説明

結晶成長に伴い発生する対流の抑制方法とその装置

【課題】微小重力の宇宙環境で結晶を作製すると結晶成長に伴って発生する対流が抑制されるため高品質の結晶が得られることが多い。地上では、溶液から結晶が析出する場合に発生する対流を抑制する手段はほとんどない。本発明は溶液から結晶が析出する場合に発生する対流を抑制する方法および装置を提供する。
【解決手段】説明図3に示すように、溶液から結晶が析出する場合、勾配磁場を結晶および溶液に印加することにより、溶液に下向きの磁気力、結晶に下向きもしくは上向きの磁気力を作用させて、重力と磁気力の合力で発生する浮力で結晶を溶液の上部界面に接するように浮上させ、この状態で結晶を析出、育成することにより結晶周辺で発生する対流を抑制することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は溶液から結晶が析出する際に発生する対流の抑制方法と、この対流の抑制方法を利用した高品質結晶の育成方法およびこの育成方法を実施する装置に関する。詳しくは、勾配磁場を印加することによって下向きの磁気力を溶液に、下向きもしくは上向きの磁気力を結晶に作用させて、浮力で結晶を溶液界面に浮上させ、結晶周辺に発生する対流を抑制する方法と、この対流の抑制方法を利用した高品質結晶の育成方法とその装置に関する。
【背景技術】
【0002】
微小重力の宇宙環境で結晶を作製すると結晶成長に伴って発生する対流が抑制されるため高品質の結晶が得られることが多い。しかし、実際に宇宙環境を利用しようとすることは非常にコストがかかり、実験の機会も限られる。これに対して、地上で対流を抑制する手段として、電気伝導度が非常に高い金属や半導体の溶融液では磁場をかけて発生するローレンツ力を利用する方法がひろく使用されている(非特許文献1)。
【0003】
しかし、この方法は、半導体や金属の溶融液にくらべ電気伝導度が10の5桁から6桁低い水や有機溶媒などの液体には適用できない。例えば水溶液から結晶が析出する場合の対流を図1に基づいて説明する。図1は、水溶液から結晶が析出する場合を示している。容器底にある結晶11の周辺12では溶質が結晶に取り込まれるので、結晶から遠くにある溶液13に比べ溶液の濃度が低くなり、その結果、溶液の密度が低くなるので、結晶の周辺で対流14が発生する。この溶質の濃度差によって発生する対流は溶質対流とよばれる。
【0004】
この溶質対流は、例えばX線構造解析に使用するタンパク質単結晶が1cmの深さの水溶液から析出する場合、溶質対流の強さを示すパラメータであるレイリー数Raが、Ra=1.4×109と非常に大きく、この場合の対流は非常に強い。ちなみに1cmの深さ
の水で上下の温度差が1℃で発生する熱対流のレイリー数Raは、Ra=1.7×104
であり、これと比較すると上記タンパク質単結晶成長の際に発生する溶質対流は、非常に強いと言える。すなわち、このようなRa数を有する対流の下では、タンパク質結晶の結晶成長は、対流の影響を強く受け、対流の影響を受けない理想的な結晶の育成からはほど遠い。
【0005】
宇宙ステーションで溶液から結晶を析出させると、対流が抑制されるため、高品質の結晶が出来ることが多い。このため地上でも宇宙ステーションと同様の無重力環境を実現することが求められている。しかし、最近まで、地上で、溶液から結晶が析出する場合に発生する強い対流を抑制する手段はほとんどなかった。しかしながら、1996年、磁気力を利用して重力を制御する装置が発明された(特許文献1参照)。鉄が磁石にひきつけられるように、すべての物質は磁石に引き付けられたり、反発したりする。単位体積の物質に作用する磁気力Fmは一次元の勾配磁場の下では以下に示す(数1)で表される。
