説明

線維症および肝疾患の治療

本発明は線維症または肝疾患の治療または予防のためのACE2に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は線維症および肝疾患、特に炎症性肝疾患の治療の分野に関する。
【背景技術】
【0002】
線維症は線維性組織または組織障害の形成を特徴とする疾患である。これは、結合組織自体または器官での結合組織細胞の病的な増殖を含む。それとともに問題となる器官の組織が硬化し、瘢痕状の異変が発生し、進行した段階でそれが当該の器官機能の制限をもたらす。
【0003】
従って線維症とは、すべてのヒト器官の結合組織の過度の増殖を意味し、その原因は細胞外マトリックスタンパク質、主としてコラーゲンの過剰産生にある。この過剰産生をもたらす複雑な分子的調節過程は、手がかりが知られているにすぎない。しかし今日までに多数の誘発因子が明らかになっており、例えばマトリックスタンパク質の多量の形成の標的細胞として線維芽細胞、例えば筋線維芽細胞および星細胞を刺激する有毒物質、増殖因子、マトリックスタンパク質のペプチド断片、ホルモン等が挙げられる。
【0004】
肝臓は極めて代謝活性が高く、再生力の高い臓器であって、高レベルの障害があってもなお新たな肝細胞を形成して再生することができる。肝疾患の場合、強さによっては強力な組織新生が起こり、その際、線維性組織の形成の大きなリスクもある。
【0005】
Huentelmanら(Exp.Physiol.90(5)(2005):783−790)はマウスACE2をコードするレンチウイルス・ベクター(lenti−mACE2)を取り上げ、これを心線維症の研究に使用した。実験モデルは、埋め込んだポンプによりAngIIを投与したラットに基づいている。AngII投与によって心臓に線維症が引き起こされ、かつコラーゲン産生が高められることが示された。2つの効果はACE2ベクターによる形質転換で減衰された。
【0006】
Herathら(Journ.of Hepatology 47(2007):387−395)は外科的処置により誘導された線維症を有する肝線維症モデル(BDL[胆管結紮]ラット)の研究を取り上げる。この文献はこの線維症の治療、特にACE2の投与に関するものでなく、ACE2およびアンギオテンシン(1−7)値の観察を取り上げるにすぎない。
【0007】
Warnerら(Clinical Science 113(2007):109−118)ではアンギオテンシンIIの効果、特に炎症および創傷治癒の制御に対する効果がまとめられている。慢性損傷、特に肝線維症の発症の場合、RAS(レニン・アンギオテンシン系)のACE2経路は当然にアップレギュレーションされる。
【0008】
Diez−Freireら(Physiol.Gen.27(2006):12−19)はHuentelmanらの結果についての予備研究を示す。Diez−Freireらによれば、とりわけACE2遺伝子導入の血圧に対する効果を研究するために、同じくACE2レンチウイルス・トランスフェクション・ベクターが使用された。
【0009】
Katovichら(Exp.Physiol.90(3)(2005):299−305)は高血圧に対するACE2の研究を示す。ACE2を発現する動物(やはりレンチウイルス・ベクターで形質転換)はアンギオテンシンIIにより人為的に引き起こされる高血圧を予防できることが判明した。
【0010】
Huentelman M.(“HIV−1 based viral vector development for gene transfer to the cardiovascular system[心血管系への遺伝子導入のためのHIV−1ベースのウイルスベクターの開発]”(2003)(学位論文))は心血管系への遺伝子導入のためのベクター系を示す。その11および12ページはACE2を簡単に取り上げる。そこではACE2ノックアウト・マウスに触れており、ACE2系はACE系に拮抗して働くもう1つの血圧調節系であることが確認されている。さらに71ページでHuentelmanらが説明したレンチウイルス・ベクターをACE2トランスフェクションに使用することが提案される。
【0011】
Kubaら(Curr.Opin.In Pharmac.6(2006):271−276)はARDS(急性呼吸窮迫症候群)動物モデルおよびSARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルス感染でのACE2の保護機能を説明する。ACE2は決定的なSARS受容体だからである。
【0012】
