説明

義歯安定剤と義歯装着方法

【課題】 義歯装着で、疼痛や潰瘍、炎症を発生せしめることなく、長期にわたり快適で良好な装着状態を保持し得る、特に無歯顎患者に好適な義歯安定剤と義歯装着方法の提供。
【解決手段】 脱酢酸タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴムに3乃至9wt%の低流動性ポリ酢酸ビニル樹脂を溶解せしめた軟粘着物を義歯安定剤とし、これを義歯床の粘膜接触部に塗布した義歯を、予め調整されている局方炭酸水素ナトリウムの飽和水溶液で充分に口内を漱ぎ粘膜に浸透せしめた粘膜上に配して、義歯安定剤より放出される酢酸を中和しながら顎堤の型取りした後口外に取り出し、義歯安定剤が硬化した後に、義歯を所定の粘膜上に前配義歯安定剤を介して装着する義歯装着方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は義歯の固定に使用する義歯安定剤と、これを使用した義歯の装着方法に係わり、特に優れた固定力と使用感を長期に亘って保持し得る義歯安定剤と義歯の装着方法に関するものである、
【背景技術】
【0002】
義歯の装着に際して、長期間にわたる使用に伴う顎堤の吸収や変化などにより義歯の口腔粘膜への適合が悪くなり、装着維持や安定が不良になって不適合義歯となる。このような不適合義歯を口腔粘膜に適合性を保つよう固定し、咬合、咀嚼、会話などを補うために、義歯安定剤は使用されるものである。そして、この義歯安定剤にあっては、義歯装着にあたって長期に亘って不快感が生じることなく、快適に装着可能に保持し得るように、例えば、特開平11−3189436号公報、特開2002−95681号公報、及び特開2002−113023号公報等に開示されている如く、種々改良が提案されて来ている。
【0003】
然るに、高度に吸収した無歯顎患者にあっては、義歯装着するに際して総義歯床下の粘膜は事実上疼痛が生じて、咀嚼が不可能となり、廃用状態になる。そして、血行、栄養状態が益々悪化して、疼痛を益々増長せしめる状況になる。また、粘膜の下には益々吸収された歯槽骨残骸が2列の鋸歯状の骨鋭縁や棘などのほか、吸収が顎骨にまで達して辺縁皮質骨がギザギザ状に残された状態で分布していて、義歯床の固さが粘膜を通して、疼痛は想像を絶する以上に激痛化し、到底義歯を装着せしめ得る顎堤状態ではない。
【0004】
そこで、上記した状態にあっては、義歯床の粘膜接触部との接触面積を小さくするようにして、受圧を小さくするために、必然的に義歯の咬合高径が低く、かつ舌房が狭く調整され勝ちで、高齢者特有の顔貌となり、食する食物も極度に限定されるようになり、極端には咀嚼不要の流動食に限定されてしまうことさえある。
【0005】
更に、口腔粘膜は脳幹に最も近い粘膜の一つであるから、痛感覚は特に過敏であって、それに対処し得る柔軟でソフトな義歯安定剤の出現が切望されている。そして、このような難症患者は、健康維持と脳の活性化に絶対必要とされ、例えば「80才迄に20本の歯を残す」とする「80−20運動」と称される咀嚼運動の対局に置かれており、ひたすら噛める義歯の出現や、これを補助するために、限りなく粘膜に近い柔軟性を有する義歯安定剤の出現が切望されている。
【特許文献1】 特開平11−3189436号公報
【特許文献2】 特開2002−95681号公報
【特許文献3】 特開2002−113023号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記した事情に鑑みなされたもので、義歯装着、使用に当たって、顎堤部位の床下粘膜に当接する義歯に裏装された受圧部の柔軟性を増大せしめて、不均一な咀嚼咬合圧力を分散して、褥瘡性潰瘍、骨鋭性の炎症などの治療や発生の予防効果を発揮せしめ、長期にわたって快適で良好な適合装着状態を保持し得る義歯安定剤、特に無歯顎患者にとって顎堤の型取りが精密であって、好適なペースト状義歯安定剤と安定した型取りによる義歯装着方法を提供することを本発明の課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するため以下の如き手段を講ずるものである。
請求項1に係わる発明として、脱酢酸タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴムに3乃至9wt%の低流動性ポリ酢酸ビニル樹脂を溶解せしめた液状軟粘着物でなることを特徴とする義歯安定剤としたものである。
