説明

細胞間相互作用を測定するための方法及び装置

【課題】溶液中での複数の異種細胞間の相互作用を測定するための方法及び装置を提供する。
【解決手段】異なる蛍光色素で標識されたかつ溶液内に浮遊された複数の異種細胞間の相互作用を測定するための装置であって、蛍光色素を励起するための光源、励起された蛍光を検出するための手段、該細胞を含む溶液を収容するための試料室、該試料室内で該細胞を浮遊させるための手段、該試料室内の温度を制御するための手段、及び該試料室内の二酸化炭素濃度を制御するための手段を含む上記装置、並びに、この装置を使用する細胞間相互作用を測定する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶液中での複数の異種細胞間の相互作用を測定するための方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内の細胞社会の中で、同種あるいは異種の細胞は、細胞膜上の例えばリガンド、受容体、接着因子などの分子を介した直接的接触によって様々な機能を発揮しあっている。こうした直接的な接触はさらに、細胞が分泌するサイトカインなどの液性因子によって制御されている。細胞間の相互作用は、殊に免疫系の細胞ネットワークで中心的な役割を担っている。そのため、細胞間相互作用を高感度かつ定量的に測定することは、生体機能を動的に理解する上で重要である。
【0003】
免疫系でみられる細胞間相互作用の例として、抗原提示細胞とT細胞の間の反応が知られている。抗原提示細胞は体内に侵入した細菌などの異物を取り込み、その断片を細胞表面に抗原として提示する。リンパ球の一種であるT細胞は、細胞表面のT細胞受容体を介してこの抗原を認識するとともに抗原提示細胞と強く結合し、この異物に対する免疫作用を活性化させる。このような機能的な細胞間相互作用は、生体内で、または生体から取り出した細胞集団で顕微鏡下に観察できる。しかし単なる顕微鏡観察では、機能的細胞間相互作用と確率的に起こる細胞間衝突とを見極めることはできない。
【0004】
細胞間の相互作用に直接関わる分子が同定されている場合は、その分子を蛍光色素で標識し、顕微鏡観察のもと、細胞間の接触部位に集合する様子を可視化することで、その機能性を解析することができる(非特許文献1)。しかし、このような高解像の観察を行うためには、コンフォーカル顕微鏡のような高価なシステムが必要となる。また顕微鏡による観察では、視野内の限られた数の細胞しか観察できないため、統計的に妥当と推定されるデータを得るためには、多くの時間と労力が必要となる。また免疫に与る血球やリンパ球など、本来浮遊性を示す細胞は基板に接着しにくく、顕微鏡での観察が困難である。
【0005】
分子同士の相互作用を解析する手法として、蛍光相互相関分光法(Fluorescence cross correlation spectroscopy, FCCS)が知られている。この手法の原理は以下に示す通りである。ある条件下で互いに結合することが期待される2種類の分子を、それぞれ異なる色の蛍光色素で標識し、これらを溶媒中に浮遊させる。このような試料に対して、2種類の蛍光色素を励起するためのレーザー光を、ごく狭い観測領域(直径が400nm,高さが2μmの円柱状の領域)に集めて照射する。この領域への分子の出入りが、測定される蛍光強度に影響するぐらいに分子の濃度が低ければ、分子の動きが蛍光のゆらぎとして測定される。FCCSではこのゆらぎを2色の蛍光で測定しその相関をもとめることで、2つの分子がどのぐらいの割合で互いに結合しているのかを測定する(非特許文献2)。
【0006】
FCCSの他に、分子間相互作用を計測するための方法及び装置が、例えば特許文献1及び2に記載されている。
【0007】
特許文献1は、リアルタイムかつハイスループットで分子間相互作用を測定するために、サンプル、試薬、洗浄液などの溶液を供給するための溶液供給手段、温度制御手段、攪拌手段、溶液排出手段などを含む分子間相互作用測定装置を記載している。
【0008】
