説明

細胞選別装置、およびそれを用いた細胞選別方法

【課題】 特定物質を産生する細胞を、一度に大量かつ短時間で簡便に選別し、更には細胞表面の特定物質と認識分子における結合力の大きさにより細胞選別を効率的に行うための細胞選別装置及び細胞選別方法を提供する。
【解決の手段】 一対の電極と、複数の微細孔を有した平板状の絶縁体からなり、前記微細孔の底面に特定物質と結合性を有する認識分子を配置した細胞選別容器と、電源と、を備えた細胞選別装置であって、前記電源が細胞固定用電源と、細胞取り出し用電源を有することを特徴とする細胞選別装置と、前記細胞選別装置を用いた細胞選別方法であって、細胞選別領域に細胞を導入し、前記微細孔内に前記細胞を固定し、細胞表面の特定物質と前記認識分子を結合反応させた後、細胞表面の特定物質と前記認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞を前記微細孔から取り出す、または、前記細胞のうち細胞表面の特定物質と前記認識分子が強く結合した細胞を微細孔に残す細胞選別方法であることを特徴とする細胞選別方法を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞選別を効率的に行うための細胞選別装置、およびそれを用いた細胞選別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、疾病の診断薬や医薬品の原料として、生体内でつくられる抗体の利用が注目されている。抗体とは、生体内にウイルスなどの異物が侵入してきたときに、その異物と特異的に結合する蛋白質の一種である。抗体は、特定のウイルスなどの異物と結合する事で、そのウイルスを殺したり、無毒化したりして、生体をウイルスなどの侵入から守る機能を有している。ここで抗体が特異的に結合するウイルスなどの異物は、一般に抗原と呼ばれている。また生体内の抗体は、脾臓やリンパ節の中にある細胞からつくられ、その種類は百万種類を超えるといわれている。なお、脾臓やリンパ節の中にある抗体をつくる細胞は、リンパ球やB細胞、抗体産生細胞などと呼ばれている。また前述した診断薬や医薬品は、この抗体の「特定物質と特異的に強く結合する性質」を利用している。特に、抗体を利用した診断薬は免疫診断薬、抗体を利用した医薬品は抗体医薬、などと呼ばれている。
【0003】
免疫診断薬の例としては、生体内に侵入したウイルスなどを抗体で検出する感染症の診断や、疾病と相関性の高い蛋白質等を検出する事で癌や心疾患、自己免疫疾患等の診断に利用されている。特に免疫診断薬は、抗体が特定物質に特異的に結合することから、感度が高く信頼性の高い診断薬として臨床診断の分野で広く利用されている。
【0004】
また抗体医薬の例としては、生体内に侵入した病原菌を殺したり、疾病を引き起こす蛋白質を無毒化したり、癌細胞の増殖を抑えたり、癌細胞を殺したり、アレルギー反応を抑えるなどの医薬品がある。特に抗体医薬は、抗体が特定物質に特異的に結合することから、副作用の少ない医薬品として期待されている。
【0005】
なお、免疫診断薬や抗体医薬に用いる抗体は、通常1種類の抗体のみから構成されており、一般にモノクローナル抗体と呼ばれている。
【0006】
しかしながら抗体産生細胞は、生体の外に取り出すと増殖することができず、そのままでは抗体を工業的に大量に生産することはできない。そこで、生体から取り出した抗体産生細胞と癌細胞のような無限に増殖する細胞を細胞融合させて、無限に増殖しかつ抗体をつくる細胞(以下、融合細胞またはハイブリドーマと称する)を得、抗体を工業的に大量に生産する方法が用いられている。以下の1)〜3)に、モノクローナル抗体を工業的に大量に生産するための融合細胞を得る代表的な例を示す。
1)マウスやラットなどの動物に、検出したい、あるいは治療したい異物である目的の抗原を注射し、動物の体内でその抗原と特異的に結合する抗体をつくらせる(本工程を以下、免疫と称する)。
2)1)で免疫した動物の脾臓やリンパ節から抗体産生細胞を取り出し、ポリエチレングリコール等の細胞膜の流動性を高める媒体の中で癌細胞と接触させ融合(PEG法)する、または、電極間に入れた溶媒中の抗体産生細胞と癌細胞に交流電圧を印加して細胞を接触させた後、直流パルス電圧を印加して2細胞の接触した細胞膜を一時的に破壊し膜再生させる事で融合(電気融合法)する(本工程を以下、細胞融合と称する)。
3)2)で得た融合細胞の中から、特に目的の抗原と特異的に強く結合する抗体をつくる細胞を選ぶ(本工程を以下、細胞選別と称する)。
【0007】
一般に、抗体産生細胞は免疫したマウスの脾臓から取り出され(以下、脾臓細胞と称する)、その数は1〜2億個程度である。このうち細胞融合により得られる融合細胞は数千個程度、更にこの融合細胞のなかで目的の抗原と特異的に強く結合する抗体をつくっている融合細胞は数個程度である。従って上記3)の細胞選別の工程において、数千個の融合細胞の中から目的の抗原と特異的に強く結合する抗体をつくっているかどうか、細胞がつくる抗体を検出して効率的に調べる必要がある。
【0008】
細胞がつくる抗体の検出方法として、免疫化学的測定方法が一般的に用いられている。これは、抗体が抗原を特異的に認識する抗原抗体反応に基づいて抗体の検出を行う方法であり、その優れた精度、簡便性、迅速性、経済性から近年注目を集めている。免疫化学測定法においては、検出方法として非常に多種の標識、例えば、酵素、放射性トレーサー、化学発光性及び蛍光性標識、金属原子及びゾル、安定遊離基、ラテックスならびにバクテリオファージが適用されてきた。
【0009】
免疫化学的測定方法の中でも、酵素を使用する酵素免疫(吸着)測定法(以下、ELISA法と称する)は、経済性及び利便性から特に優れたものとして広く使用されるに至っている。ELISA法では、抗原または抗体を固定化する担体として、例えばポリスチレン製の96ウェルのマイクロタイタープレートが用いられている。各ウェル内に抗原また抗体を固定化した後、間接競合法または直接競合法などにより標識化した抗原または抗体を検出し、分析対象物質の量を検出している。従来のELISA法は、簡易でかつ迅速な測定法として知られているが、測定には数時間程度が必要とされている。また一度に検出可能なサンプル数として、1プレートのウェル数に限られる。従って、従来のELISA法よりも、より短時間で大量のサンプルを測定することができる、簡易で迅速な測定方法が求められていた。
【0010】
これに対して、上記ELISA法の課題を解決するために、多孔質素材上に分析対象物質(例えば、抗体)と特異的に反応する物質(例えば、抗原)を固定化し(以下、固定化物質と称する)、分析対象物質を含む溶液を前記多孔質素材でろ過することにより、前記多孔質素材上の前記固定化物質に対して分析対象物質を反応させ、次いで、前記固定化物質に対して分析対象物質と競合して反応する標識化された物質を前記多孔質素材でろ過することにより、前記標識化された物質を前記固定化物質と反応させ、前記固定化物質と反応した前記標識化された物質の量を測定することにより、分析対象物質の量を検出する検出方法の例が報告されている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1記載の方法は、抗原抗体反応を用いた分析対象物質の検出方法であり、前記方法における多孔質素材によるろ過は、壁部と底部からなる複数のウェルを備えたプレートを用いて行うことが好ましく、多孔質素材は、ウェルの底部に配置されていることが好ましいとされている。このようなプレートは、ミリポア社から「MultiScreen」(登録商標)として市販されており、多孔質素材として疎水性PVDF(ポリフッ化ビニリデン)を用いた「IP」、多孔質素材として混合セルロースエステルを用いた「HA」、多孔質素材として100%ニトロセルロースを用いた「NC」などが知られている。これらのプレートは、96個のウェルを備えている。なお、特許文献1記載の方法は、分析対象物質の溶液をろ過した後、前記固定化物質に対して分析対象物質と競合して反応する標識化された物質をろ過することにより、良好な検出感度が得られ、しかも30分程度の時間で検出できる。しかしながら、前記特許文献1記載の方法では、前記壁部と底部からなる複数のウェルを備えたプレートを用いて行うため、一度に大量のサンプルを測定することが難しいという課題があった。ここで、一般によく使用されるのは、前述の通り96ウェルプレートである。
【0011】
一方、融合細胞を作製する前に目的の抗体をつくる抗体産生細胞を選別してから細胞融合に用いる方法がある。この目的抗体を産生する抗体産生細胞の選別収集技術としては、現在、磁気ビーズ方式による収集技術やフローサイトメトリーを用いた収集技術が広く適用されている。
磁気ビーズ方式では、目的細胞の表面に提示された特定物質と特異的に反応するモノクローナル抗体を表面に結合した磁気ビーズを用いて、抗原抗体反応により目的とする細胞を選択的に磁気ビーズに結合させ、磁気カラムを通してビーズを選別捕集する(以下、磁気ビーズ法と称する)。この方法では90%程度の回収率、しかも一度に10個程度の大量の目的とする細胞を選別できるという利点がある(例えば、特許文献2、非特許文献1参照)。しかしながらこの方法では、目的とする細胞を抗原抗体反応により結合させた磁気ビーズから分離しなければならない場合が生じ、その工程が繁雑になるという課題があった。しかもこの方法では、抗原抗体反応で結合するかしないかで細胞を選別するため、抗原抗体反応における結合力の大きさにより細胞を選別することはできなかった。
【0012】
一方フローサイトメトリーは、蛍光標識したモノクローナル抗体を目的とする細胞の表面に提示された特定物質と抗原抗体反応により結合させて、抗体から発せられる蛍光で細胞を識別する方法である(以下、フローサイトメトリー法と称する)。具体的には、ノズルから噴出するジェット流中に細胞を流し、このジェット流に超音波振動を加えて液滴化させ、液滴に分かれる直前に水流に電荷を与え、目的の細胞(即ち、蛍光標識された細胞)を含む液滴を正または負に帯電させて、落下中に帯電した液滴を電場で偏向させることにより目的の細胞を捕集する。この方法では磁気ビーズ方式以上の純度を得られ、また複数のレーザーと複数の蛍光波長を組み合わせて6種類程度の異なる細胞を同時に検出することが可能である(例えば、特許文献2参照)。しかしながらこの方法は、高価な大型の装置を必要とするため、簡易で迅速な測定は難しいという課題があった。しかもこの方法では、抗原抗体反応で結合するかしないかで細胞を選別するため、抗原抗体反応における結合力の大きさを基準に細胞を選別することはできなかった。
【0013】
この他にも、融合細胞を作製する前に目的の抗体をつくる脾臓細胞を選別してから細胞融合に用いる方法として、ある抗原に特異的に反応する脾臓細胞を1個選択し、選択した脾臓細胞を培養し、培養により増殖した脾臓細胞を癌細胞と細胞融合させ融合細胞を作製する方法(例えば、特許文献3参照)や、目的抗原を免疫して得た脾臓細胞と、細胞表面に目的抗原を提示する癌細胞とを混合し、脾臓細胞のうち目的抗原と特異的に結合する抗体を提示する脾臓細胞を癌細胞の表面の目的抗原との特異的な結合を介し選択的に近寄らせ、両細胞を細胞融合する方法(例えば、特許文献4参照)がある。しかしながら、いずれの方法も細胞融合前に細胞選別する事で、細胞数が極端に減少してしまう。例えば、目的の抗体をつくるマウス脾臓細胞の割合は、全脾臓細胞数(一般に、約1×10個程度)の1%程度未満(約1×10個程度)といわれている。従って、細胞選別後に用いる細胞融合法が、従来の細胞融合法であるPEG法(例えば、非特許文献2、非特許文献3参照)や電気融合法(例えば、非特許文献3参照)であるため、それらの融合再生確率が一般に0.2/10000程度と極めて低い事から、実質的に融合細胞を得る事が難しいという課題があった。また、細胞選別と細胞融合の作業を別々の容器等で行うため容器の置換を行う際に細胞がロスする可能性が高いという課題もあった。ここで一般に、融合再生確率とは、細胞融合で生成した融合細胞数を、細胞融合に用いた脾臓細胞数で除算した値である。
【0014】
また、一度に複数種の細胞を大量に選別・捕集することが可能な細胞分離システムの例も報告されている。(例えば、特許文献2参照)。
【0015】
特許文献2記載の方法は、特定の温度(転移温度)以上では親水性を示し、その温度以下では疎水性を示す感温性担体と、前記担体の表面に付着した目的の細胞に対する抗原結合構造を有する物質を結合した捕集細胞とを含む細胞分離キットを用いて、転移温度以上の温度に調整された目的の細胞を含む水溶液中に細胞分離キットを混合し、抗原抗体反応により捕集細胞に目的とする細胞を結合し、水溶液から目的とする細胞を結合した捕集細胞付き担体を分離して別の媒体に移し、この媒体の温度を担体の転移温度以下にして担体に付着し、目的とする細胞と結合した捕集細胞を担体から離脱させ、担体と目的とする細胞を結合した捕集細胞とを分離し、目的とする細胞と捕集細胞との結合体をpHの調整等により解離し、目的とする細胞を捕集細胞から分離する方法である。この方法では、感温性高分子化合物と、目的とする細胞に対し抗原抗体反応する物質と結合した捕集細胞、とを組み合わせることにより、感温性高分子化合物を利用して大量の細胞を大量に分離することができる。しかしながら、目的とする細胞を捕集細胞から分離する工程が繁雑になるという課題があった。しかもこの方法では、抗原抗体反応で結合するかしないかで細胞を選別するため、抗原抗体反応における結合力の大きさを基準に細胞を選別することはできなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2001−281250公報
【特許文献2】特開2004−73112公報
【特許文献3】特許第3799392号公報
【特許文献4】特開2000−6250公報
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】村上浩紀、菅原卓也著、「細胞工学概論」、初版、コロナ社、2001年9月10日、pp.181−198
【非特許文献2】Kohler G.、Milstein C,Nature,256、pp.495−497、(1975)
【非特許文献3】De St.Groth S.F.、Schedegger D.、J.Immunol.Methods、35、pp.1−21(1980)
【非特許文献4】U.Zimmermann、G.Pilwat、H.Pohl、J.Biol.Phys.、Volume10,pp.43−50(1982)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明は、かかる従来の実状に鑑みて提案されたものであり、特定物質を産生する細胞を、一度に大量かつ短時間で簡便に選別し、更には細胞表面の特定物質と認識分子における結合力の大きさにより細胞選別を効率的に行うための細胞選別装置および細胞選別方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明は、上記従来の技術における問題点や課題を解決するものとして、対向して配置される導電部材からなる一対の電極と、前記一対の電極間に平板状のスペーサーを介して配置され、かつ前記対向して配置された電極の方向に貫通した複数の微細孔を有した平板状の絶縁体からなり、前記絶縁体が前記電極のいずれか一方の電極面上に配置され、前記微細孔の底面に特定物質と結合性を有する認識分子を配置した細胞選別容器と、前記一対の電極に電圧を印加する電源と、を備えた細胞選別装置であって、前記電源が第1の交流電圧を印加するための第1の交流電源である細胞固定用電源と、第2の交流電圧を印加するための第2の交流電源である細胞取り出し用電源を有することを特徴とする細胞選別装置と、前記細胞選別装置を用いた細胞選別方法であって、前記細胞選別容器の前記一対の電極間に前記スペーサーを介して形成された細胞選別する空間である細胞選別領域に細胞を導入し、前記第1の交流電源により前記第1の交流電圧を印加して前記微細孔内に前記細胞を固定し、細胞表面の特定物質と前記認識分子を結合反応させた後、前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する特定の力により前記細胞のうち細胞表面の特定物質と前記認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞を前記微細孔から取り出す、または、前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する特定の力により前記細胞のうち細胞表面の特定物質と前記認識分子が強く結合した細胞を微細孔に残す細胞選別方法であることを特徴とする細胞選別方法を用いることにより、上記の従来技術の課題を解決することができることを見出し、遂に本発明を完成するに至った。
以下、本発明を詳細に説明する。
【0020】
本発明の細胞選別装置は、対向して配置される導電部材からなる一対の電極と、前記一対の電極間に平板状のスペーサーを介して配置され、かつ前記対向して配置された電極の方向に貫通した複数の微細孔を有した平板状の絶縁体からなり、前記絶縁体が前記電極のいずれか一方の電極面上に配置され、前記微細孔の底面に特定物質に対し結合性を有する認識分子を配置した細胞選別容器と、前記一対の電極に電圧を印加する電源と、を備えた細胞選別装置であって、前記電源が細胞固定用電源および細胞取り出し用電源を有する細胞選別装置である。
