説明

細胞集合体形成器具、細胞集合体培養器具、細胞集合体転写キット及び細胞集合体の培養方法

【課題】浮遊する細胞集合体を細胞接着性表面に精密に配置することができる細胞集合体形成器具を提供する。
【解決手段】本発明に係る細胞集合体形成器具(1)は、貫通穴(13)が形成された第一基材(10)と、前記第一基材(10)の一方側の表面(12)に剥離可能に接着されて前記貫通穴(13)の前記一方側を覆う第二基材(20)と、前記貫通穴(13)の前記一方側を前記第二基材(20)で覆うことにより形成された細胞非接着性のウェル(30)と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞集合体形成器具、細胞集合体培養器具、細胞集合体転写キット及び細胞集合体の培養方法に関し、特に、浮遊する細胞集合体を細胞接着性表面に精密に配置するための器具及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ES細胞(Embryonic Stem Cell)やiPS細胞(Induced Pluripotent Stem Cell)等の未分化な幹細胞を、肝細胞、心筋細胞、神経細胞等の様々な機能性の細胞に分化誘導することが試みられている。この分化誘導方法としては、まず、培養液中において、幹細胞から胚様体と呼ばれる細胞集合体を浮遊状態で形成させ、次に、当該胚様体を細胞接着性の表面に接着させ、その後、胚様体に分化誘導因子を添加するという方法が用いられている(例えば、非特許文献1、非特許文献2)。
【0003】
このような分化誘導方法において、従来、浮遊した胚様体の細胞接着性表面への接着は、ハンギングドロップ法や、細胞非接着性の培養容器内で形成させた浮遊状態の胚様体を回収し、次いで当該胚様体を分散した培養液を、ピペット等の器具を用いて、細胞接着性の培養ディッシュに入れる方法により行われていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Exp. Physiol. 85, 645-651, 2000
【非特許文献2】Mol. Med. 6, 88-95, 2000
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来技術においては、浮遊する多数の胚様体をまとめて細胞接着性表面に移すため、例えば、浮遊状態の複数の胚様体が培養液中で互いに接着して融合するといった問題や、当該細胞接着性表面上に複数の胚様体が不均一な分布で接着するという問題があった。
【0006】
本発明は、上記課題に鑑みて為されたものであり、浮遊する細胞集合体を細胞接着性表面に精密に配置することができる細胞集合体形成器具、細胞集合体培養器具、細胞集合体転写キット及び細胞集合体の培養方法を提供することをその目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するための本発明の一実施形態に係る細胞集合体形成器具は、貫通穴が形成された第一基材と、前記第一基材の一方側の表面に剥離可能に接着されて前記貫通穴の前記一方側を覆う第二基材と、前記貫通穴の前記一方側を前記第二基材で覆うことにより形成された細胞非接着性のウェルと、を有することを特徴とする。本発明によれば、浮遊する細胞集合体を細胞接着性表面に精密に配置することができる細胞集合体形成器具を提供することができる。
【0008】
また、前記ウェルの底面の面積は、1×10〜2×10μmの範囲であることとしてもよい。こうすれば、適切なサイズの細胞集合体を効率よく形成することができる。また、前記ウェルは、その底面の面積よりも前記第一基材の他方側の表面における開口の面積が小さくなるテーパ形状に形成されていることとしてもよい。こうすれば、細胞集合体を転写する位置をより精密に制御することができる。また、前記細胞集合体形成器具は、細胞接着性表面を有する培養器具と組み合わせて使用される細胞集合体形成器具であって、前記第一基材の他方側の表面を前記細胞接着性表面に当接させた状態で前記培養器具と接触して互いの相対的な位置を固定する位置決め構造を有することとしてもよい。こうすれば、細胞集合体を転写する位置をより精密に制御することができる。
【0009】
上記課題を解決するための本発明の一実施形態に係る細胞集合体転写キットは、上記いずれかの細胞集合体形成器具と、前記細胞集合体形成器具の前記第一基材の他方側の表面を当接させる細胞接着性表面を有する培養器具と、を含むことを特徴とする。本発明によれば、浮遊する細胞集合体を細胞接着性表面に精密に配置することができる細胞集合体転写キットを提供することができる。
【0010】
また、前記細胞集合体形成器具及び前記培養器具の少なくとも一方は、前記第一基材の前記他方側の表面を前記細胞接着性表面に当接させた状態で他方と接触して互いの相対的な位置を固定する位置決め構造を有することとしてもよい。こうすれば、細胞集合体を転写する位置をより精密に制御することができる。
【0011】
上記課題を解決するための本発明の一実施形態に係る細胞集合体培養器具は、上記いずれかの細胞集合体形成器具の前記第一基材の他方側の表面を当接させる細胞接着性表面と、前記第一基材の他方側の表面を前記細胞接着性表面に当接させた状態で前記細胞集合体形成器具と接触して互いの相対的な位置を固定する位置決め構造と、を有することを特徴とする。本発明によれば、浮遊する細胞集合体を細胞接着性表面に精密に配置することができる細胞集合体培養器具を提供することができる。
【0012】
上記課題を解決するための本発明の一実施形態に係る細胞集合体の培養方法は、上記いずれかの細胞集合体形成器具の前記ウェル内で浮遊状態の細胞集合体を形成する集合体形成工程と、前記細胞集合体形成器具の前記第一基材の他方側の表面を所定の細胞接着性表面に当接させて、前記ウェル内の前記細胞集合体を前記細胞接着性表面上に沈降させるとともに前記第一基材から前記第二基材を剥離する転写工程と、前記細胞接着性表面に接着した前記細胞集合体を培養する集合体培養工程と、を含むことを特徴とする。本発明によれば、浮遊する細胞集合体を細胞接着性表面に精密に配置することができる細胞集合体の培養方法を提供することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、浮遊する細胞集合体を細胞接着性表面に精密に配置することができる細胞集合体形成器具、細胞集合体培養器具、細胞集合体転写キット及び細胞集合体の培養方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施形態に係る細胞集合体形成器具の一例を構成する第一基材及び第二基材を示す斜視図である。
【図2】図1に示すII−II線を通る面で切断した第一基材及び第二基材の断面図である。
【図3】本発明の一実施形態に係る細胞集合体形成器具の一例を示す斜視図である。
【図4】図3に示すIV−IV線を通る面で切断した細胞集合体形成器具の断面図である。
【図5】図3に示す細胞集合体形成器具を第二基材側から見た斜視図である。
【図6】図5に示す細胞集合体形成器具の第二基材を第一基材から剥離する様子を示す斜視図である。
【図7】本発明の一実施形態に係る細胞集合体形成器具の他の例を構成する第一基材を示す断面図である。
【図8】本発明の一実施形態に係る細胞集合体形成器具の他の例を示す断面図である。
【図9】本発明の一実施形態に係る細胞集合体の培養方法の一例に含まれる主な工程を示す説明図である。
【図10】本発明の一実施形態に係る細胞集合体形成器具を培養容器内で培養液中に浸漬して培養を行う様子を示す斜視図である。
【図11】図10に示すXI−XI線を通る面で切断した細胞集合体形成器具及び培養容器の断面図である。
【図12】図8に示す細胞集合体形成器具及び培養容器の断面図である。
【図13】本発明の一実施形態に係る位置決め構造を有する細胞集合体形成器具の一例を示す斜視図である。
【図14】図13に示す細胞集合体形成器具と位置決め構造を有する細胞集合体培養器具の一例を示す斜視図である。
【図15】図14に示す細胞集合体形成器具を細胞集合体培養器具に当接させた様子を示す斜視図である。
【図16】図14に示す細胞集合体培養器具で細胞集合体を培養する様子を示す斜視図である。
【図17】本発明の一実施形態に係る位置決め構造を有する細胞集合体培養器具の一例を示す斜視図である。
【図18】図17に示す細胞集合体培養器具に細胞集合体形成器具を当接させた様子を示す斜視図である。
【図19】本発明の一実施形態に係る細胞集合体形成器具及びマウスES細胞を用いて細胞集合体の形成及び転写を行った実施例で撮影した顕微鏡写真の一例を示す説明図である。
【図20】本発明の一実施形態に係る細胞集合体形成器具及び初代ラット肝細胞を用いて細胞集合体の形成及び転写を行った実施例で撮影した顕微鏡写真の一例を示す説明図である。