特許文献2は、局在表面プラズモン法を利用した検出装置に、複数の温度域に対応した温度調整機構及び複数の温度域において取得した信号から分子間の相互作用を検出する機構を組み合わせた、分子間相互作用強度検定装置を開示している。
【0009】
しかしながら、FCCS法や、特許文献1、特許文献2などに記載の手法は、分子間の相互作用を測定するための方法であって、分子よりも格段にサイズや質量の大きい細胞に適用できる手法ではない。
【0010】
【特許文献1】特開2006-105819
【特許文献2】特開2007-298342
【非特許文献1】D.M. Davis,日経サイエンス,Vol.36, No.5, p.52-60, 2006
【非特許文献2】S.A. Kim及びP. Schwille, Curr. Opin. Neurobiol., Vol.13, No.5, p.583-590, 2003
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明者らは、これまで、観測領域を広げることで、FCCSの手法を細胞のようなより大きな粒子の相互作用の解析にも応用することができないか、という課題に取り組んできた。しかし、細胞は水中では自重により沈降するため、観測領域における細胞数が漸減する問題がある。また従来のFCCS装置は、分子を測定対象としているため、細胞の正常な活性を維持させるような機能が備わっていないなどの問題もある。
【0012】
このように、細胞間の相互作用を測定することを可能にするためには、解決すべき多くの課題が存在しており、従来、このような細胞間相互作用を捕らえる装置は開示されていなかった。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、分子間の相互作用を解析するための蛍光相互相関分光法を細胞間相互作用の測定に応用した方法及び装置を提供する。本発明の装置は、測定の間、細胞を試料室内で浮遊させるための攪拌手段、細胞の活性を安定して保つために温度やCO2ガス濃度をそれぞれ調節するための手段、細胞に対して薬剤を投与するための手段などを含む。
【0014】
本発明は、要約すると、以下の特徴を包含する。
【0015】
(1)異なる蛍光色素で標識されたかつ溶液内に浮遊された複数の異種細胞間の相互作用を測定するための装置であって、蛍光色素を励起するための光源、励起された蛍光を検出するための手段、該細胞を含む溶液を収容するための試料室、該試料室内で該細胞を浮遊させるための手段、該試料室内の温度を制御するための手段、及び該試料室内の二酸化炭素濃度を制御するための手段を含む、上記装置。
【0016】
(2)上記細胞を浮遊させるための手段が、攪拌手段である、上記(1)に記載の装置。
【0017】
(3)上記検出された蛍光強度のデータを記憶、演算及び解析するための手段をさらに含む、上記(1)又は(2)に記載の装置。
【0018】
(4)励起光を試料室に導くための光路、励起光の強度を調節するための手段、最適な励起光波長を抽出するための手段、複数の励起光の光路を試料室方向に揃えるための手段、及び励起光を集光するための手段から選択される手段をさらに含む、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の装置。
【0019】
(5)解析結果を出力し表示するための手段をさらに含む、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の装置。
【0020】
(6)試料室内に薬剤を注入するための手段をさらに含む、上記(1)〜(5)のいずれかに記載の装置。
【0021】
(7)異なる蛍光色素で標識されたかつ溶液内に浮遊された複数の異種細胞について、複数の色の蛍光強度のゆらぎを測定して該ゆらぎの間の相関を求め、これによって異種細胞間の相互作用を決定することを含む、細胞間相互作用を測定するための方法。
【0022】
