説明

結石採石用注入剤組成物

【課題】体腔の損傷を防ぎつつ体腔内の結石を簡便な方法で確実に採取して結石採石術の信頼性を向上させる。
【解決手段】体温より低い温度でゾル状態となり、前記体温以上の温度でゲル状態となる温度感応性ポリマーを含む結石採石用注入剤組成物を提供する。本発明によれば、結石採石用注入剤を低い注入圧で容易に体腔内へ注入することができ、また、結石採石用注入剤により結石を包み込んで、腔壁を保護しながら結石を容易に体腔内から取り出すことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結石採石用注入剤組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、総胆管結石症のための腹腔鏡下外科手術として、乳頭括約筋切開術(Endoscopic sphincterotomy:EST)により切開した乳頭から胆管内へ処置具を挿入し、内視鏡的に結石を砕いて採取する方法が用いられている。
【0003】
一般的な総胆管結石用の砕石具は、強度の高いワイヤーからなるバスケット型の形状をしており、結石をバスケット内に取り込んでバスケットを閉じることにより結石を締め付けて砕くようになっている(例えば、特許文献1および特許文献2参照。)。また、砕いた結石を胆管内から掻き出して採取するための処置具としてバスケット鉗子やバルーンが知られている(例えば、特許文献3〜特許文献7参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2003−530944号公報
【特許文献2】特表2004−516880号公報
【特許文献3】特表平10−500336号公報
【特許文献4】特開2000−005189号公報
【特許文献5】特開2001−149377号公報
【特許文献6】特表2002−506371号公報
【特許文献7】特開2008−194167号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、バルーンを用いた場合、バルーンと胆管の内壁との間に結石が挟まれて胆管の内壁を損傷させる可能性があるという不都合がある。バスケット鉗子を用いた場合、小さい結石がワイヤーの隙間から漏れるため、結石を残らずに採取することは難しい。また、こうして胆管内に残った遺残結石は成長して胆管結石の再発の原因になるという問題がある。
【0006】
特許文献4では、比較的大きな結石をそのままバルーンで包み込んで採取するカテーテルが開示されているが操作が煩雑であるという不都合がある。また、結石は大きく成長してから発見されることが多く、砕石せずに胆管内から取り出すことが困難な場合がほとんどであるため実用的ではない。
このような胆管の損傷や遺残結石は術後の経過を左右する大きな要因であり、手術の信頼性を向上させるために遺残結石および胆管の損傷を減らすことが求められている。
【0007】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであって、体腔の損傷を防ぎつつ体腔内の結石を簡便な方法で確実に採取して結石採石術の信頼性を向上させることができる結石採石用注入剤組成物を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明は以下の手段を提供する。
本発明は、体温より低い温度でゾル状態であり、前記体温以上の温度でゲル状態である温度感応性ポリマーを含む結石採石用注入剤組成物を提供する。
【0009】
本発明によれば、体温より低い温度に保持されたゾル状態の結石採石用注入剤組成物を体腔内の結石がある部位へ注入すると、結石採石用注入剤組成が体温により加温されて結石を内部に包み込みながらみながらゲル状態へ変化し、結石採石用注入剤組成物を体腔内から採取することにより結石も同時に体腔内から採取することができる。
【0010】
この場合に、結石採石用注入剤組成物は、体腔内への注入時には流動性の高い状態であり、体腔内から採取されるときは弾性を有するゲル状態であるため、注入および採取が容易である。これにより、簡便に体腔内から結石を採取することができる。
また、結石がゲル状態の結石採石用注入剤組成物内に包み込まれることにより、結石採石用注入剤組成物を体腔内から除去する際に結石による周辺組織の損傷を防止しながら結石を取りこぼさすことなく確実に採取して手術の信頼性を向上させることができる。
【0011】
上記発明においては、前記温度感応性ポリマーが、ポリアクリルアミド誘導体、ポリエステル誘導体、ポリアミノ酸誘導体、ポリビニルアルコール誘導体、ポリリンサン誘導体およびポリフォスファゼン誘導体のうち少なくとも1つを含むことが好ましい。
