説明

組織再生用スキャッフォールド及びその製造方法

【課題】目的の細胞を接着させ、この細胞を意図した方向に増殖、分化させることができる組織再生用スキャッホールド等の医療用材料及び医療用材料として好適に使用することができる、遺伝子、及び細胞接着因子を含有する組織再生用スキャッホールドを提供すること、該組織再生用スキャッホールドを効率的に製造し得る方法を提供すること。
【解決手段】基材の表面に、遺伝子と細胞接着因子を含む層を備えた組織再生用スキャッフォールドを作製する。遺伝子と細胞接着因子を含む層としては、遺伝子と細胞接着因子を含むリン酸カルシウム層が使用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子及び細胞接着因子を含有する組織再生用スキャッフォールド及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、細胞を用いて失われた臓器や組織の機能を回復させたり、臓器や組織そのものを再生しようとするティッシュエンジニアリングが注目されている。このティッシュエンジニアリング分野では、幹細胞や未分化な細胞を、目的とする細胞へ増殖、分化させるための培養条件や因子が研究されている。ティッシュエンジニアリングの実用化の過程で重要なのは“目的の場所”で“目的の細胞”を“要求する細胞へ増殖、分化”させられるかという点である。
【0003】
ティッシュエンジニアリングにおける臓器や組織の形態的再構築のために、細胞の増殖の足場としてスキャッホールドが用いられている。目的の細胞をこのスキャッホールド上に播種し、これを生体外の適当な環境下で培養することにより要求される細胞へ増殖、分化させようとするのがin vitroティッシュエンジニアリングである。一方、スキャッホールドを再生させようとする臓器や組織の欠損部に移植し、生体内において目的の細胞を要求する細胞へ増殖、分化させようとするのが、in vivoティッシュエンジニアリングである。
【0004】
一般的にスキャッホールドとしては細胞接着性のよい材料が用いられているが、この接着性は細胞の種類に対して非特異的なものである。従って、in vitroティッシュエンジニアリングにおいては、予め目的の細胞を選別、単離する必要があるが、現在の細胞選別・単離方法は煩雑で実用的とは言えない。また、in vivoティッシュエンジニアリングにおいては、生体内で目的の細胞だけをスキャッホールド上へ接着させることはできていない。実用化を考えると、複数の種類の細胞を含む培養液中や、体内において、目的の細胞だけをスキャッホールド上に接着させる技術が必要と思われる。
【0005】
一方、近年、表面にリン酸カルシウムとタンパク質の複合層を設けた高分子材料(特許文献1)及び金属材料(特許文献2)が開発された。上記の複合層中のタンパク質として細胞接着因子を用いると、同材料上への細胞接着性が向上することが報告されている。従って同材料をスキャッホールドとして用いると、目的の細胞をスキャッホールド上に接着させることができる。しかしこのシステムでは、スキャッホールド上に接着した細胞を、“要求される細胞へ増殖、分化”させることは困難である。
【0006】
他方、2000年頃から、スッキャッホールド表面に遺伝子を担持させることにより、スキャッホールド上の接着細胞に遺伝子を移入し、同細胞の増殖、分化をコントロールしようとする研究が行なわれている。しかし、従来の手法では、遺伝子の細胞への導入効率はそれほど高くない。
【0007】
Sheaらは、スキャッホールド上における細胞への遺伝子導入効率の向上手法について報告している(非特許文献1)。彼らは遺伝子導入効率を上げるために、polyethylenimine (PEI)と遺伝子の複合体を作り、これをスキャッホールド表面に担持させている。しかしこのシステムでは、目的の細胞をスキャッホールド上に選択的に接着させることはできない。
【0008】
細胞への遺伝子導入用材料としては、古くからリン酸カルシウムと遺伝子の複合体が用いられてきた(非特許文献2)。このシステムは、遺伝子を含むリン酸カルシウム粒子を細胞の上にふりかけて、細胞近傍の粒子から遺伝子を細胞内に導入しようとするものである。従ってこのシステムでは、目的の場所で、目的の細胞に選択的に遺伝子を導入することは困難である。
【0009】
近年赤池らは、遺伝子と細胞接着因子を含むリン酸カルシウム粒子を細胞へふりかけると、遺伝子を含むリン酸カルシウム粒子を用いた場合に比べ、遺伝子導入効率が向上することを報告している(非特許文献3)。しかしこのシステムでは、粒子を用いているので遺伝子を導入する細胞の場所を規定するのは困難である。
【0010】
リン酸カルシウム以外の遺伝子導入用材料としては、ウイルスベクターやカチオニックな脂質などが広く用いられている。しかしこれらの多くは細胞毒性が強く、生体内での使用には問題が多い。
【0011】
従って、“目的の場所”であるスキャッフォールド上に“目的の細胞”を特異的に接着させる事ができ、同接着細胞を、“要求する細胞へ増殖、分化”させる事が出来る組織再生用スキャッホールド等の医療用材料及び歯科用材料、及びその製造方法の開発が強く望まれているのが現状である。
【非特許文献1】Surface absorption of DNA to tissue engineering scaffolds for efficient gene delivery. by Jang JH, Bengali Z, Houchin L, Shea LD, J. Biomed. Mater. Res. 77A: 50-58, 2006.
【非特許文献2】A new technique for the assay of infectivity of human adenovirus 5 DNA. by Graham FL, van der Eb AJ, Virology 52: 456-467, 1973.
【非特許文献3】A bio-recognition device developed onto nano-crystals of carbonate apatite for cell-targeted gene delivery. by Chowdlhury EH, Akaike T Biotechnology and Bioengineering 90: 414-421, 2005.