【図21】本発明の一実施形態に係る細胞集合体形成器具及びHepG2細胞を用いて細胞集合体の形成及び転写を行った実施例で撮影した顕微鏡写真の一例を示す説明図である。
【図22】本発明の一実施形態に係る細胞集合体形成器具及びHepG2細胞を用いて細胞集合体の形成及び転写を行った実施例で撮影した顕微鏡写真の他の例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の一実施形態に係る細胞集合体形成器具、細胞集合体培養器具、細胞集合体転写キット及び細胞集合体の培養方法について、図面を参照しながら説明する。
【0016】
図1は、本実施形態に係る細胞集合体形成器具(以下、「形成器具1」という。)の一例を構成する第一基材10及び第二基材20を示す斜視図である。図2は、図1に示すII−II線を通る面で切断した第一基材10及び第二基材20の断面図である。図3は、図1及び図2に示す第一基材10及び第二基材20を有する形成器具1の斜視図である。図4は、図3に示すIV−IV線を通る面で切断した形成器具1の断面図である。図5は、図3に示す形成器具1を第二基材20側から見た斜視図である。図6は、図5に示す形成器具1の第二基材20を第一基材10から剥離する様子を示す斜視図である。
【0017】
図1〜図6に示すように、形成器具1は、第一基材10及び第二基材20を有している。本実施形態において、第一基材10及び第二基材20は、いずれも所定厚さの平板状の成形体である。すなわち、第一基材10は、平坦な上面11及び下面12を有し、第二基材20もまた、平坦な上面21及び下面22を有している。なお、第一基材10及び第二基材20の形状は四角形に限られず、例えば、他の多角形、円形、楕円形その他の形状とすることができる。
【0018】
第一基材10及び第二基材20を構成する材料は特に限られないが、例えば、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリアセタール、ポリエステル(ポリエチレンテレフタレート等)、ポリウレタン、ポリスルホン、ポリアクリレート、ポリメタクリレート(ポリメチルメタクリレート(PMMA)等)、ポリビニル等の合成樹脂、PDMS(Poly−Dimethylsiloxane)等のシリコン系樹脂、EPDM(Ethylene Propylene Diene Monomer)等の合成ゴム、天然ゴム、ガラス、セラミックス、ステンレス鋼等の金属材料からなる群より選択される1種類又は2種類以上を用いることができる。第一基材10を構成する材料と第二基材20を構成する材料とは同一であってもよいし、異なってもよい。
【0019】
第一基材10には、貫通穴13が形成されている。この貫通穴13は、第一基材10の上面11から下面12まで貫通して形成されている。本実施形態においては、複数の貫通穴13が形成されている。複数の貫通穴13は、一定の間隔で規則的に配置されている。
【0020】
貫通穴13の形成には、目的に応じて選択される任意の加工方法を用いることができる。すなわち、例えば、マシニングセンタ等を用いた穿孔加工、レーザー等を用いた光微細加工、エッチング加工、エンボス加工等により、予め成形された第一基材10に貫通穴13を形成することができる。また、例えば、射出成形、プレス成形、ステレオリソグラフィー等により、第一基材10の成形と同時に、当該第一基材10に貫通穴13を形成することができる。
【0021】
第二基材20は、第一基材10の下面12に剥離可能に接着される。ここで、「剥離可能な接着」とは、後述するように、形成器具1を使用して細胞集合体を形成する間は、第二基材20が第一基材10から剥離しない程度の強さの接着であり、且つ、図6に示すように、ピンセットP等の器具や操作者の手によれば当該第二基材20を当該第一基材10から剥離できる程度の強さの接着である。
【0022】
このような「剥離可能な接着」は、第一基材10及び第二基材20を構成する材料の選択や、適度な強さの接着力を発揮する接着剤の使用等、任意の技術的手段を採用することにより達成することができる。
【0023】
すなわち、例えば、第一基材10の下面12のうち貫通穴13の下方側の開口13bの周辺部分、又は第二基材20の上面21のうち当該周辺部分に接着する部分を、相手表面に圧接されるだけで密着できる密着性の材料で形成することができる。
【0024】
この場合、例えば、第一基材10の下面12と第二基材20の上面21とを合わせて、当該第一基材10と第二基材20とを圧接するだけで、接着剤を使用することなく、当該第二基材20を当該第一基材10に剥離可能に接着させることができる。
【0025】
このような密着性の材料は、相手表面を構成する材料との組み合わせにより、適宜決定することができる。具体的に、例えば、上述の材料のうち、PDMS等のシリコン系樹脂、EPDM等の合成ゴム、天然ゴムを用いることができ、これらの中でも、シリコン系樹脂を好ましく用いることができ、PDMSを特に好ましく用いることができる。
【0026】
なお、第一基材10の全体、第二基材20の全体、当該第一基材10の下面12の全体又は当該第二基材20の上面21の全体を密着性の材料で形成することもできる。具体的には、例えば、第一基材10の全体を合成樹脂、シリコン系樹脂又はガラスで形成するとともに、第二基材20の全体をシリコン系樹脂で形成することができる。
【0027】
また、熱圧着により、接着剤を使用することなく、第二基材20を第一基材10に剥離可能に接着させることもできる。すなわち、例えば、第一基材10の下面12のうち貫通穴13の開口13bの周辺部分と、第二基材20の上面21のうち当該周辺部分に接着する部分と、を熱圧着可能な組み合わせの熱可塑性樹脂で形成することができる。具体的に、例えば、第一基材10及び第二基材20をPMMAで形成し、当該第一基材10の下面12と当該第二基材20の上面21とを、PMMAの軟化点付近の温度(例えば、100〜130℃の範囲の温度)に加熱した状態で圧着し所定時間(例えば、1〜2時間)保持することにより、当該第二基材20を当該第一基材10に剥離可能に接着させることができる。
【0028】
また、例えば、所定の接着剤を使用して、第二基材20を第一基材10の下面12に剥離可能に接着させることもできる。このような接着剤としては、上述の剥離可能な接着を実現できる適度な強さの接着力を発揮するものを適宜選択して使用することができる。具体的に、例えば、PDMS等のシリコーン系樹脂、歯科用接着性レジン、UV(紫外線)硬化性樹脂を有効成分とする公知の接着剤を使用することができる。
【0029】
第二基材20は、図6に示すように、第一基材10から剥離する際に、端部から徐々に剥離できる可とう性を有することが好ましい。本実施形態において、第二基材20は、可とう性のシート状に形成されている。したがって、例えば、図6に示すように、ピンセットP等の器具や操作者の手で第二基材20の端部20aを捕捉することにより、当該第二基材20を当該端部20aから徐々に剥離させることができる。
【0030】
このような可とう性のシート状の第二基材20を構成する材料としては、例えば、PDMS等のシリコン系樹脂、可とう性の合成樹脂、合成ゴム、天然ゴムを用いることができる。また、第二基材20の厚さは、例えば、5〜5000μmの範囲とすることができ、50〜1000μmの範囲とすることが好ましい。
【0031】
第二基材20は、ガス透過性に優れていることが好ましい。すなわち、第二基材20は、例えば、シリコン系樹脂(例えば、PDMS)等のガス透過性に優れた材料で構成することができる。この場合、第二基材20の厚さが上述の範囲である場合には、当該第二基材のガス透過性を特に優れたものとすることができる。また、第二基材20は、例えば、使用する細胞を通過させない微小な孔が所定の開口率で形成されることによりガス透過性が高められた基材とすることもできる。第二基材20がガス透過性に優れている場合には、第一基材10の貫通穴13内に保持されている細胞に対して、その生存を維持する上で十分な酸素を確実に供給することができる。
【0032】
第二基材20が接着剤を使用することなく第一基材10に接着されている場合、図6に示すように、ピンセットP等の器具を当該第二基材20の端部20aと当該第一基材10との間に挿入することにより、当該端部20aを容易に捕捉することができる。また、第二基材20が接着剤を介して第一基材10に接着されている場合であっても、当該第二基材20の辺縁部の一部(例えば、図6に示す角部分である端部20a)又は全部(全周)を非接着部分として残しておく(すなわち、当該辺縁部の一部又は全部を第一基材10に接着しない)ことにより、当該非接着部分を容易に捕捉して、図6に示すように当該第二基材20を剥離することができる。
【0033】