また、上記発明においては、前記温度感応性ポリマーが、親水性ポリエーテルと疎水性ポリエステルとを含むトリブロック共重合体を含むことが好ましい。
【0012】
また、上記発明においては、前記親水性ポリエーテルが、ポリエチレングリコール(PEG)を含むことが好ましく、前記疎水性ポリエステルが、D,L−ラクチド、D−ラクチド、L−ラクチド、D,L−乳酸、D−乳酸、L−乳酸、グリコリド、グリコール酸およびこれらからなる共重合体のうち少なくとも1つをモノマーとして含むことが好ましい。親水性ポリエーテルは、直鎖状でも分岐構造でもよい。
このように生体内での分解や代謝が容易な成分を用いることで、結石採石用注入剤組成物の安全性をより向上させることができる。
【0013】
また、上記発明においては、前記疎水性ポリエステルが、ラクチドおよびグリコリドをモノマーとし、該グリコリドを70モル%以下の割合で有する乳酸グリコリド酸共重合体(PLGA)を含むことが好ましい。
【0014】
また、上記発明においては、直鎖状糖類、環状糖類およびコレステロールのうち少なくとも1つを含むことが好ましく、前記直鎖状糖類が、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸およびヘパリンのうち少なくとも1つを含み、前記環状糖類が、α−シクロデキストリン、β−シクロデキストリンおよびγ−シクロデキストリンのうち少なくとも1つを含むことがより好ましい。
このようにすることで、結石採石用注入剤組成物のゲル状態における強度を向上させることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、体腔の損傷を防ぎつつ体腔内の結石を簡便な方法で確実に採取して結石採石術の信頼性を向上させることができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本実施例に係る結石採石用注入剤の相ダイアグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の一実施形態に係る結石採石用注入剤組成物について以下に説明する。
本実施形態に係る結石採石用注入剤組成物は、PEG(親水性ポリエーテル)の両末端にPLGA(疎水性ポリエステル)が結合した、下記の化1で示されるトリブロック共重合体を含んでいる。
トリブロック共重合体は、室温でゾル状態となり、ヒトの体温以上の温度でゲル状態となる温度感応性ポリマーである。
【0018】
【化1】

【0019】
トリブロック共重合体は、PEGが500〜30000の分子量を、PLGAが500〜20000の分子量を有している。
これらの条件において、疎水性が過剰である場合には、トリブロック共重合体の低温における水溶性の消失、ゾル状態における粘性の増大、ゲル化温度の室温以下への低下などが起こる。また、親水性が過剰の場合には、ゲル化温度の体温以上への上昇もしくはゲル化現象の消失、ゲル状態における強度低下、などが起こる。その結果として、所望の温度でゲル化が起こらなかったり高い粘性のために体腔内への注入が困難になったりするなどして目的を達成することができなくなる。
【0020】
本実施形態の結石採石用注入剤は、トリブロック共重合体を溶媒、例えば、生理食塩水に溶解して製造され、トリブロック共重合体とほぼ同一のゲル転移温度を有し、室温ではゾル状態であり、ヒトの体温まで加温されるとゲル状態へ変化するようになっている。
【0021】
このように構成された結石採石用注入剤組成物の作用について、胆管内の結石を採取する場合を例に挙げて以下に説明する。
まず、ESTなどの方法により乳頭を切開して胆管内へ砕石具を挿入し、結石を小さく破砕する。続いて、室温に保たれた結石採石用注入剤を体外から胆管内へカテーテルを用いて注入する。結石採石用注入剤が体温により加温されてゲル状態へ変化したら、バスケット鉗子やバルーン等の採石具を用いて結石採石用注入剤を乳頭から取り出すと、結石片も結石採石用注入剤内に取り込まれた状態で同時に採取できる。
【0022】
この場合に、本実施形態によれば、注入する際は流動性の高いゾル状態で、胆管内から取り出す際は適度な弾性と強度とを有する有形のゲル状態で、結石採石用注入剤が使用される。これにより、細径のカテーテルを用いても結石採石用注入剤を十分に低い注入圧で容易に注入することができ、また、小さな切開部位からでも注入された結石採石用注入剤を一度に容易に取り出すことができるという利点がある。
【0023】