【0008】
請求項2に係わる発明として、脱酢酸タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴムに3乃至9wt%の低流動性ポリ酢酸ビニル樹脂を溶解せしめた液状軟粘着物でなる義歯安定剤を義歯床の粘膜接触部に塗布し、次いで該義歯安定剤を義歯床に塗布した義歯を、予め調整されている局方炭酸水素ナトリウムの飽和水溶液で充分に口内を漱ぎ粘膜に浸透せしめた粘膜上に配置して、前記義歯安定剤より放出される酢酸を中和しながら顎堤の型取りをした後口外に取り外し、次いで前記型取りされた義歯安定剤が硬化した後に、義歯を所定の粘膜上に配して前配義歯安定剤を介して装着することを特徴とする義歯装着方法としたものである。
【0009】
請求項3に係わる発明として、義歯床の粘膜接触部に塗布す義歯安定剤は、その厚さは下顎義歯床の受圧部にあっては約3mm、上顎義歯床の受圧部にあっては約1mmであることを特徴とする請求項2に記載の義歯装着方法としたものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の義歯安定剤にあっては、義歯装着のための使用に当たって、口腔粘膜に不均一な圧力を加えて、疼痛や潰瘍、炎症を発生せしめることなく、ソフトに顎堤の型取りが行うことが出来ると共に、長期にわたって快適で、良好な適合装着状態を保持し得、特に無歯顎患者に好適な義歯安定剤として著しい効果を奏する。
【0011】
そして、本発明の義歯装着方法にあっては、放出酢酸の中和並びにドライマウス対策として、予め口内を局方炭酸水素ナトリウムの飽和水溶液で漱いでおいて、本発明の義歯安定剤を義歯床に塗布使用して口腔粘膜の顎堤の型取りをし、そして硬化後に装着するので、放出する酢酸を中和して酸度を低減せしめ得て、極めて柔軟な状態を保持し、粘膜を保護してこれを傷めたり、爛れたりして疼痛が生じることもなく、ゆっくりと適合する型取り及び装着が、ソフトで柔軟性を保って快適に出来る効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の義歯安定剤は、その材料としてゴム類の中でも架橋度が低く、柔軟性を有し、耐久性や耐酸性にも勝れ、その上、加工性が良いシリコーンゴムを用いてなるものである。これは、熱伝導性も良く、しかも柔軟度の温度依存性が高く、ほぼ体温で一定の粘弾性を維持することが出来る。そして、このシリコーンゴムを改質するために低流動性ポリ酢酸ビニルを添加し、柔軟な粘弾性の確保と柔軟性を長期に亘って保持せしめるため、これを適切な特定濃度に調整して添加するようにしたものである。
【0013】
<材料の選定>
本発明の義歯安定剤を得るため、これに使用する上記したシリコーンゴムとしては、具体的には一液タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴムを選定するもので、例えば観賞用水槽のガラス回り、水槽、サスペンション工法のシーリング材として上市されているもので、これらとしてはスズ触媒を微量に添加している常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴム、又は硬化時間が長くなるがスズ触媒を添加していない常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴムが好適に用いられる。これは、シーリング材として硬化後の固さがより軟粘性を保持している。また、スズ触媒由来の、超純水及び0.02wt%塩酸抽出の液中スズ濃度は、ICP発光分析で検出下限(0.06wt.ppm)以下であり、安全性においても、口腔内への利用は可能であるものである。
【0014】
また、上記低流動性(低重合)ポリ酢酸ビニルとしては、安全性の見地から、市販されている医療用具承認済みのものより義歯安定剤として適切なものを選び、粘弾性経時変化と実用試験を行った。
上記材料の選定に当たって、先ず安全性を検証確認した。即ち、常温縮合型(RTV)酢酸タイプシリコーンゴムに低流動性(低重合)ポリ酢酸ビニルを溶解した時に副生する酢酸以外のガスについて、GC(ガスクロマトグラフ)ーMS(マススペクトログラフ)法によって分析した。その結果、極微量のメタノール、エタノール、酢酸メチル、酢酸エチル、及びトルエンを検出した。かかる事象から、問題となる副生ガス成分は、多量に発生し、約24時間の間にわたって減衰しながら放出し続ける酢酸である。なお、減衰以後については口内に酸味を感じない程度の放出量となり、義歯の快適な装着が可能となる。
