説明

耐Cu脆化割れ性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼被覆アーク溶接棒

【課題】耐Cu脆化割れ性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼被覆アーク溶接棒を提供する。
【解決手段】被覆剤中に、溶接棒全質量に対する質量%で、Cu:0.05〜3.0%を含有し、さらに、Bi:0.05〜0.2%、Bi2O3:0.05〜0.2%のうちの1種または2種を含み、かつ、BiとBi2O3の合計含有量を0.2%以下とし、さらに、心線と被覆剤の一方または両方を合計して、溶接棒全質量に対する質量%で、C:0.005〜0.05%、Si:0.1〜1.6%、Mn:0.1〜2.5%、Cr:15.0〜30.0%、Ni:7.5〜25.0%、Mo:0.5〜6.7%、Cu:0.05〜5.0%、N:0.05〜0.35%を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなるオーステナイト系ステンレス鋼被覆アーク溶接棒。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼の被覆アーク溶接棒に関し、特に石炭焚きボイラーやごみ焼却施設の煙突・煙道のような硫酸および塩酸環境、あるいは、海水淡水化プラントや海水熱交換器のような塩化物環境下で使用される高耐食ステンレス鋼の溶接に用いられ、母材と同等の耐食性を有する溶接金属が得られるとともに、耐Cu脆化割れ性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼被覆アーク溶接棒に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、耐食性の要求される環境で使用するオーステナイト系ステンレス鋼は、JISに規定されているSUS304、非酸化性酸に対する耐食性を向上させる目的にNiを増量し、Moを添加したSUS316、SUS317、また、硫酸腐食環境下での耐食性を向上させるためにCuを適量添加したSUS316J1(18Cr−12Ni−2Mo−2Cu)、SUS317J5L(21Cr−24.5Ni−4.5Mo−1.5Cu−低C)などがあり、腐食環境に応じてこれらの鋼種が選択されている。さらに、硫酸環境下での使用を目的としてCuが1.0〜3.0%添加されたオーステナイト系ステンレス鋼が知られている(例えば特許文献1および2、参照)。
これらのステンレス鋼の溶接に際しては、溶接金属の耐食性が母材と同等となるように、溶接材料にもCuが適量添加されており、Cuを0.5〜1.0%含有した高耐食ステンレス鋼用のTIGおよびプラズマ溶接ワイヤ(例えば特許文献3、参照)、Cuを0.8〜2.4%含有した高耐食ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤ(例えば特許文献4、参照)、Cuを2.5〜4.5%含有した高耐食ステンレス鋼用溶接ワイヤ(例えば特許文献5、参照)が提案され、ガスシールドアーク溶接に用いられている。
【0003】
一方、例えば、石炭焚きボイラーやごみ焼却施設の煙突・煙道のライニングなどには溶接作業の効率性からガスシールドアーク溶接よりも被覆アーク溶接を用いるのが一般的である。このような用途に適用するために、発明者らは、ステンレス鋼心線または被覆剤の一方もしくは両方に溶接棒全質量に対する質量%で、Cuを0.3〜1.8%含有した高耐食ステンレス鋼用被覆アーク溶接棒(例えば特許文献6、参照)を提案した。しかし、その後の検討の結果、この高耐食ステンレス鋼用被覆アーク溶接棒により得られる溶接金属の耐食性、耐ブローホール性、スラグ剥離性は良好となるが、被覆剤中に含有するCuに起因し、溶融境界近傍の溶接熱影響部に微細割れが発生し、溶接部の靱性や疲労強度を低下させるという新たな技術的課題があることが判明した。
Cuを含有したステンレス鋼用被覆アーク溶接棒を製造する場合は、Cuを含有したステンレス鋼心線を用いると製造コストが高くなるため、Cuは少なくとも被覆剤中に含有させ、心線中にはCuを全く含有させないか、或いは、Cu量調整のために含有させる方法が工業的に一般化している。
【0004】
しかしながら、発明者らの確認試験の結果によれば、Cuを多量に被覆剤中に含有した被覆アーク溶接棒を用いて溶接する場合には、被覆剤が溶融した後、Cuを含有したスラグが高温の溶接金属および溶接熱影響部を覆うが、Cuはスラグより融点が低いため、スラグが凝固した後も、Cuはスラグ中で溶融状態のまま残留する。この溶融状態のCuはスラグから溶接金属および溶接熱影響部のオーステナイト粒界に浸入し、特に溶融線近傍でCu脆化割れを発生させる原因となることがわかった。
