説明

組織再生を誘導する方法

1つの系列内の細胞(系列限定細胞)を、同じ系列の分裂終了分化細胞からエクスビボおよびインビボで作製するための方法、ならびに組織再生療法を必要とする対象をこれらの系列限定細胞を使用することによって治療するための方法を提供する。加えて、疾患を有する患者に由来する分裂終了組織からの系列限定細胞の作製は、これらの疾患において異常を来した経路の特徴決定、および、新規薬物発見の手段としての該異常を改善または是正する薬物のスクリーニングも可能にする。またこれらの方法を実施するためのキットも提供する。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
米国特許法119条(e)項により、本出願は、2009年11月18日に提出された米国特許仮出願第61/281,575号の出願日の優先権を主張し、その開示内容は参照により本明細書に組み入れられる。
【0002】
政府の権利
本発明は、米国国立衛生研究所(National Institutes of Health)からの助成金F32 AR051678-01、5T32 AI07328、5T32 HD007249、AG009521およびAG020961の下で政府の支援を受けて行われた。米国政府は本発明において一定の権利を有する。
【0003】
発明の分野
本発明は、1つの系列内の細胞、すなわち系列限定細胞(lineage-restricted cell)を、同じ系列の分裂終了分化細胞からエクスビボおよびインビボで作製することによって、組織再生を誘導するための方法に関する。また、これらの方法を実施するためのキットも提供する。
【背景技術】
【0004】
発明の背景
ヒトにおける組織再生は極めて限定的であり、傷害された臓器機能の修復のための大きな課題である。数多くの臓器が、組織再生に関して、未分化の幹細胞および始原細胞に依拠している。しかし、常在の幹細胞が、所与の損傷に対して必要とされる多種多様な組織のすべてを再生しうるか否かは不明である。さらに、数多くの組織については幹細胞がまだ同定されておらず、幹細胞が同定されている組織でも、それらの増大および分化を誘導してこれらの組織中の細胞の運命を獲得させる因子は十分には分かっていない。したがって、インビボでの細胞補充および組織再生をもたらすために、実体が公知の明確に定義された分化細胞を誘導する方法が必要である。その上、そのような細胞のエクスビボでの増大を、インビボでの送達時に細胞ベースの治療法として利用することもできる。また、そのような方法を、エクスビボでヒト疾患(例えば、骨疾患、神経疾患、心疾患、膵疾患、肝疾患など)をモデル化して、基礎にある異常を解明することに適用することもできる。加えて、ヒト疾患の表現型を改善しうる薬物を、そのような疾患モデルを用いてスクリーニングすることもできる。
【発明の概要】
【0005】
1つの系列内の細胞、すなわち系列限定細胞(LRC)を、同じ系列の分裂終了分化細胞(PMD)からエクスビボおよびインビボで作製するための方法であって、該系列限定細胞が、1つの細胞系列に決定づけられた有糸分裂始原細胞(MPC)、該細胞系列内の特定の種類の細胞に決定づけられた分裂終了未熟細胞(分裂終了未熟細胞、PMI)、および該細胞系列の分裂終了分化細胞(分裂終了分化細胞、PMD)を包含しうる方法を提供する。また、組織再生療法を必要とする対象を、本発明の方法によって作製された細胞を使用することによって治療するための方法も提供する。また、これらの方法を実施するためのキットも提供する。
【0006】
本発明のいくつかの態様においては、分裂終了分化細胞(PMD)を、ポケットタンパク質ファミリーの細胞周期調節因子の1つのメンバー(すなわち、1つのポケットタンパク質)の活性を一過的に阻害する作用物質の有効量、およびサイクリン依存性キナーゼ阻害因子2A(CDKNA2)選択的リーディングフレームタンパク質(ARF)の活性を一過的に阻害する作用物質の有効量と、エクスビボで接触させる。これらの作用物質との接触は、PMD細胞が複製能のある細胞(RCC)に一過的になり、かつ分裂してPMDと同じ系列の分裂終了未熟細胞(PMI)である非腫瘍形成性後代を生じるように誘導させるのに十分な条件下で行われる。いくつかの態様において、PMDは、RCCになる過程で脱分化する。いくつかの態様において、PMDは筋細胞、例えば心筋細胞である。いくつかの態様において、PMDは肝細胞である。いくつかの態様において、PMDはニューロン、例えば、ドーパミン作動性ニューロンである。分裂終了細胞を内部に持つ任意の組織(例えば、筋肉、脳、皮膚、膵臓、肝臓など)が本明細書において包含される。
【0007】
いくつかの態様において、ポケットタンパク質は網膜芽細胞腫タンパク質(RB)である。いくつかの態様において、RB活性を一過的に阻害する作用物質は、RBタンパク質の合成を一過的に阻害する。いくつかの態様において、ARFを一過的に阻害する作用物質は、ARFタンパク質の合成を一過的に阻害する。いくつかの態様においては、細胞の集団内に存在するPMDのうちの約10%が、RCCになりかつ分裂するように誘導される。
【0008】
いくつかの態様において、後代PMIの集団は、所望の系列のPMDの集団を生じるように、分化を促進する条件を伴って提供される。ある態様において、後代PMIは、後代を対象における標的部位に移植することにより、分化条件に移行される。いくつかの態様において、対象は、組織再生療法を、望ましくは移植の標的部位で必要とする対象である。
【0009】
本発明のいくつかの態様においては、組織中の分裂終了分化細胞(PMD)を、ポケットタンパク質ファミリーの細胞周期調節因子の1つのメンバー(すなわち、1つのポケットタンパク質)の活性を一過的に阻害する作用物質の有効量、およびサイクリン依存性キナーゼ阻害因子2A(CDKNA2)選択的リーディングフレームタンパク質(ARF)の活性を一過的に阻害する作用物質の有効量と、インビボで接触させ、接触させたPMDは、複製能のある細胞(RCC)に一過的になり、かつインサイチューで分裂してその組織の系列の分裂終了未熟細胞(PMI)の集団を生じるように、誘導される。いくつかの態様において、PMDはRCCになる過程で脱分化する。いくつかの態様において、分裂終了分化細胞は筋細胞、例えば心筋細胞である。いくつかの態様において、PMDは肝細胞である。いくつかの態様において、PMDはニューロン、例えばドーパミン作動性ニューロンである。分裂終了細胞を内部に持つ任意の組織が、本明細書において包含される(例えば、膵臓)。
【0010】
いくつかの態様において、ポケットタンパク質は網膜芽細胞腫タンパク質(RB)である。いくつかの態様において、RB活性を一過的に阻害する作用物質は、RBタンパク質の合成を一過的に阻害する。いくつかの態様において、ARFを一過的に阻害する作用物質は、ARFタンパク質の合成を一過的に阻害する。いくつかの態様においては、ポケットタンパク質の活性を一過的に阻害する作用物質およびARFの活性を一過的に阻害する作用物質を、対象における標的部位に投与する。いくつかの態様において、対象は、望ましくは作用物質の投与の標的部位において組織再生療法を必要とする対象である。
【0011】
いくつかの態様において、PMDは、疾患を有する個体に由来し、その疾患を特徴決定する(例えば、アルツハイマー病患者由来の皮質ニューロン、パーキンソン病患者由来のドーパミン作動性ニューロン、遺伝性および後天性の心疾患を有する患者由来の心筋細胞など)。いくつかの態様において、PMDは生きている個体に由来し、例えば、PMDは生組織の生検試料に由来する。いくつかの態様において、PMDは死亡した患者に由来し、すなわち、PMDは死体由来である。
【0012】
本発明のいくつかの局面においては、候補作用物質を、疾患状態に対する効果に関してスクリーニングするための方法が提供される。これらの方法では、疾患状態を有する個体由来の分裂終了分化細胞(PMD)から、上記の方法によって系列限定細胞(LRC)を作製する。分化を促進する条件にLRCを移行させて、分化した細胞集団を生じさせる。分化した細胞を候補作用物質と接触させて、分化した集団における細胞の生存度および/または機能を、該候補作用物質と接触させていない分化細胞の生存度および/または機能と比較し;該候補作用物質と接触させた該分化した集団における細胞の生存度および/または機能が、該候補作用物質と接触させていない分化した集団と比較して向上していることにより、該候補作用物質がその疾患状態に対して効果を有することが示される。いくつかの態様において、疾患状態は筋肉異常である。いくつかの態様において、筋肉は平滑筋、骨格筋または心筋である。いくつかの態様において、疾患状態は神経系障害である。いくつかの態様において、神経系障害は、パーキンソン病、アルツハイマー病、ALS、嗅覚ニューロンの障害、脊髄ニューロンの障害、または末梢ニューロンの障害である。いくつかの態様において、PMDは生きている個体に由来する。いくつかの態様において、PMDは死体に由来する。
【0013】
本発明のいくつかの局面においては、候補作用物質をヒトに対する毒性に関してスクリーニングするための方法が提供される。これらの方法では、上記の本方法によって、健常個体由来の分裂終了分化細胞(PMD)から系列限定細胞(LRC)を作製する。分化を促進する条件にLRCを移行させて、分化した細胞集団を生じさせる。分化した細胞を候補作用物質と接触させて、分化した集団における細胞の生存度および/または機能を、該候補作用物質と接触させていない分化細胞の生存度および/または機能と比較し;該候補作用物質と接触させた該分化した集団における細胞の生存度および/または機能が、該候補作用物質と接触させていない分化した集団と比較して低下していることにより、該候補作用物質がヒトに対して毒性があることが示される。いくつかの態様において、PMDは肝細胞である。いくつかの態様において、細胞の機能は、シトクロムP450パネルを評価することによって評価される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
本発明は、以下の詳細な説明を添付の図面と併せて読むことで最もよく理解される。本特許または本出願のファイルは、カラーで作成された少なくとも1つの図面を含んでいる。カラーの図面を伴う本特許または本特許出願のコピーは、申請および必要な料金の支払いが行われ次第、当局から提供される。図面のさまざまな特徴は、一般の慣行に従い、実寸には比例していないことを強調しておく。それどころか、さまざまな特徴の寸法は、明確になるように恣意的に拡大または縮小されている。図面には以下の図が含まれる。
【図1】RBの抑制は、C2C12筋管における細胞周期リエントリーのために十分である。(A)C2C12筋管の処理の概略図。(B)モックsiまたはRBsiによる処理後の時間単位での、RB発現の経時的推移のsqRT-PCR。GAPDH発現をRNAローディング対照として示している。(C)ヒストグラムは、RBsi処理から少なくとも36時間後の、分化4日目(DM4)における筋管の筋核へのBrdU取り込みを表している。各試験について最小限500個の核をランダムな視野から計数した。(D)モック処理したDM4 C2C12筋管、ならびにDM4およびDM5における200nM RBsiで処理した筋管の免疫蛍光画像。筋管はMHC(赤)およびBrdU(緑)に対する一次抗体、ならびにヘキスト33258染色剤(青)で標識した。バー、150μm。(E)C2C12筋芽細胞(GM)、筋管(DM4)、ならびにRB-siRNAによる処理からそれぞれ24時間後および48時間後のDM3およびDM4での筋管におけるRB(100kDa)のタンパク質発現レベルのウエスタンブロット。GAPDH(35kDa)はローディング対照とする。(F)GMにおける、DM4における、およびRB-siRNAで48時間処理したDM4におけるRBのレベルを表しているヒストグラム。試料はDM4の筋管のタンパク質レベルに対して標準化されている。増殖培地(GM);筋管は分化培地中で4日間または5日間培養(それぞれDM4またはDM5)。エラーバーは少なくとも3回の独立した実験の平均±SEを示しており、P値はt検定により決定した(*P<0.05、**P<0.01)。
【図2】RBおよびp16/19の抑制が、初代筋管における細胞周期リエントリーのために必要である。(A)初代筋管の処理の概略図。(B)モックsi-Gloで処理した初代筋管およびRBsiで処理した筋管の免疫蛍光画像。筋管はMHC(赤)およびBrdU(緑)に対する一次抗体、ならびにヘキスト33258染色剤(青)で標識した。バー、50μm。(C)GMにおける、ならびにモック処理、TAM処理、またはTAMおよびp16/19si処理後のDM5における、RB(100kDa)およびp19ARF(20kDa)の初代筋管タンパク質レベルのウエスタンブロット。GAPDH(35kDa)はローディング対照とする。(D)TAMおよびモックsi-Gloで処理した初代筋管におけるBrdU取り込みを、TAMおよびp16/19si-RNAで処理した初代筋管と比較して示している免疫蛍光画像。(E)初代筋管における、ならびにモックsiまたはRBsiで処理した2種類のC2C12筋管集団におけるRBおよびInk4a(p16/19)発現を示しているsqRT-PCR。(F)初代筋芽細胞およびC2C12筋芽細胞から調製したゲノムDNAからの、ink4a遺伝子座の共通エクソン2〜3領域に対するプライマーを用いたsq-PCR増幅。(G)ヒストグラムは、siRNAまたはTAMのいずれかによるRBの抑制後のDM5における初代筋管の核へのBrdU取り込みを表している。(H)ヒストグラムは、TAMおよびInk4a遺伝子産物に対するsiRNAによる処理後の初代筋管の核へのBrdU取り込みを表している。増殖培地(GM);筋管は分化培地中で4日間または5日間培養(それぞれDM4またはDM5)。FおよびGでは各試験について最小限500個の核をランダムな視野から計数した。エラーバーは少なくとも3回の独立した実験の平均±SEを示している(*P<0.01)。
【図3】RBおよびp16/19のレベルの低下は、有糸分裂機構の上方制御を招く。(A)GMにおける、モックで処理したDM5、TAMのみによる、またはTAMおよびp16/19siによるDM5での、アニリン(Anillin)、オーロラBおよびサバイビンの発現の半定量的RT-PCR(sqRT-PCR)分析。(B)DM5での、TAM処理またはTAMおよびp16/19si後のオーロラB(38kDa)およびサバイビン(20kDa)のタンパク質レベルを示しているウエスタンブロット分析。GAPDH(35kDa)。(C)モック処理後のDM5における、ならびにTAMおよびp16/19-siRNAによる処理後のDM5における初代筋管の免疫蛍光画像。筋管はBrdU(緑)、サバイビン(赤)に対する一次抗体、ならびにヘキスト33258核染色剤(青)で標識した。バー、50μm。(D)ヒストグラムは、TAMおよび非特異的モック-siRNA二重鎖で処理した初代筋管の核におけるBrdUおよびサバイビンの共存を、TAMおよびp16/19-siRNA二重鎖で処理した筋管と比較して、表している。増殖培地(GM);筋管は分化培地中で4日間または5日間培養(それぞれDM4またはDM5)。各試験について最小限500個の核をランダムな視野から計数した。エラーバーは少なくとも3回の独立した実験の平均±SEを示している(*P<0.005)。
【図4】成熟した筋管の脱分化。(A)表記の時間にわたってDM中で培養し、表記の時点で、TAM、および非特異的siRNA(モックsi)二重鎖またはp16/19siのいずれかで処理した初代筋芽細胞および筋管の免疫蛍光画像。筋管はMHC(赤)、BrdU(緑)に対する一次抗体、およびヘキスト33258(青)で標識した。一番下のパネルは同じ時点の位相画像。バー、150μm。(B)MHC(220kDa)、オーロラB(38kDa)およびサバイビン(20kDa)の発現、ならびにp16/19に対するsiRNA二重鎖による、TAMによる、またはTAMおよびp16/19による筋管の処理後のこれらの同じタンパク質の発現を示している、初代筋芽細胞(GM)およびDM5のPMのウエスタンブロット分析。(C)分化した筋管培養物に対して標準化したMHCタンパク質レベル。初代筋肉細胞を、TAM、またはTAMおよびp16/19siで処理した。増殖培地(GM)、分化培地(DM)。(D)EtOHおよび非特異的siRNA二重鎖、またはTAMおよびp16/19siで少なくとも48時間処理したDM6の初代筋管の免疫蛍光画像。筋管はMHC(赤)、BrdU(緑)に対する一次抗体、ならびにヘキスト33258(青)で標識した。増殖培地(GM);筋管は分化培地中で4日間または5日間培養(それぞれDM4またはDM5)。(E)非特異的siRNA二重鎖、またはTAMおよびp16/19siで少なくとも48時間処理したDM6の初代筋管の免疫蛍光画像。筋管はα-チューブリン(緑)に対する一次抗体およびヘキスト33258核染色剤(青)で標識した。(F、G)表記の通りにsiRNA二重鎖および/またはTAMで処理した、初代筋芽細胞(GM)およびDM6(ミオゲニン)、表記の日数(チューブリン)でのミオゲニン(36kDa)(F)およびαチューブリン(50kDa)(G)のウエスタンブロット分析。ブロットのそれぞれにおいて、GAPDH(35kDa)はローディング対照である。
【図5】ミオゲニンを発現する筋細胞は、RB遺伝子およびInk4a遺伝子の喪失後にのみS期に入ることができる。(A)pLE-myog3R-GFPに感染させた筋芽細胞(GM)および筋細胞(DM3)の免疫蛍光画像。細胞はGFP(緑)、ミオゲニン(赤)に対する一次抗体、およびヘキスト33258(青)で標識した。バー 50μm。(B)(i)ヒストグラムは、筋芽細胞(GM)または筋細胞(DM3)におけるGFP陽性細胞およびミオゲニン陽性細胞のパーセンテージを表している。各試験について最小限1000個の核をランダムな視野から計数した。エラーバーは少なくとも3回の独立した実験の平均±SEを示している(*P<0.005)。(ii)ヒストグラムは、ミオゲニンをも発現するGFP陽性細胞のパーセンテージを表している。個々の細胞を各マーカーの発現に関して評価した。最小限250個の細胞をランダムな視野から計数した。エラーバーは3回の独立した実験の平均±SEを示している。(C)レトロウイルスpLE-myog3R-GFP構築物に感染させた筋芽細胞(GM)および筋細胞(DM3)の代表的なFACSプロット。枠で囲んだ集団は、その後の実験で使用したGFP陽性筋細胞集団を示している。(D)筋芽細胞(GM)および筋細胞(DM3)に関する3回の独立した実験のFACSプロファイルにおけるGPF発現のヒストグラム表示(*P<0.001)。(E)馴化GMのみの中で、またはTAMおよびp16/19si-RNAを含むcGMの中で培養したGFP陽性FACS選別筋細胞の免疫蛍光画像。細胞はKi67(赤)およびGFP(緑)に対して、ならびにヘキスト33258(青)で標識した。バー 50μm。(F)ヒストグラムは、TAMおよびp16/19siで処理した、またはRBsiおよびp16/19si-RNA二重鎖によって順次処理した(DKD)、cGM中のGFP陽性FACS選別集団におけるKi67陽性核のパーセントを表している。増殖培地(GM)。各試験について最小限100個の核を、ランダムな視野から計数した。エラーバーは3回の独立した実験の平均±SEを示している(*P<0.01、**P<0.005)。
【図6】(A)(i)培養条件、モックsiRNAによる処理、およびレーザーマイクロダイセクションによる単離、およびミオゲニン-GFP+筋細胞のカタパルティングの概略図。この略図はまた、単離した細胞の単離から72時間後および96時間後の運命、(ii)モックで処理した筋細胞(DM4)の(左から右の順に)マイクロダイセクションの前、マイクロダイセクションの直後、LPC単離後、単離から72時間後および単離から96時間後の代表的画像も示している。スケールバーは50mmおよび100mmを表している。(B)(i)培養条件、TAMおよびp16/19 siRNAによる処理、ならびにレーザーマイクロダイセクションによる単離、ならびにミオゲニン-GFP+筋細胞のカタパルティングの概略図。この略図はまた、単離した細胞の単離から72時間後および96時間後の運命、(ii)TAMで処理した、およびp16/19siRNAで処理した筋細胞(DM4)の代表的画像も示している。第1のパネル、ネイティブGFP発現はマイクロダイセクションの前のミオゲニン発現を表示している。第2のパネル、マイクロダイセクション中の同じ細胞;第3のパネル、LPC単離後;第4のパネル、単離から96時間後および増大の描出。スケールバーは50mmおよび100mmを表している。(C)(i)培養条件、Rbおよびp16/19 siRNAによる処理、ならびにレーザーマイクロダイセクションによる単離、ならびにミオゲニン-GFP+筋細胞のカタパルティングの概略図。この略図はまた、単離した細胞の単離から72時間後および96時間後の運命、(ii)DKDで処理した筋細胞の代表的画像も示している。第1のパネル、GFP発現はマイクロダイセクションの前のミオゲニン発現を表示している。第2のパネル、マイクロダイセクション後の同じ細胞;第3のパネル、LPC後;第4のパネル、単離から72時間後、増大の描出を伴う。スケールバーは50mmおよび200mmを表している。(D)ヒストグラムは、図6A中のスキームによって示された通りのPALM LPC細胞捕捉後のコロニー形成のパーセンテージを表している。エラーバーは、各試験について少なくとも50個の筋細胞メンブレンを捕捉し、細胞捕捉効率を検証するために少なくとも20個の筋芽細胞メンブレンを捕捉した、少なくとも5回の独立した実験の平均±SEを表している。(E)ヒストグラムは、図19中のスキームによって示された通りのGFP+筋細胞集団のFACS単離の後のPALM LPC細胞捕捉後のコロニー形成のパーセンテージを表している。エラーバーは、各試験について少なくとも50個の筋細胞メンブレンを捕捉した、少なくとも4回の独立した実験の平均±SEを表している。筋細胞は分化培地中で4日間培養した(DM4)。
【図7】脱分化した筋細胞は、増大および成熟筋管への再分化を行うことができる。(A)発現分析のためのタンパク質採集の前の、DM4での、2つのDKD捕捉筋細胞コロニーおよび2つのTAM+p16/19si捕捉筋細胞コロニーの位相画像。バー 150μm。(B)DM4におけるそれらの分化形態に従って左から右の順に並べた、GMおよびDM中での捕捉コロニーのウエスタンブロット分析;RB(100kDa)、p19ARF(20kDa)、ミオゲニン(36kDa)、MHC(220kDa)およびサバイビン(20kDa)、ならびにローディング対照としてのGAPDH(35kDa)のタンパク質レベル。(C)GFP(緑)およびミオゲニン(赤)に関して、ならびにヘキスト33258(青)で標識した、DM4における2つのDKD捕捉筋細胞コロニーの代表的画像。バー 25μm。(D)MHC(赤)に関して、およびヘキスト33358(青)で標識した、DM4におけるTAMcap2捕捉筋細胞コロニーの代表的画像。そのサブセット(下方のパネル)に、RB発現を再び導入するレトロウイルスを感染させた。バー 50μm。(E)GM中での、表記の時点で表記の処理を行ったDM中での筋肉細胞における、および増殖性脱分化クローンにおける、Pax-7タンパク質(57kDa)のウエスタンブロット分析。(F)増殖条件(GM)下、表記の処理を行った脱分化条件(DM6)下の初代筋肉細胞における、ならびにGMおよびDM4(DM)中の単離された脱分化クローン(DKDcap1およびDKDcap2)における、M-カドヘリンタンパク質(88kDa)およびMyoD(34kDa)レベルのウエスタンブロット分析。