【0015】
上記の如き酢酸の放出は、義歯の装着に当たって、型取り(型押し)のために義歯床に上記常温縮合型(RTV)酢酸タイプシリコーンゴムに低流動性(低重合)ポリ酢酸ビニルを溶解した軟粘着物を塗布して、義歯を口腔内の顎堤粘膜上に当接した際にも、盛んに発生するが、炭酸水素ナトリウムの飽和水溶液で中和処理することにより、酢酸による酸味を抑制することが出来る。実際には、前記義歯床に混合材料を塗布した義歯を口腔内の顎堤粘膜上に当接する際に、予め事前に口腔内を炭酸水素ナトリウムの飽和水溶液で漱いをしておけば良く、この時5分乃至10分の間は酸味を感じることなく、ゆっくりと型取りが出来、粘膜を保護することが出来る。
【0016】
次に常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴムの中で、特に酢酸放出タイプを採用した理由は以下の通りである。
一液タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴムには、オキシムタイプ、アルコールタイプ、アセトンタイプ、及び酢酸(アセトキシ)タイプと大別して4種類のシリコーンゴムがあり、これらは大気中の水分と反応して架橋基の構造の差異により、硬化時における副生放出物が決まり、それぞれメチルエチルケトオキシム(MEKO)、メタノール、アセトン、及び酢酸を放出する。
【0017】
そして、この一液タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴムは、保存上大気中の水分による架橋反応を遅延させるために、遅延剤が余分に添加されている。このため硬化終了までの時間が極めて長く、硬化時に副生するガスの放出が長時間にわたるので、義歯安定剤として使用するに当たっては、上記大別した4種類の中から、使用に適するタイプを選別するには、その安全性を充分考慮検討する必要がある。
【0018】
一液タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴムの上記大別した4種類の中で最も普遍的に使用されるオキシムタイプは、これより副生放出されるメチルエチルケトオキシム(MEKO)が動物実験段階で発癌性を有するとする情報が出されており[MSDS,Canadian Centre for Occupational Health and Safety,Issue: 2000−4]、その他にも発癌情報があるので、このタイプのシリコーンゴムは義歯安定剤には採用し得ない。
【0019】
また、アルコールタイプにあっては、メタノールを副生放出するが、人体の代謝過程で生成するホルムアルデヒドが蟻酸に分解し、最終的に水と二酸化炭素に分解される速度が極めて遅く、代謝性アシドシス(酸性血症)と重篤な眼毒性を有することから、これも義歯安定剤として採用し得ない。
更に、アセトンタイプにあっては有毒性は無く無難であるが、表面硬化が早いので好ましくなく、実用上使用できない。
【0020】
よって、酢酸タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴムを採用したものである。そして、これは幸い低流動性酢酸ビニルとの親和性が強く、しかも空気中に副生放出される成分は、酢酸以外の成分は前記した如くGCーMS分析による分析で明らかなように微量であって、無視し得るものである。
そして、副生放出される酢酸は局方炭酸水素ナトリウム(胃薬)の飽和水溶液により中和処理することで、酢酸の影響を容易に除くことが出来る。しかも実用に当たっては、これは、義歯を装着する前の義歯床の型取りに際し、予め口内を局方炭酸水素ナトリウム(胃薬)の飽和水溶液で漱ぐことが、該飽和水溶液を顎堤粘膜へ吸収せしめるのに、意外なほど容易で有効である。これにより、義歯床の型取り装着時に、義歯床に塗布した安定剤より放出される酢酸と反応してこれを中和処理し、この結果5分乃至10分の間は酸味を感じることもなく、ゆっくりと型取りが出来、粘膜を保護することができる。
【0021】
<ポリ酢酸ビニルの添加量の選定>
