説明

耐熱性ラッカーゼおよびその製造法

【課題】 工業利用する際に求められる構造的に安定なラッカーゼ、該ラッカーゼをコードするDNA、該遺伝子DNAを含有する組換えベクター、該組換えベクターで形質転換した形質転換体、および該形質転換体を用いた耐熱性ラッカーゼの製造法の提供。
【解決手段】 次の特性を有するラッカーゼ:
(1)活性:銅イオンの存在下、フェノール系化合物、複素環系化合物に強く作用する;(2)至適反応温度:pH 5.0にて10分間の反応時間で92℃である;
(3)耐熱性:pH 6.0にて10分間保持したとき、85℃まで酵素活性の低下がない;
(4)高温での半減期:85℃、pH 6.0にて保持したとき、酵素活性の失活の半減期が約14時間以上である;
(5)SDS-PAGEで測定した分子量が53kDaである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な酸化酵素の製造に関する。より具体的には、ラッカーゼ活性を有するサーマス属に属する微生物由来の新規なラッカーゼ、該酵素をコードする遺伝子、該遺伝子DNAを含有する組換えベクター、該組換えベクターで形質転換した形質転換体、該形質
転換体を用いたラッカーゼの製造法、および無細胞合成系を用いたラッカーゼの製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、芳香族系化合物や複素環系化合物等に対し、分子状酸素を用いて酸化する酵素としてラッカーゼやポリフェノールオキシダーゼ(以下、酸化酵素と略記)が知られている。酸化酵素は糸状菌および担子菌、細菌等の微生物に広く分布する。
【0003】
また、酸化酵素、特にラッカーゼにより酸化される基質のうち、比較的安定な反応中間体ラジカルとなり得る低分子性化学物質は、ラッカーゼメディエーターまたはレドックスメディエーターと呼ばれ、ラッカーゼの酸化を受けることにより、ラッカーゼの酸化反応の増強、あるいはラッカーゼの非基質性化学物質の酸化といった現象を引き起こす。例示すれば、ラッカーゼ単独では分解され難いあるいは分解され得ない難生分解性有機汚染化学物質群をレドックスメディエーター存在下でラッカーゼが間接的に酸化できることが明らかにされている(非特許文献1および非特許文献2を参照)。
【0004】
このようにラッカーゼが基質の酸化により生成される反応中間体のラジカル種に起因する多様な化学反応の触媒能力を有することが判明している。それ故、この触媒能力を応用した用途開発が世界中の研究者により活発に続けられている。その用途を例示すれば、染色および抜染、洗濯時の色移り防止、パルプおよび繊維の漂白、着色廃液の脱色、難生分解性化合物の分解、有毒性化学物質の解毒、食品の苦渋味の除去、ワインコルク付着カビ臭の消失、ジュースの混濁防止、家畜飼料の体内消化促進、無接着剤木質ボードの製造、フェノール樹脂の製造、人工漆塗料の製造、接着剤の製造、化石燃料の脱硫、発光や発色に基づく臨床分析、バイオセンサー、有機化合物の合成等、多岐にわたる。
【0005】
上記のような用途でラッカーゼを利用する場合、ラッカーゼが構造的に安定でかつ効率的に生産可能なことが強く望まれる。しかし、従来公知のラッカーゼの多くは不安定なものが多い。例えば特許文献1に示されるラッカーゼは、至適温度が50℃であり、60℃、30分間の加熱処理には耐えるが、それ以上では失活する。また特許文献2に示される耐熱性ラッカーゼも、pH 7.0で10分間保持した場合70℃まで安定であるが、至適温度は50℃にすぎない。従来知られている最も安定性の高いラッカーゼはバチルスズブチルス由来の酵素であり、80℃における活性の半減期が112分間程度である(非特許文献3参照)。しかし
、バチルスズブチルス由来の酵素至適温度が75℃程度であり、また組換え酵素として生産した場合、大部分が不溶化され、活性型酵素を大量生産することが困難である。そこで、より高温条件で効率的に作用するラッカーゼを簡便に大量生産するために、新規ラッカーゼを探索、開発することが必要である。
【特許文献1】特開2004-208503号公報
【特許文献2】特開2002-171968号公報
【非特許文献1】Biotechnol. Lett. 22, 119-125 (2000)
【非特許文献2】J. Biotechnol. 81,179-188 (2000)
【非特許文献3】J. Biol. Chem. 277, 18849-18859 (2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記に鑑み、本発明の目的は、工業利用する際に求められる構造的に安定なラッカーゼを製造することであり、その生産元となるラッカーゼをコードするDNA、該遺伝子DNAを含有する組換えベクター、該組換えベクターで形質転換した形質転換体、および該形質転換体を用いた耐熱性ラッカーゼの製造法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、以上のような課題を解決するために鋭意検討した結果、多くの耐熱性酵素の供給源である高度好熱菌サーマス属細菌に属する微生物を培養し、菌体内にラッカーゼ活性を見出し、その生産、単離精製法および諸性質を解明し、本酵素が構造的に安定で、高温条件下で効率的に反応するラッカーゼであることを確認し、またその遺伝子をクローニングし、エシェリシアコリーで可溶性画分に大量発現させ、ラッカーゼ活性を確認し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下の態様を提供する。
[1] 次の特性を有するラッカーゼ:
(1)活性:銅イオンの存在下、フェノール系化合物、複素環系化合物に強く作用する;(2)至適反応温度:pH 5.0にて10分間の反応時間で92℃である;
(3)耐熱性:pH 6.0にて10分間保持したとき、85℃まで酵素活性の低下がない;
(4)高温での半減期:85℃、pH 6.0にて保持したとき、酵素活性の失活の半減期が約14時間以上である;
(5)SDS-PAGEで測定した分子量が53kDaである。
[2] サーマス属に属する菌を培養することによって得られる[1]のラッカーゼ。
