説明

罹患組織における遺伝的変異の同定

組織特異的な遺伝的変異を決定する方法が提供される。例えば、特定の態様では、組織特異的な遺伝的変異の差次的分子分析にiPS細胞由来の特定の細胞型に用いる方法が記載されている。第1の実施形態では、選択されたコントロールの遺伝子構造に対する試験被験体における組織特異的な遺伝的変異の存在を決定する方法であって、(a)選択された組織の分化細胞の遺伝物質を得るステップであって、この分化細胞が、試験被験体の体細胞のリプログラミングによって得られた人工多能性幹(iPS)細胞の分化によって調製されたものである、ステップと、(b)分化細胞の遺伝物質を検査して遺伝物質の1つ以上の遺伝子構造を1つ以上のコントロール遺伝子構造と比較し、これにより試験被験体の組織の細胞におけるこのような遺伝的変異の存在を決定するステップと、を含む方法が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この出願は、2009年8月28日に出願された、米国仮出願第61/237,908号(この全内容は、参考として本明細書に援用される)に対する優先権の利益を主張する。
【0002】
発明の分野
本発明は、全体として、分子診断の分野に関する。詳細には、本発明は、遺伝的変異(genetic variation)の決定および特徴付けにおける人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell)(iPS細胞)の使用に関する。
【背景技術】
【0003】
関連分野の説明
ヒト遺伝子の欠陥によって引き起こされる病状は、通常は、かなり組織特異的である。遺伝性疾患では、このことは、関連する遺伝子の特定の空間時間的機能が、生殖細胞系列の突然変異によって障害されることを示唆している。疾患遺伝子は、一般に限られた数の組織で発現される傾向にあることが示されているが、多くの症例では、疾患遺伝子の組織特異的発現パターンまたは遺伝子構造が病理学的徴候または異常な徴候とどのように相関するかについてはなお不明であり、特定の組織型または細胞型における異常な遺伝子または遺伝子構造の決定または特徴付けが困難なままである。
【0004】
より広い態様では、遺伝的変異の解明は、疾患感受性、薬物に対する可変応答、ならびに最終的な処置および公衆衛生を含む人類遺伝学の1つの重要な目標である。
【0005】
人体は、様々な組織型で存在する200を超える細胞型から構成されている。未知の遺伝的欠陥を同定するため、または遺伝的変異を決定するためには、特定の細胞型を単離して特徴付ける必要がある。しかしながら、一部の細胞型、例えば、非常に特殊な網膜色素上皮(RPE)細胞は、in vivoでヒト対象から得ることが困難であろう。したがって、現在も、特定の細胞型を用意して組織特異的な遺伝的変異を分析するより便利な方法を開発する必要がある。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、iPS細胞の使用に適した組織特異的な遺伝的変異の診断方法を提供することによって、特に、単離または取得が困難であり得る特定の疾患に関連した細胞型を提供することによって当技術分野の大きな問題を解消する。第1の実施形態では、選択されたコントロールの遺伝子構造に対する試験被験体における組織特異的な遺伝的変異の存在を決定する方法であって、(a)選択された組織の分化細胞の遺伝物質を得るステップであって、この分化細胞が、試験被験体の体細胞のリプログラミングによって得られた人工多能性幹(iPS)細胞の分化によって調製されたものである、ステップと、(b)分化細胞の遺伝物質を検査して遺伝物質の1つ以上の遺伝子構造を1つ以上のコントロール遺伝子構造と比較し、これにより試験被験体の組織の細胞におけるこのような遺伝的変異の存在を決定するステップと、を含む方法が提供される。特定の実施形態では、選択された組織は、網膜、神経組織、または心筋組織であり得る。
【0007】
特定の態様では、試験被験体は、遺伝的異常または遺伝病を有し得る、または疑いがあり得る。遺伝病、例えば、網膜疾患は、特徴付けることが困難な遺伝的欠陥をもつ組織特異的疾患であり得る。網膜疾患の特徴付けでは、特定の網膜細胞型、例えば、網膜神経細胞または網膜色素上皮(RPE)細胞は、本方法の特定の態様によって、特に、試験被験体に由来する体細胞がリプログラミングされたiPS細胞の分化によって調製することができる。
【0008】
ヌクレオチド、例えば、RNAまたはDNAを含み得る分化細胞の遺伝物質を、当技術分野で周知の様々な方法、例えば、ヌクレオチド配列決定、例えば、RNAもしくはDNA配列決定、またはマイクロアレイ分析によって検査することができる。遺伝子構造は、一次ヌクレオチド配列、二次構造、後成的構造、および染色体構造などであり得る。本発明のさらなる態様では、分化細胞の遺伝子構造は、発現プロフィールによって表すことができ、この発現プロフィールは、単純なヌクレオチド配列決定だけでは明らかにならないDNA配列内の転写制御領域の機能的結果を反映し得る。
【0009】
本方法の特定の態様を使用して、1つ以上のコーディング配列の変異、または1つ以上の非コーディング配列、例えば、遺伝子調節エレメントの変異であり得る遺伝的変異を同定することができる。これらのステップによって決定される遺伝的変異は、任意のタイプの突然変異、例えば、欠失、挿入、ミスマッチ、転座、複製、逆位、ヘテロ接合性の喪失;または多型、例えば、一塩基多型(SNP)であり得る;または差次的発現によって表され得る。遺伝的変異はまた、患者組織における発現調節要素の機能における差異から生じる転写産物量の差であり得る。
【0010】
本方法は、遺伝的変異、例えば、限定されるものではないが、プロモーター、エンハンサー、サイレンサー、応答エレメント、またはRNA上の調節配列、例えば、5’−もしくは3’−UTR(非翻訳領域)、または任意の特徴付けられていない調節要素を含む調節領域またはイントロンのような非コーディング領域における多型の存在を決定するのに特に有用であり得る。遺伝的変異はまた、非コーディングRNA、例えば、マイクロRNAにおける変異、または後成的変異、例えば、遺伝子構造の修飾、例えば、メチル化における変異も含み得る。
【0011】
このような遺伝的変異の存在を決定するために、選択されたコントロール遺伝子構造、例えば、選択された遺伝的変異のない遺伝子構造を使用することができる。特定の態様では、コントロール遺伝子構造は、正常組織由来の遺伝物質に含まれ得、好ましくは、このような正常組織は、コントロール被験体、例えば、試験被験体のきょうだいまたは他の家族に由来し得る。コントロール被験体は、特に試験被験体の選択された組織の組織型に遺伝的変異を有し得ない。さらなる態様では、コントロール遺伝子構造は、遺伝物質に含まれ得、この遺伝物質は、コントロール被験体、例えば、遺伝的変異を有していない対象の正常な体細胞のリプログラミングによって得られるiPS細胞の分化によって調製された、選択された正常細胞に由来する。好ましくは、選択された正常細胞または正常組織は、組織特異的遺伝子構造の比較のために、試験被験体の選択された組織と同じ組織型とすることができる。特定の態様では、コントロール被験体は、試験被験体と血縁関係にある家族の1人とすることができる。
【0012】
本発明の方法および/または組成物に関連して説明される実施形態は、本明細書に開示される任意の他の方法または組成物に利用することができる。したがって、1つの方法または組成物に関する一実施形態は、本発明の他の方法および組成物にも適用することができる。
【0013】
本明細書で使用される場合、核酸に関する用語「コードする」または「コードしている」は、当業者が本発明を容易に理解できるように使用されるが、これらの用語はそれぞれ、「含む」または「含んでいる」と同義的に使用することができる。
【0014】
本明細書で使用される場合、「ある(a)」または「ある(an)」は、1つ以上を意味し得る。語「含む」と共に請求項(複数可)で使用される場合、語「ある(a)」または「ある(an)」は、1つまたは2つ以上を意味し得る。
【0015】
請求項における用語「または(or)」の使用は、代替のみまたは代替が互いに排他的であると明確に述べられていない限り、「および/または」を意味するが、本開示は、代替のみおよび「および/または」を指す定義も支持する。本明細書で使用される場合、「別の」は、少なくとも2番目以降を意味する。
【0016】
本明細書の全体を通じて、用語「約」は、ある値が、その値を決定するために用いられるデバイスもしくは方法に固有の誤差のばらつき、または被試験物中に存在するばらつきを含むことを示すために使用される。
【0017】
本発明の他の目的、特徴、および利点は、以下の詳細な説明から明らかになるであろう。しかしながら、詳細な説明および特定の実施例は、本発明の好ましい実施形態を示しているが、この詳細な説明から本発明の趣旨および範囲内の様々な変更および改良が当業者に明らかになるため、単なる例示として与えられることを理解されたい。
【発明を実施するための形態】
【0018】
I.はじめに
特定の実施形態による本開示は、全体として、人工多能性幹細胞に由来し得る特定の細胞型の遺伝物質を検査することによって組織特異的な遺伝的変異を決定する方法に関する。遺伝物質には、細胞物質、細胞構造、および/または細胞効果の性質の決定において基本的な役割を果たし得るあらゆる核物質(染色体、DNA、RNAなど)および細胞質物質(例えば、ミトコンドリア、タンパク質)が含まれ得る。決定される遺伝的変異には、例えば、遺伝的欠陥または遺伝子多型が含まれ得る。
【0019】
遺伝的に受け継がれる疾患または障害を引き起こし得る遺伝的欠陥には、遺伝子構造における異常、例えば、遺伝子の欠失もしくは欠陥、または染色体異常が含まれる。本発明の特定の態様によって決定されるこれらの遺伝的欠陥は、遺伝病の診断または治療にさえも利用することができる。
【0020】
特定の組織型または細胞型における遺伝子多型もまた、本方法の特定の態様によって決定することができる。例えば、遺伝子多型は、同じ遺伝子座における1つ以上の対立遺伝子または遺伝子マーカーの出現を指し、頻度の低い対立遺伝子またはマーカーが、突然変異のみによって説明できるよりも頻繁に発生している。遺伝子多型には、一塩基多型(SNP);制限断片長多型(RFLP);コピー数多型;転写または発現における多型、例えば、RNAレベル、タイミング、または組織分布における変異;イントロンおよび調節要素、例えば、プロモーター、サイレンサー、エンハンサー、応答エレメント、転写因子、非翻訳領域、または非コーディングRNAを含む非コーディング領域における多型;トリヌクレオチド反復多型、例えば、CAG反復などのトリヌクレオチド反復の数、動力学、および/または分布;後成的状態における多型、例えば、メチル化状態;代謝変化、成長因子(例えば、インスリン)、化学薬品または薬剤、治療手順または処置などに対する異なる感受性;疾患または障害に対する罹患率;薬物応答、代謝、または毒性などにおける変異が含まれ得る。例えば、遺伝子多型の決定は、遺伝的欠陥または保因状態の発生との相関性についての疾患の診断または予後に役立ち得る。