【特許文献1】特開2005−112848
【特許文献2】特開2005−021208
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、従来の問題点を鑑みてなされたもので、組織再生用スキャッフォールドに対する細胞の親和性を積極的にコントロールすることにより上記課題を解決できるようにしたものである。親和性は“特異性”とその“強さ”よりなる概念である。親和性の“特異性”をコントロールすることによりスキャッフォールドに接着する細胞を選択し、“目的の細胞”を接着させることができる。また親和性の“強さ”をコントロールすることでスキャッフォールドに接着した細胞への遺伝子導入効率を改善させることにより、これらの細胞を“要求する細胞へ増殖、分化”させることが可能になる。この親和性は本発明では主に材料に組み込んだ細胞接着因子が担っている。細胞接着因子(種類、担持量)を変えることによりその“特異性”、“強さ”を調節することができ、再生する組織に適した細胞をスキャッフォールドへ接着させ、遺伝子により再生する組織へ細胞を増殖、分化させることが可能になる発明である。
【0013】
本発明の第1の目的は、目的の細胞を接着させ、この細胞を意図した方向に増殖、分化させることができる組織再生用スキャッホールド等の医療用材料及び医療用材料として好適に使用することができる、遺伝子、及び細胞接着因子を含有する複合体を提供することにあり、第2の目的は、該複合体を効率的に製造し得る方法を提供することにあり、第3の目的は、上記複合体を素材とする、組織再生用スキャッホールド等の医療用材料及び歯科用材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明によれば、以下の発明が提供される。
(1)基材の表面に、遺伝子と細胞接着因子を含む層を備えた組織再生用スキャッフォールド。
(2)遺伝子と細胞接着因子を含む層が、遺伝子と細胞接着因子を含むリン酸カルシウム層であることを特徴とする前記(1)に記載の組織再生用スキャッフォールド。
(3)基材は、該表面にリン酸カルシウム捕捉層を備えることを特徴とする前記(1)〜(2)のいずれかに記載の組織再生用スキャッフォールド。
(4)リン酸カルシウムがアパタイトを含むことを特徴とする前記(2)に記載の組織再生用スキャッフォールド。
(5)細胞接着因子がラミニンであることを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれかに記載の組織再生用スキャッフォールド。
(6)前記遺伝子がプラスミド単体に保持された遺伝子であることを特徴とする前記(1)〜(5)のいずれかに記載の組織再生用スキャッフォールド。
(7)基材の表面に、遺伝子と細胞接着因子を含む層を備えた組織再生用スキャッフォールド上に、培養された細胞体を備えることを特徴とする組織再生体。組織再生体とは、体外の培養条件下でスキャッホールドへ細胞を付着させ、分化増殖させて組織を再生させ、組織の修復材料としたものである。
(8)表面にリン酸カルシウム捕捉層を有する基材を用意する工程と、前記基材を細胞接着因子、及び、遺伝子を添加したリン酸カルシウム過飽和溶液に浸漬して細胞接着因子、遺伝子を含むリン酸カルシウム層を基材表面に形成させる工程とを備えることを特徴とする組織再生用スキャッフォールドの製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明の組織再生用スキャッホールドの構成成分であるアパタイト等のリン酸カルシウムは、硬組織だけでなく軟組織とも高い親和性を示す。また、他方の構成成分である細胞接着因子は細胞の生物学的能動接着を促す性質を有するものである。本発明の組織再生用スキャッホールドにおいては、遺伝子と細胞接着因子を含むリン酸カルシウム層が、リン酸カルシウム捕捉層を介して基材表面に強固に固定されている。この遺伝子と細胞接着因子を含むリン酸カルシウム層は、生体内及び培養液中で部分的に溶解し遺伝子を放出する。生体内や培養液中の細胞はまず、基材表面に担持された細胞接着因子により、組織再生用スキャッホールド表面に接着する。すると組織再生用スキャッホールド表面において、細胞との接着面から遺伝子が放出され、これが細胞内または細胞表面へ移行する。遺伝子はリン酸カルシウムの成分であるカルシウムイオンとともに放出されるので、その一部は遺伝子−カルシウムコンプレックスを形成すると考えられる。この遺伝子−カルシウムコンプレックスは、電荷的に細胞表面に吸着しやすいことが知られており、高い遺伝子導入効率を得ることができる。従って本発明に係る組織再生用スキャッホールドは、高い遺伝子導入効率を有する遺伝子治療用材料、細胞培養用基材等の医療用材料及び歯科用材料として好適に使用することができる。また、本発明の製造法では、上記組織再生用スキャッホールドを効率よく容易に得ることができる。
【0016】
本発明の組織再生用スキャッホールドにおいては、材料表面の細胞接着因子との特異性により細胞の選択がなされ、目的の細胞が選択的にスキャッホールド上に接着する。つまり、複数の種類の細胞を含む培養液中や、体内において、目的の細胞を選択的にスキャッホールド上に接着させることができる。また、本発明の組織再生用スキャッホールドの構成成分である細胞接着因子の種類、数、及び濃度を変えれば、スキャッホールド上に接着する細胞の種類や数を変えたり、細胞とスキャッホールドの親和性の特異性や強さを調節することができる。
【0017】
また、本発明の組織再生用スキャッホールドの構成成分である遺伝子及び細胞接着因子の数及び濃度を変えることで、スキャッホールド上の細胞への遺伝子導入効率をコントロールすることができる。具体的には、スキャホールド上のリン酸カルシウム層に担持される遺伝子の量が十分である限り、スキャホールド上のリン酸カルシウム層に担持される細胞接着因子の量を増加させることにより、細胞への遺伝子導入効率を向上させることができる。また、スキャホールド上のリン酸カルシウム層に担持される細胞接着因子の量が十分である限り、同層に担持される遺伝子の量を増加させることにより、細胞への遺伝子導入効率を向上させることができる。
【0018】
本発明の組織再生用スキャッホールドに用いられている細胞接着因子、遺伝子、リン酸カルシウムなどは生体の構成成分であり低毒性である。他の遺伝子導入剤には高毒性のものが多く、生体内投与が制限されることを考えると、本システムの低毒性は生体内応用において大きな利点である。
【0019】