[3] サーマス属に属する微生物がサーマスサーモフィルスHB27株である[2]のラッカーゼ。
【0009】
[4] 以下の(a)又は(b)のラッカーゼ蛋白質。
(a) 配列表の配列番号4に表されるアミノ酸配列を含むラッカーゼ蛋白質
(b) 配列表の配列番号4に表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸
が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつラッカーゼ活性を有する蛋白質
[5] さらに、アミノ酸配列の1番目のグルタミンがピログルタミル化されている[4]のラッカーゼ蛋白質。
[6] 以下の(a)または(b)の蛋白質をコードする核酸。
(a) 配列表の配列番号4に表されるアミノ酸配列を含むラッカーゼ蛋白質
(b) 配列表の配列番号4に表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸
が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつラッカーゼ活性を有する蛋白質
[7] 以下の(c)または(d)の核酸。
(c) 配列表の配列番号5に表されるポリヌクレオチド配列を含む核酸
(d) 配列表の配列番号5に表されるポリヌクレオチド配列の相補鎖とストリンジェント
な条件下でハイブリダイズすることができ、かつラッカーゼ活性を有するポリペプチドをコードする核酸
【0010】
[8] サーマス属に属する微生物を培養し、培養物からラッカーゼを回収することを含む、[1]〜[5]のいずれかのラッカーゼの製造方法。
[9] [6]または[7]の核酸を含む発現ベクター。
[10] [9]の発現ベクターを用いて宿主細胞を形質転換することにより得られる形質転換体。
[11] [10]の形質転換体を培養し、培養物からラッカーゼを回収することを含む、す
ることを含むラッカーゼの製造方法。
[12] [6]または[7]の核酸を用いて無細胞蛋白質合成系により蛋白質を生産することを含むラッカーゼの製造方法。
[13] [11]の方法により製造されたラッカーゼ。
[14] [12]の方法により製造されたラッカーゼ。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、従来にない大きい耐熱性を有するラッカーゼ、該耐熱性ラッカーゼをコードする遺伝子、及び該遺伝子を用いた遺伝子工学的手法による効率的な耐熱性ラッカーゼの製造法が提供される。本発明のラッカーゼは、85℃、10分間の加熱でも活性低下が認められないほど耐熱性が大きく至適温度も92℃と高く、工業利用する際も安定性を維持することができ、広範な用途に使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の耐熱性ラッカーゼは、サーマス属に属する微生物により産生される。サーマス属に属する微生物としては、例えばサーマス・サーモフィルス(Thermus thermophilus)、等が挙げられる。好適には、サーマスサーモフィルスHB27株(DSM 703、ATCC BAA-163
)を用いることができる。サーマスサーモフィルスHB27株は、ATCC(American Type Culture Collection)から入手することができる。
【0013】
本発明のラッカーゼは、従来公知のラッカーゼとは、アミノ酸配列の点で異なるばかりでなく、至適反応温度を92℃にもち、85℃、10分間加熱後も活性低下のないことから、従来公知のラッカーゼとは異なる新規な酵素である。
【0014】
本願発明には、
(1)高温条件下で効率的に反応するラッカーゼであり、
(2)耐熱性が高い
ラッカーゼを包含する。
【0015】
本発明のラッカーゼは、
(1)活性:銅イオンの存在下、フェノール系化合物、複素環系化合物に強く作用する;
(2)至適反応温度:pH 5.0にて10分間の反応時間で92℃である;
(3)耐熱性:pH 6.0にて10分間保持したとき、85℃まで酵素活性の低下がない;
(4)高温での半減期:85℃、pH 6.0にて保持したとき、酵素活性の失活の半減期が約14
時間以上;および
(5)SDS-PAGEで測定した分子量が53kDa
という特性を有する。なお、MALDI-TOF MSにて測定した分子量は、約49kDaである。また
、ABTS、グアイアコール、2,6-ジメトキシフェノール等を基質とした酸化反応を触媒する。さらに、本発明のラッカーゼの触媒活性には、銅イオンの存在が必要であり、銅イオンの濃度は、10μM以上、好ましくは50μM以上、さらに好ましくは100μM以上である。
【0016】
上記ラッカーゼは、サーマス属に属する微生物、好適にはサーマスサーモフィルスHB27株を適切な培養条件下(例えば硫酸銅を含む培地、例えばCastenholz TYE mediumで72℃
の通気撹拌培養)で培養した後、菌体抽出物を調製し、イオン交換クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトなどを適宜組み合わせて精製することができる。サーマスサーモフィルスHB27株については、例えば、Koyama Y, et al.. J. Bacteriol. 166: 338-340, 1986.に記載されている。
【0017】
例えば、イオン交換クロマトグラフィーとしてはハイトラップSP(アマシャムバイオサイエンス社製)、疎水クロマトグラフィーとしてはブチルトヨパール(トーソー社製)、
ハイドロキシアパタイトとしてはトヨパールHA(トーソー社製)を用いることができる。
【0018】
さらに、本発明は、以下の(a)又は(b)のラッカーゼ蛋白質である。
(a) 配列表の配列番号4に表されるアミノ酸配列を含むラッカーゼ蛋白質。
(b) 配列表の配列番号4に表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸
が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつラッカーゼ活性を有する蛋白質。
【0019】