また、後述のように、形成器具1を使用して培養された細胞や細胞集合体を顕微鏡等の光学的な手段により観察する際の利便性の観点から、第一基材10及び第二基材20を構成する材料は、透光性の材料とすることが好ましく、透明な材料とすることが特に好ましい。すなわち、例えば、第一基材10の全体を透明な合成樹脂(例えば、PMMA)、シリコン系樹脂(例えば、PDMS)又はガラスで形成するとともに、第二基材20の全体を透明なシリコン系樹脂(例えば、PDMS)で形成することが好ましい。
【0034】
このような第二基材20は、第一基材10の貫通穴13の下方側を覆うように当該第一基材10の下面12に接着される。この結果、形成器具1は、第一基材10の貫通穴13の下方側を第二基材20で覆うことにより形成された細胞非接着性のウェル30を有することとなる。すなわち、本実施形態において、形成器具1は、図3及び図4に示すように、複数のウェル30を有している。これら複数のウェル30は、一定の間隔で規則的に配置されている。
【0035】
ウェル30は、上面11に開口する有底の穴として形成されている。すなわち、ウェル30の底面30b(図4参照)は、貫通穴13内に露出した第二基材20の上面21の一部である。また、ウェル30の内側面30cは、貫通穴13の内面13c(図2参照)である。
【0036】
そして、これら底面30b及び内側面30cは細胞非接着性となっている。ここで、細胞接着性の表面及び細胞非接着性の表面について説明する。細胞接着性の表面とは、例えば、培養に用いる溶液中において、細胞が当該表面上に沈降した場合に、当該細胞が、その形状を球形から変化させて、比較的扁平な形状で接着することができる表面である。
【0037】
これに対し、細胞非接着性の表面とは、例えば、培養に用いる溶液中において、細胞が当該表面上に沈降した場合に、当該細胞が、その形状を球状からほとんど変化させず、全く接着しないか、又は極めて弱く接着する表面である。細胞非接着性表面上の細胞は、当該表面に全く接着できないため球形のまま溶液中で浮遊状態を維持し、又は当該表面に極めて弱く接着しているため培養液の流れ等によって当該表面から容易に脱離する。
【0038】
形成器具1における細胞非接着性の表面は、例えば、第一基材10を構成する材料や第二基材20を構成する材料の表面に細胞非接着性物質を物理的又は化学的に固定することにより形成された表面とすることができる。細胞非接着性物質としては、用いる細胞の細胞膜に存在するたんぱく質や糖鎖等の細胞表面分子に対して結合しない物質であれば特に限られず用いることができる。
【0039】
すなわち、例えば、溶液中で極めて高い親水性を示す高分子(ポリエチレングリコール及びその誘導体等)、MPC(2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)、poly―HEMA(ポリヒドロキシエチルメタクリレート)、SPC(セグメント化ポリウレタン)等の化合物や、生体から取得されたタンパク質(アルブミン等)を、細胞の種類に応じて適宜選択して用いることができる。
【0040】
これら細胞非接着性物質は、例えば、これらを含有する水溶液をウェル30の底面30b及び内側面30c上で乾燥させる方法、当該水溶液中において当該物質が有する官能基と当該底面30b及び内側面30cに結合している官能基との間で化学反応(例えば、カルボキシル基やアミノ基等の官能基間の縮合反応等)を起こさせて共有結合を形成させる方法、又は当該水溶液中において当該物質が有するチオール基と当該底面30b及び内側面30cに予め形成された金属(プラチナ、金等)薄膜とを結合させる方法により、当該底面30b及び内側面30c上に固定化することができる。
【0041】
このようなウェル30の底面30b及び内側面30cに細胞非接着性を付与する処理は、第一基材10に第二基材20を接着させて組み立てられた形成器具1に対して施すことができ、又は当該形成器具1の組み立てに先立って当該第一基材10及び第二基材20のそれぞれに施すこともできる。例えば、形成器具1の組み立て後に細胞非接着性の処理を行うことにより、第一基材10及び第二基材20のうち、形成器具1において露出している部分(例えば、ウェル30の底面30b及び内側面30c、第一基材10の上面11)に対して選択的に効率よく細胞非接着性を付与することができる。
【0042】
ウェル30の底面30bの面積(すなわち、第一基材10の下面12における貫通穴13の開口13bの面積)は、例えば、1×10〜2×10μmの範囲とすることができ、好ましくは7×10〜8×10μmの範囲とすることができる。
【0043】
また、本実施形態のようにウェル30の底面30bが円形である場合には、その直径は、例えば、10〜1500μmの範囲とすることができ、好ましくは100〜1000μmの範囲とすることができる。なお、ウェル30の底面30bの形状は、円形に限られず、例えば、多角形や楕円とすることもできる。
【0044】
ウェル30の底面30bの面積が上記範囲の下限値より小さい場合には、当該ウェル30内に細胞を確実に保持させることが容易でなくなる。また、ウェル30の底面30bの面積が上記範囲の上限値より大きい場合には、当該ウェル30内に播種される細胞の数が多くなることにより、当該ウェル30内で形成される細胞集合体のサイズが大きくなりすぎることがある。細胞集合体のサイズが大きくなりすぎると、当該細胞集合体の内部に位置する細胞が、当該細胞集合体外の培養液から栄養や酸素を十分に受けることができず、死滅してしまうことがある。
【0045】
また、ウェル30内に播種される細胞の数が多くなることにより、1つのウェル30内に複数個の細胞集合体が形成されてしまうことがある。複数個の細胞集合体は、通常、互いにサイズが異なる不均一な集団となり、また、浮遊状態で互いに融合して、いびつな形状の巨大な細胞集合体を形成してしまう。
【0046】
これに対し、ウェル30の底面30bの面積が上記範囲内である場合には、当該ウェル30内で、所定範囲の均一なサイズの細胞集合体(例えば、直径が所定範囲である球状の細胞集合体)を1つずつ確実に形成することができる。また、この場合、形成器具1は、多数の微小なウェル30を有することができる。このため、稀少な細胞を使用する場合であっても、均一なサイズの細胞集合体を多数、効率よく形成することができる。
【0047】
ウェル30の上面11における開口30aの面積(すなわち、第一基材10の上面11における貫通穴13の開口13aの面積)もまた、上記の底面30bと同様の範囲とすることが好ましい。
【0048】
また、ウェル30の開口30aの面積は、底面30bの面積と同程度とすることもできるが、例えば、当該底面30bの面積より小さくすることもできる。
【0049】
図7及び図8は、この場合の第一基材10及び形成器具1をそれぞれ示す断面図である。図7及び図8に示す例において、ウェル30(貫通穴13)は、その底面30b(貫通穴13の開口13b)の面積よりも、第一基材10の上面11における開口30a(貫通穴13の開口13a)の面積が小さくなるテーパ形状に形成されている。
【0050】
さらに、この例では、ウェル30の開口30aが、底面30bよりも直径の小さい同心円となるよう形成されている。すなわち、開口30aは、底面30bの中央部分に対応する位置に形成されている。ウェル30をこのようなテーパ形状に形成した場合には、後述のように、当該ウェル30内で形成された細胞集合体の転写を極めて精密に行うことができる。
【0051】
ウェル30の深さ(すなわち、上面11から下面12までの長さ、第一基材10の厚さ)は、例えば、2.5〜3000μmの範囲とすることが好ましく、50〜2000μmの範囲とすることがより好ましい。
【0052】
ウェル30の深さが上記範囲の下限値より小さい場合には、当該ウェル30内に保持された細胞又は細胞集合体が、培養の操作中に当該ウェル30外に脱離してしまうことがある。また、ウェル30の深さが上記範囲の上限値より大きい場合には、当該ウェル30内に保持された細胞や細胞集合体に対して、当該ウェル30外の培養液から酸素や栄養素を十分に供給できないことがある。これに対し、ウェル30の深さが上記範囲内である場合には、当該ウェル30内で細胞及び細胞集合体を良好な状態で安定して培養することができる。
【0053】
ウェル30の底面30bの代表長さ(底面30bが円形又は多角形の場合には、それぞれ当該円の直径又は当該多角形の対角線長さ)に対する、当該ウェル30の深さの比率(アスペクト比)は、例えば、0.5〜2.0の範囲とすることが好ましい。具体的に、例えば、円形の底面30bの直径が、上記範囲の下限値である10μmの円形である場合には、ウェル30の深さは、5μm〜20μmとすることが好ましい。また、例えば、円形の底面30bの直径が、上記範囲の上限値である1500μmである場合には、ウェル30の深さは、750μm〜3000μmとすることが好ましい。
【0054】
