説明

耐アルカリ性ガラス繊維及びその製造方法

【課題】 高温で加熱することなく、かつ簡便な操作によって、耐アルカリ性に優れたガラス繊維を製造する方法を提供すること。
【解決手段】 Zrアルコキシド及びキレート剤を含む溶液を、ガラス繊維に接触させる接触工程を備える耐アルカリ性ガラス繊維の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐アルカリ性ガラス繊維及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般にガラス繊維はアルカリ性に弱いため、繊維強化コンクリートや耐食FRP用の補強繊維として使われることは少ない。このような用途に使用されるガラス繊維としては、その組成中にジルコニアを多く含む高ジルコニア含有ガラス繊維やジルコニアで表面を被覆したガラス繊維が知られている(特許文献1、特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭55−007587号公報
【特許文献2】特開昭63−082402号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、高ジルコニア含有ガラス繊維は高価であり、またジルコニアを含むことにより生産性が低下する場合やガラス繊維に求められる耐アルカリ性以外の性能が劣る場合がある。
【0005】
一方、特許文献1や特許文献2に示されるような、ジルコニアで表面を被覆したガラス繊維は、ゾルゲル法などでガラス繊維にジルコニアを被覆して製造されるが、400℃以上の高温で焼結する必要があり、この熱でガラス繊維そのものが劣化してしまうという問題がある。
【0006】
本発明の目的は、高温で加熱することなく、簡便な操作によって、耐アルカリ性に優れたガラス繊維を製造する製造方法、及びこの製造方法により製造され得る耐アルカリ性に優れたガラス繊維を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、Zrアルコキシド及びキレート剤(配位子)を含む溶液を、ガラス繊維に接触させる接触工程を備える耐アルカリ性ガラス繊維の製造方法を提供する。この製造方法によれば、高温で加熱することなく、上記溶液の接触という簡便な操作によって、耐アルカリ性に優れたガラス繊維を製造することができる。
【0008】
Zrアルコキシド及びキレート剤を含む溶液は、Zrアルコキシド及び/又はキレート剤の反応触媒を含有することが好ましく、ガラス繊維との接触前にあらかじめ加熱還流したものであることが好ましい。反応触媒の添加及び加熱還流のいずれによっても、より耐アルカリ性に優れたガラス繊維を製造することができる。耐アルカリ性の向上は、反応触媒の添加及び加熱還流の双方を実施すると顕著になる。なお、「Zrアルコキシドの反応触媒」とは、Zrアルコキシドの加水分解及び/又は縮合のための触媒をいい、「キレート剤の反応触媒」とは、キレート化反応のための触媒をいう。
【0009】
キレート剤は、下記一般式(1)で表される化合物とすることができる。一般式(1)において、R及びRは、各々独立に、炭素数1〜4の1価の炭化水素基を示す。該炭化水素基中の水素原子は、F原子、Cl原子、I原子又はN若しくはOを含むヘテロ有機基で置換されていてもよい。なお、ヘテロ有機基の価数は1価であることが好ましく、炭素数は1〜12(さらには1〜10、特には1〜6)が好ましい。
【化1】

【0010】
上記一般式(1)で表される化合物は、ZrアルコキシドやZrアルコキシドの加水分解により生じるジルコノールと安定なキレート錯体を形成することができると考えられ、このようなキレート錯体の形成により、ガラス繊維の耐アルカリ性が顕著に向上するものと考えられる。
【0011】
キレート剤は、また、アルキレンジアミンとすることもできる。上記一般式(1)で表される化合物と同様に、窒素原子上の非共有電子対によって、アルキレンジアミンはZrアルコキシドやZrアルコキシドの加水分解により生じるジルコノールと安定なキレート錯体を形成することができると考えられる。