【0021】
特定の態様では、遺伝物質の検査には、特定の細胞型のRNAの発現または配列の多型の決定が含まれ得る。細胞特異的RNAの特徴付けは、たとえ完全なDNAゲノムの配列決定または完全なプロテオミクスの配列決定さえも得られないという情報を得る際に有利であり得る。例えば、DNA制御領域における変異の機能的結果が未だ十分には解明されていないため、標的組織型または標的細胞型のRNAの分析(全トランスクリプトーム分析)により、配列決定された全ゲノムの配列によっても同定することができない調節要素または領域における機能的な変異を同定することができ、かつ全ゲノムの配列決定によっても得られない情報を提供することができる。特に、遺伝子発現レベル(例えば、転写)は、遺伝的変異に直接関係する定量的指標であり、通常は、調節要素における多型を表すことができる。調節要素における多型または突然変異が組織特異的な疾患または異常に関連する場合は、多型または突然変異は、関連組織におけるスプライスされた変異体のRNA発現のレベル、局在化、タイミング、または相対レベルの変化によって表され得る。本発明者らは、特に、全ゲノムDNA配列を必要とすることなく特定の細胞型に関連した遺伝物質を検査するため、特定の細胞型のRNAの配列決定は、DNAの配列決定よりも格段に迅速に特定の変異を明らかにすることもできる。この分析は、疾患状態に関連した転写の相違を同定する可能性を最大にするために、罹患していないきょうだいに対する対照比較で行うことが最良であろう。
【0022】
本発明は、遺伝子操作されたiPS細胞に由来する分化細胞の移植による組織特異的な疾患の処置、または組織特異的もしくは細胞特異的な遺伝的変異のみの診断の序章であり得る。加えて、本発明の特定の態様は、本発明者らが、全ゲノムまたは全トランスクリプトームではなくコントロールの発現プロフィールと試験被験体の発現プロフィールとの間の相違によって表される多型で開始できるため、特徴付けられていない遺伝的障害の遺伝的原因または遺伝子マーカーの同定の複雑さを格段に低減する。
【0023】
II.遺伝的変異および遺伝病
特定の態様は、遺伝的変異の存在を決定する方法を提供し、この方法は、遺伝病または遺伝的異常の診断を提供することができる。遺伝的変異は、個々の間の表現型の多様性の具体化に重要な役割を果たし得、根本的な機序には、タンパク質コーディング配列を変更する多型または異常、あるいは遺伝子の機能もしくは発現または関連遺伝子ネットワークに影響を及ぼす調節配列における変化が含まれ得る。遺伝的変異は、集団における様々な遺伝子型の存在から生じ得、かつ遺伝病または遺伝的異常に関連する、遺伝病または遺伝的異常に罹患しやすい、または遺伝病または遺伝的異常の根本原因であり得る。
【0024】
遺伝病は、生殖細胞系列変異によって引き起こされ得、生殖細胞系列変異は、広範囲な組織に存在するにもかかわらず組織特異的な病状または調節要素の機能の異常を頻繁にもたらし、組織特異的な表現型も有し得る。
【0025】
A.遺伝的変異
遺伝的変異は、特定の組織型または細胞型における遺伝子発現に影響を及ぼし得る。本方法の特定の態様では、組織特異的または細胞特異的な発現を遺伝子構造に関連付けることにより、遺伝的変異を同定または決定することができる。例えば、遺伝的変異には、一塩基多型(SNP)などの多型が含まれ得、SNPは、ゲノム(または他の共有配列)におけるA、T、C、またはGの1つのヌクレオチドがある種の族間(または個体における対合染色体間)で異なるときに生じるDNA配列の変異である。2倍体の配列の分析により、非SNP変異は、単一ヌクレオチドの多様性よりもヒト遺伝的変異の割合の方がはるかに多いことが分かった。この非SNP変異は、コピー数の変異を含み、欠失、逆位、挿入、および複製から生じ得る。コピー数に関しては、典型的には、血縁のない者のゲノムの約0.4%が異なると推定される。
【0026】
多型の一部は、ゲノムの非コーディング領域中にあり得、その他、例えば、調節領域もしくは要素における多型、または転写安定性もしくはスプライシングを変更するエキソン変異体は、コーディング領域中に存在し得る。
【0027】
遺伝的変異には、タンパク質コーディング配列の変更によってシスで、またはRNAのレベルで作用して:転写(調節部位または調節要素の構造を介した活性化または阻害)、mRNAプロセシング、mRNA前駆体のスプライシング、エキソン・スプライシング・エンハンサー(ESE)、エキソンスキッピング、mRNA安定性、mRNA輸送、または調節RNAに影響を及ぼす、遺伝子調節多型が含まれ得る。後成的変異は、ある程度まで調節多型を模倣し得る(Johnsonら、2005)。
【0028】
調節領域または調節要素における多型は、ヒトにおける表現型変異に寄与する重要な効果の1つであり得るため、一部が遺伝的障害に関連し得るヒト表現型の変異の分子分析にとって重要である。
【0029】
例えば、調節多型が、複雑な疾患特性に対する個々の罹患率の決定に重要な役割を果たすという証拠が増加している(Knightら、2005)。このような調節多型には、限定されるものではないが、1型糖尿病における、インスリンをコードするINSの可変数縦列反復(すなわち、VNTR)における変異;自己免疫疾患における、細胞障害性Tリンパ球抗原をコードするCTLA4の多型;マラリアにおけるダフィ結合タンパク質の多型;HIV−1感染における、ケモカイン受容体5をコードするCCR5の多型が含まれる。遺伝的変異はまた、タンパク質チロシンホスファターゼ受容体C型をコードするPTPRCにおけるスプライシング、および因子XIIをコードするF12における転写効率の調節ならびに遺伝子発現の制御の他のレベルでも機能し得る。
【0030】
B.遺伝的障害
遺伝病(すなわち、遺伝的障害)は、遺伝子もしくは染色体における、または遺伝子調節エレメントにおける異常によって引き起こされる病気である。異常は、1つの遺伝子における小さな変異から、全染色体または染色体組の追加または減少までの範囲であり得る。一部の疾患、例えば、癌は、1つには遺伝的障害が原因であり、環境因子によっても引き起こされる。ある種の劣性遺伝子障害は、特定の環境においてヘテロ接合状態に優位性を付与する。1倍体細胞は、1組の染色体のみを有する。2倍体細胞は、2組の染色体を有する。ヒトでは、体細胞は、2倍体であり、配偶子は1倍体である。
【0031】
遺伝病の範囲は、本来広いものであるため、罹患している個体は、実質的にすべての医療機関で見られ得る。簡単に述べると、遺伝子の青写真は、受胎の瞬間から死まで健康に影響を与える。遺伝的障害の集団調査に基づき、25歳の年齢では(Bairdら、1988)、集団の約0.4%が単一遺伝子(メンデル)障害を有し、0.2%が染色体異常を有し、4.6%が多因子性状態を有することが明らかである。別の0.1%は、未知の遺伝の明らかな遺伝的異常を有し、0.3%が、本来は遺伝ではない先天的問題を有する。単一遺伝子障害は、1つの突然変異遺伝子の結果である。単一遺伝子欠陥によって引き起こされる4,000を超えるヒト疾患が存在すると推定される。単一遺伝子障害は、いくつかの方法で以降の世代に受け継がれ得る。しかしながら、ゲノミックインプリンティングおよび片方の親の2染色体が、遺伝パターンに影響を及ぼし得る。常染色体型とX染色体連鎖型の区別は「厳格」であるが(なぜなら、後者の型は、遺伝子の染色体位置に基づいてのみ区別されるからである)、劣性型と優性型の区別は「厳格」ではない。例えば、軟骨形成不全は、典型的には優性障害と見なされるが、軟骨形成不全の2つの遺伝子をもつ子供は、軟骨形成不全の保因者と見なされ得るいくつかの骨格障害を有する。鎌状赤血球貧血は、劣性状態とも見なされるが、ヘテロ接合保因者は、早期幼児期にマラリアに対する免疫が高く、これは、関連優性状態と呼ぶことができる。
【0032】
個人が常染色体優性障害に罹患するには、遺伝子の1つの突然変異コピーのみが必要である。罹患した個々人は、通常は、罹患している1人の親を有する。子供が、突然変異遺伝子を受け継ぐ可能性は50%である。常染色体優性である状態は、浸透度が低い場合が多い、すなわち、1つの突然変異コピーのみが必要であるが、この突然変異を受け継いだ者の一部しか疾患を発症しない。このタイプの障害の例として、ハンチントン病、神経線維腫症1型、マルファン症候群、遺伝性非ポリープ性結腸直腸癌、および高浸透度常染色体優性障害である遺伝性多発性外骨腫症が挙げられる。先天性欠損症は、先天異常とも呼ばれる。
【0033】
個人が常染色体劣性障害に罹患するには、遺伝子の2つのコピーが突然変異しなければならない。罹患した個人は、通常は、それぞれが突然変異遺伝子の1つのコピーを有する罹患していない両親(保因者と呼ばれる)を有する。それぞれが突然変異遺伝子の1つのコピーを有する2人の罹患していない両親は、妊娠の度に、障害に罹患した子供を有する確率は25%である。このタイプの障害の例として、嚢胞性線維症、鎌状血球症(部分鎌状血球症も)、テイ・サックス病、ニーマン・ピック病、脊髄性筋萎縮症、および乾燥型耳垢(「ライスブランド(rice−brand)」としても知られている)が挙げられる。
【0034】
X連鎖優性障害は、X染色体上の遺伝子における突然変異によって引き起こされる。2、3の障害のみがこの遺伝パターンを有し、最たる例は、X連鎖低リン酸塩血症性くる病である。男性も女性もこれらの障害に罹患するが、男性は、典型的には、女性よりも重度に罹患する。一部のX連鎖優性状態、例えば、レット症候群、2型色素失調症、およびエカルディ症候群は、通常は、男性は子宮内で、または生後まもなく死亡するため、主に女性に見られる。この知見の例外として、極端に稀な症例であるが、クラインフェルター症候群(47、XXY)の少年が、X連鎖優性状態も受け継ぎ、疾患の重症度の点で女性の症状に類似した症状を示す。X連鎖優性障害が遺伝する確率は、男性と女性で異なる。X連鎖優性障害の男性の息子は、罹患しないが(父親のY染色体を受け取るため)、彼の娘は、すべての状態を受け継ぐ。X連鎖優性障害の女性は、妊娠の度に、罹患していない胎児を宿す確率は50%であるが、色素失調症などの症例では、女性子孫のみが、通常は生存可能であることを留意されたい。加えて、これらの状態は、本質的に受胎能を変更しないが、レット症候群またはエカルディ症候群の個体は、稀にしか生殖しない。
【0035】
X連鎖劣性障害も、X染色体上の遺伝子における突然変異によって引き起こされる。男性は、女性よりも頻繁に罹患し、この障害が遺伝する確率は、男性と女性で異なる。X連鎖劣性障害の男性の息子は、罹患せず、彼の娘は、突然変異遺伝子の1つのコピーを有する。X連鎖劣性障害(XRXr)の保因者である女性は、罹患した息子をもつ可能性が50%であり、突然変異した遺伝子の1つのコピーを有する、したがって保因者である娘をもつ可能性が50%である。このタイプの障害の例として、血友病A、デュシェンヌ型筋ジストロフィー、赤緑色覚異常、筋ジストロフィー、およびアンドロゲン性脱毛症が挙げられる。
【0036】
