説明

結晶化ガラスの製造方法

【課題】結晶化ガラスの熱膨張特性を精密に制御する製造方法を提供することであり、詳しくは所望の温度範囲におけるCTE-温度曲線の傾き、および平均線膨張係数を精密に制御する結晶化ガラスの製造方法を提供すること。
【解決手段】ガラスを熱処理する工程を含む結晶化ガラスの製造方法であって、前記ガラスを熱処理する工程は、少なくとも昇温工程及び降温工程を有し、前記降温工程における降温速度Vrを調整することにより所望の温度範囲における平均線膨張係数を調整する、結晶化ガラスの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は結晶化ガラスの熱膨張特性を精密に制御する製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
結晶化ガラス(ガラスセラミックスとも言う)は、ガラスを熱処理することによってガラス相中に結晶を析出させた材料であり、ガラス相の有する特性と、結晶相の有する特性の双方を併せ持つ特性を発現させることが可能であり、様々な技術分野で使用されている。例えば、ガラス相中に析出させる結晶の種類や量を制御することにより、様々な平均線膨張係数を有する材料を得ることが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
特許文献1には低い熱膨張係数を有する結晶化ガラスにおいて、適用温度TAの近傍TA±10℃の温度範囲にCTE-温度曲線のゼロ交叉が調整されるガラスセラミックスの製造方法が開示されている。しかし、CTE-温度曲線の傾きをより平坦に、すなわち、より広い温度範囲でゼロ膨張が得られるようにであるとか、ゼロ交叉の温度をより高精度に調整したい場合、特許文献1に開示された技術では実現することが困難であった。
なお、T1℃からT2℃における平均線膨張係数αとは次の式によって得られる。
α=(LT2−LT1)/{L×(T2−T1)}
L:室温における試料の長さ(本発明においては室温を25℃と定義する。)
T1:T1の時の試料の長さ
T2:T2の時の試料の長さ
また、CTE-温度曲線とは上記の式において、T1とT2の温度範囲を充分に狭くした時の、ある温度Tにおける平均線膨張係数をy軸に、温度をx軸としてプロットした時に得られる曲線を言う。
【特許文献1】特開2003−267789号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、上記の問題を解決し、結晶化ガラスの熱膨張特性を精密に制御する製造方法を提供することであり、詳しくは所望の温度範囲におけるCTE-温度曲線の傾き、および平均線膨張係数を精密に制御する結晶化ガラスの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は上記の課題に鑑み、鋭意研究を重ねた結果、結晶化の為の熱処理をする工程において、降温速度を調整することにより結晶化ガラスの熱膨張特性を精密に制御できることを見いだし、この発明を完成したものであり、その具体的な構成は以下の通りである。
【0006】
(構成1)
ガラスを熱処理する工程を含む結晶化ガラスの製造方法であって、
前記ガラスを熱処理する工程は、少なくとも昇温工程及び降温工程を有し、
前記降温工程における降温速度Vrを調整することにより所望の温度範囲における平均線膨張係数を調整する、結晶化ガラスの製造方法。
(構成2)
製品と同一の組成を有する原ガラスに熱処理工程を施して結晶化ガラスの試験サンプルを少なくとも1つ作製し、前記試験サンプルの平均線膨張係数αs2を測定し、所望の平均線膨張係数αと試験サンプルの平均線膨張係数の差αs2によって実際の製品製造時の前記降温工程における降温速度Vrを決定し、その後決定された熱処理条件で製造する請求項1に記載の結晶化ガラスの製造方法。
(構成3)
前記αs2-αoの値が正であれば実際の製品製造時の降温工程の降温速度Vrを前記試験サンプル作製時の降温工程の降温速度Vsより小さくし、前記αs2の値が負であればVsよりVrを大きくする請求項1または2に記載の結晶化ガラスの製造方法。
(構成4)
前記ガラスを熱処理する工程は、少なくとも保温工程を有し、実際の製品製造時の前記保温工程における保温温度Trおよび保温時間Hrを決定した後に、前記降温速度Vrを決定する請求項1から3のいずれかに記載の結晶化ガラスの製造方法。
(構成5)
製品と同一の組成を有する原ガラスに熱処理工程を施して結晶化ガラスの試験サンプルを少なくとも1つ作製し、前記試験サンプルの平均線膨張係数αs1を測定し、所望の平均線膨張係数αと試験サンプルの平均線膨張係数の差αs1によって実際の製品製造時の前記保温工程における保温温度Trおよび保温時間Hrを決定する請求項4に記載の結晶化ガラスの製造方法。
