説明

耐熱性フィルター用長繊維不織布およびその製造方法

【課題】高温下でのプリーツ形態保持性と長期耐熱性の両方に優れた耐熱性フィルター用長繊維不織布とその製造方法を提供する。
【解決手段】ポリフェニレンサルファイドを主成分とする長繊維からなる不織布で構成され、常温時の垂れ下がり長さが40mm以下で、かつ常温時と170℃時での垂れ下がり長さの差が35mm以下であることを特徴とする耐熱性フィルター用長繊維不織布。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温下でのプリーツ形態保持性と耐熱性を兼ね備えた耐熱性フィルター用長繊維不織布とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば、排ガス温度が140〜200℃であるゴミ焼却炉や石炭ボイラーなどのダストを集塵する耐熱性フィルターには、主にポリフェニレンサルファイド(以下、PPSと略記することがある。)短繊維からなる繊維フェルトを円筒状に縫製したフィルターが用いられている。
【0003】
しかしながら、近年、限られた空間内でできるだけ多くの排ガスを濾過する要求が強くなってきており、円筒状に縫製されたフィルターよりも濾過面積を大きくすることができるプリーツ型の耐熱性フィルターが求められている。ところが、従来用いられてきたPPS短繊維からなる繊維フェルトでは、構成繊維が短繊維であること、またニードルパンチで形態が保持されているという理由から、剛性が無く柔軟であるためにプリーツ状に加工出来ないという課題があった。
【0004】
これまでにPPS繊維からなる不織布にプリーツ加工を施し、耐熱性フィルターとして使用するために様々な提案がなされている。
【0005】
例えば、PPS樹脂をスパンボンド法により紡糸延伸し、緊張下で熱に対する寸法安定化のための熱処理を施した後、本接着した長繊維不織布をプリーツ型フィルター材として使用することが提案されている(特許文献1参照。)。確かに、ここで提案されているPPS長繊維不織布は、常温においては剛性が高くプリーツ加工性にも優れている。しかしながら、この提案においては、高温下では不織布を構成するPPS繊維が軟化してしまい、不織布のプリーツ形態を維持できず、隣り合うプリーツ同士が密着することで濾過面積が減少し、フィルターの圧力損失が急上昇するという課題があった。
【0006】
一方、高温下でのPPS繊維の軟化を改善した提案もなされている。例えば、PPS繊維からなる不織布にエポキシ樹脂やフェノール樹脂のような熱硬化性樹脂を含浸することにより、高温下においても不織布が軟化しにくく、高温下でのプリーツ形態保持性が良好となることが提案されている(特許文献2および特許文献3参照。)。確かにこれらの提案では、高温下でもPPS繊維が軟化しにくいため、プリーツ形態保持性に優れた効果が発現する。しかしながら、熱硬化性樹脂を使用することにより長期間使用された際に、熱硬化性樹脂が熱劣化するため、不織布の機械的強力が大幅に低下し、フィルターが破損してしまうという課題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−223209号公報
【特許文献2】特許第4110628号公報
【特許文献3】特許第3989797号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで本発明の目的は、上記従来技術の問題点に鑑み、高温下でのプリーツ形態保持性と長期耐熱性の両方に優れる耐熱性フィルター用長繊維不織布とその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記課題を解決せんとするものであり、本発明の耐熱性フィルター用長繊維不織布は、ポリフェニレンサルファイドを主成分とする長繊維からなる不織布で構成され、常温時の垂れ下がり長さが40mm以下で、かつ常温時と170℃時での垂れ下がり長さの差が35mm以下であることを特徴とする耐熱性フィルター用長繊維不織布である。
【0010】
本発明の耐熱性フィルター用長繊維不織布の好ましい態様としては、前記の不織布に熱硬化性樹脂が固着していないことである。
【0011】
本発明の耐熱性フィルター用長繊維不織布の好ましい態様としては、空気中、210℃の温度で1500時間の耐熱暴露試験における耐熱性フィルター用長繊維不織布のタテ強力保持率が80%以上であることである。
【0012】