Huentelmanら(Regul.Peptides 122(2004):61−67)は水溶性分泌形態のACE2のクローニングを取り上げる。切断型ACE2をトランスフェクションのためにレンチウイルス・ベクターにクローニングした(“Lenti−shACE2”)。標的として特に心臓細胞または冠動脈の内皮細胞が挙げられている。膜結合ACE2と比較して、高い分泌および循環中の高いACE2濃度が認められた。
【0013】
国際公開WO2004/000367A1は心臓、肺および腎疾患の治療のためのACE2活性化を記載する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】国際公開WO2004/000367A1
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】Huentelmanら、Exp.Physiol.90(5)(2005):783−790
【非特許文献2】Herathら、Journ.of Hepatology 47(2007):387−395
【非特許文献3】Warnerら、Clinical Science 113(2007):109−118
【非特許文献4】Diez−Freireら、Physiol.Gen.27(2006):12−19
【非特許文献5】Katovichら、Exp.Physiol.90(3)(2005):299−305
【非特許文献6】Huentelman M.“HIV−1 based viral vector development for gene transfer to the cardiovascular system[心血管系への遺伝子導入のためのHIV−1ベースのウイルスベクターの開発]”(2003)(学位論文)
【非特許文献7】Kubaら、Curr.Opin.In Pharmac.6(2006):271−276
【非特許文献8】Huentelmanら、Regul.Peptides 122(2004):61−67
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明の目標は、線維症および肝疾患をもたらす発症を予防し、その進行を抑制し、線維症および肝疾患を治療することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
そこで本発明は、肝疾患もしくは線維症の治療または予防のためのタンパク質またはこのタンパク質をコードする核酸に関する。この場合、タンパク質はACE2である。また本発明は肝疾患もしくは線維症の治療または予防のための医薬組成物を製造するためのACE2タンパク質またはACE2コード核酸の使用に関する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】BDL(胆管結紮)の21日後にシリウスレッド染色(左)およびmRNAアッセイ(右)により測定された野生型およびACE2ノックアウトマウスの肝臓のコラーゲン形成を対照群と比較して表す図である。
【図2】BDLの21日後の野生型マウスおよびACE2ノックアウトマウスの肝臓の肝組織のSMA(平滑筋アクチン)含量(A)およびそのmRNA(B)の測定を対照群と比較して表す図である。
【図3】BDLの21日後の野生型マウスおよびACE2ノックアウトマウスの肝臓の肝組織のSMA含量(A)およびそのmRNA(B)の測定を対照群と比較して表す図である。
【図4】野生型マウスのBDLモデル:未処置の野生型マウスおよびACE2処置を行った野生型マウスの血清試料中のALT(アラニンアミノ基転移酵素)含量の測定を表す図である。
【図5】ACE2処置による機能性RAS(レニン・アンギオテンシン系)の回復の概略図である。赤い(+)矢印は過度の免疫活性の効果を示し、青い(−)矢印はACE2治療に基づく変化を表す。
【図6】10ng/mlのIL−4(A)、IFN−γ(B)またはTNF−α(C)と共に48時間のインキュベートした後のVero E6細胞調製物のACE2特異的FACS(蛍光標示式細胞分取器)分析を無刺激の対照群(右側にピークがある赤い曲線)および対照系列(左側にピークがある黒い曲線)と比較して表す図である。
【図7】ACE2なし(左側の黒いバー)またはACE2(中央の灰色のバー)またはACE2とAngII(右側の青いバー)の存在下でLPS、PHAおよびLPS+PHAによる刺激の16時間後のPBMC培養上清中のTNF−αの測定を表す図である。
【図8】ブタのLPS(リポ多糖)誘導敗血症モデルで測定されたAngII濃度を表す図である。青い曲線:APN01(rACE2)処置動物、灰色の曲線:プラセボ処置動物、灰色の曲線(黒い点):APN01投与後の健康な動物。
