説明

耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手

【課題】原油環境及びバラスト環境での溶接継手全体の耐食性が良好で、さらに、固体の硫黄分を含む腐食生成物の生成を抑制でき、かつ、構造物としての安全性を確保できる、耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手を提供する。
【解決手段】鋼板の化学成分組成が各々適正化され、この鋼板同士が溶接されて形成され、当該原油油槽用溶接継手の溶接金属におけるCu、Mo、Wの各含有量が、それぞれ、次式{0.15≦[Cu]/[Cu]≦3.00}、次式{0.15≦([Mo]+[W])/([Mo]+[W])≦3.00}、次式{−0.30≦([Cu]−[Cu])≦0.50}で表される関係を満足する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接構造により形成され、原油タンカーの油槽や、地上または地下原油タンク等、原油を輸送または貯蔵する鋼製油槽の原油腐食環境中において、母材部から溶接金属までを含めて、また、原油が貯蔵される側の面のみならず、バラストタンク面においても優れた耐食性を有する、原油油槽用溶接継手に関する。加えて、原油タンカー等、衝突事故などの万一の事故により油槽が破壊して原油が流出した場合に、人的及び環境的被害が甚大となるようなものにおいて、高い耐延性破壊特性が備えられることにより、油槽の破壊の危険性を減じてより安全性が高められてなる、耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、原油を輸送する原油タンカーの油槽や、原油を貯蔵する地上または地下原油タンク等、原油を輸送または貯蔵する鋼製油槽には、強度や溶接性に優れた溶接構造用鋼が使用されている。
【0003】
上述のような鋼製油槽において、原油中に含まれる水分の他、塩分や腐食性ガス成分等により、鋼が腐食環境に晒される。特に、原油タンカーの油槽内面では、原油中の揮発成分や混入海水、油田塩水中の塩分、防爆のために油槽内に送られるイナートガス(船のエンジンの排気ガス)の他、昼夜の温度変動による結露等によって独特の腐食環境になるため、鋼板の腐食減肉が生じる。このような鋼板の腐食減肉により、所要の船体強度を維持することが困難になった場合には、腐食した部材を切断して新たな部材と溶接接合する、所謂鋼板の切替えが必要となり、多大なコストがかかる。
【0004】
さらに、上記腐食減肉に加えて、鋼製油槽内面の鋼表面に、大量の固体の硫黄分(以下、固体Sと称することがある)が生成・析出する。このような固体Sは、腐食したデッキ裏の表面の鉄さびが触媒になり、気相中のS0とHSが反応することによって生成されると考えられている。この際、鋼の腐食による新しい鉄さびの生成と、固体Sの析出とが交互に生じるため、鉄さびと固体Sとの層状腐食生成物が析出する。このような層状腐食生成物において、固体Sからなる層は脆いため、固体Sと鉄さびとからなる生成物は容易に剥離、脱落し、油槽底にスラッジとして堆積する。例えば、定期検査で回収されるスラッジの量は、超大型原油タンカーの場合で300トン以上と言われており、原油油層の維持管理上、固体Sを主体としたスラッジの低減が強く求められていた。即ち、原油油槽用の鋼板として優れた耐良性を有し、かつ、固体Sを含むスラッジの生成が少ない耐食鋼板が求められていた。
【0005】
上述したような、鋼の腐食防止と、固体Sを主体としたスラッジの低減とを同時に図る技術として、塗装、ライニング防食が一般的であり、亜鉛やアルミニウムの溶射による防食技術が提案されている(例えば、非特許文献1を参照)。
しかしながら、非特許文献1に記載の技術では、施エコストがかかるという経済的な問題点に加え、防食層の施工時におけるミクロな欠陥や、経年劣化で腐食が不可避的に進展する。このため、塗装、ライニングを施しても、定期的な検査と補修とが不可欠になるという問題があった。一方、非特許文献1では、鋼材の特性によって鋼の防食とスラッジの低減の両方を同時に図る技術については提案されていない。
【0006】
上記問題に対し、鋼材側の対策技術の提案は未だ極めて少なく、いずれも耐食性の改善に関する技術に限られる。例えば、船舶外板、バラストタンク、カーゴオイルタンク(荷油タンクともいう)、鉱炭船カーゴホールド等の使用環境において、優れた耐良性を有する造船用鋼が提案されている(例えば、特許文献1を参照)。特許文献1において提案されている耐食鋼によれば、C、Si、Mn、P、S、A1を適量含み、かつ、Cu:0.01〜2.00%、Mg:0.0002〜0.0150%を含有することにより、耐全面腐食性及び耐局部腐良性が向上するとされている。
【0007】
また、荷油タンクの用途において、優れた耐食性と、造船用鋼としての優れた溶接性を有する荷油タンク用耐食鋼が提案されている(例えば、特許文献2を参照)。特許文献2に記載の荷油タンク用耐食鋼によれば、含P−極低S−Cu−Ni−Cr−A1鋼とされ、また、溶接性を確保するために合金添加総量の上限が一般式で規定されている。これにより、防爆のために荷油タンクに導入される原動機排ガスによって荷油タンク内に生じる腐食に対し、優れた耐食性を有する鋼とされている。
【0008】
また、荷油タンクの外部の耐食鋼に関し、低P−極低S−Cu−Ni−Cr−A1鋼とされ、また、溶接性を確保するために合金添加総量の上限が一般式で規定された荷油タンク用耐食鋼が提案されている(例えば、特許文献3を参照)。特許文献3に記載の荷油タンク用耐食鋼によれば、防爆のために荷油タンクに導入される原動機排ガスによって荷油タンク内に生じる腐食に対し、優れた耐食性を有する鋼とされている。
【0009】
また、原油を輸送または貯蔵するタンク内で生じる腐食に対して優れた耐食性を示す、耐原油腐食性に優れた鋼材及びその製造方法が提案されている(例えば、特許文献4を参照)。特許文献4に記載の耐食鋼材によれば、Cu:0.5〜1.5%、Ni:0.5〜3.0%、Cr:0.5〜2.0%を添加し、かつ、各元素の添加量を次式(1.0≦0.3Cu+2.0−Cr−0.5Cu≦3.8)で表される関係に制限している。これにより、合金添加量の増加に伴う局部腐食発生を抑制でき、原油タンクの気相部および液相部で優れた耐食性を有する鋼とされている。
【0010】
しかしながら、上記特許文献1〜4のいずれにおいても、原油油槽の環境下での鋼自体の耐食性については提案されているものの、特に、油槽の気相部で大量に生成・剥落する固体Sの析出について、鋼材特性によって抑制する技術は開示されていない。それ故、タンク等の溶接構造物の用途においては、構造物の信頼性向上、寿命延長の観点から、耐食性に優れ、かつ固体Sを主体としたスラッジの生成を抑制し、溶接施工性に優れた構造用鋼の開発が待たれていた。
【0011】
一方、原油油槽は一般的に溶接構造であるため、全面的に塗装やライニングを施さない限り、不可避的に溶接継手も原油油槽環境に晒される。通常行われる、アーク溶接やエレクトロガス溶接においては、溶接ワイヤやフラックスを溶解させて溶接金属を形成させるため、溶接金属の組成や組織は、鋼材とは異なるものとなることが一般的である。腐食環境中においては、化学組成や組織の大きく異なる金属が隣接している場合、相対的に電気化学的に卑な一方の金属が選択的に腐食され、異種金属腐食が生じやすい。このような選択腐食が生じると、局部的に大きな腐食が生じる虞が大となる。
【0012】
耐食性が特に向上されていない普通鋼を用いて、原油環境にさらされる溶接構造物を作製する場合は、溶接方法や溶接材料によらず、表面積が圧倒的に大きな鋼材の方が電気化学的に卑となるため、溶接継手が選択的に腐食される問題はそれほど大きくはない。しかしながら、耐食性に優れた鋼材を用いて溶接構造物を形成しようとすると、溶接方法や溶接材料によっては溶接金属の方が卑となり、溶接金属が選択的に腐食され、溶接継手全体として耐食性が損なわれる可能性が生じる。従って、原油環境にさらされる溶接構造物の耐食性を良好とするためには、鋼材のみならず、溶接継手の特性にも配慮する必要がある。
【0013】
特に、原油タンカーにおいて、原油油槽に隣接する槽がバラストタンクの場合、溶接継手の一方の面は原油油槽内部の環境に曝され、他方の面はバラストタンク環境に曝される。一般に、バラストタンク側は、タールエポキシ塗装等による防食処理が施されるが、塗膜が経年劣化した場合、溶接金属と鋼材との間の腐食電位差に起因した選択腐食、すなわち異種金属接触腐食が発生するという問題があった。従って、原油タンカー等においては、原油側の面のみならず、バラストタンク側の面での溶接継手の耐良性にも配慮する必要がある。このため、原油環境とバラスト環境の両環境において、溶接継手全体で耐食性を確保する技術として、例えば、特許文献5に記載の技術が開示されているが、この技術は、耐延性破壊特性を同時に満足するものでは無かった。
【0014】