アスペクト比が上記範囲の下限値より小さい場合には、ウェル30内に保持された細胞又は細胞集合体が、培養の操作中に当該ウェル30外に脱離してしまうことがある。また、アスペクト比が上記範囲の上限値より大きい場合には、ウェル30内に保持された細胞又は細胞集合体に対して、当該ウェル30外の培養液から酸素や栄養素を十分に供給できないことがある。これに対し、ウェル30のアスペクト比が上記範囲内である場合には、当該ウェル30内で細胞及び細胞集合体を良好な状態で安定して培養することができる。
【0055】
また、本実施形態において、第二基材20の上面21の面積は、第一基材10の下面12の面積よりも小さくなっている。すなわち、図5に示すように、形成器具1において、第一基材10の下面12の一部は、第二基材20で覆われていない。したがって、例えば、図6に示すように、第二基材20を第一基材10から剥離する操作においては、当該第一基材10のうち当該第二基材20で覆われていない部分を押さえる一方で、ピンセットP等の器具や操作者の手によって、当該第二基材20の端部20aをつまんで引き剥がすことにより、当該第二基材20の剥離を確実に効率よく行うことができる。なお、第一基材10を押さえる方法は特に限られず、例えば、当該第一基材10の下面12のうち第二基材20で覆われていない部分にのみ所定の形状の重りを載せておく方法や、ピンセットP等の器具や操作者の手で押さえる方法を採用することができる。
【0056】
次に、本実施形態に係る細胞集合体の培養方法(以下、「本培養方法」という。)について説明する。図9は、本培養方法の一例に含まれる主な工程を示す説明図である。図10は、形成器具1を所定の培養容器40内で培養液中に浸漬して培養を行う様子を示す斜視図である。図11A〜Eは、図10に示すXI−XI線を通る面で切断した形成器具1及び培養容器40の断面図である。
【0057】
図9に示すように、本培養方法は、集合体形成工程S100と、転写工程S200と、集合体培養工程S300と、を含む。集合体形成工程S100においては、形成器具1のウェル30内で浮遊状態の細胞集合体を形成する。
【0058】
すなわち、まず、形成器具1のウェル30内に細胞を播種して培養する。ここで、細胞は、互いに結合を形成して細胞集合体を形成できるものであれば特に限られない。すなわち、由来とする動物、臓器、組織の種類を問わず、目的に応じた任意の種類の細胞を適宜選択して用いることができる。
【0059】
具体的に、例えば、ヒト又はヒト以外の動物(サル、ブタ、イヌ、ラット、マウス等)の任意の臓器又は組織(肝臓、膵臓、心臓、軟骨、骨、脂肪、腎臓、神経、皮膚、骨髄、胚等)に由来する初代細胞、樹立された株化細胞、又はこれらに遺伝子操作等を施した細胞を用いることができる。
【0060】
より具体的に、例えば、ES細胞、iPS細胞、神経幹細胞、間葉系幹細胞、組織幹細胞(体性幹細胞)、造血系幹細胞、癌幹細胞その他の未分化な幹細胞又は前駆細胞を用いることができる。また、例えば、肝臓系細胞や膵臓系細胞等の消化器系臓器由来の細胞、腎臓系細胞、神経系細胞、心筋細胞等の循環器系臓器由来の細胞、脂肪細胞、皮膚真皮等の結合組織由来の線維芽細胞、皮膚表皮等の上皮系組織由来の上皮細胞、骨系細胞、軟骨系細胞、網膜等の眼組織由来の細胞、血管系細胞、血球系細胞、生殖系細胞等の分化した細胞を用いることもできる。また、癌化した細胞を用いることもできる。このような細胞としては、1種類の細胞を単独で用いることができ、又は2種類以上の細胞を任意の比率で混在させて用いることもできる。
【0061】
ウェル30あたりに播種する細胞の数は、当該ウェル30のサイズ、個々の細胞のサイズ、形成すべき細胞集合体のサイズ等の条件に応じて適宜決定することができる。すなわち、ウェル30に播種する細胞の密度は、当該ウェル30の底面30bの単位面積あたり、例えば、2個〜1.0×10個/mmの範囲とすることが好ましく、10個〜5.0×10個/mmの範囲とすることがより好ましい。また、ウェル30に播種する細胞の数は、当該ウェル30あたり、例えば、2個〜1.5×10個の範囲とすることが好ましく、10個〜5.0×10個の範囲とすることがより好ましい。
【0062】
これは、ウェル30あたりに細胞集合体を形成するために必要な数の細胞を播種する必要があり、また、播種細胞の数が多すぎると、当該細胞から形成される細胞集合体が巨大なものとなり、その内部の細胞が栄養や酸素の不足により壊死してしまうことがあるためである。
【0063】
形成器具1のウェル30は、その容積が小さいため、集合体形成工程S100においては、当該形成器具1の全体を培養液中に浸漬して培養を行うことが好ましい。すなわち、例えば、図10に示すように、形成器具1を所定の培養容器40の底面41に載置するとともに、当該形成器具1の全体を培養液M中に浸漬して、細胞の培養を行う。このような培養容器40としては、例えば、細胞の培養に汎用されている、透明な合成樹脂製の培養ディッシュを用いることができる。
【0064】
培養液Mとしては、用いる細胞の生存状態や機能を維持することができるよう、必要な塩類や栄養成分を適切な濃度で含む任意の水溶液を用いることができる。具体的に、例えば、DMEM(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)等の基礎培地に抗生物質や血清を添加した培養液や、リン酸緩衝液(PBS)等の緩衝液、いわゆる生理食塩水を用いることができる。
【0065】
図11Aは、ウェル30内で分散された状態の個々の細胞Cが培養される様子を示す形成器具1及び培養容器40の断面図である。細胞の培養において、形成器具1は、図10及び図11Aに示すように、第二基材20が下方側になるよう配置される。したがって、形成器具1を静置すると、図11Aに示すように、ウェル30内に播種された個々の細胞Cは、当該ウェル30の底面30b上に沈降する。なお、上述のとおり、ウェル30の底面30b及び内側面30cは細胞非接着性であるため、細胞Cは当該底面30b及び内側面30cには実質的に接着せず、浮遊状態で培養される。
【0066】
そして、集合体形成工程S100においては、ウェル30内で細胞Cを所定期間培養することにより、当該細胞Cを三次元的に集合させて、細胞集合体を形成する。図11Bは、ウェル30内で細胞集合体Tが形成された様子を示す形成器具1及び培養容器40の断面図である。
【0067】
ウェル30の底面30b及び内側面30cが細胞非接着性であり、且つ細胞Cは互いに結合を形成できるため、培養時間が経過するにつれて、細胞Cは互いに結合を形成し、徐々に集合する。そして、最終的には、図11Bに示すように、三次元的に集合した複数の細胞Cを含む細胞集合体Tが形成される。なお、この細胞集合体Tにおいては、個々の細胞Cが三次元的に集合することで、より高度な組織を形成しているともいえる。したがって、細胞集合体Tは、細胞組織体と呼ぶこともできる。
【0068】
細胞集合体Tの形状は特に限られないが、例えば、図11Bに示すように、球状とすることができる。また、ウェル30は細胞非接着性であるため、細胞集合体Tは当該ウェル30内で培養液M中に浮遊した状態で保持される。
【0069】
このような細胞集合体Tは、図11Aに示すように、細胞Cをウェル30の底面30b上に沈降させた状態で培養する、いわゆる静置培養により形成することができる。また、形成器具1を、ウェル30内から細胞がこぼれない程度に傾け、重力の作用によって当該ウェル30内の一部(例えば、底面30bの辺縁部分)に細胞を集めて保持することによって、静置状態における細胞組織体Tの形成を促進することもできる。また、細胞集合体Tは、形成器具1を、上方から見て円弧を描くように一定の角速度で旋回させながら培養を行うこと(いわゆる旋回培養)によっても形成することができる。いずれの場合にも、ウェル30内で接触した複数の細胞Cは、互いに結合を形成し、所定の培養期間内に細胞集合体を形成する。
【0070】
集合体形成工程S100において形成される細胞集合体Tのサイズは、当該細胞集合体Tを構成する細胞の生存及び機能を所定のレベルで維持できる範囲であれば特に限られない。すなわち、細胞集合体Tが球状体である場合、その直径は、例えば、30〜1000μmの範囲とすることができ、50〜700μmの範囲とすることが好ましい。集合体形成工程S100においては、このような範囲のサイズの細胞集合体Tを各ウェル30内で1つずつ形成する。なお、細胞集合体Tのサイズは、例えば、上述のように、ウェル30に播種する細胞の数によって調節することができる。
【0071】
続く転写工程S200においては、細胞集合体Tを、形成器具1から細胞接着性表面に転写する。すなわち、まず、形成器具1の第一基材10の上面11を所定の細胞接着性表面に当接させる。
【0072】