(構成6)
前記結晶化ガラスがβ−石英及び/又はβ−石英固溶体を含む請求項1から5のいずれかに記載の結晶化ガラスの製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば結晶化ガラスの熱膨張特性を精密に制御することが可能であり、例えば20ppb・℃−1レベルの平均線膨張係数を調整することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の実施例のΔL/L−温度グラフである。
【図2】本発明の実施例のΔL/L−温度グラフである。
【図3】本発明の実施例のCTE−温度グラフである
【図4】本発明の実施例のCTE−温度勾配グラフである
【符号の説明】
【0009】
1:試験サンプル1
2:試験サンプル2
3:試験サンプル3
4:試験サンプル4
5:試験サンプル5
6:試験サンプル6
7:試験サンプル7
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明にかかる製造方法は大きくガラスを製造する工程、ガラスを熱処理する工程の2工程に分けられる。ガラスを製造する工程は結晶を析出させる前の原ガラスを製造する工程であり、所望の物性によって、公知の原料組成および溶融方法、成型方法に従って製造すれば良い。ガラスを成形後にはアニールを施して室温まで冷却しても良いし、室温まで冷却する前に後述するガラスを熱処理する工程を施してもよい。
【0011】
ガラスを熱処理する工程はガラス相中に結晶を析出させる為に行われ、少なくとも昇温工程と降温工程を有する。さらに保温工程を有していても良い。昇温工程、降温工程、保温工程はそれぞれ1つの工程であっても良いし、複数の工程を有していても良い。例えばガラスを熱処理する工程は、昇温工程、保温工程、降温工程の3つの工程であって良いし、第1の昇温工程、第1の保温工程、第2の昇温工程、第2の保温工程、第1の降温工程という5段階であって良い。第1の保温工程は核形成の為の保温工程であり、第2の保温工程は核成長の為の保温工程であることが好ましい。また、第1の保温工程の温度より第2の保温工程の温度の方が高いことが好ましい。
【0012】
本発明においては降温工程において、好ましくは最後の降温工程において降温速度Vrを調整することにより、所望の温度範囲における平均線膨張係数を調整する。降温速度Vrを調整することにより、所望の温度範囲における平均線膨張係数を厳密に調整することが可能となるのである。
【0013】
所望の平均線膨張係数に対して、より厳密に制御された結晶化ガラスを得るためには、ガラスを熱処理する工程中に保温工程を設け、実際の製品製造時の保温工程における保温温度Trと保温時間Hrを決定した後に、実際の製品製造時における降温速度Vrを決定することが好ましい。
【0014】
その為にはまず、目的の製品と同一の組成を有する原ガラスを作製し、初期条件で熱処理し、結晶を析出させ少なくとも1つの試験サンプルを作製する。
次に、この平均線膨張係数αs1を測定する。ここで目的とする平均線膨張係数αと試験サンプルの平均線膨張係数の差αs1−αによって実際の製品製造の保温工程における保温温度Trと保温時間Hrを決定すれば良い。
目的とする平均線膨張係数αと試験サンプルの平均線膨張係数の差αs1−αによって調整される保温温度Trと保温時間Hrは核成長工程の保温温度Trと保温時間Hrであることが好ましい。
αs1−αの絶対値が大きい場合には、初期条件から保温温度Trおよび/または保温時間Hrを変更して新たな試験サンプルを作製し、その平均線膨張係数αs1’を測定し、αs1からαs1’への変化をもとに新たな条件を設定することを繰り返し、所望の平均線膨張係数に近づく様に実際の製品製造の保温工程における保温温度Trと保温時間Hrを決定すれば良い。
【0015】
保温工程における保温温度と保温時間の操作は、平均線膨張係数の調整とともに、CTE-温度曲線の傾きを制御することができる。
【0016】
次に、製品と同一の組成を有する原ガラスに決定されたTrとHrを用いて熱処理工程を施して結晶化ガラスの試験サンプルを少なくも1つ作製し、前記試験サンプルの平均線膨張係数αs2を測定する。ここで目的とする平均線膨張係数αと試験サンプルの平均線膨張係数αs2−αによって実際の製品製造時の前記降温工程における降温速度Vrを決定すれば良い。
