説明

細胞増殖促進因子

【課題】動物に由来せず安全性が高く良好な細胞増殖促進作用を有するタンパク質(細胞増殖促進因子)を提供する。
【解決手段】微生物に由来し、細胞外マトリックスに付着性を有する、特定なる配列のアミノ酸配列、または、特定なる配列のアミノ酸配列の1個または数個が欠損、置換、付加または挿入されたアミノ酸配列を有するタンパク質である細胞増殖促進因子、その製造方法、その細胞増殖促進因子を含む細胞・組織培養促進用製剤、およびその細胞増殖促進因子を用いた細胞・組織培養方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物由来の、細胞外マトリックスへ付着性を有するタンパク質である細胞増殖促進因子に関する。また、本発明はラクトバチルス(Lactobacillus)属に属する微生物により生産され、細胞外マトリックスへの付着性を有するタンパク質である細胞増殖促進因子に関する。また本発明は、特定のタンパク質またはそのタンパク質をコードするDNAにより形質転換された微生物により生産されたタンパク質である細胞増殖促進因子に関する。さらに、本発明は、これら細胞増殖促進因子を用いた細胞・組織培養用基質、当該細胞増殖促進因子により処理された細胞・組織培養用材料、およびこれら基質・材料を用いた細胞・組織培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生物において、血液細胞以外のほとんどの細胞は、生体内では細胞外マトリックスと呼ばれる増殖・分化のための足場材料に接着して存在していることが知られている。このような生体環境を模して、生物化学や基礎医学などの研究分野において用いられる細胞培養や、いわゆる再生医療・その周辺分野における良好な組織培養を実現するための様々な細胞増殖促進因子が提供されてきている。
【0003】
動物より抽出される細胞外マトリックス材料は、元来、その由来生物体において細胞増殖の足場機能を提供している成分そのものであることから、こうした研究・医学分野においても細胞培養の足場機能を持つ細胞増殖促進因子として有用であることが知られている。このような例としては、コラーゲンI型(Gey, G.O., et al., Experimental Cell Research 84:63 (1974)、Kleinman, H.K., et al., Analytical Biochemistry 166:1 (1987)等)、コラーゲンIV型(Tomaselli, K.J., et al., Journal of Cell Biology 105:2347 (1987)等)、フィブロネクチン(Bowman, P.D., et al., In Vitro 18(7):626 (1982) 等)、またこれらの処理加工物等の細胞培養への適用など多数の例が知られている。
【0004】
また、こうした動物由来細胞外マトリックス材料のほか、細胞増殖を促進する人工物も多数提案されており、ポリリジン(Yavin E., Yavin Z., Journal of Cell Biology 62:540-546等)、ハイドロキシアパタイト(L.L. Hench: Journal of American Ceramic Society Vol. 74, 1487 (1991)等)など、またこれらの処理加工物等の細胞培養への適用など多数の例が知られている。
【0005】
また、天然物・人工物を問わず、これら細胞外マトリックス類似の細胞増殖促進因子を用いて、コーティングや塗布など物体の表面処理を行い、物体に細胞増殖促進性を付与すること、これら細胞増殖促進因子そのものをシート状や三次元状に成形し細胞増殖性をもつ生体親和性材料とすること、およびこれらを用いたインビトロ(in vitro)、インビボ(in vivo)における細胞・組織培養方法が提供されてきた。このようにして得られる細胞増殖促進性を有する生体親和性材料は、医学・生化学の研究分野において良好な細胞増殖を与える種々の細胞培養容器・培地や、生体に直接適用し生体を健全に保つための創傷保護・修復材、傷病などにより失われた機能を補填し再生を促す人工組織の基材等の形で応用されている。
【0006】