さらに本発明の組織再生用スキャッホールドの構成成分である細胞接着因子、遺伝子の種類を部分的に変えることで、スキャッホールド上に、細胞の種類、増殖、分化の異なる領域を作ることができる。つまりスキャッホールド上に再生される細胞を部分的に変えることができる。通常単一の細胞によって構成される組織は少なく、複数の種類の細胞によって構成される組織がほとんどである。よって、同一スキャッホールド上で複数の細胞の増殖、分化をコントロールできることは、複数の細胞から構成される複雑な組織でも再生できる可能性があることを示している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明の組織再生用スキャッホールドは、基材と細胞との親和性を調節することにより基材に接着する細胞の種類を選別したり、その細胞の増殖、分化をコントロール出来ることが特徴である。本発明の組織再生用スキャッホールドは、リン酸カルシウム捕捉層を設けた基材表面に、細胞の増殖、分化をコントロールするための遺伝子、及び親和性を調節するための細胞接着因子を含むリン酸カルシウム層を形成させたことを特徴としている。本発明の組織再生用スキャッホールドは上記のような特有な構造を有することから、リン酸カルシウム由来の生体適合性と細胞接着活性を併せ示す。しかも担持されている遺伝子は、その表面に接着した細胞に対して高い遺伝子導入効率を有する特性を有するものである。また本発明の上記組織再生用スキャッホールドの製造方法は、表面にリン酸カルシウム捕捉層を有する基材と、細胞接着因子、及び遺伝子を含むリン酸カルシウム過飽和溶液とを接触させることを特徴としている。
【0021】
本発明では、少なくともその表面が親水性である基材を用いる必要がある。基材表面が親水性でないと、基材表面と処理溶液との接触が不十分となり、基材の表面全面にリン酸カルシウム捕捉層が導入されず、遺伝子及び細胞接着因子を含むリン酸カルシウム層を形成させることが困難となるからである。また、親水性でない基材表面に遺伝子及び細胞接着因子を含むリン酸カルシウム層を形成させたとしても、基材との接着強度が不十分となるからである。
ここで、少なくともその表面が親水性を有する基材とは、基材自体が親水性を有するものはもちろんのこと、基材自体は親水性を有するものではないが、親水化処理(粗面化処理を含む)によって、表面が親水性となるものも包含される。
親水化処理としては、それ自体公知のものが何れも適用でき、グロー放電処理、コロナ放電処理、アルカリ溶液処理、酸溶液処理、酸化剤処理、親水性官能基のグラフト処理、シランカップリング処理、陽極酸化処理、粗面化処理、等を採ればよい。
【0022】
上記条件を満たすものであれば、基材は特に限定されず、無機、有機何れの材料も使用できるし、それらの複合体であっても良い。無機基材としては、金属、セラミックス、無機高分子等が、有機基材としては、有機高分子等が使用される。
【0023】
具体的には、金属としては、例えば、チタン、タンタル、ニオブ、コバルト、クロム、モリブデン、プラチナ、アルミニウム、またはこれらの2種以上の金属の合金、ステンレス、真ちゅう等が、セラミックスとしては、例えば、焼結アパタイト、シリカ、チタニア、アルミナ、ジルコニア、部分安定化ジルコニア、コージェライト、ゼオライト、炭化ケイ素、窒化ケイ素、窒化ホウ素、炭化チタン、ダイアモンド、シリカガラス、ソーダ石灰ガラス、ケイ酸塩ガラス、鉛ガラス、ホウケイ酸塩ガラス、アルミノケイ酸塩ガラス、リン酸塩ガラス、カルコゲンガラス、ハンダガラス、コパール用ガラス、Pyrexガラス、これらの結晶化ガラス等が、無機高分子としてはシリコーンポリマー等の珪素含有ポリマー等が、有機高分子としては、例えば、ポリエチレングリコール、ポリアルキレングリコール、ポリエーテル、ポリエーテルエーテルケトン等の酸素含有ポリマー、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリグリコール酸、ポリ乳酸、ポリエステル、ポリアミド、ポリウレタン、ポリスルフォン、ポリアミン、ポリウレア、ポリイミド、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリメタクリル酸メチル、ポリアクリロニトリル、ポリスチレン、ポリビニルアルコール、ポリ塩化ビニル等の合成高分子、こられの共重合体、セルロース、アミロース、アミロペクチン、キチン、キトサン等の多糖類、コラーゲン等のポリペプチド、ヒアルロン酸、コンドロイチン、コンドロイチン硫酸等のムコ多糖類等の天然高分子が好ましく挙げられる。
【0024】
また、本発明で用いる上記基材の形状は限定されない。例えば、平板状、フィルム状、膜状、棒状、筒状、メッシュ状、繊維状、多孔体状、粒子状等が好ましく挙げられる。
【0025】
基材表面に設けられるリン酸カルシウム捕捉層とは、リン酸カルシウム過飽和水溶液中においてリン酸カルシウムの形成を促し、該リン酸カルシウムを基材表面に堅固に固定化できる層を意味する。
リン酸カルシウム捕捉層を構成する物質としては、Si-OH基、Ti-OH基、カルボキシル基、リン酸基、硫酸基、水酸基等の官能基(末端にこれらの官能基を有するシランカップリング剤やグラフト鎖、金属酸化物ゲル等も包含される)や、それらの官能基にアルカリ金属またはアルカリ土類金属イオンを結合させたものや、炭酸カルシウム、アパタイトやアパタイトの前躯体等、少なくともリン及び/又はカルシウムを含む化合物が有効である。
【0026】
この中でも、リン酸カルシウムの形成を誘起する速度の観点から、アパタイト、及び、アモルファスリン酸カルシウム等のアパタイトの前躯体が好ましく使用される。
【0027】
リン酸カルシウム捕捉層は、基材の少なくとも表面に設けられていればよい。必ずしも第1層、第2層、という多重層構造をとる必要はなく、基材の表面及び内部の全体に渡ってリン酸カルシウム捕捉層が存在していてもよい。リン酸カルシウム捕捉層は、化学処理等によって基材の表面に設けることができるが、初めからリン酸カルシウム捕捉層を少なくとも表面に有する基材を用いても良い。
【0028】
本発明に係る遺伝子及び細胞接着因子を含有するリン酸カルシウム層とは、リン酸カルシウムマトリックス層と、同層の内部、及び/又は、表面に存在する遺伝子及び細胞接着因子とからなる複合体層と定義される。このような複合体層中においては、遺伝子、及び細胞接着因子は周囲のリン酸カルシウムマトリックス中に物理的に担持されているだけでなく、遺伝子や細胞接着因子の表面に存在する官能基とリン酸カルシウムとの相互作用により、リン酸カルシウムマトリックス中に化学的に結合、固定化されている。
【0029】
本発明で用いるリン酸カルシウムとしては、ハイドロキシアパタイト、オキシアパタイト、ピロリン酸アパタイト、ハイドロキシアパタイトのイオンの一部が炭酸イオン、塩化物イオン、フッ化物イオン、ナトリウムイオン、マグネシウムイオン等で置換された化合物、アモルファスリン酸カルシウム、リン酸三カルシウム、リン酸四カルシウム、リン酸八カルシウム、二リン酸カルシウム、メタリン酸カルシウム、二リン酸二水素カルシウム、ホスフィン酸カルシウム、リン酸水素カルシウム二水和物、リン酸二水素カルシウム一水和物、ホスホン酸カルシウム一水和物、ビス(リン酸二水素)カルシウム一水和物、これらの無水物、又はこれらの混合物等からなるリン酸カルシウム系化合物を挙げることができる。特に、生体組織との親和性、体内環境における安定性からハイドロキシアパタイトを好ましく挙げることができる。