Y連鎖障害は、Y染色体上の突然変異によって引き起こされる。男性は、父親からY染色体を受け継ぐため、罹患している父親の息子は、必ず罹患する。女性は、父親からX染色体を受け継ぐため、罹患している父親の娘は、絶対に罹患しない。Y染色体は、比較的小さく殆ど遺伝子を含んでいないため、Y連鎖障害は非常に少ない。症状には、不妊症が含まれる場合が多く、これは、ある種の不妊処置により回避することができる。例として、男性不妊症および耳翼多毛症が挙げられる。
【0037】
遺伝的障害はまた、複合性、多因性、または多遺伝子性であり得る、すなわち、遺伝的障害は、複数の遺伝子の影響と生活様式および環境因子の組み合わせに関連する可能性が高い。多因性障害には、心疾患および糖尿病が含まれる。複合障害は、家族内で複数発生する場合が多いが、複合障害は、明確な遺伝パターンがあるわけではない。これにより、個人がこれらの障害を受け継ぐ、または次世代に伝えるリスクを決定するのが困難である。複合障害はまた、これらの殆どの障害を引き起こす特定の因子が未だ同定されていないため、研究および処置も困難である。
【0038】
C.遺伝的障害または遺伝的異常の考察
起こり得る遺伝的障害を新生児または子供の鑑別診断に加える考察を同様に成人に適用する。この障害は、遺伝性かまたは後天性であるか?遺伝要素は環境要素に対してどの程度有意であるか?どんな遺伝パターンであるか?患者の他の家族が、現在罹患しているか、または将来罹患する可能性があるか?どのように診断を確定することができるか?遺伝子診断を示唆する2、3の鍵が存在する。家族歴は、遺伝的障害を暗示し得る。大多数の成人発症の障害は、本来、優性である。すなわち、遺伝子対の一方のみにおける突然変異が、遺伝的問題を引き起こすために必要である(これは、対の両方の遺伝子が突然変異を有していなければならない劣性遺伝とは対照的である)。優性の遺伝的障害は、家族歴を形成する可能性が非常に高いが、劣性障害は異なる。残念ながら、ある種の優性状態は、新たな突然変異率が高いため、患者が、家族の最初の症例である場合も十分にあり得る。別法では、陽性家族歴は、恐らく家族の規模が小さいため、または家族が分散しているため、以前は評価されていなかったであろう。遺伝子突然変異を有する家族が、サインおよび症状を示す前に死亡することもあったであろう。または、遺伝子診断が、罹患した親族の存在にもかかわらず、以前は一切考慮されなかったであろう。
【0039】
家系図分析は、不完全浸透度および可変表現度の現象によって複雑であり得る(Harper、1998)。不完全浸透度は、一部の個体が、遺伝子突然変異を有し得るがサインおよび症状を一切示さないことを意味する。可変表現度は、家族の罹患している全員が同じ突然変異を有するが、彼らが同一の徴候を有していなくても良いことを意味する。発症年齢および状態の重症度は、極めて多様であり得る。
【0040】
疾患が、通常予期されるよりも大幅に若い年齢で発生する場合は、可能性のある遺伝的素因を示唆する。例えば、25歳の乳癌は、非常に稀である(Langstonら、1996)。近親親族に乳癌と卵巣癌の両方の病歴があると、これは、実質的に、BRCA遺伝子に対する突然変異の診断である(Haber、1999)。
【0041】
医師は、3つの別の状況:多系統が関与する場合(例えば、アルポート症候群に関連した難聴および腎炎(Flinter、1977))、多発性症状の場合(例えば、家族性大腸ポリープ症の結腸診断における複数のポリープ(MidgleyおよびKerr、1999)、または異常な現象の組み合わせの場合(例えば、早発型骨粗鬆症および伝音難聴は、骨形成不全症を示唆し得る(ByersおよびSteiner、1992)における遺伝的原因を考慮すべきである。
【0042】
D.遺伝性眼障害
特に、本方法を用いて、iPS細胞から分化した特定の網膜細胞型における遺伝的変異または新規な遺伝的欠陥を同定することができ、このiPS細胞は、遺伝性眼障害、例えば、網膜色素変性症の患者または網膜色素変性症が疑われる者に由来し得る。
【0043】
網膜色素変性症(RP)は、遺伝性眼障害の一群である。RPの症状の進行では、夜盲症が、一般に、視野狭窄の数年または数十年も前に発生する。RPの多くの患者は、40代または50代までは法律上失明することはなく、生涯にわたって一定の視野を維持する。RPにより完全に失明する患者もおり、場合によっては早くも幼児期に失明することもある。RPの進行は、症例ごとに異なる。
【0044】
RPは、一種の進行性網膜ジストロフィー、網膜の光受容体(桿体および錐状体)の異常または網膜色素上皮(RPE)が進行性の視力低下をもたらす遺伝性の障害の一群である。罹患している個体は、まず、不完全な暗順応または夜盲症(夜盲)となり、次いで周辺視野が減少し(視野狭窄として知られている)、そして時には疾患の後期に中心視力が低下する。
【0045】
網膜色素変性症の診断は、網膜電図検査(ERG)および視野検査による光受容体機能における進行性喪失の証拠資料に依存している。RPの遺伝様式は、家族歴によって決定される。少なくとも35種類の遺伝子または遺伝子座が、「非症候性RP」(別の疾患またはより広範な症候群の一部の結果ではないRP)を引き起こすことが知られている。
【0046】
突然変異すると網膜色素変性症の表現型を引き起こし得る複数の遺伝子が存在する。1989年に、低光量条件でも視覚を可能にする視覚伝達カスケードにおいて最も重要な役割を果たす色素であるロドプシンの遺伝子の突然変異が同定された。それ以来、この遺伝子において、すべての種類の網膜変性の15%を占める100を超える突然変異が見出された。これらの突然変異の殆どは、ミスセンス変異であり、大部分が優性遺伝する。ロドプシン遺伝子は、光受容体外側セグメントの主要タンパク質をコードする。研究により、この遺伝子における突然変異が、RPの常染色体優性型の約25%を占めることが分かっている。
【0047】
4つのmRNA前駆体スプライシング因子における突然変異は、常染色体優性網膜色素変性症を引き起こすことが知られている。これらは、PRPF3、PRPF8、PRPF31、およびPAP1である。これらの因子は、遍在的に発現され、普遍的因子における欠陥がなぜ網膜の疾患のみを引き起こすのかは未だに謎である。
【0048】
このタンパク質の円板内ドメインにおけるPro23His突然変異が1990年に最初に報告されて以来、今日までに、RPに関連したオプシン遺伝子における最大150の突然変異が報告されている。これらの突然変異は、オプシン遺伝子の至る所で見られ、タンパク質の3つのドメイン(円板内ドメイン、膜貫通ドメイン、および細胞質ドメイン)に沿って分布している。ロドプシン突然変異の場合のRPの主な生化学的原因の1つは、タンパク質の誤った折り畳みであり、分子シャペロンも、RPに関与している。プロリンがヒスチジンに置換された、ロドプシン遺伝子におけるコドン23の突然変異が、米国では、ロドプシン突然変異で最大の割合であることが分かった。いくつかの他の研究により、同様に疾患に関連する他の突然変異も報告されている。これらの突然変異には、Thr58Arg、Pro347Leu、Pro347Ser、ならびにIle−255の欠失も含まれる。2000年に、常染色体優性網膜色素変性症を引き起こす、プロリンがアラニンに置換された、コドン23における珍しい突然変異が報告された。しかしながら、この研究は、この突然変異に関連した網膜ジストロフィーが、症状および経過が特徴的に穏やかであることを示した。さらに、より優勢なPro23His突然変異よりも網膜電図検査の振幅でより多く保存されている。
【0049】
III.分子診断
新たな分子診断検査が開発され、利用可能な検査の範囲が急速に増加しているが、遺伝的障害の大部分は、未同定の遺伝的根拠をもつ遺伝子検査が未だに不足している。本方法の特定の態様は、試験被験体に由来する細胞と正常細胞、例えば、同じ細胞型または組織型の正常細胞との間の発現プロフィールによって表すことができる、ゲノム構造を含む遺伝子構造における相違の組織特異的または細胞特異的な分析を提供する。
【0050】
遺伝子検査は、遺伝性障害に関連する変化を検出するためのヒトDNA、RNA、染色体、タンパク質、または特定の代謝産物の分析である。これは、遺伝子を構成するDNAまたはRNAの直接検査(直接検査)、病原遺伝子と共に遺伝するマーカーの検査(関連検査)、特定の代謝産物のアッセイ(生化学的検査)、または染色体の検査(細胞遺伝学的検査)によって達成することができる。遺伝子検査は、遺伝病を示唆するサインまたは症状を用いて患者の診断を確定する最適な方法である場合が多い。選択される技術は、臨床上の問題および利用可能な検査の予測値の両方に依存する。
【0051】
A.RNA配列決定
RNAは、細胞中で不安定であり、経験的にヌクレアーゼの攻撃を受けやすい。RNAはDNAの転写によって産生されるため、情報は、細胞のDNA中に既に存在する。しかしながら、時には、RNA分子の配列決定をするのが望ましい。特に、真核細胞では、RNA分子は、イントロンが切断されるため、そのDNA鋳型と必ずしも同じ直線状にない。RNAを配列決定するために、通常の方法では、まずサンプルを逆転写してDNA断片を作製する。次いで、これをDNA配列決定として配列することができる。
【0052】
マイクロアレイ技術および様々な多重増幅法により、RNAが、ルーチンの分子診断および将来のポイント・オブ・ケア検査(point−of−care testing)の標的として有効であることが示された。組織特異的な疾患または障害のRNAプロフィールにおける遺伝的欠陥の検出が、より高い精度および客観性をもたらすことがあり、DNAをベースとした検出法よりも多くの情報を診断プロセスに提供する。ルーチンの診断の標的としてタンパク質を使用する大きな課題は、低い感受性、再現性、および特異性であった。しかしながら、ルーチンの診断の標的としてのDNAではなくRNAは、標的としてのDNAと比較して同等以上の感受性、再現性、および特異性に加えて、臨床活性、調節、またはプロセスの情報を提供し得る。10年以上をかけて、mRNAの単離、精製、および安定化の新規な方法が、ルーチンの診断用に開発され、RNAが、新たな診断法および薬物の開発用のマーカーとして非常に適するようになった。
【0053】
分子診断または遺伝子機能に適した4つの側面は、RNA発現のレベル、RNA発現の組織特異性、RNA発現のタイミング、およびRNAの一次配列である。標的組織または標的細胞におけるRNAを本発明の特定の態様で単に検査することにより、特定の欠陥の同定が、全ゲノム配列を有するよりも格段に容易である。なぜなら、DNA制御領域における変化の機能的結果が未だに解明されていないためである。しかしながら、このような差異は、RNAのレベル、タイミング、または組織の分布に影響を及ぼすであろう。
【0054】
特定の態様では、RNA配列決定を用いて、iPS細胞に由来する特定の細胞型における遺伝的欠陥を同定することができる。RNA−Seqは、「全トランスクリプトームショットガン配列決定」(「WTSS」)および「トランスクリプトミクスの革命的ツール」とも呼ばれ、サンプルのRNA含量についての情報を得るためにcDNAを配列決定するハイスループット配列決定技術の使用を指し、遺伝病の研究ですぐに有益となる技術である(Denoeudら、2008)。次世代配列決定器具によって提供される深い範囲かつ基準レベルの分解能により、RNA−Seqは、トランスクリプトームデータを経験的に測定して、遺伝子の異なる対立遺伝子がどのように発現されるか、転写後突然変異の検出、または遺伝子融合の同定などの情報を得る効率的な方法を提供する。
