説明

組換ヤナギマツタケ・ガレクチン

【課題】
糖鎖のシアリルα2,3−ラクトースおよびシアリルα2,3−N−アセチルラクトサミン構造に特異的で、対応する非シアル化糖鎖との結合親和性が制限された組換レクチン分子を提供すること。
【解決手段】
天然型ヤナギマツタケ由来ガレクチンの85位グルタミン酸残基が、アラニン、アルギニン、リシン、アスパラギン酸、システィン、グリシン、セリンおよびトレオニンからなる群から選択される1のアミノ酸残基で置換されていることを特徴とする、組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子およびその改変体に関する。また、本発明は、当該組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子またはその改変体をコードする核酸分子、該核酸分子を含む発現ベクターに関する。更に、本発明は、組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子またはその改変体を用いる糖鎖の分析方法並びに該方法に用いられるレクチン・ライブラリーおよびレクチン・チップに関する。
【背景技術】
【0002】
ヤナギマツタケ・ガレクチン(Agrocybe cylindracea galectin:以下、「ACG」とも称する。)は、Yagiらによりヤナギマツタケの子実体から最初に単離されたレクチンの一種である(非特許文献1)。同文献で、Yagiらは、ACGがシアリルα2,3−ガラクトース構造(NeuAcα2−3Galβ−)に対して高い親和性を有しており、特にシアリルα2,3−ラクトース(NeuAcα2−3Galβ1−4Glc)やシアリルα2,3−N−アセチルラクトサミン(NeuAcα2−3Galβ1−4GlcNAc)に対して高い結合親和性/特異性を示すことを報告している。
【0003】
しかしながら、ACGは、シアル酸に特異的というよりはむしろガラクトシル糖鎖に特異的なレクチン分子種(ガレクチン)とみなされている(たとえば、非特許文献2および特許文献1等)。つまり、非特許文献1ではACGのシアリルα2,3−ラクトースに対する親和性がラクトースに対する親和性の100倍近くに達するとはされているものの、該ACGは、シアル酸残基自体に対しては低い親和性しか示さないことも知られている(非特許文献2)。
【0004】
更に、このようなACGの糖鎖認識機構に関連して、非特許文献2は、ACG/ラクトース、ACG/3’−ラクトースおよびACG/シアリルα2,3−ラクトースの各結晶についてのX線回折実験を行ない、その結果として、ACGの糖鎖結合部位中、46位アスパラギン、62位ヒスチジン、66位アルギニン、75位アスパラギンおよび86位グルタミン酸が、ラクトース中のガラクトースおよびグルコース単位との水素結合に寄与していることを報告している。一方、ACGとシアリルα2,3−ラクトースとの結合に関しては、更に44位のセリン、77位アルギニンおよび83位トリプトファンが、シアリルα2,3−ラクトース内のシアル酸単位との間で水素結合を形成することを確認している。また、非特許文献2は、ACGにおいては上記水素結合に関与する個々のアミノ酸に加えて、44位セリン−45位プロリン−46位アスパラギンを含む独特のループ構造が、当該ガレクチン分子のラクトースおよびシアリルα2,3−ラクトースに対する特有の結合特異性を発現する上で必須であると結論している。(なお、天然型ACGのアミノ酸配列は、NCBIのAccession Code:1WW4Aとして公開され、該配列はトレオニンから開始する160アミノ酸残基からなるものとされているが、非特許文献2は当該NCBI配列のN末端に1つのAc−セリンが付加された配列に基づいてアミノ酸番号を付しているので、NCBIのAccession Code:1WW4A記載の配列に従えば、たとえば非特許文献2での46位アスパラギンはNCBI配列の45位アスパラギンに、86位のグルタミン酸はNCBI配列の85位グルタミン酸に対応する。本明細書では、以下、NCBI配列にしたがってアミノ酸番号を参照する。)
【0005】
ところで、近年、シアル酸を有する糖鎖が生物学的に重要な機能を担っていることが明らかになってきている。たとえば、非特許文献3は、ウシ末梢神経α−ジストログリカン上の糖鎖構造がNeu5Acα2−3Galβ1−4GlcNAcβ1−2Man−Ser/Thr(:シアリルα2,3−N−アセチルラクトサミンβ1,2−マンノース−Ser/Thr)であることを同定している。α−ジストログリカン(α−dystroglycan)は、膜貫通蛋白質β−ジストログリカン(β−dystroglycan)と細胞外マトリックス中のラミニンとを架橋する糖蛋白質であるが、筋細胞膜においてβ−ジストログリカンは更に細胞内ジストロフィン(dystrophin)と結合し、次いで該ジストロフィンはアクチン細胞骨格と結合することから、これらの複合体における異常と筋ジストロフィーの関連が示唆されている(非特許文献4)。また、特許文献1も先天性グリコシル化異常症(Congenital Disorders of Glycosylation、CDG)とシアル酸含有糖鎖の関連を指摘する。
【0006】
しかるに、シアル酸含有糖鎖の精緻な識別および分析は生化学および臨床の興味深い対象であり、そのような目的に応え得るシアル酸特異的レクチン分子種探索の重要性も認識されてきている(非特許文献1など)。
【0007】
特許文献2は、遺伝子組換技術による天然レクチン分子の糖鎖特異性の修飾、および該遺伝子組換レクチン分子を用いた糖鎖の識別について記述する。しかしながら、該文献も、ACGのシアル酸/ラクトースおよびN−アセチルラクトサミン含有糖鎖に対する結合特性の変更については開示していない。
【0008】
【特許文献1】特開2008−32520号公報
【特許文献2】国際公開第WO2002/066634号パンフレット
【非特許文献1】Glycoconjugate Journal,Vol.14,pp.281−288 (1997)
【非特許文献2】J.Mol.Biol.,Vol.351,pp.695−706(2005)
【非特許文献3】J.Biol.Chem.,Vol.272,No.4,pp.2156−2162(1997)
【非特許文献4】J.Biol.Chem.,Vol.278,No.18,pp.15457−15460(2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
したがって、本発明は、シアル酸含有糖鎖に対する特異性が改善されたレクチン分子を提供することを目的とする。より具体的には、糖鎖のシアリルα2,3−ラクトースおよびシアリルα2,3−N−アセチルラクトサミン構造に特異的で、対応する非シアル化糖鎖との結合親和性が制限された組換レクチン分子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
天然型ACG分子のアミノ酸配列の85位グルタミン酸を特定のアミノ酸で置換することで、対応する非シアル化糖鎖との結合が制限されることが見出された。この知見は、非特許文献2が、ACGの85位(86位)グルタミン酸と糖鎖のラクトースとの間の水素結合の存在を明らかにしてはいるが、同時にその他の複数のアミノ酸の重要な関与も指摘されているにも拘らず、唯一、当該85位グルタミン酸を置換するだけで、ACGの糖鎖結合性が実質的に変更され得ることを示した点で、驚嘆すべきものであった。また、いずれの公知文献も、天然型ACG分子の85位グルタミン酸を置換すべきアミノ酸が、アラニン、アルギニン、リシン、アスパラギン酸、システィン、グリシン、セリンおよびトレオニンからなる群から選択される1のアミノ酸であることを示唆してはいない。したがって、本発明の第1の局面では、
(1)天然型ヤナギマツタケ(Agrocybe cylindracea)由来ガレクチン分子のアミノ酸配列の85位グルタミン酸残基が、アラニン、アルギニン、リシン、アスパラギン酸、システィン、グリシン、セリンおよびトレオニンからなる群から選択される1のアミノ酸残基で置換されていることを特徴とする、組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子が提供される。
【0011】