【0021】
また本発明の細胞選別装置は、前述した細胞選別装置が備えた電源のうち、細胞固定用電源が第1の交流電圧を印加する第1の交流電源からなり、細胞取り出し用電源が第2の交流電圧を印加する第2の交流電源からなり、第1の交流電源と第2の交流電源とを切換える電源切換え機構を有する細胞選別装置である。
【0022】
また本発明の細胞選別装置は、前述した電源が細胞固定用電源および細胞取り出し用電源および細胞融合用電源を有する細胞選別装置であり、前記電源において、前記細胞固定用電源が第1の交流電圧を印加する第1の交流電源からなり、前記細胞取り出し用電源が第2の交流電圧を印加する第2の交流電源からなり、前記細胞融合用電源が直流パルス電圧を印加する直流パルス電源からなり、前記第1の交流電源、前記第2の交流電源、前記直流パルス電源から任意の1つ、または任意の2つの電源を選んで接続する電源切換え機構を有することを特徴とする請求項3記載の細胞選別装置である。
また本発明の細胞選別装置は、前記第1の交流電源の交流周波数が30kHz以上であり、かつ前記第2の交流電源の交流周波数が20kHz未満である、前述の細胞選別装置である。
【0023】
また本発明の細胞選別装置は、前記特定物質と結合性を有する認識分子が抗原である、前述の細胞選別装置である。
また本発明の細胞選別装置は、前記細胞選別容器の前記一対の電極間に前記スペーサーを介して形成された細胞選別する空間である細胞選別領域に面する前記電極の表面かつ/または前記微細孔を有した平板上の絶縁体を配置した電極の絶縁体表面にカチオン性ポリマーを配し、前記カチオン性ポリマーがポリリジン、またはポリリジンの誘導体、またはアミノ基含有ポリマーである、前述の細胞選別装置である。
【0024】
また本発明の細胞選別方法は、前述した細胞選別装置を用いた細胞選別方法であって、前記細胞選別領域内に細胞を導入し、前記第1の交流電源により前記第1の交流電圧を印加して前記微細孔内に前記細胞を固定し、前記微細孔の底面に配置した前記認識分子と細胞表面の特定物質を結合反応させた後、前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する特定の力により前記細胞のうち細胞表面の特定物質と前記認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞を前記微細孔から取り出す、または、前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する特定の力により前記細胞のうち細胞表面の特定物質と前記認識分子が強く結合した細胞を微細孔に残す細胞選別方法である。
【0025】
また本発明の細胞選別方法は、前述した細胞選別装置を用いた細胞選別方法であって、前記細胞選別領域内に第1の細胞を導入し、前記第1の交流電源により前記第1の交流電圧を印加して前記微細孔内に前記第1の細胞を固定し、前記第1の細胞表面の特定物質と前記認識分子を結合反応させ、前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する特定の力により前記第1の細胞のうち細胞表面の特定物質と前記認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞を前記微細孔から取り出し、続いて前記細胞選別領域内に第2の細胞を導入し、前記微細孔に残った前記第1の細胞と接触させ、前記電源切換え機構により前記直流パルス電源に切換え前記直流パルス電圧を印加し、前記微細孔に残った前記第1の細胞と接触した前記第2の細胞を細胞融合させる、細胞選別方法である。
また本発明の細胞選別方法は、前述した前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する特定の力が、前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する重力、磁力、前記細胞選別容器に導入する溶液の送液力、または前記電源切換え機構により切換えた前記第2の交流電源による前記第2の交流電圧を印加することで前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する誘電泳動力、のいずれか1つ、あるいはいずれかの2以上の組み合わせである細胞選別方法である。
【0026】
また本発明の細胞選別方法は、前述した特定の力が前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する送液力であって、送液力の大きさを前記細胞選別容器に導入する溶液の送液速度の大きさを変えることで、前記細胞表面の特定物質と前記認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞と、細胞表面の特定物質と前記認識分子が強く結合した細胞とを選別する細胞選別方法である。
【0027】
また本発明の細胞選別方法は、前述した特定の力が前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する誘電泳動力であって、誘電泳動力の大きさを前記第2の交流電源による前記第2の交流電圧の大きさかつ/または周波数の大きさを変えることで、前記細胞表面の特定物質と前記認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞と細胞表面の特定物質と前記認識分子が強く結合した細胞とを選別する細胞選別方法である。
【0028】
また本発明の細胞選別方法は、前述した微細孔から取り出した細胞を、カチオン性ポリマーを配した前記電極の細胞選別領域側の表面かつ/または前記微細孔を有した平板上の絶縁体を配置した電極の絶縁体表面に捕捉させる細胞選別方法である。
【0029】
また本発明の細胞選別方法は、前述した第2の細胞の表面に前述した第1の細胞の特定物質を認識する認識分子を固定し、前記特定物質と前記認識分子の結合により前記第1の細胞と前記第2の細胞を結合する細胞選別方法である。
【0030】
また本発明の細胞選別方法は、前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する前記特定の力をかけたまま、前記直流パルス電圧を印加することで、前記第1の細胞と前記第2の細胞を細胞融合する事を特徴とする細胞選別方法である。
【0031】
また本発明の細胞選別方法は、前述した特定物質が細胞表面の抗体であり、前述した認識分子が抗原である細胞選別方法である。
【0032】
また本発明の細胞選別装置の別の態様は対向された第1及び第2電極と、当該電極に交流電圧を印加する電源装置を備えた細胞選別装置であって、前記第1電極の第2電極側表面に微細孔を有する絶縁体が配置され、当該微細孔が当接した電極露出部位以外の部分が絶縁体で覆われ、また第1及び第2電極は当該絶縁体と第2電極とが隔離配置され、前記電極露出部位に認識分子が配置されており、そして、前記電源装置は周波数の異なる二種類の交流電圧を第1及び第2電極に印加するものである、細胞選別装置である。
【0033】
以下に、図を用いて本発明を更に詳細に説明する。
【0034】
本発明の細胞選別装置は、対向して配置される導電部材からなる一対の電極と、前記一対の電極間に平板状のスペーサーを介して配置され、かつ前記対向して配置された電極の方向に貫通した複数の微細孔を有した平板状の絶縁体からなり、前記絶縁体が前記電極の内いずれか一方の電極面上に配置され、前記微細孔の底面に特定物質に対し結合性を有する認識分子を配置した細胞選別容器と、前記一対の電極に電圧を印加する電源と、を備えた細胞選別装置であって、前記電源が細胞固定用電源、細胞取り出し用電源を有するか、あるいは前記電源が細胞固定用電源、細胞取り出し用電源、細胞融合用電源を有していても良い。
【0035】
ここでまず、本発明の細胞選別装置と細胞選別方法を説明するために、本発明の細胞選別装置を用いた代表的な細胞選別方法の概略、すなわち細胞溶液を細胞選別領域に導入して細胞選別する方法を図1〜図3により説明する。
【0036】
本発明の細胞選別方法の手順を図1、図2、図3の順に示す。まず図1に示すように、細胞(50)の入った細胞溶液(2)を細胞選別領域(1)に入れ、電源切換え機構(7)を第1の交流電圧を印加する第1の交流電源(5)に接続する。第1の交流電源は細胞固定用電源である。このとき細胞は、絶縁体(8)に形成された微細孔(9)に向かって移動し固定される。この細胞が微細孔に向かって動くときに作用する力を本発明では正の誘電泳動力(10)という。図1に示すように正の誘電泳動力とは、電極間に特定の周波数の交流電圧を印加したとき、上部電極(14)と微細孔(9)で覆われた下部電極(15)のように、電気力線(12)の集中部位があると、その電気力線の集中部位(11)の方向(すなわち、微細孔の方向)に向かって細胞等の誘電体粒子を動かす力である。一般に誘電泳動力は、誘電体粒子の体積、誘電体粒子の誘電率と溶液の誘電率の差、印加電圧の2乗に比例し、細胞等に対しては高い周波数(例えば30kHz以上)の交流電圧を印加すると正の誘電泳動力が生じる。
【0037】
次に、図2に示すように、微細孔に固定された細胞は、微細孔の底面と接触することにより、細胞表面の特定物質(33)と微細孔の底面(本発明の細胞選別装置の別の態様における第1電極の微細孔に電極が当接した電極露出部位)に配した認識分子(34)との結合反応が起こる。続いて、図3に示すように、電源切換え機構(7)により第1の交流電源(5)を第2の交流電源(6)に切換え、第2の交流電圧を印加する。第2の交流電源は、細胞取り出し用電源である。このとき微細孔の中にある細胞には、負の誘電泳動力(21)が働く。ここで負の誘電泳動力とは、細胞を微細孔(9)から取り出す方向に働く力であり、一般に細胞等に対しては低い周波数(例えば20kHz未満)の交流電圧を印加すると負の誘電泳動力が生じる。これにより、細胞を負の誘電泳動力を利用して強制的に微細孔の中から取り出すことが可能となる。このとき、微細孔に固定された細胞のうち細胞表面の特定物質と認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞(17)は、微細孔から取り出され、細胞表面の特定物質と認識分子が強く結合した細胞(18)は、細胞表面の特定物質と認識分子の結合力により微細孔に残すことにより細胞選別を行うことができる。なお、第1の交流電源と第2の交流電源は、それぞれ第1の交流電圧と第2の交流電圧を印加する機能を有していれば、それぞれ別の電源であってもよいし、同一の電源で電圧や周波数を切り換えて使用してもよい。
【0038】
すなわち本発明における細胞選別を行なう態様として、細胞選別領域内に細胞を導入し、第1の交流電圧を印加して微細孔内に細胞を固定した後、細胞表面の特定物質(例えば抗体)と、認識分子(例えば抗原)とを結合反応させ、電源切換え機構により第1の交流電源を第2の交流電源に切換え、第2の交流電圧を印加して、細胞のうち細胞表面の特定物質と認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞を微細孔から取り出す事や、細胞表面の特定物質と認識分子が強く結合した細胞を微細孔に残す事ができ、また、細胞表面の特定物質と認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞と細胞表面の特定物質と認識分子が強く結合した細胞とを選別でき、かつ、第2の交流電源の電圧の大きさを変える事によって選別基準となる結合力を任意に設定することができる。
【0039】
ここで、本発明において結合力の大きさとは、細胞表面の特定物質に対する認識分子の結合力そのものが大きいことを意味する他にも、細胞表面の特定物質が多いことにより結果的に認識分子との結合力が大きい場合のいずれかあるいは両方を意味する。
【0040】
次に、本発明の細胞選別装置の構成について、図を用いて詳しく説明する。
【0041】
図4は本発明の細胞選別装置の概念図を示した図である。本発明の細胞選別装置は、細胞選別容器(13)と電源(4)で構成されている。
【0042】
細胞選別容器は、図4に示すように上部電極(14)と下部電極(15)の間に、スペーサー(16)を配置することで細胞選別領域(1)を確保し、微細孔(9)を形成した絶縁体(8)を下部電極の細胞選別領域側に配置した構造を有する。
【0043】
本発明の細胞選別装置の別の態様においては図4の微細孔(9)を形成した絶縁体(8)を配置した下部電極は第1電極に該当し、当該絶縁体と隔離配置される上部電極は第2電極に該当する。もっとも、細胞の細胞固定また取り出しを二種類の交流電圧の印加で行う本発明の細胞選別装置ではどちらの電極を上下に配置しても良く、上下以外に左右方向に配置してもよい。なおスペーサー(16)を絶縁体(8)と電極(14)の間に配置することで絶縁体と電極を隔離させ、その結果として細胞選別領域(1)を確保し、液体を保持させているが、例えば電極を接近させて表面張力を持たせたり、筺体内の対向する面に電極を貼り付けて空間を持たせるなどによってスペーサーを代替することができる。
【0044】
上部電極と下部電極の材質は導電部材であって化学的に安定な部材であれば特に制限はなく、白金、金、銅などの金属やステンレスなどの合金及び、ITO(Indium Tin Oxide:酸化インジウムスズ)等の透明導電性材料を成膜したガラス基板などでもよいが、細胞選別を観察するには、ITOなどの透明導電性材料を成膜したガラス基板を電極として用いることが好ましい。また、特定物質と結合性を有する認識分子を微細孔の部分にのみ固定するには、金電極がより好ましい。この場合、金−チオール結合等を利用することで、金電極が表面に出ている部分のみ認識分子をつけることが可能である。金−チオール結合とは、分子末端にSH基をもつチオール化合物が金などの金属表面に結合し、緻密な配向性の単分子膜を形成する強固な結合である。例えば特定物質と結合性を有する認識分子が抗原の場合、金−チオール結合の結合力は、抗原抗体反応の結合力の100万倍程度とされるため、より強固に微細孔の底面に固定することが可能である。なお金−チオール結合の場合は、細胞選別容器の電極に適当な電圧を印加することにより金−チオール結合を切る事が可能であり、細胞選別容器の再利用も容易である。更に、金−チオール結合を利用する場合は、金電極を用いる他に、ITO等の透明電極などの電極表面に金ナノ粒子を化学結合や物理吸着で固定しても良い。
【0045】
上部電極と下部電極の面積等の寸法には特に制限はないが、取り扱いやすいサイズとして、例えば、縦70mm×横40mm×厚さ1mm程度のサイズが好ましい。細胞選別容器の上部電極と下部電極には導電線(3)を介して電源(4)が接続されている。電源(4)は上部電極と下部電極の電極間に第1の交流電圧を印加するための第1の交流電源(5)と第2の交流電圧を印加するための第2の交流電源(6)及び、直流パルス電圧を印加するための直流パルス電源(35)から構成されており、第1の交流電源と第2の交流電源及び、直流パルス電源は、電源切換え機構(7)により適宜切換えて使用することができる。なお、第1の電源は細胞固定用電源であり、第2の電源は細胞取り出し用電源であり、直流パルス電源は細胞融合用電源である。ここで、第2の電源と直流パルス電源のいずれか一方もしくは両方は、必要に応じて設置すればよく、電源(4)が第1の交流電源(5)のみで構成されていても、本発明の要旨を逸脱するものではない。なお、電源が第1の交流電源のみで構成された場合は、電源切換え機構(7)も不要となり、上部電極と下部電極に直接、第1の交流電源を接続すればよい。また、電源切換え機構は、前記第1の交流電源、前記第2の交流電源、前記直流パルス電源から任意の1つ、または任意の2つの電源を選んで接続できることが好ましい。このようにする事で、例えば、前記第2の交流電源に接続したまま前記直流パルス電源を接続すると、微細孔から細胞を取り出す方向に作用する負の誘電泳動力をかけたまま、直流パルス電圧を印加して細胞融合する事が可能になり、細胞選別をより効率化する事が可能となる。
【0046】
スペーサーは、上部電極と下部電極が直接接触しないように設けられ、かつ細胞選別容器に細胞溶液を入れておくスペースを確保するための細胞選別領域を形成する貫通孔を有しているものであり、その材質は絶縁材料であればよく、例えばガラス、セラミック、樹脂等がある。またスペーサーには、細胞選別容器に細胞を導入、排出するため、細胞を導入する導入流路(29)及びそれに連通する導入口(19)と、細胞を排出する排出流路(30)及びそれに連通する排出口(20)が設けられている。このようにスペーサーは電極と絶縁体を隔離させ、液体を保持するためのものであり、例えば電極を接近させて表面張力を持たせたり、筺体内の対向する面に電極を貼り付けて空間を持たせるなどによってスペーサーを代替することができる。
【0047】