【0055】
B.マイクロアレイ
DNAマイクロアレイは、分子生物学および医学の分野で使用される多重技術である。DNAマイクロアレイは、それぞれが特定のDNA配列をピコモル含む、機能構造と呼ばれる、数千ものDNAオリゴヌクレオチドの微小スポットが整列されたアレイからなる。これは、高い厳密性条件下でcDNAまたはcRNAサンプル(標的と呼ばれる)をハイブリダイズさせるためにプローブとして使用される遺伝子または他のDNA要素の短い部分であり得る。プローブと標的のハイブリダイゼーションは、標的中の核酸配列の相対存在量を決定するために、通常は、フルオロフォア標識標的、銀標識標的、または化学発光標識標的の検出によって検出され、定量される。
【0056】
標準的なマイクロアレイでは、プローブは、共有結合によって化学マトリックス(エポキシ−シラン、アミノ−シラン、リシン、またはポリアクリルアミドなどを介して)に結合された固体表面に取り付けられる。固体表面は、ガラスまたはシリコンチップであり得、この場合、マイクロアレイは、一般に、遺伝子チップ、またはAffymetrixチップが使用される場合はAffyチップとして知られている。他のマイクロアレイプラットフォーム、例えば、Illuminaは、大きい固体支持体の代わりに微小ビーズを使用する。DNAアレイは、DNAを測定するか、またはその検出システムの一部としてDNAを使用する点のみが、他のタイプのマイクロアレイと異なっている。
【0057】
特定の態様での遺伝的変異の決定のための突然変異ゲノムの遺伝子型決定または再配列決定において、DNAマイクロアレイを用いて発現レベルの変化を測定し、一塩基多型(SNP)を検出することができる。より具体的には、DNAマイクロアレイを用いて、DNAを検出する(比較ゲノムハイブリダイゼーションと同様に)、またはタンパク質に翻訳されてもされなくても良いRNA(逆転写後のcDNAとして最も一般的)を検出することができる。cDNAにより遺伝子発現を測定するプロセスは、発現分析または発現プロファイリングと呼ばれる。さらなる態様では、iPS細胞に由来する特定の細胞型における遺伝的欠陥を、遺伝子発現プロファイリング、一度に数千の遺伝子の活動(発現)の測定によって同定して、細胞機能の全体図を作成することができる。この種の多くの実験は、全ゲノム、すなわち特定の細胞に存在するすべてのゲノムを同時に測定する。遺伝子発現プロファイリングの例として、限定されるものではないが、DNAマイクロアレイ、SAGE、またはqPCRが挙げられる。
【0058】
DNAマイクロアレイ技術は、既に同定されている標的遺伝子の相対活性を測定する。これは、高い厳密性条件下でcDNAまたはcRNAサンプル(標的と呼ばれる)をハイブリダイズさせるためにプローブとして使用される遺伝子または他のDNA要素の短い部分であり得る。遺伝子発現の連続分析のような配列をベースとする技術(SAGE、SuperSAGE)も、遺伝子発現プロファイリングに使用することができる。SuperSAGEは、特に正確であり、所定の組だけではなく、あらゆる活性遺伝子を測定することができる。リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応は、定量的リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(Q−PCR/qPCR)またはキネティックポリメラーゼ連鎖反応とも呼ばれ、ポリメラーゼ連鎖反応に基づいた実験技術であり、標的cDNA分子を増幅すると同時に定量するために使用される。リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応は、cDNAサンプル中の特定の配列の検出と定量(コピーの絶対数、またはcDNA入力もしくは追加の正規化遺伝子に対して正規化されたときの相対量として)の両方が可能である。
【0059】
C.連鎖分析
突然変異の位置を特定できない遺伝的障害をもつ家族に対して、遺伝子がクローニングされるか、またはゲノム中のその位置が遺伝子マッピングによって同定された場合、連鎖分析に基づいた、限定された形態の遺伝子検査が提供され得る。この検査では、その遺伝子に密接に関連しているか、またはその遺伝子中に見られる多型DNAまたはRNA配列を使用して、家族を通して突然変異配列をトラッキングする。この技術は、罹患した家族の2世代以上が検査に利用可能な場合に使用することができ、情報マーカーのために家族の広範な分析を必要とし得る。この手法はまた、遺伝子組み換えまたは遺伝子異質性(2つ以上の遺伝子座が、異なる家族の同じ障害に関与する可能性がある場合)による潜在的な誤りによっても限定され得る。これらの制限にもかかわらず、連鎖をベースとした検査は、遺伝病、例えば、デュシェンヌ型筋ジストロフィー、血友病、骨髄性筋萎縮症、および多くの他の障害をもつ家族のカウンセリングに非常に有用であった。
【0060】
D.多型同定法
配列変化、主に一塩基多型(SNP)の測定により、遺伝子配列を形質に関連付ける基本単位が得られる。殆どの遺伝子は、広範囲の頻度および多型間の連鎖不平衡を示す複数の配列変異(例えば、SNP、反復、インデル)を有する。殆どの多型は、非機能的であり、機能的対立遺伝子のマーカーとして機能を果たし得る。単一多型の使用に加えて、関連付けは、ハプロタイプ、配列の形質有意シス領域(trait−significant cis−region)を画定し得る連鎖多型のブロックの使用で行われる場合が多い。ハイスループットSNP遺伝子型決定法、例えば、多くのサンプルにおける数千のSNPをスクリーニングすることができるSNPlexが、現在はオンラインで利用可能である(Wenz、2004)。このような方法は、顕著なマーカー密度の、薬物代謝に関与する遺伝子を含む、ゲノム規模のハプロタイプ地図を作成するために使用されている(Kamataniら、2004)。
【0061】
本発明の特定の態様では、マイクロアレイによって測定されるmRNA発現は、ゲノム規模連鎖分析と組み合わせることができ、各遺伝子の発現レベルを特定の組織型または細胞型に制限された測定表現型と見なす。遺伝子発現表現型の遺伝性は、核家族における家族遺伝子型決定および伝達不平衡試験(SpielmanおよびEwens、1996)またはより大きい家系における不平衡試験(Martinら、2000)によって検査することができる。家族由来標的組織(iPS細胞由来)を使用すると、この種の分析は、シス作用遺伝因子とトランス作用遺伝因子とを区別することができ、予想通り、機能的ゲノム遺伝子座の存在量およびトランス作用効果の優性を示す。
【0062】
代替の手法では、同様にiPS細胞から調製することができる関連標的組織における対立遺伝子特異的発現の分析を行う;各対立遺伝子は、同じ細胞環境内でそれ自体が調節を行い、他の対立遺伝子(常染色体遺伝子の)が内部コントロールとして機能する。結果として、この方法は、組織の状態、トランス作用因子、および他の環境の影響を調節する。したがって、メッセージのエキソン領域および非翻訳領域におけるSNPが、対立遺伝子発現レベルのマーカーに対してヘテロ接合性の個体においてこれらのマーカーとして機能し得る。ヒト溶質担体ファミリー15(H+/ペプチドトランスポーター)、メンバー2遺伝子(hPepT2)を一例にとり、近年、RT−PCR増幅後の蛍光ジデオキシヌクレオチド末端プローブのプライマー伸長取り込みによるmRNA発現の対立遺伝子特異的測定の方法が記載されている(Pinsonneaultら、2004)。腎臓組織由来のmRNAの各対立遺伝子の相対存在量における有意差は、機能的シス作用因子の存在を実証した。プライマー伸長反応を多重化できるため(Brayら、2004)、多数の遺伝子における機能的シス作用多型の探索が可能となる(Yanら、2002)。マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間分析法(MALDI−TOF;Dingら、2004)および対立遺伝子特異的RT−PCR法(Zhangら、2004)の使用を含む他のプラットフォーム(WojnowskiおよびBrockmoller、2004)に利用される方法によって同様の結果を得ることができる。これらの技術は、エキソンマーカーおよび非翻訳マーカーが利用できず、かつへテロ核RNA(hnRNA)が標的サンプル中に十分に存在する場合は、未処理hnRNAまで拡大適用することができる(Hirotaら、2004)。
【0063】
IV.幹細胞
本発明の特定の実施形態では、組織特異的遺伝的変異を決定するための人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使用する方法が開示される。これらのiPS細胞は、体細胞のリプログラミングによって作製することができ、後述するように様々な点で胚性幹細胞と同一であり得る。胚性幹細胞の特質を理解することが、人工多能性幹細胞の選択に役立ち得る。幹細胞のリプログラミングの研究から周知のリプログラミング因子を、これらの新規な方法に使用することができる。胚性幹細胞の使用に際する倫理的ハードルのために、これらの人工多能性幹細胞を、治療および研究用途として胚性幹細胞の代わりに使用できる可能性あるがことがさらに考えられる。
【0064】
A.幹細胞
幹細胞は、すべてではないにしても殆どが多細胞生物で見られる細胞である。幹細胞は、有糸細胞分裂によって自身を再生する能力、および様々な特殊化した細胞型への分化によって特徴付けられる。広義の2種類の哺乳動物幹細胞は、胚盤胞で見られる胚性幹細胞および成体の組織で見られる成体幹細胞である。発達中の胚では、幹細胞は、特殊化した胚組織のすべてに分化することができる。成体生物では、幹細胞および前駆細胞は、体の修復系として機能して、特殊化した細胞を補充するだけではなく、血液、皮膚、または腸組織などの再生器官の正常な代謝回転を維持する。
【0065】
幹細胞は、細胞培養によって増殖させて、筋肉または神経などの様々な組織の細胞に一致した特質をもつ特殊化した細胞に変換することができるため、幹細胞の医療への使用が提案されている。特に、胚性細胞系、治療用クローニングによって作製された自己胚性幹細胞、および臍帯血または骨髄由来の高度に柔軟な成体幹細胞が、有望な候補としてもてはやされている。最近になって、成体細胞の人工多能性幹細胞へのリプログラミングは、胚性幹細胞に取って代わる大きな可能性を有する。
【0066】
B.胚性幹細胞
胚性幹細胞系(ES細胞系)は、胚盤胞または初期桑実期胚の内細胞塊(ICM)の胚盤葉上層組織由来の細胞の培養物である。胚盤胞は、ヒトでは約4〜5日齢の初期胚であり、50〜150の細胞からなっている。ES細胞は、多能性であり、発達中に3つの主要な胚葉:外胚葉、内胚葉、および中胚葉のすべての誘導体を発生させる。言い換えれば、ES細胞は、特定の細胞型にとって十分かつ必要な刺激が与えられると、成体の体の200を超える細胞型のそれぞれに発達することができる。ES細胞は、胚外膜または胎盤に寄与しない。