【図8】脱分化した筋細胞はインビボで筋肉と融合することができる。(A)TAMcap1およびTAMcap1+RBで捕捉した筋細胞からの2.5×105個の細胞の注射から10日後の前脛骨筋の代表的な横断面。脱分化した筋細胞の既存の線維中への取り込みを、ラミニン結合線維(赤)、核(青)のGFP+染色(緑)によるマージ視野に描出することができる。描出を強化するために、細胞を、注射の前に、構成的にeGFPを発現するレトロウイルスベクターに感染させた。バー 50μm。(B)初代分化筋細胞および多核筋管におけるRBおよびp19ARFの抑制後の事象の概略図。
【図9】siImporter筋管トランスフェクションの効率。(A)siGlo-Green(alexa-488分子と結合させた非特異的siRNA二重鎖)、およびFugene(上)またはsiImporter(下)のいずれかをトランスフェクトしたDM5のC2C12筋管の代表的画像。筋管はMHC(赤)に関して、ヘキスト33258(青)で標識。バー 50μm。(B)FugeneによるsiGlo-Green(100nM)の、またはsiImporterによる種々の濃度のsiGlo-Greenのトランスフェクション効率の定量。筋管は分化培地中で5日間培養(DM5)。エラーバーは3回の独立した実験の平均±SEを示している(*P<0.001、**P<0.005)。
【図10】初代筋芽細胞のTAMおよびsiRNA処理の分析。(A)EtOHまたはTAMで24時間処理した、GMにおける初代筋芽細胞のCre発現を示しているX-gal染色。バー 100μm。(B)EtOHまたはTAMで24時間処理したDM5における初代筋管のCre発現を表示しているX-gal染色。バー 200μm。(C)TAM処理後のDM5初代筋管のsqRT-PCR分析。表記の長さの時間にわたり、TAMをDM2筋管培養物に添加した。(D)24時間のTAM処理後の初代筋管におけるRBおよびp19ARF発現のsqRT-PCRの経時的推移。(E)順次(T)、一斉に(U)、または半分の用量‐100nMで一斉に(hU)送達した、RBsiまたはp16/19siのsiRNA二重鎖による初代筋管のDKD処理のsqRT-PCR分析。増殖培地(GM);筋管は分化培地中で4日間または5日間培養(それぞれDM4またはDM5)。(F)少なくとも2個のBrdU陽性筋核を有する筋管のパーセンテージ。
【図11】p16のみの抑制では、筋管におけるS期リエントリーのためには不十分である。(A)p16のみ、およびp16/19に対するsiRNA二重鎖による処理後の、TAMで処理した筋管におけるp16、p19およびGAPDHの発現レベルのsqRT-PCR分析。(B)ヒストグラムは、TAM、およびp16/19に対するsiRNA、またはp16のみのsiRNA二重鎖による処理後の初代筋管の核へのBrdU取り込みを表している。各試験について少なくとも500個の核を計数した。エラーバーは2回の独立した実験の平均±SEを示している(*P<0.001)。
【図12】Rb遺伝子産物およびInk4a遺伝子産物の抑制後の有糸分裂機構の上方制御。(A)筋芽細胞におけるサバイビンおよびBrdUの共存。BrdU(緑)、サバイビン(赤)に関して、および核染色剤ヘキスト33258で染色した、増殖培地(GM)中の初代筋芽細胞の免疫蛍光画像。(B)非特異的siRNA二重鎖(モックsi)またはTAMおよびp16/19siで処理した初代筋管の免疫蛍光画像。筋管はEg5(緑)、MHC(赤)に関して、およびヘキスト33258(青)で標識。(C)GM中、DM中および表記の通りに処理したDM中での初代筋芽細胞における、サイクリンDおよびE1、ならびにEmi1/FBOX5の発現レベルのsqRT-PCR分析。
【図13】初代筋管は、Rbおよびp16/19の喪失後に最小限のアポトーシスを示す。表記の通りに処理し、アネキシンV(緑)に関して、およびヨウ化プロピジウム(PI)で標識した分化6日目の初代筋管の代表的な免疫蛍光画像。
【図14】増殖培地中、ならびに3日目(DM3)、6日目(DM6)および表記の通りに処理したDM6の分化培地中での、分裂中の筋芽細胞におけるp53およびp21のタンパク質レベルのウエスタン分析。
【図15】TAMおよびp16/19 siRNAによる処理後の筋管脱分化。(A)Rbに対するsiRNA二重鎖による処理後のC2C12筋芽細胞(GM)および筋管(DM)におけるMHCタンパク質(220kDa)のウエスタン分析。(B)非特異的siRNA二重鎖およびRbsiで少なくとも48時間処理したDM5のC2C12筋管の免疫蛍光画像。筋管はMHC(赤)、BrdU(緑)に対する一次抗体、およびヘキスト33258(青)で標識。バー、150μm。(C)増殖培地(GM)中、またはTAM、もしくはTAMおよびp16/19siによる処理の前および後の分化培地(DM)中での後期分化筋形成マーカーの発現のsqRT-PCR分析。(D)初代筋芽細胞(GM)、およびsiRNA二重鎖および/またはTAMで表記の通りに処理したDM5におけるM-CK(50kDa)のウエスタンブロット分析;M-CKブロット中に認められる45kDバンドは、抗体によって同定される共通エピトープのためである可能性が高い。ウエスタンブロットのそれぞれにおいて、GAPDH(35kDa)はローディング対照である。
【図16】α-チューブリンレベルは、Rbおよびp16/19の喪失後に大きく低下する。上のパネル:モックsi、またはTAMおよびp16/19siによる処理後の初代筋管代表的な位相画像および免疫蛍光画像。筋管はα-チューブリン(緑)に対する一次抗体およびヘキスト33258(青)で標識した。下のパネル:α-チューブリンタンパク質の標準化レベルを定量している。
【図17】RBおよびp16/19を欠損した筋細胞はFACS単離後に増殖する。(A)マイクロウェル中に直接的にFACS選別し、DKD処理前、ならびにDKD処理から72時間後および96時間後に撮像したpLE-myog3R-GFP筋細胞の代表的画像。拡大パネルは、RBsiおよびp16/19siによる処理後の1つのウェルの増大を強調表示している。バー 150μm。(B)ヒストグラムは、マイクロウェル中に選別された細胞サブセットのFACS単離後の、ミオゲニンをも発現するGFP陽性細胞のパーセンテージを表している。個々の細胞を各マーカーの発現に関して評価した。最小限250個の細胞をランダムな視野から計数した。エラーバーは2回の独立した実験の平均±SEを示している。(C)ヒストグラムは、処理から96時間後にマイクロウェル中で観察されたコロニー形成のパーセントを表している。各試験について、処理の前に、少なくとも1つの細胞を有するウェルを最小限500個計数した。エラーバーは少なくとも3回の独立した実験の平均±SEを示している(*P<0.005)。
【図18】脱分化したミオゲニン-GFP筋細胞の単細胞単離および増大。(A)マイクロダイセクションの前、LPC後および単離後72時間の非処理GFP+筋細胞(DM4)の代表的画像。バー 50μm。(B)TAM+p16/19siで処理したGFP+筋細胞の、マイクロダイセクションの前、LPC後、単離後48時間、単離後72時間、培地を交換した時点である単離後96時間、および単離後120時間の代表的画像。バー 50μm、最後のパネルはバー 200μm。
【図19】FACS選別したミオゲニン-GFP+筋細胞の単細胞単離およびクローン増大。(A)筋細胞のFACS選別、処理およびPALM LPC単離の概略図。(B)FACS選別し、TAMで処理した筋細胞(DM4)の、マイクロダイセクションの前、マイクロダイセクション後、LPC後および単離後72時間の代表的画像。バー 50μm。(C)TAM+および16/19siで処理した、FACS選別した筋細胞(DM4)の、マイクロダイセクションの前、マイクロダイセクションの後、LPC後および単離後72〜73時間、ならびに単離後96時間の代表的画像。バー 50μm、72時間のパネルはバー 200μm。
【図20】初代筋芽細胞ならびにTAMおよびp16/19siで処理した筋細胞のPALM単離、増大および分化。(A)単離後48時間、単離後96時間の、PALM単離した筋芽細胞。単離3週間後に、捕捉した筋芽細胞を分化培地(DM)中に入れた。画像はDM中に3日間置いた後の培養物を示している(DM3)。(B)TAMおよびp16/19siで処理した、PALM単離したミオゲニン-プロモーター-GFP筋細胞の、マイクロダイセクションの前、単離後72時間の位相画像およびネイティブGFP画像の両方を表示している。単離後3週間において、増大して脱分化した筋芽細胞をDM中に入れた。画像はDM中に3日間置いた後(DM3)ならびにDM中に6日間置いた後(DM6)の培養物を示している。増殖培地(GM)。
【図21】PALM単離した筋芽細胞コロニーおよびDKD処理した筋細胞コロニーの発現パターン。(A)RB(100kDa)、p19ARF(20kDa)、MHC(220kDa)およびサバイビン(20kDa)のタンパク質レベルを示している、GMおよびDM4におけるPALM単離した初代筋芽細胞コロニーのウエスタンブロット分析。GAPDH(35kDa)はローディング対照である。(B)GMおよびDM4における、PALM単離した初代筋芽細胞およびDKDで処理した筋細胞のsqRT-PCR分析。増殖培地(GM);筋管は分化培地中で4日間または5日間培養(それぞれDM4またはDM5)。
【図22】DKDで脱分化させ、捕捉し、増大させた筋細胞はインビボで筋肉と融合する。DKDで捕捉して増大させた筋細胞由来の1.5×105個の細胞の注射10日後の、CB17/SCIDマウスの前脛骨筋の横断面の代表的な視野。切片のヘキスト33258(青)、GFP(緑)およびラミニン(橙)染色を行った。脱分化した筋細胞の既存の線維中への取り込みは、ラミニン結合線維のGFP+染色によるマージ視野によって描出することができる。GFP発現は、脱分化した筋細胞が融合した線維におけるミオゲニン発現を表示している。バー 100μm。
【発明を実施するための形態】
【0015】
発明の詳細な説明
本方法および本組成物を説明する前に、本発明が、説明された特定の方法にも組成物にも限定されず、それらは当然ながら変更してもよいことが理解されるべきである。また、本発明の範囲は添付の特許請求の範囲によってのみ限定されるため、本明細書で使用する用語は特定の態様のみを説明することを目的としていて、限定的であることは意図していないことも理解されるべきである。
【0016】
ある範囲の値が提供される場合、その範囲の上限と下限との間の各中間値は、その文脈で明らかに別の指示がなされない限り、その範囲の上限と下限との間の、下限の10分の1単位までの各中間値も具体的に開示されたものと解釈される。記載された範囲内の任意の記載された値または中間値の間のより小さい各範囲、およびその記載された範囲内の任意の他の記載された値または中間値は、本発明の範囲に含まれる。これらのより小さい範囲の上限および下限は独立に範囲に含めても除外してもよく、限界のいずれかを含む、いずれも含まない、または両方を含む各範囲も、記載された範囲において具体的に除外された限度に従って、本発明の範囲に含まれる。記載された範囲が限界の一方または両方を含む場合、そのように含められた限界のいずれかまたな両方を除外した範囲も本発明に含まれる。
【0017】
別に定める場合を除き、本明細書で用いる技術用語および科学用語はすべて、本発明が属する当業者が一般的に理解しているものと同じ意味を有する。本発明の実施または検査のために本明細書に記載したものと同様または同等の方法および材料を用いることができるが、好ましい方法および材料は以下に説明するものである。本明細書で言及する刊行物はすべて、その刊行物の引用と関係のある方法および/または材料の開示および記載のために、参照により本明細書に組み入れられる。
【0018】
本明細書および添付する特許請求の範囲において用いる場合、単数形の「1つの(a)」「1つの(an)」および「その(the)」は、その文脈で明らかに別の指示がなされない限り、複数のものに対する言及も含むことに留意される必要がある。したがって、例えば、「1つの細胞」への言及には複数のそのような細胞が含まれ、「そのペプチド」への言及には1つまたは複数のペプチドおよび当業者に公知であるその等価物への言及が含まれ、その他についても同様である。
【0019】
本明細書において取り上げた刊行物は、本出願の出願日よりも前のそれらの開示のためのみに提供される。本明細書中のいかなるものも、本発明が先行発明を理由としてそのような刊行物に先行する権利を与えられないことを承認したものと解釈されるべきではない。さらに、提供された刊行物の公開日は実際の公開日とは異なる可能性があり、それらは独自に確かめる必要がある。
【0020】
定義
1つの系列内の細胞、すなわち系列限定細胞(LRC)を、同じ系列の分裂終了分化細胞(PMD)からエクスビボおよびインビボで作製するための方法であって、該系列限定細胞が、1つの細胞系列(MPC)に決定づけられた有糸分裂始原細胞、該細胞系列内の特定の種類の細胞に決定づけられた分裂終了未熟細胞(分裂終了未熟細胞、PMI)、および該細胞系列の分裂終了分化細胞(分裂終了分化細胞、PMD)を包含しうる方法を提供する。作製された本系列限定細胞は、組織再生において;薬物スクリーニングのために;細胞分化の実験モデルとして;増殖因子および分化因子を明確にするために、ならびに細胞の発生および調節に関与する遺伝子を特徴決定するためのインビトロアッセイ法のスクリーニングのためなどに有用である。これらの細胞をこれらの目的に直接用いても、または変更された能力を得るためにそれらを遺伝的に改変してもよい。本発明のこれらの目的および他の目的、利点および特徴は、以下にさらに詳細に説明されている組成物および方法の詳細を読むことで、当業者には明らかになるであろう。
【0021】
「系列限定細胞」または「LRC」という用語は、本明細書において、明確な1つの系列内の細胞を意味して用いられる。LRCは、明確な1つの細胞系列に決定づけられた有糸分裂始原細胞(MPC)、該細胞系列内の特定の種類の細胞に決定づけられた分裂終了未熟細胞(分裂終了未熟細胞、PMI)、および該細胞系列の分裂終了分化細胞(分裂終了分化細胞、PMD)を包含する。系列限定細胞は多能性ではない。換言すれば、それを胚の中のあらゆる種類の細胞に分化するように誘導することはできない。そうではなくて、それは1つの特定された系列の1つまたは複数の細胞のみに分化するように限定されている。系列の例には、骨格筋系列、心筋系列、神経系列、膵島細胞系列などが含まれる。
【0022】
「有糸分裂始原細胞」または「MPC」という用語は、明確な1つの細胞系列に決定づけられた有糸分裂始原細胞を説明するために用いられる。MPCは、自己再生すること、ならびにそれらの細胞系列の娘細胞を生じることのできる細胞である。換言すれば、MPCは、分裂した際に、(a)より多くのMPC、および/または(b)その細胞系列内の特定の種類の細胞に決定づけられた分裂終了未熟細胞(分裂終了未熟細胞、PMI)を生じさせる有糸分裂細胞である。MPCは、それらの細胞系列の未熟分化状態に特徴的であることが当技術分野において公知である1つまたは複数のマーカー、すなわちタンパク質、RNAなどをそれらが発現することにより、そういうものとして識別しうる。加えて、始原細胞は、典型的には有糸分裂性であり、それ故に、BrdUをそれらのDNAの中に取り込み、かつ/または、有糸分裂細胞において典型的に発現されるタンパク質などの1つもしくは複数のマーカー、例えば、Ki67、PCNA、アニリン、オーロラBおよびサバイビンなどを発現する。MPCの一例は筋肉系列の始原細胞、すなわち筋芽細胞であるが、これはそれが、より多くの筋芽細胞および/または分裂終了筋肉前駆細胞を生じさせることができるためである。
【0023】
「分裂終了未熟細胞」または「PMI」という用語は、その細胞系列の特定の種類の細胞に決定づけられた分裂終了前駆細胞、すなわち、ある細胞運命に決定づけられてはいるが、その細胞運命にまだ分化していない分裂終了細胞のことを指す。PMIは典型的には、その系列の完全成熟細胞の明確な特徴のすべてを有するわけではない。1つの系列のPMIは、1つまたは複数のマーカーをそれらが発現することにより、および当技術分野において周知である特徴的形態により、そのようなものとして識別しうる。加えて、PMIは、それらが分裂終了後であり、それ故にBrdUをそれらのDNAの中に取り込むこともなければ、有糸分裂細胞において典型的に発現されるマーカー、例えば、Ki67、PCNA、アニリン、オーロラBおよびサバイビンなどを発現することもないため、MPCとは区別しうる。PMIの一例は心筋系列の前駆細胞であるが、これはそれが分裂終了後であるが、心筋細胞には完全には分化していないためである。
【0024】
「分裂終了分化細胞」またはPMDという用語は、本明細書において、ある組織の成熟した機能的細胞へと分化した、1つの細胞系列の分裂終了細胞を指して用いられる。PMDは、成熟細胞の運命に特徴的なものとして当業者に周知であるマーカーを発現する。加えて、PMDは分裂終了後であるため、それらはBrdUをそれらのDNAの中に取り込むこともなければ、増殖性細胞において典型的に発現されるマーカー、例えば、Ki67、PCNA、アニリン、オーロラB、サバイビンなどを発現することもない。PMDの一例は、心筋細胞、筋線維、肝細胞、ニューロンなどである。
【0025】
「複製能のある細胞」または「RCC」という用語は、有糸分裂を行いうる細胞を説明するために用いられる。RCC細胞は、MPCまたはPMIに特徴的なマーカー、すなわち、それらの細胞系列の未熟分化状態に特徴的なことが当技術分野において公知であるマーカーを発現してもよい。または、それらがPMDのマーカー、すなわち、成熟細胞の運命に特徴的なものとして当業者に周知であるマーカーを発現してもよい。いずれの場合にも、それらは、BrdUをそれらのDNAの中に取り込む、ならびに/または、有糸分裂細胞において典型的に発現されるタンパク質などの1つもしくは複数のマーカー、例えば、Ki67、PCNA、アニリン、オーロラB、サバイビンなどを発現する。
【0026】
上記の細胞によるマーカーの発現の考察において、記載された発現レベルは検出可能な量のマーカーを反映していることが当業者には理解されるであろう。あるマーカータンパク質に対する染色に関して陰性である細胞(マーカー特異的な試薬の結合のレベルは、アイソタイプの一致する対照とは検出可能には異なることはない)も、依然として少量のマーカーを発現する可能性がある。さらに、細胞を特定のマーカーに関して「陽性」または「陰性」であると称することは当技術分野においてごく一般的ではあるが、実際の発現レベルは量的形質である。例えば、細胞表面上の分子の数は対数値で数倍の差があっても、それでもなお「陽性」と特徴決定されることがある。細胞の染色強度は、レーザーで蛍光色素の量的レベル(これは特異的試薬、例えば抗体による結合を受けた細胞表面マーカーの量に比例する)を検出する、フローサイトメトリーによってモニターすることができる。染色の絶対レベルは特定の蛍光色素および試薬調製物によって異なる可能性はあるが、データは対照に対して標準化することができる。または、細胞の染色強度を免疫組織化学または免疫蛍光によってモニターすることもできる。細胞表面タンパク質である細胞特異的マーカーは、細胞を固定することなく、すなわち細胞の生存性を維持しながら、例えばフローサイトメトリーなどによって観察することができる。または、細胞内マーカーを、当技術分野において公知の方法によって固定および調製した対象細胞の部分集団において観察することもできる。
【0027】
「脱分化する」とは、細胞が1つの細胞系列内で、より分化した状態から、より分化していない状態に戻ることを意味する。換言すれば、細胞は、より分化した細胞の形質、例えば、形態、ある特定の遺伝子の発現、機能的能力などを喪失し、その系列のより成熟していない細胞の形質を獲得する。「一過的に脱分化する」とは、脱分化時期が一時的であることを意味し;すなわち、ある所定の長さの時間の後に、および/またはある特定の所定の条件下で、脱分化した細胞および/またはそれらの後代はより成熟した運命へと分化することが可能になるが、この点はそれを行うことができない腫瘍細胞とは異なる。
【0028】
「増殖する」とは、有糸分裂によって分裂すること、すなわち有糸分裂を受けることを意味する。「増大した集団」とは、増殖した、すなわち有糸分裂を来した細胞集団のことを指し、その結果、増大した集団は最初の集団よりも細胞数が増加する、すなわち、細胞の数がより多くなる。
【0029】
「外植片」という用語は、身体から取り出され、人工培地中で培養されている、臓器またはその中の組織の一部分のことを指す。「エクスビボ」で成長している細胞とは、身体からこのようにして取り出され、一時的にインビトロで培養され、かつ身体に戻される細胞のことである。
【0030】
「初代培養物」という用語は、1つの臓器または1つの臓器内の組織由来の細胞による混在性細胞集団を表す。「初代」という語は、組織培養の技術分野におけるその通常の意味を持つ。
【0031】
「組織」という用語は、共にある特定の特別な機能を果たす、同じように特化した細胞の群または層のことを指す。
【0032】
「臓器」という用語は、ある種の細胞-細胞および/または細胞-マトリックス相互作用を維持して微小構造を形成する、2つまたはそれ以上の隣接した組織層のことを指す。
【0033】
「ポケットタンパク質」とは、ポケットタンパク質ファミリーの細胞周期調節因子のメンバーであるタンパク質のことである。ポケットタンパク質は腫瘍抑制タンパク質であり;換言すれば、それらは細胞周期の負の調節因子である。3種のポケットタンパク質が知られている:網膜芽細胞腫タンパク質(RB、RB1、pRB、OSRC、pp110またはp105-RBとも呼ばれる)、p107(RBL1、CP107とも呼ばれる)およびp130(RB2とも呼ばれる)。ヒトRBのポリペプチド配列およびそれをコードするヌクレオチド配列は、Genbank参照番号NM_000321(SEQ ID NO:1およびSEQ ID NO:2)に見いだすことができる。ヒトp107のポリペプチド配列およびそれをコードするヌクレオチド配列は、Genbank参照番号NM_002895(変異体1;SEQ ID NO:3およびSEQ ID NO:4)およびNM_183404(変異体2;SEQ ID NO:5およびSEQ ID NO:6)に見いだすことができる。ヒトp130のポリペプチド配列およびそれをコードするヌクレオチド配列は、Genbank参照番号NM_005611(SEQ ID NO:7およびSEQ ID NO:8)に見いだすことができる。これらのタンパク質は、一部にはE2F転写因子活性を抑圧して細胞周期進行のために必要な遺伝子の発現を制限することによって、細胞周期を負の方向に調節する。正規のシグナル伝達経路では、ポケットタンパク質ファミリーのメンバーはE2Fファミリーのタンパク質のメンバーと結合して、細胞周期へのエントリーを媒介する遺伝子の、E2Fにより導かれる転写を妨げる。ポケットタンパク質のリン酸化またはポケットタンパク質-E2F相互作用の途絶によってE2Fタンパク質が遊離し、それは続いて、S期エントリーを媒介する遺伝子の転写を誘導することができる。ポケットタンパク質のこの作用機序および他の作用機序は、Cobrinik (2005) Oncogene 24:2796-2809に記載されており、その開示内容は参照により本明細書に組み入れられる。