【数1】

式中、M0は真空の透磁率(=4π×10-7Hm-1)、Kは単位体積あたりの磁化率で
ある体積磁化率、yは位置座標、Bは磁束密度、dは密度、Kgは単位質量あたりの磁化
率である質量磁化率である。体積磁化率Kは、質量磁化率Kgに密度dを乗じた関係、す
なわち、K=d×Kgである。
【0006】
表1に各種物質の室温における体積磁化率K、密度d、質量磁化率Kgを示す。この表
からも明らかなように水や有機化合物など大部分の物質は、磁石に反発する反磁性で体積磁化率Kや質量磁化率Kgは負の値である。
【表1】

表1.室温における反磁性物質(D)、常磁性物質(P)の体積磁化率(K)、質量磁化率(Kg)、密度(d)(非特許文献2、3)
【0007】
これまで無重力環境は、地球の周囲を周回飛行している国際宇宙ステーションの内部において典型的に実現されているが、この宇宙ステーションの内部が無重力となるのは、地球の万有引力と周回飛行によって生じる遠心力とがちょうどつり合うためである。重力も遠心力も密度に比例する。前記した(数式1)から明らかなように磁気力Fmも密度dに
比例するので、液体に重力と等しい上向きの磁気力Fmを作用させれば、地上でも液体を
浮遊させたり、液体に作用するみかけ上の重力を0とすることができる。すなわち、地上でも無重力環境を創生することが可能である(特許文献1参照)。
【0008】
結晶が析出する溶液は溶媒と溶質との混合物であり、溶液中の溶媒と溶質の質量磁化率がほぼ同じ値をとる場合には、溶液に磁気力をかけることによってみかけ上の重力を制御することは可能であり、溶液から結晶を析出させる際に、重力制御法でえられる無重力環境によって対流を抑制することが可能である。ちなみに、表1に示しているようにほとんどの物質は反磁性で、その多くは同じような質量磁化率である。
【0009】
しかし、例えば反磁性のKClやタンパク質のヘモグロビンが水溶液から析出する場合のように、溶質と溶媒の質量磁化率Kgが大きく異なる場合には、溶液に作用する上向き
の磁気力が重力とつりあい、液体に作用するみかけ上の重力が0になる場合でも、結晶成長にともなって発生する溶質対流は、抑制することができないという問題があった。
【0010】
これを解決する手段として、結晶が析出する溶液および結晶に勾配磁場を印加して、重
力によって発生する浮力Δd・gを、磁気力で発生する浮力(1/M0)ΔKB(dB/
dy)で相殺することにより、結晶成長に伴って発生する溶質対流を抑制する方法および装置が開発された(特許文献2参照)。この発明では、対流を抑制するのに必要な勾配磁場は以下に示す(数2)で与えられる。
【数2】

【0011】
しかしながら、この方法では、溶質の種類によっては、溶質の濃度が増加し、これによって溶液の密度が増加したとしても(Δd>0)、溶液の体積磁化率の変化ΔKの絶対値が小さい場合、対流を抑制するのに必要な勾配磁場B(dB/dy)は、その絶対値を非常に大きく設定しなければならない。しかし、このような大きな勾配磁場を市販の超伝導磁石で得ることには自ずと限界があり、困難であるという問題があった。
【0012】
【非特許文献1】R.W.Series and D.T.Hurle、J.Cryst.Growth 113、305(1991).