上記の組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子は、典型的には、以下の:
ThrThrSerAlaValAsnIleTyrAsnIleSerAlaGlyAlaSerValAspLeuAlaAlaProValThrThrGlyAspIleValThrPhePheSerSerAlaLeuAsnLeuSerAlaGlyAlaGlySerProAsnAsnThrAlaLeuAsnLeuLeuSerGluAsnGlyAlaTyrLeuLeuHisIleAlaPheArgLeuGlnGluAsnValIleValPheAsnSerArgGlnProAsnAlaProTrpLeuValAlaGlnArgValSerAsnValAlaAsnGlnPheIleGlySerGlyGlyLysAlaMetValThrValPheAspHisGlyAspLysTyrGlnValValIleAsnGluLysThrValIleGlnTyrThrLysGlnIleSerGlyThrThrSerSerLeuSerTyrAsnSerThrGluGlyThrSerIlePheSerThrValValGluAlaValThrTyrThrGlyLeuAla(配列番号:4)、
ThrThrSerAlaValAsnIleTyrAsnIleSerAlaGlyAlaSerValAspLeuAlaAlaProValThrThrGlyAspIleValThrPhePheSerSerAlaLeuAsnLeuSerAlaGlyAlaGlySerProAsnAsnThrAlaLeuAsnLeuLeuSerGluAsnGlyAlaTyrLeuLeuHisIleAlaPheArgLeuGlnGluAsnValIleValPheAsnSerArgGlnProAsnAlaProTrpLeuValArgGlnArgValSerAsnValAlaAsnGlnPheIleGlySerGlyGlyLysAlaMetValThrValPheAspHisGlyAspLysTyrGlnValValIleAsnGluLysThrValIleGlnTyrThrLysGlnIleSerGlyThrThrSerSerLeuSerTyrAsnSerThrGluGlyThrSerIlePheSerThrValValGluAlaValThrTyrThrGlyLeuAla(配列番号:6)、
ThrThrSerAlaValAsnIleTyrAsnIleSerAlaGlyAlaSerValAspLeuAlaAlaProValThrThrGlyAspIleValThrPhePheSerSerAlaLeuAsnLeuSerAlaGlyAlaGlySerProAsnAsnThrAlaLeuAsnLeuLeuSerGluAsnGlyAlaTyrLeuLeuHisIleAlaPheArgLeuGlnGluAsnValIleValPheAsnSerArgGlnProAsnAlaProTrpLeuValLysGlnArgValSerAsnValAlaAsnGlnPheIleGlySerGlyGlyLysAlaMetValThrValPheAspHisGlyAspLysTyrGlnValValIleAsnGluLysThrValIleGlnTyrThrLysGlnIleSerGlyThrThrSerSerLeuSerTyrAsnSerThrGluGlyThrSerIlePheSerThrValValGluAlaValThrTyrThrGlyLeuAla(配列番号:8)、
ThrThrSerAlaValAsnIleTyrAsnIleSerAlaGlyAlaSerValAspLeuAlaAlaProValThrThrGlyAspIleValThrPhePheSerSerAlaLeuAsnLeuSerAlaGlyAlaGlySerProAsnAsnThrAlaLeuAsnLeuLeuSerGluAsnGlyAlaTyrLeuLeuHisIleAlaPheArgLeuGlnGluAsnValIleValPheAsnSerArgGlnProAsnAlaProTrpLeuValAspGlnArgValSerAsnValAlaAsnGlnPheIleGlySerGlyGlyLysAlaMetValThrValPheAspHisGlyAspLysTyrGlnValValIleAsnGluLysThrValIleGlnTyrThrLysGlnIleSerGlyThrThrSerSerLeuSerTyrAsnSerThrGluGlyThrSerIlePheSerThrValValGluAlaValThrTyrThrGlyLeuAla(配列番号:10)、
ThrThrSerAlaValAsnIleTyrAsnIleSerAlaGlyAlaSerValAspLeuAlaAlaProValThrThrGlyAspIleValThrPhePheSerSerAlaLeuAsnLeuSerAlaGlyAlaGlySerProAsnAsnThrAlaLeuAsnLeuLeuSerGluAsnGlyAlaTyrLeuLeuHisIleAlaPheArgLeuGlnGluAsnValIleValPheAsnSerArgGlnProAsnAlaProTrpLeuValCysGlnArgValSerAsnValAlaAsnGlnPheIleGlySerGlyGlyLysAlaMetValThrValPheAspHisGlyAspLysTyrGlnValValIleAsnGluLysThrValIleGlnTyrThrLysGlnIleSerGlyThrThrSerSerLeuSerTyrAsnSerThrGluGlyThrSerIlePheSerThrValValGluAlaValThrTyrThrGlyLeuAla(配列番号:12)、
ThrThrSerAlaValAsnIleTyrAsnIleSerAlaGlyAlaSerValAspLeuAlaAlaProValThrThrGlyAspIleValThrPhePheSerSerAlaLeuAsnLeuSerAlaGlyAlaGlySerProAsnAsnThrAlaLeuAsnLeuLeuSerGluAsnGlyAlaTyrLeuLeuHisIleAlaPheArgLeuGlnGluAsnValIleValPheAsnSerArgGlnProAsnAlaProTrpLeuValGlyGlnArgValSerAsnValAlaAsnGlnPheIleGlySerGlyGlyLysAlaMetValThrValPheAspHisGlyAspLysTyrGlnValValIleAsnGluLysThrValIleGlnTyrThrLysGlnIleSerGlyThrThrSerSerLeuSerTyrAsnSerThrGluGlyThrSerIlePheSerThrValValGluAlaValThrTyrThrGlyLeuAla(配列番号:14)、
ThrThrSerAlaValAsnIleTyrAsnIleSerAlaGlyAlaSerValAspLeuAlaAlaProValThrThrGlyAspIleValThrPhePheSerSerAlaLeuAsnLeuSerAlaGlyAlaGlySerProAsnAsnThrAlaLeuAsnLeuLeuSerGluAsnGlyAlaTyrLeuLeuHisIleAlaPheArgLeuGlnGluAsnValIleValPheAsnSerArgGlnProAsnAlaProTrpLeuValSerGlnArgValSerAsnValAlaAsnGlnPheIleGlySerGlyGlyLysAlaMetValThrValPheAspHisGlyAspLysTyrGlnValValIleAsnGluLysThrValIleGlnTyrThrLysGlnIleSerGlyThrThrSerSerLeuSerTyrAsnSerThrGluGlyThrSerIlePheSerThrValValGluAlaValThrTyrThrGlyLeuAla(配列番号:16)、または