一方、特にタンカー等においては、船舶同士の衝突による油流出事故を契機として、船殻の二重構造化が図られているが、このような構造とされた場合でも油流出の危険性は完全には排除できないため、衝突時の船殻の破壊を抑制できる何らかの手段が求められる。ここで、衝突時における船殻破壊の危険性を低減するための効果を鋼材に求めようとした場合には、耐延性破壊特性を向上させることが有効手段となる。衝突時の安全性を高めた鋼材としては、例えば、特許文献6に記載の鋼材が開示されているが、この鋼材は、上述のような耐食性を有するものではない。
【0015】
上述したように、耐食性と耐延性破壊特性を同時に満足する鋼材を油槽に用いれば、腐食による穴あきや衝突による破壊を防止でき、原油流出の危険性を大幅に減じることができる。しかしながら、原油油槽用鋼や原油輸送用溶接継手において、耐食性と耐延性破壊特性とを同時に満足する手段は見いだされていないのが現状である。
【特許文献1】特開2002−017381号公報
【特許文献2】特開2002−107179号公報
【特許文献3】特開2002−107180号公報
【特許文献4】特開2002−173736号公報
【特許文献5】特開2005−021981号公報
【特許文献6】特開平10−306340号公報
【非特許文献1】社団法人日本造船協会第242研究部会、平成13年3月発行、「原油タンカーの新型コロージョン挙動の研究」(平成12年度報告書)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、溶接構造によって形成される原油タンカーの油槽や、地上または地下原油タンク等、原油を輸送または貯蔵する鋼製油槽の原油腐食環境中及び該環境と腐食環境が類似の環境で使用される溶接構造物において、母材部から溶接金属までを含めて優れた耐食性を有し、かつ、タンカー等における他船舶との衝突に伴う油流出を防ぐための優れた耐延性破壊特性を有する、原油油槽用溶接継手を提供することを目的とする。また、本発明は、特に耐食性について、原油が貯蔵されている側の原油環境のみならず、バラストタンク側の環境においても優れた耐食性を備えた原油油槽用溶接継手を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者等は、上記課題を解決すべく、原油油槽環境での耐食性と耐延性破壊特性とを両立するための方法について詳細な検討を行った。
先ず、耐食性について、常時、気相部となる原油油槽デッキ裏での鋼の耐食性に及ぼす、鋼化学成分の影響を調査した。この結果、一般的な溶接構造用鋼の化学組成を基本として、Crを実質的に無添加とし、特定量のMo、Wのいずれか、または両方とCuとを複合添加し、不純物であるP、Sの添加量を限定することにより、当該環境での耐食性を向上させることが可能となり、併せて、スラッジの生成を大幅に低減できるとの知見を得た。
さらに、本発明者等は、当該鋼材同士を溶接するに際して、溶接継手の耐食性が鋼材と同等となるために必要な溶接金属、並びに鋼材の化学組成や金属組織に関する要件を詳細に研究した。この結果、溶接金属と鋼材との間のCu、Mo、Wの含有量の比が特定範囲とされることで、原油環境及びバラスト環境の両方において、鋼材と溶接金属を含む溶接継手とが、良好な耐食性を同等に発現することを知見するに至った。
【0018】
一方、本発明者等は、耐食性を損なわずに耐延性破壊特性を向上させるための鋼材の成分要件について詳細に検討した。この結果、一定範囲のNiおよび/またはCoを鋼材に含有させることが必須であり、逆に、Nbと、これと類似の特性を有するV、Ta、Zr等の析出強化元素を含有させることは好ましくないことを新たに知見した。Ni、Coは、原油油槽環境での耐食性を向上させると同時に延性挙動を向上できるのに対して、Nb、V等の析出強化元素は耐食性に対して有効でない上、析出強化により耐延性破壊特性を大幅に劣化させるため、好ましくない。
【0019】
なお、本発明者等は、構造物における耐延性破壊特性を詳細に研究した結果、他船舶等の衝突による破壊を防ぐために有効な耐延性破壊特性を高めるためには、変形の初期から後期まで変形が局在化しないことが最も重要であることを知見した。そして、そのためには、鋼材の引張試験における一様伸びを高めることが最も重要であることを見いだした。ここで、溶接金属、溶接熱影響部は、一般的に鋼材に比べて強度が高く、また、その領域は狭く限定される。このため、溶接継手あるいは構造物全体として変形する場合は、変形は鋼材側が担うので、鋼材の一様伸びを高めることで、溶接継手あるいは構造物全体の耐延性破壊特性の向上が可能となる。また、一様伸びが同じであれば、強度自体が高い方が耐延性破壊特性は良好となる。本発明者等は、構造物における耐延性破壊特性と鋼材特性との関係を詳細に調べ、引張強度(T.S:MPa)、一様伸び(U−EL:%)において、U−EL+0.02T.S≧20を満足すれば、充分な耐延性破壊特性を有するものとなることを明らかにした。
本発明は以上の知見に基づいてなされたものであり、その要旨とするところは下記の通りである。
【0020】
[1] 質量%で、C:0.001〜0.20%、Si:0.01〜2.50%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.03%以下、S:0.02%以下、Cu:0.01〜1.50%、Al:0.001〜0.30%、N:0.001〜0.010%をそれぞれ含有し、さらに、Mo:0.01〜0.20%、W:0.01〜0.30%の内の1種または2種を含有し、さらに、Ni:0.10〜3.0%、Co:0.10〜3.0%の内の1種または2種を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼材同士が溶接されて形成され、原油油槽をなす原油油槽用溶接継手であって、当該原油油槽用溶接継手の溶接金属におけるCu、Mo、Wの各含有量が、それぞれ下記(1)〜(3)式で表される関係を満足することを特徴とする、耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手。
0.15≦[Cu]/[Cu]≦3.00 ・・・ (1)
0.15≦([Mo]+[W])/([Mo]+[W])≦3.00 ・・・ (2)
−0.30≦([Cu]−[Cu])≦0.50 ・・・ (3)
{但し、上記(1)〜(3)式において、[Cu]、[Cu]、[Mo]、[Mo]、[W]、[W]は、それぞれ、下記に示す溶接金属または鋼材中におけるCu、Mo、Wの各含有量を質量%で表すものである}
[Cu]:溶接金属のCu含有量
[Cu]:鋼材のCu含有量
[Mo]:溶接金属のMo含有量
[Mo]:鋼材のMo含有量
[W] :溶接金属のW含有量
[W] :鋼材のW含有量
【0021】
[2] さらに、前記溶接金属におけるCu、Mo、Wの各含有量が、それぞれ下記(4)、(5)式で表される関係を満足することを特徴とする、上記[1]に記載の耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手。
0.30≦[Cu]/[Cu] ≦1.50 ・・・ (4)
0.30≦([Mo]+[W])/([Mo]+[W])≦1.50 ・・・ (5)
{但し、上記(4)、(5)式において、[Cu]、[Cu]、[Mo]、[Mo]、[W]、[W]は、それぞれ、下記に示す溶接金属または鋼材中におけるCu、Mo、Wの各含有量を質量%で表すものである}
[Cu]:溶接金属のCu含有量
[Cu]:鋼材のCu含有量
[Mo]:溶接金属のMo含有量
[Mo]:鋼材のMo含有量
[W] :溶接金属のW含有量
[W] :鋼材のW含有量
【0022】
[3] 前記鋼材が、さらに、質量%で、Sb:0.01〜0.30%、Sn:0.01〜0.30%、Pb:0.01〜0.30%、As:0.01〜0.30%、Bi:0.01〜0.30%、Se:0.01〜0.30%の内の1種または2種以上を含有することを特徴とする、上記[1]または[2]に記載の耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手。
[4] 前記鋼材が、さらに、質量%で、Ti:0.002〜0.20%、B:0.0002〜0.0050%の内の1種または2種を含有することを特徴とする、請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手。
【発明の効果】
【0023】