ここで、「1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加」とは、限定はされないが、好ましくは1〜9個、より好ましくは1〜5個、最も好ましくは1〜3個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されていることをいう。配列番号4に表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列として、配列番号4のアミノ酸配列と、BLAST等を用いて計算したときに(例えば、BLASTのデフォルトすなわち初期条件のパラメーターを用いた場合)、少なくとも80%以上、好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは97%、98%若しくは99%以上の相同性を有しているものが挙げられる。このような配列番号4のアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質は、配列番号4のアミノ酸配列からなるタンパク質と実質的に同一である。アミノ酸の付加、欠失又は置換は周知技術である、例えばNucleic Acids Res.10,6487-6500(1982)に記載の部位特異的突然変異やTechnique,1,11-15(1989)に
記載のランダム変異により実施することができる。
【0020】
ラッカーゼ活性は、活性を測定しようとするサンプルを、例えば、20mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)、1mMABTS、0.1mM硫酸銅を含む溶液中で70℃で反応させ、418nmにおける
吸光度の変化を測定することにより測定することができる。
【0021】
さらに、本発明は、上記(a)または(b)の蛋白質において、アミノ酸配列の1番目のグルタミンがピログルタミル化されたラッカーゼ蛋白質をも包含する。
【0022】
さらに、本発明は、以下の(a)または(b)の蛋白質をコードする核酸である。
(a) 配列表の配列番号4に表されるアミノ酸配列を含むラッカーゼ蛋白質。
(b) 配列表の配列番号4に表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸
が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつラッカーゼ活性を有する蛋白質。
【0023】
ここで、核酸はDNA、RNAを含む。
さらに、本願発明は、以下の(c)または(d)の核酸である。
(c) 配列表の配列番号5に表されるポリヌクレオチド配列を含む核酸。
(d) 配列表の配列番号5に表されるポリヌクレオチド配列の相補鎖とストリンジェント
な条件下でハイブリダイズすることができ、かつラッカーゼ活性を有するポリペプチドをコードする核酸。
【0024】
ここで、ストリンジェントな条件とは、周知のストリンジェント条件を用いることができるが、例えば低イオン強度、高温で洗浄する条件、例えば0.015 M 塩化ナトリウム、0.0015 M クエン酸ナトリウム、0.1% ラウリル硫酸ナトリウムにより50℃で洗浄する条件などがあげられる。
【0025】
本発明の核酸は、公知の遺伝子工学的手法により得ることができる。例えば、Sambrookら編集によるMolecular Cloning, A laboratory manual, 2001, Eds., Sambrook, J. & Russell, DW. Cold Spring Harbor Laboratory Pressの記載に従って行うことができる。
例えば、サーマスサーモフィルスHB27株からmRNAを抽出し、適当な宿主を用いてcDNAライブラリーを作製し、ラッカーゼ活性を指標にスクリーニングすることにより得られる。また、決定されたアミノ酸配列から得られるDNA配列から適当なプローブを設計・合成し、
ラッカーゼ遺伝子をクローニングにより得ることもできる。さらに、前記核酸配列から適当なプライマーを設計し、PCR等の遺伝子増幅法によりラッカーゼ遺伝子を増幅させて得
ることもできる。さらに、上記ラッカーゼのアミノ酸配列から得られたDNA配列に従って
、化学合成して得ることができる。
【0026】
さらに、本発明は上記の核酸DNAを含む組換えベクターを包含する。
例えば耐熱性ラッカーゼ遺伝子の発現用ベクターとしては、エシェリシアコリーを宿主微生物とする場合には、pET32(a)+、pET29a(+)、pUC18、pUC118などが使用できる。
むろん、本発明のラッカーゼ遺伝子の核酸配列を宿主におけるコドン使用頻度にあわせて変更した後に組換えベクターに組込むこともできる。本発明における発現ベクターは、ラッカーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を発現させ得るプロモーターの下流に該遺伝子(即ち、ラッカーゼ遺伝子)を連結させた構造を含み、この発現ベクターは適当なベクターに上記遺伝子を連結(挿入)することにより作製することができる。麹菌、大腸菌の選択マーカーとラッカーゼ遺伝子を発現させるプロモーターの下流にラッカーゼ遺伝子を連結させた構造を含むものが好ましい。また、本発明におけるラッカーゼ遺伝子は、その機能が発揮されるようにベクターに組み込まれることが必要である。そこで、本発明のベクターには、プロモーターおよび本発明のDNAの他、ターミネーター、リボソー
ム結合配列を組み込んでもよい。このような操作は当技術分野において通常行われるものであり、当業者であれば適切に行うことができる。
【0027】
また、本発明は上記DNAを含む組換えベクターで形質転換した形質転換体を包含する。
宿主としては、微生物、昆虫細胞、動物細胞、または植物細胞を用いることができ、例えばエシェリシアコリーがあげられる。
【0028】
上記組換えベクターを宿主に導入する手段としては、それぞれの宿主に好適な公知の方法を用いることができ、例えば塩化カルシウム法、エレクトロポレーション法、高温ショック法などがあげられる。
【0029】
さらに、本発明は、上記形質転換体を培地中で培養する工程、菌体よりラッカーゼを回収する工程を含む、ラッカーゼを製造することを特徴とする耐熱性ラッカーゼの製造方法あるいは、上記ラッカーゼをコードするDNAを含む無細胞蛋白質合成系により、ラッカー
