説明

耐衝撃密着性に優れる接着接合用亜鉛系溶融めっき鋼板

【課題】特に衝突時のように高速変経時において優れためっき密着力を有する、耐衝撃密着性に優れる接着接合用亜鉛系溶融めっき鋼板を提供する。
【解決手段】鋼板表面にΓおよびΓ1相を含まない亜鉛系めっき層を有する。このような亜鉛系溶融めっき鋼板とするためには、前記亜鉛系めっき層中のFe濃度を0.6質量%以上5質量%以下とするのが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、密着性に優れた亜鉛系めっき層を有し、接着剤を使用した接合に好適な亜鉛系溶融めっき鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化が世界的な問題となっている。これを受けて、地球温暖化を抑制するために、自動車においては燃費向上に対する社会的な要求も高まっており、自動車の燃費向上対策における材料側からのアプローチとして車体の軽量化は最も重要なアイテムとなっている。
【0003】
これまで、車体の軽量化には、高強度鋼板の適用による板厚の減少が注力されてきた。一方、最近になって、スポット溶接に接着剤による接着接合を併用することによって、車体の剛性を向上させ乗り心地を向上させる動きがある。特に、高速変形時の密着力に優れる高靭性構造用接着剤が開発され、衝突時の耐衝撃性を向上させる動きが活発化している。
【0004】
この技術は、乗り心地や耐衝撃性を一定とすれば板厚減少を図ることが可能であるため、車体軽量化の方法として着目されつつある。しかしながら、自動車車体に多用されている合金化溶融亜鉛めっき鋼板(以下、GAと称することもある)は、素地となる鋼板(以下、地鉄と称することもある)とめっき層との密着力が十分でないため、接着接合に適した材料とは言い難かった。
【0005】
GAのめっき密着性を改善する方法として、特許文献1には、ζ相のみからなるめっき層を形成させる方法が開示されている。しかし、この方法は、ζ単層のめっき組成を得るためにめっき層の合金化速度を遅くする必要があり、合金化温度を430℃以下にする必要があり、生産性が劣る。また、合金化速度を抑制するため地鉄にPを添加する必要があり、地鉄の機械的な特性の自由度が狭まるなどの問題がある。
【0006】
特許文献2には、地鉄とめっき界面のめっき相構造を特定のΓおよびΓとすることで接着接合性を改善する方法が開示されている。しかし、この方法で得られた合金化溶融亜鉛めっき鋼板でも、高速変形時のめっき密着性は十分では無く、耐衝撃性の向上を狙いとして使用が拡大している高靭性構造用接着剤の効果が十分発揮されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平5-311372号公報
【特許文献2】特許第3106702号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであって、車体軽量化を狙いとして適用が拡大しつつある高靭性構造用接着剤を用いて耐衝撃性を向上させる場合に、特に衝突時のように高速変経時において優れためっき密着力を有する、耐衝撃密着性に優れる接着接合用亜鉛系溶融めっき鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、亜鉛系溶融めっき鋼板のめっき皮膜構造と、高速変形時のめっき皮膜と地鉄との密着性および耐衝撃性について詳細に検討した。その結果、以下の知見を得た。
従来行われてきた引っ張り速度:50mm/min.程度の静的な方法による地鉄とめっき層の密着力と、実際の衝突をシミュレートした高速の変形速度:15m/sec程度による地鉄とめっき層界面の密着力は大きく異なる。
地鉄とめっき層の界面に、X線回折により検出される程度のΓ層および/またはΓ1層が形成されていると、高速変形時のめっき密着力は著しく低下し、高靭性構造用接着剤による耐衝撃性の向上が不十分となる。
亜鉛系めっき層中のFe濃度を5質量%以下にすることで、地鉄とめっき層の界面においてΓ層および/またはΓ1層の形成を抑え、接着接合性の低下を防止することができる。
【0010】
本発明は上記知見に基づくものであり、特徴は以下の通りである。
[1]鋼板表面にΓおよびΓ1相を含まない亜鉛系めっき層を有することを特徴とする耐衝撃密着性に優れる接着接合用亜鉛系溶融めっき鋼板。
[2]前記[1]において、前記亜鉛系めっき層中のFe濃度が0.6質量%以上5質量%以下であることを特徴とする耐衝撃密着性に優れる接着接合用亜鉛系溶融めっき鋼板。
【0011】
なお、本発明において、亜鉛系溶融めっき鋼板とは、例えば、溶融亜鉛めっき処理後合金化処理を施すめっき鋼板、めっき表層まで完全に合金化していない鋼板を含むものである。めっき組成としては、亜鉛の他にも耐食性や成形性、スポット溶接性等の特性の向上を目的として、Al、Fe、Ni、P、Mn、Cr、Mg、Ca、Co、Mo、Ti、Si、W、Sn、Pb、Nb、Ta等の合金元素あるいは不純物元素を1種もしくは2種以上含有することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、耐衝撃密着性に優れる接着接合用亜鉛系溶融めっき鋼板が得られる。本発明の亜鉛系溶融めっき鋼板は、衝突時のような高速変形におけるめっき密着性が優れているため、高靭性構造用接着剤を使用して耐衝撃性を向上させ車体の軽量化を図る場合には非常に有効な材料となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】せん断引張試験に用いた接着試験片の形状を示す図である。