また、結石片は、弾性を有する結石採石用注入剤に覆われて胆管の内壁を保護しながら、内壁に直接接触したり内壁を引きずったりすることなく採取される。また、採石具としてバルーンを用いても、結石採石用注入剤内に包み込まれることにより結石がバルーンと内壁との間に挟まれることが防止される。これにより、胆管の損傷を防いで手術による患者への影響を低減することができるという利点がある。
【0024】
さらに、破砕された結石片は、微小であったり多数であったりしてもその大きさや数によらずに結石採石用注入剤内に包み込まれる。これにより、従来の結石採石術に結石採石用注入剤を注入する手順を加えただけの簡便な操作でありながら、バスケット鉗子を用いてもワイヤーの隙間から小さい結石が漏れるなどして結石を取りこぼすことなく、確実に結石を採取して、術後の胆管結石症の再発を防止することができるという利点がある。
【0025】
また、トリブロック共重合体を、生体適合性が高く体内で分解または代謝が容易なPEG、乳酸およびグリコール酸から構成することにより、結石採石用注入剤が胆管の内壁に直接接触したり胆管内に残留したりしても患者への影響を最小限に抑えることができる。
【0026】
上記実施形態においては、温度感応性ポリマーとしてPEGとPLGAとからなるトリブロック共重合体を用いることとしたが、温度感応性ポリマーは室温とヒトの体温との間にゲル転移温度を有するものであればよい。例えば、ポリアクリルアミド誘導体、ポリエステル誘導体、ポリアミノ酸誘導体、ポリビニルアルコール誘導体、ポリリンサン誘導体およびポリフォスファゼン誘導体等の温度感応性ポリマーを用いても、トリブロック共重合体と同様に、胆管内壁の損傷を防ぎながら簡便な方法で確実に結石を採取することができる。
【0027】
また、上記実施形態においては、トリブロック共重合体の疎水性ポリエステルとしてPLGAを用いることとしたが、これに代えて、ポリラクチドまたはポリグリコリドを用いることとしてもよい。
このようにしても、PLGAを用いた場合と同様に結石採石用注入剤による患者への影響を抑えながら上述した実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0028】
また、上記実施形態においては、結石採石用注入剤組成物が、トリブロック共重合体に加えて直鎖状糖類、環状糖類またはコレステロールを含むこととしてもよい。
直鎖状糖類としては、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸およびヘパリンが、環状糖類としては、α−シクロデキストリン、β−シクロデキストリンおよびγ−シクロデキストリンが、生体適合性が高く好適に用いられる。
【0029】
例えば、ヒアルロン酸やシクロデキストリン等溶解度が高いものの場合、トリブロック共重合体とともに溶媒に溶解して、コレステロールの場合、トリブロック共重合体の末端に官能基として導入されて用いられる。
このようにすることで、結石採石用注入剤のゲル状態における強度を向上させて、採石用注入剤が結石をより堅固に内部に保持することにより、結石をより確実に胆管内から採取することができる。
【実施例】
【0030】
次に、本発明の結石採石用注入剤組成物の実施例について説明する。
本実施例に係るトリブロック共重合体は、PEG、D,L−ラクチドおよびグリコリドを、Sn(Oct)の触媒下において150℃で7時間バルク重合して合成する。このようにして合成されたトリブロック共重合体の組成を表1に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
PLGAおよびPEGの分子量は、それぞれ1800および1500である。また、PLGAに含まれるグリコリドの割合は約30モル%である。
このように構成されたトリブロック共重合体を、10,15,20重量%でそれぞれ生理食塩水に溶解して本実施例に係る結石採石用注入剤1〜3を製造した。
【0033】
製造された各濃度の結石採石用注入剤1〜3について温度を上昇させたときの状態変化を調べた。その結果を図1に示す。これから分かるように、いずれの濃度においても室温とヒトの体温との間にゲル転移温度を有し、本実施例の結石採石用注入剤1〜3は体内注入後に速やかにゲル状態へ変化することが確認された。
【0034】
次に、製造された結石採石用注入剤1〜3の粘弾性を調べるため、各濃度について25℃(室温)と37℃(ヒトの体温)において、レオメータを用いて貯蔵弾性率を測定した。その結果を表2に示す。貯蔵弾性率は、いずれの濃度においても室温では充分に低く、体温では著しく上昇していることが分かる。これにより、本実施例の結石採石用注入剤1〜3は、カテーテルによる注入が容易でありながら、体内に注入後には結石を内部に保持するだけの充分な強度を有することが確認された。
【0035】
【表2】

【0036】
