説明

耐摩耗性に優れたクラッチプレート用鋼板およびその製造方法

【課題】フリクションプレートの歯先の耐摩耗性が優れ、同時に打抜き性も良好なクラッチプレート用鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.1〜0.6%、Si:0〜1.0%、Mn:0.2〜2.0%、0.1〜0.3%以上のTiと、0.005%以下のN量を含有し、TiNを生成させることなく微細なTiを含む硬質炭化物を分散析出させることにより、打抜き性と、打抜き面の耐摩耗性を同時に実現する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の自動変速機の湿式多板クラッチ機構におけるクラッチプレートに関する。
【背景技術】
【0002】
自動変速機の湿式多板クラッチは、摩擦材(特殊な紙)を表面に貼り付けた複数の「フリクションプレート」と、その接触相手である「セパレートプレート」が交互に配置され、フリクションプレートとセパレートプレートの開放/締結を切り替える動作によって動力の伝達を制御する機構である。フリクションプレートとセパレートプレートは、いずれもリング状の鋼板部材である。湿式多板クラッチを構成するこれらのプレートは総称して、クラッチプレートと呼ばれる。本明細書でいう「フリクションプレート」は、セパレートプレートの摩擦相手である「フリクションプレート」を意味する。
【0003】
フリクションプレートは、セパレートプレートと接触するとともに、内側のハブに刻まれた溝と噛み合う構造になっている。そのために、フリクションプレートのリング内周部には溝と噛み合う「歯」が設けられている。歯の部分には、耐摩耗性に優れることが要求される。
【0004】
フリクションプレートにおける歯先の耐摩耗性向上する技術として、特許文献1には、TiCやセメンタイト等の硬質析出物により耐摩耗性を向上する手法が開示されている。特許文献2には、フェライト粒径5〜15μmのフェライト組織を有する熱延鋼板を圧下率50%以上の冷間圧延することで耐摩耗性を向上する手法が開示されている。特許文献3には、CrおよびTiとBの複合添加による鋼組織制御により、耐摩耗性を向上する手法が開示されている。特許文献4には、パーライトとセメンタイト分率およびフェライト粒径の鋼組織制御により、耐摩耗性を向上する手法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−73073号
【特許文献2】特開2003−277883号
【特許文献3】特開2007−211260号
【特許文献4】特開2004−162153号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
自動車の自動変速機の湿式多板クラッチ機構におけるクラッチプレートの耐摩耗性の改善手段については、非常に硬質なTiCを微細分散させることで耐摩耗性が向上することは知られており、先行技術でも、TiCによる耐摩耗性改善は一部利用されている。しかし、TiCによる耐摩耗性向上の効果を更に高めるべくTi添加量を増やすと、靭性を阻害する結果になることを理由に、Ti添加量は低く抑えられているのが現状である
本発明は、粗大なTi系析出物を生成させない方法により、フリクションプレートの歯先の耐摩耗性が優れ、同時に打抜き性等を阻害しないクラッチプレート用鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的は、次の手段によって達成される。
本発明の耐摩耗性に優れた湿式多板クラッチのクラッチプレート用鋼板は、まず、その成分組成を次のとおりとする。質量%で、C:0.1〜0.6%、Si:0〜1.0%、Mn:0.2〜2.0%、P,S:0.03%以下、Ti:0.1〜0.3%、N:0.005%以下を含み、残部Feならびに不可避不純物からなる化学成分を有する。
【0008】
さらに、Cr:0.10〜2.0%、Mo:0.05〜0.5%、B:0.0002〜0.002%、Nb:0.01〜0.1%、V:0.01〜0.2%の一種または複数種を含有してもよい。
【0009】
また、請求項1または2に記載の化学成分を有する鋼スラブを1200℃以上に加熱して熱間圧延し、550℃以上で巻取った熱延コイルを素材とし、これに直接冷間圧延を施すか、または焼鈍を行った上で冷間圧延を施し、断面硬さ200〜300HVの鋼板とすることを特徴とする、耐摩耗性に優れた湿式多板クラッチのクラッチプレート用鋼板の製造方法である。
【0010】
