説明

絶縁ナノ膜の膜厚測定方法及び膜厚測定器

【課題】 ナノテクノロジーが盛んになり、ナノ膜の測定が簡単に行える方法が求められている。従来は反射する光の波長を用いる光学的な方法が有ったが高額であり、測定範囲も約5nmから上であった。本発明では、測定範囲が0.2nmから数10nm程度まで可能で、簡単且つ安価な、絶縁ナノ膜の膜厚測定方法及び膜厚測定器を提供する。
【解決手段】 電解水溶液液を挟んで、電圧を印加した一対の電極を挿入して電圧を上げていくと陽極の表面に水分子の電気二重層が形成され、水分子の電子が第一のトンネル効果により飛び出す。ナノサイズの絶縁膜を被覆した導電基体を陽極に用いると、第二のトンネル効果が加算され、電源を遮断すると、電極間電圧としてそれが測定できる。第一のトンネル電圧は知られており、求められる第二のトンネル電圧から絶縁膜の膜厚を求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、科学技術分野及び工業分野で用いられるものである。特に、ステンレス鋼などの不動態皮膜や半導体素子用の誘電体皮膜の厚さの測定に好都合である。
【背景技術】
【0002】
従来技術として、薄膜の膜厚測定技術には光学的な方法と先端が鋭利な接触プローブを用いる方法があるが、光学的方法は波長の制約などから約5nm以下の測定は難しい。また、接触式もナノサイズの測定は対象を傷つけてしまい好ましく無い。
しかし、特に半導体の領域においては、ナノサイズの絶縁体ないしは誘電体のナノ膜が用いられるようになっており、その測定技術も透過型電子顕微鏡など大掛かりな装置で開発されてきている。
特にこの分野においては、先行技術文献に示すように、ピエゾ素子やプローブ針を用いたりして、トンネル電流を目安にして計測するものが主流になっている。
一方、半導体分野とは異なるが、ナノテクノロジーの進展に伴い、様々な分野においても、簡単なナノ膜の測定技術が求められるようになっている。それ以外にも、例えばステンレス鋼の表面には、防錆膜として重要な不動態皮膜が形成されているが、この表面処理なども含めてこの膜厚の管理などにおいても簡単な測定器が求められてきたが、実現できていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】 特開平7−198308号広報
【特許文献2】 特開2001−308155号広報
【特許文献3】 特開2002−22639号広報
【特許文献4】 特開2004−281628号広報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
測定するナノ膜を傷めないためにプローブ針を用いることなく、また、薄さに限界のある光学式の方法を用いることなく、簡単で、しかも安価な絶縁ナノ膜の厚さを測定する方法を提供する。
但し、測定できる対象は、金属などの導電基体の表面に形成された概略厚さ0.2nmから数10nmの絶縁ナノ膜になる。
【課題を解決するための手段】
【0005】
これらの課題を解決するための手段について図1、図2、図3を用いて説明する。図1は本発明による、ナノ膜の膜厚を測定する概念図であり、図2,3はその理論を示す概念図である。
本発明では、従来の測定用プローブ針は用いずに、その代わりに水を主成分とした電解水溶液を用いる。その様子を図1を用いて説明する。絶縁皮膜3が膜厚を測定する対象で、導電基体4を被覆している。これを陽極5として電解水溶液6の中に入れておく。同様に電解水溶液6の中には陰極7を配置する。これらの陽極5と陰極7にはスイッチ8を介して直流電源9を接続する。そして、同時に陽極5と陰極7の間には電圧測定手段10を配置する。
【006】
図1において、スイッチ8を閉じて、電源9の電圧をゼロから上昇させていくと、電解水溶液の等価抵抗6aにより、水分子13は陽極5の方向に寄せられて行き、絶縁膜3の表面には水分子13の電気二重層11が形成することは良く知られた事実である。
先ず、絶縁膜3が存在しない時の場合について説明する。電源の電圧を上げていき、
1.23V(以下水温が総て25℃として説明する)を超えると、図2の水分子13内の電子12はトンネル現象により飛び出して、その電流が流れるようになる。これは、いわゆる水の電気分解そのものであり、この1.23Vは良く知られた値である。本発明者はこの時のトンネル現象を第1のトンネル現象と名付ける。その電圧は第1のトンネル電圧ということであり、その値の1.23Vは電解水溶液6の濃度や電極間距離に関係せずに一定である。このことが、水の電気分解がトンネル現象であることを説明する有力な特徴である。