【非特許文献2】日本化学会編 化学便覧基編II、pp.507−510、 丸善、改定4版。
【非特許文献3】日本化学会編 化学便覧基編II、pp.3−16、丸善、改定4版。
【特許文献1】若山信子「重力制御装置」、特許第3278685号
【特許文献2】若山信子「対流の抑制方法とその装置」、特願平2005−354324
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は溶液から結晶が析出する際に発生する溶質対流を抑制する方法、および、この方法を利用した高品質結晶の育成方法とその装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は上記課題に鑑み鋭意研究した結果、析出した結晶を溶液の上の界面に接するように浮上させて成長させると、結晶成長に伴い発生する重力対流を格段に抑制できるという知見に基づき、本発明をなすに至った。
すなわち、本発明の構成は、以下、(1)ないし(7)に記載するとおりである。
(1)溶液から結晶を析出、育成させる際に結晶の周辺で発生する対流の抑制方法において、勾配磁場を結晶および溶液に印加し、結晶および溶液に垂直方向の磁気力を作用させて、重力に磁気力を加えた力で発生する浮力を利用して結晶を溶液の上部界面に接するように浮上させ、この状態で結晶を析出させることで結晶の周辺で発生する対流を抑制することを特徴とした対流の抑制方法。
(2)前記結晶および溶液が反磁性の場合、結晶および溶液に印加する勾配磁場が垂直上向き方向に沿って磁束密度が増加する勾配磁場であり、溶液と結晶に下向きの磁気力を作用させることを特徴とする、(1)に記載する溶液から結晶を析出させる際に結晶周辺で発生する対流の抑制方法。
(3)前記結晶が反磁性で、溶液を常磁性塩を加えることで常磁性にした場合、結晶および溶液に印加する勾配磁場が垂直上向き方向に沿って磁束密度が減少する勾配磁場であり、溶液に下向きの磁気力、結晶に上向きの磁気力を作用させることを特徴とする、(1)に記載する溶液から結晶を析出させる際に結晶周辺で発生する対流の抑制方法。
(4)溶液から結晶を析出、育成する結晶の育成方法において、勾配磁場を結晶および溶液に印加することにより、溶液に下向きの磁気力、結晶に下向きもしくは上向きの磁気力
を作用させて、重力と磁気力の合力で発生する浮力で結晶を溶液の上部界面に接するように浮上させ、この状態で結晶を析出、育成せしめるようにすることにより結晶周辺で発生する対流を抑制したことを特徴とする、溶液から高品質結晶を育成する方法。
(5)前記結晶および溶液に印加する勾配磁場が垂直上向き方向に沿って磁束密度を増加または減少する勾配磁場であることを特徴とする、(4)に記載する溶液から高品質結晶を育成する方法。
(6)溶液から結晶を析出、育成させる結晶育成装置において、結晶および溶液に勾配磁場を印加しうるようにした勾配磁場発生手段を設け、溶液に下向きの磁気力、結晶に下向きもしくは上向きの磁気力を作用させて、重力と磁気力の合力で発生する浮力で結晶を溶液の上部界面に接するように浮上させるようにしたことを特徴とする、溶液から高品質結晶を育成する装置。
(7)前記結晶および溶液に印加する勾配磁場が垂直上向き方向に沿って磁束密度を増加または減少する勾配磁場であることを特徴とする、(6)に記載する溶液から高品質結晶を育成する装置。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、溶液から結晶を析出、育成させる結晶の析出、育成方法において、結晶および溶液に勾配磁場を印加することにより発生する磁気力を用い、結晶を溶液の上部界面に浮上させることで結晶周辺の対流を抑制するものである。これによって、結晶周辺の濃度差に基づく溶質対流が格段に抑制され、高品質の結晶を得ることが出来るものである。すなわち、本発明によって、コストのかかる宇宙空間での実験に依存していた実験を、地上でも溶液からの結晶の析出、育成に際して、濃度差による対流を抑制することが可能となり、高品質の結晶、とりわけ、高品質のタンパク結晶や有機半導体結晶を作成することが可能となるものと期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、勾配磁場をかけることで、結晶を浮上させ、これによって溶液から結晶が成長する際に発生する溶質対流を抑制する方法、および、この方法を利用した高品質結晶の育成方法とその装置に関する。以下、本発明を図面、実施例に基づいて詳細に説明する。
【0017】
本発明は、通常は容器底で成長する結晶を、磁気力を利用して、溶液の上部界面に接するように浮上させ、これによって結晶成長にともない発生する溶質対流を格段に抑制する方法および装置に関するものである。
【0018】