一方、様々な微生物において、人体・動物への感染や共生・常在化ための接着機構・成分を有することが知られており、それらの一部においては、その接着機構の実体が、細胞外マトリックス成分に付着性を持つある種のタンパク質であることも解明されている。細胞外マトリックス付着性タンパク質を有する微生物としては、ラクトバチルス(Lactobacillus)属(Tobaら, Journal of Bacteriology, vol. 182, No.22, p.6440-6450 (2000))(非特許文献1)のほか、ビフィドバクテリウム(Bifidobacterium属)(Mukaiら, Current Microbiology, vol. 34, p.326-331(1997))(非特許文献2)、エシエリキア(Escherichia)属、サルモネラ(Salmonella)属、アエロモナス(Aeromonas)属、ストレプトコッカス(Streptococcus)属、スタフィロコッカス(Staphylococcus)属、ヘリコバクター(Helicobacter)属、カンピロバクター(Campylobacter)属(Ofecら, "Bacterial Adhesion To Cells And Tissues", Chapman & Hall (1994))(非特許文献3)、エルシニア(Yersinia)属(Skurnikら, Infection and Immunity, vol. 62, 1252-1261(1994))(非特許文献4)などが知られており、付着性タンパク質の特定や調製法、付着性の評価方法、またそれぞれ付着の対象となる細胞外マトリックスが、例えばフィブロネクチン、コラーゲンI型・II型・V型、ラミニン、ヘパリン、ビトロネクチンなどであることなどがそれぞれの報告の中で詳細に検討されている。
【0007】
昨今、家畜伝染病、特に人への感染性が疑われているウシ海綿状脳症をはじめとして、人畜共通感染の可能性やその機構が急速に明らかになりつつあり、家畜動物由来材料の安全確保に対する負担が増大している。例えば、ウシ海綿状脳症に関しては使用部位の限定や産地の非発生地域への限定、また検査体制の確立により、その供与体の安全性の十分な保証が義務付けられるつつある。しかしながらこうした病害の世界的な流行は、家畜由来材料を増殖促進材料として造られ、直接人体に接触し、あるいは導入・摂取されるような医療材料の安全性・衛生面への懸念をもたらすのみでなく、そうした家畜由来の増殖促進材料自体の供給量の大幅な変動の可能性、それに伴う価格変動などのリスクを含んでいる。こうした背景から、動物由来の細胞外マトリックス成分およびその利用は、安全性、コスト、供給の安定性など多くの課題を抱えている。
【0008】
また、前述したポリリジンや合成ポリアミン類を利用する細胞増殖促進人工物やプラスチック材料を物理・化学的に表面処理した細胞増殖の足場材料は、従来の動物由来の細胞外マトリックス材料に比べ高コストであること、細胞増殖促進作用が不十分であること等の課題があるため、動物に由来せず安全性が高く、良好な細胞増殖促進作用を有する材料が求められている。
【0009】
【非特許文献1】Tobaら, Journal of Bacteriology, vol.182, No.22, p.6440-6450 (2000)
【非特許文献2】Mukaiら, Current Microbiology, vol.34, p.326-331 (1997)
【非特許文献3】Ofecら, "Bacterial Adhesion To Cells And Tissues", Chapman & Hall (1994)
【非特許文献4】Skurnikら, Infection and Immunity, vol.62, p.1252-1261 (1994)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、動物に由来しない、安全性が高く良好な細胞増殖促進作用を有する細胞増殖促進因子の提供を課題の一つとする。
更に、本発明は、該細胞増殖促進因子の製造方法、細胞・組織培養促進用製剤、細胞・組織培養促進性材料、細胞・組織培養方法等の使用方法を提供することを課題の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者らは、動物に由来せず安全性が高く、良好な細胞増殖促進作用を有する材料を求め鋭意検討した。そして、微生物由来の、細胞外マトリックスへの付着性を有するタンパク質、特に安全な菌として広く知られる乳酸菌であるラクトバチルス(Lactobacillus)属微生物の培養物より、簡便な方法で得られるタンパク質に、優れた細胞増殖促進作用があることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明は、下記の細胞増殖促進因子、その製造方法、その細胞増殖促進因子を含む細胞・組織培養促進用製剤、およびその細胞増殖促進因子を用いた細胞・組織培養方法を提供する。