【007】
そして、本発明が対象とするのは絶縁膜3が存在する場合である。この時、電源の電圧が1.23Vを越えても電子12はトンネル現象を起こして飛び出すことはしない。
さらに電圧を上げていくと、電子12は絶縁膜をも突き抜けて導電基体4に到達するようになる。この絶縁膜3を電子12が突き抜ける現象を、本発明者は第2のトンネル現象と名付ける。
このように、電源9の電圧を上げていくときに流れる電流の特性を概念的に示したのが図3である。
図3において、電圧を上げていき電流が流れ始めた時の電圧が第1のトンネル電圧と第2トンネル電圧を加算した総合トンネル電圧である。
【008】
先行技術文献を見るまでもなく、ナノ膜において、そのトンネル電圧を求めることが出来れば、その膜厚を求められるということは物理学で知られた事実である。
そして、半導体物理の世界では絶縁膜一般に適用できる式として、概略10MV(メガボルト)=1cmという、電圧と厚さの関係式として知られている。
これを単位を変換して、トンネル電圧をVtとし絶縁体の厚さをtnmとすると前式はVt=tnmということで、厚さ1nmの絶縁膜のトンネル電圧は概略1Vという関係になる。しかし、これは概略の式である。
本発明者達は、半導体技術分野で発表されている実験データから、これよりもう少し精密に Vt=0.7×tnmというトンネル電圧の関係式を得たのでここではこれを採用する。従って絶縁体である外側皮膜5の厚さが1.5nmであれば「第2のトンネル電圧」は約1.05Vということになる。
【009】
それでは、上記の第2のトンネル電圧をどの様にして求めるかを説明する。
電源9の電圧を上げていき、電流が流れ始める電圧を求めて、それを総合トンネル電圧とし、そこから第1のトンネル電圧である1.23Vを引き算して求める方法もある。
しかし、この微小電流が流れ始める時は、第1、第2のトンネル電圧も不安定であり、また、絶縁膜周辺に流れる漏れ電流の影響もあり、なかなか精度を上げて特定することが難しいものである。
一方、電流がある程度流れ始めれば、第1、第2のトンネル電圧は安定する。しかし、電極間の電圧には、電解水溶液の等価抵抗6aによるドロップ電圧が加算されてしまい、総合トンネル電圧を抽出することが出来なくなる。
そこで、発明者は絶縁膜3の表面に形成される電気二重層11のキャパシタンスに着目した。
電源9の電圧が、総合トンネル電圧以上になると、この電源電圧や電解液の濃度や電極間距離に関係なくこの電気二重層11のキャパシタンスは総合トンネル電圧で充電され充電電圧は変動しない。なぜなら、電流が多くなっても、トンネル電圧は一定であるということがトンネル現象の特徴であるからである。
電圧測定手段10の測定値は、電流が流れている時は、電解水溶液の等価抵抗6aによるドロップ電圧が総合トンネル電圧に加算されてしまっているが、スイッチ8を開放にした瞬間にはこのドロップはゼロになる。すると、電気二重層11のキャパシタンスの充電電圧は瞬間には変化せずに保持されるので、この瞬間には電圧測定手段10の測定値は、電気二重層11のキャパシタンスの充電電圧となり、従って、総合トンネル電圧が求められることになる。
この総合トンネル電圧から1.23Vを引けば、絶縁膜3の第2のトンネル電圧が求められる。そして、先にあげた計算式により、絶縁膜3の膜厚が求められることになる。
そして、測定精度を上げるためには、電解水溶液6の温度を25℃に一定に保つか、あるいは、電解水溶液6の温度を測定し、水の電気分解電圧の温度特性から、1.23Vの値を補正すれば良いことになる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によって、導電基体を皮膜する絶縁ナノ膜の厚さを下記の様に測定することが出来るようになった。従来の光学的方法では測定が困難であった5nm以下測定が簡単におこなえる。また、プローブ針を用いないので、絶縁ナノ膜を傷つけずに測定することが出来る。大掛かりな装置を必要とせずに、乾電池程度の電源で動く携帯型の測定器も作ることが出来る。従って、半導体の領域に限らずに、ステンレス鋼などの不動態皮膜厚測定分野やその他のナノテクノロジーの分野で簡単にナノ膜の膜厚が測定出来る様になった。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】 本発明の構成を説明する概念図