【0067】
これまでの研究の殆どすべては、マウス胚性幹細胞(mES)またはヒト胚性幹細胞(hES)を用いて行われてきた。両方の幹細胞は、必須の幹細胞の特質を有するが、これらは、未分化状態を維持するためには全く異なる環境を必要とする。マウスES細胞は、ゼラチン層の上で成長することができ、白血病抑制因子(LIF)の存在を必要とする。ヒトES細胞は、マウス胎児線維芽細胞(MEF)のフィーダー層の上で成長することができ、しばしば、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGFまたはFGF−2)の存在を必要とする。最適な培養条件または遺伝子操作(Chambersら、2003)を用いなくても、胚性幹細胞は、急速に分化する。
【0068】
ヒト胚性幹細胞はまた、いくつかの転写因子および細胞表面タンパク質の存在によっても定義することができる。転写因子Oct−4、Nanog、およびSox−2は、分化および多能性の維持をもたらす遺伝子の抑制を保証するコア調節ネットワークを形成する(Boyerら、2005)。hES細胞を同定するために最も一般的に使用されている細胞表面抗原には、糖脂質SSEA3およびSSEA4ならびにケラタン表面抗原Tra−1−60およびTra−1−81が含まれる。
【0069】
20年にも及ぶ研究がなされても、胚性幹細胞を用いる認可された処置またはヒト治験は存在しない。多能性細胞であるES細胞は、正しい分化に特定のシグナルを必要とし、体内に直接注入されると、ES細胞は、様々な種類の細胞に分化して奇形腫を引き起こす。移植の拒絶反応を回避しつつES細胞を使用可能な細胞に分化させることは、胚性幹細胞の研究者がなお直面するほんの僅かなハードルに過ぎない。多くの国々は、現在、ES細胞の研究または新規なES細胞系の作製を一時的に禁止している。胚性幹細胞は、その無制限の増殖と多能性を併せもつ能力のため、傷害または疾患後の再生医療および組織置換のための理論的に可能な供給源のままである。しかし、これらの問題を回避する1つの方法は、直接的なリプログラミングによって体細胞に多能性の状態を誘導することである。
【0070】
C.人工多能性幹細胞およびリプログラミング因子
一般にiPS細胞またはiPSCと略される人工多能性幹細胞は、非多能性細胞、典型的には成体の体細胞から人工的に誘導されるある型の多能性幹細胞である。人工多能性幹細胞は、ある幹細胞遺伝子およびタンパク質の発現、クロマチンのメチル化パターン、倍加時間、胚様体形成、奇形腫形成、生存可能なキメラの形成、ならびに発生能および分化能の点などから、多くの点で胚性幹細胞などの天然の多能性幹細胞と同一であると考えられるが、天然の多能性幹細胞に対するそれらの全範囲に亘る関連についてはなお評価中である。
【0071】
iPS細胞は、2006年にマウスの細胞から初めて作製され(Takahashiら、2006)、そして2007年にヒトの細胞から作製された(Takahashiら、2007;Yuら、2007)。これは、論争の的になっている胚を使用することなく、研究に重要であり、かつ治療用途を潜在的に有する多能性幹細胞を研究者が入手可能にし得るため、幹細胞の研究における重大な進歩と言われている。
【0072】
iPS細胞の作製には、誘導のために使用されるリプログラミング因子が極めて重要である。以下の因子またはそれらの組合せは、本発明に開示される方法に使用することができる。特定の態様では、SoxおよびOct(好ましくはOct3/4)をコードする核酸が、リプログラミングベクターに導入される。例えば、1つ以上のリプログラミングベクターは、Sox2、Oct4、Nanog、および任意選択のLin28をコードする発現カセット、またはSox2、Oct4、Klf4、および任意選択のc−Mycをコードする発現カセット、またはSox2、Oct4、および任意選択のEsrrbをコードする発現カセット、またはSox2、Oct4、Nanog、Lin28、Klf4、c−Myc、および任意選択のSV40ラージT抗原をコードする発現カセットを含み得る。これらのリプログラミング因子をコードする核酸は、同じ発現カセット、異なる発現カセット、同じリプログラミングベクター、または異なるリプログラミングベクターの中に含まれ得る。
【0073】
Oct4および特定の番号のSox遺伝子ファミリー(Sox1、Sox2、Sox3、およびSox15)は、存在しないと誘導を不可能にする誘導プロセスに関与する極めて重要な転写調節因子として同定された。しかし、特定の番号のKlfファミリー(Klf1、Klf2、Klf4、およびKlf5)、Mycファミリー(c−Myc、L−Myc、およびN−Myc)、Nanog、およびLin28を含むさらなる遺伝子が、誘導効率を上げることが確認された。
【0074】
Oct4(Pou5f1)は、八量体(「Oct」)転写因子のファミリーの1つであり、多能性の維持において極めて重要な役割を果たす。割球および胚性幹細胞などのOct4細胞におけるOct4の非存在は、自然な栄養芽細胞分化をもたらし、したがって、Oct4の存在は、胚性幹細胞の多能性および分化能を生じさせる。Oct4の類縁体、Oct1、およびOct6を含む「Oct」ファミリーの様々な他の遺伝子は、誘導を引き起こすことができないため、誘導プロセスに対するOct−4の排他性を実証している。
【0075】
Soxファミリーの遺伝子は、多能性幹細胞だけで発現されるOct4とは対照的な複能および単能幹細胞に関連しているが、Oct4と同様に多能性の維持に関連している。Sox2は、Takahashiら(2006)、Wernigら(2007)、およびYuら(2007)によって誘導のために使用された最初の遺伝子であり、Soxファミリーの他の遺伝子は、誘導プロセスでも働くことが確認された。Sox1は、Sox2と同様の効率でiPS細胞を産生し、遺伝子Sox3、Sox15、およびSox18も、低い効率であるがiPS細胞を産生する。
【0076】
胚性幹細胞では、Nanogは、Oct4およびSox2と共に、多能性の促進に必要である。したがって、Yuら(2007)が、因子の1つとしてNanogを用いてiPS細胞を作製することが可能であることを報告していたが、Takahashiら(2006)が、Nanogが誘導に必須ではないことを報告したときは驚きであった。
【0077】
Lin28は、分化および増殖に関連した胚性幹細胞および胚性癌腫細胞で発現されるmRNA結合タンパク質である。Thomsonらは、LIN28は不要であるが、iPS作製における因子であることを実証した。
【0078】
Klfファミリーの遺伝子のKlf4は、Takahashiら(2006)によって初めに同定され、Wernigら(2007)によってマウスiPS細胞の作製のための因子であることが確認され、Takahashiら(2007)によってヒトiPS細胞の作製のための因子であることが実証された。しかしながら、Yuら(2007)は、Klf4は、ヒトiPS細胞の作製に不要であることを報告し、実際、ヒトiPS細胞を作製できなかった。Klf2およびKlf4は、iPS細胞を作製可能な因子であることが判明し、関連遺伝子Klf1およびKlf5も、低い効率であるが同様であった。
【0079】
Mycファミリーの遺伝子は、癌に関与するプロトオンコジーンである。Takahashiら(2006)およびWernigら(2007)は、c−MycがマウスiPS細胞の作製に関与する因子であることを実証し、Takahashiら(2007)は、c−MycがヒトiPS細胞の作製に関与する因子であることを実証した。しかしながら、Yuら(2007)およびTakahashiら(2007)は、c−Mycは、ヒトiPS細胞の作製に不要であることを報告した。iPS細胞の導入における「Myc」ファミリーの遺伝子の使用は、臨床治療ではiPS細胞の結末に問題があり、c−Myc誘導iPS細胞が移植されたマウスの25%が致命的な奇形腫を発症した。N−MycおよびL−Mycは、同様の効率でc−mycの代わりに誘導することが確認された。SV40ラージ抗原を用いて、c−Mycが発現されたときに起こり得る細胞障害性を軽減または防止することができる。
【0080】
本発明に使用されるリプログラミングタンパク質は、ほぼ同じリプログラミング機能をもつタンパク質相同体によって置換することができる。これらの相同体をコードする核酸も、リプログラミングに使用することができる。保存的なアミノ酸置換、すなわち、例えば、極性酸性アミノ酸としてアスパラギン酸−グルタミン酸;極性塩基性アミノ酸としてリシン/アルギニン/ヒスチジン;非極性または疎水性アミノ酸としてロイシン/イソロイシン/メチオニン/バリン/アラニン/グリシン/プロリン;極性または非荷電親水性アミノ酸としてセリン/トレオニンが好ましい。保存的なアミノ酸置換には、側鎖に基づいた群化も含まれる。例えば、脂肪族側鎖を有するアミノ酸群は、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、およびイソロイシンであり;脂肪族−ヒドロキシル側鎖を有するアミノ酸群は、セリンおよびトレオニンであり;アミドを含む側鎖を有するアミノ酸群は、アスパラギン酸およびグルタミン酸であり;芳香族側鎖を有するアミノ酸群は、フェニルアラニン、チロシン、およびトリプトファンであり;塩基性側鎖を有するアミノ酸群は、リシン、アルギニン、およびヒスチジンである;硫黄を含む側鎖を有するアミノ酸群は、システインおよびメチオニンである。例えば、ロイシンのイソロイシンまたはバリンでの置換、アスパラギン酸のグルタミン酸での置換、トレオニンのセリンでの置換、またはアミノ酸の構造的に関連したアミノ酸での置換が、得られるポリペプチドの特性に大きな影響を与えないと予想するのが妥当である。アミノ酸の変化が機能的なポリペプチドをもたらすか否かは、そのポリペプチドの特定の活性をアッセイすることによって容易に決定することができる。
【0081】
V.リプログラミング因子の発現
本発明の特定の態様では、iPS細胞は、リプログラミング因子を用いてリプログラミング体細胞から作製される。本発明の体細胞は、多能性に誘導され得るあらゆる体細胞、例えば、線維芽細胞、ケラチノサイト、造血細胞、間葉細胞、肝細胞、胃細胞、またはβ細胞であり得る。好ましい態様では、T細胞は、リプログラミング用の体細胞の供給源として使用することができる(参照により本明細書に組み入れられる米国特許出願第61/184,546号を参照されたい)。
【0082】
リプログラミング因子を、1つ以上のベクター、例えば、組み込み型ベクターまたはエピソームベクターに含まれる発現カセットから発現させることができる。さらなる態様では、リプログラミングタンパク質を、タンパク質形質導入によって体細胞に直接導入することができる(参照により本明細書に組み入れられる米国特許出願第61/172,079号を参照されたい)。
【0083】
A.組み込み型ベクター