【0034】
「ポケットタンパク質の活性を一過的に阻害する作用物質」とは、一過的に、ポケットタンパク質による細胞活性のモジュレーションに拮抗する、それを阻害する、または他の様式で負の方向に調節する作用物質のことである。ポケットタンパク質活性を一過的に阻害する作用物質は、ポケットタンパク質シグナル伝達経路に沿った任意の箇所で作用して、ポケットタンパク質シグナル伝達に拮抗するとができる。したがって、例えば、ポケットタンパク質シグナル伝達の上記の枠組みに基づくと、ポケットタンパク質による細胞活性のモジュレーションを阻害する作用物質には、ポケットタンパク質の合成を妨げるもの(例えば、RB、p107またはp130に対するsiRNA)、ポケットタンパク質のリン酸化を誘導するもの(例えば、Dサイクリンペプチド);ポケットタンパク質とE2Fとの間の結合を途絶させるもの(例えば、ヒトパピローマウイルスペプチドE7);ポケットタンパク質の活性に打ち勝つもの(例えば、E2Fペプチド)などが含まれる。
【0035】
「サイクリン依存性キナーゼ阻害因子2A(CDKNA2)選択的リーディングフレーム」(ARF、ヒトではp14ARFとして、マウスではp19ARFとしても知られる)は、サイクリン依存性キナーゼ阻害因子2A(CDKNA2、Ink4a、MTS)遺伝子の転写変異体/アイソフォーム4によってコードされるポリペプチドである。ARFのポリペプチド配列およびそれをコードするCDKNA2遺伝子の配列は、Genbank参照番号NM_058195(SEQ ID NO:9およびSEQ ID NO:10)に見いだすことができる。この変異体は遺伝子の残りの部分の20Kb上流に位置する択一的な第1エクソンによってコードされ、このエクソンはARFタンパク質を他のCDKNA2転写変異体であるp16Ink4a(Genbank参照番号NM_000077)およびアイソフォーム3(NM_058197、NP_478104)によってコードされるタンパク質とは構造的に無関係なものにする。ARFは腫瘍抑制因子タンパク質p53の安定化因子として機能するが、これは一部には、p53の分解を通常担当するHDM2(MDM2 p53結合タンパク質ホモログ、HDMXおよびMDM2とも呼ばれる)と相互作用しかつそれを隔離することによる。有糸分裂の際に、Not dead yet 1(NDY1/KDM2b)は、ARF遺伝子座のヒストンH3K27のトリメチル化を誘導することによってARF発現を抑圧し;ARFタンパク質が存在しなければ、HDM2タンパク質はp53を分解し、その結果、p53により媒介される有糸分裂抑制を解除する。ARFタンパク質のこの作用機序および他の作用機序は当技術分野において周知である。
【0036】
「ARFの活性を一過的に阻害する作用物質」とは、一過的に、ARFによる細胞活性のモジュレーションに拮抗する、それを阻害する、または他の様式で負の方向に調節する作用物質のことである。ARF活性を阻害する作用物質は、ARFシグナル伝達経路に沿った任意の箇所で作用して、ARFシグナル伝達に拮抗することができる。したがって、例えば、ARFシグナル伝達の上記の枠組みに基づくと、ARFによる細胞活性のモジュレーションを阻害する作用物質には、ARFの発現を阻害するもの(例えば、NDY1ペプチド)、ARFタンパク質の合成を妨げるもの(例えば、ARF siRNA)、ARFタンパク質の活性に打ち勝つもの(例えば、HDM2ペプチド)などが含まれる。
【0037】
「個体」、「対象」、「宿主」および「患者」という用語は、本明細書において互換的に用いられ、診断、治療または治療法が望まれるあらゆる哺乳動物対象、特にヒトのことを指す。
【0038】
「治療」、「治療すること」、「治療する」などの用語は、本明細書において、所望の薬理学的および/または生理的な効果を得ることを一般に指して用いられる。効果は、疾患もしくはその症状を完全もしくは部分的に予防するという点で予防的であってもよく、かつ/または、疾患および/もしくは疾患に起因しうる有害作用に対する部分的もしくは完全な安定化もしくは治癒という点で治療的であってもよい。本明細書で用いる「治療」は、哺乳動物、特にヒトにおける疾患のあらゆる治療を範囲に含み、これには以下が含まれる:(a)疾患もしくは症状に罹患しやすい可能性があるが、それを有するとはまだ診断されていない対象において疾患もしくは症状が起こるのを予防すること;(b)疾患症状を抑制すること、すなわちその発症を阻止すること;または(c)疾患症状を緩和すること、すなわち、疾患もしくは症状の退行を生じさせること。
【0039】
分子細胞生化学における一般的な方法は、Molecular Cloning: A Laboratory Manual, 3rd Ed. (Sambrook et al., HaRBor Laboratory Press 2001);Short Protocols in Molecular Biology, 4th Ed. (Ausubel et al. eds., John Wiley and Sons 1999);Protein Methods (Bollag et al., John Wiley and Sons 1996);Nonviral Vectors for Gene Therapy (Wagner et al. eds., Academic Press 1999);Viral Vectors (Kaplift and Loewy eds., Academic Press 1995);Immunology Methods Manual (I. Lefkovits ed., Academic Press 1997);およびCell and Tissue Culture: Laboratory Procedures in Biotechnology (Doyle and Griffiths, John Wiley and Sons 1998)などの標準的な教本に記載があり、それらの開示内容は参照により本明細書に組み入れられる。本開示において言及した遺伝的操作のための試薬、クローニングベクターおよびキットは、BioRad、Stratagene、Invitrogen、Sigma-Aldrich、およびClonTechなどの商販売業者から入手可能である。
【0040】
以上に要約した通り、本発明は、1つの系列内の細胞、すなわち系列限定細胞(LRC)を同じ系列の分裂終了分化細胞(PMD)からエクスビボおよびインビボで作製するための方法であって、該系列限定細胞が、1つの細胞系列に決定づけられた有糸分裂始原細胞(有糸分裂始原細胞、MPC)、該細胞系列内の特定の種類の細胞に決定づけられた分裂終了未熟細胞(分裂終了未熟細胞、PMI)、および該系列の分裂終了分化細胞(分裂終了分化細胞、PMD)を包含しうる方法を提供する。本発明のさらなる説明においては、本発明をまずさらに詳細に説明し、その後に、本発明が使用されるさまざまな代表的適用ならびに本発明の実施において使用されるキットの概説を行う。
【0041】
本方法の実施においては、分裂終了分化細胞(PMD)を、ポケットタンパク質ファミリーの細胞周期調節因子の1つまたは複数のメンバーの活性を一過的に阻害する作用物質、およびARFと称されるサイクリン依存性キナーゼ阻害因子2Aの転写変異体の活性を一過的に阻害する作用物質と接触させる。上記で定義した通り、PMDは、分化を完了して、組織における成熟した機能的細胞になった細胞であり、これには例えば、骨格筋または心筋における筋細胞、膵臓における島細胞、肝臓における肝細胞、CNS組織または末梢神経組織におけるニューロン、骨における骨細胞、血液からの造血細胞などがある。PMDは、当技術分野において公知である通り、1つまたは複数のタンパク質またはRNA、すなわちマーカーの発現によって、そのようなものとして同定することができる。加えて、これらの細胞は、同じく当技術分野において公知である通り、1つまたは複数のサブタイプ特異的マーカーも発現することがある。いくつかの態様において、対象PMD細胞は筋細胞であり、これらはミオゲニン、ミオシン重鎖(MHC)およびクレアチンキナーゼのうち1つまたは複数を発現する。ある態様において、筋細胞は心筋細胞であり、これらは培養下で桿状および横紋状であり、心筋トロポニン、eHand転写因子および心臓特異的ミオシンというタンパク質のうち1つまたは複数を発現する。ある態様において、筋細胞は平滑筋細胞であり、これらは平滑筋アクチンを発現する。ある態様において、筋細胞は骨格筋筋細胞であり、これらは骨格筋ミオシン、骨格筋トロポニン、myoDのうち1つまたは複数を発現する。
【0042】
いくつかの態様においては、対象PMDを作用物質とインビボで、すなわちそれらが存在する組織中で、すなわちインサイチューで接触させる。いくつかの態様においては、対象PMDを作用物質とエクスビボで接触させる、すなわち、それらを身体から採集してインビトロで作用物質と接触させる。本方法をエクスビボで行おうとする場合には、PMDを、生検試料または剖検材料などの外植片から、初代細胞の培養物として培養することができる。外植片からのPMDを培養する方法は、典型的には、培養する初代細胞の種類に特異的であり、当業者には周知である。1つの非限定的な例として、PMDが筋細胞である態様に関して、例示的な方法は、Mitcheson, JS et al. (1998) Cardiovascular Research 39(2):280-300(心筋細胞に関して);Rosenblatt et al. (1995) In Vitro Cell Dev. Biol Anim 31 (10):773-339(ヒト骨格筋筋細胞に関して);Siow, RCM and Pearson, JD (2001) Methods in Molecular Medicine: Angiogenesis protocols 46:237-245(血管平滑筋筋細胞);およびGraham M, and Willey A. (2003) Methods in Molecular Medicine: Wound healing 78:417-423(腸管平滑筋筋細胞)に記載があり、これらの開示内容は参照により本明細書に組み入れられる。
【0043】
対象PMDを、RB活性を一過的に阻害する作用物質の有効量およびARF活性を一過的に阻害する作用物質の有効量と、エクスビボまたはインビボで接触させる。上記で考察した通り、ポケットタンパク質ファミリーのメンバーの活性を一過的に阻害する作用物質は、一過的に、ポケットタンパク質による細胞活性のモジュレーションに拮抗する、それを阻害する、または他の様式で負の方向に調節する作用物質であり;このため、ポケットタンパク質活性を一過的に阻害する作用物質は、当技術分野において公知であり、かつ上記で説明した通り、ポケットタンパク質シグナル伝達経路に沿った任意の箇所で作用して、ポケットタンパク質シグナル伝達に拮抗することができる。同様に、ARFの活性を一過的に阻害する作用物質は、一過的に、ARFによる細胞活性のモジュレーションに拮抗する、それを阻害する、または他の様式で負の方向に調節する作用物質であり;このため、ポケットタンパク質活性を阻害する作用物質は、当技術分野において公知であり、かつ上記で説明した通り、ポケットタンパク質シグナル伝達経路に沿った任意の箇所で作用して、ポケットタンパク質シグナル伝達に拮抗することができる。作用物質の有効量とは、対象経路の総活性を一過的に少なくとも約25%、少なくとも50%、少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも80%、少なくとも90%、少なくとも95%、約100%低下させ、その結果、細胞が有糸分裂に入って分裂しうるようになると考えられる量のことである。換言すれば、対象経路の総活性は、対照細胞、すなわち接触させていない細胞と比較して、少なくとも約2分の1、通常は少なくとも約5分の1、例えば10分の1、15分の1、20分の1、50分の1、100分の1またはそれよりも低下すると考えられる。ポケットタンパク質の活性を一過的に阻害する作用物質の場合、これは生化学的には、当技術分野において周知である通り、例えば、細胞内のポケットタンパク質の量を約10%、または50%もしくはそれ以上、70%もしくはそれ以上、90%もしくはそれ以上、または最大100%減少させること;ポケットタンパク質のリン酸化の量を約10%、または50%もしくはそれ以上、70%もしくはそれ以上、100%もしくはそれ以上、200%もしくはそれ以上、500%もしくはそれ以上増加させること;細胞内の遊離E2Fの量を約10%またはそれ以上、25%またはそれ以上、50%またはそれ以上、100%またはそれ以上、200%またはそれ以上、500%またはそれ以上増加させることなどによって実現することができる。ARFの活性を一過的に阻害する作用物質の場合、これは生化学的には、当技術分野において周知である通り、例えば、細胞内の遊離NDY1の量を約10%またはそれ以上、25%またはそれ以上、50%またはそれ以上、100%またはそれ以上、200%またはそれ以上、500%またはそれ以上増加させること;細胞内のARFの量を約10%、または30%もしくはそれ以上、50%もしくはそれ以上、70%もしくはそれ以上、約100%減少させること;細胞内の遊離HDM2の量を約10%またはそれ以上、25%またはそれ以上、50%またはそれ以上、100%またはそれ以上、200%またはそれ以上、500%またはそれ以上増加させることなどによって実現することができる。一過的にとは、阻害が限られた期間にわたることを意味する。標的経路を一過的に阻害する際に、作用物質の有効量は、その標的経路に約12時間、約1日間、約2日間、約3日間、約5日間、約7日間、約10日間、約15日間、約20日間または約30日間にわたって拮抗すると考えられる。標的経路の拮抗は、例えば、作用物質が分解される、時間経過に伴って自然に失活する、血液によって対象の体内から除去されるなどの理由で自然に終わってもよい。または、例えば、対象作用物質の発現または活性を阻害する別の作用物質を与えることなどにより、それを能動的に停止させてもよい。
【0044】
本発明においてポケットタンパク質活性およびARF活性を一過的に阻害するために適した作用物質には、低分子化合物が含まれる。関心対象の天然起源または合成の低分子化合物には、例えば、50ダルトンよりも大きくかつ約2,500ダルトン未満の分子量を有する有機低分子化合物のような有機分子などの、数多くの化学クラスが含まれる。候補作用物質は、タンパク質との構造的相互作用、特に水素結合のために必要な官能基を含み、典型的には少なくとも1つのアミン基、カルボニル基、ヒドロキシル基またはカルボキシル基を含み、好ましくは化学官能基の少なくとも2つを含む。候補作用物質が、上記の官能基の1つもしくは複数によって置換された、環式炭素構造もしくは複素環式構造および/または芳香族構造もしくは多環芳香族構造を含んでもよい。候補作用物質はまた、ペプチド、糖類、脂肪酸、ステロイド、プリン、ピリミジン、それらの誘導体、構造類似体または組み合わせを含む生体分子の中にも見いだされる。本発明のために適した薬学的作用物質の例には、"The Pharmacological Basis of Therapeutics" (Goodman and Gilman (1996) McGraw-Hill, New York, N.Y., Ninth edition)に記載されたものがある。毒素、ならびに生物兵器剤および化学兵器剤も同じく含まれ、これについては例えば、Somani, S. M. (Ed.), "Chemical Warfare Agents," Academic Press, New York, 1992を参照されたい。低分子化合物は、例えば、DMSOまたは他の溶媒中の溶液として、細胞を培養する培地に直接与えることができる。
【0045】
本発明においてポケットタンパク質活性およびARF活性を一過的に阻害するために適した作用物質には、ポケットタンパク質、ARFタンパク質および/またはポケットタンパク質経路もしくはARF経路のそれぞれの他のタンパク質の合成を阻害する核酸分子、例えば、RB、p107、p130またはCDKNA2/Ink4a遺伝子および転写物を標的とするアンチセンス分子、siRNA分子またはshRNA分子をコードする核酸も含まれる。
【0046】
例えば、関心対象の核酸作用物質には、アンチセンスオリゴヌクレオチド(ODN)、特に天然の核酸からの化学的修飾を有する合成ODN、またはそのようなアンチセンス分子をRNAとして発現する核酸構築物が含まれる。アンチセンス配列は、標的とするコード配列に対して相補的であり、その発現を阻害する。アンチセンス分子が、アンチセンス鎖がRNA分子として産生されるように転写開始が方向づけられている適切なベクター中の標的遺伝子配列のすべてまたは一部の発現によって産生されてもよい。または、アンチセンスオリゴヌクレオチドは合成オリゴヌクレオチドである。アンチセンスオリゴヌクレオチドは一般に、長さが少なくとも約7ヌクレオチド、通常は少なくとも約12ヌクレオチド、より一般的には少なくとも約20ヌクレオチドであり、かつ長さが約25ヌクレオチドを超えず、通常は約23〜22ヌクレオチドを超えず、その長さは、阻害効率によって、交差反応性がないことを含む特異性などによって決定される。アンチセンスオリゴヌクレオチドは、当技術分野において公知の方法によって化学合成することができる。好ましいオリゴヌクレオチドは、それらの細胞内安定性および結合親和性を高めるために、天然のホスホジエステル構造から化学的に修飾されている。骨格、糖または複素環式塩基の化学的性質を変化させるいくつかのそのような修飾が、文献中に記載されている。骨格の化学的性質の有用な変化の中には、ホスホロチオエート;非架橋酸素の両方が硫黄に置換されているホスホロジチオエート;ホスホロアミダイト;アルキルホスホトリエステルおよびボラノホスフェートがある。アキラル性ホスフェート誘導体には、3'-O'-5'-S-ホスホロチオエート、3'-S-5'-O-ホスホロチオエート、3'-CH2-5'-O-ホスホネートおよび3'-NH-5'-O-ホスホロアミデートが含まれる。ペプチド核酸は、リボースホスホジエステル骨格全体をペプチド結合で置き換えている。糖修飾もまた、安定性および親和性を高めるために用いられる。塩基が天然のβ-アノマーに対して反転している、デオキシリボースのα-アノマーを用いてもよい。リボース糖の2'-OHを2'-O-メチルまたは2'-O-アリル糖を形成するように変更してもよく、これは親和性を含まずに分解に対する抵抗性を与える。複素環式塩基の修飾は、適正な塩基対合を維持しなければならない。いくつかの有用な置換には、デオキシチミジンの代わりにデオキシウリジンを;デオキシシチジンの代わりに5-メチル-2'-デオキシシチジンおよび5-ブロモ-2'-デオキシシチジンを用いることが含まれる。5-プロピニル-2'-デオキシウリジンおよび5-プロピニル-2'-デオキシシチジンは、それぞれデオキシチミジンおよびデオキシシチジンの代わりに置換された場合に親和性および生物活性を高めることが示されている。1つのアンチセンスオリゴヌクレオチドまたはアンチセンスオリゴヌクレオチドの組み合わせを投与してもよく、この場合、組み合わせは複数の異なる配列を含みうる。
【0047】
別の例として、関心対象の核酸作用物質には、ポケットタンパク質、ARFタンパク質、またはこれらの対象タンパク質によって活性化される経路内のタンパク質を阻害するRNA作用物質が含まれる。RNA作用物質とは、標的遺伝子、すなわちRB、p107、p130もしくはARFまたはそれらのシグナル伝達経路のメンバーの発現をRNA干渉の機序によってモジュレートする、リボヌクレオチドをベースとする作用物質のことを意味する。RNA作用物質はマイクロRNAであってもよい。例えば、miRNAがARFの発現を抑制することを教示している、Mudhasani et al. (2008) J Cell Biol 181 (7):1055-63を参照されたい。RNA作用物質が、RNAi作用物質、例えば、互いにハイブリダイズした2つの異なるオリゴリボヌクレオチド(siRNA)または二重鎖構造を生じる小型ヘアピン形態をとる単一のリボオリゴヌクレオチド(shRNA)などの、二重鎖構造で存在する小型リボ核酸分子(本明細書では干渉性リボ核酸とも称する)、すなわちオリゴリボヌクレオチドであってもよい。オリゴリボヌクレオチドとは、長さが約100ヌクレオチドを超えず、典型的には長さが約75ヌクレオチドを超えないリボ核酸のことを意味し、ある態様においてその長さは約70ヌクレオチド未満である。RNA作用物質が互いにハイブリダイズした2つの異なるリボ核酸の二重鎖構造、すなわちsiRNAである場合、二重鎖構造の長さは典型的には約15〜30bp、通常は約15〜29bpの範囲であり、ある態様においては約20〜29bpの長さ、例えば21bp、22bpなどが特に関心の対象である。RNA作用物質がヘアピン形態で存在する単一のリボ核酸の二重鎖構造、すなわちshRNAである場合、ヘアピンのハイブリダイズした部分の長さは、典型的にはsiRNA型の作用物質に関して上記に提示した長さと同じであるか、または4〜8ヌクレオチド長い。この態様のRNAi作用物質の重量は典型的には約5,000ダルトン〜約35,000ダルトンの範囲であり、多くの態様においては少なくとも約10,000ダルトンでありかつ約27,500ダルトン未満であり、多くの場合は約25,000ダルトン未満である。
【0048】
dsRNAは、インビトロおよびインビボの方法、ならびに合成化学アプローチを含む、当技術分野において公知であるいくつかの方法のいずれかに従って調製することができる。そのような方法の例には、Sadher et al. ((1987) Biochem. Int. 14:1015)によって;Bhattacharyya ((1990) Nature 343:48)によって;Livache, et al. (米国特許第5,795,715号)によって;Sambrook, et al. ((1989) Molecular Cloning: A Laboratory Manual, 2nd ed.)によって;Transcription and Translation ((1984) B.D. Hames, and S.J. Higgins, Eds.)中に;DNA Cloning, volumes I and II ((1985) D.N. Glover, Ed.)中に;および、Oligonucleotide Synthesis ((1984) M.J. Gait, Ed.)中に記載された方法が非限定的に含まれ、これらはそれぞれその全体が参照により本明細書に組み入れられる。また、一本鎖RNA(ssRNA)を、酵素合成と有機合成の組み合わせ、または全有機合成によって生成させることもできる。合成化学法の使用により、所望の修飾ヌクレオチドまたはヌクレオチド類似体をdsRNAまたはssRNAに導入することが可能になる。例えば、安定性のための化学修飾および送達のためのコレステロールコンジュゲーションなどの、ある特定の「薬物様」特性を有するように人工的に作製された短鎖干渉性二本鎖RNA(siRNA)は、内因性遺伝子のインビボでの治療的サイレンシングを達成することが示されている。標的遺伝子のインビボでのサイレンシングのための薬理学的アプローチを開発するために、標的遺伝子中の配列に対して相補的な、化学修飾されてコレステロールとコンジュゲートされた一本鎖RNA類似体を、標準的な固相オリゴヌクレオチド合成プロトコールを用いて合成することができる。これらのRNAはコレステロールとコンジュゲートされており、さらに1つまたは複数の位置にホスホロチエート骨格を有してもよい。RNA阻害性作用物質は、約50nM〜500nM、より一般的には100nM〜200nMの最終濃度で与えることができる。
