説明

耐久性の優れた機能性ポリエステル系布帛およびその製造方法

【課題】撥水性、撥油性等が改善され、洗濯耐久性に優れた防汚機能が付与された、高度な洗濯耐久性を有する機能性ポリエステル系布帛を提供する。
【解決手段】分子内にフッ素原子を含有するビニルモノマーのメタノール溶液に浸漬したポリエステル系布帛をフィルムで挟んで圧着し、過剰なモノマー及び酸素を除去した後、電子線を照射し、引き続き40〜70℃の温度でグラフト重合させたポリエステル系布帛。ポリエステル系布帛に対するグラフト率は0.5%以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステル系布帛に電子線照射法により分子内にフッ素原子を含有するビニルモノマーをグラフト重合することで撥水・撥油性が改善され、洗濯耐久性に優れた防汚性能が付与された機能性ポリエステル系布帛およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、合成繊維織編物に撥水性・撥油性等を付与して防汚機能を高める試みは、多数紹介されている。布帛表面をフッ素原糸含有ポリマーで被覆する方法はその一例である。具体的にはフッ素原糸含有ポリマーの溶剤溶液又は水系エマルジョンを布帛に付与し、乾燥後、必要に応じて加熱処理することで繊維表面にフッ素原子含有ポリマーの皮膜を形成させるものである。得られる布帛は優れた撥水性・撥油性を呈するが、その性能の洗濯耐久性は乏しく、野球ユニホーム等の高度な洗濯耐久性が求められる分野では使用できない。その対策として、特許文献1には、布帛とフッ素含有ポリマーとの間にフッ素含有ポリマー単量体、フッ素原糸を含有しない共単量体および架橋剤とからなる共重合体皮膜を形成することが提案されている。しかし、この提案においても合成繊維織編物を構成する繊維とフッ素原子含有繊維との間に化学結合はなく、洗濯耐久性は十分に改善されたとはいえない。
【0003】
また、合成繊維織編物を構成する繊維と機能性を有するポリマーを化学結合することで、その性能の洗濯耐久性を高める手段として、合成繊維織編物を構成する繊維に機能性を有するモノマーをグラフト重合する方法が知られている。しかし、電子線照射により生成する活性種(ラジカル)が比較的安定なポリオレフィン等に対し、電子線のような放射線に安定なポリマーであるポリエステルでは、生成した活性種(ラジカル)が失活しやすい。その対策として特許文献2には特定の酸素濃度雰囲気下でグラフト重合することが提案されているが、電子線照射による基材表面上への活性種の生成とビニル系モノマーへの浸漬が2段階で行われており、時間的に活性種の失活を招きやすい。
【0004】
また、特許文献3には、繊維状基材に,親水性,撥水性,吸放湿性,制電防止性,接着性,抗菌性等の耐久性ある機能を効率的に付与するためのグラフト化基材の製造装置が記載されており、グラフト重合するラジカル重合性化合物としてフルオロアクリレートが記載されているが、本発明が目的とする防汚性およびその洗濯耐久性を提供するに必要なフルオロアクリレートの構造まで言及されていない。
【0005】
【特許文献1】特開昭60−39482号公報
【特許文献2】特開平4−146271号公報
【特許文献3】特開2005−60894公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、合成繊維を用いた布帛に撥水性・撥油性等を付与して防汚機能を高める改質において、付与される機能の洗濯耐久性を高め、高度な洗濯耐久性が求められる分野での展開を可能とする布帛の提供とその製造方法にある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第一の要旨は、布帛を構成するポリエステル系繊維の表面に、分子内にフッ素原子を含有するビニルモノマーがグラフト重合されたポリエステル系布帛である。