【0012】
接触工程は、ガラス繊維を集束する集束工程時に実施することができる。ここで、「ガラス繊維を集束する」とは、ガラス繊維(ガラス繊維モノフィラメントやガラス繊維モノフィラメントの束)に対して、当該繊維同士を接着して束ねることをいい、通常は澱粉、ポリビニールアルコール等を含有する液状集束剤をガラス繊維に塗布することによって行なわれる。したがって、例えば、上記溶液を集束剤に添加することによって、上記溶液を集束工程時にガラス繊維に付着させることができる。このような方法は、既存の工程に変更を加えることなく、また、ガラス繊維の製造ラインに設備を追加する必要がないため、容易に耐アルカリ性のガラス繊維が製造できる。
【0013】
接触工程は、ガラス繊維に付着した付着物を加熱除去する脱油工程後に実施してもよい。ガラス繊維には、集束工程で集束剤が付着し、他の工程においても付着物が付着する可能性がある。そこで、ガラス繊維の溶融温度未満、付着物(有機物であることが多い)の分解又は燃焼温度以上で加熱することにより、付着物を除去できる。この工程を脱油工程と呼ぶが、脱油工程後のガラス繊維表面には、不純物がほとんど存在していないため、上記溶液がガラス繊維により効率的に接触し、そのためにガラス繊維の耐アルカリ性が特に良好となる。
【0014】
本発明は、上記製造方法により得ることのできる耐アルカリ性ガラス繊維を提供する。上記製造方法により得られた耐アルカリ性ガラス繊維は、高温での加熱処理を経ておらず、また、ガラス繊維表面にジルコニアを被覆しただけのものであるため、高い耐アルカリ性能を示すことに加え、被覆前のガラス繊維の諸性能をほとんどそのまま維持している。
【発明の効果】
【0015】
本発明の耐アルカリ性ガラス繊維の製造方法によれば、高温での加熱を必要とせず、また、ガラス繊維をZrアルコキシド及びキレート剤を含む溶液に接触させるという簡便な操作によって、処理前のガラス繊維の諸性能を維持したまま、ガラス繊維に耐アルカリ性を付与することができる。
【0016】
上記製造方法は、Zrアルコキシド及びキレート剤を含む溶液を接触させることによるものであるため、ガラス繊維がガラスクロスなどの複雑な形状であっても、均一に接触させることが可能である。また、数秒程度の接触でも効果が得られるため、連続ラインへの応用が容易である。
【0017】
本発明の耐アルカリ性ガラス繊維は、耐アルカリ性能を向上されていることから、プリント配線板製造時のデスミア工程においてアルカリ白化の抑制ができるうえ、長期的な電気絶縁性を保つことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】耐アルカリ試験後のガラス繊維の電子顕微鏡写真である。
【図2】耐アルカリ試験後のガラス繊維の電子顕微鏡写真である。
【図3】耐アルカリ試験後のガラス繊維の電子顕微鏡写真である。
【図4】(a)は、屈曲性測定装置にガラスクロスを載せた屈曲性測定前の状態を示す図であり、(b)は屈曲性測定途中の状態を示す図である。
【図5】耐アルカリ試験後のガラス繊維の電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
ガラス繊維は、(1)溶融ガラスを延伸して得られた複数のガラス繊維フィラメントに集束剤を塗布する塗布工程、(2)塗布工程で得られた複数のガラス繊維フィラメントを集束してガラス繊維束を得る集束工程、(3)ガラス繊維束を巻き取って巻糸体を得る巻取り工程(巻取り工程において、ガラス繊維束の加撚を行っても行わなくてもよく、一旦、第1の巻糸体に巻き取って、第2の巻糸体に巻き返してもよい。また、巻き取る前又は後で集束剤の乾燥を行ってもよい)を備える製造方法により製造されることが一般的である。
【0020】