まず、結晶を溶液の上部に浮上させて成長させる場合に、対流が抑制される様子について説明する。図1に示すように結晶11が容器の底で成長する場合、結晶周辺12では溶質が結晶に取り込まれるので、溶質濃度が結晶から遠くにある溶液の濃度13と比べて低くなり、その結果、結晶周辺の溶液の密度が低くなるので、溶質対流14が発生する。結晶が容器底で成長する場合の溶質対流の強度を示すパラメータ、レイリー数は次に示す(数3)であらわされる。
【数3】

式中、gは重力加速度、Δd/dは結晶周辺の溶液密度が遠くにあるバルクの溶液の密度に比べ減少する割合、Lは溶液の深さ、νは溶液の動粘性率、Dは溶質の拡散係数である。
【0019】
例えば、タンパク質の結晶が水溶液から析出する場合を想定する。Δd/d=0.01
、L=0.01m、ν=10-62/s、D=7×10-112/sである場合、レイリー
数Raは、Ra=1.4×109となり、非常に大きい値を示している。すなわち、溶質
対流は非常に強い。
【0020】
次に、説明図2に示しているように、結晶21が溶液23の上部の界面25に接する位置で成長している場合を考える。結晶成長にともない、結晶の垂直面26、26’の近傍では溶質対流24、24’が発生する。この対流のレイリー数を計算する場合、(数式3)の溶液の深さ、Lに対応するのが、結晶の垂直方向の長さ、L’である。
段落(0019)で述べた容器底で結晶が析出する場合と比べ、L’以外のパラメータは等しいとすると、タンパク質結晶の大きさ、L’が10-4mの場合、溶質対流のレイリー数Raは、Ra=1.4×103と非常に小さくなる。これは(数3)で重力レベルが
100万分の1になった場合に相当し、宇宙ステーションの重力レベル、10-6gで結晶を作成した場合に匹敵する。ちなみにサイズが10-4m(0.1mm)のタンパク質結晶でも、X線散乱強度の測定は可能である。
【0021】
さらに説明図2の結晶の下の水平な面27近傍では、結晶成長にともない溶液濃度がバルクの溶液の濃度に比べ低くなる。その結果、結晶面27近傍の溶液密度が、その下に存在するバルクの溶液の密度にくらべて低くなるため、結晶成長に伴なって発生する対流が完全に抑制された状態になる。この場合、結晶成長に伴う溶質の輸送は宇宙環境と同じ拡散過程による。なお結晶の上の面は溶液と接触しない場合、溶質対流は発生しない。例え少量の溶液が存在しても、深さは非常に小さいため、Raは小さい値をとる。このように結晶が溶液の上の界面に接する位置で成長するようにした場合、結晶成長に伴って発生する溶質対流を大きく抑制することが可能である。
【0022】
本発明は、通常は容器底で成長する結晶を、溶液の上の界面に接するように浮上させ、溶質対流を格段に抑制した条件下で成長させる方法および装置に関するものである。つぎに結晶を溶液の上部界面に接するように浮上させる方法および装置を図面に基づき詳細に説明する。図3は結晶を溶液界面に浮上させる原理の説明図である。図3では自由界面を示すが、容器壁でもよい。図3右に示す勾配磁場32は、垂直上向き方向に磁束密度Bが増加する。縦型の超伝導磁石中、中心より下部のB(dB/dy)が極大になる位置に容器36を設置すると、勾配磁場32を反磁性である結晶31および溶液33に印加することが出来る。勾配磁場の発生手段については、本特許で限定するものではなく、超伝導磁石、電磁石、永久磁石など必要な大きさの勾配磁場を溶液および結晶の入った容器に供給できるものであればよい。
【0023】
説明図3左は、密度dcの結晶(31)が密度dsの溶液(33)と共存する場合(ds
<dc)である。単位体積の溶液に作用する磁気力38と重力の和が、単位体積の結晶に
作用する磁気力37と重力の和より大きくなる場合、結晶31には浮力が上向きに作用して、結晶は図に示すように溶液の上部に浮上する。
溶液、結晶の単位体積あたりの磁化率をKs、Kcとする。磁気力を示す(数1)を用いると、結晶に作用する重力と磁気力との和は、単位体積あたりdcg+(1/M0)Kc
(dB/dy)で表され、また、溶液に作用する重力と磁気力との和は、単位体積あたりdsg+(1/M0)KsB(dB/dy)で表される。下記(数4)が成立する場合、溶
液に対して下向きに作用する重力と磁気力の和が、結晶に対して下向きに作用する重力と磁気力の和より大きくなり、その結果、結晶に上向きの浮力が作用して結晶は溶液界面に浮かぶ。この場合、上向きに作用する力を正とする(g=−9.8m/s2)。y座標も
上に向かう方向を正とする。
【0024】
【数4】

【0025】
結晶を浮遊させるのに必要な磁場勾配は(数5)で表される。
【数5】

【実施例1】
【0026】
次に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明する。
タンパク質結晶が水溶液から析出する場合について説明する。
【0027】
タンパク質の質量磁化率の測定の文献は非常に少ないが、水の質量磁化率Kg=−9.