細胞集合体Tを転写する細胞接着性表面は、当該細胞集合体Tを構成する細胞Cが接着できる表面であれば特に限られない。すなわち、この細胞接着性表面は、例えば、合成樹脂等の材料そのものの表面や、当該材料の表面に細胞接着性物質を物理的又は化学的に固定することにより形成された表面とすることができる。細胞接着性物質としては、用いる細胞の細胞膜に存在するたんぱく質等の細胞表面分子(例えば、インテグリンや糖鎖受容体等)のうち特定のものに対して結合し得る物質であれば特に限られず用いることができる。
【0073】
すなわち、例えば、生体から取得されたタンパク質(コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン等)や、細胞接着性を示す特定のアミノ酸配列(アルギニン・グリシン・アスパラギン酸(いわゆるRGD)配列等)や、特定の糖鎖配列(ガラクトース側鎖等)を有する合成された細胞接着性物質を、細胞の種類に応じて適宜選択して用いることができる。
【0074】
これら細胞接着性物質は、例えば、これらを含有する水溶液を所定の材料表面上で乾燥させる方法、当該水溶液中において当該物質が有する官能基と当該材料表面に結合している官能基との間で化学反応(例えば、カルボキシル基やアミノ基等の間の縮合反応等)を起こさせて共有結合を形成させる方法、又は当該水溶液中において当該物質が有するチオール基と当該材料表面に予め形成された金属(プラチナ、金等)薄膜とを結合させる方法により、当該材料表面上に固定化することができる。このような細胞接着性表面としては、例えば、培養ディッシュ等の培養容器の底面や、所定の培養基材の表面を用いることができる。
【0075】
図11Cは、形成器具1の第一基材10の上面11を、培養容器50の底面である細胞接着性表面51に当接させた様子を示す断面図である。この培養容器50としては、例えば、図10、図11A及び図11Bに示す培養容器40と同様の透明な合成樹脂製の培養ディッシュであって、その底面にコラーゲン等の細胞接着性物質が固定されているものを用いることができる。
【0076】
図11Cに示すように、転写工程S200においては、形成器具1の上下をひっくり返して、ウェル30の開口30aが形成されている上面11を下方側に向けた状態で当該形成器具1を細胞接着性表面51に載置する。そして、形成器具1のウェル30内の細胞集合体Tを、重力の作用によって、細胞接着性表面51上に沈降させる。なお、第二基材20が上述したようなガス透過性に優れたものである場合には、ウェル30外の培養液Mから、当該ウェル30内の細胞集合体Tに対して、酸素を十分に供給することができる。
【0077】
さらに、転写工程S200においては、細胞接着性表面51に当接している第一基材10から第二基材20を剥離する。この剥離は、第二基材20が可とう性のシート状に形成されている場合、例えば、図6に示す要領で行うことができる。すなわち、まず、ピンセットP等の器具や操作者の手により、第二基材20の端部20aを第一基材10の下面12から剥離させるとともにつまむ。
【0078】
次いで、この端部20aから徐々に第二基材20を第一基材10から引き剥がす。そして、最終的に、第二基材20の全体を第一基材10から除去する。このように、第二基材20をゆっくり徐々にめくり上げることで、細胞集合体Tをウェル30から脱離させることなく、当該第二基材20を剥離することができる。
【0079】
図11Dは、第二基材20が剥離された第一基材10及び培養容器50の断面図である。上述のようにウェル30の底面30bを構成する第二基材20を剥離及び除去することによって、図11Dに示すように、第一基材10の貫通穴13の下面12側における開口13bが再び開放される。
【0080】
この結果、貫通穴13内に保持された細胞集合体Tは、開口13bを介して、培養液Mから酸素や栄養分の十分な供給を受けることができるようになる。したがって、貫通穴13内に保持された細胞集合体Tの生存及び機能を維持しつつ、当該細胞集合体Tを細胞接着性表面51に十分に接着させることができる。
【0081】
転写工程S200において第二基材20を剥離するタイミングは、細胞集合体Tが細胞接着性表面51に沈降した後であって、当該細胞集合体Tに含まれる細胞の生存率を所定のレベル以上に維持できる期間内であれば特に限られない。このタイミングは、細胞集合体Tの状態、培養液Mの温度、培養液Mに含有される酸素や栄養分の濃度等の条件によって異なるが、例えば、細胞集合体Tが細胞接着性表面51上に沈降してから1〜180分の範囲とすることができる。
【0082】
続く集合体培養工程S300においては、細胞接着性表面51に接着した細胞集合体Tを培養する。すなわち、例えば、図11Dに示すように、細胞接着性表面51上に載置された第一基材10の貫通穴13内において、細胞集合体Tをそのまま培養することができる。
【0083】
また、第一基材10が除去された細胞接着性表面51で細胞集合体Tを培養することもできる。すなわち、この場合、転写工程S200において第二基材20を第一基材10から剥離した後、さらに当該第一基材10を細胞接着性表面51から脱離させて、細胞集合体Tを培養する。図11Eは、細胞接着性表面51から第一基材10が除去された状態で細胞集合体Tを培養する様子を示す培養容器50の断面図である。
【0084】
第一基材10を細胞接着性表面51から除去するタイミングは、細胞集合体Tが培養液M中に浮遊しない程度に、当該細胞接着性表面51に接着した後であれば特に限られない。すなわち、例えば、細胞集合体Tが第一基材10の貫通穴13内で細胞接着性表面51に接着した後、当該第一基材10を当該細胞接着性表面51に当接させたまま所定期間培養し、次いで、当該第一基材10を当該細胞接着性表面51から除去し、さらに培養を継続することもできる。
【0085】
こうして、集合体培養工程S300において、細胞集合体Tは、細胞接着性表面51のうち、当該細胞集合体Tが収容されていたウェル30に対応する位置に接着した状態で培養される。すなわち、本実施形態においては、規則的に配置された複数のウェル30で形成された複数の細胞集合体Tは、細胞接着性表面51のうち、当該複数のウェル30に対応する位置に規則的に配置された状態で培養される。
【0086】
ここで、形成器具1のウェル30が、図7及び図8に示すようなテーパ形状で形成されている場合には、細胞接着性表面51のうち細胞集合体Tを接着させる位置をより精密に制御することができる。
【0087】
図12Aは、集合体形成工程S100において図8に示す形成器具1を使用した場合の当該形成器具1及び培養容器40の断面図である。図12Bは、転写工程S200において図8に示す形成器具1を使用した場合の当該形成器具1及び培養容器50の断面図である。なお、図12A及び図12Bは、それぞれ図11B及び図11Cに対応している。
【0088】
この場合、まず培養工程S100においては、図12Aに示すように、上述の場合と同様、形成器具1のウェル30内で細胞集合体Tを形成する。そして、続く転写工程S200においては、図12Bに示すように、形成器具1の上下をひっくり返して、第一基材10の上面11を培養容器50の細胞接着性表面51に当接させる。
【0089】
ここで、上述のとおり、ウェル30の上面11における開口30aは、底面30bよりも面積が小さく、且つ当該底面30bの中央部分に相当する位置に同心円状に形成されている。そして、細胞集合体Tは、ウェル30内において、テーパ形状の内側面30cに案内されながら、重力の作用によって、底面30b側から開口30a側に向けて沈降する。
【0090】
したがって、細胞集合体Tは、図12Bに示すように、細胞接着性表面51のうち、ウェル30の底面30bの中央部分に相当する位置(開口30a内)に沈降し接着する。このように、テーパ形状のウェル30を用いることにより、細胞集合体Tのサイズがウェル30の底面30bに比べて小さい場合であっても、当該細胞集合体Tを、細胞接着性表面51のうち、より狭い開口30aの範囲の位置に精密に転写することができる。
【0091】
このように、形成器具1は、細胞接着性表面を有する培養器具と組み合わせて使用される。そこで、本実施形態に係る細胞集合体転写キット(以下、「転写キット」という。)は、上述のような形成器具1と、当該形成器具1の第一基材10の上面11を当接させる細胞接着性表面を有する培養器具(例えば、上述の培養容器50)と、を含む。
【0092】
また、本実施形態に係る細胞集合体培養器具(以下、「培養器具」という。)は、形成器具1と組み合わせて使用される器具であり、細胞集合体Tを接着させて培養するための細胞接着性表面を有する。この培養器具は、形成器具1の上面11を当接させることのできる細胞接着性表面を有する構造体であれば特に限られない。すなわち、この培養器具は、例えば、上述のように細胞接着性の底面を有する培養容器50とすることができ、また、後述するような、第一基材10と同様の平板状の培養基材とすることもできる。