このCu脆化割れは溶接部の靱性や疲労強度を低下させるとともに、腐食の起点となるため、母材と同等の機械的特性および耐食性を有する溶接継手が得られるための耐Cu脆化割れ性に優れた共金系のオーステナイト系ステンレス鋼被覆アーク溶接棒の開発が望まれている。
【特許文献1】特願平2−170946号公報
【特許文献2】特開2003−328087号公報
【特許文献3】特開平1−95895号公報
【特許文献4】特開平3−86392号公報
【特許文献5】特開2003−311472号公報
【特許文献6】特開2002−248598号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記の背景技術の問題点に鑑みて、Cuを含有する高耐食オーステナイト系ステンレス鋼用の共金系被覆アーク溶接棒であって、母材と同等の機械的特性および耐食性を有する溶接部が得られるとともに、耐Cu脆化割れ性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼被覆アーク溶接棒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記課題を解決するものであって、その要旨とするところは下記の通りである。
(1)オーステナイト系ステンレス鋼心線に被覆剤を被覆塗装してなる被覆アーク溶接棒において、前記被覆剤中に、溶接棒全質量に対する質量%で、Cu:0.05〜3.0%を含有し、さらに、Bi:0.05〜0.2%、および、Bi23:0.05〜0.2%のうちの1種または2種を含み、かつ、BiとBi23の合計含有量が0.2%以下であることを特徴とする耐Cu脆化割れ性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼被覆アーク溶接棒。
(2)前記オーステナイト系ステンレス鋼心線および前記被覆剤のいずれか一方または両方に、さらに、溶接棒全質量に対する質量%で、C:0.005〜0.05%、Si:0.1〜1.6%、Mn:0.1〜2.5%、Cr:15.0〜30.0%、Ni:7.5〜25.0%、Mo:0.5〜6.7%、Cu:0.05〜5.0%、N:0.05〜0.35%を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなることを特徴とする上記(1)項に記載の耐Cu脆化割れ性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼被覆アーク溶接棒。
【発明の効果】
【0007】
本発明は、高耐食オーステナイト系ステンレス鋼溶接部の健全性が確保される耐Cu脆化割れ性が優れた被覆アーク溶接棒を容易にかつ安価に提供することを可能としたものであり、本発明の適用により産業の発展に貢献するところは極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明者らは、被覆剤中にCuを添加した種々のオーステナイト系ステンレス鋼被覆アーク溶接棒を試作し、Cu脆化割れを防止する被覆アーク溶接棒を見いだすことを目的として調査、検討した。その結果、被覆剤中にBiまたはBi23を含有させることで、耐Cu脆化割れ性が改善されることが判明した。
以下、本発明について詳細に説明する。
ステンレス心線に被覆塗装されたCuを含有する被覆剤は、溶接アークによって溶融した後、溶接金属中に混入し、溶接金属のCu量を所定の成分に調整される。それとともに、溶融された被覆剤は、溶接金属および溶接熱影響部の表面を覆い、スラグとして凝固することによって、高温の溶接金属および溶接熱影響部を大気から遮断し、酸化および窒化を防止する役割を担う。しかし、被覆剤中にCuを多量に含有した被覆アーク溶接棒を用いて溶接する場合には、被覆剤中のCuに起因して溶接部の特に溶融線近傍でCu脆化割れを発生させる原因となることがわかった。
【0009】
つまり、発明者らの確認試験によれば、スラグは大気と接するスラグ最外層から内面の鋼板方向に向かって凝固するため、分配係数の小さいCuはスラグ中の残留液相中に排出されながら凝固が進行し、スラグの最終凝固域である鋼板の表面近傍で薄い膜状となってCuは濃化する。さらに、Cuはスラグより融点が低いため、被覆剤が溶融した後、スラグが凝固を完了した時点でも、高温状態の鋼板表面近傍に濃化したCuは液相状態で凝固したスラグ中に残留し、このCuが溶接部(溶接金属または溶接熱影響部)、特に溶融線近傍の粗大化したオーステナイト粒界に浸入する結果、Cu脆化割れを発生させることが判明した。
【0010】
そこで、発明者らは上記メカニズムで発生すると考えられるCu脆化割れの発生を抑制するために、Cuと同様にスラグより融点が低く、かつCuより酸素との親和力が強いBiに着目した。
