説明

絶縁電線

【課題】比較的安価で、硬さ等の機械的強度や耐熱性に優れると共に、コロナ放電開始電圧の高い絶縁皮膜を有する絶縁電線を提供する。
【解決手段】導体と、前記導体を被覆する絶縁皮膜よりなる絶縁電線であって、前記絶縁皮膜が、ポリエステルイミドとポリエーテルスルホンとの混合樹脂を、塗布、焼き付けして形成された絶縁層を有することを特徴とする絶縁電線、特にポリエステルイミドとポリエーテルスルホンの混合比(重量比)が、75:25〜10:90であることを特徴とする絶縁電線。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コイル用巻線等として用いられる絶縁電線に関し、より詳しくは、部分放電(コロナ放電)開始電圧の高い絶縁皮膜を有する絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
適用電圧が高い電気機器、例えば高電圧で使用されるモータ等では、電気機器を構成する絶縁電線に高電圧が印加され、その絶縁皮膜表面で部分放電(コロナ放電)が発生しやすくなる。コロナ放電の発生により、局部的な温度上昇やオゾンやイオンの発生が引きおこされる。その結果、絶縁皮膜が侵され、早期に絶縁破壊を生じ、絶縁電線ひいては電気機器の寿命が短くなるという問題があった。
【0003】
絶縁電線の絶縁皮膜には、優れた絶縁性、導体に対する優れた密着性、高い耐熱性、機械的強度等が求められているが、適用電圧が高い電気機器に使用される絶縁電線には、前記の理由により、さらにコロナ放電開始電圧の向上も求められる。
【0004】
絶縁電線の絶縁皮膜中や絶縁電線間に微小な空隙があると、その部分に電界が集中し、コロナ放電が発生しやすくなる。そこで、絶縁皮膜の外層に、熱融着樹脂を塗布、焼き付けし、コイル巻線作業後熱融着させる方法が、特許文献1で提案されている。熱融着により、絶縁皮膜中や絶縁電線間の空隙(空気層)を埋めてコロナ放電開始電圧を向上させることができる。
【0005】
又、特許文献2では、絶縁皮膜の外層に、導電層を形成させた絶縁電線が提案されている。さらに、特許文献3では、絶縁皮膜の外層に、カーボンブラックのような半導体材料を塗布して半導電層を形成することが提案されている。このような導電層や半導電層の形成により、絶縁皮膜表面に生じる静電位勾配が緩やかになり、コロナ放電開始電圧を向上させることができる。
【特許文献1】特開平10−261321号公報
【特許文献2】特開2004−254457号公報
【特許文献3】特開平2−189814号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に記載の方法においては、巻線作業後の熱融着工程が必要になるという問題がある。
【0007】
又、特許文献2、3に記載の方法においては、コロナ放電開始電圧は向上するものの、導電層や半導電層により絶縁電線の表面抵抗が小さくなるので、交流通電時に電線の表面に流れる漏れ電流が大きくなり、絶縁電線の表面が発熱して劣化するという問題がある。さらに、絶縁電線末端の導体露出部と、絶縁電線表面の導電層(あるいは半導電層)とが短絡するおそれがあるため、絶縁電線端末の導電層や半導電層を剥離する工程が必要になるという問題がある。
【0008】
コロナ放電開始電圧を向上させる手段として、絶縁皮膜を低誘電率化させる方法は公知である。そして、低誘電率の絶縁材料としては、ポリイミド樹脂やフッ素樹脂が知られている。
【0009】
ポリイミド樹脂は、低誘電率であるとともに、絶縁皮膜に求められる硬さ等の機械的強度や、高温環境でも軟化しにくい性質(耐熱軟化性)を有している点で好ましい材料であるが、高価でありコストの上昇をまねく問題がある。一方、フッ素樹脂は、低誘電率であるが、軟らかく、熱軟化温度や機械的強度が低いため、巻線の絶縁皮膜の形成には不適当な材料である。
【0010】
本発明は、上記の問題に鑑みなされたもので、比較的安価で、硬さ等の機械的強度や耐熱性に優れると共に、熱融着層、導電層や半導電層等を設けなくても高いコロナ放電開始電圧を達成する絶縁電線を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、前記課題を解決するため鋭意検討した結果、ポリエステルイミドとポリエーテルスルホンとの混合樹脂を含む樹脂組成物を、塗布、焼き付けして絶縁層を形成させることにより、コロナ放電開始電圧が高いと共に、硬さ等の機械的強度や、耐熱性に優れた絶縁皮膜が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
即ち、本発明は、その請求項1として、
導体と、前記導体を被覆する絶縁皮膜よりなる絶縁電線であって、前記絶縁皮膜が、ポリエステルイミドとポリエーテルスルホンとの混合樹脂を、塗布、焼き付けして形成された絶縁層を有することを特徴とする絶縁電線を提供する。
【0013】
本発明者は、ポリエステルイミドとポリエーテルスルホンを混合することにより、ポリエステルイミド単独の場合よりも、高いコロナ放電開始電圧が得られるとともに、ポリエーテルスルホン単独の場合よりもはるかに優れ、ポリエステルイミドに匹敵する、優れた機械的強度や耐熱性が得られることを見出したのである。
【0014】
上記の混合樹脂において、ポリエステルイミドとポリエーテルスルホンの混合比(重量比)は、75:25〜10:90の範囲が好ましい(請求項2)。この範囲内で、より高いコロナ放電開始電圧及び優れた耐熱性が得られる。75:25よりポリエステルイミドの混合比が大きい場合は、十分高いコロナ放電開始電圧が得られない場合がある。一方、10:90よりポリエーテルスルホンの混合比が大きい場合は、耐熱性が低下する場合がある。コロナ放電開始電圧及び耐熱性をバランスよく優れたものとするためには、30:70〜20:80の範囲がより好ましい。
【0015】
ポリエステルイミドとしては、下記一般式(1)で示されるポリエステルイミドが好ましく使用できる。
【0016】
【化1】


