説明

耐摩耗性合金粉末および被覆

本発明は、溶射装置によって被着させるために用いられる合金と、耐摩耗性合金粉末に関するものである。合金は、約20〜65重量%のクロムと、約20〜65重量%のモリブデンと、約0.5〜3重量%の炭素と、約10〜45重量%のニッケルとを含む。この耐摩耗性合金粉末は、同一組成を有する被覆を形成するために用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロム‐モリブデン合金、および、溶射装置による被着に使用される耐摩耗性合金粉末に関するものである。耐摩耗性合金粉末は同一組成を有する被覆を形成するために使用される。
【背景技術】
【0002】
硬質の表面被覆金属と合金は当業界で周知である。例えば、クロム金属は、摩耗または破損した部品をそれらの元の寸法に修復するために、摩耗と腐食の抵抗力を増すために、また、摩擦を減らすために、電気めっき被覆として長年に亘って使用されてきた。しかし、硬質電気クロムめっきは多くの制限を有する。部品の輪郭が複雑になると、電着によって均一な被覆厚さを得るのは困難である。不均一な被覆厚さは、仕上げ表面輪郭に研削することを要する。その両者は、その固有の脆さと硬さの故に困難であり、また、電気めっきされるクロムのせいで高価である。電気めっきによる被着速度は、比較的遅く、したがって、めっき装置に実質的な資本投資が要求される。1回以上の下層被覆を付与すること、または、基体を調製するために高価な表面浄化とエッチング処理を行なうことが、往々にして必要である。使用しためっき浴の処分もまた、プロセス費用をかなり増大する。
【0003】
クロム金属を被着させる別の方法は、プラズマ、高速酸素燃料(HVOF:高速フレーム)または爆発銃(デトネーションガン)を用いて行なう如き金属スプレーによるものである。この方法は、下層被覆を用いることなく、ほぼあらゆる金属基体への被覆付与を可能にする。被覆厚さは、事後の仕上げを最小限に保つことができるように、極めて厳密に制御することができる。しかしながら、特殊な用途に合うように調整された耐摩耗性を有する或る種の被覆には、かなりの仕上げが必要であろう。
【0004】
米国特許第3846084号は、クロムマトリックス中にクロム炭化物粒子を分散させることによって、適合性、摩擦特性および耐摩耗性において、硬質クロム電気めっきよりも優れたプラズマまたは爆発銃プロセスによって形成される被覆を開示している。この種の被覆は、粉末の機械的混合物から作ることができる。しかし、粉末の機械的混合物から作られた被覆の品質には一定の限界がある。プラズマ、HVOFおよびデトネーションガンによる被覆は、重なり合ったラメラ(薄層)または薄板(splats)から成る多層構造体である。各薄板は、被覆を作るために用いる粉末の単一粒子から生じる。被覆被着プロセス中の2つ以上の粉末粒子の結合または合金化は、存在するとしても、僅かなようである。
【0005】
米国特許第6562480 B1号は、内燃機関のピストンリング、およびシリンダライナーの如きもう1つの表面と摺動接触する表面を保護するための耐摩耗性被覆を開示している。この耐摩耗性被覆は、粉末のHVOF被着によって付される。前記粉末は、約13重量%〜約43重量%のニッケル・クロム合金、約25重量%〜約64重量%のクロム炭化物、および、約15重量%〜約50重量%のモリブデンの混合物を含む。
【0006】
米国特許第6503290 B1号は、溶射装置による被着に用いられる耐食性粉末を開示している。この粉末は、約30〜60重量%のタングステン、約27〜60重量%のクロム、約1.5〜6重量%の炭素、合計で約10〜40重量%の「コバルト+ニッケル」、および偶然含まれる不純物+融点抑制剤を含む。この耐食性粉末は、同一組成を有する被覆を形成するために用いられる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