【図9】マウス、ブタおよびアカゲザルで測定されたACE2活性を表す図である。
【図10】ブタのLPS誘導敗血症モデルでのTNF−α血清濃度を表す図である。ACE2処置動物を青で、プラセボ処置動物を灰色で示した。TNF−α濃度は処置開始時のそれぞれの出発値(100%)に対して標準化した。
【図11】ブタの胎便吸引誘導ARDS(急性呼吸窮迫症候群)モデルのTNF−α血清濃度を表す図である。ACE2処置動物を青で、プラセボ処置動物を灰色で示した。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明は、レニン・アンギオテンシン系が種々の器質病の病理的経過に対して決定的な影響を及ぼし、治療のためのACE2投与によるこの系の不活性化は急性症状を緩和し、また慢性症状を治癒しうることを初めて示した。本発明によれば特に進行性の肝線維症モデルの場合に、線維症に起因する肝臓の臓器機能不全の発症に元来関与するとされた星細胞の活性化を完全に阻止できたことをここで特に強調しなければならない。こうして、発症を停止し、むしろ逆転することができた。本発明によれば、病理的経過の類似性に基づき、この知見は多数の線維性疾患に適用することができる。
【0020】
アンギオテンシン変換酵素2(ACE2)は、膜結合糖タンパク質として種々の臓器、例えば心臓、腎臓、肝臓および肺、さらには血管にも発現されるレニン・アンギオテンシン・アルドステロン系の必須酵素である。ACE2は1997年にACE相同酵素として発見された(GenBank登録番号:BAB40370、GenBank登録番号:AB046569の配列を有する核酸によりコードされる)。当初はこれはACEと同じ酵素活性を有すると考えられた(米国特許US6,989,363)。後に初めてACE2がACEとまったく別の作用メカニズム、むしろ拮抗的な機能を有することが発見された(国際公開WO2004/000367)。ACE2は著しく異なる選択性と活性を有する多数のペプチド基質を分解するカルボキシペプチダーゼである。またACE2はSARSコロナウイルスの細胞結合パートナーである。従ってACE2のダウンレギュレーションまたはウイルス受容体をブロックするためのACE2の投与はACE2提示細胞の感受性を減少させる(国際公開WO2006/122819)。ACE2についての上記の機能はとりわけAngIIからAng1−7への変換であり、その場合この反応の基質と生成物は拮抗的性質を有する。AngIIは基本的に血管収縮および血圧上昇の作用がある。Ang1−7は血管拡張の作用があり、腎臓、肺および心疾患で保護効果を有する(国際公開WO2004/000367)。さらにACE2生成物であるAng1−7はACE、すなわちAngIIの産生に決定的に関与する酵素を相当程度に阻害する。レニン・アンギオテンシン系は肝疾患、特に肝線維症の病理において重要な役割を果たす。AngIIの存在は肝臓の星細胞(HSC、hepatic stellate cell)での前線維原性効果に関与している。慢性HCV(C形肝炎ウイルス)感染を患う患者でACE2の発現と活性が増加することが示されている。これは一見したところ保護機構であるが、しかし臓器の再生を開始するには十分でない。従ってACE2活性を高めることが望ましい。
【0021】
本発明によれば、線維症の形成を阻止することにより線維症を予防し、または線維症の増悪を阻止することにより治癒過程を促進することができる。従ってACE2またはACE2コード核酸により予防的治療が可能である。但しこのような予防的治療は絶対的意味で解すべきでなく、単に線維症の発生の危険が低減され、または線維症の症状もしくは発症する線維症の強さが緩和されるにすぎないことを理解すべきである。特に本発明は線維症または肝疾患の進行の治療または予防に関する。予防的適用は特に高い確率で線維症または肝疾患が発症するリスクを抱えた患者(健康な個体と比較して)、例えばアルコール嗜癖者またはC型肝炎感染患者で有意義である。
【0022】
好ましい実施形態では線維症は組織または器官の局所的線維症である。このような器官特異的線維症は肝線維症、肺線維症、結合組織線維症、特に筋隔膜の線維症、腎線維症および例えば炎症を併発した皮膚の線維症(強皮症)である。好ましくは、線維症は内臓、例えば肝臓、腎臓、肺臓、心臓、胃、腸、膵臓、腺、筋ならびに腱および靱帯または関節の軟骨の線維症である。線維症の特殊な形態は嚢胞性線維症またはリウマチ性線維症である。
【0023】