また、本発明の耐熱性フィルター用長繊維不織布の製造方法は、ポリフェニレンサルファイドを主成分とする長繊維から構成される繊維ウェブを200〜280℃の温度で熱接着処理した後、熱処理することを特徴とする耐熱性フィルター用長繊維不織布の製造方法である。
【0013】
本発明の耐熱性フィルター用長繊維不織布の製造方法の好ましい態様によれば、前記の熱処理の温度は150〜280℃である。
【0014】
本発明の耐熱性フィルター用長繊維不織布の製造方法の好ましい態様によれば、前記の熱処理の処理時間は1分以上である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、高温下でもプリーツ形態保持性に優れ、かつ長期間高温下で使用しても機械的強力の低下が少なく、耐熱性に優れる耐熱性フィルター用長繊維不織布が得られる。
【0016】
本発明の耐熱性フィルター用長繊維不織布は、高温下におけるプリーツ形態保持性と長期耐熱性に優れることから、プリーツ型の耐熱性フィルターとして好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、本発明の垂れ下がり長さを測定する手段を説明するための側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
次に、本発明を実施するための形態について、詳細に説明する。
【0019】
本発明の耐熱性フィルター用長繊維不織布は、ポリフェニレンサルファイドを主成分とする長繊維からなる不織布で構成され、常温時の垂れ下がり長さが40mm以下で、かつ常温時と170℃時での垂れ下がり長さの差が35mm以下であることを特徴とする耐熱性フィルター用長繊維不織布である。
【0020】
すなわち、本発明の耐熱性フィルター用長繊維不織布においては、常温時の垂れ下がり長さが40mm以下で、かつ常温時と170℃時での垂れ下がり長さの差が35mm以下であることが重要である。
【0021】
本発明においては、常温時の垂れ下がり長さを40mm以下とし、より好ましくは30mm以下とし、さらに好ましくは20mm以下とすることにより、優れた剛性を示し、プリーツ加工性が良好となる。さらに、常温時と170℃時での垂れ下がり長さの差を35mm以下とし、より好ましくは30mm以下とし、さらに好ましくは25mm以下とすることにより、高温下でも軟化し難いために、プリーツ形態保持性に優れた長繊維不織布とすることができる。常温時の垂れ下がり長さと常温時と170℃時での垂れ下がり長さの差について、下限値は特に定めるものでは無いが0mm以上である。
【0022】
本発明でいう垂れ下がり長さとは、剛性や軟化を示す指標であり、垂れ下がり長さを測定する試験の方法は次のとおりである。図1は、本発明の垂れ下がり長さを測定する手段を説明するための側面図である。
【0023】
まず、垂れ下がり長さを測定しようとする不織布から、長さ200mmで幅20mmの測定片を切り取る。作製された測定片1は、図1に示すように、測定片1の一端2から100mmの部分を直方体の測定片載置ブロック3の上面に、機械的手段あるいは接着剤により固定する。このとき、測定片1の他端は、ブロック3から突き出た状態となる。この状態下で測定片1の突き出た先端と載置ブロック上面との鉛直方向の長さL0(本発明でいう「常温時の垂れ下がり長さ」)を測定する。測定後、測定片1がセットされたブロック3は、170℃の温度の雰囲気中に1時間放置される。この間に、測定片1のブロック3から突き出た部分が軟化し垂れ下がる。1時間経過後の測定片4(図1において点線で描かれる)について、突き出た先端と載置ブロック3の上面との鉛直方向の長さL1を測定する。測定したL1からL0を差し引いた長さL2(本発明でいう「常温時と170℃時での垂れ下がり長さの差」)を求める。この測定を不織布の表裏(各n=2)で測定、平均し、小数点第一位を四捨五入することによりL0、L2の値をそれぞれ求める。このL0とL2の大小により、不織布の常温時の剛性と共に高温下での軟化、すなわち、高温下でのプリーツの形態保持性を評価することができる。本発明で規定するところの「常温時の垂れ下がり長さ」と「常温時と170℃時での垂れ下がり長さの差」を同時に満足する不織布の方向としては、タテ方向(機械進行方向)でもヨコ方向(機械幅方向)でも何ら構わず、少なくとも一方向で満足していることが重要である。
【0024】
また、本発明で言う常温は、20℃とし、測定条件として±15℃程度までは許容することができる。
【0025】