00×10-93Kg-1に比べて、その絶対値が小さい場合がある(非特許文献4)。
表2にタンパク質結晶の密度、体積磁化率、質量磁化率、水の質量磁化率との比RProtein=KgProtein/KgH2Oを示す。
【表2】

表2.タンパク質の密度、体積磁化率、質量磁化率(非特許文献4)、たんぱく質と水の質量磁化率の比、結晶浮上、対流抑制に必要な勾配磁場、B(dB/dy)
【0028】
タンパク質を結晶化させるため、通常、結晶化剤として無機塩などを加えるが、結晶析出によりその濃度はほとんど変化しない。個々のタンパク質水溶液の密度と濃度の関係に関する文献値はほとんど存在しないので、個々のタンパク質の水溶液の密度dsは、結晶
化剤のNaClの濃度が8.775Kg/m3の場合のリゾチームの水溶液の密度関数、
(数6)で近似する(非特許文献5)。その際、溶液の体積磁化率Ksは(数7)で表さ
れる。ただし、mProteinは単位体積の溶液中のタンパク質の質量である。
【0029】
【数6】

【数7】

【0030】
(数6)で求めたds、(数7)で求めたKsを用い、これらの値を(数5)に代入することによって、水溶液と共存するタンパク質結晶を浮上させるのに必要な勾配磁場B(dB/dy)が与えられる。
【実施例2】
【0031】
表2に示すように、アルブミンの質量磁化率は水の質量磁化率の約49%とその絶対値は小さい。アルブミンの結晶(dc=1280kg/m3)が濃度70kg/m3の水溶液
(NaCl:0.15M/l)から析出する場合、結晶を浮上させるのに必要な磁場勾配を(数5)、(数6)、(数7)を用いて計算した。浮遊に要するB(dB/dy)は972T2/mであり、市販の超伝導磁石(たとえばJASTEC、LH15T40)でタ
ンパク質結晶作成に必要な長時間えられる勾配磁場である。
ちなみに段落(0010)で述べた先願特許(特許文献2)では、対流抑制に必要な勾配磁場は2034T2/mであり、市販の超伝導磁石でえることは出来ない。このように
本特許では対流抑制に必要な勾配磁場の値が半分になるので、実験が市販の超伝導磁石で可能になった。
【実施例3】
【0032】
表2に示すように、DNAの質量磁化率は水の約43%で、結晶の密度はアルブミンと同じ1280kg/m3である。DNA結晶が70kg/m3の水溶液から析出する場合、結晶を浮上させるのに必要な磁場勾配は、(数5)、(数6)、(数7)を用いて計算すると、B(dB/dy)は808T2/mである。ちなみに先願特許(特許文献2)で対
流抑制に必要なB(dB/dy)は1572T2/mであり、本特許では使用する勾配磁
場の値が半減し、市販の超伝導磁石で長時間の結晶作製実験が可能になった。
【0033】
図4は、結晶が溶質濃度70kg/m3の水溶液(NaCl:0.15M/l)から析
出する場合、アルブミン、DNAと同じ密度1280kg/m3の結晶を浮上させるのに
必要なB(dB/dy)とタンパク質結晶と水の質量磁化率の比(KgProtein/KgH2O)の関係を示す。水にくらべて結晶の質量磁化率の絶対値が減少すると、B(dB/dy)も減少する傾向がみられる。市販の超伝導磁石で長時間得られる勾配磁場の最高は約1500T2/mであるので、水の質量磁化率に比較して、タンパク質の質量磁化率がほぼ6
0%以下になる場合に結晶を浮上させることが可能である。このように、本発明は析出する結晶の質量磁化率の絶対値が水に比べて小さく結晶密度もそれ程大きくない場合に特許文献2の対流抑制方法にくらべ有利になる。