好ましくは、線維症は細胞外マトリックスの成分、特にタンパク質、例えばコラーゲンの過度の沈着に原因があるとされる。コラーゲンは結合組織、特に細胞外マトリックスの構造タンパク質である。特にSMA(smooth muscle actin[平滑筋アクチン])マーカーを組み合わせたコラーゲン形成は線維症の進行と直接相関する。本発明に基づきACE2によるコラーゲン沈着の特に効果的な阻止が観察された。
【0024】
さらに、一般的メカニズムに基づき、慢性線維症の治療も可能である。特に機械的もしくは化学的細胞障害または組織障害もしくは創傷、癌または腫瘍、特に病原体、例えばウイルス、細菌または真菌の感染、臓器移植を含む移植物ならびに薬物により線維症を引き起こすことが可能である。感染は例えば臓器特異的であり、例えば肝炎ウイルス感染、特にC型肝炎ウイルスによる感染がある。本発明に基づきACE2またはACE2コード核酸で治療することができるその他の好ましい線維性の疾患は、例えば一次性または二次性線維症、特に自己免疫反応によって引き起こされる線維症、オーモンド病、後腹膜線維症である。
【0025】
肝臓は極めて代謝活性の高い、再生力の高い臓器であって、高レベルの障害があってもなお新たな肝細胞を形成して再生することができる。肝疾患においては、強さによっては強力な組織新生が起こるが、その際、線維性組織の形成の大きなリスクもある。そこでACE2またはACE2コード核酸のこうした適用は、肝疾患の治療のため、特に副次的効果または主適応として線維性症状を予防または治療するために適している。さらに、肝機能の指標であるALT(アラニンアミノ基転移酵素)がACE2治療により著しく高められることを示すことができた。従って本発明は、特に肝疾患における肝機能の回復または保護に適している。具体的な実施形態では、肝疾患は肝障害または肝細胞障害に関連する。
【0026】
特定の実施形態で、例えば肝炎(炎症性肝疾患)の場合、線維症または肝疾患は炎症を伴って現れる。種々の臓器もしくは組織の炎症または感染はしばしば、少なくとも一部分でよく治癒せず、線維性組織の形成をもたらすこともある。炎症反応は、防御細胞が感染源に向かっていき、そこで原因の除去を保証する過程である。この炎症は感染によって引き起こされることがある。この場合様々な中間物質が放出され、それが除去に寄与するが、炎症症状も生じる。反応の調節不全の場合はこの症状が重大な障害を引き起こし、または一般に疾病の発生源となる。例えば臓器移植の場合、炎症が人為的に引き起こされることもあり、それが結局外来性の臓器に対する拒絶反応を招くことになる。また炎症は特定の薬物により副作用として引き起こされることがある。
【0027】
ACE2の発現は種々の刺激によって制御される。ところがACE2は炎症性サイトカイン、例えばTNF−α、IFN−γまたはIL−4の出現によりダウンレギュレーションされ、その結果種々の疾患と、対応する区画のAngIIの蓄積および開始された免疫応答の増強をもたらすことが判明した。サイトカインは基本的に免疫系の種々の細胞種の連絡に役立つ。通常、発生期の炎症の最初の段階の1つは、抗原物質が抗原提示細胞(APC)によって受領され、異物として区分されることである。その結果、当該APCによる炎症性サイトカインの最初の排除が起こり、APCはこうして免疫系のその他の細胞に警告する。このメカニズムは免疫応答が実際に適正であるときだけこれを開始し、抗原物質が中和されたときは、遮断するように、高度に調節され制御されている。それでもこの開始された免疫応答が制御を失い、自分の生体に矛先を向けるようなことが起こることがある。例えば種々の腎臓、心臓および肺疾患でAngIIの蓄積は進行性の炎症、さらには免疫系の細胞による当該組織への浸潤の増大、その結果免疫応答の過剰をもたらす。ところがこの場合、キーポジションは常に刺激に対する反応としての細胞免疫応答であり、この免疫応答は増強される増幅カスケードで異物を中和するという基本目的をはるかに超過遂行し、その結果生体を損傷する。
【0028】