iPS細胞は、本発明では、リプログラミングタンパク質をコードする特定の核酸または遺伝子の非多能性細胞、例えば、T細胞へのトランスフェクションによって得ることができる。トランスフェクションは、典型的には、現行方式ではレトロウイルスなどの組み込み型ウイルスベクターによって達成される。トランスフェクトされた遺伝子は、マスター転写調節因子Oct4(Pouf51)およびSox2を含み得るが、他の遺伝子も誘導効率を高めることが示されている。臨界期の後、少数のトランスフェクトされた細胞が、場合により、多能性幹細胞に形態学的および生物学的に類似し始め、形態学的選択、倍加時間によって、またはレポーター遺伝子および抗生物質感染によって単離することができる。
【0084】
2007年11月に、2つの別個の研究チーム(Yuら、2007;Takahashiら、2007)が成人ヒト線維芽細胞からiPSを作製するという画期的な出来事が起きた。以前にマウスモデルで使用された同じ原理を用いて、Takahashiら(2007)は、レトロウイルス系を用いて同じ4つの枢要な遺伝子:Oct4、Sox2、Klf4、およびc−Mycでヒト線維芽細胞を多能性間細胞に形質転換することに成功したが、c−Mycは発癌性である。Yuら(2007)は、レンチウイルス系を用いてOct4、Sox2、NANOG、および異なる遺伝子LIN28を使用してc−Mycの使用を回避した。
【0085】
上記されたように、ヒト皮膚線維芽細胞からの多能性幹細胞の誘導は、リプログラミング遺伝子の異所性発現用のレトロウイルスまたはレンチウイルスベクターを用いて達成された。モロニーマウス白血病ウイルスなどの組換えレトロウイルスは、安定して宿主ゲノムに組み込む能力を有する。組換えレトロウイルスは、宿主ゲノムへの組み込みを可能にする逆転写酵素を含む。レンチウイルスは、レトロウイルスのサブクラスである。レンチウイルスは、非分裂細胞ならびに分裂細胞のゲノムに組み込む能力により、ベクターとして広く利用されている。RNAの形態のウイルスゲノムは、ウイルスが細胞に侵入すると逆転写されてDNAを産生し、次いでウイルスインテグラーゼ酵素によってランダムな位置でゲノムに挿入される。
【0086】
B.エピソームベクター
これらのリプログラミング法は、染色体外で複製するベクター(すなわち、エピソームベクター)を使用することもでき、エピソームベクターは、エピソームとして複製して外来ベクターまたはウイルス要素を本質的に含まないiPS細胞を作製できるベクターである(参照により本明細書に組み入れられる米国特許出願第61/058,858号を参照されたい;Yuら、2009)。多数のDNAウイルス、例えば、アデノウイルス、サル空胞化ウイルス40(SV40)またはウシ・パピローマ・ウイルス(BPV)、または出芽酵母ARS(自己複製配列)含有プラスミドは、哺乳動物細胞おいて染色体外で、またはエピソームとして複製する。これらのエピソームプラスミドは、組み込みベクターに関連したこれらのすべての不都合(Bodeら、2001)が本質的にない。例えば、リンパ球指向性ヘルペスウイルスのベースを含む、または上記定義されたエプスタイン・バー・ウイルス(EBV)は、染色体外で複製し、体細胞にリプログラミング遺伝子を送達するのに役立ち得る。
【0087】
例えば、本発明に使用されるプラスミドをベースとする手法は、詳細が後述されるように、EBV要素をベースとした系の臨床設定での取り扱いやすさを損なうことなく、この系の複製および維持の成功に必要な強い要素を抽出することができる。必須のEBV要素は、OriPおよびEBNA−1またはそれらの変異体もしくは機能的等価物である。この系のさらなる利点は、これらの外来要素が、細胞に導入されてから時間が経つと消滅し、外来要素を本質的に含まない自立iPS細胞をもたらすことである。
【0088】
プラスミドまたはリポソームをベースとした染色体外ベクター、例えば、OriPをベースとしたベクター、および/またはEBNA−1の誘導体をコードするベクターの使用により、DNAの大きい断片が細胞に導入され、染色体外に維持され、細胞周期ごとに1回複製され、娘細胞に効率的に分割され、そして免疫応答を実質的に誘発しない。具体的には、EBNA−1、oriPをベースとした発現ベクターの複製に必要な唯一のタンパク質は、MHCクラスI分子にその抗原の提示を必要とするプロセシングをバイパスする効率的な機序を発達させたため、細胞の免疫応答を誘発しない(Levitskayaら、1997)。さらに、EBNA−1は、トランスで作用してクローン化遺伝子の発現を促進することができ、一部の細胞系において最大100倍のクローン化遺伝子の発現を誘導する(Langle−Rouaultら、1998;Evansら、1997)。最後に、このようなoriPをベースとした発現ベクターの製造は低コストである。
【0089】
他の染色体外ベクターは、他のリンパ球指向性ヘルペスウイルスをベースとしたベクターを含む。リンパ球指向性ヘルペスウイルスは、リンパ芽球(例えば、ヒトBリンパ芽球)で複製するヘルペスウイルスであり、その自然の生活環の一部のためにプラスミドになる。単純ヘルペスウイルス(HSV)は、「リンパ球指向性」ヘルペスウイルスではない。例示的なリンパ球指向性ヘルペスウイルスには、限定されるものではないが、EBV、カポジ肉腫ヘルペスウイルス(KSHV);リスザルヘルペスウイルス(HS)およびマレック病ウイルス(MDV)が含まれる。また、酵母ARS、アデノウイルス、SV40、またはBPVなどの、エピソームをベースとしたベクターの他の供給源も考えられる。
【0090】
ウイルスによる遺伝子送達の潜在的な問題を回避するために、今年、2つのグループが、ウイルスベクターを用いずにヒト細胞に多能性を誘導することにトランスポゾンをベースとした手法で成功した共同研究について報告した(Woltjenら、2009;Kajiら、2009)。安定したiPS細胞は、ウイルス由来2Aペプチド配列を用いてリプログラミング因子を含む多シストロン性ベクターを作製して、これをpiggyBacトランスポゾンベクターによってヒトおよびマウスの線維芽細胞の両方に送達して、これらの細胞で作製した。次いで、樹立されたiPS細胞系では必要のない2A連結リプログラミング因子を除去した。これらの戦略は、本発明の特定の態様において、T細胞のリプログラミングに同様に適用することができる。
【0091】
C.タンパク質形質導入
外来性遺伝子改変が標的細胞に導入されるのを回避する1つの考えられる方法は、送達される遺伝子の転写に依存するのではなく、リプログラミングタンパク質を直接細胞に導入することであろう。以前の研究により、タンパク質形質導入を媒介する短ペプチド、例えば、HIVtatおよびポリアルギニンなどを様々なタンパク質に結合することによって、in vitroおよびin vivoでこれらのタンパク質を細胞に送達できることが実証されている。近年の研究により、組換えリプログラミングタンパク質を直接送達することによって、マウス線維芽細胞を多能性幹細胞に完全にリプログラミングできることが実証されている(Zhouら、2009)。タンパク質形質導入で細胞をリプログラミングする方法の詳細は、参照により本明細書に組み入れられる米国特許出願第61/172,079号に開示されている。
【0092】
本発明の特定の態様では、タンパク質形質導入ドメインを用いて、リプログラミングタンパク質をT細胞に直接導入することができる。タンパク質形質導入は、リプログラミングタンパク質の細胞への送達を容易にする方法であり得る。例えば、HIV Tatタンパク質に由来するTATタンパク質のある領域を標的タンパク質に融合して、標的タンパク質の細胞への侵入を可能にすることができる。これらの形質導入ドメインの融合を用いる利点は、タンパク質の侵入が、迅速で、濃度に依存し、様々な細胞型に対応できるようである。
【0093】
本発明のさらなる態様では、核局在配列を用いて、リプログラミングタンパク質の核侵入を容易にすることもできる。核局在シグナル(NLS)は、様々なタンパク質について記載されている。核へのタンパク質輸送の機序は、核局在シグナルを含む標的タンパク質のカリオフェリンのαサブユニットへの結合によるものである。これに続いて、標的タンパク質:カリオフェリン複合体が核孔を介して核へ輸送される。しかしながら、リプログラミングタンパク質は、しばしば、内因性核局在配列を有し得る転写因子である。したがって、核局在配列は、必ずしも必要ではないであろう。
【0094】
リプログラミングタンパク質の体細胞への直接導入を本発明に使用することができ、リプログラミングタンパク質は、タンパク質形質導入ドメイン(PTD)を含む融合タンパク質を作製することによって、または各分子上の官能基を介してリプログラミングタンパク質とPTDを化学的に架橋結合することによってPTDに機能的に連結する。
【0095】
標準的な組換え核酸分子法を用いて、本明細書で使用される1つ以上の形質導入可能なリプログラミングタンパク質を発現させることができる。一実施形態では、形質導入可能なタンパク質をコードする核酸配列を、例えば、転写および翻訳のための適切なシグナルおよびプロセシング配列ならびに調節配列を有する核酸発現ベクターにクローニングする。別の実施形態では、タンパク質は、自動有機合成法を用いて合成することができる。
【0096】
加えて、タンパク質の細胞への輸送にも役立ち得るいくつかの方法が存在し、これらの1つ以上の方法を、単独で使用するか、または、限定されるものではないが、微量注入、エレクトロポレーション、およびリポソームの使用を含むタンパク質形質導入ドメインを用いた方法と組み合わせて使用することができる。これらの方法の殆どは、タンパク質製剤を必要とし得る。組換えタンパク質の精製は、しばしば、親和性タグの発現構築物への組み込みによって容易になり、精製ステップが迅速かつ効率的になる。
【0097】
VI.iPS細胞の選択、培養、および分化
本発明の特定の態様では、1つ以上のリプログラミング因子が試験被験体の体細胞に導入された後、細胞が、増大のために培養される(任意選択で、トランスフェクト細胞を濃縮するために陽性選択またはスクリーニングマーカーのようなベクター要素の存在について選択される)。リプログラミングベクターが、これらの細胞でリプログラミング因子を発現し、細胞分裂と共に複製および分割することができる。別法では、リプログラミングタンパク質を、リプログラミングタンパク質を含む培地を補充することによってこれらの細胞および子孫細胞に侵入させることができる。これらのリプログラミング因子は、体細胞ゲノムをリプログラミングして、自律多能性状態を確立し、この間またはベクターの存在の陽性選択の除去後に、外来性遺伝要素が徐々に消失する、またはリプログラミングタンパク質を添加する必要がない。
【0098】
これらの人工多能性幹細胞は、多能性胚性幹細胞と実質的に同一であることが期待されているため、胚性幹細胞の特質に基づいて子孫細胞から選択することができる。追加の陰性選択ステップを利用して、リプログラミングベクターDNAの非存在の検査またはレポーターなどの選択マーカーの使用による外来性遺伝要素を本質的に含まないiPS細胞の選択を促進する、または助けることができる。
【0099】
iPS細胞が選択または単離されたら、組織特異的遺伝的変異の決定のためにiPS細胞から特定の細胞型への分化を誘導することができる。特定の細胞型は、選択された組織、例えば、網膜に含まれ得る。
【0100】
A.iPS細胞の選択