本発明の耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手によれば、上記構成により、溶接構造によって形成される原油タンカーの油槽や、地上または地下原油タンク等、原油を輸送または貯蔵する鋼製油槽の原油腐食環境において、母材部から溶接金属までも含めて、また、原油が貯蔵されている面のみならずバラストタンク面までも含めて、優れた耐食性が得られる。これに加え、さらに、原油タンカー等、衝突事故などの万一の事故により油槽が破壊して原油が流出した場合に、人的及び環境的被害が甚大となるようなものにおいて、耐延性破壊特性が高められていることにより、油槽の破壊の危険性を減じて安全性をより高めることができる。このような、本発明の耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手を提供することにより、原油油槽及び原油油槽を有する鋼構造物、船舶の長期信頼性の向上、安全性向上、経済性の向上等に寄与することができるので、産業上の効果は極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手(以下、単に原油油槽用溶接継手あるいは溶接継手と略称することがある)の実施の形態について、図面を適宜参照しながら説明する。なお、この実施形態は、発明の趣旨をより良く理解させるために詳細に説明するものであるから、特に指定の無い限り、本発明を限定するものではない。
【0025】
本発明の耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手は、化学成分組成が各々適正化され、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼板同士が溶接されて形成され、当該原油油槽用溶接継手の溶接金属におけるCu、Mo、Wの各含有量が、それぞれ下記(1)〜(3)式で表される関係を満足する構成とされている。
0.15≦[Cu]/[Cu]≦3.00 ・・・ (1)
0.15≦([Mo]+[W])/([Mo]+[W])≦3.00 ・・・ (2)
−0.30≦([Cu]−[Cu])≦0.50 ・・・ (3)
但し、上記(1)〜(3)式において、[Cu]、[Cu]、[Mo]、[Mo]、[W]、[W]は、それぞれ、次に示す溶接金属または鋼材中におけるCu、Mo、Wの各含有量を質量%で表すものである。
[Cu]:溶接金属のCu含有量
[Cu]:鋼材のCu含有量
[Mo]:溶接金属のMo含有量
[Mo]:鋼材のMo含有量
[W] :溶接金属のW含有量
[W] :鋼材のW含有量
【0026】
<化学成分組成>
以下に、本発明における鋼材の化学成分組成の限定理由を説明する。
また、以下の説明において、化学成分組成における各成分の含有量を示す「%」は、特に指定の無い限り「質量%」を示す。
【0027】
「C:炭素」0.001〜0.20質量%
Cは、鋼材中における含有量を0.001%未満に低減することは、工業的な面で経済性を著しく阻害するため、0.001%以上を含有させるが、Cを強化元素として用いる場合には、0.002%以上の含有量とすることが好ましい。一方、Cを、0.20%を超えて過剰に含有させると、溶接性や継手靭性の劣化等が生じ、また、耐延性破壊特性も劣化する。このため、本発明においては、Cの含有量を0.001〜0.20%の範囲に限定した。
【0028】
「Si:ケイ素」0.01〜2.50質量%以下
Siは、脱酸元素として必要であり、脱酸効果を発揮するためには、0.01%以上の添加が必要である。Siが0.01%未満で脱酸が不十分であると、鋼材中のO(酸素)量が過大となったり、欠陥を生じるために、鋼材の延性や靭性が劣化する場合がある。また、Siは耐全面腐食性向上に効果があり、さらに、耐局部腐食性向上にもわずかながら効果を有する元素であり、このような効果を発現させるためには0.1%以上含有させることが好ましい。一方、Siを過度に含有させると、熱延スケールの固着(スケール剥離性の低下)を招き、スケールに起因する疵が増加するため、本発明においては上限を2.50%とする。特に、耐食性とともに溶接性や母材及び継手靭性への要求が厳しい鋼の場合は、Siの上限を0.50%とすることが好ましい。
【0029】
「Mn:マンガン」0.1〜2.0質量%
Mnは、鋼の強度確保のためには0.1%以上の添加が必要である。Mnが0.1%未満であると、組織が粗大化したり、粒界セメンタイトが粗大化して,靭性も劣化する。一方、2.0%超になると、溶接性の劣化や、粒界脆化感受性を高めて好ましくないため、本発明においては、Mnの含有量を0.1〜2.0%の範囲に限定する。
【0030】
「P:リン」0.03質量%以下
Pは、不純物元素であり、0.03%を超えると溶接性を劣化させるため、本発明においては、0.03%以下の含有量に限定する。特に、Pの含有量を0.015%以下にした場合に、耐食性及び溶接性に良好な影響を及ぼす点から好ましい。
【0031】
「S:硫黄」0.02%質量%以下
Sも、不純物元素であり、含有量が0.02%を超えると、スラッジの生成量を増加させる傾向があり、さらに、機械的性質、特に延性を著しく劣化させるため、本発明においては、0.02%を上限とする。また、Sの含有量は、耐食性や機械的性質の向上の点から少ないほど好ましく、0.007%以下が特に好ましい。
【0032】
「Cu:銅」0.01〜1.50質量%
Cuは、詳細を後述するMo、Wとともに0.01%以上含有させると、原油環境及びバラスト環境の両環境における耐食性向上に有効であり、さらに、固体S(鋼表面に生じる大量の固体の硫黄分)の生成抑制にも効果がある。しかしながら、1.50%を超えてCuを含有させても、上記効果はほぼ飽和し、逆に、鋼片の表面割れの助長、継手靭性の劣化、耐延性破壊特性の劣化等の問題も顕在化する虞があるため、本発明では、上限を1.50%とする。また、Cuの含有量は、耐食性、スラッジ生成抑制効果と鋼片の健全性確保とのバランスから、0.01〜0.50%の範囲であることがより好ましい。
【0033】
「Al:アルミニウム」0.001〜0.30質量%
Alは、脱酸に有用な元素であり、また、AlNとなることにより、母材の加熱オーステナイト粒径微細化に有効な元素である。さらに、固体Sを含む腐食生成物の生成抑制効果も有し、有益な元素である。但し、これらの効果を発揮するためには、Alを0.001%以上で含有する必要がある。一方、Alを、0.30%を超えて過剰に含有すると、粗大な酸化物を形成して延性や靱性を劣化させるため、本発明においては、0.001%〜0.30%の範囲の含有量に限定する必要がある。
【0034】
「N:窒素」0.001〜0.010質量%
Nは、固溶状態では延性及び靭性に悪影響を及ぼすため、好ましくないが、V、AlやTiと結びついてオーステナイト粒微細化や析出強化に有効に働くため、微量であれば機械的特性の向上に有効である。また、工業的に鋼中のNを完全に除去することは不可能であり、必要以上に低減することは、製造工程に過大な負荷をかけるため好ましくない。このため、延性、靭性への悪影響が許容できる範囲で、かつ、工業的に制御が可能で、製造工程への負荷が許容できる範囲として、N含有量の下限を0.001%とする。また、Nを過剰に含有すると、固溶Nが増加し、延性や靭性に悪影響を及ぼす可能性があるため、許容できる範囲として上限を0.010%とする。
【0035】
「Mo:モリブデン」0.01〜0.20質量%
「W:タングステン」0.01〜0.30質量%
Mo、Wは、原油環境での耐食性および固体Sの析出抑制に対して、また、バラスト環境における耐食性に対してCuと同様の効果を有する重要な元素であり、0.01%以上のCuと共に含有させることが必要である。また、MoとWとは、ほぼ同等の効果を有し、Moは0.01〜0.20%、Wは0.01〜30%の範囲で、各々単独あるいは両方を含有させる必要がある。Mo、Wは、ともに0.01%以上含有させると、耐食性および固体Sの析出抑制に明確な効果を生じる。一方、Moは0.20%、Wは0.30%を超えて含有させても、耐食性および固体Sの析出抑制の向上効果は飽和しはじめる一方で、溶接性や靭性を劣化させ、また、特に、耐延性破壊特性を劣化させる。このため、Moは0.01〜0.20%、Wは0.01〜30%の範囲に含有量を限定する。なお、耐延性破壊特性を確実に向上させるためには、Mo、Wの上限を各々、0.10%未満、0.20%未満とすることがより好ましい。
【0036】
「Ni:ニッケル」0.10〜3.0質量%
「Co:コバルト」0.10〜3.0質量%
さらに、Ni、Coは、原油環境およびバラスト環境での耐食性と耐延性破壊特性とを両立させるために、少なくともいずれかが必須であり、これらを含有させない場合には、耐食性と耐延性破壊特性のいずれか、あるいは両方が劣る結果となる。また、Ni、Coともに適正量を添加することにより、耐スラッジ性についても好ましい効果が得られる。
Ni、Coは、両元素とも0.10%以上含有させることにより、初めて、一様伸び、靭性並びに耐食性向上効果が明確に発現する。一方、両元素とも3.0%を超えて過剰に含有させることは、両元素とも高価な元素であることから経済的に不適当であり、溶接性の劣化も招く。このため、本発明においては、機械的性質、特に一様伸びと耐食性とを同時に向上させるため、Ni、Coともに含有量を0.10〜3.0%の範囲に限定する。
【0037】