【0049】
ある態様において、RNA作用物質は、干渉性リボ核酸の転写テンプレートであってもよい。これらの態様において、転写テンプレートは典型的には干渉性リボ核酸をコードするDNAである。DNAはベクター中に存在してもよく、例えばプラスミドベクター、ウイルスベクターなどの多種多様なベクターが当技術分野において公知である。
【0050】
本発明においてポケットタンパク質活性およびARF活性を一過的に阻害するために適した作用物質には、例えばドミナントネガティブペプチドなどのポリペプチド、または当技術分野において理解されている通りにポケットタンパク質もしくはARF活性によって通常拮抗されるポケットタンパク質もしくはARFの標的のペプチドも含まれる。そのようなポリペプチドを任意で、産物の溶解性を高めるポリペプチドドメインと融合させてもよい。このドメインは、明確なプロテアーゼ切断部位、例えば、TEVプロテアーゼによって切断されるTEV配列を通じてポリペプチドと連結させることができる。リンカーが1つまたは複数の柔軟な配列、例えば1〜10個のグリシン残基を含んでもよい。いくつかの態様において、融合タンパク質の切断は、産物の溶解性を維持する緩衝液中で、例えば、0.5〜2M尿素の存在下、溶解性を高めるポリペプチドおよび/またはポリヌクレオチドの存在下などで行われる。関心対象のドメインには、例えばインフルエンザHAドメインなどのエンドソーム溶解性ドメイン;および産生を補助する他のポリペプチド、例えば、IF2ドメイン、GSTドメイン、GRPEドメインなどが含まれる。
【0051】
細胞の細胞内ドメインに対するポリペプチドの送達を促進するために、ポリペプチドが、ポリペプチド浸透性ドメインと融合された関心対象のポリペプチド配列を含んでもよい。いくつかの浸透性ドメインが当技術分野において公知であり、ペプチド、ペプチド模倣体および非ペプチド担体を含む、本発明の非組込み型ポリペプチドに用いることができる。例えば、浸透性ペプチドが、アミノ酸配列RQIKIWFQNRRMKWKKを含む、ペネトラチン(penetratin)と称されるキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)転写因子アンテナペディア(Antennapaedia)の第3αヘリックスに由来してもよい。別の例として、浸透性ペプチドはHIV-1 tat基本領域のアミノ酸配列を含み、これは例えば、天然起源tatタンパク質のアミノ酸49〜57を含みうる。他の浸透性ドメインは、ポリアルギニンモチーフ、例えば、HIV-1 revタンパク質のアミノ酸34〜56の領域、ノナ-アルギニン、オクタ-アルギニンなどを含む(例えば、Futaki et al. (2003) Curr Protein Pept Sci. 2003 Apr; 4(2): 87-96;およびWender et al. (2000) Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A 2000 Nov. 21 ; 97(24):13003-8;公開された米国特許出願第20030220334号;同20030083256号;同20030032593号;および同20030022831号を参照されたい。これらは移行ペプチドおよびペプトイドの教示のために参照により本明細書に明確に組み入れられる)。ノナ-アルギニン(R9)配列は、特徴が明らかにされている比較的効率の高いPTDの1つである(Wender et al. 2000;Uemura et al. 2002)。
【0052】
本発明においてポケットタンパク質活性およびARF活性を一過的に阻害するために適した作用物質には、ポケットタンパク質活性およびARF活性に拮抗する前記のポリペプチドをコードする核酸も含まれる。核酸を標的細胞内に移入するために有用な多くのベクターを利用することができる。ベクターは、例えばプラスミド、ミニサークルDNA、サイトメガロウイルス、アデノウイルスなどのウイルス由来ベクターなどとしてエピソーム的に維持されても、または例えば、MMLV、HIV-1、ALVなどのレトロウイルス由来ベクターのように、それらが相同組換えもしくはランダムな組込みを通じて標的細胞ゲノム中に組み込まれてもよい。ベクターは対象細胞に直接与えることができる。換言すれば、対象分裂終了分化細胞を関心対象の核酸を含むベクターと接触させ、ベクターが細胞によって取り込まれるようにする。エレクトロポレーション、塩化カルシウムトランスフェクションおよびリポフェクションといった、細胞を核酸ベクターと接触させるための方法は、当技術分野において周知である。
【0053】
または、関心対象の核酸を、ウイルスを介して対象細胞に与えることもできる。換言すれば、対象分裂終了分化細胞を、関心対象の核酸を含むウイルス粒子と接触させる。レトロウイルス、例えばレンチウイルスは、本発明の方法に特に適している。一般的に用いられるレトロウイルスベクターは「欠損性」であり、すなわち、増殖性感染のために必要とされるウイルスタンパク質を産生することができない。より正確に言えば、このベクターの複製はパッケージング細胞株における増殖を必要とする。関心対象の核酸を含むウイルス粒子を生成させるためには、その核酸を含むレトロウイルス核酸を、パッケージング細胞株によってウイルスキャプシド中にパッケージングさせる。種々の異なるパッケージング細胞株により、キャプシド中に取り込まれる異なるエンベロープタンパク質が与えられ、このエンベロープタンパク質が細胞に対するウイルス粒子の特異性を決定づける。エンベロープタンパク質には、同種指向性、両種指向性および異種指向性という少なくとも3つの種類がある。同種指向性エンベロープタンパク質、例えばMMLVとともにパッケージングされたレトロウイルスは、ほとんどの種類のマウス細胞およびラット細胞を感染させることができ、BOSC23などの同種指向性パッケージング細胞株を用いることによって生成される(Pear et al. (1993) P.N.A.S. 90:8392-8396)。両種指向性エンベロープタンパク質、例えば4070A(Danos et al, 前記)を保有するレトロウイルスは、ヒト、イヌおよびマウスを含む、ほとんどの種類の哺乳動物細胞を感染させることができ、PA12(Miller et al. (1985) Mol. Cell. Biol. 5:431 -437);PA317 (Miller et al. (1986) Mol. Cell. Biol. 6:2895-2902);GRIP (Danos et al. (1988) PNAS 85:6460-6464)などの両種指向性パッケージング細胞株を用いることによって生成される。異種指向性エンベロープタンパク質、例えばAKR envとともにパッケージングされたレトロウイルスは、マウス細胞を除く、ほとんどの種類の哺乳動物細胞を感染させることができる。分化した対象CD33+体細胞が、パッケージングされたウイルス粒子によって確実に標的化されるように、適切なパッケージング細胞株を用いることができる。リプログラミング因子をコードする核酸を含むレトロウイルスベクターをパッケージング細胞株に導入する方法、およびパッケージング株によって生成されたウイルス粒子を収集するための方法は、当技術分野において周知である。
【0054】
関心対象の核酸を対象細胞に与えるために用いられるベクターは、典型的には、関心対象の核酸の一過性発現、すなわち一過性転写活性化をドライブするために適したプロモーターを含むと考えられる。これらは典型的には、テトラサイクリンなどの薬物の存在に応答するプロモーターのような誘導性プロモーターであると考えられる。転写活性化とは、転写が標的細胞における基礎レベルの少なくとも約10倍、少なくとも約100倍、より一般的には少なくとも約1000倍に増大することを意図している。
【0055】
1つまたは複数のポケットタンパク質の活性を一過的に阻害する、1つまたは複数の作用物質を用いることができる。同様に、ARFの活性を一過的に阻害する、1つまたは複数の作用物質を用いることができる。作用物質は対象分裂終了分化細胞に個別に与えても、または作用物質の単一の組成物、すなわち、あらかじめ混合した組成物として与えてもよい。個別に与える場合には、作用物質を対象分裂終了分化細胞に同時に添加しても、または異なる時点で逐次的に添加してもよい。例えば、ポケットタンパク質の活性を一過的に阻害する作用物質をまず与え、ARFの活性を一過的に阻害する作用物質を2番目に、例えば24時間後に与えてもよい。
【0056】
いくつかの態様において、有糸分裂を促進する付加的な作用物質、例えば、bFGF、EGF、BMP、ニューレグリン、ペリオスチンなどの増殖因子を、接触の段階で細胞に与えてもよい。いくつかの態様においては、細胞周期リエントリーを促進する作用物質も接触の段階で細胞に与える。例えば、対象分裂終了分化細胞が骨格筋筋細胞である態様においては、微小管を破壊する作用物質、例えばミオセベリンペプチド(Rosania GR et al. (2000) Nat Biotechnol. 18(3):304-8)または当技術分野において公知である低分子(例えば、Duckmanton A, (2005) Chem Biol. 12(10):1117-26を参照されたい。その開示内容は参照により本明細書に組み入れられる。)などを、多核骨格筋細胞を断片化するために与えることができる。そのような作用物質は、典型的には、対象分裂終了分化細胞が形態学的に複雑な表現型、例えば、多核筋細胞、ニューロン、肝細胞などの構築のように、細胞に極性を与える細胞骨格構築を有する場合に用いられる。
【0057】
PMDがインビボすなわちインサイチューでRCCになりかつ分裂するように誘導される態様においては、作用物質を局所的に、すなわち、対象における標的部位に、すなわち組織に直接投与する。作用物質は、例えば、液体として(例えば、任意の適した緩衝液(食塩水、PBS、DMEM、Iscove培地など)の中で)、ペーストとして、マトリックス支持体中で、固体支持体(例えば、ビーズ、メッシュフィルターなどのフィルター、膜、糸など)とコンジュゲートさせるなどの、当技術分野において公知である任意のさまざまな様式で与えることができる。組織における条件は、典型的にはPMDの脱分化および分裂を可能にするものであり、上記の作用物質を与えることを除いて、基本条件の変更は必要でない。
【0058】
PMDがエクスビボでRCCになりかつ分裂するように誘導される態様においては、当技術分野において公知である、対象系列の始原細胞の増殖を促進するために典型的に用いられる培地中で、細胞を作用物質と、約30分間〜約24時間にわたって、例えば、1時間、1.5時間、2時間、3時間、4時間、6時間、8時間、12時間、18時間、20時間、または約30分間から約24時間までの任意の他の期間にわたって接触させる。例えば、分裂終了分化細胞が筋細胞である態様においては、作用物質を、高レベルの血清、例えば15%〜20% FBS、1% Pen-Strepおよび1.25〜2.5ng/mLのbFGFを加えたDMEM LG+F10培地中にて与えることができる。いくつかの態様においては、細胞を作用物質と繰り返し接触させ、例えば、約1日毎から約4日毎までの頻度、例えば、1.5日毎、2日毎、3日毎、4日毎、または約1日毎から約4日毎までの任意の他の頻度で作用物質と接触させる。例えば、作用物質を対象細胞に1回与えて、細胞を作用物質とともに16〜24時間インキュベートし、その後に培地を新たな培地と交換して、細胞をさらに培養しても、または作用物質を対象細胞に2回与え、作用物質との16〜24時間のインキュベーションを各供与後に計2回行い、その後に培地を新たな培地と交換して、細胞をさらに培養してもよい。
【0059】
1つまたは複数のポケットタンパク質およびARFの一過性阻害により、対象PMDは、RCCになりかつ分裂するように一過的に誘導されると考えられる。一過的に誘導されるとは、PMDが、限られた長さの時間、すなわち12時間、1日間、2日間、3日間、5日間または7日間にわたって有糸分裂を受けるように誘導されることを意味する。したがって、対象PMDおよびそれらの後代は、1回の有糸分裂、最大で2回の有糸分裂、最大で3回、最大で4回、最大で5回、最大で6回、または最大で10回の有糸分裂を受けることができる。これは、調節下にない有糸分裂を受ける、すなわち、無制限の長さの時間にわたって分裂し続ける腫瘍形成性細胞とは異なる。RCCが活発に分裂する期間は誘導期間として知られる。分裂するように一過的に誘導されたPMDは、誘導期間中に、系列限定細胞である後代の集団またはコホートを生じさせる。換言すれば、PMDは、2個もしくはそれ以上の細胞、4個もしくはそれ以上の細胞、8個もしくはそれ以上の細胞、16個もしくはそれ以上の細胞、32個もしくはそれ以上の細胞、64個もしくはそれ以上の細胞、100個もしくはそれ以上の細胞、1000個もしくはそれ以上の細胞、または10,000個もしくはそれ以上の細胞を生じさせることができる。いくつかの態様においては、複数のPMD、すなわちPMDの集団を分裂するように誘導して、系列限定細胞である後代の集団を生じさせる。集団内の接触させた分裂終了分化細胞のうちの少なくとも約1%、約2%、約5%、約8%、より一般的には約10%、約15%、約20%、または約50%を、分裂するように誘導することができる。いくつかの態様において、PMDはRCCになる過程で脱分化する。場合によっては、作用物質、例えば、Rbおよび/またはARFに関連した作用物質を与えることにより、一過性誘導を制御して、細胞を分裂終了状態に戻すこともできる。そのようなRBおよび/またはまたはARFに関連した作用物質の例には、RBもしくはARFポリペプチド、またはこれらのポリペプチドもしくはそれらの活性ドメインをコードするcDNAが含まれる。
【0060】
これらの分裂による後代は、ある特定の系列のすべての細胞、すなわち系列限定細胞(LRC)であり、その系列は最初に接触を受けたPMDの系列である。ポケットタンパク質およびARFを阻害する作用物質が活性を有する間、すなわち誘導期間中は、培養物のLRCは、PMDの細胞株列に決定づけられた有糸分裂始原細胞(MPC)であろうと考えられる。ポケットタンパク質およびARFを阻害する作用物質がもはや活性を有しなくなると、すなわち誘導期間の完了後には、培養物のLRCは、PMDの細胞株列に決定づけられた分裂終了未熟細胞(PMI)であろうと考えられる。例えば、分裂終了分化細胞が筋細胞である態様において、誘導期間中の後代LRCは筋芽細胞(それらによる、1つまたは複数の有糸分裂マーカー、ならびに1つまたは複数の筋芽細胞マーカー、例えばmyf5およびpax7などの発現によって同定しうる)であろうと考えられ、誘導期間後の後代LRCは筋肉前駆細胞(それらによる有糸分裂マーカーの発現の欠如、ならびにミオゲニンを含む複数のマーカーの1つの発現によって同定しうる)であろうと考えられる。
【0061】
PMDがインビボで、すなわちインサイチューでRCCになりかつ分裂するように誘導される態様において、後代はその系列のPMDに自発的に分化しても、またはそれらに、その系列のPMDへの分化を促進する作用物質を与えてもよい。同様に、PMDがエクスビボでRCCになりかつ分裂するように誘導される態様において、後代はその系列のPMDに自発的に分化しても、またはそれらを、それらがそうなるように運命づけられた、成熟した分裂終了分化細胞の集団への分化を促進する条件に移行させてもよい。ある態様において、エクスビボで分裂するように誘導された細胞の、分化を促進する条件への移行は、後代を対象の組織中に移植することによって実施される。細胞は、細胞を組織に送達するための、当技術分野において標準的ないくつかの方法のいずれか、例えば、それらを適した緩衝液(食塩水、PBS、DMEM、Iscove培地など)の中にある懸濁液として注射すること、それらを例えばビーズ、メッシュフィルターなどのフィルター、膜などの固体支持体上に与えることなどによって移植することができる。ある態様において、移行は、培地を、当技術分野において公知であるような、その系列の細胞の分化を促進する培地に変えることによって実施される。例えば、分裂終了分化細胞が筋細胞である態様においては、作製されたLRCを、低レベルの血清、例えば2% HS、1% Pen-Strepを加えたDMEM LG培地中で、分化するように誘導することができる。
【0062】
インビトロでの用途
本方法によって作製されたLRCには、インビトロおよびインビボの両方において多くの用途がある。例えば、疾患を有する個体に由来するPMDは、所望の細胞特異的実体および疾患に関連した異常な調節プログラムを有する。本方法によってこれらのPMDから作製されたLRCも、その疾患表現型を呈すると考えられる。したがって、増殖させたLRCは、異常を来した調節機構の特徴決定のための材料として役立てることができる。加えて、これらの細胞は、治療用作用物質を、それらが疾患表現型を改善する能力に関してスクリーニングするための材料としても役立つと考えられる。このようにして、エクスビボで作製されたLRCを用いることで、疾患表現型をもたらす調節ネットワークまたは基礎にある機序を研究することができる。同様に、そのような疾患に由来するLRCを用いることで、治療用作用物質の候補を、その病態において異常を来した調節段階の改善における有効性および/または毒性に関してスクリーニングすることもできる。
【0063】
生物活性のある作用物質に関するスクリーニングアッセイ法においては、個体、例えば疾患状態を有する個体、例えば生きている個体または死体に由来するPMDから、上記の本方法によってLRCを作製して、分化させる。続いて、分化した細胞を関心対象の候補作用物質と接触させて、1つまたは複数の出力パラメーターをモニターすることによって、候補作用物質の効果を評価する。これらの出力パラメーターは、上記の方法による、DNA断片化の量、細胞ブレブ形成の量、アネキシンV染色によって描出される細胞表面上のホスファチジルセリンの量などのように、アポトーシス状態を反映するものであってもよい。代替的または追加的に、出力パラメーターは、例えば、培養物中の細胞数、培養物の増殖速度などのように、培養物の生存度を反映するものであってもよい。代替的または追加的に、出力パラメーターは、例えば、細胞が培養下で生存する時間の長さ、培養物中のユビキチンに関連した斑の有無などのように、培養物中の細胞の健常状態を反映するものであってもよい。代替的または追加的に、出力パラメーターは、例えば、細胞によって産生されるサイトカインおよびケモカイン、細胞の化学走性の速度、細胞の細胞傷害活性などのように、培養物中の細胞の機能を反映するものであってもよい。そのようなパラメーターは当業者に周知である。
【0064】
パラメーターは、細胞の定量可能な成分、特に、望ましくはハイスループットシステムにおいて、正確に測定しうる成分である。パラメーターは、細胞表面決定基、受容体、タンパク質もしくはそれらの立体配座もしくは翻訳後修飾物、脂質、糖質、有機分子もしくは無機分子、核酸、例えばmRNA、DNAなどを含む、任意の細胞成分もしくは細胞産物、またはそのような細胞成分に由来する一部分、またはそれらの組み合わせでありうる。ほとんどのパラメーターは定量的な読み取り値を与えると考えられるが、場合によっては、半定量的または定性的な結果も許容されると考えられる。読み取り値には、決定された単一値が含まれて、または平均、中央値もしくは分散などが含まれてもよい。特徴的には、多数の同じアッセイ法により、各パラメーターに関して、ある範囲にわたるパラメーター読み取り値が得られる。単一値を得るために用いられる一般的な統計方法とともに標準的な統計方法を用いて、被験パラメーターのセットのそれぞれに関して、ばらつきを推定して、ある範囲の値を得る。
【0065】
LRCを作製するために有用なPMDには、上記で説明した通り、分裂終了細胞を含む任意の組織、例えば筋肉、神経系、膵臓、肝臓などに由来する任意の分裂終了細胞、例えば、心臓病を有する個体由来の心筋細胞、アルツハイマー病、パーキンソン病、ALSを有する個体由来のニューロンなどが含まれる。
【0066】
スクリーニングのための関心対象の候補作用物質には、有機分子を主とする多数の化学クラスを包含する公知および未知の化合物が含まれ、これには有機金属分子、無機分子、遺伝子配列などが含まれうる。本発明の1つの重要な局面は、毒性試験などを含めて、候補薬物を評価することである。
【0067】
候補作用物質には、構造的相互作用、特に水素結合のために必要な官能基を含む有機分子が含まれ、これらは典型的には、少なくとも1つのアミン基、カルボニル基、ヒドロキシル基またはカルボキシル基を含み、しばしば少なくとも2つの化学官能基を含む。候補作用物質は多くの場合、上記の官能基の1つまたは複数によって置換された、環式炭素構造もしくは複素環式構造および/または芳香族構造もしくは多環芳香族構造を含む。候補作用物質はまた、ペプチド、糖類、脂肪酸、ステロイド、プリン、ピリミジン、それらの誘導体、構造類似体または組み合わせを含む生体分子の中にも見いだされる。薬理活性のある薬物、遺伝的活性のある分子などが含まれる。関心対象の化合物には、化学療法薬、ホルモンまたはホルモン拮抗薬などが含まれる。本発明に適した薬学的作用物質の例には、"The Pharmacological Basis of Therapeutics," Goodman and Gilman, McGraw-Hill, New York, N.Y., (1996), Ninth editionに記載されたものがある。毒素、ならびに生物兵器剤および化学兵器剤も同じく含まれ、これについては例えば、Somani, S. M. (Ed.), "Chemical Warfare Agents," Academic Press, New York, 1992)を参照されたい。
【0068】
候補作用物質を含む化合物は、合成化合物または天然化合物のライブラリーを含む多種多様な供給源から得られる。例えば、数多くの手段を、ランダム化されたオリゴヌクレオチドおよびオリゴペプチドの発現を含む、生体分子を含む多種多様な有機化合物のランダム合成および定方向合成のために利用することができる。または、細菌抽出物、真菌抽出物、植物抽出物および動物抽出物の形態にある天然化合物のライブラリーも利用可能であるか、または容易に作製される。さらに、天然の、または合成によって作製されたライブラリーおよび化合物は従来の化学的、物理的および生化学的な手段によって容易に修飾され、それらを用いてコンビナトリアルライブラリーを作製することもできる。公知の薬理学的作用物質を定方向化学修飾またはランダム化学修飾、例えば、アシル化、アルキル化、エステル化、アミド化などに供して、構造的類似体を作製することができる。
【0069】