以前の研究で作製に成功したiPSCは、以下に示す点で自然に分離される多能性幹細胞(マウス胚性幹細胞mESCおよびヒト胚性幹細胞hESCなど)に著しく類似しているため、自然に分離される多能性幹細胞に対するiPSCの同一性、真正性、および多能性が確認された。したがって、本発明で開示される方法で作製される人工多能性幹細胞は、1つ以上の以下の胚性幹細胞の特質に基づいて選択することができる。
【0101】
i.細胞の生物学的特性
形態:iPSCは、ESCに形態学的に類似している。各細胞は、丸い形状、二重仁または大きい核小体、および少ない細胞質を有することができる。iPSCのコロニーも同様に、ESCのコロニーに類似し得る。ヒトiPSCは、hESCに類似した縁が鋭く平坦な密集したコロニーを形成し、マウスiPSCは、mESCに類似し、hESCよりも平坦ではなく、より塊状のコロニーを形成する。
【0102】
増殖特性:倍加時間および有糸分裂活性は、幹細胞がその定義の一部として自己再生しなければならないため、ESCに重要なものである。iPSCは、分裂期に活性であり、ESCと等しい速度で活発に自己再生し、増殖し、そして分裂することができる。
【0103】
幹細胞マーカー:iPSCは、ESC上に発現される細胞表面抗原マーカーを発現し得る。ヒトiPSCは、限定されるものではないが、SSEA−3、SSEA−4、TRA−1−60、TRA−1−81、TRA−2−49/6E、およびNanogを含め、hESCに特異的なマーカーを発現した。マウスiPSCは、mESCと同様に、SSEA−1を発現したが、SSEA−3もSSEA−4も発現しなかった。
【0104】
幹細胞遺伝子:iPSCは、Oct4、Sox2、Nanog、GDF3、REX1、FGF4、ESG1、DPPA2、DPPA4、およびhTERTを含め、未分化ESCで発現される遺伝子を発現し得る。
【0105】
テロメラーゼ活性:テロメラーゼは、約50回の細胞分裂のヘイフリック限界によって制限されない細胞分裂を持続させるために必要である。hESCは、自己再生および増殖を持続させるために高いテロメラーゼ活性を示し、iPSCもまた、高いテロメラーゼ活性を示し、テロメラーゼタンパク質複合体に必要な成分であるhTERT(ヒトテロメラーゼ逆転写酵素)を発現する。
【0106】
多能性:iPSCは、ESCに類似した方式で完全に分化した組織に分化することができる。
【0107】
神経分化:iPSCは、ニューロンに分化して、βIII−チューブリン、チロシンヒドロキシラーゼ、AADC、DAT、ChAT、LMX1B、およびMAP2を発現し得る。カテコールアミン関連酵素の存在は、iPSCが、hESCと同様に、ドーパミン作動性ニューロンに分化し得ることを示唆し得る。幹細胞関連遺伝子は、分化後にダウンレギュレートされる。
【0108】
心臓分化:iPSCは、自発的に鼓動を開始する心筋細胞に分化し得る。心筋細胞は、cTnT、MEF2C、MYL2A、MYHCβ、およびNKX2.5.を発現する。幹細胞関連遺伝子は、分化後にダウンレギュレートされる。
【0109】
奇形腫形成:免疫不全マウスに注入されたiPSCは、一定期間、例えば、9週間後に自然に奇形腫を形成し得る。奇形腫は、内胚葉、中胚葉、および外胚葉の3つの胚葉に由来する組織を含む多系譜の腫瘍であり:これは、典型的には1種類だけの細胞型からなる他の腫瘍とは異なっている。奇形腫形成は、多能性についてのランドマーク試験である。
【0110】
胚様体:培養下のhESCは、「胚様体」と呼ばれる球状胚様構造を自然に形成し、この胚様体は、分裂期に活性化して分化するhESCのコアと3つすべての胚葉から完全に分化した細胞の周辺からなる。iPSCも同様に、胚様体を形成し、周辺の分化細胞を有し得る。
【0111】
胚盤胞注入:hESCは、胚盤胞の内細胞塊(胚結節)内に自然に存在し、胚結節において、胚盤胞の殻(栄養膜)が胚外組織に分化する間に胚に分化する。中空栄養膜は、生きた胚を形成することができないため、胚盤胞内の胚性幹細胞が分化して胚を形成する必要がある。雌レシピエントに導入される胚盤胞を形成するために微量ピペットで栄養膜に注入されたiPSCは、生きたキメラ仔マウス:体全体にiPSC誘導体が10〜90%組み込まれたキメラマウスとなり得る。
【0112】
ii.後成的リプログラミング
プロモーターの脱メチル化:メチル化は、メチル基のDNA塩基への転移、典型的には、CpG部位(シトシン/グアニン配列の近傍)のシトシン分子へのメチル基の転移である。遺伝子の広範なメチル化は、発現タンパク質の活性の抑制または発現を阻害する酵素の動員によって発現を阻害する。したがって、遺伝子のメチル化は、転写を防止することによって効率的に遺伝子を沈黙させる。Oct4、Rex1、およびNanogを含む多能性関連遺伝子のプロモーターは、iPSC内で脱メチル化され得、それらのプロモーター活性ならびにiPSC内の多能性関連遺伝子の活発な促進および発現を示す。
【0113】
ヒストン脱メチル化:ヒストンは、様々なクロマチン関連修飾によってそれらの活性を高めることができるDNA配列に構造的に局在する密集タンパク質である。Oct4、Sox2、およびNanogに関連したH3ヒストンは、脱メチル化され、Oct4、Sox2、およびNanogの発現を活性化し得る。
【0114】
B.iPS細胞の培養
開示された方法を用いてリプログラミング因子が体細胞に導入されたら、これらの細胞を、多能性を維持するのに十分な培地で培養することができる。本発明で作製された人工多能性幹(iPS)細胞の培養は、霊長類多能性幹細胞、より具体的には、米国特許出願第20070238170号および同第20030211603号に記載されている胚性幹細胞を培養するために開発された技術および様々な培地を用いることができる。当業者には周知であろう、ヒト多能性幹細胞の培養および維持の別の方法も、本発明に使用できることを理解されたい。
【0115】
特定の実施形態では、非限定条件を使用することができ:例えば、多能性細胞を、線維芽細胞フィーダー細胞で、または幹細胞を未分化状態に維持するために線維芽細胞フィーダー細胞に曝露された培地で培養することができる。別法では、多能性細胞は、限定されたフィーダー依存性培養系、例えば、TeSR培地(Ludwigら、2006a;Ludwigら、2006b)を用いて培養し、本質的に未分化状態に維持することができる。フィーダー依存性培養系および培地を用いて多能性細胞を培養し、維持することができる。これらの手法は、マウス線維芽細胞「フィーダー層」を必要とすることなく、ヒト胚性幹細胞を本質的に未分化の状態に維持することができる。本明細書に記載されているように、必要に応じてコストを削減するためにこれらの方法に様々な変更を加えることができる。
【0116】
例えば、ヒト胚性幹(hES)細胞と同様に、iPS細胞は、80%DMEM(Gibco #10829−018または#11965−092)、加熱不活化処理されていない20%規定ウシ胎児血清(FBS)(またはヒトAB血清)、1%非必須アミノ酸、1mM L−グルタミン、および0.1mM β−メルカプトエタノールで維持することができる。別法では、iPS細胞は、80%Knock−Out DMEM(Gibco #10829−018)、20%血清代替物(Gibco #10828−028)、1%非必須アミノ酸、1mM L−グルタミン、および0.1mM β−メルカプトエタノールで作製された無血清培地で維持することができる。使用の直前に、約4ng/mLの最終濃度になるようにヒトbFGFを添加することができ(WO99/20741号)、または、実施例のように代わりにゼブラフィッシュbFGFを使用することができる。
【0117】
様々なマトリックス成分を、ヒト多能性幹細胞の培養および維持に使用することができる。例えば、コラーゲンIV、フィブロネクチン、ラミニン、およびビトロネクチンを組み合わせて使用して、参照によりその全容が本明細書に組み入れられるLudwigら(2006a;2006b)に記載されているように、多能性細胞の増殖のための個体支持体を提供する手段として培養表面を被覆することができる。
【0118】
Matrigel(商標)を用いて、ヒト多能性幹細胞の細胞培養および維持のための基質を提供することができる。Matrigel(商標)は、マウス腫瘍細胞によって分泌されるゼラチン状タンパク質混合物であり、BD Biosciences(New Jersey、USA)から市販されている。この混合物は、多くの組織に見られる複雑な細胞外環境に類似しており、細胞培養の基質として細胞生物学者によって使用されている。
【0119】
iPS細胞は、ES細胞と同様に、SSEA−1、SSEA−3、およびSSEA−4(Developmental Studies Hybridoma Bank、National Institute of Child Health and Human Development、Bethesda Md.)、ならびにTRA−1−60およびTRA−1−81(Andrewsら、1987)に対する抗体を用いて免疫組織化学またはフローサイトメトリーによって同定または確認することができる特徴的な抗原を有する。胚性幹細胞の多能性は、8〜12週齢の雄SCIDマウスの後肢筋肉に約0.5〜10×10の細胞を注入することによって確認することができる。奇形腫が発症し、3つの胚葉のそれぞれの少なくとも1つの細胞型を実証する。
【0120】
C.iPS細胞の分化
様々な手法を本発明に用いて、iPS細胞を、限定されるものではないが、網膜上皮細胞、網膜神経細胞、造血細胞、筋細胞(例えば、心筋細胞)、ニューロン、線維芽細胞、および上皮細胞、ならびにこれらに由来する組織または器官を含む特定の細胞系譜に遺伝的に分化させることができる。網膜細胞への分化は、一例であり得る。
【0121】
網膜色素上皮(RPE)は、網膜視細胞に栄養を与える網膜神経感覚上皮のすぐ外側の色素沈着した細胞層であり、下側の脈絡膜および上側の網膜視細胞に固着されている。RPEは、色素顆粒が高密度に詰まった六角形細胞の単一層からなる。網膜色素上皮は、光受容体細胞の外側部分の食作用に関与し、かつすべてのトランスレチノールを11−シスレチナールに異性化するビタミンAサイクルにも関与する。網膜色素上皮はまた、脈絡膜血液感染物質に対する強固な障壁を維持したまま、小分子、例えば、アミノ酸、アスコルビン酸、およびD−グルコースを供給することによって網膜環境を維持する制限輸送因子としても機能し得る。イオン環境の恒常性は、繊細な輸送交換系によって維持される。外面から見ると、これらの細胞は、平滑な六角形の形状である。断面を見ると、各細胞は、大きな楕円形の核を含む外側非色素性部分と、桿体間の一連の直線糸状突起として延びた内側色素性部分とからなり、これは、特に眼に光が当たった場合である。
【0122】
RPE細胞のヒト患者からの単離は、技術的に困難かつ複雑であろう。本発明の特定の態様では、RPE細胞は、遺伝的欠陥の同定のためにiPS細胞の分化によって得ることができる。例えば、RPE細胞は、WO2008/129554号、Osakadaら(2008)、Osakadaら(2009)、およびHiramiら(2009)に開示されている方法によって分化させることができる。例えば、ヒトiPS細胞は、小さな細胞の塊に分離し、WntアンタゴニストおよびNodalアンタゴニストを含む無血清培地(SFEB/DL)を含む懸濁培養物としてペトリ皿に播種することができる。これらの条件下で、iPS細胞が、胚様体様凝集体を形成し得る。第20日目に、凝集体を、さらなるRPEの分化のためにポリ−D−リシン、ラミニン、およびフィブロネクチンが被覆されたガラススライドにプレーティングすることができる。
