試料、115:観察用カメラ
第2図は、マイクロチャンバーに所望の形状を加工する工程を示す。a〜cはトンネルを作る手順を示し、d〜fは、上部に開口した穴を形成する手順を示す。204、214:集束光、205、215:集束光の集束点、206、216:集束光の移動方向、207:ゾル化した物質の拡散方向、208:トンネル、217:穴
第3図は、マイクロチャンバー加工プロセスの一例を説明した顕微鏡写真を示す。各列は異なるレーザー強度(93mW、108mW、120mW)の結果を示し、上段は、位相差顕微鏡像、中段は共焦点顕微鏡による上面像、下段は共焦点顕微鏡による断面像を示す。301:穴
第4図は、マイクロチャンバー加工プロセスの一例を説明した顕微鏡写真を示す。a〜cは上面からの顕微鏡写真、dはcの段階の基板の断面の共焦点顕微鏡像である。401:穴、402:トンネル
第5図は、マイクロチャンバー加工プロセスの一例を説明した顕微鏡写真を示す。501:基板、502,503:吸収波長又はゲル融解温度の異なるゲル状物質から成る層、504、514:集束光、505:集束光の集束点、506:集束光の移動方向、507:ゾル化した物質の拡散方向
【発明を実施するための最良の形態】
まず、本発明のマイクロチャンバーの構成を述べる。
透明基板は、可視及び赤外領域に顕著な吸収を有さず、選択された加工用の波長の光に対して、光学的に透明な素材であることが望ましい。この基板は、本装置で用いる可視及び赤外のすべての波長に対して、後述の吸収層の吸収に対して0.1%未満の比較的小さな吸収しか有さないことが好ましい。具体的には、ホウケイ酸ガラス、石英ガラス等のガラスや、ポリスチレン等の樹脂やプラスチック、あるいはシリコン基板等の固体基板及び、アガロース等の高分子を用いることができる。
この基板上に、可視及び赤外領域に吸収を有する吸収層を設ける。この吸収層は、Crや酸化アルミなどの金属酸化物の薄膜が好ましい。これらの薄膜は一般に可視及び赤外の全波長について平坦な吸収がある。ただし、ファブリ・ペローのように光の波長と膜厚に依存した吸収・散乱ピークなどもあるので、用いる光の波長より薄いほうが良い。用いる波長において後述のゲル状物質を含む層の光の吸収の1000倍以上の吸収を持つことが好ましく、例えば1064nmで、Cr 5nmの蒸着層は照射光の10%以上の吸収を持つが、アガロースの吸収は0.01%以下である。なお、この吸収層は省略してもよい。
なお基板又は吸収層を有する基板を、コラーゲン分子やポリリジンで処理したり、ガラス基板表面自体を酸素アッシングによって浸水性にしてもよい。例えば、クロムの蒸着層等の吸収層の表面にシラン化処理を施し、その上にコラーゲン等の細胞吸着性の因子を塗布固定して、上記細胞が穴の底面に安定して接着できるように加工を加えてもよい。このような表面処理は、培養する細胞や目的に応じて適宜度条件を決めればよい。
この上に、100℃以下、好ましくは45℃以下のゲル溶解温度を持ち加熱によりゾル化し常温でゲル状の物質であって可視及び赤外領域の特定波長に吸収を持つゲル状物質から成る層を少なくとも1層設ける。このマイクロチャンバーは吸収層も含めて複数層用いることが特徴であるので、吸収層を有しない場合にはゲル状物質から成る層を少なくとも2層積層する。
このゲル状物質は、加熱・冷却によって、溶液中でゾルからゲル、ゲルからゾルに相変化し、しかもこのゾル−ゲル変化を0℃〜100℃の特定の温度で可逆的に行なえる物質である。加熱溶液中で上記物質はランダムコイル状の分子構造をとり、この溶液を冷却すると、物質の一部がらせん構造をとり、ネットワークが形成される結果、最終的に流動性を失い、ゲル化すると考えられる。このゲルネットワークは、冷却を続けると時間と共に増加し、より強固なゲルを形成する。
このような物質には、例えば、コラーゲン、アガロース、アガロペクチン、ガラクトース、アンヒドロ・ガラクトース、ガラクチュロン酸、ガラクチュロン酸メチルエステルなど生体物質から精製した直鎖状のポリマーがあるが、人工的に作成した上記機能を持つ高分子も含まれる。特にアガロースを用いた場合には、細胞との接着性も無く、また、細胞に対してのシグナル物質でもないことから細胞にとっては無害なだけでなく、培養実験データへの影響が小さく最適であると考えられる。
このような物質を水や緩衝液などに、用途によって通常0.2〜10%程度まで溶解させて、ゲル状物質とする。