ThrThrSerAlaValAsnIleTyrAsnIleSerAlaGlyAlaSerValAspLeuAlaAlaProValThrThrGlyAspIleValThrPhePheSerSerAlaLeuAsnLeuSerAlaGlyAlaGlySerProAsnAsnThrAlaLeuAsnLeuLeuSerGluAsnGlyAlaTyrLeuLeuHisIleAlaPheArgLeuGlnGluAsnValIleValPheAsnSerArgGlnProAsnAlaProTrpLeuValThrGlnArgValSerAsnValAlaAsnGlnPheIleGlySerGlyGlyLysAlaMetValThrValPheAspHisGlyAspLysTyrGlnValValIleAsnGluLysThrValIleGlnTyrThrLysGlnIleSerGlyThrThrSerSerLeuSerTyrAsnSerThrGluGlyThrSerIlePheSerThrValValGluAlaValThrTyrThrGlyLeuAla(配列番号:18)
を有する。したがって、本発明の第2の局面では、
(2)配列番号:4、配列番号:6、配列番号:8、配列番号:10、配列番号:12、配列番号:14、配列番号:16または配列番号:18で示されるアミノ酸配列から成る、上記(1)に記載の組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子が提供される。
【0012】
更に本発明は、上記の組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子の改変体(本明細書では、上記の組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子も含めて、「組換ガレクチン分子」とも称する。)も意図する。当該改変体は、天然型ヤナギマツタケ(Agrocybe cylindracea)由来ガレクチン分子のアミノ酸配列の85位グルタミン酸残基に対応するアミノ酸残基がアラニン、アルギニン、リシン、アスパラギン酸、システィン、グリシン、セリンおよびトレオニンからなる群から選択される1のアミノ酸残基であることを条件として、上記の各組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子のアミノ酸配列と実質的に相同なアミノ酸配列から成ることができ、ただし、該改変体は上記組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子と実質的に同等の機能、特に非シアル化糖鎖に対する制限された結合性を示すものであり得る。したがって、本発明の第3の局面では、
(3)天然型ヤナギマツタケ(Agrocybe cylindracea)由来ガレクチン分子のアミノ酸配列の85位グルタミン酸残基に対応するアミノ酸残基がアラニン、アルギニン、リシン、アスパラギン酸、システィン、グリシン、セリンおよびトレオニンからなる群から選択される1のアミノ酸残基であることを条件として、上記(2)に記載のアミノ酸配列のいずれか1つに対して一個または数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入または付加を有するアミノ酸配列から成り、且つシアリルα2,3−N−アセチルラクトサミンおよびシアリルα2,3−ラクトースに対する結合親和性がN−アセチルアクトサミンおよびT抗原に対する結合親和性より高いことを特徴とする、組換ガレクチン分子が提供される。
【0013】
本発明は、本発明の組換ガレクチン分子をコードする核酸分子および当該核酸分子を発現するベクターにも関する。これらの核酸分子およびベクターは、本発明の組換ガレクチン分子を製造する上で好適に利用することができる。すなわち、本発明の第4および第5の局面では、それぞれ、
(4)上記(1)乃至(3)のいずれかに記載の組換ガレクチン分子をコードする核酸分子、および
(5)転写制御要素に機能的に結合した上記(4)に記載の核酸分子を含む発現ベクターが提供される。
【0014】
更に、本発明は、シアル酸を含む糖鎖のより精緻且つ簡便な分析方法を提供する。シアル酸含有糖鎖の生物学的重要性にも鑑みれば、シアル酸含有糖鎖を対応する非シアル化糖鎖と明確に識別し得る本発明の組換ガレクチン分子の利点は明白である。したがって、本発明の第6乃至第9の局面は、それぞれ、
(6)シアル酸を含む糖鎖の分析方法であって、以下の、
(i)シアル酸を含む糖鎖を有する被検物質が存在することが予測される試料と上記(1)乃至(3)のいずれかに記載の組換ガレクチン分子を、該被検物質と組換ガレクチン分子が結合するのに充分な条件下で接触させる工程、および
(ii)前記被検物質と組換ガレクチンの結合または非結合を観測する工程、
を含むことを特徴とする、シアル酸を含む糖鎖の分析方法;
(7)組換ガレクチン分子が、上記(2)に記載の組換ガレクチン分子である、上記(6)に記載の方法;
(8)前記被検物質が、糖鎖自体、糖蛋白質若しくは糖脂質、或いは該糖鎖自体、糖蛋白質若しくは糖脂質を含む細胞、擬細胞または細胞膜である、上記(6)または(7)に記載の方法;および
(9)前記被検物質を含む試料が生物学的流体である、上記(8)に記載の方法を提供する。
【0015】
上記の糖鎖分析方法においては、本発明の組換ガレクチン分子とは異なる糖鎖結合特異性を有する公知のその他のレクチン分子に対する被検物質の結合性を同時に観測することも好ましい態様である。そのような分析は、本発明の組換ガレクチン分子の利用と相俟って、より詳細な被検物質上の糖鎖構造のプロファイリングを可能にする。しかして、そのような分析では、本発明の組換ガレクチン分子およびその他の公知のレクチン分子を含むレクチン・ライブラリーを利用することが有利である。その他の公知レクチン分子としては、たとえば非特許文献1に言及される、キイロナメクジ・アグルチニン(LFA)、イヌエンジュマメ・ヘマグルチニン(MAH)またはセイヨウニワトコ・アグルチニン(SNA)が挙げられる。これらの天然レクチン分子もシアル酸関連糖鎖に特異的であることが知られており、しかして、これらのレクチン分子を利用することで、糖鎖のシアル酸部分以外の構造の相違も把握し得るであろう。したがって、本発明の第10および第11の局面では、それぞれ、
(10)上記(1)乃至(3)のいずれかに記載の組換ガレクチン分子を構成員として含むレクチン・ライブラリー、および
(11)キイロナメクジ・アグルチニン(LFA)、イヌエンジュマメ・ヘマグルチニン(MAH)またはセイヨウニワトコ・アグルチニン(SNA)を更に含む、上記(8)に記載のレクチン・ライブラリーが提供される。
【0016】
上記のレクチン・ライブラリーを所謂レクチン・チップの形態に構成することの利点は当業者にとって明らかであろう。端的には、該レクチン・チップの利用により、いっそう簡便に本発明の糖鎖分析方法を成し得る。したがって、本発明の更なる局面は、
(12)上記(10)または(11)に記載のレクチン・ライブラリーの各構成員が基材上の所定の位置に固相化されているレクチン・チップである。
【発明の効果】
【0017】
本発明の組換ガレクチン分子を利用することにより、生物学的に重要なシアル酸含有糖鎖のより精緻且つ簡便な分析を達成し得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子
本発明の組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子は、天然型ヤナギマツタケ(Agrocybe cylindracea)由来ガレクチン分子のアミノ酸配列の85位グルタミン酸残基が、アラニン、アルギニン、リシン、アスパラギン酸、システィン、グリシン、セリンおよびトレオニンからなる群から選択される1のアミノ酸残基で置換されていることを特徴とする。当該天然型ヤナギマツタケ由来ガレクチン分子のアミノ酸配列は、NCBIのAccession Code:1WW4Aとして公開されており、具体的には、
ThrThrSerAlaValAsnIleTyrAsnIleSerAlaGlyAlaSerValAspLeuAlaAlaProValThrThrGlyAspIleValThrPhePheSerSerAlaLeuAsnLeuSerAlaGlyAlaGlySerProAsnAsnThrAlaLeuAsnLeuLeuSerGluAsnGlyAlaTyrLeuLeuHisIleAlaPheArgLeuGlnGluAsnValIleValPheAsnSerArgGlnProAsnAlaProTrpLeuValGluGlnArgValSerAsnValAlaAsnGlnPheIleGlySerGlyGlyLysAlaMetValThrValPheAspHisGlyAspLysTyrGlnValValIleAsnGluLysThrValIleGlnTyrThrLysGlnIleSerGlyThrThrSerSerLeuSerTyrAsnSerThrGluGlyThrSerIlePheSerThrValValGluAlaValThrTyrThrGlyLeuAla(配列番号:2)
