説明

組織接着性薬剤放出ゲル形成用組成物

【課題】体内に固定することができ、かつ、薬物を徐放することができる新規な薬物放出マトリックスを形成する手段を提供すること。
【解決手段】組織接着性薬剤放出ゲル形成用組成物は、(1)親水性領域と疎水性領域を有するブロックコポリマーから形成され、親水性領域が外側、疎水性領域が内側に配置された高分子ミセルであって、親水性領域がその外側端部に少なくとも1個のアルデヒド基を有する高分子ミセルの内部に薬剤を封入した薬剤封入高分子ミセルと、(2)水溶性ポリアミンポリマーであって、前記高分子ミセルと反応してゲルを形成するポリマーとを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組織に接着して、薬剤を徐放する組織接着性薬剤放出ゲルを形成するための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
薬剤を体内の所望の位置に送達する方法としては、体内血管系を循環する薬物キャリアー(高分子ミセル、微粒子等)を用いて薬物を送達する方法や、皮下に薬物放出マトリックスを留置して局所又は全身性の薬物効果を期待する方法など、用途ごとに様々な薬物治療法が提案されている。特に後者は、薬物の血中濃度が長時間一定であり、また副作用が見られる場合はただちに治療を中断することができる利点がある。体内に留置する薬物放出マトリックスとしては、シート状のもの(脳内に使用)や微粒子(皮下に使用)が提案されている。
【0003】
一方、本願発明者らは、先に外側にアルデヒド基を有する高分子ミセルと、ポリアミンとから成る、止血剤として有用な組織接着性ゲルを発明した(特許文献1)。
【0004】
【特許文献1】特開2005-21454号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の体内留置型薬物放出マトリックスは、体内でのマトリックスの固定が困難であり、体内で徐々に移動する恐れがある。薬物放出マトリックスが体内で移動すると、局所投与が望まれる薬物の効果が徐々に低下するのみならず、副作用の危険も生じる。
【0006】
本発明の目的は、体内に固定することができ、かつ、薬物を徐放することができる新規な薬物放出マトリックスを形成する手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、親水性領域と疎水性領域を有するブロックコポリマーから形成され、前記親水性領域が外側、前記疎水性領域が内側に配置された高分子ミセルであって、前記親水性領域は、その外側端部に少なくとも1個のアルデヒド基を有する高分子ミセルの内部に薬剤を封入し、これと水溶性ポリアミンポリマーとを組織において反応させることにより、薬剤封入高分子ミセルを含むゲルが形成され、かつ、おそらく高分子ミセルの未反応のアルデヒド基が組織のアミノ基とシッフ塩基を形成して結合することにより、ゲルは組織に接着して固定されるとともに、高分子ミセルに封入した薬剤が徐放されることを見出し、このゲルが薬剤の局所徐放用マトリックスとして有用であることに想到し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、親水性領域と疎水性領域を有するブロックコポリマーから形成され、前記親水性領域が外側、前記疎水性領域が内側に配置された高分子ミセルであって、前記親水性領域は、その外側端部に少なくとも1個のアルデヒド基を有する高分子ミセルの内部に薬剤を封入した、薬剤封入高分子ミセルと、水溶性ポリアミンポリマーであって、前記高分子ミセルと反応してゲルを形成するポリマーとを含む、組織接着性薬剤放出ゲル形成用組成物を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の組織接着性薬剤放出ゲル形成用組成物を、外科手術時に手術部位に適用することにより、その場でゲルが形成されると共に該ゲルが組織と結合する。そして、ゲルが組織に接着している状態において、高分子ミセル内に封入された薬剤が徐々に放出される。本発明の組成物により形成された組織接着性薬剤放出ゲルは、組織に接着しているので、従来の薬物放出マトリックスのように体内で徐々に移動するという問題が起きない。また、長時間にわたり薬剤を徐放させることができる。従って、本発明によれば、薬剤の局所徐放投与に最適な薬剤放出マトリックスが提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