本発明の第二の要旨は、分子内にフッ素原子を含有するビニルモノマーのメタノール溶液に浸漬したポリエステル系布帛をフィルムで挟み、圧着し過剰なモノマー及び酸素を除去した後、電子線を照射し、引き続き40〜70℃の温度でグラフト重合させるポリエステル系布帛の製造方法にある。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、フィルムシール法を組み入れた電子線照射法を採用し、ポリエステル系布帛に、特定のフッ素原子含有ビニルモノマーをグラフト重合することにより、洗濯耐久性に優れた防汚機能の付与を、安全に、かつ比較的安価に達成することができ、野球ユニホーム等の高度な洗濯耐久性が求められる分野、自動車内装材のように洗濯が容易でない部分に使用される織編物等、耐久性のある防汚性能が求められる用途において、好適なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明に用いるポリエステル系繊維は、酸成分としてテレフタル酸、イソフタル酸等を用い、グリコール成分としてエチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール等を用いてなるポリエステルから製造される繊維であるが、酸成分としてアジピン酸、スルホイソフタル酸、アゼライン酸等が共重合されていてもよい。また、繊維の断面形状、繊度、および強度、伸度、収縮率等の繊維特性は特に限定されるものではない。
【0010】
本発明のポリエステル系布帛にグラフト重合させるビニルモノマーは、分子内にフッ素原子を含有することが必要である。分子内にフッ素原子を含有しないビニルポリマーを用いた場合は、布帛の表面での撥水性・撥油性が不十分となり、濡れた場合に、滲み出しなどにより汚れが発生する。該ポリエステル系布帛にグラフト重合させるビニルモノマーとしては、アクリル酸、メタクリル酸、等のエステルが好ましく、下記(1)又は(2)式で表される化合物であり、5≦n≦15であることが必要がある。
CH2=C(R)(COO(CH2)2CnF2n+1) (1)
CH2=C(R)(COOCH2CnF2nH) (2)
Rは水素又はメチル基である。
nが5以上、即ちモノマー分子中のフッ素原子の数は10以上であることが必要である。フッ素原子の数が10未満の場合は、水接触角が120°未満となり十分な撥水性が得られない。一方、nが15を越える、即ちモノマー分子中のフッ素原子の数が、31を越えると、グラフト重合において、未反応モノマーの量が増える傾向となるので好ましくない。
【0011】
本発明のポリエステル系布帛を構成するポリエステル系繊維の表面に、分子内にフッ素原子を含有するビニルモノマーを固着する手段は、グラフト重合であることが必要である。グラフト重合以外の手段で固着させた場合は、充分な洗濯耐久性が得られない。また、ポリエステル系布帛に対する、グラフト率が、0.5%以上であることが必要である。0.5%未満であると、充分な洗濯耐久性が得られない。一方、10%を越えると、グラフト率向上に対する、防汚性能の向上効果が少なくなる傾向となるので、10%以下とするのが、経済的に好ましい。
【0012】
本発明のポリエステル系布帛は、水接触角が120°以上であることが必要である。更に好ましくは、125°以上である。水接触角が120°未満であると、布帛の表面での撥水性・撥油性が不十分となり、滲み出しなどにより汚れが発生するので好ましくない。
【0013】
本発明の製造方法は、まず、モノマー分子中にフッ素原子を含有するビニルモノマーを溶媒に溶解させ、これをパッディング液として、上述のポリエステル系繊維で構成される染色済み布帛に付与する。これに電子線を照射することでグラフト重合ポリエステル系繊維表面および繊維内部に活性種を生成させる。引き続き、このポリエステル系布帛を40〜70℃の温度で重合反応を促進させる方法でグラフト重合する。尚、取り扱い性の点から、ビニルモノマーの溶媒としてメタノールを使用した。
【0014】
本発明の製造における布帛の処理温度は、40〜70℃であることが必要である。40℃未満であると、重合反応が進行しにくく、70℃を超えると、ビニルモノマーが蒸散したり、ホモポリマーの比率が増加する問題があるので好ましくない。
【0015】
電子線照射方法については、特開2005−60894公報に記載されたフィルムシール法を組み入れた電子線照射方法に準拠した。すなわち、パッディング法として、所定の濃度に調整したビニルモノマーのメタノール溶液にポリエステル系布帛を浸漬した後、布帛を挟み込むように布帛の両面にポリエステルフィルムを導入して全体をマングルで圧着し、ポリエステル系布帛にポリエステルフィルムを密着させるとともに余剰のビニルモノマー溶液及び空気を除去する。
【0016】
電子線の照射条件としては、目的とするグラフト率や要求性能により適宜選択すればよく、通常の照射線量は100〜300キログレイ(以下kGyと略記する)程度が適当であり、100kGy未満では十分なグラフト率が得られず、300kGyを超えると繊維の劣化による物性低下や硬化による風合いの悪化及び染色布帛の色相変化などを引き起こすので好ましくない。加圧電圧は、処理する布帛の厚さにより適宜選択すればよい。