ゼを製造することを特徴とする耐熱性ラッカーゼの製造方法、ならびに当該方法で得られたラッカーゼも包含される。本発明の形質転換体の培養は、宿主の培養に用いられる通常の方法によって行われる。あらゆる種類の宿主細胞について、様々な培養法が公知となっており、当業者であれば容易に適切な方法を選択することができる。培養後、本発明の組換えタンパク質を培養物から採取する。該タンパク質が菌体外または、細胞外に生産される場合は、培養液をそのまま使用して、または遠心分離により菌体を除去した後に、該酵素を採取することができる。該タンパク質が細胞内にある場合は、様々な公知の方法によって細胞を破砕し、細胞懸濁液を得た後に該酵素を採取するとよい。該酵素の採取は、タンパク質の単離精製に用いられる一般的な生化学的方法、例えば、硫酸アンモニウム沈殿、アフィニティークロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー等を、単独で又は適宜組み合わせて用いることにより行うことができる。
【0030】
無細胞蛋白質合成は、in vitroで、大腸菌や、コムギ胚芽からリボソーム、アミノアシルtRNA合成酵素、翻訳開始因子(translation initiation factor)、翻訳伸長因子(translation elongation factor)、翻訳終結因子(translation termination factor)等を含む無細胞翻訳抽出液(S 30エクストラクト)ならびにATP再生系、プロモーターおよび
本発明のラッカーゼをコードする核酸を含むプラスミドまたは該ラッカーゼをコードするmRNA、tRNA、RNAポリメラーゼ、RNAアーゼ阻害剤、ATP、GTP、CTP、UTP等のエネルギー源、緩衝剤、アミノ酸、塩類、抗菌剤等を混合し、本発明のラッカーゼをコードするDNAを
鋳型としてラッカーゼを翻訳合成させる。用いるプラスミドは限定されず、公知のものが用いられ、公知の遺伝子工学的手法により、適当なプロモーターやリボソーム結合部位等を導入して用いることができる。当業者ならば、本発明で用いるプラスミドを適宜選択し、また自ら設計して構築することができる。ATP再生系は限定されず、公知のリン酸ドナ
ーおよびキナーゼの組合せを用いることができる。この組合せとして例えば、ホスホエノールピルビン酸(PEP)-ピルビン酸キナーゼ(PK)の組み合わせ、クレアチンリン酸(CP)-クレアチンキナーゼ(CK)の組み合わせ、アセチルリン酸(AP)-アセテートキナーゼ(AK)の組み合わせ等が挙げられ、これらの組合せでATP再生系を無細胞タンパク質合成
系に加えればよい。プロモーターは本発明の無細胞タンパク質合成系で用いる微生物が有する内在性のプロモーターを用いてもよいし、外来性のプロモーターを用いてもよい。外来性のプロモーターを用いる場合で、無細胞タンパク質合成系で用いる微生物が有する内在性のポリメラーゼが転写出来ないプロモーターの場合、そのプロモーターに作用するRNAポリメラーゼを本発明の系に添加する。例えば、プロモーターとしてT7プロモーターを
用いる場合、T7 RNAポリメラーゼを添加する。プロモーターとしては、Trcプロモーター
T7プロモーター、Tacプロモーター等を用いることができる。緩衝剤としてはHepes-KOH、Tris-Acetateなどが挙げられ、塩類としては酢酸塩、グルタミン酸塩等が挙げられるがこれらには限定されない。それぞれの濃度は適宜決定すればよい。例えば、特表2000-514298、特開2000-175695、特開2002-338597、Zubay, Annu. Rev. Genet. 7 267-287 [1973]、Pratt, Transcription and Translation - a practical approach, Henes, B. D. and Higgins, S. J. ed., IRL Press, Oxford. 179-209 [1984]、Kim et al., Eur. J. Biochem. 239 881-886 [1996]、Nakano et al., Biosci. Biotechnol. Biochem. 58 631-634 [1994]、Madin et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 97 559-564 [2000])等の記載に従
って行うことができる。
【0031】
また、フロー法によっても行うことができる。フロー法とは、タンパク質合成に際して、反応系から枯渇しやすい物質であるATP、GTP等をポンプ等で連続的に供給し、かつ、タンパク質合成を阻害する反応副産物を除去することで、タンパク質合成を長時間行わせる方法である。フロー法は、Spirin et al., Science 242 1162-1164 [1988])、Kim and Choi, Biotechnol. Prog. 12 645-649等に記載の方法で行うことができる。
【0032】
また、無細胞合成は、市販の無細胞合成キットまたは装置を用いて行うこともでき、市販のキットまたは装置として、東洋紡績株式会社製のPROTEIOSTM無細胞蛋白質合成キット、ポストゲノムインスティチュート社製のPURESYSTEM(登録商標)、ロシュ・ダイアグノスティックス社製のRTSプロテオマスター等がある。
【実施例】
【0033】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0034】
〔実施例1〕サーマスサーモフィルスの培養とラッカーゼの検出
蒸留水1 Lに8 gのトリプトン、4 gの酵母エキス、2 gの塩化ナトリウムを加え、pHを水酸化ナトリウムにより7.0に合わせた培地(以下TYM培地と略記)をオートクレーブにより加熱滅菌し、サーマスサーモフィルスHB27を植菌し、毎分100回転の撹拌をしながら72℃
で20時間撹拌培養した。本培養液を、TYM培地に硫酸銅を終濃度0、0.1、0.5、または1 mMとなるように加えた新しい培地に加え、72℃で20時間撹拌培養した。遠心分離(5,000 g