巻取り工程後は、ガラス繊維束を巻糸体から解舒して、所定の長さに切断し(切断工程)、チョップドストランドとすることもでき、解舒されたガラス繊維束を編組して(編組工程)、編組物とすることもできる。編組物としては、ガラス繊維束をエアージェット織機等により製織して得られるガラスクロスが挙げられる。なお、ガラス繊維に付着した付着物を加熱除去する脱油工程を実施してもよく、この脱油工程は、例えば巻取り工程の後、編組工程の後に行うことができる。
【0021】
本発明は、耐アルカリ性ガラス繊維の製造方法に関するものであるが、耐アルカリ性ガラス繊維は、ガラス繊維フィラメント(ガラス繊維モノフィラメント)、ガラス繊維束、ガラス繊維ストランド、ガラス繊維ヤーン、ガラス繊維の編組物(ガラスクロス等のガラス繊維織物、ガラス繊維編物、ガラス繊維組布)、ガラス繊維巻糸体(ガラス繊維を紙又はプラスチック製の芯材の周囲に10〜200km程度巻き付けた巻糸体等)、ガラス繊維の短繊維(ガラス繊維チョップドストランド等)等いずれの形態をとっていてもよい。また、「Zrアルコキシド及びキレート剤を含む溶液を、ガラス繊維に接触させる接触工程」は、上記工程の途中又は前後において少なくとも1回行えばよい。
【0022】
上記Zrアルコキシドとしては、適切な溶媒を用いた際に溶解及び/又は溶媒和され均一な溶液を生じるものであれば好適に利用することができ、例えば、Zrブトキシド、Zrエトキシド、Zrメトキシドなどを用いることができる。
【0023】
上記キレート剤としては、Zrアルコキシド及び/又はZrアルコキシドの加水分解により生じるジルコノールとキレート錯体を形成できるものを用いる。具体的には、アルキレンジアミン、シュウ酸、アセトニトリル、アミノカルボン酸系のキレート剤、アルカノールアミン系のキレート剤、含窒素複素環化合物系のキレート剤、ジケトン系のキレート剤などが挙げられる。キレート剤は、配位部位を1ヶ所にのみ持つ(単座)キレート剤でも、2ヶ所以上に配位部位を有する(多座)キレート剤でもよいが、配位部位を2ヶ所有するキレート剤が好ましい。
【0024】
アミノカルボン酸系のキレート剤としては、例えば、エチレンジアミン4酢酸、ヒドロキシエチレンジアミン2酢酸、ジエチレントリアミン5酢酸、トリエチレンテトラミン6酢酸、ヒドロキシエチルイミノ2酢酸、ジヒドロキシエチルグリシン,1−,3−プロパンジアミン4酢酸などが挙げられる。アルカノールアミン系のキレート剤としては、例えば、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンなどが挙げられる。含窒素複素環化合物系のキレート剤としては、例えば、8−キノリノール、2−メチル−8−キノリノール、10−ベンゾキノリノール、2,2’−ビピリジル,2,2’−ビキノリン、1,10−フェナントロリンなどが挙げられる。
【0025】
アルキレンジアミンとしては、例えば、メチレンジアミン、エチレンジアミン、1,2−プロピレンジアミン、1,3−プロピレンジアミン、ブチレンジアミン、ペンタメチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン、ヘプタメチレンジアミン、オクタメチレンジアミン、ノナメチレンジアミン、デカメチレンジアミン、ウンデカメチレンジアミン、ドデカメチレンジアミンなどが挙げられる。アルキレンジアミンの中でも、エチレンジアミンがより好ましい。
【0026】
ジケトン系のキレート剤としては、例えば、下記一般式(1)で表される化合物、ヘキサフルオロアセチルアセトン、ベンゾイルアセトン、ジベンゾイルメタンなどが挙げられる。
【化2】


[式中、R及びRは、各々独立に、炭素数1〜4の1価の炭化水素基を示す。該炭化水素基中の水素原子は、F原子、Cl原子、I原子又はN若しくはOを含むヘテロ有機基(例えば、アルコキシ基、アルキルアミノ基)で置換されていてもよい。]
【0027】
上記一般式(1)で表される化合物の具体例としては、アセチルアセトン、テトラフルオロアセチルアセトン、2,2,6,6,−テトラメチル−3,5−ヘプタンジオンなどが挙げられる。
【0028】