尚、フッ素原子を含有するビニルモノマーが繊維表面にグラフト重合されたポリエステル系布帛は、染色斑が生じやすく染色が難しいことから、電子線を照射する前に染色することが好ましい。
【0017】
次に、実施例における布帛の性能等の測定、評価は、下記の方法で実施した。
(1)グラフト率の測定
本発明の電子線照射によるグラフト重合では、グラフトポリマーの他にホモポリマーが同時に生成する。ホモポリマーは、クロロホルムを用いてソックスレー抽出により除去した。ソックスレー抽出による試料の重量減少が終了した時点の重量をグラフト重合後の重量とした。
グラフト率は次式(3)で算出した。
グラフト率(%)=(W2−W0)/W0×100 ・・・・・・ (3)
W0・・・・グラフト重合処理前の絶乾試料重量
W2・・・・ソックスレー抽出処理後の絶乾試料重量
(2)水接触角
KRUSS社製G10接触角計を使用して、室温、大気圧下で測定した。蒸留水を20μl滴下し、各試料5回測定しその平均値を測定結果とした。
(3)水滴消失速度
水接触角測定時、水滴が消失するまでの時間を測定し、以下の通り、判定した。
×・・・・・5秒以内で消失する。
△・・・・・5秒経過しても水滴は消失しないが、布帛試料上に滲み出しが認められる。
○・・・・・30秒以上経過しても水滴は消失せず、布帛試料上に滲み出しが認められない。
(4)防汚性能
湿泥、乾泥、油、コーヒーに対する汚れについて評価した。汚れの付着状況、拭き取り後の汚れ状況、洗濯1回後の汚れ状況を汚染用グレースケールで判定した。判定は5段階判定で数値が大きいほど汚れが少なく良好。判定3以上が合格レベルである。
試験方法は以下の通り、
1)湿泥汚れは、赤玉土40g/水200mlをよく攪拌して汚れを調整、試料と汚れ成分をラウンダーメーターで30分攪拌後、試料を取り出し軽く水洗し水を拭き取って乾燥したものをサンプル(P)とした。
2)乾泥汚れは、赤玉土1gを試料の中央に載せ、円柱の錘(直径45mm×300g)を赤玉土の上に載せて30回擦り付けた後、試料上に残った土を軽く払ったものをサンプル(P)とした。
3)コーヒー汚れは、コーヒー(砂糖入り)0.3ccを試料の上に載せ10分間放置し、10分後ティッシュペーパーで拭き取ったものをサンプル(P)とした。
4)油汚れは、油(ペースト状)0.3ccを試料の上に載せ10分間放置し、その後ティッシュペーパーで拭き取ったものをサンプル(P)とした。油の成分はダイヤペースト1gをモーターオイル100ccに分散させた物を使用した。
洗濯は、各汚れ試験後のサンプル(P)を24時間放置後、JISL−0217 103法を1回実施。
(5)防汚性能の洗濯耐久性評価方法。
JIS L−0217 103法(家庭洗濯)で20回、50回、100回繰り返し洗濯した後、湿泥汚れと乾泥汚れに対する防汚性能を評価した。
【実施例】
【0018】
次に、本発明を実施例によってさらに詳細に説明する。
(実施例1〜2、比較例1〜4)
ポリエチレンテレフタレート繊維よりなるタフタ(経:56dtex/18フィラメント(以下fと標記)、110本/インチ、緯:84dtex/36f、80本/インチ)から、ヒートカッターを用いて10cm×15cmの布片(W)を切り出しサンプルとした。布帛サンプルを、トリフルオロエチルメタクリレート(以下、3FMと標記)、オクタフルオロペンチルメタクリレート(以下、8FMと標記)及びヘプタデカフルオロデシルメタクリレート(以下、17FMと標記)のメタノール溶液(濃度10%)に浸漬した。
浸漬後、布帛試料をポリエステルフィルムで挟み、マングル装置を用いて1.5kg/cmの圧力で余剰のモノマーを絞り取った。フィルムで挟んだ状態で布帛試料に、低エネルギー電子線照射装置(岩崎電気(株)製、製品名:EC250/15/180L)を用いて、窒素雰囲気下、下記の条件で電子線を照射した。照射後、布帛試料を50℃で30分間静置した後、重合させた。未反応モノマーの洗浄のため、重合後の布帛試料をテトラヒドロフラン(以下、THFと標記)中に24時間浸漬し、その後、新たなTHF中で1時間攪拌した。60℃で2時間、真空乾燥し、布帛試料の重量を測定した。(W)さらにこの布帛試料に付着したホモポリマーを除去するため、クロロホルムを溶媒に用いソックスレー抽出を行った。抽出は96時間行い、24時間毎に布帛試料を取り出し、60℃で2時間、真空乾燥し、布帛試料の重量を測定し重量減少が飽和した時点の重量を求めた。(W)ソックスレー抽出後の布帛試料の水接触角を接触角計(KRUSS社製、製品名:G10)を使用して測定した。その結果を表1に示した。未処理のタフタ布帛を比較例4とした。