本発明の耐熱性フィルター用長繊維不織布には、従来、高温下におけるPPS繊維の軟化を抑制するために使用されていた熱硬化性樹脂は必要ではない。すなわち、本発明においては、その耐熱性フィルター用長繊維不織布に熱硬化性樹脂が固着していないことが好ましい態様である。
【0026】
しかし、本発明の効果を損なわない範囲で、熱硬化性樹脂を本発明の長繊維不織布に固着させ、さらなる高温下における剛性維持を図ることもでき、このような耐熱性フィルター用長繊維不織布も本発明の範囲内である。熱硬化性樹脂の長繊維不織布に対しての固形分固着率は、長繊維不織布100質量%に対して5〜30質量%であることが好ましい。5質量%以上とすることにより、高温時のプリーツ形態保持性に優れ、また固形分固着率を30質量%以下とすることにより、通気性に優れ、低圧力損失とすることができる。
【0027】
しかしながら、熱硬化性樹脂を固着させたPPS長繊維不織布は、高温下で長期間使用した場合に樹脂成分が熱劣化を起こし、PPS長繊維不織布自体の機械的強力を大幅に低下させてしまうため、熱硬化性樹脂を使用しない方が好ましい。熱硬化性樹脂としては、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、およびアミノ樹脂等が挙げられる。
【0028】
熱硬化性樹脂の固着は、ディップマングルを用いて、熱硬化性樹脂を含有する溶液を含浸し、熱硬化性樹脂が含浸された不織布をピンテンター、あるいはクリップテンターにより、適宜乾燥、キュアすることで達成することができる。
【0029】
本発明の耐熱性フィルター用長繊維不織布は、不織布のタテ方向(機械進行方向)およびヨコ方向(機械幅方向)のいずれか一方向において、空気中で210℃の温度で1500時間での耐熱曝露試験における引張強さ保持率が80%以上であることが好ましい。引張強さ保持率が80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上であれば、耐熱性フィルターとして高温下で長期間使用しても不織布の強度低下に伴う破れや割れが発生しにくい傾向となる。引張強さ保持率の上限値は特に定めるものでは無いが、150%以下であることが好ましい。
【0030】
本発明において、耐熱性フィルター用長繊維に用いられる樹脂は、PPSを主成分とするものである。PPSは、繰り返し単位としてp−フェニレンスルフィド単位やm−フェニレンスルフィド単位等のフェニレンスルフィド単位を有するものである。なかでも、p−フェニレンスルフィド単位を90モル%以上含む樹脂は、その分子鎖が実質的に線状であり、その耐熱性や曳糸性の観点から好ましく用いられる。市販品としては、東レ製のトレリナE2280、E2481、E2180等が挙げられる。
【0031】
本発明で用いられるPPSを主成分とする樹脂(以下、PPS樹脂とも呼ぶことがある。)におけるPPSの含有量は、耐熱性と耐薬品性などの観点から85質量%以上が好ましく、より好ましくは90質量%以上であり、さらに好ましくは95質量%以上である。PPS樹脂に添加される素材としては、ポリエチレン、ポリプロピレン等のようなポリオレフィン類、ナイロン6、ナイロン6/6、ナイロン6/10、ナイロン6/12等のようなポリアミド類、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリシクロヘキシンジメチレンテレフタレート等のようなポリエステル類、ポリエーテルエーテルケトン類、ポリエーテルイミド類、変性ポリフェニレンサルファイド類等、使用することができるが、必ずしもこれらに限定されるものではない。
【0032】
また、本発明の効果を損なわない範囲で、PPS樹脂には、結晶核剤、艶消し剤、顔料、防カビ剤、抗菌剤、難燃剤および親水剤等を添加してもよい。
【0033】
また、本発明で使用されるPPS樹脂は、ASTM D1238−70(測定温度315.5℃、測定荷重5kg荷重、単位g/10min)に準じて測定するメルトフローレート(以下、MFRと略記することがある。)が100〜300g/10minであることが好ましい。MFRが高いことは、樹脂の流動性が高いことを意味し、繊維の強度や耐熱性を得る上で、PPSの重合度が高い低MFRであるものが好ましいが、MFRを100g/10min以上、より好ましくは140g/10min以上とすることにより、紡糸口金の背面圧が大きくなるのを抑え、また曳糸性の低下、すなわち糸切れを抑えることができる。一方、MFRを300g/10min以下、より好ましいく225g/10min以下とすることにより、繊維の強度や耐熱性を一定程度保つことができる。