溶射装置によって被着可能で、かつ、優れた耐摩耗性および/または耐食性を示す粉末および被覆に対する需要は依然としてある。それ故、新しい粉末を開発し、そして耐摩耗性および耐食性被覆の溶射被着についてそれらの潜在能力を調査する必要性が存在し続けている。それ故、当業界では、溶射装置によって被着可能で、かつ、優れた耐摩性および耐食性を示す粉末および被覆を提供することが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、約20〜65重量%のクロム、約20〜65重量%のモリブデン、約0.5〜3重量%の炭素、および約10〜45重量%のニッケルを含む合金に関するものである。本合金は、全体に分散したクロムとモリブデンの析出炭化物(および任意の窒化物)を含む。また、本発明は、溶射装置による被着に用いられる耐摩耗性合金粉末に関するものである。本粉末は、約20〜65重量%のクロム、約20〜65重量%のモリブデン、約0.5〜3重量%の炭素、および、約10〜45重量%のニッケルから成る合金を含む。この耐摩耗性合金粉末は、同一組成を有する被覆を形成するために用いられる。
【0009】
前記のとおり、本発明は、プラズマ、HVOFまたは爆発銃等の溶射装置によって被着させるために有用な耐摩耗性合金粉末に関するものである。この粉末は、約20〜65重量%のクロム、約20〜65重量%のモリブデン、約0.5〜3重量%の炭素、および約10〜45重量%のニッケルを含む合金から作られる。本合金は、析出炭化物と、選択的に、全体に分散したクロムとモリブデンの窒化物とを含む。この合金は、同一組成を有する耐摩耗性粉末および被覆を形成するために使用される。
【0010】
本合金は、優れた耐摩耗性のために高濃度のクロムとモリブデンに依存している。有利には、この合金は、少なくとも約20重量%(好適には、少なくとも約30重量%、更に好適には、少なくとも約35重量%)のクロムを含む。約20重量%よりも少ないクロムを含む粉末は、多くの用途に対して不適当な耐摩耗性を示すだろう。約65重量%よりも多い水準のクロムは、被覆が脆くなり過ぎるであろうから、被覆の耐摩耗性を減じる傾向があるだろう。
【0011】
同様に、本合金は、少なくとも約20重量%(好適には、少なくとも約25重量%、更に好適には約30または35重量%)のモリブデンを含む。約20重量%未満のモリブデンを含む粉末は、多くの用途について不適当な耐摩耗性を示すだろう。約65重量%を超える水準のモリブデンでは、被覆が脆くなり過ぎて、被覆の耐摩耗性を減じる傾向があるだろう。
【0012】
本発明の一実施形態において、合金は、約20〜65(好適には約30〜60、更に好適には約35〜55重量%)のクロム、約20〜65(好適には約25〜60、更に好適には約30〜55重量%)のモリブデン、約0.5〜3(好適には約1〜2.5、更に好適には約1.5〜2重量%)の炭素、および、約10〜45(好適には約15〜35、更に好適には約20〜35重量%)のニッケルを含む。本合金は、同一組成を有する耐摩耗性粉末および被覆を形成するために使用される。
【0013】
本発明の別の実施形態において、合金は、約50〜90(好適には約60〜80、更に好適には約65〜75重量%)のクロムとモリブデン、約0.5〜3(好適には約1〜2.5、更に好適には約1.5〜2重量%)の炭素、および約10〜45(好適には約15〜35、更に好適には約20〜35重量%)のニッケルを含む。本合金は、同一組成を有する耐摩耗性粉末および被覆を形成するために使用される。
【0014】
炭素濃度は、粉末で形成された被覆の硬度と摩耗特性を制御する。最小限量である約0.5重量%の炭素が、適切な硬度を被覆に付与するために必要であろう。もしも、炭素が3重量%を超えると、粉末の溶融温度は高くなり過ぎるだろうし、また粉末のアトマイゼーションが過度に難しくなるだろう。
【0015】