【図2】 本発明の理論を説明する概念図
【図3】 本発明の理論をグラフで説明する概念図
【図4】 実施例1の構成を説明する図
【図5】 ステンレス鋼の不動態皮膜厚を測定した測定例
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明を実施する形態を、ステンレス鋼の不導体皮膜の厚さを測定する方法として、図1を用いて説明する。陽極5はステンレス鋼で、導電基体4はSUS304を用いる。そして、絶縁膜3はそれに固有な不動態皮膜であり、ここでは、この膜厚を測定する。陰極6は陽極と同じステンレス鋼を用いる。ステンレス鋼などの不動態皮膜には整流作用があり、陰極に用いた場合は、不動態皮膜は絶縁膜とはならないという特徴がある。
陽極5と陰極7は厚1mm程度とし、サイズは20mm×120mm程度とする。容器に電解水溶液6として普通の水道水を入れ、陽極5と陰極7の間には3mm程度の距離を保つ。
水道水はカルシュームイオンなどが内部に溶けており、トンネル現象を安定的に起こさせるだけの電流を流すことが出来る。直流電源9は、スイッチ8を介して両電極に接続し電圧は5Vから20Vくらいのものを用意するが、水道水が綺麗でイオンが少ないほど高い電圧のものが必要である。
そして、電圧測定手段10としてシンクロスコープ両電極間に接続する。
【0013】
スイッチ8を閉じて、電源9の電圧を約5V程度まで上昇させる。しばらくしてスイッチ8を開放にして、電圧測定手段10の測定値の変化を表示させたものが、図5である。
▲1▼の波形は不動態皮膜がまだ充分に成長していない過渡期にあると考えられるステンレス鋼の場合である。▲2▼は安定した状態にあるステンレス鋼の測定結果である。安定した状態にあるステンレス鋼はオーステナイト系ステンレス鋼のSUS304でも、フェライト系ステンレス鋼のSUS430でも全く同じ値であった。
図5において、スイッチ8を開にした瞬間に、電解水溶液6のドロップ電圧がゼロになるので、その分電圧測定手段10のシンクロスコープの波形は急降下している。
そして、電圧は電気二重層11に充電された総合トンネル電圧に等しくなって急降下は停止している。それから後は、電気二重層11に充電された電荷が、電解水溶液6の抵抗6aにより放電しながらゆっくりと低下していく様子が解る。
このようにして測定された総合トンネル電圧は、安定した状態にあるステンレス鋼では図5のように2.5Vであった。そうすると、2.5Vから第1のトンネル電圧である123Vを引いた値の1.27Vが第2のトンネル電圧である。そうすると、先に示した膜厚とトンネル電圧の関係式から 1.27V/0.7=1.8nm という膜厚が求められる。
どんなステンレス鋼も、不動態皮膜が安定状態にあれば、その膜厚は 1.8nmという測定結果がこうして得られる。
【0014】
測定温度が25℃と異なれば、水の電気分解電圧の温度特性を用いて、測定結果を補正する必要があることは既に述べた。また、測定対象の絶縁膜の温度を変化させて測定し、対象の絶縁膜のトンネル電圧の温度変化も把握しておくことが好ましい。
また、1ナノメートルは分子10個分ていどの厚さであるので、測定誤差を考えると、測定限界は0.2nm程度となる。他方、あまり膜厚が大きくなると、トンネル電圧と膜厚の比例関係が保証できなくなるので、測定の上限は数10nmになる。
水道水を用いるのに不具合がある場合は、精製水に適当な電解質を微量溶かして測定する。測定対象皮膜は出来るだけ親水性であることが必要で、表面に発生する気泡が表面に留まると、これが測定の邪魔をして、皮膜厚が実際より厚くさらにバラツキが出て来る場合がある。バラツキが出て来ると、スイッチを開にした直後の電圧の変化がなだらかになるので、安定した値を読み取ってその値から膜厚を推定することも出来る。界面活性剤を用いて表面を安定させる方法も有効である。
【実施例1】
【0015】
「実施例1」を図4を用いて説明する。膜厚測定対象物によっては、これを常に電解水溶液の中に入れて測定出来るとは限らない。また、大きな対象物であって測定絶縁膜が垂直になっている場合さえ想定される。そこで、「実施例1」として測定場所や対象の制約の少ない可搬型で小型の測定器を提供する。測定対象はステンレス鋼・クロムメッキ鋼・酸化ケイ素膜を有する半導体ウェーハー等のと、これが図4のように陽極5となる。
半導体ウェーハー等の場合は、裏面をサンドして導電性接着剤付の銅テープを貼るなどしてそこを陽極とする。