式中、Rはトリカルボン酸無水物の残基等の3価の有機基、Rは、ジオールの残基等の2価の有機基、Rは、ジアミンの残基等の2価の有機基である。
【0017】
このポリエステルイミドは、トリカルボン酸無水物、ジオール、及びジアミンを公知の方法で反応させて得られる。ここで、トリカルボン酸無水物としては、トリメリット酸無水物、3,4,4’−ベンゾフェノントリカルボン酸無水物、3,4,4’−ビフェニルトリカルボン酸無水物等を挙げることができ、その内、トリメリット酸無水物が好ましい。
【0018】
ジオールとしては、エチレングリコール、プロピレングリコール、トリメチレングリコール、ジエチレングリコール等が、好ましく使用される。
【0019】
ジアミンとしては、4,4’−ジアミノジフェニルメタン、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル、m−フェニレンジアミン、p−フェニレンジアミン、1,4−ジアミノナフタレン、ヘキサメチレンジアミン、ジアミノジフェニルスルホン等が、好ましく使用される。
【0020】
ポリエステルイミドとしては、日立化成社製の、商品名ISOMID 40SM−45、40HA−45や、東特塗料社製の、商品名Neoheat8645H2、8645AY等の市販品を使用することもできる。
【0021】
又、本発明に用いられるポリエーテルスルホンは、特に制限はなく、例えば市販品(住友化学社製、スミカエクセル(商品名)など)を用いてもよく、また、公知の方法によりジクロルジフェニルスルホンを主原料とした縮合反応で得ることもできる。グレードは、いずれのものでもよい。
【0022】
本発明の絶縁電線は、導体上、又は導体上に形成された他の樹脂層上に、ポリエーテルスルホン及びポリエステルイミドからなる混合樹脂のワニスを、塗布し、焼き付けすることにより得ることができる。混合樹脂ワニスは、所定の樹脂混合比となるように計量したポリエステルイミドをポリエーテルスルホンワニスに投入して、撹拌・混合することにより得られる。撹拌・混合という極めて簡便な手段で混合樹脂ワニスが得られるため、コストの上昇をまねくことがなく、好ましい。
【0023】
得られた混合樹脂ワニスには、必要に応じて、顔料、染料、無機又は有機のフィラー、潤滑剤等の各種添加剤を添加してもよい。又、必要に応じて添加剤の添加後に加熱してもよい。さらに、本発明の趣旨を損ねない範囲で、ポリエステルイミドとポリエーテルスルホン以外の樹脂を混合して使用することもできる。
【0024】
塗布、焼き付けの条件は、通常のポリアミドイミド樹脂ワニス等を導体上に塗布、焼き付けして絶縁層を形成する場合の条件と同様である。絶縁皮膜の厚さは、絶縁電線に求められる物性の程度や、導体の径等を考慮して決定される。
【0025】
導体としては、銅や銅合金の線がその代表例として挙げられるが、銀等の他の金属の線も導体に含まれる。導体の径やその断面形状は特に限定されない。
【0026】
本願発明の絶縁電線の絶縁皮膜は、ポリエーテルスルホンとポリエステルイミドとの混合樹脂を、塗布、焼き付けして形成された絶縁層のみからなるもの(単層コート)でもよいが、この絶縁層とともに、この絶縁層の上層及び/又は下層として他の樹脂層を有していてもよい。例えば、前記絶縁皮膜が、ポリアミドイミドを主体とする樹脂層をさらに有することにより、耐熱軟化性、機械特性、耐加水分解性がより優れた絶縁皮膜が得られるので好ましい(請求項3)。
【0027】
特に、ポリアミドイミドとして、高密着性のポリアミドイミドを用い、この高密着性のポリアミドイミドにより最内層を形成し、この上にポリエーテルスルホンとポリエステルイミドとの混合樹脂からなる絶縁層を形成することにより、優れた密着性を有する絶縁皮膜を得ることができる。
【0028】
又、絶縁電線の最外層に、絶縁皮膜の表面に潤滑性を付与するための表面潤滑層を設けてもよい(請求項4)。例えば、最内層をポリアミドイミドで形成し、この上にポリエーテルスルホンとポリエステルイミドとの混合樹脂からなる絶縁層を形成した2層コートの絶縁電線の表面に、最外層(第3層)として表面潤滑層を設けて3層コートの絶縁電線としてもよい。表面潤滑層としては、流動パラフィン、固形パラフィンといったパラフィン類の塗膜も使用できるが、耐久性等を考慮すると、カルナバワックス、ミツロウ、モンタンワックス、マイクロクリスタリンワックス等の各種ワックス、ポリエチレン、フッ素樹脂、シリコーン樹脂等の潤滑剤をバインダー樹脂で結着した表面潤滑層がより好ましい。さらに、インサート性を上げるために表面潤滑油を設けても良い。
【0029】
又、必要に応じて、難燃層等を適宜設けてもよい。絶縁皮膜の最外層を構成する絶縁層が、難燃層であるとともに、潤滑剤を含有し、表面潤滑層を兼ねることも可能である。
【0030】
本発明は、前記の絶縁電線に加えて、その絶縁電線を巻線してなることを特徴とする電機コイル(請求項5)を提供するものであり、さらに前記電機コイルを使用することを特徴とするモータ(請求項6)を提供する。
【発明の効果】
【0031】
本発明の絶縁電線は、硬さ等の機械的強度や耐熱性に優れ、比較的安価な材料から得られる絶縁皮膜を有するとともに、この絶縁皮膜は、高いコロナ放電開始電圧を有するので、コロナ放電による絶縁破壊の発生を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
次に、本発明を実施するための最良の形態につき、実施例により説明するが、本発明の範囲はこの実施例のみに限定されるものではない。
【実施例】
【0033】
[混合樹脂ワニスの調整]
本発明に係る絶縁電線を作成するに先立って、以下に示す方法によって、混合樹脂ワニスを調整した。
【0034】
〈ポリエステルイミドワニス〉
ポリエステルイミドワニスとして、日立化成社製 ISOMID 40SM−45(商品名)を使用した(固形分:45%、)。以下、PEsIとも記す。
【0035】
〈ポリエーテルスルホンワニス〉
温度計、冷却管、塩化カルシウム充填管、攪拌器を取り付けたフラスコ中に、クレゾール800gを投入し、130℃まで昇温した後、スミカエクセル(商品名:住友化学社製ポリエステルイミド)200gを投入した。その後、130℃で1時間撹拌して溶解し、濃度20%のポリエステルイミドワニスを得た。以下、PESとも記す。
【0036】
[混合樹脂ワニスの作成]
温度計、冷却管、塩化カルシウム充填管、攪拌器を取り付けたフラスコ中に、表1に示す樹脂混合比(固形分換算、重量比)で、前記のポリエステルイミドワニス及びポリエーテルスルホンワニスを投入し、130℃で1時間撹拌、混合し、処方例1〜7の混合樹脂ワニスを得た。得られた混合樹脂ワニスの固形分(%)を、表1に併せて示す。
【0037】
【表1】