続いて、本実施例の結石採石用注入剤1,3について、採石効果およびカテーテル内の通過性を評価するため、胆管の疑似モデルとして胆管と略同一の径を有するシリコン製のチューブを、結石の疑似モデルとして直径1〜2mmの樹脂製のビーズを用いて以下の実験を行った。
【0037】
チューブの内部に30個のビーズを配置してチューブをウォーターバス内の37℃に調整された水中に浸漬した。続いて、カテーテル(外径2.4mm、内径1.7mm)を用いてチューブ内に結石採石用注入剤1,3を注入し、市販の採石バスケットを用いてチューブ内からゲル状態の結石採石用注入剤1,3を採取した。
【0038】
採石効果は、結石採石用注入剤1,3と同時に採取されたビーズの数に基づいて、採石効果が低い方から高い方へ順に−,+,++および+++の4段階で評価した。通過性は、カテーテルに結石採石用注入剤1,3を注入するときの注入圧に基づいて、注入が困難である方から容易である方へ順に−,+,++および+++の4段階で評価した。
また、本実施例の比較例として、結石採石用注入剤1,3に代えて、生理食塩水および1.0重量%のヒアルロン酸ナトリウム溶液を用いて同様の実験を行った。
このようにして得られた結果を表3に示す。
【0039】
【表3】

【0040】
表3から分かるように、本実施例の結石採石用注入剤1,3を用いた場合は、効率的にビーズを採取することができ、結石採石用注入剤のゲル状態における貯蔵弾性率が約50pa以上で十分な採石効果が得られることが確認された。また、細径のカテーテルを用いても、低い注入圧で容易に注入が可能であることが確認された。
【0041】
一方、生理食塩水およびヒアルロン酸Naを用いた場合は、ともにビーズの採取が困難であり、さらに、医療で広く応用されているヒアルロン酸Naの場合、室温での粘性が高く細径のカテーテルによる注入が困難であった。
以上の結果から、本実施例の結石採石用注入剤1〜3を用いることにより簡便な操作で高い採石効果が得られ、本実施例の結石採石用注入剤1〜3は結石採石術との併用に最適であること、また、結石採石術の信頼性を向上させることができることが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
体温より低い温度でゾル状態となり、前記体温以上の温度でゲル状態となる温度感応性ポリマーを含む結石採石用注入剤組成物。
【請求項2】
前記温度感応性ポリマーが、ポリアクリルアミド誘導体、ポリエステル誘導体、ポリアミノ酸誘導体、ポリビニルアルコール誘導体、ポリリンサン誘導体およびポリフォスファゼン誘導体のうち少なくとも1つを含む請求項1に記載の結石採石用注入剤組成物。
【請求項3】
前記温度感応性ポリマーが、親水性ポリエーテルと疎水性ポリエステルとを含むトリブロック共重合体を含む請求項1に記載の結石採石用注入剤組成物。
【請求項4】
前記親水性ポリエーテルが、ポリエチレングリコールを含む請求項3に記載の結石採石用注入剤組成物。
【請求項5】
前記疎水性ポリエステルが、D,L−ラクチド、D−ラクチド、L−ラクチド、D,L−乳酸、D−乳酸、L−乳酸、グリコリド、グリコール酸およびこれらからなる共重合体のうち少なくとも1つをモノマーとして含む請求項3に記載の結石採石用注入剤組成物。
【請求項6】
前記疎水性ポリエステルが、ラクチドおよびグリコリドをモノマーとし、該グリコリドを70モル%以下の割合で有する乳酸グリコリド酸共重合体を含む請求項5に記載の結石採石用注入剤組成物。
【請求項7】
直鎖状糖類、環状糖類およびコレステロールのうち少なくとも1つを含む請求項1に記載の結石採石用注入剤組成物。
【請求項8】
前記直鎖状糖類が、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸およびヘパリンのうち少なくとも1つを含む請求項7に記載の結石採石用注入剤組成物。
【請求項9】
前記環状糖類が、α−シクロデキストリン、β−シクロデキストリンおよびγ−シクロデキストリンのうち少なくとも1つを含む請求項7に記載の結石採石用注入剤組成物。

【図1】
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【公開番号】特開2010−213919(P2010−213919A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−64487(P2009−64487)
【出願日】平成21年3月17日(2009.3.17)
【出願人】(399030060)学校法人 関西大学 (208)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】