(8)上記測定を、上記(1)〜(6)のいずれかに記載の装置を使用して行う、上記(7)に記載の方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明による測定法及び装置では、試料に含まれる複数の細胞の結合、解離の割合がその平均値として求められる。したがって、統計的に有意とみなされる解析結果が短い時間で容易に取得できる。
【0024】
細胞に蛍光標識を施す必要はあるが、顕微鏡でイメージングするときのように特定の分子をターゲットとして標識する必要はなく、細胞に取り込まれやすい色素で細胞全体を染色する、あるいは標識しやすい細胞表面に存在する分子をターゲットにしてもよく、その作業が簡便になる。
【0025】
本発明の測定系では、浮遊性の細胞で効率よく測定が行える。免疫系で機能する細胞はリンパ球など浮遊性のものが多く、例えば花粉症などのアレルギー疾患の検査などに有効になることが期待される。また接着性の細胞でも、セル内の攪拌により浮遊させた状態に保てるため同様に測定が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明の方法及び装置について、以下に詳細に説明する。
【0027】
<細胞間相互作用測定装置>
本発明の方法及び装置は、分子間の相互作用を測定するFCCSの方法及び装置を、細胞間の相互作用を測定するために改良したことを特徴とする。この方法では、分子を細胞に置き換えることで、細胞間相互作用を測定することを可能にした。具体的には、異種細胞間の相互作用を調べる場合は、例えば、それぞれの細胞種を異なる色の蛍光色素で標識し、励起光が照射される領域(観測領域)に出入りする細胞の動きをそれぞれの蛍光強度のゆらぎとしてモニタする。2色の蛍光強度のゆらぎの間での相関を求めることで、異種細胞間の相互作用を定量することができる。
【0028】
細胞は分子よりも大きく重いため、単に細胞を溶液内に浮遊させただけでは測定中に沈降していく。そのため、試料室の溶液を常に攪拌し、細胞を浮遊する状態に保つ必要がある。また、測定の間、細胞の生理的活性を保つために、試料室内の温度及びCO2濃度を最適な状態に保持する必要がある。本発明の装置は、これらの課題を克服するための新たな手段(装置)を含んでいる。
【0029】
本発明において、「細胞間相互作用」とは、細胞の表面に存在する分子を介した細胞間の接着あるいは結合で、これにより細胞間での認識や情報の伝達などを行うものである。
【0030】
本発明において、「蛍光強度のゆらぎ」とは、測定領域内に出入りする蛍光標識された細胞の数や速度に起因する蛍光強度の変動のことである。
【0031】
本発明において、「ゆらぎの間の相関」とは、複数(例えば2つ)の波長間でみられる蛍光強度のゆらぎの一致の程度である。
【0032】
本発明において、蛍光色素は、例えばシアン色素(Cy3、Cy5など)などの有機系蛍光色素、GFP(緑色蛍光蛋白質)などのオワンクラゲ由来の蛍光蛋白質、などである。細胞への蛍光色素の結合は、例えば、細胞膜透過性の色素による染色、蛍光抗体による細胞膜表面分子の標識、遺伝子組み換え技術による蛍光蛋白質の細胞内発現などによって行うことができる。
【0033】
以下では、本発明の装置を、図1〜図3を参照しながら説明する。
【0034】
本発明の装置の構成を図1に示す。
【0035】
通常、使用する蛍光色素が異なると最適な励起波長も異なるため、複数(例えば2つ)の光源1を使用する。光源としてはレーザー、水銀やキセノンなどのランプ、発光ダイオードなどが使用できる。分子間の相互作用を測定する場合と比べて観測領域が大きくなるため、どのようなタイプの光源を使っても、複数(例えば2つ)の励起光を同じ領域に絞り込むことができる。
【0036】
それぞれの光源からの励起光を試料へ導くための光路を設け、シャッタ3、励起光強度調節装置4、励起光分光装置6を配置する。
【0037】
シャッタ3は試料や光学部品の保護、使用者の安全のために測定時のみ励起光を照射させるために使用される。
【0038】
励起光強度調節装置4は、検出器17で適当な強度の蛍光が得られるように励起光強度を調節するために使用される。透過率の異なる減光フィルタを切り替える装置など、光の透過率を変更できる装置が使用される。
