説明

肝細胞再生促進剤、アラニンアミノトランスフェラーゼ低下剤及びアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ低下剤

【課題】肝細胞の再生を有効に促進する肝細胞再生促進剤の提供;肝臓を切除した患者のALT、ASTの低下剤の提供。
【解決手段】グリチルリチン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とする肝細胞再生促進剤;グリチルリチン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とする肝切除後のALT低下剤;グリチルリチン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とする肝切除後のAST低下剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリチルリチンを用いた肝細胞再生促進剤、アラニンアミノトランスフェラーゼ低下剤及びアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ低下剤に関する。
【背景技術】
【0002】
肝臓は、その大部分が右上腹部、横隔膜直下に存在する人体最大の腺臓器で、生体の生存に不可欠な臓器である。その重量は身長よりも体重と密接に相関し、成人では体重の1/45〜1/40に相当する。肝臓は、総数約3000億個の細胞から構成されている。肝臓の構造上の特徴は、肝中心静脈から肝実質細胞が放射状及び索状に並び、それらの間隙をクッパー細胞、星細胞や線維芽細胞などの非実質細胞が埋め、類洞や胆管を有する構造をとっており、顕微鏡下で、約1mmの大きさの六角形ないし六角錐の形をした肝小葉を形成している。
肝臓の機能上の特徴は、栄養素の代謝貯蔵、解毒、異物や微生物の貪食、血液循環量の調節など多彩な生体反応を営んでいる点が挙げられる。これらの機能の大部分は、肝臓全体の細胞数の約70%(湿重量で約90%)を占める肝実質細胞が担っている。更に肝臓のもう一つの大きな特徴としては、生体肝移植からもわかるようにその旺盛な再生能力がある。肝臓は、通常、何らかの停止機構が働いており、その間肝細胞の増殖反応を停止する。肝臓の一部に大きな異変が生じると、その停止機構がはずれ、種々の因子が働き、幹細胞が増加し、肝細胞が増殖していく。そして、元の容積になると増殖は、自動的に停止する。この自己増殖能は他の臓器にはあまり見られず、古くから知られている現象で肝再生と呼ばれている(非特許文献1)。
ラットにおいては肝臓を2/3切除すると、24時間後から肝細胞の増殖がはじまり、術後7〜10日後にはほぼ元の重量にまで回復する。ラットの肝臓は左葉、右葉、中葉 (右中葉、左中葉)及び尾状葉の4部分からなり、このうち大きな肝葉2つ(左葉と中葉)を血管ごと根元で縛って切除することで全肝臓の約70%を切除することができる。
【0003】
ところで、わが国において、肝炎や肝硬変などの慢性肝疾患に対する治療薬としてグリチルリチン(以下、「GL」という)を活性成分とする強力ネオミノファーゲンC(登録商標、株式会社ミノファーゲン製薬、以下「SNMC」という)がおよそ20年もの間、臨床的に使用されてきた。SNMCは肝炎の患者のアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)レベルの上昇を抑制し、肝機能を改善し、肝障害からの回復を促し、肝癌への進行を遅らせる。C型肝炎患者へのSNMCの作用と安全性は、最近ではヨーロッパにおいても臨床的に評価されている(非特許文献2)。
【非特許文献1】Fausto N., 2000. J.Hepatol., 32, 19-3 1
【非特許文献2】van Rossum T.G. et al., 1999. J.Gastroenterol.Hepatol.14, 1093-1099
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このように、GLは、抗炎症作用を中心とした肝庇護作用を有することが知られているが、肝臓の再生機能に関してどのような作用を有するかについては、解明がほとんど行われていなかった。
【0005】
したがって、本発明は、肝細胞の再生を有効に促進する肝細胞再生促進剤を提供することを目的とする。
また、本発明は、肝臓を切除した患者のアラニンアミノトランスフェラーゼ(以下、「ALT」という)、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(以下、「AST」という)の低下剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究した結果、GL又はその薬学的に許容される塩が、肝臓を一部切除した後の肝細胞の再生を有効に促進すること、また、かかる肝臓切除後の患者のALT、ASTを有効に低下し得ることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、グリチルリチン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とする肝細胞再生促進剤を提供するものである。
また、本発明は、グリチルリチン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とする肝切除後のALT低下剤を提供するものである。