【0030】
本発明で用いる細胞接着因子は、ある細胞に対して接着性を有する物質を指す。そのような物質としては、ある細胞に対して接着性を有するタンパク質、ペプチド鎖、糖鎖、細胞表面分子への抗体、酵素、合成分子、及びそれらを含む物質を挙げることができる。細胞接着性を有するタンパク質の例としては、インテグリンスーパーファミリー、コラーゲンファミリー、ラミニンファミリー、エピリグリン、VCAM(vascular cell adhesion)、フィブロネクチン、MAdCAM(mucosal addression cell adhesion molecule)、テナイシンファミリー、ビトロネクチン、ICAM(intercellular adhesion molecule)、NCAM(neural cell adhesion molecule)、フィブリノーゲン、第X因子、フォンビルブランド因子、カドヘリンスーパーファミリー、カテニン、トロンボスポンジン、セレクチンファミリー、プロテオグリカンファミリー(シンデカン、アグリカン、デコリン、ビグリカン、ニューロカン、オスファカンなど)、アネキシン、ロイシンリッチリピートスーパーファミリー、免疫グロブリンスーパーファミリー(免疫グロブリン、主要組織適合抗原複合体、T細胞受容体複合体、細胞増殖因子受容体、マクロファージコロニー刺激因子受容体、CD2、CD4、CD8、ICAM、VCAM、Thy1、OX2、L1、MAG(myelin associated glycoprotein)、コンタクチン等)、オステオポンチン、VAP-1、バーシカン、APCタンパク質、レクチン等を挙げることができるが、これらに限定されない。細胞接着性を有するペプチド鎖の例としては、YIGSR、IKVAV、RGD、RGDS、GRGDS、RGDSPA、RVDSPA、GRGDSP、LDV、REDV、DEGA、EILDV、GPRP、KQAGDV、RNIAEIIKDI、KHIFSDDSSE、VPGIG、FHRRIKA、KRSR、NSPVNSKIPKACCVPTELSAI、APGL、VRN、AAAAAAAAA、NRWHSIYITRFG、TWYKIAFQRNRK、RKRLQVQLSIRT等の配列を有するペプチド鎖を挙げることができるが、これらに限定されない。細胞接着性を有する糖鎖の例としては、マンノース含有糖鎖、α−グルコシル化N型糖鎖、シアル酸含有糖鎖、HNK-1抗体、シアリルLewisx、N型糖鎖、三及び四本鎖複合型糖鎖、ヘパリン、ヘパラン硫酸、アシアロ二本鎖糖鎖、GPIアンカー糖鎖、糖脂質GM4、シアリルTn抗原等を挙げることができるが、これらに限定されない。細胞接着性を有する酵素の例としてはリゾチーム等を挙げることができるが、これに限定されない。細胞接着性を有する合成分子の例としては、ポリ−L−リジン、ポリカチオニックフェリチン、ポリビニルラクトンアミド等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0031】
本発明で用いる細胞接着因子は、基材表面に形成されるリン酸カルシウム層への担持効率の観点から、リン酸カルシウムと親和性を有することが望ましいが、リン酸カルシウムとの親和性の低い細胞接着因子を、ポリアクリル酸、テトラサイクリン、アルブミン等のリン酸カルシウムとの親和性の高い分子と複合化させて用いても良い。リン酸カルシウムとの親和性の低い細胞接着因子と、リン酸カルシウムとの親和性の高い分子との複合化には、両者の官能基や表面電荷等を利用すればよく、種々の公知の方法で複合化させることができる。
【0032】
本発明で用いる細胞接着因子は水溶性であることが望ましいが、非水溶性の細胞接着因子をアルブミン等の水溶性担体タンパク質またはポリエチレングリコール、エチレングリコール/プロピレングリコールのコポリマー、カルポキメチルセルロース、デキストラン、ポリビニルアルコール、ポリピニルピロリドン、ポリ−1,3−ジオキソラン、ポリ1,3,6−トリオキサン、エチレン/無水マレイン酸コポリマー、ポリアミノ酸類(ホモポリマーまたはランダムコポリマ)等の水溶性ポリマーと複合化させることにより水溶性化してもよい。非水溶性の細胞接着因子と上記水溶性分子との複合化には、両者の官能基や表面電荷等を利用すればよく、種々の公知の方法で複合化させることができる。
【0033】
本発明で用いる遺伝子としては、例えばウイルスベクターに保持された遺伝子、プラスミド単体、高分子ポリマーから成る粒子内に保持されたプラスミド、リポソームに保持されたプラスミド、及びミセルに保持されたプラスミド等のベクターに導入された遺伝子が挙げられる。それぞれの遺伝子が持つ遺伝情報は異なっても、遺伝子は物質的に同一であるので、遺伝子の種類は限定されない。
【0034】
本発明のスキャッホールドを作製するには、たとえば、基材表面にリン酸カルシウム捕捉層を形成させた後(第1工程)、同基材を、遺伝子、及び細胞接着因子を含有させたリン酸カルシウム過飽和水溶液に浸漬して、基材表面に遺伝子、及び細胞接着因子を含有するリン酸カルシウム層を形成させる(第2工程)ことにより行われる。
【0035】
第1工程は、具体的には、例えば次のように行えばよい。高分子基材を、200mMの塩化カルシウム水溶液に10秒間、次いで超純水に1秒間浸漬した後、風乾する。続いて、基材を200mMのリン酸水素二カリウム・三水和物水溶液に10秒間、次いで超純水に1秒間浸漬した後、風乾する。以上の操作を交互に3回繰り返す。同処理によって、基材表面にリン酸カルシウム捕捉層が形成される。リン酸カルシウム捕捉層の厚みに特別な制限はないが、0.001nm〜1μm、好ましくは0.01〜300nmである。
【0036】
第2工程は、表面にリン酸カルシウム捕捉層を有する基材を、遺伝子及び細胞接着因子を添加したリン酸カルシウム過飽和溶液に浸漬することにより、基材表面に遺伝子及び細胞接着因子を含むリン酸カルシウム層を形成させる方法が好ましく採用される。
【0037】
ここで、リン酸カルシウム過飽和溶液とは、リン酸カルシウムの溶解度以上のカルシウムイオン及びリン酸イオンを含む溶液のことを意味する。リン酸カルシウム過飽和溶液のリン酸カルシウムに対する過飽和度、すなわち溶液の安定性は、溶液の成分濃度及びpHによって決まる。リン酸カルシウム過飽和溶液は、溶液調整完了後、7日以内に自発核形成によるリン酸カルシウムの析出を誘起するような不安定な溶液であってもいいし、8日以上リン酸カルシウムの析出を誘起しない安定な溶液であってもいい。
【0038】
リン酸カルシウム過飽和溶液は、種々の公知の方法で調整することができる。リン酸カルシウム過飽和溶液としては、例えば、Hank’s溶液、ヒトの体液とほぼ等しい無機イオン濃度を有する擬似体液(SBF)、SBFと同等の塩化ナトリウム濃度、及び、SBFの1.5倍のリン酸及びカルシウムイオン濃度を有する溶液、SBFの5倍のイオン濃度を含む溶液等を挙げることができる。