【実施例4】
【0034】
表2に示すように、鉄原子を含むヘモグロビンの質量磁化率は水の約28%で、その絶対値は特に小さい。ヘモグロビンの結晶(dc=1330kg/m3)が70kg/m3
水溶液(NaCl:0.15M/l)から析出する場合、結晶を浮上させるのに必要な磁場勾配を(数5)、(数6)、(数7)を用いて計算した。浮遊に要する勾配磁場B(dB/dy)は、695T2/mであり、これは市販の超伝導マグネットで十分得られる値
である。
ちなみに先願特許(特許文献2)では、対流抑制に必要な勾配磁場B(dB/dy)は1000T2/mで、本特許では勾配磁場が約70%になり、それだけ実験が容易になる

【0035】
本特許では、アルブミン、DNA,ヘモグロビンで結晶を浮上させて対流を抑制するのに必要な勾配磁場の値は、先願特許(特許文献2)の勾配磁場の値にくらべ小さく、実験がそれだけ容易になる。さらに先願特許により、対流の原因となる重力による浮力を、磁気力による浮力で一部、相殺する効果も重畳するので、さらに対流が抑制されるという長所もある。
【0036】
しかしながら、本発明では、(数5)からも明らかなように、結晶と溶液の密度の差に比例するため、結晶密度が大きい場合には不利になる。フィブリノーゲン(dc=157
0kg/m3)では、質量磁化率が水の値の43%で、結晶浮上に要する磁場勾配は(数
5)、(数6)、(数7)により2445T2/mと計算される。この勾配磁場値は、先
願特許の重力による浮力を磁気力による浮力で相殺する方法の1572T2/mにくらべ
て、かなり大きい。このように、本特許では結晶のKgの絶対値が小さいほど、dcが小さいほど、B(dB/dy)は小さくなり、それだけ実験が容易になる。今後、結晶の種類に応じて、勾配磁場が小さく、実験が容易な方法を使い分けることが重要である。
【0037】
反磁性物質の前記フィブリノーゲン結晶を反磁性の水溶液から析出する場合、結晶を浮上させるには市販の超伝導磁石ではえることが出来ない大きい勾配磁場が必要である。このような場合、溶液に通常用いられる反磁性物質の結晶化剤のほかに常磁性塩、例えばMnCl2、NiCl2、CoSO4など(表1参照)を加え、水溶液の体積磁化率を正の値
のかなり大きな値をとるように調節すれば、結晶を浮上させることが可能である。図5右の52の垂直上向きにそって磁束密度Bが減少する勾配磁場をかけると下向きの磁気力58が水溶液に作用し、結晶には上向きの磁気力57が作用し、結晶51を浮上させることが可能になる。縦型の超伝導磁石中、中心より上部のB(dB/dy)の絶対値が極大になる位置に容器56を設置すると、勾配磁場52を結晶51および溶液53に印加することが出来る。
例えば1m3の水に12.8kGのMnCl2を加えると、溶液の体積膨張を無視すると体積磁化率は約9×10-6である。フィブリノーゲン水溶液でも1m3に12.8kGの
MnCl2を加えた場合、体積磁化率は9×10-6であると近似する。(数5)、(数6
)、(数7)を用いて計算すると、フィブリノーゲン結晶では約−520T2/mの勾配
磁場で結晶の浮上が可能である。これは市販の超伝導磁石で容易にえられる勾配磁場である。
【0038】