次に、上記した脱酢酸タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴムの柔軟性を高め、且つこの柔軟性の保持を延長せしめ、特に咀嚼の加圧効果によって義歯の裏装部と顎堤粘膜間に圧縮・開放による柔軟化が加味され、且つ義歯床へのシリコーンゴム特有の強力な接着力を、適切に緩和すると共にシリコーンゴム同士の接着を可能ならしめる改質のため、上記シリコーンゴムに添加する低流動性ポリ酢酸ビニルの適切な添加量を選定した。これは、前記脱酢酸タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴムに低流動性ポリ酢酸ビニルを添加し、その添加量の変化に伴う硬度(軟らかさ)の変化を試験し、適切な硬度の義菌安定剤を採用した。
【0022】
硬度試験は以下の如き粘弾性測定方法で行った。
試料をテーブルに載せて、テーブルを20mm/minの一定速度で上昇せしめる。そして試料の上方に配置固定した荷重測定円盤に、上昇してきた試料に当接せしめて、円盤が受ける荷重を0kgから1.8kgまでになるまでの時間を計測した。
試料が硬ければ、固定した円盤による試料の凹みが少なく、短時間に荷重が増大する。また、試料が軟らかければ、固定した円盤による試料の凹みが大きく、荷重が増大するのに長時間要する。そこで、荷重測定円盤が受ける荷重が0.125kgから1.125kg迄の1kg増加する時間(秒)を測定して、この時間(秒)を「軟らかさ」を表す数値としたものである。
なお、荷重測定円盤の寸法諸元は、直径10mm(面積:78.5mm)、厚さ1mmとした。計測器は「FUDOH RHEOMETER NMR−2002J」を用いた。
【0023】
試験した試料は、脱酢酸タイプの一液タイプ常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴムとして信越化学工業(株)社製KE422(観賞用水槽のシーリング材)を用いた。なお、この脱酢酸タイプの一液タイプ常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴムは、硬化前の状態がペースト状で、空気中水分と架橋剤が反応して次第に架橋が進んでゴム状となる。そして、これに添加する低流動性(低重合)ポリ酢酸ビニルの量を変化せしめて添加し、表1に表示する試料A、B、C、D、E、F、Gとした。各試料は、高さ19mm、直径30mmφの円柱状に形成した。
【0024】
これらの試料について、経過日数に伴う上記軟らかさの変化について試験した。
この結果を図1に、横軸に経過日数(日)、縦軸に軟らかさ(秒)として示し、経過日数に伴う軟らかさ(秒)の変化を図示した。図1から以下のことが確認された。なお、低流動性(低重合)ポリ酢酸ビニルを添加した混合軟粘着物は全て粘液状であるので、経過日数の0点での軟らかさは、測定可能な硬化状態になった時点の軟らかさを示した。
【0025】
(1)ポリ酢酸ビニルを添加していない常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴムの単体である試料A(図中「…△…△…」表示線)を基準にして、ポリ酢酸ビニルを添加した各試料B、C、D、E、F、Gは添加初期においては、前記試料Aより軟らかさは軟らかくなっていること。そして添加量28.3wt%の試料F(図中「…+…+…」表示線)が一番軟らかくなっていること。
【0026】
【表1】

【0027】
(2)経時と共に各試料B、C、D、E、F、Gは軟らかさが低下し、硬化して来るが、添加量16.7wt%の試料E(図中「…●…●…」表示線)、及び添加量50.0wt%の試料G(図中「…*…*…」表示線)は、それぞれ早々に前記基準の試料Aの軟らかさと同程度又はそれ以下の軟らかさまで硬化し、次いで添加量28.3wt%の試料Fも基準の試料Aの軟らかさ以下の固さに迄硬化した。この結果、試料E、F、Gは軟らかさの保持を可及的長期に亘って遅延せしめることが出来ず、軟らかさを長期に亘って保持することが必要な本発明の義歯安定剤には不適であることが確認された。
【0028】
(3)一方、添加量3.0wt%の試料B(図中「ー○ー○ー」表示線)、添加量4.8wt%の試料C(図中「ー×ー×ー」表示線)、及び添加量9.1wt%の試料D(図中「ー◇ー◇ー」表示線)では、それぞれ約80日間近くまで、上記した基準の試料Aの軟らかさ以上の軟らかさを長期に亘って保持していることが確認された。