通常は候補作用物質を欠く細胞も併用した上で、作用物質を少なくとも1つの細胞試料、通常は複数の細胞試料に添加することにより、作用物質を生物活性に関してスクリーニングする。作用物質に応答したパラメーターの変化を測定し、その結果を、例えば、作用物質の存在下および不在下において、他の作用物質を用いて得られる参照培養物などと比較することによって評価する。
【0070】
作用物質は、溶液中にある状態で、または容易に溶解しうる形態で、培養下にある細胞の培地に添加することが好都合である。作用物質はフロースルー系に間欠的もしくは連続的な流れとして添加しても、または代替的には、それ以外の点では静的な溶液に対して、化合物のボーラスを単回でもしくは漸増的に添加してもよい。フロースルー系では2種の流体が用いられ、その一方は生理的に中性の溶液であり、もう一方は同じ溶液に被験化合物を添加したものである。第1の流体を細胞上に通過させ、続いて第2の流体を通過させる。単一溶液法では、細胞を取り囲む培地に被験化合物のボーラスを添加する。培地の成分の総濃度は、ボーラスの添加によって、またはフロースルー法における2つの溶液の間で著しく変化すべきではない。
【0071】
さまざまな濃度に対する差異を伴う応答を得るために、異なる濃度の作用物質を用いる複数のアッセイ法を並行して行ってもよい。当技術分野において公知であるように、作用物質の有効濃度の決定には、典型的には1:10または他の対数尺度での希釈によって得られる、ある範囲の濃度が用いられる。必要に応じて、第2の連続希釈によって濃度をさらに微調整してもよい。典型的には、これらの濃度のうちの1つは陰性対照としての役割を果たし、これはすなわち、濃度ゼロもしくは作用物質の検出限界よりも低いか、または表現型に検出可能な変化をもたらさない作用物質の濃度もしくはそれ未満の濃度である。いくつかの態様においては、細胞を、DSBRを抑制する作用物質とも接触させ、DSB数の増加によるアポトーシス効果に対する細胞の感受性をさらに高める。
【0072】
選択されたパラメーターの定量のためには、さまざまな方法を利用することができる。例えば、DNA断片化を測定するために、末端デオキシヌクレオチドトランスフェラーゼdUTP切断末端標識法(TUNEL)を用いてもよい。細胞表面上のホスファチジルセリンに対するアネキシンVの結合を検出するために、フローサイトメトリーを用いてもよい。BrdU標識を用いて増殖速度を検出することもできる。培地中に分泌されたサイトカインおよびケモカインをアッセイするために、ウエスタンブロット法を用いることもできる。化学走性能力をアッセイするために、Boydenチャンバーなどにおける遊走アッセイ法を用いることもできる。細胞の細胞傷害性をアッセイするために、抗体依存性細胞媒介性細胞傷害(ADCC)アッセイ法を用いることもできる。そのような方法は当業者に周知であると考えられる。
【0073】
別の例として、本方法によってエクスビボで作製されたLRCを、例えば疾患の細胞機序を解明するために、研究に用いることもできる。例えば、エクスビボで作製されたLRCを特徴決定することで、病態の基礎にある機序、および異常を来した調節経路を決定することができる。別の例として、エクスビボで作製されたLRCのゲノムDNAおよび/またはRNAを採集して、プロファイリングを行うことで、どの細胞株列において、およびどの発生段階で、どのプロモーターがより活性が高く、どの遺伝子がより高度に転写されるかをより良く理解することができる。
【0074】
本方法によってエクスビボで作製されたLRCを、創薬につながる薬物の新規標的を同定するために用いることもできる。作用物質を、特定のシグナル伝達経路をモジュレートするものに関してスクリーニングすることで、これらのシグナル伝達経路が特定の系列の細胞の分化において果たす役割をより良く理解することができる。そのような作用物質は、その病態を改善する新たな治療薬になる可能性がある。
【0075】
さらに、本方法によって作製されたLRCを、化合物をそれらの毒性に関してスクリーニングするために用いることもできる。例えば、本方法を用いて肝細胞からLRCを調製し、それらのLRCを本方法によって肝細胞に分化させることができる。続いて、新たに分化したLRCを、薬物を毒性に関してスクリーニングするために用いることができる。そのようなスクリーニングにおいてアッセイしうる、細胞機能の指標となるパラメーターの例には、当技術分野において周知であるように、シトクロムP450パネルまたは「CYP」のメンバーが含まれる。
【0076】
インビボでの用途
別の例として、LRCは、起点となるPMDを得た組織に寄与しうる潜在能力を有し、それ故に、エクスビボまたはインビボで作製されたLRCは、分化中の細胞または分化した細胞をレシピエントにおいて再構成させるため、または補充するため、すなわち組織を再生させるために用いることができる。例えば、対象分裂終了分化細胞が筋細胞である上記の方法の態様において、上記のエクスビボ方法によって生成された系列限定細胞を筋肉内に移植すること、または上記のインビボ方法によって筋肉内にインサイチューで系列特異的細胞を作製することは、患者における新たな筋肉細胞の分化を結果的にもたらす。本明細書で用いる筋再生とは、筋肉始原細胞または筋肉前駆細胞から新たな筋線維が形成される過程のことを指す。治療用組成物は通常、新たな線維数の少なくとも1%、より好ましくは少なくとも20%、かつ最も好ましくは少なくとも50%の増加をもたらすと考えられる。筋肉の成長は、線維サイズの増加によって、および/または線維数の増加によって起こりうる。筋肉の成長は、湿重量の増加、タンパク質含有量の増加、筋線維数の増加、筋線維直径の増加などによって測定することができる。筋線維の成長の増加は直径の増加と定義することができ、直径は横断面の楕円の短軸と定義される。
【0077】
筋再生を筋肉の分裂指数によってモニターしてもよい。例えば、細胞を倍加時間の2倍に等しい時間にわたって標識薬に曝露させてもよい。分裂指数とは、S期中にのみ取り込まれるトレーサー(すなわち、BrdU)の存在下で成長させた場合に標識された核を有する培養物中の細胞の割合のことであり、倍加時間は、培養物中の細胞数が2倍に増加するために必要な平均S時間と定義される。また、増殖性筋再生を筋力および敏捷性の増加によってモニターすることもできる。
【0078】
筋再生を、筋形成、すなわち筋管を生じる筋芽細胞の融合の定量によって測定することもできる。筋形成に対する効果は、筋芽細胞の融合の増加、および筋肉分化プログラムの実行可能性を結果的にもたらす。例えば、筋形成は、存在する核の総数に対して相対的な、多核細胞内に存在する核の割合によって測定することができる。また、筋形成を、筋管における面積当たりの核の数をアッセイすることによって、またはウエスタン分析による筋肉特異的タンパク質のレベルの測定によって判定することもできる。
【0079】
筋線維の生存は、壊死もしくはアポトーシスによって証明される筋線維の喪失の防止、または筋線維喪失の他の機序の防止のことを指してもよい。筋肉は損傷、萎縮などによって喪失する可能性があり、筋肉の萎縮とは筋線維周囲寸法の有意な減少のことを指す。
【0080】
本方法によって作製された系列限定細胞を使用する組織再生療法は、広範囲にわたる疾患または障害に罹患した対象を治療するために有用である。例えば、分裂終了分化細胞が筋細胞である態様において、筋肉異常、例えば、急性心虚血、外科手術(例えば、腫瘍切除)もしくは身体外傷(切断術/銃創)に起因する損傷、または虚血性心筋症、伝導障害および先天性欠損症などの変性心疾患に罹患した対象は、本方法の系列限定細胞を用いる再生組織療法による利益を特に受けると考えられる。
【0081】
本細胞によって治療しうると考えられる筋肉異常の具体的な例には、心筋の障害が含まれる。そのような障害には、心筋梗塞(心臓細胞の死滅を引き起こす、心臓の一部に対する血液供給の遮断);心停止(心臓がうまく収縮できなくなること);心不全(常にではないが多くの場合は心筋梗塞または心停止が原因で、心臓が身体の需要を満たすのに十分な血流を徐々に供給できなくなること);心虚血再灌流傷害(虚血状態後の血液の組織再灌流に起因する組織の損傷);心筋症(虚血、薬物またはアルコール毒性、ある種の感染症(C型肝炎を含む)ならびにさまざまな遺伝性および特発性(すなわち、未知)の原因などに起因する筋虚弱);外科手術に起因する損傷、ならびに伝導障害および先天性欠損症などの変性心疾患が非限定的に含まれる。
【0082】
本細胞、特に同種細胞および/または遺伝的に改変された自己細胞によって治療しうると考えられる筋肉異常の他の例には、デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーなどの筋ジストロフィーが含まれる。デュシェンヌ型筋ジストロフィーは、筋線維の破壊および再生、ならびに結合組織による置換を伴う進行性近位筋虚弱を特徴とするX連鎖劣性障害である。デュシェンヌ型筋ジストロフィーは、筋肉細胞膜の内側に認められるタンパク質であるジストロフィンの欠如を結果的にもたらす、Xp21遺伝子座での突然変異によって引き起こされる。出生男児3000人当たり1人がこれに罹患する。症状は典型的には3〜7歳の男児で起こり始まる。進行は定常的であり、四肢屈曲部拘縮および側弯が発生する。強固な仮性肥大(特定の肥大した筋肉群、特に腓腹での脂肪性および線維性置換)が発生する。ほとんどの患者は10歳または12歳までに車椅子に座ったきりとなり、20歳までに呼吸器合併症のために死亡する。ベッカー型筋ジストロフィーはより重症度の低い変種であり、同じくXp21遺伝子座での突然変異に起因する。ジストロフィンの数量または分子量が減少する。患者は通常、歩ける状態を保ち、ほとんどは30歳代および40歳代まで生存する。
【0083】
本細胞、特に同種細胞および/または遺伝的に改変された自己細胞によって治療しうると考えられる筋肉異常の他の具体的な例には、糖原病およびミトコンドリア性ミオパチーを含む、先天性および代謝性のミオパチーなどの非ジストロフィー性ミオパチーが含まれる。先天性ミオパチーは、幼児期における筋緊張低下、または後期幼少期における筋虚弱および運動発達遅延を引き起こす異種混交的な障害群である。常染色体優性型のネマリンミオパチーは第1番染色体(トロポミオシン遺伝子)と連鎖しており、劣性型は第2番染色体と連鎖している。他の型は、染色体19q上のリアノジン受容体(筋小胞体のカルシウム放出チャネル)の遺伝子における突然変異によって引き起こされる。骨格異常および身体形態異常が多くみられる。診断は、特異的な形態変化を同定するための筋肉試料の組織化学検査および電子顕微鏡検査によって行われる。
【0084】
ミトコンドリア性ミオパチーは、外眼筋の軽症の緩徐進行性筋虚弱から、重症の致死性乳児ミオパチーおよび多系統脳筋症までの範囲にわたる。いくつかの症候群が定義されており、それらの間にはある程度の重複がある。筋肉が冒される確立された症候群には、進行性外眼筋麻痺、カーンズ・セイアー症候群(眼筋麻痺、網膜色素変性症、心伝導障害、小脳性運動失調および感音性難聴を伴う)、MELAS症候群(ミトコンドリア性脳筋症、乳酸アシドーシスおよび脳卒中様発作)、MERFF症候群(ミロクローヌスてんかんおよび赤色ぼろ線維)、肢帯分布型筋虚弱および乳児ミオパチー(良性、または重症かつ致死性)が含まれる。ゴモリトリクローム染色変法によって染色した筋生検標本は、ミトコンドリアの過剰蓄積に起因する赤色ぼろ線維を示す。基質の輸送および利用、クレブス回路、酸化的リン酸化または呼吸鎖における生化学的異常が検出可能である。数多くのミトコンドリアDNAの点突然変異および欠失が記述されており、これは非メンデル式母性遺伝パターンで遺伝する。核にコードされたミトコンドリア酵素の突然変異が起こる。
【0085】
筋肉の糖原病は、糖質代謝における特定の生化学的異常に起因する骨格筋でのグリコーゲンの異常蓄積を特徴とする、一群の稀な常染色体劣性疾患である。これらの疾患は軽症のこともあれば重症のこともある。重症型では、1,4-グルコシダーゼが存在しない酸性マルターゼ欠損症(ポンペ病)が1歳までに顕在化し、2歳までに死に至る。グリコーゲンが心臓、肝臓、筋肉および神経に蓄積する。より重症度の低い型では、この欠損症は成人期に、近位肢筋力低下、および換気不全を引き起こす横隔膜病変を生じることがある。筋電図上は傍脊柱筋群における筋強直性放電が一般的に認められるが、臨床的には筋緊張症は起こらない。他の酵素欠損症には、運動後の有痛性けいれんを引き起こし、その後にミオグロビン尿症が起こるものがある。診断は、虚血運動負荷試験で血清乳酸値の適切な上昇がみられないことによって裏づけられ、特異的な酵素異常を実証することによって確定される。
【0086】
チャネル病は、膜伝導系の障害に起因する機能的異常を伴う神経筋障害であり、イオンチャネルが冒される突然変異によって生じる。筋緊張性障害は、筋肉膜異常に起因する、随意筋収縮後の異常に緩徐な弛緩を特徴とする。
【0087】
筋緊張性ジストロフィー(シュタイネルト病)は、ジストロフィー性筋虚弱および筋緊張症を特徴とする常染色体優性多系統障害である。その分子的異常は、染色体19q上のミオトニン-プロテインキナーゼ遺伝子の3'非翻訳領域におけるトリヌクレオチド(CTG)リピートの伸長である。症状はあらゆる年齢で起こる可能性があり、臨床的重症度の範囲は幅広い。筋緊張症は手筋で顕著であり、下垂症は軽症例でもよくみられる。重症例では、著しい末梢筋力低下が起こり、白内障、早期脱毛、斧状顔貌、心不整脈、精巣萎縮および内分泌異常をしばしば伴う。精神発育遅滞がよくみられる。重症罹病者は50歳代初期までに死亡する。
【0088】
先天性筋緊張症(トムセン病)は、通常は幼児期に始まる、稀な常染色体優性筋緊張症である。いくつかの家系では、この障害は、骨格筋塩素イオンチャネル遺伝子を含む第7番染色体上の領域との連鎖が示されている。無痛性筋硬直は手、足および眼瞼で最も問題となり、運動によって改善する。筋力低下は通常はごくわずかである。筋肉は肥大することがある。診断は通常、特徴的な身体外観により、ハンドグリップを急に放すことができないことにより、および筋肉の直接叩打後の持続的筋収縮により、確定する。
【0089】
家族性周期性麻痺は、深部腱反射の喪失および筋肉が電気刺激に反応しなくなることを伴う弛緩性麻痺の発作を特徴とする、一群の稀な常染色体優性障害である。その低カリウム血症型は、染色体1q上のジヒドロピリジン受容体関連カルシウムイオンチャネル遺伝子における遺伝子突然変異に起因する。高カリウム血症型は、骨格筋ナトリウムイオンチャネルのサブユニット(SCN4A)をコードする染色体17q上の遺伝子における突然変異に起因する。筋肉異常、例えば急性心虚血、虚血性心筋症、伝導障害および先天性欠損症などの変性心疾患、または外科手術に起因する損傷などに罹患した対象は、再生組織療法による利益を特に受けると考えられる。
【0090】
筋肉組織のもの以外の疾患も、本方法によって作製された系列限定細胞を用いる再生組織療法によって同様に治療することができる。例えば、中枢神経系(CNS)または末梢神経系(PNS)の疾患をそのような治療法によって治療することができる。例えば、パーキンソン病の治療のためには、ドーパミン作動性ニューロンが分裂して、パーキンソン病に罹患した対象の黒質に移入しうる神経始原細胞(すなわち、神経系列の有糸分裂細胞)または神経前駆細胞(神経系列の分裂終了細胞、すなわち、有糸分裂からの脱出後)を生じさせるように、一過的に誘導することができる。または、神経始原細胞または神経前駆細胞を、エクスビボでドーパミン作動性ニューロンに分化するように誘導し、続いてパーキンソン病に罹患した対象の黒質または線条体に移入することもできる。または、パーキンソン病に罹患した対象の黒質のドーパミン作動性ニューロンを、インサイチューで一過的に分裂するように誘導してもよい。分裂終了分化ニューロン、神経始原細胞および前駆細胞、ならびにこれらの細胞を培養する方法の説明は、当技術分野において記述されている。本方法による利益を受ける可能性のある神経系の他の疾患および障害には、アルツハイマー病、ALS、嗅覚ニューロンの障害、脊髄ニューロンの障害、末梢ニューロンの障害、および損傷または疾患に起因する他の障害が含まれる。
【0091】
髄鞘形成を強化することが障害を治療するために望ましい、多発性硬化症、脊髄損傷または中枢神経系の他の障害の治療のためには、オリゴデンドロサイトが分裂して、オリゴデンドロサイト始原細胞(MPC)またはオリゴデンドロサイト前駆細胞(PMI)を生じさせるように一過的に誘導し、続いてそれらを、多発性硬化症などのCNSの脱髄性病状、または髄鞘形成を強化することが望ましい他の病状、例えば脊髄損傷などに罹患した対象に対して、髄鞘形成の強化が望まれる部位に移入することができる。または、オリゴデンドロサイト始原細胞またはオリゴデンドロサイト前駆細胞を、エクスビボでオリゴデンドロサイトに分化するように誘導し、続いてMS、脊髄損傷などに罹患した対象に対して、髄鞘形成の強化が望まれる部位に移入することもできる。または、MS、脊髄損傷などに罹患した対象のオリゴデンドロサイトを、髄鞘形成の強化が望まれる部位にてインサイチューで一過的に分裂させてもよい。分裂終了分化オリゴデンドロサイト、オリゴデンドロサイト始原細胞およびオリゴデンドロサイト前駆細胞、ならびにこれらの細胞を培養する方法の説明は、Dugas, J. et al. (2006) J Neurosci. 26:10967-10983および米国特許出願第20090258423号に記載されており、これらの開示内容は参照により本明細書に組み入れられる。
【0092】
他の例において、分裂終了分化膵島細胞に由来する膵島細胞始原細胞(MPC)または前駆細胞(PMI)を、糖尿病(例えば、真性糖尿病、1型)に罹患した対象に移入することもでき、例えば、Burns et al., (2006) Curr. Stem Cell Res. Ther., 2:255-266を参照されたい。膵臓の分裂終了分化細胞、すなわち島細胞、その系列の始原細胞および前駆細胞、ならびにこれらの細胞を培養する方法の説明は、米国特許第6,326,201号に記載されており、その開示内容は参照により本明細書に組み入れられる。
【0093】
分裂終了分化肝臓細胞に由来する肝臓始原細胞または分裂終了分化肝臓細胞は、肝疾患、例えば、肝炎、肝硬変または肝臓不全に罹患した対象に移植する。
【0094】
場合によっては、例えば疾患状態が組織特異的細胞機能における遺伝的異常に起因する場合には、同種組織、すなわち異なる宿主由来の組織の分裂終了分化細胞から作製した系列限定細胞によって組織を再生することが望ましいと考えられる。機能不全が外傷などの疾患状態によって生じた場合には、本細胞を自己組織から単離して、機能を再生させるために用いることができる。遺伝的異常に起因する疾患状態を治すために、自己細胞を遺伝的に改変してもよい。または、機能不全が外傷などの病状によって生じた場合には、分裂終了分化細胞がインサイチューで分裂し、分化して損傷組織に取り込まれると考えられる系列限定細胞を生じさせるように一過的に誘導することができる。
【0095】
以上で簡潔に述べた通り、エクスビボで作製された本系列限定細胞に、例えば機能喪失型突然変異を有する遺伝子を置き換えるため、マーカー遺伝子を与えるためといった種々の目的で遺伝子を導入することができる。または、アンチセンスmRNAまたはリボザイムを発現するベクターを導入して、それにより、望ましくない遺伝子の発現を阻止する。遺伝子療法の他の方法には、正常な始原細胞が有利になり、選択圧を受けることが可能になるようにする、例えば多剤耐性遺伝子(MDR)、またはbcl-2などの抗アポトーシス遺伝子といった薬剤耐性遺伝子の導入がある。上記で考察した通り、当技術分野において公知であるさまざまな手法、例えば、エレクトロポレーション、DNAカルシウム沈降法、融合、トランスフェクション、リポフェクション、感染などを、核酸を系列限定細胞に導入するために用いることができる。DNAを導入する個々の様式は、本発明の実施にとって特に重要ではない。
【0096】
本系列限定細胞が遺伝的に改変されたことを証明するには、さまざまな手法を用いることができる。細胞のゲノムは限定されている可能性があり、増幅した上で、または増幅せずに用いることができる。ポリメラーゼ連鎖反応;ゲル電気泳動;制限分析;サザンブロット法、ノーザンブロット法およびウエスタンブロット法;シークエンシングなどはいずれも用いることができる。細胞が導入されたDNAを発現する能力を維持しながら、骨髄細胞系列のすべてへと確実に成熟しうるように、細胞をさまざまな条件下で増殖させる。インビトロおよびインビボのさまざまな試験を用いることで、特定の系列の細胞へと分化する細胞の潜在能力が確実に維持されるようにする。
【0097】
系列限定細胞を、疾患(例えば、遺伝的異常)を治療するための治療法として用いてもよい。治療法は疾患の原因を治療することに向けられてもよいか;または代替的に、治療法は疾患もしくは病状の影響を治療するためであってもよい。上記のエクスビボ方法によって作製された系列限定細胞は、対象における損傷部位に移入しても、もしくは近接させてもよく、すなわち、局所的に送達/投与してもよいか;または細胞を、細胞が損傷部位へと遊走するかそれを目指して進むことを可能にするような様式で細胞に導入することもできる。移入された細胞は障害されたまたは損傷された細胞を都合良く置き換え、対象の全般的状態の改善を可能にすることができる。場合によっては、移入された細胞が組織再生または修復を刺激してもよい。
【0098】
系列限定細胞は任意の生理的に許容される添加剤の中にある状態で投与することができ、細胞は再生および分化のための適切な部位を見いだすことができる。細胞は、注射、カテーテルなどによって導入することができる。細胞は液体窒素温度で凍結させて、長期間保存することができ、これを解凍して用いることができる。凍結される場合、細胞は通常、10% DMSO、50% FCS、40% RPMI 1640培地中で保存することができる。ひとたび解凍すれば、始原細胞の増殖および分化と関連のある増殖因子および/またはフィーダー細胞の使用により、細胞を増大させることができる。
【0099】
本発明の細胞は、ヒトへの投与のために十分に無菌の条件下で調製された等張添加剤を含む、薬学的組成物の形態で供給することができる。組成物の細胞添加剤および任意の随伴要素の選択は、投与のために用いる経路およびデバイスに応じて適合化されると考えられる。組成物はまた、細胞の生着または機能的動員を助長する1つまたは複数の他の成分を含んでもまたは伴っていてもよい。適した成分には、細胞の付着を支えるかまたは促進するマトリックスタンパク質が含まれる。
【0100】
本方法は、予防処置および治療の両方の目的に有用である。したがって、本明細書で用いる場合、「治療すること」という用語は、疾患の予防、および既存の病状の治療の両方を指して用いられる。患者の臨床症状を安定化または改善するための、進行中の疾患の治療は、本発明によって提供される特に重要な利益である。そのような治療は、望ましくは罹患組織における機能喪失の前に行われ;そのため、本発明によって提供される予防処置的治療の利益も同じく重要である。治療効果の証拠は、疾患の重症度の何らかの低下であってもよい。治療効果は、臨床成績に関して測定することも、または免疫学的もしくは生化学的な検査によって判定することもできる。
【0101】