【0039】
遺伝子及び細胞接着因子は、変成や失活を惹起しない限り、リン酸カルシウム過飽和溶液の調整前、調整中、調整後のいずれのタイミングで溶液に添加しても構わない。また、遺伝子、及び細胞接着因子は、同時にリン酸カルシウム過飽和溶液に添加してもいいし、それぞれ別のタイミングで添加してもいい。添加する遺伝子、及び細胞接着因子は、固体状でも良いし、培養液や生理食塩水のような溶液に溶解された状態でも良い。
【0040】
リン酸カルシウム過飽和溶液に添加する遺伝子、及び細胞接着因子は、それぞれ1種でも良いし、2種以上の遺伝子、及び細胞接着因子を添加しても良い。複数の細胞接着因子を添加した溶液を用いると、複数の細胞接着因子を含有するリン酸カルシウム層が基材表面に形成される。複数の遺伝子を添加した溶液を用いると、複数の遺伝子を含有するリン酸カルシウム層が基材表面に形成される。
【0041】
基材表面のリン酸カルシウム層の成長を完全には阻害しない限り、また、細胞の接着性制御に必要とされる最低密度以上の細胞接着因子が基材表面のリン酸カルシウム層中に含有される限り、リン酸カルシウム過飽和溶液中に添加される細胞接着因子の濃度、及び基材表面のリン酸カルシウム層中に含有される細胞接着因子の量は限定されない。リン酸カルシウム過飽和溶液中に添加される細胞接着因子の濃度が高いほど、該溶液中において基材表面に形成されるリン酸カルシウム層中に含有される細胞接着因子の量も増大する。
【0042】
基材表面のリン酸カルシウム層の成長を完全には阻害しない限り、また、細胞への移行に必要とされる最低密度以上の遺伝子が基材表面のリン酸カルシウム層中に含有される限り、リン酸カルシウム過飽和溶液中に添加される遺伝子の濃度、及び基材表面のリン酸カルシウム層中に含有される遺伝子の量は限定されない。リン酸カルシウム過飽和溶液中に添加される遺伝子の濃度が高いほど、該溶液中において基材表面に形成されるリン酸カルシウム層中に含有される遺伝子の量も増大する。
【0043】
以上に示した方法を用い、遺伝子及び細胞接着因子を添加したリン酸カルシウム過飽和溶液とアパタイト捕捉層を有する基材とを接触させることにより、アパタイト捕捉層上に、遺伝子及び細胞接着因子を含有するリン酸カルシウム層が形成される。その結果、遺伝子及び細胞接着因子を含有するリン酸カルシウム層を表面に有する人工材料が得られる。
【実施例】
【0044】
以下、本発明を実施例に基づいて説明する。本発明はこの実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
[細胞と遺伝子]
使用した細胞はハムスター繊維芽細胞由来のBHK-21細胞(理化学研究所細胞開発銀行)である。BHK-21細胞表面はラミニンに対して親和性を持つことが知られている。細胞培養液としては10 %の牛胎児血清を含むDMEM培地を用いた。
遺伝子としてはpGL3プラスミド(Promega)を用いた。このプラスミドはluciferaseのcomplementary 遺伝子を含んでおり、遺伝子が細胞内へ移行した場合にはluciferaseが発現するので、細胞融解液中のluciferase活性を測定すれば遺伝子の細胞への移行の有無、程度を評価することができる。
【0045】
[基板の作製]
大きさ10×10×1 mm3のエチレンビニルアルコール共重合体を#2000のSiC研磨紙で研磨し、アセトン及びエタノールで超音波洗浄した後、100 ℃で24時間真空乾燥させた。上記基板を、200 mM CaCl2水溶液 20 mLに10秒間、同量の超純水に1秒間浸した後乾燥させ、次いで、200 mM K2HPO4・3H2O水溶液 20 mLに10秒間、同量の超純水に1秒間浸浸した後乾燥させた。同操作を3回繰り返した。細胞培養用試料については、上記処理の後に、エチレンオキサイドガスで基板を滅菌した。以上により作製された基板を以後、EVと略称する。
【0046】
[EV表面への、アパタイト層、遺伝子担持アパタイト層、ラミニン担持アパタイト層、及び遺伝子-ラミニン担持アパタイト層のコーティング]
超純水に、NaCl 142 mM、CaCl2 3.75 mM、K2HPO4・3H2O 1.5 mMとなるように各試薬を溶解し、その後トリスヒドロキシメチルアミノメタンと塩酸を用いて25℃でpH 7.40となるように調整した。以後この溶液をCP溶液と呼ぶ。また、CP溶液に遺伝子を加えた溶液(D溶液)、ラミニンを加えた溶液(L溶液)、及び、ラミニン及び遺伝子を加えた溶液(DL溶液)を調製した。いずれの溶液中においても、ラミニン及び遺伝子濃度は、40μg/mLとした。
CP、D、L、及びDL溶液3mLに、EVを、25℃で24時間浸漬した。溶液から取り出した基板は、超純水(表面構造解析用試料)、またはリン酸緩衝液(細胞培養用試料)で洗浄した。以上の処理により得られた試料をそれぞれ次のように略記する。
・EV-CP(CP溶液浸漬後のEV)
・EV-D(D溶液浸漬後のEV)
・EV-L(L溶液浸漬後のEV)
・EV-DL(DL溶液浸漬後のEV)
【0047】
[試料の表面構造解析1]
前記で得た各試料(EV-CP、EV-D、EV-L、EV-DL)の表面構造を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察した。その結果、いずれの試料の表面にも、ナノ〜マイクロスケールの微細構造を有する均一な層の形成が認められた(図1−1,図1−2)。
【0048】
[試料の表面構造解析2]
上記試料表面の結晶構造を薄膜X線回折(TF-XRD)により調べた。いずれの試料のXRDパターンにも、EV基板由来のピークの他に、アパタイトに帰属されるブロードなピークが検出された(図2、左)。以上の結果から、CP、D、L、及びDL溶液中においてEV基板表面に形成された層は、低結晶性アパタイトからなることが分かった。なお、EV-D、EV-L、及びEV-DL表面のアパタイトのピーク強度は、EV-CP表面のそれよりも小さかった。D、L、及びDL溶液中に添加した遺伝子及びラミニン分子が、アパタイトの結晶成長を阻害したためと考えられる。
【0049】
[試料の表面構造解析3]
上記試料表面をX線光電子分光分析(XPS)によって調べた。いずれの試料表面にも、アパタイトの構成成分であるカルシウム及びリンが検出された(図2、右)。この結果は、XRD(図2、左)の結果と一致している。また、EV-D、EV-L、及びEV-DL表面には、上記の元素の他に窒素が検出された。窒素はラミニン及び遺伝子の構成成分である。従って、EV-D表面に形成されたアパタイト層中には遺伝子が、EV-L表面に形成されたアパタイト層中にはラミニンが、EV-DL表面に形成されたアパタイト層中には、ラミニン、及び/または、遺伝子が担持されていると考えられる。