このようなゲル状物質は異なるゲル溶解温度の物質を組み合わせることで、ゲル溶解温度の異なるゲル状物質とすることができる。例えば、精製した分子の鎖長等によって異なるが一般に、コラーゲンではゲル化温度15〜20℃、ゲル溶解温度20〜30℃、アガロース、アガロペクチンでは、ゲル化温度30〜40℃、ゲル溶解温度85℃、ガラクトース、アンヒドロ・ガラクトースではゲル化温度30〜75℃、ゲル溶解温度はゲル化開始温度より5〜10℃高ければ溶解、ガラクチュロン酸、ガラクチュロン酸メチルエステルでは、糖度65度以上、pH3.5以下の条件で、ゲル化温度60〜80℃、ゲル溶解温度60〜80℃、カルシウムイオン存在下で、ゲル化温度30〜40℃、ゲル溶解温度30〜40℃である。
また、このゲル状物質に赤外光や可視光を吸収する物質(染料など)を加えて特定波長に対して吸収を持たせてもよい。
このゲル状物質は、吸収のない波長に対しては、光路長1cmに対してAbsは通常0.01未満である。
このようなゲル状物質の層の厚さは適宜目的に応じて決めればよいが、通常は100nm〜2mm程度である。
このゲル状物質を多層で用いる場合には、ゲル状物質から成る層がそれぞれ異なる吸収波長を有してもよいし、ゲル状物質から成る層が、それぞれ異なる溶解温度を有していてもよいし、基板上方にゲル溶解温度が徐々に高くなるように積層されたものであってもよい。
また、本発明のマイクロチャンバーは、基板上に、吸収層を1層とゲル状物質から成る層を1層有するものや、吸収層を有さず、ゲル状物質から成る層が2層であるものであってもよいが、さらに3層以上の異なる融点の素材を積層してもよい。また、三次元に領域分けをして、異なる融点の領域、異なる吸収を持つ領域を配置してもよい。そして加熱集束光の種類、強度を調節することで、溶解領域を段階的に選択することが可能である。具体的には、例えば異なる融点を持つ低融点アガロースを積層することで実現できるが、アガロースとプラスチックなど異なる素材を用いてもよい。
本発明の加工装置で用いる光源は、可視及び赤外領域に単色光を発光する。光源は1種であっても2種以上を用いてもよい。光源としてはレーザーが好ましく、例えば、Nd:YAGレーザー(1064nm)、ラマンファイバーレーザー(1480nm)、チタンサファイアレーザー(500nm〜1100nmで可変)、アレキサンドライトレーザー(700〜818nmで可変)、色中心レーザー(800〜4000nmで可変)、OPOレーザー(400〜800nmで可変)等が挙げられる。
このような光源は、吸収層及び/又はゲル状物質から成る層を照射するように配されており、特に吸収層及びゲル状物質から成る層のいずれかに集光して照射することができるように配されていることが好ましい。
更に、この光源は、波長の異なる2種以上の光源から成り、少なくとも一つの波長が、ゲル状物質から成るいずれかの層の吸収波長であってもよく、また、1種の光源から成り、その波長がゲル状物質から成るいずれかの層の吸収波長であってもよい。
また、この加工装置は、更に、前記光源からの照射光の位置を照射中に確認する計測手段、好ましくは光学的顕微鏡を有してもよい。このような計測手段により、微弱な観察光によって加工形状をあるいは加工段階を光学的に目視確認することができる。
以上の構成の加工装置により、吸収層やゲル状物質からなる層に上記単色光を照射すると、吸収層に照射した場合には吸収層で発生した熱によってそれに接するゲル状物質から成る層の一部が局所的に溶解し、またゲル状物質の吸収波長の光をゲル状物質に照射した場合には、ゲル状物質が局所的に溶解しそれを構成する物質そのものがその層中に拡散し、その代わりにゲル状物質から成る層に含まれていた水又は緩衝液がその空間を満たす。このような光照射を適宜移動させることにより、ゲル状物質からなる層内に所望の形状の水又は緩衝液で満たされた空間を形成させることができる。このような空間の形状に制限はないが、直径2μm〜1mmの穴を有する円筒形や直方体、通路の直径2μm〜1mm、長さ2μm〜1mm程度の通路等を作ることができる。
このようにゲル状物質から成る層に所望の形状を作ることができるが、内部空間に外部に向けて開口部を設けたり、又は外部から内部空間へパイプを挿入すること等により、その空間に細胞やその培養液を注入したり、また排出したりすることができる。
また、ゲル状物質から成る層の外面を、セルロース等の光学的に透明な半透膜でカバーをすることで、外部からの微生物等のコンタミネーションを防ぎ、かつ、細胞が穴から逃げるのを防ぐことも可能である。このとき、例えばゲル状物質から成る層がアガロース、半透膜がセルロースであるとき、共に糖鎖の一部を開環させて、−CHO残基にアミノ末端を持つアビジン、ビオチンをそれぞれ修飾し、アビジン−ビオチン結合を通して、半透膜とゲル状物質から成る層を結合させてもよい。細胞を培養するとき、培養液の循環が必要な場合には、ゲル状物質から成る層をすべて覆う形状の光学的に透明な容器を被せて、管から培養液を導入し、前記容器につながった別の管から培養液の廃液を回収してもよい。