、10分)により集菌し、沈殿にノバジェン社製バグバスター液およびノバジェン社製のベンゾナーゼを添加し、懸濁した。菌体懸濁液を室温で20分間撹拌し、遠心分離(20,000 g
、20分)により沈殿を除去した。本菌体抽出液を、20 mM 酢酸ナトリウム緩衝液(pH 5.0)、0.1 mM 硫酸銅、1 mM 2,2'-アジノビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホン酸)(以下ABTSと略記)からなる活性測定溶液に加え70℃で保温したところ、図1に示す通り
、硫酸銅を加えた培地より調製した菌体抽出液を用いた反応系では緑色の発色が見られ、ラッカーゼ活性が確認された。硫酸銅を含まない培地で培養した菌体抽出液からは活性が検出されず、硫酸銅の濃度上昇に伴いラッカーゼ活性が誘導されることが判明した。
【0035】
〔実施例2〕ラッカーゼの精製
実施例1で得られた結果から、1 mMの硫酸銅を含むTYM培地250 mLを用い、〔実施例1〕
記載の方法に従いサーマスサーモフィルスを培養し、粗酵素抽出液を調製した。本抽出液を陽イオン交換カラムクロマトグラフィ(ハイトラップSP、アマシャムバイオサイエンス社製)により精製した。カラムを20 mM トリスー塩酸緩衝液(pH 7.0)で平衡化し、粗酵素抽出液を添加した。非吸着画分を20 mM トリスー塩酸緩衝液(pH 7.0)で洗浄したところ、ABTS酸化活性は検出されなかった。次に、吸着蛋白質を0-0.2 Mの塩化ナトリウムの
直線濃度勾配により溶出し、ABTS酸化活性画分を回収した。
【0036】
次に、疎水性カラムクロマトグラフィ(ブチルトヨパール、トーソー社製)により分離した。陽イオン交換カラムより溶出した活性画分に終濃度1.0 Mとなるように硫酸アンモ
ニウムを加え、1.0 M 硫酸アンモニウムを含む20 mM トリスー塩酸緩衝液(pH 7.0)で平衡化したカラムに吸着させた。非吸着画分を1.0 M 硫酸アンモニウムを含む20 mM トリスー塩酸緩衝液(pH 7.0)で洗浄したところ、ABTS酸化活性は検出されなかった。次に、吸着蛋白質を1.0-0 Mの硫酸アンモニウムの直線濃度勾配により溶出し、ABTS酸化活性画分
を回収した。
【0037】
〔実施例3〕ラッカーゼの電気泳動分析
実施例2において得られた標品約0.5μgを定法に従いSDS-ポリアクリルアミドゲル(10%)電気泳動に供した。泳動後のゲルを軽く水ですすいだ後、定法に従いクーマシーブリ
リアントブルーで染色したところ、分子量約53 kDaを主成分とするバンドが検出された(図2)。本バンドは、精製度が向上するに従い濃くなったことから、本バンドがラッカー
ゼであると推定した。
【0038】
〔実施例4〕ラッカーゼのアミノ末端分析
次に実施例3同様に、実施例2において得られた標品約2μgのアミノ末端を分析する目的で実施例3と同様の条件でSDS-ポリアクリルアミドゲル(10%)電気泳動に供した。ゲルを0.1 M N-シクロヘキシル-3-アミノプロパンスルホン酸緩衝液(pH 9.0)で軽くすすいだ
後、メタノールで親水化処理したミリポア社製イモビロン膜に対し、定法に従い蛋白質を電気的に転写した。転写緩衝液には0.1 M N-シクロヘキシル-3-アミノプロパンスルホン
酸緩衝液(pH 9.0)を用いた。次に、イモビロン膜をクーマシーブリリアントブルーで染色し、分子量約53 kDaの位置に相当する染色されたバンドを切り出した。本試料をアプライドバイオシステムズ社製Procise 494 cLCシステムに供しアミノ末端配列を分析したと
ころ、特定の配列は検出されなかった。この結果、サーマスサーモフィラス菌体より精製したラッカーゼはアミノ末端がブロックされていることが判明した。
【0039】
〔実施例5〕ラッカーゼのトリプシン消化断片の質量分析とマスフィットフィンガープリ
ンティング検索
次に実施例3で検出された分子量約53 kDaのバンドを鋭利なカッターナイフで切り出し
た。本試料を定法に従いインゲル消化法によりトリプシン分解し、アプライドバイオシステムズ社製Voyager-DE STRによるMALDI-TOFによる質量分析を行った。同定された121個の質量データを用いて公知のアミノ酸配列データベースに対してマスフィットフィンガープリンティング検索を行った結果、サーマスサーモフィルスHB27株由来の推定アミノ酸配列
(配列番号1)に対し36ペプチドがヒットした。配列番号1に示す配列は、他の遺伝子配列との相同性からラッカーゼ様蛋白質であると機能推定されている。しかし実際に蛋白質として精製され、酵素活性が実験的に確認されてはいない。また配列番号1に示す配列は、酵素が精製され性質の明らかとなっている公知のラッカーゼとは40%以下のアミノ酸配
列の配列相同性しか示さない。この程度の低い値では、配列相同性から蛋白質の機能を断定することは不可能である。さらにアミノ酸配列から耐熱性に及んで推定することは到底不可能である。また、実施例4の結果からも明らかのように、精製ラッカーゼのアミノ末
端はブロックされており、配列番号1に示す通りのメチオニンから始まるのではない。
【0040】
〔実施例6〕ラッカーゼのアミノ末端および全配列の予測
精製ラッカーゼ活性のアミノ末端がブロックされていたために、酵素のアミノ末端に相当するアミノ酸残基、及びブロックされている性状等は明らかにされていない。そこで、配列番号1を遺伝子解析ソフトウェア(Genetyx)によりシグナルペプチドの有無を予測
した。その結果、配列番号1の22番目と23番目のアミノ酸との間のペプチド結合がシグナ
ルペプチダーゼにより切断されることが強く予測された。この結果をもとに、実施例5で
得られたトリプシン断片の詳細な質量分析の結果と照合した結果、m/z 969.4557に検出されたシグナルが、配列番号1の23番目から31番目の9アミノ酸からなるペプチドの、23番目の残基がピログルタミル化されたもの(ピログルタミン酸)と一致した。配列番号1に示
す配列によると、22番目の残基はアラニンであり、アラニンーグルタミンからなる配列はトリプシン消化の対象とはならない。そのため、遺伝子解析ソフトウェアで予測された通り、22番目と23番目の間のペプチド結合がシグナルペプチダーゼで切断され、さらに末端のグルタミンがピログルタミル化されたものと結論された。