を有するものとして特定されている。なお、非特許文献2では上記アミノ酸配列のN末端にAc-セリンが付加された配列に基づいてアミノ酸番号が付されているので、本発明における85位グルタミン酸とは非特許文献2でいう86位グルタミン酸と同一である。
【0019】
上記したように、この天然型ACGは必ずしもシアル酸含有糖鎖に対してのみ特異的に結合するわけではない。たとえば、後記の実施例に示されるように、天然型ACGは、N−アセチルラクトサミン(Galβ1−4GlcNAcβ)に対して、シアリルα2,3−N−アセチルラクトサミン(Neu5Acα2−3Galβ1−4GlcNAcβ)に対するのと同等以上の結合親和性を有し得る。同様に、天然型ACGは、T抗原(Galβ1−3GalNAcα)に対して、シアリルα2,3−T抗原(Neu5Acα2−3Galβ1−3GalNAcα)対するのと同等以上の結合親和性を有する。したがって、天然型ACGを用いて被検物質上のシアル酸含有糖鎖、たとえばシアリルα2,3−N−アセチルラクトサミンや、シアリルα2,3−T抗原の分析を行なう際、試料中に混在するN−アセチルラクトサミン或いはT抗原により当該分析が妨害され得る。
【0020】
しかして、本発明は、天然型ACGの糖鎖結合特異性に制限をかけること、言い換えれば、対応する非シアル化糖鎖との結合親和性を制限することでシアル酸含有糖鎖に対する特異性を向上させるものであるが、上記のとおり、その目的は、天然型ACGのアミノ酸配列の85位グルタミン酸残基を、アラニン、アルギニン、リシン、アスパラギン酸、システィン、グリシン、セリンおよびトレオニンからなる群から選択される1のアミノ酸残基で置換することにより達成され得る。ここにおいて、同じく後記の実施例に示されるように、天然型ACGの85位グルタミン酸残基のアラニンによる置換体(クローン1)、アルギニンによる置換体(クローン2)、リシンによる置換体(クローン3)、アスパラギン酸による置換体(クローン4)、システィンによる置換体(クローン5)、グリシンによる置換体(クローン6)、セリンによる置換体(クローン7)およびトレオニンによる置換体(クローン8)は、いずれもシアリルα2,3−N−アセチルラクトサミン及び/又はシアリルα2,3−ラクトースに対して実質的な結合親和性を保持しているが、それらの置換体ではN−アセチルラクトサミンおよびT抗原に対する結合親和性が顕著に制限されている。また、グルタミンによる置換体(クローン9)では、シアリルα2,3−N−アセチルラクトサミンおよびシアリルα2,3−ラクトースの他にシアリルα2,3−T抗原に対する実質的な結合親和性も保持されている。
【0021】
その他、ヒスチジンによる置換体(クローン10)では、シアリルα2,3−ラクトースに対する結合親和性のみが有意に保存されているが、やはりN−アセチルラクトサミンおよびT抗原に対しては実質的な結合親和性が観測されない。
【0022】
他方で、メチオニンによる置換体(クローン14)では、シアリルα2,3−N−アセチルラクトサミンおよびN−アセチルラクトサミンの双方に対する結合親和性が残存している。そして、プロリンによる置換体(クローン16)、トリプトファンにより置換体(クローン17)およびチロシンによる置換体(クローン18)では、シアリルα2,3−N−アセチルラクトサミンおよびシアリルα2,3−ラクトースに対する結合親和性までもが損なわれている。
【0023】
したがって、本発明においては、主に上記のアラニン置換体(クローン1)、アルギニン置換体(クローン2)、リシン置換体(クローン3)、アスパラギン酸置換体(クローン4)、システィン置換体(クローン5)、グリシン置換体(クローン6)、セリン置換体(クローン7)およびトレオニン置換体(クローン8)の利用が意図され、具体的にそれらの置換体は、それぞれ、配列番号:4、配列番号:6、配列番号:8、配列番号:10、配列番号:12、配列番号:14、配列番号:16および配列番号:18で示されるアミノ酸配列から成るものである。
【0024】
組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子の改変体
本発明の範囲には上記の組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子の機能的な改変体も包含される。ここで、当該改変体とは、本発明の組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子の生物活性に実質的に類似の生物活性(機能的または構造的)を有する化合物である。すなわち、本発明の「改変体」という用語は、上記組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子のアミノ酸配列から誘導された配列を有する任意のフラグメント、変異体、アナログおよび同族体、または化学的誘導体を含むものとする。「フラグメント」という用語は本発明の組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子の任意のポリペプチドサブセットを指すものとする。「変異体」という用語は、本発明のインタクトな組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子またはそのフラグメントに構造的、機能的および実質的に類似の分子を指すものとする。両方の分子が実質的に類似の構造を有するか、両方の分子が類似の生物活性を有するならば、その分子は実質的に類似である。そのため、その2つの分子が実質的に類似の活性を有するならば、それらの分子の一方の構造が他方に無くとも、または2つのアミノ酸配列が完全に同一でなくとも、それらの分子は変異体と考えられる。たとえば、ロイシンをバリンに、リシンをアルギニンに、グルタミンをアスパラギンに置換してもポリペプチドの機能を変化させないこともあり得る(ただし、天然型ACGのアミノ酸配列の85位グルタミン酸残基に対応するアミノ酸残基がアラニン、アルギニン、リシン、アスパラギン酸、システィン、グリシン、セリンおよびトレオニンからなる群から選択される1のアミノ酸残基であることを条件として)。「アナログ」という用語は、完全な組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子またはそのフラグメントに機能的に実質的に類似の分子を指す。
【0025】
好ましい改変体の例は、本発明の組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子のアミノ酸配列に対して70%以上の相同性、より好ましくは80%、特に好ましくは90%以上のアミノ酸配列相同性を示すものである。なお、ここでいうアミノ酸配列の相同性は、プログラムのデフォルトパラメータ(マトリクス=Blosum62;ギャップ存在コスト=11、ギャップ拡張コスト=1)を用いた検索で、インターネットサイトhttp://www.ncbi.n/m.nih.gov/egi−gin/BLASTで実装可能なBLASTPアルゴリズムによって示される陽性のパーセンテージとして定義できる。
【0026】
また、本発明の組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が、置換、欠失、挿入または付加されたアミノ酸配列を有する改変体も好適である。たとえば、上記した組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子のアミノ酸配列に対して、該分子の精製に際して好適に利用できるHis−tag配列等を付加することは好ましい態様である。そして、そのような場合には、当該His−tag配列等の除去のために、該付加配列と目的配列の間にエンドペプチダーゼ認識部位、たとえばトロンビン認識部位やカスパーゼ3認識配列(DEVD)を更に付加し得る。或いは、それとは別に、本発明の組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子の安定性を向上させるために、たとえばそのN末端をプロリンやAc−セリン等でブロックすることも可能であろう。要すれば、本発明の組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子のアミノ酸配列に対しては、該分子の機能が損なわれない限りにおいて、組換蛋白質技術において有用性が確立されたいかなる改変(アミノ酸の置換、欠失、挿入及び/又は付加)を導入することも可能であり、当該改変体においてもそれらの技術の利点が享受され得ることを当業者は容易に理解するであろう。