以上が、本発明の鋼材における化学成分組成の基本元素とその限定理由であるが、本発明においては、さらに、鋼材の諸特性の向上等を目的として、選択的に化学成分組成を限定することがより好ましい。
【0038】
「Sb:アンチモン、Sn:スズ、Pb:鉛、As:ヒ素、Bi:ビスマス、Se:セレン」各々0.01〜0.30%
Sb、Sn、Pb、As、Bi、Seは、各々、0.01%以上で含有させることにより、鋼材の耐食性、特に液相部における局部腐食の進行をさらに抑制する効果を有する。このため、これらの元素を、必要に応じて選択的に含有させる場合の下限は0.01%とする。一方、これらの元素を、各々、0.30%を超えて過剰に含有させても、効果が飽和するだけでなく、他の特性への影響の虞もあり、また、経済性も考慮して上限を0.30%とする。なお、耐食性に対する効果をより発揮させるためには、いずれの元素も0.005%以上含有させることがより好ましい。また、より良好な耐延性破壊特性を得るためには、いずれの元素も含有量の上限を0.080%に限定することがより好ましい。
【0039】
「Ti:チタン」0.002〜0.20質量%
Tiは、TiNを形成してオーステナイト粒径を微細化する作用により、組織の微細化に有効であり、この作用によって強度、靱性を向上させる効果がある。このような効果を発揮させるためには、Tiを0.002%以上含有させる必要がある。一方、Tiを、0.20%を超えて過剰に含有させると、粗大な析出物を形成して靱性や耐延性破壊特性を劣化させるため、好ましくない。従って、Tiを含有させる場合には、その含有量を0.01〜0.20%の範囲とする。
【0040】
「B:ボロン(ホウ素)」0.0002〜0.0050質量%
Bは、微量で鋼材の強度を高めるのに有効な元素であり、主に強度調整のために、必要に応じて含有させる。このような強度向上効果を発揮させるためには、Bを0.0002%以上として含有させる必要がある。一方、Bを、0.0050%を超えて過剰に含有させると、溶接性や靱性を阻害するため、本発明においては、Bを含有させる場合には、0.0002〜0.0050%の範囲に限定する。
【0041】
さらに、本発明においては、Nb、V、Ta、Zr、Crの各元素について、鋼材中における含有量を極力低減し、具体的には、以下に示す含有量に低減することが好ましい。
【0042】
「Nb:ニオブ、V:バナジウム、Ta:タンタル、Zr:ジルコニウム」合計0.010質量%未満
本発明においては、Nbと、これと類似の特性を有するV、Ta、Zr等の析出強化元素を含有させることは、耐食性を向上させない上に、耐延性破壊特性を劣化させるため、極力低減することが好ましい。但し、上記各元素を不純物として含むことは避けられないが、その場合でも、Nb、V、Ta、Zrの合計含有量を0.010%未満にすることがより好ましい。
【0043】
「Cr:クロム」0.1質量%未満
Crは、強化元素であり、強度調整のために必要に応じて添加することは可能であるが、Crは局部腐食進展速度を最も加速する元素であるため、0.1%以上含有させると、原油環境における耐局部腐食性を劣化させ、かつ、固体Sの生成をやや促進させる。このため、本発明においては、Crを0.1%以上含有させることは好ましくなく、また、バラスト環境における耐食性の点でも好ましくない。従って、本発明においては、Crを意図的には含有させないか、含有させる場合でも0.1%未満に低減することが好ましい。
【0044】
「溶接金属におけるCu、Mo、Wの含有量」
本発明においては、上記各理由によって化学成分組成並びに組織を規定した鋼材同士を溶接して溶接継手を形成するにあたり、該溶接継手の溶接金属におけるCu、Mo、Wの含有量を、以下に説明するように規定する。
まず、溶接継手及び母材全体での均一腐食性を高め、溶接金属、鋼材各々の耐食性を有効に発現させて溶接継手全体の耐食性を向上させるためには、溶接金属と鋼材の化学成分組成のバランスが重要である。特に、耐食性の発現に必須のCu、Mo、Wの各含有量が、溶接継手の溶接金属と鋼材との比で、まず、下記(1)、(2)式で表される関係をそれぞれ満足する必要がある。
0.15≦[Cu]/[Cu]≦3.00 ・・・ (1)
0.15≦([Mo]+[W])/([Mo]+[W])≦3.00 ・・・ (2)
但し、上記各式中、[Cu]、[Cu]、[Mo]、[Mo]、[W]、[W]は、それぞれ、下記に示す溶接金属または鋼材中におけるCu、Mo、Wの各含有量を質量%で表すものである。
[Cu]:溶接金属のCu含有量
[Cu]:鋼材のCu含有量
[Mo]:溶接金属のMo含有量
[Mo]:鋼材のMo含有量
[W] :溶接金属のW含有量
[W] :鋼材のW含有量
【0045】
上記(1)式において、Cuに関し、[Cu]/[Cu]が3.00超であると、溶接金属近傍の溶接熱影響部から母材にかけての鋼材が選択的に腐食されるため、好ましくない。一方、[Cu]/[Cu]が0.15未満であると、溶接金属が電気化学的に卑となり、溶接金属の局部腐食が顕著となるため、避けることが好ましい。
【0046】
また、Mo、Wの含有量についても同様に規定する必要があるが、Mo、Wは、腐食挙動に対してほぼ同等の効果を有するため、MoとWの合計量を規定すればよい。具体的には、Cuと同様、MoとWとの合計量で、([Mo]+[W])/([Mo]+[W])が、0.15〜3.00の範囲であることが必須である。
ここで、Cu含有量、及び、MoとWの合計含有量については、{各々の溶接金属中の含有量/鋼材中の含有量}の関係が1に近い数値である方が、溶接金属あるいは鋼材のどちらかが選択的に腐食される可能性が小さい。このため、上記(1)、(2)式における数値は、1.50〜0.30の範囲内であることが好ましい。
【0047】
またさらに、バラストタンク(海水)環境で、選択腐食を起さずに良好な耐食性を示す溶接継手を得るには、下記(3)式を満たす必要がある。
−0.30≦([Cu]−[Cu])≦0.50 ・・・ (3)
但し、上記(3)式中、[Cu]、[Cu]については、上記(1)、(2)式における説明と同様である。
【0048】
また、本発明者等が、バラストタンク環境下における溶接継手の選択腐食挙動と、母材および溶接金属の組成、並びに組織の影響について鋭意研究した結果、
1) 母材および溶接金属の各々の腐食電位の差が起動力となり、電池を形成して異種金属接触腐食を生じること、
2) 腐食電位の差が一定値以下の場合、異種金属接触腐食はほとんど無視できること、
3) 腐食電位の差は、溶接金属中のCuと、母材中のCuに支配的に依存すること、
が明らかとなった。
【0049】
鋼材中のCuの含有量が、溶接金属のCuの含有量に比べて0.30%を超えて多い場合には、溶接金属部が選択的に加速腐食するので、上記(3)式で表される([Cu]−[Cu])下限値を−0.30に限定した。また、鋼材中のCuの含有量が、溶接金属のCuの含有量に比べて0.50%を超えて少ない場合には、母材熱影響部で顕著な選択腐食が発生するので、上記(3)式で表される([Cu]−[Cu])の上限値を0.50%に限定した。また、より安定的に、バラスト環境下における継手全体の耐食性を確保するためには、上記(3)式で表される([Cu]−[Cu])の数値は−0.20〜0.20の範囲であることがより好ましい。
【0050】
なお、溶接金属の化学成分組成は、上述した通り、Cu、Mo、Wの各含有量が、母材との比や差が適正範囲内となる関係とされていれば、継手全体の耐食性は確保できる。このため、他の元素含有量については、溶接金属に要求される機械的性質、品質を満足するように、自由に調整して構わない。しかしながら、溶接継手全体の耐食性をより安定的に確保するためには、溶接金属中にNiおよび/またはCoを含有し、その合計含有量が0.1%以上になるような組成とすることがより好ましい。
【0051】
また、本発明においては、さらに、溶接金属におけるCu、Mo、Wの各含有量が、それぞれ下記(4)、(5)式で表される関係を満足することが、優れた耐食性と耐延性破壊特性が、より効果的に得られる点から好ましい。
0.30≦[Cu]/[Cu] ≦1.50 ・・・ (4)
0.30≦([Mo]+[W])/([Mo]+[W])≦1.50 ・・・ (5)
但し、上記(4)、(5)式において、[Cu]、[Cu]、[Mo]、[Mo]、[W]、[W]は、上記(1)、(2)式における説明と同様である。
【0052】
「溶接条件」
本発明では、溶接金属の化学成分組成において、Cu、Mo、Wの各含有量が、母材との比や差が適正範囲内となる関係とされていれば、溶接材料については特に限定する必要はない。但し、本発明で規定する上記要件を達成するうえで、また、溶接金属の機械的性質を確保するうえでは、溶接材料の化学成分組成を、少なくとも、C:0.01〜0.15%、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.3〜3.0%、P:0.2%以下、S:0.02%以下、Cu:0.005〜2%とし、かつ、Mo:0.01〜1.5%、W:0.01〜1.5%の範囲で、Mo,Wのいずれか一方、または両方を含有し、さらに必要に応じて、脱酸剤、スラグ形成剤を適正量含有し、残部が鉄および不可避不純物からなる組成とすることが好ましい。