【図2】各種溶融めっき鋼板の接着試験片についてせん断引張試験を行った結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の亜鉛系溶融めっき鋼板は、鋼板表面にΓおよびΓ1相を含まない亜鉛系めっき層を有することを特徴とする。そして、亜鉛系めっき層中のFe濃度は0.6質量%以上5質量%以下が好ましい。
【0015】
鋼板に例えば溶融亜鉛めっきを施した後加熱することで、素地鋼板の鉄とめっき層の亜鉛がそれぞれ拡散しめっき層の合金化が進む。その際形成されるZn-Fe系合金相としては、Fe濃度が低い順に、η相(Zn)、ζ相(FeZn13)、δ1相(FeZn7)、Γ1相(Fe5Zn21)、Γ(Fe3Zn10)が知られている。
【0016】
これまで、合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA)のめっき層の相構造については、主にプレス成形性の観点から、摺動特性と耐パウダリング性について検討されてきた。その結果、現在使用されているGAは、めっき層と素地鋼板との界面にΓ1相および/またはΓ相を有するめっき相構造になっている。
【0017】
しかしながら、本発明者等が検討したところ、このΓ1相やΓ相は、硬くてもろいため、通常の静的な接着試験(引っ張り速度:50mm/min.程度)においては十分な強度を有するものの、実際の衝突をシミュレートした高速の変形速度:15m/sec程度による試験では高速変形に追従することが出来ず、高速の接着試験において著しく接着強度が劣化してしまうことがわかった。したがって、接着接合により車体の耐衝撃性を向上させるには、GAのめっき層と素地鋼板との界面に実質的にΓ1相および/またはΓ相を形成させない、すなわち、鋼板表面にΓおよびΓ1相を含まない亜鉛系めっき層を有することが好ましいことになる。
【0018】
以上より、本発明においては、高速の接着試験において接着強度が劣化することなく、接着接合により車体の耐衝撃性を向上させるため、鋼板表面にΓおよびΓ1相を含まない亜鉛系めっき層を有することとする。Fe濃度が低いほうが接着接合性に優れる傾向であることは従来から認められていた。しかし、めっき層と素地鋼板との界面におけるΓ存在の影響は決定的ではなかった。Γを無くすことで自動車の衝突を想定したような高速変形時の接着接合性を劇的に改善するとの知見は本発明により初めて得られたものである。
【0019】
そして、さらに検討を進めたところ、GAのめっき層と素地鋼板との界面のΓ1相および/またはΓ相は、めっき層中のFe濃度に大きく依存することがわかった。さらに、めっき層中のFe濃度が5質量%を超えると、めっき層と素地鋼板との界面にΓ1相および/またはΓ相が形成される。よって、めっき層中にΓ1相および/またはΓ相を形成させないため、めっき層中のFe濃度は5質量%以下に制御することが好ましい。
一方、めっき浴中のAl濃度が0.11〜0.14質量%の場合、鋼板がめっき浴中に浸漬された際にめっき浴と素地鋼板とが反応し、Fe-Alの初期合金層が形成されるため、めっき層中のFe濃度は0.6質量%以下に制御することは難しい。よって、めっき層中のFe濃度は0.6質量%以上に制御することが好ましい。
【0020】
また、鋼板表面にΓおよびΓ1相を含まない亜鉛系めっき層を有しているかどうかは、以下の測定方法により確認することができる。
【0021】
Γ1相および/またはΓ相は、溶融めっき鋼板をダミーの冷延鋼板に接着剤(サンライズMSI社製E-56)を使用して接着させ、せん断引張り試験を行い、めっき層を素地鋼板から剥離する。次いで、めっき層と素地鋼板の界面方向からX線回折装置(Rigaku製RINT1000、Cu-Kα管球、管球電圧50kV、管電流250mA)を使用しθ-2θ法でスキャンし、Γ(310)およびΓ1(620)に由来する格子面間隔d=2.59Å相当のX線回折ピーク強度をI{Γ(310)+Γ(620)}として定量し、このIがバックグラウンドの値と同等以下、すなわち検出限界以下であれば、鋼板と亜鉛系めっき層の界面にΓおよび/またはΓ層が形成されていないと判断する。
【0022】
本発明の耐衝撃密着性に優れる接着接合用亜鉛系溶融めっき鋼板を製造するにあたっては、溶融亜鉛めっき処理を施し、引き続き、合金化処理を施し、さらに、調質圧延を行う。
溶融亜鉛めっき処理に引き続き合金化処理を行うときは、溶融亜鉛めっきしたのち、板温で400℃以上550℃以下に鋼板を加熱して合金化処理を施し、めっき層中のFe濃度が0.6質量%以上5質量%以下になるよう行うのが好ましい。また、合金化終了後に鋼板表面にΓおよびΓ1相を含まない亜鉛系めっき層を有するように、ラインスピードやめっき付着量に合わせて合金化温度を調整することもできる。
上述した以外の溶融亜鉛めっき処理を行う方法は、常法でよい。
【実施例】
【0023】