絶縁体(8)には微細孔(9)が形成されている。絶縁体(8)の材質は、例えばガラス、セラミック、樹脂等の絶縁材料であれば特に制限はないが、貫通した微細孔を形成させる必要があることから、樹脂等の比較的加工が容易な材料が好ましい。樹脂に貫通した微細孔を形成する手段としては、形成する微細孔の位置にレーザーを照射する方法や、微細孔の位置に貫通孔を形成するためのピンを有する金型を用いて成形する方法などの既知の方法を用いればよい。また、絶縁体にUV硬化性樹脂などを用いる場合は、微細孔に相当するパターンを描画した露光用フォトマスクを用いて一般的なフォトリソグラフィー(露光)とエッチング(現像)により貫通した微細孔を形成することができる。絶縁体に複数の微細孔を形成する場合は、絶縁体にUV硬化性樹脂を用いて、一般的なフォトリソグラフィーとエッチングによる方法で微細孔を形成することが好ましい。
【0048】
微細孔の形状や大きさには特に制限はないが、本発明の細胞選別装置の場合、1つの微細孔に1つの細胞を固定した方がより効果的な細胞選別を行うことが可能となることから、微細孔の平面形状に内接する最大円の直径が、微細孔に固定する細胞の直径(細胞により異なるが、1μm〜数十μm程度)の1〜2倍程度の範囲でありかつ微細孔の深さが微細孔に固定する細胞の直径以下であることが好ましい。
【0049】
この理由を図を用いて更に詳しく説明する。図6に示すように、微細孔の平面形状に内接する最大円の直径が、微細孔に固定する細胞の直径の2倍より大きい場合は、微細孔に細胞が複数入ってしまい、効果的な細胞選別ができなくなってしまう。同様に、微細孔の深さが微細孔に固定する細胞の直径よりも大きい場合も微細孔に複数の細胞が入ってしまい、効果的な細胞選別ができなくなってしまう。
【0050】
また、図7に示すように、微細孔の平面形状に内接する最大円の直径が、微細孔に固定する細胞の直径より小さい場合は、微細孔に固定された細胞が微細孔の底面に接触せず、微細孔の底面に配置した認識分子と細胞表面の特定物質が結合することができなくなり、本発明の要件を満たすことができない。
【0051】
しかしながら、図8に示すように、微細孔の平面形状に内接する最大円の直径が、微細孔に固定する細胞より1〜2倍程度大きくかつ微細孔の深さが微細孔に固定する細胞の直径以下である場合は、ほぼ1個の細胞が微細孔1個に入る確率が高くなり、微細孔に固定された細胞が微細孔の底面に確実に接触するので、微細孔の底面に配置した認識分子と細胞表面の特定物質が結合することができ、本発明の要件を満たすことができるので、効果的な細胞選別を行うことができる。
【0052】
本発明の細胞選別装置は、1つの微細孔に1つの細胞を固定した方がより効率的な細胞選別を行うことが可能となることから、前記した絶縁体に形成される複数の微細孔が、絶縁体の面において、いずれの微細孔からも隣合う微細孔の位置が同じ位置に形成されていること、すなわち図4の絶縁体(8)上に形成された微細孔(9)に示すように、複数の微細孔が絶縁体の面においてアレイ状に形成されていることが好ましい。ここでアレイ状とは、微細孔の縦と横の間隔がほぼ等間隔に配置されていることを意味する。
【0053】
微細孔をアレイ状に配置することで、電極間に印加した電圧によって生じる電界がすべての微細孔にほぼ均等に生じるため、微細孔に細胞が固定される確率も各微細孔で等しくなり、1つの微細孔に1つの細胞を固定できる確率が高くなる。また、1つの微細孔に1つの細胞を固定するためには、アレイ状に形成した微細孔の間隔が狭すぎても広すぎても不適当となることがある。微細孔の間隔が狭すぎる場合は、1つの微細孔に複数の細胞が固定される確率が高くなり結果として細胞の入らない微細孔が生じる確率が高くなることがある。また、微細孔の間隔が広すぎる場合には、微細孔と微細孔の間に細胞が残されてしまい、細胞の入らない微細孔が生じる確率が高くなることがある。従ってより具体的には、微細孔の隣り合う間隔が、微細孔に固定する細胞の直径の0.5〜6倍の範囲であることが好ましく、更には微細孔の間隔が固定する細胞の直径の1〜2倍程度であることがより好ましい。
【0054】
また、本発明における微細孔の形状は、円状に限定されるものではなく、三角状や四角状などの多角状であっても良い。三角状や四角状などの多角状の場合は角の部分で電気力線の集中の度合いが強められるため、誘電泳動力は円状の微細孔より強くなり細胞が微細孔に固定される確率が高くなるというメリットがある。ただし、微細孔をアレイ状に配置した場合は、前後左右の微細孔からの誘電泳動力が等しく作用する方が、1つの微細孔に1つの細胞を固定できる確率が高くなるので、微細孔の形状は点対称であることが好ましく、更には正方形であることがより好ましい。
【0055】
図5は、図4の細胞選別容器のXX’断面図を示した概略図である。上部電極(14)、スペーサー(16)、絶縁体(8)、下部電極(15)を図5のように貼り合わせる手段としては、それぞれを接着剤で貼り合わせたり、加圧した状態で過熱して融着させる方法や、スペーサーを表面粘着性のあるPDMS(poly−dimethylsiloxane)やシリコンシートのような樹脂を用いて作製することで圧着することにより貼り合わせる方法など、既知の方法を用いればよい。このようにすることで図5に示した細胞選別領域(1)を形成することができる。
【0056】
本発明における細胞選別容器は、微細孔の底面に特定物質と結合性を有する認識分子を配置している。ここで特定物質と認識分子の組み合わせの例としては、例えば、特定物質としてリガンドを表面に提示している細胞を選別するには認識分子としてはレセプター、特定物質として糖鎖を表面に提示している細胞を選別するには認識分子としてはレクチン、特定物質として抗体を表面に提示している細胞を選別するには認識分子としては抗原、特定物質として抗原を表面に提示している細胞を選別するには認識分子としては抗体であることが好ましく、特定物質と認識分子が選択的に結合することができれば特に制限はない。また微細孔の底面に認識分子を配置する方法は、少なくとも微細孔の底面に認識分子が固定されれば特に制限はなく、アミド結合やビオチン―アビジン結合、チオール結合のような化学結合を用いてもよく、特定物質と結合性を有する認識分子またはタンパク質等に結合させた認識分子の入った溶液を、細胞選別容器に導入させることで物理吸着させてもよい。
【0057】
上記特定物質が認識分子と結合する部位以外の認識分子の部位に、認識分子を微細孔の底面に固定し易くする分子や、タンパク質等を結合させても良い。認識分子を微細孔底面に固定し易くする分子としては、例えば、ビオチン、アビジン、アミノ基、チオール基、ジスルフィド基、及びそれらを含むアルキル鎖やポリエチレングリコール鎖等が用いられる。また、認識分子を微細孔底面に固定し易くするためのタンパク質としては、BSA(ウシ血清アルブミン)やBCP(BCP:Blue Carrier Immunogenic Protein)、KLH(KEYHOLE LIMPET HEMOCYANIN)等がある。
【0058】
また、このように認識分子を配置した後、細胞表面の特定物質と認識分子の結合反応に関与しない分子やタンパク質を微細孔の底面や絶縁体表面に接触させて化学結合や物理吸着させたものであってもよい。ここで、細胞表面の特定物質と認識分子の結合反応に関与しない分子やタンパク質を絶縁体表面に接触させて化学結合や物理吸着させることをブロッキングという。ブロッキングは、細胞表面の特定物質と認識分子の結合反応に無関係な分子やタンパク質で表面を覆い、細胞およびタンパク質が表面に非特異的に吸着されるのを防ぐ目的で行われる。
【0059】
一般に、ブロッキングに用いられる分子としては、アルキル鎖やポリエチレングリコール鎖等やそれらを含む分子等があり、ブロッキングに用いられるタンパク質溶液としては、スキムミルク、BSA、カゼインなどが挙げられる。なおこのようなタンパク質は、表面電荷や疎水相互作用によりプラスチックチューブ、マイクロプレート、ガラスビーズ、絶縁体などの表面に非特異的に吸着する。また一般にタンパク質を吸着させる場合は、溶媒のpHがタンパク質の等電点よりもアルカリ側の方が良いとされるため、溶媒としてリン酸緩衝生理食塩水(PBS)、カーボネートバッファー(NaCO、NaHCO)などが用いられる。
【0060】
このようにブロッキングすることで、細胞表面に提示された特定物質と認識分子がより選択的に結合するので、本細胞選別法により選別効率を上げる事ができる。
【0061】
また本発明における電源は、第1の交流電源を備えており、必要に応じて第2の交流電源と直流パルス電源を備えていても良い。
【0062】
第1の交流電源は、細胞固定用電源であり、細胞を絶縁体に形成された微細孔に向かって移動し固定するために使用する。また、第2の交流電源は、細胞取り出し用電源であり、細胞を絶縁体に形成された微細孔から誘電泳動力により取り出し選別するために使用する。また、直流パルス電源は、細胞融合用電源であり、本発明により第1の細胞を選別して微細孔に残った第1の細胞を対象に、引き続き導入した第2の細胞と電気的に細胞融合するために使用する。
【0063】
本発明の細胞選別装置に用いる第1の交流電源は、細胞が微細孔に固定できれば特に制限はなく例えば、ピーク電圧が1V〜20V程度、周波数30kHz〜3MHz程度、好ましくは1MHz〜3MHz程度の正弦波、矩形波、三角波、台形波等の交流電圧を出力できる交流電源などで良い。
【0064】
本発明の細胞選別装置を用いた場合、1つの微細孔に1つの細胞を固定した方がより効率的な細胞選別を行うことが可能となるが、1つの微細孔につき1つの細胞を固定するための交流電圧の波形としては、矩形波であることが好ましい。その理由として、図9〜図12に示すように、交流電圧の波形が正弦波(図9)、三角波(図10)、台形波(図11)に比べて、矩形波(図12)は瞬時に設定したピーク電圧(31)に到達するため、細胞が微細孔に速やかに動くため、細胞が重なって微細孔に入る確率が低くなり、従って、1つの微細孔につき1つの細胞を固定する確率が高くなる。また、細胞は電気的にコンデンサーと見なすことができ、矩形波のピーク電圧が変化しない間は、微細孔に入った細胞には電流が流れにくくなるため、電気力線が生じにくく、細胞の入った微細孔には誘電泳動力が発生しにくくなるため、一度微細孔に細胞が入ると、別の細胞がその微細孔に入る確率が低くなり、電気力線が生じ誘電泳動力が発生している空の微細孔に、順次細胞が入っていくためである。
【0065】
本発明の細胞選別装置に用いる交流電圧の波形は、直流成分を有しないことが好ましい。これは、直流成分により発生した静電気力により細胞が特定の方向に偏った力を受けて移動するため、誘電泳動力により細胞を微細孔に固定することが困難になるからである。また細胞を含有する懸濁液に含まれるイオンが電極表面で電気反応を生じて発熱が起こり、それにより細胞が熱運動を起こすため、誘電泳動力により細胞の動きを制御することができなくなり細胞を微細孔に引き寄せることが困難となるためである。
【0066】
本発明の細胞選別装置に用いる第2の交流電源は、細胞を微細孔から取り出すことができれば特に制限はなく、例えば、ピーク電圧が1V〜20V程度、周波数20kHz未満、好ましくは5kHz〜10kHz程度の正弦波、矩形波、三角波、台形波等の交流電圧を出力できる交流電源であれば良い。
【0067】
本発明の細胞選別装置に用いる直流パルス電源は、微細孔あるいはその近傍にて互いに接触した第1の細胞と第2の細胞を細胞融合することができる直流パルス電圧を発生させることができれば特に制限はなく、例えば、直流パルス電圧として、50V〜1000V、パルス幅10μsec〜50μsec程度の直流パルス電圧を出力できる直流パルス電源であれば特に制限は無い。
【0068】
また本発明の細胞選別装置は、前記細胞選別容器における前記細胞選別領域に面する前記電極の表面かつ/または前記微細孔を有した平板上の絶縁体を配置した電極の絶縁体表面にカチオン性ポリマーを配してもよい。カチオン性ポリマーは、電極や絶縁体表面の負電荷と細胞表面に存在するシアル酸の負電荷を、カチオン性ポリマーが有する正電荷によりイオン結合させる。この態様とすることで、本発明の細胞選別方法により微細孔から取り出した細胞を、前記細胞選別領域に面する電極の表面や、前記微細孔を有した平板上の絶縁体を配置した電極の絶縁体表面に付着させる事ができ、微細孔から取り出した細胞が微細孔に再固定される確率が低くなり、選別効率を向上させる事が可能となる。
【0069】
カチオン性ポリマーとしては、例えばポリリジン、ポリリジンの誘導体、アミノ基含有ポリマー等があり、細胞を付着することができるカチオン性ポリマーであれば特に制限はないが、細胞に対する毒性が低く、細胞付着能が高いものは望ましい。
【0070】
なおカチオン性ポリマーは、細胞選別容器の電極に適当な電圧を印加することによりカチオン性ポリマーを除去する事が可能であり、細胞選別容器の再利用も容易である。
【0071】
次に、本発明における細胞選別方法について説明する。
【0072】
本発明の細胞選別方法は、前述した細胞選別装置を用いた細胞選別方法であって、前記細胞選別領域内に細胞を導入し、前記第1の交流電源により前記第1の交流電圧を印加して前記微細孔内に誘電泳動力により前記細胞を固定し、前記微細孔の底面に配置した前記認識分子(例えば抗原)と細胞表面の特定物質(例えば抗体)を結合反応させた後、前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する特定の力により前記細胞のうち細胞表面の特定物質と前記認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞を前記微細孔から取り出す、または、前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する特定の力により前記細胞のうち細胞表面の特定物質と前記認識分子が強く結合した細胞を微細孔に残す細胞選別方法である。
【0073】
ここで特定の力とは、前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する力であって細胞表面の特定物質と微細孔底面の認識分子との結合力(pN〜nN程度)とほぼ同程度の力であれば特に制限はないが、前記細胞選別容器に導入する溶液の送液力や、前記電源切換え機構により切換えた前記第2の交流電源による前記第2の交流電圧を印加することで前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する誘電泳動力であっても良いし、微細孔に固定した細胞の質量に応じて作用する重力や、細胞表面に磁性微粒子等を付着させておけば磁力であってもよい。
【0074】
なお図19に示すように、細胞表面の特定物質(33)と微細孔底面の認識分子(34)の結合力と逆方向の特定の力として、前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に送液力(39)を細胞に作用させる場合は、細胞選別領域内(1)に細胞の入っていない細胞溶液(2)を導入すれば良い。
【0075】
また図17に、細胞表面の特定物質(33)と微細孔底面の認識分子(34)の結合力と逆方向の特定の力として、前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に重力(36)を作用させる場合を示す。図17に示すように、細胞選別領域(1)の微細孔(9)に細胞を固定する際は、微細孔を有した平板上の絶縁体を配置した電極が下側になるように設置し、細胞表面の特定物質(33)と微細孔底面の認識分子(34)を結合させたあと、細胞選別容器(13)を逆さにして微細孔を有した平板上の絶縁体を配置した電極が上側になるように設置すれば良い。
【0076】
また図18に、細胞表面の特定物質(33)と微細孔底面の認識分子(34)の結合力と逆方向の特定の力として、前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に磁力(37)を作用させる場合を示す。図18に示すように、磁性微粒子(45)を表面に付着させた細胞を用い、細胞選別容器(13)の微細孔を有した平板上の絶縁体を配置した電極が下側になるように設置し、細胞選別容器の上側に磁性体(38)を設置すれば良い。なお、磁性微粒子を細胞に付着させる方法は、物理吸着や、ビオチン−アビジン結合等の化学結合などを利用した既知の方法を用いれば良い。
【0077】
これらの特定の力のうち前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用させる送液力は、前記細胞選別容器に導入する溶液の送液速度の大きさを変えることで送液力の大きさを容易に変える事ができる。また前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用させる誘電泳動力は、前記第2の交流電源による前記第2の交流電圧の大きさかつ/または周波数の大きさを変えることで誘電泳動力の大きさを容易に変える事ができる。即ち、前記細胞表面の特定物質と前記認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞と、細胞表面の特定物質と前記認識分子が強く結合した細胞とを選別する際の、選別基準となる結合力を任意に設定する事が可能となる。従って、特定の力に送液力や誘電泳動力を用いれば、従来技術では困難であった細胞表面の特定物質と認識分子における結合力の大きさを基準に細胞を容易に選別する事が初めて可能となる。ここで、特定の力として、重力、磁力、送液力、誘電泳動力をかける時間は、目的の細胞を選別する事ができれば特に制限はない。なお、重力、磁力、送液力、誘電泳動力をかける時間がある一定の時間までは、一般に特定物質と認識分子の結合力を切り離す割合が高くなりやがて飽和するので、ある一定の時間内ならば、重力、磁力、送液力、誘電泳動力をかける時間により、細胞表面の特定物質と前記認識分子が強く結合した細胞とを選別する際の、選別基準を任意に設定する事が可能となる。