【0027】
核酸分子および発現ベクター
本発明の組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子およびその改変体(つまり、本発明の組換ガレクチン分子)は、それらをコードするcDNA等の核酸分子を用いて適切な宿主を形質転換し、該宿主内で当該核酸分子を発現させることにより好適に製造することができる。そのような技術は当業者に周知である(たとえば、J.Sambrook等、Molecular Cloning,a Laboratory Manual 2nd ed.、Cold Spring Harbor Laboratory,New York(1989)を参照)。
【0028】
上記の技術で用いら得るcDNA等の核酸分子は、本明細書に記載の配列番号:4、配列番号:6、配列番号:8、配列番号:10、配列番号:12、配列番号:14、配列番号:16または配列番号:18で示されるアミノ酸配列に基づいて設計することができる。好適には、該核酸分子は、それを発現させるべき宿主に適したコドンを考慮して設計されたヌクレオチド配列から成り得る。つまり、遺伝子コードは縮重しているので、ある特定のアミノ酸をコードするのに複数のコドンを使用でき、その場合、宿主細胞において使用頻度の高いコドンを利用するのが好ましい。たとえば、大腸菌を宿主とする場合、本明細書に記載の配列番号:3、配列番号:5、配列番号:7、配列番号:9、配列番号:11、配列番号:13、配列番号:15および配列番号:17に示されるヌクレオチド配列に基づいて前記核酸分子を設計し得る。
【0029】
上記の核酸分子を調製するにあたっては、ホスホアミダイト法などの化学合成的手法が利用できる。或いは、天然型ACGをコードする核酸分子に対して所定の変異を導入することで、本発明の組換ガレクチン分子をコードする核酸分子を調製することも可能であり、そのような技法としては、たとえばInverse PCR法に基づく部位特異的変異導入技術を利用するのが簡便である。当該Inverse PCR法に基づく部位特異的変異導入は当業者によく知られた技法おり、そのためのキットも市販されている(たとえば、東洋紡績株式会社からの「KOD−Plus−Mutagenesis Kit」(商品名)が利用可能である。)。当該技法とは、概略、鋳型環状プラスミドに対して逆方向に設定した2種類のプライマーによりPCRを行うことでプラスミド全周を増幅し、その際に用いるプライマーに対して導入すべき変異を含ませておくものであるが、当該技法の具体的な実施形態については本明細書の実施例に例示する。
【0030】
しかして、本発明の範囲には、上記の核酸分子を含む発現ベクターも含まれる。すなわち、上記の本発明にかかる組換ガレクチン分子をコードするcDNA等は、調節配列、つまり適切なプロモーターと他の適切な転写制御要素を含む発現ベクターへの分子クローニングにより組換え的に発現させることができ、原核宿主細胞または真核宿主細胞に移入されて本発明の組換ガレクチン分子を産生できる。このような操作の技術もJ.Sambrook等(前掲)に十分に記載され、当業界で公知である。
【0031】
つまり、発現ベクターは、適切な宿主での遺伝子のクローン化コピーの転写と得られたmRNAの翻訳に必要なDNA配列を含み、このようなベクターを使用して、細菌、藍藻類、植物細胞、昆虫細胞、菌類細胞、動物細胞等の種々の宿主で真核遺伝子を発現させることができる。特別に設計されたベクターは、宿主間、たとえば細菌−酵母、細菌−動物細胞、細菌−真菌細胞、または細菌−無脊椎動物細胞間でDNAのシャトリングをすることができる。
【0032】
適切に構築された発現ベクターは、宿主細胞での自律複製のための複製起点、選択マーカー、限られた数の有用な制限酵素部位、高コピー数のための可能要素、活性なプロモーターを含むべきである。プロモーターは、構造性プロモーターであるか調節プロモーターであるかに拘わらず、RNAポリメラーゼをDNAに結合させ、RNA合成を開始させるDNA配列と定義される。強いプロモーターとはmRNAを高頻度で開始させるプロモーターである。また、発現ベクター中の他の調節配列としては、転写エンハンサおよびターミネータ、並びに転写抑制因子の結合、アテニエーションまたはアンチアテニエーション等の既知の機構によって蛋白質の発現を調節するような他の配列が含まれる。SV40またはアデノウイルスの初期および後期プロモーター、lac系、trp系、TACまたはTRC系、λファージの主要オペレーターおよびプロモーター領域、fdコート蛋白質の制御領域、解糖系酵素(たとえば、3−ホスホグリセレートキナーゼ)に対するプロモーター、Pho5プロモーター、酵母α接合系プロモーター等が、その宿主細胞の性質等に応じて利用可能である。なお、発現ベクターにはクローニングベクター、改変クローニングベクター、特別に設計されたプラスミドまたはウイルスがあるが、それらに限定されない。
【0033】
種々の細菌の発現ベクターを使用して細菌宿主細胞で組換ガレクチンDNAを発現させることができる。また、種々の哺乳動物発現ベクターを使用して、哺乳動物宿主細胞で本発明の組換ガレクチンDNAを発現させることができる。同じく、種々の菌類宿主細胞発現ベクターを使用して菌類細胞で組換ガレクチンDNAを発現させることができ、更に、種々の昆虫細胞発現ベクターを使用して昆虫宿主細胞で組換ガレクチンDNAを発現させることができる。発現のための様々な宿主・ベクター系が知られており、たとえば、細菌宿主に対してはコリシンE1型複製開始機構を有するpBR322やpUC系ベクターの他、His−tag/thrombin/T7−tag/MCS(BamHI,EcoRI,SacI,SalI,HindIII,EagI,NotI,XhoI)/His−tagを持つpET−28a(+)ベクター等が挙げられる。また、M13等のλファージ派生体、酵母細胞においては2μプラスミド、真核宿主にはSV40、ウシ乳頭腫ウイルス、アデノウイルスおよびサイトメガロウイルスから得られる発現制御配列からなるベクター、昆虫においてはpVL941等が挙げられる。
【0034】
宿主細胞としては大腸菌、シュードモナス属およびバチルス属細菌、Saccharomyces属やPichia属酵母、SF9等の昆虫細胞、CHO、COS7等の動物細胞が挙げられる。特に好ましい宿主は原核細胞由来、より好ましくは大腸菌由来宿主細胞である。ベクターを宿主細胞に導入する方法としては、エレクトロポレーション法、プロトプラスト法、アルカリ金属法、リン酸カルシウム沈澱法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、ウイルス粒子を用いる方法等の公知方法(実験医学臨時増刊、遺伝子工学ハンドブック1991年3月20日発行、羊土社、参照)があるが、いずれの方法を用いても構わない。
【0035】
また、上記したように、本発明の組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子をHis−tag以外の他の蛋白質やタグ、たとえばグルタチオンSトランスフェラーゼ、プロテインA、FLAGタグ等との融合蛋白質として発現させることも可能である。発現させた融合型は、適当なプロテアーゼ(トロンビン等)を用いて切り出すことが可能である。
【0036】
宿主細胞での組換ガレクチン分子の発現の後、該蛋白質を回収して該蛋白質を精製型で得ることができる。幾つかの精製方法が利用でき、たとえば、塩分画、イオン交換クロマトグラフィー、サイズ排除クロマトグラフィー、ヒドロキシアパタイト吸着クロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィーの種々の組合せ、または個々の適用により、細胞溶解液および細胞抽出液から、本発明の組換ガレクチン分子を精製できる。