(4)以上の結果、ポリ酢酸ビニルの添加量が多いほど硬化が早く、しかも固くなって固体化し、義歯安定剤としては、明らかに不適格である。そして、適切な義歯安定剤として実用に供し得るものとしては、脱酢酸タイプの一液タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴムにポリ酢酸ビニルを約3wt%から約9wt%迄の量を添加したものであることが判明した。
【0029】
<圧縮応力負荷による粘弾性の増進変化>
次に、義歯装着状態で咀嚼行為を行って生じる圧縮応力負荷による、本発明安定剤の粘弾性に及ぼす影響効果について検証した。
試料としては、上記<ポリ酢酸ビニルの添加量の選定>で、義歯安定剤として実用に供し得るものと確認されたポリ酢酸ビニルを3.0wt%添加した常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴム(試料B)と、ポリ酢酸ビニルを4.8wt%添加した常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴム(試料C)を用いた。
【0030】
試料B、試料Cはそれぞれ高さ19mm、直径30mmの円柱状に形成した。そして、負荷する圧縮応力として、高さ方向に沿って深さ約3mm[圧縮]ー[開放]を10回繰り返し、更に平板間で加圧しながら転がして負荷せしめた。そして、これらの各試料を試料[B]、試料[C]として、経時変化(経過日数)に伴う硬度(軟らかさ)の変化について試験した。
【0031】
硬度試験は、上記低流動性(低重合)ポリ酢酸ビニルの添加量を変化せしめた時の硬度変化を測定した方法と同様の粘弾性測定方法で行った。
即ち、試料をテーブルに載せて、テーブルを20mm/minの一定速度で上昇せしめる。そして試料の上方に配置固定した荷重測定円盤に、上昇してきた試料に当接せしめて、円盤が受ける荷重を0kgから1.8kgまでになるまでの時間を計測した。
試料が硬ければ、固定した円盤による試料の凹みが少なく、短時間に荷重が増大する。また、試料が軟らかければ、固定した円盤による試料の凹みが大きく、荷重が増大するのに長時間要する。そこで、荷重測定円盤が受ける荷重が0.125kgから1.125kg迄の1kg増加する時間(秒)を測定して、この時間(秒)を「軟らかさ」を表す数値としたものである。
なお、荷重測定円盤の寸法諸元は、直径10mm(面積:78.5mm)、厚さ1mmとした。計測器は「FUDOH RHEOMETER NMR−2002J」を用いた。
【0032】
各試料[B]、試料[C]は、高さ19mm、直径30mmφの円柱状に形成した。これらの試料について、上記方法で経過日数に伴う上記軟らかさの変化について試験した。
この結果を図2に、横軸に経過日数(日)、縦軸に軟らかさ(秒)として示し、経過日数に伴う軟らかさ(秒)の変化を図示した。そして、試料[B]は図2中「ー○ー○ー」の表示線で示し、試料[C]は図2中「ー×ー×ー」表示線で示した。なお、低流動性(低重合)ポリ酢酸ビニルを添加した混合軟粘着物である本発明の安定剤は、粘液状であるので、測定可能な硬化状態になった時点より測定し、その軟らかさの時点より示した。
【0033】
かくして、図2から以下のことが確認された。
(1)圧縮応力を負荷した試料「B]、試料[C]ともその硬度は、先の図1に図示した圧縮応力を負荷していない試料B、試料Cの軟らかさより軟らかく、その軟らかさは経過日数20日から80日の間、3〜5秒ほど試料[B]、試料[C]の方が試料B、試料Cより軟らかく、しかも試料[B]、試料[C]は8秒以上を保持し、試料B、試料Cの8秒以下と比べて粘弾性が高いことが確認された。
【0034】
(2)圧縮応力の負荷した試料[B]、試料[C]の経過日数による軟らかさの変化は初期段階のペースト状から経過日数の経過と共に粘弾性を有するゴム状態に変化して行くが、約70日程度の経過以後にはほぼ安定して8〜10秒の軟らかさの粘弾性を保持する。
(3)長期に亘る経過日数については、念のため経過日数271日、288日について、その軟らかさを測定したところ、いずれもその軟らかさは、ほぼ8秒以上を保持していることが確認された(図2には図示せず)。
【0035】