【0050】
[試料表面のアパタイト形成量の分析]
EVの浸漬による、CP、D、L、DL溶液中のカルシウム及びリンの元素濃度変化を高周波結合誘導プラズマ発光分光分析により調べた。その結果から、各試料表面に形成されたアパタイト層中のカルシウム及びリンの量を求めた。結果を図3に示す。EV-D、EV-L、及びEV-DL表面のカルシウム及びリンの量は、EV-CP表面のそれよりも少なかった。これは、EV-D、EV-L、及びEV-DL表面のアパタイト形成量が、EV-CP表面のそれよりも少ないことを示している。以上の結果は、XRDの結果(図2、左)と一致する。D、L、及びDL溶液中に添加した遺伝子及びラミニン分子が、アパタイトの結晶成長を阻害したためと考えられる。
【0051】
[アパタイト層中の遺伝子、及びラミニン担持量の分析]
EVの浸漬による、CP、D、L、DL溶液中の遺伝子、及びラミニン濃度変化を紫外可視分光光度計により測定した。ラミニン濃度の測定には、BioRad Protein Assay Kitを用いた。各溶液中の遺伝子、及びラミニン濃度の変化量から、各試料表面のアパタイト層中に担持された遺伝子、及びラミニンの量を求めた。結果を図4に示す。EV-D、及びEV-DL表面には約20μg/cmの遺伝子が、EV-L、及びEV-DL表面には15〜25 μg/cm2のラミニンが担持されたことが分かった。以上の結果は、XPSの結果(図2、右)と一致している。
以上に示した結果から、EV表面にはアパタイト層が、EV-D表面には遺伝子担持アパタイト層が、EV-L表面にはラミニン担持アパタイト層が、EV-DL表面には遺伝子-ラミニン担持アパタイト層が形成されたことが確認された。
【0052】
[試料表面での細胞培養]
EV-CP、EV-D、EV-L、及びEV-DLを、24-wellの細胞培養用マイクロプレート上に静置した。各ウェルに、BHK-21細胞を105 cell/mLとなるように懸濁させた細胞培養液 0.5 mLを注いだ。その後、37 ℃、5 %炭酸ガス雰囲気で1、3、及び7日間細胞培養を行った。
【0053】
[試料表面での細胞増殖性の評価]
所定期間培養を行った後のEV-CP、EV-D、EV-L、及びEV-DLを1 mLのリン酸緩衝液で3回洗浄後、0.2 mLの細胞融解液(Promega luciferase assay kitに含まれる)中に浸漬した。ピペッティングにより試料上の細胞を十分に融解後、1.5 mLマイクロチューブへ細胞融解液を移し、8000 rpmで3分間遠心した。この上清中の蛋白質濃度を、micro BCA protein assay kit (PIERCE)を用いて測定した。この蛋白質濃度は基板上での細胞数を反映しているものと考えられた。図5に、培養期間1、3、7日間(Day1、Day3、Day7)のそれぞれの試料の蛋白質濃度を示す。いずれの培養期間でも、EV-DとEV-DL間では有意な差は見られなかった。これは、試料表面のラミニンの有無が細胞増殖には影響を与えていないことを示している。
【0054】
[試料表面での細胞への遺伝子導入効率の評価]
前項で、各試料から得られた細胞融解液の上清中のluciferase活性を測定した。lucifrease活性測定においては、上記の上清10ulと90ulのluciferase発光基質(Promega luciferase assay kitに含まれる)を混合し、ルミノメーターで発光強度を測定した。この発光強度値を図5に示した蛋白質濃度で割ることにより、細胞数による補正を行い、luciferase 活性(RLU activity)とした。Day1, Day3, Day7すべての培養期間で、EV-DLのluciferase 活性がEV-Dよりも高く、Day3(t検定, P<0.01)とDay7(t検定, P<0.05)では有意な差が認められた(図6)。この結果は、EV-DL表面において遺伝子の細胞への導入がEV-D表面よりも効率良く行なわれたことを示している。
【0055】
[従来法による遺伝子導入効率との比較]
参考として、他の方法により遺伝子導入を行った際のluciferase活性を図7に示す。Lipofectamin(GIBCO)は遺伝子とカチオニックなリポソームを形成する脂質であり、最も良く用いられる遺伝子導入試薬である。Lipofectaminは、ウイルスを用いない遺伝子移入方法としてはトップクラスの効率を発揮する。我々のデータでも、Lipofectaminのluciferase活性は当システムの数倍高い(図7)。しかしLipofectaminの問題点として、毒性が強く生体内での使用は難しいという点がある。もう一つの比較対照として、遺伝子を含むキトサンナノ粒子を用いて、遺伝子を細胞へ移入した。キトサンは低毒性でそのナノ粒子は生体内へ投与可能であるが、luciferase活性は当システムの数十分の一程度と低いものであった(図7)。当システムでは細胞毒性を示すものは使用されておらず、生体内で使用可能な遺伝子導入システムの内では非常に高い遺伝子導入効率を示していると思われる。(Lipofectamin、キトサンではそれぞれのシステムで最もluciferase活性が高くなる条件を採用した。)
【0056】
(実施例2)
[PS透明基板の作製]
大きさ10×10×1mm3のポリスチレン基板をコンパウンドで研磨し、エタノールで超音波洗浄した後、80℃で24時間真空乾燥させた。これを、30Paの酸素雰囲気中、電力密度0.50W/cm2の条件下で、30秒間プラズマ処理に付した。上記基板を、100mMのCaCl2を含む50vol%エタノール溶液20mLに10秒間、同量の50vol%エタノール溶液に1秒間浸した後乾燥させ、次いで、100 mMのK2HPO4・3H2Oを含む50vol%エタノール溶液20mLに10秒間、同量の50vol%エタノール溶液に1秒間浸浸した後乾燥させた。同操作を3回繰り返した。同試料を以後、PSと略称する。
【0057】
[PS表面への、アパタイト層、遺伝子担持アパタイト層、ラミニン担持アパタイト層、及び遺伝子-ラミニン担持アパタイト層のコーティング]
実施例1の基板であるEVを、PSに代えた以外は実施例1と同様にして、PS表面に、アパタイト層、遺伝子担持アパタイト層、ラミニン担持アパタイト層、及び遺伝子-ラミニン担持アパタイト層を形成させた。以後、試料名を次のように命名する。
・PS-CP(CP溶液浸漬後のPS、表面にアパタイト層形成)
・PS-D(D溶液浸漬後のPS、表面に遺伝子担持アパタイト層形成)
・PS-L(L溶液浸漬後のPS、表面にラミニン担持アパタイト層形成)
・PS-DL(DL溶液浸漬後のPS、表面に遺伝子-ラミニン担持アパタイト層形成)
各表面層の形成は、実施例1に示したのと同様の表面構造解析手法により確認した。この結果から、表面にリン酸カルシウム捕捉層を有する基材を、遺伝子及び細胞接着因子を添加したリン酸カルシウム過飽和溶液に浸漬することによる、遺伝子、接着因子、及びアパタイトの複合化手法が、エチレン−ビニルアルコール共重合体以外の基材に対しても有効であることが確認された。