上記の通り、本発明の組織接着性薬剤放出ゲル形成用組成物は、親水性領域と疎水性領域を有するブロックコポリマーから形成され、前記親水性領域が外側、前記疎水性領域が内側に配置された高分子ミセルであって、前記親水性領域は、その外側端部に少なくとも1個のアルデヒド基を有する高分子ミセルの内部に薬剤を封入した、薬剤封入高分子ミセルと、水溶性ポリアミンポリマーであって、前記高分子ミセルと反応してゲルを形成するポリマーとを含む。内部に薬剤を封入していない高分子ミセル及び水溶性ポリアミンポリマー並びにそれらにより形成される組織接着性ゲルは、本願発明者らが既に発明して公知になっており(特許文献1)、これを利用することができる。
【0011】
高分子ミセルに封入する薬剤は、生体に投与すべき薬剤であれば何ら限定はされないが、徐放が望まれる薬剤が好ましく、特に、局所的にかつ徐放的に放出されることが望まれる薬剤が好ましい。このような薬剤の例として、抗癌剤、例えばアドリアマイシン、ダウノマイシン、エピルビシン、イダルビシン、タキソール、タキソテール、カンプトテシン誘導体、ビンクリスチン、ビンブラスチン、ビノレルビン、5−フルオロウラシル、ゲミシタビン、シスプラチン、カルボプラチン、オキサリプラチン、イレッサ、グリベック等;抗炎症剤、例えばコルチゾール、コルチゾン、プレドニゾロン、フルオシノロンアセトニド、インドメタシン、アスピリン等、抗生物質、例えばストレプトマイシン、クロロマイセチン、テトラサイクリン、トリコマイシン、アンピシリン、アンホテリシンB等を挙げることができるがこれらに限定されるものではない。
【0012】
高分子ミセルへの薬剤の封入は、薬剤の存在下において高分子ミセルを形成することにより行うことができる。例えば、上記したブロックコポリマーと封入すべき薬剤とをN,N-ジアセトアミドのような極性溶媒中に溶解し、これを水に対して透析することにより形成することができる。この場合、ブロックコポリマーの溶媒中の濃度は、特に限定されないが、通常、0.01重量%〜60重量%程度であり、好ましくは0.1重量%〜10重量%程度であり、また、薬剤の濃度は、特に限定されないが、通常、ブロックコポリマーに対して0.1重量%〜300重量%程度であり、好ましくは1重量%〜100重量%程度である。反応及び透析は常温で行なうことができる。また、ブロックコポリマーがアルデヒド基ではなくアセタール基を有する場合には、高分子ミセル形成後に塩酸で処理した後水に対して透析することにより外殻にアルデヒド基を有する高分子ミセルを得ることができる。また、薬剤が、塩酸塩のような酸付加塩の形態にある場合には、トリエチルアミンのような塩基を共存させて付加塩の酸を中和してもよい。
【0013】
本発明の組成物は、薬剤封入高分子ミセル、好ましくは薬剤封入高分子ミセル水溶液と、水溶性ポリアミンポリマー、好ましくは水溶性ポリアミンポリマー水溶液とを、ゲルを留置しようとする部位、例えば、外科手術部位等においてその場で混合し、組織に適用する。使用直前に混合してから組織に適用してもよいし、組織上にそれぞれ別個に適用して組織上でその場で混合してもよい。あるいは、ゲル化がほとんど起きないpH、すなわち、pH4未満又は11超のpHにおいて両者を混合しておき、使用時(組織に適用後又は適用直前)にpHを4〜11、好ましくは4〜10に調整してもよい。したがって、本発明の組成物は、薬剤封入高分子ミセルと水溶性ポリアミンポリマーとを別個に包含する2つの成分又は組成物の組み合わせから成る態様、及び両者を同時に含む1つの組成物から成る態様の両者を包含するものである。
【0014】
このようにして組成物を組織に適用すると、ゲルが形成され、かつ、ゲルが組織に強固に接着される。そして、高分子ミセル内に封入した薬剤が、ゲルから長時間にわたって徐々に放出される。