【0039】
励起光分光装置6は光源1が白色光の場合に、最適な励起光波長を抽出するために使用される。バンドパスフィルタを切り替える装置や、モノクロメータなどが使用できる。
【0040】
励起光結合用ミラー8は、複数(例えば2つ)の励起光の光路を揃えて試料に向かわせるために使用される。使われる複数の励起光の波長を、それぞれ透過または反射させる分光特性をもったダイクロイックミラーなどが使用できる。それぞれの励起光が試料の同一の領域に照射されるように、光軸調整用ミラー5によりそれぞれの励起光の光軸を調節する。一方の光路には照射の範囲や焦点を他の光路と合わせるための収差補正用の光学系を設ける。光軸が揃えられた複数(例えば2つ)の波長の励起光は励起光集光レンズ9により、試料室10内の細胞の懸濁液が入れられたセルの中央部に同時に照射される。使用する蛍光色素の組み合わせによっては、同一の波長で複数種(例えば2種)の色素を励起できるが、この場合はどちらか1つの光路を使用する。
【0041】
試料室10に配置したセル11からの蛍光はピンホール用集光レンズ12によって、ピンホール13に集光される。このピンホールの開口の広さを調節することで、セル内での蛍光を測定する領域の容積を変更することができる。これにより測定領域を出入りする細胞の数を調節し、FCCSの測定に適した蛍光のゆらぎが得られるようにする。
【0042】
複数種(例えば2種)の色素からの蛍光は蛍光分離用ミラー14によって分離される。これらの色素からの蛍光波長をそれぞれ透過または反射させる分光特性をもったダイクロイックミラーなどが使用できる。
【0043】
蛍光分光装置15は励起光の迷光などを排除し、色素の蛍光のみを抽出するために使用される。バンドパスフィルタを切り替える装置や、モノクロメータなどが使用できる。抽出された蛍光は蛍光集光レンズ16によって検出器17に投影され、その強度変化が計測される。
【0044】
検出器としては光電子増倍管、フォトダイオードなどの光電変換素子が使用できる。検出器は、測定に適した信号量が得られるようにその感度が調節できる。
【0045】
検出された蛍光の強度は連続的に処理装置18によって記録される。処理装置には、プログラムや検出器によって取得されたデータを記録、保存する記憶部、複数(例えば2つ)の蛍光強度の相関を計算する解析部、検出器や表示装置の動作を制御する周辺装置制御部が含まれる。また、処理装置18には、入力部及び出力部が接続されうる。
【0046】
さらにまた、使用者が装置に対して指示を与えるキーボードやマウスなどの入力部、データを紙に印刷するプリンタなどの出力部を含むことができる。測定されたデータや、解析結果は、モニタなどの表示装置19によって示される。
【0047】
試料室10の構造を図2に示す。試料室は細胞試料が入れられたセル11を保持する部分である。試料室は、測定の間、細胞の正常な活性が保たれるように、内部の温度やCO2濃度が一定に維持されるようにセルを囲む。上部にセル11を出し入れするための扉26をもつ。またセル11の上部には、薬剤に対する細胞の応答を測定するために、これを薬剤注入装置23により投与するための薬剤注入口25がある。薬剤は溶液として、例えば注射器状のシリンジに充填され、測定の前または途中に任意の量が先端の針からセルに投与される。あるいは、薬剤は、ポンプを使って溶液槽からセル11へ管を通して送られてもよい。
【0048】
測定中の細胞の正常な活性を維持するために、セル11内の温度とCO2濃度を一定に保つ条件は、細胞の種類や実験の内容に応じて変更できる。セル11の温度はその回りに、例えば一定の温度に保たれた水を循環させることで維持される。水は試料室の外部に置かれた恒温水循環装置21によって設定された温度に保たれる。恒温水循環装置21はその設定温度と現在の温度を表示することができる。水は管を通して試料室に送られ、セルの回りに作られた恒温循環槽(24)内をめぐり循環装置に戻される。試料室の側面にそのための水の導入口33と排水口32を設ける。あるいは、恒温水に代えて、一定温度の清浄空気などのガスを使用してもよい。