本発明の鋼板は、N量を制限し、TiN生成量を抑えることにより、靭性を確保できることを特徴とする。N量を制限した鋼では、熱間圧延において、加熱温度を1200℃以上としてTiを十分に固溶させ、熱間圧延後の巻取りは500℃以上で行い、TiCを微細に分散させて耐摩耗性向上に寄与するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、従来両立が困難であった「優れた耐摩耗性」と「優れた打抜き性」を同時に実現することのできる鋼板が提供可能となる。したがって本発明は、セパレートプレートの品質向上および湿式多板クラッチの性能向上に寄与するものである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例に用いた供試材の製造方法
【図2】発明例である記号No.11bの組織写真
【発明を実施するための形態】
【0013】
〔化学組成〕
各成分元素について説明する。以下、成分元素における「%」は特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0014】
C:0.1〜0.6%
C含有量が低すぎると、耐摩耗性を担う硬質炭化物粒子を形成させることが困難となる。そのため、硬質炭化物粒子を形成させるために0.05%以上の含有量を確保する必要がある。鋼板の硬度、耐摩耗性の向上という点からは、C含有量が多いほど効果的である。0.6%を超えると、打抜き性の改善効果を得ることが困難となる。このためC量は0.1〜0.6%以下の範囲で添加することが好ましい。
【0015】
Si:0〜1.0%
Siは、通常の脱酸目的として添加する場合は1.0%未満で十分である。ただし、過剰なSi含有の鋼は脆化を招くので、Si含有量は1.0%以下の範囲で添加することが好ましい。
【0016】
Mn:0.2〜2.0%
Mnは、打抜き断面の耐摩耗性の確保のために必要な元素である。Mn添加量が0.2%以下になると打抜き断面の耐摩耗性が不十分となる。2.0%以上のMnを添加すると、打抜き面にクラックが発生するため、上限を2.0%に特定した。好ましいMn含有量の範囲は同様の理由から0.8〜1.5%である。
【0017】
P:0.03%以下
S:0.03%以下
P,Sは、0.03%以上添加すると、打抜き性および靭性の低下を招くので、それぞれ0.03%以下に制限される。
【0018】
Ti:0.1〜0.3%
Tiは、鋼中のCと結合し、硬質炭化物を形成し、耐摩耗性の向上に効果的な元素である。添加量が過剰であると粗大な炭化物の生成を招き、靭性、疲労特性を劣化させる要因となる。このため、0.1〜0.3%に特定したが、0.1〜0.25%の範囲で添加することが好ましい。
【0019】
N:0.005%以下
Nは不可避的に混入する元素である。添加量が0.005%以上添加すると、窒化物(TiN)の生成量が増加し、耐摩耗性、靭性を劣化させる要因となる。このため、上限を0.005%以下の範囲で添加することが好ましい。
【0020】
Cr:0.10〜2.0%、Mo:0.05〜0.5%、B:0.0002〜0.002%、Nb:0.01〜0.1%、V:0.01〜0.2%
Cr、Mo、B、Nb、Vの一種または複数種を含有することで、耐摩耗性の向上に効果的である。これらの元素の含有量が少ないと硬質炭化物の析出量が不十分となる。ただし、これらの元素含有量が過剰であると粗大な炭化物の生成を招き、靭性、疲労特性を劣化させる要因となる。このため、Cr:0.10〜2.0%、Mo:0.05〜0.5%、B:0.0002〜0.002%、Nb:0.01〜0.1%、V:0.01〜0.2%の含有範囲にそれぞれ制限する必要がある。
【0021】
〔硬さ〕
フリクションプレートに適用するためには、歯の部分での耐摩耗性を確保するうえで、鋼板の硬さは200HV以上に調整されている必要がある。ただし、硬すぎると、歯と噛み合う相手部材ハブのスプラインの摩耗を早めるので好ましくない。なお、単に硬さを増大させるだけで十分な耐摩耗性が付与できるわけでなく、そのためには前述のようにCr、Mo、B、Nb、Vの一種または複数種を含有させることで耐摩耗性の向上に効果的である。
【0022】
〔製造方法〕
請求項1または2に記載の化学成分を有する鋼スラブを1250℃以上に加熱して熱間圧延し、550℃以上で巻取った熱延コイルを素材とする。フリクションプレートには上述の硬さ、および平坦性が要求されるため、最終的な冷間圧延率は概ね20〜45%程度の範囲で調整される。冷間圧延工程中に中間焼鈍を入れる場合は、最後の中間焼鈍の後に行った冷間圧延率を指す。
【0023】
〔金属組織〕
本発明の鋼板は、マトリクスが「フェライト+パーライト」または「フェライト+セメンタイト」であり、マトリクス中に硬質炭化物が微細分散している金属組織を有する。冷間圧延仕上げであるから、結晶粒は圧延方向に伸びている。
【実施例】
【0024】
表1に示す鋼を溶製し、図1に示す工程により、板厚が1.4〜4.0mmの熱延板を製造し、冷間圧延により最終的に板厚1.2mmの冷延鋼板を製造して、これを供試材とした。図1中のパターン(A)または(B)の何れを採用したかについては表2中の工程欄に示している。各供試材から試験片を採取し、下記の要領にて打抜き試験および摩耗試験を行った。