【0037】
糖鎖分析方法
本発明の組換ガレクチン分子は、糖鎖分析、つまり糖鎖構造の解析やプロファイリング、識別等に好適に用いられ得、殊にシアル酸を含む糖鎖(シアル酸含有糖鎖)の分析において有用である。シアル酸含有糖鎖は、典型的には糖鎖の非還元末端にシアル酸が結合した構造を有するもので、本発明においてはガラクトシル糖鎖にシアル酸が結合したもの、たとえばシアリルα2,3−N−アセチルラクトサミン構造単位、シアリルα2,3−ラクトース構造単位、或いはシアリルα2,3−T抗原(Neu5Acα2−3Galβ1−3GalNAcα)構造単位をとるものなどが例示され、特に前述のα−ジストログリカンとの関係で記載したNeu5Acα2−3Galβ1−4GlcNAcβ1−2Man−糖鎖等は興味深い分析対象である。
【0038】
本発明の糖鎖分析方法は、シアル酸を含む糖鎖を有する被検物質が存在することが予測される試料と本発明の組換ガレクチン分子を、該被検物質と組換ガレクチン分子が結合するのに充分な条件下で接触させる工程を含むことを特徴とする。被検物質としては、糖鎖自体以外にも、糖鎖と他の化学物質との結合体、たとえば糖蛋白質、糖脂質などが挙げられるがこれらに限定されない。また、前記糖鎖、糖蛋白質、糖脂質などを含む細胞、擬細胞、細胞膜或いは組織等も広義の被検物質に含め得る。したがって、本発明にいう被検物質が存在することが予測される試料とは、前記の糖鎖、糖蛋白質または糖脂質、或いはそれらを有する細胞、擬細胞または細胞膜を含む溶液を包含するものであり得る。つまり、本発明の分析方法に供される試料としては、前記細胞、擬細胞または細胞膜の懸濁液または抽出液、或いは前記組織の抽出液なども含まれ得、特に臨床的検査における本発明の糖鎖分析の応用においては、各種の生物学的流体、たとえば血液、リンパ液、唾液、尿、粘膜質液なども直接または希釈液などの形態として分析試料と成し得る。
【0039】
当該試料と本発明の組換ガレクチン分子は、前記被検物質と該組換ガレクチン分子が結合するのに充分な条件下で接触させられなければならない。そのような条件は、試料の由来や状態などの他にも、具体的分析が実施される特定の測定手技やプロトコールにより変化するが、慣用的な測定手技やプロトコールが適用される場合の当該条件もまた当業者は容易に選択でき、或いは適切に変更できるであろう。
【0040】
たとえば、本発明の糖鎖分析方法を、ELISAを模した所謂サンドイッチ・アッセイ・プロトコールに適合させ得る(非特許文献1参照)。簡単に説明すると、まず、本発明の組換ガレクチン分子を固体支持体に固相化する。固相化は、たとえばリン酸緩衝生理食塩水(PBS)に組換ガレクチン分子を溶解し、該溶液をマイクロプレートのウェルに添加して所定時間インキュベートすることで達成できる。その後、当該ウェルをウシ血清アルブミン(BSA)などでブロッキングしてもよい。ウェルを0.05%のTween20含有PBS等で十分に洗浄後、当該ウェルに試料を添加して、室温で10分乃至数時間、好ましくは30分乃至2時間前後の間インキュベートする。インキュベーションの終了後、ウェルから試料を取り除き、前記と同様にしてウェルを十分に洗浄する。洗浄後、ウェルに検出用のプローブ、典型的には被検物質に対する抗体を加えることで、組換ガレクチン−被検物質−抗体のサンドイッチ複合体を形成させる。抗体と被検物質の反応を行なうには、たとえば室温で30分乃至3時間程度インキュベーションさせればよい。その後、余剰の抗体除去し、ウェルを洗浄して、形成されたサンドイッチ複合体の存在或いは量を検出することで、被検物質と組換ガレクチンの結合または非結合を観測する。
【0041】
上記サンドイッチ・アッセイ・プロトコールにおいて使用する際、被検物質に対する抗体を標識しておくことは、形成されたサンドイッチ複合体の検出において有利である。たとえば、抗体を放射性物質、金コロイド等の着色粒子、蛍光または化学発光標識、或いは酵素(ELISA法)で標識することができる。抗体の標識の方法としては当業者にとって周知のいかなる方法も採用することができ、たとえば、J.Biochem.vol.11、395〜399頁(1979)、J.Biochem.vol.14、41〜57頁(1982)、Immunofluorescence and Related Techniques、Elsevier/North Holland Biomedical Press、215〜225頁(1978)に記載の方法を利用することができる。検出は、抗体に標識された標識物質の性質に依存し、放射性標識であれば放射線量が、着色粒子標識であれば発色量や吸光度が、また酵素標識(ELISA法)であれば、更に適当な基質をウェルに添加し、所定のインキュベーション後の吸光度が検出される。なお、ELISA法の例において、用いる酵素には特に制限がなく、たとえば西洋ワサビペルオキシダーゼやアルカリ性フォスファターゼ等の酵素が有利に使用される。西洋ワサビペルオキシダーゼで標識する場合は、当該酵素の基質として3,3’,5,5’−テトラメチルベンチジン等が利用可能である。アルカリ性フォスファターゼを使用する場合は、基質としてp−ニトロフェニル燐酸があげられる。
【0042】
レクチン・ライブラリー及びレクチン・チップ
既に記述したように、上記の糖鎖分析方法においては、本発明の組換ガレクチン分子およびその他の公知のレクチン分子を含むレクチン・ライブラリーを利用することが有利である。本発明の組換ガレクチン分子とは異なる糖鎖結合特異性を有する公知のその他のレクチン分子に対する被検物質の結合性を同時に観測することは、本発明の組換ガレクチン分子の利用と相俟って、より詳細な被検物質上の糖鎖構造のプロファイリングを可能にする。また、そのようなプリファイリングにおいて、当該レクチン・ライブラリーを所謂レクチン・チップの形態に構成することの利点は当業者にとって更に明らかであろう。当該レクチンライブラリー及びレクチン・チップについては特許文献2において詳細に記述され、したがって当該文献の内容は、引用することでここに援用する。
【0043】
更に説明せずとも、これまでの説明を与えられた当業者は、本発明を充分に活用し得る。以下、説明のみの目的で実施例を与える。なお、本明細書において、特にことわりのない限り、アミノ酸配列はN末端からC末端方向に、ヌクレオチド配列は5’末端から3’末端方向に向けて記載される。
【実施例】
【0044】
組換ガレクチン分子コード化配列の調製
天然型ACGのアミノ酸配列の85位グルタミン酸を置換するために、まずはpET−28a(+)ベクターのマルチクローニングサイトに挿入された天然型ACG cDNAをもつプラスミド(pET−28a(+)−ACG)を調製し、更に当該プラスミドを用いて大腸菌JM109(TaKaRa;9052)を形質転換することで、該pET−28a(+)−ACGをメチル化した。次いで、該メチル化pET−28a(+)−ACGを鋳型として使用し、KOD−Plus−Mutagenesis Kit(東洋紡;code No.SMK−101)のプロトコールに従って、Inverse PCR法による部位特異的変異導入を実施した。なお、上記の鋳型プラスミド(pET−28a(+)−ACG)の大腸菌JM109によるメチル化処理は、当該Inverse PCR法キットのプロトコールに従ってPCR法を実施した後に、該メチル化鋳型のみを制限酵素DpnI(メチル化DNA特異的)で分解するためのものであった。
【0045】
また、上記で使用した天然型ACG cDNAはヌクレオチド合成(IDT社に依頼)により調製されたものであった。具体的には、当該天然型ACG cDNAはベクターpZEr0−2に挿入された形(pZEr0−2:ACG)として合成された。次いで該合成ベクター内の天然型ACG cDNAを発現ベクターpET−28a(+)に移し換えるため、前記pZEr0−2:ACGを鋳型にしてそれをPCR増幅した。この増幅においては、制限酵素認識配列並びに天然型ACG cDNAの5’末端に対してカスパーゼ3認識部位(DEVD)コード化配列を導入し得るプライマーを設計して使用した。
【0046】