【0078】
なお、本発明の細胞選別方法は、選別対象となる細胞や細胞表面の特定物質と前記認識分子の結合力に応じて、前記特定の力が、重力、送液力、誘電泳動力、磁力のうちいずれか1つであっても良いし、あるいはいずれかの2以上の力を組み合わせても良い。
【0079】
また本発明の細胞選別方法では、前記細胞表面の特定物質と前記認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞を微細孔から取り出す事から、微細孔径は選別を行う細胞の細胞径よりも大きいものを用いることが理想である。しかしながら本発明者らの検討結果から、本細胞選別方法を用いて細胞融合を行った場合、融合再生確率が高くなるため、微細孔径と細胞径をほぼ同じ大きさにする事が好ましい。従って後述するような細胞選別に続いて細胞融合を行う場合、微細孔径の大きさと細胞径の大きさがほぼ同じになると、細胞が微細孔の壁面に非特異的に吸着したりするため、細胞選別時に前記細胞表面の特定物質と前記認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞を微細孔から取り出しにくくなる可能性がある。このような場合は、細胞を含む溶液の浸透圧および/または比重を変化させることで、より効果的に細胞を微細孔から取り出す事が可能である。
【0080】
例えば、300mMのマンニトール溶媒から500mMのマンニトール溶媒に溶媒置換することで、溶媒の浸透圧が高くなり、細胞径が小さくなるため細胞を微細孔から取り出しやすくなる。また、溶媒をマンニトールからシュークロースに溶媒置換すると、シュークロースの比重のほうがマンニトールの比重より大きいため、細胞に浮力が作用するため、負の誘電泳動力、送液力、磁力を用いた場合に微細孔から細胞を取り出す効果が促進される。この方法はシュークロース以外にもフィコールなどの水溶性高分子を溶媒に添加させることによっても同じように細胞に浮力が作用する。
【0081】
なお、本発明の細胞選別方法において、このような溶媒置換は任意のタイミングで可能であり、細胞選別時に別の溶媒に溶媒置換して前記細胞表面の特定物質と前記認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞を微細孔から取り出した後、再度、もとの溶媒に溶媒置換して溶媒をもとに戻すことも可能であり、細胞選別の最適な溶媒条件と細胞融合の最適な溶媒条件を任意に選ぶことが可能である。
【0082】
以下では、前記細胞表面の特定物質と前記認識分子との結合力の大きさを前記第2の交流電圧の大きさ、すなわち、細胞に作用する誘電泳動力の大きさによって細胞を選別可能であることを例に、図を用いて更に詳細に説明する。
【0083】
図1〜3および図13に本発明の細胞選別方法の概念図を示す。
【0084】
図1において、微細孔の底面に特定物質と結合性を有する認識分子(34)を固定化した前記細胞選別領域内に細胞を導入し、前記第1の交流電圧を印加することで前記微細孔内に前記細胞を固定する。次に図2に示すように、細胞を微細孔の底面と接触させ、細胞表面の特定物質(33)と前記認識分子の結合反応を起こさせる。続いて図3に示すように、第2の交流電圧を印加することで微細孔から細胞を取り出す力(負の誘電泳動力)を作用させる。ここで、図13を用いて詳しく説明すると、細胞のうち細胞表面の特定物質と認識分子が強く結合した細胞(18)は、細胞表面の特定物質と認識分子の結合力(22)の方が、負の誘電泳動力(21)より大きいため、細胞は微細孔に残る。一方、細胞のうち細胞表面の特定物質と認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞(17)は、負の誘電泳動力(21)の方が、細胞表面の特定物質と認識分子の結合力(22)より大きいため、細胞は微細孔から取り出される。すなわち、負の誘電泳動力の大きさを調整することによって、細胞表面の特定物質と認識分子の結合力の選別基準を調整して、細胞を選別することができる。ここで負の誘電泳動力の大きさは、第2の交流電源の電圧や周波数で制御できるが、第2の交流電源の電圧によって制御することが最も簡単で好ましい。例えば、第2の交流電源の電圧として2.5V〜10Vの範囲であれば、電圧印加時間30〜40秒程度で選別が可能となるが、細胞へのダメージを無くし細胞の活性低下を抑えるには誘電泳動力が作用する範囲でできるだけ低い電圧が好ましい。
【0085】
以上のような手順によって、細胞表面の特定物質と前記認識分子の結合力の大きさを、前記第2の交流電圧の大きさ、すなわち誘電泳動力の大きさによって選別する事ができる。
【0086】
また、本発明の細胞選別方法は、前述した細胞選別装置を用いた細胞選別方法であって、以下に述べるような細胞選別方法であってもよい。すなわち、前記細胞選別領域内に第1の細胞を導入し、前記第1の交流電源により前記第1の交流電圧を印加して前記微細孔内に前記第1の細胞を固定する。前記第1の細胞表面の特定物質と前記認識分子を結合反応させ、前述した特定の力により前記第1の細胞のうち細胞表面の特定物質と認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞を前記微細孔から取り出す。続いて前記細胞選別領域内に第2の細胞を導入し、前記微細孔に残った前記第1の細胞と接触させる。前記電源切換え機構により前記直流パルス電源に切換え、前記直流パルス電圧を印加し、前記微細孔に残った前記第1の細胞と接触した前記第2の細胞を細胞融合させる、細胞選別方法であってもよい。
【0087】
このような態様により、細胞選別と細胞融合を同一の容器内で連続して行う事が可能になるため、前記第1の細胞(例えばマウス脾臓細胞)のうち細胞表面の特定物質(例えば抗体)と認識分子(例えば抗原)との結合力が強い第1の細胞を選択して第2の細胞(例えばマウス癌細胞)と細胞融合することが可能になる。そのため融合細胞数が大幅に減りかつ、抗原と強く結合する抗体をつくる融合細胞の割合が高くなるため、細胞融合後に抗原と強く結合する抗体をつくる融合細胞を細胞選別する作業が大幅に低減される。また、本発明の細胞選別装置における細胞を固定する微細孔の数を増やせば(例えば、100万個〜3000万個程度)、大量のサンプル細胞を対象にした細胞表面の特定物質と認識分子の結合力の評価による細胞の選別と融合を、極めて短時間に実施する事が可能となる。
即ち前述した従来技術である、ELISA法、特許文献1記載の方法等により細胞融合した後個々の融合細胞のつくる抗体の性能を評価する方法や、磁気ビーズ法、フローサイトメトリー法、特許文献2〜4記載の方法等により細胞選別した後別の装置や容器で細胞融合する方法に比べて、細胞選別用の装置及び容器と細胞融合用の装置及び容器を別々に用意する必要がなく、簡易で短時間に大量の細胞選別と細胞融合を行うことができる。
また、細胞選別と細胞融合を連続して同じ容器内で実施できるため、迅速で効率的な操作ができる上、細胞の活性も維持できる。また、細胞を細胞選別容器から細胞融合容器に移す事で生じる細胞のロスも大幅に減らすことができる。また、フローサイトメトリーのような高価で大型な装置も必要なく、安価で小型な装置で細胞選別と細胞融合を連続して行うことができる。
【0088】
また、本発明の細胞選別方法は、細胞選別して微細孔に残った第1の細胞と、後から細胞選別領域に導入した第2の細胞を、第1の交流電源による第1の交流電圧により強制的に接触させ、第1の細胞と第2の細胞をペアにして細胞融合する。そのため、極めて高い融合再生確率を得る事が可能となり(本発明者らの検討した本発明の融合再生確率は、細胞選別しない場合で20/10000〜100/10000程度)、細胞選別により第1の細胞数が大幅に減少したとしても、実質的に融合細胞を得る事ができる。従来の方法である特許文献3記載の方法や特許文献4記載の方法では、細胞選別後に用いる細胞融合法が、従来の細胞融合法であるPEG法や電気融合法であるため、それらの融合再生確率が一般に0.2/10000程度と極めて低い事から、実質的に融合細胞を得る事が難しいという課題があった。本発明の細胞選別方法によれば、これらの課題を解決し、細胞選別後も実質的に融合細胞を得る事が初めて可能になる。細胞選別と細胞融合の作業を同じ容器で行うため、従来のように容器の置換を行う際に細胞をロスする可能性も低くなる。
【0089】
また、本発明の細胞選別装置で細胞選別後、あるいは細胞融合後、微細孔に固定された細胞は、溶液のpH等を調整すれば容易に認識分子と細胞表面の特定物質の結合を切る事が可能であり、磁気ビーズ法や特許文献2記載の方法のように目的細胞を磁気ビーズや担体から分離する繁雑な工程が必要なく、容易に選別した細胞や融合細胞を回収する事が可能となる。
【0090】
更に本発明の細胞選別方法における、微細孔から細胞を取り出す方向に作用させる特定の力として、送液力あるいは、微細孔から細胞を取り出す方向に作用させる誘電泳動力を用いれば、細胞選別容器に導入する溶液の送液速度の大きさや、第2の交流電源による第2の交流電圧の大きさや周波数を変えることで、送液力や誘電泳動力の大きさを容易に変える事ができる。そのため、細胞表面の特定物質と認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞と、細胞表面の特定物質と認識分子が強く結合した細胞とを選別する際の、選別基準となる結合力を任意に設定する事が可能となり、前述した従来技術で課題となっていた抗原抗体反応等の前記細胞表面の特定物質と前記認識分子における結合力の大きさにより細胞を容易に選別する事及び、選別した細胞を対象に別の細胞と細胞融合する事が初めて可能となる。
【0091】
また本発明の細胞選別方法は、本発明の細胞選別装置で説明したように、微細孔から取り出した細胞を、カチオン性ポリマーを配した前記電極の細胞選別領域側の表面かつ/または前記微細孔を有した平板上の絶縁体を配置した電極の絶縁体表面に捕捉させてもよい。前述したようにカチオン性ポリマーは、電極や絶縁体表面の負電荷と細胞表面に存在するシアル酸の負電荷を、カチオン性ポリマーが有する正電荷によりイオン結合させる働きをもつ。この態様とすることで、本発明の細胞選別方法により選別して微細孔から取り出した細胞を、前記細胞選別領域に面する電極の表面や、前記微細孔を有した平板上の絶縁体を配置した電極の絶縁体表面に付着させ、微細孔から取り出した細胞が微細孔に再固定される確率が低くなり、微細孔に固定した細胞とより明確に区別し選別する事が可能となるため選別効率が向上する。
【0092】
また本発明の細胞選別装置が、前記細胞選別容器における前記細胞選別領域に面する前記電極の表面かつ/または前記微細孔を有した平板上の絶縁体を配置した電極の絶縁体表面にカチオン性ポリマーを配さない態様の場合は、本発明の細胞選別方法により選別して微細孔から取り出した細胞と微細孔に残した細胞を選別した後、カチオン性ポリマーを含む溶液を細胞選別領域に導入し、微細孔から取り出した細胞を前記細胞選別領域に面する電極の表面や、前記微細孔を有した平板上の絶縁体を配置した電極の絶縁体表面に付着させても良い。この態様により、カチオン性ポリマーの細胞に対する毒性が懸念される場合は、微細孔から取り出した細胞を前記細胞選別領域に面する電極の表面や、前記微細孔を有した平板上の絶縁体を配置した電極の絶縁体表面に付着させた後、カチオン性ポリマーを含まない溶液を細胞選別領域に導入し、細胞選別内の溶液を置換し過剰なカチオン性ポリマーを除去することで細胞に対する毒性を最小減に抑え、細胞活性を維持する事が可能となる。
【0093】
上述した微細孔から取り出した細胞を、カチオン性ポリマーを配した前記電極の細胞選別領域側の表面かつ/または前記微細孔を有した平板上の絶縁体を配置した電極の絶縁体表面に捕捉させる方法は、本発明における細胞選別と細胞融合を連続して行う場合に特に有効である。すなわち、特定の力により前記第1の細胞のうち細胞表面の特定物質と認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞を前記微細孔から取り出した後、第1の細胞と細胞融合させる第2の細胞を導入する際に、細胞選別領域内に第2の細胞を含有した溶液が送液されることで、微細孔から取り出した第1の細胞が再び微細孔に入る事を防止する事ができる。また、微細孔に残った第1の細胞、すなわち細胞表面の特定物質と認識分子と結合力の強い第1の細胞と第2の細胞をより選択的に細胞融合する事が可能となり、細胞融合後に融合細胞を選別する効率が更に向上する。
【0094】
以下では、前記第1の細胞であるマウス脾臓細胞の細胞表面の特定物質である抗体と前記認識分子である抗原との結合力の大きさを前記第2の交流電圧の大きさ、即ち、微細孔から細胞を取り出す方向に作用する誘電泳動力の大きさによって、抗原とより強く結合する抗体を細胞表面に提示しているマウス脾臓細胞を選別し、前記第2の細胞であるマウス癌細胞を導入して細胞選別の後連続して細胞融合することで、抗原とより強く結合する抗体をつくる融合細胞を選別することを例に、図を用いて更に詳細に説明する。
【0095】
図20〜図26に本発明の細胞選別と細胞融合を連続して行う方法の概念図を示す。
【0096】
図20において、特定の抗体(40)と結合する抗原(41)を微細孔の底面に固定化した細胞選別領域(1)にマウス脾臓細胞(42)を導入し、第1の交流電源(5)により第1の交流電圧を印加する事で微細孔(9)にマウス脾臓細胞を固定する。次に図21に示すように、マウス脾臓細胞(42)を微細孔の底面と接触させ、細胞表面に提示されている抗体(40)と微細孔の底面に固定した抗原(41)の抗原抗体反応を起こさせ結合させる。続いて図22に示すように、第2の交流電源(6)により第2の交流電圧を印加することで微細孔からマウス脾臓細胞を取り出す力として負の誘電泳動力(21)を作用させる。ここで、微細孔に固定されたマウス脾臓細胞のうち細胞表面の抗体と抗原が強く結合した細胞(18)は、その抗原と抗体の結合力の方が、負の誘電泳動力(21)より大きいため細胞は微細孔に残る。一方、マウス脾臓細胞のうち細胞表面の抗体と抗原とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞(17)は、負の誘電泳動力(21)の方が、抗原と抗体の結合力より大きいため細胞は微細孔から取り出される。すなわち、負の誘電泳動力の大きさを調整することによって、細胞表面の抗体と抗原の結合力の選別基準を調整して、マウス脾臓細胞を選別することができる。更に図23に示すように、微細孔から取り出したマウス脾臓細胞は、ポリリジン等のカチオン性ポリマー(46)を絶縁体上に配する事で、絶縁体(8)に捕捉させる。次に、図24に示すように再び第1の交流電源により第1の交流電圧を印加しながら細胞選別領域(1)にマウス癌細胞(43)を導入し、図25に示すようにマウス癌細胞を微細孔に固定する。この際、図25に示すように微細孔から既に取り出したマウス脾臓細胞のうち細胞表面の抗体と抗原とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞(17)はカチオン性ポリマー(46)により絶縁体(8)に捕捉されているため、誘電泳動により再び微細孔(9)に固定される確率は極めて低い。即ち、マウス癌細胞は、負の誘電泳動力によって選択された抗原と強く結合する抗体を細胞表面に提示した脾臓細胞とのみ接触する。その後図26に示すように、直流パルス電源(35)により直流パルス電圧を印加することで、接触しているマウス脾臓細胞のうち細胞表面の抗体と抗原が強く結合した細胞(18)とマウス癌細胞(43)が細胞融合する。
【0097】
以上のような手順によって、抗原との結合力の強い抗体を細胞表面に提示しているマウス脾臓細胞とマウス癌細胞を選択的に細胞融合する事が可能となり、得られる融合細胞数が大幅に減りかつ、抗原と強く結合する抗体をつくる融合細胞の割合が高くなるため、細胞融合後に抗原と強く結合する抗体をつくる融合細胞を細胞選別する作業が大幅に低減される。
【0098】
更に本発明の細胞選別方法は、第2の細胞の表面に第1の細胞の特定物質を認識する認識分子を固定し、前記特定物質と前記認識分子の結合により、前記第1の細胞と前記第2の細胞を結合する細胞選別方法であってもよい。
【0099】
この態様によって、微細孔の底面に固定した認識分子と第2の細胞の表面に固定した認識分子の両方で第1の細胞を選別する事ができるため、本発明において、特に細胞選別と細胞融合を連続して行う場合に、選別効率を更に大きく向上させる効果が得られる。この場合、微細孔の底面に固定した認識分子と第2の細胞の表面に固定した認識分子は、第1の細胞の同じ特定物質を認識する同一の認識分子であっても良いし、第1の細胞の異なる2種類の特定物質を認識する異なった認識分子であってもよい。
【0100】