1.微生物に由来し、細胞外マトリックスに付着性を有するタンパク質であることを特徴とする細胞増殖促進因子。
2.微生物が、ラクトバチルス(Lactobacillus)属に属する微生物である前記1に記載の細胞増殖促進因子。
3.タンパク質が、配列番号1に示すアミノ酸配列、または配列番号1に示すアミノ酸配列の1個または数個が欠損、置換、付加または挿入されたアミノ酸配列を有するタンパク質である前記1に記載の細胞増殖促進因子。
4.タンパク質が、配列番号1に示すアミノ酸配列をコードするDNA、または配列番号1に示すアミノ酸配列の1個または数個が欠損、置換、付加または挿入されたアミノ酸配列をコードするDNAにより形質転換された微生物により生産されたものである前記1に記載の細胞増殖促進因子。
5.配列番号1に示すアミノ酸配列をコードするDNA、または配列番号1に示すアミノ酸配列の1個または数個が欠損、置換、付加または挿入されたアミノ酸配列をコードするDNAにより形質転換された微生物を用いることを特徴とする、前記1に記載の細胞増殖促進因子の製造方法。
6.前記1乃至4のいずれかに記載の細胞増殖促進因子を含む細胞・組織培養促進用製剤。
7.前記1乃至4のいずれかに記載の細胞増殖促進因子により処理されている細胞・組織培養促進材料。
8.前記1乃至5のいずれかに記載の細胞増殖促進因子、前記6に記載の細胞・組織培養促進用製剤、または前記7に記載の細胞・組織培養促進材料を用いる細胞・組織培養方法。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
多くの微生物において、人体・動物、特にその腸管上皮に定着するための接着機構が存在することが知られており、その実体が、細胞外マトリックス成分に付着性を持つある種のタンパク質であることも解明されつつある。特に、ラクトバチルス(Lactobacillus)属微生物は、いわゆる乳酸菌に属し、人体・動物の、特に腸管等に定着性を有することが知られており、またヨーグルトや漬物など身近な発酵食品の製造にも重要な役割を果たしている、安全性の高い微生物である。
【0014】
本発明者らはこうした定着型微生物のもつ付着機構の、人体との、またさらに詳しくは細胞外マトリックスとの相互作用の事実から、逆にこれら微生物に由来する因子が、細胞の増殖のための良好な足場となる可能性に着目し、鋭意検討した。そして、細胞外マトリックス付着性を有する微生物由来のタンパク質を、細胞増殖促進因子として用いることができるという、従来全く予期されなかった事実を見出し、本発明に至った。
【0015】
[細胞増殖因子]
本発明でいう細胞増殖促進因子とは、細胞増殖促進作用を有するタンパク質のことを指し、本発明に係る細胞増殖促進因子は、細胞外マトリックス付着性タンパク質を有する微生物より、少なくとも以下のようにして調製することができる。
【0016】
細胞外マトリックス付着性タンパク質を有する微生物、例えば、ラクトバチルス(Lactobacillus)属を常法に従い培養した培養物を、遠心分離や膜分離により回収する。これを0.5〜8M、好ましくは1〜4Mの塩酸グアニジン水溶液に数分〜24時間程度曝露し、可溶化画分を膜ろ過や遠心分離により分取する。可溶化の効率を高めるために、撹拌や、室温〜80℃、好ましくは室温〜40℃程度の加温をすることもできる。このようにして得られた可溶化タンパク質画分は、増殖因子としての利用の目的に合わせ、溶液をそのまま、もしくは透析やイオン交換による脱塩処理、エバポレーションなどの濃縮処理、凍結乾燥やスプレードライなど種々の処理を加え、使用に供することができる。このように、微生物より簡便に採取される物質に、良好な細胞増殖促進作用があることは従来全く知られていなかった。
【0017】
少なくともこのような操作により可溶画分として得られる本発明の細胞増殖因子の性質を有するが、当然ながら分取の方法により規定されず、例えば高濃度の尿素による可溶化など、タンパク質を可溶化する他の常法によって分取されたものであってもよい。また必要に応じて、得られたタンパク質画分を、塩析や溶媒沈殿、ゲルろ過やアフィニティなどの各種クロマトグラフィー等の方法により、細胞外マトリックス付着性成分が失われない限りにおいて分離精製し用いることもできる。
【0018】