【0049】
試料室内のCO2濃度は、試料室の外部に置かれたCO2ガス供給装置22によって設定する。CO2ガスは供給装置22から管を通して試料室に送られる。試料室内部にCO2ガスの濃度を検知するセンサー30を取り付ける。供給装置22はこれにより試料室内のCO2濃度を常時モニタし、これが設定された濃度に維持されるようにガスの供給量を調節する。供給装置22は設定されたCO2の濃度と現在の濃度を表示する。
【0050】
試料室のセルが置かれる底部には攪拌手段を設ける。攪拌手段は、例えば磁石を含む攪拌子29と、それを回転させる磁気攪拌機(スタラー)20とからなる。スタラー20は測定中に細胞を沈降させずに、常に測定領域を出入りさせるために使用される。またこの回転数により測定領域を出入りする細胞の数を調節し、FCCSの測定に適した蛍光のゆらぎが得られるようにする。さらに、液の攪拌によりセル内の試料の温度を一定に維持したり、投与された薬剤を急速にセル内に行き渡らせたりするためにも使用される。
【0051】
試料室側面には、励起光を照射するための窓28と、蛍光を取り出すための窓27を設けることができる。窓は励起光や蛍光が紫外域の場合にその透過性を高めるために石英を使用するのがよい。窓のサイズは、集光される光の領域よりも十分に広くする。また攪拌子や、恒温水の循環層によって光の照射や測定が妨げられない高さに配置する。照射された励起光が蛍光測光のための光路に入らないように、励起光照射窓28と蛍光取得窓27は互いに直交する面に配置するのがよい。さらにまた、励起光の迷光をできるだけ抑えるためには、試料室の内面を励起光に対する反射率が低い素材で覆ってもよい。
【0052】
セル11は、試料となる細胞の懸濁液を入れるための容器であり、その材質はガラス、石英、プラスチックなどである。例えば、標準的な蛍光分光光度計で使用される10×10×45mm(縦×横×高さ)のサイズのものなどが使用できる。石英製のものは、励起光や蛍光が紫外域の場合にその透過性を高めるために使用される。セルには細胞の懸濁液とともに、磁石を含む攪拌子も入れられるようなサイズである。攪拌子は、試料室底部の回転数調節可能なスタラー20により適切な速度で回転することができる。
【0053】
微弱な蛍光を測定するため外部からの迷光を遮断するように、全装置のうち光源1、処理装置18、表示装置19、恒温水循環装置21、CO2ガス供給装置22、薬剤注入装置23以外を暗箱内に配置するのがよい。
【0054】
検出器17と表示装置19はデータの取得およびその表示のため、処理装置18の周辺装置制御部と接続して動作させる。その他の、シャッタ3、励起光強度調節装置4、励起光分光装置6、ピンホール13、蛍光分光装置15、スタラー20、恒温水循環装置21、CO2供給装置22、薬剤注入装置23といった周辺装置は、測定中に急速な条件の変更を要しない場合、それぞれを手動で動作させても測定を行うことができる。あるいは条件の設定や操作を簡便にするため、また薬剤の投入のタイミングを制御するためなどに処理装置の周辺装置処理部と接続し、入力部からの指令あるいはプログラムにより個別に動作させることもできる。
【0055】
<測定方法>
本発明はまた、第2の態様において、異なる蛍光色素で標識されたかつ溶液内に浮遊された複数の異種細胞について、複数の色の蛍光強度のゆらぎを測定して該ゆらぎの間の相関を求め、これによって異種細胞間の相互作用を決定することを含む、細胞間相互作用を測定するための方法を提供する。
【0056】
細胞は、例えば免疫系関連細胞、例えば抗原提示細胞、T細胞、他のリンパ系細胞など、腫瘍細胞、上皮細胞、血管内皮細胞、白血球、幹細胞などを挙げることができる。
【0057】
本発明の装置を使用する、細胞間相互作用の測定方法を以下に示し、使用者および本装置のプログラムが行う作業を、図1〜図3を参照しながら説明する。
【0058】
1.励起、蛍光波長の設定