また、溶接金属の強度、靭性、耐割れ性の調整のために、Al:0.001〜2%、Ti:0.001〜1.5%、Ni:0.01〜10%、Co:0.01〜3%、Cr:0.002〜0.5%、Nb:0.001〜0.3%、V:0.002〜1%、Ta:0.002〜1%、Zr:0.01〜0.5%、B:0.0001〜0.02%、Ca:0.001〜0.5%、REM:0.01〜0.5%、Mg:0.0005〜0.5%の1種または2種以上を溶接材料に含有させることも問題ない。
なお、上記説明における溶接材料の化学成分組成とは、SMAW溶接用では手棒全体での化学成分組成を意味し、また、サブマージアーク溶接用では、フラックスをJIS Z 3352相当とした際のCuめっきを含む溶接ワイヤ全体の化学成分組成を意味する。
【0053】
また、溶接入熱については、溶接金属の組成が、上述したような、溶接金属と母材との化学成分組成の関係を満足する限り、特に限定する必要はない。しかしながら、溶接金属や鋼材の溶接熱影響部の靭性を確保するために、また、溶接金属の化学組成を安定的に制御するためには、好ましくは、500kJ/cm以下にすることが好ましい。但し、このような溶接入熱の違いによって本発明で得られる効果が変化することはない。
【0054】
以上説明したように、本発明に係る耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手によれば、上記構成により、溶接構造によって形成される原油タンカーの油槽や、地上または地下原油タンク等、原油を輸送または貯蔵する鋼製油槽の原油腐食環境において、母材部から溶接金属までも含めて、また、原油が貯蔵されている面のみならずバラストタンク面までも含めて、優れた耐食性が得られる。これに加え、さらに、原油タンカー等、衝突事故などの万一の事故により油槽が破壊して原油が流出した場合に、人的及び環境的被害が甚大となるようなものにおいて、耐延性破壊特性が高められていることにより、油槽の破壊の危険性を減じて安全性をより高めることができる。このような、本発明の耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手を提供することにより、原油油槽及び原油油槽を有する鋼構造物、船舶の長期信頼性の向上、安全性向上、経済性の向上等に寄与することができるので、産業上の効果は極めて大きい。
【実施例】
【0055】
以下、本発明に係る耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手の実施例を挙げ、本発明をより具体的に説明するが、本発明は、もとより下記実施例に限定されるものではなく、前、後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【0056】
[鋼板の製造及び溶接継手の作製、並びに評価方法]
本実施例においては、真空溶解または転炉によって溶製したインゴットまたは鋼片を、通常の熱間圧延(R)、あるいは水冷型の加工熱処理(TMCP)、あるいは熱間圧延後の焼きならし(N)、あるいは熱間圧延後の再加熱焼入・焼戻し(QT)により所定の強度・靭性に調整した板厚15〜50mmに製造した厚鋼板を用いた。下記表1に、本実施例で用いた鋼板の化学組成を示す。
【0057】
【表1】

【0058】
また、下記表2には、鋼板の製造方法及び機械的性質を示す。ここで、鋼板(母材)の引張特性については、圧延方向に直角な方向で板厚中心部から丸棒引張試験片を採取し、室温にて測定した。また、鋼板の靭性は、同様に圧延方向に直角な方向が試験片長手方向となるようにして、板厚中心部から標準2mmVノッチシャルピー衝撃試験片を採取し、種々の温度で試験を行って破面遷移温度(vTrs)を求めた。
【0059】
【表2】

【0060】
次いで、上記表1、2に記載の鋼板について、下記表3に示す化学組成の溶接材料を用いて、被覆アーク溶接(SMAW)あるいはサブマージアーク溶接(SAW)により、溶接継手を作製した。下記表3の組成は、SMAW溶接においては手棒の化学組成であり、SAW溶接においては溶接ワイヤの化学組成を示している。なお、SAW溶接においては、フラックスはJIS Z3352相当のものを用いた。開先は全てV開先とした。
【0061】
【表3】

【0062】
下記表4に、本実施例で作製した溶接継手の、使用した鋼板、溶接材料、溶接方法、溶接条件を示す。また、同様に、鋼板、溶接金属(WM)中のCu、Mo、W含有量、及び、Cu、MoとWの合計含有量(Mo+W)の、溶接金属中と鋼板中とでの成分比、さらに、溶接金属中のCu含有量と鋼板中のCu含有量の差を示す。本実施例では、鋼板と溶接材料、溶接方法・条件の組み合わせを種々変化させることで、これらの成分比、成分差を本発明の範囲外も含めて様々に変化させている。
【0063】
【表4】

【0064】
下記表5、6は、原油環境の耐食性を評価するための腐食試験結果である。表5は、継手としての耐局部腐食性を評価するための試験であり、表6は、主として、鋼材の耐全面腐食性とスラッジ生成挙動を評価するための試験である。一方、下記表7は、バラスト環境での継手の耐食性を評価するための試験結果である。
【0065】
【表5】

【0066】
【表6】

【0067】
【表7】

【0068】
上記表5に示す、継手としての原油環境における耐局部腐食性を評価するための試験条件は、下記の通りである。
まず、表4に示す溶接方法で作成された溶接継手から試験片を採取して、原油油槽環境を模擬した環境での継手の腐食試験を行った。この際、図1の模式図を示すように、溶接金属(WM)、溶接熱影響部(HAZ)、母材(BM)の各々を含むように、長さ80mm、幅40mm、厚さ4mmの試験片を溶接継手における鋼板表面1mmの位置から採取した。次いで、試験片全面を機械研削し、600番の湿式研磨処理の後、80mm×40mmの表の一面のみを残して端面、裏面を塗料で被覆した。そして、この試験片を、pHが0.2とされ、20mass%NaClを溶解した1体積%HCl水溶液からなる腐食液中に浸漬した。この際の浸漬条件としては、液温30℃、浸漬時間24hで実施し、溶接金属(WM)、溶接熱影響部(HAZ)、母材(BM)の各位置における最大腐食深さを測定し、腐食速度に換算(mm/年)して評価した。なお、上述した腐食液の組成は、実際の鋼構造物で局部腐食が発生する際の環境の条件を模擬したものであり、この腐食試験での腐食速度の低減に応じて、実環境で局部腐食の進展速度が低減される。
【0069】
次に、鋼板の全面腐食性、スラッジ生成挙動を調査するための腐食試験条件は、下記の通りである。
上記表2に示す鋼板から、長さ40mm、幅40mm、厚さ4mmの試験片を、鋼板の板厚1/4位置が試験片の厚さ中心になるように採取した。そして、試験片全面を機械研削し、600番の湿式研磨処理の後、40mm×40mmの表面を残して裏面と端面を塗料で被覆した。試作鋼の腐食速度、及び、固体Sを主体とするスラッジの生成速度は、図2に示すような試験装置10を用いて評価した。
下記表8に、腐食試験で使用したガスの組成を示す。
【0070】
【表8】

【0071】
上記表8に示す組成のガスは、露点調整水槽2を通して、一定の露点(30℃)に調整した後、試験チャンバ3に送った。また、腐食試験前に、NaClの付着量が1000mg/mとなるように、試験片1の表面にNaCl水溶液を塗布、乾燥させ、試験チャンバ内の恒温ヒーター板5に水平に設置した。次いで、ヒーター制御器6を制御することにより、図3のチャート図に示すような、20℃×1時間と40℃×1時間の計2時間/サイクルの温度サイクルを与え、試験片表面で乾湿繰り返しが生じるようにした。そして、720サイクルの試験後に、腐食減量から腐食速度を、試験片表面に生成した生成物質量からスラッジ生成速度を評価した。なお、この際の生成物は、化学分析及びX線分析により、オキシ水酸化鉄(鉄さび)及び固体Sであることを予備試験によって確認している。
【0072】
上記表7におけるバラストタンク環境での耐食性を評価するための腐食試験条件は下記の通りである。
腐食試験においては、原油環境での耐食性試験と同様、上記表4に示す溶接方法で作製した溶接継手から、溶接部を中心に100mm幅×100mm長さ×原厚の腐食試験片を採取した。次いで、最終溶接ビード側のビード余盛り面を機械研削し、さらに湿式研磨を施して、継手表面を平面としたものを試験片とし、上記研削面を試験面として、それ以外の位置を樹脂でシールした。そして、試験面を下向きのまま、40℃人工海水中浸漬1週間−40℃湿度100%雰囲気保持1週間の試験を1サイクルとして、12サイクルの試験を実施した後、除錆処理を施し、選択腐食の程度を、板厚計測および目視観察で評価した。
【0073】
[評価結果]