【0015】
高分子ミセルに薬剤が封入されている点を除けば、高分子ミセルの形成に用いるブロックコポリマーや、ゲルの形成に用いる水溶性ポリアミンポリマー、それらを用いたゲルの形成方法等は、特許文献1と同様でよい。以下にこれらについて記述する。なお、以下の記述において、高分子ミセルは上記のような薬剤を封入したものである。
【0016】
好ましくは、ゲルを形成する組成物は、(a)一般式(I)
(<H.philic>-L-)p<H.phobic>
(上式中、<H.philic>は、L側の末端と異なるもう一方の末端に少なくとも1個のアルデヒド基(またはホルミル:OHC−)を有する親水性ポリマーセグメントを表し、<H.phobic>は、L側の末端と異なるもう一方の末端に架橋結合を形成しうる官能基(例えば、エチレン系不飽和集合性基)を有するかまたは有しない疎水性ポリマーセグメントを表し、Lは、<H.philic>と<H.phobic>を連結する単結合または連結基を表し、そしてpは整数1または2である。)で表されるブロックコポリマーに由来し、かつ、水性媒体中に置いた場合に、親水性ポリマーセグメントからシエル部分が形成され、そして疎水性ポリマーセグメントからコア部分が形成された高分子ミセル、あるいは複数個のアルデヒド基を有する水溶性ビニル高分子、複数個のアルデヒド基を有する水溶性ポリサッカライドおよび複数個のアルデヒド基を有する水溶性ポリエーテルからなる群から選ばれる水溶性ポリマーを含んでなる調製物(以下、調製物(a)ともいう。)と(b)(a)に記載の高分子ミセルまたは水溶性ポリマーのアルデヒド基と反応しうるアミノ基を側鎖に有し、そして該アルデヒド基との反応の結果、水性媒体中でゲルを形成しうる水溶性ポリアミンポリマーを含んでなる調製物(以下、(b)調製物ともいう。)、との組み合わせ物を含んでなる。
【0017】
上記のように、本発明に従う、(a)調製物と(b)調製物との組み合わせ物は、両調製物が個別に存在するか、あるいは混合した状態にある場合のいずれの状態にある物も意味する。混合した状態にある場合には、使用直前、すなわち、動物の患部の組織に適用または塗布する直前に両調製物を混合して使用するのが好ましいが、(a)調製物に含まれる高分子ミセルまたは水溶性ポリマーのアルデヒド基と(b)調製物に含まれる水溶性ポリアミンポリマーのアミノ基との反応が進行し難いpH条件下では、該反応に適するpH条件に調整することを条件に、使用直前より相当前に混合していてもよい。
【0018】
他方、両調製物が個別に存在する場合の組み合わせ物とは、両調製物が、使用前にはそれぞれ独立した容器またはアプリケーターに充填された状態にあり、その後、患部の組織上、その場で(イン・サイチュー(in situ))で混合される態様を意味する。
【0019】
したがって、両調製物は、高分子ミセルもしくは水溶性ポリマー、好ましくは水性媒体(緩衝剤を含んでいてもよい水溶液、さらに、適用または塗布される組織および上記の反応の進行に悪影響を及ぼさない範囲で、水混和性の有機溶媒、例えば、エタノール、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等を含んでいてもよい。)中に可溶化(もしくは溶解した)または分散させた状態にある。しかし、水性媒体中で、予じめ高分子ミセルを作製した後に得られる、例えば、凍結乾燥した状態にある高分子ミセルであるか、あるいは粉末状にある複数個のアルデヒド基を有する水溶性ポリマーも(a)調製物に包含される。また、(b)調製物も、(a)調製物と同様にポリアミンポリマーが水性媒体中に溶解または分散させた状態にあるか、あるいは粉末状にあってもよい。
【0020】
なお、本発明に従う組成物は常用されているアプリケーターを用いて、患部等に適用でき、また、(a)調製剤と(b)調製剤とが個別に存在する場合は、患部等に接する箇所で両製剤が一緒になりうる様式の、いずれか既知のアプリケーターを用いて患部等に適用できる。
【0021】