また、上記溶液中の、Zrアルコキシドの濃度は、1.0×10−6〜1.0×10Mが好ましく、1.0×10−4〜1.0×10−1Mがより好ましい。1.0×10−4M以上とすることで、ガラス繊維への耐アルカリ性能の付与をより効率よく行える。
【0029】
上記Zrアルコキシド及びキレート剤を含む溶液中の、キレート剤の含有量は、ジルコン酸換算したZrアルコキシドの水酸基モル当量に対する、キレート剤の配位部位のモル当量の比で、0.1〜3.0であることが好ましく、また、0.5〜1.5であることがより好ましい。上記範囲内とすることで、ガラス繊維への耐アルカリ性能の付与をより効率よく行える。
【0030】
上記溶液は、Zrアルコキシド及び/又はキレート剤の反応触媒をさらに含んでもよい。上記反応触媒としては、Zrアルコキシドの加水分解及び/又は縮合を促進するもの、Zrアルコキシド及び/又はジルコノールとキレート剤とのキレート錯体形成を促進するものであれば、好適に使用が可能である。上記反応触媒としては酸触媒が好ましい。酸触媒としては、例えば、酢酸、ギ酸、塩酸、硝酸などの希酸が挙げられる。
【0031】
上記溶液は、上述した各成分以外にも、例えば、シラン系、アルミニウム系等のカップリング剤などを含むことができる。
【0032】
上記溶液の溶媒としては、上記溶液中に存在する各成分を溶解及び/又は溶媒和することにより、均一な溶液とすることができるものであればよく、上記溶液中に存在するZrアルコキシド、キレート剤及び反応触媒等の種類に応じて、至適な溶媒を適宜選択してよい。溶媒の具体例としては、メチルセロソルブ、エチルセロソルブ、ブチルセロソルブなどのグリコールエーテル類、エタノール、ブタノール、プロパノールなどのアルコール類、アセトン、MEK、MIBKなどのケトン類が挙げられる。
【0033】
上記溶液は、ガラス繊維に接触させる前に、あらかじめ調製しておくことが好ましい。調製は、例えば、上述した各成分を混合し、攪拌等により均一にすることなどで行える。また、上記溶液は、各成分を混合した後、加熱還流を行うことがより好ましい。加熱還流により、ガラス繊維の耐アルカリ性がより向上する。加熱還流温度は、30〜80℃が好ましく、60〜70℃がより好ましい。また、加熱還流時間は、例えば、0.5〜5時間とするのが好ましく、1〜2時間とするのがより好ましい。加熱還流後の上記溶液は、室温まで冷却してから使用してもよい。
【0034】
上記溶液が上述した反応触媒を含むときに、上記加熱還流を実施することで、ガラス繊維の耐アルカリ性向上効果がより一層際立つ。
【0035】
上記接触工程において、ガラス繊維に上記溶液を接触させる手段としては、例えば、上記溶液をガラス繊維に塗布すること及び噴霧すること、又はガラス繊維を上記溶液に浸漬させること、などが挙げられ、いずれの手段も好適に利用できる。
【0036】
上記接触工程において、ガラス繊維に付着させる上記溶液中のZrアルコキシド及びキレート剤の総量は、ガラス繊維100gに対して、1〜1000mgであることが好ましく、50〜200mgであることがより好ましい。
【0037】
上記接触工程の後、ガラス繊維表面に残存する溶液を乾燥させる乾燥工程を設けてもよい。乾燥は熱をかけて行うことができ、例えば、110℃で5分間の熱処理、200℃で5分間の熱処理などによって行うことができる。熱処理によっても耐アルカリ性、ガラス性能の劣化は見られないが、より低温で行うことが好ましい。
【0038】
上記接触工程に用いるガラス繊維としては、ガラス組成物中にSiOを有するガラス繊維であれば、任意のガラス組成を有するガラス繊維を用いることができる。ガラス繊維としては、例えば、Eガラス、Tガラス、NEガラスなどが挙げられる。
【0039】
上述のように、ガラスフィラメントの形成後であれば、ガラス繊維の製造方法におけるいずれの工程時においても又はいずれの工程間においても、上記接触工程を実施することができる。
【0040】