治療用製剤の投与量は、病状の性質、投与の頻度、投与様式、作用物質の宿主からの排除などに応じて大きく異なると考えられる。初回量を多くして、その後により少ない維持量を用いてもよい。用量は、毎週もしくは2週毎のように低頻度で投与することも、またはより多くの場合はより少ない用量に分割して毎日、週2回投与することも、またはさもなければ、有効な投与量レベルを維持するために必要に応じて投与することもできる。
【0102】
対象に対する治療の投与の回数はさまざまでありうる。対象への系列限定細胞の導入が1回限りのことである場合もあるが;ある状況では、そのような治療は限られた期間にわたる改善しか誘発せず、一連の繰り返し治療の継続が必要なこともある。別の状況では、効果が観察されるまでに細胞の複数回の投与が必要になることもある。厳密なプロトコールは、疾患または病状、疾患の病期、および治療される個々の対象のパラメーターに依存し、当業者によって容易に決定されうる。
【0103】
本発明はまた、本発明の組成物の成分の1つまたは複数、例えば、ポケットタンパク質ファミリーのメンバーの活性を一過的に阻害する作用物質、およびARFの活性を一過的に阻害する作用物質などが充填された1つまたは複数の容器を含む薬学的パックまたはキットも提供する。そのような容器には、医薬または生物製剤の製造、使用または販売を規制する政府機関により規定された形式の注意書きを備えることができ、その注意書きは、当局によるヒトへの投与のための製造、使用または販売の認可を示すものである。
【0104】
以下の実施例は、本発明の作製および使用の方法の完全な開示および説明を当業者に提供するために提示され、本発明者らが自らの発明とみなすものの範囲を限定する意図はなく、下記の実験が、実施したすべてまたは唯一の実験であることを表すことも意図していない。使用する数字(例えば、量、温度など)に関して正確さを保証するように努力はしているが、いくらかの実験誤差および偏差が考慮されるべきである。別に指示する場合を除き、割合は重量による割合であり、分子量は重量平均分子量であり、温度は摂氏温度であり、圧力は大気圧であるかまたはそれに近い。
【0105】
本明細書中に引用された刊行物および特許出願はすべて、それぞれの刊行物または特許出願が、参照により組み入れられることが特定的および個別的に示されている場合のように、参照により本明細書に組み入れられる。
【実施例】
【0106】
材料および方法
マウスおよび初代筋芽細胞調製
(Viatour, P., et al. (2008) Cell Stem Cell 3(4): 416-428)に記載された通りに繁殖させかつ維持したRosa26-CreERT2 RBlox/loxマウスを、Cre応答性β-ガラクトシダーゼレポーターアレル(Ventura, A., et al. (2007) Nature 445(7128): 661-665)を保有するマウスと交配させた。遺伝子型判定を行った6〜8週齡の子孫マウスの後肢の筋肉を、記載された通りに(Rando, T.A. and Blau, H.M. (1994) The Journal of Cell Biology 125(6): 1275-1287)、初代筋芽細胞の採集のために調製した。採集後の初代筋芽細胞を、20% FBS(Omega scientific)、2.5ng/mL bFGF(Promega)および1% Pen-Strep(Gibco)を加えたF10培地(Gibco)中にて、コラーゲン(Sigma)でコーティングしたプレート上で1週間かけて選択した。
【0107】
細胞培養
C2C12マウス筋芽細胞を、20% FBS+1% Pen-Strepを加えたDMEM HG(Gibco)中にて、10% CO2 37℃で培養した。筋芽細胞を、記載された通りに(Pajcini, K.V., et al. (2008) The Journal of Cell Biology 180(5): 1005-1019)、2% HSを加えたDMEM中の低血清条件下で、コラーゲンでコーティングしたプレート上に、融合物として播種した。DM培地は24時間毎に交換した。初代筋芽細胞の採集および選択の後に、細胞を、培養するたびに継代数を数え、増殖培地:15% FBS、1% Pen-Strepおよび1.25 ng/mL bFGFを加えたDMEM LG+F10培地上で増やし、かつコラーゲンでコーティングしたプレート上にプレーティングした。初代筋芽細胞を、DMEM LG、2%HS 1% Pen-Strep中の低血清条件下での融合のためには6cmプレート当たり細胞6×105個で播種し、低密度での単細胞分化のためには6cmプレート当たり細胞5×104個で播種した。細胞の播種数は、異なるプレーティングプラットフォームの表面積に応じて、上記の6cm標準から調整した。
【0108】
クローニングおよびベクター構築
peGFPN1-hmyg由来のGFP発現をドライブするミオゲニンプロモーターエレメントを、NotI/EcoR0109での消化により、平滑末端クローニングによるCMV-GFPカセットの除去(T4 DNA polおよびCIP処理)後にpLE-GFPレトロウイルスベクター骨格中のXhoI/NaeI部位にサブクローニングすることによって、pLE-myog3R-GFPレトロウイルスベクターを構築した。図5に記載した通りに順方向および逆方向の挿入の向きの両方を調べたところ、逆方向(3R)の向きが最も高い忠実度のミオゲニン-GFP共発現を示した。ヒトRB cDNAをコードするpMIGレトロウイルスベクター(Sage, J., et al. (2000) Genes and development 14(23): 3037-3050)ならびに使用した他のベクターをいずれも、FuGENE 6(Roche)を用いて同種指向性フェニックス(phoenix)細胞にトランスフェクトした。ポリブレン(5μg ml-1)を含むウイルス上清に細胞を感染させて、2,000gで30分間遠心分離した。
【0109】
siRNAサイレンシングおよび半定量的RT-PCR(sqRT-PCR)
設計した短鎖干渉性RNA(siRNA)二重鎖を用いてRNA干渉を行い、続いて標的遺伝子の特異的かつ有効なノックダウンに関してスクリーニングした。この論文に示した実験に用いた二重鎖は、p16/19センス配列

およびp19ARFセンス配列

に対して設計するか、またはThermo/DharmaconによるON-TARGETplus siRNA RB1(J-047474-06)として直接発注した。対照トランスフェクションに関しては、非標的指向性siRNA#1(D-001810-01-05)およびsiGlo-GreenをThermo/Dharmaconから購入した。siRNA緩衝液(Dharmacon)中に再懸濁させたsiRNA二重鎖のトランスフェクションは、DM中での48〜72時間の時点での筋細胞の分化後または筋管の融合後にsiImporterトランスフェクション試薬(Millipore)を製造元の指示に従って用いて、最終siRNA濃度100〜200nMとして行った。トランスフェクションミックス物は、添加により分化培地にしてから12時間置いた後に細胞に添加した。GM中またはDM中のC2C12または初代細胞からRNeasy mini kit(Qiagen)によってRNAを採集し、200ngの全RNAを、Superscript III One-Step RT-PCR(invitrogen)による半定量的RT-PCR分析に用いた。被験遺伝子に対して設計したプライマーは以下に列記されており、配列はすべて5'から3'への向きである。

【0110】
アニーリング温度は58〜62℃、かつサイクル数は23(ミオゲニン)から31(p19ARF)までの範囲とし、26〜28サイクルでほとんどの産物が描出された。RNAローディング対照として50ngの全RNAをGAPDHプライマーとともに実行したところ、22サイクルで描出された。
【0111】
BrdU分析
5-ブロモ-2'-デオキシ-ウリジン(BrdU)標識および検出キット(Roche)をC2C12筋管ならびに初代筋細胞および筋管に対して用いた。BrdU標識試薬は、図1および図2におけるスキームのそれぞれに示された処理の後に新たなDM培地とともに細胞に添加して、12時間置いた。標識後に細胞を固定して、製造元の指示に従って免疫蛍光を検出し、下記のように他のタンパク質に関して染色した。
【0112】
ウエスタン分析
細胞を溶解緩衝液(50mM Tris pH 7.5、10mM MgCl2、0.3 M NaCl、2% IGEPAL)中にて室温で溶解させた。6000rpm、4℃での5分間の遠心分離によって溶解物を清澄化し、タンパク質の定量をBradfordアッセイ法(Bio-Rad)によって行った。invitrogenのNuPageシステムを用いてイムノブロット法を実施した。試料を、10% Bis-Trisプレキャストゲル中にローディングし、MESまたはMOPS SDS緩衝液を用いて流し、4℃でImmobilon-Pメンブレン(Amersham)に転写した。メンブレンを5%乳-PBS-T中でブロックし、続いて、RBに対する抗体(BD)の1/250希釈物、またはRBに対する抗体(Sage lab)の1/1000希釈物;p19ARFに対する抗体(abcam)の1/1000希釈物;サバイビンに対する抗体(Cytoskeleton Inc)の1/1000希釈物;オーロラBに対する抗体(Cytoskeleton Inc.)の1/500希釈物;MHCに対する抗体(Chemicon)の1/500希釈物;成人MHCに対する抗体(Blau lab)の1/50希釈物;M-CKに対する抗体(Novus)の1/500希釈物;ミオゲニンに対する抗体(BD)の1/500希釈物;およびタンパク質ローディング対照としてのGAPDHに対する抗体の1/10000希釈物(Santa Cruz biotech)とともにインキュベートした。続いてメンブレンをHRP結合二次抗体(1/5000)(Zymed)とともにインキュベートし、ECLまたはECL+検出試薬(Amersham)によって検出した。必要な場合には、ストリッピング緩衝液(100mM 2-メルカプトエタノール、2% SDS、62mM Tris、pH7)中にて50℃で45分間、続いて室温で1時間インキュベートすることにより、メンブレンのストリッピングを行った。
【0113】
免疫蛍光
上記の通り、融合のために高密度で、または分化のために低密度で播種したC2C12筋管および初代筋細胞または筋管を固定して、製造元の指示に従って透過化処理を行い、その上でBrdUまたは1.5%パラホルムアルデヒドによる共染色を室温(RT)で15分間行い、続いて0.3% Triton-PBSによる透過化処理を室温で10分間行った。固定した細胞はすべて、20%ヤギ血清により室温で30分間かけて、または4℃で8時間かけてブロックした。ミオシン重鎖(MHC)に対する一次抗体(Chemicon)をブロッキング緩衝液中に1/75希釈したもの、または成人MHCに対する一次抗体を1/20希釈したものを室温で30分間インキュベートした。ミオゲニン-RBtに対する一次抗体(Santa Cruz biotech)の1/100希釈物またはミオゲニン-Msに対する一次抗体(BD)の1/250希釈物は室温で1時間インキュベートした。GFP-RBtに対する一次抗体(Invitrogen)の1/500希釈物は室温で1時間インキュベートした。サバイビンに対する一次抗体(Cytoskeleton Inc.)の1/250希釈物は室温で1時間インキュベートした。Ki67に対する一次抗体(Dako)は1/100希釈して、4℃で8時間インキュベートした。二次抗体(Invitrogen)であるAlexa-488 GtαMsまたはGtαRBtおよびAlexa-546 GtαMsまたはGtαRBtおよびAlexa-546 GtαRatは1/500希釈して、適切な一次抗体の組み合わせとともに室温で45分間インキュベートした。BrdU標識後に共染色を行う場合には、BrdUに対する二次抗体はFITC-αMsの1/40希釈物とし、37℃で30分間インキュベートした。細胞の核染色はヘキスト33258(Sigma)の1/5000希釈物で行い、室温で15分間インキュベートした。細胞の撮像は、40倍水浸対物レンズZeiss Axiovert 200Mを用いたZeiss Axioplan2、またはNeoFluar 10倍またはLD Plan NeoFluar20倍対物レンズを用いたZeiss Observer Z1で行い、一方、画像取得にはORCA-ER C4742-95;Hamamatsu PhotonicsまたはAxiocam MRmカメラを用いた。Openlab 5.0.2、Volocity 3.6.1(Improvision)およびPALM Robo V4(Zeiss)が、画像取り込みのために用いたソフトウエアである。画像の構成および編集はPhotoshop CS(Adobe)で行った。背景はコントラスト調節を用いて弱め、色を強調するためにカラーバランスを用いた。修正はすべて全画像に対して適用した。
【0114】
FACS選別
0.05%トリプシン処理後に細胞を培養皿から採集し、遠心分離し、かつFACS緩衝液(PBS+2% GS+2mM EDTA)中に再懸濁させ、分析時まで氷上に保った。細胞の分析および選別はFACSVantage SE(BD Biosciences)をDIVA解析ソフトウエアとともに用いて行った。死細胞はヨウ化プロピジウム(1μg/ml)による染色によってゲート処理で除外し、細胞の生存を保たせるための低圧下でGFP発現に関して細胞を選別した。生細胞の純度99%を得るために二重選別を行った。2回目の選別では、細胞を表記の通りにGM中またはDM中で直接選別し、続いて異なるプラットフォーム(マイクロウェルまたはPALM duplexディッシュ)に播種した。
【0115】
PALM LPC
初代筋芽細胞を、ラミニン(Roche)でコーティングした50mmまたは35mmのDuplexディッシュ(Zeiss)中に、分化のために低密度で播種した。DMに移してから72〜96時間後で、かつ直接自然蛍光によるGFP発現の検証後に、筋細胞を図6に記載された通りに処理した。細胞捕捉の少なくとも24時間前に、LPC機能による上側のPENメンブレンの透過化処理を介してメンブレン層の間に培地を流すことにより、Duplexディッシュを平衡化した。レーザーアブレーションは、製造元の指示に従ったステージ較正、レーザー焦点および光学焦点の較正後に、PALM Microbeam(Zeiss)を装着したZeiss Observer Z1倒立顕微鏡において実施した。選択したすべての筋細胞を、X-CITEシリーズ120 EXFOによる直接免疫蛍光により、GFP-ミオゲニン発現について検証した。アブレーションは3〜5μm幅のレーザー軌道を許容する20倍LD Plan-NeoFluar対物レンズを通じて実施し、面積50〜150μm2の範囲のメンブレンにLPCによるカタパルティングを行い、そのバースト点は筋細胞から少なくとも10μmとなるように選択した。水分の薄層のみがプレートを覆うようになるまで、培地をDuplexディッシュから除去した。50mmディッシュの場合、この条件は培地を500μLのみ残すことによって得ることができる。アブレーションを行ったメンブレンにLPCバーストによるカタパルティングを行い、80μLの培地の入ったRoboarm SingleTube Capture IIレセプタクル(500μL eppendorfチューブのキャップ)内に捕捉した。メンブレン/筋細胞の捕捉は、捕捉したレセプタクルの直接観察によって捕捉後に検証した。レセプタクルの全容量を、コラーゲンでコーティングした12ウェルまたは24ウェルのプレートに移し、そこで、捕捉した筋細胞を、活発に分裂している筋芽細胞から採集して0.2μmフィルターに通して濾過した馴化増殖培地(cGM)中で培養した。
【0116】
免疫細胞化学
注射から10日後にTA筋を切り出して、PBS/0.5% EMグレードPFA(Polysciences)中に室温で2時間浸漬させ、その後に20%スクロースを含むPBS中に4℃で一晩浸漬させた。切片染色および画像解析は、Pajcini, K.V., et al. (2008) The Journal of cell biology 180(5): 1005-1019)に記載された通りに行った。
【0117】
低速度撮影顕微鏡検査
初代筋芽細胞を、コラーゲンでコーティングした6ウェルプレート中に融合のために播種した。DM中に72時間置いた後に、初代筋芽細胞をTAMで処理した。24時間後、すなわちDM中に96時間置いた時点で、初代筋管の1つのセットを200nM p16/19siで12時間処理し、その時点でトランスフェクションミックスを洗浄して、細胞を新たなDM培地中に入れた。12時間後に、低速度撮影装置CTI-Controller 3700 Digital;Tempcontrol 37-2 digital;scanning stage Incubator XL 100/135(PECON)を装備したZeiss Axiovert 200Mを用いて初代筋管を撮像した。フレームを10分毎に合計50時間にわたって取り込んだが、これは初代筋管の融合および成熟過程の第5日および第6日を包含する。画像を取得し、Volocity 3.6.1(Improvision)を用いて解析した。増殖培地(GM);分化培地(DM)。
【0118】
結果
siRNAによるRBの抑制はC2C12筋管におけるS期リエントリーを誘導する
筋芽細胞株C2C12は、筋肉分化をインビトロで研究するためのモデルシステムである。低血清分化培地(DM)中では、集密状態のC2C12筋芽細胞は細胞周期から脱出し、互いに融合して多核筋肉細胞(筋管)を形成するが、これは筋肉タンパク質を発現するとともに収縮性である。本発明者らは、siImporter試薬を用いて筋管の60%超でsiRNA分子を一過的に発現させるためのプロトコールを開発した(図9)。siRNA処理の持続時間および効率を決定するために、C2C12筋管をRBに対するsiRNA-二重鎖(RBsi)で処理した(図1A〜B)。RB転写物レベルの半定量的RT-PCRにより、RB mRNAの一過性抑制はトランスフェクションから最長48時間後までで最も強く、その時点の後はRBレベルが回復し始めるが、対照-siRNA(モックsi)で処理した筋管において96時間時点で認められるのと同じ発現レベルには一度も到達しないことが示された(図1B)。筋管におけるRBタンパク質レベルの抑制はウエスタンブロット法によって確かめられた。モックsiまたはRBsiで処理した増殖性筋芽細胞および分化した筋管から、全細胞溶解物を採集した。RBsiによる処理は、RBタンパク質の、分化した筋管における対照RBレベル(図1F)の50%までの段階的な喪失をもたらした(図1E)。
【0119】
C2C12筋管におけるS期リエントリーがRBの抑制後に起こったか否かを判定するために、本発明者らは、図1A中のスキームに示した通り、モックsiおよびRBsiで処理した筋管をBrdUで標識した。図1Dは代表的画像を示している。形態学的同定の強化のために、および分化の確認のために、筋管をBrdUとともにミオシン重鎖(MHC)に関しても染色した。BrdUで標識された筋核は、RBsi処理後にのみ、MHC+筋管の内部で観察された(中央および下のパネル)。本発明者らは、RBsiのトランスフェクションから48時間後に筋管形態の著しい変化を見いだした(図1D、下のパネル)。RBの抑制後に、筋管はその密な伸長構造および特徴的に整列した筋核を失なった。細胞形状はもはや筋管に類似しておらず、核は塊になって凝集しており、その多くはBrdU陽性であった。S期リエントリーは用いたRBsiの用量に依存し、siRNA濃度を100nMから200nMに高めると、BrdU+筋核のパーセンテージは25%から52%に倍増した(図1C)。以下の実験ではすべて、別に明記する場合を除き、濃度200nMのsiRNAを用いた。BrdU陽性核を含んでいた筋管のパーセンテージを別の実験セットで分析したところ、25%であることが見いだされたが(図10F)、このことは、Brdu陽性核を有する筋管がしばしば、おそらくは培養物中のある割合の細胞でのトランスフェクションの成功を反映すると考えられる、DNA合成を来した核の大きな塊を有していたことから説明ができる(図9A)。図1Fは、分化を裏づけるMHC免疫染色を併せて伴うBrdU取り込みの代表的画像を示している。本発明者らは、Rbsiのトランスフェクションから72時間後に、特徴的な線状に並んだ核を伴う密な伸長構造から、その多くがBrdU陽性である、塊になって凝集した核を伴う不定形構造への、筋管形態の著しい変化を見いだした(図1D、下)。これらのデータは、RBの一過性抑制が、分化したC2C12筋管の核においてS期リエントリーを誘導するのに十分であることを裏づけており、かつ、この影響の程度が用いたRBsiの濃度に依存することを示している。
【0120】
初代筋管におけるS期リエントリーのためにはRBおよびp19ARFの両方が抑制されなければならない
RBのみを抑制することで、成熟した哺乳動物筋管における細胞周期リエントリーのためには十分であることを示唆するデータの大多数は、C2C12細胞株を用いる実験で得られた。C2C12細胞は、筋細胞の分化および融合のさまざまな局面を研究するために有用ではあるものの、他の細胞株と同様に、それらの不死化を可能にする後天性突然変異を有する。このため、本発明者らは、分裂終了状態の維持におけるRBの役割を評価するためには、初代細胞を用いることが決定的に重要であると考えた。本発明者らは、以前に記載された通りに(Rando, T.A. and Blau, H.M. (1994) The Journal of Cell Biology 125(6): 1275-1287)、Cre応答性β-ガラクトシダーゼレポーターアレルを保有するマウスと交配させたRosa26-CreERT2 RBloxloxマウスの後肢から、培養下で分化しうる初代筋芽細胞を採集した。これらのマウスにおいて、Cre発現およびRB除去はタモキシフェン(TAM)誘導に依存する(図10A〜B)。初代筋芽細胞を、細胞形状が密で均一に保たれている時点である少ない継代数で用いた。初代筋管培養物において、1μM TAMによる単回の24時間処理は、RB発現を減少させるのに十分であった(図10C)。RB発現の経時的推移は、転写物レベルおよびタンパク質レベルの両方が、TAM処理から96時間後までに大きく低下することを示している(図2Cおよび図10D)。
【0121】
本発明者らは、図2A中のスキームに従って、BrdU標識により、RB発現の喪失後の初代筋管培養物におけるS期リエントリーについて分析した。C2C12筋管とは対照的に、初代筋管では、RBがRBsiによってノックダウンされるか(図2B)、またはCre発現によって除去されるか(図2D、上のパネル)にかかわらず、筋核のBrdU標識は稀であった(図2G)。MHC+筋管におけるBrdU標識は、ランダムに選択した視野における1500個を上回る核においてアッセイした。注目すべきこととして、図2Bおよび2Dにおける代表的画像では、BrdU+核は明らかに存在し、検出可能であるが、マージされたIF画像に示されているように、これらの核はMHC+筋管内にはない。このことからみて、RB抑制の方法にかかわらず、初代筋管におけるRBの喪失は、細胞周期リエントリーのためには不十分である。
【0122】