(4)圧縮応力を負荷した後、柔軟性を増した義歯安定剤は、そのまま放置すると硬化して行くが、咀嚼圧による圧縮で容易に柔らかくなるので、義歯安定剤として極めて好都合であることが検証された。即ち、クッションタイプ義歯安定剤を裏床した義歯床は、口腔内を動揺しやすく、歯槽骨に始まる顎堤吸収の原因になるとされているが、後述する粘弾性の硬軟分布によって、斯様な難症例の高齢患者であっても、義歯の主として頬筋に包接される部位の固定力(低粘弾性部)によって安定な状態に保持されるので、脳の活性化と栄養状態を保つとされる咀嚼運動に見放されることなく、これにより解消されることが見込まれた。
【0036】
かくして、本発明の義歯安定剤は、型取りの段階で、安定剤ペーストを義歯の裏床に塗り込むだけでなく、頬筋側にも充分塗布して、ゴム化後義歯が頬筋に維持されて動揺を防ぐ役割を果たし、義歯を安定化させる。この際、咀嚼圧を受圧する顎堤部分の安定剤は、咀嚼圧で粘弾性が相当増加し、圧縮後の軟らかい状態が保持され、受圧しない頬筋側の安定剤は、柔らかさが増加しない状態で頬筋に抱き込まれ、粘弾性が口腔内で好適に分布し、義歯の動揺防止の効果を奏する。
【実施例】
【0037】
上記試料C(ポリ酢酸ビニル添加量4.8wt%)の脱酢酸タイプの一液タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴムでなる本発明の義歯安定剤を義歯床に顎堤部のみならず、頬筋に張り出す部分の義歯の側面にも充分塗布し、軽く噛み合わせて型押しをした後取り出す。そして、表面が硬化した段階で予め確認してある疼痛部位を局部的に薄く掬い取りして、酢酸臭が無くなる迄放置して裏装する。これを顎堤粘膜上に装着した場合、変色した疼痛部も弱い受圧に耐えながら完治するが、難症の場合は、別の場所にも多発するので、次回以降の安定剤の裏装と義歯装着時には、認識した発痛点を更に正確に型取り修正で薄く掬い取りして、受圧を微圧化しておくと良い。
なお、シリコーンゴムは同じシリコーンゴムには接着し得ないが、本発明の義歯安定剤にあっては硬化前軟粘着物によって自由に接着盛り付けが可能で、適宜盛り付け修正や型取り部分修正が出来る。
【0038】
疼痛面積が大きくなるようであれば、より軟らかさの高い例えばポリ酢酸ビニル添加量3.0wt%の試料Bにすればよい。該3.0wt%のペースト状安定剤の塗布盛り付けが容易であるので、使い勝手が良く、塗布2時間後には局方炭酸水素ナトリウム飽和水溶液で口内を漱ぎ、再型押しをするなどして、安定剤の硬化が進む前に自由に変形せしめ得て、疼痛部を適宜避けることが出来る。そして、前記時間の間では可塑性が残っているので、疼痛部位を加圧により若干凹ませて修正し、咀嚼圧を微圧で受けて、受圧面積を減らさないようにした。
このようにして、約48時間後には、柔らかめの食物を摂ることが出来るようになる。
【0039】
なお、義歯床を傷めない温度の温風でで加熱することによって硬化時間を短縮することが出来、特に秋、冬等の季節に適宜これを有効に活用することが出来る。また、ポリ酢酸ビニルの添加濃度約3wt%から約9wt%迄の範囲では、濃度が低くなるほど軟らかくなるので、疼痛の場合、疼痛の分布状態及び面積に応じて、添加濃度を選択すれば良いが、耐久性、耐用性の点では出来る限り構造的に強い、高めの添加濃度を選択する方が良い。
上記ポリ酢酸ビニル添加量3.0wt%の試料Bの義歯安定剤の使用例では、強度的耐久性は別として、易裂性のリンゴ、柿、タクアン等を咀嚼できるようになる。そして、同じ材料で補修することが出来るので、使用条件によっては2ヶ月以上、通常は2ヶ月以内にわたって、耐用性能を維持することができる。
【0040】
顎堤(難症例の実際では骨鋭縁とその間の溝)全体で受圧し、痛みに応じて圧力を減ずるが、極小の範囲で受圧を避けることによって、全体の粘膜の痛覚が過敏になっていても、軟着陸をさせることによって難症患者の咀嚼活動を復活させることが可能となった。
また、本発明の安定剤は痛む処にも受圧させ得ることが特徴であるが、そのためにも本発明の安定剤の塗布に当たっては、義歯の口腔内挿入での型取りを取り出しの横幅が限度一杯になる程度に、下顎一杯に横に張り出させて、頬筋にも受圧させるようにすると良い。
【0041】
なお、本発明の安定剤は、義歯床に塗布するに当たっては、その厚みが1mm以下では、咬合の際に、剤の柔軟性が咬合圧を充分吸収することが出来ず、義歯床が直接粘膜に直接当接する態様となって、痛感を増長せしめて、咬合圧を吸収する安定剤としての効果を発揮しない。他方、塗布厚みを3mm以上にすると、咬合圧を咀嚼に充分満足して活用し得る程度に作動せしめ得ない。特に、下顎義歯床の受圧部にあっては約3mmの厚さ、上顎義歯床の受圧部にあっては約1mmの厚みに塗布すると好都合である。