また、本発明は、細胞外マトリックス付着性タンパク質を有する微生物の培養物より得られるタンパク質画分より、細胞外マトリックス付着性タンパク質を特定し、そのタンパク質をコードする遺伝子を、N末端解析結果に基づくmixプライマーによるPCR増幅反応やハイブリダイゼーションなどにより特定し、その遺伝子を用いて大腸菌など他の微生物を形質転換し、その微生物の培養物から得られたタンパク質を含むタンパク質画分としての形態も含む。形質転換微生物においては、発現ベクターのもつプロモーターの発現因子を培養に付加することによりそのタンパク質の生産性を高めることができる。形質転換微生物からの抽出は、前述のラクトバチルス(Lactobacillus)属微生物からの抽出方法の例に準じて実施することができ、利用の形態もまた同様である。また、あらかじめ構造遺伝子に、金属リガンドとのアフィニティを持つヒスチジン連続配列(いわゆるHisタグ)の導入、グルタチオンとのアフィニティを持つGST(グルタチオン−S−トランスフェラーゼ)との融合体化など、一般に知られるタンパク質発現・精製のために好適な修飾を加え、複合体として発現させ、発現微生物の可溶化物よりそれぞれのアフィニティクロマトの手法により精製、回収する方法を取ることもできる。この場合、修飾部分は、機能が保たれる範囲においては付加されたまま同様に用いることができ、またはプロテアーゼによる分解など修飾部分を除去する処理を加えて用いてもよい。
【0019】
前述のごとく特定された発明に係る細胞増殖因子としては、例えば発明者らによりラクトバチルス(Lactobacillus)属微生物、Lactobacillus crispatus JCM 5810(理化学研究所 微生物系統保存施設より分譲)より見出された、配列番号1に示されるアミノ酸配列で示されるタンパク質が挙げられる。当該タンパク質の特性や抽出法、形質転換体による製法、得られるタンパク質の細胞外マトリックス付着性については戸羽らの報告(Journal of Bacteriology, vol. 182, No.22, 6440-6450(2000)等)において詳細に検討されているものである。
【0020】
なお、近年の分子生物学および遺伝子工学の進歩により、タンパク質の分子生物学的な性質やアミノ酸配列等を直接参考にすることにより、PCRやハイブリダイゼーションなどの手法により該タンパク質と同等の機能を有するタンパク質を別個の微生物株より探索、取得することは当業者において比較的容易である。従って本発明に係る細胞増殖促進因子は、最も簡便には、先に例示した細胞外マトリックス付着性を有する微生物培養物から抽出によりそのタンパク質画分として得られるが、それが細胞外マトリックス付着性を有する限りにおいてその由来は限定されない。
【0021】
また、組換えDNA技術の進歩により、タンパク質の機能を実質的に変えることなく比較的容易にその構成アミノ酸の1個または数個を他のアミノ酸で置換、欠失、削除もしくは挿入できることは当業者においては周知である。従って本発明でいう細胞増殖促進因子は、配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列をそのまま具備するものだけでなく、1個または数個のアミノ酸が、他のアミノ酸に置換、欠失、削除もしくは挿入されたアミノ酸配列を有する部分変異タンパク質であっても、それが細胞外マトリックス付着性を有する限りにおいては本発明に包含される。
【0022】
[細胞増殖因子の利用]
本発明の実施の形態の一つとして、培養細胞を用いる試験研究分野および再生医療分野における組織・器官培養の培養基材等への利用を挙げることができる。
【0023】
具体的には、例えば細胞培養のコート培養法においては、標記可溶化画分を、タンパク質含量として1ppm〜10%、好ましくは5ppm〜1%含む水溶液を、無菌的にシャーレ等に塗り広げて常温で乾燥する。これを1回ないし数回繰り返したのち、表面に一般的に知られる培地成分を適宜含む水溶液を塗抹浸透させたのち、細胞分散液を接種しインキュベートすることにより、一般に知られるコラーゲン、ゼラチン等を用いたコート培養法と同様に培養を行うことができる。
【0024】
また、組織培養においては、例えば接着依存性細胞の増殖・分化を改善するために、培養容器のコーティング剤、または三次元培養用基材として用いられるコラーゲン、ゼラチン、フィブロネクチン等の一部または全部を標記タンパク質に置き換えて用いることができる。コーティング方法は常法でよく、例えば、市販のプラスチック製シャーレに、標記タンパク質を1ppm〜10%程度溶解した緩衝液を全面に拡がるよう分注し、数十分から24時間程度静置したのち液を除去し緩衝液で洗浄する。このようにして処理されたシャーレにあらかじめ種々の既知培地で培養された細胞を播種し、増殖用の培地を加え培養する。また三次元培養においては、培養基材となる三次元マトリックス構築時に、従来の材料の全部ないし一部を当該タンパク質材料に置き換えて調製することにより目的が達せられる。このように、コラーゲン、ゼラチン、フィブロネクチン、ポリリジン等を用いた場合と同様の操作により、細胞接着因子依存の組織培養を良好に実施することができる。