(a)調製剤に含められる一般式(I)で表されるブロックコポリマーは、上述したような水性媒体中でそれらの分子が自己集成され、コア部が、主として疎水性セグメントからなり、そしてシエル部が、主として親水性セグメントからなる高分子ミセルを形成するものであれば、どのような親水性ポリマーセグメントと疎水性ポリマーセグメントを含んでなるものであってもよい。これらのブロックコポリマーには、(親水性ポリマーセグメント)−(疎水性ポリマーセグメント)−(親水性ポリマーセグメント)からなる、所謂、ABA型(一般式(I)におけるpが2である。)ブロックコポリマーも包含される。本発明にいう「ポリマーセグメント」の語は、水性媒体中で高分子ミセルを形成することができる限り、一般的な「ポリマー」の概念に入らないで、「オリゴマー」の概念に相当するセグメントをも包含する意味で用いている。
【0022】
親水性ポリマーセグメントの一方の末端に存在するアルデヒド基は、ブロックコポリマーを製造する際のイニシエーターとして、例えばアセタール化ホルミル(換言すれば、保護されたアルデヒド基ともいえる。)化合物(例えば、アルコールを用いる(例えば、WO 96/33233または対応する米国特許第5,925,720号明細書参照。)か、また、適当な糖類を当該末端に導入するか、またはもともと糖残基を有するブロックコポリマー(例えば、WO 96/32434または対応する米国特許第5,973,069号明細書参照。)、例えば、マラプラード酸化(Malaprade oxidation)にかけ、糖残基をアルデヒド基に転化することにより、上記、少なくとも1個のアルデヒド基を有する親水性ポリマーセグメントを提供できる。また、かような糖類を適当に選ぶことにより、2個の以上のアルデヒド基を有する末端を提供することができる。
【0023】
かようなアルデヒド基を末端に含んでなる親水性ポリマーセグメント(一般式(I)の<H.philic>に相当する。)を構成するポリマー鎖としては、限定されるものでないが、ポリ(エチレンオキシド)、ポリ(ビニルアルコール)、ポリ(ビニルピロリドン)、ポリ(N,N−ジメチルアクリルアミド)、親水性ポリアクリル酸エステル、親水性ポリメタクリル酸エステル、親水性ポリアクリル酸アミド、親水性ポリメタクリル酸アミド、ポリリンゴ酸、デキストラン、プルラン、デキストラン硫酸、ポリサッカライド、ポリアスパラギン酸、ポリグルタミン酸および親水性ポリアミノ酸に由来するポリマー鎖が挙げられる。
【0024】
他方、疎水性ポリマーセグメント(一般式(I)の<H.phobic>に相当する。)を構成するポリマー鎖としては、限定されるものでないが、ポリ(D,L−乳酸)、ポリ(L−乳酸)、ポリ(グリコール酸)、ポリ(D,L−乳酸−CO−グリコール酸)、ポリ(L−乳酸−CO−グリコール酸)、ポリ(D,L−乳酸−CO−グリコール酸)−CO−ε−カプロラクトン)、ポリ(ε−カプロラクトン)、ポリ(δ−バレロラクトン)、ポリ(γ−ブチロラクトン)、疎水性ポリエステル、ポリ(β−ベンジル L−アスパルテート)、ポリ(β−置換アスパルテート)、ポリ(γ−ベンジル L−グルタメート)、ポリ(γ−置換グルタメート)、ポリ(フェニルアラニン)、ポリ(ロイシン)、ポリ(イソロイシン)、疎水性ポリアミノ酸、ポリ(プロピレンオキシド)、ポリ(テトラエチレンオキシド)、疎水性ポリエーテル、ポリ(エチレン)、ポリ(プロピレン)、ポリ(イソブチレン)、ポリ(ブタジエン)、ポリ(スチレン)、ポリ(メチルメタクリレート)、ポリ(ブチルメタクリレート)、疎水性ポリ(メタクリレート)、疎水性ポリ(アクリレート)および疎水性ポリ(アクリルアミド)および疎水性ポリ(メタクリルアミド)に由来するポリマー鎖が挙げられる。かようなポリマー鎖は、ポリマー主鎖中のいずれかの部位、好ましくは<H.philic>と結合する側とは別の末端部に側鎖として少なくとも1個の架橋結合を形成しうる官能基を有することができる。これらの官能基は2つの官能基が架橋結合を形成しうるものであればいかなる基であってもよいが、例えば、エチレン系不飽和重合性基、メルカプト基、アミノ基、水酸基、カルボキシル基が好ましい。なお、上記ポリマー鎖のうち、生分解性を有するエステル結合を有するものが、本発明の使用目的上好ましい。
【0025】