例えば、ガラス繊維を集束する集束工程時に、上記接触工程を実施してもよい。上記溶液は、集束剤と共にガラス繊維に塗布することができる。集束剤は、シランカップリング剤などの表面処理剤を有していてもよい。集束剤と共にガラス繊維に塗布することにより、既存の製造ラインに変更を加えることなく、また、設備を追加することなく、上記接触工程を組み込むことができる。
【0041】
また、ガラス繊維の脱油工程後に、上記接触工程を実施してもよい。脱油工程後のガラス繊維は、ガラス表面に不純物をほとんど有さない状態となっているため、上述したZrアルコキシド及びキレート剤を含む溶液との接触効率が高くなり、ガラス繊維の耐アルカリ性が特に良好となる。
【0042】
ガラス繊維を、上記溶液と接触させることによって、ガラス繊維の耐アルカリ性が向上する作用機序については、例えば、キレート剤としてアセチルアセトンを用い、ZrアルコキシドとしてZrブトキシドを用いた場合を例にとると、次のように考えることができる。ただし、以下に示す作用機序は、本発明者らの推論に基づくものであり、本発明を限定するものではない。
【0043】
まず、溶液中で、Zrブトキシドが加水分解を受け、ジルコノールとブタノールが生じる(化学式(2))。生成したジルコノールの水酸基とアセチルアセトンのアシル基が脱水してキレート結合を生じる(化学式(3))。この状態で、表面に多数の水酸基を有するガラス繊維を上記溶液に浸漬すると、ガラス繊維表面の水酸基とジルコノールの水酸基が脱水して結合する。ここで、ジルコノール1モルに対しアセチルアセトンが2モル以上存在すると、ジルコノールのすべての水酸基がアセチルアセトンのアシル基と反応する可能性があるため、ガラス繊維表面の水酸基との結合が生じないことになる。したがって、ジルコノール1モルに対しアセチルアセトンを2モル未満とすることで、ジルコノールの水酸基の一部がアセチルアセトンのアシル基と反応せずそのまま残り(化学式(4))、ガラス表面の水酸基との脱水結合が効率よく生じることになる。また、ガラス繊維表面の水酸基とジルコノールの水酸基との間の水素結合もあり得る。キレート化していないジルコノールでも同様にガラス繊維表面の水酸基と結びつくが、この場合はガラス繊維表面の水酸基と反応していないフリーのジルコノールの水酸基が多く残存していることになる。この状態で加熱すると、このフリーの水酸基が脱水し、その結果ジルコノールの多くがガラス表面から離れてしまう。一方、キレート化したジルコノールでは、このような脱水が生じず、ガラス繊維表面がジルコニアで被覆された状態となると考えられる。
【0044】
【化3】


【化4】


【化5】

【0045】
エチレンジアミンをキレート剤とした場合、下記化学式(5)で示した化合物が化学式(4)に相当するものとして、ガラス繊維表面への結合に寄与しているものと考えられる。
【化6】

【0046】
また、本発明の製造方法により製造した耐アルカリ性ガラス繊維は、キレート剤とキレート結合したZrがガラス繊維表面を被膜しており、このキレート剤により、耐アルカリ性能を生じている可能性も考えられる。
【実施例】
【0047】
以下、実施例をもとに本発明を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0048】
[セラミックスコーティング(耐アルカリコーティング)]
以下の実施例1〜4並びに比較例1及び2には、ガラス繊維として、ガラスクロス(日東紡績株式会社製 WEA7628)を用いた。
【0049】
(実施例1)
メチルセロソルブ500mlにZrブトキシド及びアセチルアセトンを、それぞれ0.03Mとなるように溶解させた。この溶液にガラスクロスを浸漬し、取り出した後、100℃で5分間乾燥させ、セラミックスコーティングしたガラスクロスを得た。
【0050】
(実施例2)
メチルセロソルブ500mlにZrブトキシド及びアセチルアセトンを、それぞれ0.03Mとなるように溶解させた。この溶液にガラスクロスを浸漬し、取り出した後、200℃で5分間乾燥させ、セラミックスコーティングしたガラスクロスを得た。
【0051】