使用する蛍光色素の特性に合わせて、励起光分光装置6、蛍光分光装置15でそれぞれの波長を設定する。
【0059】
2.光軸の調整
測定の原理上、複数(例えば2つ)の励起光の照射範囲を揃える必要がある。両者の照射範囲が揃うよう、シャッタ3を開き、光源1の芯出し,集光レンズ(2,9)や収差補正用のレンズ7の位置、光軸調整用ミラー5のあおりを調節する。細胞はこの実験系のような浮遊状態では、径が数μm〜数十μmの球状の粒子となる。従来のFCCSの測定対象となる数nmの蛋白質分子と比べるとかなり大きいため、測定領域となる励起光を照射する領域もmmのオーダーの、目視で確認できる大きさまで広げることができる。そのため試料室のセル11が置かれる位置に、照射範囲が確認できる治具を置くことで、複数(例えば2つ)の励起光の照射範囲を確認し、これらを合わせ込むことができる。治具としては、反射ミラー36により真上方向に反射させた励起光34の像を、蛍光板35などを通して観察するものなどが使用できる(図3)。
【0060】
3.循環水の温度、試料室のCO2濃度の設定
循環水の温度を恒温水循環装置21によって設定する。この装置は、サーモスタットなどの温度調節器付の加熱装置及び送液用の流量制御可能なポンプを含む循環装置を含む。また試料室10のCO2ガスの濃度をCO2ガス供給装置22によって設定する。この装置は、CO2ガス又はCO2含有空気を含むボンベからのガスの流量を制御するための手段(例えば弁)を含む。
【0061】
4.セルのセット
細胞試料と攪拌子29を入れたセル11を試料室10にセットする。循環水を循環槽24に流す。しばらく攪拌子29を回転させて放置し、試料の温度とCO2濃度を安定させる。
【0062】
5.薬剤のセット
試料に対して薬剤刺激を行う場合は、適当な濃度に調整された薬剤溶液を注入装置23にセットする。
【0063】
6.蛍光強度の調節
励起光のシャッタ3を開け、試料に励起光を照射する。プログラムから検出器17を作動させ、蛍光強度をモニタする。蛍光強度は表示装置19によって数値またはグラフとして表示される。使用者はこれをモニタしながら、検出器17の感度を飽和させず、ノイズレベルよりも十分に強い蛍光が得られるように、励起光の強度、励起光の波長幅、蛍光の波長幅をそれぞれ、励起光強度調節装置4、励起光分光装置6、蛍光分光装置15で調節する。また蛍光強度の調節は検出器の感度をプログラムから指示することによっても調節できる。最終的な蛍光強度は、これらの装置の設定値の組み合わせによって決定される。この条件は使用される蛍光色素や試料の特性によって使用者が判断する。一般的に蛍光色素は、励起光により退色を起こしその蛍光強度を弱めていく。測定が長時間にわたる場合などは、退色の影響を抑えるために、励起光の強さや波長幅を小さくし、蛍光の波長幅を大きくし検出器の感度を上げる。以上の調節を複数(例えば2つ)の蛍光色素について個別に行う。これらの装置の設定を調節しても、蛍光が強すぎたり、逆に弱すぎたりして、適当な蛍光強度が得られない場合は、試料の細胞の濃度を調整する。調節が終了したら、プログラムから検出器17の動作を停止させる。また、シャッタ3を閉じる。
【0064】
7.蛍光強度のゆらぎの調節
測定領域への細胞の出入りにより、蛍光強度が適度にゆれるように、ピンホール13の開口、スタラー20の速度を調節する。シャッタ3を開け、プログラムから検出器17を作動させ、蛍光強度をモニタする。蛍光強度の変化は表示装置19によってグラフとして表示される。使用者はこれをモニタしながら、ピンホール13の開口、スタラー20の速度を調節する。これらを調節しても適当なゆらぎが得られない場合は、試料の細胞の濃度を調節する。これらの調節により、蛍光強度が大きく変わってしまう場合は、上記6で行った蛍光強度の調節を再度行う。以上の調節を複数(例えば2つ)の蛍光色素について個別に行う。調節が終了したら、プログラムから検出器17の動作を停止させる。また、シャッタ3を閉じる。
【0065】
8.ダークノイズの測定