以上のごとき、少なくとも2種のセグメントを含んでなるブロックコポリマーは、いずれも公知の方法によって製造でき、それらのうち、好ましいものは、一般式(I)における、<H.philic>のアルデヒド基を除く部分が、ポリ(エチレンオキシド)のポリマー鎖を含んでなり、かつ、もし存在する場合には架橋結合を形成する官能基以外の<H.phobic>の部分が、ポリ(D,L−乳酸)、ポリ(L−乳酸)、ポリ(グリコール酸)、ポリ(D,L−乳酸−CO−グリコール酸)、ポリ(L−乳酸−CO−グリコール酸)、ポリ(ε−カプロラクトン)、ポリ(δ−バレロラクトン)およびポリ(γ−ブチロラクトン)からなる群より選ばれるポリマーのポリマー鎖を含んでなり、そしてLが単結合;直鎖もしくは分岐のC1−12アルキレン基;−NH−、−O−、−CONH−、−NHCO−、−COO−、−OCO−、−NHCOO−、−OCO−NH−および−NHCO−NH−からなる群より選ばれる1つの基がいずれか片方のもしくは両末端に存在するか、または該基によって中断されている直鎖もしくは分岐のC1−12アルキレン基である、ブロックコポリマーが挙げられる。さらに、特に好ましいブロックコポリマーとしては、一般式(I-A)
【0026】
【化1】

【0027】
(上式中、XはOHC−または
【0028】
【化2】

【0029】
を表し、
Yは式
【0030】
【化3】

【0031】
または−(CH−を表し、かつ、ここでRおよびRは独立して水素原子またはメチル基であり、sは3〜5の整数であり、
mおよびnは独立して、10〜10,000の整数であり、
qおよびrは0または1〜12の整数であり、
tは0または1の整数であり、
Zは、rが0であるとき、水素原子、アセチル、アクリロイル、メタクリロイル、シンナモイル、アリルまたはビニルベンジルを表し、rが1〜20の整数であるとき、C1−6アルコキシカルボニルを表す)で表されるブロックコポリマーを挙げることができる。これらの特に好ましいブロックコポリマーは、例えば、上述のWO 91/33233またはWO 96/32434に記載されているか、あるいは記載されている方法によって得ることができる。また、これらのPCT国際公開公報には、該ブロックコポリマーから高分子ミセルの形成方法を記載されており、該ブロックコポリマー以外の本発明で使用するブロックコポリマーも、上記方法または当業者に周知の方法で高分子ミセルを形成できる。高分子ミセルを形成した後、例えば存在する場合には、架橋結合を形成できる官能基の反応[一般式(I−A)のポリマーにあっては、アクリロイル基等のラジカル重合]により、架橋を形成してもよい。該重合に際し、スチレン、アクリルエステル等の希釈モノマーを共存させてもよい。
【0032】
高分子ミセルの形成には、上記ブロックコポリマーの2種以上の混合物を用いてもよく、またアルデヒド基を有するブロックコポリマーが少なくとも1重量%、好ましくは少なくとも5重量含み、アルデヒド基を含まないだけで他の構造は類似するブロックコポリマーが残りを占める混合物であってもよい。
【0033】
本発明で使用する(a)調製物は、上記の高分子ミセルと一緒に、または高分子ミセルに代え、複数個のアルデヒド基を有する水溶性ビニル高分子、複数個のアルデヒド基を有する水溶性ポリサッカライドおよび複数個のアルデヒド基を有する水溶性ポリエーテルからなる群から選ばれる水溶性ポリマーを含めることができる。限定されるものでないが、該水溶性ビニル高分子の具体的なものとしては、ポリアリルアルデヒドを挙げることができ、該水溶性ポリサッカライドとしては、酸化デンプン(過ヨウ素酸による)、酸化セルロース(過ヨウ素酸による)、を挙げることができ、そして該水溶性ポリエーテルとしては、両末端アルデヒド化ポリエチレングリコールを挙げることができる。
【0034】