【0093】
また、形成器具1及び培養器具の少なくとも一方は、第一基材10の上面11を当該培養器具の細胞接着性表面に当接させた状態で他方と接触して互いの相対的な位置を固定する位置決め構造を有することとしてもよい。すなわち、形成器具1及び培養器具は、例えば、一方が他方に嵌合又は係止する形状で対応する位置に形成された位置決め構造を有することができる。
【0094】
図13〜図16には、このような場合の一例を示す。図13は、位置決め構造を有する形成器具1の一例を示す斜視図である。図14は、図13に示す形成器具1、及び当該形成器具1に対応する位置決め構造を有する培養器具60の一例を示す斜視図である。図15は、図14に示す形成器具1を培養器具60に当接させた様子を示す斜視図である。図16は、形成器具1で形成された細胞集合体Tを、培養器具60の細胞接着性表面61で培養する様子を示す斜視図である。なお、転写キットは、例えば、図14及び図15に示すような形成器具1と培養器具60とを含んで構成することができる。
【0095】
この例において、形成器具1は、図13に示すように、その第一基材10の上面11に所定高さで突出する複数の凸部14を有している。これに対し、培養器具60は、図14に示すように、その上面61のうち、形成器具1の凸部14に対応する位置に、当該凸部14と嵌合する所定深さの複数の凹部62を有している。
【0096】
そして、転写工程S200においては、図14に示す対応する凸部14と凹部62とを嵌合させて、図15に示すように、形成器具1の上面11を、培養器具60の上面61に当接させる。この結果、第一基材10と第二基材20とを、予め定められた位置関係で、簡便且つ確実に固定することができる。
【0097】
すなわち、細胞接着性表面61のうち、予め定められた位置に、形成器具1のウェル30を配置することができる。したがって、図16に示すように、細胞接着性表面61のうち、予め定められた位置に、細胞集合体Tを転写することができる。このように、位置決め構造を有する形成器具1と培養器具60とを用いることによって、細胞接着性表面61の所望の位置に、細胞集合体Tを精密に且つ確実に配置することができる。
【0098】
なお、図14〜図16に示すような培養器具60を使用する場合、当該培養器具60及び形成器具1を、図10に示す培養容器40のような所定の培養容器内で、培養液M中に浸漬した状態で、細胞集合体Tの転写や培養を行うことが好ましい。
【0099】
図13に示すように、形成器具1の上面11又は他の部分に凸部がある場合、当該凸部は取っ手として利用することもできる。すなわち、例えば、操作者は、この凸部をピンセット等の器具でつまむことにより、形成器具1の移動等の操作を簡便に行うことができる。なお、形成器具1が凹部を有し、培養器具60が当該凹部に嵌合する凸部を有することとしてもよい。
【0100】
また、培養器具60には、形成器具1の複数のウェル30の各々に対応する領域(すなわち、細胞集合体Tが転写されるべき領域)を区画する格子状の模様を形成してもよい。すなわち、図14〜図16に示す例において、培養器具60には、互いに直交する複数の縦線63a及び複数の横線63bを含む格子状の模様63が形成されている。そして、互いに交差する2本の縦線63aと2本の横線63bとによって矩形領域である格子の目63cが形成されている。この格子の目63cの位置は、形成器具1のウェル30の位置に対応している。
【0101】
したがって、図15に示すように、形成器具1を細胞接着性表面61に当接させた状態において、当該形成器具1の各ウェル30は、当該細胞接着性表面61のうち、各格子の目63cの範囲内に配置される。そして、図16に示すように、各細胞集合体Tは、細胞接着性表面61のうち、各格子の目63cの範囲内に転写される。この結果、各格子の目63cの範囲内で、細胞集合体Tを1つずつ培養することができる。
【0102】
このような格子状の模様63は、例えば、位相差顕微鏡等の光学的観察装置を使用して観察する際に、細胞接着性表面61に接着した各細胞集合体Tを識別する上で便利である。なお、格子状の模様63は、例えば、細胞接着性表面61又はその裏側の表面に描画(印刷)された模様として形成することができ、又は当該細胞接着性表面61上に形成された溝として形成することができる。
【0103】
また、形成器具1及び培養器具60の一方は、他方の外周部に当接して互いの相対的な位置関係を固定するよう形成された位置決め構造を有することもできる。図17及び図18には、この場合の一例を示す。図17は、第一基材10の外周部に当接する複数の凸部64を有する培養器具60の一例を示す斜視図である。図18は、図17に示す培養器具60の細胞接着性表面61に、図5に示す形成器具1を当接させた様子を示す斜視図である。
【0104】
図17に示すように、培養器具60の複数の凸部64は、形成器具1の第一基材10の側面15(図18参照)に当接する形状及び位置で形成されている。具体的に、各凸部64は、第一基材10の側面15のうち屈曲した角部分を囲むように当接する枠形状に形成されている。
【0105】
したがって、図18に示すように、複数の凸部64と、第一基材10の側面15と、を当接させることにより、第一基材10と第二基材20とを、予め定められた位置関係で、簡便且つ確実に固定することができる。
【0106】
以上説明した細胞集合体形成器具、細胞集合体培養器具、細胞集合体転写キット及び細胞集合体の培養方法によれば、例えば、稀少な試薬を用いた稀少な細胞の培養を簡便且つ確実に実現することができ、培養細胞を利用した創薬、再生医療、基礎研究等の様々な産業利用に応用できる。
【0107】
具体的に、例えば、形成器具1を用いて形成した浮遊状態の複数の胚様体を、培養器具50,60の細胞接着性表面51,61上に、予め定められた規則的な配置で、精密にマイクロパターニングすることができる。
【0108】
また、細胞接着性表面51,61における胚様体の間隔を規則的に一定にすることにより、当該胚様体を構成する細胞の状態を均一に揃えて維持することができる。更に、隣接する胚様体間の距離を予め定められた値に維持できるため、接着後の胚様体同士の相互干渉による悪影響を低減した培養系を構築できる。また、対象となる胚様体の遺伝子発現や細胞形態を均一とした状態で細胞分化誘導実験や薬剤応答試験を行うことができる等、重要な基礎研究を効率よく且つ確実に実施することができる。
【0109】
次に、本実施形態に係る具体的な実施例について説明する。
【実施例1】
【0110】
まず、PMMA製の平板(24mm×24mm、厚さ800μm)からなる第一基材10に、マシニングセンタを用いた穿孔加工処理により、直径800μmの円形の貫通穴13を143個形成した。この貫通穴13は、互いにその中心間距離が880μmとなるよう規則的に配置した。
【0111】
一方、PDMS製のシート(13mm×13mm、厚さ400μm)からなる第二基材20を準備した。そして、第一基材10の貫通穴13の下方側の開口13bを覆うよう第二基材20を位置合わせし、接着剤を使用することなく、当該第二基材20を当該第一基材10の下面12に押し付けた。こうして、図3〜図5に示すように、第二基材20を第一基材10の下面12に剥離可能に接着した。
【0112】
次に、第一基材10の上面11側から、スパッタリング装置を用いたスパッタリング処理を施した。このスパッタリング処理により、第一基材10の上面11、ウェル30の底面30b及び内側面30cに、チオール基が結合可能な金属薄膜を形成した。
【0113】
そして、分子量30000のPEG鎖及びチオール基を有する細胞非接着性の合成高分子(化学式:CH(CHCHSH)を5mMの濃度で含むエタノール溶液を、ウェル30内に注入すると共に、第一基材10の上面11に塗布した。
【0114】
その後、第一基材10及び第二基材20を窒素雰囲気下で所定時間放置することにより、細胞非接着性高分子を、当該第一基材10の上面11、ウェル30の底面30b及び内側面30cに固定化した。この結果、第一基材10の上面11、ウェル30の底面30b(第二基材20の上面21のうち貫通穴13内に露出する部分)及び内側面30cは細胞非接着性表面となった。
【0115】
こうして、PMMA製の透明な第一基材10と、PDMS製の透明な第二基材20と、底面30bの直径が800μmである143個のウェル30と、を有する形成器具1を製造した。
【0116】
この形成器具1の各ウェル30内に、マウスES細胞(大日本住友製薬)を5×10個ずつ播種した。培養液としては、15%ウシ胎児血清、1%ヌクレオシド、1%非必須アミノ酸、1%2−メルカプトエタノール、1%グルタミンを含むDMEM培地を用いた。
【0117】