【0123】
特定の態様では、iPS細胞は、心臓細胞および血液細胞に分化させることもできる。iPS細胞の心臓分化への例示的な方法には、胚様体(EB)法(Zhangら、2009)、またはOP9間質細胞法(Narazakiら、2008)、または成長因子/化学法(参照によりその全容が本明細書に組み入れられる米国特許出願公開第20080038820号、同第20080226558号、同第20080254003号、および同第20090047739号を参照されたい)が含まれ得る。iPS細胞の造血分化の例示的な方法には、限定されるものではないが、それぞれ参照によりその全容が本明細書に組み入れられる米国仮特許出願第61/088,054号および同第61/156,304号に開示されている方法、または胚様体(EB)をベースとした方法(Chadwickら、2003;Ngら、2005)が含まれ得る。フィブロネクチン分化法を、Wangら、2007に例示されているように、血液系への分化に使用することもできる。
【実施例】
【0124】
VII.実施例
以下の実施例は、本発明の好ましい実施形態を実証するために含められている。以下の実施例に開示される技術は、本発明の実施において十分に機能する本発明者によって見出された技術の代表であり、したがって、本発明の実施にとって好ましい方式を構成すると見なすことができることを当業者であれば理解できよう。しかしながら、当業者であれば、本発明の趣旨および範囲から逸脱することなく、開示された特定の実施形態で多くの変更が可能であり、変更しても同様または類似の結果が得られることを本開示から理解できよう。
【0125】
実施例1
iPS細胞を、網膜色素変性症と診断された患者から作製する。コントロールとして、iPS細胞を、網膜色素変性症ではない患者の家族、好ましくはきょうだいからも作製する。ヒトiPS細胞系は、上記したように(Yuら、2007)、4つの転写因子(OCT4、SOX2、NANOG、およびLIN28)のレンチウイルス媒介形質導入によって得る。患者およびきょうだいに由来する両方のiPS細胞を、Matrigel(商標)に維持し、TeSR培地で培養する。
【0126】
単一細胞懸濁液を、コロニーをTrypLe、組換えトリプシン様酵素(Invitrogen、Carlsbad、CA)で、37℃で7分間インキュベートし、アポトーシス阻害剤H1152およびダイズトリプシン阻害剤を含むTeSR培地で2回洗浄し、H1152およびダイズトリプシン阻害剤を含む0.5mlの低温PBSで再懸濁することにより作製する。懸濁培養物を、100ng/ml Dkk−1、Wntアンタゴニストおよび500ng/ml Lefty A、Nodalアンタゴニストが添加された無血清培地を含むゼラチン被覆皿に蒔き、18〜20日間置いて凝集体を形成する。次いで、凝集体を、ポリ−D−リシン、ラミニン、およびフィブロネクチンが被覆された培養スライドにプレーティングし、分化培地(10%KSR(ノックアウト血清代替物)、0.1mM非必須アミノ酸、1mMピルビン酸ナトリウム、0.1mM 2−メルカプトエタノール、50単位/mlペニシリン、および50μg/mlストレプトマイシンを含むG−MEM(GIBCO))でインキュベートする。RPE細胞を、多角形の形態、色素沈着、ならびにRPE−65およびZO−1のような分子マーカー、密着結合マーカーによって選択し、濃縮する。
【0127】
全RNAを、TRIzol試薬(Invitrogen)またはTRI−Reagent(Sigma)を用いてRPE細胞から抽出する。cDNA合成を、製造者の取扱説明書(Promega Corporation、Madison、WI)にしたがって、モロニーマウス白血病ウイルス逆転写酵素(M−MLV RT)およびランダムプライマーを用いて行う。ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を、Taq DNAポリメラーゼ(Gibco−BRL)を用いて標準プロトコルにしたがって行う。Q−PCR、cDNA配列決定、およびマイクロアレイを用いて、患者に由来するRPE細胞と正常な血縁家族に由来するRPE細胞とを比較し、1つ以上の遺伝的変異を決定する。
【0128】
本明細書に開示され請求されるすべての方法は、本開示から、過度の実験をしなくても構築および実施され得る。本発明の組成物および方法を好ましい実施形態を用いて記載してきたが、本発明の概念、趣旨、および範囲から逸脱することなく、変形形態が、本明細書に記載された方法ならびにその方法のステップまたは順序だったステップに適用できることは当業者には明らかであろう。より詳細には、化学的および生理学的の両方に関連する特定の作用物質が、本明細書に記載された作用物質の代替となり得、同じまたは同様の結果が達成されるであろうことは明らかである。当業者には明らかなすべてのこのような同様の代替物および変更は、添付の特許請求の範囲によって規定される本発明の趣旨、範囲、および概念の中に包含されると見なされる。
【0129】
参照文献
以下に示す参照文献は、本明細書の記載を補足する例示的な処置手順または他の詳細を提供する程度に、参照により本明細書に明確に組み入れられる。
【0130】
【化1】

【0131】
【化2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
選択されたコントロール遺伝子構造に対する試験被験体における組織特異的な遺伝的変異の存在を決定するための方法であって、該方法は:
(a)選択された組織の分化細胞の遺伝物質を得るステップであって、該細胞が、該被験体の体細胞のリプログラミングによって得られた人工多能性幹(iPS)細胞の分化によって調製されたものである、ステップと、
(b)該分化細胞の該遺伝物質を検査して該遺伝物質の1つ以上の遺伝子構造を1つ以上のコントロール遺伝子構造と比較し、これにより該被験体の組織の細胞におけるこのような遺伝的変異の存在を決定するステップと、を含む、方法。
【請求項2】
前記試験被験体が、遺伝的異常または遺伝病を有するか、またはそれを有する疑いがある、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記選択された組織が、網膜である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記分化細胞が、網膜神経細胞である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記分化細胞が、網膜色素上皮(RPE)細胞である、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
前記検査が、RNA配列決定またはDNA配列決定を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記検査が、マイクロアレイ分析を利用する、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記遺伝物質が、RNAまたはDNAを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記遺伝子構造が、ヌクレオチド配列を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記遺伝子構造が、RNAレベルまたはタンパク質レベルにおける発現プロフィールによって表される、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記遺伝的変異が多型である、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記遺伝的変異が、一塩基多型変異である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記遺伝的変異が、遺伝子突然変異である、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
前記遺伝的変異が、RNAレベルまたはタンパク質レベルにおける差次的発現によって表される、請求項1に記載の方法。
【請求項15】
前記遺伝的変異が、1つ以上のコーディング配列の変異である、請求項1に記載の方法。
【請求項16】
前記遺伝的変異が、1つ以上の遺伝子調節エレメントの変異である、請求項1に記載の方法。
【請求項17】
前記遺伝子調節エレメントが、プロモーター、エンハンサー、サイレンサー、または応答エレメントである、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記遺伝子調節エレメントが、マイクロRNAである、請求項16に記載の方法。
【請求項19】
前記遺伝的変異が、後成的変異である、請求項1に記載の方法。
【請求項20】
前記遺伝的変異が、前記遺伝子構造のメチル化における変異である、請求項19に記載の方法。
【請求項21】
前記コントロール遺伝子構造が、選択された遺伝的変異を有していないことが知られている遺伝子構造である、請求項1に記載の方法。
【請求項22】
前記コントロール遺伝子構造が、正常組織由来遺伝物質に含まれている、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
前記コントロール遺伝子構造が、遺伝物質に含まれ、該遺伝物質が、コントロール被験体の正常体細胞のリプログラミングによって得られたiPS細胞の分化によって調製された、選択された正常細胞に由来する、請求項1に記載の方法。
【請求項24】
前記正常組織または前記選択された正常細胞が、前記試験被験体の選択された組織と同じ組織型である、請求項22または23に記載の方法。
【請求項25】
前記コントロール遺伝子構造が、前記試験被験体の親族であるコントロール被験体である、請求項1に記載の方法。
【請求項26】
前記コントロール被験体が、前記試験被験体のきょうだいである、請求項25に記載の方法。

【公表番号】特表2013−502928(P2013−502928A)
【公表日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−526962(P2012−526962)
【出願日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際出願番号】PCT/US2010/046735
【国際公開番号】WO2011/025852
【国際公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【出願人】(510003830)セルラー ダイナミクス インターナショナル, インコーポレイテッド (11)
【Fターム(参考)】