初期の免疫応答の第1段階はサイトカインの形の炎症性シグナルの送出である。これらの主要な代表は例えばIL−4、IFN−γまたはTFN−αである。免疫細胞の刺激の後のこのサイトカイン発現を抑制しまたは弱める性質を有する物質は、過度の免疫応答の減衰のために役立つ治療薬である。ACE2発現は細胞レベルでの炎症性サイトカインの存在下で著しく減少し、その結果とりわけAngIIが蓄積し、Ang1−7が減少し、このためAngII新生の低下が起こらないことによって、炎症の増強をもたらす。こうして著しく増加するAngII濃度がAngIIの激しい炎症性に基づき炎症の一層の増強を促し、その結果ACE2発現のさらに著しい減衰をもたらす。この悪循環を抜け出すために、本発明に基づきACE2が治療薬として投与され、こうしてAngIIの蓄積が予防され、それとともに炎症が抑制される。すなわちACE2は高いAngII力価を直接的に低下させ、それがAngIIにより持続的に昂進する炎症を弱める。Ang1−7が再産生され、その抗炎症作用により同じく炎症を弱める。さらにAng1−7は、ACEを阻害する性質により、続くAngIIの産生を制限する。炎症の減退は放出されたサイトカインを正常レベルに戻し、再び内因性ACE2発現を生じさせ、それが持続的にAngIIの分解とAng1−7の形成を引き起こし、再び安定した機能的RAS(レニン・アンギオテンシン系)をもたらす。その結果、再びRASの作用成分の自己調節的な安定した平衡が生じる。そこで免疫系の原初的刺激が中和されたときは、再度のACE2投与を完全に省略することができる。上記のメカニズムの概略図を図5に示す。ACE2の投与によって、増強する炎症からの抜け道が作り出される。
【0029】
実施例に示したデータから、免疫調節因子としてのACE2の効果について次のように推論することができる。抗原刺激に基づき、炎症性サイトカインの放出が起こる。炎症性サイトカインの存在下でACE2発現の欠失が起こる。ACE2が不在であれば、AngIIがACE2によって分解されることがないため、前炎症性ペプチドAngIIが蓄積する。ACE2の不在で、前炎症性サイトカイン、TNF−αも蓄積する。ACE2は抗炎症性を有し、リンパ球で炎症性サイトカインの発現を減少させる。従って治療のためのACE2投与は失われた内因性ACE2発現を補償し、AngII力価の低下、Ang1−7の形成およびその他の効果によって初期の炎症を阻止することができる。治療のためのACE2投与は、連続的LPS(リポ多糖)輸液による重症敗血症の場合でもAngII力価を再び健常者のレベルに引き下げ、それに応じてRASの調節を再び回復することを可能にする。また治療のためのACE2投与は、連続的LPS輸液による重症敗血症の場合にTNF−α力価を再び健常者のレベルに引き下げることを可能にする。胎便吸引による広範囲な機械的肺障害の場合にも、同じ効果を観察することができた。
【0030】
好ましくはタンパク質は組換えACE2である。ACE2配列はよく知られており、ACE2をコードする適当なベクターを発現系、特に真核生物発現系に導入することにより問題なく産生することができる。このような系は例えば哺乳動物細胞株、例えばCHO(チャイニーズハムスター卵巣)細胞およびNSOマウス細胞または昆虫細胞、例えばSf9である。このようなベクターは発現のために特定の細胞特異的または一般的なプロモータを有することができる。
【0031】
タンパク質(ACE2核酸もコードする)は特に膜ドメインのない水溶性ACE2であることが好ましい。ヒトACE2配列は配列番号1によって示される。すなわち:

その場合オートロガス・シグナル配列(下線を付す)が宿主細胞によって除去のために切断される。従って本発明に基づくACE2タンパク質は好ましくは配列番号1の18位以下に相当するACE2配列を含む。別の実施形態ではACE2ポリペプチドは膜貫通ドメインをもたない。この膜貫通ドメインは配列番号1のC末端にある。従ってその場合は可溶性ACE2となる。特に好ましい実施形態は、アミノ酸からなるポリペプチド鎖がアミノ酸740位までの配列番号1またはその酵素活性フラグメントを含む可溶性ACE2ポリペプチドを包含する。別の可溶性ACE2タンパク質は配列番号1のアミノ酸18〜615からなる。
【0032】
タンパク質の可溶性はそのアミノ酸配列だけでなく、そのフォールディングおよび翻訳後修飾によっても決まる。タンパク質の可溶性を決定的に高め、その薬理的特性に影響するのはとりわけ荷電した糖構造である。ACE2の可溶性断片は7個のN−グリコシル化部位を含む。可能なN−グリコシル化部位の少なくとも80%がグリコシル化され、かつ/またはACE2タンパク質が10%以上(全ACE2の重量%)または11%、12%、13%、14%、好ましくは15%以上または16%、17%、18%、19%、特に20%以上または21%、22%、23%、24%または25%の糖分を有することが好ましい。
【0033】
ヒトACE2はたいていの実施形態に好ましいが、マウス、ラット、ハムスター、ブタ、霊長類またはウシのACE2も可能である。ACE2は同じ基質AngIIを持つすべての哺乳動物に普遍的な酵素である。従って異種の生体でも使用することができる。こうして本発明に基づくタンパク質(またはその核酸)によってACE2の供給源に関係なく、例えばヒト、マウス、ラット、ハムスター、ブタ、霊長類またはウシを治療することができる。