微細孔の底面に固定した認識分子と第2の細胞の表面に固定した認識分子が第1の細胞の同じ特定物質を認識する同一の認識分子である場合は、第1の細胞が非特異的に微細孔に固定されてしまう場合があり得る。第1の細胞が非特異的に微細孔に固定されてしまった場合等は、第2の細胞の認識分子で再度選別されるため、細胞選別の精度を向上させて第1の細胞と第2の細胞を細胞融合することができるため、更に細胞選別効率が向上する。
【0101】
また、微細孔の底面に固定した認識分子と第2の細胞の表面に固定した認識分子が第1の細胞の異なる2種類の特定物質を認識する異なった認識分子である場合は、例えば、微細孔の底面には特定の抗原を固定しておき、抗原と強く結合する抗体を表面に提示している第1の細胞を選別する。第2の細胞の表面にはIgG抗体を選別する抗IgG抗体を固定しておく事で、特定の抗原と強く結合しかつIgGクラスの抗体(一般に、モノクローナル抗体としては、IgGクラスの抗体が用いられ、IgMクラスの抗体は用いられない)を表面に多く提示している第1の細胞のみ選別する。従って、第1の細胞と第2の細胞を細胞融合させる事が可能になるため、更に細胞選別効率が向上する。ここで、第2の細胞に固定する認識分子はIgG抗体に限らず、本発明の要旨を逸脱しない範囲であれば特に制限はなく任意に変更が可能である。例えば上記例のほかにも、微細孔には特定の抗原を固定しておき、抗原と強く結合する抗体を表面に提示している第1の細胞を選別する。更に、第2の細胞の表面には第1の細胞の表面に提示しているCD138を選別する認識分子を固定しておく事で、特定の抗原と強く結合しかつ抗体を細胞から分泌するタイプのプラズマ細胞のみ第1の細胞から選別し、第1の細胞と第2の細胞を細胞融合させる事が可能になる。
【0102】
更に上記態様の場合は、微細孔と第1の細胞は微細孔に固定した認識分子と細胞表面の特定物質の結合により固定されており、かつ、第1の細胞と第2の細胞は、第1の細胞表面の特定物質と第2の細胞の表面に固定した認識分子と結合し接触しており、微細孔から第1の細胞と第2の細胞を取り出す方向に作用する特定の力をかけた場合、微細孔に固定した認識分子と強く結合した特定物質を表面に提示している第1の細胞と、第1の細胞の表面の特定物質と強く結合した認識分子を表面に固定した第2の細胞のみがペアとなって微細孔に残る。従って、微細孔から取り出す方向に作用する特定の力をかけたまま直流パルス電圧を印加する事で細胞融合させる事が可能となる。これにより、特定の力により微細孔から取り出した第1の細胞と第2の細胞は常に微細孔から取り出されたままになるため、特定物質と認識分子の結合の弱い第1の細胞と第2の細胞が細胞融合する確率が減り、特定物質と認識分子の結合の強い第1の細胞と第2の細胞が細胞融合する確率が高くなるため、融合細胞の選別効率を更に向上させることが可能になる。
【0103】
図27〜図34に本発明における、微細孔から細胞を取り出す方向に作用する特定の力を作用させたまま直流パルス電圧を印加する事で細胞選別と細胞融合を連続して行う方法の概念図を示す。
【0104】
図27において、微細孔の底面に特定の抗体(40)と結合する抗原(41)を固定化した細胞選別領域(1)にマウス脾臓細胞(42)を導入し、第1の交流電源(5)により第1の交流電圧を印加することで微細孔(9)にマウス脾臓細胞を固定する。次に図28に示すように、マウス脾臓細胞(42)を微細孔の底面と接触させ、細胞表面に提示している抗体(40)と微細孔の底面に固定した抗原(41)の抗原抗体反応を起こさせ結合させる。続いて図29に示すように、第2の交流電源(6)により第2の交流電圧を印加することで微細孔(9)からマウス脾臓細胞を取り出す力として負の誘電泳動力(21)を作用させる。ここで、微細孔に固定されたマウス脾臓細胞のうち細胞表面の抗体と抗原が強く結合した細胞(18)は、その抗原と抗体の結合力の方が、負の誘電泳動力より大きいため、細胞は微細孔に残る。一方、マウス脾臓細胞のうち細胞表面の抗体と抗原とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞(17)は、負の誘電泳動力の方が、抗原と抗体の結合力より大きいため、細胞は微細孔から取り出される。すなわち、負の誘電泳動力の大きさを調整することによって、細胞表面の抗体と抗原の結合力の選別基準を調整して、マウス脾臓細胞を選別することができる。更に図30に示すように、微細孔から取り出したマウス脾臓細胞は、ポリリジン等のカチオン性ポリマー(46)を絶縁体上に配する事で、絶縁体(8)に捕捉させる。次に図31に示すように、再び第1の交流電源により第1の交流電圧を印加して細胞選別領域に表面に提示している抗IgG抗体(44)を固定したマウス癌細胞(43)を導入し、図32に示すようにマウス癌細胞を微細孔に固定する。この際、図32に示すように微細孔から既に取り出したマウス脾臓細胞(17)はカチオン性ポリマー(46)により絶縁体(8)に捕捉されているため、誘電泳動により再び微細孔に固定される確率は極めて低い。即ちマウス癌細胞は、負の誘電泳動力によって選択された抗原と強く結合する抗体を細胞表面に提示しているマウス脾臓細胞とのみ接触する。次に図32に示すように、マウス脾臓細胞の細胞表面の抗体のうちIgGタイプの抗体(47)と、マウス癌細胞の表面に提示している抗IgG抗体(44)と抗原抗体結合させる。次に、図33に示すように、微細孔(9)から細胞を取り出す方向に作用する負の誘電泳動力(21)を第2の交流電源(6)による第2の交流電圧を印加して作用させる。このとき、負の誘電泳動力(21)によりマウス脾臓細胞のうちIgGタイプの抗体を表面に提示している割合が少ないマウス脾臓細胞(48)からマウス癌細胞(43)は離れるが、マウス脾臓細胞のうちIgGタイプの抗体を表面に提示している割合が多いマウス脾臓細胞(49)はマウス癌細胞(43)と接触したまま残る。その後、図34に示すように、第2の交流電源(6)による第2の交流電圧を印加したまま、即ち、微細孔(9)から細胞を取り出す方向に作用する負の誘電泳動力(21)をかけたまま直流パルス電源(35)により直流パルス電圧を印加することで、接触しているマウス脾臓細胞とマウス癌細胞のみが細胞融合する。
【0105】
以上のような手順によって、抗原との結合力の強い抗体を細胞表面に出し、かつ、抗体のクラスがIgGである抗体を表面に多く提示しているマウス脾臓細胞とマウス癌細胞を選択的に細胞融合する事が可能となり、得られる融合細胞の数が更に大幅に減るとともに、得られた融合細胞のうち、抗原との結合力が強く、かつIgG抗体をつくる融合細胞の割合が高くなるため、細胞融合後の強い抗体をつくる融合細胞を選別する作業量が更に大幅に軽減される。
【0106】
ここで、第2の細胞の表面に認識分子を固定する方法は、少なくとも第2の細胞の表面に認識分子が固定されれば特に制限はなく、例えば、特定物質と結合性を有する認識分子溶液に第2の細胞の表面と認識分子を接触させて物理吸着させても良いし、アミド結合やビオチン−アビジン結合、チオール結合のような化学結合を用いてもよい。ここで、上記特定物質が認識分子と結合する部位以外の認識分子の部位に、認識分子を第2の細胞の表面に固定し易くするための分子やタンパク質等を結合させて、第2の細胞の表面に固定しても良い。認識分子を第2の細胞の表面に固定し易くするための分子としては、例えば、ビオチン、アビジン、チオール基、ジスルフィド基、及びそれらを含むアルキル鎖やポリエチレングリコール鎖等が用いられる。また、認識分子を第2の細胞の表面に固定し易くするためのタンパク質としては、BSAやBCP、KLH等がある。
【発明の効果】
【0107】
本発明によれば、以下の効果を奏することができる。
【0108】
1)本発明の細胞選別装置と選別方法によれば、第1の交流電源による正の誘電泳動力により、1つの微細孔に1つの細胞を固定することができ、微細孔から細胞を取り出す方向に作用する特定の力により、微細孔から細胞を取り出し個別に選別することができ、認識分子と強く結合する特定物質を表面に提示している細胞を一度に大量かつ短時間で簡便に選別することが可能となる。
【0109】
2)本発明の細胞選別装置と選別方法によれば、特定の力に送液力や誘電泳動力を用いる事で、従来技術では困難であった細胞表面の特定物質と認識分子における結合力の大きさを基準に細胞を容易に選別する事が初めて可能となる。
【0110】
3)本発明の細胞選別装置と選別方法によれば、第1の交流電源による正の誘電泳動力により微細孔に固定した第1の細胞に対し、微細孔から細胞を取り出す方向に作用する特定の力により、細胞表面の特定物質と認識分子における結合力の大きさを基準に微細孔から細胞を取り出し個別に選別することができ、第2の細胞と微細孔に残った第1の細胞を接触させ、直流パルス電源により直流パルス電圧を印加する事で、認識分子と強く結合する特定物質を表面に提示している第1の細胞と第2の細胞を選択的に細胞融合する事が可能となり、大量の細胞を対象にした細胞表面の特定物質と認識分子の結合力の評価による細胞選別と細胞融合を、極めて短時間に実施する事が可能となる。
【0111】
4)本発明の細胞選別装置と選別方法によれば、第1の交流電源による正の誘電泳動力により微細孔に固定した第1の細胞に対し、微細孔から細胞を取り出す方向に作用する特定の力により、細胞表面の特定物質と認識分子における結合力の大きさを基準に微細孔から細胞を取り出し個別に選別することができ、第2の細胞と微細孔に残った第1の細胞を接触させ、直流パルス電源により直流パルス電圧を印加する事で、細胞選別して微細孔に残った第1の細胞と第2の細胞を、第1の交流電源による第1の交流電圧により強制的に接触させ、第1の細胞と第2の細胞をペアにして細胞融合するため、従来の細胞融合法(PEG法、電気融合法)に比べ、極めて高い融合再生確率を得る事が可能となり、細胞選別後も実質的に融合細胞を得る事が初めて可能になる。
【0112】
5)本発明の細胞選別装置と選別方法によれば、細胞選別用の装置及び容器と細胞融合用の装置及び容器を別々に用意する必要がなく、細胞選別と細胞融合を連続して同じ容器内で実施できるため、簡易で短時間に大量の細胞選別と細胞融合を行うことができ、迅速で効率的な操作ができる上、細胞の活性も維持でき、細胞を細胞選別容器から細胞融合容器に移す事で生じる細胞のロスも大幅に減らすことができる。
【0113】
6)本発明の細胞選別装置と選別方法によれば、高価で大型な装置も必要なく、安価で小型な装置で細胞選別と細胞融合を連続して行うことができる。
【0114】
7)本発明の細胞選別装置と選別方法によれば、細胞選別後、あるいは細胞融合後、細胞を担体から分離する繁雑な工程が必要なく容易に選別した細胞や融合細胞を回収する事が可能となる。
【0115】
8)本発明の細胞選別装置と選別方法によれば、微細孔から細胞を取り出す方向に作用する特定の力をかけたまま第1の細胞と第2の細胞を細胞融合する事が可能となり、選別により微細孔から取り出した不要な細胞が細胞融合する確率が低くなり、細胞表面の特定物質と認識分子の結合力の評価による融合細胞の選別を、極めて短時間に実施する事が可能となる。
【0116】
9)本発明の細胞選別装置と選別方法によれば、抗原との結合力の強い抗体を細胞表面に出し、かつ、抗体のクラスがIgGである抗体を表面に多く提示しているマウス脾臓細胞とマウス癌細胞を選択的に細胞融合する事が可能となり、得られる融合細胞の数が更に大幅に減るとともに、得られた融合細胞のうち、抗原との結合力が強く、かつIgG抗体をつくる融合細胞の割合が高くなるため、細胞融合後の結合力の強い抗体をつくる融合細胞を選別する作業量が更に大幅に軽減される。
【図面の簡単な説明】
【0117】
【図1】本発明における基本的な細胞選別方法の概念を示す第1の図である。
【図2】本発明における基本的な細胞選別方法の概念を示す第2の図である。
【図3】本発明における基本的な細胞選別方法の概念を示す第3の図である。
【図4】本発明における細胞選別装置の概念図及び、実施例1、2に用いた細胞選別装置の概念図である。
【図5】図4に示したXX’断面図である。
【図6】本発明に用いる微細孔の一例として、微細孔の平面形状に内接する最大円の直径が、微細孔に固定する細胞の直径の2倍より大きい場合を示した図である。
【図7】本発明に用いる微細孔の一例として、微細孔の平面形状に内接する最大円の直径が、微細孔に固定する細胞の直径より小さい場合を示した図である。
【図8】本発明に用いる微細孔の一例として、微細孔の平面形状に内接する最大円の直径が、微細孔に固定する細胞より1〜2倍程度大きくかつ微細孔の深さが微細孔に固定する細胞の直径以下である場合を示した図である。
【図9】本発明に用いる交流電圧の波形の一例として、正弦波の代表的な波形を示した図であり、横軸(X軸)は時間を示し、縦軸(Y軸)は電圧を示す。
【図10】本発明に用いる交流電圧の波形の一例として、三角波の代表的な波形を示した図であり、横軸(X軸)は時間を示し、縦軸(Y軸)は電圧を示す。
【図11】本発明に用いる交流電圧の波形の一例として、台形波の代表的な波形を示した図であり、横軸(X軸)は時間を示し、縦軸(Y軸)は電圧を示す。
【図12】本発明に用いる交流電圧の波形の一例として、矩形波の代表的な波形を示した図であり、横軸(X軸)は時間を示し、縦軸(Y軸)は電圧を示す。
【図13】本発明における細胞表面の特定物質と前記認識分子の結合力の大きさを負の誘電泳動力の大きさによって選別する方法の概念を示した図である。
【図14】本実施例で用いた微細孔付き絶縁体一体型下部電極を製作するための一般的なフォトリソグラフィーとエッチング方法を示す概略図である。
【図15】実施例1で示した時間経過による固定化抗体濃度に対する抗体固定化ポリスチレンビーズの微細孔保持率の関係のグラフであり、横軸(X軸)は印加電圧(単位はボルト(V))を示し、縦軸(Y軸)はビーズ保持率(%)を示す。
【図16】実施例2で示した印加電圧による固定化抗体濃度に対する抗体固定化ポリスチレンビーズの微細孔保持率の関係のグラフであり、横軸(X軸)は印加電圧(単位はボルト(V))を示し、縦軸(Y軸)はビーズ保持率(%)を示す。
【図17】本発明における微細孔から細胞を取り出す方向に重力を作用させる場合の概念図である。
【図18】本発明における微細孔から細胞を取り出す方向に磁力を作用させる場合の概念図である。
【図19】本発明における微細孔から細胞を取り出す方向に送液力を作用させる場合の概念図である。
【図20】本発明における細胞選別と細胞融合を連続して行う細胞選別方法の概念を示す第1の図である。
【図21】本発明における細胞選別と細胞融合を連続して行う細胞選別方法の概念を示す第2の図である。
【図22】本発明における細胞選別と細胞融合を連続して行う細胞選別方法の概念を示す第3の図である。
【図23】本発明における細胞選別と細胞融合を連続して行う細胞選別方法の概念を示す第4の図である。
【図24】本発明における細胞選別と細胞融合を連続して行う細胞選別方法の概念を示す第5の図である。
【図25】本発明における細胞選別と細胞融合を連続して行う細胞選別方法の概念を示す第6の図である。
【図26】本発明における細胞選別と細胞融合を連続して行う細胞選別方法の概念を示す第7の図である。
【図27】本発明における細胞選別と細胞融合を連続して行う細胞選別方法のうち、微細孔から細胞を取り出す方向に特定の力を作用させたまま細胞融合を行う概念を示す第1の図である。
【図28】本発明における細胞選別と細胞融合を連続して行う細胞選別方法のうち、微細孔から細胞を取り出す方向に特定の力を作用させたまま細胞融合を行う概念を示す第2の図である。
【図29】本発明における細胞選別と細胞融合を連続して行う細胞選別方法のうち、微細孔から細胞を取り出す方向に特定の力を作用させたまま細胞融合を行う概念を示す第3の図である。
【図30】本発明における細胞選別と細胞融合を連続して行う細胞選別方法のうち、微細孔から細胞を取り出す方向に特定の力を作用させたまま細胞融合を行う概念を示す第4の図である。
【図31】本発明における細胞選別と細胞融合を連続して行う細胞選別方法のうち、微細孔から細胞を取り出す方向に特定の力を作用させたまま細胞融合を行う概念を示す第5の図である。
【図32】本発明における細胞選別と細胞融合を連続して行う細胞選別方法のうち、微細孔から細胞を取り出す方向に特定の力を作用させたまま細胞融合を行う概念を示す第6の図である。
【図33】本発明における細胞選別と細胞融合を連続して行う細胞選別方法のうち、微細孔から細胞を取り出す方向に特定の力を作用させたまま細胞融合を行う概念を示す第7の図である。
【図34】本発明における細胞選別と細胞融合を連続して行う細胞選別方法のうち、微細孔から細胞を取り出す方向に特定の力を作用させたまま細胞融合を行う概念を示す第8の図である。
【符号の説明】
【0118】
1:細胞選別領域
2:細胞溶液
3:導電線
4:電源
5:第1の交流電源
6:第2の交流電源
7:電源切換え機構
8:絶縁体
9:微細孔
10:正の誘電泳動力
11:電気力線の集中部位
12:電気力線
13:細胞選別容器
14:上部電極
15:下部電極
16:スペーサー
17:細胞表面の特定物質と認識分子が結合していないかあるいは結合力の弱い細胞
18:細胞表面の特定物質と認識分子が結合した細胞
19:導入口
20:排出口
21:負の誘電泳動力
22:細胞表面の特定物質と認識分子の結合力
23:ITO
24:パイレックス(登録商標)ガラス
25:レジスト
26:露光用フォトマスク
27:露光
28:微細孔付き絶縁体一体型下部電力
29:導入流路
30:排出流路
31:ピーク電圧
32:現像液