【0038】
実施例1〜7、比較例1〜2
上記処方例の混合樹脂ワニス、及び以下に示す方法によって得られた汎用のポリアミドイミド樹脂ワニスを用いて、2層コート絶縁電線を作成し、コロナ放電開始電圧及び耐熱性を測定した。
【0039】
[汎用のポリアミドイミド樹脂ワニスの製法]
温度計、冷却管、塩化カルシウム充填管、攪拌器、窒素吹き込み管を取り付けたフラスコ中に、前記窒素吹き込み管から毎分150mlの窒素ガスを流しながら、TMA(トリメリット酸無水物、三菱瓦斯化学社製)108.6g、MDI(メチレンジイソシネート、三井武田ケミカル社製、商品名:コスモネートPH)141.5gを投入した。次いで、NMP(N−メチル−2−ピロリドン溶媒、三菱化学社製)637.0gを入れ、撹拌器で撹拌しながら80℃で3時間加熱した。さらに、約3時間かけて系の温度を140℃まで昇温した後、140℃で1時間加熱した。1時間経過した段階で加熱を止め、放冷して、不揮発分25%のポリアミドイミド樹脂ワニスを得た。このポリアミドイミド樹脂ワニスを、以下汎用AIと記す。
【0040】
[2層コート絶縁電線の作成]
直径約0.8mmの銅線(導体)表面に、得られた汎用AIを常法によって塗布、焼き付けして、表2に示す膜厚の第1層を形成した。その上に、表2、3の樹脂構成の第2層に示す処方例No.の混合樹脂ワニスを常法によって塗布、 焼き付けして、表2、3に示す膜厚の第2層を形成して、実施例1〜7の2層コート絶縁電線を得た。又、ポリエーテルスルホンワニス(比較例1)及びポリエステルイミドワニス(比較例2)のみで第2層を形成して、同様に2層コート絶縁電線を得た。得られた各絶縁電線の寸法(導体径、各層の膜厚、総膜厚、仕上径)を、表2、3に併せて示す。
【0041】
得られた各絶縁電線について、以下に示す方法によりコロナ放電開始電圧及び耐熱性を測定した。測定結果を、表2、3に併せて示す。
【0042】
[コロナ放電開始電圧の測定方法]
図1に示すように、巻線2本を撚り合わせ、2本の巻線の両端に交流電圧を印加する。電圧を70V/secの速さで上げ、放電量が100pCに達したときの電圧を測定値とし、そのピーク値及び実効値を表2に示す。ここで、ピーク値とは交流電圧の最大値であり、実効値とは、直流の場合と同じ電力を発生する交流電圧の値で、ピーク値を2の平方根で割った値に等しい
【0043】
[耐熱性の測定方法]
JIS C 3003−1984に準じて耐熱性を測定した。具体的には、長さ15cmの絶縁電線試験片を2本採り、これを直角に重ねて平板上に置き、重ね部分の上に800gのおもりを載せ、これを恒温槽に入れる。各々の導体間には50あるいは60Hzの正弦波に近い波形をもった100Vの交流電圧を加え、その状態で約2℃/分の割合で温度を上昇させ、短絡する温度を、試料に最も近い部分に熱電対を固定して測定し、これを熱軟化温度とし、耐熱性の指標とした。その時の短絡電流は5〜20mAとした。
【0044】
【表2】