【0041】
また、m/z 2566.1890に検出されたシグナルは、配列番号1のカルボキシル末端の配列22残基の質量と一致した。この結果、ラッカーゼは配列番号1の配列のうち、23番目から462番目までの配列から構成される配列番号4に相当する配列であることが判明した。
【0042】
〔実施例7〕ラッカーゼ遺伝子のクローニング
次に発明者は、配列番号4開始コドンとしてメチオニンコドンを加えた遺伝子をクロー
ニングすることとした。遺伝子クローニングは、サーマスサーモフィラスHB27株の染色体DNAを鋳型に、ポリメラーゼチェインリアクションにより行った。
【0043】
(1)染色体DNAの調製
サーマスサーモフィラスHB27(DSM 703、ATCC BAA-163)の染色体DNAを次の方法で調製した。同菌株を200 mLのTYM培地で70℃一晩振盪培養後、遠心分離(5,000 g、10分)により集菌した。0.15 M 塩化ナトリウム、0.1 M エチレンジアミン四酢酸により菌体を一度
洗浄し、再度遠心(5,000 g、10分)により集菌した。菌体の一部(0.6 g)を12 mL トリスー塩酸緩衝液(pH 9.0)、1% ラウリル硫酸ナトリウム、0.1 M 塩化ナトリウムを含む
溶液に懸濁し、凍結・融解を2度繰り返し溶菌した。この溶液にプロテイナーゼKを1 mg加え、50℃で3時間保温した。その後、等量のフェノールを加え、ゆっくり撹拌し、遠心(5,000 g、10分)により水層と油層を分離し、水層を回収した。この操作をさらに2度繰り
返し、最終的に採取した水層に2倍量のエタノールを静かに加えた。析出したDNAをガラス棒により巻取り、70%エタノールにより洗浄後、2 mLの10 mM トリスー塩酸緩衝液、1 mM エチレンジアミン四酢酸に溶解した。
【0044】
(2)ラッカーゼをコードする遺伝子を含有するDNA断片および該DNA断片の増幅
実施例6で見いだされた推定ラッカーゼ遺伝子のDNA配列から、ポリメラーゼチェイン
リアクション用のオリゴヌクレオチドプライマーを合成した。配列は、上流:5’- CATATGCAAGGCCCTTCCTTCCCC -3’(配列番号2)、下流:5’- AAGCTTAACCCACCTCGAGGACTCC -3’(配列番号3)である。上流配列は、配列番号4のアミノ酸配列に、開始コドンとしてメチ
オニンをコードするコドンを付加するとともに制限酵素部位NdeIを含むように設計し、下流配列はカルボキシル末端のアミノ酸後に終止コドンを挿入し、同時に制限酵素部位HindIIIを含むように設計した。これらの両端プライマーを用い、サーマスサーモフィルス由
来のゲノムDNAを鋳型とし、ポリメラーゼとしては、KOD-Plus- DNAポリメラーゼ(東洋紡社製)を用いて増幅反応を行った。増幅は、反応溶液を94℃で2分間保温後、94℃-15秒、55℃-30秒、68℃-1分からなるサイクルを25回繰り返すことで行った。
【0045】
(3)ラッカーゼの発現プラスミドの構築
(2)で得られた約1,000塩基対からなるPCR産物を定法に従いアガロースゲル電気泳動
により分離し、精製した後、PCRR-Blunt II-TOPORクローニングキット(インビトロジェ
ン社製)を用いてクローニングした。反応液の一部をエシェリシアコリーJM109のコンピ
テントセル(東洋紡社製)に導入し、50μg/mLのカナマイシンを含むLB(1% トリプトン、0.5% 酵母エキス、1% 塩化ナトリウム)寒天プレートで生育してくるコロニーからプラスミドを調製した。次に、本組換えプラスミドをNdeIおよびHindIIIで同時切断し、得
られた約1 kbpのDNA断片をNdeIおよびHindIIIであらかじめ消化し、直鎖状となったノバ
ジェン社製のpET32a(+)のプラスミドと定法に従いライゲーションにより連結反応を行
った。反応液の一部をエシェリシアコリーJM109のコンピテントセル(東洋紡社製)に導
入し、100μg/mLのアンピシリンを含むLB寒天プレートで培養した。単一コロニーを培養
し、定法に従いプラスミドを調製し、該組換えプラスミドをpET32T27Lcs1と命名した。
【0046】
〔実施例8〕塩基配列の決定
次に実施例7で得られた組換えプラスミドpET32T27Lcs1のインサート領域について塩基
配列を決定した。シーケンシング反応は、アプライドバイシステムズ社製ビッグダイ・バージョン3.1キットを用い、ダイデオキシ法により行った。塩基配列の解析は、アプライ
ドバイシステムズ社製DNAシーケンサー(プリズム310)により行った。決定した塩基配列および推定アミノ酸配列を配列表の配列番号4および5に示した。
【0047】
〔実施例9〕組換えラッカーゼ遺伝子の発現
pET32T27Lac1およびタカラバイオ社製pGro7をノバジェン社製のエシェリシアコリーコ
ンピテントセルBL21(DE3)に同時に導入し、100μg/mLのアンピシリンおよび34μg/mLクロラムフェニコールを含むLB寒天プレート上、37℃で一晩培養した。単一コロニーを100
μg/mlのアンピシリン、34μg/mLクロラムフェニコール、0.2%アラビノース、オーバー
ナイトエクスプレス・オートインダクションキット1(ノバジェン社製)を含むLB液体培
地1 Lに植菌し、30℃で毎分100回の振盪速度で20時間培養した。
【0048】
〔実施例10〕組換えラッカーゼの精製
(1)加熱処理による精製
実施例9で得た培養液を遠心分離し、菌体を回収した。次に、菌体をノバジェン社製バ
グバスター液40 mLに溶解し、さらにノバジェン社製のベンゾナーゼを4μL添加した。菌
体懸濁液を室温で20分間撹拌し、遠心分離(5,000 g、10分)により沈殿を除去した。次
に上清を65℃の湯浴中で15分間加熱し、遠心分離(20,000 g、20分)により沈殿を除去した。上清を回収し、ABTS酸化活性を測定したところ、加熱処理前と同程度の活性が維持され、熱処理による活性の低下はおこらなかった。
【0049】
(2)陽イオン交換カラムクロマトグラフィによる精製