なおまた、本発明の義歯安定剤を裏装した義歯の洗浄には、上市中の義歯洗浄剤を従前通り使用することが出来ることは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明の義歯安定剤は、上記した通り限りなく粘膜に近い軟らかな粘弾性を有するので、これを塗布使用して装着した義歯は、痛感を減少せしめ得るとともに、軟らかさの保持を長期に亘って維持することが出来るので、痛覚を抑制して咀嚼活動を可能とすることが出来る。特に無歯顎患者への総義歯装着や、難症患者への義歯装着に有効に活用することが出来る。これにより、これら無歯顎患者や難症患者の健康維持と脳の活性化に多大の寄与が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】 脱酢酸タイプの一液タイプ常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴムにポリ酢酸ビニルを添加する量の変化での、経過日数(日)に伴う軟らかさ(秒)の変化を示すグラフ。
【図2】 本発明の義歯安定剤の圧縮応力負荷による粘弾性の増進効果を説明する、経過日数(日)に伴う軟らかさ(秒)の変化を図示したグラフ。
【符号の説明】
【0044】
A…低流動性ポリ酢酸ビニルを0wt%添加した脱酢酸タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴム、
B…低流動性ポリ酢酸ビニルを3.0wt%添加した脱酢酸タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴム、
C…低流動性ポリ酢酸ビニルを4.8wt%添加した脱酢酸タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴム、
D…低流動性ポリ酢酸ビニルを9.1wt%添加した脱酢酸タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴム、
E…低流動性ポリ酢酸ビニルを16.7wt%添加した脱酢酸タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴム、
F…低流動性ポリ酢酸ビニルを28.3wt%添加した脱酢酸タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴム、
G…低流動性ポリ酢酸ビニルを50.0wt%添加した脱酢酸タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴム、
[B]…試料Bに圧縮応力を負荷した試料、 [C]…試料Cに圧縮応力を負荷した試料。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脱酢酸タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴムに3乃至9wt%の低流動性ポリ酢酸ビニル樹脂を溶解せしめた軟粘着物でなることを特徴とする義歯安定剤。
【請求項2】
脱酢酸タイプの常温縮合型(RTV)液状シリコーンゴムに3乃至9wt%の低流動性ポリ酢酸ビニル樹脂を溶解せしめた軟粘着物でなる義歯安定剤を義歯床の粘膜接触部に塗布し、次いで該義歯安定剤を義歯床に塗布した義歯を、予め調整されている局方炭酸水素ナトリウムの飽和水溶液で充分に口内を漱ぎ粘膜に浸透せしめた粘膜上に配置して、前記義歯安定剤より放出される酢酸を中和しながら顎堤の型取りをした後口外に取り外し、次いで前記型取りされた義歯安定剤が硬化した後に、義歯を所定の粘膜上に配して前配義歯安定剤を介して装着することを特徴とする義歯装着方法。
【請求項3】
義歯床の粘膜接触部に塗布する義歯安定剤は、その厚さは下顎義歯床の受圧部にあっては約3mm、上顎義歯床の受圧部にあっては約1mmであることを特徴とする請求項2に記載の義歯装着方法。

【図1】
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【図2】
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