上記で増幅されたPCR産物とpET−28a(+)は、ともに制限酵素(NheI及びXhoI、東洋紡社製)で消化され、目的配列どうしをライゲーションした後に、大腸菌JM109(TaKaRa;9052)の形質転換に使用された。形質転換体を選択し、選択されたクローンからのcDNAシークエンスを確認して、上記のメチル化pET−28a(+)−ACGを得た。なお、ここで用いたpET−28a(+)ベクターはカナマイシン耐性マーカーを有し、N末端からHis−tag/thrombin/T7−tag/MCS(BamHI,EcoRI,SacI,SalI,HindIII,EagI,NotI,XhoI)/His−tagを持つ大腸菌用発現ベクターであり、これはNovagen社から購入可能である(code No.69864−3)。当該発現ベクター内への天然型ACG cDNAの挿入は、pET−28a(+)のT7−tag配列中のNheIとMCS配列中のXhoIサイトに対して行なわれた。
【0047】
前記のとおり、続くInverse PCR法による部位特異的変異導入は、KOD−Plus−Mutagenesis Kit(東洋紡;code No.SMK−101)のプロトコールに従って行われた。具体的には、表1の反応液:
【表1】

を使用し、またプライマーとしては:
プライマー1:5’-nnncagcgtgtttctaacgtagcaaaccagttcattgg-3’
(配列番号:41)
プライマー2:5’-gaccagccaaggagcgttcggctgacgggagttgaacacgat-3’
(配列番号:42)
を用いた。なお、上記プライマー1の5‘末端nnn部分にランダムな配列が導入された。また、このPCRの反応サイクルは、94℃(2分)の後、98℃(10秒)→68℃(5分45秒)を35サイクル行い、4℃でホールドするものであった。
【0048】
上記のPCR反応終了後、1%アガロース(和光純薬;code No.312−01193,Agarose S)を使用し、目的PCR産物の確認を行なった。つぎに、鋳型Plasmidの消化を行なうため、PCR反応液にDpnIを2μl添加し、37℃で1時間インキュベートした。インキュベート後、PCR産物のセルフ・ライゲーションのために表2の反応液を調製し、該反応液内で16℃でインキュベートした。
【表2】

【0049】
上記のライゲーション反応後の反応液をそのまま使用して、大腸菌JM109(TaKaRa;9052)を形質転換し、当該大腸菌をカナマイシン(終濃度20μg/ml)を含むLB寒天培地に適量を播いた。37℃で一晩培養後48個のシングルコロニーを釣り上げ、それを液体培養して、Mini PlusTM Plasmid DNA Extraction System(VIOGENE;Code No.GF2002)を使用し、部位特異的変異を導入したACG cDNAを含むPlasmid DNAの抽出を行なった。得られたACG cDNAの確認を行ない、目的箇所に変異が導入されている19個のクローン、つまりクローン1〜クローン19を選択した。
【0050】
上記の各クローンは、天然型ACGのアミノ酸配列の85位グルタミン酸に対して、アラニン置換体(クローン1)、アルギニン置換体(クローン2)、リシン置換体(クローン3)、アスパラギン酸置換体(クローン4)、システィン置換体(クローン5)、グリシン置換体(クローン6)、セリン置換体(クローン7)、トレオニン置換体(クローン8)、グルタミン置換体(クローン9)、ヒスチジン置換体(クローン10)、イソロイシン置換体(クローン11)、ロイシン置換体(クローン12)、アスパラギン置換体(クローン13)、メチオニン置換体(クローン14)、フェイルアラニン置換体(クローン15)、プロリン置換体(クローン16)、トリプトファン置換体(クローン17)、チロシン置換体(クローン18)およびバリン置換体(クローン19)の関係にあった。また、各クローン内の蛋白質(組換ガレクチン分子)コード化ヌクレオチド配列は、それぞれ、配列番号:45、配列番号:47、配列番号:49、配列番号:51、配列番号:53、配列番号:55、配列番号:57、配列番号:59、配列番号:61、配列番号:63、配列番号:65、配列番号:67、配列番号:69、配列番号:71、配列番号:73、配列番号:75、配列番号:77、配列番号:79および配列番号:81であった。なお、対応する天然型ACGについてのコード化配列は配列番号:43で示される。
【0051】
ヒスタグ融合タンパク質(組換ガレクチン分子)の発現と精製
天然型およびクローン1〜19からの上記発現プラスミドを用いて大腸菌Rosetta2 DE2(TaKaRa;code No.71405−3)を形質転換した。各形質転換体のシングルコロニーをカナマイシン(終濃度20μg/ml)を含む5mlのLB培地に接種して37℃で一晩前培養した。カナマイシン(終濃度20μg/ml)を含む150mlのLB培地に前培養液5mlを添加し、37℃、100rpmにてOD600=0.7まで培養し、イソプロピルβ−D−チオガラクトシド(IPTG;最終濃度1mM)で発現誘導を行なった。発現誘導後は、30℃、100rpmにて継続的に5時間の培養を行なった。バクテリア・セル・ペレットが、11000rpm、10minにて回収された。回収されたバクテリア・セル・ペレットに緩衝液I(2% Triton X100,50mM Tris−HCl,150mM NaCl:pH7.4)を10ml添加し、ペレットを懸濁した。得られたバクテリア・セル・ペレット懸濁液にプロテアーゼ阻害剤カクテル(ナカライテスク社製:code No.25955−11)を100倍希釈にて添加し、更にリゾチーム(最終濃度1mg/ml)を添加して、氷上で30分間インキュベートした。インキュベート後、超音波破砕装置にてバクテリア・セル・ペレット懸濁液内のバクテリア・セルを破砕した。破砕されたバクテリア・セルは、冷却遠心機により11000rpm、10分間で遠心分離され、可溶性画分が回収された。回収された可溶性画分を0.45μmフィルターにて濾過した。次に、得られたヒスタグ融合タンパク質の精製を行うため、His GraviTrap(GE healthcare社製:code No.11−0033−99)に緩衝液Iの10mlを添加し、平衡化を行なった。平衡化したHis GraviTrapに上記で濾過した可溶性画分を添加した。添加後、緩衝液II(50mM Tris−HCl,500mM NaCl:pH7.0)にて洗浄を行なった。続いて緩衝液III(50mM Tris−HCl,500mM NaCl,75mM Imidazole:pH7.0)にて2回目の洗浄を行なった。洗浄後、目的のヒスタグ融合タンパク質を溶出するために、緩衝液IV(50mM Tris−HCl,500mM NaCl,500mM Imidazole:pH7.0)を5ml添加した。溶出されたヒスタグ融合タンパク質は、PBSにて透析を行い試料中の緩衝液を交換した。透析されたヒスタグ融合タンパク質について、BCATM Protein Assay kitを用いて精製ヒスタグ融合タンパク質濃度を決定した。また、SDS−PAGEにて精製ヒスタグ融合タンパク質の純度確認を行なった。結果を図1に示した。
【0052】
BIAcoreによる各組換ガレクチン分子の糖鎖特異性指摘
グライコテック社より購入した各マルチバレントビオチン化糖ポリマー:
Galβ1−4GlcNAcβ−PAA−biotin(N−アセチルラクトサミン−PAA−biotin)、
Galβ1−3GalNAcα−PAA−biotin(T抗原−PAA−biotin)、
Neu5Acα2−6Galβ−PAA−biotin(シアリルα2,6−ガラクトース−PAA−biotin)、
Neu5Acα2−3Galβ−PAA−biotin(シアリルα2,3−ガラクトース−PAA−biotin)、
3’−Sialyllactose−PAA−biotin(シアリルα2,3−ラクトース−PAA−biotin),
Neu5Acα2−3Galβ1−4GlcNAcβ−PAA−biotin(シアリルα2,3−N−アセチルラクトサミン−PAA−biotin)、
Neu5Acα2−3Galβ1−3GalNAc?−PAA−biotin(シアリルα2,3−T抗原−PAA−biotin)
を、各々、終濃度2.5μg/mlになるようにPBSにて調製した。調製した糖ポリマーを以下の条件にて固層化した。
【0053】
[固層化条件]
測定装置:BIAcore 3000(GE Healthcare(BIAcore)社製)、