本発明では、(数5)からも明らかなように、勾配磁場が結晶と溶液の密度差に比例するため、結晶密度の比較的大きいフィブリノーゲンでは、本発明では不利であった。しかし結晶の密度がdc=1020kg/m3と小さいコレステロールでは、結晶浮上に必要な磁場勾配の値も小さくなると期待される。(数5)、(数6)、(数7)を用い計算すると、−50T2/mで結晶が浮上すると計算された。計算値が負の値をとったのは、すべ
てのタンパク質水溶液に同じ密度関数、(数6)を使用したためで、結晶より溶液の密度が大きくなったことに原因する。いずれにせよコレステロールでは結晶の密度が小さいので、本発明では勾配磁場の値は小さくなると考えられる。
ちなみに先願特許で溶質対流を抑制するには、−3137T2/mの勾配磁場が必要で
、このような大きな値の勾配磁場は市販の超伝導磁石では得られない。このように、タンパク質結晶に応じて実験が容易な対流抑制法を選ぶことが重要である。
【実施例5】
【0039】
先願特許(特許文献2)で対流を抑制するのに必要なB(dB/dy)は、前もって溶
液の密度の溶質濃度依存性、溶質、溶媒などの質量磁化率をもちいて計算する必要がある。しかし実際のタンパク質結晶作成では、試料は非常に貴重であり、前もって溶液密度と濃度の関係を実験で決定するのが困難なことが多い。
本発明で、結晶を磁気浮上させるのに必要な磁場勾配、B(dB/dy)を(数式5)を用いて計算で求めるには、溶液の密度の溶質濃度依存性に関するデータは必要ない。本発明では、結晶を析出する溶液の密度および体積磁化率、結晶の密度および質量磁化率が必要で、これらの値を知ることによって勾配磁場の設計、見積もりが容易となる。
【0040】
さらに、本特許では、結晶を浮上させるのに必要な勾配磁場を実験で容易に求めることができる。タンパク質水溶液中に結晶片をいれた容器を、縦型の超伝導磁石中、中心より下部のB(dB/dy)が極大になる位置に設置して勾配磁場を印加し、反磁性の結晶および溶液に下向きの磁気力をかければ、結晶を浮上させるに必要な勾配磁場の値を容易に実験で判定できる。この場合には、結晶を析出する溶液の密度および体積磁化率、結晶の密度および質量磁化率等は必ずしも必要としない。
前述したように、溶液に常磁性の塩をくわえ、その体積磁化率を正の値にした場合には、タンパク質水溶液中に結晶片をいれた容器を、縦型の超伝導磁石中、中心より上部のB(dB/dy)の絶対値が極大になる位置に設置して勾配磁場をかければ、結晶を浮上させるに必要な勾配磁場の値を実験で求められる。
【0041】
以上、本発明を溶質が溶解した溶液からいくつかの具体的なタンパク質を結晶として析出させるプロセスに基づいて、下向きの磁場の力を溶液に作用させ、結晶には下向きまたは上向きの磁気力を作用させ、重力に磁気力を加えた力による浮力で結晶を浮上させて、結晶成長にともない発生する対流を制御しうることを理論的に説明し、実証したが、これらの例は、あくまでも本発明を容易に理解し易くするために説明、開示したものであり、本発明は、これ等の例によって限定されないことに留意する必要がある。
【0042】
【非特許文献4】N.Hirota, M.Kurashige, M.Iwasaka, M.Ikehata, H.Uetake, T.Takayama, H.Nakamura, Y.Ikezoe,S.Ueno, K.Kitazawa,Physica B346−347,pp.267−271(2004).
【非特許文献5】W.L.Frederick, M.C.Hammonds, S.B.Howard and F.Rosenberger,J.Cryst. Growth 141,183 (1994).