次に、加熱処理後の上清を陽イオン交換カラムクロマトグラフィにより精製した。ハイトラップSP(アマシャムバイオサイエンス社製)を20 mM トリスー塩酸緩衝液(pH 7.0)で平衡化し、加熱処理上清の粗酵素抽出液を添加した。次にカラムの10倍容の20 mM トリスー塩酸緩衝液(pH 7.0)で非吸着画分を洗浄した。本画分にABTS酸化活性は検出されなかった。次に、吸着蛋白質をカラムの20倍容の0-0.2Mの塩化ナトリウムの直線濃度勾配
により溶出し、ABTS酸化活性画分を回収した。
【0050】
(3)疎水性カラムクロマトグラフィによる精製
次に、疎水性カラムクロマトグラフィにより分離した。陽イオン交換カラムより溶出した活性画分に終濃度1.0 Mとなるように硫酸アンモニウムを加え、1.0 M 硫酸アンモニウ
ムを含む20 mM トリスー塩酸緩衝液(pH 7.0)で平衡化したブチルトヨパール(トーソー社製)に吸着させた。次にカラムの10倍容の1.0 M 硫酸アンモニウムを含む20 mM トリスー塩酸緩衝液(pH 7.0)で非吸着画分を洗浄したところ、ABTS酸化活性は検出されなかった。次に、吸着蛋白質をカラムの20倍容の1.0-0 Mの硫酸アンモニウムの直線濃度勾配に
より溶出し、ABTS酸化活性画分を回収した。
【0051】
(4)ハイドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィによる精製
次に、ハイドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィにより分離した。陽イオン交換カラムより溶出した活性画分を20 mM リン酸ナトリウム(pH 7.0)に対し透析し、20 mM リン酸ナトリウム(pH 7.0)で平衡化したトヨパールHA(トーソー社製)に吸着させた。カラムの10倍容の20 mM リン酸ナトリウム(pH 7.0)で非吸着画分を洗浄したところ、ABTS酸化活性は検出されなかった。次に、吸着蛋白質をカラムの20倍容の20 mM-0.5 Mのリ
ン酸ナトリウム(pH 7.0)の直線濃度勾配により溶出し、ABTS酸化活性画分を回収した。本精製標品を最終標品として以下の実験に用いた。
【0052】
〔実施例11〕組換えラッカーゼの質量分析
実施例10にて得られた組換えラッカーゼの質量分析を行った。蛋白質溶液をアミコン社製ウルトラU-15による限外濾過(分子量カットオフ10,000)により脱塩し、アプライドシステムズ社製質量分析機Voyager-DE STRにより分析したところ、質量は48,990.87と決定
された。この結果、組換えラッカーゼの質量は配列番号4のアミノ酸配列から計算される
質量と一致した。
【0053】
〔実施例12〕組換えラッカーゼのアミノ末端分析
さらに実施例10にて得られた組換えラッカーゼを実施例4記載の方法と同様の方法によ
り電気泳動による分離、イモビロン膜への転写を行った。本試料をアプライドバイオシステムズ社製Procise 494 cLCシステムに供しアミノ末端配列を分析したところ、配列番号4記載のアミノ酸配列の最初の5残基と一致する配列が得られた。実施例11の結果から示唆
された通り、組換えラッカーゼは配列番号4記載の配列からなる蛋白質であることが判明
した。
【0054】
〔実施例13〕組換えラッカーゼの諸性質
(1)活性の銅イオン濃度依存性
本酵素の活性は銅イオンが存在しない場合、発現されなかった。そこで20 mM 酢酸ナトリウム緩衝液(pH 5.0)、1 mM ABTSを含む活性測定液中に、0.05μM-1.0 mMの銅イオン
濃度を加えた反応溶液中で活性を測定した。その結果、図3に示すように、本酵素の活性
は銅イオン濃度に依存し、シグモイド曲線近似から見かけの結合定数は30.4μMと算出さ
れた。以下の実験では、活性に必要な銅イオン濃度がほぼ飽和に達する0.1 mM 硫酸銅を
活性測定溶液に添加した。
【0055】
(2)基質特異性活性
ラッカーゼ基質として知られるABTS、シリンガルダジン、グアイアコール、2,6-ジメトキシフェノールを用い、本酵素の活性を測定した。20 mM 酢酸ナトリウム緩衝液(pH 5.0)、0.1 mM 硫酸銅、1 mMの基質を混合した活性測定溶液に0.8μgの酵素を添加し70℃で
1分間活性を測定した。その結果、いずれの基質に対しても酸化に伴う発色が観察された。発色反応は、ABTSは418nm、シリンガルダジンは525nm、グアイアコール及び2,6-ジメトキシフェノールは468nmで測定し、各基質に対する活性は、表1のようであった。ただし、分子吸光係数として、ABTSは36000M-1cm-1、シリンガルダジンは65000M-1cm-1、グアイアコールは6400M-1cm-1、2,6-ジメトキシフェノールは49600M-1cm-1を用いた。結果を下表に示す。
【0056】

基質 活性(μmol/min/mg protein)
ABTS 47
シリンガルダジン 32
グアイアコール 29
2,6-ジメトキシフェノール 108
【0057】
(3)活性の温度依存性
本酵素の活性の温度依存性を65℃から99℃の温度範囲で測定した。20 mM 酢酸ナトリウム緩衝液(pH 5.0)、0.1 mM 硫酸銅、1 mM ABTSを含む活性測定液中に酵素液を添加し、各温度で10分間保温後、氷水中で冷却し、418 nmにおける吸光度を測定した。その結果、図4に示すように、本酵素は92℃付近に至適温度を持つことが判明した。以上のことから
、本酵素は高温で効率的に反応することが判明した。従来公知のラッカーゼのうち、耐熱性の高い酵素としてバチルスズブチリス由来の酵素が知られているが、バチルスズブチリス由来の酵素の至適温度は75℃である(非特許文献3)。そのため、本発明のラッカーゼ
はバチルスズブチリス由来の酵素よりもより高温での反応性に優れている。
【0058】
(4)活性のpH依存性
本酵素の活性のpH依存性をpH 2.5-9.0の範囲で測定した。50 mM Britton & Robinson緩衝液(50 mM ホウ酸、50 mM酢酸、50 mMリン酸の混合緩衝液で、水酸化ナトリウムによりpH調整した)、0.1 mM 硫酸銅、1 mM ABTSを含む活性測定液中に酵素液を添加し、70℃で10分間保温後、氷水中で冷却し、418 nmにおける吸光度を測定した。その結果、図5に示