センサーチップ:sensor chip SA(code No.BR−1000−32)、
庫内の温度:25℃設定、
流速:5μl/min、
インジェクション:100μl(糖ポリマーを終濃度2.5μg/mlに調整したPBS溶液)、
ランニング緩衝液:PBS
【0054】
次に、上記のマルチバレントビオチン化糖ポリマーを固層化したセンサーチップを使用し、各組換ガレクチン分子の糖鎖特異性指摘を行なった。
【0055】
[BIAcore測定条件]
測定装置:BIAcore 3000(GE Healthcare(BIAcore)社製)、
センサーチップ:各マルチバレントビオチン化糖ポリマーを固層化した上記のセンサーチップ、
庫内の温度:25℃設定、
流速:20μl/min、
インジェクション:100μl(100μg/mlのPBS中の各組換ガレクチン分子)、
ランニング緩衝液:PBS、
再生液:50mM NaOH
【0056】
上記のBIAcore測定の結果を図2に示した。該図2から、天然型ACGの85位グルタミン酸残基のアラニンによる置換体(クローン1)、アルギニンによる置換体(クローン2)、リシンによる置換体(クローン3)、アスパラギン酸による置換体(クローン4)、システィンによる置換体(クローン5)、グリシンによる置換体(クローン6)、セリンによる置換体(クローン7)およびトレオニンによる置換体(クローン8)は、いずれもシアリルα2,3−N−アセチルラクトサミン及び/又はシアリルα2,3−ラクトースに対して実質的な結合親和性を保持しているが、それらの置換体ではN−アセチルラクトサミンおよびT抗原に対する結合親和性が顕著に制限されていることがわかる。また、グルタミンによる置換体(クローン9)では、シアリルα2,3−N−アセチルラクトサミンおよびシアリルα2,3−ラクトースの他にシアリルα2,3−T抗原に対する実質的な結合親和性も保持されており、ヒスチジンによる置換体(クローン10)では、シアリルα2,3−ラクトースに対する結合親和性のみが有意に保存されているが、やはりN−アセチルラクトサミンおよびT抗原に対しては実質的な結合親和性が観測されていない。他方で、メチオニンによる置換体(クローン14)では、シアリルα2,3−N−アセチルラクトサミンおよびN−アセチルラクトサミンの双方に対する結合親和性が残存していることがわかる。そして、プロリンによる置換体(クローン16)、トリプトファンにより置換体(クローン17)およびチロシンによる置換体(クローン18)では、シアリルα2,3−N−アセチルラクトサミンおよびシアリルα2,3−ラクトースに対する結合親和性までもが損なわれていることが見出された。
【産業上の利用可能性】
【0057】
以上から明らかなとおり、本発明の組換ガレクチン分子は、糖鎖のシアリルα2,3−ラクトースおよびシアリルα2,3−N−アセチルラクトサミン構造に特異的であり且つ対応する非シアル化糖鎖との結合親和性が制限されているので、生化学研究や臨床検査などにおいても注目されている生物学的に重要なシアル酸含有糖鎖の精緻且つ簡便な分析の用途に好適に利用できるものであるから、とりわけ、医療産業等において利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】SDS−PAGEによる本発明の組換ガレクチン分子(精製ヒスタグ融合タンパク質として)の純度確認の結果を示す図である。
【図2A】BIAcoreによる本発明の組換ガレクチン分子の糖鎖特異性解析結果を示す図である。表側の単位(RU)はBIAcore測定におけるリゾナンスユニットで、1000RU=1mm当たり1ngの変化に対応する。また、表下のラベルは、クローン番号(置換アミノ酸残基)を示す。AGCは天然型ヤナギマツタケ・ガレクチン分子を示す。
【図2B】BIAcoreによる本発明の組換ガレクチン分子の糖鎖特異性解析結果を示す図である。表側の単位(RU)はBIAcore測定におけるリゾナンスユニットで、1000RU=1mm当たり1ngの変化に対応する。また、表下のラベルは、クローン番号(置換アミノ酸残基)を示す。AGCは天然型ヤナギマツタケ・ガレクチン分子を示す。MALIはイヌエンジュマメ・ロイコグルニチンを、MALIIはイヌエンジュマメ・ヘマグルニチンを、ECAはデイゴマメ・アグルチニンを、そしてSNAはセイヨウニワトコ・アグルチニン分子を示す(いずれも天然型)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
天然型ヤナギマツタケ(Agrocybe cylindracea)由来ガレクチン分子のアミノ酸配列の85位グルタミン酸残基が、アラニン、アルギニン、リシン、アスパラギン酸、システィン、グリシン、セリンおよびトレオニンからなる群から選択される1のアミノ酸残基で置換されていることを特徴とする、組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子。
【請求項2】
配列番号:4、配列番号:6、配列番号:8、配列番号:10、配列番号:12、配列番号:14、配列番号:16または配列番号:18で示されるアミノ酸配列から成る、請求項1に記載の組換ヤナギマツタケ・ガレクチン分子。
【請求項3】
天然型ヤナギマツタケ(Agrocybe cylindracea)由来ガレクチン分子のアミノ酸配列の85位グルタミン酸残基に対応するアミノ酸残基がアラニン、アルギニン、リシン、アスパラギン酸、システィン、グリシン、セリンおよびトレオニンからなる群から選択される1のアミノ酸残基であることを条件として、請求項2に記載のアミノ酸配列のいずれか1つに対して一個または数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入または付加を有するアミノ酸配列から成り、且つシアリルα2,3−N−アセチルラクトサミンおよびシアリルα2,3−ラクトースに対する結合親和性がN−アセチルアクトサミンおよびT抗原に対する結合親和性より高いことを特徴とする、組換ガレクチン分子。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載の組換ガレクチン分子をコードする核酸分子。
【請求項5】
転写制御要素に機能的に結合した請求項4に記載の核酸分子を含む発現ベクター。
【請求項6】
シアル酸を含む糖鎖の分析方法であって、以下の、
(1)シアル酸を含む糖鎖を有する被検物質が存在することが予測される試料と請求項1乃至3のいずれかに記載の組換ガレクチン分子を、該被検物質と組換ガレクチン分子が結合するのに充分な条件下で接触させる工程、および
(2)前記被検物質と組換ガレクチンの結合または非結合を観測する工程、
を含むことを特徴とする、シアル酸を含む糖鎖の分析方法。
【請求項7】
組換ガレクチン分子が、請求項2に記載の組換ガレクチン分子である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
被検物質が、糖鎖自体、糖蛋白質若しくは糖脂質、或いは該糖鎖自体、糖蛋白質若しくは糖脂質を含む細胞、擬細胞または細胞膜である、請求項6または7に記載の方法。
【請求項9】
被検物質を含む試料が生物学的流体である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
請求項1乃至3のいずれかに記載の組換ガレクチン分子を構成員として含むレクチン・ライブラリー。
【請求項11】
キイロナメクジ・アグルチニン(LFA)、イヌエンジュマメ・ヘマグルチニン(MAH)またはセイヨウニワトコ・アグルチニン(SNA)を更に含む、請求項8に記載のレクチン・ライブラリー
【請求項12】
請求項8または9に記載のレクチン・ライブラリーの各構成員が基材上の所定の位置に固相化されているレクチン・チップ。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【公開番号】特開2009−225673(P2009−225673A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−71519(P2008−71519)
【出願日】平成20年3月19日(2008.3.19)
【出願人】(504000292)グライコリサーチ株式会社 (4)
【Fターム(参考)】