素地鋼板として340MPa級のBH鋼板用の極低炭素鋼(板厚0.75mm)を使用し、連続溶融亜鉛めっきラインにて、めっき直後の合金化処理炉(インダクションヒーター)の出力を変化させることで、めっき組成(Fe濃度)の異なる各種溶融めっき鋼板を作成した。めっき処理条件は、浴Al:0.13mass%、浴温:460℃、進入板温:470℃とした。この他の詳細な製造条件は表1に示す通りである。
次いで、上記により得られた供試材に対して、以下に示す方法によりめっき層の分析を行った。
めっき付着量は、めっき層を酸で剥離し、剥離前後の質量変化から単位面積当たりの付着量を算出した。
めっき層中のFeおよびAl濃度は、上記のめっきの剥離液中のFeおよびAl濃度をICPにより定量し、計算により求めた。
Γ1相および/またはΓ相は、溶融めっき鋼板をダミーの冷延鋼板に接着剤(サンライズMSI社製E-56)を使用して接着させ、せん断引張り試験を行い、めっき層を素地鋼板から剥離する。次いで、めっき層と素地鋼板の界面方向からX線回折装置(Rigaku製RINT1000、Cu-Kα管球、管球電圧50kV、管電流250mA)を使用しθ−2θ法でスキャンし、Γ(310)およびΓ1(620)に由来する格子面間隔d=2.59Å相当のX線回折ピーク強度を定量した。
以上により得られた分析結果を、製造条件と併せて、表1に示す。
【0024】
【表1】

【0025】
表1より、試料番号1〜3のサンプルでは、Γ1相および/またはΓ相は、X線回折により検出されなかった。また、これらのめっき層中のFe濃度は、全て5質量%以下であった。
【0026】
次いで、上記供試材:試料番号1〜11に対して、接着試験としてせん断引張試験を行った。
供試材は素地鋼板が薄く(t=0.75mm)、せん断引張り試験時に素地鋼板が破断することが想定されたため、せん断引張試験を行うにあたっては、あらかじめ供試材をダミーの冷延鋼板に接着剤で張り合わせてから使用した。接着剤は、ダウ・ケミカル日本製BETAMATE 1496Vを使用し、接着剤厚さ:0.2mm、接着硬化条件:180℃×30min.で接着試験片を作成した。図1に接着試験片の形状を示す。
【0027】
せん断引張試験は、静的な引張試験(引張速度:50mm/min.)と高速引張試験(引張速度:15m/sec.(900000mm/min.))の2条件で行った。なお、ここで、車体の衝突時を想定した高速引張試験の引張速度については、国土交通省および独立行政法人 自動車事故対策機構が実施している自動車の安全性能評価「自動車アセスメント」の中で、フルラップ前面衝突試験および側面衝突試験で採用されている時速55km(≒15.3m/sec.)を参考に、引張速度を15m/sec.として試験を行った。
また、せん断引張り試験の過程の応力-変位を測定し、計算によって吸収エネルギー(E)を求め、この吸収エネルギー(E)により接着性を評価した。図2にせん断引張試験の結果を示す。なお、従来、静的な引張試験では最大荷重で評価されることが多かった。しかし、高速の引張試験においては、測定される荷重が瞬間的に大きく変動することがあり、最大荷重で評価すると同一水準のサンプルでもバラツキが大きく、適正な評価が行えない。一方で、吸収エネルギーは引張時に計測される過重を変位で積分したものであり、破断にいたる過程の平均的な強度を得ることができ、高速引張試験の評価方法として適正である。そのため、本発明、実施例においては、吸収エネルギー(E)により接着性を評価することとした。
【0028】
図2より、静的な引張試験(引張速度:50mm/min.)の場合には、めっき層中のFe濃度が0〜11質量%でほぼ同じ吸収エネルギーが得られ、12質量%を超えた領域では徐々に吸収エネルギーが低下しているのがわかる。
【0029】
一方、高速引張試験(引張速度:15m/sec.(900000mm/min.))の場合には、めっき層中のFe濃度が5質量%以下の領域で静的な引張試験よりも吸収エネルギーの増加が認められた。すなわち、めっき層中のFe濃度が5質量%以下の領域で耐衝撃密着性に優れているのがわかる。しかし、めっき層中のFe濃度が5質量%を超えた場合には、吸収エネルギーが半分近く低下し、十分な耐衝撃性を発揮することができないことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明の亜鉛系溶融めっき鋼板は、耐衝撃密着性に優れ、特に衝突時のように高速変経時において優れためっき密着力を有するため、自動車用鋼板を中心に好適に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板表面にΓおよびΓ1相を含まない亜鉛系めっき層を有することを特徴とする耐衝撃密着性に優れる接着接合用亜鉛系溶融めっき鋼板。
【請求項2】
前記亜鉛系めっき層中のFe濃度が0.6質量%以上5質量%以下であることを特徴とする請求項1記載の耐衝撃密着性に優れる接着接合用亜鉛系溶融めっき鋼板。

【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2010−189725(P2010−189725A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−36229(P2009−36229)
【出願日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】