そして、このマウスES細胞を3日間培養することにより、三次元的に集合したマウスES細胞を含む球状の細胞集合体である胚様体を各ウェル30内に1つずつ形成させた。図19Aは、培養3日目の形成器具1のウェル30内に保持された浮遊状態の胚様体Tを位相差顕微鏡下で撮影した写真の一例である。形成された胚様体Tの直径は、155〜195μmの範囲(172±8μm:算術平均±標準偏差)であった。
【0118】
次に、培養容器50として、市販の培養ディッシュ(直径35mm、AGCテクノグラス株式会社)を準備した。この培養ディッシュのコラーゲンがコーティングされた底面を細胞接着性表面51として使用した。
【0119】
そして、形成器具1の上面11を培養容器50の細胞接着性表面51に当接させて、当該形成器具1のウェル30内の胚様体Tを当該細胞接着性表面51に沈降させた。図19Bは、形成器具1の上面11を細胞接着性表面51に当接させた直後の写真の一例である。
【0120】
形成器具1の細胞接着性表面51への当接は次のようにして行った。すなわち、まず、培養容器50に培養液を入れ、次いで当該培養液を捨てることにより、細胞接着性表面51を当該培養液で濡らした。そして、ウェル30から胚様体Tがこぼれ出ない程度に傾斜させた形成器具1の上面11と、培養液で濡らした細胞接着性表面51と、を合わせた。こうして、胚様体Tをウェル30内に保持したまま形成器具1の上面11を細胞接着性表面51に当接させた。
【0121】
また、形成器具1を細胞接着性表面51に当接させた状態で、当該形成器具1に金属製のリング状の重りを載せた。この重りによって、形成器具1の第一基材10のうち第二基材20で覆われていない4つの角部分を押さえた。これにより、形成器具1の上面11と細胞接着性表面51とを密着させた。
【0122】
この当接後、10分が経過した時点で、図6に示すように、ピンセットPを用いて、第二基材20を端部20aから徐々に剥離し、第一基材10から除去した。図19Cは、第一基材10から第二基材20を剥離した直後の写真の一例である。
【0123】
その後、培養容器50を37℃で60分間維持することにより、各ウェル30内の胚様体Tを細胞接着性表面51に接着させた。そして、胚様体Tの接着後、第一基材10を細胞接着性表面51から除去した。図19Dは、第一基材10を細胞接着性表面51から除去した直後の写真の一例である。
【0124】
この結果、図10Dに示すように、細胞接着性表面51には、所定の間隔で規則的に配置された均一なサイズの複数の胚様体Tが残された。図19Eは、第一基材10を細胞接着性表面51から除去してから、当該細胞接着性表面51に接着した状態で1時間培養した胚様体Tの写真の一例である。図19Fは、第一基材10を細胞接着性表面51から除去してから、当該細胞接着性表面51に接着した状態で3時間培養した胚様体Tの写真の一例である。
【0125】
胚様体Tは、細胞接着性表面51に接着した状態でさらに培養を継続することができた。培養時間が経過するにつれて、胚様体Tを構成する細胞が細胞接着性表面51に接着すると共に遊走して広がった。
【実施例2】
【0126】
上述の実施例1と同様の方法で形成器具1を作製した。すなわち、まず、PMMA製の平板(24mm×24mm、厚さ800μm)からなる第一基材10に、マシニングセンタを用いた穿孔加工処理により、直径800μmの円形の貫通穴13を143個形成した。この貫通穴13は、互いにその中心間距離が880μmとなるよう規則的に配置した。
【0127】
一方、PDMS製のシート(13mm×13mm、厚さ400μm)からなる第二基材20を準備した。そして、接着剤を使用することなく、第二基材20を第一基材10の下面12に剥離可能に接着した。また、上述の実施例1と同様に、細胞非接着性物質の固定を行い、ウェル30に細胞非接着性を付与した。こうして、PMMA製の透明な第一基材10と、PDMS製の透明な第二基材20と、底面30bの直径が800μmである143個のウェル30と、を有する形成器具1を製造した。
【0128】
この形成器具1の各ウェル30内に、初代ラット肝細胞を1.4×10個ずつ播種した。培養液としては、60mg/Lのプロリン、50μg/LのEGF、10mg/Lのインシュリン、7.5mg/Lのヒドロコルチゾン、0.1μMの硫酸銅・5水和物、3μg/Lのセレン酸、50pMの硫酸亜鉛・7水和物、50μg/Lのリノール酸、58.8mg/Lのペニシリン、100mg/Lのストレプトマイシン、1.05g/Lの炭酸水素ナトリウム、1.19g/LのHEPESを加えたDMEM無血清培地を用いた。なお、初代ラット肝細胞は、公知のコラゲナーゼ灌流法によりラットの肝臓から調製した。
【0129】
そして、この初代ラット肝細胞を7日間、旋回培養(40rpm)することにより、三次元的に集合した初代ラット肝細胞を含む球状の細胞集合体であるスフェロイドを各ウェル30内に1つずつ形成させた。図20Aは、培養7日目の形成器具1のウェル30内に保持された浮遊状態のスフェロイドTを位相差顕微鏡下で撮影した写真の一例である。形成されたスフェロイドTの直径は、235〜285μmの範囲(259±10μm:算術平均±標準偏差)であった。
【0130】
次に、培養容器50として、上述の実施例1と同様、細胞接着性表面51である底面を備えた市販の培養ディッシュを準備した。そして、形成器具1の上面11を培養容器50の細胞接着性表面51に当接させて、当該形成器具1のウェル30内のスフェロイドTを当該細胞接着性表面51に沈降させた。図20Bは、形成器具1の上面11を細胞接着性表面51に当接させた直後の写真の一例である。
【0131】
この当接後、10分が経過した時点で、ピンセットPを用いて、第二基材20を端部から徐々に剥離し、第一基材10から除去した。図20Cは、第一基材10から第二基材20を剥離した直後の写真の一例である。
【0132】
その後、培養容器50を37℃で1日間維持することにより、各ウェル30内でスフェロイドTを細胞接着性表面51に接着させた。そして、スフェロイドTの接着後、第一基材10を細胞接着性表面51から除去した。図20Dは、第一基材10を細胞接着性表面51から除去した直後の写真の一例である。
【0133】
この結果、細胞接着性表面51には、所定の間隔で規則的に配置された均一なサイズの複数のスフェロイドTが残された。図20Eは、第一基材10を細胞接着性表面51から除去してから、当該細胞接着性表面51に接着した状態で1日培養したスフェロイドTの写真の一例である。図20Fは、第一基材10を細胞接着性表面51から除去してから、当該細胞接着性表面51に接着した状態で2日培養したスフェロイドTの写真の一例である。
【0134】
スフェロイドTは、細胞接着性表面51に接着した状態でさらに培養を継続することができた。培養時間が経過するにつれて、スフェロイドTを構成する細胞が細胞接着性表面51に接着すると共に遊走して広がった。
【実施例3】
【0135】
上述の実施例1と同様の方法で形成器具1を作製した。すなわち、まず、PMMA製の平板(24mm×24mm、厚さ600μm)からなる第一基材10に、マシニングセンタを用いた穿孔加工処理により、直径600μmの円形の貫通穴13を270個形成した。この貫通穴13は、互いにその中心間距離が660μmとなるよう規則的に配置した。
【0136】
一方、PDMS製のシート(13mm×13mm、厚さ400μm)からなる第二基材20を準備した。そして、接着剤を使用することなく、第二基材20を第一基材10の下面12に剥離可能に接着した。また、上述の実施例1と同様に、細胞非接着性物質の固定を行い、ウェル30に細胞非接着性を付与した。こうして、PMMA製の透明な第一基材10と、PDMS製の透明な第二基材20と、底面30bの直径が600μmである270個のウェル30と、を有する形成器具1を製造した。
【0137】
この形成器具1の各ウェル30内に、HepG2細胞(理化学研究所・バイオリソースセンター)を1.0×10個ずつ播種した。培養液としては、58.8mg/Lのペニシリン、100mg/Lのストレプトマイシン、2.2g/Lの炭酸水素ナトリウム及び10%のウシ胎児血清を添加したWilliams medium E培地を用いた。
【0138】
そして、このHepG2細胞を5日間培養することにより、三次元的に集合したHepG2細胞を含む球状の細胞集合体であるスフェロイドを各ウェル30内に1つずつ形成させた。図21Aは、培養7日目の形成器具1のウェル30内に保持された浮遊状態のスフェロイドTを位相差顕微鏡下で撮影した写真の一例である。形成されたスフェロイドTの直径は、240〜280μmの範囲(259±8μm:算術平均±標準偏差)であった。
【0139】
次に、培養容器50として、上述の実施例1と同様、コラーゲンがコーティングされた細胞接着性表面51である底面を備えた市販の培養ディッシュを準備した。そして、形成器具1の上面11を培養器具50の細胞接着性表面51に当接させて、当該形成器具1のウェル30内のスフェロイドTを当該細胞接着性表面51に沈降させた。図21Bは、形成器具1の上面11を細胞接着性表面51に当接させた直後の写真の一例である。