一般に、BiまたはBi23は、フラックス入りワイヤによるアーク溶接のフラックス中またはサブマージアーク溶接のフラックス中に添加され、溶接時にスラグの剥離性を向上させる作用があることが知られている。しかし、被覆アーク溶接ではその効果がほとんどないため、一般に、被覆アーク溶接棒の被覆剤中には添加されていない。
【0011】
本発明者らは、被覆剤中にCuと共にBiまたはBi23を添加した被覆アーク溶接棒を作製し、これを用いた溶接試験を行なった。その結果、溶接時に被覆剤が溶融した後、スラグが凝固する段階で、CuおよびBiはともに残留液相中に排出されながら凝固が進行するが、Cuより酸素との親和力の強く、かつ鋼板との濡れ性も良好なBiは、Cuより先に鋼板表面に酸化膜層を形成し、その上層にCu濃化層が形成されることが判明した。この結果、Cu濃化層と鋼板表面は、その間に介在するBi酸化膜層によって分断され、高温状態の凝固スラグ中に溶融状態のCuが存在しても、Cu融液が溶接部の粗大化したオーステナイト粒界へ浸入することを抑える作用により、Cu脆化割れが大幅に防止できることが判明した。
【0012】
本発明は、上記知見に基づいて完成させたものであり、Cu脆化割れが発生しないためには、被覆剤中にCuと共にBiまたはBi23を含有することが必要となる。
以下に、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼被覆アーク溶接棒中の成分組成の限定理由を述べる。なお、以下に示す「%」は特段の説明がない限り、「質量%」を意味するものとする。また、本発明において、溶接棒全質量に対する質量%とは、下記(A)式で定義されるものを示す。
溶接棒全質量に対する質量%=心線中の含有%×(100−被覆率)/100+被覆剤中の含有%×被覆率/100 ・・・(A)
但し、上記「心線中の含有%」は心線全質量に対する心線に含有する成分の質量%、上記「被覆剤中の含有%」は被覆剤全質量に対する被覆剤に含有する成分の質量%を意味し、さらに、上記「被覆率」とは溶接棒全質量に対する被覆剤全質量の占める割合を意味する。
【0013】
まず、本発明において限定する被覆剤の成分について、以下に説明する。
Cu:Cuは耐食性を高めるのに顕著な効果があり、特にNi、Mo、Nと共存の形で硫酸環境および塩水環境などで高い耐食性を得るために必須の元素である。溶接棒全質量に対する質量%でCuが0.05%以上で共存添加効果が著しく、3.0%を超えると耐食性は飽和するだけでなく、後述するBi、Bi23の添加によっても被覆剤中に含有するCu起因の脆化割れを十分に抑制することは困難となる。したがって、その含有量を被覆剤中に溶接棒全質量に対する質量%で、0.05〜3.0%に限定する。
なお、後述するように被覆剤と心線の両方にCuを含有させる場合には、被覆剤中のCu含有量の上限:3.0%を超えないように、心線中にCuを更に溶接棒全質量に対する質量%で5.0%含有させることはできる。
また、被覆アーク溶接棒の場合、被覆率は一般的に25〜50%であるため、溶接棒全質量に対する質量%でCuを0.05〜3.0%に確保するためには、オーステナイト系ステンレス鋼心線にCuを含有しない場合も考慮して、被覆剤中には、被覆剤全質量に対する質量%で、0.1〜12.0%を含有する必要がある。
【0014】
Bi:Biは酸素との親和力の強く、鋼板との濡れ性も良好なために、スラグの凝固中ではCuより先に鋼板表面に酸化膜層を形成する。このBi酸化膜の上層にCu濃化層が形成されが、Bi酸化膜層によって溶融したCuが鋼板のオーステナイト粒界へ浸入するのを阻止し、割れが防止できる。この割れ防止効果は被覆剤中に溶接棒全質量に対する質量%で0.05以上を含有すると効果が著しい。一方、被覆剤中のBiは溶接金属中にも混入するが、0.2%を超えると、高温割れが発生したり、溶接金属の延性を低下させる。したがって、その含有量を溶接棒全質量に対する質量%で、0.05〜0.2%に限定する。
なお、通常、オーステナイト系ステンレス鋼心線にはBiを含有しないため、被覆率を考慮すると、被覆剤中には、被覆剤全質量に対する質量%で、0.1〜1.0%となる。
【0015】
Bi23:Bi23は被覆剤が溶接アークによって溶融すると、溶融スラグ中では金属Bi単体となる。その後、スラグの凝固中には上記Biと同じ挙動を示す。したがって、その含有量を溶接棒全質量に対する質量%で、0.05〜0.2%に限定する。
上記Bi及びBi23は、これらのうちの1種または2種を上記範囲で被覆剤中に含有するが、Bi及びBi23を同時に添加する場合は、高温割れおよび延性低下を防止する観点から、その合計含有量を0.2%以下に制限する。