本発明の別の実施形態では、合金、粉末および被覆が、コバルトを含むことができる。粉末は、約10〜45(好適には約15〜35、更に好適には約20〜35重量%)の「ニッケル+コバルト」を含むことができる。これは、クロム/モリブデン/炭素の組合せの溶融を容易にするだろう。この組合せは、そのままであれば、アトマイゼーションを行なうには高過ぎる溶融温度を有する炭化物を形成するだろう。また、コバルトとニッケルの濃度が増すと、粉末を溶射するための被着効率を増す傾向があるだろう。約45重量%よりも上の全「ニッケル+コバルト」レベルは、被覆を軟化しそして被覆の耐摩耗性を限定する傾向があるかも知れないので、ニッケル+コバルトの全濃度は、約45重量%よりも下に維持されるのが最良であろう。加えて、合金は、ニッケルまたはコバルトだけを含むかもしれない。というのは、ニッケルのみ(例えば、約10〜45重量%のニッケル)か、または、コバルトのみ(例えば、約10〜45重量%のコバルト)を含む被覆は、特定の用途のために調整された耐摩耗性を有する粉末を形成するだろう。しかしながら、多くの用途にとって、コバルトとニッケルは互換性があるようである。
【0016】
本発明の別の実施形態において、合金、粉末および被覆は、ほう素、珪素、および/またはマンガンを含むことができる。本合金は、約0.5〜3(好適には約1〜2.5、更に好適には約1.5〜2重量%)の「炭素+ほう素」、珪素および/またはマンガンを含むことができる。アトマイゼーションのための溶融を容易にするために、本合金は、選択に、ほう素、珪素およびマンガン等の溶融点抑制剤を含むことができる。過剰量の溶融点抑制剤は、耐食性および耐摩耗性の両者を減じる傾向があるだろう。
【0017】
前記のとおり、合金は、全体的に散在させられたクロムとモリブデンの析出炭化物(および任意に窒化物)を含む。これらの合金は、0.25を超える容積分率(volume fraction)の、析出炭化物と任意成分である窒化物を含むことができる。好適には、合金中に分散した析出炭化物と任意成分である窒化物の容積分率は、0.25以上であってよく、より好適には、0.35〜0.80であってよい。好適には、析出炭化物と任意成分である窒化物の粒子は、マイクロメートル寸法およびマイクロメートル未満の寸法を有することができ、例えば、最大寸法で、0.5マイクロメートル以下の寸法と20マイクロメートルの間、更に好適には1〜10マイクロメートルの間の寸法を有することができる。析出炭化物と任意成分である窒化物の寸法および容積分率は、クロム、モリブデンおよび炭素量を変えることによって、調整可能である。
【0018】
本発明合金は、特定用途のために調整された耐摩耗性を有する粉末を形成するためにモリブデンと混合してもよい。本発明合金と混合可能なモリブデンの量は、非常に狭い範囲ではなく、全合金/モリブデン混合組成物の、約10〜50重量%(好適には、約15〜45、更に好適には約20〜40重量%)の範囲であってよい。混合されるモリブデンの量は、合金モリブデンの量に対する付加である。混合されるモリブデンの量は所望の用途に依存する。
【0019】
有利には、本発明の粉末は、前記割合の元素の混合物の不活性ガス・アトマイゼーションによって製造可能である。本発明の粉末を作るために用いることができる好適なアトマイゼーション法は、米国特許第5863618号に記載されている。この米国特許の開示内容を、引用によって本明細書の記載として援用する。これらの粉末の合金は、典型的には、温度約1600℃で溶融され、次いで、保護雰囲気(例えば、アルゴン、ヘリウムまたは窒素)内でアトマイゼーションが行なわれる。最も有利な保護雰囲気はアルゴンである。窒素雰囲気も可能であり、この雰囲気は、合金全体に分散した追加の硬質相(例えば、窒化物)を形成するだろう。前記のとおり、アトマイゼーションのための溶融を容易にするために、本合金は、任意成分として、ほう素、珪素およびマンガン等の融点抑制剤を含むことができる。
【0020】
代案として、焼結と破砕、焼結と噴霧乾燥、焼結とプラズマ緻密化は、粉末を製造するために可能な方法である。しかしながら、ガス・アトマイゼーションは、粉末を製造する最も有効な方法を代表する。ガス・アトマイゼーション技術は、典型的には、約1〜500ミクロンの寸法分布を有する粉末を作る。溶射用として、粉末は、約1〜100ミクロンの寸法に分級される。