突然変異による、または分裂促進シグナルに応答しての過剰リン酸化による、RB機能の途絶は、E2F転写因子活性の蓄積およびARFの活性化を招く(DeGregori, J., et al. (1997) Proceedings of the National Academy of Sciences USA 94(14): 7245-7250;Lowe, S.W. and Sherr, C.J. (2003) Current Opinion in Genetics and Development 13(1): 77-83)。これに続き、ARFは不適切な細胞周期回転(cycling)を阻止する働きをする。ARFの誘導はアポトーシスのベースラインレベルのわずかな上昇を伴ったが、筋管の大多数は頑強でかつ生存したままであった。p16/p19が減少したsiRNA処理細胞において、アポトーシスは稀にしか観察されなかった(図13)。
【0123】
対照的に、C2C12筋管はRB抑制に対して応答してp19ARFを発現することはないが、これは不死化に際してInk4a遺伝子座による細胞周期調節を回避している細胞株では予想されたことであった(図2E)。ink4a遺伝子座の共通エクソン2領域におけるゲノム欠失はPCRによって確かめられた(図2F)。RBを欠損した初代筋管におけるInk4a遺伝子産物の抑制が細胞周期リエントリーを可能にするか否かを検討するために、本発明者らは、Ink4a mRNAの共通エクソン2領域を標的とするsiRNA二重鎖(p16/19si)、およびp19ARFのノックダウンのためのARF特異的エクソン1β領域を標的とするsiRNA二重鎖(p19ARFsi)を設計した。初代筋管をTAMまたはRBsiで処理し、続いて24時間後に、p16/19si、p19ARFsiまたはその両方をトランスフェクトした。筋管におけるRBおよびp19ARFの喪失がウエスタン分析によって確認された(図2C)。図2A中のスキームに記載されている通りに、TAMおよびp16/19si処理に続いてBrdUで標識したところ、MHC陽性筋管における筋核はBrdUを取り込んでいた(図2D)。BrdU標識の定量により、TAMおよびp16/19siで処理した筋管では、筋核の45.7±7.2%がS期に入っていることが示され、これはTAMまたはp16/19siのそれぞれのみで処理した筋管で観察されたベースライン値を著しく上回った(図2H)。TAMで処理した細胞において、p19ARFのみをノックダウンするsiRNA、または両方のInk4a遺伝子産物をノックダウンするsiRNAの種々の組み合わせでは、有意に異なる結果は生じなかった(図2H)。その後の実験に対して、本発明者らはp16/19si(エクソン2)を用いたが、これはそれがp19ARFの最も強い抑制をもたらしたためである。本発明者らのデータは、分化した初代哺乳動物筋管における強固なS期リエントリーは、RBおよびp19ARFの両方の複合抑制後にのみ起こることを示している。
【0124】
RBおよびp16/19を欠損した筋核における有糸分裂成分および細胞質分裂成分の上方制御
PM筋核におけるS期リエントリーが、分化した多核筋管における有糸分裂過程の開始を表示していたか否かを判定するために、本発明者らは、対照またはTAMおよびp16/19siで処理した初代筋管の核を、有糸分裂タンパク質および細胞質分裂タンパク質の発現の誘導に関して分析した。本発明者らは、染色体および紡錘体の構造、動原体付着ならびに染色体分離を制御する染色体パッセンジャー複合体(CPC)の2つの重要な成分であるオーロラBおよびサバイビンの発現パターンおよび局在について調べた。本発明者らはまた、細胞質分裂の際の分裂溝の構成および安定性において重要な構造タンパク質であるアニリンのmRNA発現も分析した。
【0125】
アニリン、および上記のCPC成分のそれぞれは、初代増殖性単核筋芽細胞において活発に発現されるが、ひとたび筋管が形成されると、それらのmRNAレベルおよびタンパク質レベルは急激に低下する(図3A〜B)。TAM処理後に、分化した初代多核筋管においてRBが除去されると、アニリン、オーロラBおよびサバイビンのmRNAレベルは、p19ARF発現が高レベルであるにもかかわらず、いずれも上昇した(図3A)。しかし、オーロラBおよびサバイビンのタンパク質レベルが成長中の筋芽細胞のものと同等なレベルに達したのは、RBおよびp19ARFの同時抑制後のみであった(図3B)。CPC成分の上方制御が、S期に入った筋核において特異的に起こったか否かを検証するために、初代筋芽細胞をBrdUで12時間かけて標識し、続いて固定して、BrdUおよびサバイビンに関して染色した。増殖培地中の分裂中の初代筋芽細胞はBrdUおよびサバイビンの両方に関して陽性であり、後者は分裂中の2つの細胞の間の分裂溝を表示している(図12の矢尻)。分化した、対照で処理した筋管はサバイビンを発現する筋核を有しないが、TAMおよびp16/19siで処理したものは塊状のBrdU+筋核を呈し、しかも、これはサバイビン発現を上方制御する筋核と同じ筋核である(図3C、下のパネル)。染色結果の定量により、S期にリエントリーした筋核の80%近くでは、サバイビンも上方制御されていたことが示された(図3D)。BrdU+筋核の大多数では、サバイビン染色は分裂溝にも他の何らかの特定の核成分にも局在せず、核全体に散在性に分布していた。以上を総合すると、本発明者らのデータは、RBおよびARFの両方が欠損した初代多核筋管では、DNA合成に続いて、染色体分離および細胞質分裂に関与するタンパク質の上方制御が起こっていることを示している。
【0126】
脱分化は初代筋肉細胞においてS期リエントリーを伴う
脱分化した筋肉細胞は、MHCおよびクレアチンキナーゼ(M-CK)などの表現型マーカーの発現の特徴的な変化を呈し、これにはそれらの形態および分裂終了状態において観察される重大な変化が伴う。例えば、Charge, S.B. and Rudnicki, M.A. (2004) Physiological Reviews 84(1): 209-238を参照されたい。本発明者らは、形態および分化マーカーの発現を分析することにより、分化した表現型の発現を持続させる上でのRB遺伝子産物およびInk4a遺伝子産物の役割について調べた。増殖培地中に保った、または分化を行わせた(DM)初代筋芽細胞における細胞形態およびMHCの発現を、RBの欠失の存在下および非存在下、およびp16/19の抑制の存在下および非存在下において、さまざまな時点で分析した。このデータは、TAMで処理した細胞が、時間経過に伴って、MHCの強発現を伴う成熟筋管の形成をまず来し、続いて後の時点で、RBの発現の喪失後にMHC発現の大きな減少を生じるが、これはARFも同じく抑制されている場合のみであることを示している(図4A)。TAMのみで処理した細胞では、形態が対照筋管に類似したままに保たれるだけでなく、MHC染色も強いままである(図4A)。
【0127】
初代筋管において、細胞溶解物のタンパク質分析により、いくつかの筋形成性タンパク質のレベルは、RBのみの喪失に対して中程度の感受性があることが明らかになった。TAMのみによる処理後の初代筋管において、MHCおよびミオゲニンのレベルの中程度の低下が観察された(図4B)。しかし、RBsi処理は、初代筋管におけるミオゲニンタンパク質レベルのわずかな低下しか引き起こさなかった(図4D、3番目のレーン)。RBおよびp19ARFの両方の抑制は、被験筋形成性タンパク質すべてのタンパク質レベルの低下を一貫して招いた。例えば、筋肉細胞の分化において特別な役割を有する別のタンパク質であるαチューブリンの場合には、RBおよびp16/19の複合抑制はタンパク質レベルの著しい低下をもたらした(図4F)。これは、有糸分裂タンパク質であるオーロラBおよびサバイビンの発現増大と並行して起こった(図4B)。MHCレベルの定量により、同じ期間にわたるDM中の対照細胞におけるレベルに対して標準化したところ、RBおよびp19ARFの抑制後のこのタンパク質の発現の著しい低下が明らかになった(図4C)。これらの知見、ならびに後期分化における別の転写調節因子であるMRF4の発現レベルの低下は、半定量的RT-PCR分析によって裏づけられている(図15C)。
【0128】
初代筋管において筋管構造の形態的劣化はC2C12筋管の場合と同じようにBrdU+染色と相関したが、これはRBおよびp16/19の両方が抑制された場合のみであった。図4Dは、TAMおよびp16/19siによる処理後の初代筋管の構造崩壊を例示している。対照初代筋管はそれらの伸長形態および核の構成を保ったものの、BrdU+筋管は崩壊して不定形の多核合胞構造となり、これは筋核の集塊化によって明らかに示されている。筋核のすべてがS期にあるわけではないものの、筋管の構造的完全性は失われており、これは筋管核タンパク質ドメインが維持されていないことに起因する可能性が高い。TAMおよびモックsi(ビデオ1)による、またはTAMおよびp16/19siによる処理後に、低速度撮影顕微鏡検査によって筋管を描出した。低速度撮影の比較により、筋管構造の完全な形態的崩壊は、RB遺伝子産物ならびにInk4a遺伝子産物の両方の喪失後にのみ起こることが示されている。大きな構造的違いにもかかわらず、RBおよびink4aを欠損した初代筋管は、死滅することもなければ、モックsiで処理した筋管よりも早く剥離することもなく、その運動性および膜活性、例えば糸状仮足突出および膜状仮足突出などを保っている。
【0129】
分裂終了分化筋細胞はRBおよびp16/19の抑制後に増殖することができる
筋肉分化の程度は、筋肉調節性転写因子の連続的発現に基づいて特徴決定することができる。MyoDおよびMyf5は初期のものであり、かつ細胞周期回転を行っている筋芽細胞に特徴的であり、一方、後期転写因子には、分裂終了後の分化した筋細胞および筋管において発現されるミオゲニンおよびMRF4が含まれる。 この転写因子の経時的推移に基づき、本発明者らは、個々の分化した筋肉細胞に由来する前向き的に単離された集団における細胞周期回転および脱分化を検討しうると考えられるシステムを開発することを目指した。本発明者らは、継代数の少ないRosa26-CreERT2 RBlox/lox初代筋芽細胞を、GFP発現がミオゲニンプロモーターの制御下に置かれているレトロウイルス発現ベクター(pLE-myog3R-GFP)に感染させた。ミオゲニンおよびGFPの共発現の忠実度を検証するために、pLE-myog3R-GFP筋芽細胞を増殖培地中または分化培地中に低密度で播種して72時間置き、ミオゲニンおよびGFPに関して染色した。IF分析により、分化中の(DM3)筋細胞集団ではGFPおよびミオゲニンの発現が上方制御されていることが明らかに示された(図5A)。IFデータの定量により、増殖条件下の細胞のうちGFP陽性であるのは0.9%に過ぎないことが示されたが、これは物理的接触に起因する自発的分化を表す可能性が高い。分化した培養物において、GFP発現は細胞の27±2.0%で起こった(図5Bi)。個々の細胞を顕微鏡検査によって分析したところ、検出可能なGFPを有する細胞の98.4%は、検出可能なレベルのミオゲニンも発現していた。蛍光活性化細胞選別(FACS)法により、筋芽細胞および筋細胞におけるGFP発現のハイスループット分析も行ったが、それにより、分化培地中に3日間置いた後には細胞集団の35%がGFPを発現し、一方、増殖培地中の細胞のうちGFP+であったのは1.8%に過ぎないことが示された(図5D)。このように、初代筋芽細胞をpLE-myog3R-GFPに感染させることで、GFP発現を利用することによって、ミオゲニンを発現する細胞集団の高い信頼性での同定が可能になる。
【0130】
低密度で播種した筋芽細胞は、ミオゲニンを発現し、融合することなく最終分化を受けると考えられる。本発明者らは、筋肉細胞のこのインビトロ特性を利用して、分化した多核筋管において観察された脱分化および細胞周期リエントリーが、分化した単核筋細胞におけるRBおよびp19ARFの抑制後に増殖をもたらしうるか否かを調べた。単細胞の運命を追跡する目的で、個々のpLE-myog3R-GFP筋肉細胞を用いて以下の実験を行った。第1に、低密度で播種し、DM中に72時間維持した初代筋肉細胞を、図5C中の枠で囲んだ集団によって図示されている通り、GFP発現に基づいて選別した。分化した筋肉細胞が増殖しうるか否かを判定するために、FACS選別した集団を馴化増殖培地(cGM)中で最長48時間にわたって培養し、続いて、GFP、および細胞増殖の核マーカーであるKi67に関して染色した(図5E、上のパネル)(Scholzen and Gerdes 2000)。選別した集団のうち、Ki67陽性の核を有していたのは2.3%のみであった。対照的に、FACS選別の24時間前にTAMで処理し、かつFACS選別から12時間後にp16/19siで処理した選別集団の細胞(図5E、下のパネル)は、cGM中での培養48時間後に、選別した集団の25%においてKi67核染色を呈した(図5F)。第2に、RBおよびp16/19を抑制するための代替的な方法として、Rbおよびp16/19に対するsiRNA二重鎖を用いて、この両者の発現を一過的にノックダウンした。siRNA適用の理想的な投与量および方法を決定するための分析により、最も効率的なノックダウンは、初代筋肉細胞をRBsiで処理し、12時間の回復期間を置いた後にp16/19siによる処理を行う順次処理後に生じた。この二重ノックダウン(DKD)処理プロトコールはTAMおよびp16/19siによる処理と同等の結果をもたらしたが、同時に適用したsiRNA二重鎖の組み合わせはいずれの遺伝子の発現のサイレンシングについても同じ程度には効率的でなかった(図10E)。FACS選別したGFP+細胞のDKD処理は、Ki67+核が8.6%という結果をもたらした。DKDで処理した細胞におけるDNA合成の頻度がTAMおよびp16/19siで処理したものの値よりも低かったことは、RB抑制のためのTAM処理と比較してノックダウンの効率が低いことから、予想された通りであった。これらの2種類の実験によるデータは、単細胞レベルでは、ミオゲニンを発現する分化した筋細胞は、筋管と同様に、RBおよびInk4aの両方の遺伝子発現の抑制後にのみS期に効率的に入ることを示している。
【0131】
分化した単核筋細胞はRBおよびp16/19のサイレンシング後にS期に入ることから、本発明者らは、これらの細胞が細胞周期を完了して増殖することができるか否かについてアッセイした。本発明者らは、筋細胞が分裂しうるならば、それらはクローンを生じさせるであろうと推測した。しかし、細胞遊走を除外して、分裂終了筋細胞が分裂したことを確定的に示すためには、単細胞の分解能およびクローン分析が決定的に重要であった。このため、筋細胞の増殖能を評価するために、本発明者らはまず、分化した個々のGFP+筋細胞を分離する目的で細胞のFACS精製を2回行い、続いてそれらをヒドロゲルウェルのマイクロアレイ中に直接選別した。筋細胞はまず、マイクロウェル中への選別から12時間後に撮像し、その時点でそれらをモックsiで処理するか、またはDKD処理の1回目の適用を行った(図17A、左のパネル)。DKD処理の完了から48時間後、72時間後および96時間後にマイクロウェルの画像を取り込んだ。増殖性筋細胞は、処理から96時間後の時点で最小限8個の細胞を有していたマイクロウェルのパーセンテージとしてスコア化した。細胞の全体的な生存度は、RNAi送達のために用い、マイクロウェルから十分に除去することができなかったsImportterの毒性が原因で損なわれたものの、筋細胞から生じたクローンのパーセンテージには明らかな差が認められた。DKDで処理した筋細胞の6.8%がクローンを生じたのに対して、モックsiで処理した細胞では0.6%に過ぎなかった(図17B)。生データでは、DKDで処理した筋細胞からは合計109個のコロニーが生じたが、モック処理した筋細胞集団からは10個しかコロニーが生じなかったことが示された。以上を総合すると、これらのデータは、ミオゲニン陽性筋細胞が、RBおよびp16/19の発現の抑制後に増殖能を獲得したという結論を裏づける。
【0132】
レーザーマイクロダイセクションおよびレーザー圧力カタパルティングの後の、個々に精製された筋細胞のクローン増大および増殖
本発明者らは、個々の筋細胞のそれぞれを捕捉の前に分化に関して評価することにより、本発明者らの前向き的に単離した細胞すべての純度を高めることを目指した。FACS選別を上記のヒドロゲルマイクロウェルプラットフォームとそのまま併用することで、単細胞の増殖能をモニターすることができる。しかし、選別された集団の不均一性、プレートからの剥離後の細胞形態の破壊、および処理後の分子的分析の欠如といったいくつかの欠点のために、以後の分析は行えなかった。これらの障害は光活性化レーザーマイクロダイセクション(PALM)およびレーザー圧力カタパルティング(LPC)の使用によって克服することができ、これにより、細胞付着および形態を破壊することなく、純粋かつ均一な個々の細胞の試料を調製することが可能になり、かつコロニー樹立後の増大および分子的分析が可能になる。例えば、Stich, M., et al. (2003) Pathology, research and practice 199(6): 405-409;Schutze, K., et al. (2007) Methods in cell biology 82: 649-673)を参照されたい。
【0133】
レーザーマイクロダイセクションおよび圧力カタパルティング分析を、筋細胞を用いて行った。このために、pLE-myog3R-GFP+を発現する初代筋芽細胞を低密度で播種し、GFP+筋細胞となるように分化させて、続いて、モックsiRNAで処理するか(図6A)、またはRbおよびARFの抑制のための処理を行った(図5Biおよび5Ci)。個々の筋細胞を、位相顕微鏡検査によって認められる伸長形態(図6Ai、左)および高輝度のGFP発現(図6Biiおよび6Cii、左)を含む、それらの分化した表現型に基づいて選択した。レーザーマイクロダイセクションを用いて、前向き的に同定された単一の筋細胞を取り囲むメンブレンに印を付け、かつ切り取った(図6Biiおよび図6Ciiの緑の線)。メンブレン形状の刻印および記録により、各メンブレンおよびその表面上の単離された各細胞の追跡が可能になる。カタパルティングをもたらすLPCバーストの位置は図6Bii中の画像内に青の点によって示されており、これはメンブレンを同定する手段としても役立つ。PALMおよびLPC単離過程の諸段階において得られた典型的な画像が図6Biiおよび6Ciiに示されている。メンブレンのアブレーションの前および後の筋細胞の形態に大きな変化はなかった。示されている例では、モック処理した筋細胞は、捕捉から72時間後には依然としてメンブレンに付随しており(図6Aii、パネル4)、96時間までにそれはメンブレンを離れたが、その捕捉時から馴化増殖培地中で培養したにもかかわらず、依然として単一の付着細胞として存在していたことに注目されたい(図6Aii、パネル5)。同様に、RbおよびARFが減少するように処理した個々の筋細胞においても、切り取りおよびカタパルティングの際に形態は無傷のままに保たれた(図6Biiおよび6Cii、左の3つのパネル)。しかし、モックで処理した筋細胞とは対照的に、Rb(TAMまたはsiRNA)およびARF(siRNA)の減少は、メンブレンのごく近傍での細胞分裂およびコロニー形成を招いた(図6Bii、左から4つ目のパネル、図6Cii、左から4つ目のパネル)。単一GFP+筋細胞のレーザー捕捉のそのほかの例は、図18に示されている。
【0134】
5回の独立したPALM LPC単離実験において、合計250個のメンブレンの分析により、RBおよびp16/19の抑制を行わない場合、捕捉したミオゲニン-GFP+筋細胞のうち、分裂してコロニーを生じたものは1つもなかったことが検証された。対照的に、TAMおよびp16/19siで処理した筋細胞は34個のコロニーを生じ、コロニー形成頻度は14%であった(図6C)。一過的にDKDで処理した筋細胞は8%の頻度でコロニーを形成し、これはより低いとはいえ、上記のFACSおよびマイクロウェルでの増大によって得られた筋細胞に関して観察されたコロニー形成の頻度に相当する(図13B)。PALM LPCによる生細胞捕捉に伴う1つの技術的問題は、LPCによる細胞単離時の細胞の乾燥であり、これは生存度を低下させる恐れがある。GFPを発現する筋細胞を顕微鏡検査によって見つけて文書記録することには時間がかかる。この問題を克服するために、本発明者らはFACSを用いて、GFPを発現する筋細胞の同定および選別を行い、続いてそれらを図19A中のスキームに示された通りに処理した。捕捉した対照筋細胞、またはTAMおよびp16/19siで処理した筋細胞の画像が示されており、これは、対照で処理した筋細胞は馴化増殖培地中でコロニーを生じることができないが(図19B)、RB遺伝子およびInk4a遺伝子のサイレンシングを行った筋細胞(図19C)は28%というコロニー形成頻度を示したことのさらなる証拠を与える(図6D)。以上を総合すると、これらの結果は、RBおよびInk4aの抑制はミオゲニンを発現する分化した筋細胞の分裂および増大をもたらすことからみて、筋形成性分化の維持におけるRBおよびInk4aの役割を強く裏づけるものである。
【0135】
低血清への曝露後の捕捉した筋細胞コロニーの再分化
アホロートルにおける脱分化した筋肉細胞は、増殖して筋肉の再生に寄与することができると考えられている。脱分化した、活発に分裂中の哺乳動物筋細胞が、増大後に再分化しうるか否かを判定するために、本発明者らは、捕捉した細胞を分化条件に曝露させた。LPC捕捉後に、TAMおよびp16/19siで処理した筋細胞はGM中での培養下で急速に増殖し、これらの細胞の大部分は72時間後に、GFPの欠如によって明らかなように、ミオゲニン発現を喪失した(図20B)。しかし、DMに3日間曝露させた場合も、これらの脱分化した筋細胞は増殖を続け、これに対して、LPC捕捉した処理していない筋芽細胞はこの時までに融合を開始した(図20A)。実際、TAMおよびp16/19siで処理した集団は全く融合せず、その代わり、分化培地中で6日目までに細胞凝集物が観察されるまで分裂を続けた(図20B、下方のパネル)。このように分化を行わないことは、これらの細胞が分化のために必要なRB発現を遺伝的に喪失しているため、予想通りである。
【0136】
TAMで処理した捕捉筋細胞とは対照的に、DKD捕捉筋細胞におけるRB抑制は一過性であった(図1B)。DKDで処理した単一の捕捉筋細胞に由来する4つのコロニーを増大させ、分割し、DMに4日間曝露させ、続いて顕微鏡検査によって、または生化学的に、筋肉マーカーに関してアッセイした(図6中のスキームを参照)。DKDコロニーの分化能は広範囲にわたり、それらのうち2つの極端なものが図7Aおよび図7Cの上のパネルに示されている。一方のコロニー(DKDcap1)は、DM中にあるにもかかわらず増殖を続け、一方、他方のコロニー(DKDcap2)は分化して融合した。一過性ノックダウン後の捕捉細胞の挙動の不均一性は、それぞれが大規模な増殖に由来することから、予想通りである。
【0137】