また、本発明は、グリチルリチン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とする肝切除後のAST低下剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明の肝細胞再生促進剤を用いることにより、肝臓切除後の肝細胞の再生を有効に促進することができる。また、本発明のALT低下剤、AST低下剤を用いることにより、肝臓切除後の患者のALT、ASTを有効に低下させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の肝細胞再生促進剤は、GL又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含有するものである。
GLの薬学的に許容される塩としては、例えば、GLモノアンモニウム等のアンモニウム塩;GLモノナトリウム、GLジナトリウム等のナトリウム塩;GLモノカリウム、GLジカリウム等のカリウム塩等が挙げられる。また、これら以外にも、カルシウム塩、マグネシウム塩、アルミニウム塩や、種々の有機アミン塩等が挙げられる。これらのうち、アンモニウム塩が好ましい。
【0010】
本発明の肝細胞再生促進剤は、常法により錠剤、散剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、注射剤、吸入剤等の製剤形態、または軟膏、塗布液等の皮膚外用剤等の製剤とすることができ、経口または非経口投与により肝切除後の治療剤として臨床に供し得る。投与量は治療するべき症状及び投与方法により左右されるが、通常は、成人1日あたり好ましくは1μg〜10g、特に好ましくは30〜70mg/kgを、単一投与または1日数回に分けて投与することができる。
【0011】
前記のように経口投与の製剤形態としては、錠剤、散剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤などがあり、これらの製剤には製薬上許容される賦形剤として、澱粉、乳糖、マンニット、エチルセルロース、ナトリウムカルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等が配合され、滑沢剤としてステアリン酸マグネシウムまたはステアリン酸カルシウム等が添加される。またゼラチン、アラビアゴム、セルロースエステル、ポリビニルピロリドン等を結合剤として用い得る。注射剤、吸入剤、外用剤等の非経口のための製剤としては無菌の水性または非水性の溶剤、または乳濁剤が挙げられる。非水性の溶液剤または懸濁剤の基剤としてはプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、グリセリン、オリーブ油、コーン油、オレイン酸エチル等が用いられる。一方、坐剤の基剤としてはカカオ脂、マクロゴール等を用いることができる。
【0012】
本発明のALT低下剤、AST低下剤は、肝臓を一部切除した後に上昇するALT、ASTを有効に低下させるものである。従来から、GLが、肝炎、肝硬変等の慢性肝疾患患者のALT、AST上昇抑制効果を有することは知られていたが、肝臓切除手術を行った患者の肝細胞再生期に上昇するALT、ASTを有効に低下させ得ることは驚くべきことである。
本発明のALT低下剤、AST低下剤は、上記肝細胞再生促進剤と同様の製剤形態、投与方法を採用することができる。
【0013】
次に、実施例を示して、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0014】
(実験材料)
Wistar系雄性ラットは埼玉実験動物供給所(株)から購入した。GLモノアンモニウム塩は(株)ミノファーゲン製薬研究所にて調製した。ジエチルエーテルは和光純薬工業(株)より購入した。トランスアミナーゼC2−テストワコーは和光純薬工業(株)より購入した。
【0015】
(実験方法)
(1)70%部分肝切除
Wistar系雄性ラット(体重130〜170g)を用い、Higgins G. MとAnderson R. M.の方法(1931. Arch.Pathol.12, 186-202 )に従い70%部分肝切除ラットを作成した。即ち、ラットをジエチルエーテルによる軽い麻酔下で正中切開にて開腹し、肝臓の左葉と中葉(右中葉および左中葉)を切開部から露出させ、肝葉と横隔膜を連結する膜状靭帯を切断して肝葉を遊離させ、それらの肝葉の根元で血管を含む肝葉を結紮し、左葉と中葉(右中葉、左中葉)を切除した。そののち切開部を縫合し、閉腹した。切除した肝臓は、その重量(湿重量)を測定し、一部は液体窒素中で急速凍結し、−80℃で保存した。
(2)ラットの飼育および薬物投与
70%部分肝切除後、ラットを一匹ずつ個別ケージで飼育した。水および餌は手術直後より摂取可能とした。なお、餌の量は、ラットの体重に変動をあたえにくい、1日約15gとした。
薬物は、手術直後より1日1回、生理食塩水(control)もしくは2%GL溶液を10−100mg/kgになるように腹腔内に投与した。
(3)再生肝の摘出と採血
部分肝切除を行った後、1〜12日間、薬物投与したラットをジエチルエーテル麻酔下で開腹し、門脈より採血を行い、残余肝を摘出した。残余肝は正常肝細胞(再生肝)と壊死肝細胞(部分肝切除で切除しきれずに残った肝臓)とに切り分け、それぞれの重量(湿重量)を測定した。摘出した肝臓は一部を急速冷凍保存し、残りを10%ホルマリン溶液で固定保存した。
門脈より採血した血液は、5000rpmで10分間の遠心分離を行い、血清を分取し、ASTおよびALTの活性の測定に供した。
【0016】
(4)肝重量変化の算出
70%部分肝切除した肝臓の重量と、残余肝の壊死細胞部の重量を合計したものを部分肝切除前の肝臓の2/3とし、全肝重量を算出した。残余肝の重量より、肝重量変化の割合を求めた。
(5)血清トランスアミナーゼ活性値の測定
採取した血清は、トランスアミナーゼC2−テストワコー(トランスアミナーゼ測定用キット)を用いASTおよびALTの活性値を測定した。即ち、試料に基質酵素液と発色試薬溶液を加え、37℃で20分間反応させ、定量的に生成した青紫色素の吸光度を波長555nmで測定し、試料中のASTおよびALTの活性値を求めた。