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼心線と用い、その上記被覆剤中の成分を限定することにより、従来に比べて溶接部の耐Cu脆化割れ性を十分に向上させることが可能となる。
【0016】
また、本発明は、上記被覆剤中の成分以外に、被覆溶接棒におけるオーステナイト系ステンレス鋼心線および前記被覆剤のいずれか一方または両方に、以下の目的で、さらに、以下の成分を溶接棒全質量に対する質量%で以下の所定範囲で含有させることが好ましい。
C:Cは耐食性に有害であるが、強度の観点から0.005%以上含有させるのが好ましい。その含有量が0.05%超では溶接のままの状態および再熱を受けるとCはCrと結合してCr炭化物を析出し、耐粒界腐食性および耐孔食性が著しく劣化するとともに、溶接金属の靱性、延性が著しく低下するため、その含有量を0.05%以下に限定した。
Si:Siは脱酸元素およびスラグの剥離性を良くする元素として添加されるが、0.1%未満ではその効果が十分でなく、一方、その含有量が1.6%超では延性低下に伴い、靱性が大きく低下するとともに、溶接時の溶融溶込みも減少し、実用溶接上の問題になる。したがって、その含有量を0.1〜1.6%に限定した。
【0017】
Mn:Mnは脱酸元素として添加するが、その含有量が0.1%未満では効果が十分でなく、一方、2.5%を越えて添加すると延性が低下するのでその含有量を0.1〜2.5%に限定した。
Cr:Crはオーステナイト系ステンレス鋼の主要元素として不働態皮膜を形成し耐食性の向上に寄与する。このため、15.0%以上含有させる必要がある。一方、Cr含有量が多いほど海水環境下での耐孔食性は向上するが、シグマ相などの脆い金属間化合物が析出しやすくなるため靱性が低下し、また、ワイヤ製造性が低下するとともに製造コストも高くなるため、その含有量の上限を30.0%とした。
【0018】
Ni:Niは中性塩環境や非酸化性の硫酸環境での腐食に対し、顕著な抵抗性を与え、かつ、不働態皮膜を強化するため、Ni含有量は多いほど耐食性に有効である。また、Niはオーステナイト生成元素でありオーステナイト系ステンレス鋼の主要元素として、オーステナイト相を生成・安定にする。このため、7.5%以上含有させる必要がある。しかしながら、Niは高価な元素であり、多量添加は製造コストが高くなるため、その含有量の上限を25.0%とした。
Mo:Moは不働態皮膜を安定化して高い耐食性を得るのに極めて有効な元素であり、その効果を十分に得るために0.5%以上含有させるのが好ましい。特に塩化物環境での耐孔食性向上は顕著であるが、その含有量が6.7%を越えるとシグマ相など脆い金属間化合物を生成して溶接金属の靱性が低下するため、6.7%以下に制限する。
【0019】
Cu:Cuは上記の通り、耐食性を高めるのに顕著な効果があり、特にNi、Mo、Nと共存の形で硫酸環境および塩水環境などで高い耐食性を得るために必須の元素である。0.05%以上で共存添加効果が著しくなるが、5.0%を超えると耐食性は飽和するとともに延性が低下するため、その含有量は0.05〜5.0%に限定した。なお、上述したように被覆剤と心線の両方にCuを含有させる場合には、被覆剤中のCu含有量の上限:3.0%を超えないように、心線中にCuを更に溶接棒全質量に対する質量%で5.0%まで含有させても、上述したBi、Bi23の添加作用によって被覆剤中に含有するCu起因の脆化割れを十分に抑制することができる。
【0020】
N:Nは強力なオーステナイト生成元素であり、塩化物環境下での耐孔食性を向上させるため、0.05%以上含有させるのが好ましい。含有量が多いほどその効果は大きいが、0.35%を超えて添加すると、窒化物が多量析出して延性を低下させるとともに、ブローホールが発生しやすくなるため、その含有量は0.35%以下に限定した。
本発明では、オーステナイト系ステンレス鋼被覆アーク溶接棒として、上述のように成分含有量を規定した溶接棒を用いてオーステナイト系ステンレス鋼を溶接することにより、Cu脆化割れが発生せず、母材と同等の機械的特性および耐食性を有する溶接部が得られる。
なお、本発明の被覆アーク溶接棒の被覆剤中には、溶接中にCO2ガスを発生して溶接金属を大気から遮断することを目的に、炭酸石灰、炭酸バリウム、炭酸マグネシウムなどの金属炭酸塩、良好なスラグ流動性を確保することを目的に、蛍石、氷晶石、弗化バリウムなどの金属弗化物、およびアーク状態を良好に保つ目的に、SiO2、TiO2、NaO2、K2Oなどの金属酸化物が含まれる。
【実施例】
【0021】
以下、実施例にて本発明を説明する。