(b)調製剤は、上記(a)調製剤に含められる高分子ミセルまたは水溶性ポリマーのアルデヒド基と反応しうるアミノ基を側鎖に有し、そして該アルデヒド基との反応の結果、水性媒体中でゲルを形成しうる水溶性ポリアミンポリマーを含んでなる。このようなポリアミンポリマーの具体的なものとしては、限定されるものでないが、ポリ(アリルアミン);ポリ(L−リシン);ポリ(D−リシン);ポリ(D,L−リシン);リシンとアラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、グルタミン、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシン、バリンおよびサルコシンからなる群より選ばれるアミノ酸とに由来するアミノ酸残基を有するポリアミノ酸;一般式(II)
【0035】
【化4】

【0036】
[上式中、RaおよびRbは独立して水素原子またはメチル基を表し、
Aは、-NH2、-CH2NH2
【0037】
【化5】

【0038】
-Rc, -COORc, -CONHRc若しくは-CON(Rc)2を表し(ここで、RcはC1−12アルキル基を骨格とし、1個以上のNHを含む基である)、またはBは、-OH, -COOH, -CONH2,
【0039】
【化6】

【0040】
-Rd, -COORd, -CONHRdまたは-CON(Rd)2を表し(ここで、RdはC1−12アルキル基を表すか、C1−12アルキル基を骨格とし、1個以上の−COOHまたは−OHを含む基である。)、
xおよびyは、独立して3〜10,000である。]
で表されるポリ(ビニルアミン)またはポリ(エチレンイミン)を挙げることができる。
【0041】
本発明では、上述したとおり、ウイルスなどの感染が危惧される動物由来の成分を使用する必要はないが、安全性が確認できるのであれば、アルブミン;フィブリノーゲン;コラーゲン;ゼラチン;イムノグロブリンを上記のポリアミンポリマーとして使用することもできる。
【0042】
また、合成ポリアミンポリマーと同様に使用する際の安全性が担保できるキトサンおよびキトサン誘導体も、ポリアミンポリマーとして、都合よく使用できる。なお、本発明で「キトサン」と称する場合には、キチンからの脱アセチル化度が15%を超え、好ましくは50%を超えるものを意味する。この点で、通常70%程度以上脱アセチル化されたものがキトサンと称されているようである(例えば、Morimoto et al., Trends in Glycoscience and Glycotechnology Vol.14 No.78(2002)pp.205-222参照。)が、本発明では、通常とは異なる概念で「キトサン」の語を用いている。一方、高度の脱アセチル化度(例えば、70%以上)を有するものを再度アセチル化したものも、本発明にいう「キトサン」に包含される。しかし、脱アセチル化度が、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上のキトサンが使用される。これらのキトサンは、水分散体を形成する微粒子状で使用することもできる。以上に記載したキトサンは天然のキチンから製造してもよいし、また市販されているものを用いることもできる(例えば、大日精化の製品カタログ参照。)。
【0043】
キトサン誘導体は、上述のキトサンから誘導され、本発明の目的に沿うものであれば、いかなる誘導体をも包含する。限定されるものでないが、このような誘導体の代表的なものとしては、上述の Morimoto etal., に記載されるようなキトサンの糖残基へ、部分的に側鎖として、糖残基を導入して誘導体(D−グルコール、D−ガラクトース、D−ラクトース、N−アセチル−D−グルコサミンのアリル化誘導体をアルデヒド基に変換した後、還元的アルキル化を行って得られるもの)、ポリエチレングリコールを導入した誘導体を挙げることができる。
【0044】
これらのポリアミンポリマーの分子量は、組み合わせて使用される(a)調製物中の高分子ミセルまたは水溶性ポリマーの種類、さらには、ポリアミンポリマー自体の種類によって至適の分子量が変動するので限定できないが、ポリ(アリルアミン)を例にすると、500〜500万、好ましくは30000〜500万の分子量のものが使用でき、ポリ(リシン)にあっては、1000〜500万、好ましくは3万〜500万の分子量のものが使用でき、約70〜85%脱アセチル化されたキトサンにあっては、キトサン純分0.5wt%、酢酸0.5wt% 水溶液、20℃での粘度が5〜5000mPa・S、好ましくは100〜2000mPa・Sを示す分子量のものが使用できる。