(実施例3)
メチルセロソルブ500mlにZrブトキシド、アセチルアセトン及び酢酸を、それぞれ0.03Mとなるように溶解させ、60℃で1時間、加熱還流した。室温まで冷却したこの溶液にガラスクロスを浸漬し、取り出した後、110℃で5分間乾燥させ、セラミックスコーティングしたガラスクロスを得た。
【0052】
(実施例4)
メチルセロソルブ500mlにZrブトキシド、アセチルアセトン及び酢酸を、それぞれ0.03Mとなるように溶解させ、60℃で1時間、加熱還流した。室温まで冷却したこの溶液にガラスクロスを浸漬し、取り出した後、200℃で5分間乾燥させ、セラミックスコーティングしたガラスクロスを得た。
【0053】
(比較例1)
ガラスクロスを110℃で5分間乾燥させ、試験サンプルを得た。
【0054】
(比較例2)
メチルセロソルブ500mlにZrブトキシドを0.03Mとなるように溶解させた。この溶液にガラスクロスを浸漬し、取り出した後、110℃で5分間乾燥させ、セラミックスコーティングしたガラスクロスを得た。
【0055】
[耐アルカリ性試験]
1NのNaOH水溶液を60℃に加温し、実施例1〜4並びに比較例1及び2で用意したガラスクロスを3時間又は5時間浸漬した。
所定時間浸漬した後、侵食の程度を、電子顕微鏡(×5000倍)でガラスクロス表面を観察して評価した。ガラス表面の凹凸の程度により、凹凸の少ないものから○、△、×として、3段階で評価した(表1)。
【表1】

【0056】
図1に、実施例3のガラスクロスをアルカリ溶液に5時間浸漬した後の電子顕微鏡写真を示す。ガラスクロス表面に凹凸はまったく見られず、アルカリによる侵食を受けていないと考えられる。図2に、実施例1のガラスクロスをアルカリ溶液に5時間浸漬した後の電子顕微鏡写真を示す。ガラスクロス表面にわずかに凹凸が見られるが、アルカリによる侵食はほとんど受けていないと考えられる。図3に、比較例1のガラスクロスをアルカリ溶液に5時間浸漬した後の電子顕微鏡写真を示す。ガラスクロス表面はほぼ全面に渡って強い凹凸を示しており、アルカリによって侵食されていた。
【0057】
[屈曲性評価]
ガラスクロスは、アルカリによる侵食によって屈曲性が低下する。そこで、耐アルカリ性試験後のガラスクロスについて、たるみ量(屈曲性)を測定して、耐アルカリ性を評価した。
【0058】
耐アルカリ性試験後の実施例1〜4並びに比較例1及び2のガラスクロスを、10mm×50mmの大きさに切断し、評価サンプルとした。ガラスクロスのたるみ量(屈曲性)は図4に示す装置を用いて測定した。
【0059】
図4は、ガラス繊維のたるみ量(屈曲性)を測定する屈曲性測定装置の模式図である。図4に示す屈曲性測定装置100は、台板10と、台板10上に垂直に伸びる支持棒20と、支持棒20の先端に設けられた天板30と、ハンドル21の操作により支持棒20に沿って上下に移動する可動ステージ40と、を備える。なお、支持棒20の側面には等間隔に目盛6が刻まれている。
【0060】
以下、屈曲性測定装置100を用いて、ガラスクロスのたるみ量(屈曲性)を測定する方法について説明する。まず、天板30と可動ステージ40の上面の位置を揃えた状態で、一端が天板30上に達するように、ガラスクロス1を天板30及び可動ステージ40上に置く。この場合、ガラスクロス1の一端は天板30上に載せ、他端上にはおもり2を載せる(図4(a))。なお、天板30と可動ステージ40の接触点から、おもり2までの距離Dは30mmとした。また、おもりの重さは0.1gとした。
【0061】
次に、ハンドル21を回転させ、可動ステージ40を鉛直方向下方に移動させる。可動ステージ40の移動に追従して、可動ステージ40に接触しながら、ガラスクロス1は屈曲し始めるが(図4(b))、ある程度可動ステージ40が下がると、ガラスクロス1はそれ以上屈曲することができなくなり、可動ステージ40から離れる。この時の可動ステージ40の移動距離を目盛6から読み取り、測定値をガラスクロスのたるみ量とする。
【0062】