【0034】
本発明に基づき、ACE2タンパク質またはACE2コード核酸を含む医薬組成物を提供することができる。このような組成物は製薬上好適なその塩、さらに緩衝剤、張性成分または製薬上好適なビヒクルを含むことができる。特にACE2核酸を適当な治療用ベクター系に設けることができる。
【0035】
製薬用ビヒクルは組成物の優れた適合性に役立ち、作用物質の良好な可溶性および良好なバイオアベイラビリティーを可能にする。その例は乳化剤、増粘剤、酸化還元成分、デンプン、アルコール溶液、ポリエチレングリコールまたは脂質である。適当な製薬用ビヒクルの選択は投与の仕方に大いに左右される。経口的投与には液体または固体のビヒクルを使用することができ、注射には液体の最終組成物が必要である。
【0036】
本発明に基づき使用される薬物は、緩衝物質または張性物質を含むことが好ましい。緩衝剤によって薬物のpH値を生理的条件に合わせて調整することができ、さらにpHの変動を弱めまたは緩衝することができる。その一例はリン酸緩衝剤である。張性物質は容量オスモル濃度の調整のために役立ち、イオン性物質、例えば無機塩、例えばNaClまたは非イオン性物質、例えばグリセリンまたは炭水化物を含むことができる。
【0037】
本発明に基づき使用される組成物は全身的、局所的、経口的または鼻腔内投与に適合するように調製することが好ましい。本発明の薬物のこれらの投与形態は迅速かつ簡単な吸収を可能にする。経口的投与のために例えば固体または液体の薬物を直接に、または溶解または希釈して服用することができる。
【0038】
本発明に基づき使用される薬物はとりわけ静脈内、動脈内、筋肉内、脈管内、腹腔内または皮下投与に適合するように調製される。このために例えば注射または輸液が適している。血行路への直接の投与は、薬物の作用物質が全身に配分され、目標組織に迅速に到達するという利点がある。
【0039】
本発明を下記の図および実施例により説明する。但しこれに限定されるものではない。
【実施例】
【0040】
実施例1:肝線維症モデル、肝線維症でのACE2の意義
ACE2ノックアウトマウスおよびACE2野生型マウスを胆管結紮(Bile Duct Ligation,BDL)の21日後に評価し、偽処置対照群と比較した。肝臓の病理学的研究は、BDLを施した動物でコラーゲン沈着の著しい増加を示した(図1)。肝組織のコラーゲン沈着はシリウスレッドによる特異的染色で調べたが、驚くべきことにACE2ノックアウト動物では野生型群の2.5倍であった(図1)。肝臓のコラーゲン産生細胞の数はSMA(活性化星細胞のマーカー)の測定であるウエスタンブロット法およびmRNA測定により決定した。図2はACE2活性の欠如と肝障害の関連を表し、コラーゲン産生細胞の数が著しく高くなっていることをはっきり示す。
【0041】
この試験が示すところでは、損傷した肝臓ではACE2の不在とコラーゲン沈着の間に相関がある。コラーゲン沈着は進行性肝障害の重要な病理的症状である。
【0042】
実施例2:治療モデル
第2の試験では野生型マウスにBDLを行った後、組換えACE2を2mg/kgのボーラス注射として毎日、14日にわたり静脈内に投与した。これらの動物もやはり処置の終了後に、生理食塩液だけを投与された対照群と比較した。図3は、野生型動物の組織のSMA濃度および損傷した肝組織のコラーゲン産生細胞の数が極めて著しく増加するが、ACE2処置マウスの肝臓のSMAはウエスタンブロット法で検出不能であったことを非常に明瞭に示している。SMAのmRNAの分析はこの結果を確認する。図4に調べた各群の実験終了時のALT血清濃度を示す。この場合もACE2処置群のALTが低い濃度になっていることを示すことができた。
【0043】
2つの研究は、ACE2活性の減少が肝症状の増悪をもたらすことを非常に明瞭に示す。より高いACE2活性はコラーゲン産生細胞の数と組織のコラーゲン蓄積を減少させる。また組換え可溶性ACE2の全身投与による治療効果が確認された。
【0044】
実施例3:炎症性サイトカインの存在下でのACE2発現の欠失
腎細胞株(Ceropithecus aethiops)Vero E6は通常の培養条件でACE2を膜結合糖タンパク質として発現する。Vero E6細胞を10ng/mlのIL−4、IFN−γまたはTNF−αと共に24時間インキュベートし、ポリクロナールACE2特異的ヤギ抗体およびヤギ特異的FITC標識抗体を使用してACE2表面発現に関する変化をFACS分析法により分析した。図6にそれぞれのヒストグラムを示す。当該分析を表1にまとめた。IL−4、IFN−γまたはTNF−αとのインキュベートでACE2発現が著しく低減された。刺激しない細胞で51±3%のACE2陽性が測定されたが、IL−4、IFN−γおよびTNF−α刺激の後にACE2陽性がそれぞれ28±2、22±1および39±2%に引き下げられた(図6)。