本実施例においては、まず、機械的性質に関しては、上記表1、2に示すように、本発明の要件を満足している鋼板番号A1〜A13の鋼板は、全て溶接構造用鋼として充分な母材特性を有していることが明らかである。
一方、鋼板組成が本発明の要件を満足していない鋼板番号B1〜B19の鋼板は、鋼板あるいは溶接継手としての特性が本発明に比べて劣っている。
【0074】
すなわち、鋼板番号B1は、耐食性を発現するために必要なCu、Ni、Mo、Wのいずれもが鋼板中に実質的に含有されていないため、後述するように、鋼板および継手の耐食性が劣る。
鋼板番号B2は、Ni、Coのいずれもが鋼板中に実質的に含有されていないため、強度レベルの割には一様伸びがやや劣る。また、後述するように、耐食性を発現するために、少なくともいずれかが適正量で含有されている必要がある、Ni、Coのいずれもが実質的に含有されていないため、鋼板および継手の耐食性が劣り、好ましくない結果となっている。
鋼板番号B3は、耐食性を発現するために少なくともいずれかが適正量で含有されている必要がある、MoとWのいずれもが実質的に含有されていないため、後述するように、鋼板および継手の耐食性が劣る。
鋼板番号B4は、鋼板及び継手の耐食性確保のために必要なCuが実質的に含有されていないため、後述するように、鋼板および継手の耐食性が本発明の要件を満足している鋼板、溶接継手に比べてやや劣る。
鋼板番号B5は、鋼板B2と同様、Ni、Coのいずれもが実質的に含有されていないため、強度レベルの割には一様伸びがやや劣り、また、鋼板および継手の耐食性が劣り、好ましくない結果となっている。
【0075】
鋼板番号B6は、耐食性を発現するために必要な元素のうち、Cu、Mo、Wのいずれもが実質的に含有されておらず、後述するように、耐食性に関わる本発明の鋼板、継手における要件を満足していない。このため、鋼板および継手の耐食性が、本発明の要件を満足している鋼板、継手に比べて劣る。
鋼板番号B7は、C含有量が過大であるため、鋼板の靭性が本発明例に比べて著しく劣り、また、一様伸びも標準的なレベルに比べて劣っているため、本発明が目的とする、良好な耐延性破壊特性を有する構造物用としては好ましくない結果となっている。
鋼板番号B8は、Si含有量が本発明の限定範囲を超えて過大であるため、鋼板の靭性が本発明例に比べて著しく劣る。
鋼板番号B9は、Mn含有量が過大であるため、鋼板の靭性が本発明例に比べて著しく劣り、また、一様伸びも標準的なレベルに比べて劣っているため、本発明が目的とする、良好な耐延性破壊特性を有する構造物用としては好ましくない結果となっている。
鋼板番号B10は、Mo含有量が過大であるため、鋼板の靭性が劣り、また、一様伸びも強度の割に低めとなるため、鋼板として好ましくない結果となっている。また、後述するように、継手として、溶接金属と鋼板におけるMoとWに関わる含有量比を、本発明範囲内とすることが難しくなるため、この点でも好ましくない結果となっている。
鋼板番号B11は、W含有量が過大であるため、鋼板の靭性が劣り、また、一様伸びも強度の割に低めとなるため、鋼板として好ましくない結果となっている。また、後述するように、継手として、溶接金属と鋼板におけるMoとWに関わる含有量比を、本発明範囲内とすることが難しくなるため、この点でも好ましくない結果となっている。
【0076】
鋼板番号B12は、Cu含有量が過大であるため、鋼板の靭性が劣り、また、一様伸びも強度の割に低めとなり、鋼板として好ましくない結果となっている。また、後述するように、継手として、溶接金属と鋼板におけるCu関わる含有量比や含有量差を、本発明範囲内とすることが難しくなるため、この点でも好ましくない結果となっている。
鋼板番号B13は、S含有量が過大であるため、鋼板の靭性がやや劣り、一様伸びも劣る。加えて、後述するように、鋼板や継手の耐食性が劣り、特に、スラッジの生成が著しく増加して好ましくない結果となっている。
【0077】
鋼板番号B14は、Si含有量が過小であるため、脱酸が不十分となり、鋼板のO量が多く、欠陥も生じるため、鋼板の靭性が劣り、また一様伸びも強度の割には低く、鋼板として好ましくない結果となっている。また、後述するように、耐食性もやや劣る。
鋼板番号B15は、Mn含有量が過小であるため、組織が粗大化し、粒界セメンタイトも粗大化して、靭性が劣化している。
鋼板番号B16は、不純物であるPが過大に含有されているため、鋼板の靭性が劣化している。また、後述するように、耐食性もやや劣る。
鋼板番号B17は、Al含有量が過大であるため、粗大な酸化物が多く、鋼板の靭性が劣り、また一様伸びも強度の割には低く、鋼板として好ましくない結果となっている。
鋼板番号B18は、逆にAl含有量が過小であるため、焼きならしで製造された鋼板において組織が粗大となり、また、脱酸不足により、O量が多く、欠陥も生じるため、鋼板の靭性が劣り、また一様伸びも強度の割には低く、鋼板として好ましくない結果となっている。また、耐スラッジ性もやや劣る。
鋼板B19は、N含有量が過大であるため、鋼板の靭性の劣化が大きく、鋼板として好ましくない結果となっている。
【0078】
耐食性については、先ず、表5に示す継手の局部腐食性をみると、鋼材の化学組成及び溶接金属と鋼材との化学組成比や差が本発明の規定を満足している継手番号WA1〜WA18の溶接継手においては、溶接方法や溶接入熱によらず、溶接金属(WM)、溶接熱影響部(HAZ)、鋼板(母材:BM)にわたってほぼ均一に腐食が生じており、かつその腐食速度も十分低くなっている。
一方、比較例の継手番号WB1〜WB24の溶接継手の場合は、下記に示すように、本発明の要件を満足していないために、上述したように、鋼板機械的性質が本発明例に比べて劣っているか、および/または、局部的に腐食速度が著しく大きくなっていて原油環境中における溶接継手全体としての耐食性が、本発明例に比べて著しく劣ることがわかる。
【0079】
すなわち、継手WB1は、鋼板中には耐食性発現に必須な元素の全部が実質的に含有されておらず、また、溶接金属にもCu以外には耐食性発現元素が実質的に含有されておらず、またさらに、溶接金属と鋼板(母材)とのCu比が本発明の要件を満足していない。このため、鋼板、溶接金属ともに腐食速度が本発明例に比べて大きく、特に、溶接熱影響部(HAZ)の局部腐食傾向が強く、好ましくない結果となっている。
継手WB2は、鋼板、溶接金属ともに、Ni、Coが実質的に含有されていないため、Cu、Mo、Wに関わる鋼板と溶接金属との成分比、成分差の要件は満足しているにも関わらず、継手の耐食性は、溶接金属、溶接熱影響部、母材、いずれの位置でも本発明例に比べて著しく劣る。
継手WB3は、鋼板にMo、Wが実質的に含有されておらず、また、次式([Mo]+[W])/([Mo]+[W])で表される数値が本発明の範囲を逸脱して過大となっているため、継手において、母材、溶接熱影響部の腐食速度が極めて大きくなり、耐食性が劣る。
継手WB4は、鋼板にCuが実質的に含有されておらず、また、次式([Cu]/[Cu])で表される数値が本発明の範囲を逸脱して過大となっているため、継手において、母材、溶接熱影響部の腐食速度が極めて大きくなり、耐食性が劣る。
【0080】
継手WB5は、鋼板にNi、Coが実質的に含有されていないため、Cu、Mo、Wに関わる鋼板と溶接金属との成分比、成分差の要件は満足しているにも関わらず、継手の耐食性については、特に母材、溶接熱影響部において、本発明例に比べて著しく劣る。
継手WB6は、CuとMo、Wとが鋼板に実質的に含有されておらず、また、次式([Mo]+[W])/([Mo]+[W])と、([Cu]/[Cu])で表される数値の何れもが本発明の規定範囲よりも過大であるため、継手の耐食性が、特に母材、溶接熱影響部において本発明例に比べて著しく劣る。
【0081】
継手WB7は、耐食性に関わる元素の鋼板中含有量、溶接金属/鋼板成分比、成分差については本発明の要件を満足しているため、耐食性は継手の位置によらず良好であるが、鋼板のC含有量が過大であるため、鋼板の靭性が本発明に比べて著しく劣る。また、一様伸びも標準的なレベルに比べて劣っているため、継手としても、良好な耐延性破壊特性を有する構造物用としては好ましくない結果となっている。
継手WB8も、継手B7と同様、耐食性に関わる元素の鋼板中含有量、溶接金属/鋼板成分比、成分差については本発明の要件を満足しているため、耐食性は継手の位置によらず良好である。しかしながら、鋼板のSi含有量が過大であるため、鋼板の靭性が本発明例に比べて劣り、継手としても、良好な耐延性破壊特性を有する構造物用としては好ましくない結果となっている。
継手WB9も、耐食性に関わる元素の鋼板中含有量、溶接金属/鋼板成分比、成分差については本発明の要件を満足しているため、耐食性は継手の位置によらず良好であるが、鋼板のMn含有量が過大であるため、鋼板の靭性が本発明に比べて著しく劣る。また、一様伸びも標準的なレベルに比べて劣っているため、継手としても、本発明が目的とする、良好な耐延性破壊特性を有する構造物用としては好ましくない結果となっている。