表2に耐アルカリ試験後のガラスクロスのたるみ量をまとめた。なお、耐アルカリ性試験を行っていないガラスクロスのたるみ量は12mmであった。
【表2】

【0063】
耐アルカリ試験により、ガラスクロスの屈曲性が悪くなったため、比較例1のガラスクロスのたるみ量は2mmであった。一方、実施例3や実施例4のガラスクロスでは、アルカリ水溶液に5時間浸漬した後でも、7〜12mmのたるみ量を示した。耐アルカリ試験を行っていないガラスクロスのたるみ量が12mm程度であり、十分な耐アルカリ性が得られた。
【0064】
[セラミックスコーティング(耐アルカリコーティング)溶液濃度の検討]
以下の実施例5〜9及び比較例3において、ガラスクロス(日東紡績株式会社製 WEA7628)を基材として用いた。
メチルセロソルブ500mlにZrブトキシド、アセチルアセトン及び酢酸を、それぞれ0.03Mとなるように溶解させ、60℃で1時間、加熱還流した。この溶液を室温まで冷却した後、セラミックスコーティング(耐アルカリコーティング)溶液濃度の検討に用いた。
【0065】
(実施例5)
上述した溶液をそのまま用い(Zr濃度;0.03M)、ガラスクロスを浸漬し、取り出した後、110℃で5分間乾燥させ、セラミックスコーティングしたガラスクロスを得た。
【0066】
(実施例6)
上述した溶液を、メチルセロソルブで30倍に希釈した溶液(Zr濃度;0.001M)を調整し、30倍希釈溶液にガラスクロスを浸漬し、取り出した後、110℃で5分間乾燥させ、セラミックスコーティングしたガラスクロスを得た。
【0067】
(実施例7)
上述した溶液を、メチルセロソルブで40倍に希釈した溶液(Zr濃度;7.5×10−4M)を調整し、40倍希釈溶液にガラスクロスを浸漬し、取り出した後、110℃で5分間乾燥させ、セラミックスコーティングしたガラスクロスを得た。
【0068】
(実施例8)
上述した溶液を、メチルセロソルブで50倍に希釈した溶液(Zr濃度;6.0×10−4M)を調整し、50倍希釈溶液にガラスクロスを浸漬し、取り出した後、110℃で5分間乾燥させ、セラミックスコーティングしたガラスクロスを得た。
【0069】
(実施例9)
上述した溶液を、メチルセロソルブで300倍に希釈した溶液(Zr濃度;1.0×10−4M)を調整し、300倍希釈溶液にガラスクロスを浸漬し、取り出した後、110℃で5分間乾燥させ、セラミックスコーティングしたガラスクロスを得た。
【0070】
(比較例3)
セラミックスコーティングしていないガラスクロスを対照として用いた。
【0071】
[耐アルカリ性試験]
1NのNaOH水溶液を60℃に加温し、実施例5〜9及び比較例3で用意したガラスクロスを2時間、3時間又は5時間浸漬した。
【0072】
[屈曲性評価]
ガラスクロスのたるみ量(屈曲性)を図4に示した装置を用いて、前述の通り評価した。評価試験の結果を表3に示した。
【表3】


なお、セラミックスコーティング(耐アルカリコーティング)を施さず、耐アルカリ性試験を実施していないガラスクロスのたるみ量は8mmであった。
【0073】
セラミックスコーティングを施していないガラスクロスは、2時間の浸漬でアルカリにより侵されてしまい、屈曲性が悪くなった。Zrでセラミックスコーティングしたガラスクロスでは、コーティングに用いた溶液中のZr濃度が低くなるにつれ、耐アルカリ性能は劣ってくる傾向がみられた。Zr濃度が1.0×10−4Mのとき、ほぼ耐アルカリ性の効果が見られなくなった。また、アルカリ水溶液への浸漬が5時間のときでも、Zr濃度を0.001M以上でセラミックスコーティングしたガラスクロスは、屈曲性にほとんど変化はなく、充分な耐アルカリ性能が得られた。
【0074】
[他のキレート剤の検討]
以下の実施例10及び比較例4において、ガラスクロス(日東紡績株式会社製 WEA7628)を基材として用いた。
メチルセロソルブ500mlにZrブトキシド、エチレンジアミン及び酢酸を、それぞれ0.03Mとなるように溶解させ、60℃で1時間、加熱還流した。この溶液を室温まで冷却した後、セラミックスコーティング(耐アルカリコーティング)に用いた。