【0045】
(a)調製物中の高分子ミセルまたは水溶性ポリマーと(b)調製物中のポリアミンポリマーとを組み合わせる場合の混合割合は、小規模のイン・ビトロ(in vitro)実験を行って、所期のゲルが形成する割合であれば、イン・ビボ(in vivo)でもほぼ同等の効果を得ることができるので、当業者または外科医は、容易に最適の使用割合を決定することができる。また、後述する実施例を参照できるが、例えば、一般式(I−a)で表されるブロックコポリマーと分子量が、15万のポリ(アリルアミン)を組み合わせる場合(ブロックコポリマー/ポリアミン)には、0.1〜100、であることができる。
【0046】
また、ゲル化に際しては、(a)調製物と(b)調製物のpHは4〜11、好ましくは4〜10に調節するのがよい。
【0047】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。なお、特に明示なき限り、反応は室温で行なった。
【実施例】
【0048】
1. ブロックコポリマーの合成及び精製
3,3'-ジエトキシプロパノール(1mmol)を溶解した無水テトラヒドロフラン(50mL)にカリウムナフタレン(1mmol)を添加し、末端メタル化反応(1時間)を行った。その後、エチレンオキサイド(110mmol)を添加し48時間攪拌後、DL-ラクチド(25mmol)を溶解した無水テトラヒドロフラン(50mL)を添加した。得られたブロックポリマーは、2-プロパノール中で再沈殿を行った後、ベンゼンによって凍結乾燥した。
【0049】
2. アドリアマイシン封入高分子ミセル及びハイドロゲルの調製並びに薬物放出特性評価(その1)
(1) アドリアマイシン封入高分子ミセルの調製
ブロックコポリマー(20mg)、アドリアマイシン塩酸塩(2mg)及びトリエチルアミン(0.7μL)を溶解したN,N-ジメチルアセトアミド(2mL)を水に対して一晩透析し、外殻にアセタール基を有する高分子ミセルを得た。さらに、得られた高分子ミセルを塩酸で2時間処理し、水に対して一晩透析することによって、外殻にアルデヒド基を有する高分子ミセルを得た。485nmにおける吸光度を測定することによって、高分子ミセルに封入されたアドリアマイシン量を算出した。
【0050】
(2) ハイドロゲルの調製
アドリアマイシン封入高分子ミセル水溶液(10 w/w%、pH 5.0、200μL)及びポリアリルアミン水溶液(10 w/w%、pH8、200μL)を混合し、ハイドロゲルを形成した。ここで用いたポリアリルアミンの分子量は150,000であった。
【0051】
(3) ハイドロゲルの薬物放出特性評価
得られたハイドロゲルを水(40mL)中において攪拌し、一定量(1mL)の水を取り出し、485nmにおける吸光度を測定することによって、放出したアドリアマイシン量を算出した。
【0052】
(4) 実験結果
NMR及びゲル濾過クロマトグラフィー(GPC)の測定結果より、合成したブロックポリマーの分子量は約7,450であった(ポリエチレングリコール:約4,540、ポリ乳酸:2,910)。このブロックポリマーを用いてアドリアマイシン封入高分子ミセルを調製したところ、アドリアマイシン封入量が1.63w/w%である高分子ミセルが得られた(高分子ミセル重量基準)。この高分子ミセル水溶液とポリアリルアミン水溶液を混合したところ、数秒程度でハイドロゲルが形成した。最後に、ハイドロゲルの薬物放出特性を検討したところ、放出実験開始直後に薬物が急速に放出されるバースト現象が観察された。これは、ハイドロゲルの形成に伴い高分子ミセルの構造安定性が若干低下したためであると思われる。しかし一定時間経過後には安定な薬物放出挙動が見られ、120時間かけて徐々にアドリアマイシンを放出させることに成功した。
【0053】
3. アドリアマイシン封入高分子ミセル及びハイドロゲルの調製並びに薬物放出特性評価(その2)
(1) 高分子ミセルへのアドリアマイシン(ADR)の封入