シャッタ3を閉じた状態での検出器17の信号をダークノイズの値として取得する。使用者はプログラムに指示して複数(例えば2つ)の検出器17を作動させ、それぞれの値を処理装置18に記憶させる。
【0066】
9.蛍光測定
使用者は蛍光を測定するインターバル、およびその回数をプログラムによって設定する。回数の代わりに終了までの測定時間を設定してもよい。シャッタを開け、プログラムに開始を指示することで測定を開始する。プログラムは複数(例えば2つ)の検出器17を作動させ、設定された条件に従いデータの取得を開始する。プログラムは蛍光強度が測定されるたびに、これからダークノイズ分を減算した値をもとめ記録する。また同時に蛍光強度の変化をグラフとして表示装置19に表示する。測定の前または途中に細胞に対して薬剤を与える場合は、薬剤注入装置23からこれを試料に投与する。プログラムは設定された回数のデータの取得を行うか、設定された時間までデータの取得を行ったら検出器17の動作を停止し、データの取得を終了する。また設定された回数、時間に達しなくても、使用者がプログラムにデータの取得の終了を指示することで、測定を終了させることができる。データの取得の終了に伴いシャッタを閉じる。
【0067】
10.データ解析
プログラムは、複数(例えば2つ)の蛍光強度の変化の相関を計算し、結果をグラフまたは数値として表示装置19に表示する。計算のアルゴリズムは従来のFCCSと同様のものが使用できる(K. Saitoら, Biochem. Biophys. Res. Commun., Vol.324, No.2, p.849-854, 2004)。使用者はプログラムに指示し、その結果を処理装置に保存させる。
【0068】
<応用例>
本発明の装置は、改良FCCSによる細胞間相互作用を測定するために使用することができる。この方法は、上記のとおり、異なる蛍光色素で標識されたかつ溶液内に浮遊された複数の異種細胞について、複数の色の蛍光強度のゆらぎを測定して該ゆらぎの間の相関を求め、これによって異種細胞間の相互作用を決定することを含む。
【0069】
細胞間相互作用の例は、抗原提示細胞とT細胞、腫瘍細胞と上皮細胞、血管内皮細胞と白血球、幹細胞間の作用などである。
【0070】
抗原提示細胞は、細胞内に取り込んだ抗原タンパク質をペプチドに分解したのち、その細胞表面上のMHCクラスII分子が抗原ペプチドと複合体を形成し、この複合体を介して抗原ペプチドをT細胞に提示する。これによってT細胞はB細胞に該抗原ぺプチドに対する抗体を産生するように指令する。本発明により、複合体が抗原提示細胞表面でT細胞によって認識される過程を細胞レベルで調べることができるようになる。
【0071】
腫瘍細胞と上皮細胞との間の関係は、腫瘍の転移や浸潤との関係を調べるうえで重要であり、本発明は、これらの細胞間の細胞接着事象を細胞レベルで調べることを可能にする。
【0072】
本発明の装置は、複数(例えば2〜6、好ましくは2)の異なる励起波長を同時に照射するとともに、複数の異なる蛍光波長を同時に測定する構成となっている。この方式では、上に述べた細胞間相互作用を測定する以外にも、1つの細胞を複数の異なる蛍光色素で染色して、これらの蛍光を同時に測定する系にも応用できる。最近では細胞の生理活性を測定するための蛍光色素が多数開発されている。例えば、Ca2+,Na+,Cl-などのイオン濃度や膜電位,活性酸素やNOなどの濃度変化などを測定する蛍光色素がよく使われている(R. Yuste及びA. Konnerth (編), Imaging in Neuroscience and Development, Cold Spring Harbor Laboratory Press, 2005)。これらの色素はその測定対象の変化に応じて、蛍光強度を変化させる。したがって、これらの中から複数(例えば2つ)の色素を選択して細胞に導入し、これらの蛍光強度の変化を同時に測定することで、複数の現象の相関を調べることができる。また、このような測定では、細胞の測定領域への出入りが測定される蛍光強度に影響しないように、試料中の細胞の濃度が高いほうが望ましい。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明により、生体内で重要な細胞同士の相互作用を細胞レベルで検定することができる。これによって、細胞間で起こる事象を捕らえることができるため、細胞間相互作用のメカニズムの解明に寄与することが可能になり、該相互作用の異常を伴う疾患の新しい治療法の開発などを含む医療において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】この図は、本発明の細胞間相互作用測定用装置の構成図である。