なお、樹脂構成は、PEsI:PESの混合比(固形分重量比)を示している。表3についても同様である。
【0045】
【表3】

【0046】
表2、3に示す結果より明らかなように、ポリエステルイミドとポリエーテルスルホンを混合した樹脂のワニスを用いることにより、ポリエステルイミド単独のワニスの場合よりもコロナ放電開始電圧が上昇しており、一方、ポリエーテルスルホン単独のワニスの場合よりも耐熱性が上昇していることが分かる。すなわち、本発明により、高いコロナ放電開始電圧及び優れた耐熱性が共に得られ、これはポリエステルイミド、ポリエーテルスルホンそれぞれ単独では得られなかった効果である。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】コロナ放電開始電圧測定用試験体を説明する図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、前記導体を被覆する絶縁皮膜よりなる絶縁電線であって、前記絶縁皮膜が、ポリエステルイミドとポリエーテルスルホンとの混合樹脂を、塗布、焼き付けして形成された絶縁層を有することを特徴とする絶縁電線。
【請求項2】
前記混合樹脂におけるポリエステルイミドとポリエーテルスルホンの混合比(重量比)が、75:25〜10:90であることを特徴とする請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項3】
前記絶縁皮膜が、ポリアミドイミドを主体とする樹脂層をさらに有することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の絶縁電線。
【請求項4】
最外層に、表面潤滑層をさらに有することを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の絶縁電線を巻線してなることを特徴とする電機コイル。
【請求項6】
請求項5に記載の電機コイルを使用することを特徴とするモータ。

【図1】
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