【0058】
[試料表面での細胞培養]
実施例1で作製された試料であるEV-CP、EV-D、EV-L、及びEV-DLを、PS-CP、PS-D、PS-L、及びPS-DLに代えた以外は実施例1と同様にして、細胞培養を行った。細胞混濁液中の細胞濃度は5 x 104 cell/mLとした。
【0059】
[試料表面の細胞形態観察]
培養4日後の試料表面の細胞の形態を、位相差光学顕微鏡により観察した。PS-CP及びPS-Dではほとんどの細胞が球状を呈していた(図8)。これに対してPS-L及びPS-DLでは球状をていしている細胞の他に、扁平状を呈して試料表面に接着している細胞が幾つも観察された。試料表面にラミニンが担持されていることにより、細胞に対する親和性が亢進していると考えられた。これらの所見より当システムでは、扁平状に接着している細胞と試料の間の閉鎖的空間に、試料表面層から遺伝子、または遺伝子−カルシウム複合体が放出されることにより、高効率に細胞に遺伝子が導入されている可能性が高いと思われる(図9、右)。これに対してラミニンの無いPS-D表面では、細胞に対する親和性が十分でないため、細胞は球状となり、遺伝子、または遺伝子−カルシウム複合体は培養液中に放出されるのみではないかと推察される(図9、左)。これらの違いが遺伝子導入効率の差となっている可能性が高いものと思われる。
【0060】
(実施例3)
[CP溶液中のラミニン濃度の影響]
実施例1の、CP溶液中に加えるラミニンの濃度を変化させた以外は実施例1と同様にして、EV表面に遺伝子-ラミニン担持アパタイト層を形成させ、同層表面での遺伝子導入効率を評価した。細胞培養期間3日間とした。図10に示す通り、CP溶液中のラミニン濃度の増加に伴い、同溶液中で形成されるアパタイト層中のラミニン担持量は増加、これに対してアパタイト層中の遺伝子担持量はほぼ同じであった(図10(a))。それぞれのラミニン濃度で形成された遺伝子-ラミニン担持アパタイト層の上で細胞を培養して遺伝子導入率を観ると、ラミニン担持量の多いものほど遺伝子導入効率は向上していた(図10(b))。遺伝子導入効率の向上は、アパタイト層中のラミニン担持量の増加に起因していると考えられた。以上の結果から、CP溶液中のラミニン濃度を変化させることにより、同溶液中で形成されるアパタイト層中のラミニン担持量を変化させることができ、これによって、同層表面での遺伝子導入効率をコントロールできることが分かった。
【0061】
[CP溶液中の遺伝子濃度の影響]
実施例1の、CP溶液中に加える遺伝子の濃度を変化させた以外は実施例1と同様にして、EV表面に遺伝子-ラミニン担持アパタイト層を形成させ、同層表面での遺伝子導入効率を評価した。細胞培養期間3日間とした。図11(a)に示す通り、CP溶液中の遺伝子濃度の増加に伴い、同溶液中で形成されるアパタイト層中の遺伝子担持量は増加した。一方、アパタイト層中のラミニン担持量は、遺伝子濃度20μg/mLに対して、40μg/mLでは増加し、80μg/mLでは減少した。それぞれの条件で形成された遺伝子-ラミニン担持アパタイト層の上で細胞を培養して遺伝子導入効率を比較した。遺伝子導入効率は、CP溶液中の遺伝子濃度40μg/mLで最も高く、80μg/mL、20μg/mLの順に減少した(図11(b))。遺伝子濃度80μg/mLでは、アパタイト層中の遺伝子担持量は最大であったが、ラミニン担持量が最小であったために、遺伝子導入効率が遺伝子濃度40μg/mLの場合よりも低くなったものと考えられる。以上の結果から、CP溶液中の遺伝子濃度を変化させることにより、同溶液中で形成されるアパタイト層中の遺伝子及びラミニン担持量を変化させることができ、これによって、同層表面での遺伝子導入効率をコントロールできることが分かった。
【0062】
[細胞接着因子の影響]
実施例1の、CP溶液中に加える担持物質をラミニンからアルブミンに変えた以外は実施例1と同様にして、EV表面に遺伝子-アルブミン担持アパタイト層を形成させた(試料名をEV-DAと命名する)。遺伝子-アルブミン担持アパタイト層の形成は、実施例1に示したのと同様の表面構造解析手法により確認した。この結果から、表面にリン酸カルシウム捕捉層を有する基材を、遺伝子及び細胞接着因子を添加したリン酸カルシウム過飽和溶液に浸漬することによる、遺伝子、接着因子、及びアパタイトの複合化手法が、ラミニン以外の生体分子に対しても有効であることが確認された。
EV-D、EV-DA、及びEV-DL表面での遺伝子導入効率を実施例1と同様の方法で評価した結果を図12に示す(細胞培養期間は3日間)。図12に示す通り、EV-DL表面の遺伝子導入効率は、EV-D、及びEV-DA表面のそれよりも有意に高かった。また、EV-DA表面の遺伝子導入効率はEV-D表面のそれと同程度であった。細胞接着活性を持たないアルブミンを担持させても遺伝子導入効率の向上は認められず、細胞接着活性を有するラミニンを担持させた場合に遺伝子導入効率の向上が認められた。以上の結果から、高い遺伝子導入効率を得るためには、細胞接着活性を有する接着因子をアパタイト層中に担持させることが効果的であることが確認された。
【0063】
[細胞の種類の影響]
実施例1で用いた細胞をMG-63、HeLa、CHO-K1、及びBHK-21 細胞(理化学研究所細胞開発銀行)に、培養液をそれぞれの細胞に適した培養液(MG-63とHeLaは10%牛胎児血清を含むMEM培地、CHO-K1は10%牛胎児血清を含むRPMI1640培地、そしてBHK-21は10%牛胎児血清を含むDMEM培地)に変えた以外は実施例1と同様にして、EV-D及びEV-DL表面での遺伝子導入効率を評価した。細胞培養期間3日間とした。図13に結果を示す。Lipofectaminを用いた場合の遺伝子導入効率も参考値として示した。EV-DL表面での遺伝子導入効率は細胞の種類によって異なり、CHO-K1細胞に対して最も高い導入効率が得られた。また、いずれの細胞に対しても、EV-DL表面の遺伝子導入効率はEV-D表面の導入効率よりも有意に高かった。以上の結果から、アパタイト層中にラミニンを担持させることによる遺伝子導入効率の向上効果は、BHK-21細胞だけでなく種々の細胞に対して認められるが、その効果の度合いは細胞の種類によって異なることが分かった。また、いくつかの細胞に対しては、EV-DL表面の遺伝子導入効率が、既に実用化されているLipofectaminを用いた場合の導入効率と同等もしくはそれよりも高かったことから、本システムは、実用的にも十分高効率な遺伝子導入手法であると言える。
【0064】
[遺伝子の種類の影響]