【0075】
(実施例10)
上述した溶液をそのまま用い(Zr濃度;0.03M)、ガラスクロスを浸漬し、取り出した後、110℃で5分間乾燥させ、セラミックスコーティングしたガラスクロスを得た。
【0076】
(比較例4)
セラミックスコーティングしていないガラスクロスを対照として用いた。
【0077】
[耐アルカリ性試験]
1NのNaOH水溶液を60℃に加温し、実施例10及び比較例4で用意したガラスクロスを2時間、3時間又は5時間浸漬した。
【0078】
図5に、実施例10のガラスクロスをアルカリ溶液に5時間浸漬した後の電子顕微鏡(×5000倍)写真を示す。ガラスクロス表面に凹凸は見られず、アルカリによる侵食をほとんど受けていないと考えられる。
【0079】
[屈曲性評価]
ガラスクロスのたるみ量(屈曲性)を図4に示した装置を用いて、前述の通り評価した。評価試験の結果を表4に示した。
【表4】


なお、セラミックスコーティング(耐アルカリコーティング)を施さず、耐アルカリ性試験を実施していないガラスクロスのたるみ量は8mmであった。
【0080】
実施例10のガラスクロスは、アルカリ水溶液に5時間浸漬しても7.5mmのたるみ量を示した。耐アルカリ試験を行っていないガラスクロスのたるみ量と遜色なく、十分な耐アルカリ性が得られた。すなわち、キレート剤としてエチレンジアミンを用いた場合にも、ガラス繊維に充分な耐アルカリ性能を付与できる。
【符号の説明】
【0081】
1…ガラスクロス、2…おもり、6…目盛、10…台板、20…支持棒、21…ハンドル、30…天板、40…可動ステージ、100…屈曲性測定装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Zrアルコキシド及びキレート剤を含む溶液を、ガラス繊維に接触させる接触工程を備える、耐アルカリ性ガラス繊維の製造方法。
【請求項2】
前記溶液は、前記Zrアルコキシド及び/又は前記キレート剤の反応触媒を含有する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
加熱還流させた前記溶液を、前記ガラス繊維に接触させる、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記キレート剤は、下記一般式(1)で表される化合物である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の製造方法。
【化1】


[式中、R及びRは、各々独立に、炭素数1〜4の1価の炭化水素基を示す。該炭化水素基中の水素原子は、F原子、Cl原子、I原子又はN若しくはOを含むヘテロ有機基で置換されていてもよい。]
【請求項5】
前記キレート剤が、アルキレンジアミンである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記接触工程は、前記ガラス繊維を集束する集束工程時に実施される、請求項1〜5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記接触工程は、前記ガラス繊維に付着した付着物を加熱除去する脱油工程後に実施される、請求項1〜6のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の製造方法により得ることのできる、耐アルカリ性ガラス繊維。

【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−26175(P2011−26175A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−175302(P2009−175302)
【出願日】平成21年7月28日(2009.7.28)
【出願人】(000003975)日東紡績株式会社 (251)
【Fターム(参考)】