【0034】
本発明で用いられるPPSを主成分とする長繊維の断面形状としては、円形、中空丸形、楕円形、扁平型、X型やY型等の異形型、多角型および多葉型などいずれの形状であっても良い。
【0035】
また、PPSを主成分とする長繊維の平均単繊維繊度は、0.5〜10dtexの範囲であることが好ましい。PPSを主成分とする長繊維の平均単繊維繊度を0.5dtex以上、より好ましくは、1dtex以上、さらに好ましくは2dtex以上とすることにより、通気性に優れ、低圧力損失とすることができる。一方、PPSを主成分とする長繊維の平均単繊維繊度を10dtex以下、より好ましくは6dtex以下、さらに好ましくは4dtex以下とすることにより、ダストの捕集効率を高めることができる。
【0036】
本発明の耐熱性フィルター用長繊維不織布の目付は、50〜500g/mの範囲であることが好ましい。目付を50g/m以上、好ましくは100g/m以上、さらに好ましくは200g/m以上とすることにより、剛性に優れプリーツ加工性が良好となる。一方、目付を500g/m以下、より好ましくは400g/m以下、さらに好ましくは300g/m以下とすることにより、通気性に優れ低圧力損失とすることができる。
【0037】
次に、本発明の耐熱性フィルター用長繊維不織布の製造方法について説明する。
【0038】
本発明の耐熱性フィルター用長繊維不織布の製造方法では、ポリフェニレンサルファイドを主成分とする長繊維から構成される繊維ウェブを、200〜280℃の温度で熱接着処理した後、熱処理することが重要である。
【0039】
本発明における長繊維不織布を製造する方法としては、スパンボンド法やメルトブロー法が挙げられるが、剛性や機械的強力に優れる点から、スパンボンド法が好ましく用いられる。
【0040】
スパンボンド法におけるプロセスの一例としては、PPSを主成分とする樹脂を溶融し、紡糸口金から吐出した後、冷却固化した糸条に対し、エジェクターで牽引し、延伸し、移動するネット上に捕集して繊維ウェブとした後、熱接着するプロセスが挙げられる。
【0041】
従来、PPSを主成分とする長繊維不織布をスパンボンド法により製造する上で、PPS繊維が紡糸工程で十分な配向結晶化が進まないために熱に対して収縮しやすいウェブが得られることがある。この場合、繊維ウェブを熱接着する前に、熱接着性を維持しつつ、繊維ウェブの熱に対する収縮抑制を狙って、ピンテンター等で極めて短時間の緊張熱処理が実施されることがある。
【0042】
本発明においては、熱接着性と熱に対する寸法安定性を両立することを目的とする熱処理を実施することは何ら構わない。ただし、本発明でいう熱処理とは、このような熱に対する寸法安定化を意図したものでは無く、すでに熱に対する寸法安定化を十分に達成している不織布に対して、高温下におけるプリーツ形態保持性を高めることを意図して実施されるものである。このため、本発明でいう熱処理は、熱接着工程後に実施することが極めて重要である。尚、本発明でいう熱処理とは、繊維同士を融着、一体化させることを目的とする熱接着を含むものでは無く、不織布の結晶性を高めることを目的とする処理をいう。
【0043】
仮に熱接着工程前で本発明の効果を狙った熱処理を実施した場合、PPS長繊維の結晶性が高くなり過ぎて、熱接着が出来ずに機械的強力が非常に弱いものとなり、実用に耐え難い不織布しか得ることができなくなる。
【0044】
本発明でいう熱処理を実施するタイミングとしては、熱接着処理をした後であればよく、例えば熱接着後、続けて熱処理を実施する、または熱接着し、プリーツ加工をした後に熱処理を実施する、あるいは熱接着、プリーツ加工を行い、さらにフィルターユニットに加工した後に熱処理を実施する、といった何れのタイミングで実施しても良い。
【0045】
本発明において、ポリフェニレンサルファイドを主成分とする長繊維から構成される繊維ウェブを熱接着処理する温度は、200〜280℃である。
【0046】
本発明において、熱接着処理とは、実用上使用するための機械的強力を付与するため、繊維同士を融着、一体化させることを目的とする処理を指すものであり、例えば、搬送性や工程通過性を目的とした一時的な仮熱接着を指すものでは無い。このため、本発明のPPSを主成分とする長繊維から構成される繊維ウェブに対し熱接着する際の熱接着温度としては、200℃以上、より好ましくは250℃以上、さらに好ましくは260℃以上であることが必要である。熱接着処理温度を200℃以上とすることにより、繊維同士を接着一体化することができ、実用に耐えうる機械的強力を付与することが可能となる。一方、熱接着温度を280℃以下とすることにより、不織布が融解することを防止でき安定的に加工することができる。