33:特定物質
34:認識分子
35:直流パルス電源
36:重力
37:磁力
38:磁性体
39:送液力
40:抗体
41:抗原
42:マウス脾臓細胞
43:マウス癌細胞
44:抗IgG抗体
45:磁性微粒子
46:カチオン性ポリマー
47:マウス脾臓細胞の細胞表面の抗体のうちIgGタイプの抗体
48:マウス脾臓細胞のうちIgGタイプの抗体を表面に提示している割合が少ないマウス脾臓細胞
49:マウス脾臓細胞のうちIgGタイプの抗体を表面に提示している割合が多いマウス脾臓細胞
50:細胞
【発明を実施するための形態】
【0119】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。なお本発明は、これらの実施例のみに限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲で、任意に変更が可能である。
【0120】
(実施例1)
図4に実施例1に用いた細胞選別装置の概念図を示した。細胞選別装置は大きく分けて、細胞選別容器(13)と電源(4)から構成される。細胞選別容器は、図4に示すように上部電極(14)と下部電極(15)の間に、スペーサー(16)を配置し、複数の微細孔をアレイ状に形成した絶縁体(8)をスペーサーと下部電極で挟んだ構造を有する。なお後述するように、微細孔は、下部電極(15)上に配置した絶縁体に一般的なフォトリソグラフィーとエッチングにより形成した。
【0121】
上部電極と下部電極は、縦70mm×横40mm×厚さ1mmのパイレックス(登録商標)基板に、ITOを成膜(膜厚150nm)したものを用いた。スペーサーは、縦40mm×横40mm×厚さ1.5mmのシリコンシートの中央を縦20mm×横20mmにくりぬいた形状にして用いた。また図4に示すように、スペーサーには、細胞選別容器に細胞を導入、排出するため、細胞を導入する導入流路(29)及びそれに連通する導入口(19)と、細胞を排出する排出流路(30)及びそれに連通する排出口(20)を設けた。
【0122】
また、複数の微細孔を有する絶縁体(8)は、図14に示すフォトリソグラフィーとエッチングによる方法により下部電極に一体形成することで作製した。
【0123】
はじめに、ITO(23)を成膜したパイレックス(登録商標)ガラス(24)のITO成膜面にレジスト(25)を5μmの膜厚になるようスピンコーターを用いて塗布し、45分自然乾燥後、ホットプレートを用いてプリベーク(80℃、15分)を行った。レジストにはキシレン系のネガタイプレジストを用いた。次に、縦30mm×横30mmのエリアに、微細孔と微細孔の縦と横の間隔が20μmで、縦1500個×横1500個のアレイ状に並べた直径φ8.5μmの微細孔パターンを描いた露光用フォトマスク(26)を用いて、UV露光機にてレジストを露光(27)し、現像液(32)で現像した。露光時間と現像時間は、微細孔の深さがレジストの膜厚と等しい5μmになるように調整し、微細孔の底面にITOが露出するようにした。現像後、ホットプレートを用いてポストベーク(115℃、30分)を行いレジストを固めた。
【0124】
このようにして作製した上部電極(14)、スペーサー(16)、微細孔付き絶縁体一体型下部電極(28)を図5のように積層し圧着した。図5は、図4に示した細胞選別容器のXX’断面図である。スペーサーであるシリコンシートの表面は粘着性があり、圧着することで各部品は密着し、細胞を含有した細胞融合液Aを漏れなく細胞選別容器の中に入れることができた。スペーサーをくりぬいた面積が縦20mm×横20mmであることから、この空間に存在する微細孔の数は約100万個である。
【0125】
また、微細孔の底面の下部電極には、以下の処理によりエストラジオール(E2)を牛血清アルブミン(BSA)に結合させて得た、E2−BSA抗原を固定化させた。すなわち、E2−BSA抗原溶液(2.0μg/mL)で微細孔付き絶縁体一体型下部電極を約12時間浸し、微細孔の底面の下部電極にE2−BSA抗原を物理吸着させた後、純水で洗浄した。次に、抗体の非特異的吸着を防ぐためのブロッキングとして、スキムミルク1%PBS溶液(0.01重量%NaNO含有)で微細孔付き絶縁体一体型下部電極を約12時間浸し、微細孔の底面の下部電極にスキムミルクでブロッキングした後、純水で洗浄した。なお、この処理により微細孔を形成する絶縁体にもE2−BSA抗原やスキムミルク中の成分が物理吸着され固定されるが、実際の操作では、後述するようにポリスチレンビーズを微細孔に入れてから抗原抗体反応を行うので、絶縁体表面にE2−BSA抗原が固定されていても本実施例には大きく影響しない。
【0126】
また、電極間に電圧を印加する電源(4)は上部電極と下部電極の電極間に第1の交流電圧を印加するための第1の交流電源(5)と第2の交流電圧を印加するための第2の交流電源(6)及び、直流パルス電圧を印加するための細胞融合用電源(35)から構成されており、第1の交流電源、第2の交流電源、細胞融合用電源は、電源切換え機構(7)により適宜切換えて使用することができる。なお、第1の電源は、細胞固定用電源であり、第2の電源は、細胞取り出し用電源である。なお、今回の実施例では第1の交流電源と第2の交流電源は、エヌエフ回路設計ブロック製、WF1966を用い、細胞融合用電源にはネッパジーン製、LF101を用いた。
【0127】
上記微細孔付き絶縁体一体型下部電極で構成した細胞選別装置を用いて、後述する実験を行った。なお、今回は細胞選別のモデル系として、直径6.0μmのポリスチレンビーズ(ポリサイエンス社(Polysciences,Inc)製、ポリビーズ(Polybead、登録商標)ポリスチレン、マイクロスフィア(Polystyrene Microsphere))を用いた。
【0128】
上記ポリスチレンビーズは、0、0.1、1.0、2.0μg/mLの各濃度の抗E2−マウス抗体溶液をポリスチレンビーズ表面に接触させて物理吸着させた後にブロッキングし、抗E2−マウス抗体を固定化しておいた。抗E2−マウス抗体の固定化とブロッキングの方法は、前述した微細孔の底面の下部電極にE2−BSA抗原を固定化及びブロッキングしたのと同様な方法で行った。ここで、高い濃度の抗E2−マウス抗体溶液に接触させたポリスチレンビーズほど、多くの抗E2−マウス抗体がポリスチレンビーズの表面に固定化していると推定される。なお、この抗E2−マウス抗体を表面に固定化したポリスチレンビーズを以下では抗体固定化ポリスチレンビーズと称する。
【0129】
上記、各抗体濃度で抗体を固定化した抗体固定化ポリスチレンビーズの懸濁液600μL(ビーズ濃度:約1.65×10個/mL)をスペーサーの導入口より1mL容量の分注器を用いてそれぞれ細胞選別領域に注入した。例えば、抗E2−マウス抗体溶液の濃度2.0μg/mL、細胞選別領域に導入した抗体固定化ポリスチレンビーズの数は、約9.91×10個であり、細胞選別領域に存在する微細孔数約100万個とほぼ同数の抗体固定化ポリスチレンビーズを導入した。その後、5分程度静置させると、重力沈降により細胞選別領域に存在する微細孔の約37%に抗体固定化ポリスチレンビーズが入った。すなわち、最終的に微細孔に入った抗体固定化ポリスチレンビーズの数は約3.68×10個であった。それ以外の抗体固定化ポリスチレンビーズは、微細孔と微細孔の間の絶縁体上に残った。
【0130】
ここで、本実施例1及び後述する実施例2では、0、0.1、1.0、2.0μg/mLの各濃度の抗体固定化ポリスチレンビーズを細胞選別エリアに導入した際に、最終的に微細孔に残った抗体固定化ポリスチレンビーズの数(すなわち、もともと微細孔内に入っていた抗体固定化ポリスチレンビーズ数)を基準にして以下に示す保持率を計算した(保持率=微細孔に保持された抗体固定化ポリスチレンビーズ数/もともと微細孔内に入っていた抗体固定化ポリスチレンビーズ数×100)。
【0131】
なお、微細孔に入った抗体固定化ポリスチレンビーズの数は、細胞選別領域の10分の1の領域(細胞選別領域内の任意の6mm×6mmの領域、本領域内には約10万個の微細孔が存在する)の微細孔に保持された抗体固定化ポリスチレンビーズの数を数え、それを10倍することで求めた(以下、実施例2も同様)。
【0132】
次に、室温で約40分間静置し、微細孔の中に入った抗体固定化ポリスチレンビーズと微細孔の底面とを接触させ、抗体固定化ポリスチレンビーズの表面の抗体と微細孔の底面に固定した抗原との抗原抗体反応を起こさせた。続いて、第2の交流電源によりそれぞれ電圧2.5、5.0、7.5、10、15Vpp、周波数3MHzの交流電圧を電極間に印加し、1分後の抗体固定化ポリスチレンビーズの様子を観察した。なお、ポリスチレンビーズは細胞とは異なり、第2の交流電圧の周波数が高いとき(例えば1MHz〜3MHz)に負の誘電泳動力が作用し、第2の交流電圧の周波数が低いとき(例えば1kHz〜10kHz)に正の誘電泳動力が作用する。
【0133】
このとき抗体を固定化していない抗体固定化ポリスチレンビーズ(抗E2−マウス抗体の濃度が0の抗E2−マウス抗体溶液で処理した抗体固定化ポリスチレンビーズ)の場合は、時間経過に連れてもともと微細孔内に入っていた抗体固定化ポリスチレンビーズに対してほとんどの抗体固定化ポリスチレンビーズが微細孔から脱離し、電圧7.5V、1分印加後には、もともと微細孔内に入っていた抗体固定化ポリスチレンビーズ(約3.45×10個)に対して、0.7%(約2.42×10個)の抗体固定化ポリスチレンビーズしか微細孔に保持されていなかった。
【0134】
また、抗E2−マウス抗体溶液の濃度0.1μg/mLの比較的低い濃度の抗E2−マウス抗体溶液で処理した抗体固定化ポリスチレンビーズの場合は、電圧7.5V、1分間印加後には、もともと微細孔内に入っていた抗体固定化ポリスチレンビーズ(約3.12×10個)に対して、約5.0%(約1.56×10個)の抗体固定化ポリスチレンビーズが微細孔に保持された。なお、図15に示すように、印加電圧を上げるに連れて、抗体固定化ポリスチレンビーズの微細孔からの脱離の割合は増えた。
【0135】
更に、抗E2−マウス抗体溶液の濃度2.0μg/mLの比較的高い濃度の抗E2−マウス抗体溶液で処理した抗体固定化ポリスチレンビーズの場合は、電圧7.5V、1分印加後には、もともと微細孔内に入っていた抗体固定化ポリスチレンビーズ(約3.68×10個)に対して、40%(約1.47×10個)の抗体固定化ポリスチレンビーズが微細孔に保持された。なお、図15に示すように、印加電圧を上げるに連れて、抗体固定化ポリスチレンビーズの微細孔からの脱離の割合は増えた。
【0136】
以上の結果より、抗体固定化ポリスチレンビーズの表面に多くの抗E2−マウス抗体が固定化しているほど微細孔の底面の抗原との結合力が強いと考えられることから、抗体固定化ポリスチレンビーズの表面に固定化した抗体と微細孔の底面に固定化した抗原との結合力の大きさを、第2の交流電源の電圧の大きさによって簡単に、そして30秒程度もの短時間で選別することができた。
【0137】
(実施例2)
実施例1で用いた0、0.1、0.5、2.0μg/mLの各濃度の抗E2−マウス抗体溶液を用いて抗E2抗体を表面に固定化した抗体固定化ポリスチレンビーズの懸濁液600μL(ビーズ濃度:約1.65×10個/mL)をスペーサーの導入口より1mL容量の分注器を用いてそれぞれ細胞選別領域に導入した後、約5分間静置し抗体固定化ポリスチレンビーズを重力沈降させてから、更に室温で約40分間静置し、微細孔の中に入った抗体固定化ポリスチレンビーズと微細孔の底面とを接触させ、抗体固定化ポリスチレンビーズの表面の抗体と微細孔の底面に固定した抗原との抗原抗体反応を起こさせた。続いて、第2の交流電源により電圧2.5Vpp、周波数3MHzの交流電圧を電極間に印加し、時間経過に対する抗体固定化ポリスチレンビーズの動きを観察した。
【0138】
このとき抗体を固定化していない抗体固定化ポリスチレンビーズ(抗E2−マウス抗体の濃度が0の抗E2−マウス抗体溶液で処理した抗体固定化ポリスチレンビーズ)の場合は、時間経過に連れてもともと微細孔内に入っていた抗体固定化ポリスチレンビーズに対して多くの抗体固定化ポリスチレンビーズが微細孔から脱離し、1分後にはもともと微細孔内に入っていた抗体固定化ポリスチレンビーズ(約3.32×10個)に対して、7.6%(約2.52×10個)の抗体固定化ポリスチレンビーズが微細孔に残保持された。なお、図16に示すように、電圧印加時間の経過に連れて、抗体固定化ポリスチレンビーズの微細孔からの脱離の割合は増えた。
【0139】
また、抗E2−マウス抗体溶液の濃度0.1μg/mLの比較的低い濃度の抗E2−マウス抗体溶液で処理した抗体固定化ポリスチレンビーズの場合は、1分後にはもともと微細孔内に入っていた抗体固定化ポリスチレンビーズ(約3.41×10個)に対して、37.5%(約1.28×10個)の抗体固定化ポリスチレンビーズが微細孔に保持された。なお、図16に示すように、電圧印加時間の経過に連れて、抗体固定化ポリスチレンビーズの微細孔からの脱離の割合は増えた。
【0140】
更に、抗体固定化ポリスチレンビーズのうち抗E2−マウス抗体溶液の濃度2.0μg/mLの比較的高い濃度の抗E2−マウス抗体溶液で処理した抗体固定化ポリスチレンビーズの場合は、1分後にはもともと微細孔内に入っていた抗体固定化ポリスチレンビーズ(約3.83×10個)に対して55.6%(約2.13×10個)と多くの抗体固定化ポリスチレンビーズが微細孔に保持された。なお、図16に示すように、電圧印加時間の経過に連れて、抗体固定化ポリスチレンビーズの微細孔からの脱離の割合は増えた。
【0141】
以上の結果より、実施例1と同じように、抗体固定化ポリスチレンビーズの表面に多くの抗E2−マウス抗体が固定化しているほど、微細孔の底面の抗原との結合力が強いと考えられることから、抗体固定化ポリスチレンビーズの表面に固定化した抗体と微細孔の底面に固定した抗原との結合力の大きさを、第2の交流電源の電圧印加時間によって簡単に、そして30秒程度もの短時間で選別することができた。
【0142】
(実施例3)
実施例1と同様の細胞選別装置を用いて、特定の抗体を表面提示している脾臓細胞の選別を行った。細胞は、免疫していないマウス脾臓細胞Aと、E2抗原で免疫したマウス脾臓細胞Bを用いた。なお、E2抗原で免疫したマウス脾臓細胞Bには、その細胞表面にE2抗体を提示している細胞(以下、抗体提示細胞と称する)が存在する。本実施例3は、負の誘電泳動力の大きさを決める第2の交流電源の交流電圧の大きさにより、この抗体提示細胞が提示している抗体と微細孔の底面に固定した抗原との抗原抗体反応の結合力を識別し、抗体提示細胞を選別する例である。
【0143】
まず、マウス脾臓細胞A及びマウス脾臓細胞Bを、それぞれ300mMの濃度のマンニトール水溶液に懸濁させ、0.7×10個/mLの密度になるように細胞懸濁液を調整した。
【0144】
次に、上記マウス脾臓細胞Aの細胞懸濁液600μLをスペーサーの導入口より1mL容量の分注器を用いて注入した。なお、この細胞懸濁液に入っているマウス脾臓細胞Aの細胞数をカウントしたところ、約4.11×10個であった。第1の交流電源により電圧10Vpp、周波数3MHzの矩形波交流電圧を電極間に印加したところ、2〜3秒程度の極めて短い時間でアレイ状に形成した複数の微細孔の1つにほぼ1個のマウス脾臓細胞Aを、約38%の微細孔に固定することができた。すなわち、微細孔に固定されたマウス脾臓細胞Aの数は、約3.80×10個であった。
【0145】
なお、微細孔に固定された脾臓細胞の数は、実施例1と同様に、細胞選別領域の10分の1の領域(細胞選別領域内の任意の6mm×6mmの領域、本領域内には約10万個の微細孔が存在する)の微細孔に保持された脾臓細胞の数を数え、それを10倍することで求めた(以下、本実施例における微細孔に固定された脾臓細胞の数は同様の方法で求めた)。
【0146】
次にマウス脾臓細胞Aと微細孔の底面とを接触させ、約40分間室温で静置させた。この間に、マウス脾臓細胞Aの表面にE2抗体が提示されていれば、微細孔の底面に固定したE2抗原と抗原抗体反応が生じ結合し、マウス脾臓細胞Aの表面にE2抗体が提示されていなければ、微細孔の底面に固定したE2抗原と抗原抗体反応は生じる事はなく結合しない。続いて、第2の交流電源により電圧5Vpp、周波数10kHzの交流電圧を電極間に30秒間印加し負の誘電泳動力を作用させたところ、ほとんど全てのマウス脾臓細胞Aが微細孔から脱離する様子が観察された。次いで300mMの濃度のマンニトール水溶液700μLをスペーサーの導入口より1mL容量の分注器を用いて注入し、この微細孔から脱離したマウス脾臓細胞Aを排出口から排出した。その後、微細孔に残った細胞数をカウントしたところ約8.2×10個であった。すなわち、本細胞選別装置に導入したマウス脾臓細胞Aのうち約0.2%(=8.2×10/3.80×10×100)のマウス脾臓細胞Aが微細孔に保持された。これは、免疫してないマウス脾臓細胞Aには、その細胞表面にE2抗体を提示している抗体提示細胞がほとんど存在しないため、微細孔の底面に固定したE2抗原と抗原抗体反応が起こらなかったため、ほとんどすべてのマウス脾臓細胞Aが微細孔から脱離したものと推定される。
【0147】