【0082】
継手WB10も、耐食性に関わる元素の鋼板中含有量、溶接金属/鋼板成分比、成分差については本発明の要件を満足しているため、耐食性は継手の位置によらず良好であるが、鋼板のMo含有量が過大であるため、鋼板の靭性や一様伸びが本発明例の鋼板に比べて著しく劣り、好ましくない結果となっている。
継手WB11も、耐食性に関わる元素の鋼板中含有量、溶接金属/鋼板成分比、成分差については本発明の要件を満足しているため、耐食性は継手の位置によらず良好であるが、鋼板のW含有量が過大であるため、鋼板の靭性や一様伸びが本発明例の鋼板に比べて著しく劣り、好ましくない結果となっている。
継手WB12は、鋼板のCu含有量が過大であるため、鋼板の靭性や一様伸びが劣るのに加えて、鋼板のCu含有量が溶接金属のCu含有量に比べて過大であるため、溶接金属の局部腐食が顕著に生じており、継手の耐食性にも問題が生じた例である。
継手WB13は、鋼板のS含有量が過大であるため、鋼板の靭性がやや劣り、一様伸びも劣る。また、継手のうちの母材と溶接熱影響部の腐食速度がやや大きく、継手の耐食性も劣り、好ましくない結果となっている。
【0083】
継手WB14は、鋼板の組成は本発明の要件を満足しているものの、耐食性に関わる元素の、溶接金属/鋼板成分比、成分差、すなわち、溶接金属の、次式([Mo]+[W])/([Mo]+[W])、[Cu]/[Cu]、([Cu]−[Cu])で表される数値のいずれもが、本発明の範囲を逸脱している。このため、母材と溶接金属の腐食速度は本発明例と同等であるが、溶接熱影響部の選択腐食が著しいため、継手の耐食性としては劣る。
継手WB15も、鋼板の組成は本発明の要件を満足しているものの、次式([Cu]−[Cu])で表される数値が本発明の範囲を逸脱し、鋼板Cuが過大側にあるため、継手において、母材と溶接熱影響部の耐食性は問題ないにも関わらず、溶接金属の腐食速度が顕著に大きく、著しい選択腐食が生じ、好ましくない結果となっている。
継手WB16は、溶接材料にMo、Wが含有されていないため、溶接金属のMo+W量が鋼板のMo+W量に比べて過小となった例である。このため、次式([Mo]+[W])/([Mo]+[W])で表される数値が過小であり、かつ、溶接金属のCu含有量も鋼板中Cu含有量に比べて少ないため、次式([Cu]−[Cu])で表される数値も過小である。この結果、継手B15と同様、継手において、母材と溶接熱影響部の耐食性は問題ないにも関わらず、溶接金属の腐食速度が顕著に大きく、著しい選択腐食が生じており、好ましくない結果となっている。
【0084】
継手WB17は、鋼板と溶接金属ともに耐食性発現に必要な元素は含有されているが、溶接金属のMo+W量が鋼板のMo+W量に比べて充分でないため、次式([Mo]+[W])/([Mo]+[W])で表される数値が過小となっている。この結果、継手WB16と同様、継手において、母材と溶接熱影響部の耐食性は問題ないにも関わらず、溶接金属の腐食速度が顕著に大きく、著しい選択腐食が生じており、好ましくない結果となっている。
継手WB18は、鋼板中において、鋼板として必要な量のMoは含有されているもの、溶接金属中の含有量に比べて少ないため、次式([Mo]+[W])/([Mo]+[W])で表される数値が過大であるため、選択腐食が顕著で、溶接熱影響部の腐食速度が非常に大きい。従って、継手の耐食性としては良好とは言い難い結果となっている。
【0085】
継手WB19〜24は、鋼板の化学組成が本発明を満足していないため、継手としての耐食性は、本発明例と同等か、やや劣る程度であるものの、鋼板の一様伸びや靭性等の機械的性質が本発明の鋼板に比べて劣るため、継手全体としては本発明よりも劣る結果となっている例である。なお、継手WB19、WB21は各々、鋼板のSi量が過小、または、P量が過大であるため、鋼板とHAZの選択腐食がやや進行しており、耐局部腐食特性は本発明に比べてやや劣る。
【0086】
次に、鋼板について、主として耐全面腐食性と耐スラッジ性を調べた上記表6に示す結果によれば、本発明の化学組成を有する鋼板番号A1〜A13の鋼板の腐食速度とスラッジ生成速度は、耐食性発現に重要な役割を果たすCu、Mo、W、Ni、Coのいずれをも実質的に含まない、比較例の鋼板番号B1の鋼板に比べ、確実に30%以下に低減されている。これにより、優れた耐全面腐食性と耐スラッジ性を有することが明らかであり、従って、本発明の要件を満足する鋼を用いて形成された溶接継手においては、溶接熱影響部近傍の母材だけでなく、鋼板全体において、良好な耐全面腐食性と耐スラッジ性を示すことが明らかである。
一方、比較例のうち、鋼板番号B1〜B6、並びにB13は、以下に述べるように、耐全面腐食性と耐スラッジ性に必要な要件を満足していないため、耐全面腐食性と耐スラッジ性が本発明例の鋼板に比べて著しく劣ることが、上記表6からも明らかである。
【0087】
すなわち、鋼板B1は、耐食性発現に重要な役割を果たす、Cu、Mo、W、Ni、Coのいずれをも実質的に含まない、ごく一般的な化学成分組成の鋼板であるため、耐全面腐食性と耐スラッジ性が本発明例の鋼板に比べて顕著に劣る。
鋼板B2は、Ni、Coのいずれもが鋼板中に含有されていないため、耐全面腐食性と耐スラッジ性が本発明例の鋼板に比べて劣る。
鋼板B3は、Mo、Wのいずれもが鋼板中に実質的に含有されていないため、耐全面腐食性と耐スラッジ性が本発明例の鋼板に比べて劣る。
鋼板B4は、Cuが鋼板中に実質的に含有されていないため、耐全面腐食性と耐スラッジ性が本発明例の鋼板に比べて劣る。
鋼板B5は、Ni、Coのいずれもが鋼板中に含有されていないため、耐全面腐食性と耐スラッジ性が本発明例の鋼板に比べて劣る。
鋼板B6は、Mo、W、Cuが鋼板中に実質的に含有されていないため、耐全面腐食性と耐スラッジ性が本発明例の鋼板に比べて劣る。
鋼板B13は、鋼板中のS含有量が過大であるため、特に耐スラッジ性の劣化が顕著であり、また、耐全面腐食性もやや劣る。
鋼板B18は、鋼板のAl含有量が過小であるため、他の耐スラッジ性に関わる要件が本発明を逸脱している場合よりは、劣化は小さいものの、本発明の実施例の鋼板に比べて耐スラッジ性が劣る。
【0088】
次に、上記表7に示す試験結果により、バラスト環境における溶接継手の耐局部腐食性の結果について説明する。
鋼材の化学組成、及び、溶接金属と鋼材との化学組成比が本発明の要件を満足している継手番号WA1〜WA18の溶接継手においては、バラスト環境を再現した腐食試験においても、溶接方法や入熱によらず、WM、HAZ、BMにわたってほぼ均一に腐食が生じている。また、その腐食速度も、耐食性発現に重要な役割を果たすCu、Mo、W、Ni、Coのいずれをも実質的に含まない比較例の継手番号WB1の母材部に比べ、確実に50%以下に低減されている。これにより、継手番号WA1〜WA18の溶接継手は、バラスト環境において優れた耐食性を示すことがわかる。従って、本発明により、バラスト環境において、継手全体として良好な耐食性が得られることが明らかである。
一方、継手番号WB1〜WB6、WB12〜WB18の継手は、バラスト環境での継手の耐食性に対して本発明の要件を満足していないために、バラスト環境における継手としての耐食性が劣っている例である。
【0089】
すなわち、継手WB1は、鋼板中には耐食性発現に必須な元素全てが実質的に含有されておらず、また、溶接金属にもCu以外には耐食性発現元素が実質的に含有されておらず、またさらに、溶接金属と鋼板(母材)とのCu比が本発明を満足していない。このため、鋼板、溶接金属とも腐食速度が本発明例に比べて大きく、特に、溶接熱影響部(HAZ)の局部腐食傾向が強く、バラスト環境に対して好ましくない結果となっている。
継手WB2は、鋼板、溶接金属ともに、Ni、Coが実質的に含有されていないため、Cu、Mo、Wに関わる鋼板と溶接金属との成分比、成分差の要件は満足しているにも関わらず、継手のバラスト環境における耐食性は溶接金属、溶接熱影響部、母材、いずれの位置でも本発明例に比べて著しく劣る。
【0090】
継手WB3は、鋼板中にMo、Wが実質的に含有されておらず、また、次式([Mo]+[W])/([Mo]+[W])で表される数値が本発明の範囲を逸脱して過大となっているため、継手において、母材、溶接熱影響部の腐食速度が極めて大きくなり、継手のバラスト環境における耐食性が劣る。
継手WB4は、鋼板にCuが実質的に含有されておらず、また、次式([Cu]/[Cu])で表される数値が本発明の範囲を逸脱して過大となっているため、継手において、母材、溶接熱影響部の腐食速度が極めて大きくなり、継手のバラスト環境における耐食性が劣る。
継手WB5は、鋼板にNi、Coが実質的に含有されていないため、Cu、Mo、Wに関わる鋼板と溶接金属との成分比、成分差の要件は満足しているにも関わらず、継手のバラスト環境における耐食性は、特に母材、溶接熱影響部で本発明例に比べて著しく劣る。