【表1】

【0045】
実施例4:PBMCの免疫活性の減衰
本実施例では、刺激したPBMC(末梢血単核細胞)のサイトカイン発現に対するACE2の効果を示す。種々のリンパ球の協動を可能にするために、PBMC調製物およびドナーの全リンパ球スペクトルを試験に使用した。健康なドナーから全血を採取し、それに含まれるPBMCを遠心して分離した。この細胞をその後、強力な免疫原性物質、例えばリポ多糖(LPS、100ng/ml)および植物性血球凝集素(PHA、20μg/ml)ならびに両物質の組合せを用いて、AngII、ACE2およびACE2+AngIIの存在下で刺激し、37℃で16時間インキュベートした。上清をTNF−αについて調べ、ACE2およびRASのペプチドの不在で行なった対照試験と比較した。この試験の結果を図7にグラフで示す。すなわちLPSおよびPHAとのインキュベーションはすべての場合にTNF−αの分泌を誘導した。ACE2なしで共インキュベートした各対照試験は、それぞれLPS、PHAおよび組み合わせによる刺激の後に極めて高いTNF−α濃度を示した(203、352および278mOD)。ACE2の存在下では、すべてのグループで、測定されたシグナルが著しく小さく、各グループで181、266、223のmOD値にしかならなかった。ところがACE2とAngIIの存在下では、測定されたTNF−α濃度が最小であり、mOD144、247および187にしかならなかった。これらの結果が示すところでは、ACE2の存在は、刺激のために特に免疫原性の物質、例えばLPSまたはPHAを使用しても、炎症性サイトカインの著しく弱められた産生をもたらす。このことはACE2の抗炎症効果を実証する。意外なことにこのメカニズムはAngIIの存在なしですでに機能し、その存在下で強化される。このことは二重因子を示唆している。効果の一部分はAngIIおよびその分解産物Ang1−7によってもたらされ、別の一部分は明らかに他のACE2基質の1つの分解によって機能し、現存するAngIIには無関係である(図7)。
【0046】
実施例5:健康な生体のAngII力価の回復
本実施例では、外因性ACE2投与がいかにして脱調節RASを再び制御のもとに置くかを示した。そのためにAPN01(組換え可溶性ヒトACE2)をLPS投与により誘導された敗血症モデルに投与した。−120分の時点から動物にLPSを連続的に輸液し、それが広範囲な炎症とその結果敗血症をもたらした。炎症性サイトカインの大量の放出に基づき、ACE2発現の遮断が起こり、その結果炎症性ペプチドAngIIの蓄積が生じた(図8を参照)。
【0047】
0分の時点から400μg/kgの用量のAPN01をボーラスとして静脈内に投与した。処置群で直ちにAngIIの減少が起こり、AngII力価はその後の1時間の間に、健康な動物で測定されたのと同じレベルに再び納まった。また健康な動物で同じ用量のAPN01投与はAngII力価の短時間の低下をもたらし、このAngII力価もその後の1時間の後に再び健康な動物の値に近づいた。これに対してプラセボ処置動物は実験の終りまでさらに上昇するAngII値を示した。この驚くべき現象はアップレギュレーションされたRASの回復によって説明するしかない。実験の終わりまで依然として活性酵素が動物に全身的に供給されたからである(図9を参照)。約8時間の半減期が測定された。
【0048】
実施例6:敗血症での炎症性サイトカインの発現の減衰
以下の実施例では、ブタの敗血症モデルで炎症性サイトカインの濃度が急激に増加し、ACE2投与の後に再び健康な動物のレベルに逆戻りすることを示す。−120分の時点から動物に高用量のLPSを連続的に輸液した。このため広範囲な炎症とその結果敗血症が生じた。炎症性サイトカインの大量の放出に基づきACE2発現の遮断が起こり、その結果炎症性ペプチドAngIIだけでなく、炎症性サイトカインTNF−αの蓄積も生じた(図10)。0分の時点から動物(処置群の6頭、対照群の5頭)に0.4mg/kgの用量のACE2または緩衝溶液をボーラスとして静脈内に投与した。LPSを引き続き同じ高用量で連続的に投与する一方で、その後の3時間にわたり動物を観察し、血清試料を採取し、TNF−αについて分析した。対照群ではTNF−α濃度が実験の終りまで引き続き高かったが、ACE2処置群では連続的なLPS投与のもとで1回のACE2投与の後にすでにTNF−α濃度の著しい低下(p<0.001)が起こることを示すことができた。広範囲な敗血症にかかわらず、健康な動物で測定されたのとほぼ同じ値に再び到達した。従って非常に侵襲的な敗血症モデルでもACE2投与によってTNF−α発現を健常者のレベルに急速に引き下げ、さらに増強する炎症に歯止めを掛けることができた(図10)。