DKDcap1細胞はRB発現を喪失しており、一方、容易に融合して分化したコロニー(DKDcap4およびDKDcap2)はDM中で高レベルのRBを発現したことからみて、DKD捕捉コロニーのタンパク質分析は、順調な再分化におけるRBの機能を裏づけるものである(図7B)。RBを欠く増殖性の高い細胞について予想される通り、DKDcap1におけるp19ARF発現は培地条件にかかわらず高度である。対照的に、融合して大きな筋管を生じたコロニーでは、p19ARFの予想通りの下方制御がDM中で観察された。ミオゲニンおよびMHCの発現により、再分化した筋細胞の筋形成性能のさらなる裏づけが得られた。ミオゲニンおよびMHCのタンパク質レベルはDKDcap4およびDKDcap2をDMに曝露させた後に上昇し(図7B)、一方、捕捉時の細胞の顕著な特徴であるミオゲニンおよびGFPの発現は、再分化したDKDcap2筋管のみで上方制御されていた(図7C)。DKDcap2コロニーおよび捕捉した筋芽細胞による、RB、Ink4aおよび筋形成性タンパク質の発現パターンの相対的変化は同様であった(図21B)。
【0138】
これらの観察所見に基づき、本発明者らは、TAMおよびp16/19si捕捉細胞にRBを再導入すれば、再分化および融合が起こるはずではないかと推測した。このため、本発明者らは、捕捉したコロニーのサブセットを、ヒトRB cDNAを発現するpMIGレトロウイルスベクターに感染させた。本発明者らは、pMIG-RBまたは対照pMIGレトロウイルスによる感染後のTAMcap筋芽細胞コロニーをモニターし、RBを再び発現したコロニーで分化および融合が起こったことを明らかにした(図7A、下方のパネル)。脱分化中の筋管はPax-7の発現を再活性化しなかったが(これはおそらく培養下での生存期間が限られるためと考えられる)、単離された脱分化クローンは、ウエスタン分析によって認められたように再活性化を行い、それ故に増殖性の初代筋芽細胞に関するこの基準を満たした(図7E)。対照またはpMIG-RBを感染させたTAMcapコロニーから増殖培地中および分化培地中で採集したRBタンパク質レベルの分析により、pMIG-RBレトロウイルス感染後のRBタンパク質の予想通りの増加が示され、これは筋形成性タンパク質であるミオゲニンおよびMHCの上方制御と並行して起こった(図7B)。p19ARFレベルがDKDcapコロニーで観察された発現パターンを獲得することは全くなかったものの、pMIG-RB感染後のTAMcap1コロニーではサバイビンのレベルが低下した(図7B、レーン6)。pMIG-RBを感染させたTAMcapコロニーの筋形成能は、MHCに関するIFによっても確認された(図7D)。以上を総合すると、これらのデータは、脱分化した筋細胞が捕捉および増大の後にインビトロで順調な再分化を行いうること、ならびにこの過程がRBの発現に依存することを実証している(図8B)。
【0139】
捕捉しかつ増大させた筋細胞はインビボで筋肉への寄与が可能である
最後に、本発明者らは、PALM LPCで単離して増大させた筋細胞がインビボで既存の筋肉に寄与しうるか否かについて検討した。DKD由来の1.5×105個の脱分化した筋細胞(DKDcap1およびDKDcap2)を、NOD/SCIDマウスの前脛骨筋(TA)内に注射した。ミオゲニン-GFP発現を利用して、注射した細胞を追跡したが、これはこのマーカーが分化後にインビトロで確実に検出されるためである(図7C)。注射から10日後に、インビトロで融合を全く示さなかったDKDcap1細胞は、インビボで大規模に増殖し、注射部位で筋肉のラミニンネットワークの重度の破壊を引き起こした(図22、上のパネル)。これに対して、DKDcap2細胞は既存の筋線維と容易に融合し、ラミニンネットワークの破壊を引き起こさなかった(図22、下のパネル)。
【0140】
DKDcap2細胞が融合した筋線維の描出は、GFP発現が弱いために困難であった。再分化した筋管におけるGFP+のインビトロ撮像は複数のミオゲニン-GFP細胞の融合によって容易になったものの、培養物由来の筋管よりもはるかに多い非GFP筋線維に対する、注射した少数の細胞のインビボでの寄与からみて、インビボで観察されたGFPシグナルの弱さは説明可能である。この問題を克服するために、本発明者らはTAMcapコロニーをpMIG-RBおよびpLE-GFPレトロウイルスに共感染させ、そうすることで、これらの細胞にRBのコピーならびに高輝度の構成的GFP発現を付与した。対照pMIGおよびpLE-GFPの感染を受けた対照TAMcap1細胞はインビボで大規模に増殖した(図8A、上のパネル)。対照的に、RB発現を再導入したTAMcap1細胞は既存の筋線維と効率的に融合して、それらをGFPで高輝度に標識し、明らかな増殖も既存のラミニンネットワークの破壊も伴わなかった(図8A、下のパネル)。本発明者らは、RB発現が十分に回復すれば、脱分化した筋細胞はインビボで再分化および既存の筋肉との融合による取り込みを行いうると結論づける。
【0141】
考察
哺乳動物と、イモリ、アホロートルおよびゼブラフィッシュといったある種の下等脊椎動物との間に、損傷組織または切断組織を再生させる能力における極めて大きな差異についての分子的基盤は、依然として解明されていない大きな生物学的な謎である。筋肉の哺乳動物での再生は、小さい筋肉の粉砕もしくは移植後にその筋肉が置き換えられる場合、または化学的作用物質が幹細胞をなしですませることができる場合にのみ起こる。この種の実験は、瘢痕化の代わりにかなりの構造的リモデリングが起こりうることを示しているが、再生の程度は、置き換えられる筋肉または存続している筋肉の量によって限定される。筋肉幹細胞はある程度の再生の原因となりうるが、それらが十分に足りるとは考えられない。実際には、かなりの大きさの組織が除去されかつ置き換えられない場合に、有尾類で見られる筋肉全体の大規模な再生を、哺乳動物の公知の何らかの機序によって達成することができるという証拠は今のところ全くない。この限られた再生能力は、一部には、失われた組織を置き換えるための損傷部位での細胞増殖に対する需要が過多であることと、線維化による構造的リモデリングの阻害との組み合わせに原因がある。数世紀にわたって科学者の関心の的になってきた、哺乳動物における再生がうまく行われないことについて考えられる基盤は、イモリは保っているが哺乳動物が失った能力、すなわち脱分化である。
【0142】
脱分化が、哺乳動物が失った再生能力を有尾類に与えているのであろうか?この問いかけは、哺乳動物で何が失われたかを発見するためには、脱分化の分子的機序に関する新たな見識が必要であることを強く示している。有尾類では、骨格筋の研究による有力な証拠により、脱分化が組織再生の主要な様式であることが示唆されている。脱分化は、筋細胞の個々の単核細胞への断片化、および細胞周期リエントリー後の増殖という2つの過程を必然的に伴うが、それらは区分可能であり、かつ独立している。不死化細胞株C2C12を用いて作製された哺乳動物筋管では、msx1もしくはツイスト(twist)といった芽体に存在する転写因子の過剰発現、またはミオセベリンなどの細胞骨格を破壊する低分子に対する曝露が、筋管断片化をもたらすことが報告されている。本明細書で報告した脱分化の検討では筋肉細胞の断片化は観察されておらず、これはイモリにおける断片化過程が細胞周期リエントリーとは独立していることを示している報告ともよく一致する(Velloso, CP., et al. (2000) Differentiation; research in biological diversity 66(4-5): 239-246)。加えて、有尾類における筋肉の断片化および細胞化のための誘因および機序は未だに不明であるため、類似の経路が哺乳動物に存在するか否かを判定することも現時点では不可能である。断片化がどのようにして起こるかを解明すること、および脱分化の機序を明確にすることは、筋再生の生物学における、補完的ではあるが明確に異なる目標である。
【0143】
RBおよびARFによる脱分化の分子的調節
筋肉の脱分化の基礎にある機序を明確にすることを目的とする実験においてRBを抑制するという本発明者らの判断は、傷害に対して応答してRBが筋肉の細胞周期エントリーに協調的に働くという、イモリにおける証拠に基づくものであった。哺乳動物においても、イモリと同様に、RBによる細胞周期調節は動的であり、主としてそのリン酸化によって制御される。また、筋肉の細胞周期の進行および脱出の両方における二元的役割に関する証拠を含め、腫瘍抑制因子RBが、哺乳動物の筋肉細胞分化の組織化に欠かせない因子であることを確証するデータも豊富に存在する。実際に、RBヌルマウスは出生前に死亡し、分化した筋肉を持たない。さらに、RBは、細胞周期調節因子として作用するだけでなく、ヒストンデアセチラーゼ1(HDAC1)と結合することにより、およびMyoDなどの筋肉遺伝子の活性化を促進することにより、分化および組織特異的な遺伝子発現に直接影響を及ぼすことも示されている。ひとたび分化が起こると、少なくとも哺乳動物では、この状態は安定に維持される。この安定性は、分化した初代哺乳動物筋肉細胞において、単にRBを不活性化することだけによっては分化を逆転させることはできないことにより、明らかに示される。事実、これと異なることを報告している研究は、ink4a産物を発現しないことを本発明者らが本明細書において示しているC2C12などの不死化細胞株の使用による悪影響を受けている。RBの喪失または抑制のみでは、ミオゲニンおよびMHCの蓄積の減少によって実証されるように、中程度の脱分化しかもたらされない(図4)。実際には、この報告で示されているように、RBが抑制された時に、分化した初代骨格筋細胞で起こる表現型変化がいかにわずかであるかに注目すべきである。
【0144】
RBの欠如だけでは筋肉脱分化にわずかな影響しか及ばないことから、哺乳動物分化の維持が別の機序によって確保されていることが示唆される。RB経路は下等脊椎動物において無傷であるものの、本発明者らは、再生能力のある脊椎動物に存在しない別の成分が、哺乳動物おける再生抑制因子の優れた候補であると推測している。この考え方に沿って、本発明者らは、ink4a遺伝子座およびARFに特に注目した。RBとは異なり、ノックアウトマウスにおけるARFのみの不活性化は、分化に対して明らかな影響を及ぼさない。これらの報告に一致して、本発明者らは、ARFのみでは筋肉の分化にも脱分化にも全く影響しないことを見いだした。しかし、RBおよびARFの同時不活性化は高度の脱分化を引き起こした。分化した筋管は、RBおよびp19ARFの急性喪失後に、有糸分裂タンパク質の頑強なDNA合成および活性化を示したが、このことはこれらのタンパク質が筋肉細胞周期リエントリーの内在的制御のための節点であることを示唆する。RBおよびp19ARFの両方が抑制された時の、構造的完全性の重大な喪失、ならびにミオゲニン、MRF-4、MHCおよびM-CKの下方制御は、この2つがともに分化状態の強力な安定化因子であることをさらに示唆する。注目すべきこととして、哺乳動物心筋細胞における増殖因子シグナル伝達および再生を変化させることによって細胞周期回転を誘導する代替的アプローチは、有尾類の筋肉の再生と比較すれば、ごく控え目な効果しか生じない。本発明者らは、ARFはこれらの状況でも頑強な細胞周期回転および再生を阻害する可能性があると推定している。
【0145】
本発明者らの知見は、RB遺伝子座およびink4a遺伝子座によって媒介される腫瘍抑制が、再生を犠牲にして起こるという仮説を裏づける。p16ink4aおよびp19ARFは両方とも、幹細胞の自己再生に影響することにより、老化に際して複数の組織の再生能力を低下させる原因になることが最近示されている。本発明者らの研究は、ink4a遺伝子座が、組織再生に対して付加的な負の影響を及ぼすことを示唆しており、これはすなわち細胞周期リエントリーおよび脱分化の抑制である。RBおよびARFの急性喪失による顕著な複合的影響は、(i)RBそれ自体の連続的発現が分化状態の維持において重要な機能を有すること、および(ii)哺乳動物における分化状態の維持がRBおよびARFの補完的活性に依存していることを強く示唆する。これらの知見は、分化の連続的調節という公知の必要性、ならびに文献上報告されている、腫瘍抑制因子として不適切な細胞周期回転を防ぐRBおよびARFの機能を考えれば説明可能である。
【0146】
脱分化に関する単細胞分析
バルク培養物では、ある所与の細胞が分裂したという確定的評価は行えない。芽体において観察される細胞複雑性および急速な発生変化は、有尾類再生における単細胞レベルでの脱分化の分析の妨げとなっている。S期リエントリーが観察された哺乳動物筋肉培養システムにおいて、分化の比較的初期の段階での細胞の持続性を否定することはできない。例えば、Gu, W., et al. (1993) Cell 72(3): 309-324;Schneider, J.W., et al. (1994) Science (New York, NY 264(5164): 1467-1471;およびBlais, A., et al. (2007) The Journal of cell biology 179(7): 1399-1412)を参照されたい。加えて、分化した筋肉細胞の分裂の報告は細胞遊走の結果である可能性があることから、連続的低速度撮影モニタリングおよび単細胞分析が必須である。これらの問題を克服するために、本発明者らは、(i)マイクロウェル中に単離された筋細胞の低速度撮影顕微鏡検査による動的単細胞追跡、および(ii)PALMレーザー捕捉顕微鏡検査による単一の筋細胞の単離を用いた。これらの単細胞での検討により、分化した個々の分裂終了筋細胞の細胞周期エントリーおよび増大が、RBおよびp19ARFの喪失後に起こることが明確に実証された。本発明者らはさらに、再分化を誘導することにより、脱分化した筋細胞の再生能力も実証した。RBおよびp19ARFの一過性不活性化によって生じた捕捉コロニーのサブセットを培養下で分化培地に曝露させたところ、融合して筋管を形成した。さらに、Cre媒介性除去によるRB発現の非可逆的喪失を有する筋細胞において、レトロウイルス送達によるRBの再導入はインビトロでの筋管形成および筋肉遺伝子発現を誘導しただけでなく、インビボで傷害された筋線維の融合および再生ももたらし、これは典型的な構築を有するとともに、RBを受けていない細胞の腫瘍形成性特徴の証拠は全く伴わなかった。これらの知見は、この2つの腫瘍抑制因子の一過性不活性化により、図8B中の略図に図示される通り、高度の再生能力を伴う脱分化細胞が生じうることを示唆する。
【0147】
本発明者らは、進化上の差異を利用することで、哺乳動物の細胞周期調節経路を、下等脊椎動物で見られるものにより近いものへと遺伝的に改変した。本発明者らの結果から、古典的に定義された幹細胞に加えて、分化した分裂終了筋肉からも再生細胞を導き出すことが可能であることが明らかになった。骨格筋細胞は、それらの元の細胞種の必須な特徴を再生サイクルの間も保ちながら、分化した分裂終了状態と、増殖性の再生状態とに交互に移り変わることができる。本発明者らの実験は、ARFが、脱分化を妨げることによって哺乳動物細胞における再生の抑制に関与することを示している。このため、ARFを抑制しながら、RB経路を生理的な様式で一過的に不活性化する介入の組み合わせを用いることで、哺乳動物の再生応答を最大化しうると考えられる。
【0148】
上記の説明は、単に本発明の原理を説明するものに過ぎない。当業者は、たとえ本明細書に明示的に説明されても示されていなくとも、本発明の原理を具現した、本発明の趣旨および範囲に含まれるさまざまな配列を考え出すことができることが分かるであろう。さらに、本明細書に列挙したすべての例および条件付き言語は、主として、本発明の原理および技術の推進のために本発明らが導いた概念を読者が理解するのを助けることを目的としており、そのような具体的に列挙した例および条件に対して制限はないと見なすべきである。さらに、本発明の原理、局面および態様、ならびに本発明の具体例を列挙した本明細書におけるすべての記載は、本発明の構造的同等物および機能的同等物の両方を包含するものとする。さらに、そのような同等物は、現在知られている同等物および将来において開発される同等物、すなわち、構造にかかわりなく、同じ機能を実行する、あらゆる開発された要素を含むものとする。したがって、本発明の範囲は、本明細書に示して説明した例示的な態様に限定されることを意図してはいない。そうではなくて、本発明の範囲および精神は、添付の特許請求の範囲によって具体化される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分裂終了分化細胞(PMD)を、ポケットタンパク質の活性を一過的に阻害する作用物質の有効量およびサイクリン依存性キナーゼ阻害因子2A選択的リーディングフレームタンパク質(ARF)の活性を一過的に阻害する作用物質の有効量と、該PMDが一過的に分裂して後代を生じることを可能にするのに十分な条件下で接触させる段階
を含む、系列限定細胞(lineage-restricted cell)(LRC)を同じ系列のPMDから作製する方法であって、
該後代が該PMDと同じ系列のLRCである、方法。
【請求項2】
前記PMDが分裂の前に脱分化する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記PMDが筋細胞である、請求項1記載の方法。
【請求項4】
前記筋細胞が、心筋細胞、平滑筋細胞、骨格筋細胞および筋線維からなる群より選択される、請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記ポケットタンパク質が網膜芽細胞腫タンパク質(RB)である、請求項1記載の方法。
【請求項6】
RB活性を一過的に阻害する前記作用物質が、核酸、ポリペプチドまたは低分子である、請求項5記載の方法。
【請求項7】
ARF活性を一過的に阻害する前記作用物質が、核酸、ポリペプチドまたは低分子である、請求項1記載の方法。
【請求項8】
接触させた集団のPMDのうちの約10%が一過的に分裂するように誘導される、請求項1記載の方法。
【請求項9】
前記PMDが、疾患を有する個体由来である、請求項1記載の方法。
【請求項10】
前記個体が生きている、請求項1記載の方法。
【請求項11】
前記個体が死体である、請求項1記載の方法。
【請求項12】
インビボで実施される、請求項1記載の方法。
【請求項13】
エクスビボで実施される、請求項1記載の方法。
【請求項14】
分化を促進する条件に前記後代のLRCを移行させる段階をさらに含む方法であって、
生じた集団が、前記接触させる段階で接触させた前記PMDと同じ系列のPMDの集団である、請求項1記載の方法。
【請求項15】
前記移行させる段階が、前記後代を対象に移植することによって実施される、請求項14記載の方法。
【請求項16】
前記対象が組織再生療法を必要とする、請求項15記載の方法。
【請求項17】
疾患状態を有する個体由来の分裂終了分化細胞(PMD)から、請求項1記載の方法によって系列限定細胞(LRC)を作製する段階、
分化を促進する条件に該LRCを移行させて、分化した細胞集団を生じさせる段階、
該分化した細胞集団を候補作用物質と接触させる段階、ならびに
該分化した集団における細胞の生存度および/または機能を、該候補作用物質と接触させていない分化細胞の生存度および/または機能と比較する段階
を含む、候補作用物質を該疾患状態に対する効果に関してスクリーニングする方法であって、
該候補作用物質と接触させた該分化した集団における細胞の生存度および/または機能が、該候補作用物質と接触させていない分化した集団と比較して向上していることにより、該候補作用物質が該疾患状態に対して効果を有することが示される、方法。
【請求項18】
前記疾患状態が筋肉異常である、請求項17記載の方法。
【請求項19】
前記筋肉が平滑筋、骨格筋または心筋である、請求項18記載の方法。
【請求項20】
前記疾患状態が神経系障害である、請求項17記載の方法。
【請求項21】
前記神経系障害が、パーキンソン病、アルツハイマー病、ALS、嗅覚ニューロンの障害、脊髄ニューロンの障害、または末梢ニューロンの障害である、請求項20記載の方法。
【請求項22】
前記個体が生きている、請求項17記載の方法。
【請求項23】
前記個体が死体である、請求項17記載の方法。
【請求項24】
健常個体由来の分裂終了分化細胞(PMD)から、請求項1記載の方法によって系列限定細胞(LRC)を作製する段階、
分化を促進する条件に該LRCを移行させて、分化した細胞集団を生じさせる段階、
該分化した細胞集団を候補作用物質と接触させる段階、ならびに
該分化した集団における細胞の生存度および/または機能を、該候補作用物質と接触させていない分化細胞の生存度および/または機能と比較する段階
を含む、候補作用物質をヒトに対する毒性に関してスクリーニングする方法であって、
該候補作用物質と接触させた該分化した集団における細胞の生存度および/または機能が、該候補作用物質と接触させていない分化した集団と比較して低下していることにより、該候補作用物質がヒトに対して毒性があることが示される、方法。
【請求項25】
前記PMDが肝細胞である、請求項24記載の方法。
【請求項26】
前記細胞の機能が、シトクロムP450パネルを評価することによって評価される、請求項24記載の方法。
【請求項27】
組織の分裂終了分化細胞(PMD)を、ポケットタンパク質の活性を一過的に阻害する作用物質の有効量およびサイクリン依存性キナーゼ阻害因子2A選択的リーディングフレームタンパク質(ARF)の活性を一過的に阻害する作用物質の有効量と、インビボで接触させる段階
を含む、対象における該組織中で系列限定細胞(LRC)をPMDから作製する方法であって
接触させた該細胞が、該PMDの系列である系列のLRCを生じるようにインサイチューで一過的に分裂するように誘導される、方法。
【請求項28】
前記PMDが分裂の前に脱分化する、請求項27記載の方法。
【請求項29】
前記PMDが筋細胞である、請求項27記載の方法。
【請求項30】
前記筋細胞が、心筋細胞、平滑筋細胞、骨格筋細胞および筋線維からなる群より選択される、請求項29記載の方法。
【請求項31】
前記ポケットタンパク質が網膜芽細胞腫タンパク質(RB)である、請求項27記載の方法。
【請求項32】
RB活性を一過的に阻害する前記作用物質が、核酸、ポリペプチドまたは低分子である、請求項27記載の方法。
【請求項33】
ARF活性を一過的に阻害する前記作用物質が、核酸、ポリペプチドまたは低分子である、請求項27記載の方法。
【請求項34】
RB活性を一過的に阻害する前記作用物質およびARF活性を一過的に阻害する前記作用物質を、前記組織に対して局所的に投与する、請求項27記載の方法。
【請求項35】
前記対象が組織再生療法を必要とする対象である、請求項27記載の方法。
【請求項36】
ポケットタンパク質の活性を一過的に阻害する作用物質およびARFの活性を一過的に阻害する作用物質を含む、分裂終了分化細胞を一過的に分裂させるように一過的に誘導するのに用いるためのキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【公表番号】特表2013−511275(P2013−511275A)
【公表日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−540014(P2012−540014)
【出願日】平成22年11月17日(2010.11.17)
【国際出願番号】PCT/US2010/057102
【国際公開番号】WO2011/063039
【国際公開日】平成23年5月26日(2011.5.26)
【出願人】(500429147)ザ ボード オブ トラスティーズ オブ ザ リーランド スタンフォード ジュニア ユニバーシティ (13)
【Fターム(参考)】