例えば結晶相が負の平均線膨張係数を有する結晶化ガラスにおいて、αs1−αが正であり、0.2×10−7−1以下である場合、Vrを遅くすれば所望の平均線膨張係数を得ることができる。
αs2−αの絶対値が大きい場合には、前記試験サンプルを製造した条件から降温工程の降温速度を変更して新たな試験サンプルを作製し、その平均線膨張係数αs2’を測定し、αs1からαs2’への変化をもとに新たな条件を設定することを繰り返し、所望の平均線膨張係数に近づく様に実際の製品製造のVrを決定すれば良い。
【0017】
降温工程における降温速度の操作は、所望の温度範囲におけるCTE-温度曲線の傾きを維持したまま、平均線膨張係数を制御することができる。
【0018】
特にβ−石英および/またはβ−石英固溶体を含む結晶化ガラスの場合は、本発明の製造方法によって所望の低熱膨張特性を有する結晶化ガラスを得やすい。
β−石英および/またはβ−石英固溶体を含む結晶化ガラスは酸化物基準の質量%で、SiO:47〜65%、Al:17〜29%、LiO:1〜8%、P:1〜13%、MgO:0.5〜5%、ZnO:0.5〜5.5%、TiO:1〜7%、ZrO:1〜7%、NaO:0〜4%、KO:0〜4%、CaO:0〜7%、BaO:0〜7%、SrO:0〜4%、As:0〜2%、Sb:0〜2%、の範囲の各成分を含有させることにより作製することができる。
【0019】
なお、試験サンプルは実際の製品製造を行う前にラボレベルでただ一度製造され、その後は決定された条件に従って実際の製品が製造されている場合でも本発明に含まれ、また、実際の製品製造ラインから製品を抜き取り、その測定値を元に実際の製品製造ラインに製造条件をフィードバックさせる場合でも本発明に含まれる。
【実施例】
【0020】
以下、本発明の実施例を説明する。実施例においては0℃から50℃における所望の平均線膨張係数αが0.01×10−7−1であり、且つ0℃から50℃の温度範囲内でのΔL/L−温度曲線の最大値−最小値が5×10−7以下であり、主結晶相がβ−石英及び/又はβ−石英固溶体を含む結晶化ガラスの作製を目的とした。
【0021】
酸化物基準の質量%でSiO:55.40%、P:7.60%、Al:24.50%、LiO:3.95%、MgO:0.80%、ZnO:0.70%、CaO:0.95%、BaO:1.10%、TiO:2.30%、ZrO:2.00%、As:0.70%となるように原料として酸化物、炭酸塩あるいは硝酸塩等の原料を混合し、これを通常の溶解装置を用いて約1450〜1550℃ の温度で溶解し攪拌均質化した後、成形、冷却しガラス成形体を得た。
【0022】
得られたガラス成形体を、数種の初期条件で結晶化し、試験サンプル1〜4を作製した。具体的には室温から第1昇温速度で核形成保温温度まで昇温後に保温、第2の昇温速度で核成長保温温度まで昇温後に保温、その後第1の降温速度で室温まで降温した。この時の熱処理条件、0℃から50℃における平均線膨張係数αs1およびαs1とαとの差、0℃から50℃の温度範囲内でのΔL/L−温度曲線の最大値−最小値を表1に示す。
【0023】
平均線膨張係数はフィゾー干渉式精密膨張率測定装置を用いて測定した。測定試料の形状は直径6mm、長さ約80mmの円柱状である。測定方法として、この試料の両端に光学平面板を接触させ、He−Neレーザーによる干渉縞が観察できるようにし、温度コントロール可能な炉に入れる。次に測定試料の温度を変化させ、干渉縞の変化を観察することによって、温度による測定試料長さの変化量を測定する。本発明においては、0℃から50℃の温度範囲において0.5℃・min−1で昇温あるいは降温させ、5秒毎に測定試料長さの変化量をプロットし、さらに5次の近似曲線を描いたうえで、0℃から50℃における平均線膨張係数および0℃から50℃の温度範囲内でのΔL/Lの最大値−最小値を算出した。なお、平均線膨張係数およびΔL/L−温度曲線の最大値−最小値はいずれも昇温時と降温時の平均値である。






【0024】
【表1】

【0025】
測定の結果、0℃から50℃の温度範囲内でのΔL/L−温度曲線の最大値−最小値が最小である試験サンプル1の熱処理条件を基準とし、さらに平均線膨張係数を下げる為に熱処理条件を再考した。
β−石英及び/又はβ−石英固溶体は負の膨張係数を有するため、平均線膨張係数を下げる為には核成長保温温度を上げるか、核成長保温時間を長くして結晶化度を増加させれば良いので、試験サンプル1の熱処理条件を基準として、核形成保温時間を20時間長くして試験サンプル5を作製した。試験サンプル1から4と同様に0℃から50℃における平均線膨張係数、0℃から50℃の温度範囲内でのΔL/L−温度曲線の最大値−最小値を測定した。
【0026】
【表2】

【0027】