【表1】

【0025】
〔打抜き試験〕
供試材から1.2mm厚の平坦な鋼板試料を採取し、300kN万能試験機を用いて、以下の条件で打抜き試験を行った。打抜き形状として、1.2mm厚×10mm×10mmの正方形の形状に打抜き試験を実施した。打抜き金型として、ポンチ、ダイスともに60HRCに調質されたJIS規格のSKD11を使用した。
試験条件は、打抜き加工速度1.7mm/sec、クリアランス10%、打抜きショット数2000ショットとした。
鋼No.10を評価の基準材とし、打抜きせん断面が基準材より多いものを○(打抜き性:良好)、それ以外を×(打抜き性:不十分)と判定とし、○評価を合格とした。結果を表3に示す。
【0026】
〔ピンオンディスク摩擦摩耗試験〕
ピンオンディスク摩擦摩耗試験機を用いて、ミッションオイルを滴下しながら以下の条件で摩耗試験を行った。
ピンは、打抜き試験のために採取した1.2mm厚×10mm×10mmの正方形の打抜きサンプルを1.2mm厚×10mm×2mmの長方形に切断し、ディスクとの接触面が1.2mm厚×2mmになるよう試料ホルダーに固定した。すなわち、ディスクと接触するのは、打抜き面である。また、ディスクには、SK85の焼入れ焼戻しによって400HVに調質したものを用いた。
試験条件は、試験荷重700Nで押し付けながら、摩擦速度1.0m/sec、摩擦距離3600mの条件で摩耗試験を行った。試験前後のピン試験片から摩耗により消失した摩耗高さを測定し、これを摩耗減少量とした。
鋼No.10を評価の基準材とし、摩耗減少量がこの基準材の摩耗減少量である30μm未満のものを○、それ以上を×と判定とし、○評価を合格とした。結果を表3に示す。
【0027】
【表2】

【0028】
【表3】

【0029】
総合評価は、打抜き面性状評価と耐摩耗性評価の両方が合格であったものを、○(合格)とした。表3からわかるように、本発明例材料は打抜き性、耐摩耗性とも良好であった。
比較例No.11aおよびNo.13aは、硬さを低く調整しすぎたものであり、打抜き性が極めて良好である反面、耐摩耗性に劣った。No.11cおよびNo.13cは、硬さを過剰に高く調整しすぎたものであり、打抜き性に劣った。No.1、2およびNo.4、5は、耐摩耗性向上元素の含有量が低すぎたため、耐摩耗性に劣った。No.8は、C含有量が過大であるため、打抜き性に劣った。No.9は、N含有量が過大であるため、打抜き性、耐摩耗性ともに劣った。
【0030】
図2に、表2中の記号11bの材料における電子顕微鏡写真を示す。白く粒状に観察されるものが、マトリックス中に分散している微細な硬質析出物である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.1〜0.6%、Si:0〜1.0%、Mn:0.2〜2.0%、P:0.03%以下、S:0.03%以下、Ti:0.1〜0.3%、N:0.005%以下を含み、残部Feならびに不可避不純物からなる化学成分を有することを特徴とする、耐摩耗性に優れた湿式多板クラッチのクラッチプレート用鋼板。
【請求項2】
さらに、Cr:0.10〜2.0%、Mo:0.05〜0.5%、B:0.0002〜0.002%、Nb:0.01〜0.1%、V:0.01〜0.2%の一種または複数種を含有することを特徴とする請求項1に記載のクラッチプレート用鋼板。
【請求項3】
質量%で、C:0.1〜0.6%、Si:0〜1.0%、Mn:0.2〜2.0%、P,S:0.03%以下、Ti:0.1〜0.3%、N:0.005%以下を含み、残部Feならびに不可避不純物からなる鋼スラブを1200℃以上に加熱して熱間圧延し、500℃以上で巻取った熱延コイルを素材とし、これに直接冷間圧延を施すか、または焼鈍を行った上で冷間圧延を施して、断面硬さ200〜300HVの鋼板とすることを特徴とする、耐摩耗性に優れた湿式多板クラッチのクラッチプレート用鋼板の製造方法。
【請求項4】
鋼スラブが、さらに、Cr:0.10〜2.0%、Mo:0.05〜0.5%、B:0.0002〜0.002%、Nb:0.01〜0.1%、V:0.01〜0.2%の一種または複数種を含有する請求項3に記載のクラッチプレート用鋼板の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−180547(P2012−180547A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−43258(P2011−43258)
【出願日】平成23年2月28日(2011.2.28)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】