表1に成分を示すオーステナイト系ステンレス鋼(板厚6.0mm)を母材として、開先角度60°、ルート面1mmの開先を作成した。また、表2に成分を示す供試心線に表3の成分の被覆剤を同じく表3に示す被覆率にて被覆塗装して、表4に示す被覆アーク溶接棒を作成した。なお、表3中のその他のスラグ剤は、炭酸バリウム、炭酸マグネシウム、氷晶石、弗化バリウム、NaO2、K2O、CaO、FeO、Al2O3などであり、これらの合計含有量を示した。溶接方法は、棒径3.2mmの溶接棒を用い、溶接電流100〜140A、アーク電圧20〜25V、溶接速度10〜20cm/minで下向き溶接を行った。
【0022】
次に、それぞれの溶接継手から、JIS Z 3122に規定の表曲げ試験片を採取し、R=2t、曲げ角度180°で欠陥の有無を調査した。また、それぞれの溶接部の表層より溶接金属と溶接熱影響部の両方を含む腐食試験片を採取し、各種腐食試験を実施した。硫酸腐食性試験では、厚さ:3mm、幅:30mm、長さ:30mmの試験片の全面を600番エメリー紙で湿式研磨、脱脂後、40℃の50%硫酸溶液中に6時間浸漬し、浸漬前後の重量を測定して腐食減量を評価した。孔食試験では、40℃の3.5%NaCl溶液中にて孔食電位の測定をJIS G 0577に規定される方法に準拠して実施した。
【0023】
表5に、曲げ試験結果、硫酸腐食試験結果、孔食試験結果を示す。曲げ試験結果は、溶接長さ20cm当たりの溶融線近傍の割れ個数を示す。なお、発生した割れについては、断面検鏡を行い、これらの割れがCu脆化割れであることを確認した。また、孔食試験結果は、電流密度:100mA/cm2の時の電位を示し、孔食電位の○印は、孔食は発生せず水の電気分解により酸素が発生したものを示す。
【0024】
表5において、本発明例の記号1〜記号6は、被覆剤中のCu含有量に関わらず、表曲げ試験において割れは確認されず、耐Cu脆化割れ性に優れていることがわかる。また、硫酸腐食試験および孔食電位測定においても良好な結果が得られている。一方、比較例の記号7〜記号11は、BiまたはBi23が被覆剤中に添加されていないため、本発明の効果は発揮されず、表曲げ試験において、多数の割れが発生し、これらの割れはCu脆化割れであることも確認された。また、記号7、記号8、記号10、記号11の被覆剤処方は、それぞれ、本発明の記号1、記号3、記号4、記号6の被覆剤よりBiまたはBi23のみを削除したものであり、表4の溶接棒の成分では、Bi以外は同一成分であるのに関わらず、孔食電位が低下している。これは、上述の通りCu脆化割れが起こっているため、これらが腐食の起点となったためである。また、記号9は、記号8とCu以外はほぼ同一成分であるが、Cuが本発明範囲より少ないため、著しい硫酸腐食が発生している。記号12は、被覆剤中にBiおよびBi23が含まれているため、表曲げ試験では割れは発生せず、耐Cu脆化割れ性は優れているが、BiおよびBi23添加量が本発明範囲より多いため、溶接中に凝固割れが発生している。
【0025】
【表1】

【表2】

【表3】

【表4】

【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト系ステンレス鋼心線に被覆剤を被覆塗装してなる被覆アーク溶接棒において、前記被覆剤中に、溶接棒全質量に対する質量%で、
Cu:0.05〜3.0%
を含有し、さらに、
Bi:0.05〜0.2%、および、
Bi23:0.05〜0.2%
のうちの1種または2種を含み、かつ、BiとBi23の合計含有量が0.2%以下であることを特徴とする耐Cu脆化割れ性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼被覆アーク溶接棒。
【請求項2】
前記オーステナイト系ステンレス鋼心線および前記被覆剤のいずれか一方または両方に、さらに、溶接棒全質量に対する質量%で、
C:0.005〜0.05%、
Si:0.1〜1.6%、
Mn:0.1〜2.5%、
Cr:15.0〜30.0%、
Ni:7.5〜25.0%、
Mo:0.5〜6.7%、
Cu:0.05〜5.0%、
N:0.05〜0.35%
を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなることを特徴とする請求項1に記載の耐Cu脆化割れ性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼被覆アーク溶接棒。


【公開番号】特開2007−105734(P2007−105734A)
【公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−295799(P2005−295799)
【出願日】平成17年10月11日(2005.10.11)
【出願人】(503378420)新日鐵住金ステンレス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】