すように、本酵素はpH 4.5付近に至適pHを持つことが判明した。
【0059】
(5)耐熱性
20 mM 酢酸ナトリウム緩衝液(pH 6.0)に溶解した酵素液を各温度で10分間加熱し氷水に静置した。酵素活性を20 mM 酢酸ナトリウム緩衝液(pH 5.0)、0.1 mM 硫酸銅、1 mM ABTSを含む活性測定液中で測定した。その結果、図6に示すように、本酵素は85℃以下で
加熱処理していない場合と同程度の活性を維持し、90℃で90%以上、100℃でも66%程度
の活性を有していた。特許文献1に示される耐熱性ラッカーゼは、70℃までしか安定でな
く、本好熱菌酵素ははるかに高い耐熱性を有する。
【0060】
(6)高温での活性の半減期
20 mM 酢酸ナトリウム緩衝液(pH 6.0)に溶解した酵素液を80℃で保温し、一定時間ごとに一部を分取し氷水に静置した。酵素活性を20 mM 酢酸ナトリウム緩衝液(pH 5.0)、0.1 mM 硫酸銅、1 mM ABTSを含む活性測定液中で測定した。その結果、図7に示すような
活性の経時変化が得られた。本グラフから、本酵素の80℃における半減期は868分(14時
間以上)と算出された。従来公知のラッカーゼのうち、耐熱性の高い酵素としてバチルスズブチリス由来の酵素が知られている。バチルスズブチリス由来の酵素は80℃で112分の
半減期を示す(J. Biol. Chem. 277, 18849-18859 (2002))ことが知られているが、本発明のラッカーゼはバチルスズブチリス由来の酵素よりも格段に高い耐熱性を有していた。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】サーマスサーモフィルス培地に添加する硫酸銅の濃度がラッカーゼ活性に及ぼす効果を示す図である。
【図2】サーマスサーモフィルスより精製したラッカーゼのSDS-ポリアクリルアミドゲル(10%)電気泳動分析の結果を示す図である。左のレーンは分子量マーカー、右のレーンは精製ラッカーゼである。
【図3】サーマスサーモフィルス由来ラッカーゼ活性の銅イオン濃度依存性を示す図である。
【図4】サーマスサーモフィルス由来ラッカーゼ活性の温度依存性を示す図である。
【図5】サーマスサーモフィルス由来ラッカーゼ活性のpH依存性を示す図である。
【図6】サーマスサーモフィルス由来ラッカーゼ活性の耐熱性を示す図である。
【図7】サーマスサーモフィルス由来ラッカーゼの80℃で保温した際の活性の半減期を示す図である。
【配列表フリーテキスト】
【0062】
配列番号2および3 プライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の特性を有するラッカーゼ:
(1)活性:銅イオンの存在下、フェノール系化合物、複素環系化合物に強く作用する;(2)至適反応温度:pH 5.0にて10分間の反応時間で92℃である;
(3)耐熱性:pH 6.0にて10分間保持したとき、85℃まで酵素活性の低下がない;
(4)高温での半減期:85℃、pH 6.0にて保持したとき、酵素活性の失活の半減期が約14時間以上である;
(5)SDS-PAGEで測定した分子量が53kDaである。
【請求項2】
サーマス属に属する菌を培養することによって得られる請求項1記載のラッカーゼ。
【請求項3】
サーマス属に属する微生物がサーマスサーモフィルスHB27株である請求項2記載のラッカーゼ。
【請求項4】
以下の(a)又は(b)のラッカーゼ蛋白質。
(a) 配列表の配列番号4に表されるアミノ酸配列を含むラッカーゼ蛋白質
(b) 配列表の配列番号4に表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸
が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつラッカーゼ活性を有する蛋白質
【請求項5】
さらに、アミノ酸配列の1番目のグルタミンがピログルタミル化されている請求項4記載のラッカーゼ蛋白質。
【請求項6】
以下の(a)または(b)の蛋白質をコードする核酸。
(a) 配列表の配列番号4に表されるアミノ酸配列を含むラッカーゼ蛋白質
(b) 配列表の配列番号4に表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸
が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつラッカーゼ活性を有する蛋白質
【請求項7】
以下の(c)または(d)の核酸。
(c) 配列表の配列番号5に表されるポリヌクレオチド配列を含む核酸
(d) 配列表の配列番号5に表されるポリヌクレオチド配列の相補鎖とストリンジェント
な条件下でハイブリダイズすることができ、かつラッカーゼ活性を有するポリペプチドをコードする核酸
【請求項8】
サーマス属に属する微生物を培養し、培養物からラッカーゼを回収することを含む、請求項1〜5のいずれか一項に記載のラッカーゼの製造方法。
【請求項9】
請求項6または7に記載の核酸を含む発現ベクター。
【請求項10】
請求項9記載の発現ベクターを用いて宿主細胞を形質転換することにより得られる形質転換体。
【請求項11】
請求項10記載の形質転換体を培養し、培養物からラッカーゼを回収することを含む、することを含むラッカーゼの製造方法。
【請求項12】
請求項6または7に記載の核酸を用いて無細胞蛋白質合成系により蛋白質を生産することを含むラッカーゼの製造方法。
【請求項13】
請求項11記載の方法により製造されたラッカーゼ。
【請求項14】
請求項12記載の方法により製造されたラッカーゼ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−158252(P2006−158252A)
【公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−352349(P2004−352349)
【出願日】平成16年12月6日(2004.12.6)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】