【0047】
本発明における熱接着の方法としては、例えば、上下一対のロール表面にそれぞれ彫刻が施された熱エンボスロールや、片方のロール表面がフラット(平滑)なロールと他方のロール表面に彫刻が施されたロールの組み合わせからなる熱エンボスロール、上下一対のフラット(平滑)ロールの組み合わせなる熱カレンダーロールなど各種加熱ロールによる熱圧着や、不織ウェブの厚み方向に熱風を通過させるエアスルー方式を適用することができる。なかでも、機械的強力を発現しながら、通気性や剛性に優れる嵩高な構造を達成可能であることから、少なくとも片方にエンボスロールを用いた熱接着処理の方法が好ましく採用される。
【0048】
また、熱接着処理にエンボスロールを使用したときの線圧は、20〜150kg/cmの範囲であることが好ましい。線圧を、上記範囲で実施することにより、剥離や毛羽立ちの少ない不織布が得られやすくなる。
【0049】
また、熱接着処理にエンボスロールを使用したときの圧着面積率は、8〜40%であることが好ましい。圧着面積率を8%以上、より好ましくは10%以上、さらに好ましくは12%以上とすることにより、実用に供しうる機械的強力を得ることができる。また圧着面積率を40%以下、より好ましくは30%以下、さらに好ましくは20%以下とすることにより、全体的にフィルムライクとなり通気性が著しく低下することを防ぐことができる。
【0050】
本発明においては、上記の熱接着処理後に、熱処理する。この熱処理の方法としては、例えば、長繊維不織布がシート状であれば、ピンテンター、クリップテンターおよびネットコンベア型熱風乾燥機による方法が挙げられる。また、長繊維不織布がプリーツ加工後であれば、折り畳んだ状態のまま上下の熱板の間に投入する方法、またはネットコンベア型熱風乾燥機に投入する方法が挙げられる。また、長繊維不織布がフィルターユニットに加工した後であれば、箱型の熱風乾燥機等にユニットのまま投入する方法のような、様々な熱処理方法を採用することが出来る。
【0051】
本発明の上記の熱処理は、150〜280℃の温度範囲で実施されることが好ましい。熱処理の温度を150℃以上、より好ましくは200℃以上、さらに好ましくは250℃以上とすることにより、不織布の結晶性を高め、170℃時での垂れ下がり長さを35mm以下とすることができる。また、熱処理の温度を280℃以下とすることにより、PPS樹脂の融点以下での熱処理とし、PPS長繊維不織布の融解を起こさずに安定的に加工することができる。
【0052】
また、本発明の上記の熱処理時間は、1分以上であることが好ましく、より好ましくは10分以上であり、さらに好ましくは15分以上である。1分未満の熱処理時間では、本発明の効果を得るまでに結晶性を高めることは難しい。熱処理時間の上限は特に設定されるものでは無いが、生産性を考慮し24時間以下とすることが好ましい。
【0053】
本発明において、上記のように熱接着処理後に熱処理を実施することにより、高温下での剛性低下を抑制し、プリーツ形態保持が可能となるメカニズムとしては、本来、熱接着されたPPSを主成分とする長繊維不織布は、熱に対する寸法安定性に優れ、実用する上で十分な結晶性を有している。本発明では、この十分な結晶性を有する長繊維不織布に対し、さらに熱処理を実施することにより、結晶サイズの増大や非晶部分の結晶化を促進し、より安定的な結晶構造を持つ不織布とすることで、高温下でも軟化し難くなっているものと推察する。また、本発明における熱処理は、結晶性を高めることを目的に実施されるものであることから、不織布構造内の水分を除去することを目的とする乾燥、あるいは不織布に熱硬化性樹脂を含浸し、樹脂を反応させることを目的とするキュアを伴うものではない方が好ましい。
【0054】
本発明の耐熱性フィルター用長繊維不織布は、例えば、石炭ボイラー用排ガス集塵フィルター、金属溶鉱炉用排ガス集塵フィルター、ゴミ焼却炉用排ガス集塵フィルターまたは、ディーゼル車用排ガス集塵フィルターとして好適に用いられる。
【実施例】
【0055】