以下、本発明のマイクロチャンバー加工装置、加工方法及び形成されたマイクロチャンバーの具体的形態について説明する。本発明は下記具体的形態に限定されるものではなく、様々な形態が可能である。
本発明のマイクロチャンバー加工装置の一例を第1図に示す。この出願の発明の細胞培養マイクロチャンバー100では、スライドガラス等の光学的に透明な基板101上に、クロムの蒸着層などの光学吸収を持つ吸収層(薄膜層)102が配置されている。透過光で観察をする場合には、吸収層102の膜厚は、光を完全に吸収しない程度で、かつ、むらの無い程度の薄いものであることが望ましい。例えば、吸収層がクロムを蒸着したものの場合には、膜厚50オングストロームで可視領域の透過光70%程度である。次に、吸収層102の上に、アガロース等の光学的に透明で、かつ、低融点温度で、細胞等に対して毒性を持たないゲル状物質からなる層103を積層する。層103においては、細胞等の試料を導入する複数の穴を、以下に説明する方法によってその中に形成することで、各穴に、各々特定の細胞を培養することができる。
第1図に示す装置はゲル状物質から成る層103の形状を加工するために、2つ以上の異なる波長の集束光を対物レンズを通じて領域103に照射する手段を有している。具体的には、例えば、水の吸収を持たない1064nmの単色光を発生する光源105から照射された光は、レンズ107の位置を調整することで対物レンズ108を通過したときの集束点の位置を調整することができる。また、この集束点の位置は光学顕微計測手段によって目視確認することで前記位置を調整するができるようになっている。また、水の吸収を持つ1480nmの単色光を発生する光源106から照射された光は、レンズ107の位置を調整することで、同様にマイクロチャンバー中での集束点の位置を調整することができる。また、これらの単色光はそれぞれミラー111及び112によって対物レンズの光路に導入することができる。
また、本装置では、前記特定の波長の集束光による加工位置を確認するために可視光源104によって観察した像をレンズ114によってカメラ115の受光面に焦点面を合わせることができる。
次に、第2図に、基板上に吸収層を1層とその上にゲル状物質から成る1層(例えば、厚さ200μm)を設けたマイクロチャンバーに、異なる2つの波長の集束光を組み合わせて、マイクロチャンバーに所望の形状を加工する工程を示す。
第2図のa〜cは、吸収層に例えば1064nmの集束光を照射することにより、トンネル208が作られる手順を示す。まず1064nmの集束光204によって、集束点205近傍のこの波長の光を吸収する吸収層202で吸収が起こり、この結果発生した熱によってゲル状物質から成る層203の一部が溶解する。このゲル状物質そのものは層203中に拡散し、その代わりにゲル状物質から成る層203に含まれていた水又は緩衝液がその空間を満たす。次に、この集束点205の位置を矢印206の方向に移動させると(第2図b)、第2図cに示すように、集束点の移動に伴って、ゲル状物質から成る層203中に水又は緩衝液で満たされたトンネル208が形成される。
次に、第2図d〜fに示すように、ゲル状物質から成る層203に1480nmの単色集束光214を照射すると、アガロース等の水分を含む物質からなる層213が、水が1480nmの集束光を吸収することから、光路214上の物質が加熱されてすべて溶解する。その結果、ゲル状物質から成る層203に上部に開口した穴が形成される(第2図d)。このような上部に開口した穴から細胞やその培養液を注入したり、排出したりすることができる。更に、第2図に示すように、この集束点215を矢印216方向に移動させると、それに併せてトンネルの形状が拡大する(第2図f)。
第3図はこのようにして形成された穴の顕微鏡写真を示す。第3図は、1480nmの集束光をアガロースを塗布した基板上に30秒間照射して、穴を形成する様子を示したものである。この図から、光路に沿って厚さ200μmのアガロース層に穴が形成されていることが確認できる。
第4図は、2つの異なる波長の照射光を用いた加工手法の一例を示す。例えば1064nmの単色光と1480nmの単色光を段階的に用いることで、穴とそれを繋ぐトンネルを形成することができる。第4図aは光照射前の基板の写真、第4図bは第3図に示した手順で1480nmの単色レーザー光で作成した穴401を示している。2つの穴を作成した後、第4図c及びdに示すように、アガロースに吸収が無い波長1064nmを吸収層に照射して(第2図a〜cに示した方法と同様の方法)、アガロース層の底面にトンネル402を形成し、2つの穴を繋ぐことができる。