(6)統計的有意差の検定
Control群とGL投与群の比較は、Studentのt−検定により行った。P<0.05、**P<0.01、Mean±SEM(n=7)
【0017】
(実験結果)
(1)GLの肝再生促進効果
切除3日後の残余肝(再生肝)像を図1に示す。 Control(生理食塩水)ラットに比べ、GL投与ラットの肝臓は、明らかな容積および肝重量の増加が認められた。
(2)部分肝切除後のcontrol群,GL投与群の肝重量と血清トランスアミナーゼ活性値の経時的変化
部分肝切除後のcontrol(生理食塩水投与)群は、術後5日目で元の肝臓の74.3%、GL投与群は術後3日目で79.4%まで肝重量が増加したが、いずれも7日目にかけて肝重量が減少し、control群は63.4%、GL投与群は69.4%まで減少した。その後再び肝重量は増加し、術後12日目にはcontrol群で90.8%、GL投与群で94.7%にまで回復した。両群で最も肝重量に有意な差が現れたのは術後3日目であった。(図2A)。
一方、血清トランスアミナーゼ活性値は、control群において、ALT、ASTともに、術後1日目に一過性の活性上昇(ALT約250IU/L、AST約500IU/L)が認められ、術後5日以降はほぼ術前のレベルまで戻っていた。ALT活性において、GL投与群はcontrol群に比べ、術後1日目と3日目に有意な活性低下が認められた。また、AST活性も、術後2日目、3日目の活性値の有意な低下が認められた。(図2B、C)。
【0018】
(3)肝切除3日後におけるGL投与による肝重量変化と血清トランスアミナーゼ活性値の用量反応関係
肝切除直後からGLを10−100mg/kg/day,i.p.で3日投与したラットの肝重量変化を比較した結果、50mg/kg,i.p.投与群を頂点(79.4%)とするベル型の用量反応関係を示した(図3A)。
一方、血清ALT、ASTの活性は、ともに50mg/kgGL投与群までは、用量依存的に活性値の低下を示し、50mg/kgを越えると活性値は上昇した(図3B、C)。
【0019】
(結論)
上記の結果より、70%部分肝切除したラットの肝再生が行われる過程において、control群では、切除後の残余肝(全体の約30%)が、術後より重量増加がおこり、約80%まで回復するのに5日を要した。そして7日目まで一時的な停滞期を有した後、再び重量増加がおこり、術後12日目では、ほぼ元の重量に回復した。また、血清ALTおよびAST活性は、術後1日目をピークとする一過性の活性上昇を示した。
GL投与群は、control群が約80%まで回復するのに5日を要したのに比べ、術後3日で約80%に達し、肝重量の増加を早期に促進させた。その際の血清ALTおよびAST活性は、有意に低下していたことから、炎症の減少、すなわちGL投与により肝細胞の回復が早期に発現していることを示していた。GLの用量反応関係においては投与量50mg/kgを頂点とするベル型の肝再生の促進作用を示し、GLには至適投与量が存在した。その際の血清ALTおよびAST活性は、逆に50mg/kgを頂点とするすりばち型の活性低下を示した。
以上より、GLは、70%部分肝切除ラットによる肝再生モデル実験系において、術後早期から有意に増殖促進作用を示し、合わせて肝機能も早期に改善することが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明は、肝臓切除後の治療薬の分野で利用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】肝切除3日後の残余肝(再生肝)像を示す。左はControl群、右はGL投与群を示す。
【図2】肝切除後の肝重量、ALT、ASTの変化を示す図である。
【図3】肝切除3日後におけるGL投与量と肝重量、ALT、ASTの関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリチルリチン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とする肝細胞再生促進剤。
【請求項2】
投与量が、グリチルリチンとして30〜70mg/kgである請求項1に記載の肝細胞再生促進剤。
【請求項3】
グリチルリチン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とする肝切除後のアラニンアミノトランスフェラーゼ低下剤。
【請求項4】
投与量が、グリチルリチンとして30〜70mg/kgである請求項3に記載のアラニンアミノトランスフェラーゼ低下剤。
【請求項5】
グリチルリチン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とする肝切除後のアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ低下剤。
【請求項6】
投与量が、グリチルリチンとして30〜70mg/kgである請求項5に記載のアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ低下剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−153829(P2007−153829A)
【公開日】平成19年6月21日(2007.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−353363(P2005−353363)
【出願日】平成17年12月7日(2005.12.7)
【出願人】(000170358)株式会社ミノファーゲン製薬 (16)
【Fターム(参考)】