次に、実施例より本発明の耐熱性フィルター用長繊維不織布とその製造方法について具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。実施例における各特性値は、次の方法で測定したものである。
【0056】
(1)メルトフローレート(MFR)(g/10min)
PPSのMFRは、ASTM D1238−70に準じて測定温度315.5℃で、測定荷重5kgの条件で測定した。
【0057】
(2)平均単繊維繊度(dtex)
エジェクターで牽引し、延伸した後、ネット上に捕集した繊維ウェブからランダムに小片サンプル10個を採取し、マイクロスコープで500〜1000倍の表面写真を撮影し、各サンプルから10本ずつ、計100本の繊維の幅を測定し平均値を算出した。単繊維の幅平均値を、丸形断面形状を有する繊維の平均直径とみなし、使用する樹脂の固形密度から長さ10,000m当たりの重量を平均単繊維繊度として、小数点以下第二位を四捨五入して算出した。
【0058】
(3)紡糸速度(m/min)
繊維の平均単繊維繊度(dtex)と各条件で設定した紡糸口金単孔から吐出される樹脂の吐出量(以下、単孔吐出量と略記する。)(g/min)から、下記式に基づき紡糸速度を算出した。
・紡糸速度=(10000×単孔吐出量)/平均単繊維繊度
(4)不織布の目付(g/m
JIS L1906(2000年)5.2単位面積当たりの質量に準じて測定した。
【0059】
(5)垂れ下がり長さ試験(mm)
前記[発明を実施するための形態]に記載の方法により、不織布のタテ方向(機械進行方向)における常温(20℃)時の垂れ下がり長さと、常温(20℃)時と170℃時での垂れ下がり長さの差を求めた。
【0060】
(6)耐熱暴露試験
熱風オーブン(エスペック製、TABAI SAFETY OVEN SHPS−222)を用い、不織布のタテ方向(機械進行方向)に長さ30cm、幅2cmのサンプルを必要数投入し、熱風空気雰囲気下、210℃×1500時間、空気循環量300L/minで曝露させた。
【0061】
(7)不織布の引張強さ(N/5cm)と引張強さ保持率(%)
上記(6)の耐熱暴露試験前後のサンプルについて、JIS L1906(2000年)5.3引張強さ及び伸び率(標準時)に準じてn=3で測定、その平均値を引張強さとし、下記式を用いて引張強さ保持率を算出した。
・引張強さ保持率=耐熱暴露試験後引張強さ/耐熱暴露試験前引張強さ×100。
【0062】
(実施例1)
MFRが160g/10minの線状ポリフェニレンサルファイド樹脂(東レ製、品番:E2280)を、窒素雰囲気中で160℃の温度で10時間乾燥した。この線状ポリフェニレンサルファイド樹脂を押出機で溶融し、紡糸温度325℃で、孔径φ0.30mmの矩形紡糸口金から単孔吐出量1.38g/minで紡出し、室温20℃の雰囲気下で吐出された糸条を紡糸口金直下550mmに配した矩形エジェクターを用いて、エジェクター圧力0.25MPaで牽引し、延伸し、移動するネット上に捕集して繊維ウェブとした。得られた長繊維の平均単繊維繊度は2.4dtexであり、換算した紡糸速度は5,726m/minであった。
【0063】
引き続き、インライン上に設置された上ロールが金属製で水玉柄の彫刻がなされた圧着面積率12%のエンボスロールで構成され、下ロールが金属製フラットロールで構成された上下一対のエンボスロールで、線圧1000N/cm、温度270℃で熱圧着し(熱接着処理し)、さらに、270℃に設定したネットコンベア型の熱風乾燥機に送り込み、20分間の熱処理を実施し、目付266g/mの長繊維不織布を作製した。
【0064】
この長繊維不織布をロータリー式プリーツ加工機で折り曲げ、ピッチ3cm、山高さ5cmとなるようにプリーツ加工し、鉄製の枠に固定して170℃の温度の温風を濾過風速3m/sで通風させところ、プリーツ断面の三角形形状に変形は見られなかった。各種評価結果を、表1に記載する。
【0065】
(実施例2)
実施例1において、移動するネット速度を変更して、目付を160g/mとしたこと以外は、実施例1と同様に作製した長繊維不織布を、ロータリー式プリーツ加工機で折り曲げ、ピッチ3cm、山高さ5cmとなるようにプリーツ加工し、鉄製の枠に固定して170℃の温風を濾過風速3m/sで通風させところ、プリーツ断面の三角形形状に変形は見られなかった。各種評価結果を、表1に記載する。
【0066】
(実施例3)
実施例1において、熱圧着の温度を260℃としたこと以外は、実施例1と同様に作製した長繊維不織布を、ロータリー式プリーツ加工機で折り曲げ、ピッチ3cm、山高さ5cmとなるようにプリーツ加工し、鉄製の枠に固定して170℃の温風を濾過風速3m/sで通風させところ、プリーツ断面の三角形形状に変形は見られなかった。各種評価結果を、表1に記載する。