実施例1の、CP溶液中に加える遺伝子の種類をβ-ガラクトシターゼの遺伝子を含むpcDNA3.1/His/LacZプラスミド(Invitrogen)に変えた以外は実施例1と同様にして、EV表面に遺伝子担持アパタイト層(試料名をEV-D’と命名する)、及び遺伝子-ラミニン担持アパタイト層(試料名EV-D’Lと命名する)を形成させた。遺伝子担持アパタイト層、及び遺伝子-ラミニン担持アパタイト層の形成は、実施例1に示したのと同様の表面構造解析手法により確認した。この結果から、表面にリン酸カルシウム捕捉層を有する基材を、遺伝子及び細胞接着因子を添加したリン酸カルシウム過飽和溶液に浸漬することによる、遺伝子、接着因子、及びアパタイトの複合化手法が、pGL3プラスミド以外の遺伝子に対しても有効であることが確認された。
EV-D’及びEV-D’L表面でのCHO-K1細胞に対する遺伝子導入効率を、β-Gal staining kit(Invitrogen)を用いて調べた。このキットを用いると、β-ガラクトシターゼの遺伝子を発現している細胞は緑に染色される。図14に示す通り、EV-D’L表面では、多数の細胞がβ-ガラクトシターゼの遺伝子を発現(強染色細胞を矢印で表示)しているのに対し、EV-D’表面ではβ-ガラクトシターゼの遺伝子を発現している細胞はほとんど観察されなかった。この結果は、EV-D’Lアパタイト層表面において遺伝子の細胞への導入がEV-D’表面よりも効率良く行なわれたことを示している。以上の結果から、当システムによって、pGL3プラスミドだけでなく種々の遺伝子を細胞内に導入可能であることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1−1】実施例1のEV-CP、及びEV-D表面のSEM写真(低倍、及び高倍)である。
【図1−2】実施例1のEV-L、及びEV-DL表面のSEM写真(低倍、及び高倍)である。
【図2】実施例1のEV-CP、EV-D、EV-L、及びEV-DL表面のTF−XRDパターン(左)、及びXPSスペクトル(右)である。
【図3】実施例1のEV-CP、EV-D、EV-L、及びEV-DL表面のアパタイト層中のCa及びPの量である。
【図4】実施例1のEV-CP、EV-D、EV-L、及びEV-DL表面のアパタイト層中の遺伝子、及びラミニン担持量である。
【図5】実施例1のEV-CP、EV-D、EV-L、及びEV-DL表面で、1、3、7日間培養されたBHK-21細胞の融解液中の蛋白質濃度である。
【図6】実施例1のEV-CP、EV-D、EV-L、及びEV-DL表面で、1、3、7日間培養されたBHK-21細胞からの補正luciferase活性(RLU)である。
【図7】他の方法によりBHK-21細胞に遺伝子を移入した場合の補正luciferase活性である。
【図8】実施例2のPS-CP、PS-D、PS-L、及びPS-DL表面で3日間培養されたBHK-21細胞の位相差光学顕微鏡写真である。
【図9】当システムにおける遺伝子導入の推測機序(左:遺伝子担持アパタイト層表面、右:細胞接着因子−遺伝子担持アパタイト層表面)を示す図である。
【図10】実施例3の、種々のラミニン濃度を有するCP溶液で形成されたアパタイト層中の遺伝子及びラミニン担持量(a)と、同層表面で3日間培養されたBHK-21細胞からの補正luciferase活性(b)である。
【図11】実施例3の、種々の遺伝子濃度を有するCP溶液形成されたアパタイト層中の遺伝子及びラミニン担持量(a)と、同層表面で3日間培養されたBHK-21細胞からの補正luciferase活性(b)である。
【図12】実施例3の、EV-D、EV-DA、及びEV-DL表面で3日間培養されたBHK-21細胞からの補正luciferase活性である。
【図13】実施例3の、EV-D及びEV-DL表面で3日間培養されたMG-63、HeLa、CHO-K1、及びBHK-21細胞からの補正luciferase活性である。
【図14】実施例3の、EV-D’及びEV-D’L表面で3日間培養されたCHO-K1細胞の位相差光学顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に、遺伝子と細胞接着因子を含む層を備えた組織再生用スキャッフォールド。
【請求項2】
前記遺伝子と細胞接着因子を含む層が、遺伝子と細胞接着因子を含むリン酸カルシウム層であることを特徴とする請求項1に記載の組織再生用スキャッフォールド。
【請求項3】
前記基材は、該表面にリン酸カルシウム捕捉層を備えることを特徴とする請求項1又は2に記載の組織再生用スキャッフォールド。
【請求項4】
前記リン酸カルシウムがアパタイトを含むことを特徴とする請求項2に記載の組織再生用スキャッフォールド。
【請求項5】
前記細胞接着因子がラミニンであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の組織再生用スキャッフォールド。
【請求項6】
前記遺伝子がプラスミド単体に保持された遺伝子であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の組織再生用スキャッフォールド。
【請求項7】
基材の表面に、遺伝子と細胞接着因子を含む層を備えた組織再生用スキャッフォールド上に、培養された細胞体を備えることを特徴とする組織再生体。
【請求項8】
表面にリン酸カルシウム捕捉層を有する基材を用意する工程と、前記基材を細胞接着因子、及び、遺伝子を添加したリン酸カルシウム過飽和溶液に浸漬して細胞接着因子、遺伝子を含むリン酸カルシウム層を基材表面に形成させる工程とを備えることを特徴とする組織再生用スキャッフォールドの製造方法。


【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図1−1】
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【図1−2】
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【図8】
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【図9】
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【図14】
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【公開番号】特開2008−49146(P2008−49146A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−191356(P2007−191356)
【出願日】平成19年7月23日(2007.7.23)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.PYREX
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】