次に、上記マウス脾臓細胞Bの細胞懸濁液600μLをスペーサーの導入口より1mL容量の分注器を用いて注入した。なお、この細胞懸濁液に入っているマウス脾臓細胞Bの細胞数をカウントしたところ、約3.98×10個であった。第1の交流電源により電圧10Vpp、周波数3MHzの矩形波交流電圧を電極間に印加したところ、2〜3秒程度の極めて短い時間でアレイ状に形成した複数の微細孔の1つにほぼ1個のマウス脾臓細胞Aを約36%の微細孔に固定することができた。すなわち、微細孔に固定されたマウス脾臓細胞Aの数は、約3.62×10個であった。
【0148】
次にマウス脾臓細胞Bと微細孔の底面とを接触させ、約40分間室温で静置させた。この間に、マウス脾臓細胞Bの表面に抗E2抗体が提示されていれば、微細孔の底面に固定したE2抗原と抗原抗体反応が生じ結合し、マウス脾臓細胞Bの表面にE2抗体が提示されていなければ、微細孔の底面に固定したE2抗原と抗原抗体反応は生じる事はなく結合しない。続いて、第2の交流電源により電圧5Vpp、周波数10kHzの交流電圧を電極間に30秒間印加し負の誘電泳動力を作用させたところ、いくつかのマウス脾臓細胞Bが微細孔から脱離する様子が観察された。次いで300mMの濃度のマンニトール水溶液700μLをスペーサーの導入口より1mL容量の分注器を用いて注入し、この微細孔から離脱したマウス脾臓細胞Bを排出口から排出した。その後、微細孔に残った細胞数をカウントしたところ約1.20×10個であった。すなわち、本細胞選別装置に導入したマウス脾臓細胞Bのうち約3.3%(=1.20×10/3.62×10×100)のマウス脾臓細胞Bが微細孔に保持された。これは、電圧5Vpp、周波数10kHzの負の誘電泳動力では遊離しない強い抗原抗体反応で結合したマウス脾臓細胞Bが約3.3%存在するものと推定される。
【0149】
次に、同様に上記マウス脾臓細胞Bの細胞懸濁液600μLをスペーサーの導入口より1mL容量の分注器を用いて注入した。なお、この細胞懸濁液に入っているマウス脾臓細胞Bの細胞数をカウントしたところ、約4.18×10個であった。第1の交流電源により電圧10Vpp、周波数3MHzの矩形波交流電圧を電極間に印加したところ、2〜3秒程度の極めて短い時間で、アレイ状に形成した複数の微細孔の1つにほぼ1個のマウス脾臓細胞Aを、約39%の微細孔に固定することができた。すなわち、微細孔に固定されたマウス脾臓細胞Aの数は、約3.89×10個であった。
【0150】
次にマウス脾臓細胞Bと微細孔の底面とを接触させ、約40分間室温で静置させた。この間に、マウス脾臓細胞Bの表面にE2抗体が提示されていれば、微細孔の底面に固定したE2抗原と抗原抗体反応が生じ結合し、マウス脾臓細胞Bの表面にE2抗体が提示されていなければ、微細孔の底面に固定したE2抗原と抗原抗体反応は生じる事はなく結合しない。続いて、第2の交流電源により電圧8Vpp、周波数10kHzの交流電圧を電極間に30秒間印加し負の誘電泳動力を作用させたところ、いくつかのマウス脾臓細胞Bが微細孔から脱離する様子が観察された。次いで300mMの濃度のマンニトール水溶液700μLをスペーサーの導入口より1mL容量の分注器を用いて注入し、この微細孔から離脱したマウス脾臓細胞Bを排出口から排出した。その後、微細孔に残った細胞数をカウントしたところ約4.67×10個であった。すなわち、本細胞選別装置に導入したマウス脾臓細胞Bのうち約1.2%(=4.67×10/3.89×10×100)のマウス脾臓細胞Bが微細孔に保持された。これは、電圧8Vpp、周波数10kHzの負の誘電泳動力よりも強い抗原抗体反応で結合したマウス脾臓細胞Bが約1.2%存在するものと推定される。
【0151】
以上のことから、負の誘電泳動力を発生させる第2の交流電源の交流電圧の大きさにより、表面提示した抗体と抗原との結合力を識別して、抗体を表面提示した細胞を選別する事を確認ができた。
【0152】
(比較例1)
実施例3と同様に特定の抗体を表面提示している脾臓細胞の選別を行った。細胞は、免疫していないマウス脾臓細胞Aと、E2抗原で免疫したマウス脾臓細胞Bを用いた。本比較例は、マウス脾臓細胞A及びマウス脾臓細胞Bに存在する抗体提示細胞をビオチン化E2―BSAと抗原抗体反応させた後、ストレプトアビジン磁気ビーズ(MACS社製 μMACS ストレプトアビジンキット)と反応(ビオチン−アビジン結合)させることにより、抗体提示細胞を選択的に磁気ビーズに結合させ、抗体提示細胞と結合した磁気ビーズを磁石を用いて選別捕集することにより、E2抗体を表面に提示しているマウス脾臓細胞を選別した例である。
【0153】
実施例3と同様に、免疫していないマウス脾臓細胞Aと、E2抗原で免疫したマウス脾臓細胞Bを用い、それぞれ緩衝液(MACS社製 μMACS ストレプトアビジンキット)に懸濁させ、2.0×10個/mLの密度になるように細胞懸濁液を調整した。次に、調整した各脾臓細胞をビオチン化E2―BSA溶液と混合し抗原抗体反応させた。このときに、ビオチン化E2―BSA溶液と混合したマウス脾臓細胞Aの数は、約1.31×10個、マウス脾臓細胞Bの数は、約1.55×10個であった。この間に、マウス脾臓細胞の表面にE2抗体が提示されていれば、ビオチン化E2−BSAのE2抗原と抗原抗体反応が生じ結合し、マウス脾臓細胞の表面にE2抗体が提示されていなければ、ビオチン化E2−BSAのE2抗原と抗原抗体反応は生じる事はなく結合しない。
【0154】
続いて、抗原抗体反応を介してビオチン化したマウス脾臓細胞を、ストレプトアビジン磁気ビーズと混合しビオチン−アビジン結合させた。次に、磁石を用いて磁気ビーズと細胞懸濁液を分離した。その後、磁気ビーズと共に回収されたマウス脾臓細胞の数を数えたところ、マウス脾臓細胞Aは約3.91×10個、マウス脾臓細胞Bの数は約4.95×10個であった。なお、磁気ビーズと共に回収されたマウス脾臓細胞の数は、磁気ビーズと共に回収されたマウス脾臓細胞を緩衝液(MACS社製 μMACS ストレプトアビジンキット)で懸濁した細胞懸濁液を血球計算板の上に滴下しカウントした。
【0155】
以上のことから、上記マウス脾臓細胞Aの場合、約0.3%(=3.91×10/1.31×10×100)のマウス脾臓細胞Aが磁気ビーズに保持された。これは、免疫してないマウス脾臓細胞Aには、その細胞表面に抗E2抗体を提示している抗体提示細胞がほとんど存在しないため、ビオチン化E2抗原と抗原抗体反応が起こらず、従って、ストレプトアビジン磁気ビーズとビオチン−アビジン結合が起こらず、ほとんどのマウス脾臓細胞Aは磁気ビーズで回収できなかったと推定される。
【0156】
また、上記マウス脾臓細胞Bの場合、約3.2%(=4.95×10/1.55×10×100)のマウス脾臓細胞Bが磁気ビーズに保持された。これは、ビオチン化E2抗原と抗原抗体反応で結合したマウス脾臓細胞Bが約3.2%存在するものと推定される。
【0157】
このように本比較例では磁気ビーズに結合するか否かでマウス脾臓細胞を選別することはできたが、磁気ビーズに固定した抗原と脾臓細胞の表面に提示された抗体の結合力に応じて、脾臓細胞を選別することはできなかった。
【0158】
(実施例4)
実施例1と同様の細胞選別装置を用いて、マウス脾臓細胞(直径約6μm)とマウス癌細胞(直径約10μm)を用い、微細孔にてマウス脾臓細胞の選別を行わずに細胞融合した場合と、微細孔にてマウス脾臓細胞の選別を行って細胞融合した場合の比較を行った。以下に実験操作を示すが、全ての実験器具や試薬類、細胞選別容器の構成部材は滅菌したものを用いた。なお、微細孔にてマウス脾臓細胞の選別を行わずに細胞融合する細胞選別装置は、実施例1の細胞選別装置において微細孔の底面の下部電極にE2−BSA抗原を固定しない細胞選別装置を用いた。
【0159】
マウス脾臓細胞としては、E2−BCP(BCP:Blue Carrier Immunogenic Protein)複合体を腹腔内注射により10回以上、2週間おきに免疫を繰り返したマウスの脾臓細胞を用いた。以下に、マウスからの脾臓細胞の取り出し手順を述べる。
【0160】
まず、密閉瓶中にキムタオルを入れ、セボフルラン(丸石製薬製)を用いてマウスを安楽死させた。70%消毒用エタノールをマウスに十分散布した後、クリーンベンチ内の解剖台に注射針で固定した。次にピンセットで外皮を摘み上げ解剖用ハサミで切り込みを入れ、まず外皮を切り取った。次に新しい別のハサミを用いて内皮を切り開き、脾臓を露出させ、ピンセットを用いて脾臓を体外に引き出しながら、ハサミで脾臓をマウスの体から切断した。50mL遠心チューブに10mLの10%FBS(ウシ血清)を含む動物細胞培養用の培地(以下、培地Aと称する)を入れておき、その中に脾臓を移して揺り動かし表面を洗った。次に脾臓をφ9cmスミロン製シャーレの蓋の上に移し、2本のピンセットを用いて、摘出した脾臓の周りに付着した脂肪を除いた。φ9cmスミロン製シャーレ中に10mLの培地Aを入れ、40mLメッシュのセルストレーナ(Falcon製)中で脾臓を4〜5の小片になるように新しいハサミで切断し、5mLテルモシリンジの尾部の平坦部を用いて脾臓を十分すり潰した。セルストレーナとテルモシリンジの尾部に付着した脾臓細胞は培地Aで洗い流した。シャーレ中の脾臓細胞の入った懸濁液は50mL遠心チューブに移し、シャーレを培地Aで2回洗浄し、洗浄液も遠心チューブ内で混合した。脾臓細胞の入った懸濁液を1500rpm、室温で5分間遠心分離後、上清をアスピレータで吸引し、脾臓細胞のペレットを解きほぐした。次に1mLのFBS中に解きほぐした脾臓細胞を懸濁した後、赤血球破砕液(SIGMA製)を9mL加えてよく混合し、室温で3分間静置し、赤血球の破砕を行った。再び脾臓細胞の入った懸濁液を1500rpm、室温で5分間遠心分離後、上清をアスピレータで吸引し、細胞ペレットを解きほぐした後、20mLの培地Aに懸濁した。セルストレーナを用いて、50mL遠心チューブ中に脾臓細胞の入った懸濁液をろ過し、この脾臓細胞が入った懸濁液の内、10mLを1500rpm、室温で5分間遠心分離後、上清をアスピレータで吸引し、脾臓細胞のペレットを解きほぐした。すぐに10mLの無血清動物細胞培養用の培地(以下、培地Bと称する)に解きほぐした脾臓細胞を懸濁させた後、1500rpm、室温で5分間遠心分離し、上清をアスピレータで吸引した後、脾臓細胞のペレットを解きほぐした。次に300mMのマンニトール、0.1mMのCaCl、0.2mMのMgCl、0.1mg/mLのBSAの入った20mLの細胞融合液(以下、細胞融合液Aと称する)に脾臓細胞を懸濁させた後、1500rpm、室温で5分間遠心分離し、上清をアスピレータで吸引した後、脾臓細胞のペレットを解きほぐした。再び少量の細胞融合液Aに脾臓細胞を懸濁し、セルストレーナを用いて50mLファルコンチューブ内にろ過を行い、細胞融合液Aで希釈して、脾臓細胞の最終密度を0.8×10個/mLに調整したマウス脾臓細胞の入った細胞融合液Aを準備した。なお、300mMのマンニトールを主成分とする細胞融合液Aは、細胞の浸透圧とほぼ等張である。
【0161】
次に、マウス癌細胞を準備する手順を述べる。マウス癌細胞であるSP2/0(以下、ミエローマ細胞と称する。)は常に1×10個/mL以下の密度になるように、φ15cm浮遊培養用シャーレ中培地Aに懸濁し、37℃、5%のCOインキュベーター内で継代したものを用いた。細胞融合の前日、ミエローマ細胞の密度が2.0×10個/mLとなるように培地Aにミエローマ細胞を懸濁し、φ15cm浮遊培養用シャーレに培地Aの液量40mLをミエローマ培養液として入れ、合計10枚のシャーレで培養を行った。ミエローマ培養液をシャーレから遠心チューブに移し、1000rpmで5分間遠心分離後、上清をアスピレータで吸引し、ミエローマの細胞ペレットを解きほぐした。すぐに50mLの培地Bを各チューブに分散するように加えてミエローマ細胞を懸濁させ、1本のチューブにまとめた後、再び1000rpm、室温で5分間遠心分離し、上清をアスピレータで吸引してミエローマ細胞のペレットを解きほぐした。20mLの培地Bを各チューブに分散するように加えてミエローマ細胞を懸濁させ、1本のチューブにまとめた後、再び1000rpm、室温で5分間遠心分離し、上清をアスピレータで吸引してミエローマ細胞のペレットを解きほぐした。次に、40mLの細胞融合液Aにミエローマ細胞を再懸濁し、1000rpm、室温で5分間遠心分離し、上清をアスピレータで吸引し、ミエローマ細胞のペレットを解きほぐした。再び少量の細胞融合液Aにミエローマ細胞を懸濁し、セルストレーナを用いて50mLファルコンチューブ内にろ過を行い、細胞融合液Aで希釈して、最終密度を6.7×10個/mLに調整したミエローマ細胞の入った細胞融合液Aを準備した。
【0162】
続いてそれぞれ別の融合容器を用い、以下の(方法A)、(方法B)の方法で細胞選別と細胞融合を行った。
【0163】
(方法A)
実施例1の細胞選別装置において微細孔の底面の下部電極にE2−BSA抗原を固定しない細胞選別容器を用いた細胞選別装置を使用して細胞融合を行った。細胞選別容器に上記マウス脾臓細胞の入った細胞融合液Aを600μL(損失分も考慮するとマウス脾臓細胞数は約50万個)細胞選別領域に導入し、細胞選別領域内で脾臓細胞を十分に沈降させた。次に、第1の交流電源により電圧10Vpp、周波数3MHzの矩形波交流電圧を電極間に印加し、約100万個の微細孔のうちほぼ半分の50万個の微細孔に対し、ほぼ1つの微細孔に1個ずつマウス脾臓細胞をアレイ状に固定した。続いてミエローマ細胞の入った細胞融合液Aを600μL(細胞の損失分も考慮すると、ミエローマ細胞数は約400万個)細胞選別領域に導入した。この場合、マウス脾臓細胞の数の約8倍多いミエローマ細胞を細胞選別領域に導入したので、微細孔に固定されたマウス脾臓細胞の上に、少なくとも1つのミエローマ細胞が接触した状態になっているものと推定される。次に、電源切換え機構により電源を直流パルス電源(ネッパジーン株式会社製、LF101)に切換えて、電極間に電圧100V、パルス幅30μsの直流パルス電圧を1回印加し細胞融合を行った。
【0164】
(方法B)
実施例1の細胞選別装置と同様に、微細孔の底面の下部電極にE2−BSA抗原を固定した細胞選別容器を用いた細胞選別装置を使用して、細胞選別と細胞融合を行った。上記マウス脾臓細胞の入った細胞融合液Aを600μL(マウス脾臓細胞数約50万個)細胞選別領域に導入し、細胞選別領域内でマウス脾臓細胞を十分に沈降させた細胞選別容器を用意した。次に、細胞選別容器の電極間に第1の交流電源により電圧10Vpp、周波数3MHzの矩形波交流電圧を印加し、約100万個の微細孔のうちほぼ半分の50万個の微細孔に対し、ほぼ1つの微細孔に1個ずつマウス脾臓細胞をアレイ状に固定した。次に、細胞選別装置を約2分程度静置し、微細孔の底面の下部電極に固定化されたE2−BSAとマウス脾臓細胞表面に提示されたE2抗体の抗原抗体反応を行った。次に電源切換え機構により第2の交流電源に切換え、第2の交流電圧(電圧15Vpp、周波数10kHzの矩形波交流電圧)を細胞選別容器に印加し、抗原抗体反応していないマウス脾臓細胞を微細孔近傍の絶縁体上に取り出す事で細胞選別を行った。続いて融合選別容器に、マウスミエローマ細胞の入った細胞融合液Aを600μL(マウスミエローマ細胞数は約400万個)細胞選別領域に導入し、電源切換え機構により直流パルス電源に切換えて、電極間に電圧100V、パルス幅30μsの直流パルス電圧を1回印加し細胞融合を行った。
【0165】
上記(方法A)、(方法B)で細胞融合を行った細胞懸濁液をそのまま15分静置したあと細胞選別容器内の細胞懸濁液をHAT培地(H:ヒポキサンチン(hypoxanthine)、A:アミノプテリン(aminopterine)、T:チミジン(thymidine)を成分とする培地)で希釈し、96穴プレート(Falcon製)に移した後、COインキュベータで融合細胞の培養を行った。なお、HAT培地は、融合細胞のみを選択的に増殖させる培地である。6日後に各ウェルの融合細胞のコロニー数をカウントし融合再生確率を算出した。ここで融合再生確率とは各融合容器あたりの「細胞融合で生成した融合細胞のコロニー数/導入したマウス脾臓細胞数」である。更にコロニー数をカウントしたHAT培地を全交換し、7日後にELISA法により各ウェルの培養上清のE2親和性を持つ抗体の有無を判定した。
【0166】
ELISA法の評価方法は以下のように行った。E2-BSAをELISAプレートに固定化した後、1%スキムミルクでブロッキングした。その後融合細胞の培養上清を反応させ、アルカリホスファターゼ標識抗マウスIgG抗体を結合させた。未反応の酵素標識抗体をB/F分離後、発色基質であるパラニトロフェニルリン酸(PNPP)を分注し、405nmでの蛍光強度を測定した。測定を行ったウェルのうち蛍光強度がバックグランドよりも明らかに高い値であるウェルをE2抗体陽性ウェルと判定し、E2抗体陽性ウェル率を算出した。ここでE2抗体陽性ウェル率とは各細胞選別容器あたりの「E2抗体陽性と判定されたウェル数/細胞融合で生成した融合細胞のコロニー数」である。以上のようにして算出された各細胞選別容器あたりの融合再生確率とE2抗体陽性ウェル率は、以下のようになった。
(方法A)融合再生確率:16/10000、E2抗体陽性ウェル率:0.8%
(方法B)融合再生確率: 7/10000、E2抗体陽性ウェル率:1.4%