【0067】
(実施例4)
実施例1において、熱処理の条件を温度280℃、時間10分間としたこと以外は、実施例1と同様に作製した長繊維不織布を、ロータリー式プリーツ加工機で折り曲げ、ピッチ3cm、山高さ5cmとなるようにプリーツ加工し、鉄製の枠に固定して170℃の温風を濾過風速3m/sで通風させところ、プリーツ断面の三角形形状に変形は見られなかった。各種評価結果を、表1に記載する。
【0068】
(実施例5)
実施例1と同様に作製した長繊維不織布に、水分散型フェノール樹脂(DIC製、TD4304)をディップマングルにて含浸させ、ピンテンターを用いて温度250℃、時間4分で乾燥、キュアを実施した。水分散型フェノール樹脂の固着率は、不織布の全重量に対して25質量%であった。
【0069】
この長繊維不織布をロータリー式プリーツ加工機で折り曲げ、ピッチ3cm、山高さ5cmとなるようにプリーツ加工し、鉄製の枠に固定して170℃の温度の温風を濾過風速3m/sで通風させところ、プリーツ断面の三角形形状に変形は見られなかった。各種評価結果を、表1に記載する。
【0070】
(比較例1)
実施例1において、270℃の温度に設定したネットコンベア型の熱風乾燥機による20分間の熱処理を実施しなかったこと以外は、実施例1と同様に作製した長繊維不織布を、ロータリー式プリーツ加工機で折り曲げ、ピッチ3cm、山高さ5cmとなるようにプリーツ加工し、鉄製の枠に固定して170℃の温風を濾過風速3m/sで通風させところ、プリーツ断面の三角形形状に大きな変形が見られた。各種評価結果を、表1に記載する。
【0071】
【表1】

【0072】
熱接着後に熱処理を実施し常温(20℃)時の垂れ下がり長さが9mmで、常温(20℃)時と170℃時での垂れ下がり長さの差が23mmである実施例1は、温風を通風させてもプリーツ形態保持性に変化は見られず、かつ引張強さ保持率が90%以上と耐熱性にも優れていた。長繊維不織布にフェノール樹脂を固着させ、常温(20℃)時の垂れ下がり長さが12mmで、常温(20℃)時と170℃時での垂れ下がり長さの差が21mmである実施例2は、温風を通風させてもプリーツ形態保持性に変化は見られなかったが、引張強さ保持率が36%にまで低下した。
【0073】
一方、熱接着後に熱処理を実施していない比較例1は、引張強さ保持率は90%以上と優れていたが、常温(20℃)時と170℃時での垂れ下がり長さの差が49mmと大きく、温風を通風させた際に、プリーツ形態保持性に大きな変化が見られた。
【符号の説明】
【0074】
1:測定片
2:測定片の一端
3:測定片の載置ブロック
4:1時間経過後の測定片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリフェニレンサルファイドを主成分とする長繊維からなる不織布で構成され、常温時の垂れ下がり長さが40mm以下で、かつ常温時と170℃時での垂れ下がり長さの差が35mm以下であることを特徴とする耐熱性フィルター用長繊維不織布。
【請求項2】
不織布に熱硬化性樹脂が固着していないことを特徴とする請求項1記載の耐熱性フィルター用長繊維不織布。
【請求項3】
空気中、210℃の温度で1500時間の耐熱暴露試験におけるタテ引張強力保持率が80%以上であることを特徴とする請求項1または2記載の耐熱性フィルター用長繊維不織布。
【請求項4】
ポリフェニレンサルファイドを主成分とする長繊維から構成される繊維ウェブを、200〜280℃の温度で熱接着処理した後、熱処理することを特徴とする耐熱性フィルター用長繊維不織布の製造方法。
【請求項5】
熱処理の温度が150〜280℃であることを特徴とする請求項4記載の耐熱性フィルター用長繊維不織布の製造方法。
【請求項6】
熱処理の時間が1分以上であることを特徴とする請求項4または5記載の耐熱性フィルター用長繊維不織布の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−31532(P2012−31532A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−170073(P2010−170073)
【出願日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】