【0025】
これら細胞、組織、器官培養用培地には、従来知られるDCCM、LPM、ADC、BME、DME、MEM、マッコイ5A、M199、ハムF−10、ハムF−12、RPMI−1640、フィッシャー培地、シュナイダー培地等、一般的に知られる構成の培地成分、アール平衡塩溶液、ハンクス平衡塩溶液、ダルベッコPBS、スピナー塩溶液など一般に知られる平衡塩類組成成分、および必要に応じ更に種々の細胞増殖因子、抗生物質、ビタミン類、ホルモン類、酸・アルカリなどのpH調整剤、血清、その他生物由来成分等を加えることができる。また、本細胞増殖促進因子の作用により、従来含血清培地で実施している多くの培養方法において、血清成分を削減、または無血清化することもできる。血清成分のバックグラウンド、次工程へのキャリーオーバー、コンタミネーション等が問題となる細胞増殖因子に関する定量的研究、増殖を厳密にコントロールしたい組織培養等の用途に好適である。
【0026】
本発明は、一般的に知られる、細胞増殖の促進による効果が期待される分野に広く適用することができる。細胞増殖促進効果が有用な分野の具体的な例としては、以上述べた試験研究・調製用培地基材のみでなく、生体上においてその細胞増殖促進作用を利用し、インビボ(in vivo)において細胞分裂や組織形成を促し外科的治療の効果を高める、もしくは生体を健全に保つ医用・生体材料、例えば軟膏、コーティング剤、皮膚補修用インプラント剤、代用硝子体、コンタクトレンズ、絆創膏や包帯などの創傷治療・保護材、人工角膜、薬剤徐放剤、縫合糸、止血剤、人工血管、接合剤、人工皮膚、人工骨等の基材そのもの、あるいは表面処理、含浸処理の材料等への適用が挙げられる。またこのほか、生体を健全に保つ外用剤、特に皮膚外用剤の成分として、例えばスキンミルク、スキンクリーム、ファンデーションクリーム、マッサージクリーム、クレンジングクリーム、シェービングクリーム、クレンジングフォーム、化粧水、ローション、パック、シャンプー、リンス、育毛剤、養毛剤、染毛剤、整髪料、歯磨き、うがい剤、パーマネントウェーブ剤、軟膏、入浴剤、ボディーソープ等への適用等が挙げられる。同様の目的でこれら分野にはコラーゲン、ゼラチン、ラミニンなど細胞外マトリックス成分、また種々の生体親和性材料が用いられてきたが、本発明にかかる細胞増殖促進因子の作用により、十分な細胞増殖効果を与えつつ、直接人体に接する用途における動物由来材料の病原性への懸念を解消することができる。
【実施例】
【0027】
以下に実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら制限されるものではない。
【0028】
実施例1:細胞増殖促進因子の調製
エムアールエス ブロス(MRS broth)で37℃、48時間培養したLactobacillus crispatus JCM 5810(理化学研究所 微生物系統保存施設より分譲)の培養液50mLを、同培地500mLに接種継代し、37℃、48時間培養した。培養液を、8,000×g、10分の遠心分離に供し、菌体を回収した。回収した菌体を、100mLの2M 塩酸グアニジン溶液に懸濁し、37℃、2時間撹拌した。懸濁液を10,000×g、10分の遠心分離に供し、上清を分取した。これを50倍容の蒸留水に対し2回透析し、得られた透析内液を凍結乾燥した。得られた乾燥物の一部を蒸留水に溶解し、Protein Assay DCキット(Bio-Lad社製)によりタンパク質量を定量した。500mLの培養液より得られた産物はタンパク質量として15.3mgであった。これを細胞増殖促進因子Aとして、以下の実験に供した。
【0029】
実施例2:細胞増殖促進因子の調製
エムアールエス ブロス(MRS broth)100mLで37℃、48時間培養し、8,000×g、10分の遠心により回収、50mM リン酸ナトリウム緩衝液で洗浄したLactobacillus crispatus JCM 5810の菌体を、3mLの6M 塩酸グアニジン溶液に懸濁し、20℃、20分撹拌した。菌体を8,000×g、10分の遠心により回収し、20mM Tris緩衝液(pH8.2)で洗浄したのち、同緩衝液2.5mLに再懸濁した。5mLのポリエチレングリコール20000、2.5mLのリゾチーム溶液(4mg/mLに調製、Boehringer Mannheim社製)を加え、溶液を37℃、60分緩やかに振とうした。5mLの0.2M EDTA溶液を加えたのち、菌体を4℃下、3,000×g、15分の遠心により回収した。得られた菌体を、50uLのmutanolysin溶液(15,000U/mL、シグマ社製)を含む10mLのTris緩衝液(pH8.2)に懸濁し、37℃、1時間緩やかに振とうしたのち、1.5mLの9%ザルコシル(シグマ社製)、3mLの5M 塩化ナトリウム溶液を加えて菌体を可溶化した。さらに2.9mLの5M 過塩素酸ナトリウムを加えたのち、クロロホルム/イソアミルアルコール(24:1)で抽出した。抽出後の溶液をエタノール沈殿に供し、得られた沈殿をゲノムDNAとし、以下の実験に用いた。