以上の事から、細胞選別を行わない(方法A)よりも本発明による細胞選別を行った(方法B)の方が、得られる融合細胞数は少ない(融合再生確率は低い)が、E2特異的な抗体を産生している融合細胞の割合が高い事を示した。以上から細胞融合前に、微細孔から細胞を取り出す方向に作用する特定の力により、細胞表面の特定物質と微細孔に固定した認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞を、微細孔から取り出して細胞選別を行うことで、ELISA法で評価を行う融合細胞数(ELISAプレート数)を減らす事ができ、更には細胞を選別する作業量や作業時間を大幅に削減することができ、よりモノクローナル抗体の開発が効率的に行われることが示された。
【0167】
(実施例5)
実施例1と同様の細胞選別装置を用いて、実施例4と同様の実験を行った。マウス脾臓細胞の入った細胞融合液Aと、マウスミエローマ細胞の入った細胞融合液Aを用意した。ただし、マウス脾臓細胞の密度は1.6×10個/mLに、マウスミエローマ細胞の密度は6.7×10個/mLにそれぞれ調整した。
続いてそれぞれ別の融合容器を用い、以下の(方法C)、(方法D)の方法で細胞選別と細胞融合を行った。
【0168】
(方法C)
実施例1の細胞選別装置において、微細孔の底面の下部電極にE2−BSA抗原を固定しない細胞選別容器を用いた細胞選別装置を使用して細胞融合を行った。細胞選別容器に上記マウス脾臓細胞の入った細胞融合液Aを600μL(損失分も考慮するとマウス脾臓細胞数は約100万個)細胞選別領域に導入し、細胞選別領域内で脾臓細胞を十分に沈降させた。次に、第1の交流電源により電圧10Vpp、周波数3MHzの矩形波交流電圧を電極間に印加し、約100万個の微細孔に対し、ほぼ1つの微細孔に1個ずつマウス脾臓細胞をアレイ状に固定した。続いてミエローマ細胞の入った細胞融合液Aを600μL(細胞の損失分も考慮すると、ミエローマ細胞数は約400万個)細胞選別領域に導入した。この場合、マウス脾臓細胞の数の約4倍多いミエローマ細胞を細胞選別領域に導入したので、微細孔に固定されたマウス脾臓細胞の上に、少なくとも1つのミエローマ細胞が接触した状態になっているものと推定される。次に、電源切換え機構により電源を直流パルス電源(ネッパジーン株式会社製、LF101)に切換えて、電極間に電圧100V、パルス幅30μsの直流パルス電圧を1回印加し細胞融合を行った。
【0169】
(方法D)
実施例4の方法Bの細胞選別装置と同様に、微細孔の底面の下部電極にE2−BSA抗原を固定した細胞選別容器を用いた細胞選別装置を使用して細胞選別と細胞融合を行った。
上記マウス脾臓細胞の入った細胞融合液Aを600μL(マウス脾臓細胞数約100万個)細胞選別領域に導入し、細胞選別領域内でマウス脾臓細胞を十分に沈降させた細胞選別容器を用意した。次に、細胞選別容器の電極間に第1の交流電源により電圧10Vpp、周波数3MHzの矩形波交流電圧を印加し、約100万個の微細孔に対し、ほぼ1つの微細孔に1個ずつマウス脾臓細胞をアレイ状に固定した。次に、細胞選別装置を約2分程度静置し、微細孔の底面の下部電極に固定化されたE2−BSAとマウス脾臓細胞表面に提示されたE2抗体の抗原抗体反応を行った。次に電源切換え機構により第2の交流電源に切換え、第2の交流電圧(電圧15Vpp、周波数10kHzの矩形波交流電圧)を細胞選別容器に印加し、抗原抗体反応していないマウス脾臓細胞を微細孔近傍の絶縁体上に取り出す事で細胞選別を行った。続いて融合選別容器に、カチオン性ポリマーの1つであるである0.01%のポリLリジン(SIGMA製、以下PLLと略する。)を含む細胞融合液Aを2回導入し、微細孔から取り出したマウス脾臓細胞を絶縁体上に静電気的に固定した。次に細胞融合液Aを4回導入し、過剰なPLL成分を除いた後、マウスミエローマ細胞の入った細胞融合液Aを600μL(ミエローマ細胞数は約400万個)細胞選別領域に導入し、電源切換え機構により直流パルス電源に切換えて、電極間に電圧100V、パルス幅30μsの直流パルス電圧を1回印加し細胞融合を行った。
【0170】
上記(方法C)、(方法D)で細胞融合を行った細胞懸濁液をそのまま15分静置したあと、実施例4と同様に細胞選別容器内の細胞懸濁液をHAT培地で希釈し、96穴プレート(Falcon製)に移した後、COインキュベータで融合細胞の培養を行い、6日後に各ウェルの融合細胞のコロニー数をカウントし融合再生確率を算出した。更にコロニー数をカウントしたHAT培地を全交換し、実施例4と同様に、7日後にELISA法により各ウェルの培養上清のE2親和性を持つ抗体の有無を判定した。
【0171】
以上のようにして算出された各細胞選別容器あたりの融合再生確率とE2抗体陽性ウェル率は、以下のようになった。
(方法C)融合再生確率:27/10000、E2抗体陽性ウェル率:0.4%
(方法D)融合再生確率: 2/10000、E2抗体陽性ウェル率:3.8%
以上の事から、細胞選別を行わない(方法C)よりも、本発明により細胞選別に加え微細孔から取り出した脾臓細胞をPLLにより絶縁体上に静電気的に固定し微細孔への再固定防止を行った(方法D)方が、得られる融合細胞数は少ない(融合再生確率は低い)が、E2特異的な抗体を産生している融合細胞の割合が、実施例4よりも更に高い事を示した。以上から細胞融合前に、微細孔から細胞を取り出す方向に作用する特定の力により、細胞表面の特定物質と微細孔に固定した認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞を微細孔から取り出して細胞選別を行い、更に細胞選別に続き微細孔から取り出した細胞を微細孔以外の部分に補足し微細孔部への再固定を防止することで、ELISA法で評価を行う融合細胞数(ELISAプレート数)を更に減らす事ができ、更には細胞を選別する作業量や作業時間を更に大幅に削減することができ、モノクローナル抗体の開発がより効率的に行われることが示された。
(比較例2)
比較例1で選別したマウス脾臓細胞Bを通常の電気融合法で細胞融合した。電気的細胞融合を行う電極には、電極間1mmの金製のワイヤー電極(ネッパジーン株式会社製、MSゴールドワイヤー電極)を用い、この電極に細胞融合用電源(ネッパジーン製、LF101)を接続した。
【0172】
細胞は、比較例1で選別したマウス脾臓細胞Bとマウスミエローマ細胞を用いた。マウス抗体産生細胞Bとマウスミエローマ細胞を4:1で混合し、両方の細胞を300mMの濃度のマンニトール水溶液に懸濁させ、1.7×10個/mLの密度になるように細胞懸濁液を調整した。両細胞懸濁液には、細胞融合での細胞膜の再生を促進するために、0.1mMの塩化カルシウム、0.1mMの塩化マグネシウムを添加した。
【0173】
上記細胞懸濁液40μL(マウス抗体産生細胞数:約60万個、マウスミエローマ細胞数:約15万個)を電極間に注入し、細胞融合用電源を用いて、電圧20Vpp、周波数3MHzの正弦波交流電圧を電極間に印加した。細胞パールチェーンの形成を確認後、細胞融合を行うため、電圧値200V、パルス幅30μsの直流パルス電圧を印加した。10分静置したあと細胞選別容器内の細胞懸濁液をHAT培地に入れた。細胞懸濁液を入れたHAT培地をCOインキュベータに入れて細胞培養を行い6日後に融合細胞をカウントした結果、融合細胞を確認することはできなかった。これは、選別によって残ったマウス脾臓細胞Bの数が少なく、細胞懸濁液の密度調整や遠心分離により、細胞融合用の電極にマウス脾臓細胞Bを移す時に更にロスして少なくなってしまう事に加え、通常の電気融合法の融合再生確率が0.2/10000程度と極めて低いため、実質的に融合細胞を得られなかったと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0174】
本発明の細胞選別装置と選別方法によれば、第1の交流電流による正の誘電泳動力により、1つの微細孔に1つの細胞を固定することができる。また、微細孔から細胞と取り出す方向に作用する特定の力により、微細孔から細胞を取り出し個別に選別することができるため、認識分子と強く結合する特定物質を表面に提示している細胞を一度に大量かつ短時間で簡便に選別することが可能となる。従って本発明は医薬品製造や臨床診断の分野で利用可能性がある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対向して配置される導電部材からなる一対の電極と、前記一対の電極間に平板状のスペーサーを介して配置され、かつ前記対向して配置された電極の方向に貫通した複数の微細孔を有した平板状の絶縁体からなり、前記絶縁体が前記電極のいずれか一方の電極面上に配置され、前記微細孔の底面に特定物質に対し結合性を有する認識分子を配置した細胞選別容器と、前記一対の電極に電圧を印加する電源と、を備えた細胞選別装置であって、前記電源が細胞固定用電源および細胞取り出し用電源を有することを特徴とする細胞選別装置。
【請求項2】
前記電源において、前記細胞固定用電源が第1の交流電圧を印加する第1の交流電源からなり、前記細胞取り出し用電源が第2の交流電圧を印加する第2の交流電源からなり、前記第1の交流電源と前記第2の交流電源とを切換える電源切換え機構を有することを特徴とする請求項1記載の細胞選別装置。
【請求項3】
前記電源が前記細胞固定用電源および前記細胞取り出し用電源に加えて、細胞融合用電源を有することを特徴とする請求項1記載の細胞選別装置。
【請求項4】
前記電源において、前記細胞固定用電源が第1の交流電圧を印加する第1の交流電源からなり、前記細胞取り出し用電源が第2の交流電圧を印加する第2の交流電源からなり、前記細胞融合用電源が直流パルス電圧を印加する直流パルス電源からなり、前記第1の交流電源、前記第2の交流電源、前記直流パルス電源から任意の1つ、または任意の2つの電源を選んで接続する電源切換え機構を有することを特徴とする請求項3記載の細胞選別装置。
【請求項5】
前記第1の交流電源の交流周波数が30kHz以上であり、かつ前記第2の交流電源の交流周波数が20kHz未満であることを特徴とする請求項2または請求項4に記載の細胞選別装置。
【請求項6】
前記特定物質と結合性を有する認識分子が抗原であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の細胞選別装置。
【請求項7】
前記細胞選別容器の前記一対の電極間に前記スペーサーを介して形成された細胞選別する空間である細胞選別領域に面する前記電極の表面かつ/または前記微細孔を有した平板上の絶縁体を配置した電極の絶縁体表面にカチオン性ポリマーを配した事を特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の細胞選別装置。
【請求項8】
前記カチオン性ポリマーがポリリジン、またはポリリジンの誘導体、またはアミノ基含有ポリマーである事を特徴とする請求項7記載の細胞選別装置。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の細胞選別装置を用いた細胞選別方法であって、前記細胞選別領域内に細胞を導入し、前記第1の交流電源により前記第1の交流電圧を印加して前記微細孔内に前記細胞を固定し、前記微細孔の底面に配置した前記認識分子と細胞表面の特定物質を結合反応させた後、前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する特定の力により前記細胞のうち細胞表面の特定物質と前記認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞を前記微細孔から取り出すことを特徴とする細胞選別方法。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれかに記載の細胞選別装置を用いた細胞選別方法であって、前記細胞選別領域内に細胞を導入し、前記第1の交流電源により前記第1の交流電圧を印加して前記微細孔内に前記細胞を固定し、前記微細孔の底面に配置した前記認識分子と細胞表面の特定物質を結合反応させた後、前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する特定の力により前記細胞のうち細胞表面の特定物質と前記認識分子が強く結合した細胞を微細孔に残すことを特徴とする細胞選別方法。
【請求項11】
請求項3〜8のいずれかに記載の細胞選別装置を用いた細胞選別方法であって、前記細胞選別領域内に細胞を導入し、前記第1の交流電源により前記第1の交流電圧を印加して前記微細孔内に前記細胞を固定し、前記微細孔の底面に配置した前記認識分子と細胞表面の特定物質を結合反応させた後、前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する特定の力により前記第1の細胞のうち細胞表面の特定物質と前記認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞を前記微細孔から取り出し、続いて前記細胞選別領域内に第2の細胞を導入し、前記微細孔に残った前記第1の細胞と接触させ、前記電源切換え機構により前記直流パルス電源に切換え前記直流パルス電圧を印加し、前記微細孔に残った前記第1の細胞と接触した前記第2の細胞を細胞融合させる事を特徴とする細胞選別方法。
【請求項12】
前記特定の力が、前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する重力である事を特徴とする請求項9〜11のいずれかに記載の細胞選別方法。
【請求項13】
前記特定の力が、前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する磁力である事を特徴とする請求項9〜11のいずれかに記載の細胞選別方法。
【請求項14】
前記特定の力が、前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する、前記細胞選別容器に導入する溶液の送液力である事を特徴とする請求項9〜11のいずれかに記載の細胞選別方法。
【請求項15】
前記特定の力が、前記電源切換え機構により切換えた前記第2の交流電源による前記第2の交流電圧を印加することで、前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する誘電泳動力である事を特長とする請求項9〜11のいずれかに記載の細胞選別方法。
【請求項16】
前記特定の力が、請求項12〜15のいずれかに記載の特定の力のうち、2以上の特定の力の組み合わせである事を特徴とする請求項9〜11のいずれかに記載の細胞選別方法。
【請求項17】
前記特定の力が前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する送液力であって、送液力の大きさを前記細胞選別容器に導入する溶液の送液速度の大きさを変えることで、前記細胞表面の特定物質と前記認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞と、細胞表面の特定物質と前記認識分子が強く結合した細胞とを、選別することを特徴とする請求項14または請求項16記載の細胞選別方法。
【請求項18】
前記特定の力が前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する誘電泳動力であって、誘電泳動力の大きさを前記第2の交流電源による前記第2の交流電圧の大きさかつ/または周波数の大きさを変えることで、前記細胞表面の特定物質と前記認識分子とが結合していないかあるいは結合力の弱い細胞と細胞表面の特定物質と前記認識分子が強く結合した細胞とを、選別することを特徴とする請求項15または請求項16記載の細胞選別方法。
【請求項19】
前記微細孔から取り出した細胞を、請求項7または8記載のカチオン性ポリマーを配した前記電極の細胞選別領域側の表面かつ/または前記微細孔を有した平板上の絶縁体を配置した電極の絶縁体表面に捕捉させる事を特徴とする請求項9〜18のいずれかに記載の細胞選別方法。
【請求項20】
前記第2の細胞の表面に前記第1の細胞の特定物質を認識する認識分子を固定し、前記特定物質と前記認識分子の結合により、前記第1の細胞と前記第2の細胞を結合する事を特徴とする請求項11〜19のいずれかに記載の細胞選別方法。
【請求項21】
前記微細孔から前記細胞を取り出す方向に作用する前記特定の力をかけたまま、前記直流パルス電圧を印加することで、前記第1の細胞と前記第2の細胞を細胞融合する事を特徴とする請求項20に記載の細胞選別方法。
【請求項22】
対向された第1及び第2電極と、当該電極に交流電圧を印加する電源装置を備えた細胞選別装置であって、第1電極の第2電極側表面に微細孔を有する絶縁体が配置され、当該微細孔が当接した電極露出部位以外の部分が絶縁体で覆われ、また第1及び第2電極は当該絶縁体と第2電極とが隔離配置され、前記電極露出部位に認識分子が配置されており、そして、前記電源装置は周波数の異なる二種類の交流電圧を第1及び第2電極に印加するものである、細胞選別装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【公開番号】特開2009−273459(P2009−273459A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−98403(P2009−98403)
【出願日】平成21年4月14日(2009.4.14)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】