第5図は、基板501上に吸収波長の異なる2つゲル状物質から成る層502と503とを積層し、2種の集束光504及び514を組み合わせることによって、層502のみ、層503のみを選択的に溶かして複雑な形状を作成するプロセスを示す。まず第5図aに示すように、層502のみで吸収がある波長を用いて、第5図bに示すように、層502のみを加工する。次に、第5図cに示すように、層503での吸収がある波長を用いて層503の加工を行う。これによって複雑な形状を加工することが可能となる。
基板501上にゲル溶解温度の異なる2つゲル状物質から成る層502(ゲル溶解温度が低い)と503(ゲル溶解温度が高い)とを積層し、一種の波長の光源を用いて、その照射時間を変えることにより同様な形状を形成することも可能である。
【発明の効果】
以上詳述したように、本発明によって、従来不可能であった、生物細胞等を培養しつつ容器の形状をその培養過程に応じて変化させることが可能となる。また、複数の異なる波長の光を組み合わせることで光の波長以下の領域で局所的に物質を溶解させて、構造を形成することが可能となる。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
可視及び赤外領域に顕著な吸収を有さない透明基板上に、順に、可視及び赤外領域に吸収を有する吸収層を0又は1層、及び100℃以下のゲル溶解温度を持ち加熱によりゾル化する常温でゲル状の物質であって可視及び赤外領域の特定波長に吸収を持つゲル状物質から成る層の少なくとも1層を、該吸収層を有しない場合にはゲル状物質から成る層が少なくとも2層積層されるように、積層してなるマイクロチャンバー、並びに少なくとも一種の該特定波長の単色光の光源から成り、該光源が該吸収層及び/又は該ゲル状物質から成る層を照射するように配されている細胞培養用マイクロチャンバー加工装置。
【請求項2】
更に、前記光源からの照射光の位置を照射中に確認する計測手段を有する請求項1に記載の装置。
【請求項3】
前記光源が前記吸収層及び前記ゲル状物質から成る層のいずれかに集光して照射することができるように配されている請求項1又は2に記載の装置。
【請求項4】
前記ゲル状物質から成る層がそれぞれ異なる吸収波長を有する請求項1〜3のいずれか一項に記載の装置。
【請求項5】
前記ゲル状物質から成る層が、それぞれ異なる溶解温度を有する請求項1〜4のいずれか一項に記載の装置。
【請求項6】
前記光源が波長の異なる2種以上の光源から成り、少なくとも一つの波長が、ゲル状物質から成るいずれかの層の吸収波長である請求項1〜5のいずれか一項に記載の装置。
【請求項7】
前記光源が1種の光源から成り、その波長がゲル状物質から成るいずれかの層の吸収波長である請求項1〜6のいずれか一項に記載の装置。
【請求項8】
前記吸収層が1層であり、前記ゲル状物質から成る層が1層である請求項1〜7のいずれか一項に記載の装置。
【請求項9】
前記吸収層を有さず、前記ゲル状物質から成る層が2層である請求項1〜7のいずれか一項に記載の装置。
【請求項10】
可視及び赤外領域に顕著な吸収を有さない透明基板上に、順に、可視及び赤外領域に吸収を有する吸収層を0又は1層、及び100℃以下のゲル溶解温度を持ち加熱によりゾル化する常温でゲル状の物質であって可視及び赤外領域の特定波長に吸収を持つゲル状物質から成る層の少なくとも1層を、該吸収層を有しない場合にはゲル状物質から成る層が少なくとも2層積層されるように、積層してマイクロチャンバーを作成する段階、及び該マイクロチャンバーの吸収層又はゲル状の物質から成る層に少なくとも一種の可視又は赤外の単色光を照射し、ゲル物質を含まない所望の形状の領域を作成する段階から成る細胞培養用マイクロチャンバー加工方法。
【請求項11】
前記単色光が前記吸収層及び前記ゲル状物質から成る層のいずれかに集光して照射される請求項10に記載の方法。
【請求項12】
請求項10又は11に記載の方法に、更に形成されたゲル物質を含まない領域に細胞及びその培養液を注入する段階を含む細胞培養方法。

【国際公開番号】WO2004/076610
【国際公開日】平成16年9月10日(2004.9.10)
【発行日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−502852(P2005−502852)
【国際出願番号】PCT/JP2004/001941
【国際出願日】平成16年2月19日(2004.2.19)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】