【0030】
得られたゲノムDNAをテンプレートとして、GenBankアクセッションNo. AF001313に開示されている塩基配列に基づき、mature部分全長を含み、かつfowardの5'側には制限酵素BamHIサイト、またreverseの3'側、stopコドンの下流には制限酵素SacIサイトを含むようにプライマーを設計・合成し、PCR増幅反応を行った。
【0031】
増幅反応の結果得られた約800塩基対フラグメントを、常法に従い発現ベクターpQE30(Qiagen社製)のBamHI、SacIサイトに接続し、このプラスミドを用いてEscherichia coli M15(pREP4)株(Qiagen社製)をマニュアルに従い形質転換した。
【0032】
この形質転換株を、200mLのLB培地で35℃、24時間振とう培養したのち、終濃度1mMのIPTGを添加し更に6時間振とう培養した。培養菌体を遠心回収、50mMリン酸ナトリウム緩衝液で洗浄したのち、50mLの6M塩酸グアニジン水溶液に再懸濁し、常温にて12時間撹拌した。この溶液を10,000×g、10分の遠心に供して上清を回収し、全量をアフィニティカラム(HiTrap Chelating HP、ベッド容量5mL、Amersham Bioscience社製)に通じた。カラムを0.1M NaClを含む50mM リン酸ナトリウム緩衝液(pH8.0)50mLで洗浄後、0.1M NaClを含む50mM リン酸ナトリウム緩衝液(pH4.0)50mLを通じて、溶出液を順次5mL容×10点のフラクションに分画し、280nmの吸光度によりタンパク質溶出画分を回収した。回収されたタンパク質画分の一部、タンパク質量にして約10ug分を、SDS−ポリアクリルアミド(12%)電気泳動に供し、エレクトロブロッター(Electro-Blot Unit for 10×10cm Gel、フナコシ社製)を用いて、ProBlott PVDFメンブレン(Applied Biosystems社製)にブロッティングした。メンブレンをCBB染色し、主成分が約43キロダルトン付近のタンパク質であることを確認したのち、メンブレンの当該バンド部分を切り出し、Procise 494Aタンパク質シーケンサー(Applied Biosystems社製)により、マニュアルに従いN末端アミノ酸配列を解析した(配列番号2)。得られたアミノ酸配列は以下のようであり、設計上の塩基配列を反映するものであった。
【0033】
N - Asp Ala Val Val Ser Ser Ala Asn Asn Ser Asn Leu Gly - C(配列番号2)
【0034】
タンパク質フラクションの残分を、100倍容の蒸留水に対して2回透析し、凍結乾燥に供し、得られた透析内液を凍結乾燥した。得られた乾燥物の一部を蒸留水に溶解し、Protein Assay DCキットによりタンパク量を定量した。200mLの培養液より得られた産物はタンパク質量として20.4mgであった。これを細胞増殖因子Bとして、以下の実験に供した。
【0035】
実施例3:細胞増殖促進試験
実施例1および2で調製した細胞増殖因子を表1−1に示す各タンパク質換算濃度で溶解し、ろ過滅菌したダルベッコPBS緩衝液を、市販の浮遊培養用マイクロプレート(SUMILON MS-8048R)に無菌的に各well 0.2mL分注し、無菌下、37℃、1時間静置した。液を吸引除去し、同容量のダルベッコPBS緩衝液で3回洗浄したのち、5%ウシ血清アルブミン/ダルベッコPBS緩衝液溶液を0.2mL分注し、再度同様に1時間静置した。液を吸引除去し、同容量のダルベッコPBS緩衝液で3回洗浄したのち、10%FBS(ウシ胎児血清、Sigma社製)を含むDMEM培地であらかじめコンフルエントまで培養したヒト皮膚線維芽細胞NB1RGB(理化学研究所より分譲)の細胞懸濁液(無血清培地コスメジウム(コスモバイオ社製)で3回洗浄したのち、同培地に2×104個/mLとなるよう再懸濁したもの)を0.1mL播種し、CO2インキュベーターにて培養した。培養3時間、および24時間における細胞の接着・伸展の状況を位相差顕微鏡により観察した。各処理濃度と接着・伸展の観察結果を表1−1、表1−2、および図1に示す。