【0021】
被覆は、本発明合金を用いて、当業界で周知の各種方法によって形成できる。周知方法は、溶射(プラズマ、HVOF、爆発銃等)、レーザ被覆、および、プラズマ移送アーク(PTA)を含む。溶射は、本発明被覆を形成するために粉末を被着させる好適方法である。本発明の耐摩耗性合金粉末は、同一組成を有する被覆を形成するために用いられる。
【0022】
本発明の合金粉末は、優れた摩耗特性を有する被覆または物品を形成するために、例えば、内燃機関のピストンリングおよびシリンダライナーのような他の表面と摺動接触する表面を保護するための耐摩耗性被覆を形成するために用いられる。
【0023】
下記の例は、本発明の一定の好適実施例の例示を意図するものであり、本発明を限定することを意味するものではない。
【実施例】
【0024】
例1:
表1に挙げた合金粉末は、米国特許第5863618号に記載されたものに似たプロセスによって作られたものである。
【0025】
【表1】

【0026】
本発明のその他の変化形態については、当業者に明らかであろう。本発明は、特許請求の範囲の記載を除き限定されることはない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
約20〜65重量%のクロム、約20〜65重量%のモリブデン、約0.5〜3重量%の炭素、および10〜45重量%のニッケルを含む合金。
【請求項2】
約10〜45重量%の「ニッケル+コバルト」を含む請求項1に記載された合金。
【請求項3】
約0.5〜3重量%の「炭素プラス+ほう素」、シリコン、および/または、マンガンを含む請求項1に記載された合金。
【請求項4】
全体に分散した、析出炭化物、および選択成分であるクロムとモリブデンの窒化物を更に含む請求項1に記載された合金。
【請求項5】
合金全体に分散した、前記析出炭化物と選択成分である前記窒化物との容積分率が0.25以上である請求項4に記載された合金。
【請求項6】
析出炭化物と選択成分である窒化物の大きさが、最大寸法で、0.5以下と、20マイクロメータとの間にある請求項4に記載された合金。
【請求項7】
粉末が、約20〜65重量%のクロム、約20〜65重量%のモリブデン、約0.5〜3重量%の炭素、および、約10〜45重量%のニッケルを含む、溶射装置によって被着させるために用いられる耐摩耗性粉末。
【請求項8】
合金が、約10〜45重量%の「ニッケル+コバルト」を更に含む請求項7に記載された耐摩耗性粉末。
【請求項9】
合金が、約0.5〜3重量%の、「炭素+ほう素」、シリコンおよび/またはマンガンを更に含む請求項7に記載された耐摩耗性粉末。
【請求項10】
合金が、全体に分散した、析出炭化物、および、選択成分であるクロムとモリブデンの窒化物を含む請求項7に記載された耐摩耗性粉末。
【請求項11】
全体に分散した、前記析出炭化物と選択成分である前記窒化物との容積分率が、0.25以上である請求項10に記載された耐摩耗性粉末。
【請求項12】
前記析出炭化物と、選択成分である前記窒化物の大きさが、最大寸法で、0.5以下と、20マイクロメータとの間にある請求項10に記載された耐摩耗性粉末。

【公表番号】特表2008−501073(P2008−501073A)
【公表日】平成20年1月17日(2008.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−515312(P2007−515312)
【出願日】平成17年5月26日(2005.5.26)
【国際出願番号】PCT/US2005/018423
【国際公開番号】WO2005/118185
【国際公開日】平成17年12月15日(2005.12.15)
【出願人】(500092413)プラックセアー エス.ティ.テクノロジー、 インコーポレイテッド (23)
【Fターム(参考)】