継手WB6は、CuとMo、Wとが鋼板に実質的に含有されておらず、また、次式([Mo]+[W])/([Mo]+[W])、[Cu]/[Cu])で表される数値がともに本発明の範囲よりも過大であるため、継手のバラスト環境における耐食性は、特に母材、溶接熱影響部で本発明例に比べて著しく劣る。
【0091】
継手WB12は、鋼板のCu含有量が過大であるため、鋼板のCu含有量が溶接金属のCu含有量に比べて過大となり、溶接金属の局部腐食が顕著に生じ、継手のバラスト環境における耐食性に問題がある結果となった。
継手WB13は、鋼板のS含有量が過大であるため、継手のうちの母材と溶接熱影響部の腐食速度がやや大きく、継手のバラスト環境における耐食性も劣り、好ましくない結果となっている。
継手WB14は、鋼板の組成は本発明の要件を満足しているものの、耐食性に関わる元素の、溶接金属/鋼板成分比、成分差、すなわち、溶接金属の、次式([Mo]+[W])/([Mo]+[W])、[Cu]/[Cu]、([Cu]−[Cu])で表される数値のいずれもが、本発明の範囲を逸脱している。このため、母材と溶接金属の腐食速度は本発明例と同等であるが、溶接熱影響部の選択腐食が著しいため、継手のバラスト環境における耐食性としては劣る。
継手WB15も、鋼板の組成は本発明の要件を満足しているものの、次式([Cu]−[Cu])で表される数値が本発明の範囲を逸脱し、鋼板Cuが過大側にあるため、継手において、母材と溶接熱影響部の耐食性は問題ないにも関わらず、溶接金属の腐食速度が顕著に大きく著しい選択腐食が生じ、バラスト環境での使用は好ましくない結果となっている。
【0092】
継手WB16は、溶接材料にMo、Wが含有されていないため、溶接金属のMo+W量が鋼板のMo+W量に比べて過小となった例である。このため、次式([Mo]+[W])/([Mo]+[W])で表される数値が過小であり、また、溶接金属のCu含有量も鋼板中Cu含有量に比べて少ないため、次式([Cu]−[Cu])で表される数値も過小である。この結果、継手B15と同様、継手において、母材と溶接熱影響部の耐食性は問題ないにも関わらず、溶接金属の腐食速度が顕著に大きく、著しい選択腐食が生じ、好ましくない結果となっている。
継手WB17は、鋼板及び溶接金属ともに耐食性発現に必要な元素は含有されているが、溶接金属のMo+W量が、鋼板のMo+W量に比べて充分でないため、次式([Mo]+[W])/([Mo]+[W])で表される数値が過小である。この結果、継手WB16と同様、継手において、母材と溶接熱影響部の耐食性は問題ないにも関わらず、溶接金属の腐食速度が顕著に大きく、著しい選択腐食が生じ、好ましくない結果となっている。
継手WB18は、鋼板中において、鋼板として必要な量のMoは含有されているもの、溶接金属中の含有量に比べて少ないため、次式([Mo]+[W])/([Mo]+[W])で表される数値が過大である。このため、選択腐食が顕著で、溶接熱影響部の腐食速度が非常に大きいことから、継手のバラスト環境における耐食性としては良好とは言い難い結果となっている。
なお、継手WB19、WB21は、各々、鋼板のSi量が過小、または、P量が過大であるため、鋼板とHAZの選択腐食がやや進行しており、バラスト環境の腐食試験においても、耐局部腐食特性は本発明の実施例の鋼板に比べてやや劣る結果となっている。
【0093】
以上説明した実施例の結果より、本発明の耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手が、原油環境及びバラスト環境の両方において、溶接継手全体として優れた耐食性を示し、さらに、固体の硫黄分を含む腐食生成物(スラッジ)の生成を抑制でき、また、構造物の耐延性破壊特性として重要な、良好な一様伸び特性も同時に達成できることが明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1】本発明に係る耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手の実施例について模式的に説明する図であり、原油環境下における耐局部腐食性を調べるための、継手の耐食性試験での試験片採取方法を示す概略図である。
【図2】本発明に係る耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手の実施例について模式的に説明する図であり、原油環境下における耐全面腐食性を調べるために用いる腐食試験装置の構成を示す概略図である。
【図3】本発明に係る耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手の実施例について模式的に説明する図であり、図2に示す腐食試験装置を用いた腐食試験において、試験片に付加する温度サイクルを示すグラフである。
【符号の説明】
【0095】
1…試験片(原油油槽用溶接継手)、2…露点調整水槽、3…試験チャンバ、4…混合ガス源、5…恒温ヒーター板、6…ヒーター制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.001〜0.20%、
Si:0.01〜2.50%、
Mn:0.1〜2.0%、
P :0.03%以下、
S :0.02%以下、
Cu:0.01〜1.50%、
Al:0.001〜0.30%、
N :0.001〜0.010%
をそれぞれ含有し、さらに、
Mo:0.01〜0.20%、
W :0.01〜0.30%
の内の1種または2種を含有し、さらに、
Ni:0.10〜3.0%、
Co:0.10〜3.0%
の内の1種または2種を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼材同士が溶接されて形成され、原油油槽をなす原油油槽用溶接継手であって、
当該原油油槽用溶接継手の溶接金属におけるCu、Mo、Wの各含有量が、それぞれ下記(1)〜(3)式で表される関係を満足することを特徴とする、耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手。
0.15≦[Cu]/[Cu]≦3.00 ・・・ (1)
0.15≦([Mo]+[W])/([Mo]+[W])≦3.00 ・・・ (2)
−0.30≦([Cu]−[Cu])≦0.50 ・・・ (3)
{但し、上記(1)〜(3)式において、[Cu]、[Cu]、[Mo]、[Mo]、[W]、[W]は、それぞれ、下記に示す溶接金属または鋼材中におけるCu、Mo、Wの各含有量を質量%で表すものである}
[Cu]:溶接金属のCu含有量
[Cu]:鋼材のCu含有量
[Mo]:溶接金属のMo含有量
[Mo]:鋼材のMo含有量
[W] :溶接金属のW含有量
[W] :鋼材のW含有量
【請求項2】
さらに、前記溶接金属におけるCu、Mo、Wの各含有量が、それぞれ下記(4)、(5)式で表される関係を満足することを特徴とする、請求項1に記載の耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手。
0.30≦[Cu]/[Cu] ≦1.50 ・・・ (4)
0.30≦([Mo]+[W])/([Mo]+[W])≦1.50 ・・・ (5)
{但し、上記(4)、(5)式において、[Cu]、[Cu]、[Mo]、[Mo]、[W]、[W]は、それぞれ、下記に示す溶接金属または鋼材中におけるCu、Mo、Wの各含有量を質量%で表すものである}
[Cu]:溶接金属のCu含有量
[Cu]:鋼材のCu含有量
[Mo]:溶接金属のMo含有量
[Mo]:鋼材のMo含有量
[W] :溶接金属のW含有量
[W] :鋼材のW含有量
【請求項3】
前記鋼材が、さらに、質量%で、
Sb:0.01〜0.30%、
Sn:0.01〜0.30%、
Pb:0.01〜0.30%、
As:0.01〜0.30%、
Bi:0.01〜0.30%、
Se:0.01〜0.30%
の内の1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1または2に記載の耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手。
【請求項4】
前記鋼材が、さらに、質量%で、
Ti:0.002〜0.20%、
B:0.0002〜0.0050%
の内の1種または2種を含有することを特徴とする、請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の耐食性と耐延性破壊特性に優れた原油油槽用溶接継手。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−43342(P2010−43342A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−209575(P2008−209575)
【出願日】平成20年8月18日(2008.8.18)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】