【0140】
この当接後、10分が経過した時点で、ピンセットPを用いて、第二基材20を端部から徐々に剥離し、第一基材10から除去した。図21Cは、第一基材10から第二基材20を剥離した直後の写真の一例である。
【0141】
その後、培養容器50を37℃で1日間維持することにより、各ウェル30内でスフェロイドTを細胞接着性表面51に接着させた。そして、スフェロイドTの接着後、第一基材10を細胞接着性表面51から除去した。図21Dは、第一基材10を細胞接着性表面51から除去した直後の写真の一例である。
【0142】
この結果、細胞接着性表面51には、所定の間隔で規則的に配置された均一なサイズの複数のスフェロイドTが残された。図21Eは、第一基材10を細胞接着性表面51から除去してから、当該細胞接着性表面51に接着した状態で2日培養したスフェロイドTの写真の一例である。図21Fは、第一基材10を細胞接着性表面51から除去してから、当該細胞接着性表面51に接着した状態で4日培養したスフェロイドTの写真の一例である。
【0143】
スフェロイドTは、細胞接着性表面51に接着した状態でさらに培養を継続することができた。培養時間が経過するにつれて、スフェロイドTを構成する細胞が細胞接着性表面51に接着すると共に遊走して広がった。
【実施例4】
【0144】
上述の実施例1と同様の方法で形成器具1を作製した。すなわち、まず、PMMA製の平板(24mm×24mm、厚さ400μm)からなる第一基材10に、マシニングセンタを用いた穿孔加工処理により、直径300μmの円形の貫通穴13を672個形成した。この貫通穴13は、互いにその中心間距離が400μmとなるよう規則的に配置した。
【0145】
一方、PDMS製のシート(13mm×13mm、厚さ400μm)からなる第二基材20を準備した。そして、接着剤を使用することなく、第二基材20を第一基材10の下面12に剥離可能に接着した。また、上述の実施例1と同様に、細胞非接着性物質の固定を行い、ウェル30に細胞非接着性を付与した。こうして、PMMA製の透明な第一基材10と、PDMS製の透明な第二基材20と、底面30bの直径が300μmである672個のウェル30と、を有する形成器具1を製造した。
【0146】
この形成器具1の各ウェル内に、HepG2細胞(理化学研究所・バイオリソースセンター)を5.6×10個ずつ播種した。培養液としては、58.8mg/Lのペニシリン、100mg/Lのストレプトマイシン、2.2g/Lの炭酸水素ナトリウム及び10%のウシ胎児血清を添加したWilliams medium E培地を用いた。
【0147】
そして、このHepG2細胞を7日間培養することにより、三次元的に集合したHepG2細胞を含む球状の細胞集合体であるスフェロイドを各ウェル30内に1つずつ形成させた。図22Aは、培養7日目の形成器具1のウェル30内に保持された浮遊状態のスフェロイドTを位相差顕微鏡下で撮影した写真の一例である。形成されたスフェロイドTの直径は、195〜235μmの範囲(208±8μm:算術平均±標準偏差)であった。
【0148】
次に、培養容器50として、上述の実施例1と同様、細胞接着性表面51である底面を備えた市販の培養ディッシュを準備した。そして、形成器具1の上面11を培養容器50の細胞接着性表面51に当接させて、当該形成器具1のウェル30内のスフェロイドTを当該細胞接着性表面51に沈降させた。図22Bは、形成器具1の上面11を細胞接着性表面51に当接させた直後の写真の一例である。
【0149】
この当接後、10分が経過した時点で、ピンセットPを用いて、第二基材20を端部から徐々に剥離し、第一基材10から除去した。図22Cは、第一基材10から第二基材20を剥離した直後の写真の一例である。
【0150】
その後、培養容器50を37℃で維持することにより、各ウェル30内でスフェロイドTを細胞接着性表面51に接着させた。また、この実施例4では、細胞接着性表面51に第一基材10を当接させたまま、当該第一基材10の貫通穴13内でスフェロイドTを培養した。図22Dは、スフェロイドTを細胞接着性表面51に転写してから第一基材10の貫通穴13内で3日間培養した後の写真の一例である。図22Eは、スフェロイドTを細胞接着性表面51に転写してから第一基材10の貫通穴13内で10日間培養した後の写真の一例である。培養時間が経過するにつれて、スフェロイドTを構成する細胞が細胞接着性表面51に接着すると共に遊走して広がった。
【符号の説明】
【0151】
1 細胞集合体形成器具、10 第一基材、11 上面、12 下面、13 貫通穴、13a 開口、13b 開口、13c 内側面、14 凸部、15 側面、20 第二基材、21 上面、22 下面、30 ウェル、30a 開口、30b 底面、30c 内側面、40 培養容器、41 底面、50 培養容器、51 細胞接着性表面、60 細胞集合体培養器具、61 細胞接着性表面、62 凹部、63 格子状模様、63a 縦線、63b 横線、63c 格子の目、64 凸部、C 細胞、M 培養液、P ピンセット、T 細胞集合体(胚様体、スフェロイド)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
貫通穴が形成された第一基材と、
前記第一基材の一方側の表面に剥離可能に接着されて前記貫通穴の前記一方側を覆う第二基材と、
前記貫通穴の前記一方側を前記第二基材で覆うことにより形成された細胞非接着性のウェルと、
を有する
ことを特徴とする細胞集合体形成器具。
【請求項2】
前記ウェルの底面の面積は、1×10〜2×10μmの範囲である
ことを特徴とする請求項1に記載された細胞集合体形成器具。
【請求項3】
前記ウェルは、その底面の面積よりも前記第一基材の他方側の表面における開口の面積が小さくなるテーパ形状に形成されている
ことを特徴とする請求項1又は2に記載された細胞集合体形成器具。
【請求項4】
細胞接着性表面を有する培養器具と組み合わせて使用される細胞集合体形成器具であって、
前記第一基材の他方側の表面を前記細胞接着性表面に当接させた状態で前記培養器具と接触して互いの相対的な位置を固定する位置決め構造を有する
ことを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載された細胞集合体形成器具。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載された細胞集合体形成器具と、
前記細胞集合体形成器具の前記第一基材の他方側の表面を当接させる細胞接着性表面を有する培養器具と、
を含む
ことを特徴とする細胞集合体転写キット。
【請求項6】
前記細胞集合体形成器具及び前記培養器具の少なくとも一方は、前記第一基材の前記他方側の表面を前記細胞接着性表面に当接させた状態で他方と接触して互いの相対的な位置を固定する位置決め構造を有する
ことを特徴とする請求項5に記載された細胞集合体転写キット。
【請求項7】
請求項1乃至4のいずれかに記載された細胞集合体形成器具の前記第一基材の他方側の表面を当接させる細胞接着性表面と、
前記第一基材の他方側の表面を前記細胞接着性表面に当接させた状態で前記細胞集合体形成器具と接触して互いの相対的な位置を固定する位置決め構造と、
を有する
ことを特徴とする細胞集合体培養器具。
【請求項8】
請求項1乃至4のいずれかに記載された細胞集合体形成器具の前記ウェル内で浮遊状態の細胞集合体を形成する集合体形成工程と、
前記細胞集合体形成器具の前記第一基材の他方側の表面を所定の細胞接着性表面に当接させて、前記ウェル内の前記細胞集合体を前記細胞接着性表面上に沈降させるとともに前記第一基材から前記第二基材を剥離する転写工程と、
前記細胞接着性表面に接着した前記細胞集合体を培養する集合体培養工程と、
を含む
ことを特徴とする細胞集合体の培養方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【公開番号】特開2010−233456(P2010−233456A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−81952(P2009−81952)
【出願日】平成21年3月30日(2009.3.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、文部科学省、「地域科学技術振興事業委託事業 知的クラスター創成事業(第II期)」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(802000031)財団法人北九州産業学術推進機構 (187)
【出願人】(507181039)STEMバイオメソッド株式会社 (4)
【Fターム(参考)】