【産業上の利用可能性】
【0043】
微小重力の宇宙環境で結晶を作製すると結晶成長に伴って発生する対流が抑制されるため高品質の結晶が得られることが多い。生命現象の解明、新薬の開発、病気の新規治療法の研究などを行なうためには、タンパク質の詳細な分子構造が必要である。多くのタンパク質は、その構造がX線構造解析によって決定され、詳細な分子構造を決定するためには高品質の結晶の作成が不可欠とされている。微小重力の宇宙環境で結晶を作製すると高品質の結晶が得られると盛んに検討され、かつ研究されてきた。しかしながら、実際に直接的に宇宙空間で実験を行うことはコストが極めて高くつき、また、実験の機会も限られることが多い等困難な事情がある。そのため、地上で対流を抑制することが出来れば、産業の発展に大きく貢献することが期待され、地上で対流を抑制する方法とこの方法を実施する装置の開発が切望されていた。本発明は、このような期待に十分に応え得るものである。今後、本発明によって、地上でも重力による対流、溶質対流を制御することが出来、これによって高品質の各種結晶、とりわけ高品質のタンパク結晶や有機半導体結晶の作成に結びつき、今後、優れた薬品や電子デバイス等の開発に大いに利用され、産業の発展に寄与するものと期待される。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】結晶が容器の底で成長する場合に発生する溶質対流を説明する図。
【図2】結晶が溶液の上の界面に接して成長する場合の溶質対流を示す説明図。
【図3】結晶を溶液上部に浮上させる方法の説明図。
【図4】タンパク質濃度(70kg/m3)の溶液中で結晶(1280kg/m3)を浮上させるのに必要なB(dB/dy)(T2/m)とKgProtein/KgH2Oの関係を示す図。
【図5】常磁性の塩を溶液に加え、反磁性の結晶を溶液上部に浮上させる方法の説明図。
【符号の説明】
【0045】
11:結晶
12:結晶の近傍
13:結晶から遠くにある溶液
14:対流
21:結晶
23:溶液
24、24’:対流
25:溶液の上部の界面
26、26’:結晶の垂直な面
27:結晶の下部の水平な面
31:結晶
32:勾配磁場
33:溶液
35:溶液の上部の界面
36:容器
37:結晶に作用する下向きの磁気力
38:溶液に作用する下向きの磁気力
51:結晶
52:勾配磁場
53:溶液
55:溶液の上部の界面
56:容器
57:結晶に作用する下向きの磁気力
58:溶液に作用する上向きの磁気力


【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶液から結晶を析出、育成させる際に結晶の周辺で発生する対流の抑制方法において、勾配磁場を結晶および溶液に印加し、結晶および溶液に垂直方向の磁気力を作用させて、重力に磁気力を加えた力で発生する浮力を利用して結晶を溶液の上部界面に接するように浮上させ、この状態で結晶を析出させることで結晶の周辺で発生する対流を抑制することを特徴とした対流の抑制方法。
【請求項2】
前記結晶および溶液が反磁性の場合、結晶および溶液に印加する勾配磁場が垂直上向き方向に沿って磁束密度が増加する勾配磁場であり、溶液と結晶に下向きの磁気力を作用させることを特徴とする、請求項1に記載する溶液から結晶を析出させる際に結晶周辺で発生する対流の抑制方法。
【請求項3】
前記結晶が反磁性で、溶液を常磁性塩を加えることで常磁性にした場合、結晶および溶液に印加する勾配磁場が垂直上向き方向に沿って磁束密度が減少する勾配磁場であり、溶液に下向きの磁気力、結晶に上向きの磁気力を作用させることを特徴とする、請求項1に記載する溶液から結晶を析出させる際に結晶周辺で発生する対流の抑制方法。
【請求項4】
溶液から結晶を析出、育成する結晶の育成方法において、勾配磁場を結晶および溶液に印加することにより、溶液に下向きの磁気力、結晶に下向きもしくは上向きの磁気力を作用させて、重力と磁気力の合力で発生する浮力で結晶を溶液の上部界面に接するように浮上させ、この状態で結晶を析出、育成せしめるようにすることにより結晶周辺で発生する対流を抑制したことを特徴とする、溶液から高品質結晶を育成する方法。
【請求項5】
前記結晶および溶液に印加する勾配磁場が垂直上向き方向に沿って磁束密度を増加または減少する勾配磁場であることを特徴とする、請求項4に記載する溶液から高品質結晶を育成する方法。
【請求項6】
溶液から結晶を析出、育成させる結晶育成装置において、結晶および溶液に勾配磁場を印加しうるようにした勾配磁場発生手段を設け、溶液に下向きの磁気力、結晶に下向きもしくは上向きの磁気力を作用させて、重力と磁気力の合力で発生する浮力で結晶を溶液の上部界面に接するように浮上させるようにしたことを特徴とする、溶液から高品質結晶を育成する装置。
【請求項7】
前記結晶および溶液に印加する勾配磁場が垂直上向き方向に沿って磁束密度を増加または減少する勾配磁場であることを特徴とする、請求項6に記載する溶液から高品質結晶を育成する装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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