試験サンプル5の平均線膨張係数は0.03×10−7・℃−1となり、試験サンプル1よりも所望の平均線膨張係数に近づけることができた為、サンプル5作製時の第1昇温速度、核形成保温温度、核形成保温時間、第2昇温速度、核成長保温温度、核成長保温時間を製品製造時の熱処理条件として決定した。
【0028】
さらに、より目的の熱膨張特性に近づけるため降温速度Vrの調整を試みた。作製された試験サンプルについては、試験サンプル1から4と同様に0℃から50℃における平均線膨張係数、0℃から50℃の温度範囲内でのΔL/L−温度曲線の最大値−最小値を測定した。また、0℃から50℃まで5℃おきの平均線膨張係数をプロットし、CTE-温度曲線を描いた。
降温速度の調整による平均線膨張係数の変動について表3に示す。試験サンプル6では、試験サンプル5の第1降温速度に対し10分の1となる0.01℃・min−1にて処理を行ったところ、平均線膨張係数は−0.04×10−7・℃−1であり、αs2−αは−0.05×10−7・℃−1と負の方向へ大きくなりすぎてしまったため、次に試験サンプル7において降温速度を0.05℃・min−1にて原ガラスからの熱処理を行ったところ、平均線膨張係数が0.01×10−7・℃−1であり、ΔL/L−温度曲線の最大値−最小値が1.4となったため、試験サンプル7の第1降温速度を実際の製造条件として採用した。図3に示すように試験サンプル7のCTE-温度曲線は試験サンプル5のCTE-温度曲線と比較するとCTE−温度曲線の傾き、すなわちCTEの温度依存性を維持しつつ、CTE−温度曲線を負方向へ平行移動することで、より目的の平均線膨張係数の値に近づけることができた。
【0029】
また図4に示す通り、CTE値は降温勾配の対数に対してほぼ比例的に変化しており、実施例にて示した平均線膨張係数以外においても、適切な降温勾配の選択により所望の平均線膨張係数を得ることが出来る。
【0030】
本発明により、結晶化ガラスを製造するための核成長保温温度、核成長保温時間により平均線膨張係数およびΔL/L−温度曲線の最大値−最小値の調整が可能となるとともに、さらに降温勾配の速度調整によりCTEの温度依存性を維持しつつ、平均線膨張係数の精密制御が可能である。
【0031】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラスを熱処理する工程を含む結晶化ガラスの製造方法であって、
前記ガラスを熱処理する工程は、少なくとも昇温工程及び降温工程を有し、
前記降温工程における降温速度Vrを調整することにより所望の温度範囲における平均線膨張係数を調整する、結晶化ガラスの製造方法。
【請求項2】
製品と同一の組成を有する原ガラスに熱処理工程を施して結晶化ガラスの試験サンプルを少なくとも1つ作製し、前記試験サンプルの平均線膨張係数αs2を測定し、所望の平均線膨張係数αと試験サンプルの平均線膨張係数の差αs2によって実際の製品製造時の前記降温工程における降温速度Vrを決定し、その後決定された熱処理条件で製造する請求項1に記載の結晶化ガラスの製造方法。
【請求項3】
前記αs2の値が正であれば実際の製品製造時の降温工程の降温速度Vrを前記試験サンプル作製時の降温工程の降温速度Vsより小さくし、前記αs2の値が負であればVsよりVrを大きくする請求項1または2に記載の結晶化ガラスの製造方法。
【請求項4】
前記ガラスを熱処理する工程は、少なくとも保温工程を有し、実際の製品製造時の前記保温工程における保温温度Trおよび保温時間Hrを決定した後に、前記降温速度Vrを決定する請求項1から3のいずれかに記載の結晶化ガラスの製造方法。
【請求項5】
製品と同一の組成を有する原ガラスに熱処理工程を施して結晶化ガラスの試験サンプルを少なくとも1つ作製し、前記試験サンプルの平均線膨張係数αs1を測定し、所望の平均線膨張係数αと試験サンプルの平均線膨張係数の差αs1によって実際の製品製造時の前記保温工程における保温温度Trおよび保温時間Hrを決定する請求項4に記載の結晶化ガラスの製造方法。
【請求項6】
前記結晶化ガラスがβ−石英及び/又はβ−石英固溶体を含む請求項1から5のいずれかに記載の結晶化ガラスの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−51816(P2011−51816A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−201039(P2009−201039)
【出願日】平成21年8月31日(2009.8.31)
【出願人】(000128784)株式会社オハラ (539)
【Fターム(参考)】