陰極7はここではステンレス鋼とするが、ステンレス鋼の不動態皮膜は陰極として用いると整流作用があり、単なる導体に変わるのでここでは図示しない。陽極5に数mm程度の距離に近づけて陰極7を配置する。この距離を概略固定する為に図示していない絶縁物のスペーサを両電極間に配置することも可能である。
陰極7と陽極5の隙間には、例えば注射器を用いて電解水溶液6を満たす。この電解水溶液6は表面張力により電極間に保持される。
あるいは、電解水溶液は脱脂綿、スポンジ、布などの細孔を構成するクッション材に満たして、この両電極間に配置しても良い。
パルス電源17はダイオード16を介して両電極に接続する。電圧測定手段10はA/Dコンバータとそれに接続されたマイコンで構成している。パルス電源17は電圧測定手段10の電圧が安定するまで電圧を供給し、その後出力を停止する。マイコンは電圧変化を読み取り、電圧急降下が停止した電圧を求めて、上記の計算式のとおりにトンネル電圧を計算し、その値から絶縁膜の厚さを計算して表示する。
もちろん、ダイオード16の代わりにスイッチ8を用いることなども、本測定の主旨に反しない限り、構成と配置の変更は可能である。
【0016】
この場合、注意すべきはA/Dコンバータの入力容量15である。陰極7と陽極5の対抗する面積が小さいと、前記電気二重層11の容量が小さく、前記容量15との関係で誤差を生じることになる。前記電気二重層11の容量が前記容量15より充分に大きな値になるように陰極7の対面の面積を決める必要がある。
また、電解水溶液6は水を含まない電解液にすることも可能である。しかし、この時は電解液の電気分解電圧を把握し、陰極にも電気二重層が形成される可能性があるので、陰極表面の特性を前もって把握しておくことが必要である。
【産業上の利用可能性】
【0017】
半導体技術は、例えばメモリーを造る誘電体皮膜は薄いほどメモリー容量を大きくすることが出来る。この誘電体皮膜は薄い場合は数nm以下の絶縁膜であり、本発明のような簡単な測定技術の需要は大きい。
また、ステンレス鋼の防食膜として大切な不動態皮膜の厚さは1.8nmであり、光学的な測定はかなり難しいが、各種表面処理の際にはこの膜を剥がしたり、再生させたりしている。本発明による簡単なこの膜厚測定技術はこれらの工程管理に大いに役立つものと期待される。
その外、今やナノテクノロジーは花盛りであり、これらを有効に活用するためには、これらの簡単な測定技術が求められるのは当然の成り行きである。
【符号の説明】
【0018】
1 トンネル現象1 10 電圧測定手段
2 トンネル現象2 11 電気二重層
3 膜厚測定対象の絶縁ナノ膜 12 電子
4 導電基体 13 水分子
5 陽極 15 A/Dコンバータの入力容量
6 電解水溶液 16 ダイオード
6a 電解水溶液の等価抵抗 17 パルス電源
7 陰極
8 スイッチ
9 電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁皮膜に覆われた導電基体に対向して電極を配置し、その間に電解水溶液を満たす。そして、導電基体をプラス側として、電極をマイナス側として、スイッチを解して直流電源を接続する。その電極と導電基体間に電圧計を接続することにより、導電基体を覆う絶縁皮膜の膜厚を測定する膜厚測定方法及び膜厚測定器
【請求項2】
絶縁皮膜に覆われた導電基体に対向して電極を配置し、その間に電解水溶液を満たす。そして、導電基体をプラス側として、電極をマイナス側として、ダイオードを解してパルス電源を接続する。その電極と導電基体間に電圧計を接続することにより、導電基体を覆う絶縁皮膜の膜厚を測定する膜厚測定方法及び膜厚測定器
【請求項3】
導電基体と電極間に満たされる電解水溶液は、細孔構成体や隙間構造により、表面張力で保持されていることを特徴とする「請求項1、2」の膜厚測定方法及び膜厚測定器
【請求項4】
絶縁皮膜は金属に固有の不動態皮膜或いは酸化ケイ素膜であることを特徴とする「請求項1、2、3」の膜厚測定方法及び膜厚測定器
【請求項5】
絶縁皮膜の厚さは0.2nmから数10nmであることを特徴とする「請求項1、2、3、4」の膜厚測定方法及び膜厚測定器

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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