【0036】
比較例3−1:
実施例3で、タンパク質Aを、市販コラーゲン(Sigma社製、type III酸可溶性、ウシアキレス腱由来)に代えたほかは同様に培養し、細胞の接着・伸展の状況を位相差顕微鏡により観察した。結果を表1−1、1−2に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
【表2】

【0039】
比較例3−2:
実施例3で、タンパク質を各濃度で溶解しろ過滅菌したダルベッコPBS緩衝液による処理を省いたほかは同様にして、培養を試みたが、細胞の着生、伸展が全く認められなかった。
【0040】
実施例4:
市販の浮遊培養用60mmシャーレ(SUMILON MS-1160R)を、実施例1で調製したタンパク質を50ug/mLとなるよう溶解し、ろ過滅菌したダルベッコPBS緩衝液で、実施例3と同様に処理し、実施例3と同様に調製したヒト皮膚線維芽細胞NB1RGBの細胞懸濁液を4mL接種し、72時間培養した。培養液を吸引除去し、DMEM培地で細胞表面を3回洗浄したのち、37℃に加温しておいた0.25%トリプシン/0.02%EDTA液を1mL添加し37℃で保持した。5分間保持後、位相差顕微鏡による検鏡で細胞の分散を確認したのち、10%FBSを含むDMEM培地3mLを加え、全量を遠心分離した。細胞沈澱に血清添加培養液5mLを加えピペッティングして分散させた。得られた分散細胞の総数を、Thomaの計算板にて計数し、培養後総細胞数を算出した。結果を表3に示す。
【0041】
比較例4:
実施例4で、タンパク質を、市販コラーゲン(Sigma社製、type III酸可溶性、ウシアキレス腱由来)に代えたほかは同様にして培養後の総細胞数を算出した。結果を表2に示す。
【0042】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】Aは、細胞増殖因子A(処理濃度:15ug/mL)、Bは、細胞増殖因子B(処理濃度:30ug/mL)の培養24時間における細胞増殖を位相差顕微鏡により観察した検鏡像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物に由来し、細胞外マトリックスに付着性を有するタンパク質であることを特徴とする細胞増殖促進因子。
【請求項2】
微生物が、ラクトバチルス(Lactobacillus)属に属する微生物である請求項1に記載の細胞増殖促進因子。
【請求項3】
タンパク質が、配列番号1に示すアミノ酸配列、または配列番号1に示すアミノ酸配列の1個または数個が欠損、置換、付加または挿入されたアミノ酸配列を有するタンパク質である請求項1に記載の細胞増殖促進因子。
【請求項4】
タンパク質が、配列番号1に示すアミノ酸配列をコードするDNA、または配列番号1に示すアミノ酸配列の1個または数個が欠損、置換、付加または挿入されたアミノ酸配列をコードするDNAにより形質転換された微生物により生産されたものである請求項1に記載の細胞増殖促進因子。
【請求項5】
配列番号1に示すアミノ酸配列をコードするDNA、または配列番号1に示すアミノ酸配列の1個または数個が欠損、置換、付加または挿入されたアミノ酸配列をコードするDNAにより形質転換された微生物を用いることを特徴とする請求項1に記載の細胞増殖促進因子の製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至4のいずれかに記載の細胞増殖促進因子を含む細胞・組織培養促進用製剤。
【請求項7】
請求項1乃至4のいずれかに記載の細胞増殖促進因子により処理されている細胞・組織培養促進材料。
【請求項8】
請求項1乃至5のいずれかに記載の細胞増殖促進因子、請求項6に記載の細胞・組織培養促進用製剤、または請求項7に記載の細胞・組織培養促進材料を用いる細胞・組織培養方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−22086(P2006−22086A)
【公開日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−166620(P2005−166620)
【出願日】平成17年6月7日(2005.6.7)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)
【Fターム(参考)】