【0049】
実施例7:局所的な機械的肺障害の後の全炎症性サイトカインの発現の減衰
本実施例ではブタの肺障害モデルにおいて炎症性サイトカインの発現に対する全身投与したACE2の影響を示した。このプラセボ対照盲験試験で14頭の動物が検討された。実験の第1段階ですべての動物に20%胎便溶液の3回の吸引を施し、その際高い血行動態パラメーターに基づきすべての動物に同等な障害が誘導された。実験の第2段階、すなわち処置段階で動物の半数に組換え可溶性ヒトACE2を0.4mg/kgの用量のボーラスとして静脈内に投与した。他方の半数には生理食塩液を与えた。−30、0、30、60、90および150分の時点で血清試料を採取し、この血清試料で最重要の炎症性サイトカインの濃度を測定した。この場合、時点0は処置の開始点であり、このときすべての動物はすでにARDS(急性呼吸窮迫症候群)の症状を示していた。図11で明かなように、TNF−αの血清濃度に対してACE2投与の非常に顕著な影響がある。これはプラセボ群で230ng/ml超から大幅に上昇するが、処置群では投与後30分以内に40ng/ml以下に低下し、投与後90分で25ng/mlに近づく。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
線維症および/もしくは肝疾患の治療または予防のためのACE2タンパク質またはACE2コード核酸、好ましくはACE2タンパク質。
【請求項2】
線維症が組織または器官の局所的線維症である、請求項1に記載のACE2または核酸。
【請求項3】
線維症が肝線維症、肺線維症、結合組織線維症、皮膚の線維症または腎線維症、好ましくは肝線維症を含む、請求項1または2に記載のACE2または核酸。
【請求項4】
線維症および/または肝疾患への予防的適用のための請求項1〜4のいずれか1項に記載のACE2または核酸。
【請求項5】
肝疾患が肝障害または肝細胞障害をもたらすものである、請求項1〜4のいずれか1項に記載のACE2または核酸。
【請求項6】
線維症または肝疾患が炎症、好ましくは肝炎を併発している、請求項1〜5のいずれか1項に記載のACE2または核酸。
【請求項7】
線維症、肝疾患もしくは炎症が感染または創傷を原因とするものである、請求項1〜6のいずれか1項に記載のACE2または核酸。
【請求項8】
ACE2タンパク質が組換えACE2である、請求項1〜7のいずれか1項に記載のACE2または核酸。
【請求項9】
ACE2タンパク質が特に膜ドメインのない水溶性ACE2である、請求項1〜8のいずれか1項に記載のACE2または核酸。
【請求項10】
ACE2タンパク質が哺乳動物、好ましくはヒト、マウス、ラット、ハムスター、ブタ、霊長類またはウシのものである、請求項1〜9のいずれか1項に記載のACE2または核酸。
【請求項11】
線維症、好ましくは請求項2、4および6〜10のいずれか1項で規定された線維症の治療または予防のためのACE2タンパク質。
【請求項12】
線維症が肝線維症、肺線維症、結合組織線維症、筋線維症、皮膚線維症または腎線維症から選択される、請求項11に記載のACE2。
【請求項13】
線維症および/または肝疾患の治療のための医薬組成物の製造のためのACE2またはACE2コード核酸の使用。
【請求項14】
線維症および/または肝疾患およびACE2ならびにそのコード核酸が請求項1〜12のいずれか1項に記載のものである、請求項13に記載の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公表番号】特表2011−505843(P2011−505843A)
【公表日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−538269(P2010−538269)
【出願日】平成20年12月22日(2008.12.22)
【国際出願番号】PCT/AT2008/000472
【国際公開番号】WO2009/086572
【国際公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【出願人】(510168221)アペイロン バイオロジックス アーゲー (2)
【Fターム(参考)】