上記1.で得られたブロックコポリマー(0.6g)、ADR(0.3g)、及びトリエチルアミン(0.1g)をN,N'-ジメチルアセトアミド(2mL)に溶解し、水に対して一晩透析した後、塩酸(0.5N HClを1/25容量)を添加して2時間攪拌することによって、末端にアルデヒド基を導入した高分子ミセルを得た。さらにNaOHを添加してpH5.0にした後、再び一晩透析した(透析膜の分画分子量は1000)。ミセルに対するADRの封入率は0.84w/w%であった。
【0054】
(2) ADR内包高分子ミセルによって形成したゲルからのADR放出特性の評価(本発明)
ADR内包高分子ミセル水溶液(30w/w%、pH3。ADR内包率:0.84w/w% [= ADR/ミセル])0.2ml及びポリアリルアミン水溶液(分子量:60000、20w/w%、pH10)0.2mlを混合し、ゲルを形成した。形成したゲルを3.6mlのPBS(10mM、pH7.4)と共に透析膜(分画分子量:1000)に入れ、200mlのPBSに対して透析した。透析膜外の溶液中におけるADR濃度を測定した。
【0055】
(3) ADR内包高分子ミセルからのADR放出特性の評価(比較例)
(2)と同じ組成のADR内包高分子ミセル水溶液(但し、外殻はアルデヒド化していない)0.2mlに3.8mlのPBSを添加し、透析膜(分画分子量:1000)を用いて200mlのPBSに対して透析した。透析膜外ではなく、透析膜内の溶液中におけるADR濃度を測定した。
【0056】
(4) ADRを導入したゲルからのADR放出特性の評価(比較例)
高分子ミセル水溶液(30w/w%、pH3、0.2ml)、ポリアリルアミン水溶液(分子量:60000、20w/w%、pH10、0.2ml)及びADR(0.504mg。ADR総量は(2)の場合と同量)を混合し、ゲルを形成した。以下、実験方法は(2)と同様である。
【0057】
(5) 実験結果
(2)〜(4)の三種類のゲルあるいは高分子ミセルからのADR放出特性は、485nmにおけるADRの吸光度から算出したADR濃度を用いて算出した。結果を図1に示す。図1に示すように、ゲル内に薬物を保持するドメインを形成することによって、単純に薬物を導入した場合よりも薬物放出速度を低く抑えられることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】(a) ADR内包高分子ミセルによって形成したゲル、(b) ADR内包高分子ミセル、及び(c) ADRを導入したゲルの薬物放出特性を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
親水性領域と疎水性領域を有するブロックコポリマーから形成され、前記親水性領域が外側、前記疎水性領域が内側に配置された高分子ミセルであって、前記親水性領域は、その外側端部に少なくとも1個のアルデヒド基を有する高分子ミセルの内部に薬剤を封入した、薬剤封入高分子ミセルと、水溶性ポリアミンポリマーであって、前記高分子ミセルと反応してゲルを形成するポリマーとを含む、組織接着性薬剤放出ゲル形成用組成物。
【請求項2】
前記薬剤が、局所的にかつ徐放的に放出されることが望まれる薬剤である請求項1記載の組成物。
【請求項3】
前記薬剤が抗癌剤である請求項2記載の組成物。
【請求項4】
前記薬剤封入高分子ミセルと、前記水溶性ポリアミンポリマーを別個に包含する請求項1ないし3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
前記薬剤封入高分子ミセルを含む水溶液と、前記ポリアミンポリマーを含む水溶液とを別個に包含する請求項4記載の組成物。


【図1】
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【公開番号】特開2007−23023(P2007−23023A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−163032(P2006−163032)
【出願日】平成18年6月13日(2006.6.13)
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【Fターム(参考)】