【図2】この図は、本発明の装置内の試料室の構造を示す。
【図3】この図は、本発明の装置内の励起光照射調整用治具を示す。
【符号の説明】
【0075】
1. 光源
2. レンズ系(集光,平行化等)
3. シャッタ
4. 励起光強度調節装置
5. 光軸調整用ミラー
6. 励起光分光装置
7. 収差補正光学系
8. 励起光結合用ミラー
9. 励起光集光レンズ
10. 試料室
11. セル
12. ピンホール用集光レンズ
13. ピンホール
14. 蛍光分離用ミラー
15. 蛍光分光装置
16. 蛍光集光レンズ
17. 検出器
18. 処理装置
19. 表示装置
20. スタラー
21. 恒温水循環装置
22. CO2ガス供給装置
23. 薬剤注入装置
24. 恒温水循環槽
25. 薬剤注入口
26. セル出し入れ扉
27. 蛍光取得窓
28. 励起光照射窓
29. 攪拌子
30. CO2センサー
31. CO2ガス導入口
32. 恒温水排出口
33. 恒温水導入口
34. 励起光
35. 蛍光板
36. 反射ミラー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
異なる蛍光色素で標識されたかつ溶液内に浮遊された複数の異種細胞間の相互作用を測定するための装置であって、蛍光色素を励起するための光源、励起された蛍光を検出するための手段、該細胞を含む溶液を収容するための試料室、該試料室内で該細胞を浮遊させるための手段、該試料室内の温度を制御するための手段、及び該試料室内の二酸化炭素濃度を制御するための手段を含む、前記装置。
【請求項2】
前記細胞を浮遊させるための手段が、攪拌手段である、請求項1に記載の装置。
【請求項3】
前記検出された蛍光強度のデータを記憶、演算及び解析するための手段をさらに含む、請求項1又は2に記載の装置。
【請求項4】
励起光を試料室に導くための光路、励起光の強度を調節するための手段、最適な励起光波長を抽出するための手段、複数の励起光の光路を試料室方向に揃えるための手段、及び励起光を集光するための手段から選択される手段をさらに含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の装置。
【請求項5】
解析結果を出力し表示するための手段をさらに含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載の装置。
【請求項6】
試料室内に薬剤を注入するための手段をさらに含む、請求項1〜5のいずれか1項に記載の装置。
【請求項7】
異なる蛍光色素で標識されたかつ溶液内に浮遊された複数の異種細胞について、複数の色の蛍光強度のゆらぎを測定して該ゆらぎの間の相関を求め、これによって異種細胞間の相互作用を決定することを含む、細胞間相互作用を測定するための方法。
【請求項8】
前記測定を、請求項1〜6のいずれか1項に記載の装置を使用して行う、請求項7に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−162578(P2009−162578A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−340973(P2007−340973)
【出願日】平成19年12月28日(2007.12.28)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】