<電子線照射条件>
加速電圧(kV) 240
電子電流(mA) 2.1
搬送速度(m/min) 5.0
照射回数(Pass) 表1
実施例1、比較例1、比較例4について、防汚性能を評価した。その結果を表2に示した。
表2から明らかなように、実施例1は泥汚れに対して洗濯による汚れ落ちが良好であり、コーヒー等の水性汚れに対しては拭取りによる汚れ除去性が良好であることが判る。
【0019】
(実施例3)
ポリエチレンテレフタレート繊維よりなる野球ユニホーム用編地モックロディ(167dtex/48f仮撚加工糸(86.6%)とE/C(13.4%)混)を布帛サンプルとし、17FMのメタノール溶液(濃度10%)をビニルモノマーとし、電子線照射回数を3回として電子線照射線量を150kGyとする以外は、実施例1と同様の方法でグラフト重合を実施した。グラフト率、水接触角の結果を表1に示した。
【0020】
(比較例5)
実施例3で使用した布帛試料にポリエステル樹脂(アニオン)80%とメラミン低ホルマリン樹脂(ノニオン)20%の配合品をパディングする従来処方で防汚加工した。この布帛試料の水接触角の結果を表1に示した。
実施例3で得られた布帛試料と比較例5で得られた布帛サンプルについて、防汚性能を評価し、その結果を表2に示した。湿泥汚れ及び油汚れに対する防汚性能は実施例3に優位性が確認された。また、泥汚れに対する防汚性能の洗濯耐久性を評価し、その結果を表3に示した。
乾泥汚れに対しては実施例3、比較例5とも耐久洗濯性は良好であるが、湿泥汚れに対しては、実施例3が、100回の繰り返し洗濯後においても防汚性が保持されているのに対し、比較例5は初期の防汚性もやや不良であり、洗濯耐久性については100回の繰り返し洗濯により防汚性は消失している。すなわち、実施例3は優れた洗濯耐久性を有している。
【0021】
(実施例4)
ポリエチレンテレフタレート極細繊維(0.3dtexと0.1dtexを70/30の割合で混合)を高収縮ポリエチレンテレフタレート織物(天竺組織)にウォータージェット装置で打ち込んで作成した人工皮革(極細繊維と高収縮糸の割合=55/45、目付=265g/m)から、ヒートカッターを用いて10cm×15cmの布片(W)を切り出しサンプルとした。布帛サンプルを、実施例3と同じ条件でグラフト重合を実施した。グラフト率、水接触角の結果を表1に、防汚性能の評価結果を表2に示した。コーヒー汚れについては、拭取りによる汚れ除去性が5級と良好であった。油汚れに対しても、拭取りによる汚れ除去性が4−5級と良好であった。
【0022】
【表1】

【0023】
【表2】

【0024】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
布帛を構成するポリエステル系繊維の表面に、分子内にフッ素原子を含有するビニルモノマーがグラフト重合されたポリエステル系布帛。
【請求項2】
ポリエステル系布帛の水接触角が120°以上である請求項1記載のポリエステル系布帛。
【請求項3】
分子内にフッ素原子を含有するビニルモノマーが、(1)又は(2)式で表される化合物であり、かつ5≦n≦15である請求項1または、2に記載のポリエステル系布帛。
CH2=C(R)(COO(CH2)2CnF2n+1) (1)
CH2=C(R)(COOCH2CnF2nH) (2)
RはH又はメチル基
【請求項4】
ポリエステル系布帛に対するグラフト率が、0.5%以上である請求項1〜3のいずれか1項に記載のポリエステル系布帛。
【請求項5】
分子内にフッ素原子を含有するビニルモノマーのメタノール溶液に浸漬したポリエステル系布帛をフィルムで挟み、圧着し過剰なモノマー及び酸素を除去した後、電子線を照射し、引き続き40〜70℃の温度でグラフト重合させる請求項1記載のポリエステル系布帛の製造方法。
【請求項6】
メタノール溶液に浸漬する前に、ポリエステル系布帛に染色を施す、請求項5に記載のポリエステル系布帛の製造方法。

【公開番号】特開2008−115492(P2008−115492A)
【公開日】平成20年5月22日(2008.5.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−299151(P2006−299151)
【出願日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】